IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社パイロットコーポレーションの特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024095325
(43)【公開日】2024-07-10
(54)【発明の名称】水性インキ組成物及び筆記具
(51)【国際特許分類】
   C09D 11/17 20140101AFI20240703BHJP
   C09D 11/38 20140101ALI20240703BHJP
   B43K 5/00 20060101ALI20240703BHJP
   B43K 5/18 20060101ALI20240703BHJP
   B41M 5/00 20060101ALI20240703BHJP
【FI】
C09D11/17
C09D11/38
B43K5/00 110
B43K5/18 100
B41M5/00 120
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022212527
(22)【出願日】2022-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】303022891
【氏名又は名称】株式会社パイロットコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】戸塚 太郎
【テーマコード(参考)】
2C350
2H186
4J039
【Fターム(参考)】
2C350GA01
2C350KA01
2C350KA03
2H186FB10
2H186FB16
2H186FB17
2H186FB18
2H186FB25
2H186FB29
2H186FB30
2H186FB53
4J039BC09
4J039BC19
4J039BC55
4J039BE06
4J039BE12
4J039BE19
4J039BE28
4J039BE30
4J039CA03
4J039EA46
4J039EA47
4J039EA48
4J039GA24
4J039GA28
(57)【要約】
【課題】主として天然素材を含み、従来よりも環境負荷を低減した水性インキ組成物を提供する。また、このような水性インキ組成物をインキとして用いる筆記具を合わせて提供する。
【解決手段】水と、色材と、界面活性剤とを含む水性インキ組成物であって、界面活性剤は、スピクリスポール酸であり、水性インキ組成物の全体を100質量%として、水の割合は85質量%以上であり、スピクリスポール酸の割合は0.01質量%以上0.1質量%以下である水性インキ組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水と、色材と、界面活性剤とを含む水性インキ組成物であって、
前記界面活性剤は、スピクリスポール酸であり、
前記水性インキ組成物の全体を100質量%として、前記水の割合は85質量%以上であり、前記スピクリスポール酸の割合は0.01質量%以上0.1質量%以下である水性インキ組成物。
【請求項2】
前記色材は、水溶性の天然色素であり、
前記水性インキ組成物の全体を100質量%として、前記天然色素の割合は1質量%以上4質量%以下である請求項1に記載の水性インキ組成物。
【請求項3】
前記天然色素は、クチナシ色素、ラック色素、コチニール色素、ベニバナ色素、アナトー色素、バタフライピー色素及びスピルリナ色素からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項2に記載の水性インキ組成物。
【請求項4】
溶剤としてグリセリン及びポリグリセリンの一方または両方を含み、
前記水性インキ組成物の全体を100質量%として、前記溶剤の割合は1質量%以上4質量%以下である請求項1に記載の水性インキ組成物。
【請求項5】
万年筆用である請求項1に記載の水性インキ組成物。
【請求項6】
インクジェットプリンタ用である請求項1に記載の水性インキ組成物。
【請求項7】
請求項1から5のいずれか1項に記載の水性インキ組成物を収容する筆記具。
【請求項8】
一時的に前記水性インキ組成物を貯留するくし溝と、インキ流通路と、空気通路とを有するペン芯を介して前記水性インキ組成物をペン先へ誘導するインキ供給機構を有する請求項7に記載の筆記具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性インキ組成物及び筆記具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、主溶媒として水が用いられたインキ組成物が知られている。以下の説明において、主溶媒として水が用いられたインキを「水性インキ」と称する。水性インキ組成物は、例えば、水性ボールペンや万年筆等の筆記具用のインキとして広く用いられている(例えば、特許文献1参照)。また近年、水性インキ組成物は、インクジェットプリンタ用のインクとしても用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2019-073690号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の水性インキ組成物では、材料の多くが石油由来の合成された化合物である。以下の説明では、石油から分離された化合物及び石油由来の合成された化合物を合わせて「石油化学製品」と称する。
【0005】
一方、近年ではSDGs(持続可能な開発目標)の観点から、環境負荷の小さい製品の開発が求められている。このような観点からは、インキ組成物に用いられる材料として、天然素材(天然物由来の材料)を用いることが求められている。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、主として天然素材を含み、従来よりも環境負荷を低減した水性インキ組成物を提供することを目的とする。また、このような水性インキ組成物をインキとして用いる筆記具を合わせて提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一般的なインキ組成物には、インキの流動性などを調整するために界面活性剤が添加されている。一方、従来のインキ組成物に用いられる界面活性剤の大半が石油化学製品であり、インキ組成物の環境負荷を低減させるという観点からは、未だ検討の余地がある。発明者は、界面活性剤を天然素材とし環境負荷を低減させた水性インキ組成物について鋭意検討を行った結果、発明を完成させた。
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明の一態様は、以下の態様を包含する。
【0009】
[1]水と、色材と、界面活性剤とを含む水性インキ組成物であって、前記界面活性剤は、スピクリスポール酸であり、前記水性インキ組成物の全体を100質量%として、前記水の割合は85質量%以上であり、前記スピクリスポール酸の割合は0.01質量%以上0.1質量%以下である水性インキ組成物。
【0010】
[2]前記色材は、水溶性の天然色素であり、前記水性インキ組成物の全体を100質量%として、前記天然色素の割合は1質量%以上4質量%以下である[1]に記載の水性インキ組成物。
【0011】
[3]前記天然色素は、クチナシ色素、ラック色素、コチニール色素、ベニバナ色素、アナトー色素、バタフライピー色素及びスピルリナ色素からなる群から選ばれる少なくとも1種である[2]に記載の水性インキ組成物。
【0012】
[4]溶剤としてグリセリン及びポリグリセリンの一方または両方を含み、前記水性インキ組成物の全体を100質量%として、前記溶剤の割合は1質量%以上4質量%以下である[1]から[3]のいずれか1項に記載の水性インキ組成物。
【0013】
[5]万年筆用である[1]から[4]のいずれか1項に記載の水性インキ組成物。
【0014】
[6]インクジェットプリンタ用である[1]から[5]のいずれか1項に記載の水性インキ組成物。
【0015】
[7][1]から[5]のいずれか1項に記載の水性インキ組成物を収容する筆記具。
【0016】
[8]一時的に前記水性インキ組成物を貯留するくし溝と、インキ流通路と、空気通路とを有するペン芯を介して前記水性インキ組成物をペン先へ誘導するインキ供給機構を有する[7]に記載の筆記具。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、主として天然素材を含み、従来よりも環境負荷を低減した水性インキ組成物を提供することができる。また、このような水性インキ組成物をインキとして用いる筆記具を合わせて提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
≪水性インク組成物≫
本実施形態の水性インキ組成物は、水性インキ組成物であって、水と、色材と、界面活性剤とを含む。以下の説明においては、水性インキ組成物を単に「インキ組成物」と略称する。
【0019】
<水>
インキ組成物は、組成物全体を100質量%としたとき、水の割合が85質量%以上である。水を85質量%以上の割合で含むことにより、インキ組成物において石油化学製品の割合が低下し、環境負荷が低下したインキ組成物となる。
【0020】
インキ組成物に含まれる水には、工業用水、蒸留水、限外ろ過水、イオン交換水など、種々の水を用いることができる。用いる色材の発色状態に影響するおそれがあるため、金属イオンを低減された水が好ましく、蒸留水、イオン交換水が好ましい。
【0021】
インキ組成物においては、組成物全体を100質量%としたとき水を88質量%以上含むことが好ましく、90質量%以上含むことがより好ましい。
【0022】
[色材]
本実施形態のインキ組成物は、公知の色材を含む。色材は水溶性であると好ましい。色材が水溶性であることにより、保存時に色材が分離、沈殿することを抑制できる。
【0023】
色材は、染料であってもよく、顔料であってもよい。
【0024】
色材が染料である場合、色材は、石油化学製品であってもよく、天然色素であってもよい。色材が天然色素であると、インキ組成物において石油化学製品の割合が一層低下し、環境負荷が低下したインキ組成物となるため好ましい。
【0025】
水溶性の色材のうち石油化学製品の色材としては、インキ組成物に用いられる水溶性の染料として公知のものを用いることができる。
【0026】
水溶性の天然色素としては、クチナシ色素、ラック色素、コチニール色素、ベニバナ色素、アナトー色素、バタフライピー色素及びスピルリナ色素を挙げることができる。クチナシ色素は、処理方法により青色色素、黄色色素、赤色色素を作り分けることができる。本実施形態のインキ組成物には、これらいずれの色のクチナシ色素も用いることができる。
【0027】
なかでも、発色がよく視認しやすいことからクチナシ色素、コチニール色素、アナトー色素が好ましい。
【0028】
インキ組成物においては、組成物全体を100質量%としたとき天然色素を1質量%以上4質量%以下含むことが好ましく、1.5質量%以上3質量%以下含むことがより好ましい。
【0029】
[溶剤]
インキ組成物は、水溶性の溶剤をさらに含むことが好ましい。溶剤としては、公知のインキ組成物に用いられる物質を使用可能である。
【0030】
溶剤としては、
(i)エチレングリコール、ブチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、ポリグリセリンなどのグリコール類、
(ii)メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、イソプロパノール、イソブタノール、t-ブタノール、プロパギルアルコール、アリルアルコール、3-メチル-1-ブチン-3-オール、エチレングリコールモノメチルエーテルアセタートやその他の高級アルコールなどのアルコール類、および
(iii)エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、3-メトキシブタノール、3-メトキシ-3-メチルブタノールなどのグリコールエーテル類などが挙げられる。
これらを2種類以上組み合わせた混合物として使用することが可能である。
【0031】
中でも、インキ組成物は、溶剤としてグリセリン及びポリグリセリンの一方または両方を含むことが好ましい。また、溶剤としては、ポリグリセリンが好ましい。ポリグリセリンは直鎖状であってもよく、分岐していてもよい。また、溶剤として、ポリグリセリン脂肪酸エステルのようなグリセリン誘導体を用いることもできる。
【0032】
グリセリンは天然素材である大豆油や獣脂などの油を加水分解することで得られ、ポリグリセリンは天然物であるグリセリンから得られる誘導体である。そのため、溶剤としてグリセリン又はポリグリセリンを用いることにより、インキ組成物全体の天然素材の含有率を高め、環境負荷を低減することが可能となる。
【0033】
また、発明者の検討により、水の含有率が高く、且つ天然色素を用いたインキ組成物では、紙に記載したときに、にじみや裏抜けのような不具合が生じやすいことが分かった。発明者が鋭意検討したところ、溶剤としてグリセリンやポリグリセリンを用いることにより、従来知られたエチレングリコールやプロピレングリコールのような溶剤と比べ、上記の不具合を改善できることが分かった。
【0034】
インキ組成物においては、組成物全体を100質量%としたとき、溶剤の割合は1質量%以上4質量%以下であることが好ましく、1.5質量%以上3質量%以下であることがより好ましい。
【0035】
(界面活性剤)
インキ組成物は、界面活性剤を含む。界面活性剤は、インキ組成物の表面張力や描画品質を適正な範囲に調整するために用いられる。本実施形態のインキ組成物に含まれる界面活性剤は、下記式(1)で表されるスピクリスポール酸である。スピクリスポール酸は、糸状菌Penicillium spiculisporumにより生産されるラクトンジカルボン酸であり、天然の界面活性剤である。
【0036】
【化1】
【0037】
界面活性剤としてスピクリスポール酸を用いることにより、インキ組成物全体の天然素材の含有率を高め、環境負荷を低減することが可能となる。
【0038】
インキ組成物においては、組成物全体を100質量%としたとき、スピクリスポール酸の割合が0.001質量%以上2質量%以下であることが好ましく、0.005質量%以上1質量%以下であることがより好ましく、0.01質量%以上0.1質量%以下であることがさらに好ましく、0.01質量%以上0.07質量%以下であることが特に好ましい。スピクリスポール酸を上記の量とすることで、インキ組成物の適切な流動性を確保できる。例えば、インキ組成物を万年筆用のインクとして用いた場合、万年筆のペン先からの液だれを効果的に抑制することが可能となる。
【0039】
また、インク組成物においては、後述の実施例における評価結果が影響を受けない範囲であれば、スピクリスポール酸以外の界面活性剤を併用してもよい。スピクリスポール酸と併用する界面活性剤としては、例えばポリオキシアルキレンアルキルエーテルやポリオキシアルキレンアリールエーテルのようなノニオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤など、インク組成物に用いられる公知の界面活性剤を採用することができる。
【0040】
スピクリスポール酸以外の界面活性剤としては、石油化学製品であってもよく、天然素材であってもよい。インキ組成物において石油化学製品の割合が一層低下し、環境負荷が低下したインキ組成物となるため、天然素材であることが好ましい。
【0041】
[その他の添加物]
インキ組成物は、発明の効果を損なわない範囲において、種々の添加物を含むことができる。
【0042】
(pH調整剤)
インキ組成物は、pH調整剤を含むことができる。pH調整剤としては、アンモニア、炭酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、水酸化ナトリウムなどの塩基性無機化合物、酢酸ナトリウム、トリエタノールアミン、ジエタノールアミンなどの塩基性有機化合物、乳酸およびクエン酸などが挙げられる。インキ組成物の経時安定性を考慮すれば、塩基性有機化合物を用いることが好ましく、弱塩基性であるトリエタノールアミンを用いることがより好ましい。pH調整剤は、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせてもちいてもよい。
【0043】
インキ組成物のpHは、適用する筆記具の構成に応じて適宜制御するとよい。例えば、万年筆やボールペンなど、ペン先に金属部材を有する構成の筆記具に採用する場合、インキ組成物のpHは、7以上10以下であると好ましい。インキ組成物のpHをこの範囲(中性~塩基性)に制御することにより、筆記具のペン先に用いられる金属部材の腐食を抑制することができる。インキ組成物のpHは、7を超えることが好ましく、8以上がより好ましい。また、インキ組成物のpHは9以下が好ましい。pHの上限値と下限値とは任意に組み合わせることができる。
【0044】
なお、本明細書において、インキ組成物のpHは、公知のpHメータ(例えば、東亜ディーケーケー社製、型名:HM-30R)を用いて、20℃で測定した値とする。また、同様の性能の測定機器(例えば、東亜ディーケーケー社製pH・イオンメータ、型名:HM-42X)を用い20℃で測定した値を採用してもよい。
【0045】
(抗菌性物質)
インキ組成物は、抗菌性物質(防腐剤)を含むことができる。抗菌性物質としては、フェノール、2-フェノキシエタノール、安息香酸ナトリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、ソルビン酸カリウム、パラオキシ安息香酸プロピル、2,3,5,6-テトラクロロ-4-(メチルスルフォニル)ピリジン、2-ピリジンチオール-1-オキシドナトリウム、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン(BIT)、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン(MIT)、2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン(OIT)、5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、4,5-ジクロロ-2-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、ブチルカルバミン酸ヨウ化プロピニル、オルトフェニルフェノールまたはその塩などが挙げられる。
【0046】
インキ組成物は、その他、公知の防錆剤、キレート剤、保湿剤等を含んでもよい。
【0047】
上記インキ組成物では、水、界面活性剤が天然素材であり、インキ組成物の多くを占める。そのため、上記インキ組成物では、環境負荷を低減させることができる。上記インキ組成物では、インキ組成物の全体を100質量%としたとき、天然素材の占める割合が95質量%以上であり、より好ましくは98質量%以上である。さらに、インキ組成物のうち水を除く残部を100質量%としたとき、天然素材の占める割合が50質量%以上であり、70質量%以上がより好ましく、90質量%以上がさらに好ましく、95質量%以上が特に好ましい。
【0048】
さらに、色材や溶剤として天然素材を用いることにより、一層環境負荷を低減させた水性インキ組成物となる。
【0049】
≪筆記具≫
上述したインキ組成物は、繊維チップ、フェルトチップ、プラスチックチップなどのペン芯またはボールペンチップなどをペン先としたマーキングペンやボールペン、金属製のペン先を用いた万年筆やつけペンなどの筆記具に用いることができる。なかでも上述したインキ組成物は、万年筆用及びつけペン用として好適に用いられる。
【0050】
インキ組成物を用いることができる筆記具としては、インキ組成物を直に充填する構成のものであってもよく、インキ組成物を充填することのできるインキ貯蔵体を備えるものであってもよい。また、前記インキ貯蔵体が、筆記具本体やペン先などに着脱自在に交換可能な構造をもつカートリッジ式筆記具およびコンバーター式筆記具であってもよい。なお、コンバーター式筆記具としては、インキ瓶のようなインキ収容体から、インキ貯蔵体内に直接インキを吸入することができる機能をもつインキ貯蔵体(インキ吸入器)を備えることのできる筆記具が挙げられる。
【0051】
インキ組成物を用いることができる筆記具のインキ供給機構についても特に限定されない。例えば、筆記具として、
(機構1)繊維束などからなるインキ誘導芯をインキ流量調節部材として備え、水性インキ組成物をペン先に誘導する機構
(機構2)一時的に水性インキ組成物を貯留するくし溝と、インキ流通路と、空気通路とを有するペン芯を介して水性インキ組成物をペン先へ誘導する機構
(機構3)弁機構によるインキ流量調節部材を備え、水性インキ組成物をペン先に供給する機構、および
(機構4)ペン先を具備したインキ収容体または軸筒より、水性インキ組成物を直接、ペン先に供給する機構
などのインキ供給機構を有する筆記具を挙げることができる。
【0052】
筆記具として、インキ組成物のみを繰り返し補充して使用する機構を有するもの(例えば万年筆やつけペン)を採用することにより、環境負荷の小さい上述の水性インキ組成物、カートリッジやリフィル等の廃棄物の少ない筆記具とを組み合わせ、さらに環境負荷を低減することが可能となる。
【0053】
上述のインキ組成物は、インキ組成物全体に占める水の割合が大きく、低粘度に調整することが容易である。そのため、(機構1)、(機構2)、または(機構3)のインキ供給機構を備える筆記具に好適に用いることができる。なかでも、上述のインキ組成物は、(機構2)のインキ供給機構を備える筆記具、すなわち「上述の水性インキ組成物を内蔵し、一時的に水性インキ組成物を貯留するくし溝と、インキ流通路と、空気通路とを有するペン芯を介して水性インキ組成物をペン先へ誘導するインキ供給機構を有する筆記具」に好適に用いることができる。(機構2)を以下「くし溝機構」と称する。
【0054】
本実施形態のインキ組成物を採用する筆記具が万年筆である場合、インキ組成物の粘度は、1mPa以上10mPa以下が好ましく、1mPa以上5mPa以下がより好ましく、1mPa以上3mPa以下がさらに好ましく、1mPa以上2mPa以下がよりさらに好ましい。このような粘度のインキ組成物は、くし溝機構を有する万年筆においても好適に用いることができる。
【0055】
くし溝構造を有する筆記具においては、使用後に筆記具のインキ流通路においてインキ組成物が乾燥すると、インキ組成物中の固形分が析出してインキ流通路に固着し、流通路を閉塞させることがある。このような筆記具において本実施形態のインキ組成物を用いる場合、インキ組成物に含まれる水の割合が大きいことから、インキ流通路に固着した固形分をインキ組成物が再度溶解し、閉塞を解消する効果が期待できる。
【0056】
その他、上述したインキ組成物は、インクジェットプリンタ用の記録インクとして、公知のインクジェットプリンタに用いることができる。インクジェットプリンタ用のインクは、例えば、インクジェットプリンタ用のインクを収容するカートリッジや、詰め替え用のインクが充填された容器の形式で提供される。その際、インキ組成物の濃度、粘度、表面張力等の物性については、用いるインクジェットプリンタの構成に応じ、発明の効果を損なわない範囲において調整することができる。
【0057】
上述のインキ組成物をインクジェットプリンタ用の記録インクとして用いる場合、インキ組成物全体における色材の濃度は、0.1~10質量%であり、好ましくは0.5~7質量%、さらに好ましくは2~5質量%である。
【0058】
上述のインキ組成物をインクジェットプリンタ用の記録インクとして用いる場合、公知の水溶性有機溶剤、界面活性剤、樹脂(水溶性樹脂、樹脂エマルション)、顔料分散剤、防腐剤、防黴剤、消泡剤、脱酸素剤等を添加し、適宜物性の調整をすることができる。
【0059】
以上のような構成のインキ組成物によれば、主として天然素材を含み、従来よりも環境負荷を低減した水性インキ組成物となる。これにより、本実施形態のインキ組成物によれば、SDGsの目標No.12、13などに貢献する技術となり得る。
【0060】
また、以上のような構成の筆記具によれば、上述の水性インキ組成物をインキとして用いるため、環境負荷を低減可能となる。
【0061】
以上、本発明に係る好適な実施の形態例について説明したが、本発明は係る例に限定されない。上述した例において示した各構成部材の諸形状や組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計、仕様等に基づき種々変更可能である。
【実施例0062】
以下に本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0063】
<評価1>
[実施例1、比較例1~3]
以下の表に記載の配合でインキ組成物を調整して評価した。
【0064】
【表1】
【0065】
各材料は、以下のものを用いた。
色材:クチナシ青色素(キリヤ化学(株)社製)
溶剤:グリセリン
pH調整剤:トリエタノールアミン
防腐剤:1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン
【0066】
界面活性剤として、実施例では天然素材であるスピクリスポール酸を用い、比較例では石油化学製品(比較例1,2)、天然素材(比較例3)をそれぞれ用いた。
実施例1:スピクリスポール酸
比較例1:ポリオキシエチレンアルキルエーテル(POEAE)
比較例2:ポリオキシエチレンポリオキシプロピルアルキルエーテル(POEPPAE)
比較例3:オレイン酸カリウム
【0067】
[評価]
調整した各インキ組成物を、ノック式のキャップレス万年筆(株式会社パイロットコーポレーション製)に充填し、以下の方法でペン先への液滴の形成、及びペン先からの液滴の落下を評価した。用いた万年筆は、金メッキしたステンレス製の字幅Mのペン先を有し、一時的にインキを貯留するくし溝とインキ流通路と空気通路を有するペン芯を備えたものである。
【0068】
(評価方法)
字幅Mのペン先を有し、一時的にインキを貯留するくし溝とインキ流通路と空気通路を有するペン芯を備えたノック式のキャップレス万年筆(株式会社パイロットコーポレーション製)に、実施例1、比較例1~3のインキ組成物を充填したカートリッジを装着して万年筆を作製した。この万年筆を試験用筆記具として、減圧デシケータ中にペン先を重量方向下方に向けた姿勢で静置し、この状態で、5分間でデシケータ内を大気圧(101.3kPa)との相対圧力で-70mmHg(1mmHg=133.3Pa)まで減圧させた。その後、大気圧との相対圧力で-70mmHgの減圧状態を保持したまま、更に5分間、デシケータ中に放置した。
下記評価1と評価2とは連続する評価において同時に評価した。
【0069】
(評価1:液滴形成)
下記評価基準に従って筆跡を評価し、A,Bを良品、Cを不良と判断した。
A:減圧開始から10分以上インキの漏れ出し無し
B:減圧開始から5分以上10分未満でペン先にインキの液滴形成
C:減圧開始から5分未満でペン先にインキの液滴形成
【0070】
(評価2:液滴落下(ボタ落ち))
下記評価基準に従って筆跡を評価し、A~Cを良品、Dを不良と判断した。
A:減圧開始から10分以上インキ液滴の落下無し
B:減圧開始から7分以上10分未満でインキ液滴が落下
C:減圧開始から5分以上7分未満でインキ液滴が落下
D:減圧開始から5分未満でインキ液滴が落下
【0071】
上記評価1,2はn=5で行い、各評価結果の平均値を用いて、それぞれのインキの評価を行った。評価1,2のいずれにおいても、個別の万年筆の評価結果において「10分以上」(A評価)の場合、平均値の計算の際には「10分」とした。
【0072】
評価結果を表2に示す。評価2において、一方でも不良と判断されたものは筆記品質が不良と判断する。本評価結果は、インキ組成物が適切な流動性(過度な流動性を有していない)ことの指標として用いることができる。
【0073】
【表2】
【0074】
評価の結果、実施例1は減圧環境下におけるペン先の液滴形成、液滴落下のいずれも抑制され、良好な結果が得られた。
【0075】
対して、石油化学製品を用いた比較例1及び天然素材を用いた比較例3は、実施例1に劣る結果となった。比較例2については、ペン先の液滴形成、液滴落下のいずれも実施例1と同等であるが、石油化学製品であるPOEPPAEを用いており、実施例よりも環境負荷が高いと言える。
【0076】
なお、上記評価結果は、インキ組成物の物性に依存していると考えられる。そのため、評価に用いる筆記具のインキ供給機構を変更した場合、評価1,2において計測される時間は変化したとしても、実施例及び比較例の相対的な評価結果の序列には影響が無いと考えられる。例えば、本実施例で用いた万年筆の代わりに、ペン芯の構造が異なる万年筆を用いた場合であっても、スピクリスポール酸を用いたインキ組成物において適切な流動性が得られる蓋然性が高い。
【0077】
また、インキ組成物をインクジェットプリンタ用のインクとして用いた場合であっても同様に、ヘッドからの液だれ等、インク物性に基づいた不具合を抑制でき、環境負荷を低減させたインキ組成物となると考えられる。
【0078】
<評価2>
実施例1,比較例1のインキ組成物を、万年筆(カクノM(中字)、株式会社パイロットコーポレーション製)に充填し、筆記時のにじみ及び裏抜けを評価した。
【0079】
(評価方法)
筆記試験用紙として、JIS P3201 筆記用紙Aを用い、手書きにより筆記した筆跡を目視評価した。
【0080】
(評価基準:にじみ)
下記評価基準に従って官能評価にて筆跡を評価し、A,Bを良品、Cを不良と判断した。
A:にじみが無く、良好な筆跡であった。
B:一部にじみが認められるが、実用上十分な筆跡であった。
C:にじみが一定以上認められ、実用に劣る筆跡であった。
【0081】
(評価基準:裏抜け)
下記評価基準に従って筆跡を評価し、A,Bを良品、C,Dを不良と判断した。
A:裏抜けがなく、良好な筆跡であった。
B:一部裏抜けが認められるが、裏面からの筆記も実用上十分な筆跡であった。
C:裏抜けが一定以上認められ、裏面からの筆記は実用で劣る筆跡であった。
D:裏抜けが多く、裏面からの筆記は困難な筆跡であった。
【0082】
評価結果を表3に示す。
【0083】
【表3】
【0084】
評価の結果、実施例1はにじみが抑制され、良好な筆記品質が得られた。対して、比較例1は、にじみの評価結果が実施例よりも劣る結果となった。
【0085】
以上の結果より、本発明が有用であることが確認できた。