(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024009584
(43)【公開日】2024-01-23
(54)【発明の名称】熱延鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
B21B 37/74 20060101AFI20240116BHJP
B21C 47/26 20060101ALI20240116BHJP
【FI】
B21B37/74 A
B21C47/26 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022111219
(22)【出願日】2022-07-11
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】明石 透
(72)【発明者】
【氏名】比護 剛志
(72)【発明者】
【氏名】玉木 克尚
【テーマコード(参考)】
4E026
4E124
【Fターム(参考)】
4E026AA03
4E026AA11
4E026BA04
4E124BB07
4E124BB08
4E124BB09
4E124EE01
4E124EE14
4E124FF01
(57)【要約】
【課題】鋼板の全長全幅における機械特性のバラツキを低減することが可能な、新たな熱延鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】高強度鋼を製造する熱延鋼板の製造方法であって、予め、製造する熱延鋼板の機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となる全長及び全幅の巻き取り温度計算値を算出し、熱延鋼板の巻き取り温度が全長全幅の巻き取り温度計算値となるように、熱延鋼板の巻き取り前までに、熱延鋼板に対して少なくとも加熱または冷却のうちいずれか一方を実施する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高強度鋼を製造する熱延鋼板の製造方法であって、
予め、製造する熱延鋼板の機械特性が目標値となり、かつ、前記機械特性のバラツキが許容範囲内となる全長全幅の巻き取り温度計算値を算出し、
前記熱延鋼板の巻き取り温度が前記全長全幅の巻き取り温度計算値となるように、前記熱延鋼板の巻き取り前までに、前記熱延鋼板に対して加熱または冷却のうち少なくともいずれか一方を実施する、熱延鋼板の製造方法。
【請求項2】
熱延鋼板コイルの軸方向断面内の複数のコイル位置を、全長全幅の熱延鋼板の代表点として、
熱延鋼板の板温度と機械特性との関係を表す材質予測モデルを用いて、前記複数のコイル位置について、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と前記巻き取り温度計算値を算出し、前記全長全幅の巻き取り温度計算値を求める、請求項1に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記材質予測モデルは、
仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了時刻から所定の時間が経過した時刻までの期間を温度取得期間として、
前記温度取得期間を含む期間での板温度の温度履歴から得られる、板温度に基づくパラメータと、製造した熱延鋼板コイルにおいて測定した機械特性との相関式で表される、請求項2に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記パラメータは、前記温度取得期間内の、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での板温度である、請求項3に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記パラメータは、予め設定された積算開始温度から積算終了温度までの積算期間において、前記積算開始温度からの板温度の変化量の時間についての積分値である積算温度である、請求項3に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記パラメータは、予め設定された積算開始温度から積算終了温度までの積算期間において、前記積算開始温度からの板温度の変化量に累積時間を乗じた積算値である累積積算温度である、請求項3に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記コイル位置に対応させて、前記熱延鋼板コイルの軸方向断面を径方向または幅方向の少なくともいずれか一方に分割して、複数の分割領域を設定し、
前記分割領域の巻き取り温度が異なる複数のケースについて、前記材質予測モデルを用いて、前記仕上圧延完了時刻または前記コイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と前記巻き取り温度計算値を算出し、
前記機械特性の目標値と前記機械特性のバラツキの許容範囲とにより表される評価関数が最小となるときのケースの前記各分割領域の巻き取り温度を、前記各分割領域の前記巻き取り温度計算値として決定する、請求項2~6のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記コイル位置に対応させて、前記熱延鋼板コイルの軸方向断面を径方向または幅方向の少なくともいずれか一方に分割して、複数の分割領域を設定し、
前記分割領域の境界位置または巻き取り温度の異なる複数のケースについて、前記材質予測モデルを用いて、前記仕上圧延完了時刻または前記コイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と前記巻き取り温度計算値を算出し、
算出した前記機械特性が目標値となり、かつ、前記機械特性のバラツキが許容範囲内となるように、前記分割領域の境界位置を決定し、前記各分割領域の前記巻き取り温度計算値を決定する、請求項2~6のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項9】
鋼種毎に予め複数取得された、熱延鋼板の全長全幅における温度履歴と、前記熱延鋼板から切り出した試験片を測定して得た機械特性との対応関係を表すテーブルを取得し、
前記テーブルに基づいて、製造対象の熱延鋼板の機械特性が前記目標値となり、かつ、前記機械特性のバラツキが許容範囲内となる、前記熱延鋼板の全長全幅の巻き取り温度計算値を算出する、請求項1に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項10】
熱延鋼板コイルの軸方向断面を、径方向内側から内周部、長手中央部、外周部に3分割したとき、
前記内周部及び前記外周部の巻き取り温度計算値は、前記長手中央部の巻き取り温度計算値よりも高くなるように決定される、請求項1~6のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項11】
前記巻き取り温度計算値は、前記内周部が700~750℃、前記長手中央部が475~560℃、前記外周部が675~800℃である、請求項10に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項12】
熱延鋼板コイルの軸方向断面における幅方向両端のエッジ部について、
コイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での板幅方向の温度が均一となる巻き取り温度計算値を予め算出し、
前記熱延鋼板の巻き取り前までに、エッジヒータによる加熱またはエッジマスクによる冷却調整のうち少なくともいずれか一方を実施する、請求項1~6のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項13】
前記熱延鋼板を巻き取る際、マンドレル冷却水は使用しない、請求項1~6のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項14】
前記機械特性は、引張強度である、請求項1~6のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱延鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱間圧延プロセスにて製造された鋼板は、通常、コイル状に巻き取られた後、冷却される。コイルの冷却過程においては、コイルの外周面、側面及び内周面がコイル内部よりも冷却されやすく、鋼板の長手方向に温度分布が生じる。この鋼板の長手方向の温度分布は、冷却後のコイルの引張強度(TS)やr値、降伏強度(YS)、一様伸び、破断伸び等の機械特性にバラツキに影響を与える。特に、高強度鋼の鋼板では、巻き取り後も変態が継続するため、コイルの冷却過程で生じる温度分布が材質に与える影響は大きい。機械特性のバラツキは製品としての品質に影響することから、製造した鋼板が全長全幅にわたって所望の機械特性を有するように鋼板を製造するための技術が望まれている。
【0003】
例えば、非特許文献1には、熱延鋼板を高温域で巻き取ってフェライト変態を促し、変態完了後速やかに水冷することで熱延鋼板をコイル全長にわたって軟質化するとともにスケール-地鉄界面の粒界酸化層厚みを低減し、先尾端の巻取り温度を定常部の巻取り温度より高くすることで、先尾端及び板幅方向端部の熱延鋼板強度上昇を低減する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】小林 正宜、外3名、“冷延980MPa超級ハイテン用熱延鋼板の冷間圧延特性改善”、鉄と鋼、Vol.100 No.5、P616-624、2014年
【非特許文献2】吉田 博、外8名、“ホットストリップ冷却後の平坦度不良の解析”、鉄と鋼、Vol.68 No.8、P965-973、1982年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記非特許文献1に記載の技術では、熱延鋼板を高温域で巻き取り一定時間空冷してフェライト変態を促進させた後に浸漬水冷する必要がある。例えば生産性向上の観点からは処理工程が少ない方が望ましいため、鋼板の全長全幅における機械特性のバラツキを低減するための更なる技術が求められている。また、非特許文献1に記載の技術は非常に限定的な鋼種の作り込みを示した一例であり、広く一般的な対策とは成り得ない。
【0006】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、鋼板の全長全幅における機械特性のバラツキを低減することが可能な、新たな熱延鋼板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、高強度鋼を製造する熱延鋼板の製造方法であって、予め、製造する熱延鋼板の機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となる全長全幅の巻き取り温度計算値を算出し、熱延鋼板の巻き取り温度が全長全幅の巻き取り温度計算値となるように、熱延鋼板の巻き取り前までに、熱延鋼板に対して加熱または冷却のうち少なくともいずれか一方を実施する、熱延鋼板の製造方法が提供される。
【0008】
熱延鋼板コイルの軸方向断面内の複数のコイル位置を、全長全幅の熱延鋼板の代表点として、熱延鋼板の板温度と機械特性との関係を表す材質予測モデルを用いて、複数のコイル位置について、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と巻き取り温度計算値を算出し、全長全幅の巻き取り温度計算値を求めてもよい。
【0009】
材質予測モデルは、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了時刻から所定の時間が経過した時刻までの期間を温度取得期間として、温度取得期間を含む期間での板温度の温度履歴から得られる、板温度に基づくパラメータと、製造した熱延鋼板コイルにおいて測定した機械特性との相関式で表してもよい。
【0010】
ここで、パラメータは、温度取得期間内の、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での板温度であってもよい。
【0011】
あるいは、パラメータは、予め設定された積算開始温度から積算終了温度までの積算期間において、積算開始温度からの板温度の変化量の時間についての積分値である積算温度であってもよい。
【0012】
また、パラメータは、予め設定された積算開始温度から積算終了温度までの積算期間において、積算開始温度からの板温度の変化量に累積時間を乗じた積算値である累積積算温度であってもよい。
【0013】
巻き取り温度計算値の算出では、コイル位置に対応させて、熱延鋼板コイルの軸方向断面を径方向または幅方向の少なくともいずれか一方に分割して、複数の分割領域を設定し、分割領域の巻き取り温度が異なる複数のケースについて、材質予測モデルを用いて、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と巻き取り温度計算値を算出し、機械特性の目標値と機械特性のバラツキの許容範囲とにより表される評価関数が最小となるときのケースの各分割領域の巻き取り温度を、各分割領域の巻き取り温度計算値として決定してもよい。
【0014】
また、巻き取り温度計算値の算出では、コイル位置に対応させて、熱延鋼板コイルの軸方向断面を径方向または幅方向の少なくともいずれか一方に分割して、複数の分割領域を設定し、分割領域の境界位置または巻き取り温度の異なる複数のケースについて、材質予測モデルを用いて、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と巻き取り温度計算値を算出し、算出した機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となるように、分割領域の境界位置を決定し、各分割領域の巻き取り温度計算値を決定してもよい。
【0015】
あるいは、巻き取り温度計算値の算出では、鋼種毎に予め複数取得された、熱延鋼板の全長全幅における温度履歴と、熱延鋼板から切り出した試験片を測定して得た機械特性との対応関係を表すテーブルを取得し、テーブルに基づいて、製造対象の熱延鋼板の機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となる、熱延鋼板の全長全幅の巻き取り温度計算値を算出してもよい。
【0016】
また、熱延鋼板コイルの軸方向断面を、径方向内側から内周部、長手中央部、外周部に3分割したとき、内周部及び外周部の巻き取り温度計算値は、長手中央部の巻き取り温度計算値よりも高くなるように決定してもよい。
【0017】
例えば、巻き取り温度計算値は、内周部が700~750℃、長手中央部が475~560℃、外周部が675~800℃としてもよい。
【0018】
熱延鋼板コイルの軸方向断面における幅方向両端のエッジ部について、コイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での板幅方向の温度が均一となる巻き取り温度計算値を予め算出し、熱延鋼板の巻き取り前までに、エッジヒータによる加熱またはエッジマスクによる冷却調整のうち少なくともいずれか一方を実施してもよい。
【0019】
熱延鋼板を巻き取る際、マンドレル冷却水は使用しなくともよい。
【0020】
機械特性は、例えば引張強度であってもよい。
【発明の効果】
【0021】
以上説明したように本発明によれば、鋼板の全長全幅における機械特性のバラツキを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の一実施形態に係る熱間圧延設備の一例を示す説明図であって、仕上圧延機以降の設備を示す。
【
図2】コイルの温度履歴を求める解析モデルの一例を示す説明図である。
【
図3】板幅1/2の軸対称コイルモデルにおいて、幅方向に2分割、径方向に3分割して6つの分割領域を設定した状態を示す模式図である。
【
図4】
図3の軸対称コイルモデルにおいて、径方向の境界位置r1、r2を決定する手順を説明するための説明図である。
【
図5】内周部及び外周部の領域範囲と、予測された引張強度のバラツキとの一関係例を示すグラフである。
【
図6】表1に示した各計算条件における引張強度(TS)の推定値及び引張強度の推定値のバラツキを示すグラフである。
【
図7】
図3の軸対称コイルモデルにおいて、幅方向の境界位置w及び巻き取り温度を決定する手順を説明するための説明図である。
【
図8】エッジ部の昇温温度T
upと引張強度のバラツキとの一関係例を示すグラフである。
【
図9】境界位置wと引張強度のバラツキとの一関係例を示すグラフである。
【
図10】
図3の軸対称コイルモデルにおいて、設定された各分割領域の巻き取り温度計算値の一例を示す説明図である。
【
図11】
図2に示した9点のコイル位置での30分冷却後の板温度と引張強度とを整理した結果を示すグラフである。
【
図12】温度履歴から求める積算温度を説明するための説明図である。
【
図13】
図2に示した9点のコイル位置での積算温度と引張強度との一関係例を示すグラフである。
【
図14】
図2に示した9点のコイル位置での累積積算温度と引張強度との一関係例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0024】
[1.設備構成]
まず、
図1に基づいて、熱間圧延プロセスの設備構成を説明する。
図1は、本実施形態に係る熱間圧延設備1の一例を示す説明図であって、仕上圧延機30以降の設備を示している。
【0025】
熱間圧延プロセスでは、熱間圧延設備1により、加熱したスラブを所定の板厚に圧延して、コイル状に巻き取る。加熱炉(図示せず。)にて加熱されたスラブは、粗圧延機(図示せず。)により圧延された後、仕上圧延機30により所定の板厚にまで圧延される。その後、鋼板は、冷却設備40を経て、ピンチロール70によってコイラー80に誘導され、所定の巻き取り温度でマンドレル85によりコイル状に巻き取られる。
【0026】
熱間圧延プロセスにおける鋼板の全長全幅にわたる温度制御は、予め、所定の材質、例えば引張強度(TS)やr値、降伏強度(YS)、一様伸び、破断伸び等の機械特性が目標値以内となる巻き取り温度を求めておき、予め求めた巻き取り温度となるように熱間圧延設備1を制御することにより行われる。具体的には、鋼板長手方向(通板方向)の温度は、仕上圧延機30の入側に設置されたバーヒータ10による加熱と、仕上圧延機30とコイラー80との間に設置された冷却装置40による冷却とによって制御される。板幅方向の温度は、仕上圧延機30の入側に設置されたエッジヒータ20による加熱と、仕上圧延機30からコイラー80までの間のランアウトテーブル50に、冷却装置40に対応して設置されたエッジマスク55による冷却調整とにより制御される。
【0027】
図1に示す熱間圧延設備1には、仕上圧延機30の出側に、鋼板の仕上出側温度を測定する仕上出側温度計61が設置され、冷却装置40の出側に、コイラー80による巻き取り前の鋼板の温度を測定する巻取前温度計63が設置されている。仕上出側温度計61及び巻取前温度計63により測定された鋼板の温度に基づき、制御装置(図示せず。)は、鋼板の巻き取り温度が予め求めた巻き取り温度となるように、バーヒータ10やエッジヒータ20、冷却装置40、エッジマスク55を制御する。
【0028】
熱間圧延設備1にて製造されたコイルCは、コイルヤードに搬送され、保管される。
【0029】
[2.熱延鋼板の製造方法]
熱間圧延プロセスにて製造された鋼板は、コイル状に巻き取られた後、コイルヤードへの搬送中及びコイルヤードにて冷却(空冷)される。仮に鋼板の全長全幅における板温度が、巻き取り直後ではほぼ均一であっても、コイルの冷却過程においてはコイルの外周面、側面及び内周面がコイル内部よりも冷却されやすいことから、冷却時間が長くなるにつれてバラツキが生じる。この鋼板の長手方向の温度分布は、冷却後のコイルの機械特性にバラツキに影響を与える。特に、巻き取り後も変態が継続する高強度鋼の鋼板では、コイルの冷却過程で生じる温度分布が材質に与える影響は大きい。
【0030】
そこで、本願発明者は、製造する熱延鋼板の機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となる全長全幅の巻き取り温度計算値を予め算出し、熱延鋼板の巻き取り温度が全長全幅の巻き取り温度計算値となるように、熱延鋼板の巻き取り前までに、熱延鋼板に対して加熱または冷却のうち少なくともいずれか一方を実施する、熱延鋼板の製造方法を想到した。なお、製造されたコイルに求められる機械特性としては引張強度(TS)やr値、降伏強度(YS)、一様伸び、破断伸び等があるが、以下では、機械特性の一例として引張強度を取り上げ、本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法について詳細に説明する。
【0031】
[2-1.巻き取り温度計算値の算出]
まず、熱延鋼板の製造前に、予め、製造する熱延鋼板の機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となる全長及び全幅の巻き取り温度計算値を算出する。
【0032】
[2-1-1.材質予測モデルを用いて巻き取り温度計算値を求める方法]
本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法の一例では、製造する熱延鋼板の機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となる全長全幅の巻き取り温度計算値を、材質予測モデルを用いて求める。かかる方法では、熱延鋼板コイルの軸方向断面内の複数のコイル位置を、全長全幅の熱延鋼板の代表点として設定する。そして、熱延鋼板の板温度と機械特性との関係を表す材質予測モデルを用いて、複数のコイル位置について、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と巻き取り温度計算値を算出し、全長全幅の巻き取り温度計算値を求める。巻き取り温度計算値を求める材質予測モデルは、特に限定されるものではなく、周知のモデルを用いればよい。
【0033】
全長全幅の熱延鋼板の代表点として設定する熱延鋼板コイルの軸方向断面内の複数のコイル位置は、熱延鋼板を先端から尾端までコイル状に巻き取ったコイル断面を、コイル半径方向または幅方向の少なくともいずれか一方に分割して設定された分割領域に対応している。コイル断面は、コイル半径方向または幅方向の少なくともいずれか一方に、複数(例えば2~10000程度)分割される。例えば、
図2に示す板幅1/2の軸対称コイルモデルでは、コイル半径方向に10分割、板幅(1/2)に10分割している。なお、
図2では、コイルの1/4周分のみを示している。
【0034】
以下では、材質予測モデルを用いて巻き取り温度計算値を求める方法として、機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となるようにコイル断面の分割領域の境界位置を順次決定しつつ、各分割領域の巻き取り温度計算値を求める方法と、評価関数を用いて各分割領域の巻き取り温度計算値を求める方法との、2つの例を説明する。
【0035】
(算出方法1)分割領域の境界位置及び巻き取り温度計算値の段階的算出
まず、機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となるようにコイル断面の分割領域の境界位置を順次決定しつつ、各分割領域の巻き取り温度計算値を求める方法について説明する。かかる方法では、分割領域の境界位置または巻き取り温度の異なる複数のケースについて、材質予測モデルを用いて、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と巻き取り温度計算値を算出する。そして、算出した機械特性が目標値となり、かつ、そのバラツキが許容範囲内となるように、分割領域の境界位置を決定し、各分割領域の巻き取り温度計算値を決定する。
【0036】
本例では、
図3に示すように、板幅1/2の軸対称コイルモデルにおいて、幅方向に2分割、径方向に3分割した6つの分割領域(s11、s12、s21、s22、s31、s32)を考える。そして、6つの分割領域の引張強度のバラツキが、当該設備の操業において最小値となるように、各分割領域の巻き取り温度計算値を求める。
【0037】
ここで、軸対称コイルモデルの各領域について、径方向においては内側から内周部、長手中央部、外周部と称し、幅方向においては中央側を幅中央部、端部側をエッジ部と称する。
図3の例では、分割領域s31、s32が内周部、分割領域s21、s22が長手中央部、分割領域s11、s12が外周部である。また、分割領域s11、s21、s31が幅中央部、s12、s22、s32がエッジ部である。また、
図3において、r1は内周部と長手中央部との境界位置を示し、r2は長手中央部と外周部との境界位置を示し、wは幅中央部とエッジ部との境界位置を示す。
【0038】
また、巻き取り温度計算値を求めるにあたり、巻き取り温度の最大値を設定する。巻き取り温度の最大値は、過去の操業実績に基づき任意に設定することができ、例えば700℃とする。なお、以降に説明する手順を実施した後、すべての分割領域の巻き取り温度計算値を、機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となるように設定できない場合には、巻き取り温度の最大値を変更し、再度、各分割領域の巻き取り温度計算値を求めてもよい。
【0039】
各分割領域の巻き取り温度計算値の算出では、まず、径方向の境界位置r1、r2を決定する。ここでは、
図4に示すように、幅方向の分割は考えず、内周部(s31、s32)、長手中央部(s21、s22)、外周部(s11、s12)の径方向の3つの領域について考える。初期値として、内周部(s31、s32)及び外周部(s11、s12)の巻き取り温度を最大値とし、長手中央部(s21、s22)の巻き取り温度を最大値よりも低い温度とする。これは、コイルの冷却過程においてコイルは3面冷却されることによる。つまり、物理現象的にコイルは表面から冷却されるため、長手中央部は、内周部及び外周部に比べて冷え難く、温度が高くなる。外周部及び内周部の巻き取り温度を、長手中央部の巻き取り温度よりも高くすることで、冷却後のコイルの長手方向の温度が均一となりやすい。例えば、内周部(s31、s32)及び外周部(s11、s12)の巻き取り温度の初期値を700℃とし、長手中央部(s21、s22)の巻き取り温度の初期値を630℃とする。
【0040】
そして、径方向の境界位置r1、r2をパラメータとして、境界位置r1、r2を変化させた複数のケースについて材質予測モデル及びコイル冷却モデルを用いて、コイルの全長全幅でのコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での引張強度を予測する。ここで、
図2に示した板幅1/2の軸対称コイルモデルのコイル断面内の9点(Pe1~Pe3、Pq1~Pq3、Pc1~Pc3)をコイルの全長全幅の代表点として、引張強度の予測計算を行えばよい。なお、
図2において、点Pe1~Pe3は、コイル側面での、コイル径方向の最外周部、ミドル部、最内周部の位置を示す。点Pq1~Pq3は、コイル側面から板幅1/4だけ中央側(クォーター部ともいう。)での、コイル径方向の最外周部、ミドル部、最内周部の位置を示す。点Pc1~Pc3は、コイル板幅中央での、コイル径方向の最外周部、ミドル部、最内周部の位置を示す。
【0041】
また、径方向の境界位置r1、r2を決定するため、板幅中央においては、最内周部とミドル部との引張強度のバラツキ、及び、最外周部とミドル部との引張強度のバラツキを算出する。引張強度のバラツキは、最大値と最小値との差で表してもよく、標準偏差や分散によって表してもよい。そして、複数のケースから、最内周部とミドル部との引張強度のバラツキが最小となる境界位置r1と、最外周部とミドル部との引張強度のバラツキが最小となる境界位置r2とを求める。
【0042】
図5に、内周部及び外周部の領域範囲と、予測された引張強度のバラツキとの一関係例を示す。
図5において、内周部及び外周部の領域範囲は、各領域のコイル厚Aに対する径方向長さの割合により表している。また、引張強度のバラツキは、最大値と最小値との差を示している。
図5の例では、内周部の領域範囲が20%のとき、最内周部とミドル部との引張強度のバラツキが最小となり、外周部の領域範囲が30%のとき、最外周部とミドル部との引張強度のバラツキが最小となっている。かかる結果から、境界位置r1は、コイルの最内周部からコイル厚Aの20%の位置に決定され、境界位置r2は、コイルの最外周部からコイル厚Aの30%の位置に決定される。
【0043】
径方向の境界位置r1、r2を決定すると、次いで、長手中央部の巻き取り温度の最適値を求める。径方向の境界位置r1、r2を決定するにあたっては長手中央部の巻き取り温度の初期値(例えば630℃)を用いて引張強度の予測を行ったが、ここでは決定した径方向の境界位置r1、r2における長手中央部の巻き取り温度の最適値を求める。長手中央部の巻き取り温度をパラメータとして、長手中央部の巻き取り温度を変化させた複数のケースについて材質予測モデル及びコイル冷却モデルを用いて、コイルの全長全幅でのコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での引張強度を予測する。長手中央部の巻き取り温度の変化幅は、任意に決定することができ、例えば630~510℃としてもよい。
【0044】
例えば、内周部(s31、s32)及び外周部(s11、s12)の巻き取り温度を700℃とし、長手中央部の巻き取り温度を510~630℃の間で設定した5つの計算条件(後述する表1のケース1~5)について、数値解析により、コイル冷却から30分後の板温度と製造される鋼板の引張強度(TS)の推定値とを算出した。
【0045】
コイル冷却モデルでの数値解析は、
図2に示した板幅1/2の軸対称コイルモデルを用いて有限要素解析を実施した。コイル仕様は、板幅1000mm、板厚2.5mm、板長1000mとした。外気温度は15℃とし、熱伝達率については、自然対流20W・m
-2K
-1、ステファンボルツマン定数σ(=5.67×10
-8W・m
-2K
-4)、輻射率0.6とした。なお、板厚は板幅、板長に比べて十分に小さいため、板厚方向の温度分布はないものとみなした。
【0046】
引張強度は、
図2に示した9点のコイル位置における30分冷却後の板温度と引張強度(TS)とを整理して得られた相関式を用いて予測した。相関式は、予め、各コイル位置における30分冷却後の板温度と、熱間圧延設備にて実際に製造したこれらのコイルの引張強度(TS)の測定値とを整理することにより得られる。数値解析により得た30分冷却後の板温度を相関式に代入し、製造される鋼板の引張強度の推定値を得た。
【0047】
下記表1に、各計算条件における、コイル冷却から30分後のコイル板幅中央の最外周部(Pc1)、ミドル部(Pc2)、最内周部(Pc3)の板温度、ミドル部と最内周部との板温度差である最内周差、及び、ミドル部と最外周部との板温度差である最外周差を示す。また、
図6に、表1に示した各計算条件における引張強度(TS)の推定値及び引張強度の推定値のバラツキを示す。引張強度の推定値のバラツキは、最外周部の引張強度とミドル部の引張強度との差を示している。
【0048】
【0049】
表1及び
図6に示すように、ミドル部の巻き取り温度が高くなり、最外周部及び最内周部との巻き取り温度との差が小さくなるにつれて、引張強度のバラツキ(ミドル部に対する最外周部の引張強度の偏差)も大きくなることがわかる。例えば、引張強度の許容範囲として、熱延鋼板の引張強度の目標値が580~620MPaであり、かつ、引張強度のバラツキとしてミドル部に対する最外周部の引張強度の偏差が40MPa以内であるとする。引張強度の目標値の観点から許容範囲を満たすには、
図6より、ミドル部、すなわち長手中央部の巻き取り温度を560℃以下とする必要がある。また、引張強度のバラツキの観点から許容範囲を満たすには、
図6より、ミドル部、すなわち長手中央部の巻き取り温度を560℃以下とする必要がある。したがって、長手中央部の巻き取り温度の最適値として560~510℃を設定すればよい。例えば、引張強度のバラツキを小さくするため、長手中央部の巻き取り温度の最適値を510℃としてもよい。
【0050】
なお、長手中央部の巻き取り温度の最適値を決定するにあたり、引張強度が許容範囲を満たさない場合には、上述したように、巻き取り温度の最大値を変更して、再度、径方向の境界位置r1、r2を決定し、長手中央部の巻き取り温度の最適値を求めてもよい。
【0051】
径方向の境界位置r1、r2を決定し、径方向の巻き取り温度を求めると、次に、幅方向の境界位置w及び巻き取り温度を決定する。上述したように、コイルの冷却過程においてコイルは3面冷却される。つまり、コイルはコイル側面から冷却されるため、エッジ部は板幅中央に比べて低温となる。このため、エッジ部の板温度を、仕上圧延機の入側に設置されたエッジヒータや、仕上圧延機とコイラーとの間のランアウトテーブルに設置された冷却装置及びエッジマスク等により、予め昇温することが行われる。そこで、幅方向の分割はエッジ部の昇温領域で行うこととして、境界位置wを決定する。
【0052】
まず、境界位置wの初期値を設定し、エッジ部の昇温温度T
upをパラメータにして、材質予測モデル及びコイル冷却モデルを用いてコイルの全長全幅での引張強度を求める。境界位置wは、例えばコイル側面からの距離として表してもよい。境界位置wの初期値は、任意に設定すればよく、例えば62.5mmとしてもよい。これにより、
図7に示すように、分割領域s12、s22、s32は、分割領域s11、s21、s31よりも昇温温度T
upだけ高温の昇温領域としてそれぞれ設定される。エッジ部の昇温温度T
upの変化幅は、任意に決定することができ、例えば0~75℃としてもよい。そして、エッジ部の昇温温度T
upを変化させた複数のケースについて、品質予測モデルを用いて、コイルの全長全幅での引張強度を求める。
【0053】
この引張強度の予測から得られた、エッジ部の昇温温度T
upと、引張強度のバラツキとの一関係例を
図8に示す。ここでは、引張強度のバラツキとして、コイル側面と板幅中央領域の代表点での引張強度での最大値と最小値との差を示している。なお、有限要素解析では、領域分割された要素の積分点毎に温度を求め、引張強度を予測することができる。この場合には、各要素の積分点毎に求めた引張強度の分散や標準偏差を引張強度のバラツキとしてもよい。
図8の例では、エッジ部の昇温温度T
upが大きくなるほど引張強度のバラツキは小さくなっている。これより、設備限界の75℃をエッジ部の昇温温度T
upとして決定することができる。
【0054】
そして、エッジ部の昇温温度T
upを75℃として、境界位置wをパラメータにして、材質予測モデル及びコイル冷却モデルを用いてコイルの全長全幅での引張強度を求める。境界位置wの変化幅は、任意に決定することができ、例えば62.5~187.5mmとしてもよい。そして、境界位置wを変化させた複数のケースについて、品質予測モデルを用いて、コイルの全長全幅での引張強度を求める。この引張強度の予測から得られた、境界位置wと、引張強度のバラツキとの一関係例を
図9に示す。ここでは、引張強度のバラツキとして、コイル側面と板幅中央領域の代表点での引張強度での最大値と最小値との差を示している。なお、有限要素解析にて領域分割された要素の積分点毎に引張強度を求めた場合には、当該引張強度の分散や標準偏差を引張強度のバラツキとしてもよい。
図9の例では、境界位置wが大きくなるほど引張強度のバラツキは小さくなっている。これより、設備限界の187.5mmを境界位置wとして決定することができる。
【0055】
かかる手順により、例えば
図10に示すように、板幅1/2の軸対称コイルモデルにおいてコイル断面を幅方向に2分割、径方向に3分割した6つの分割領域(s11、s12、s21、s22、s31、s32)それぞれの巻き取り温度計算値が求まる。このように、機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となるようにコイル断面の分割領域の境界位置を順次決定しつつ、各分割領域の巻き取り温度計算値を求めることができる。
【0056】
(算出方法2)評価関数を用いた各分割領域の巻き取り温度計算値の算出
次に、機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となるようにコイル断面に設定された各分割領域の巻き取り温度計算値を、評価関数を用いて求める方法について説明する。かかる方法では、分割領域の巻き取り温度が異なる複数のケースについて、材質予測モデルを用いて、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と巻き取り温度計算値を算出し、機械特性の目標値と機械特性のバラツキの許容範囲とにより表される評価関数が最小となるときのケースの各分割領域の巻き取り温度を、各分割領域の巻き取り温度計算値として決定する。
【0057】
上述した分割領域の境界位置及び巻き取り温度計算値を段階的に算出する方法では、例えば
図3のように板幅1/2の軸対称コイルモデルにおいてコイル断面を幅方向に2分割、径方向に3分割した6つの分割領域を設定する等、径方向または幅方向の少なくともいずれか一方に分割して、複数の分割領域を予め設定した。しかし、コイル断面にはさらに多くの分割領域を設定することも可能である。例えば、コイル断面を、均等に、幅方向に100分割、径方向に100分割して、10000個の分割領域を設定してもよい。分割領域数が増加した場合にも、上述した分割領域の境界位置及び巻き取り温度計算値を段階的に算出することも可能であるが、最適化手法を用いて、機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となるように、各分割領域の巻き取り温度計算値を算出することもできる。
【0058】
例えば、各分割領域の巻き取り温度を800~400℃の範囲で25℃刻みで設定した複数のケースを用意する。次いで、各ケースについて、材質予測モデルによる解析を行い、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性を予測する。そして、予測された機械特性から、機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内であるケースのうち、機械特性の目標値からの誤差と機械特性のバラツキとにより表される評価関数が最小となるケースの巻き取り温度を、各分割領域の巻き取り温度計算値とする。かかる処理を実施する最適化手法は、特に限定されないが、例えば、ランダムサーチや遺伝的アルゴリズム等を用いればよい。
【0059】
このように、最適化手法を用いて評価関数が最小となる各分割領域の巻き取り温度を求める方法は、
図3に示したような分割領域数が少ない場合であっても、多数の分割領域が設定されている場合であっても、機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となるように、コイルの全長全幅で巻き取り温度計算値を容易に求めることができる。
【0060】
ここで、上述した2つの巻き取り温度計算値を求める方法で用いる材質予測モデルは特に限定されないが、例えば、以下のような手法で得られる熱延鋼板の板温度と機械特性との関係(相関式)を材質予測モデルとして、巻き取り温度計算値を算出してもよい。
【0061】
相関式を用いた巻き取り温度計算値の算出は、まず、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了時刻から所定の時間が経過した時刻までの期間を温度取得期間として、温度取得期間におけるコイルの全長及び全幅にわたる板温度を温度履歴として取得して、製造したコイルの複数の位置において測定した機械特性と、取得した温度履歴から得られる位置での板温度に基づくパラメータとに基づいて、機械特性とパラメータとの相関式を求める。かかる相関式が材質予測モデルとなる。求めた相関式を用いれば、板温度に基づくパラメータの値から機械特性を予測することができる。
【0062】
ここで、コイル冷却過程における板温度に基づくパラメータとは、コイルの材質に影響するコイル冷却過程での板温度に関する情報をいう。かかるパラメータは、例えば、コイルの冷却開始から所定時間経過後の板温度そのものであってもよく、コイル冷却過程での板温度の変化量の時間についての積分値であってもよい。このようなパラメータを用いれば、コイルの機械特性(例えば引張強度(TS))との関係を表す適切な相関式を得ることができる。以下、コイルの板温度に基づくパラメータとして、コイルの板温度を用いる場合(手法A)、コイルの板温度の変化量の時間についての積分値(以下、「積算温度」とも称する。)を用いる場合(手法B)、及び、コイルの板温度の変化量に累積時間を乗じた積算値(以下、「累積積算温度」とも称する。)を用いる場合(手法C)について説明する。
【0063】
(手法A:パラメータとしてコイルの板温度を用いる場合)
例えば、
図11に示したように、コイルの冷却開始から30分経過後の9点のコイル位置での板温度と鋼板の引張強度(TS)の測定値との間には、例えば一次関数で表される相関があることがわかる。したがって、コイルの板温度に基づくパラメータとして、コイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での、コイルの複数位置における板温度を用いて、冷却後に常温となったコイルの機械特性との関係を表すことができる。パラメータとコイルの材質との相関式は、鋼種毎に求める。
【0064】
具体的には、まず、相関式を求めるため、1つの鋼種について、コイルの冷却開始時の板温度の異なる複数のコイルの冷却過程の板温度の変化を取得する。板温度は、コンピュータを用いた数値解析により求めてもよく、実測して取得してもよい。例えば、数値解析により求める場合、入力値を鋼板の巻き取り温度として、実機におけるコイルの冷却を模擬した解析を、
図2に示した解析モデルを用いた有限要素解析、または、差分法を用いた解析を行う。これにより、コイル巻き取り完了からの冷却完了までの、少なくとも所定の時間が経過するまでの、冷却過程でのコイルの全長及び全幅にわたる板温度の変化(温度履歴)を求めることができる。また、コイルの冷却過程における板温度変化を実測する場合には、例えば熱電対等を用いて鋼板の温度を測定すればよい。
【0065】
ここで、温度履歴を取得する温度取得期間は、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了時刻から所定の時間が経過した時刻までの所定の時間であって、鋼種に応じて適宜設定される。温度取得期間の長さは、コイルの冷却過程において変態が生じ得る時間に対応しており、通常5~60分程度、例えば30分程度に設定される。なお、仕上圧延完了時刻からコイル巻き取り開始までの板温度は、公知の手法に基づき取得することができる(例えば非特許文献2)。
【0066】
また、これらの冷却開始時の板温度の異なる複数のコイルについて、実際に冷却を行い、冷却後に常温となったコイルの引張強度を測定する。引張強度は、コイルの複数の位置で測定される。例えば、
図2に示した解析モデルのように、コイルの側面、クォーター部、板幅中央で、最外周部、ミドル部、最内周部それぞれの位置で引張強度を測定すればよい。引張強度の測定位置の数を増やすことで、求める相関式の精度を高めることができる。また、相関式の精度を高めるため、冷却過程における板温度の変化の大きいコイルの最外周部、最内周部の位置での引張強度を求めるとよい。
【0067】
次いで、数値解析または実測することにより取得されたコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点でのコイルの板温度と、測定したコイルの引張強度との関係を求める。すなわち、引張強度の測定位置それぞれについて、数値解析または実測することにより取得された冷却開始から所定の時間経過時点での板温度を対応づける。そして、複数位置での板温度と引張強度とに基づき、これらの関係を表す相関式を求める。相関式は、近似式として表され、例えば
図11に示すような一次関数の相関式(y=-0.6137x+1049.7)で表すことができる。なお、相関式は、一次関数であってもよく、二次以上の高次関数、指数関数、対数関数、累乗関数であってもよく、回帰式の形は限定されない。このような近似式を鋼種毎に予め求めておく。
【0068】
このようにして得られた製造対象の熱延鋼板に対応する相関式を用いれば、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での板温度から、熱延鋼板の機械特性を特定できる。
【0069】
(手法B:パラメータとしてコイルの板温度の変化量の積算温度を用いる場合)
コイルの板温度に基づくパラメータとして、コイル冷却過程での板温度の変化量の時間についての積分値(積算温度)を用いる場合も、上述の手法Aと同様に、パラメータと引張強度との相関式を求めればよい。
【0070】
具体的は、まず、相関式を求めるため、1つの鋼種について、コイルの冷却開始時の板温度の異なる複数のコイルの冷却過程の板温度の変化(温度履歴)を、コンピュータを用いた数値解析または実測により取得する。また、これらの冷却開始時の板温度の異なる複数のコイルについて、実際に冷却を行い、冷却後に常温となったコイルの引張強度を測定する。これらの処理は、上述の手法Aと同様に行えばよい。
【0071】
次に、コイルの板温度に基づくパラメータであるコイルの板温度の変化量の時間についての積分値(積算温度)を求める。
【0072】
まず、積算温度を求めるための積算開始温度Tsum_s及び積算終了温度Tsum_eを一旦設定する。積算開始温度Tsum_s及び積算終了温度Tsum_eは、引張強度の測定位置それぞれにおける温度履歴に対し、共通に用いられる。積算開始温度Tsum_s及び積算終了温度Tsum_eの設定は、積算開始温度Tsum_s及び積算終了温度Tsum_eを任意に設定し、積算開始温度Tsum_sから積算終了温度Tsum_eまでの板温度の変化量の時間についての積分値(積算温度)を、引張強度の測定位置それぞれでの温度履歴に対して求める。そして、一旦設定して求めた積算開始温度Tsum_s及び積算終了温度Tsum_eでの複数点の積算温度と引張強度の測定値との自由度決定係数を求め、線形計画法や非線形計画法等の数理最適化手法を用いて自由度決定係数が最も高くなるように積算開始温度Tsum_s及び積算終了温度Tsum_eを変更し、自由度決定係数が最大値となる共通の積算開始温度Tsum_s及び積算終了温度Tsum_eを決定する。
【0073】
共通の積算開始温度Tsum_s及び積算終了温度Tsum_eを設定すると、次いで、引張強度の測定位置それぞれでの温度履歴について積算温度を求める。積算温度は、温度履歴が積算開始温度Tsum_sから積算終了温度Tsum_eまでの積算期間における、時間tにおけるコイルの板温度T(t)と積算開始温度Tsum_sとの差ΔT(t)(=Tsum-s-T(t))を積算した値である。具体的には下記式(1)で表すことができる。なお、式(1)において、Δtは板温度の取得時間間隔(板温度取得周期)である。
【0074】
【0075】
図12に、コイルの異なる位置において得られた温度履歴A、B、Cを示す。各温度履歴A、B、Cのグラフにおいて横軸は冷却開始(すなわち、コイル巻き取り完了時点)からの時間を示し、縦軸はコイルの板温度を示す。温度履歴Aが得られたコイルの位置に比べて、温度履歴Bが得られたコイルの位置の冷却は緩やかであり、温度履歴Cが得られたコイルの位置の冷却は速い。これらの温度履歴A、B、Cに対して共通の積算開始温度Tsum_s及び積算終了温度Tsum_eを設定して算出された、コイルの板温度の変化量ΔT(t)の時間についての積分値が、積算温度TTである。温度履歴Aの積算温度TTに比べて、温度履歴Bの積算温度TTは大きく、温度履歴Cの積算温度TTは小さくなる。
【0076】
このように引張強度の測定位置それぞれでのコイルの積算温度を算出すると、コイルの積算温度と、測定した鋼板の引張強度との関係を求める。すなわち、引張強度の測定位置それぞれについて、数値解析または実測により得られた温度履歴から算出した積算温度を対応づける。そして、複数位置での積算温度と引張強度とに基づき、これらの関係を表す相関式を求める。相関式は、近似式として表され、例えば
図13に示したような一次関数として表すことができる。
図13の相関式(y=-0.0016x+804.1)には、自由度決定係数(R
2)が0.88の相関がある。なお、相関式は、二次以上の高次関数、指数関数、対数関数、累乗関数であってもよく、回帰式の形は限定されない。このような近似式を鋼種毎に予め求めておく。
【0077】
そして、製造対象の熱延鋼板に対応する相関式を用いれば、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での板温度から得られるコイルの積算温度から、熱延鋼板の機械特性を特定できる。
【0078】
(手法C:パラメータとしてコイルの板温度の変化量に累積時間を乗じた累積積算温度を用いる場合)
手法Cは、手法Bの変形例であり、コイルの板温度に基づくパラメータとして、コイル冷却過程での板温度の変化量に累積時間を乗じた積算値(累積積算温度)を用いる。
【0079】
累積積算温度の算出処理では、まず、手法Bと同様、温度履歴に対して共通に用いられる積算開始温度Tsum_s及び積算終了温度Tsum_eを設定する。そして、設定した共通の積算開始温度Tsum_s及び積算終了温度Tsum_eに基づき、引張強度の測定位置それぞれでの温度履歴について累積積算温度を求める。累積積算温度は、時間tでのコイルの板温度T(t)と積算開始温度Tsum_sとの差ΔT(t)に、積算開始温度Tsum_sとなった積算開始時間tsから時間tまでの累積時間ta(=t-ts)を乗じて、温度履歴が積算開始温度Tsum_sから積算終了温度Tsum_eまでの積算期間において積算した値である。具体的には下記式(2)で表すことができる。
【0080】
【0081】
上記式(2)に基づき、引張強度の測定位置それぞれでのコイルの累積積算温度を算出し、コイルの累積積算温度と測定した鋼板の引張強度との関係(相関式)を求める。
図14に、コイルの累積積算温度と引張強度との関係の一例を示す。手法Cで取得する相関式も、近似式として表され、例えば
図14に示したような一次関数として表すことができる。
図14の相関式(y=-0.000005x+781.99)には、自由度決定係数(R
2)が0.95の相関がある。なお、相関式は、二次以上の高次関数、指数関数、対数関数、累乗関数であってもよく、回帰式の形は限定されない。
【0082】
そして、製造対象の熱延鋼板に対応する相関式を用いれば、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での板温度から得られるコイルの累積積算温度から、熱延鋼板の機械特性を特定できる。
【0083】
[2-1-2.温度履歴と機械特性との対応関係を用いて巻き取り温度計算値を求める方法]
本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法の他の一例では、鋼種毎に予め複数取得された、熱延鋼板の全長全幅における温度履歴と、熱延鋼板から切り出した試験片を測定して得た機械特性との対応関係を表すテーブルを取得し、当該テーブルに基づいて、製造対象の熱延鋼板の機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となる、熱延鋼板の全長全幅の巻き取り温度計算値を算出する。
【0084】
まず、予め、鋼種毎に、複数の熱延鋼板について、熱延鋼板の全長及び全幅にわたって取得された温度履歴と、熱延鋼板から切り出した試験片を測定して得た機械特性との関係を表す対応関係を取得する。対応関係は、鋼種毎に求められる。1つの鋼種について、異なる複数の温度履歴で熱延鋼板を製造し、製造された熱延鋼板から切り出した試験片に対して引張試験を行い、引張強度を測定する。これにより、各鋼種について、引張強度と温度履歴との関係が得られる。
【0085】
そして、対応関係から、熱延鋼板の各位置について、機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となるときの温度履歴を特定すれば、温度履歴から巻き取り温度を求めることができる。
【0086】
[2-1-3.実機を用いた実験により巻き取り温度計算値を求める方法]
機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となる全長全幅の巻き取り温度計算値は、実機において試行錯誤の実験により求めてもよい。実験により巻き取り温度計算値を求める場合には、鋼種毎に、例えば以下の2つの実験を実施する。
【0087】
(実験1)
まず、1つの鋼種で、熱延鋼板の巻き取り前までに、複数水準の加熱または冷却を行う。このとき、実施した加熱及び冷却のパターンを記憶しておく。次いで、巻取前温度計により、巻き取り時の全長全幅の巻き取り温度を測定する。巻取前温度計は、例えば熱電対であってもよい。巻取前温度計は、板幅方向に少なくとも1つ設置すればよく、例えば幅中央部の板温度を測定可能に設置してもよい。巻取前温度計は、コイル径方向においては複数位置で板温度を測定する。例えば、コイルの最内周部、中心部、最外周部の3か所で板温度を測定してもよい。コイル径方向における板温度の測定位置は、機械特性の目標値に応じて適宜設定すればよい。
【0088】
また、各加熱及び冷却のパターンで製造した複数のコイルについて、冷却後に常温となったときの機械特性(例えば引張強度)を測定する。機械特性の測定位置は、例えば巻取前温度計により板温度を測定した位置とすればよい。そして、コイル断面を径方向または幅方向の少なくともいずれか一方に分割して設定した複数の分割領域について、測定された機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となる巻き取り温度の温度範囲を、それぞれ求める。例えば、コイルの内周部、中心部、外周部の3つの分割領域それぞれにおける巻き取り温度の温度範囲を求める。
【0089】
(実験2)
実験1により複数の分割領域における巻き取り温度の温度範囲を求めた後、改めて、1つの鋼種で、熱延鋼板の巻き取り前までに複数水準の加熱または冷却を行う。そして、各分割領域での巻き取り温度が、実験1で求めた温度範囲となる加熱及び冷却のパターンを求める。
【0090】
このように、鋼種毎に実験1、実験2を実施することで、コイルの全長全幅における巻き取り温度計算値を求めることができる。
【0091】
以上説明したように、各種の方法によって巻き取り温度計算値を求めることができる。なお、巻き取り温度計算値の算出方法は、上述の手法に限定されるものではない。
【0092】
コイルの冷却過程においてコイルの外周面、側面及び内周面がコイル内部よりも冷却されやすいことを踏まえると、表1及び
図6より、冷却されやすい領域(すなわち、コイルの外周面、側面及び内周面)を高温で巻き取るのが望ましいといえる。このため、コイルの内周部及び外周部の巻き取り温度計算値は、長手中央部の巻き取り温度計算値よりも高くなるように決定する。なお、コイル内周部は熱延鋼板の先端部であり、最も短い場合でコイル最内周1周分の領域である。コイル外周部は熱延鋼板の尾端部であり、最も短い場合でコイル最外周1周分の領域である。長手中央部は、内周部と外周部以外の領域である。例えば、巻き取り温度計算値として、内周部が700~750℃、長手中央部が475~560℃、外周部が675~800℃として設定してもよい。
【0093】
また、コイルの冷却過程においてはコイルの側面がコイル内部よりも冷却されやすいため、板幅方向のエッジ部については、コイル巻き取り完了から所定の時間(例えば、30分)が経過した時点での板幅方向の板温度が均一となるような巻き取り温度計算値に決定するのがよい。なお、コイル(熱延鋼板)のエッジ部とは、板幅方向においてコイルの側面(熱延鋼板の端部)から中央側へ所定の距離までの領域である。例えば、板幅1000mmであるとき、コイルの側面(熱延鋼板の端部)から62.5mm、125mm、または、187.5mmまでの領域をエッジ部としてもよい。コイル(熱延鋼板)の板幅方向において、2つのエッジ部の間の領域を幅中央部とする。
【0094】
コイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での板幅方向の板温度の均一性は、鋼種によって求められる程度は異なり、熱延鋼板に要求される機械特性のバラツキに応じて決定すればよい。このように、コイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での板幅方向の板温度が均一となるような板幅方向のエッジ部の巻き取り温度計算値を決定することで、熱延鋼板の機械特性を全長全幅にわたってより均一にすることができる。
【0095】
[2-2.熱延鋼板の製造]
製造対象の熱延鋼板の全長全幅における巻き取り温度計算値を算出した後、熱延鋼板の巻き取り温度が全長全幅の巻き取り温度計算値となるように、熱延鋼板の巻き取り前までに、熱延鋼板に対して加熱または冷却のうち少なくともいずれか一方を実施して、熱延鋼板を製造する。
【0096】
図1に基づき説明したように、熱間圧延プロセスにおける鋼板の全長全幅にわたる温度制御は、予め、所定の材質、例えば引張強度(TS)やr値、降伏強度(YS)、一様伸び、破断伸び等の機械特性が目標値以内となる巻き取り温度を求めておき、予め求めた巻き取り温度となるように熱間圧延設備1を制御することにより行われる。具体的には、鋼板長手方向(通板方向)の温度は、仕上圧延機30の入側に設置されたバーヒータ10による加熱と、仕上圧延機30とコイラー80との間に設置された冷却装置40による冷却とによって制御される。板幅方向の温度は、仕上圧延機30の入側に設置されたエッジヒータ20による加熱と、仕上圧延機30からコイラー80までの間のランアウトテーブル50に、冷却装置40に対応して設置されたエッジマスク55による冷却調整とにより制御される。
【0097】
熱間圧延設備1の制御装置(図示せず。)は、鋼板の巻き取り温度が予め求めた巻き取り温度(すなわち、巻き取り温度計算値)となるように、仕上出側温度計61及び巻取前温度計63により測定された鋼板の温度に基づき、バーヒータ10やエッジヒータ20、冷却装置40、エッジマスク55を制御する。このように、熱延鋼板の巻き取り前までに、熱延鋼板に対して加熱または冷却のうち少なくともいずれか一方を実施して、バラツキが小さく所望の機械特性を有する熱延鋼板を製造することができる。
【0098】
また、熱延鋼板の製造においては、熱延鋼板を巻き取る際、マンドレル冷却水は使用しないようにしてもよい。マンドレルは、製造された熱延鋼板をコイル状に巻き取る軸部の装置であり、熱延鋼板の巻き取り時には高温となる。マンドレルの摺動部分の焼付きを防止するため、マンドレル内部はマンドレル冷却水によって冷却されている。しかし、マンドレル冷却水を使用することで、コイル内周面が過度に冷却される。冷却されやすいコイルの外周部及び内周部をミドル部よりも高温で巻き取る操業において、コイル内周面の過冷却はコイルの機械特性に影響を与え、バラツキを大きくさせる要因となり得る。そこで、熱延鋼板を巻き取る際にマンドレル冷却水を使用しないようにすることで、コイル内周面の過冷却を抑制し、機械特性への影響を低減することができる。
【0099】
以上、本発明の一実施形態に係る熱延鋼板の製造方法について説明した。本実施形態によれば、予め、製造する熱延鋼板の機械特性が目標値となり、かつ、機械特性のバラツキが許容範囲内となる全長及び全幅の巻き取り温度計算値を算出し、熱延鋼板の巻き取り温度が全長全幅の巻き取り温度計算値となるように、熱延鋼板の巻き取り前までに、熱延鋼板に対して少なくとも加熱または冷却のうちいずれか一方を実施する。これにより、熱延鋼板の全長全幅において、所望の機械特性を有し、かつ、バラツキの小さい熱延鋼板を製造することができる。
【実施例0100】
本発明の熱延鋼板の製造方法による効果を検証するため、実機にて、以下の圧延条件で1000本の鋼鈑を圧延し、製造された熱延鋼板の機械特性として引張強度を測定した。
【0101】
(圧延条件)
鋼種 :C質量%:0.001~1.0
仕上圧延機の入側板厚:2.0~20mm
圧下率(各スタンド):10~50%
仕上圧延機の第1スタンド入側での板温度:800~1100℃
【0102】
比較例として、従来の操業で実施しているように、経験に基づき熱間圧延設備における加熱及び冷却のパターンを設定して、熱延鋼板を製造した。実施例1~6では、上記実施形態に係る熱延鋼板の製造方法に基づき、熱延鋼板を製造した。実施例1では、実機を用いた実験により巻き取り温度計算値を求めた。実施例2~5では、材質予測モデルを用いて巻き取り温度計算値を求めた。なお、コイルの板温度に基づくパラメータとして、実施例2、3では、コイルの板温度を用い(上記手法A)、実施例4では、積算温度を用い(上記手法B)、実施例5では、コイルの累積積算温度を用いた(上記手法C)。実施例6では、温度履歴と機械特性との対応関係を用いて巻き取り温度計算値を求めた。実施例1~6において設定したコイル断面の分割領域の数(すなわち巻き取り温度計算値の代表点の数)は表2の通りとした。
【0103】
表2に、比較例及び実施例1~10における材質的中率を示す。材質的中率は、製造した熱延鋼板1000本のうち、設定した分割領域において、製造された熱延鋼板の機械特性が、目標値となり、かつ、そのバラツキが許容範囲内となった本数の割合を示している。なお、表2の材質的中率[%]における「長手:」と「幅:」に続くそれぞれの数字は、材質を測定した箇所のそれぞれの数を示している。例えば、「長手:6、幅:3」は、長手方向で6箇所、幅方向で3箇所、すなわち、合計18箇所で材質を測定している。測定位置は、各分割領域における長手方向と幅方向の中点とした。
【0104】
【0105】
表2より、比較例では、引張強度が許容範囲を満たす割合は高くても60%程度であったが、実施例1~6では、いずれの分割領域においても引張強度が許容範囲を満たす割合は80%以上であった。引張強度の測定位置に対応して分割領域を設定した実施例3では、引張強度を測定したすべての位置において、材質的中率は100%となった。また、実施例7~10に示すように、引張強度以外の機械特性であるr値、降伏強度(YS)、一様伸び、破断伸びにおいても同様の効果が得られた。
【0106】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0107】
例えば、上記実施形態では、鋼板の温度が仕上圧延機の入側に設置されたバーヒータ及びエッジヒータによる加熱と、仕上圧延機とコイラーとの間のランアウトテーブルに設置された冷却装置及びエッジマスクによる冷却とによって制御される場合を例に説明したが、加熱装置及び冷却装置の設置位置はかかる例に限定されない。
【0108】
なお、以下の構成も本発明の技術的範囲に含まれる。
(1)
高強度鋼を製造する熱延鋼板の製造方法であって、
予め、製造する熱延鋼板の機械特性が目標値となり、かつ、前記機械特性のバラツキが許容範囲内となる全長全幅の巻き取り温度計算値を算出し、
前記熱延鋼板の巻き取り温度が前記全長全幅の巻き取り温度計算値となるように、前記熱延鋼板の巻き取り前までに、前記熱延鋼板に対して加熱または冷却のうち少なくともいずれか一方を実施する、熱延鋼板の製造方法。
(2)
熱延鋼板コイルの軸方向断面内の複数のコイル位置を、全長全幅の熱延鋼板の代表点として、
熱延鋼板の板温度と機械特性との関係を表す材質予測モデルを用いて、前記複数のコイル位置について、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と前記巻き取り温度計算値を算出し、前記全長全幅の巻き取り温度計算値を求める、上記(1)に記載の熱延鋼板の製造方法。
(3)
前記材質予測モデルは、
仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了時刻から所定の時間が経過した時刻までの期間を温度取得期間として、
前記温度取得期間を含む期間での板温度の温度履歴から得られる、板温度に基づくパラメータと、製造した熱延鋼板コイルにおいて測定した機械特性との相関式で表される、上記(2)に記載の熱延鋼板の製造方法。
(4)
前記パラメータは、前記温度取得期間内の、仕上圧延完了時刻またはコイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での板温度である、上記(3)に記載の熱延鋼板の製造方法。
(5)
前記パラメータは、予め設定された積算開始温度から積算終了温度までの積算期間において、前記積算開始温度からの板温度の変化量の時間についての積分値である積算温度である、上記(3)に記載の熱延鋼板の製造方法。
(6)
前記パラメータは、予め設定された積算開始温度から積算終了温度までの積算期間において、前記積算開始温度からの板温度の変化量に累積時間を乗じた積算値である累積積算温度である、上記(3)に記載の熱延鋼板の製造方法。
(7)
前記コイル位置に対応させて、前記熱延鋼板コイルの軸方向断面を径方向または幅方向の少なくともいずれか一方に分割して、複数の分割領域を設定し、
前記分割領域の巻き取り温度が異なる複数のケースについて、前記材質予測モデルを用いて、前記仕上圧延完了時刻または前記コイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と前記巻き取り温度計算値を算出し、
前記機械特性の目標値と前記機械特性のバラツキの許容範囲とにより表される評価関数が最小となるときのケースの前記各分割領域の巻き取り温度を、前記各分割領域の前記巻き取り温度計算値として決定する、上記(2)~(6)のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
(8)
前記コイル位置に対応させて、前記熱延鋼板コイルの軸方向断面を径方向または幅方向の少なくともいずれか一方に分割して、複数の分割領域を設定し、
前記分割領域の境界位置または巻き取り温度の異なる複数のケースについて、前記材質予測モデルを用いて、前記仕上圧延完了時刻または前記コイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での機械特性と前記巻き取り温度計算値を算出し、
算出した前記機械特性が目標値となり、かつ、前記機械特性のバラツキが許容範囲内となるように、前記分割領域の境界位置を決定し、前記各分割領域の前記巻き取り温度計算値を決定する、上記(2)~(6)のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
(9)
鋼種毎に予め複数取得された、熱延鋼板の全長全幅における温度履歴と、前記熱延鋼板から切り出した試験片を測定して得た機械特性との対応関係を表すテーブルを取得し、
前記テーブルに基づいて、製造対象の熱延鋼板の機械特性が前記目標値となり、かつ、前記機械特性のバラツキが許容範囲内となる、前記熱延鋼板の全長全幅の巻き取り温度計算値を算出する、上記(1)に記載の熱延鋼板の製造方法。
(10)
熱延鋼板コイルの軸方向断面を、径方向内側から内周部、長手中央部、外周部に3分割したとき、
前記内周部及び前記外周部の巻き取り温度計算値は、前記長手中央部の巻き取り温度計算値よりも高くなるように決定される、上記(1)~(9)のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
(11)
前記巻き取り温度計算値は、前記内周部が700~750℃、前記長手中央部が475~560℃、前記外周部が675~800℃である、上記(10)に記載の熱延鋼板の製造方法。
(12)
熱延鋼板コイルの軸方向断面における幅方向両端のエッジ部について、
コイル巻き取り完了から所定の時間が経過した時点での板幅方向の温度が均一となる巻き取り温度計算値を予め算出し、
前記熱延鋼板の巻き取り前までに、エッジヒータによる加熱またはエッジマスクによる冷却調整のうち少なくともいずれか一方を実施する、上記(1)~(11)のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
(13)
前記熱延鋼板を巻き取る際、マンドレル冷却水は使用しない、上記(1)~(12)のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。
(14)
前記機械特性は、引張強度である、上記(1)~(13)のいずれか1項に記載の熱延鋼板の製造方法。