(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024097480
(43)【公開日】2024-07-19
(54)【発明の名称】外科用インプラントの表面処理方法、及び外科用インプラント
(51)【国際特許分類】
A61F 2/28 20060101AFI20240711BHJP
C23F 4/04 20060101ALI20240711BHJP
【FI】
A61F2/28
C23F4/04
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023000956
(22)【出願日】2023-01-06
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-12-25
(71)【出願人】
【識別番号】000132161
【氏名又は名称】株式会社スギノマシン
(74)【代理人】
【識別番号】110000165
【氏名又は名称】弁理士法人グローバル・アイピー東京
(72)【発明者】
【氏名】松井 大貴
【テーマコード(参考)】
4C097
4K057
【Fターム(参考)】
4C097AA01
4C097AA03
4C097AA10
4C097BB01
4C097CC03
4C097DD10
4K057WA20
4K057WD03
4K057WG08
4K057WM15
4K057WN10
(57)【要約】
【課題】外科用インプラントの微細表面構造を保ちつつ、外科用インプラントの疲労強度を向上させる、外科用インプラントの表面処理方法を提供する。
【解決手段】付加製造されて完全溶け込み部52aと溶け込み不完全領域52bとを有する微細表面構造51を有する外科用インプラント3を処理液内に設置し、処理液中に沈めたノズル15が処理液のキャビテーション噴流を外科用インプラント3に噴射して、外科用インプラント3の表面に残存する溶け込み不完全領域52bを除去し、外科用インプラント3の表面に圧縮残留応力を付与する、外科用インプラント3の表面処理方法。
【選択図】
図4D
【特許請求の範囲】
【請求項1】
付加製造されて完全溶け込み部と溶け込み不完全領域とを有する微細表面構造を有する外科用インプラントを処理液内に設置し、
前記処理液中に沈めたノズルが前記処理液のキャビテーション噴流を前記外科用インプラントに噴射して、前記外科用インプラントの表面に残存する前記溶け込み不完全領域を除去し、前記外科用インプラントの表面に圧縮残留応力を付与する、
外科用インプラントの表面処理方法。
【請求項2】
前記微細表面構造は、多孔質体構造、繊維構造又は微細球状構造である、
請求項1に記載の外科用インプラントの表面処理方法。
【請求項3】
前記微細球状構造は、
球状部と、
基材と、
前記球状部と前記基材とを接続する基部と、
を有し、
前記溶け込み不完全領域における前記基部は、前記球状部の直径の70%以下である、
請求項2に記載の外科用インプラントの表面処理方法。
【請求項4】
前記外科用インプラントは、生体不活性金属である、
請求項1~3のいずれかに記載の外科用インプラントの表面処理方法。
【請求項5】
前記生体不活性金属は、純チタン又はチタン合金である、
請求項4に記載の外科用インプラントの表面処理方法。
【請求項6】
前記ノズルは、50MPa~70MPaで前記処理液を噴出する、
請求項1~5のいずれかに記載の外科用インプラントの表面処理方法。
【請求項7】
付加製造されて微細表面構造を有する、純チタン又はチタン合金製の外科用インプラントであって、X線応力測定法(cosα法)によって計測される表面残留応力が負の値である、外科用インプラント。
【請求項8】
X線応力測定法(cosα法)によって計測される表面残留応力が-20MPa~-200MPaである、
請求項7に記載の外科用インプラント。
【請求項9】
前記微細表面構造は、多孔質体構造、繊維構造又は微細球状構造である、
請求項7又は8に記載の外科用インプラント。
【請求項10】
前記微細球状構造の破壊痕であるディンプルを有する、
請求項9に記載の外科用インプラント。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外科用インプラントの表面処理方法、及び外科用インプラントに関する。
【背景技術】
【0002】
付加製造によって生産された外科用インプラントの表層に、溶け込み不完全領域が残存する場合がある。また、生体内に埋め込まれた外科用インプラントが、破断、加工硬化、疲労、腐食によって破壊される場合がある(塙、チタンの生体適合性-チタンの何が優れているのか、軽金属第62巻第7号(2012)、pp285-290)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
望ましくは、外科用インプラントは、微細表面構造を有する。
本発明は、外科用インプラントの微細表面構造を保ちつつ、外科用インプラントの疲労強度を向上させる、外科用インプラントの表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明の第1の観点は、
付加製造されて完全溶け込み部と溶け込み不完全領域とを有する微細表面構造を有する外科用インプラントを処理液内に設置し、
前記処理液中に沈めたノズルが前記処理液のキャビテーション噴流を前記外科用インプラントに噴射して、前記外科用インプラントの表面に残存する前記溶け込み不完全領域を除去し、前記外科用インプラントの表面に圧縮残留応力を付与する、
外科用インプラントの表面処理方法である。
【0005】
本発明の第2の観点は、
付加製造されて微細表面構造を有する、純チタン又はチタン合金製の外科用インプラントであって、X線応力測定法(cosα法)によって計測される表面残留応力が負の値である、外科用インプラントである。
【0006】
外科用インプラントは、例えば、人口骨、人工関節、人工椎体、椎体プレートである。生体不活性金属は、例えば、純チタン、チタン合金、コバルトクロム合金又はステンレス鋼である。チタン合金は、例えば、Ti-6Al-4V合金、Ti-6Al-7Nb合金、Ti-15Mo-5Z4-3Al合金である。
【0007】
溶け込み不完全領域は、外科用インプラントの表面に形成される。溶け込み不完全領域は、外科用インプラントと同一の材料で形成される。溶け込み不完全領域は、例えば、金属粒子である。溶け込み不完全領域の一部は、外科用インプラントと一体となる。溶け込み不完全領域は、製造欠陥を含む。
微細球状構造の内、基部が狭いとは、例えば、基部の最も狭い部分の直径が、球状部の直径の70%以下であることをいう。
【0008】
付加製造方法は、例えば、3Dプリント、溶射による積層造形である。付加製造によって生産される外科用インプラントの表面は、引張残留応力を有する。
【0009】
外科用インプラントを処理液中に浸漬し、処理液中に浸漬したノズルから処理液を噴射する。このとき、処理液の噴流の周囲における圧力差によって、キャビテーションが発生する。処理液は、純水や、防錆剤を含む水溶液である。防錆剤は、例えば、アミン類、アミン塩である。キャビテーション処理では、液体の流れの中で圧力がごく短時間だけ飽和蒸気圧よりも低くなったときに、微小な気泡核を核として液体の沸騰や溶存気体の遊離によって微細な気泡が多数生ずる。この気泡が噴流の勢いで外科用インプラントに衝突する。気泡が膨張と収縮を繰り返して小さくなる。この気泡が窪み、微小ジェット流が発生し、気泡が分裂し、消滅する。微小ジェット流によって、外科用インプラントの表面を壊食する。また、外科用インプラントの表面に圧縮残留応力を付与する。キャビテーションにより、外科用インプラントの表面の溶け込み不完全領域を除去する。キャビテーションによって発生した気泡を含む噴流を、キャビテーション噴流という。
【発明の効果】
【0010】
本発明の外科用インプラントの表面処理方法によれば、外科用インプラントの微細表面構造を保ちつつ、外科用インプラントの疲労強度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態の外科用インプラントの製造方法を示すフローチャート
【
図2】実施形態の外科用インプラントの微細球状構造の模式図
【
図3】実施形態の外科用インプラントのピーニング処理装置
【
図4A】実施例の外科用インプラントの噴射処理前のSEM写真(50倍)
【
図4B】実施例の外科用インプラントの噴射処理前のSEM写真(250倍)
【
図4C】実施例の外科用インプラントの噴射処理後のSEM写真(50倍)
【
図4D】実施例の外科用インプラントの噴射処理後のSEM写真(250倍)
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1に示すように、本実施形態の外科用インプラント3の製造方法は、まず、外科用インプラントを付加製造(AM:Additive Manufacturing)する(ステップS1)。次に、外科用インプラントを熱処理する(ステップS2)。そして、外科用インプラントをキャビテーション噴流処理する(ステップS3)。
【0013】
ステップS1において、付加製造は、例えば、3Dプリント、溶射によって行われる。3Dプリントは、例えば、粉末床溶融結合(PBF:Powder Bed Fusion)である。付加製造された外科用インプラントは、引張残留応力を有する。
外科用インプラントは、微細表面構造を有する。表面構造は、大規模構造と微細構造とからなる。大規模構造は、0.1mm~1mmオーダーのサイズを有する。大規模構造は、成形パターン形状として、規則的に繰り返し配列される。微細構造は、1μm~10μmオーダーのサイズを有する。微細表面構造は、例えば、微細球状構造、多孔質体構造、繊維構造である。微細表面構造は、ランダムに表れる。
【0014】
図2に示すように、PBFで製造された外科用インプラント3は、微細球状構造52を有する。微細球状構造52は、成型時のパウダーベッドを構成するパウダーの形状が、成形表面に現れたものである。微細球状構造52は、完全溶け込み部52aと、溶け込み不完全領域52bと、を有する。微細球状構造52は、球状部521と、基部522と、基材523と、を有する。完全溶け込み部52aの基部522は、広い。そのため、完全溶け込み部52aの基部522は、しっかりと基材523に付着する。溶け込み不完全領域52bの基部522は、完全溶け込み部52aの基部522よりも狭い。そのため、溶け込み不完全領域52bの基部522と基材523との接続は弱い。溶け込み不完全領域52bの基部522の最も細い部分の直径は、球状部521の直径の概ね70%以下である。
【0015】
ステップS2において、真空熱処理法や、熱間等方圧加工法(HIP:Hot Isostatic Pressing)によって、外科用インプラントは熱処理される。
付加製造された外科用インプラント3を真空熱処理法によって処理すると、外科用インプラントの表面の酸化を抑制して、焼き戻し、焼鈍、溶体化、時効処理できる。
付加製造された外科用インプラント3をHIP法によって処理すると、外科用インプラント3の残留空孔を除去できる。これにより、外科用インプラント3が緻密化する。また、HIP法により、外科用インプラント3に残留応力を付与できる。例えば、チタン系の外科用インプラント3に対しては、5MPa~20MPaの残留応力(引張応力)が付与される。
なお、ステップS2は、省いても良い。
【0016】
図3は、外科用インプラント3の液中キャビテーション噴流によるピーニング処理装置10を示す。ピーニング処理装置10は、処理槽11と、ポンプ13と、ノズル15と、ロボット(ノズル移動装置)16と、圧力検出器17と、を有する。
処理槽11は、上方に開口を有する。処理槽11は、好ましくは、800mm~1m程度の深さを有する。処理槽11は、処理液を貯留する。処理液は、純水や、防錆剤を含む水溶液である。
【0017】
ノズル15は、キャビテーションを発生させる。ノズル15は、例えば、特開2006-122834号公報、特開2014-64979号公報に公開される。ノズル15は、ポンプ13と接続される。ノズル15は、ロボット16に配置される。噴射時において、ノズル15は、処理槽11の内部に配置される。例えば、ノズル15は、液面から深さD1の距離で、下方向きに位置する。ノズル深さD1は、例えば、100mm~700mmである。
【0018】
ロボット16は、例えば、直交軸ロボット、垂直多関節ロボット、水平多関節ロボット、パラレルリンクロボットである。ロボット16は、外科用インプラント3に対して相対的に、ノズル15の姿勢や位置を自在に変更する。
なお、ノズル15を固定し、ロボット16が、外科用インプラント3の位置や姿勢を変更しても良い。
【0019】
ポンプ13は、ピストンポンプやギヤポンプである。ポンプ13の吐出圧力は、例えば、10MPa~70MPaである。
圧力検出器17は、ノズル15から噴射する処理液の圧力を測定する。噴射圧力は、噴射時の圧力である。
外科用インプラント3は、処理槽11内に設置され、処理液内に浸漬される。液面から外科用インプラント3の表面までの距離を浸漬深さD2とする。浸漬深さD2は、例えば、300mm~900mmである。
【0020】
ステップS3において、ロボット16は、外科用インプラント3に向けてノズル15を移動させる。そして、ノズル15は、キャビテーション噴流を外科用インプラント3に衝突させる。
なお、外科用インプラント3の強度が低い場合や、外科用インプラント3へ付与する圧縮残留応力の目標値が小さい場合、キャビテーション噴流を外科用インプラント3に直接衝突させずに、外科用インプラント3の近傍や、外科用インプラント3を囲う壁面に衝突させても良い。
【0021】
ノズル15から噴出された噴流は、キャビティの発生を促進する。キャビティは、流体の流れの中で圧力差により短時間に発生し、消滅する微細気泡である。キャビティは、噴流に乗って外科用インプラント3の周囲に導入される。キャビティの消滅時に局所的に流体が勢いよく流れて外科用インプラント3の表面に衝突し、ピーニング処理される。外科用インプラント3にキャビテーション噴流を衝突させることによるピーニング処理(以下、キャビテーションピーニング)を行うと、外科用インプラント3の表面に残留圧縮応力が与えられる。外科用インプラント3に与えられる残留圧縮応力は、材質によって変化するが、形状による影響は小さい。例えば、純チタンやチタン合金の外科用インプラント3の表面の残留圧縮応力は、-20MPa~-200MPaである。キャビテーションピーニングは、材質の深くまで残留応力を与えることができる。
キャビテーション噴流によって、溶け込み不完全領域52bが除去される。このとき、球状部521が破断し、基部522が残留する場合がある。また、基材523や基部522にディンプルが形成される。
【0022】
付加製造された外科用インプラント3に、ショットピーニング処理が行われる場合がある(例えば、特表2017-520282号公報)。例えば、チタン合金の外科用インプラント3に、チタンビーズによるショットピーニングを行うと、微細表面構造が殆ど失われる。この場合、多孔質体構造が潰れる場合がある。また、ほとんどの微細球状構造が失われる。
【0023】
これに対して、外科用インプラント3にキャビテーションピーニングを行う場合、微細表面構造の大部分が保持される。そして、キャビテーションピーニングにより、外科用インプラント3に大きな圧縮残留応力が与えられる。キャビテーションピーニングは、外科用インプラント3の表面から1mm程度の深さまで、圧縮残留応力を与える。
外科用インプラント3は、複雑な形状を有する。キャビテーションピーニングによれば、キャビティは、ノズル15から見て外科用インプラント3の裏面や、外科用インプラント3の内部まで浮遊する。キャビティが消滅するときに、外科用インプラント3の表面がピーニングされる。そのため、外科用インプラント3の表面構造の細部や、ノズル15から見て外科用インプラント3の裏面についても、残留応力が付与される。
【0024】
本実施形態によれば、外科用インプラント3の微細表面構造が保持されるため、硬組織適合性が適度に維持される。また、外科用インプラント3の表面に圧縮残留応力が加えられるため、外科用インプラントの疲労強度が向上する。
【実施例0025】
パウダーベッド方式による積層造形によりTi-6Al-4V合金の外科用インプラント3を製造する。製造した外科用インプラント3に、圧力2.7Pa以下(絶対圧)、800℃、処理時間2hで真空熱処理を行った。熱処理済みの外科用インプラント3に、次の条件で液中噴射処理を行った。
ノズル:拡大ノズル
処理液:VP-W(商品名、株式会社ネオス製、原液成分;トリエタノールアミン3~10%、有機酸アミン塩類5~15%、無機塩類10~20%、防食剤10~20%、水45~55%)の3%希釈液
ノズル15の浸漬深さD1:450mm
外科用インプラント3の浸漬深さD2:530mm
ノズル15の設置方向:鉛直下向き
ノズル15の移動速度:5mm/s
噴射圧力:50MPa
噴射流量:18L/min
【0026】
液中噴射前後の人工椎間板の表面微細構造を走査型電子顕微鏡(SEM)によって撮影した。SEMは、日本電子株式会社製走査型電子顕微鏡JCM-5700を利用した。また、液中噴射前後の外科用インプラントの表面残留応力を、X線応力測定法(cosα法)によって測定した。X線応力測定装置は、パルステック工業μ-X360sポータブル型X線残留応力測定装置を利用した。残留応力は、外科用インプラント3の複数の特定の部位について測定した。
【0027】
図4A、
図4Bに示すように、液中噴射前の外科用インプラント3aは、多孔質体構造51と、微細球状構造52を有する。微細球状構造52は、多孔質体構造51の表面に形成される。微細球状構造52は、完全溶け込み部52aと、溶け込み不完全領域52bとを有する。
【0028】
図4C、
図4Dに示すように、液中噴射後の外科用インプラント3bは、多孔質体構造51と、微細球状構造52と、ディンプル53を有する。液中噴射処理により、多孔質体構造51は、潰れることなく、多孔質体構造51の構造が保持される。本実施例においては、多孔質体構造51の構造は、完全に保持されている。ディンプル53は、外科用インプラント3bの表面に現れる。ディンプル53は、溶け込み不完全領域52bが除去された破壊痕である。
液中噴射後の外科用インプラント3bに残留した微細球状構造52の基部522の直径は、球状部521の直径の約70%以上であった。
【0029】
キャビテーション噴流処理前における外科用インプラント3aの表面応力は、42MPであった。キャビテーション噴流処理前は、積層造形によって引張応力(正の値)が与えられていた。
キャビテーション噴流処理後における外科用インプラント3bの表面応力は、-141MPであった。キャビテーション噴流によるピーニング効果によって、圧縮応力(負の値)が与えられたことが確認された。
【0030】
本発明は前述した実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であり、特許請求の範囲に記載された技術思想に含まれる技術的事項の全てが本発明の対象となる。前記実施形態は、好適な例を示したものであるが、当業者ならば、本明細書に開示の内容から、各種の代替例、修正例、変形例あるいは改良例を実現することができ、これらは添付の特許請求の範囲に記載された技術的範囲に含まれる。
付加製造されて微細表面構造を有する、純チタン又はチタン合金製の外科用インプラントであって、X線応力測定法(cosα法)によって計測される表面残留応力が負の値である、外科用インプラント。