(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024095629
(43)【公開日】2024-07-10
(54)【発明の名称】セルロースフィラメント糸の製造方法、及びセルロースフィラメント糸
(51)【国際特許分類】
D01F 2/00 20060101AFI20240703BHJP
【FI】
D01F2/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023222632
(22)【出願日】2023-12-28
(31)【優先権主張番号】P 2022211177
(32)【優先日】2022-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000103622
【氏名又は名称】オーミケンシ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141586
【弁理士】
【氏名又は名称】沖中 仁
(74)【代理人】
【識別番号】100171310
【弁理士】
【氏名又は名称】日東 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100102211
【弁理士】
【氏名又は名称】森 治
(72)【発明者】
【氏名】磯島 康之
(72)【発明者】
【氏名】梶田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】辻野 絢也
【テーマコード(参考)】
4L035
【Fターム(参考)】
4L035AA04
4L035BB03
4L035BB11
4L035BB19
4L035EE08
4L035FF01
(57)【要約】 (修正有)
【課題】CS
2フリーを達成することができ、耐疲労性、破断強度、破断伸度を向上させることができ、かつ、特殊な異型断面ノズルを必要とすることなく従来のエアギャップ紡糸によって紡糸することができるセルロースフィラメント糸の製造方法の提供。
【解決手段】溶剤を用いたセルロースフィラメント糸の製造方法であって、溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液1を、ドラフトを20以下に設定して、紡出糸の単糸繊度が2~8dtexとなるように紡出糸を生成する紡出工程と、生成した紡出糸を凝固液が流れる流動浴に通すことにより凝固させる凝固工程と、生成した糸条8に脱膨潤処理を行い、弛緩状態下で精練処理を行い、次いで乾燥処理を行うことによって得られたセルロースフィラメント糸を巻き取る巻取工程と、を包含し、凝固工程は、流動浴中における紡出糸の移動速度と流動浴出口7における凝固液の流速との差が特定の条件を満たすように実行される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶剤を用いたセルロースフィラメント糸の製造方法であって、
前記溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液を、ドラフトを20以下に設定して、紡出糸の単糸繊度が2~8dtexとなるように前記紡出糸を生成する紡出工程と、
前記紡出工程によって生成した前記紡出糸を凝固液が流れる流動浴に通すことにより凝固させる凝固工程と、
前記凝固工程によって生成した糸条に脱膨潤処理を行い、弛緩状態下で精練処理を行い、次いで乾燥処理を行うことによって得られたセルロースフィラメント糸を巻き取る巻取工程と、
を包含し、
前記凝固工程は、前記流動浴中における前記紡出糸の移動速度をVf、前記流動浴出口における前記凝固液の流速をVLとしたとき、
Vf - VL < 160m/min(ただし、VL ≦ Vf)
を満たすように実行されるセルロースフィラメント糸の製造方法。
【請求項2】
前記紡出工程は、前記溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液を、ドラフトを3~15に設定して、前記紡出糸の単糸繊度が3~6dtexとなるように前記紡出糸を生成することにより実行される請求項1に記載のセルロースフィラメント糸の製造方法。
【請求項3】
前記溶剤は、イミダゾール系溶剤である請求項1に記載のセルロースフィラメント糸の製造方法。
【請求項4】
請求項1~3の何れか一項に記載のセルロースフィラメント糸の製造方法によって得られるセルロースフィラメント糸。
【請求項5】
結晶配向度が0.78~0.92であり、結晶化度が30~42である請求項4に記載のセルロースフィラメント糸。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶剤を用いたセルロースフィラメント糸の製造方法、及びセルロースフィラメント糸に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、タイヤコード用の繊維素材として、破断伸度が大きい繊維が用いられている。例えば、破断伸度が12~13%であり、耐溶融性に優れる強力レーヨン、破断伸度が13~20%であり、高強度、高弾性率、低収縮率、耐疲労性、耐熱性、耐候性などの各物性に優れ、かつ物性バランスがよく、安価であるポリエステル、破断伸度が20%超であり、高強度、高タフネス、耐疲労性、耐摩耗性などに優れるポリアミド(ポリアミド66)等が挙げられる。
【0003】
ところで、セルロースは地球上に最も多く存在する高分子化合物である。化石燃料の有限性や合成樹脂の廃棄問題などの観点、及び事業のサスティナビリティの観点から、リニューアブルで生分解性の高いセルロースを見直す気運がサスティナビリティの考え方とともに世界的に高まってきている。中でも、再生セルロース繊維の需要は、独自の良好な特性を有することに加えて、環境との適合性を有する持続産生可能な材料として特徴づけられていて、確実に増加する趨勢にある。
【0004】
また、世界における繊維の生産量は、2010年の7250万トンから2030年には1億3360万トンに増加すると予測されている。その一方で、フィンランドのアールト大学のSixta教授らの試算によれば、綿花の生産量は水の制約などから年間2600万トンから2800万トンが上限となることが予想されている。このため、世界における溶解パルプ由来の再生セルロース繊維の需要はさらに増加することが見込まれる。
【0005】
ここで、再生セルロース繊維を自動車用タイヤのカーカス織布として使用する場合、得られたタイヤコードは大きな動的荷重及び高温に曝される。そのため、再生セルロース繊維を用いたコード、及び当該コードを形成するマルチフィラメント糸には、高い破断強度と、優れた耐熱性と、高い耐疲労性(疲労抵抗、タフネス)とを有することが求められる。特に、セルロースからなる繊維素材は溶融しないという特性ゆえ、最近はランフラットタイヤ用のコード糸として期待が大きく、多数の開発が行われてきている。
【0006】
長年、これらの用途に用いられる再生セルロース繊維の製造方法はビスコース法が主流であり、リヨセル法、キュプラ法などの他の方法はあまり用いられていなかった。しかしながら、既存のビスコース法では、人体に対して毒性を有する二硫化炭素(CS2、以下、単に「CS2」と称する。)を使用することがデメリットの一つとなっている。そのため、CS2フリー又はCS2の使用量を減少させる、溶剤を用いた再生セルロースの開発が実用化に向けて関心を集めてきた。
【0007】
この点に関し、CS2フリー又はCS2の使用量を減少させる繊維製造技術としては、これまでいくつかの技術が既知であり、例えば、N-メチルモルホリンN-オキシド(NMMO)を用いたNMMO法(リヨセル法)やイオン液体法などの溶剤法、カルバメート法、カルバメートをNMMOに溶解させる方法、バイオセルソル法などが知られている。中でも、セルロースの溶解性や紡糸性などの観点から、NMMO法が好適に用いられている(例えば、特許文献1~3を参照)。
【0008】
特許文献1には、(A)液状NMMOをツインスクリュー型押出機のサイドフィーダーを利用して1~60秒間冷却することにより固状NMMOに製造した後、前記固状NMMOを前記ツインスクリュー型押出機へ供給し、これと同時にセルロース粉末をツインスクリュー型押出機のサイドフィーダーを利用して数秒内に圧縮、供給する工程;(B)供給された固状NMMOとセルロース粉末を、分散、混合、せん断、混練、溶解及び計量処理されるように、スクリューが配列された前記ツインスクリュー型押出機を通して膨潤化及び均質化されたセルロース溶液に製造する工程;(C)前記セルロース溶液を紡糸ノズルを通して押出紡糸した後、空気層を通過して凝固浴に到達した後、これを凝固させてマルチフィラメントを得る工程;(D)前記収得されたマルチフィラメントを水洗、乾燥及び油剤処理して巻き取る工程を含む方法により製造され、特定の物性を有するセルロース繊維が開示されている。
【0009】
特許文献2には、500~3000デニールのレーヨン糸及び500~3000デニールのリヨセル糸よりなるハイブリッドディップコードが開示されている。
【0010】
特許文献3には、リヨセルを主体とするセルロース系フィラメントバンドを含むコードであって、単糸数が200~2000であり、繊度(線密度)が200~3000デニールの範囲であるフィラメントバンドから成る糸を用いたコードが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2005-530916号公報
【特許文献2】特開2006-257616号公報
【特許文献3】国際公開第2008/143375号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
NMMO法、及びイミダゾール系溶剤やジアザバイシクロ系溶剤を用いたイオン液体法といった溶剤法によって製造されたリヨセル繊維は、破断強度が高いという物性を有するが、レーヨン繊維と比較して耐疲労性、破断伸度といった物性に劣るという課題がある。具体的には、リヨセル繊維は、耐疲労性、破断伸度の低さに由来して、歪耐性及び応力耐性といった耐疲労性(疲労抵抗、タフネス)に対して脆弱であることが知られている。これは、リヨセル繊維がレーヨン繊維と比較して、結晶化度が高く、これにより繊維構造が均一になるためであると考えられている。
【0013】
一般的に、タイヤコードにおいて、破断強度の低い繊維を用いた場合、より多くの繊維量が必要となるため、コード径が太くなり、コードを被覆するゴムの量が増加するとともにタイヤの重量が増加し、転がり抵抗等に悪影響を及ぼす。一方、タイヤコードに破断伸度の低い繊維を用いた場合、破断強度以下の応力、破断伸度以下の歪みを繰り返し受けることにより、当該タイヤは外部応力に対してカット(破断)が生じやすくなる。したがって、リヨセル繊維をタイヤコードに用いた場合、当該タイヤコードからなるタイヤを備えた自動車は、走行中に重篤な事故を引き起こすおそれがあることから、実用的でない。
【0014】
この点に関し、特許文献1のフィラメント繊維におけるフィラメント原糸は、破断強度は高いが、破断伸度(切断伸度)が4.9~5.7%と低く、上述した強力レーヨン、ポリエステル、ポリアミドと比較すると、十分な破断伸度が確保されていない。
【0015】
また、特許文献2のハイブリッドディップコードにはリヨセル糸の他に、CS2を用いて製造されるレーヨン糸が用いられている。そのため、今後、CS2と同様にEUで使用・生産などが規制されることが見通される。したがって、レーヨン糸との複合技術を用いて得られるコードに、将来の生産・供給を委ねることは困難になることが予想される。
【0016】
さらに、特許文献3のセルロース系フィラメントバンドを形成するフィラメントは、非円形の、有利にはほぼ三角形の横断面を有している。そのため、フィラメントの製造の際に、特殊な異型断面ノズルが必要とされる。しかしながら、従来のエアギャップ紡糸は湿式紡糸に比べて異型度を確保するために必要な紡糸技術の難易度が高く、改善の余地がある。
【0017】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、ビスコースレーヨンと同じセルロース繊維でありながら、CS2フリーを達成することができるとともに、耐疲労性に関わるパラメータの一つであるタフネスや、破断強度、破断伸度といった物性を向上させることができ、かつ、特殊な異型断面ノズルを必要とすることなく従来のエアギャップ紡糸によって紡糸することができるセルロースフィラメント糸の製造方法、及びセルロースフィラメント糸を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明にかかるセルロースフィラメント糸の製造方法の特徴構成は、
溶剤を用いたセルロースフィラメント糸の製造方法であって、
前記溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液を、ドラフトを20以下に設定して、紡出糸の単糸繊度が2~8dtexとなるように前記紡出糸を生成する紡出工程と、
前記紡出工程によって生成した前記紡出糸を凝固液が流れる流動浴に通すことにより凝固させる凝固工程と、
前記凝固工程によって生成した糸条に脱膨潤処理を行い、弛緩状態下で精練処理を行い、次いで乾燥処理を行うことによって得られたセルロースフィラメント糸を巻き取る巻取工程と、
を包含し、
前記凝固工程は、前記流動浴中における前記紡出糸の移動速度をVf、前記流動浴出口における前記凝固液の流速をVLとしたとき、
Vf - VL < 160m/min(ただし、VL ≦ Vf)
を満たすように実行されることにある。
【0019】
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法によれば、溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液を、ドラフトを20以下に設定して、紡出糸の単糸繊度が2~8dtexとなるように紡出糸を生成する紡出工程を含むので、紡糸速度が500~1000m/minという高速で紡糸する場合であっても、耐疲労性に関わるパラメータの一つであるタフネスを向上させるとともに、破断強度、破断伸度といった物性を向上させたセルロースフィラメント糸を製造することができる。また、凝固工程は、流動浴中における紡出糸の移動速度と流動浴出口における凝固液の流速との差が特定の条件を満たすように実行されるので、特殊な異型断面ノズルを必要とすることなく従来のエアギャップ紡糸によってセルロースフィラメント糸を紡糸することができる。さらに、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法によれば、ビスコースレーヨンと同じセルロース繊維でありながら、CS2フリーを達成することができる。
【0020】
本発明に係るセルロースフィラメント糸の製造方法において、
前記紡出工程は、前記溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液を、ドラフトを3~15に設定して、前記紡出糸の単糸繊度が3~6dtexとなるように前記紡出糸を生成することにより実行されることが好ましい。
【0021】
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法によれば、紡出工程が、溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液を、ドラフトを3~15に設定して、紡出糸の単糸繊度が3~6dtexとなるように紡出糸を生成することにより実行されるので、紡糸速度が500~1000m/minという高速で紡糸する場合であっても、耐疲労性に関わるパラメータの一つであるタフネスを向上させるとともに、破断強度、破断伸度といった物性をさらに向上させたセルロースフィラメント糸を製造することができる。
【0022】
本発明に係るセルロースフィラメント糸の製造方法において、
前記溶剤は、イミダゾール系溶剤であることが好ましい。
【0023】
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法によれば、溶剤が、イミダゾール系溶剤であるので、原料セルロースを溶剤に十分溶解させることができる。その結果、品質にばらつきのない、タフネス、破断強度、破断伸度といった物性を向上させたセルロースフィラメント糸を製造することができる。
【0024】
上記課題を解決するための本発明に係るセルロースフィラメント糸の特徴構成は、
前記セルロースフィラメント糸の製造方法によって得られることにある。
【0025】
本発明のセルロースフィラメント糸によれば、上記のセルロースフィラメント糸の製造方法によって得られるので、ビスコースレーヨンと同じセルロース繊維でありながら、CS2フリーを達成することができるとともに、紡糸速度が500~1000m/minという高速で紡糸する場合であっても、耐疲労性に関わるパラメータの一つであるタフネスを向上させるとともに、破断強度、破断伸度といった物性を向上させることができ、かつ、特殊な異型断面ノズルを必要とすることなく従来のエアギャップ紡糸によって紡糸することができる。
【0026】
本発明に係るセルロースフィラメント糸において、
結晶配向度が0.78~0.92であり、結晶化度が30~42であることが好ましい。
【0027】
本発明のセルロースフィラメント糸によれば、結晶配向度が0.78~0.92であり、結晶化度が30~42であるので、耐疲労性に関わるパラメータの一つであるタフネスを向上させるとともに、破断強度、破断伸度をさらに向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法を実施する装置の一例を示す模式図であり、紡出工程、凝固工程、及び巻取工程を説明する図である。
【
図2】
図1に示す装置において、巻取工程の詳細を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
従来、タイヤコードへの利用を想定したセルロースフィラメント糸の製造方法において、溶剤に原料セルロースを溶解させてセルロースフィラメント糸を生成する場合における標準の単糸繊度は2dtex未満であった。この2dtex未満という単糸繊度は、同様の利用を想定した強力レーヨン(ビスコースフィラメント糸)の製造方法において、長年の実績を踏襲したものである。ビスコースフィラメント糸の具体例としては、例えば、CORDENK社製のスーパー3の場合、その総繊度は、1840dtex/1000f(単糸繊度1.84dtex)、2440dtex/1350f(単糸繊度1.81dtex)、3680dtex/2000f(単糸繊度1.84dtex)であり、同社製のスーパー2の場合、その単糸繊度は、1220dtex/720f(単糸繊度1.69dtex)、2440dtex/1350f(単糸繊度1.81dtex)、3680dtex/2000f(単糸繊度1.84dtex)である。
【0030】
しかしながら、セルロースフィラメント糸の製造方法において、強力レーヨンの製造方法を踏襲しているのは、タイヤコードへの利用という面からの用途が同じであり、材料が強力レーヨンと同じセルロース繊維であったからに過ぎない。通常、ビスコースフィラメント糸はドラフト条件の関係で細い繊度の紡糸には向かず、通常的に産生され、流通している総繊度としては、55dtex/20f(単糸繊度2.75dtex)が下限である。この点において、同じセルロース繊維であるキュプラフィラメント糸とは異なる。なお、「ドラフト条件(ドラフト)」とは、具体的な説明は後述するが、紡糸速度/吐出線速度で表される繊維の紡糸における工程に関する指標であり、ノズルオリフィスに設けられたキャピラリーの出口の内径の二乗に比例し、繊度に反比例する値である。また、ここでいう「紡糸速度」とは、後述する紡出工程中、紡出糸を紡出する際において、流動浴を通過する紡出糸の移動速度(Vf)をいう。
【0031】
ビスコースフィラメント糸の場合、上記範囲の単糸繊度では、タイヤコードへの利用に適した破断強度を有さなかった。そのため、ビスコースフィラメント糸を伸長・延伸させることにより4.5~5cN/dtexの破断強度を実現し、タイヤコードへの利用に適性を有するものとなった。しかしながら、同時に、破断伸度は従来の30%程度から15%程度に低下した。
【0032】
上述の通り、セルロースフィラメント糸の単糸繊度は、長年実績のあった同じセルロース繊維であるビスコースフィラメント糸の実績値をそのまま踏襲したものである。しかしながら、それぞれの繊維の性質が全く異なるセルロースフィラメント糸とビスコースフィラメント糸とでは、単糸繊度を同じにしても、剛直で脆い繊維しか製造することができなかった。そのため、最終用途(例えば、タイヤコードなど)の要求に応じたセルロースフィラメント糸を製造する方法が求められていた。
【0033】
そうした中で、本発明者らはセルロースフィラメント糸の製造方法について鋭意検討した結果、溶剤を用いたセルロースフィラメント糸の製造方法において、特定の条件で紡糸する紡糸工程と、特定の条件でさせる凝固工程とを包含することにより、従来方法に比べて物性を向上する方法を見出すことができ、本発明の完成に至った。
【0034】
以下、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法、及びセルロースフィラメント糸の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施形態や図面に記載される構成に限定されることを意図しない。
【0035】
<装置構成>
図1及び2は、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法を実施する装置100の一例を示す模式図である。本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法は、紡出工程、凝固工程、及び巻取工程を包含し、
図1では、紡出工程、凝固工程、及び巻取工程を説明する。
図2では、巻取工程の詳細を説明する。以下、各工程の詳細について記載する。
【0036】
<紡出工程>
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法における紡出工程は、溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液1から紡出糸を生成する工程である。紡糸液1は、図示されないスピンパック、及びノズルオリフィス3を備えるスピンヘッド部2に供給され、紡糸液1がノズルオリフィス3から紡出されることで紡出糸が生成される。
【0037】
紡出工程は、紡出糸の単糸繊度が2~8dtexとなるように紡出糸を生成し、好ましくは3~6dtexとなるように紡出糸を生成する。単糸繊度が上記範囲内となるように紡出糸を生成することにより、紡糸速度が500~1000m/minという高速で紡糸する場合において、耐疲労性に関わるパラメータの一つであるタフネスを向上させるとともに、破断強度、破断伸度といった物性を向上させることができ、かつ、従来のエアギャップ紡糸によって紡糸することができる。単糸繊度が8dtexを超えると、後述する紡出糸及びフィラメント条糸に内在するセルロース繊維の他に、溶剤や水といった残留物を多く含むため、各物質の移動に制約が発生し、後述する凝固工程、及び巻取工程中の脱膨潤処理において、生産性が低下する。また、かかるフィラメント条糸は、当該残留物を除去する精練工程において、多大な時間を要するため、セルロースフィラメント糸の精練性が低下し、高速で紡糸することが困難となる。単糸繊度が2dtex未満であると、紡糸速度が500~1000m/minという高速で紡糸する場合において、タフネス、破断強度、破断伸度といった物性を確保できなくなる。なお、ここでいう「タフネス」とは、二次元平面上に描かれた応力-歪み曲線(SSカーブ)において、原点から破断点までの曲線で囲まれている部分の面積を求めることで得られるパラメータであり、タフネスの値が大きいほど、セルロースフィラメント糸の破断が抑制されていることが分かる。なお、応力-歪み曲線を得る方法としては、特に限定されず、公知技術に基づく方法によって得ることができる。
【0038】
(原料セルロース)
本発明に用いられる原料セルロースは、セルロースを含む原料であり、後述するエアギャップ紡糸によって紡糸可能な紡出糸が得られるものであれば、特に限定されない。原料セルロースは、バージンセルロース、または再生セルロースの何れであってもよく、形態としては繊維状、粉末状、バルク状、液状、スラリー状等、任意の形態のものを使用することができる。原料セルロースの性状は、所望するセルロースフィラメント糸の用途に応じて、適宜選択することができ、例えば、任意の単糸繊度からなるセルロース繊維を選択することができる。
【0039】
〔溶剤〕
原料セルロースを溶解させる溶剤としては、N-メチルモルホリンN-オキシド(NMMO)やイオン液体を用いることができる。ここで、イオン液体とは、カチオン及びアニオンを含む有機溶剤である。カチオンとしては、例えば、各種アルキル基を有するイミダゾリウムイオンが挙げられる。アニオンとしては、例えば、クロライドイオンのほか、ホスフィネートイオン、ホスホネートイオン、ホスフェートイオンのような燐系化合物を含むイオンが挙げられる。
【0040】
溶剤は、イミダゾール系溶剤であることが好ましい。溶剤がイミダゾール系溶剤であれば、破断伸度をさらに向上させたセルロースフィラメント糸を製造することができる。イミダゾール系溶剤は、カチオン部とアニオン部とを有する下記式(I)で表される溶剤である。
【化1】
式(I)中、カチオン部は、R1が炭素数1~2のアルキル基であり、R2が炭素数1~8のアルキル基である。アニオン部は、X
-がハロゲン、アセタート、プロピオナート、アルキル亜リン酸、亜リン酸、アルキル次亜リン酸、次亜リン酸、アルキルリン酸、リン酸である。カチオン部及びアニオン部の組み合わせは、一組であってもよいし、二組以上であってもよい。イミダゾール系溶剤としては、R1がブチル基であり、R2がメチル基であり、X
-がクロロ基であるブチルメチルイミダゾールクロライドが好ましい。
【0041】
〔紡糸液〕
紡糸液1は、溶剤に原料セルロースを溶解させたものである。紡糸液1の調製方法としては、特に限定されず、必要に応じて、加熱、冷却、攪拌、振とう、濃縮、希釈などの工程を含んでもよい。紡糸液1のセルロース濃度としては、特に限定されず、必要に応じて所望の濃度に調整することができ、例えば、3~20重量%であり、好ましくは7~16重量%であり、より好ましくは10~13重量%である。また、紡糸液1には、プロピルガレートなどの酸化防止剤を添加することも可能である。
【0042】
(紡糸におけるドラフト条件)
紡糸におけるドラフト条件(以下、単にドラフトと表記する場合がある。)とは、後述する巻取工程における紡糸速度(以下、引取速度と表記する場合がある。)とノズルオリフィス3から紡出される際の吐出部4における速度(以下、吐出線速度と表記する場合がある。)との関係で規定される紡糸指標であり、引取速度/吐出線速度で表される。また、ドラフトは紡糸速度に関係なく設定可能な指標であり、ノズルオリフィス3に設けられた図示されないキャピラリーの出口の内径(すなわち、吐出部4の外径)の二乗に比例し、繊度に反比例する。紡糸速度及び吐出量が一定となるように設定して紡出糸を紡出した場合、ドラフトとセルロース濃度は比例(又は反比例)関係になく、繊度が一定となるように設定して紡出糸を紡出した場合、ドラフトはセルロース濃度に比例する。
図1の場合、引取速度は、後述する巻取工程における振り込み用羽根ロール17による牽引速度となり、振り込み用羽根ロール17の前に牽引ロールが設けられている場合はそのロール速度となる。
【0043】
セルロースフィラメント糸の紡糸速度は、生産性の観点から、100~5000m/minであることが好ましい。また、紡糸速度が500m/minの場合において、例えば、ドラフトが15以下に設定されるとき、吐出線速度は33m/min以上であり、セルロースフィラメント糸の生産性の観点から、好ましくは66m/min以上である。
【0044】
これらの観点から、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法において、ノズルオリフィス3から紡出糸が紡出される際、ドラフトは20以下に設定されており、好ましくは3~15に設定される。ドラフトが上記範囲に設定されることにより、耐疲労性に関わるパラメータの一つであるタフネス(靭性)が向上する。ドラフトが20を超えると、吐出線速度が上がり、繊維構造の結晶配向度が高くなるため、紡糸速度が500~1000m/minという高速で紡糸する場合において、セルロースフィラメント糸のタフネス、破断強度、破断伸度といった物性を確保できなくなる。なお、ドラフトが1未満に設定されて紡出糸を紡出した場合、当該紡出糸に弛みが発生するため、紡糸できない。したがって、ドラフトの下限値は実質的に1である。
【0045】
また、紡出糸を高速で紡糸する際の紡糸線上の不安定流動(すなわち、フラクチャー)の発生を抑制し、紡糸性を安定させるため、紡出糸の紡糸の前に紡糸液1を加熱することが好ましい。紡糸液1を加熱して高温(例えば、130~160℃)にして紡糸することで、紡糸液1の粘度を低下させて、セルロース分子を効果的に整列させることができるため、適切な結晶配向度に調整することができるので、タフネスを向上させるとともに、破断強度、破断伸度をさらに向上させたセルロースフィラメント糸を製造することができる。
【0046】
紡糸液1を加熱する場合、キャピラリーのリード孔長をできるだけ長くすることが好ましい。具体的なメカニズムはまだ十分に解明されていないが、キャピラリーのリード孔長を長くすることで、紡糸液1を剪断する場合において、セルロース分子の絡み合いを低減し、セルロース分子を効果的に整列させることができるため、より適切な結晶配向度に調整することができると考えられる。キャピラリーのリード孔長の上限としては、穿孔加工技術上の制約はあるが、特に限定されず、必要に応じて適宜設定することができる。また、キャピラリーのリード孔長を含むキャピラリー全体における、紡糸液1の滞在時間は秒単位、又はそれ以下の微小時間に適宜設定され得、例えば、1秒程度に設定され得る。なお、この場合、吐出部4の温度は、スピンパック内における紡糸液1の温度よりも20℃以上高くなるように昇温される。
【0047】
キャピラリーのリード孔長をL、キャピラリーの出口の内径(吐出部4の外径)をDとした場合、L/Dは1.5以上に設定することが好ましく、設備上の観点から、L/Dは2~5に設定することがより好ましい。L/Dを上記範囲に設定することにより、破断伸度を向上させることができると考えられる。L/Dの上限としては特に限定されないが、例えば、50以下であることが好ましい。
【0048】
その他、紡出糸を高速で紡糸する際に発生するフラクチャーを抑制し、紡糸性を安定させるために、キャピラリーのピッチを大きくするなど、必要に応じてさらなる対策を講じることが好ましい。
【0049】
<凝固工程>
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法における凝固工程は、紡出工程を経てノズルオリフィス3から紡出した紡出糸(吐出部4)を、凝固液が流れる流動浴に通すことにより凝固させ、糸条8を生成する工程である。本工程においては、まず、紡出工程によって生成された紡出糸を、図示されないエアギャップ部を通過させることによって整流し、次いで、低温・低湿の冷風を当てることによって冷却する。その後、冷却した紡出糸を、流動浴に通過させ、凝固することによって糸条8を生成する。
【0050】
〔流動浴〕
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法において、紡出糸の凝固には流動浴が用いられる。ここで、流動浴とは、凝固液が静止状態でなく、紡出糸の進行方向に随伴的に流れている凝固浴のことであり、流動浴を用いることにより、セルロースフィラメント糸を高速で紡糸することができる。流動浴は、エアギャップ部で冷却された紡出糸(吐出部4)を受け入れる流動浴入口5と、凝固液を通流する流動浴流管部6と、凝固により生成された糸条8とともに随伴的に流れている凝固液を後述する保護管9に自由落下状態で送り出す流動浴出口7とからなる。
【0051】
流動浴に用いられる凝固液は、流動浴入口5の周縁部、及び流動浴流管部6の上部に設けられたスリットから供給される。凝固液の供給方法としては、ヘッド式、圧送式の何れの方法も用いることができるが、紡糸速度が500~1000m/minという高速で紡糸する場合、設備上の観点から、圧送式の流動浴を用いることが好ましい。なお、流動浴中における凝固液の流速はHagen-Poiseuilleの式によって決定される。したがって、流動浴における流動浴入口5とスリットとのヘッド差が決まれば、それに応じた凝固液の流速を求めることができる。凝固液の流速は、紡出糸の移動速度との関係において、後述の条件を満たすように設定することができる。
【0052】
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法は、流動浴中における紡出糸の移動速度をVf、流動浴出口7における凝固液の流速をVLとしたとき、
Vf - VL < 160m/min(ただし、VL ≦ Vf)
を満たすように実行される。Vf-VLが上記の条件を満たすように実行されると、特殊な異型断面ノズルを必要とすることなく、従来のエアギャップ紡糸によって紡糸することができる。Vf-VLが160m/min以上になると、繊維構造の正常な微細構造が形成されないため、断面形状が異型化するとともに、破断強度が低下する。また、VLがVfより大きくなると、凝固浴中の紡出糸が糸切れするおそれがある。
【0053】
ここで、流動浴中における紡出糸の移動速度Vfは、後述する偏向ガイド11が設けられた位置で測定した紡糸速度である。なお、上述した通り、振り込み用羽根ロール17の前に牽引ロールが設けられている場合はそのロール速度が移動速度Vfとなる。また、流動浴出口7における凝固液の流速VLは、凝固液が自由落下状態で流動浴流管部6を通過する単位時間あたりの液量を、流動浴流管部6の断面積で除した値である。
【0054】
流動浴に用いられる凝固液の温度は、25℃以下であることが好ましく、15℃以下であることがより好ましい。凝固液の温度が25℃以下であれば、紡糸性を安定させることができる。凝固液の温度が25℃を超えると、凝固浴中の紡出糸が糸切れするおそれがある。
【0055】
流動浴に用いられる凝固液の濃度は、設備上の観点及び凝固時間(すなわち、紡出糸が凝固液と接触した後、凝固が完了するまでの時間)を短縮する観点から、10~25重量%以上であることが好ましい。また、凝固時間は、例えば、0.05~0.10秒に設定され得る。凝固液としては、特に限定されず、公知技術に基づいたものを用いることができる。
【0056】
<巻取工程>
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法における巻取工程は、凝固工程を経て生成した糸条8に脱膨潤処理を行ってシート状フィラメント糸21を得た後、弛緩状態下で精練処理を行い、次いで乾燥処理を行うことによって得られたセルロースフィラメント糸33を巻き取る工程である。本工程は、脱膨潤工程、精練工程、乾燥工程、及びフィラメント糸巻取工程を包含する。
【0057】
ここで、精練工程及び乾燥工程は、シート状フィラメント糸21に張力が掛かっていない弛緩状態(以下、単に「弛緩状態」と表記する。)で行われる場合と、シート状フィラメント糸21に張力が掛かった緊張状態(以下、単に「緊張状態」と表記する。)で行われる場合とが考えられる。ここで、「張力」とは、シート状フィラメント糸21をローラーやボビン等に巻き付けることによって発生する、シート状フィラメント糸21の長さ方向(すなわち、繊維方向)に掛かっている外力のことである。本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法は、精練工程及び乾燥工程の両工程を弛緩状態で行う。これにより、応力-歪み曲線(通称:SSカーブ)を描いた場合において、セルロースフィラメント糸に降伏点が現れるようになり、タフネスを向上させるとともに、破断強度、破断伸度をさらに向上させたセルロースフィラメント糸を製造することができる。なお、精練工程及び乾燥工程は、上述した一連の工程を経てから、そのまま連続して行われるような形態であってもよく、巻取工程中のシート状フィラメント糸21の一部を採取した後に、当該工程を別途に設けて行われるような(すなわち、不連続の)形態であってもよい。
【0058】
本工程において、セルロースフィラメント糸を巻き取る方法としては特に限定されないが、弛緩状態下において長時間の精練処理及び乾燥処理を行うことができるとともに、セルロースフィラメント糸を高速で紡糸できるという観点から、
図2に示すようなネットコンベアを用いた方法が好ましい。
【0059】
ネットコンベアとしては、公知技術に基づいたものを用いることができ、例えば、反転ベルト駆動ロール19の駆動によって、反転ベルト補助ロール20を連動させることにより、脱膨潤工程で得られたシート状フィラメント糸21を反転する反転ベルト18と、メインネットコンベア駆動ロール26及び27の駆動によって、メインネットコンベア従動ロール23及び24を連動させることにより、精練工程及び乾燥工程におけるシート状フィラメント糸21を運搬するメインネット22と、精練工程における精練処理によってシート状フィラメント糸21が精練液によって流されないようにするとともに、乾燥工程における乾燥処理によって熱風で吹き飛ばされないようにするためのカバーネット28と、を備えたものが挙げられる。カバーネット28は、メインネット22上のシート状フィラメント糸21を挟み込むように設けられる。上記ネットコンベアは、後述のとおり、振込部29、精練部30、乾燥部31、及び解舒部32を含む。
【0060】
(脱膨潤工程)
脱膨潤工程では、凝固工程を経て生成した糸条8と凝固液とを保護管9に送り出し、保護管9の下端に取り付けられたリング糸道10によって糸条8と凝固液とを分離するとともに、糸条8の進行方向を変更した脱膨潤処理用糸16を生成し、分離した凝固液を受槽25で回収する。次いで、生成した脱膨潤処理用糸16を、偏向ガイド11、凝固液液切りバー12及び13、位置規制ガイド14、トラバース15を通過させて、脱膨潤処理するとともに、振り込み用羽根ロール17によって把持牽引する。次いで、振込部29において、トラバース15と振り込み用羽根ロール17との連動により、把持牽引された脱膨潤処理用糸16からシート状フィラメント糸21を形成し、メインネット22上に設けられた反転ベルト18に振り落とされる。振り落とされたシート状フィラメント糸21は、メインネット22上において各々のシート状フィラメント糸21の解舒位置が重ならないように、振込部29に弛緩状態で反転堆積される。
【0061】
このとき、振り込み用羽根ロール17が紡糸速度を決定するが、トラバース15と振り込み用羽根ロール17との間に、別途牽引ロール(例えば、ゴデットロールなど)を設けてもよい。なお、
図1においては、振り込み用羽根ロール17が紡糸速度を決定する手段となっているが、振り込み用羽根ロール17の前に別途牽引ロールを設ける場合は、上述の通り、牽引ロールが紡糸速度を決定する。
【0062】
(精練工程)
精練工程では、精練部30において、脱膨潤工程で得られたシート状フィラメント糸21を弛緩状態下で精練処理するとともに、精練処理後のシート状フィラメント糸21を乾燥部31に送り出す。なお、
図2において、精練部30の詳細については省略しており、公知技術に基づいた方法によって精練処理することができる。
【0063】
(乾燥工程)
乾燥工程では、乾燥部31において、精練工程で得られたシート状フィラメント糸21を弛緩状態下で乾燥処理することによって、絶乾状態とする。次いで、公定水分率にまで調湿することにより、セルロースフィラメント糸33を得る。その後、得られたセルロースフィラメント糸33を解舒部32に送り出す。なお、
図2において、乾燥部31の詳細については省略しており、公知技術に基づいた装置(例えば、トンネル乾燥機、ヒートスルー式乾燥機など)を用いて乾燥させることができる。
【0064】
(フィラメント糸巻取工程)
フィラメント糸巻取工程では、解舒部32において、乾燥工程で得られたセルロースフィラメント糸33を公定水分率に調湿した後、メインネット22上から解舒し、フィラメント糸巻取処理することによって、本発明の製造方法によるセルロースフィラメント糸を得る。なお、
図2において、解舒部32の詳細については省略しており、公知技術に基づいた方法を用いることができ、例えば、解舒位置を揃えるための糸足センサーによってメインネット22上の横一列の同じ位置から解舒されたセルロースフィラメント糸33をオイリングした後、0.3g/dtex程度の適正な巻取テンション(張力)をかけて巻き取ることにより、本発明の製造方法によるセルロースフィラメント糸が得られる。
【0065】
<セルロースフィラメント糸>
本発明のセルロースフィラメント糸は、上述のセルロースフィラメント糸の製造方法によって得られる。特に、本発明のセルロースフィラメント糸は、紡糸液を特定のドラフトに設定して紡出糸を生成すること、及び流動浴中における紡出糸の移動速度と流動浴出口における凝固液の流速とを特定の条件を満たすように凝固すること、を必須とする。各条件を変更することで得られる本発明のセルロースフィラメント糸は、その条件によって特性が大きく変化するため、構造又は特性によって特定することが困難である。本発明のセルロースフィラメント糸によれば、ビスコースレーヨンと同じセルロース繊維でありながら、CS2フリーを達成することができるとともに、紡糸速度が500~1000m/minという高速で紡糸する場合であっても、タフネスを向上させるとともに、破断強度、破断伸度といった物性を向上させることができ、かつ、特殊な異型断面ノズルを必要とすることなく従来のエアギャップ紡糸によって紡糸することができる。
【0066】
本発明のセルロースフィラメント糸は、結晶配向度が0.78~0.92であり、結晶化度が30~42であることが好ましい。セルロースフィラメント糸は、結晶配向度、及び結晶化度が上記の範囲にあることで、タフネスを向上させるとともに、破断強度、破断伸度をさらに向上させたセルロースフィラメント糸を製造することができる。
【実施例0067】
本発明のセルロースフィラメント糸について、より具体的に説明するため、実施例を挙げて説明する。ただし、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0068】
[物性評価試験1]
本発明のセルロースフィラメント糸の物性を評価するため、以下の物性評価試験(物性評価試験1)を行った。
【0069】
(実施例1)
原料セルロースとして、重合率(DP)630の原料パルプ(セルロース繊維、ジョージア・パシフィック社製)を、溶剤としてのブチルメチルイミダゾールクロライド(BMimCL)に溶解させ、セルロース濃度が12重量%の紡糸液を調製し、この紡糸液が140℃となるように加熱した。次いで、φ=0.1mm、L/D=5のノズルキャピラリーを用いるとともに、ノズルの孔数を1000、ドラフトを4.2に設定し、紡出糸の単糸繊度が2.92dtexとなるように紡出糸を生成した。次いで、生成した紡出糸を、エアギャップ部において、温度15℃、湿度35%、風速5m/secの条件に設定した冷風を当てて冷却した。さらに、温度10℃、BMimCLの濃度が25%である凝固液を用いた流動浴において、流動浴出口における凝固液の流速VLを70m/minに設定し、流動浴中における紡出糸の移動速度Vfを80m/minに設定し、紡出糸を凝固させ、糸条を生成した。すなわち、凝固工程において、VfとVLとの差を10m/min(<160m/min)に設定した。次いで、脱膨潤処理を行って弛緩状態のシート状フィラメント糸を生成した。その後、弛緩状態のシート状フィラメント糸を、ネットコンベアを用いて、精練処理、乾燥処理、及び巻取処理を行うことにより、セルロースフィラメント糸(マルチフィラメント糸)を生成した。生成したマルチフィラメント糸を解いてモノフィラメント糸とし、これを実施例1のセルロースフィラメント糸とした。実施例1のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は3.32dtexであった。
【0070】
(実施例2)
紡出糸の生成において、ドラフトを3.1に設定し、紡出糸の単糸繊度が3.92dtexとなるように紡出糸を生成した以外は、実施例1と同様の手順で実施例2のセルロースフィラメント糸を得た。実施例2のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は4.35dtexであった。
【0071】
(実施例3)
紡出糸の生成において、ドラフトを1.8に設定し、紡出糸の単糸繊度が6.84dtexとなるように紡出糸を生成した以外は、実施例1と同様の手順で実施例3のセルロースフィラメント糸を得た。実施例3のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は7.30dtexであった。
【0072】
(比較例1)
紡出糸の生成において、ドラフトを6.3に設定し、紡出糸の単糸繊度が1.93dtexとなるように紡出糸を生成した以外は、実施例1と同様の手順で比較例1のセルロースフィラメント糸を得た。比較例1のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は1.91dtexであった。
【0073】
(実施例4)
紡出糸の生成において、φ=0.3mmのノズルキャピラリーを用い、ドラフトを16.1に設定して紡出糸を生成した以外は、実施例3と同様の手順で実施例4のセルロースフィラメント糸を得た。実施例4のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は7.31dtexであった。
【0074】
(比較例2)
紡出糸の生成において、φ=0.3mmのノズルキャピラリーを用い、ドラフトを57.1に設定して紡出糸を生成した以外は、比較例1と同様の手順で比較例2のセルロースフィラメント糸を得た。比較例2のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は2.02dtexであった。
【0075】
(比較例3)
紡出糸の生成において、φ=0.3mmのノズルキャピラリーを用い、ドラフトを37.7に設定して紡出糸を生成した以外は、実施例1と同様の手順で比較例3のセルロースフィラメント糸を得た。比較例3のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は2.92dtexであった。
【0076】
(参考例1)
総繊度が1840dtex/1000fであるマルチフィラメント糸からなる市販のスーパーレーヨン糸(CORDENKA 610 Super-2、CORDENKA社製)を解いてモノフィラメント糸とし、これを参考例1のセルロースフィラメント糸とした。参考例1のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は2.00dtexであった。
【0077】
(参考例2)
総繊度が1840dtex/1000fであるマルチフィラメント糸からなる市販のスーパーレーヨン糸(CORDENKA 700 Super-3、CORDENKA社製)を解いてモノフィラメント糸とし、これを参考例2のセルロースフィラメント糸とした。参考例2のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は1.96dtexであった。
【0078】
実施例1~4、及び比較例1~3のセルロースフィラメント糸について、以下の方法で破断強度、破断伸度、タフネス、結晶配向度、及び結晶化度を測定し、評価した。また、参考例1~2のセルロースフィラメント糸について、以下の方法で破断強度、破断伸度、及びタフネスを測定した。
【0079】
<破断強度及び破断伸度の評価方法>
本発明のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の破断強度、破断伸度は「JIS L1015:2021 8.7 引張強さ及び伸び率」に準拠して測定した。具体的には、測定対象のマルチフィラメント糸から繊維を一本取り出してモノフィラメント糸とした後、温度20℃、相対湿度65%の環境下において、単糸自動繊度測定器および強伸度測定器(Vibroskop Micro及びVibrodyn500、レンチングインストラメンツ/オーストリア社製)を用いて、チャック間距離20mm、引張速度20mm/minの条件で引張試験を行った。この引張試験において、モノフィラメント糸が切断(破断)したときの荷重及び伸びを測定し、これを破断強度及び破断伸度とした。試験回数は15回以上とし、その平均値を求め、小数点以下1けたに丸めた。得られた結果から、セルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の破断強度及び破断伸度を以下の基準で評価した。
(破断強度)
A:3cN/dtex以上
B:2cN/dtex以上3cN/dtex未満
C:2cN/dtex未満
(破断伸度)
A:15%以上
B:13%以上15%未満
C:13%未満
【0080】
<タフネス(靭性)の評価方法>
本発明のセルロースフィラメント糸のタフネス(靭性)を以下の方法で測定した。具体的には、引張試験によって得られた応力-歪み曲線(いわゆるSSカーブ)を用いて、原点から破断点までの曲線で囲まれている部分の面積を求めることで、タフネスを算出した。なお、当該面積の求める方法としては、特に限定されず、例えば、引張試験機の解析ソフトによる解析によって求めてもよく、上記破断強度と破断伸度との測定データを積分することによって求めてもよい。得られた結果から、タフネスを以下の基準で評価した。
A:65MPa以上
B:55MPa以上65MPa未満
C:55MPa未満
【0081】
<物性の総合評価方法>
上述した「破断強度及び破断伸度の評価方法」及び「タフネス(靭性)の評価方法」で得られた評価結果から、本発明のセルロースフィラメント糸の物性について、総合的に評価した。具体的には、破断強度、破断伸度、及びタフネスの三項目中、少なくとも二項目において「A」評価であるものを「良」とし、それ以外のものを「不良」とした。
【0082】
<結晶配向度の評価方法>
本発明のセルロースフィラメント糸の結晶配向度を以下の方法で測定した。具体的には、X線発生装置(RA-Micro7、株式会社リガク製)を用いた広角X線回析測定(WAXD)にて行った。まず、本発明のセルロースフィラメント糸を隙間なく一方向に平行に並べて束状の試料を作製し、これにポイントビーム状のX線を照射した。X線源には、電圧40kV、電流20mAの条件下でCuターゲットから発生したCu-Kα線(波長:0.15418nm)を使用した。次いで、当該試料中で回折・散乱したX線を、二次元X線検出器(イメージングプレート R-AXIS IV++、株式会社リガク製)に、カメラ距離150mm、露光時間10分の条件で取り込んだ。次いで、取り込んだX線をデータ測定・処理ソフトウェア(Crystal Clear、株式会社リガク製)でコンピューター内に取り込んだ後、画像解析ソフトウェア(fit2D)を用いてX線回折像に変換した。また、イメージングプレート上の原点を決定するため、同様の条件で粉末アルミナに1分間X線を照射し、得られたデータから画像解析ソフトウェア(fit2D)を用いて原点位置を求めた。これより、得られたX線回折像のデータから、画像データ表示ソフトウェア(Display、株式会社リガク製)を用いて方位角方向の回折強度プロフィールを得た。このとき、粉末アルミナへのX線照射で得た原点を用いて位置の補正を行った。ここで、本発明のセルロースフィラメント糸を構成するセルロースII型結晶では、(110)面、(1-10)面、(200)面による回折が強く見られるが、(1-10)面及び(200)面の回折角2θはそれぞれ19.8°、22.0°と近いため、回折ピークが重なる。したがって、結晶配向度の算出には、2θ=12.1°に単独で存在する(110)面の回折ピークを用い、回折角β=11.6~12.6°、方位角φ=0~360°(Step width:0.5°)の範囲で方位角方向の強度プロフィールを得た。さらに、得られた方位角方向の強度プロフィールから、ピーク強度及び半価幅を得るために曲線のピークフィッティングを行い、結晶配向度を算出した。曲線のフィッティングには、グラフ作成・データ解析用ソフト(Origin、OriginLab Corporation社製)を使用し、フィッティング曲線の作成にはPearsonVII型曲線を用いた。曲線の式を下記式(2)に示す。
【数1】
式(2)中、I
0は最大ピーク強度、φは方位角方向の回転角、φ
pはピーク位置、wはピークの半価幅、mはピーク形状(m=3.4)である。これより、上記の2本の曲線と1本のベースラインとによって近似を行い、ピークの半価幅wを求めた。そして、結晶配向度fcを下記式(3)により求めた。
【数2】
【0083】
<結晶化度の評価方法>
本発明のセルロースフィラメント糸の結晶化度を以下の方法で測定した。具体的には、X線回析装置(MiniFlex300、株式会社リガク製)を用いたスキャンモード2θ/θの反射法で広角X線回析測定(WAXD)にて行い、結晶化インデックスを決定することによって、これを結晶化度とした。まず、回転試料台に本発明のセルロースフィラメント糸の束をセットし、回転させることで試料台面内の繊維方向をランダム化して、配向の影響を除去し、繊維試料を得た。当該繊維試料を、測定範囲2θ=5~40°、スキャン速度:1°/min、ステップ角0.05°/データの条件でデータを取得した。結晶化インデックスの決定に必要な非晶散乱データは、別途作製したフィルム状の非晶質セルロース試料を測定することで得た。非晶質セルロース試料は、重合率(DP)630の原料パルプ(セルロース繊維、ジョージア・パシフィック社製)をブチルメチルイミダゾールクロライド(BMimCL)に溶解させた後、140℃に加熱して得られたセルロース溶液を、スライドガラス上に流延塗布した後、2-プロパノール中で凝固することで作製した。得られた各データからバックグランド散乱を除去した後、結晶化した繊維試料の回折プロフィールから、適度に高さ調整をした非晶質セルロースの散乱プロフィールを差し引くAmorphous subtraction法[参考文献 Park et al., Biotechnology for Biofuels 2010, 3,10]により、結晶化インデックスを決定し、これを結晶化度とした。
【0084】
実施例1~4、及び比較例1~3のセルロースフィラメント糸の紡糸条件、並びにその物性評価試験の結果を表1に示す。また、併せて、参考例1~2のセルロースフィラメント糸の物性評価試験の結果を表1に示す。なお、実施例1~4、及び比較例1~3のセルロースフィラメント糸の製造時において、糸切れは発生しなかった。
【0085】
【0086】
表1より、ドラフトを20以下に設定して、紡出糸の単糸繊度が2~8dtexとなるように紡出糸を生成した実施例1~4のセルロースフィラメント糸は、破断強度、破断伸度、及びタフネスの三項目のうち、少なくとも二項目において評価が「A」であり、参考例1~2のセルロースフィラメント糸と比較して、実用上耐えうる物性を有することが示された。中でも、ドラフトを3~15に設定して、紡出糸の単糸繊度が3~6dtexとなるように紡出糸を生成した実施例1~2のセルロースフィラメント糸は、破断強度、破断伸度、及びタフネスの三項目の全てにおいて評価が「A」であり、参考例1~2のセルロースフィラメント糸と比較しても遜色なく、優れた物性を有することが示された。
【0087】
これに対し、ドラフトを20以下に設定していても、紡出糸の単糸繊度が2dtex未満になるように紡出糸を生成した比較例1のセルロースフィラメント糸、ドラフトを20超に設定し、紡出糸の単糸繊度が2dtex未満になるように紡出糸を生成した比較例2のセルロースフィラメント糸、及び紡出糸の単糸繊度が2~8dtexになるように紡出糸を生成していてもドラフトを20超に設定している比較例3のセルロースフィラメント糸は、破断強度、破断伸度、及びタフネスの三項目のうち、二項目において評価が「B」であり、実施例1~4のセルロースフィラメント糸と比較して、物性が劣っていた。
【0088】
また、表1より、破断強度、破断伸度、及びタフネスの三項目のうち、少なくとも二項目において評価が「A」である実施例1~4のセルロースフィラメント糸は、結晶配向度が0.78~0.92であり、結晶化度が30~42であることが分かった。このようになった詳細なメカニズムは不明であるが、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法によって得られたセルロースフィラメント糸は、紡糸液中に含まれるセルロース分子が配向したためであると考えられる。そして、本発明のセルロースフィラメント糸は、結晶配向度及び結晶化度が適切な範囲に調整されているため、実用上耐えうる物性を有することが示された。
【0089】
(考察1)
表1より、φ=0.1mmのノズルキャピラリーを用いた実施例1~3、及び比較例1のセルロースフィラメント糸を比較すると、紡出糸の単糸繊度が大きく(すなわち、ドラフトが小さく)なるほど、セルロースフィラメント糸の破断伸度が大きくなり、破断強度が小さくなるとともに、結晶配向度及び結晶化度が小さくなる傾向が見られた。また、φ=0.3mmのノズルキャピラリーを用いた実施例4、及び比較例2~3のセルロースフィラメント糸を比較しても、同様の傾向が見られた。
【0090】
(考察2)
表1より、φ=0.1mmのノズルキャピラリーを用いた実施例1~3、及び比較例1のセルロースフィラメント糸を比較すると、紡出糸の単糸繊度が1.93dtexから3.92dtexまで大きくなる場合においては、タフネスが大きくなるが、3.92dtexから6.84dtexまで大きくなる場合においては、タフネスが小さくなった。これらのことから、本発明のセルロースフィラメント糸のタフネスは、特定の紡出糸の単糸繊度において極大値を示すものと推察される。また、φ=0.3mmのノズルキャピラリーを用いた実施例4、及び比較例2~3のセルロースフィラメント糸を比較すると、実施例1~3、及び比較例1のセルロースフィラメント糸の比較ほど顕著な傾向ではなかったが、同様の傾向が見られた。
【0091】
したがって、「考察1」及び「考察2」から、紡出糸の単糸繊度(又はドラフト)を変化させることで、結晶配向度及び結晶化度を適切な範囲に調整することができるとともに、所望する物性を有する本発明のセルロースフィラメント糸を得ることができると推察される。
【0092】
[物性評価試験2]
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法において、高速紡糸時におけるセルロースフィラメント糸の物性を評価するため、以下の物性評価試験(物性評価試験2)を行った。
【0093】
(実施例5)
原料セルロースとして、重合率(DP)630の原料パルプ(セルロース繊維、ジョージア・パシフィック社製)を、溶剤としてのブチルメチルイミダゾールクロライド(BMimCL)に溶解させ、セルロース濃度が12重量%の紡糸液を調製し、この紡糸液が140℃となるように加熱した。次いで、φ=0.1mm、L/D=5のノズルキャピラリーを用いるとともに、ノズルの孔数を1000、ドラフトを5.5に設定し、紡出糸の単糸繊度が2.22dtexとなるように紡出糸を生成した。次いで、生成した紡出糸を、エアギャップ部において、温度15℃、湿度35%、風速5m/secの条件に設定した冷風を当てて冷却した。さらに、温度10℃、BMimCLの濃度が25%の凝固液を用いた流動浴において、流動浴出口における凝固液の流速VLを70m/minに設定し、流動浴中における紡出糸の移動速度Vfを180m/minに設定し、紡出糸を凝固させ、糸条を生成した。すなわち、凝固工程において、VfとVLとの差を110m/min(<160m/min)に設定した。次いで、脱膨潤処理を行って弛緩状態のシート状フィラメント糸を生成した。その後、弛緩状態のシート状フィラメント糸を、ネットコンベアを用いて、精練処理、乾燥処理、及び巻取処理を行うことにより、セルロースフィラメント糸(マルチフィラメント糸)を生成した。生成したマルチフィラメント糸を解いてモノフィラメント糸とし、これを実施例5のセルロースフィラメント糸とした。実施例5のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は2.36dtexであった。
【0094】
(比較例4~5)
流動浴中における紡出糸の移動速度Vfを表2に記載のとおりに変更したこと以外は、実施例5と同様の手順で比較例4~5のセルロースフィラメント糸を得た。比較例4のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は2.50dtexであり、比較例5のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は2.46dtexであった。
【0095】
実施例5、及び比較例4~5のセルロースフィラメント糸について、上記の「破断強度及び破断伸度の評価方法」、「タフネス(靭性)の評価方法」、及び「結晶化度の評価方法」で説明した手順と同様の手順で破断強度、破断伸度、タフネス、及び結晶化度を測定し、評価するとともに、「物性の総合評価方法」で説明した手順と同様の手順で、物性を総合的に評価した。また、実施例5のセルロースフィラメント糸について、上記の「結晶配向度の評価方法」で説明した手順と同様の手順で結晶配向度を測定し、評価した。
【0096】
実施例5、及び比較例4~5のセルロースフィラメント糸の紡糸条件、並びにその物性評価試験の結果を表2に示す。なお、実施例5、及び比較例4のセルロースフィラメント糸の製造時において、糸切れは発生しなかったが、比較例5のセルロースフィラメント糸の製造時において、その一部に糸切れが発生した。
【0097】
【0098】
表2より、特定の紡糸条件を満たし、VfとVLとの差が160m/minより小さくなるように紡糸された実施例5のセルロースフィラメント糸は、破断強度、破断伸度、及びタフネスの三項目のうち、少なくとも二項目において評価が「A」であり、実施例1~4のセルロースフィラメント糸と同様に、実用上耐えうる物性を有することが示された。
【0099】
これに対し、特定の紡糸条件を満たしているにもかかわらず、VfとVLとの差が160m/min以上となるように紡糸された比較例4~5のセルロースフィラメント糸は、破断強度、破断伸度、及びタフネスの三項目のうち、二項目において評価が「B」又は「C」であり、実施例1~4のセルロースフィラメント糸と比較して、物性が劣っていた。このことから、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法は、VfとVLとの差が160m/minより小さくなるように紡出糸を生成することで、所望する物性を有するセルロースフィラメント糸を製造することができると推察される。また、比較例4及び5のセルロースフィラメント糸を比較すると、比較例4のセルロースフィラメント糸よりもVfとVLとの差がさらに大きくなるように紡出糸を生成した比較例5のセルロースフィラメント糸の方が全体的な物性が劣っていることから、高速紡糸の際におけるVfとVLとの差は160m/minを目安として頭打ちになっていると推察される。
【0100】
また、実施例5のセルロースフィラメント糸は、実施例1~4のセルロースフィラメント糸と同様に、結晶配向度が0.78~0.92であり、結晶化度が30~42であることが分かった。このことから、本発明のセルロースフィラメント糸は、VfとVLとの差が160m/minより小さくなるように紡出糸を生成することで、結晶配向度及び結晶化度が適切な範囲に調整されているため、実用上耐えうる物性を有することが示された。
【0101】
これに対し、比較例4~5のセルロースフィラメント糸は、結晶化度が30~42であるにもかかわらず、実施例1~4のセルロースフィラメント糸と比較して物性が劣っていた。このことから、本発明のセルロースフィラメント糸は、結晶配向度及び結晶化度が適切な範囲に調整されていることに加えて、VfとVLとの差が160m/minより小さくなるように紡出糸を生成することが必要であると推察される。
【0102】
[物性評価試験3]
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法において、精練処理及び乾燥処理の方法の観点からセルロースフィラメント糸の物性を評価するため、以下の物性評価試験(物性評価試験3)を行った。
【0103】
(比較例6)
脱膨潤処理を行ってシート状フィラメント糸を生成した後、このシート状フィラメント糸に張力を掛けた緊張状態で、精練処理、乾燥処理、及び巻取処理を行う以外は、実施例1と同様の手順で比較例6のセルロースフィラメント糸を得た。比較例6のセルロースフィラメント糸(モノフィラメント糸)の単糸繊度の実測値は3.10dtexであった。
【0104】
比較例6のセルロースフィラメント糸について、上記の「破断強度及び破断伸度の評価方法」、及び「タフネス(靭性)の評価方法」で説明した手順と同様の手順で破断強度、破断伸度、及びタフネスを測定し、評価するとともに、「物性の総合評価方法」で説明した手順と同様の手順で、物性を総合的に評価した。
【0105】
比較例6のセルロースフィラメント糸の紡糸条件、並びにその物性評価試験の結果を表3に示す。また、比較のため、実施例1の結果も併せて表3に示す。なお、比較例6のセルロースフィラメント糸の製造時において、糸切れは発生しなかった。
【0106】
【0107】
表3より、特定の紡糸条件を満たして紡出糸を生成した後に、シート状フィラメント糸を弛緩状態にしたままで精練処理及び乾燥処理を行った実施例1のセルロースフィラメント糸は、破断強度、破断伸度、及びタフネスの三項目のうち、少なくとも二項目において評価が「A」であり、参考例1~2のセルロースフィラメント糸と比較して、実用上耐えうる物性を有することが示された。
【0108】
これに対し、特定の紡糸条件を満たして紡出糸を生成していても、シート状フィラメント糸をボビンに固定した緊張状態で精練処理及び乾燥処理を行った比較例6のセルロースフィラメント糸は、破断強度、破断伸度、及びタフネスの三項目のうち、二項目において評価が「B」又は「C」であり、実施例1のセルロースフィラメント糸と比較して、物性が劣っていた。このことから、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法においては、シート状フィラメント糸を弛緩状態で精練処理及び乾燥処理することが必要であることが示された。
【0109】
また、図示は省略するが、シート状フィラメント糸を弛緩状態で精練処理及び乾燥処理した実施例1及び比較例6のセルロースフィラメント糸は、応力-歪み曲線を描いた場合において、降伏点が表れることが分かった。また、図示は省略するが、実施例1及び比較例6のセルロースフィラメント糸を走査型電子顕微鏡(FlexSEM 1000II、株式会社日立ハイテク製)により観察した結果、2つの繊維の形態にほとんど違いは見られなかった。したがって、応力-歪み曲線における降伏点の表出は、シート状フィラメント糸を弛緩状態で精練処理及び乾燥処理したことにより、分子配向が緩和したことによるものと考えられる。
【0110】
[物性評価試験4]
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法において、生成したセルロースフィラメント糸をマルチフィラメント糸として用いた場合における物性を評価するため、以下の物性評価試験(物性評価試験4)を行った。
【0111】
(実施例6~9、及び比較例7~9)
上記の「物性評価試験1」の実施例1~4、及び比較例1~3と同様の手順でそれぞれセルロースフィラメント糸(マルチフィラメント糸)を生成し、これを実施例6~9、及び比較例7~9のセルロースフィラメント糸(マルチフィラメント糸)とした。実施例6~9、及び比較例7~9のセルロースフィラメント糸(マルチフィラメント糸)の総繊度の実測値を表4に示す。
【0112】
(参考例3~4)
総繊度が1840dtex/1000fであるマルチフィラメント糸からなる市販のスーパーレーヨン糸(CORDENKA 610 Super-2、CORDENKA社製)、及び総繊度が1840dtex/1000fであるマルチフィラメント糸からなる市販のスーパーレーヨン糸(CORDENKA 700 Super-3、CORDENKA社製)を、それぞれ参考例3~4のセルロースフィラメント糸とした。
【0113】
本発明のセルロースフィラメント糸(マルチフィラメント糸)の破断強度、破断伸度は「JIS L1017:2002 8.5 引張強さ及び伸び率」に準拠して測定した。具体的には、10cmにつき8回の撚りをかけてマルチフィラメント糸とした後、このマルチフィラメント糸の撚数が変わらないようにして初荷重をかけ、温度20℃、相対湿度65%の環境下において、引張試験機(オートグラフAGS-X 1kNX STD、株式会社島津製作所製)を用いて、チャック間距離250mm、引張速度30cm/minの条件で引張試験を行った。この引張試験において、マルチフィラメント糸が切断(破断)したときの荷重及び伸びを測定し、これを破断強度及び破断伸度とした。試験回数は10回とし、その平均値を求め、小数点以下1けたに丸めた。得られた結果から、セルロースフィラメント糸(マルチフィラメント糸)の破断強度及び破断伸度を以下の基準で評価した。
(破断強度)
A:3cN/dtex以上
B:2cN/dtex以上3cN/dtex未満
C:2cN/dtex未満
(破断伸度)
A:15%以上
B:13%以上15%未満
C:13%未満
【0114】
<耐破断性の評価方法>
上述した「破断強度及び破断伸度の評価方法」で得られた評価結果から、本発明のセルロースフィラメント糸(マルチフィラメント糸)の耐破断性について、評価した。具体的には、破断強度、及び破断伸度の二項目中、二項目において「A」又は「B」評価であるものを「良」とし、それ以外のものを「不良」とした。
【0115】
実施例6~9、及び比較例7~9のセルロースフィラメント糸の紡糸条件、及び並びにそのセルロースフィラメント糸の物性評価試験の結果を表4に示す。また、併せて、参考例3~4のセルロースフィラメント糸の物性評価試験の結果を表4に示す。また、参考のため、各実施例等のセルロースフィラメント糸(マルチフィラメント糸)を構成するモノフィラメント糸である実施例1~4、比較例1~3、及び参考例1~2のセルロースフィラメント糸の単糸繊度及びその物性総合評価を表1より一部抜粋して転記している。なお、実施例6~9、及び比較例7~9のセルロースフィラメント糸の製造時において、糸切れは発生しなかった。
【0116】
【0117】
表4より、ドラフトを20以下に設定して、紡出糸の単糸繊度が2~8dtexとなるように紡出糸を生成したマルチフィラメント糸である実施例6~9のセルロースフィラメント糸は、破断強度及び破断伸度の二項目のうち、二項目において評価が「A」又は「B」であり、参考例3~4のセルロースフィラメント糸と比較しても、同等の破断伸度及び破断強度を有することが示された。
【0118】
これに対し、ドラフトを20以下に設定していても、紡出糸の単糸繊度が2dtex未満になるように紡出糸を生成した比較例7のセルロースフィラメント糸、ドラフトを20超に設定し、紡出糸の単糸繊度が2dtex未満になるように紡出糸を生成した比較例8のセルロースフィラメント糸、及び紡出糸の単糸繊度が2~8dtexになるように紡出糸を生成していてもドラフトを20超に設定している比較例9のセルロースフィラメント糸は、破断強度、及び破断伸度の二項目のうち、少なくとも一項目において評価が「C」であり、実施例6~9のセルロースフィラメント糸と比較して、物性が劣っていた。
【0119】
これらの結果から、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法によって紡糸されたセルロースフィラメント糸は、マルチフィラメント糸として使用する場合であっても、優れた物性を有することが示された。
【0120】
なお、上記の各実施例において、溶剤としてはブチルメチルイミダゾールクロライド(BMimCL)のみを用いているが、他のイミダゾール系溶剤であっても同様の結果が得られると推察される。
【0121】
以上、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法について、その実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記実施の形態に記載した構成に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において適宜その構成を変更することができるものである。