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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024095484
(43)【公開日】2024-07-10
(54)【発明の名称】半導体モジュール
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/78 20060101AFI20240703BHJP
   H01L 29/12 20060101ALI20240703BHJP
【FI】
H01L29/78 657G
H01L29/78 652T
H01L29/78 652J
H01L29/78 653A
H01L29/78 654Z
H01L29/78 656A
H01L29/78 652M
H01L29/78 652D
H01L29/78 657Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023050018
(22)【出願日】2023-03-27
(31)【優先権主張番号】P 2022211748
(32)【優先日】2022-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000877
【氏名又は名称】弁理士法人RYUKA国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】辻 崇
(57)【要約】
【課題】SiCMOSFET等の半導体装置においては、アバランシェ耐量を高くすることが好ましい。
【解決手段】電気的に並列に接続され、それぞれMOSFETおよび寄生トランジスタが形成された複数のSiCチップと、それぞれのSiCチップにおける前記MOSFETのスイッチングを制御する制御部とを備え、前記制御部は、全ての前記複数のSiCチップについて、少なくとも前記寄生トランジスタがオンする状態では、対応する前記MOSFETのターンオフ時間を0.9μs以下に制御する半導体モジュールを提供する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気的に並列に接続され、それぞれMOSFETおよび寄生トランジスタが形成された複数のSiCチップと、
それぞれのSiCチップにおける前記MOSFETのスイッチングを制御する制御部と
を備え、
前記制御部は、全ての前記複数のSiCチップについて、少なくとも前記寄生トランジスタがオンする状態では、対応する前記MOSFETのターンオフ時間を0.9μs以下に制御する
半導体モジュール。
【請求項2】
それぞれの前記SiCチップの前記寄生トランジスタは、対応する前記MOSFETに流れる主電流の電流密度が6000A/cm以下の領域ではオンしない
請求項1に記載の半導体モジュール。
【請求項3】
前記制御部は、前記寄生トランジスタがオフする状態においても、対応する前記MOSFETのターンオフ時間を0.9μs以下に制御する
請求項1または2に記載の半導体モジュール。
【請求項4】
前記制御部は、前記寄生トランジスタがオフする状態においては、対応する前記MOSFETのターンオフ時間を0.9μsより大きい値に制御する
請求項1または2に記載の半導体モジュール。
【請求項5】
前記制御部は、全ての前記SiCチップの前記MOSFETのターンオフ時間を共通に制御する
請求項4に記載の半導体モジュール。
【請求項6】
前記制御部は、それぞれの前記SiCチップの前記寄生トランジスタの状態に応じて、対応する前記MOSFETのターンオフ時間を個別に制御する
請求項4に記載の半導体モジュール。
【請求項7】
少なくとも1つの前記SiCチップの前記MOSFETに流れる主電流を検知する電流検知部を更に備え、
前記制御部は、前記電流検知部が検知した前記主電流の波形に基づいて、少なくとも1つの前記SiCチップの前記MOSFETのターンオフ時間を制御する
請求項4に記載の半導体モジュール。
【請求項8】
前記制御部は、前記電流検知部が検知した前記主電流の前記波形の立ち上りエッジの傾きに基づいて、少なくとも1つの前記SiCチップの前記MOSFETのターンオフ時間を制御する
請求項7に記載の半導体モジュール。
【請求項9】
前記SiCチップの前記MOSFETのベース領域のアクセプタ濃度が1×1017/cm以上である
請求項1に記載の半導体モジュール。
【請求項10】
前記SiCチップの前記MOSFETのベース領域のアクセプタ濃度が8×1017/cm以上である
請求項9に記載の半導体モジュール。
【請求項11】
前記SiCチップの前記MOSFETのコンタクト領域の接触抵抗の最大値が9.0mΩcm以下である
請求項1に記載の半導体モジュール。
【請求項12】
前記SiCチップは、SiCで形成され、上面を有し、前記MOSFETが設けられた半導体基板を備え、
前記半導体基板は、
前記上面から内部まで設けられた1つ以上のゲートトレンチ部と、
前記上面において前記ゲートトレンチ部と接して設けられた第1導電型のソース領域と、
前記上面に設けられた第2導電型のコンタクト領域と
を有し、
前記コンタクト領域は、前記ソース領域よりも上側に突出する突出部を有する
請求項1または2に記載の半導体モジュール。
【請求項13】
前記ゲートトレンチ部は、前記上面において第1の方向に延伸して設けられており、
前記上面と平行で、且つ、前記第1の方向と直交する第2の方向において、前記コンタクト領域は第1の幅を有し、
前記突出部が前記ソース領域よりも突出する突出長さは、前記第1の幅以上である
請求項12に記載の半導体モジュール。
【請求項14】
それぞれの前記ゲートトレンチ部は、前記上面において第1の方向に延伸して設けられており、
前記半導体基板は、前記上面と平行で、且つ、前記第1の方向と直交する第2の方向において2つの前記ゲートトレンチ部に挟まれたメサ部を有し、
1つの前記メサ部において、前記コンタクト領域が複数の前記突出部を有する
請求項12に記載の半導体モジュール。
【請求項15】
複数の前記突出部が、前記第2の方向に並んでいる
請求項14に記載の半導体モジュール。
【請求項16】
複数の前記突出部が、前記第1の方向に並んでいる
請求項14に記載の半導体モジュール。
【請求項17】
前記ソース領域は前記コンタクト領域と接しており、
前記コンタクト領域に接する位置における前記ソース領域の上端が、前記ゲートトレンチ部の上端よりも下方に配置されている
請求項12に記載の半導体モジュール。
【請求項18】
前記半導体基板は、前記ソース領域および前記コンタクト領域の境界位置を含み、且つ、前記ソース領域および前記コンタクト領域のそれぞれの領域に配置された、コンタクトトレンチ部を更に有する
請求項17に記載の半導体モジュール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体モジュールに関する。
【背景技術】
【0002】
SiCMOSFET等の半導体装置が、非クランプ誘導性スイッチング(UIS)試験等においてアバランシェ破壊することが知られている(例えば非特許文献1参照)。
非特許文献1 A. Konstantinov, F. Allerstam, H. Pham, G. Park, K. S. Park, D. Waible, and T. Neyer, "Critical temperature and failure mechanism of SiC Schottky rectifiers in Unclamped Inductive Switching (UIS)", Proceedings of the 2020 32nd International Symposium on Power Semiconductor Devices and ICs (ISPSD), 2020, pp.158-161
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
SiCMOSFET等の半導体装置においては、アバランシェ耐量を高くすることが好ましい。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記課題を解決するために、本発明の一つの態様においては、半導体モジュールを提供する。半導体モジュールは、電気的に並列に接続され、それぞれMOSFETおよび寄生トランジスタが形成された複数のSiCチップを備えてよい。半導体モジュールは、それぞれのSiCチップにおける前記MOSFETのスイッチングを制御する制御部を備えてよい。上記何れかの半導体モジュールの前記制御部は、全ての前記複数のSiCチップについて、少なくとも前記寄生トランジスタがオンする状態では、対応する前記MOSFETのターンオフ時間を0.9μs以下に制御してよい。
【0005】
上記何れかの半導体モジュールのそれぞれの前記SiCチップの前記寄生トランジスタは、対応する前記MOSFETに流れる主電流の電流密度が6000A/cm以下の領域ではオンしなくてよい。
【0006】
上記何れかの半導体モジュールの前記制御部は、前記寄生トランジスタがオフする状態においても、対応する前記MOSFETのターンオフ時間を0.9μs以下に制御してよい。
【0007】
上記何れかの半導体モジュールの前記制御部は、前記寄生トランジスタがオフする状態においては、対応する前記MOSFETのターンオフ時間を0.9μsより大きい値に制御してよい。
【0008】
上記何れかの半導体モジュールの前記制御部は、全ての前記SiCチップの前記MOSFETのターンオフ時間を共通に制御してよい。
【0009】
上記何れかの半導体モジュールの前記制御部は、それぞれの前記SiCチップの前記寄生トランジスタの状態に応じて、対応する前記MOSFETのターンオフ時間を個別に制御してよい。
【0010】
上記何れかの半導体モジュールは、少なくとも1つの前記SiCチップの前記MOSFETに流れる主電流を検知する電流検知部を備えてよい。上記何れかの半導体モジュールの前記制御部は、前記電流検知部が検知した前記主電流の波形に基づいて、少なくとも1つの前記SiCチップの前記MOSFETのターンオフ時間を制御してよい。
【0011】
上記何れかの半導体モジュールの前記制御部は、前記電流検知部が検知した前記主電流の前記波形の立ち上りエッジの傾きに基づいて、少なくとも1つの前記SiCチップの前記MOSFETのターンオフ時間を制御してよい。
【0012】
上記何れかの半導体モジュールの前記SiCチップは、前記MOSFETのベース領域のアクセプタ濃度を1×1017/cm以上としてよい。上記何れかの半導体モジュールの前記SiCチップは、前記MOSFETのベース領域のアクセプタ濃度を8×1017/cm以上としてよい。上記何れかの半導体モジュールの前記SiCチップは、前記MOSFETのコンタクト領域の接触抵抗の最大値を9.0mΩcm以下としてよい。この接触抵抗は、全面がP+の場合での接触抵抗を活性面積に占める割合で割った値である。
【0013】
上記何れかの半導体モジュールの前記SiCチップは、SiCで形成され、上面を有し、前記MOSFETが設けられた半導体基板を備えてよい。上記何れかの半導体モジュールにおいて、前記半導体基板は、前記上面から内部まで設けられた1つ以上のゲートトレンチ部を有してよい。上記何れかの半導体モジュールにおいて、前記半導体基板は、前記上面において前記ゲートトレンチ部と接して設けられた第1導電型のソース領域を有してよい。上記何れかの半導体モジュールにおいて、前記半導体基板は、前記上面に設けられた第2導電型のコンタクト領域を有してよい。上記何れかの半導体モジュールにおいて、前記コンタクト領域は、前記ソース領域よりも上側に突出する突出部を有してよい。
【0014】
上記何れかの半導体モジュールにおいて、前記ゲートトレンチ部は、前記上面において第1の方向に延伸して設けられてよい。上記何れかの半導体モジュールにおいて、前記上面と平行で、且つ、前記第1の方向と直交する第2の方向において、前記コンタクト領域は第1の幅を有してよい。上記何れかの半導体モジュールにおいて、前記突出部が前記ソース領域よりも突出する突出長さは、前記第1の幅以上であってよい。
【0015】
上記何れかの半導体モジュールにおいて、それぞれの前記ゲートトレンチ部は、前記上面において第1の方向に延伸して設けられてよい。上記何れかの半導体モジュールにおいて、前記半導体基板は、前記上面と平行で、且つ、前記第1の方向と直交する第2の方向において2つの前記ゲートトレンチ部に挟まれたメサ部を有してよい。上記何れかの半導体モジュールの1つの前記メサ部において、前記コンタクト領域が複数の前記突出部を有してよい。
【0016】
上記何れかの半導体モジュールにおいて、複数の前記突出部が、前記第2の方向に並んでいてよい。
【0017】
上記何れかの半導体モジュールにおいて、複数の前記突出部が、前記第1の方向に並んでいてよい。
【0018】
上記何れかの半導体モジュールにおいて、前記ソース領域は前記コンタクト領域と接していてよい。上記何れかの半導体モジュールにおいて、前記コンタクト領域に接する位置における前記ソース領域の上端が、前記ゲートトレンチ部の上端よりも下方に配置されていてよい。
【0019】
上記何れかの半導体モジュールにおいて、前記半導体基板は、前記ソース領域および前記コンタクト領域の境界位置を含み、且つ、前記ソース領域および前記コンタクト領域のそれぞれの領域に配置された、コンタクトトレンチ部を有してよい。
【0020】
上記の発明の概要は、本発明の必要な特徴の全てを列挙したものではない。また、これらの特徴群のサブコンビネーションもまた、発明となりうる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の一つの実施形態に係る半導体モジュール100の構成を説明する図である。
図2】それぞれのスイッチング部20を説明する図である。
図3】SiCチップ22の断面の一例を示す図である。
図4】参考例に係るSiCチップ122の一例を示す断面図である。
図5】被試験デバイス(DUT)の特性を測定する測定回路200の一例を示す図である。
図6】UIS試験におけるドレイン電圧およびドレイン電流の波形の一例を示す図である。
図7】UIS試験において、負荷インダクタンスLを変化させたときのアバランシェ許容電流密度JAVの測定結果を示す図である。
図8】UIS試験において、負荷インダクタンスLを変化させたときのアバランシェ保持エネルギーEAVの測定結果を示す図である。
図9】DUTに印加される電源電圧Vccを300V とした場合の、UIS試験における測定波形を示す図である。
図10】DUTに印加される電源電圧Vccを1150Vとした場合の、UIS試験における測定波形を示す図である。
図11】アバランシェ降伏期間tAVを変化させたときの、アバランシェ耐量の変化を示す図である。
図12】測定回路200の他の例を示す図である。
図13】SiCチップ22-1およびSiCチップ22-2におけるドレイン電圧およびドレイン電流を示している。
図14A】局所領域が存在する場合に、SiCチップ22の寄生トランジスタが動作したか否かを示す表である。
図14B】SiCチップ22の断面の他の例を示す図である。
図14C】SiCチップ22の断面の他の例を示す図である。
図14D】SiCチップ22の断面の他の例を示す図である。
図14E】SiCチップ22の断面の他の例を示す図である。
図14F図14Dおよび図14Eにおけるd-d線を通過するYZ断面の一例を示す図である。
図14G】d-d線を通過するYZ断面の他の例を示す図である。
図14H】SiCチップ22の断面の他の例を示す図である。
図15】デバイス破壊前にデバイスダメージはないことを確認した図である。
図16】周囲温度25℃におけるアバランシェ許容電流密度JAVの負荷インダクタンス依存性を示す。
図17】周囲温度25℃におけるアバランシェ保持エネルギーEAVの負荷インダクタンス依存性を示す。
図18】SiCトレンチダイオードにおけるEAVとアバランシェ持続時間の平方根tAV 1/2の関係を示す図である。
図19】Low-L~High-Lの各領域でのSiCトレンチMOSFETとダイオードにおける破壊時と破壊前の最後のUIS試験の実測波形を重ね合わせたグラフを示す図である。
図20】UIS試験の実測波形を示す図である。
図21】SiCトレンチMOSFETの耐圧の温度依存性をプロットした図である。
図22】UIS試験の破壊前の最後と破壊時の推定素子内温度とJDSの軌跡を示す図である。
図23】175℃、1mHでアバランシェ破壊したSiCトレンチMOSFETのソースAlメタル表面の二次電子顕微鏡像である。
図24】SiCトレンチMOSFETのデバイス構造を示す図である。
図25】SiCトレンチダイオードのデバイス構造を示す図である。
図26】SiCトレンチMOSFETおよびSiCトレンチダイオードの負荷インダクタンス1μH(LoW-L)、10μH(Medium-L)、5mH(High-L)におけるシミュレーション波形を示す図である。
図27A】デバイス断面での電子電流密度分布を示す図である。
図27B】時間1、2、3、4(time1、2、3、4)を示す。
図28】負荷インダクタンス1μH(Low-L)での電子電流密度J、素子内温度、電位Vの時間変化を示す図である。
図29】負荷インダクタンス10μH(Medium-L)での電子電流密度J、素子内温度、電位Vの時間変化を示す図である。
図30】負荷インダクタンス5μH(High-L)での電子電流密度J、素子内温度、電位Vの時間変化を示す図である。
図31】DUTのゲートVGSを-10Vあるいは-20Vとしてアバランシェ耐量を評価した図である。
図32】DUTのゲートVGSを-10Vあるいは-20Vとしてアバランシェ耐量を評価した図である。
図33】デバイスシミュレーションにおいてMOSチャネル電流の検証を行った図である。
図34図33の上部ラインC1におけるVGS=0V、-10Vでの総電流密度分布を示す図である。
図35図33の下側ラインC2における同じVGS条件での電流密度分布を示す図である。
図36】デバイスシミュレーションにおいてベース領域のアクセプタ濃度を変えた場合の正孔移動度と温度特性を示す図である。
図37】デバイスシミュレーションにおいてベース領域のアクセプタ濃度を変えた場合の正孔濃度と温度特性を示す図である。
図38】デバイスシミュレーションにおいてベース領域のアクセプタ濃度を変えた場合のベース領域の抵抗値と温度特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、発明の実施の形態を通じて本発明を説明するが、以下の実施形態は特許請求の範囲にかかる発明を限定するものではない。また、実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0023】
本明細書の単位系は、特に断りがなければSI単位系である。長さの単位をcmで表示することがあるが、諸計算はメートル(m)に換算してから行ってよい。本明細書において「同一」または「等しい」のように称した場合、製造ばらつき等に起因する誤差を有する場合も含んでよい。当該誤差は、例えば10%以内である。本明細書において、「垂直」、「平行」または「沿って」のように方向を説明した場合、製造ばらつき等に起因する誤差を有する場合も含んでよい。当該誤差は、例えば5度以内である。
【0024】
本明細書においては、不純物がドーピングされたドーピング領域の導電型をP型またはN型として説明している。N型は第1導電型の一例であり、P型は第2導電型の一例である。本明細書においては、ドーピングとは、半導体基板にドナーまたはアクセプタを導入し、N型の導電型を示す半導体またはP型の導電型を示す半導体とすることを意味する。本明細書においてP+型またはN+型と記載した場合、P型またはN型よりもドーピング濃度が高いことを意味し、P-型またはN-型と記載した場合、P型またはN型よりもドーピング濃度が低いことを意味する。
【0025】
図1は、本発明の一つの実施形態に係る半導体モジュール100の構成を説明する図である。半導体モジュール100は、樹脂等の絶縁材料で形成された筐体と、当該筐体の内部に収容した電気回路とを備える。図1においては電気回路の少なくとも一部分を示しており、筐体を省略している。
【0026】
半導体モジュール100は、複数のスイッチング部20と、スイッチング部20を制御する制御部10とを備える。スイッチング部20は、MOSFETを含んでいる。制御部10は、MOSFETのゲート端子に印加するゲート信号を出力する。
【0027】
図1に示す半導体モジュール100の電気回路は3相インバータであるが、電気回路はこれに限定されない。図1の例の半導体モジュール100は、P端子、N端子、U端子、V端子およびW端子を有する。P端子およびN端子には、所定の電源電圧が印加される。本例の半導体モジュール100は、U相、V相およびW相のそれぞれに対して、2つのスイッチング部20を備える。それぞれのスイッチング部20がスイッチング動作することで、U端子、V端子およびW端子から、位相の異なるU信号、V信号およびW信号が出力される。
【0028】
図2は、それぞれのスイッチング部20を説明する図である。スイッチング部20は、互いに電気的に並列に接続された複数のSiCチップ22を有する。後述するように、それぞれのSiCチップ22には、MOSFETおよび寄生トランジスタが形成されている。図2の例では、複数のMOSFET(SiCチップ22)が、ドレイン線Dおよびソース線Sの間に、互いに並列に接続されている。それぞれのSiCチップ22には、MOSFETと逆並列に接続された還流ダイオードが設けられてよい。図2では還流ダイオードを省略している。
【0029】
制御部10は、それぞれのSiCチップ22におけるMOSFETのスイッチングを制御する。図2の例では、1つのスイッチング部20に含まれる複数のSiCチップ22のゲート端子には、制御部10から同一のゲート信号が入力される。ドレイン線Dおよびソース線Sのそれぞれは、図1に示したいずれかの端子に接続される。
【0030】
SiCチップ22は、チップサイズを大きくすることが比較的に困難であり、大きなドレイン電流を流すことが困難である。複数のSiCチップ22を並列に設けることで、1つのスイッチング部20のドレイン電流を大きくできる。ただし、複数のSiCチップ22を並列に設けた場合、ゲート閾値電圧のばらつき等により特定のSiCチップ22のターンオフタイミングが遅くなると、当該SiCチップ22に電流が集中してしまう。このため、複数のSiCチップ22を並列に設ける構成では、個々のSiCチップ22のアバランシェ耐量を高くすることが好ましい。
【0031】
半導体モジュール100は、電流検知部12を更に備えてよい。電流検知部12は、少なくとも1つのSiCチップ22に流れる電流(例えばドレイン電流)を検知する。電流検知部12は、全てのSiCチップ22に流れる電流を、SiCチップ22ごとに検知してもよい。
【0032】
図3は、SiCチップ22の断面の一例を示す図である。本例のSiCチップ22は、半導体基板30、ソース電極50、ドレイン電極52および層間絶縁膜54を有する。ソース電極50およびドレイン電極52は、アルミニウム等の各種金属を積層した導電材料で形成されている。ソース電極50は半導体基板30の上面に設けられ、ドレイン電極52は半導体基板30の下面に設けられる。
【0033】
半導体基板30は、SiC(炭化珪素)で形成される。半導体基板30は、SiCのインゴットから切り出されウエハを個片化した基板であってよく、当該基板の上にエピタキシャル成長等で形成された部分を更に有してもよい。
【0034】
本例の半導体基板30の内部には、N+型のソース領域38、P+型のコンタクト領域44、ゲートトレンチ部60、P型のベース領域36、N-型のドリフト領域32、および、N+型のドレイン領域34が設けられている。半導体基板30には、N型の領域33、P+型の領域40およびP+型の下端領域42が更に設けられていてもよい。
【0035】
ゲートトレンチ部60は、半導体基板30の上面から内部まで設けられた溝部を有する。溝部の内壁は、酸化膜等のゲート絶縁膜62で覆われている。溝部には、ポリシリコン等の導電材料で形成されたゲート電極64が設けられている。ゲート電極64と半導体基板30とは、ゲート絶縁膜62により絶縁されている。またゲート電極64とソース電極50とは、層間絶縁膜54により絶縁されている。層間絶縁膜54は、例えばBPSG等の絶縁膜である。
【0036】
ソース領域38は、半導体基板30の上面に露出して、ソース電極50と接続している。ソース領域38は、ゲートトレンチ部60の側壁のゲート絶縁膜62と接している。コンタクト領域44は、半導体基板30の上面に露出して、ソース電極50と接続している。コンタクト領域44は、ゲートトレンチ部60とは離れて配置されてよい。
【0037】
ベース領域36は、ソース領域38の下方において、ゲートトレンチ部60の側壁のゲート絶縁膜62と接するように配置されている。ゲート電極64に所定のオン電圧が印加されることで、ゲートトレンチ部60に接するベース領域36の表層がN型に反転し、チャネルが形成される。
【0038】
ドリフト領域32は、ベース領域36の下方に設けられている。ベース領域36にチャネルが形成されることで、ソース領域38とドリフト領域32とが電気的に接続して、ドレイン電流が流れる。ベース領域36とドリフト領域32との間には、ドリフト領域32よりもドーピング濃度の高いN型の領域33が設けられてもよい。領域33に代えてドリフト領域32が設けられていてもよい。また、コンタクト領域44の下方において、ベース領域36とドリフト領域32との間にP+型の領域40が設けられてもよい。また、ゲートトレンチ部60の下端を覆うように、P+型の下端領域42が設けられてもよい。下端領域42を設けることで、ゲートトレンチ部60の下端に対する電界集中を緩和できる。
【0039】
ドレイン領域34は、ドリフト領域32と、半導体基板30の下面との間に配置されている。ドレイン領域34は、半導体基板30の下面に露出して、ドレイン電極52と接続する。
【0040】
SiCチップ22は、MOSFETおよび寄生トランジスタを有する。例えば、ゲートトレンチ部60、ソース領域38、ベース領域36、ドリフト領域32およびドレイン領域34を含む領域がMOSFETとして動作する。例えば、ソース領域38、ベース領域36およびN領域33が、寄生トランジスタ(本例ではバイポーラジャンクショントランジスタ(BJT))として動作する。本明細書では、SiCチップ22の寄生トランジスタをBJTと称する場合がある。
【0041】
寄生トランジスタがオン状態になると、寄生トランジスタに電子電流が流れる。ドリフト領域32に到達した電子は、ドリフト領域32における高電界によりドリフトし、衝突電離によって電子正孔対が生成される。これによりベース領域36に正孔電流が流れ、ベース領域36とソース領域38とのpn接合のポテンシャル障壁が小さくなり、寄生トランジスタに更に電子電流が流れる。このような正帰還がかかることで、SiCチップ22のアバランシェ耐量が低下し得る。
【0042】
本例の制御部10は、半導体モジュール100に含まれる全てのSiCチップ22について、少なくとも寄生トランジスタがオンする状態では、対応するMOSFETのターンオフ時間を0.9μs以下に制御する。ターンオフ時間とは、MOSFETをオン状態からオフ状態に遷移させるのに要する時間である。MOSFETのゲート電圧をオフ電圧に遷移させる直前のドレイン電流をIDS_ONとする。本明細書においてターンオフ時間は、MOSFETのゲート電圧をオフ電圧に遷移させた後に、ドレイン電流IDSが初めて0.9×IDS_ONになった時点から、初めて0.1×IDS_ONになった時点までの時間である。つまりターンオフ時間は、MOSFETのドレイン電流が、オン時のドレイン電流IDS_ONの90%から10%まで減少する時間である。
【0043】
本明細書では、寄生トランジスタがオンする状態におけるMOSFETのターンオフ時間を、第1ターンオフ時間と称する場合がある。第1ターンオフ時間を短くすることで、寄生トランジスタの電子電流が増大しすぎる前にMOSFETをオフすることができ、寄生トランジスタの動作によるSiCチップ22の破壊を抑制できる。制御部10は、第1ターンオフ時間を0.9μs以下に制御してよく、0.8μs以下に制御してよく、0.7μs以下に制御してもよい。
【0044】
なお寄生トランジスタがオンする状態とは、ベース領域36とソース電極50との間の電圧降下ΔVが、ベース領域36とソース領域38とのpn接合の内蔵電位Vbi以上になった状態を指す。ベース領域36における電圧降下ΔVは、ベース領域36とソース電極50との間の接触抵抗R(本例では、ソース電極50とコンタクト領域44との接触抵抗)、ベース領域36の抵抗R、および、ソース電極50からベース領域36に流れる正孔電流Iにより、下式のように定まる。
ΔV=(R+R)I
制御部10は、少なくとも上記の電圧降下ΔVが内蔵電位Vbi以上となる状況では、MOSFETのターンオフ時間を第1ターンオフ時間(例えば0.9μs以下)に制御してよい。接触抵抗Rおよびベース領域36の抵抗Rは、正孔電流Iの値により、寄生トランジスタがオンする状態なのか、オフする状態なのかを区別できる。
【0045】
制御部10は、正孔電流Iを監視し、電流値と所定の基準値との比較結果に基づいてMOSFETのターンオフ時間を変化させてよい。制御部10は、電流検知部12が検出したドレイン電流を所定の基準値と比較してもよい。
【0046】
MOSFETのターンオフ時間は、SiCチップ22をターンオフするときにSiCチップ22のゲート端子に印加するオフ電圧(本例では負バイアス)の絶対値により調整できる。例えばSiCチップ22をターンオンさせるときのオン電圧に対するオフ電圧の差分を大きくすると、ターンオフ時間は短くなる。制御部10は、寄生トランジスタがオフする状態においては、MOSFETのターンオフ時間を第1ターンオフ時間よりも大きい値(例えば0.9μsより大きい値)にしてよい。寄生トランジスタがオンする状態、および、オフする状態のそれぞれにおける、制御部10が生成するオフ電圧の値は、予め制御部10に設定されてよい。つまり、MOSFETのターンオフ時間を第1ターンオフ時間にするためのオフ電圧の値、および、第1ターンオフ時間を第1ターンオフ時間よりも大きい値にするためのオフ電圧の値は、予め制御部10に設定されてよい。MOSFETのターンオフ時間は、MOSFETのゲート端子に接続するゲート抵抗の抵抗値によっても調整できる。例えばゲート抵抗の抵抗値を大きくするとターンオフ時間も大きくなり、ゲート抵抗の抵抗値を小さくするとターンオフ時間も短くなる。MOSFETのターンオフ時間は、ゲート端子に印加するオフ電圧の電圧値により調整してよく、ゲート抵抗の抵抗値により調整してよく、これらを組み合わせて調整してよく、他の方法で調整してもよい。
【0047】
制御部10は、1つのスイッチング部20に含まれる全てのSiCチップ22のMOSFETのターンオフ時間を共通に制御してよい。例えば制御部10は、いずれかのSiCチップ22に流れるドレイン電流が基準値以上となった場合に、当該スイッチング部20に含まれる全てのSiCチップ22のターンオフ時間を、第1ターンオフ時間に制御してよい。
【0048】
他の例では、制御部10は、それぞれのSiCチップ22の寄生トランジスタの状態に応じて、対応するMOSFETのターンオフ時間を個別に制御してもよい。例えば電流検知部12は、それぞれのSiCチップ22に流れるドレイン電流を検知しており、制御部10は、それぞれのドレイン電流に基づいて、対応するSiCチップ22のターンオフ時間を制御してよい。制御部10は、ドレイン電流が基準値以上となったSiCチップ22のターンオフ時間を第1ターンオフ時間に制御し、ドレイン電流が基準値未満のSiCチップ22のターンオフ時間を、第1ターンオフ時間よりも大きい時間に制御してよい。
【0049】
他の例の制御部10は、寄生トランジスタがオフする状態においても、対応するMOSFETのターンオフ時間を第1ターンオフ時間と同様の値(例えば0.9μs以下)に制御してよい。つまり制御部10は、寄生トランジスタの状態によらず、一定のオフ電圧を生成してよい。この場合、半導体モジュール100は、正孔電流I(またはSiCチップ22に流れるドレイン電流)を検出する電流センサを備えなくてもよい。半導体モジュール100の出荷前に、制御部10に当該オフ電圧が設定されてよい。当該オフ電圧は、全てのスイッチング部20に対して共通であってよく、異なっていてもよい。また当該オフ電圧は、1つのスイッチング部20に含まれるSiCチップ22の間で共通であってよく、異なっていてもよい。
【0050】
図4は、参考例に係るSiCチップ122の一例を示す断面図である。SiCチップ122は、図3に示したSiCチップ22に対して、ソース領域38を有さない点で相違する。図4の例では、ソース領域38に代えてベース領域36が設けられている。SiCチップ22にはMOSFETが設けられているが、SiCチップ122にはダイオードが設けられている。本明細書では、SiCチップ22に設けられた素子をSiCトレンチMOSFETと称し、SiCチップ122に設けられた素子をSiCトレンチダイオードと称する場合がある。SiCチップ122には、寄生トランジスタが設けられていない。対応する要素の大きさおよびドーピング濃度は、SiCチップ22およびSiCチップ122で同一である。
【0051】
図5は、被試験デバイス(DUT)の特性を測定する測定回路200の一例を示す図である。測定回路200は、被試験デバイスの非クランプ誘導性スイッチング試験(UIS試験)を行う。図5の例では、被試験デバイスDUTはSiCチップ22である。測定回路200は、駆動デバイス202、負荷インダクタ204、電源206、パルス発生器210、ゲート抵抗208、ゲート抵抗209およびゲート制御部212を有する。本明細書では、負荷インダクタ204のインダクタンスを負荷インダクタンスLと表示する場合がある。
【0052】
電源206は、電源電力を生成し、負荷インダクタ204を介して駆動デバイス202およびDUTに供給する。駆動デバイス202は、DUTと並列に接続されている。駆動デバイス202は、SiCチップ22よりも高耐圧のMOSFETである。また駆動デバイス202は、主電流が流れる活性領域の面積がSiCチップ22よりも大きく、SiCチップ22よりも大きなドレイン電流を流すことができる。
【0053】
パルス発生器210は、ゲート抵抗208を介して駆動デバイス202にゲート信号を印加して、駆動デバイス202のスイッチングを制御する。ゲート制御部212は、ゲート抵抗209を介してDUTにゲート電圧を印加して、DUTをオン状態に制御する。
【0054】
駆動デバイス202を所定の期間オン状態にしてからオフ状態に遷移させると、駆動デバイス202に流れていた電流に応じた電流が、負荷インダクタ204によりDUTに流れる。このような制御により、DUTに大きな電流を流すことができる。UIS試験においては、電源206が生成する電源電圧を徐々に増加させて、それぞれの電源電圧において、駆動デバイス202をオン状態からオフ状態に遷移させる処理を繰り返す。そして、DUTが破壊されたときの処理における電源電圧と、破壊される直前の処理における電源電圧とを検出する。本明細書では、DUTが破壊されたときの処理(または測定)をfail、DUTが破壊される直前の処理(または測定)をlastと称する場合がある。UIS試験においては、DUTが破壊される直前の処理においてDUTに流れていたドレイン電流を測定してよい。本明細書では、ドレイン電流をチップの活性領域の面積で除算した値をドレイン電流密度と称する。活性領域とは、MOSFETまたはダイオード等の、半導体基板30の上面と下面との間に電流が流れる領域である。ソース電極50で覆われた領域を活性領域として扱ってもよい。活性領域の面積とは、半導体基板30の上面と垂直な方向から見た場合の面積を指す。本明細書では、DUTが破壊される直前の処理におけるドレイン電流密度のピーク値をアバランシェ許容電流密度JAV(A/cm)とし、アバランシェ降伏期間中の各時間でのドレイン電圧とドレイン電流の積をアバランシェ降伏期間内で積分し、活性領域の面積で除算した値をアバランシェ保持エネルギーEAV(J/cm)と称する。アバランシェ許容電流密度JAVおよびアバランシェ保持エネルギーEAVは、DUTのアバランシェ耐量を示している。
【0055】
図6は、UIS試験におけるドレイン電圧およびドレイン電流の波形の一例を示す図である。図6において、IDSはDUTに流れる電流であり、I3.3kV_MOSは駆動デバイス202に流れる電流であり、ITOTALは、駆動デバイス202およびDUTに流れる電流の和(IDS+I3.3kV_MOS)である。またVDSは、DUTのドレイン電圧である。
【0056】
図6の例において、時間0のタイミングで駆動デバイス202をオンからオフに遷移させている。I3.3kV_MOSの減少に伴いIDSが増加し、I3.3kV_MOSのピーク値Ipeakに応じたドレイン電流IDSがDUTに流れる。ドレイン電流IDSのピーク値をIAVとする。ドレイン電流のピーク値IAVは、ドレイン電流密度のピーク値JAVに活性領域の面積Act.Areaを乗算した値である。
【0057】
SiCチップ22等のDUTのアバランシェ降伏期間をtAVとする。アバランシェ降伏期間tAVは、ドレイン電圧VDSの立ち上がりエッジから、立ち下りエッジまでの時間である。アバランシェ降伏期間tAVは、負荷インダクタンスLが大きいほど長くなる。
【0058】
図7は、UIS試験において、負荷インダクタンスLを変化させたときのアバランシェ許容電流密度JAVの測定結果を示す図である。本例のUIS試験は、175℃の周囲温度で行っている。本例では、DUTをSiCチップ22(SiCトレンチMOSFET)にした場合と、SiCチップ122(SiCトレンチダイオード)にした場合とを比較している。また、DUTがシリコンのIGBTの例も合わせて示している。
【0059】
図8は、UIS試験において、負荷インダクタンスLを変化させたときのアバランシェ保持エネルギーEAVの測定結果を示す図である。本例のUIS試験は、175℃の周囲温度で行っている。本例では、DUTをSiCチップ22(SiCトレンチMOSFET)にした場合と、SiCチップ122(SiCトレンチダイオード)にした場合とを比較している。また、DUTがシリコンのIGBTの例も合わせて示している。
【0060】
図7および図8に示すように、負荷インダクタンスLが比較的に低い低L領域(Low L)と、負荷インダクタンスLが比較的に大きい高L領域(High L)では、SiCトレンチMOSFETのアバランシェ耐量とSiCトレンチダイオードのアバランシェ耐量は同等となった。一方で、負荷インダクタンスLが中間値となる中間L領域(Medium L)では、SiCトレンチMOSFETのアバランシェ耐量は、SiCトレンチダイオードのアバランシェ耐量よりも低くなっている。中間L領域は、例えば10μLから100μHの領域を含む。
【0061】
SiCトレンチダイオードにおいては、寄生トランジスタが設けられていない。SiCトレンチダイオードのアバランシェ耐量は、熱破壊に対する耐量と考えられる。熱破壊は、電流が流れることによるジュール熱で半導体基板30内の温度が高くなり、所定の熱破壊臨界温度を超えることで生じる。図8に示すように、SiCトレンチダイオードでは、負荷インダクタンスLの増加に伴い、アバランシェ保持エネルギーEAVが単調に増加している。これはDUTの破壊がある臨界温度に達した時に起こるとの仮定の下、負荷インダクタンスLが小さいときにはアバランシェ降伏期間が短くなり(その分電流値は大きくなる)、発熱がドリフト層内にほぼとどまっている(断熱的)と考えられる。これに対し、負荷インダクタンスLを大きくするとアバランシェ降伏期間が増加し、熱が外部に拡散していくので、臨界温度にするためのエネルギーが大きくなるためと考えられる。
【0062】
SiCトレンチMOSFETにおいても上述した熱破壊が生じる。ただし中間L領域では、SiCトレンチMOSFETの寄生トランジスタが動作し、上述した正帰還がかかり、アバランシェ耐量が低下していると考えられる。寄生トランジスタが正帰還動作するには、半導体基板30の内部温度が所定の正帰還臨界温度以上になる必要がある。負荷インダクタンスLが小さい領域では、アバランシェ降伏期間tAVが短いので、熱の拡散長が小さくなる。このため、局所的に温度が高くなりやすく、より低いエネルギーで臨界温度に到達する。図7および図8の例では、負荷インダクタンスLが10μH以上の領域で、SiCトレンチMOSFETの寄生トランジスタが正帰還動作して、アバランシェ耐量が低下している。一方で、負荷インダクタンスLが大きいと、アバランシェ降伏期間tAVが長くなり、熱の拡散長が大きくなる。このため、正帰還臨界温度に達するのにより大きなエネルギーが必要となる。このため、中間L領域において、負荷インダクタンスLが大きくなるにつれて、SiCトレンチMOSFETのアバランシェ耐量が上昇している。
【0063】
図9は、DUTに印加される電源電圧Vccを300Vとした場合の、UIS試験における測定波形を示す図である。本例のUIS試験では、負荷インダクタンスLを2μH、周囲温度を175℃としている。本例のDUTは、SiCチップ22(SiCトレンチMOSFET)である。SiCチップ22の耐圧は、1.2kVである。本明細書において特に説明しない場合、UIS試験におけるDUTはSiCチップ22(SiCトレンチMOSFET)である。
【0064】
図9では、SiCチップ22が破壊された処理におけるSiCチップ22のドレイン電圧をVDS(fail)、ドレイン電流密度をJDS(fail)とし、SiCチップ22が破壊される直前の処理におけるSiCチップ22のドレイン電圧をVDS(last)、ドレイン電流密度をJDS(last)としている。
【0065】
図10は、DUTに印加される電源電圧Vccを1150Vとした場合の、UIS試験における測定波形を示す図である。他の条件は図9の例と同様である。
【0066】
ドレイン電流IDSは、(VDS-Vcc)/Lの傾きで減少する。このため、Vccを増大させると、ドレイン電流IDSの傾きが小さくなり、アバランシェ降伏期間tAVが長くなる。
【0067】
Vcc=300Vでは、約6000A/cmまでドレイン電流を流すことができた。一方で、Vcc=1150Vとすると、約3000A/cmまでしかドレイン電流を流せなくなった。Vcc=1150Vの場合、アバランシェ降伏期間tAVが0.93μsまでは寄生トランジスタの正帰還動作が起こらなかった。さらにアバランシェ電流が増加すると0.4μs程度で寄生トランジスタの正帰還によるSiCチップ22の破壊が発生した。このため、制御部10がSiCチップ22のターンオフ期間を0.9μs以下にすることで、SiCチップ22の耐量低下を抑制できる。つまり、SiCチップ22のターンオフ期間を0.9μs以下にすることで、寄生トランジスタの正帰還動作による破壊が生じる前に、熱破壊を引き起こすことができ、寄生トランジスタの正帰還動作による耐量低下を防げる。
【0068】
Vcc=300Vでは、アバランシェ降伏期間tAVが0.80μs前後で寄生トランジスタが正帰還動作してSiCチップ22が破壊された。このため、制御部10がSiCチップ22のターンオフ期間を0.8μs以下にすることで、SiCチップ22の耐量低下を更に抑制できる。
【0069】
それぞれのSiCチップ22の寄生トランジスタは、対応するMOSFETに流れる主電流(ドレイン電流)の電流密度が6000A/cm以下の領域ではオンしないように設計されてよい。上述したように、ソース電極50とコンタクト領域44との接触抵抗R、および、ベース領域36の抵抗Rの少なくとも一方を調整することで、寄生トランジスタがオンし始める電流密度を調整できる。接触抵抗Rは、例えばソース電極50とコンタクト領域44の接触面積、および、コンタクト領域44のドーピング濃度の少なくとも一方により調整できる。接触抵抗Rは、最大で9.0mΩcm以下の抵抗値とするのがよい。この接触抵抗Rは、全面がP+の場合での接触抵抗を活性面積に占める割合で割った値である。ベース領域36の抵抗Rは、ベース領域36のドーピング濃度により調整できる。一例としてベース領域36のアクセプタ濃度の最大値は、1×1017/cm以上であってよく、5×1017/cm以上であってよく、1×1018/cm以上であってもよい。また、一例としてベース領域36のドーピング濃度の最大値を8×1017/cm以上とすることにより、寄生トランジスタの正帰還動作を防止できる。これは温度増加に伴い、正孔移動度が減少するが、正孔濃度は増加するためである。
【0070】
図36は、デバイスシミュレーションにおいてベース領域のアクセプタ濃度を変えた場合の正孔移動度と温度特性を示す図である。図37は、デバイスシミュレーションにおいてベース領域のアクセプタ濃度を変えた場合の正孔濃度と温度特性を示す図である。図38は、デバイスシミュレーションにおいてベース領域のアクセプタ濃度を変えた場合のベース領域の抵抗値と温度特性を示す図である。それぞれの領域Iは、ベース領域36のアクセプタ濃度が1.6×1018/cmの場合である。領域IIは、ベース領域36のアクセプタ濃度が8×1017/cmの場合である。領域IIIは、ベース領域36のアクセプタ濃度が4×1017/cmの場合である。領域IVは、ベース領域36のアクセプタ濃度が2×1017/cmの場合である。領域Vは、ベース領域36のアクセプタ濃度が1×1017/cmの場合である。ベース領域36のシート抵抗は図36に示すように1/(q μh p)に比例する。しかし、図38に示すように4×1017/cm以下の領域III~Vでは600K以上で抵抗が増加するのに対し、8×1017/cm以上の領域Iと領域IIでは温度の増加とともにシート抵抗が減少している。温度とともにシート抵抗が減少する場合は、高温でベース領域36の電圧降下が小さくなり、寄生トランジスタの正帰還動作がかからない。
【0071】
制御部10は、それぞれのSiCチップ22に流れるドレイン電流の電流密度が6000A/cmを超える場合に、それぞれのSiCチップ22のターンオフ時間を第1ターンオフ時間に設定してよい。このような設計および制御により、SiCチップ22の耐量低下を抑制できる。
【0072】
制御部10は、それぞれのSiCチップ22に流れるドレイン電流の波形に基づいて、それぞれのSiCチップ22(または全てのSiCチップ22)のMOSFETのターンオフ時間を制御してもよい。例えば制御部10は、ドレイン電流の波形の立ち上りエッジの傾きに基づいて、それぞれのSiCチップ22のMOSFETのターンオフ時間を制御してよい。制御部10は、当該傾きが、所定の基準値以上の場合に、ターンオフ時間を第1ターンオフ時間に設定してよい。制御部10は、ドレイン電流の波形が立ち上がっている途中の段階で、当該立ち上り波形に基づいてドレイン電流のピーク値IAVを推定し、推定したピーク値が所定の基準値以上となる場合には、ターンオフ時間を第1ターンオフ時間に設定してよい。これにより、寄生トランジスタがオンしそうなSiCチップ22のターンオフ時間を短くして、耐量低下を抑制できる。または、いずれかのSiCチップ22において寄生トランジスタがオンしそうな場合に、全てのSiCチップ22のターンオフ時間を短くして、耐量低下を抑制できる。
【0073】
図11は、アバランシェ降伏期間tAVを変化させたときの、アバランシェ耐量の変化を示す図である。図11においては、SiCトレンチダイオードのUIS試験において、負荷インダクタンスLを変化させることでアバランシェ降伏期間を変化させた例を丸印で示しており、SiCトレンチMOSFETのUIS試験において、負荷インダクタンスLを変化させることでアバランシェ降伏期間を変化させた例を上向きの三角印で示している。また、図9および図10において説明した例を、それぞれ下向きの三角印で示している。また、図9および図10と同様の測定をSiCトレンチダイオードに対して行った結果を、四角印で示している。
【0074】
図7および図8において説明したように、SiCトレンチMOSFETでは、アバランシェ降伏期間が大きくなると寄生トランジスタが正帰還動作して、耐量が低下している。図11に示すように、電源電圧Vccを300Vから1150Vに増加させた場合のSiCトレンチMOSFETでは、アバランシェ降伏期間が0.8μsから0.93μsに増加し、それに伴いアバランシェ耐量が低下している。一方で、SiCトレンチダイオードは、電源電圧Vccを300Vから1150Vに増加させても、アバランシェ耐量はほとんど変化していない。
【0075】
図12は、測定回路200の他の例を示す図である。本例では、DUTであるSiCチップ22を、2つの部分に分けて示している。つまり、SiCチップ22-1およびSiCチップ22-2は、同一のチップの異なる部分である。
【0076】
SiCチップ22-1は、主要領域であるSiCチップ22-2に対して、接触抵抗Rを異ならせた局所領域である。接触抵抗は、例えば2つのトレンチ部に挟まれた1つのメサ部に設けられたコンタクト領域44と、ソース電極50との間の抵抗である。または、上面視における1つのコンタクト領域44と、ソース電極50との間の抵抗である。本例のSiCチップ22-2における接触抵抗Rは1.8mΩcmあるいは0.18mΩcmであり、SiCチップ22-1における接触抵抗Rは、9mΩcm~180mΩcmである。
【0077】
図13は、SiCチップ22-1およびSiCチップ22-2におけるドレイン電圧およびドレイン電流を示している。図12においてSiCチップ22-1のドレイン電流密度をJDS1とし、SiCチップ22-2のドレイン電流密度をJDS2とし、合計のドレイン電流密度をJDSとする。
【0078】
接触抵抗Rが高い局所領域が存在すると、ターンオフ期間の終期の近傍等において、局所領域に電流が集中する場合がある。このため局所領域が破壊されやすくなり、チップ全体の耐量が低下する場合がある。
【0079】
図14Aは、局所領域が存在する場合に、SiCチップ22の寄生トランジスタが動作したか否かを示す表である。図14Aの例では、ドレイン電流の電流密度は6000A/cm以上であり、負荷インダクタンスLは10μHである。図14Aでは、局所領域の接触抵抗Rと、局所領域の面積割合とを変化させたときに、寄生トランジスタ(BJT)が動作したか否かを示している。局所領域の接触抵抗Rは、例えばコンタクト領域44のドーピング濃度により調整できる。局所領域の面積割合は、コンタクト領域44が設けられた全体面積に対して、コンタクト領域44の接触抵抗Rが小さい局所領域が占める割合である。図14Aの例では、局所領域の面積割合を、1ppmから40%まで変化させている。
【0080】
図14Aに示すように、局所領域の接触抵抗Rが9.0mΩcmの場合、局所領域が存在していても寄生トランジスタは動作しなかった。SiCチップ22においては、接触抵抗Rの最大値は、9mΩcm以下であってよい。これにより、SiCチップ22の寄生トランジスタの動作を抑制し、耐量低下を抑制できる。
【0081】
接触抵抗Rが10.8mΩcmの場合、局所領域の面積割合が1%以下だと、寄生トランジスタが動作した。局所領域の面積割合が小さいと、小さい領域の電流が集中するので寄生トランジスタが動作しやすくなる。一方で、局所面積の面積割合が2%以上だと、寄生トランジスタは動作しなかった。また、接触抵抗Rが14.4mΩcmおよび18.0mΩcmの場合、局所領域の面積割合が2%以下だと、寄生トランジスタが動作した。一方で、局所面積の面積割合が4%以上だと、寄生トランジスタは動作しなかった。さらに、接触抵抗Rが180mΩcmの場合、局所領域の面積割合が4%以下だと、寄生トランジスタが動作した。一方で、局所面積の面積割合が6%以上だと、寄生トランジスタは動作しなかった。このようなことからSiCチップ22においては、接触抵抗Rが9.0mΩcmより大きく10.8mΩcm以下では最大値となる領域の面積を2%以上としてもよく、接触抵抗Rが10.8mΩcmより大きく18.0mΩcm以下では最大値となる領域の面積を4%以上としてもよく、接触抵抗Rが18.0mΩcmより大きく180mΩcm以下では最大値となる領域の面積を6%以上としてもよい。BJT破壊は、主要領域の接触抵抗Rではなく、局所領域の面積割合とその接触抵抗Rに依存している。
【0082】
図14Bは、SiCチップ22の断面の他の例を示す図である。本例のSiCチップ22は、コンタクト領域44の構造が、本明細書において説明した他の例と相違する。コンタクト領域44以外の構造は、本明細書において説明したいずれかの態様と同様である。本例のSiCチップ22は、コンタクト領域44の構造を変更することで、接触抵抗Rを小さくする。これにより、SiCチップ22の寄生トランジスタの動作を抑制し、耐量低下を抑制できる。
【0083】
本例では、半導体基板30においてソース電極50が設けられた面を上面21とする。上面21と平行な2つの軸をX軸およびY軸とする。X軸およびY軸は互いに直交している。上面21と垂直な軸をZ軸とする。Z軸は、半導体基板30の深さ方向を示す軸である。X軸方向は第1の方向の一例であり、Y軸方向は第2の方向の一例である。
【0084】
本例では、複数のゲートトレンチ部60が、X軸方向に沿って所定の間隔で配置されている。それぞれのゲートトレンチ部60は、半導体基板30の上面21から半導体基板30の内部まで設けられている。X軸方向において2つのゲートトレンチ部60に挟まれた半導体基板30の領域を、メサ部61と称する。
【0085】
図3等において説明したように、上面21におけるメサ部61には、ソース領域38およびコンタクト領域44が設けられている。ソース領域38は、上面21においてゲートトレンチ部60と接して設けられた第1導電型(本例ではN+型)の領域である。コンタクト領域44は、上面21に設けられた第2導電型(本例ではP+型)の領域である。
【0086】
本例のコンタクト領域44は、ソース領域38よりも上側に突出する突出部45を有する。突出部45の上面および側面は、ソース電極50と接触する。突出部45を設けることで、ソース電極50とコンタクト領域44との接触面積を増大させることができ、コンタクト抵抗Rのばらつきを低減できる。
【0087】
X軸方向におけるコンタクト領域44の幅を第1の幅W1とする。第1の幅W1は、コンタクト領域44の当該方向における最大の幅である。Z軸方向において、突出部45がソース領域38の上端よりも突出する長さを、突出長さH1とする。突出長さH1は、突出部45の上端と、ソース領域38の上端との、Z軸方向における距離である。
【0088】
突出長さH1は、第1の幅W1以上であってよい。突出長さH1を大きくすることで、ソース電極50とコンタクト領域44との接触面積を増大させることができ、コンタクト抵抗Rを低減できる。突出長さH1は、第1の幅W1の1.5倍以上であってよく、2倍以上であってもよい。
【0089】
図14Bの例では、X軸方向における突出部45の幅は、コンタクト領域44の第1の幅W1と同一である。他の例では、突出部45の幅は第1の幅W1より小さくてもよい。半導体基板30の上面21において、突出部45以外の領域を所定の深さまでエッチングすることで、突出部45を形成してよい。突出部45を形成した後に、ゲートトレンチ部60を形成してよい。
【0090】
図14Cは、SiCチップ22の断面の他の例を示す図である。本例のSiCチップ22は、突出部45の構造が、図14Bの例と相違する。他の構造は、図14Bの例と同様である。
【0091】
本例のSiCチップ22は、1つのメサ部61において、コンタクト領域44が複数の突出部45を有している。複数の突出部45を設けることで、ソース電極50とコンタクト領域44との接触面積を更に増大させることができる。1つのコンタクト領域44が、2つの突出部45を有してよく、3つ以上の突出部45を有していてもよい。
【0092】
本例の複数の突出部45は、X軸方向に並んでいる。2つの突出部45の間のコンタクト領域44の上端は、ソース領域38の上端の位置と同一であってよく、ソース領域38の上端より上方に配置されてよく、ソース領域38の上端より下方に配置されていてもよい。
【0093】
図14Dおよび図14Eは、SiCチップ22の断面の他の例を示す図である。図14Dおよび図14Eの例では、Y軸方向に沿って、コンタクト領域44およびソース領域38が交互に配置されている。図14Dは、コンタクト領域44を通過するXZ断面を示し、図14Eは、ソース領域38を通過するXZ断面を示している。本例のコンタクト領域44およびソース領域38のそれぞれは、X軸方向において、2つのゲートトレンチ部60の間の全体に設けられている。
【0094】
図14Dに示すように、本例のコンタクト領域44も突出部45を有している。X軸方向において、突出部45の幅は、コンタクト領域44の幅と同一であってよく、コンタクト領域44の幅より小さくてもよい。突出部45は、ゲートトレンチ部60を覆う層間絶縁膜54と接していてよく、離れていてもよい。
【0095】
図14Fは、図14Dおよび図14Eにおけるd-d線を通過するYZ断面の一例を示す図である。図14Fに示すように、Y軸方向に離散的に配置されたそれぞれのコンタクト領域44が突出部45を有している。本例では、複数の突出部45がY軸方向に並んでいる。本例では、それぞれのコンタクト領域44は、1つの突出部45を有している。Y軸方向において、突出部45の幅は、コンタクト領域44の幅と同一であってよく、コンタクト領域44の幅より小さくてもよい。
【0096】
本例では、コンタクト領域44のY軸方向の幅を第1の幅W1とする。突出部45の突出長さH1は、第1の幅W1以上であってよい。突出長さH1は、第1の幅W1の1.5倍以上であってよく、2倍以上であってもよい。
【0097】
図14Gは、d-d線を通過するYZ断面の他の例を示す図である。本例のSiCチップ22は、突出部45の構造が、図14Fの例と相違する。他の構造は、図14Fの例と同様である。
【0098】
本例のSiCチップ22は、1つのコンタクト領域44が、Y軸方向に並んだ複数の突出部45を有している。2つの突出部45の間のコンタクト領域44の上端は、ソース領域38の上端の位置と同一であってよく、ソース領域38の上端より上方に配置されてよく、ソース領域38の上端より下方に配置されていてもよい。複数の突出部45を設けることで、ソース電極50とコンタクト領域44との接触面積を更に増大させることができる。
【0099】
図14Hは、SiCチップ22の断面の他の例を示す図である。本例のSiCチップ22は、本明細書において説明した他の例に対して、コンタクトトレンチ部47を更に備える。他の構造は、本明細書において説明したいずれかの例と同様である。
【0100】
ソース領域38とコンタクト領域44とは、X軸方向またはY軸方向において接している。本例のコンタクトトレンチ部47は、ソース領域38およびコンタクト領域44の境界位置を含み、且つ、ソース領域38およびコンタクト領域44のそれぞれの領域に配置された部分を有する溝部である。コンタクトトレンチ部47の側壁にはコンタクト領域44が露出しており、コンタクトトレンチ部47の内部にはソース電極50が充填されている。これにより、ソース電極50とコンタクト領域44との接触面積を更に増大させることができる。
【0101】
他の例では、コンタクトトレンチ部47は、コンタクト領域44の内部には設けられなくてもよい。この場合も、コンタクトトレンチ部47は、ソース領域38およびコンタクト領域44の境界位置を含み、且つ、ソース領域38に配置された部分を有する。本例では、コンタクト領域44に接する位置における、ソース領域38の上端51が、ゲートトレンチ部60の上端53よりも下方に配置されている。コンタクトトレンチ部47の側壁にはコンタクト領域44が露出しており、コンタクトトレンチ部47の内部にはソース電極50が充填されている。これにより、ソース電極50とコンタクト領域44との接触面積を更に増大させることができる。
【0102】
本例のコンタクトトレンチ部47は、X軸方向に隣り合うソース領域38およびコンタクト領域44の境界位置に配置されている。コンタクトトレンチ部47は、Y軸方向に延伸して設けられてよい。つまりコンタクトトレンチ部47のY軸方向の長さは、X軸方向の長さより大きくてよい。
【0103】
他の例では、コンタクトトレンチ部47は、図14Fに示したような、Y軸方向に隣り合うソース領域38およびコンタクト領域44の境界位置に配置されていてもよい。この場合、コンタクトトレンチ部47は、X軸方向に延伸して設けられてよい。つまりコンタクトトレンチ部47のX軸方向の長さは、Y軸方向の長さより大きくてよい。
【0104】
(SiCトレンチMOSFETにおけるアバランシェ耐量の負荷インダクタンス依存性および破壊メカニズムの考察)
以下においては、SiCトレンチMOSFETにおけるアバランシェ耐量の負荷インダクタンス依存性および破壊メカニズムの考察を述べる。以下の考察は、本発明の範囲を、請求項に記載した内容を超えて限定するものではない。以下の考察において、上述したSiCトレンチMOSFETを単にMOSFET、SiCトレンチダイオードを単にダイオードと称する場合がある。
【0105】
4H-SiCを用いた金属酸化物半導体電界効果型トランジスタ(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor:MOSFET)は、現在主流のシリコン(Si)を用いた絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(Insulated Gate Bipolar Transistor:IGBT)と比較して、高速スイッチング、低導通損失、高温動作など様々なアドバンテージがある。そのため、SiC-MOSFETは、自動車、鉄道、再生可能エネルギーシステムなど、さまざまなアプリケーションでの利用が始まっている。
【0106】
近年SiCウェハ結晶中に存在するキラー欠陥密度の低減が進み、SiC素子の良品率は改善されてきた。しかしそれでもSiC素子のチップサイズは、良品率を高く維持するためには1cm程度までしか大きくできない。従って電流定格が大きいパワーモジュールではSiCチップを並列接続する必要がある。この場合の懸念の一つは、ゲートしきい値電圧(Vth)が低いなどの理由で特定チップのターンオフ時間が遅くなり、結果としてそのチップにモジュールの全電流が集中してアバランシェ降伏を引き起こすことである。アバランシェ耐量が不十分な場合、素子が破壊してしまうことがある。最新のSiCモジュールでは、スイッチング損失低減のため、高dI/dt(I:ドレイン電流)で動作させており、高いサージ電圧が発生するので注意が必要である。例えば寄生ループインダクタンスが100nH、ターンオフ時のdI/dtが5kA/μsの動作条件では500Vもの大きなサージ電圧が発生し、アバランシェ降伏を引き起こし、破壊のリスクが高まる。このようなことから最先端モジュール向けSiC MOSFETは高アバランシェ耐量とする必要がある。
【0107】
SiC-MOSFETの非クランプ誘導性スイッチング(Unclamped Inductive Switching:UIS)試験によるアバランシェ耐量については多くの研究がなされている。中にはUIS試験における負荷インダクタンスに対するアバランシェ耐量の依存性を調べたものもある。前述のように特定のチップにターンオフ時に電流集中する場合、一素子の定格電流の並列個数倍のアバランシェ電流導通時でも破壊しない設計とする必要がある。一般的にモジュールの寄生インダクタンスは1μH以下と低いので、そのような低インダクタンスでも破壊しないアバランシェ電流を調査することはSiC MOSFETを実用化する上で極めて重要だが、そのような報告は見受けられない。
【0108】
一方で、UIS試験における破壊メカニズムは完全には解明されているとは言い難い。破壊メカニズムの一つは高電圧下で大電流が流れるとジュール熱により素子内温度が高くなり、ある臨界温度にて破壊が起きるというものである(A. Konstantinov, F. Allerstam, H. Pham, G. Park, K. S. Park, D. Waible, and T. Neyer, "Critical temperature and failure mechanism of SiC Schottky rectifiers in Unclamped Inductive Switching (UIS)", Proceedings of the 2020 32nd International Symposium on Power Semiconductor Devices and ICs (ISPSD), 2020, pp.158-161)。また、Ren等は負荷インダクタンス 75μH~10 mHでのSiCプレーナMOSFETのアバランシェ破壊モードとして寄生バイポーラトランジスタ(Bipolar Junction Transistor:BJT)動作の可能性を検討している(N. Ren, K. L. Wang, "Failure Mechanism Analysis of SiC MOSFETs in Unclamped Inductive Switching Conditions", Proc. 31st International Symposium on Power Semiconductor Devices & ICs, 2019, pp.183-186)。さらにHu等は、負荷インダクタンスを1.2mHから9.5mHと増加すると、アバランシェ破壊に至るアバランシェエネルギーが増加し、アバランシェ電流が減少したと報告している(J. Hu, O. Alatise, J. A. O. Gonzalez, R. Bonyadi, L. Ran and P. A. Mawby, "The Effect of Electrothermal Nonuniformities on Parallel Connected SiC Power Devices Under Unclamped and Clamped Inductive Switching ", IEEE Transactions on Power Electronics, Vol.31, No.6, 2016, pp.4526-4535)。これは負荷インダクタンスが高い場合にはアバランシェ電流が小さいので、アバランシェ電流のセル間のばらつきが小さく、素子表面のn+ソース/pベース/n・JFTにより構成される寄生BJT動作が抑制されたためであるとしている。Fayyaz等は、アバランシェ降伏条件下での高い素子内温度によってゲートしきい値電圧(Vth))の低下が引き起こされ、それによりMOSチャネル電流が流れることで、素子内温度がさらに上がり破壊に至るという破壊メカニズムを提案している(A. Fayyaz, A. Castellazzi, G. Romano, M. Riccio, A. Irace, J. Urresti and N. Wright, "UIS failure mechanism of SiC power MOSFETs", IEEE 4th Workshop on Wide Bandgap Power Devices and Applications (WiPDA), 2016, pp.118-122)。しかし、Nida等はターンオフ時のゲート負バイアスのアバランシェ耐量への影響を調査し、ゲート負バイアスを深くしてもアバランシェ耐量は改善しないことを報告している(S. Nida, T. Ziemann, B. Kakarla, and U. Grossner, "Effect of Negative Gate Bias on Single Pulse Avalanche Ruggedness of 1.2kV Silicon Carbide MOSFETs", Materials Science Forum, Vol.924, 2018, pp.735-738)。このようにアバランシェ破壊メカニズムは今もって明らかにはなっていない。
【0109】
以上のような背景から、本考察は以下のことを目的とする。
(1)Si-IGBTに対するSiC-MOSFETの並列接続の優位性を示すこと。実際のパワーモジュールの寄生インダクタンス値に近い1μH(本考察で検証可能な最小負荷インダクタンス)におけるアバランシェ許容電流を測定し、モジュール内における各素子の並列接続可能な最大個数を求める。
(2)アバランシェ破壊メカニズムを明らかにすること。素子表面近傍の寄生n-p-n BJTの影響を検証するために、SiCトレンチMOSFETからn+ソース領域を意図的に除去したSiCトレンチダイオードを試作・評価した。1μH~5mHの広い範囲で、SiCトレンチMOSFETとSiCトレンチダイオードのアバランシェ耐量(電流とエネルギー)を調査・比較し、デバイスシミュレーションでアバランシェ破壊メカニズムを検証する。
【0110】
(素子構造およびアバランシェ耐量評価方法)
本考察での評価素子(Device Under Test:DUT)は、SiCトレンチMOSFET、SiCトレンチダイオードおよびSi-IGBTである。これらDUTの電圧定格は1.2kVであり、電流定格も同様とした。SiCトレンチMOSFETおよびSiCトレンチダイオードの断面図を図3および図4に示す。
【0111】
SiCトレンチMOSFETは、トレンチ底部のpウェルによって逆方向バイアス時に高電界からゲート酸化膜を保護するように設計されている。またpベース/n領域/トレンチ底pウェルで構成されるJFET(Junction Field Effect Transistor)領域は、低オン抵抗(低Ron・A)、低ドレイン・ソース間リーク電流、および高耐圧を同時に満たすように最適化されている。さらに、約5Vの高Vthとして電気ノイズによる誤ターンオンを防ぎつつ、ゲート酸化プロセスの最適化によりRon・Aを低く保っている。ドレイン・ソース間のオフ時のリーク電流1mA時の耐圧(BVDSS)は、25℃の代表値で1540Vである。SiCトレンチダイオードは、n+ソース領域が存在しないこと以外は構造・寸法はSiCトレンチMOSFETと同じである。
【0112】
比較対象であるSi-IGBTにはトレンチゲート構造、薄ウェハによるフィールドストップ層、最適化された表面設計など最先端のデバイス技術が盛り込まれており、良好なオン電圧とターンオフ損失のトレードオフを示す構造となっている。図5に本考察でのUIS回路を示す。温度25℃~175℃で測定を行った。このUIS回路は、DC電圧電源、1μH~5mHの範囲の負荷インダクタンス、ゲート・ソース端子をショートした1.2kV SiC-DUT、ゲート駆動用MOSFETで構成されている。ゲート駆動用MOSFETは、1.2kV SiC-DUTのみにアバランシェ降伏を引き起こすために3.3kVと高い耐圧クラスとし、さらに活性領域を1.2kV SiC-DUTの約6倍として低インダクタンス領域において十分高いドレイン電流が得られるようにしている。UIS試験はDC電源の電圧を徐々に増加させながら、素子の破壊が起きるまで繰り返し実施される。破壊前に素子ダメージがあると正確な耐量評価ができないが、図15に示すように1200Vでのドレイン・ソース間のリーク電流(IDSS)は破壊前のUIS測定時ではほぼ一定で推移しており、デバイス破壊前にデバイスダメージはないことを確認している。素子破壊前の最後のUIS試験におけるドレイン電流密度のピークをアバランシェ許容電流密度JAV[A/cm]とし、アバランシェ降伏期間中の各時間でのドレイン電圧とドレイン電流の積をアバランシェ期間で積分し、活性面積で割ったものをアバランシェ保持エネルギーEAV[J/cm]としている。これらJAV、EAVをアバランシェ耐量と呼ぶ。
【0113】
(SiCトレンチMOSFETのアバランシェ耐量の負荷インダクタンス依存性)
図7図8図16および図17にアバランシェ許容電流密度JAVとアバランシェ保持エネルギーEAVの負荷インダクタンス依存性を示す。負荷インダクタンスは1μH~5mHの範囲で、温度は25℃~175℃の範囲で変化させている。パワーモジュールの寄生インダクタンスに近い、負荷インダクタンス1μHにおいて、SiCトレンチMOSFETのJAVは25℃~175℃の温度範囲にて6000AA/cm以上となった。この値は、Si-IGBTでの175℃におけるJAVの約3.3倍と高い。同一チップサイズをパワーモジュール内に並列接続した場合、ターンオフ時に一つのチップに集中する可能性のある電流値は各チップの定格電流の並列接続数倍になる。従って、アバランシェ許容電流JAVが高いSiCトレンチMOSFETはSi-IGBTより多くのチップを並列接続することができると言える。このことは同じ電流定格のパワーモジュールをより多くの小面積のチップで実現することができ、結晶中のキラー欠陥密度がまだ十分低減できていないSiC素子にとって良品率の向上とSiCモジュールコストの低減につながる。
【0114】
次にSiCトレンチダイオードでは、負荷インダクタンスの増加に伴い、アバランシェ許容電流JAVは単調減少し、アバランシェ保持エネルギーEAVは単調増加するという素直な特性を示す。SiCトレンチダイオードのアバランシェ破壊メカニズムは、アバランシェ降伏時の消費電力による過大な温度上昇が起こり、ある臨界温度で破壊するものと考えられている。このモデルでは図8および図17に見られるSiCダイオードのEAVの単調増加は、以下のように説明される。
【0115】
低い負荷インダクタンスではアバランシェ期間tAVが1μs以下と非常に短く、発熱はドリフト層内で断熱的である。一方、高い負荷インダクタンスではアバランシェ期間tAVが数10μsオーダーと長く、熱拡散によって加熱される体積が広がる。従って、破壊時の温度が同じであるなら負荷インダクタンスが増加するとより多くのエネルギーが必要になる。このとき熱拡散長L
=b(DtAV1/2
(bは数値係数、Dは熱拡散定数)と表され、EAVはLに比例するので、SiCトレンチダイオードの破壊メカニズムが上記であるとすれば、EAVはtAV 1/2に対して直線的に増加する。
【0116】
MOSFETの局所領域での電力密度は、ダイオードの電力密度に対して高くなりやすい。電力密度の差異が、温度上昇率の差異となる。上述したように、半導体基板30の内部温度が臨界温度に到達すると寄生トランジスタ(BJT)の破壊を引き起こす。臨界温度は、ベース領域36のシート抵抗が増加しはじめる温度であり、BJT破壊とは、BJT動作と、それに続くBJT電子電流密度の正帰還による破壊である。
【0117】
負荷インダクタンスが10μH程度のような、Medium-L領域の中で負荷インダクタンスが比較的に低い領域では、アバランシェ期間が比較的に短い。このため、MOSFETの局所領域と、ダイオードとの電力密度に差異が温度に反映されやすい。その結果、MOSFETの局所領域では、ダイオードに対してアバランシェ耐量は低くなる。
【0118】
負荷インダクタンスが100μH程度のような、Medium-L領域の中で負荷インダクタンスが比較的に高い領域では、アバランシェ期間が比較的に長いので、MOSFETの局所領域から外方に熱拡散してしまう。その結果、電力密度は温度に反映されにくく、また、均熱化される。このため、MOSFETの局所領域が臨界温度に達するには、より大きな電力密度が必要になり、図17に示すように、MOSFETのアバランシェ耐量はダイオードの特性に近づいていく。
【0119】
図18にSiCトレンチダイオードにおけるEAVとアバランシェ持続時間の平方根tAV 1/2の関係を示す。この関係もほぼ線形になっており、高負荷インダクタンスにより熱拡散が起こるとする上記のメカニズムを裏付けていると思われる。
【0120】
一方、SiCトレンチMOSFETではアバランシェ耐量は負荷インダクタンスに対して、非連続的な特性を示す。175℃では負荷インダクタンスを5μHから10μH(25℃では10μHから30μH)へ増加すると急激にSiCトレンチMOSFETのアバランシェ耐量がダイオードと比べて低下する。175℃では10μH~100μH(25℃では30μH~100μH)の範囲で負荷インダクタンスを増加していくとEAVが増加しつつもダイオードとのEAVの差が小さくなっていき、300μH以上では再びダイオードとの耐量が一致する。次節以降でこのような特異なSiCトレンチMOSFETのアバランシェ耐量の負荷インダクタンス依存性について解析する。
【0121】
簡便のために負荷インダクタンスの範囲を図7図8図16および図17のように「LoW-L領域」、「Medium-L領域」、「High-L領域」と定義する。Medium-L領域はSiCトレンチMOSFETがSiCトレンチダイオードよりアバランシェ耐量が低い領域である。Low-L領域とHigh-L領域はそれぞれMedium-L領域より低いインダクタンス領域、高いインダクタンス領域と定義し、MOSFETがダイオードと同程度のアバランシェ耐量となる領域である。
【0122】
(SiCトレンチMOSFETのアバランシェ破壊メカニズム)
(測定波形の解析)
図19にLow-L~High-Lの各領域でのSiCトレンチMOSFETとダイオードにおける破壊時と破壊前の最後のUIS試験の実測波形を重ね合わせたグラフを示す。図よりドレイン・ソース電圧(VDS)波形が負荷インダクタンス領域によって異なっていることが分かる。Low-L領域ではアバランシェ降伏初期のドレイン電流密度(JDS)のピークでVDSが最大になるのに対し、Medium-L、HIgh-L領域ではJDSのピークを過ぎてからVDSは最大となる。このVDS波形を以下のように解析し、最終的にアバランシェ降伏期間中の素子内温度を見積もった。ドリフト層全域で均一なドナー濃度をN、電子密度をn(t)、n-ドリフト層/pベース層接合界面での最大電界をE(t)とすると、単純な1次元モデルではVDSは以下の式で表される。
【数1】
・・・式(1)
【0123】
ここでE(z、t)は時間tにおける深さz方向の電界分布、dはn-ドリフト層の厚さ、qは電荷素量、εはSiCの誘電率である。上式のE(t)は素子内温度で決まり、またn(t)はドレイン電流密度JDSに比例するので、結局VDSは素子内温度とドレイン電流密度JDSの関数となる。温度一定条件におけるJDSとVDSの関係が分かれば、VDS実測波形からアバランシェ降伏期間中の素子内温度を見積もることができる。
【0124】
図20のUIS試験の実測波形を基に素子内温度の見積もり手順を説明する。まず、最大JDS時のVDS(図中では1942V)とアバランシェ降伏終了時における、175℃、IDSS=1mA時の耐圧(図中では1631V)の2点を結んで素子内温度175℃の時のVDS仮想線とする。図20においてJDSが時間とともにリニアに減少していることから、175℃時のVDS仮想線は上記2点間を直線で結んでいる。アバランシェ降伏期間中の各時間においてVDS測定波形と仮想線の乖離ΔVDSは、175℃からの温度の増加分を示している。SiC-MOSFETの接合温度に対する耐圧は、線形の関係を示すことが分かっている。
【0125】
図21にこの考察で使用したSiCトレンチMOSFETの耐圧の温度依存性をプロットすると、その傾きの平均値は0.40V/Kとなる。この値によりΔVDSを温度に換算すれば、素子内温度を推定することができる。
【0126】
図22にはUIS試験の破壊前の最後と破壊時の推定素子内温度とJDSの軌跡を示す。負荷インダクタンスがLow-LおよびHigh-L領域のSiCトレンチMOSFET、さらに負荷インダクタンス全範囲のSiCトレンチダイオードでは、破壊時の推定素子内温度は約900Kであった。この温度はAl(アルミニウム)融点の933Kと近い。
【0127】
図23は175℃、1mHでアバランシェ破壊したSiCトレンチMOSFETのソースAlメタル表面の二次電子顕微鏡像であるが、Alメタルに多数の穴が空いていることが確認された。このようなことから、これらの素子破壊はソースメタルであるAlの溶融に関連していると思われる。一方、Medium-L領域におけるSiCトレンチMOSFETは、図22に示すように800K程度で破壊しており、Al溶融に関連した破壊メカニズムとは異なる破壊メカニズムが推測される。そこで過去に報告されている以下のアバランシェ破壊メカニズムを以下のセクションで検証する。
(1)寄生n-p-n BJT動作
(2)素子内温度上昇によるVth低下とそれに伴うMOSチャネル電流
【0128】
(寄生BJT動作と正帰還による破壊メカニズム)
寄生BJT動作は、大きなアバランシェ正孔電流Iがpベース層を流れ、pベースとソースメタル間の電圧降下ΔVがpベース/n+ソース接合の内蔵電位Vbiを超えると引き起こされ、次式で表される。
【数2】
・・・式(2)
ここでRは表面pベースとソースメタル間の接触抵抗、Rはpベースの抵抗であり、Rは次式で表される。
【数3】
・・・式(3)
ここでLは正孔がn+ソース領域に沿って通過する距離、Aは正孔が通過するpベースの断面である。μ(T)とp(T)はそれぞれ正孔移動度とpベースの正孔濃度であり、どちらも素子内温度Tの関数である。μ(T)はMasettiバルク移動度モデルに基づき、以下のように表される。
【数4】
・・・式(4)
ここでNAはpベースのアクセプター濃度であり、μconst(T)は以下の式で記載される。
【数5】
・・・式(5)
【0129】
本考察で使用した(4)、(5)式のパラメータは以下の通りである。
μmax:124cm/Vs
Exponent:2.15
μmin1:8cm/Vs
μmin2:0cm/Vs
ref:8×1018cm-3
γ(T):0.34
また正孔濃度p(T)は次式となる。
【数6】
・・・式(6)
ここでgはアクセプターの縮退度、Nは価電子帯の有効状態密度、ΔEはアクセプターのイオン化エネルギー(0.2eVに設定)、kはボルツマン定数である。内蔵電位Vbiは以下の式となる。
【数7】
・・・式(7)
ここでNはn+ソースのドナー濃度、nは4H-SiCの真性キャリア濃度である。Si-MOSFETにおける過去の文献では、寄生BJTによる破壊は以下の連続した(1)~(6)の動作に正帰還がかかることにより引き起こされることが報告されている(I. Yoshida, T. Okabe, M. Katsueda, S. Ochi, and M. Nagata, "Thermal Stability and Second Breakdown in Planar Power MOSFET's", IEEE Transactions on Electron Devices, Vol. ED-27, No. 2, 1980, pp. 395-398)。
(1)寄生BJT動作による電子電流の発生
(2)ドリフト層中の高電界による電子のドリフト
(3)衝突電離による電子正孔対の生成
(4)pベースを通過する正孔電流
(5)pベース/n+ソース接合のポテンシャル障壁の低減
(6)さらなるBJT電子電流の生成
また、電子および正孔の衝突電離係数α、βは、Loh(W. S. Loh, B. K. Ng, S. I. Soloviev, Ho-Young Cha, P. M. Sandvik, C. M. Johnson, and J. P. R. David, "Impact Ionization Coefficients in 4H-SiC", IEEE Transactions on Electron Devices, Vol. 55, No. 8, 2008, pp. 1984-1990)、Niwa(H. Niwa, J. Suda, and T. Kimoto, "Temperature Dependence of Impact Ionization Coefficients in 4H-SiC", Materials Science Forum, Vols. 778-780, 2014, pp. 461-466)のモデルを使って次のように表される。
【数8】
・・・式(8)
【数9】
・・・式(9)
ここでE[V/cm]は電界強度、T[K]は素子内温度である。
【0130】
このようなモデルに基づき、以下にデバイスシミュレーションを実施した。SiCはワイドバンドギャップ半導体であるので特にp型に対して低抵抗なオーミック接触を得ることが難しい(T. Kimoto, and J. A. Cooper, "Fundamentals of Silicon Carbide Technology", John Wiley & Sons Singapore Pte. Ltd., 2014, p.256)。また素子間でのp型オーミック接触抵抗がばらつくという報告もある(谷本 智、SiCパワーデバイスのためのオーミックコンタクト形成技術、表面技術, Vol. 55, No.1, 2004, pp.29-32)。さらにコンタクトビアのサイズが20×6μmと縮小するとp+接触抵抗が悪化する報告もある(A. May, M. Rommel, S. Beuer, and T. Erlbacher, "Via Size-Dependent Properties of TiAl Ohmic Contacts on 4H-SiC", Materials Science Forum, Vol. 1062, 2022, pp. 185-189)。これは小面積のp+コンタクトビア内ではオーミック特性を示す合金層が十分に広がらず、上方のメタルとの間に空洞が形成されるためである。このようなことは、他のp+オーミックメタル材料でも起こり得る。また一般的なSiC MOSFETのP+コンタクトのサイズは、一辺が数μmとこの報告例より小さく、一部のp+コンタクトビアで空洞やオーミック性を示す合金層の欠如により接触抵抗がさらに高くなることが予想される。このようなことから、図5の1.2kV SiC-DUTをデバイスシミュレーション上で二つのDUTに並列に分割し、p+接触抵抗Rのセル間ばらつきを2つの値で代表させ、デバイスシミュレーションを行った(図12参照)。その結果、以下のように寄生BJT動作とその後の破壊を実測と同様に再現することができた。
【0131】
二つのDUTの内、一方は比較的低いp+接触抵抗を持った活性領域の大部分に、またもう一方のDUTは高いp+接触抵抗を持つ局所的な活性領域(全体の2%)に対応させ、それぞれ「main-DUT(SiCチップ22-2に対応)」、「local-DUT(SiCチップ22-1に対応)」と呼ぶことにする。p+接触抵抗は素子内および素子間で広い範囲に連続的に分布すると思われるが、モデルの簡素化のためにlocal-DUTのp+接触抵抗をmain-DUTの10倍とした。SiCトレンチMOSFETとSiCトレンチダイオードのデバイス構造を図24および図25に示す。これらのデバイスモデルでは、n+ソース、p+表面、およびトレンチの下のp+ウェルに対してそれぞれ分離された電極を設定し、各電極のSiCと電極メタル界面に接触抵抗を設定した。SiCトレンチMOSFETでは、十分に低い直列抵抗Rc,n+がn+ソース電極に接続されている。p+電極の直列抵抗Rc、p+は、上述のようにmain-DUTに対してlocal-DUTを10倍高く設定した。またSiCトレンチダイオードでは、pベース電極に非常に高い直列抵抗Rc,p-を設定し、pベース/Alメタル界面での電気伝導を防いでいる。
【0132】
図26にSiCトレンチMOSFETおよびSiCトレンチダイオードの負荷インダクタンス1μH(LoW-L)、10μH(Medium-L)、5mH(High-L)におけるシミュレーション波形を示す。このときUIS試験の最大ドレイン電流は、実測と同様に設定している。これらの波形からMedium-L領域におけるSiCトレンチMOSFETの波形が、他の条件の波形とは大きく異なっている。local-MOSFETのドレイン電流はアバランシェ降伏後時間とともに徐々に増加し、最終的に発散する。その後main-MOSFETのドレイン電流は消失し、VDSが約1.7kVから約400Vに大幅に減少しており、素子破壊となっていることを示している。Medium-L領域のみSiCトレンチMOSFETのアバランシェ耐量が同じ条件でのSiCトレンチダイオードより低く、一方Low-L領域やHigh-L領域では両者のアバランシェ耐量はほぼ同じとなるシミュレーション結果が得られ、これは図7図8図16図17図19の測定結果をよく再現している。
【0133】
図26においてMedium-L領域でのSiCトレンチMOSFET波形中に記載した時間1,2,3,4でのデバイス断面での電子電流密度分布を図27Aに示す。図27Bに、時間1、2、3、4(time1、2、3、4)を示す。寄生BJT動作による電子電流がJFET領域に流れているが、素子破壊後の時間3,4において急激にこの電子電流が増加している。従って、Medium-L領域でのMOSFETの素子破壊は局所的な寄生BJT動作による電子電流に正帰還がかかり引き起こされるものと考えられる。
【0134】
図28図29および図30は、図27AのSiCトレンチMOSFETのpベース内に示される点Aにおける負荷インダクタンス1μH(Low-L)、10μH(Medium-L)、5mH(High-L)での電子電流密度J、素子内温度、電位Vの時間変化である。図29のMedium-L領域では、p+接触抵抗が高いためにVが低くなり、その結果寄生BJT動作による電子電流Jが大きくなるので温度が急激に上昇する。シミュレーションでの素子内温度は破壊時に約800Kと各インダクタンス領域の間で最も高い温度に達した。また、破壊時の点Aの電位Vも1.44Vと最も低かった。従って、寄生BJTの動作により流れる電子電流Jの正帰還に入るものと思われる。
【0135】
High-L領域では、JはMedium-L領域よりも2桁低く、シミュレーションでの最大素子内温度は約650Kに留まる。また点Aの電位Vは1.75Vと高く保たれるので、寄生BJT動作による電子電流の正帰還には入らないものと思われる。さらに、Low-L領域では、アバランシェ降伏開始時のJがMedumu-L領域よりもはるかに高く、Jのピークでの電位Vも1.47Vと大幅に減少している。しかし、アバランシェ降伏の持続時間がMedium-L領域よりも短いため、シミュレーションでの素子内温度上昇はJピーク時に690Kとこの場合も低くなる。従って、寄生BJTは動作するものの、電子電流Jの正帰還が起きる前にアバランシェ期間が終わってしまうので、寄生BJT動作をトリガーとした素子破壊は起こらないと考えられる。過去のSiバイポーラトランジスタにおいても2次降伏を引き起こすのに十分な時間が必要であるとの本シミュレーション結果と同様な報告がなされている(H. Melchior, and M. J. O. Strutt, "Secondary breakdown in transistors", Proceedings of the IEEE, Vol. 52, 1964, pp.439-440)。
【0136】
(ゲートしきい値電圧Vth低減による破壊メカニズムの可能性)
もう一つのアバランシェ破壊メカニズムは、高い素子内温度によるVthの低下とそれに伴うMOSチャネル電流である。このメカニズムを検証するためにDUTのゲートVGSを-10Vあるいは-20Vとして負荷インダクタンス2μH~30μH(Low-L領域からMedium-L領域の一部)におけるアバランシェ耐量を評価した。その結果、図31および図32に示すようにゲート負バイアスを深くしてもアバランシェ耐量の改善は見られなかった。
【0137】
またデバイスシミュレーションにおいてもMedium-L領域の30μHにおいてVth低下とそれに伴うMOSチャネル電流の検証を行った。MOSチャネル電流は、図33に示すように、VGS=0Vでのみ確認できた。図33の上部ラインC1におけるVGS=0V、-10Vでの総電流密度分布を図34に示す。最大約1.1×10A/cmのMOSチャネル電流がVGS=0Vの条件で確認できたものの、この割合は総電流の2.2%程度に過ぎない。さらに、図33の下側ラインC2における同じVGS条件での電流密度分布を図35に示す。JFET領域からの電子電流と、pベースの下部コーナーからのアバランシェ電流を確認し、VGS=0Vの場合のJFET領域からの電子電流の分布は、VGS=-10Vの場合と明確な差は見られない。これらの結果から、Vthの低下とそれに伴うMOSチャネル電流が正帰還に入り、素子破壊する不良モードが起きる可能性は非常に小さいと考えられる。
【0138】
(考察の結論)
本考察では、UIS回路において負荷インダクタンスを1μHから5mHの広い範囲で変化させ、1.2kV SiCトレンチMOSFETのアバランシェ耐量および破壊メカニズムを調査・検証した。パワーモジュールの寄生インダクタンスに近い1μHにおいてSiCトレンチMOSFETでは約6000A/cmのアバランシェ許容電流密度が得られ、これはSi-IGBTの約3.3倍であることが示された。このことはSiC-MOSFETはSi-IGBTよりもパワーモジュール内により多くのチップを並列接続することができ、チップサイズの縮小と良品率向上に寄与する。
【0139】
SiCトレンチMOSFETのアバランシェ耐量をn+ソースのみを意図的に除去して作製したSiCトレンチダイオードと比較し、SiCトレンチMOSFETのアバランシェ破壊メカニズムを検証した。SiCトレンチMOSFETは、175℃では10μH~100μH(Medium-L領域)でのみ、SiCトレンチダイオードよりもアバランシェ耐量が低くなり、10μH未満(Low-L領域)と300μH以上(High-L領域)ではアバランシェ耐量は同程度となった。Medium-L領域でのSiCトレンチMOSFETのアバランシェ破壊は、寄生npnBJT動作と電子電流の正帰還により引き起こされることが、デバイスシミュレーションでp+接触抵抗のセル間ばらつきを導入することにより再現することができた。また、アバランシェ耐量は、DUTのゲート負バイアス電圧にはほとんど依存しない測定結果が得られた。従って、このMedium-L領域でのSiCトレンチMOSFETは、寄生BJT動作と電子電流の正帰還によって素子破壊が起きていると結論付けられた。また、SiCトレンチMOSFETの10μH未満(Low-L領域)および100μH以上(High-L領域)では、実測のVDS波形から推定された素子内温度はいずれの条件においても900Kに達し、またSiCトレンチMOSFETのAlソースメタル表面の二次電子顕微鏡では多数の穴が観察されていることから、これらの負荷インダクタンスの領域でのSiCトレンチMOSFETは、Alソースメタルの溶融に関連して素子破壊が起こっているものと推察される。
【0140】
以上、本発明を実施の形態を用いて説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施の形態に記載の範囲には限定されない。上記実施の形態に、多様な変更または改良を加えることが可能であることが当業者に明らかである。その様な変更または改良を加えた形態も本発明の技術的範囲に含まれ得ることが、特許請求の範囲の記載から明らかである。
【符号の説明】
【0141】
10・・・制御部、12・・・電流検知部、20・・・スイッチング部、21・・・上面、22・・・SiCチップ、30・・・半導体基板、32・・・ドリフト領域、33・・・領域、34・・・ドレイン領域、36・・・ベース領域、38・・・ソース領域、40・・・領域、42・・・下端領域、44・・・コンタクト領域、45・・・突出部、47・・・コンタクトトレンチ部、50・・・ソース電極、51・・・上端、52・・・ドレイン電極、53・・・上端、54・・・層間絶縁膜、60・・・ゲートトレンチ部、61・・・メサ部、62・・・ゲート絶縁膜、64・・・ゲート電極、100・・・半導体モジュール、122・・・SiCチップ、200・・・測定回路、202・・・駆動デバイス、204・・・負荷インダクタ、206・・・電源、208・・・ゲート抵抗、209・・・ゲート抵抗、210・・・パルス発生器、212・・・ゲート制御部
図1
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