(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024009593
(43)【公開日】2024-01-23
(54)【発明の名称】高電圧機器用のコート材の選定方法
(51)【国際特許分類】
H02B 1/30 20060101AFI20240116BHJP
H01B 3/30 20060101ALI20240116BHJP
H02G 5/06 20060101ALI20240116BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20240116BHJP
C09D 201/00 20060101ALI20240116BHJP
C09D 163/00 20060101ALN20240116BHJP
【FI】
H02B1/30 Z
H01B3/30 M
H02G5/06 351C
C09D7/61
C09D201/00
C09D163/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022111241
(22)【出願日】2022-07-11
(71)【出願人】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】保坂 伊吹
(72)【発明者】
【氏名】柳瀬 博雅
【テーマコード(参考)】
4J038
5G016
5G305
5G365
【Fターム(参考)】
4J038DB021
4J038HA166
4J038KA08
4J038NA17
4J038PB09
5G016AA04
5G016CB03
5G305AA05
5G305AB08
5G305BA07
5G305CA01
5G305CA02
5G305CA12
5G305CA15
5G305CA18
5G305CA20
5G305CA26
5G305CA27
5G305CA37
5G305CA38
5G305CC02
5G305CD01
5G365DF05
(57)【要約】
【課題】 高電圧機器の金属異物の浮遊を抑制し、電界緩和効果をもたらすことが可能な、誘電率電界応答フィラーとして機能する充填材を含むコート材を選定する手法を提供する。
【解決手段】樹脂と、充填材とを含む高電圧機器用のコート材の選定方法であって、
前記充填材として、ABO3型酸化物
(Aは1種以上のm価の陽イオンを構成する元素であり、
Bは1種以上のn価の陽イオンを構成する元素であり、
m+n=6である)
から、寛容因子tが、0.8≦t≦1.1を満たす酸化物を選定する工程を含む、方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂と、充填材とを含む高電圧機器用のコート材の選定方法であって、
前記充填材として、ABO3型酸化物
(Aは1種以上のm価の陽イオンを構成する元素であり、
Bは1種以上のn価の陽イオンを構成する元素であり、
m+n=6である)
から、寛容因子tが、0.8≦t≦1.1を満たす酸化物を選定する工程を含む、方法。
【請求項2】
A及びBが、それぞれ、1種の元素である酸化物を選定する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
Aが、2種以上の元素からなる、イオンドープされた酸化物を選定する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
Bが、2種以上の元素からなる、イオンドープされた酸化物を選定する、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記樹脂を、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコーン樹脂、ポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、フッ素樹脂、ポリ塩化ビニル、またはこれらの組み合わせの中から選定する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記酸化物を選定する工程で選定した酸化物からなる充填材と、前記樹脂を選定する工程で選定した樹脂を含む混合物の比誘電率の計算値に基づき、前記酸化物と前記樹脂との混合比率を決定する工程をさらに含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
請求項6に記載の選定方法を用いて高電圧機器用のコート材の組成を決定する工程と、
決定した組成に基づき、コート材を調製する工程と
を含む、高電圧機器用のコート材の製造方法。
【請求項8】
BaTiO3、SrZrO3、CaZrO3から選択される1種以上の充填材と、熱硬化性樹脂とを含む、高電圧機器用のコート材。
【請求項9】
請求項8に記載のコート材層を備える高電圧機器。
【請求項10】
前記高電圧機器が、容器内に設けられた高圧導体の周囲に形成されたコーン型スペーサを備えるガス開閉装置であり、
前記容器内壁、前記高圧導体表面、及び前記コーン型スペーサ表面に前記コート材層が形成された、請求項9に記載の高電圧機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高電圧機器用のコート材の選定方法に関する。本発明は、特には、高電圧機器の金属異物の浮遊を抑制し、電界緩和効果をもたらす、誘電率電界応答フィラーとして機能する充填材を含むコート材の選定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガス絶縁開閉装置(GIS)などの高電圧機器では絶縁性能に富んだSF6ガスが一般的に使用され、その高い絶縁性能から各高電圧機器の高信頼性化を実現している。現在では、環境への負荷を考慮し、SF6ガス代替が世界的に加速しており、絶縁性が劣る代替ガスを適用しつつ装置寸法を現状維持して高信頼性を確保することが望まれる。この実現に向けた方策の1つとして、高圧導体が中央に配置された金属製の容器(タンク)内の局所的な高電界の緩和、およびタンク内の金属異物の浮遊による絶縁性能低下を抑制可能な、充填材が求められる。
【0003】
上記の局所的な高電界緩和、タンク内の金属異物の浮遊による絶縁性能低下を抑制可能な材料として、誘電率が電界に対して変化する無機材料を樹脂に混練した充填材がある。このような無機材料は、誘電率電界応答フィラーともいわれる。一般的に、誘電率が電界に対して変化する材料は、強誘電性や反強誘電性を有する無機材料に多く見られ、中でもペロブスカイト構造を有する無機結晶体に多い。特に、Pb系からなり、ペロブスカイト構造を有する無機材料は電界の増加に伴い誘電率が増加することが知られている。ペロブスカイト構造を有する無機材料の特性は、樹脂に混練した状態でも発現することが示されている(例えば、特許文献1、2を参照)。特許文献1、2に開示された技術では、誘電率電界応答フィラーを樹脂中に混練することで、誘電率が電界に対して変化する材料を確立している。
【0004】
GISの内部では高電界が常に掛かり続ける。そのため、タンク内に金属異物が存在するとその金属異物が浮遊し、部分放電開始電圧の低下、相間短絡や地絡に至ることがあり、金属異物の浮遊を抑制することが大きな課題である。
【0005】
金属異物が存在するきっかけは様々あるものの、筐体の可動部の摺動や、タンクのメンテナンスで気密容器の強度を確保するために多数のネジ止め構造を取っているため、この開閉時のネジの摺動によって発生する場合が考えられる。こうした金属異物の浮遊を抑制し絶縁性能を担保するには、金属タンク表面に樹脂コーティングを施すこと知られている(例えば、特許文献3、4を参照)。特許文献3、4に開示された技術では、非線形抵抗特性を有する物質を樹脂に混ぜ込んだコート材をタンク内にコートすることで、金属異物への電荷蓄積を低減し金属異物の浮遊を抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007-182554号公報
【特許文献2】特開2010-13642号公報
【特許文献3】国際公開WO2017/221511
【特許文献4】特開2021-163693号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、高電圧機器に必要な誘電率電界応答フィラーを選定する手法は存在しておらず、従来、経験的・実験的な手法で試行錯誤での検証方法に頼っていた。誘電率電界応答フィラーを選定する有効な方法が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討の結果、ABO3型の結晶構造を持つ酸化物を充填材の候補化合物として選定し、その中からさらに、寛容因子tの値を指標として誘電率電界応答フィラーを選定することに想到し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は、一実施の形態によれば、樹脂と、充填材とを含む高電圧機器用のコート材の選定方法であって、
前記充填材として、ABO3型酸化物
(Aは1種以上のm価の陽イオンを構成する元素であり、
Bは1種以上のn価の陽イオンを構成する元素であり、
m+n=6である)
から、寛容因子tが、0.8≦t≦1.1を満たす酸化物を選定する工程を含む、方法に関する。
【0010】
前記高電圧機器用のコート材の選定方法において、A及びBが、それぞれ、1種の元素である酸化物を選定することが好ましい。
【0011】
前記高電圧機器用のコート材の選定方法において、Aが、2種以上の元素からなる、イオンドープされた酸化物を選定することが好ましい。
【0012】
前記高電圧機器用のコート材の選定方法において、Bが、2種以上の元素からなる、イオンドープされた酸化物を選定することが好ましい。
【0013】
前記高電圧機器用のコート材の選定方法において、前記樹脂を、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコーン樹脂、ポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、フッ素樹脂、ポリ塩化ビニル、またはこれらの組み合わせの中から選定する工程をさらに含むことが好ましい。
【0014】
前記高電圧機器用のコート材の選定方法において、前記酸化物を選定する工程で選定した酸化物からなる充填材と、前記樹脂を選定する工程で選定した樹脂を含む混合物の比誘電率の計算値に基づき、前記酸化物と前記樹脂との混合比率を決定する工程をさらに含む、ことが好ましい。
【0015】
本発明は、別の実施形態によれば、高電圧機器用のコート材の製造方法であって、前述の高電圧機器用のコート材の選定方法を用いて高電圧機器用のコート材の組成を決定する工程と、決定した組成に基づき、コート材を調製する工程とを含む、高電圧機器用のコート材の製造方法に関する。
【0016】
本発明は、また別の実施形態によれば、BaTiO3、SrZrO3、CaZrO3から選択される1種以上の充填材と、熱硬化性樹脂とを含む、高電圧機器用のコート材に関する。
【0017】
本発明は、さらにまた別の実施形態によれば、前述のコート材層を備える高電圧機器に関する。
【0018】
前記高電圧機器が、容器内に設けられた高圧導体の周囲に形成されたコーン型スペーサを備えるガス開閉装置であり、前記容器内壁、前記高圧導体表面、及び前記コーン型スペーサ表面に前記コート材層が形成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、寛容因子tの値を指標として、比較的簡単な計算手法により、誘電率電界応答フィラーとして機能するABO3型の結晶構造を持つ酸化物を理論的に選定し、コート材を選定することができる。当該選定方法によれば、イオンドープした酸化物など、複雑な組成を持つ酸化物も選定対象とし、計算により理論的に特性を推定して、選定することができるため、幅広い酸化物を誘電率電界応答フィラーとして選定可能である。このようにして選定された誘電率電界応答フィラーを充填材として含み、樹脂をさらに含むコート材を高電圧機器に適用することで、金属異物等による局所的な高電界部において、電界緩和効果をもたらすことができる。具体的には、高電界部に位置する充填材料のみ高誘電率を示し、充填材に電界分担させることで、電界緩和効果をもたらすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、ABO
3型酸化物の結晶構造を説明する図である。
【
図2】
図2は、高電圧機器用のコート材が設けられた高電圧機器の一例である、ガス絶縁開閉装置の概念的な断面図である。
【
図3】
図3は、ABO
3型酸化物としてBaTiO
3を含むコート材の比誘電率の電界依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施の形態によって限定されるものではない。
【0022】
[1.コート材の選定方法]
本発明は第1実施形態によれば、樹脂と、充填材とを含む高電圧機器用のコート材の選定方法に関する。当該方法は、以下の工程を含む。
前記充填材として、ABO3型酸化物から、寛容因子tが、0.8≦t≦1.1を満たす酸化物を選定する工程
【0023】
本実施形態において、高電圧機器用のコート材とは、高電圧機器を構成する各部材の表面に塗布可能な材料であってよく、主として、樹脂と充填材とを含む材料であってよい。高電圧機器用のコート材とは、ガス絶縁開閉装置(GIS)、モールド変圧器、配電盤、半導体装置などの電力機器の一部を構成するコート材として用いられることをいう。コート材は、例えば、高電圧機器を構成する所定の部材の表面に、層状に塗布される材料をいうことができる。
【0024】
コート材は、樹脂と、充填材とを含み、任意選択的に添加剤を含んでいてもよい。本実施形態によるコート材の選定方法においては、充填材を選定し、任意選択的に樹脂を選定することができる。
【0025】
充填材の候補化合物は、ABO
3型の結晶構造を有する酸化物である。ここで、Aは1種以上のm価の陽イオンを構成する元素であり、Bは1種以上のn価の陽イオンを構成する元素であり、m+n=6である。
図1は、ABO
3型酸化物の結晶構造を模式的に示す図である。ABO
3型酸化物の結晶構造は、立方体の頂点をAサイトとするとBサイトが立方体の中心にあり、酸素が面心に位置する。Aサイトイオンのイオン半径は、Bサイトイオンのイオン半径よりも大きい。
【0026】
したがって、Aは1種のイオンであってもよく、2種のイオンであってもよく、3種のイオンであってよい。Aが2種以上の陽イオンから構成される酸化物は、イオンドープした酸化物ということができる。例えば、Aが2種の異なる陽イオンA1
、A2から構成され、A1のモル分率がx1、A2のモル分率がx2の場合、A=A1
x1A2
x2と記述することができる。ただし、x1+x2=1である。しかし、Aを構成する異なる陽イオンの数は、特には限定されず、理論上は、Aは、非金属イオン以外の陽イオン、すなわち、金属陽イオン及び半金属の陽イオンから任意に選択することができる。
【0027】
同様に、Bも、1種のイオンであってもよく、2種のイオンであってもよく、3種のイオンであってよい。Bが2種以上の陽イオンから構成される酸化物は、イオンドープした酸化物ということができる。Bが例えば、3種の異なる陽イオンB1
、B2
、B3から構成され、B1のモル分率がy1、B2のモル分率がy2、B3のモル分率がy3の場合、B=B1
y1B2
y2B3
y3と記述することができる。ただし、y1+y2+y3=1である。しかし、Bを構成する異なる陽イオンの数は、特には限定されず、理論上は、Aと同様に、非金属イオン以外の陽イオンから任意に選択することができる。
【0028】
次に、候補化合物のABO3型酸化物について、寛容因子(tolerance factor)を計算する。寛容因子tが、0.8≦t≦1.1を満たす酸化物を、誘電率が電界に対して変化する無機材料、すなわち誘電率電界応答フィラーとして選定する。寛容因子tは、以下の式で表される。
t=(ra+ro)/{√2(rb+ro)}
式中、raはAの陽イオン半径、rbはBの陽イオン半径、roは酸素の陰イオン半径であり、それぞれ、文献値により計算することができる。
【0029】
Aが、陽イオン半径がra1のA1、陽イオン半径がra2のA2の異なる二種のイオンから構成され、それらのモル分率がそれぞれx1、x2であるイオンドープされた酸化物について、当該酸化物の寛容因子tは、上記陽イオン半径raを、酸化物を構成する複数のイオンについての半径×モル分率の和に置き換えて計算する。ただし、各イオンのモル分率の総和は1である。具体的には、以下のように表すことができる。
ra=ra1x1+ra2x2
t={(ra1x1+ra2x2)+ro}/{√2(rb+ro)}
【0030】
そして、計算した寛容因子tの値が、0.8≦t≦1.1を満たす酸化物は、誘電率が電界に対して変化する無機材料、すなわち誘電率電界応答フィラーとして選定することができる。寛容因子tの値が、0.8≦t≦1.0を満たすABO3型酸化物は反強誘電体を示し、1.0≦t≦1.1を満たすABO3型酸化物は強誘電体を示す。
【0031】
A、Bがいずれも1種の陽イオンからなるABO3型酸化物のうち、上記寛容因子の条件を満たす酸化物としては、例えば、BaTiO3、PbTiO3、SrTiO3、KNbO3、BaZrO3、KTaO3、CaZrO3、PbZrO3、CaTiO3、SrSnO3、SrZrO3、NaNbO3が挙げられるが、これらには限定されない。
【0032】
上記酸化物はいずれも市販され、入手が容易な酸化物である。これらの酸化物に対してイオンドーピングされてできる、陽イオンA及び/または陽イオンBが、2種または3種以上から構成されるABO3型酸化物をさらに候補化合物として検討することができる。これにより、寛容因子tの値が、0.8≦t≦1.1を満たし、反強誘電体もしくは強誘電体であるさらなる酸化物の選定が可能となり、誘電率電界応答フィラーの選択肢が大きく広がる。
【0033】
寛容因子tの値が、0.8≦t≦1.1を満たすABO3型酸化物が選定できれば、任意選択的に追加の工程として、コート材として使用する温度範囲における当該酸化物の結晶構造が立方晶ではない酸化物を選定する工程を含んでもよい。これにより、誘電率電界応答フィラーのより正確な抽出が可能となる。
【0034】
充填材を構成する酸化物が選定できれば、任意選択的に追加の工程として、充填材の形状を選定する工程を含んでもよい。充填材の形状は、球状、板状、針状、鱗片状、樽型などが例示されるが、特には限定されない任意の形状から選定することができる。充填材は、これらのうち複数種類の形状の混合物であってもよい。選定の基準は、熱膨張抑制、導電性の付与、機械的特性の改善が挙げられ、球状以外の形状は異方性を有するため、樹脂中における充填剤の配向性を考慮する必要がある。コート材の増粘を防止し、かつ比較的多量の充填材を樹脂中に含める観点からは、球状の充填材を選定することができる。充填材の粒子径は、コート材の所望のコート膜厚との関係で選定することができ、膜厚の0.01~10%程度の粒子径を持つものを選定することが好ましい。
【0035】
次いで、コート材を構成する樹脂を選定する。樹脂は、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂、またはそれらの混合物から選定することができる。熱硬化性樹脂としては、例えば、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコーン樹脂が挙げられ、これらの1種以上を混合して用いることもできる。中でも、好ましい熱硬化性樹脂は、エポキシ樹脂である。熱可塑性樹脂、としては、例えば、ポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン)、ポリ塩化ビニルが挙げられ、これらの1種以上を混合して用いることもできる。
【0036】
熱硬化性樹脂としてエポキシ樹脂を用いる場合、エポキシ樹脂主剤と、任意選択的にエポキシ樹脂の硬化剤と、硬化促進剤とを用いることができる。エポキシ樹脂主剤は、脂肪族エポキシ樹脂であってよく、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールAD型エポキシ樹脂、ビフェニル型エポキシ樹脂、ナフタレン型エポキシ樹脂、クレゾールノボラック型エポキシ樹脂、3官能以上の多官能型エポキシ樹脂等が挙げられるが、これらには限定されない。これらを単独で、または2種類以上混合して使用することができる。硬化剤としては、エポキシ樹脂主剤と反応し、硬化しうるものであれば特に限定されない。硬化剤の例としては、酸無水物系硬化剤、フェノール系硬化剤、アミン系硬化剤を挙げることができる。中でも、酸無水物系硬化剤を用いることが好ましい。酸無水物系硬化剤としては、例えば芳香族酸無水物、具体的には無水フタル酸、無水ピロメリット酸、無水トリメリット酸等が挙げられる。あるいは、環状脂肪族酸無水物、具体的にはテトラヒドロ無水フタル酸、メチルテトラヒドロ無水フタル酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、メチルヘキサヒドロ無水フタル酸、無水メチルナジック酸等、または脂肪族酸無水物、具体的には無水コハク酸、ポリアジピン酸無水物、ポリセバシン酸無水物、ポリアゼライン酸無水物等を挙げることができる。硬化剤の配合量は、エポキシ樹脂主剤100質量部に対し、50質量部以上であって170質量部以下程度とすることが好ましく、80質量部以上であって150質量部以下程度とすることがより好ましい。
【0037】
このように、コート材の主成分である充填材と、樹脂を選定した後、充填材と、樹脂との混合比率を決定する工程を行ってもよい。適切な体積比率は、所定の比率で充填材と、樹脂を含むコート材の比誘電率を計算し、コート材を適用する高電圧機器の仕様との関係で決定することができる。コート材における充填材の体積比率は特に限定されないが、1~50体積%程度が好ましい。無機材料が50体積%を超えて含まれると、粘度が増大し、塗布性が悪化する場合がある。また、1体積%よりも少ないと、誘電率電界応答フィラーとしての好ましい特性を発揮できない場合がある。
【0038】
コート材には、その特性を阻害しない範囲で、任意選択的な添加剤を含んでいてもよく、任意選択的な工程として、添加剤を選定する工程を実施してもよい。添加剤としては、例えば、難燃剤、樹脂を着色するための着色料、耐クラック性を向上するための可塑剤やシリコンエラストマーが挙げられるが、これらには限定されない。添加剤の選定は、コート材を塗布する高電圧機器の仕様との関係で、適宜実施することができる。
【0039】
本実施形態によるコート材の選定方法によれば、誘電率電界応答フィラーとして機能するABO3型酸化物を広い候補化合物範囲から、理論計算により選定することができる。そのため、電界緩和効果を有するコート材の設計において、充填材を主とする各主成分を選定するためのより広い選択肢を得ることができる。
【0040】
[2.コート材の製造方法]
本発明は第2実施形態によれば、高電圧機器用のコート材の製造方法に関する。コート材の製造方法は、以下の工程を含む。
(1)第1実施形態によるコート材の選定方法を用いて高電圧機器用のコート材の組成を決定する工程
(2)決定した組成に基づき、コート材を調製する工程
【0041】
コート材の組成を決定する工程は、第1実施形態に説明した選定方法により実施することができる。決定した組成に基づき、コート材を調製する工程では、選定した充填材を準備する。充填材は、市販のABO3型酸化物を用いることもできる。あるいは、そのような市販の酸化物を原料として、当該酸化物にイオン注入を行って、所望の組成を持つABO3型酸化物を調製することができる。これにより、A及び/またはBがそれぞれ複数の陽イオンから構成され、所望の組成を備えて、第1実施形態に記載の所定の寛容因子tの要件を充足する酸化物を調製することができる。さらに、調製した酸化物を任意選択的に粉砕などにより、所定の粒子形状、粒子径を持つ充填材に加工し、樹脂と混合して、コート材を得ることができる。
【0042】
[3.高電圧機器用のコート材]
本発明は第3実施形態によれば、高電圧機器用のコート材であって、BaTiO3、SrZrO3、CaZrO3から選択される1種以上の充填材と、熱硬化性樹脂とを含むコート材に関する。
【0043】
BaTiO3、SrZrO3、CaZrO3は、第1実施形態により選定したABO3型酸化物の中で、陽イオンA、Bともに1種類のイオンから構成される酸化物である。これらは、単独で含んでもよく、二種類以上を組み合わせて含んでもよい。の中でも、BaTiO3の電界依存性が高く、BaTiO3を充填材として含むことが好ましい。熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂主剤を含むことが好ましく、任意選択的に、硬化剤及び硬化促進剤を含むことが好ましい。例えば、充填材が、BaTiO3の場合、コート材の全体積を100%として、コート材における充填材の体積比率が1~50体積%の範囲内にあると、比誘電率が4~621の範囲で制御が可能であるため好ましく、20~40体積%であることがさらに好ましい。
【0044】
本実施形態による高電圧機器用のコート材は、電界の増加と共に比誘電率が上昇するため、高電圧機器において予測される電界の範囲内で、電界緩和効果を有する。
【0045】
[4.コート材層を備える高電圧機器]
本発明は第4実施形態によれば、コート材層を備える高電圧機器に関する。高電圧機器は、例えば、ガス絶縁開閉装置(GIS)、モールド変圧器、配電盤、半導体装置であってよい。これらの機器を構成する絶縁部材及び/または導電部材のうち、特に高電界となる箇所にコート材層を設けることができる。これにより、電界緩和効果が得られる。
【0046】
高電圧機器の一例であるガス絶縁開閉装置について、図面を参照してさらに説明する。ガス絶縁開閉装置は、金属製の密封容器13の中央部に高圧導体11が配置された構造を備え、高圧導体11を密封容器13の所定の位置に固定するための絶縁スペーサ12が設けられる。図示する絶縁スペーサ12は、コーン型絶縁スペーサであり、中央部を高圧導体11が貫通し、周囲には金属フランジ(図示せず)が取り付けられている。そして、絶縁スペーサ12は、金属フランジにより、密封容器13の連結フランジに挟まれて、密封容器13に固定される。
【0047】
本実施形態によるコート材層1は、高圧導体11、絶縁スペーサ12、及び密封容器13の内壁面等の各部材が気相14と接触する表面に設けられる。金属フランジ及び連結フランジの表面にもコート材層を設けることができる。一般的に、高圧導体11はアルミニウムから構成し、絶縁スペーサ12は、充填材を含有する絶縁樹脂から構成し、密封容器13の内壁面は、アルミまたは鉄で構成することができる。気相14は、空気、SF6ガス、またはSF6代替ガスであってよい。
【0048】
コート材層1の層厚さは、高電圧機器の種類にも依存し、特には限定されないが、例えば、1μmから100μm程度とすることができ、30μmから100μmとすることが好ましい。コート材層は、厚さが均一な層であることが好ましい。しかし、コート材層1を形成する場所によって異なる厚さとすることもできる。コート材層1の形成方法は、スプレーコートもしくはハケ塗りとすることができるが、特には限定されない。
【0049】
本実施形態によるコート材層1を備えるガス絶縁開閉装置は、密封容器内の金属異物の浮遊による絶縁性低下の抑制を可能にし、信頼性の高いガス絶縁開閉装置とすることができる。なお、図示はしないが、高電圧機器の別の例として、モールド変圧器の巻線導体部、配電盤の電源を各部分に接続する導体棒(ブスバー)、半導体装置の素子周辺部等に、コート材層を同様にして設けることができ、高電圧機器の信頼性を向上することが可能である。
【実施例0050】
以下に、本発明を、実施例を参照してさらに詳細に説明する。しかし、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
(1)誘電率電界応答フィラーの選定
ABO3型酸化物の候補化合物を抽出し、文献によりAサイト陽イオン、Bサイト陽イオンの配位数及び価数を調査した。次いで、文献より、Aサイト陽イオン、及びBサイト陽イオン半径を取得し、イオン半径から寛容因子tを計算した。そして、寛容因子tが、0.8≦t≦1.1を満たす酸化物として、以下の10種の酸化物を選定した。10種の酸化物について、寛容因子の計算値を表1に示す。
【0052】
【0053】
(2)コート材の製造
これらの10種の酸化物を粒子径約2~200μm程度に粉砕し、充填材とした。樹脂としては、エポキシ樹脂を用い、充填材の体積比率が30体積%を狙って混合し、コート材を調製した。具体的には、エポキシ樹脂主剤5.8gに充填材を添加した後、硬化剤5.8g、硬化促進剤0.29gを添加し、撹拌した。撹拌後に真空脱泡し、10cm四方、厚さ250μmの金型に塗布し、さらに真空脱泡を行った。その後、130℃で3時間、さらに130℃で13時間の硬化を行い、比誘電率測定用のコート材サンプルを得た。
【0054】
コート材サンプルの両面に、30nm程度のPt-Pd薄膜を形成し、これを高電圧電極、低電圧電極、ガード電極の間に挟み込んで固定し、サンプル周囲をフロリナート液で満たした。この試験系を、高周波tanδ測定器(DAC-HFM-1)に接続し、周波数1KHz下での比誘電率を取得した。昇圧また降圧時は、無機フィラーの分極を定常状態にするため1分間一定電圧にて保持し、保持後の静電容量を値として取得した。取得した静電容量から比誘電率へと換算した。
【0055】
10種の酸化物を充填材として使用したサンプルのうち、BaTiO
3は特に電界依存性が高く、次いでSrZrO
3、CaZrO
3が高い比誘電率の電界依存性を示した。最も電界依存性の高いBaTiO
3に関して、比誘電率電界依存性を取得した。BaTiO
3の充填量は10、20、30、35体積%の4種類を測定した。結果を
図3に示す。
図3から、特にBaTiO
3の充填量を30体積%としたコート材は、25kV/mmの電界において、比誘電率を40F/m程度とすることができる。このような比誘電率特性を有するコート材は、タンク内の直径0.2μm程度の金属異物の浮遊による絶縁性能低下の抑制を可能にする。
【0056】
(3)イオンドープされたABO3型酸化物の選定
上記までの酸化物は、A及びBサイトのイオンがそれぞれ単体であるが、これらA及びBサイトを構成するイオンがイオンドープにより多種類から構成することができる。例えば、BaTiO3酸化物のAサイトに対してSrをイオンドープし、Ba0.5Sr0.5TiO3の組成に変更することが可能である。上式のt=((ra1x1+ra2x2)+ro)/{√2(rb+ro)}を用い、寛容因子tを算出すると、t=0.98となり、0.8≦t≦1.1を満たす。このため、誘電率電界応答性フィラーとして機能し得ると考えられ、当該酸化物を、コート材を構成する材料として選定することができる。
本発明に係る高電圧機器用のコート材の選定方法は、電界緩和性に優れた材料の選定を可能にするためガス絶縁開閉装置、モールド変圧器、絶縁塗料、配電盤、半導体装置などに適用することができる。