(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024097212
(43)【公開日】2024-07-18
(54)【発明の名称】アルツハイマー病予防及び/又は治療薬
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20240710BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20240710BHJP
A61K 31/245 20060101ALI20240710BHJP
A61K 31/407 20060101ALI20240710BHJP
A61K 31/343 20060101ALI20240710BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20240710BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20240710BHJP
A61K 31/403 20060101ALI20240710BHJP
C07D 209/88 20060101ALN20240710BHJP
C07D 487/16 20060101ALN20240710BHJP
C07D 307/93 20060101ALN20240710BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P25/28
A61K31/245
A61K31/407
A61K31/343
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
A61K31/403
C07D209/88
C07D487/16
C07D307/93
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023000610
(22)【出願日】2023-01-05
(71)【出願人】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藍 智彦
(72)【発明者】
【氏名】三井田 孝
(72)【発明者】
【氏名】堀 敦詞
(72)【発明者】
【氏名】赤松 和土
【テーマコード(参考)】
2G045
4C050
4C084
4C086
4C206
【Fターム(参考)】
2G045AA40
4C050AA02
4C050AA07
4C050AA08
4C050BB04
4C050CC04
4C050DD01
4C050EE02
4C050FF02
4C050GG03
4C050HH01
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZA16
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA05
4C086BC04
4C086BC12
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA16
4C206AA01
4C206AA02
4C206FA38
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZA16
(57)【要約】 (修正有)
【課題】AD患者において、PSEN1変異がどのような機序で神経変性症状を引き起こすのかを解明し、さらにその神経変性症状の発症を予防及び/又は治療する手段を見出すこと。
【解決手段】AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分を有効成分とするAD予防及び/又は治療薬。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分を有効成分とするAD予防及び/又は治療薬。
【請求項2】
AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分が、RYR2阻害剤及びSERCA阻害剤から選ばれる成分である請求項1記載のAD予防及び/又は治療薬。
【請求項3】
RYR2阻害剤が、カルベジロール又はその塩である請求項2記載のAD予防及び/又は治療薬。
【請求項4】
AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分を有効成分として含有する、ADを予防及び/又は治療するための医薬組成物。
【請求項5】
AD患者iPSC由来神経幹細胞(PSEN1変異)より分化誘導させた神経細胞に試験薬剤を添加してCaイメージング法により細胞内Ca動態を計測することにより、異常Ca波を抑制する成分を見出す、AD予防及び/又は治療薬のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病予防及び/又は治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病(AD)は、認知症の主な原因疾患である。ADの病態機序として、異常アミロイドの沈着やタウタンパク質の沈着による神経細胞の機能障害が提唱されている(非特許文献1)。また、アミロイドβタンパク質(Aβ)のプロセッシングにおいてセクレターゼという酵素が重要な役割を担っており、特に、Aβ前駆体蛋白質(APP)のN末端側を切断する酵素としてβ-セクレターゼ(BACE1)が着目され、β-セクレターゼ(BACE1)阻害剤がAD剤として開発されていたが、いずれも開発中止になっている。また、抗Aβ抗体もいくつか開発されたが、アデュカヌマブが唯一FDAで承認になったにすぎない。
【0003】
一方、ADに関連する遺伝子として多くの遺伝子変異が報告されており、そのうち、てんかんを有するAD患者で報告されていた変異であるpresenilin-1(PSEN1)遺伝子(非特許文献2)の多くの変異は、ADの原因遺伝子であると認識されている(非特許文献3)。しかし、このPSEN1の変異の多くは、大きいAβ42/Aβ40比や多量のAβ産生をもたらさないことが報告されている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J.Neurochem.2016;139:237-252
【非特許文献2】Epilepsy Behav.2011;21(1):20-2.
【非特許文献3】Biol Psychiatry.2015;77(1):43-51
【非特許文献4】PNAS.2017;114(4):E476-E485
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
すなわち、ADの原因遺伝子であると認識されているPSEN1変異がどのようにしてADを引き起こすのかについては、全く知られていない。
そこで、本発明の課題は、AD患者において、PSEN1変異がどのような機序で神経変性症状を引き起こすのかを解明し、さらにその神経変性症状の発症を予防及び/又は治療する手段を見出すことである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、非特許文献4においてAβ42、Aβ40の産生量が少ないと報告されているPSEN1変異を有するAD患者由来iPS細胞(iPSC)由来神経細胞と健常者iPSC由来神経細胞について細胞内Ca動態を計測したところ、AD患者のPSEN1変異神経細胞で健常者神経細胞には見られない異常興奮(異常Ca波)が観察された。そして、PSEN1変異神経細胞における細胞外液からCa除去するとその異常Ca波は消失した。これらのことから、PSEN1変異を有するAD患者においては、細胞内Ca濃度の異常上昇に伴って神経細胞の異常興奮が生じることにより、神経変性症状が発症する可能性が示唆された。
そこで、細胞内におけるCaストアである小胞体内のCa濃度を制御する薬剤を探索するべく、小胞体からのCa流出を制御しているリアノジン受容体1(RYR1)及びリアノジン受容体2(RYR2)、さらには小胞体へのCa流入を制御している小胞体Ca2+ATPアーゼ(SERCA)について検討して、RYR2阻害剤とSERCA阻害剤が神経細胞の異常カルシウム波を抑制する成分であることを確認し、それらがAD予防及び/又は治療薬として有用であることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、次の発明[1]~[14]を提供するものである。
[1]AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分を有効成分とするAD予防及び/又は治療薬。
[2]AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分が、RYR2阻害剤及びSERCA阻害剤から選ばれる成分である[1]記載のAD予防及び/又は治療薬。
[3]RYR2阻害剤が、カルベジロール又はその塩である[2]記載のAD予防及び/又は治療薬。
[4]AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分を有効成分として含有する、ADを予防及び/又は治療するための医薬組成物。
[5]AD予防及び/又は治療薬製造のための、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分の使用。
[6]AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分が、RYR2阻害剤及びSERCA阻害剤から選ばれる成分である[5]記載の使用。
[7]RYR2阻害剤が、カルベジロール又はその塩である[6]記載の使用。
[8]AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分を投与することを特徴とする、AD予防及び/又は治療方法。
[9]AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分が、RYR2阻害剤及びSERCA阻害剤から選ばれる成分である[8]記載の方法。
[10]RYR2阻害剤が、カルベジロール又はその塩である[9]記載の方法。
[11]ADの予防及び/又は治療に用いるための、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分。
[12]AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分が、RYR2阻害剤及びSERCA阻害剤から選ばれる成分である[11]記載の成分。
[13]RYR2阻害剤が、カルベジロール又はその塩である[12]記載の成分。
[14]AD患者iPSC由来神経幹細胞(PSEN1変異)より分化誘導させた神経細胞に試験薬剤を添加してCaイメージング法により細胞内Ca動態を計測することにより、異常Ca波を抑制する成分を見出す、AD予防及び/又は治療薬のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
RYR2阻害剤、SERCA阻害剤など、AD患者の神経細胞における異常Ca波を抑制する成分を用いれば、AD患者の神経細胞における異常Ca波が抑制でき、神経細胞の異常興奮による種々の神経症状が抑制でき、ADの種々の神経症状を予防及び/又は治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】健常者iPSC由来神経幹細胞(WT)とAD患者iPSC由来神経幹細胞(PSEN1 p.A246E)の培養日程を示す。
【
図2】iPSC由来神経幹細胞の神経細胞への分化の確認(免疫染色)結果を示す。培養した神経細胞を抗microtubule associated protein 2(MAP2)抗体(AB5622,Merck Darmstadt,Germany)、抗βIIIチューブリン抗体(T8660,Merck Darmstadt,Germany)で染色し、成熟神経細胞であることを確認した。
【
図3】AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E)での異常Ca波の観察結果を示す。健常者iPSC由来神経細胞(WT)では異常Ca波は観察されなかったのに対し、AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E)では、明確な異常Ca波が観察された。
【
図5】細胞外液からCa
2+を除外したときのAD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E)における異常Ca波の観察結果を示す。
【
図6】SERCA阻害剤であるシクロピアゾン酸(CPA)を20μM添加した結果を示す。
【
図7】健常者iPSC由来神経細胞(WT)のCa信号を示す。
【
図8】AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E)におけるCa波信号を示す。
【
図9】AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.M146L)における異常Ca波信号を示す。
【
図10】AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 L286V)における異常Ca波信号を示す。
【
図11】カルベジロール添加による、AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E)における異常Ca波信号の抑制効果を示す。
【
図12】カルベジロール添加による、AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 M146L)における異常Ca波信号の抑制効果を示す。
【
図13】カルベジロール添加による、AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 L286V)における異常Ca波信号の抑制効果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の一態様は、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分を有効成分とするAD予防及び/又は治療薬である。
また、本発明の他の一態様は、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分を有効成分として含有する、ADを予防及び/又は治療するための医薬組成物である。
また、本発明の他の一態様は、AD予防及び/又は治療薬製造のための、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分の使用である。
さらに、本発明の他の一態様は、ADの予防及び/又は治療に用いるための、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分である。
さらに本発明の他の一態様は、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分を投与することを特徴とする、AD予防及び/又は治療方法である。
【0011】
前述のように、PSEN1変異とADとが注目されており、PSEN1変異のうちA246E変異は、てんかんを有するAD患者で報告された変異である。しかし、このPSEN1のA246E変異は、Aβ42/Aβ40比やAβ産生量に影響しなかったことが報告されている(非特許文献3)ことから、PSEN1の変異とAβの産生とは直接関連していないと考えられた。
そこで、後記実施例に示すように、PSEN1変異と神経細胞の異常との関係を解明するべく、PSEN1変異を有するAD患者由来iPS細胞 (iPSC)より分化させた神経細胞における細胞内Ca動態を計測し、健常者由来神経細胞と比較したところ、PSEN1変異神経細胞で異常興奮(異常Ca波)が観察され、その異常Ca波は細胞外液からのCa除去により消失した。これらのことから、PSEN1変異を有するAD患者においては、細胞内Ca濃度の異常上昇に伴って神経細胞の異常興奮が生じることにより、神経変性症状が発症する可能性が示唆された。
従って、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分は、AD予防及び/又は治療薬の有効成分として有用である。
【0012】
細胞内においては、小胞体がCaストアであることから、小胞体内のCa濃度を制御する薬剤を探索するべく、小胞体からのCa流出を制御しているリアノジン受容体1(RYR1)及びリアノジン受容体2(RYR2)、さらには小胞体へのCa流入を制御しているSERCAについて検討したところ、RYR1阻害剤は神経細胞の異常Ca波を抑制しなかったが、RYR2阻害剤とSERCA阻害剤が特異的に神経細胞の異常カルシウム波を抑制することが判明した。
従って、RYR2阻害剤又はSERCA阻害剤は、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分の好ましい形態であり、AD予防及び/又は治療薬として有用である。
【0013】
本発明に用いられるRYR2阻害剤としては、カルベジロール、プロカイン、テトラカインなどが挙げられるが、カルベジロール又はその塩がより好ましい。
カルベジロールは、アドレナリンαβ受容体遮断薬の一つであり、本態性高血圧症、腎実質性高血圧症、狭心症、虚血性心疾患又は拡張型心筋症に基づく慢性心不全を効能効果とする医薬品として用いられている。しかし、ADとの関係は知られていない。
【0014】
本発明に用いられるSERCA阻害剤としては、シクロピアゾン酸、タプシガルギンなどが挙げられるが、シクロピアゾン酸又はその塩が好ましい。これらの成分とADとの関係は知られていない。
【0015】
本発明のAD予防及び/又は治療薬は、Aβの産生抑制やAβに直接作用する薬剤ではなく、神経細胞の異常Ca波抑制、すなわち神経細胞の異常興奮を抑制して、神経症状を予防又は治療する薬剤である。従って、AD患者の種々の神経症状、認知機能の低下抑制、記憶障害、異常行動障害の進行抑制、過度の興奮性、てんかんなどに有用であると考えられる。
また、特にPSEN1遺伝子の変異を有するAD患者の認知機能の低下抑制、異常行動障害の進行抑制、過度の興奮性の抑制などに有用である。
【0016】
本発明のAD予防及び/又は治療薬は、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分を含有するAD予防及び/又は治療用医薬組成物(以下、本発明の医薬組成物ともいう)である。
本発明の医薬組成物は、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分を含有するものであって、通常は医薬として許容される担体、添加物等を配合して使用される。医薬組成物の投与形態は、特に限定されず、治療目的に応じて適宜選択できる。例えば、経口剤、注射剤、坐剤、軟膏剤、吸入剤、点眼剤、点鼻剤、貼付剤等のいずれでもよい。これらの投与形態に適した医薬組成物は、公知の製剤方法により製造できる。
【0017】
経口用固形製剤を調製する場合は、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分に賦形剤、更に必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤等を加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等を製造することができる。添加剤は、当該分野で一般的に使用されているものでよい。例えば、賦形剤としては、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸等が挙げられる。結合剤としては水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。崩壊剤としては乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖等が挙げられる。滑沢剤としては精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコール等が挙げられる。矯味剤としては白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等が挙げられる。
【0018】
経口用液体製剤を調製する場合は、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分に矯味剤、緩衝剤、安定化剤、矯臭剤等を加えて常法により内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等を製造することができる。矯味剤としては上記に挙げられたものでよく、緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム等が、安定化剤としてはトラガント、アラビアゴム、ゼラチン等が挙げられる。
【0019】
注射剤を調製する場合は、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分にpH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤等を添加し、常法により皮下、筋肉及び静脈内注射剤を製造することができる。pH調製剤及び緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等が挙げられる。安定化剤としてはピロ亜硫酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、チオグリコール酸、チオ乳酸等が挙げられる。局所麻酔剤としては塩酸プロカイン、塩酸リドカイン等が挙げられる。等張化剤としては、塩化ナトリウム、ブドウ糖等が挙げられる。
【0020】
坐剤を調製する場合は、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分に公知の坐剤用担体、例えば、ポリエチレングリコール、ラノリン、カカオ脂、脂肪酸トリグリセライド等、更に必要に応じてツイーン(登録商標)等の界面活性剤等を加えた後、常法により製造することができる。
【0021】
AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分をAD予防及び/又は治療薬として用いる場合、その投与量は、患者の体重、年齢、性別、症状、投与形態及び投与回数等によって異なるが、通常は成人に対して、AD患者の神経細胞の異常Ca波を抑制する成分(特にカルベジロール)として、1日1mg~100mg、好ましくは1.25~50mgの範囲が挙げられる。
投与回数としては、1日1~2回に分けて経口投与に投与することができる。
【0022】
また、本発明の一態様は、AD患者iPSC由来神経幹細胞(PSEN1変異より分化誘導させた神経細胞に試験薬剤を添加してCaイメージング法により細胞内Ca動態を計測することにより、異常Ca波を抑制する成分を見出す、AD予防及び/又は治療薬のスクリーニング方法である。
【0023】
本発明のスクリーニング方法に用いられる細胞は、AD患者iPSC由来神経幹細胞(PSEN1変異)より分化誘導させた神経細胞である。
AD患者iPSC由来神経幹細胞(PSEN1変異)は、PSEN1遺伝子の変異(例えば、A246E変異、M146L変異、L286V変異など)を有するAD患者の体細胞からiPS技術により得られたiPSCを神経幹細胞に分化誘導させた幹細胞であり、例えばAxol Bioscience社(Cambridge,UK)より入手できる。この神経幹細胞から神経細胞への分化誘導は、例えば、神経幹細胞を、NeurOne Supplement A(ax0674a,Axol Bioscience, Cambridge,UK)、NeurOne Supplement B(ax0674b,Axol Bioscience,Cambridge,UK)human Brain-derived neurotrophic factor (BDNF,788904,biolegend, San Diego,USA)、N6,2′-O-dibutyryladenosine 3′,5′-cyclic monophosphate sodium salt(cAMP, D0260,Merck,Darmstadt,Germany)、Ascorbic acid(A5960,Merck,Darmstadt,Germany)などの分化誘導因子を含有する培地で培養することにより得られる。
【0024】
本発明のスクリーニング方法では、前記神経細胞に試験薬剤を添加してCaイメージング法により細胞内Ca動態を計測する。ここで、Caイメージング法による細胞内Ca動態の計測は、カルシウム指示薬(例えばCal520-AM)を培地に添加して、37℃、30分間培養し、Caイメージング装置(例えば、AquaCosmos2.0)を用いて、Caシグナルを測定することにより行うことができる。
得られたCaシグナルを、試験薬剤を添加しなかった場合と対比することにより、試験薬剤が異常Ca波を抑制する成分か否かを判定することができる。
異常Ca波を抑制する成分であると判定された試験薬剤は、AD予防及び/又は治療薬として有用である可能性がある。
【実施例0025】
次に実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0026】
実施例1(PSEN1変異と神経細胞の異常との関係を解明)
健常者iPSC由来神経幹細胞(WT)とAD患者iPSC由来神経幹細胞(PSEN1 p.A246E)を
図1に示す日程で約28日間培養した。
すなわち、iPSC由来神経幹細胞は継代培養後、(1)Neural Plating Medium(ax0033, Axol Bioscience, Cambridge,UK)にY27632を混和させた培養液で細胞播種した。(2)Neural Meintenance Medium(ax0031,Axol Bioscience,Cambridge,UK)+NeurOne Supplement A(ax0674a,Axol Bioscience, Cambridge,UK)を混和させた培養液で1日おきに培地交換する(培養日数1~6日目)。(3)Neural Maturation Basal MediumはNeurobasal-A Mediumに、B-27 supplement(17504044,Thermo Fisher Scientific,Waltham,USA),GlutaMAX(35050061,Thermo Fisher Scientific,Waltham,USA),2-Mercaptoethanol(M3148,Merck,Darmstadt,Germany),ペニシリン/ストレプトマイシンを混和して作製した。作製したNeural Maturation Basal Mediumに、human Brain-derived neurotrophic factor (BDNF,788904,biolegend, San Diego,USA),N6,2′-O-dibutyryladenosine 3′,5′-cyclic monophosphate sodium salt(cAMP, D0260,Merck,Darmstadt,Germany),Ascorbic acid(A5960,Merck,Darmstadt,Germany),NeurOne Supplement B(ax0674b,Axol Bioscience,Cambridge,UK)を混和させた培養液で1日おきに培地交換する(培養日数7~14日目)。(4)Neural Maturation Mediumに、BDNF,cAMP,Ascorbic acidを混和させた培養液で15日目に全量培地交換し、それ以降は1日おきに半量培地交換した。
iPSC由来神経幹細胞の神経細胞への分化の確認(免疫染色)、AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E)での異常Ca波の観察を行った。異常Ca波の観察は、次の条件によるCaイメージングによって行った。
・Ca-indicatorのloading:Cal520-AM(4μM),37℃,30分間
・Caイメージング装置(AquaCosmos2.0,浜松ホトニクス,日本)でCa-signalを測定。
・細胞外液:Tyrode溶液,37℃
【0027】
図2に、iPSC由来神経幹細胞の神経細胞への分化の確認(免疫染色)結果を示す。
培養した神経細胞をMAP2抗体、βIIIチューブリン抗体で染色し、成熟神経細胞であることを確認した。
【0028】
図3に、AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E)での異常Ca波の観察結果を示す。健常者iPSC由来神経細胞(WT)では異常Ca波は観察されなかったのに対し、AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E)では、明確な異常Ca波が観察された。
Ca波形による分類を
図4に示す。
図4から、PSEN1変異を有する神経細胞では健常者由来の神経細胞に比し、有意に、異常Ca興奮波が認められる頻度が高いことがわかる。
細胞外液からCa
2+を除外したときのAD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E)における異常Ca波の観察結果を
図5に示す。
図5より、細胞外液からCa
2+を除外すると異常Ca波は生じない事が判明した。
これらのことから、PSEN1変異を有するAD患者においては、細胞内Ca濃度の異常上昇に伴って神経細胞の異常興奮が生じることにより、神経変性症状が発症する可能性が示唆された。
【0029】
実施例2(小胞体におけるカルシウムポンプ阻害剤の作用)
種々の小胞体におけるカルシウムポンプ阻害剤の、AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E)における異常Ca波の発生に対する影響を検討した。
(1)RYR1阻害剤であるダントロレン30μMを添加したところ、異常Ca波の抑制は観察されなかった。
(2)SERCA阻害剤であるシクロピアゾン酸(CPA)を20μM添加した結果を
図6に示す。その結果、シクロピアゾン酸の添加により、異常Ca波の抑制が観察された。
(3)RYR2阻害剤であるカルベジロール添加による異常Ca波の抑制効果を
図7~
図13に示す。
図7は、健常者由来iPSC由来神経細胞のCa信号を示す。
図8~10は、AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E、M146L、L286V)における異常Ca波信号を示す。
図11~13は、カルベジロール添加による、AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E、L286V、M146V)における異常Ca波信号の抑制効果を示す。
図7~13より、カルベジロールは、AD患者iPSC由来神経細胞(PSEN1 p.A246E、M146L、L286V)における異常Ca波の抑制効果を示すことがわかる。