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特開2024-95630セルロースフィラメント糸の製造方法、及びセルロースフィラメント糸
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  • 特開-セルロースフィラメント糸の製造方法、及びセルロースフィラメント糸 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024095630
(43)【公開日】2024-07-10
(54)【発明の名称】セルロースフィラメント糸の製造方法、及びセルロースフィラメント糸
(51)【国際特許分類】
   D01F 2/00 20060101AFI20240703BHJP
【FI】
D01F2/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023222633
(22)【出願日】2023-12-28
(31)【優先権主張番号】P 2022211178
(32)【優先日】2022-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000103622
【氏名又は名称】オーミケンシ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141586
【弁理士】
【氏名又は名称】沖中 仁
(74)【代理人】
【識別番号】100171310
【弁理士】
【氏名又は名称】日東 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100102211
【弁理士】
【氏名又は名称】森 治
(72)【発明者】
【氏名】磯島 康之
(72)【発明者】
【氏名】梶田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】辻野 絢也
(72)【発明者】
【氏名】後藤 康夫
【テーマコード(参考)】
4L035
【Fターム(参考)】
4L035AA04
4L035BB11
4L035BB19
4L035BB66
4L035EE08
(57)【要約】      (修正有)
【課題】高速で紡糸する場合であっても、破断強度や破断伸度といった物性を十分に確保しながら、紡糸中の糸切れの発生を抑制することができるセルロースフィラメント糸の製造方法の提供。
【解決手段】溶剤を用いたセルロースフィラメント糸の製造方法であって、溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液1を、エアギャップ紡糸によって紡出する紡出工程と、生成した紡出糸を凝固液が流れる流動浴に通すことにより凝固させる凝固工程と、生成した糸条8を自由収縮状態に保持して脱膨潤させる脱膨潤工程と、脱膨潤工程によって生成したシート状フィラメント糸21を弛緩状態下で精練処理を行い、次いで乾燥処理を行うことによって得られたセルロースフィラメント糸を巻き取る巻取工程と、を包含し、凝固工程は、流動浴中における紡出糸の移動速度と流動浴出口7における凝固液の流速との差が特定の条件を満たす、セルロースフィラメント糸の製造方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶剤を用いたセルロースフィラメント糸の製造方法であって、
前記溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液を、エアギャップ紡糸によって紡出する紡出工程と、
前記紡出工程によって生成した紡出糸を凝固液が流れる流動浴に通すことにより凝固させる凝固工程と、
前記凝固工程によって生成した糸条を自由収縮状態に保持して脱膨潤させる脱膨潤工程と、
前記脱膨潤工程によって生成したシート状フィラメント糸を弛緩状態下で精練処理を行い、次いで乾燥処理を行うことによって得られたセルロースフィラメント糸を巻き取る巻取工程と、
を包含し、
前記凝固工程は、前記流動浴中における前記紡出糸の移動速度をV、前記流動浴出口における前記凝固液の流速をVとしたとき、
- V < 200m/min(ただし、V ≦ V
を満たし、
前記脱膨潤工程は、脱膨潤前の糸条の重量をW、脱膨潤後の糸条の重量をWとしたとき、膨潤度W/Wが、
/W ≦ 3.5
となるまで自由収縮状態で保持されるセルロースフィラメント糸の製造方法。
【請求項2】
前記紡出工程は、前記紡出糸の単糸繊度が3dtex超となるように実行される請求項1に記載のセルロースフィラメント糸の製造方法。
【請求項3】
前記紡出工程は、前記紡出糸の単糸繊度が5dtex超になるように実行される請求項2に記載のセルロースフィラメント糸の製造方法。
【請求項4】
前記溶剤は、イミダゾール系溶剤である請求項1~3の何れか一項に記載のセルロースフィラメント糸の製造方法。
【請求項5】
請求項1~3の何れか一項に記載のセルロースフィラメント糸の製造方法によって得られるセルロースフィラメント糸。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶剤を用いたセルロースフィラメント糸の製造方法、及びセルロースフィラメント糸に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースは地球上に最も多く存在する高分子化合物である。化石燃料の有限性や合成樹脂の廃棄問題などの観点、及び事業のサスティナビリティの観点から、リニューアブルで生分解性の高いセルロースを見直す気運がサスティナビリティの考え方とともに世界的に高まってきている。中でも、再生セルロース繊維の需要は、独自の良好な特性を有することに加えて、環境との適合性を有する持続産生可能な材料として特徴づけられていて、確実に増加する趨勢にある。
【0003】
また、世界における繊維の生産量は、2010年の7250万トンから2030年には1億3360万トンに増加すると予測されている。その一方で、フィンランドのアールト大学のSixta教授らの試算によれば、綿花の生産量は水の制約などから年間2600万トンから2800万トンが上限となることが予想されている。このため、世界における溶解パルプ由来の再生セルロース繊維の需要はさらに増加することが見込まれる。
【0004】
長年、再生セルロース繊維の製造方法はビスコース法が主流であり、リヨセル法、キュプラ法などの他の方法はあまり用いられていなかった。しかしながら、既存のビスコース法では、人体に対して毒性を有する二硫化炭素(CS、以下、単に「CS」と称する。)を使用することがデメリットの一つとなっている。そのため、CSフリー又はCSの使用量を減少させる、溶剤を用いた再生セルロース繊維の開発が実用化に向けて関心を集めてきた。
【0005】
CSフリー又はCSの使用量を減少させる繊維製造技術としては、これまでいくつかの技術が既知であり、例えば、N-メチルモルホリンN-オキシド(NMMO)を用いたNMMO法(リヨセル法)やイオン液体法などの溶剤法、カルバメート法、カルバメートをNMMOに溶解させる方法、バイオセルソル法などが知られている。
【0006】
これらの方法によって製造された繊維は、ビスコース繊維と同じ再生セルロース繊維でありながら、人体に対して毒性を有するCSを不使用又は減少させて製造されているため、タフタ、ツイル、ジョーゼット、シフォンなどの衣料用生地の代替素材として用いられることが期待されている。
【0007】
ところで、セルロースは水や有機溶媒に溶解したり、溶融したりしない高分子化合物である。そのため、セルロースを原料としてセルロース繊維を製造する場合、カルバメートなどを用いて化学的修飾を行う、又は溶解性の高い溶剤(例えば、NMMOなど)を用いて直接原料セルロースを溶解することによって紡糸液を調製する必要がある。また、紡糸の方法として、当該紡糸液から繊維を形成するため、湿式紡糸法の一つであるエアギャップ紡糸による製造方法が常用されている(例えば、特許文献1及び2を参照)。
【0008】
特許文献1には、少なくとも2本のリヨセルマルチフィラメントから製造されたリヨセル生コードであって、(a)乾燥状態で測定されたリヨセル生コードが1.0g/dの初期応力において2.0%以下伸長し、50~100g/dの初期モジュラス値を有し;(b)1.0g/dから4.0g/dまでの応力区間で7%以下伸長し;(c)4.0g/dの引張強度から糸が切断されるまで1%以上伸長する応力-歪み曲線を有するリヨセル生コードが開示されている。
【0009】
特許文献2には、第3級アミンオキシド水溶液中のセルロースのリヨセル紡糸溶液からリヨセル系セルロースフィラメント糸を製造するためのプロセスであって、a)10~20重量%のセルロースを含有する紡糸溶液を製造する工程であって、前記セルロースは、450~700ml/gの範囲内のスキャン粘度(固有粘度に相当する粘度)を有する5~30重量%のセルロースと300~450ml/gの範囲内のスキャン粘度を有する70~95重量%のセルロースとのブレンドであり、前記2つの画分が40ml/g以上のスキャン粘度差を示す、工程と、b)前記紡糸溶液を押出ノズルを通して押し出してフィラメントを得る工程と、c)第3級アミンオキシドの濃度が20%以下である凝固液を含有する紡糸浴により前記フィラメントを最初に凝固する工程と、d)前記フィラメントを洗浄する工程と、e)前記フィラメントを乾燥する工程と、を含む、プロセスが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007-297760号公報
【特許文献2】特表2020-536184号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、一般的に、エアギャップ紡糸を用いた方法を含む湿式紡糸法によって繊維を紡糸する場合、乾式紡糸法と比較すると紡糸速度が小さく、生産性に課題があるとされる。例えば、特許文献1に記載のリヨセル生コードを作成する場合、当該コードに用いられるリヨセルマルチフィラメントを紡糸する際の紡糸速度は、100~150m/minである。
【0012】
この点に関し、特許文献2によれば、当該文献に開示されているプロセスを用いることで、セルロースフィラメントを700m/min以上の高速で紡糸することが可能になったことが記載されている。ところが、本発明者らは、セルロースフィラメント糸の生産性を検討するため、当該プロセスについて繰り返し追試を行ったところ、開示されているような条件で紡糸した場合、紡糸中に糸切れが頻発し、安定して紡糸できないことが判明した。
【0013】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、高速で紡糸する場合であっても、破断強度や破断伸度といった物性を十分に確保しながら、紡糸中の糸切れの発生を抑制することができるセルロースフィラメント糸の製造方法、及びセルロースフィラメント糸を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明にかかるセルロースフィラメント糸の製造方法の特徴構成は、
溶剤を用いたセルロースフィラメント糸の製造方法であって、
前記溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液を、エアギャップ紡糸によって紡出する紡出工程と、
前記紡出工程によって生成した紡出糸を凝固液が流れる流動浴に通すことにより凝固させる凝固工程と、
前記凝固工程によって生成した糸条を自由収縮状態に保持して脱膨潤させる脱膨潤工程と、
前記脱膨潤工程によって生成したシート状フィラメント糸を弛緩状態下で精練処理を行い、次いで乾燥処理を行うことによって得られたセルロースフィラメント糸を巻き取る巻取工程と、
を包含し、
前記凝固工程は、前記流動浴中における前記紡出糸の移動速度をV、前記流動浴出口における前記凝固液の流速をVとしたとき、
- V < 200m/min(ただし、V ≦ V
を満たし、
前記脱膨潤工程は、脱膨潤前の糸条の重量をW、脱膨潤後の糸条の重量をWとしたとき、膨潤度W/Wが、
/W ≦ 3.5
となるまで自由収縮状態で保持されることにある。
【0015】
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法によれば、凝固工程によって生成した糸条を自由収縮状態に保持して脱膨潤させる脱膨潤工程を含むので、紡出糸の収縮を抑制することができ、高速で紡糸する場合であっても、紡糸中の糸切れの発生を抑制することができる。また、凝固工程は、流動浴中における紡出糸の移動速度と流動浴出口における凝固液の流速との差が特定の条件を満たすように実行されるので、セルロースフィラメント糸の断面が異型化することがなくなり、適切な破断強度を十分に確保することができるとともに、紡糸中の糸切れの発生を抑制することができる。さらに、脱膨潤工程は、膨潤度W/Wが特定の値となるまで自由収縮状態で保持されるので、紡糸中の糸切れの発生を抑制することができる。
【0016】
本発明に係るセルロースフィラメント糸の製造方法において、
前記紡出工程は、前記紡出糸の単糸繊度が3dtex超となるように実行されることが好ましい。
【0017】
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法によれば、紡出糸の単糸繊度が3dtex超となるように実行されるので、高速で紡糸する場合であっても、破断強度や破断伸度といった物性を十分に確保しながら、セルロースフィラメント糸を製造することができる。
【0018】
本発明に係るセルロースフィラメント糸の製造方法において、
前記紡出工程は、前記紡出糸の単糸繊度が5dtex超になるように実行されることが好ましい。
【0019】
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法によれば、紡出糸の単糸繊度が5dtex超となるように実行されるので、より高速で紡糸する場合であっても、破断強度や破断伸度といった物性を十分に確保しながら、セルロースフィラメント糸を製造することができる。
【0020】
本発明に係るセルロースフィラメント糸の製造方法において、
前記溶剤は、イミダゾール系溶剤であることが好ましい。
【0021】
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法によれば、溶剤が、イミダゾール系溶剤であるので、原料セルロースを溶剤に十分溶解させることができる。その結果、品質にばらつきのない、破断伸度や破断強度に優れたセルロースフィラメント糸を製造することができる。
【0022】
上記課題を解決するための本発明に係るセルロースフィラメント糸の特徴構成は、
前記セルロースフィラメント糸の製造方法によって得られることにある。
【0023】
本発明のセルロースフィラメント糸によれば、上記のセルロースフィラメント糸の製造方法によって得られるので、破断強度や破断伸度といった物性が十分に大きく、糸切れのないセルロースフィラメント糸となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の一実施形態にかかるセルロースフィラメント糸の製造方法を実施する装置を示す模式図であり、紡出工程、凝固工程、脱膨潤工程、及び巻取工程を説明する図である。
図2図1に示す装置において、巻取工程の詳細を説明する図である。
図3】脱膨潤工程における糸条の脱膨潤区間の距離とセルロースフィラメント糸の膨潤度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
繊維の紡糸において、糸切れの発生を抑制することは、重要な設計事項の一つである。糸切れが発生する原因はいくつかあるが、原料である繊維が溶剤に未溶解であることによる紡糸切れや、異物との接触による接触切れを除けば、紡糸張力が繊維の最弱点部における伸長抵抗力を上回ることによって発生するというのが基本的かつ典型的なパターンである。したがって、糸切れとは、換言すれば、紡糸液が繊維構造を形成していく過程において、伸長抵抗力に対して繊維としてのつながりを保てなくなり、繊維形状としての連続性が失われる現象のことである。
【0026】
繊維の紡糸に湿式紡糸法を用いる場合(例えば、エアギャップ紡糸によって繊維を紡糸する場合)、非凝固性媒体である空気の媒体抵抗はごく小さいものであるため、エアギャップ部の通過中に糸切れすることはない。しかしながら、繊維が凝固液を通過する際に、凝固液との接触によって紡糸張力が発生する。この紡糸張力は、引取力が上流側に伝搬していくにあたり、紡糸液から紡出される繊維と凝固液との間で摩擦抵抗(液抵抗)となるため、糸切れが発生しやすい状態になる。また、当該摩擦抵抗は、紡糸速度を大きくする(すなわち、高速化する)ことによって増大する傾向にあるため、紡糸速度を大きくすると、糸切れもまた頻発しやすくなる。
【0027】
ところで、既存の湿式紡糸法に関し、糸切れに関連するパラメータとして、繊維の紡糸におけるドラフト条件(ドラフト)が挙げられる。ドラフトは、紡糸速度/吐出線速度で表される繊維の紡糸における工程に関する指標であり、具体的な説明は後述するが、ノズルオリフィスに設けられたキャピラリーの出口の内径の二乗に比例し、繊度に反比例する値である。そのため、湿式紡糸法において設定されるドラフトは、紡糸液から紡出される繊維の形成過程における曳糸性・延伸性といった物性に影響を及ぼす。したがって、当該物性を維持した上で糸切れの発生を最大限に抑制することができるドラフト(可紡ドラフト)を大きくすることで、紡糸の高速化を実現することが可能になる。
【0028】
可紡ドラフトはその紡糸条件によって大きく異なるため、一概に特定することはできないが、例えば、可紡ドラフトを50として、紡糸速度1000m/minで紡糸する場合、上記定義から、吐出線速度は20m/minとなる。したがって、吐出線速度を大きくすることができれば、紡糸速度も大きくなる。
【0029】
ドラフトを大きくする方法としては、例えば、ノズルキャピラリーの出口の内径を大きくする方法が挙げられる。ところが、ノズルキャピラリーの出口の内径を大きくすると、ドラフトが可紡ドラフトを超過してしまい、糸切れが頻発するおそれがある。そのため、セルロースフィラメント糸の製造方法において、NMMO法によって紡糸する場合、ドラフトは5~10程度に設定される。
【0030】
一方で、セルロースフィラメント糸の製造方法において、イオン液体法によって紡糸する場合、ドラフトは10~200程度に設定される。しかしながら、イオン液体法の場合、粘度の高いイオン液体を溶剤に用いるため、紡糸液から紡出糸を紡出する際の紡糸線上の不安定流動(以下、単に「フラクチャー」と称する場合がある。)の発生を抑制する必要がある。したがって、紡出糸の吐出線速度の上限は3~4m/min程度に制限される。
【0031】
これらの観点から、一般的には、セルロースフィラメント糸の製造において、糸切れの発生の抑制と紡糸の高速化との両立を実現することは困難であるとされていた。
【0032】
そうした中で、本発明者らはセルロースフィラメント糸の製造方法について鋭意検討した結果、溶剤を用いたセルロースフィラメント糸の製造方法において、特定の条件で凝固させる凝固工程と、特定の条件を満たすように実行される脱膨潤工程を包含することにより、糸切れの発生を抑制するとともに紡糸速度を大きくできることを見出し、本発明の完成に至った。
【0033】
以下、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法、及びセルロースフィラメント糸の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施形態や図面に記載される構成に限定されることを意図しない。
【0034】
<装置構成>
図1及び2は、本発明の一実施形態にかかるセルロースフィラメント糸の製造方法を実施する装置100を示す模式図である。本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法は、紡出工程、凝固工程、脱膨潤工程、及び巻取工程を包含し、図1では、紡出工程、凝固工程、脱膨潤工程、及び巻取工程を説明する。図2では、巻取工程の詳細を説明する。以下、各工程の詳細について記載する。
【0035】
<紡出工程>
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法における紡出工程は、溶剤に原料セルロースを溶解させた紡糸液1から紡出糸を生成する工程である。紡糸液1は、図示されないスピンパック、及びノズルオリフィス3を備えるスピンヘッド部2に供給され、紡糸液1がノズルオリフィス3から紡出されることで紡出糸が生成される。
【0036】
紡出工程は紡出糸の単糸繊度が3dtex超となるように実行されることが好ましく、5dtex超となるように実行されることがより好ましい。紡出糸の単糸繊度が3dtex超となるように実行されることにより、高速で紡糸する場合であっても、破断強度や破断伸度といった物性を十分に確保しながら、セルロースフィラメント糸を製造することができる。
【0037】
(原料セルロース)
本発明に用いられる原料セルロースは、セルロースを含む原料であり、後述するエアギャップ紡糸によって紡糸可能な紡出糸が得られるものであれば、特に限定されない。原料セルロースは、バージンセルロース、または再生セルロースの何れであってもよく、形態としては繊維状、粉末状、バルク状、液状、スラリー状等、任意の形態のものを使用することができる。原料セルロースの性状は、所望するセルロースフィラメント糸の用途に応じて、適宜選択することができ、例えば、任意の単糸繊度からなるセルロース繊維を選択することができる。
【0038】
〔溶剤〕
原料セルロースを溶解させる溶剤としては、N-メチルモルホリンN-オキシド(NMMO)やイオン液体を用いることができる。ここで、イオン液体とは、カチオン及びアニオンを含む有機溶剤である。カチオンとしては、例えば、各種アルキル基を有するイミダゾリウムイオンが挙げられる。アニオンとしては、例えば、クロライドイオンのほか、ホスフィネートイオン、ホスホネートイオン、ホスフェートイオンのような燐系化合物を含むイオンが挙げられる。
【0039】
溶剤は、イミダゾール系溶剤であることが好ましい。溶剤がイミダゾール系溶剤であれば、破断伸度をさらに向上させたセルロースフィラメント糸を製造することができる。イミダゾール系溶剤は、カチオン部とアニオン部とを有する下記式(I)で表される溶剤である。
【化1】
式(I)中、カチオン部は、R1が炭素数1~2のアルキル基であり、R2が炭素数1~8のアルキル基である。アニオン部は、Xがハロゲン、アセタート、プロピオナート、アルキル亜リン酸、亜リン酸、アルキル次亜リン酸、次亜リン酸、アルキルリン酸、リン酸である。カチオン部及びアニオン部の組み合わせは、一組であってもよいし、二組以上であってもよい。イミダゾール系溶剤としては、R1がブチル基であり、R2がメチル基であり、Xがクロロ基であるブチルメチルイミダゾールクロライドが好ましい。
【0040】
〔紡糸液〕
紡糸液1は、溶剤に原料セルロースを溶解させたものである。紡糸液1の調製方法としては、特に限定されず、必要に応じて、加熱、冷却、攪拌、振とう、濃縮、希釈などの工程を含んでもよい。紡糸液1のセルロース濃度としては、特に限定されず、必要に応じて所望の濃度に調整することができ、例えば、3~20重量%であり、好ましくは7~16重量%であり、より好ましくは10~13重量%である。また、紡糸液1には、プロピルガレートなどの酸化防止剤を添加することも可能である。
【0041】
(紡糸におけるドラフト条件)
紡糸におけるドラフト条件(以下、単にドラフトと表記する場合がある。)とは、後述する巻取工程における紡糸速度(以下、引取速度と表記する場合がある。)とノズルオリフィス3から紡出される際の吐出部4における速度(以下、吐出線速度と表記する場合がある。)との関係で規定される紡糸指標であり、引取速度/吐出線速度で表される。また、ドラフトは紡糸速度に関係なく設定可能な指標であり、ノズルオリフィス3に設けられた図示されないキャピラリーの出口の内径(すなわち、吐出部4の外径)の二乗に比例し、繊度に反比例する。紡糸速度及び吐出量が一定となるように設定して紡出糸を紡出した場合、ドラフトとセルロース濃度は比例(又は反比例)関係になく、繊度が一定となるように設定して紡出糸を紡出した場合、ドラフトはセルロース濃度に比例する。図1の場合、引取速度は、後述する巻取工程における振り込み用羽根ロール17による牽引速度となり、振り込み用羽根ロール17の前に牽引ロールが設けられている場合はそのロール速度となる。なお、ノズルオリフィス3から紡出糸が紡出される際のドラフトは、特に限定されず、必要に応じて適宜設定することができる。
【0042】
セルロースフィラメント糸の紡糸速度は、生産性の観点から、100~5000m/minであることが好ましい。また、紡糸速度が500m/minの場合において、例えば、ドラフトが15以下に設定されるとき、吐出線速度は33m/min以上であり、セルロースフィラメント糸の生産性の観点から、好ましくは66m/min以上である。
【0043】
また、紡出糸を高速で紡糸する際の紡糸線上の不安定流動(すなわち、フラクチャー)の発生を抑制し、紡糸性を安定させるため、紡出糸の紡糸の前に紡糸液1を加熱することが好ましい。具体的なメカニズムはまだ十分に解明されていないが、紡糸液1を加熱して高温(例えば、130~160℃)にして紡糸することで、紡糸液1の粘度を低下させて、セルロース分子を効果的に整列させることができるため、後述する通り、紡出糸の収縮を抑制して、糸切れの発生を抑制することができると考えられる。
【0044】
紡糸液1を加熱する場合、キャピラリーのリード孔長をできるだけ長くすることが好ましい。具体的なメカニズムはまだ十分に解明されていないが、キャピラリーのリード孔長を長くすることで、紡糸液1を剪断する場合において、セルロース分子の絡み合いを低減し、セルロース分子を効果的に整列させることができるため、紡糸速度の上限値を大きくすることができると考えられる。キャピラリーのリード孔長の上限としては特に限定されないが、紡糸速度の上限値が飽和するという観点から、12~30mmであることが好ましい。また、キャピラリーのリード孔長を含むキャピラリー全体における、紡糸液1の滞在時間は秒単位、又はそれ以下の微小時間に適宜設定され得、例えば、1秒程度に設定され得る。なお、この場合、吐出部4の温度は、スピンパック内における紡糸液1の温度よりも20℃以上高くなるように昇温されることが好ましい。
【0045】
キャピラリーのリード孔長をL、キャピラリーの出口の内径(吐出部4の外径)をDとした場合、L/Dは1.5以上に設定することが好ましい。L/Dを1.5以上に設定することにより、破断伸度を十分に確保することができる。L/Dの上限としては特に限定されないが、50以下であることが好ましい。また、Dを大きくする場合は、L/Dを上記範囲に設定するために、追従するようにLを大きくすることができる。なお、設備上の観点から、L/Dは2~50に設定することがより好ましい。
【0046】
その他、紡出糸を高速で紡糸する際に発生するフラクチャーを抑制し、紡糸性を安定させるために、キャピラリーのピッチを大きくするなど、必要に応じてさらなる対策を講じることが好ましい。
【0047】
<凝固工程>
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法における凝固工程は、紡出工程を経てノズルオリフィス3から紡出した紡出糸(吐出部4)を、凝固液が流れる流動浴に通すことにより凝固させ、糸条8を生成する工程である。本工程においては、まず、紡出工程によって生成された紡出糸を、図示されないエアギャップ部を通過させることによって整流し、次いで、低温・低湿の冷風を当てることによって冷却する。その後、冷却した紡出糸を、流動浴に通過させ、凝固することによって糸条8を生成する。
【0048】
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法において、凝固工程及び後述する脱膨潤工程は、厳密に区別されない。したがって、凝固工程及び脱膨潤工程の一部は、これらが一体化された以下の凝固初期ステップ、凝固進行ステップ、及び凝固完成ステップを包含しており、糸条8を形成する。
【0049】
(凝固初期ステップ)
凝固初期ステップは、紡出糸が糸条8を形成する前のステップであり、紡糸液が凝固液と接触してから数ミリ秒(0.001~0.009秒)~数十ミリ秒(0.01~0.09秒)オーダーの時間が経過するまでの期間に相当する。このごく短時間の凝固初期ステップにおいては、凝固前の糸条8は伸長しやすい状態であり、エアギャップ紡糸中ほどではないが伸長することができる。また、本ステップで糸条8に収縮があったとしても、引取力によって伸長することが可能であると考えられる。
【0050】
(凝固進行ステップ)
凝固進行ステップは、紡出糸が凝固し始めて糸条8を形成するステップである。本ステップ中においては、糸条8は伸長することが困難な状態であり、脱膨潤によって糸条8は軸線方向に収縮する。本ステップにおいて、糸条8は収縮に弱く、収縮力のかかり方によっては糸切れにつながる。
【0051】
凝固進行ステップにおいて、糸条8の凝固が始まる時間は、紡出糸が凝固液と接触してから0.001秒後以降に設定されていることが好ましく、0.01秒後以降に設定されていることがより好ましい。糸条8の凝固が始まる時間が上記の時間以降に設定されていることにより、糸条8の収縮する時間を遅らせることができるため、糸切れの発生をより抑制することができる。糸条8の凝固が始まる時間が上記の時間よりも早くなると、糸条8は早く凝固してしまうため、糸条8が伸長する時間がなくなり、実質的に収縮するのみとなってしまい、糸切れが頻発するおそれがある。糸条8の凝固が始まる時間の上限は、特に限定されないが、設備上の観点から、紡出糸が凝固液と接触してから0.09秒後以前に設定されていることが好ましい。
【0052】
(凝固完成ステップ)
凝固完成ステップは、糸条8が完全に凝固した後のステップである。本ステップ中においては、糸条8は完全に凝固しているため、延伸することができない状態である。このとき、糸条8の繊維構造は完成しており、収縮に対して強くなり、流動浴中で受ける液抵抗に対しても耐えられるようになる。
【0053】
〔エアギャップ紡糸〕
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法では、図示されないエアギャップ部を備えたエアギャップ紡糸装置を用いてエアギャップ紡糸が行われる。ここで、エアギャップ紡糸装置が備えるエアギャップ部は、生成直後の紡出糸が通過する紡出部と、後述する凝固工程における流動浴に突入する瞬間の当該紡出糸が通過する突入部とから構成される。
【0054】
本発明者らは、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法について、より詳細に糸切れの発生頻度と紡糸速度との関係を検討した結果、エアギャップ紡糸によって紡出した場合における最大引取速度(すなわち、任意に設定したドラフトで紡出した場合において、紡出糸が切断される瞬間の紡糸速度)が、糸切れの発生頻度に関係することが明らかになった。
【0055】
具体的には、エアギャップ紡糸における最大引取速度について、紡出部における最大引取速度(以下、紡出部最大引取速度と表記する。)と、突入部における最大引取速度(以下、突入部最大引取速度と表記する。)との関係を検討した結果、突入部最大引取速度が紡出部最大引取速度よりも小さくなることで、糸切れの頻度が増加することが明らかになった。突入部最大引取速度が紡出部最大引取速度よりも小さくなる原因としては、紡出糸がエアギャップ部で冷風を受けることによって冷却され、これによって紡出糸が収縮すること、及び紡出糸が凝固液と接触することにより液抵抗が生じることによるものであると考えられる。したがって、紡出糸の収縮を抑制するとともに、液抵抗の発生を抑制することができれば、エアギャップ紡糸の最大引取速度が小さくなることを抑制できるので、糸切れの発生が抑制される。なお、液抵抗の発生の抑制方法の詳細については、後述する〔流動浴〕の項目に記載する。
【0056】
なお、本発明者らは、セルロースフィラメント糸の製造において、エアギャップ部の突入部最大引取速度が紡出部最大引取速度よりも小さくなることを検証するために、以下の試験を行った。
【0057】
(検証例1)
原料セルロースとして、重合率(DP)630の原料パルプ(セルロース繊維、ジョージア・パシフィック社製)を、溶剤としてのブチルメチルイミダゾールクロライド(BMimCL)に溶解させ、セルロース濃度が7重量%の紡糸液を調製し、この紡糸液を90℃に加熱した。次いで、φ=0.27mm、L=10mmのノズルキャピラリーを用いるとともに、吐出線速度を3.5m/min(=0.2mL/min)に設定し、紡出糸を生成した。次いで、生成した紡出糸を、エアギャップ部において、エアギャップ区間15cm、温度20℃、湿度20%、風速1~10m/secの条件に設定した冷風を当てて冷却した。さらに、温度15℃、BMimCLの濃度が5~60重量%(好ましくは10~30重量%)である凝固液を用いた流動浴において、紡出糸を凝固させ、検証例1の糸条を生成した。検証例1の糸条の製造において、その紡糸速度は196m/minであった。
【0058】
(検証例2)
流動浴を静止浴に変更したこと以外は、検証例1と同様の手順で検証例2の糸条を生成した。検証例2の糸条の製造において、その紡糸速度は175m/minであった。
【0059】
(検証例3)
凝固液を通過させなかったこと以外は、検証例1と同様の手順で検証例3の糸条を生成した。検証例3の糸条の製造において、その紡糸速度は650m/minであった。
【0060】
検証例1及び2と、検証例3との結果から、エアギャップ部において、突入部最大引取速度が紡出部最大引取速度よりも小さくなることが認められる。これらの検証結果から、糸条は凝固液に接することによって、軸線方向に収縮しているものと考えられる。また、検証例1と検証例2との結果から、凝固浴に関して、静止浴を用いるよりも流動浴を用いる方が、突入部最大引取速度と紡出部最大引取速度の差を抑制できることが認められる。
【0061】
〔流動浴〕
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法において、紡出糸の凝固には流動浴が用いられる。ここで、流動浴とは、凝固液が静止状態でなく、紡出糸の進行方向に随伴的に流れている凝固浴のことである。流動浴を用いることにより、セルロースフィラメント糸を高速で紡糸することができるとともに、液抵抗の発生を抑制する。流動浴は、エアギャップ部で冷却された紡出糸(吐出部4)を受け入れる流動浴入口5と、凝固液を通流する流動浴流管部6と、凝固により生成された糸条8とともに随伴的に流れている凝固液を後述する保護管9に自由落下状態で送り出す流動浴出口7とからなる。
【0062】
流動浴に用いられる凝固液は、流動浴入口5の周縁部、及び流動浴流管部6の上部に設けられたスリットから供給される。凝固液の供給方法としては、ヘッド式、圧送式の何れの方法も用いることができるが、高速で紡糸する場合、設備上の観点から、圧送式の流動浴を用いることが好ましい。なお、流動浴中における凝固液の流速はHagen-Poiseuilleの式によって決定される。したがって、流動浴における流動浴入口5とスリットとのヘッド差が決まれば、それに応じた凝固液の流速を求めることができる。凝固液の流速は、紡出糸の移動速度との関係において、後述の条件を満たすように設定することができる。
【0063】
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法は、流動浴中における紡出糸の移動速度をV、流動浴出口7における凝固液の流速をVとしたとき、
- V < 200m/min(ただし、V ≦ V
を満たすように実行される。V-Vが上記の条件を満たすように実行されると、特殊な異型断面ノズルを必要とすることなく、従来のエアギャップ紡糸によって紡糸することができる。V-Vが200m/min以上になると、繊維構造の正常な微細構造が形成されないため、断面が異型化するとともに、適切な破断強度を十分に確保できなくなる。また、VがVより大きくなると、凝固浴中の紡出糸が糸切れするおそれがある。
【0064】
ここで、流動浴中における紡出糸の移動速度Vは、後述する偏向ガイド11が設けられた位置で測定した紡糸速度である。なお、上述した通り、振り込み用羽根ロール17の前に牽引ロールが設けられている場合はそのロール速度が移動速度Vとなる。また、流動浴出口7における凝固液の流速Vは、凝固液が自由落下状態で流動浴流管部6を通過する単位時間あたりの液量を、流動浴流管部6の断面積で除した値である。
【0065】
流動浴に用いられる凝固液の温度は、30℃以下であることが好ましく、15℃以下であることがより好ましい。凝固液の温度が30℃以下であれば、紡糸性を安定させることができる。凝固液の温度が30℃を超えると、凝固浴中の紡出糸が糸切れするおそれがある。
【0066】
流動浴に用いられる凝固液の濃度は、設備上の観点及び凝固時間(すなわち、紡出糸が凝固液と接触した後、凝固が完了するまでの時間)を短縮する観点から、5~30重量%であることが好ましく、5~25重量%であることがより好ましい。また、凝固時間は、例えば、0.05~0.10秒に設定され得る。凝固液としては、特に限定されず、従来公知のものを用いることができる。
【0067】
<脱膨潤工程>
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法における脱膨潤工程は、凝固工程を経て生成した糸条8を自由収縮状態に保持して脱膨潤処理を行い、シート状フィラメント糸21を得る工程である。
【0068】
ここで「自由収縮状態に保持する」とは、糸条8が生成してから、牽引するロールまでの間(自由収縮区間)において、糸条8に伸長や延伸がかからない状態のことである。自由収縮区間の一端は、凝固工程を経て生成した糸条8が紡出される凝固浴の出口部分であり、他端は糸条8を牽引するロールである。なお、図1において、「糸条8を牽引するロール」は振り込み用羽根ロール17であることを想定しているが、これに限定されるものではなく、例えば、上述したように、トラバース15と振り込み用羽根ロール17との間に別途牽引ロールを設けてもよい。この場合、自由収縮区間の他端は、凝固浴の出口部分から当該牽引ロールまでの区間である。
【0069】
脱膨潤工程では、凝固工程を経て生成した糸条8と凝固液とを保護管9に送り出し、保護管9の下端に取り付けられたリング糸道10によって糸条8と凝固液とを分離するとともに、糸条8の進行方向を変更した脱膨潤処理用糸16を生成し、分離した凝固液を受槽25で回収する。次いで、生成した脱膨潤処理用糸16を、偏向ガイド11、凝固液液切りバー12及び13、位置規制ガイド14、トラバース15を通過させて、脱膨潤処理するとともに、振り込み用羽根ロール17によって把持牽引する。次いで、振込部29において、トラバース15と振り込み用羽根ロール17との連動により、把持牽引された脱膨潤処理用糸16からシート状フィラメント糸21を形成し、メインネット22上に設けられた反転ベルト18に振り落とされる。振り落とされたシート状フィラメント糸21は、メインネット22上において各々のシート状フィラメント糸21の解舒位置が重ならないように、振込部29に弛緩状態で反転堆積される。なお、「弛緩状態」とは、後述するように、生成したシート状フィラメント糸21に外力(例えば、張力)が掛かっていない状態のことを指す。
【0070】
このとき、振り込み用羽根ロール17が紡糸速度を決定するが、トラバース15と振り込み用羽根ロール17との間に、別途牽引ロール(例えば、ゴデットロールなど)を設けてもよい。なお、図1においては、振り込み用羽根ロール17が紡糸速度を決定する手段となっているが、振り込み用羽根ロール17の前に別途牽引ロールを設ける場合は、上述の通り、牽引ロールが紡糸速度を決定する。
【0071】
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法の脱膨潤工程における脱膨潤区間の距離、及び脱膨潤処理用糸16(糸条8)が当該区間に滞在する時間は、必要に応じて適宜設定することができ、例えば、紡糸速度を300m/minに設定するとき、脱膨潤区間の距離が3mであれば、脱膨潤処理用糸16(糸条8)の脱膨潤区間における滞在時間は約1/100分(すなわち、約0.6秒)に設定され得る。
【0072】
(膨潤度及び溶剤除去率)
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法において、脱膨潤工程は、脱膨潤前の糸条の重量をW、脱膨潤後の糸条の重量をWとしたとき、膨潤度W/Wが、
/W ≦ 3.5
となるまで自由収縮状態で保持される。膨潤度W/Wが上記の値となるまで自由収縮状態で保持されることにより、紡糸中の糸切れの発生を抑制することができる。膨潤度W/Wが上記の値となるまで自由収縮状態で保持されない場合(すなわち、膨潤度W/Wが3.5より大きい状態で脱膨潤工程が完了した場合)、糸切れが頻発するおそれがある。
【0073】
本明細書中において「膨潤度」とは、脱膨潤区間における任意の地点でサンプリングした一定量のサンプルにおいて、脱膨潤前の糸条の重量Wと原料セルロースの重量Wとの比を示す値であり、脱膨潤前の糸条の重量Wは下記式(1)で表される。
= W + S + H ・・・(1)
式(1)中、Sはサンプルに含まれる溶剤の重量であり、Hはサンプルに含まれる溶剤の一部が置換された水の重量である。なお、脱膨潤前の糸条の重量Wは、当該サンプルを回転数3000rpm(遠心力:約1000×g)で遠心分離機に1分間かけて付着した凝固液を除去し、このときの重量を測定することで求められる。また、原料セルロースの重量W、サンプルに含まれる溶剤の重量S及び水の重量H、並びに紡糸液に含まれる溶剤の重量Yは以下の方法によって求めることができる。
【0074】
(i)原料セルロースの重量W
凝固液を除去した後のサンプルを、60℃以上の温水への浸漬と脱水とを10回以上繰り返す。このとき、電気伝導度計を用いて、当該サンプルの電気伝導度が一定であることを確認することが好ましい。その後、このサンプルを絶乾して重量を測定する。このとき、凝固液を除去した後のサンプル中に含まれていた溶剤及び水が除去されることになるため、当該サンプルの重量は原料セルロースの重量Wとなる。
【0075】
(ii)サンプルに含まれる溶剤の重量S及び水の重量H
凝固液を除去した後のサンプルをそのまま(すなわち、上記(i)において、温水に浸漬することなく)絶乾して重量を測定する。このとき、凝固液を除去した後のサンプルの重量は、原料セルロースの重量W´と溶剤の重量S´と水の重量H´との和W´となる。すなわち、W´とH´との関係は下記式(2)及び(3)で表される。
´ = W´ + S´ + H´ ・・・(2)
H´ = W´ - W´ - S´ ・・・(3)
これにより、当該サンプルの水分率(含水率)Iは下記式(4)で表される。
I = H´/W´ × 100・・・(4)
ここで、残りの凝固液を除去した後の脱膨潤前の糸条の重量Wと式(4)とから、脱膨潤前の糸条の重量Wに含まれる水の重量Hを求めることができる(すなわち、下記式(5))。
H = W × I / 100 ・・・(5)
その後、上記(i)のとおり、洗浄絶乾することで原料セルロースの重量Wが求められる。また、これにより、溶剤の重量Sは下記式(6)で表される。
S = W - W - H ・・・(6)
【0076】
(iii)紡糸液に含まれる溶剤の重量Y
本サンプリングで用いられる紡糸液に含まれる溶剤の重量Yは、紡糸液のセルロース濃度M、紡糸液の全体の重量W、及び原料セルロースの重量Wより、下記式(7)で表される。
M = W/W × 100 より、
W = W/M × 100 = Y + W であるから、
Y = W/M × 100 -W ・・・(7)
【0077】
図3は脱膨潤工程における糸条の脱膨潤区間(すなわち、自由収縮状態で保持する区間)の距離とセルロースフィラメント糸の膨潤度W/Wとの関係を示すグラフである。図3のとおり、セルロースフィラメント糸の膨潤度W/Wは脱膨潤区間の距離に反比例する。すなわち、脱膨潤区間の距離が小さいとき(図3において、脱膨潤区間の距離がaであるとき)、その膨潤度W/WはAであり、脱膨潤区間の距離が大きいとき(図3において、脱膨潤区間の距離がbであるとき)、その膨潤度W/WはBである。したがって、本発明にかかるセルロースフィラメント糸の製造方法では、膨潤度W/Wを小さくするために、脱膨潤区間の距離(すなわち、脱膨潤工程における糸条の脱膨潤区間に滞在する時間)をできるだけ大きくすることが好ましい。脱膨潤区間の距離を大きくすることにより、脱膨潤処理にかける時間が大きくなるため、溶剤除去率が大きくなり、糸切れの発生を抑制することができる。なお、脱膨潤区間の距離の上限値は、特に限定されず、必要に応じて適宜設定することができる。
【0078】
本明細書中において「溶剤除去率」とは、紡出工程で紡出した紡出糸が、脱膨潤工程に入る前の脱膨潤前の糸条を生成するまでに除去された溶剤の割合を示す値であり、下記式(8)により定義される。
(Y-S)/Y × 100 ・・・(8)
【0079】
上記の各値の求め方について、以下に具体例を示す。
本具体例において、脱膨潤前の糸条の重量Wを100重量部として、上記(i)の操作で得られた原料セルロースの重量Wを10重量部、上記(ii)の操作で得られた原料セルロースの重量Wと溶剤の重量Sとの和を50重量部とすると、含水率Iは50%(重量ベース)であるから、式(5)より、サンプルに含まれる水の重量Hは100-50=50重量部であり、式(6)より、サンプルに含まれる溶剤の重量Sは50-10=40重量部である。この場合における、本具体例の膨潤度W/Wは(10+50+40)/10=10である。また、上記(iii)における紡糸液のセルロース濃度Mを10重量%、紡糸液の全体の重量Wを100重量部とすると、式(7)より、Y=10/10×100-10=90重量部が得られる。したがって、式(8)より、本具体例の溶剤除去率は(90-40)/90×100≒54%(重量ベース)となる。
【0080】
なお、上記式(1)~(8)における各式の関係の理解を容易にするため、上記の各式に数値を代入する具体例を示したが、本発明の実施形態において当該数値に限定されるものでないことは言うまでもない。
【0081】
また、上記の紡糸液に含まれる溶剤の重量Yは、紡出糸に含まれる溶剤の残留溶剤率Rを求める方法によって算出することも可能である。ここで、残留溶剤率Rとは、紡糸液の全体の重量W又は脱膨潤前の糸条の重量Wに対して、当該紡糸液に含まれる溶剤の重量Y又は糸条に含まれる溶剤の重量(すなわち、サンプルに含まれる溶剤の重量S)の割合を示す値であり、下記式(9)及び(10)で表すことができる。
= Y/W × 100 ・・・(9)
= S/(W+S+H) × 100 ・・・(10)
式(9)中、Rは紡糸液の全体の重量Wに対する紡糸液に含まれる溶剤の重量Yの残留溶剤率であり、式(10)中、Rは脱膨潤前の糸条の重量に対するサンプルに含まれる溶剤の重量Sの残留溶剤率である。
【0082】
膨潤度を正確に求めるという観点から、サンプリングは複数の地点で行われることが好ましい。なお、後述する実施例では、サンプリングは偏向ガイド11及び振り込み用羽根ロール17から振り落された後の反転ベルト18上の二か所の地点で実行されているが、これに限定されるものではなく、三か所以上の地点で行ってもよい。サンプリングの位置としては、脱膨潤区間における任意の地点のいずれかであれば、特に限定されない。また、脱膨潤区間の距離を変更する場合は、これに合わせて適宜調整することができる。サンプリングの方法としては、特に限定されるものではなく、例えば、二本のはさみを連結したサンプリング用具によって糸条を切断して、サンプルを作製することができる。
【0083】
また、上記サンプルの溶剤除去率は83%以上であることが好ましく、86%以上であることがより好ましい。サンプルの溶剤除去率が83%以上であれば、糸切れの発生をより抑制することができる。なお、溶剤除去率とは、脱膨潤前のサンプル中に含まれる溶剤量に対する脱膨潤処理によりサンプルから除去された溶剤量の割合(重量ベース)であり、残留溶剤率から求めることができる。
【0084】
<巻取工程>
本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法における巻取工程は、脱膨潤工程を経てシート状フィラメント糸21を得た後、弛緩状態下で精練処理を行い、次いで乾燥処理を行うことによって得られたセルロースフィラメント糸33を巻き取る工程である。本工程は、精練工程、乾燥工程、及びフィラメント糸巻取工程を包含する。
【0085】
ここで、精練工程及び乾燥工程は、シート状フィラメント糸21に張力が掛かっていない弛緩状態(以下、単に「弛緩状態」と表記する。)で行われる場合と、シート状フィラメント糸21に張力が掛かった緊張状態(以下、単に「緊張状態」と表記する。)で行われる場合とが考えられる。ここで、「張力」とは、シート状フィラメント糸21をローラーやボビン等に巻き付けることによって発生する、シート状フィラメント糸21の長さ方向(すなわち、繊維方向)に掛かっている外力のことである。本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法は、精練工程及び乾燥工程の両工程を弛緩状態で行う。これにより、応力-歪み曲線(通称:SSカーブ)を描いた場合において、セルロースフィラメント糸には破断前に降伏点が現れるようになり、破断強度や破断伸度といった物性を十分に確保したセルロースフィラメント糸を製造することができる。なお、精練工程及び乾燥工程は、上述した一連の工程を経てから、そのまま連続して行われるような形態であってもよく、巻取工程中のシート状フィラメント糸21の一部を採取した後に、当該工程を別途に設けて行われるような(すなわち、不連続の)形態であってもよい。
【0086】
本工程において、セルロースフィラメント糸を巻き取る方法としては特に限定されないが、弛緩状態下において長時間の精練処理及び乾燥処理を行うことができるとともに、セルロースフィラメント糸を高速で紡糸できるという観点から、図2に示すようなネットコンベアを用いる方法が好ましい。
【0087】
ネットコンベアとしては、公知技術に基づいたものを用いることができ、例えば、反転ベルト駆動ロール19の駆動によって、反転ベルト補助ロール20を連動させることにより、脱膨潤工程で得られたシート状フィラメント糸21を反転する反転ベルト18と、メインネットコンベア駆動ロール26及び27の駆動によって、メインネットコンベア従動ロール23及び24を連動させることにより、精練工程及び乾燥工程におけるシート状フィラメント糸21を運搬するメインネット22と、精練工程における精練処理によってシート状フィラメント糸21が精練液によって流されないようにするとともに、乾燥工程における乾燥処理によって熱風で吹き飛ばされないようにするためのカバーネット28と、を備えたものが挙げられる。カバーネット28は、メインネット22上のシート状フィラメント糸21を挟み込むように設けられる。上記ネットコンベアは、後述のとおり、振込部29、精練部30、乾燥部31、及び解舒部32を含む。
【0088】
(精練工程)
精練工程では、精練部30において、脱膨潤工程で得られたシート状フィラメント糸21を弛緩状態下で精練処理するとともに、精練処理後のシート状フィラメント糸21を乾燥部31に送り出す。なお、図2において、精練部30の詳細については省略しており、公知技術に基づいた方法によって精練処理することができる。
【0089】
(乾燥工程)
乾燥工程では、乾燥部31において、精練工程で得られたシート状フィラメント糸21を弛緩状態下で乾燥処理することによって、絶乾状態とする。次いで、公定水分率にまで調湿することにより、セルロースフィラメント糸33を得る。その後、得られたセルロースフィラメント糸33を解舒部32に送り出す。なお、図2において、乾燥部31の詳細については省略しており、公知技術に基づいた装置(例えば、トンネル乾燥機、ヒートスルー式乾燥機など)を用いて乾燥させることができる。
【0090】
(フィラメント糸巻取工程)
フィラメント糸巻取工程では、解舒部32において、乾燥工程で得られたセルロースフィラメント糸33を公定水分率に調湿した後、メインネット22上から解舒し、フィラメント糸巻取処理することによって、本発明の製造方法によるセルロースフィラメント糸を得る。なお、図2において、解舒部32の詳細については省略しており、公知技術に基づいた方法を用いることができ、例えば、解舒位置を揃えるための糸足センサーによってメインネット22上の横一列の同じ位置から解舒されたセルロースフィラメント糸33をオイリングした後、0.3g/dtex程度の適正な巻取テンション(張力)をかけて巻き取ることにより、本発明の製造方法によるセルロースフィラメント糸が得られる。
【0091】
<セルロースフィラメント糸>
本発明のセルロースフィラメント糸は、上述のセルロースフィラメント糸の製造方法によって得られる。特に、本発明のセルロースフィラメント糸は、糸条を自由収縮状態に保持して脱膨潤すること、流動浴中における紡出糸の移動速度と流動浴出口における凝固液の流速との差が特定の条件を満たすように凝固すること、及び膨潤度W/Wが特定の値となるまで自由収縮状態で保持すること、を必須とする。各条件を変更することで得られる本発明のセルロースフィラメント糸は、その条件によって特性が大きく変化するため、構造又は特性によって特定することが困難である。本発明のセルロースフィラメント糸によれば、上記のセルロースフィラメント糸の製造方法によって得られるので、破断強度や破断伸度といった物性が十分に大きく、糸切れのないセルロースフィラメント糸となる。
【実施例0092】
本発明のセルロースフィラメント糸について、より具体的に説明するため、実施例を挙げて説明する。ただし、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0093】
[糸切れ頻度の評価試験1(流動浴に用いられる凝固液の温度及び濃度)]
本発明のセルロースフィラメント糸の生成において、流動浴に用いられる凝固液の温度及び濃度を変更した場合における糸切れ頻度の評価をするため、以下の手順でセルロースフィラメント糸を製造するとともに、サンプリングによりサンプルを作製した。
【0094】
(実施例1)
原料セルロースとして、重合率(DP)630の原料パルプ(セルロース繊維、ジョージア・パシフィック社製)を、溶剤としてのブチルメチルイミダゾールクロライド(BMimCL)に溶解させ、セルロース濃度が12重量%の紡糸液を調製し、この紡糸液を140~160℃に加熱した。次いで、φ=0.3mm、L=9mmのノズルキャピラリーを用いるとともに、吐出線速度を2.12m/minに設定し、紡出糸を生成した。次いで、生成した紡出糸を、エアギャップ部において、エアギャップ区間15cm、温度10℃、湿度40%、風速4m/secの条件に設定した冷風を当てて冷却した。さらに、温度5℃、BMimCLの濃度が5重量%である凝固液を用いた流動浴において、流動浴出口における凝固液の流速Vを70m/minに設定し、流動浴中における紡出糸の移動速度Vを110m/minに設定し、紡出糸を凝固させ、糸条を生成した。すなわち、凝固工程において、VとVとの差を40m/min(<200m/min)に設定した。次いで、脱膨潤処理を行って弛緩状態のシート状フィラメント糸を生成した。その後、弛緩状態のシート状フィラメント糸を、ネットコンベアを用いて、精練処理、乾燥処理、及び巻取処理を行うことにより、総繊度2000dtex/1000f(すなわち、単糸繊度2.0dtex)である実施例1のセルロースフィラメント糸を生成した。
【0095】
(実施例2、及び比較例1)
流動浴に用いられる凝固液の温度及びBMimCLの濃度を表1に記載のとおりに変更したこと以外は、実施例1と同様の手順で実施例2、及び比較例1のセルロースフィラメント糸を生成した。
【0096】
(実施例3)
紡出糸の生成における吐出線速度を3.54m/minに設定し、流動浴中における紡出糸の移動速度Vを表1に記載のとおりに変更したこと以外は、実施例1と同様の手順で実施例3のセルロースフィラメント糸を生成した。
【0097】
(比較例2~3)
流動浴に用いられる凝固液の温度及びBMimCLの濃度を表1に記載のとおりに変更したこと以外は、実施例3と同様の手順で比較例2~3のセルロースフィラメント糸を生成した。
【0098】
<糸切れ頻度の評価>
実施例1~3、及び比較例1~3のセルロースフィラメント糸の生成中において、紡出糸が吐出部から吐出されてから流動浴入口に入るまでの状態を、目視にて2時間観察し、その時間内に発生した糸切れの頻度を確認した。糸切れ頻度について、以下の基準で評価した。
A:2時間あたりの糸切れの回数が2回以下であった。
B:2時間あたりの糸切れの回数が2回超4回以下であった。
C:2時間あたりの糸切れの回数が4回超であった。
【0099】
<セルロースフィラメント糸から作製したサンプルの評価>
実施例1~3、及び比較例1~3のセルロースフィラメント糸の生成中において、反転ベルト上を脱膨潤後のサンプリング位置として、生成したシート状フィラメント糸を切断し、サンプルを作製した。なお、紡出部からサンプリング位置である反転シートまでの距離は3300mmであり、糸条が当該区間に滞在した時間は約1.7秒であった。
【0100】
サンプルを製造装置から取り出した後、回転数3000rpm(遠心力:約1000×g)で遠心分離機に1分間かけて付着した凝固液を除去し、脱膨潤前の糸条の重量(W)を測定した。次いで、当該サンプルを60℃の温水に浸漬した状態で一昼夜放置し、その後、サンプルを乾燥して脱膨潤後の糸条の重量(W)を測定した。これらの結果から、膨潤度W/Wを求めた。
【0101】
また、紡出糸中に含まれる溶剤の重量と、脱膨潤前の糸条に含まれる溶剤の重量とから、上述した計算式を用いることにより、溶剤除去率を算出した。
【0102】
実施例1~3、及び比較例1~3のセルロースフィラメント糸の糸切れ頻度及びその評価結果を表1に示す。また、これらのセルロースフィラメント糸から作製したサンプル(以下、単に「サンプル」と表記する。)の膨潤度及び溶剤除去率を表1に示す。
【0103】
【表1】
【0104】
表1より、VとVとの差が40m/min、単糸繊度が2.0dtexである場合において、流動浴における凝固液の温度が一定(5℃)である実施例1、及び比較例1のサンプルを比較すると、流動浴にBMimCLの濃度が小さい凝固液を用いた実施例1は、溶剤除去率が大きくなり、膨潤度W/Wが小さくなった。また、このときの2時間あたりの糸切れの回数が4回以下であり、糸切れの発生が抑制されていた。これに対し、流動浴にBMimCLの濃度が大きい凝固液を用いた比較例1は、溶剤除去率が小さくなり、膨潤度W/Wが大きくなった。また、このときの2時間あたりの糸切れの回数が4回超であり、糸切れが頻発していた。さらに、VとVとの差を大きくした実施例3、及び比較例2のサンプルを比較しても、流動浴における凝固液の温度が一定(5℃)であれば同様の傾向になることが見られた。
【0105】
表1より、VとVとの差が40m/min、単糸繊度が2.0dtexである場合において、流動浴における凝固液のBMimCLの濃度が一定(30重量%)である実施例2、及び比較例1のサンプルを比較すると、流動浴における凝固液の温度が高い実施例2は、溶剤除去率が大きくなり、膨潤度W/Wが小さくなった。また、このときの2時間あたりの糸切れの回数が4回以下であり、糸切れの発生が抑制されていた。これに対し、流動浴における凝固液の温度が低い比較例1は、溶剤除去率が小さくなり、膨潤度W/Wが大きくなった。また、このときの2時間あたりの糸切れの回数が4回超であり、糸切れが頻発していた。さらに、VとVとの差を大きくした比較例2~3のサンプルを比較しても、流動浴における凝固液のBMimCLの濃度が一定(30重量%)であれば同様の傾向になることが見られた。
【0106】
これらの結果から、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法における脱膨潤処理では、流動浴における凝固液の濃度は小さい方が好ましく、流動浴における凝固液の温度は5℃より高い方が好ましいと推察される。特に、流動浴における凝固液の濃度の変化量の方が、流動浴における凝固液の温度の変化量よりも、溶剤除去率、及び膨潤度W/Wの変化が顕著に見られるという結果から、糸切れの頻度は、流動浴における凝固液の濃度により依存すると考えられる。したがって、流動浴における凝固液の条件を変更してセルロースフィラメント糸を製造する場合、流動浴における凝固液の温度を高くすることよりも流動浴における凝固液の濃度を小さくすることの方が、優先度が高いと推察される。
【0107】
[糸切れ頻度の評価試験2(VとVとの差)]
次に、紡出糸の移動速度V(すなわち、紡糸速度)及びVとVとの差を変更した場合におけるセルロースフィラメント糸の糸切れ頻度の評価をするため、以下の手順でセルロースフィラメント糸を製造するとともに、サンプリングによりサンプルを作製した。
【0108】
(実施例4)
紡出糸の生成における吐出線速度を4.95m/minに設定し、流動浴中における紡出糸の移動速度Vを表1に記載のとおりに変更したこと以外は、実施例1と同様の手順で実施例4のセルロースフィラメント糸を生成した。
【0109】
(比較例4)
紡出糸の生成における吐出線速度を5.66m/minに設定し、流動浴出口における凝固液の流速Vを表1に記載のとおりに変更したこと以外は、実施例1と同様の手順で比較例4のセルロースフィラメント糸を生成した。
【0110】
<糸切れ頻度の評価>
実施例4、及び比較例4のセルロースフィラメント糸の生成中において、上述した手順と同様の手順でセルロースフィラメント糸の糸切れ頻度を評価した。
【0111】
<セルロースフィラメント糸から作製したサンプルの評価>
実施例4、及び比較例4のセルロースフィラメント糸の生成中において、上述した手順と同様の手順でサンプルを作製し、評価した。
【0112】
実施例4、及び比較例4のセルロースフィラメント糸の糸切れ頻度及びその評価結果を表2に示す。また、これらのサンプルの膨潤度及び溶剤除去率を表2に示す。なお、比較のため、実施例1及び3のセルロースフィラメント糸の糸切れ頻度及びその評価結果についても、表2に再掲する。
【0113】
【表2】
【0114】
表2より、流動浴における凝固液の温度及びBMimCLの濃度が一定で、単糸繊度が2.0dtexである場合において、VとVとの差を200m/minよりも小さくして生成した実施例1、3、4のセルロースフィラメント糸は、いずれも溶剤除去率が83%以上であり、膨潤度W/Wが3.5以下であった。また、セルロースフィラメント糸の糸切れ頻度は、いずれも2時間あたりの糸切れの回数が4回以下であり、紡糸の際における糸切れの発生が抑制されていることが示された。これに対し、VとVとの差を200m/min以上にして生成した比較例4のセルロースフィラメント糸は、溶剤除去率が83%未満であり、膨潤度W/Wが3.5超であった。また、セルロースフィラメント糸の糸切れ頻度は、2時間あたりの糸切れの回数が4回超であり、紡糸の際における糸切れが頻発していた。この結果から、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法において、紡出糸の移動速度V(すなわち、紡糸速度)が大きくなっても、VとVとの差が200m/min未満であれば、高速で紡糸する際における糸切れの発生を抑制することが可能であることが示された。
【0115】
[糸切れ頻度の評価試験3(紡出糸の単糸繊度)]
次に、紡出される紡出糸の単糸繊度を変更した場合におけるセルロースフィラメント糸の糸切れ頻度の評価をするため、以下の手順でセルロースフィラメント糸を製造するとともに、サンプリングによりサンプルを作製した。
【0116】
(実施例5)
紡出糸の生成における吐出線速度を4.24m/minに設定し、紡出される紡出糸の単糸繊度を表3に記載のとおりに変更したこと以外は、実施例1と同様の手順で実施例5のセルロースフィラメント糸を生成した。
【0117】
(参考例1)
紡出糸の生成における吐出線速度を5.62m/minに設定し、紡出される紡出糸の単糸繊度を表3に記載のとおりに変更したこと以外は、実施例1と同様の手順で参考例1のセルロースフィラメント糸を生成した。
【0118】
<糸切れ頻度の評価>
実施例5、及び参考例1のセルロースフィラメント糸の生成中において、上述した手順と同様の手順でセルロースフィラメント糸の糸切れ頻度を評価した。
【0119】
<セルロースフィラメント糸から作製したサンプルの評価>
実施例5、及び参考例1のセルロースフィラメント糸の生成中において、上述した手順と同様の手順でサンプルを作製し、評価した。
【0120】
実施例5、及び参考例1のセルロースフィラメント糸の糸切れ頻度及びその評価結果を表3に示す。また、これらのサンプルの膨潤度及び溶剤除去率を表3に示す。なお、比較のため、実施例1のセルロースフィラメント糸の糸切れ頻度及びその評価結果についても、表3に再掲する。
【0121】
【表3】
【0122】
表3より、流動浴における凝固液の温度及びBMimCLの濃度が一定で、VとVとの差が一定(40m/min)である場合において、実施例1のセルロースフィラメント糸よりも単糸繊度が大きくなるように紡出した実施例5のセルロースフィラメント糸は、溶剤除去率が83%以上であり、膨潤度W/Wが3.5以下であった。また、セルロースフィラメント糸の糸切れ頻度は、2時間あたりの糸切れの回数が4回以下であり、紡糸の際における糸切れの発生が抑制されていることが示された。この結果から、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法において、紡出糸の単糸繊度が大きくなるように紡出しても、高速で紡糸する際における糸切れの発生を抑制することが可能であることが示された。
【0123】
なお、実施例5、及び参考例1のセルロースフィラメント糸は、実施例1のセルロースフィラメント糸よりも溶剤除去率が小さく、膨潤度W/Wが大きいにもかかわらず、糸切れ頻度が実施例1のセルロースフィラメント糸よりも糸切れの発生がより抑制されていた。これは、単糸繊度が大きい実施例5、及び参考例1のセルロースフィラメント糸の膨潤度W/Wを単糸繊度あたりで考えた場合、実施例1のセルロースフィラメント糸1の膨潤度W/Wよりも小さくなるからであると考えられる。なお、実施例1のセルロースフィラメント糸の単糸繊度(2.0dtex)を基準とした場合、実施例5のセルロースフィラメント糸における単糸繊度あたりの膨潤度W/Wは、3.4/(4.0/2.0)=1.7であり、参考例1のセルロースフィラメント糸における単糸繊度あたりの膨潤度W/Wは、3.6/(5.3/2.0)=1.3である。
【0124】
[糸切れ頻度の評価試験4(脱膨潤区間の距離及びその滞在時間)]
さらに、脱膨潤区間の距離、及び糸条が当該区間に滞在した時間(糸条の脱膨潤区間滞在時間)を変更した場合におけるセルロースフィラメント糸の糸切れ頻度の評価をするため、以下の手順でセルロースフィラメント糸を製造するとともに、サンプリングによりサンプルを作製した。
【0125】
(実施例6)
偏向ガイドを脱膨潤前のサンプリング位置としてサンプルを作製したこと以外は、実施例1と同様にして実施例6のセルロースフィラメント糸を製造するとともにサンプルを作製し、膨潤度及び溶剤除去率を求めた。なお、紡出部からサンプリング位置である偏向ガイドまでの距離は1200mmであり、糸条が当該区間に滞在した時間は約0.6秒であった。
【0126】
実施例6のセルロースフィラメント糸の膨潤度及び溶剤除去率を表4に示す。表中、「脱膨潤区間の距離」とは、紡出部からサンプリング位置である反転シートまでの距離から、紡出部から流動浴出口までの距離(500mm)を差し引いた距離であり、「糸条の脱膨潤区間滞在時間」は、糸条が当該脱膨潤区間に滞在した時間である。なお、比較のため、実施例1のセルロースフィラメント糸の膨潤度及び溶剤除去率についても、表4に再掲する。
【0127】
【表4】
【0128】
表4より、流動浴に用いられる凝固液の温度及びBMimCLの濃度、VとVとの差、及び紡出糸の単糸繊度が同じである実施例1のセルロースフィラメント糸と実施例6のセルロースフィラメント糸とを比較すると、脱膨潤区間の距離を大きくして、糸条の脱膨潤区間滞在時間が大きくなった実施例1のセルロースフィラメント糸は、脱膨潤区間の距離が小さく、糸条の脱膨潤区間滞在時間も小さい実施例6のセルロースフィラメント糸よりも溶剤除去率が大きくなり、膨潤度W/Wが小さくなった。この結果から、本発明のセルロースフィラメントの製造においては、溶剤除去率を大きくするという観点から、脱膨潤工程にかかる脱膨潤区間の距離、及び糸条の脱膨潤区間滞在時間は、それぞれできるだけ大きくなるように設定されることが好ましいと推察される。
【0129】
なお、上記の各実施例において、溶剤としてはブチルメチルイミダゾールクロライド(BMimCL)のみを用いているが、他のイミダゾール系溶剤であっても同様の結果が得られると推察される。
【0130】
以上、本発明のセルロースフィラメント糸の製造方法について、その実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記実施の形態に記載した構成に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において適宜その構成を変更することができるものである。
【産業上の利用可能性】
【0131】
本発明によれば、タフタ、ツイル、ジョーゼット、シフォンなどの衣料用生地の代替素材のほか、タイヤコード(コード)、ベルト、及びベルトコンベアなどの繊維を含む製品に好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0132】
1 紡糸液
7 流動浴出口
8 糸条
21 シート状フィラメント糸
33 セルロースフィラメント糸

図1
図2
図3