(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024097644
(43)【公開日】2024-07-19
(54)【発明の名称】焼鈍酸洗鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23G 3/02 20060101AFI20240711BHJP
C23G 1/08 20060101ALI20240711BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20240711BHJP
C22C 38/02 20060101ALI20240711BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240711BHJP
【FI】
C23G3/02
C23G1/08
C22C38/00 301R
C22C38/02
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023001238
(22)【出願日】2023-01-06
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 寛将
【テーマコード(参考)】
4K053
【Fターム(参考)】
4K053PA02
4K053PA12
4K053QA01
4K053RA16
4K053RA19
4K053SA06
4K053TA04
4K053TA16
4K053TA17
4K053TA18
4K053TA19
4K053XA11
4K053XA24
4K053YA02
4K053YA03
(57)【要約】
【課題】表面外観品質に優れる焼鈍酸洗鋼板を継続的に安定して製造することが可能な、焼鈍酸洗鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】酸化性の第1の酸と非酸化性の第2の酸とを含む混酸液を収容する酸洗槽20に焼鈍鋼板S2を通板して、混酸液で焼鈍鋼板S2を酸洗する酸洗工程では、酸洗槽20と循環タンク30との間で混酸液を循環させ、混酸液と焼鈍鋼板との反応熱による混酸液の温度上昇を抑制するために冷却設備26により混酸液を冷却する。また、スプレーノズル32から焼鈍鋼板S2に吹きかけられた水が酸洗槽20に混入することで、混酸液中の第1の酸及び第2の酸の濃度が低下した際に、第1原液タンク40及び第2原液タンク50から、循環タンク30に第1の酸の原液及び第2の酸の原液を供給する。この原液供給と同期して、冷却設備26の出力を一時的に増加させて、第1の酸の原液及び第2の酸の原液の溶解熱による混酸液の温度上昇を抑制する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷延鋼板を焼鈍炉内に通板させて、前記焼鈍炉内で前記冷延鋼板を焼鈍して、焼鈍鋼板を得る焼鈍工程と、
前記焼鈍炉から排出された前記焼鈍鋼板を、酸化性の第1の酸と非酸化性の第2の酸とを含む混酸液を収容する酸洗槽に通板して、前記混酸液で前記焼鈍鋼板を酸洗する酸洗工程と、
前記酸洗槽から排出された前記焼鈍鋼板に、前記酸洗槽の上方に位置するスプレーノズルから水を吹きかけるスプレー工程と、
その後、前記焼鈍鋼板を非酸化性の第3の酸を含む酸液を収容する再酸洗槽に通板して、前記酸液で前記焼鈍鋼板を再酸洗する再酸洗工程と、
を連続的に行って、焼鈍酸洗鋼板を連続的に製造する方法であって、
前記酸洗工程では、
前記酸洗槽と循環タンクとの間で前記混酸液を循環させ、
前記混酸液と前記焼鈍鋼板との反応熱による前記混酸液の温度上昇を抑制するために、前記酸洗槽と前記循環タンクとの間に設けた冷却設備により前記混酸液を冷却し、
前記スプレー工程で前記焼鈍鋼板に吹きかけられた水が前記酸洗槽に混入することで、前記混酸液中の前記第1の酸及び前記第2の酸の濃度が低下した際に、前記第1の酸の原液及び前記第2の酸の原液をそれぞれ収容する第1原液タンク及び第2原液タンクから、前記循環タンクに前記第1の酸の原液及び前記第2の酸の原液を供給する原液投入工程を行い、
前記原液投入工程の実施と同期して、前記冷却設備の出力を一時的に増加させて、前記第1の酸の原液及び前記第2の酸の原液の溶解熱による前記混酸液の温度上昇を抑制する冷却強化工程を行うことを特徴とする、焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記冷却強化工程では、
前記冷却設備の下流に設けた温度計で前記混酸液の温度を測定し、
前記原液投入工程の実施後に、前記温度計で測定された前記混酸液の温度と前記混酸液の目標温度との差を補償するように、前記冷却設備の出力を一時的に増加させる、請求項1に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記冷却強化工程では、
前記原液投入工程の実施から前記溶解熱による前記混酸液の温度上昇開始までの時間と、前記原料投入工程における前記第1の酸の原液及び前記第2の酸の原液の投入量から計算される溶解熱による前記混酸液の温度上昇量と、を予測し、
前記溶解熱による前記混酸液の温度上昇を相殺するように、前記冷却設備の出力を一時的に増加させる、請求項1に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記第1の酸が硝酸である、請求項1~3のいずれか一項に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記第2の酸が、塩酸、硫酸、リン酸、ピロリン酸、ギ酸、酢酸、クエン酸、弗酸、及びシュウ酸から選択される一種以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記第3の酸が、塩酸、硫酸、リン酸、ピロリン酸、ギ酸、酢酸、クエン酸、弗酸、及びシュウ酸から選択される一種以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記冷延鋼板が、Siを0.50~3.00質量%含有する成分組成を有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記成分組成が、質量%で、C:0.03~0.45%、Si:0.50~3.00%、Mn:0.5~5.0%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、Al:0.001~0.060%、及びN:0.005%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である、請求項7に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記成分組成が、質量%で、B:0.005%以下、Cu:1.00%以下、Nb:0.050%以下、Ti:0.080%以下、V:0.5%以下、Mo:1.00%以下、Cr:1.000%以下、及びNi:1.00%以下のうちから選ばれる少なくとも1種をさらに含有する、請求項8に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷延鋼板を焼鈍、酸洗、及び再酸洗して、焼鈍酸洗鋼板を連続的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保護の観点から、自動車の燃費向上及び衝突安全性の向上が強く求められており、自動車車体の軽量化及び高強度化が求められている。これらの要求に応えるため、自動車部材の素材となる冷延鋼板を高強度化し、薄肉化(軽量化)することで、自動車車体の軽量化と高強度化を同時に達成することが積極的に推し進められている。しかし、自動車部材の多くは、冷延鋼板を成形加工して製造されていることから、その素材となる冷延鋼板には、高い強度に加えて、優れた成形性も求められている。
【0003】
成形性を大きく損なわずに冷延鋼板を高強度化する手段として、Si添加による固溶強化法が挙げられる。しかし、冷延鋼板に多量のSiを添加した場合には、冷間圧延後の焼鈍時に、鋼板表面にSiO2やSi-Mn系複合酸化物等のSi含有酸化物が多量に形成されるため、化成処理性及び塗装後耐食性に劣る。
【0004】
この問題を解決する技術として、特許文献1には、冷延鋼板を焼鈍して焼鈍鋼板を得る工程と、前記焼鈍鋼板を、硝酸等の酸化性の酸と、塩酸、弗酸等の非酸化性の酸とを含む混酸液に浸漬して酸洗する酸洗工程と、その後、前記焼鈍鋼板を、塩酸、硫酸等の非酸化性の酸を含む酸液に浸漬して再酸洗する再酸洗工程と、を連続的に行って、焼鈍酸洗鋼板を連続的に製造する方法が記載されている。この方法は、酸洗工程で、連続焼鈍により生成した鋼板表面のSi含有酸化物を除去し、再酸洗工程で、酸洗工程で発生した鉄系酸化物を除去するものであり、これにより、化成処理性及び塗装後耐食性に優れる焼鈍酸洗鋼板を製造することができる。
【0005】
このような二段階酸洗における酸洗工程(1段階目の酸洗)では、特許文献2(
図1参照)に示すように、酸洗槽と循環タンクとの間で混酸液を循環させつつ、焼鈍鋼板を酸洗槽に通板して、混酸液で焼鈍鋼板を酸洗する。その際、混酸液と焼鈍鋼板との反応熱による混酸液の温度上昇を抑制するべく、循環する混酸液を冷却設備(熱交換器)で冷却する。しかしながら、以下のような問題があった。すなわち、時間が経つにつれて冷延鋼板から徐々にFeが溶出することで混酸液中のFe濃度が上昇する。それに伴い、酸洗速度が増加し、発生する反応熱が冷却設備の能力を超えることで混酸液の温度が上昇し、これが原因で、製造される焼鈍酸洗鋼板の表面外観品質が劣化するのである。そこで特許文献2では、混酸液中のFe濃度が上昇するほど、混酸液中の酸化性の酸の濃度を低く、非酸化性の酸の濃度を高く変更している。これにより、酸洗速度を落とし、反応熱による混酸液の温度上昇を冷却設備で十分に抑制可能とすることで、混酸液を所定の温度範囲に維持し、表面外観品質に優れる焼鈍酸洗鋼板を継続的に製造することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012-132092号公報
【特許文献2】国際公開2017/007036号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、本発明者がさらに検討を進めたところ、上記のように混酸液と焼鈍鋼板との反応熱による混酸液の温度上昇を抑制するために、一定の出力で冷却設備を稼働させるのみでは、表面外観品質に優れる焼鈍酸洗鋼板を継続的に安定して製造することができない場合があることが判明した。
【0008】
そこで本発明は、上記課題に鑑み、表面外観品質に優れる焼鈍酸洗鋼板を継続的に安定して製造することが可能な、焼鈍酸洗鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決すべく、本発明者が鋭意検討を進めたところ、以下の知見を見出した。すなわち、近年、上記のような二段階酸洗では、酸洗工程と再酸洗工程との間で、焼鈍鋼板が酸洗槽から引き上げられた直後に、焼鈍鋼板上の混酸液の乾きによる変色を防止する目的で、焼鈍鋼板に水を吹きかけて水濡れ状態にするスプレー工程を行うことがある。この場合、スプレーノズルが酸洗槽の上方に位置するため、焼鈍鋼板に吹きかけられた水が酸洗槽に混入することによって、混酸液中の酸が薄まり、酸濃度が徐々に低下してしまう。そこで、混酸液中の酸濃度を適正範囲に維持するために、酸洗工程の実施中に、混酸液中の酸濃度がある程度低下したタイミングで間欠的に、酸濃度の高い酸液(原液)を循環タンクに供給して混酸液に添加する原液投入工程を行う。この原液投入工程の実施直後に酸洗工程が行われて製造された焼鈍酸洗鋼板は、表面外観品質に劣ることが分かった。この原因は、原液投入直後に、酸原液の溶解熱によって混酸液の一時的な温度上昇が生じることである。混酸液と焼鈍鋼板との反応熱による混酸液の温度上昇を抑制するために、一定の出力で冷却設備を稼働させるのみでは、この溶解熱による混酸液の一時的な温度上昇を抑制することができず、実際には混酸液を好適温度範囲に常に維持することができないのである。混酸液の温度が好適温度範囲を超えると、鋼板に過剰な酸洗を施すことになる。この過酸洗が発生すると、鋼板表面における鉄粉付着による汚れや押疵が発生し、表面外観品質が損なわれる。
【0010】
そこで本発明者は、原液投入工程の実施と同期して、冷却設備の出力を一時的に増加させて混酸液の冷却強化を行うことを想到した。これにより、酸原液の溶解熱による混酸液の一時的な温度上昇を抑制することができ、混酸液を常に好適温度範囲に維持することができる。その結果、過酸洗を抑え、表面外観品質に優れる焼鈍酸洗鋼板を継続的に安定して製造することができることが分かった。
【0011】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨構成は、以下のとおりである。
[1]冷延鋼板を焼鈍炉内に通板させて、前記焼鈍炉内で前記冷延鋼板を焼鈍して、焼鈍鋼板を得る焼鈍工程と、
前記焼鈍炉から排出された前記焼鈍鋼板を、酸化性の第1の酸と非酸化性の第2の酸とを含む混酸液を収容する酸洗槽に通板して、前記混酸液で前記焼鈍鋼板を酸洗する酸洗工程と、
前記酸洗槽から排出された前記焼鈍鋼板に、前記酸洗槽の上方に位置するスプレーノズルから水を吹きかけるスプレー工程と、
その後、前記焼鈍鋼板を非酸化性の第3の酸を含む酸液を収容する再酸洗槽に通板して、前記酸液で前記焼鈍鋼板を再酸洗する再酸洗工程と、
を連続的に行って、焼鈍酸洗鋼板を連続的に製造する方法であって、
前記酸洗工程では、
前記酸洗槽と循環タンクとの間で前記混酸液を循環させ、
前記混酸液と前記焼鈍鋼板との反応熱による前記混酸液の温度上昇を抑制するために、前記酸洗槽と前記循環タンクとの間に設けた冷却設備により前記混酸液を冷却し、
前記スプレー工程で前記焼鈍鋼板に吹きかけられた水が前記酸洗槽に混入することで、前記混酸液中の前記第1の酸及び前記第2の酸の濃度が低下した際に、前記第1の酸の原液及び前記第2の酸の原液をそれぞれ収容する第1原液タンク及び第2原液タンクから、前記循環タンクに前記第1の酸の原液及び前記第2の酸の原液を供給する原液投入工程を行い、
前記原液投入工程の実施と同期して、前記冷却設備の出力を一時的に増加させて、前記第1の酸の原液及び前記第2の酸の原液の溶解熱による前記混酸液の温度上昇を抑制する冷却強化工程を行うことを特徴とする、焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【0012】
[2]前記冷却強化工程では、
前記冷却設備の下流に設けた温度計で前記混酸液の温度を測定し、
前記原液投入工程の実施後に、前記温度計で測定された前記混酸液の温度と前記混酸液の目標温度との差を補償するように、前記冷却設備の出力を一時的に増加させる、上記[1]に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【0013】
[3]前記冷却強化工程では、
前記原液投入工程の実施から前記溶解熱による前記混酸液の温度上昇開始までの時間と、前記原料投入工程における前記第1の酸の原液及び前記第2の酸の原液の投入量から計算される溶解熱による前記混酸液の温度上昇量と、を予測し、
前記溶解熱による前記混酸液の温度上昇を相殺するように、前記冷却設備の出力を一時的に増加させる、上記[1]に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【0014】
[4]前記第1の酸が硝酸である、上記[1]~[3]のいずれか一項に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【0015】
[5]前記第2の酸が、塩酸、硫酸、リン酸、ピロリン酸、ギ酸、酢酸、クエン酸、弗酸、及びシュウ酸から選択される一種以上である、上記[1]~[4]のいずれか一項に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【0016】
[6]前記第3の酸が、塩酸、硫酸、リン酸、ピロリン酸、ギ酸、酢酸、クエン酸、弗酸、及びシュウ酸から選択される一種以上である、上記[1]~[5]のいずれか一項に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【0017】
[7]前記冷延鋼板が、Siを0.50~3.00質量%含有する成分組成を有する、上記[1]~[6]のいずれか一項に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【0018】
[8]前記成分組成が、質量%で、C:0.03~0.45%、Si:0.50~3.00%、Mn:0.5~5.0%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、Al:0.001~0.060%、及びN:0.005%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である、上記[7]に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【0019】
[9]前記成分組成が、質量%で、B:0.005%以下、Cu:1.00%以下、Nb:0.050%以下、Ti:0.080%以下、V:0.5%以下、Mo:1.00%以下、Cr:1.000%以下、及びNi:1.00%以下のうちから選ばれる少なくとも1種をさらに含有する、上記[8]に記載の焼鈍酸洗鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明の焼鈍酸洗鋼板の製造方法によれば、表面外観品質に優れる焼鈍酸洗鋼板を継続的に安定して製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態における焼鈍酸洗設備100の模式図である。
【
図2】比較例における、原液投入後の混酸液温度及び冷却設備出力の経時変化を示す模式的なグラフである。
【
図3】発明例1における、原液投入後の混酸液温度及び冷却設備出力の経時変化を示す模式的なグラフである。
【
図4】発明例2における、原液投入後の混酸液温度及び冷却設備出力の経時変化を示す模式的なグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の一実施形態による焼鈍酸洗鋼板の製造方法は、以下に詳細に説明する焼鈍工程、酸洗工程、スプレー工程、及び再酸洗工程を連続的に行って、焼鈍酸洗鋼板を連続的に製造する。
【0023】
本実施形態において、焼鈍工程、酸洗工程、及び再酸洗工程は、例えば
図1に示す焼鈍酸洗設備100によって、同一ラインで連続的に行われる。
図1に例示する焼鈍酸洗設備100は、連続焼鈍炉(Continuous Annealing Line:CAL)10と、酸化性の第1の酸と非酸化性の第2の酸とを含む混酸液を収容する酸洗槽20と、非酸化性の第3の酸を含む酸液を収容する再酸洗槽80と、水を収容するリンス槽90と、を鋼板の進行方向の上流から下流に向かってこの順に有する。複数のロール92を含む通板設備は、鋼板を連続焼鈍炉10と上記3つの槽に順次通板させることができる。
【0024】
[焼鈍工程]
図1を参照して、焼鈍工程では、冷延鋼板S1を連続焼鈍炉10内に通板させて、連続焼鈍炉10内で冷延鋼板S1を焼鈍して、焼鈍鋼板S2を得る。焼鈍工程は、冷延鋼板S1に所望の組織、強度、及び加工性を付与するために行われる。焼鈍炉10は、複数の領域を有してもよく、
図1の例では、通板方向の上流から順に、加熱帯12、均熱帯14、及び冷却帯16を有する。連続焼鈍炉の構成は
図1に限定されず、例えば、加熱帯12の上流に予熱帯があってもよく、冷却帯16が複数の冷却帯を含んでもよく、冷却帯16の下流に過時効帯があってもよい。
【0025】
加熱帯12では、バーナーを用いて、冷延鋼板S1を直接加熱することや、ラジアントチューブ(RT)又は電気ヒーターを用いて、冷延鋼板S1を間接加熱することができる。加熱帯12の内部の平均温度は500~800℃とすることが好ましい。加熱帯12には、均熱帯14からのガスが流れ込むと同時に、別途非酸化性又は還元性のガスが供給される。非酸化性のガスとしては、例えばN2ガスが用いられ、還元性ガスとしては、例えばH2-N2混合ガスが用いられる。加熱帯12の露点は、-50~20℃の範囲内とすることが好ましい。
【0026】
均熱帯14では、ラジアントチューブ(RT)を用いて、冷延鋼板S1を間接加熱することができる。均熱帯14の内部の平均温度(均熱温度)は600~950℃とすることが好ましい。均熱帯14には非酸化性又は還元性のガスが供給される。非酸化性のガスとしては、例えばN2ガスが用いられ、還元性ガスとしては、例えばH2-N2混合ガスが用いられる。均熱帯14の露点は、-50~20℃の範囲内とすることが好ましい。
【0027】
冷却帯16では、冷延鋼板S1が冷却される。冷延鋼板S1は、連続焼鈍炉10を出る段階で100~400℃程度にまで冷却される。
【0028】
[酸洗工程]
図1を参照して、酸洗工程では、連続焼鈍炉10から排出された焼鈍鋼板S2を、酸化性の第1の酸と非酸化性の第2の酸とを含む混酸液(混酸水溶液)を収容する酸洗槽20に通板して、混酸液で焼鈍鋼板S2を酸洗する。
図1では、第1の酸として硝酸を採用し、第2の酸として塩酸を採用して、酸洗槽20が硝塩酸を収容する例を示した。
【0029】
上記のとおり、焼鈍工程では、雰囲気ガスとして非酸化性又は還元性のガスが用いられ、その露点は厳格に管理されている。そのため、合金添加量の少ない一般冷延鋼板では、鋼板表面の酸化は抑制されている。しかし、Feよりも易酸化性元素であるSiやMnを含む冷延鋼板の場合、焼鈍時の雰囲気ガスの成分や露点を厳格に管理しても、SiやMnが選択酸化されて、鋼板表面にSi酸化物(SiO2)やSi-Mn系複合酸化物等のSi含有酸化物が形成される。すなわち、焼鈍鋼板S2の表層がSi含有酸化物層となり、これが化成処理性及び塗装後耐食性の劣化を招く。
【0030】
そこで、本実施形態の酸洗工程では、焼鈍鋼板S2を酸化性の第1の酸と非酸化性の第2の酸とを含む混酸液に連続的に浸漬して、焼鈍鋼板S2の表面のSi含有酸化物層を除去する。Si含有酸化物層の厚さは、鋼板成分や焼鈍条件(温度、時間、雰囲気)によって変化するが、通常、鋼板表面から1μm程度である。
【0031】
酸化性の第1の酸としては、硝酸を挙げることができる。混酸液中に第1の酸が必要な理由は、Si含有酸化物のうち、Si-Mn系複合酸化物は酸に容易に溶解するが、SiO2は難溶性を示すため、これを除去するには、硝酸のような酸化性の酸で鋼板表面のSi含有酸化物層を地鉄ごと取り除く必要があるからである。
【0032】
混酸液中の第1の酸の濃度は、Si含有酸化物層を効率的に除去する観点から、100g/L以上とすることが好ましく、110g/L以上とすることがより好ましい。他方で、第1の酸の濃度が過大の場合、後段の再酸洗工程で鉄系酸化物を溶解させにくくなるため、混酸液中の第1の酸の濃度は、150g/L以下とすることが好ましく、140g/L以下とすることがより好ましい。
【0033】
非酸化性の第2の酸は、塩酸、硫酸、リン酸、ピロリン酸、ギ酸、酢酸、クエン酸、弗酸、及びシュウ酸から選択される一種以上であることが好ましく、特に塩酸、硫酸、及び弗酸から選択される一種以上であることが好ましい。このような非酸化性の酸を用いる理由は、上記酸化性の第1の酸による酸洗に伴って鋼板表面に沈殿析出してくる鉄系酸化物の生成を抑制するためである。
【0034】
混酸液中の第2の酸の濃度は、後段の再酸洗工程で鉄系酸化物を溶解させやすくする観点から、4.5g/L以上とすることが好ましく、6.5g/L以上とすることがより好ましい。他方で、第2の酸の濃度が過大の場合、単位時間あたりの酸洗減量が低下し、鋼板表層にSiO2の残存が懸念されるため、混酸液中の第2の酸の濃度は、12.5g/L以下とすることが好ましく、8.5g/L以下とすることがより好ましい。
【0035】
酸洗工程での好適な酸洗時間は、焼鈍工程で生じたSi含有酸化物層を除去するために必要な酸洗減量と、混酸液の組成によって決定される酸洗効率と、酸洗長とから決定される。一般的には、混酸液の温度は30~60℃程度、酸洗時間は6~10秒程度とされる。
【0036】
[スプレー工程]
図1を参照して、スプレー工程では、酸洗槽20から排出された焼鈍鋼板S2に、酸洗槽20の上方に位置するスプレーノズル32から水を吹きかけて、焼鈍鋼板S2の表面を水濡れ状態とする。これは、焼鈍鋼板S2が酸洗槽20から引き上げられた直後に、焼鈍鋼板S2上で混酸液が乾いてしまうと、最終的に得られる焼鈍酸洗鋼板S3に変色をきたしてしまうからである。スプレーノズル32からの水の噴射量は特に限定されないが、概ね1~15m
3/hrの範囲内である。ただし、この場合、焼鈍鋼板S2に吹きかけられた水が酸洗槽20に混入することによって、混酸液中の酸が薄まり、酸濃度が徐々に低下してしまう。
【0037】
[再酸洗工程]
図1を参照して、再酸洗工程では、酸洗槽20から排出された焼鈍鋼板S2を、非酸化性の第3の酸を含む酸液(酸水溶液)を収容する再酸洗槽80に通板して、酸液で焼鈍鋼板S2を再酸洗する。これにより、焼鈍酸洗鋼板S3が得られる。
図1では、第3の酸として塩酸を採用して、再酸洗槽80が塩酸を収容する例を示した。
【0038】
上記酸洗工程により、鋼板表面から溶解したFeが鉄系酸化物を生成し、これが鋼板表面に沈殿析出して鋼板表面を覆うことにより化成処理性が低下する。そこで、本実施形態では、上記酸洗工程の後、焼鈍鋼板S2を、非酸化性の第3の酸を含む酸液に連続的に浸漬して、この鉄系酸化物を除去する。「鉄系酸化物」とは、酸化物を構成する酸素以外の元素のうちで鉄の原子濃度比が30%以上である鉄主体の酸化物のことをいう。この鉄系酸化物は、鋼板表面上に不均一な厚さで存在しており、数nmの厚さで均一かつ層状に存在する自然酸化皮膜とは異なる酸化物である。なお、焼鈍鋼板S2の表面に生成した鉄系酸化物は、透過型電子顕微鏡(TEM)による観察や電子線回折によるディフラクションパターン(回折図形)の解析結果から非晶質であることがわかっている。
【0039】
非酸化性の第3の酸は、塩酸、硫酸、リン酸、ピロリン酸、ギ酸、酢酸、クエン酸、弗酸、及びシュウ酸から選択される一種以上であることが好ましく、特に塩酸、硫酸、及び弗酸から選択される一種以上であることが好ましい。中でも塩酸は、揮発性の酸であるため、硫酸のように鋼板表面に硫酸根などの残留物が残存し難いことや、塩化物イオンによる鉄系酸化物の破壊効果が大きいことなどから、好適である。また、塩酸と硫酸を混合した酸を用いてもよい。また、酸洗工程で用いる第2の酸と、本工程で用いる第3の酸とは、同種類の酸であっても、異なる種類の酸であってもよい。しかし、製造設備を共通化できる観点から、同種類の酸であることが好ましい。
【0040】
酸液中の第3の酸の濃度は、鉄系酸化物を十分に溶解する観点から、4.5g/L以上とすることが好ましく、6.5g/L以上とすることがより好ましい。他方で、第3の酸の濃度が過大の場合、鋼板表面に酸液が残存して変色が発生する懸念があるため、酸液中の第3の酸の濃度は、12.5g/L以下とすることが好ましく、8.5g/L以下とすることがより好ましい。
【0041】
再酸洗工程の好適な酸洗時間は、一段目の酸洗で生じた鉄系酸化物を除去するために必要な酸洗減量と、酸組成によって決定される酸洗効率と、酸洗長とから決定される。一般的には、酸液の温度は30~60℃程度、酸洗時間は2~10秒程度とされる。
【0042】
前記酸洗工程及び前記再酸洗工程での合計の酸洗減量は8g/m2以上とすることが好ましい。合計の酸洗減量が8g/m2以上あれば、鋼板表面にSi含有酸化物や鉄系酸化物が残存しにくいため、より高い化成処理性が得られる。
【0043】
[再酸洗工程後の工程]
再酸洗工程後に得られた焼鈍酸洗鋼板S3は、その後、調質圧延やレベラー加工等の通常の処理工程を経て製品としての鋼板とすることができる。
【0044】
[リンス工程]
図1に示すように、再酸洗槽80の下流にリンス槽90を設けて、再酸洗工程の後に、焼鈍酸洗鋼板S3をリンス槽90に通板して、水洗することが好ましい。これにより、再酸洗槽80から焼鈍酸洗鋼板S3が持ち出した酸液を除去でき、焼鈍酸洗鋼板S3の表面の錆を防ぐことができる。
【0045】
また、図示は省略するが、酸洗槽20と再酸洗槽80との間に、水を収容するリンス槽を設けて、酸洗工程と再酸洗工程との間に、焼鈍鋼板S2を当該リンス槽に通板して、水洗してもよい。これにより、酸洗槽20から焼鈍鋼板S2が持ち出した混酸液が再酸洗槽80の酸液中に混入することを防ぐことができる。そのため、再酸洗槽80での再酸洗によって確実に鉄系酸化物を除去できるため好ましい。
【0046】
また、図示は省略するが、酸洗槽20の上流に、水を収容するリンス槽を設けて、酸洗工程の前に、焼鈍鋼板S2を当該リンス槽に通板して、水洗してもよい。これにより、焼鈍鋼板S2の表面の不純物を除去でき、酸洗槽20の混酸液中に不純物が混入することを防ぐことができる。
【0047】
[酸洗工程の詳細]
図1を参照して、酸洗工程の詳細を説明する。まず、酸洗工程では、酸洗槽20と循環タンク30との間で混酸液を循環させている。具体的には、酸洗槽20と循環タンク30とは2系統の配管22A及び配管22Bで連結されている。配管22Bには第1ポンプ24が設置されており、第1ポンプ24を稼働させることで、混酸液は、配管22Aを介して酸洗槽20から循環タンク30に流れ、配管22Bを介して循環タンク30から酸洗槽20に流れる。
【0048】
操業開始時、混酸液中の第1の酸の濃度は、既述の好適範囲(100~150g/L)内の特定の値(例えば130g/L)に設定し、混酸液中の第2の酸の濃度は、既述の好適範囲(4.5~12.5g/L)内の特定の値(例えば6.5g/L)に設定する。混酸液の循環量は特に限定されないが、例えば200~500m3/hrの範囲内とすることができる。操業中は、上記の所定濃度に調製された混酸液を酸洗槽20と循環タンク30との間で循環させ、その間、原液投入は間欠的に行うのみである。
【0049】
第1原液タンク40には、第1の酸(
図1では硝酸を例示)の原液が収容され、第2原液タンク50には、第2の酸(
図1では塩酸を例示)の原液が収容される。硝酸の原液としては、例えば希硝酸(62質量%硝酸水溶液)を用いることができ、塩酸の原液としては、例えば35質量%塩酸水溶液を用いることができる。第1原液タンク40と循環タンク30とは、配管42で連結されている。第2原液タンク50と循環タンク30とは、配管52で連結されている。配管42にはポンプ44が設置されており、ポンプ44を稼働させることで、第1原液タンク40から所定量の第1の酸の原液を循環タンク30に供給することができる。配管52にはポンプ54が設置されており、ポンプ54を稼働させることで、第2原液タンク50から所定量の第2の酸の原液を循環タンク30に供給することができる。
【0050】
本実施形態では、スプレー工程で焼鈍鋼板S2に吹きかけられた水が酸洗槽20に混入することで、混酸液中の第1の酸及び第2の酸の濃度が低下した際に、第1原液タンク40及び第2原液タンク50から、循環タンク30にそれぞれ第1の酸の原液及び第2の酸の原液を供給する原液投入工程を行う。原液投入工程の一例は、具体的には、以下のようにして行うことができる。酸濃度測定器60で酸洗槽20中の混酸液の酸濃度(第1の酸の濃度及び第2の酸の濃度)を常時又は間欠的に測定する。測定された酸濃度があらかじめ設定した閾値に達したら、原液投入工程を行う。例えば、第1の酸の濃度に関しては、閾値を既述の好適範囲(100~150g/L)内の所定値(例えば110g/L)に設定し、操業開始時の設定濃度(例えば130g/L)からの低下をその場で(in-situで)把握する。同様に、第2の酸の濃度に関しては、閾値を既述の好適範囲(4.5~12.5g/L)内の所定値(例えば5.0g/L)に設定し、操業開始時の設定濃度(例えば6.5g/L)からの低下をその場で(in-situで)把握する。酸濃度測定器60で測定された第1の酸の濃度及び第2の酸の濃度のうち一方が所定の閾値に達したタイミングで、原液投入工程を行う。その際の第1の酸の原液及び第2の酸の原液の投入量は、その時点での第1の酸の濃度及び第2の酸の濃度を操業開始時の設定濃度(例えば、それぞれ130g/L及び6.5g/L)に戻すことができる量とする。原料投入工程は、
図1のように、酸濃度測定器60が出力する測定値に基づき、制御部70がポンプ44及びポンプ54を稼働させて、所定量の第1の酸の原液及び第2の酸の原液を循環タンク30に供給することにより行うことができる。制御部70は、コンピュータ内部の中央演算処理装置(CPU)によって実現できる。あるいは、原料投入工程は、酸濃度測定器60の測定値に基づき、オペレーターがポンプ44及びポンプ54を稼働させて、所定量の第1の酸の原液及び第2の酸の原液を循環タンク30に供給することで行うこともできる。
【0051】
酸洗槽20と循環タンク30との間には冷却設備26が設けられる。例えば、配管22Bに冷却設備26として熱交換器が設置される。冷却設備26は、常時所定の出力で稼働することで、酸洗槽20と循環タンク30との間を循環している混酸液を冷却して、混酸液と焼鈍鋼板S2との反応熱による混酸液の温度上昇を抑制する。既述のとおり、混酸液の液温は30~60℃程度が好ましいため、例えば混酸液の目標液温を32℃に設定する。冷却設備26は、一定の出力で稼働することで、反応熱による混酸液の温度上昇を抑制して、混酸液の温度を目標液温32℃に維持する。なお、混酸液の温度は、冷却設備26の下流に設けた温度計28で常時又は間欠的に測定することができる。
【0052】
ここで、上記の原料投入工程を行うと、反応熱による混酸液の温度上昇を抑制するために一定の出力で冷却設備を稼働させた状態であっても、第1の酸の原液及び第2の酸の原液の溶解熱によって、混酸液の一時的な温度上昇が生じてしまう。これが、表面外観品質に劣る焼鈍酸洗鋼板の一時的な製造、すなわち歩留まりの低下につながる。そこで、本実施形態では、上記の原液投入工程の実施と同期して、冷却設備26の出力を一時的に増加させて、第1の酸の原液及び第2の酸の原液の溶解熱による混酸液の温度上昇を抑制する冷却強化工程を行う。このように、混酸液が収容された酸洗槽20に水が混入することで低下した酸濃度を回復するべく酸の原液を投入する際に、当該原液の溶解熱による混酸液の温度上昇を抑制することで、表面外観品質に優れる焼鈍酸洗鋼板を継続的に安定して製造することが可能である。
【0053】
冷却強化工程の具体的な実施態様として、第一の例では、冷却設備26の下流に設けた温度計28で混酸液の温度を測定し、原液投入工程の実施後に、温度計28で測定された混酸液の温度と混酸液の目標温度(例えば32℃)との差を補償するように、冷却設備26の出力を一時的に増加させることができる。この場合の原液投入後の混酸液温度及び冷却設備出力の経時変化の例を、
図3に示す。この第一の例は、制御部70が、温度計28の測定値に基づき、測定値と目標液温との差を補償するように冷却設備26の出力を増加させ、これを閉ループでくり返すことにより行うことができる。制御部70によるフィードバック制御である。あるいは、オペレーターが、温度計28の測定値に基づき、冷却設備26の出力を増加させて、測定値と目標液温との差を補償してもよい。
【0054】
冷却強化工程の具体的な実施態様として、第二の例では、原液投入工程の実施から溶解熱による混酸液の温度上昇開始までの時間と、原料投入工程における第1の酸の原液及び第2の酸の原液の投入量から計算される溶解熱による混酸液の温度上昇量と、を予測し、溶解熱による混酸液の温度上昇を相殺するように、冷却設備26の出力を一時的に増加させることができる。この場合の原液投入後の混酸液温度及び冷却設備出力の経時変化の例を、
図4に示す。第一の例はフィードバック制御であるため、わずかではあるが混酸液の液温上昇を許容することとなるのに対して、第二の例であれば、溶解熱による混酸液の温度上昇を見越した冷却設備26の出力増加となるため、表面外観品質に優れる焼鈍酸洗鋼板を継続的により安定して製造することが可能である。
【0055】
なお、原液投入工程の実施から溶解熱による混酸液の温度(温度計28で測定される温度)の上昇開始までの時間は、設備スケール(酸洗槽20、循環タンク30、配管22A、及び配管22Bのサイズ)や、混酸液の循環量などに影響されるが、過去の操業を調査することで経験的に把握することができる。また、原料投入工程による混酸液の温度上昇量は、原料投入工程における第1の酸の原液及び第2の酸の原液の投入量から計算した溶解熱と、元々の混酸液の循環量とに基づいて、計算することができる。
【0056】
この第二の例は、制御部70が、原料投入工程における第1の酸の原液及び第2の酸の原液の投入量から計算される溶解熱による混酸液の温度上昇量の予測計算を行い、予め設定された原液投入工程の実施から溶解熱による混酸液の温度上昇開始までの時間も考慮して、冷却設備26の出力を増加させるタイミングと増加量とを決定し、これに基づき冷却設備26の出力を一時的に増加させることができる。制御部70によるフィードフォワード制御である。あるいは、オペレーターが、上記した制御部70の実施工程を行ってもよい。
【0057】
[冷延鋼板の成分組成]
以下、冷延鋼板S1の成分組成を説明する。各元素の含有量の単位は「質量%」であるが、単に「%」と表記する。
【0058】
Si:0.50~3.00%
冷延鋼板S1の成分組成は特に限定されないが、Siを0.50~3.00質量%含有する成分組成を有することが好ましい。Siは、加工性を大きく損なうことなく鋼の強度を高める効果(固溶強化能)が大きいため、鋼の高強度化を達成するには有効な元素であるが、化成処理性や塗装後耐食性に悪影響を及ぼす元素でもある。Siを添加して高強度化を図る観点から、Si量は0.50%以上であることが好ましく、0.80%以上であることがより好ましい。他方で、Si量が過多の場合、熱間圧延性や冷間圧延性が大きく低下し、生産性に悪影響を及ぼしたり、鋼板自体の延性の低下を招いたりする。よって、Si量は3.00%以下であることが好ましく、2.50%以下であることがより好ましい。
【0059】
Si以外の成分については、通常の冷延鋼板が有する組成範囲であれば許容することができ、特に制限されるものではない。ただし、以下の成分組成を有するものであることが好ましい。
【0060】
C:0.03~0.45%
Cは、鋼の強度を調整するのに有効な元素であり、この観点から、C量は0.03%以上であることが好ましく、0.05%以上であることがより好ましい。他方で、溶接性を低下させない観点から、C量は、0.45%以下であることが好ましく、0.20%以下であることがより好ましい。
【0061】
Mn:0.5~5.0%
Mnは、強度と焼入れ性の向上に有効な元素であり、この観点から、Mn量は0.5%以上であることが好ましく、1.0%以上であることがより好ましい。他方で、延性及び溶接性を低下させない観点から、Mn量は、5.0%以下であることが好ましく、3.0%以下であることがより好ましい。
【0062】
P:0.05%以下
Pは不可避的に含有される元素の一つであるが、局部延性を劣化させない観点から、P量は0.05%以下であることが好ましく、0.02%以下であることがより好ましい。P量は極力低減させることが好ましく、その下限は限定されない。しかし、脱燐コストの観点から、P量は0.005%以上であり得る。
【0063】
S:0.005%以下
Sは不可避的に含有される元素の一つであるが、溶接性を低下させない観点から、S量は0.005%以下であることが好ましい。S量は極力低減させることが好ましく、その下限は限定されない。しかし、脱硫コストの観点から、S量は0.0001%以上であり得る。
【0064】
Al:0.001~0.060%
Alは、溶鋼の脱酸に有効な元素であり、この観点から、Al量は0.001%以上であることが好ましく、0.020%以上であることがより好ましい。他方で、コストの観点から、Al量は0.060%以下とすることが好ましい。
【0065】
N:0.005%以下
Nは、粗大な析出物を形成して曲げ性を劣化させる。このため、N量は0.005%以下であることが好ましい。N量は極力低減させることが好ましく、その下限は限定されない。しかし、工業的にはN量は0.001%以上であり得る。
【0066】
冷延鋼板S1の成分組成において、上記成分以外の残部はFe及び不可避的不純物である。ただし、任意で以下の成分のうち少なくとも1種を含んでもよい。
【0067】
B:0.005%以下
Bは、焼入れ性の向上に有効な元素であり、この観点から、B量は0.0001%以上であることが好ましい。他方で、B量が過多の場合、焼入れ性向上の効果は飽和するため、Bを添加する場合、B量は0.005%以下とする。
【0068】
Cu:1.00%以下
Cuは、残留γ相の形成を促進し、強度の改善に有効に寄与する。この観点から、Cu量は0.05%以上とすることが好ましい。他方で、コストの観点から、Cuを添加する場合、Cu量は1.00%以下とする。
【0069】
Nb:0.050%以下
Nbは、強度の向上に寄与する。この観点から、Nb量は0.005%以上とすることが好ましい。他方で、コストの観点から、Nbを添加する場合、Nb量は0.050%以下とする。
【0070】
Ti:0.080%以下
Tiは、強度の向上に寄与する。この観点から、Ti量は0.005%以上とすることが好ましい。他方で、化成処理性を劣化させない観点から、Tiを添加する場合、Ti量は0.080%以下とする。
【0071】
V:0.5%以下
Vは、耐遅れ破壊性の向上に有効である。この観点から、V量は0.004%以上とすることが好ましい。他方で、強度-延性バランスを劣化させない観点から、Vを添加する場合、V量は0.5%以下とし、好ましくは0.1%以下とし、より好ましくは0.05%以下とする。
【0072】
Mo:1.00%以下
Moは、強度の向上に寄与する。この観点から、Mo量は0.05%以上とすることが好ましい。他方で、コストの観点から、Moを添加する場合、Mo量は1.00%以下とする。
【0073】
Cr:1.000%以下
Crは、焼入れ性の向上に寄与する。この観点から、Cr量は0.001%以上とすることが好ましい。他方で、溶接性を劣化させない観点から、Crを添加する場合、Cr量は1.000%以下とする。
【0074】
Ni:1.00%以下
Niは、残留γ相の形成を促進する。この観点から、Ni量は0.05%以上とすることが好ましい。他方で、コストの観点から、Niを添加する場合、Ni量は1.00%以下とする。
【実施例0075】
図1に示す製造設備を用いて、以下の比較例及び発明例1,2にかかる操業を行った。質量%で、C:0.17%、Si:1.20%、Mn:1.95%、P:0.01%、S:0.001%、Al:0.03%、N:0.002%、及びB:0.0001%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である成分組成を有する冷延鋼板を所定条件で連続焼鈍し、焼鈍鋼板とした。
【0076】
[酸洗工程]
酸洗槽には、硝酸と塩酸とを含む混酸液(硝酸濃度:120g/L、塩酸濃度:6.5g/L)を収容し、循環タンクとの間で循環させた。混酸液の循環量は260m3/hrとした。冷却設備を一定の出力で稼働させることで、混酸液の液温は目標液温である32℃に維持した。焼鈍鋼板を酸洗槽に通板して、混酸液で焼鈍鋼板を酸洗した。酸洗時間は6秒とした。また、酸洗槽から排出された焼鈍鋼板に水を吹きかけるスプレー工程(噴射量:8m3/hr)も行った。
【0077】
硝酸の原液として希硝酸(62質量%硝酸水溶液)を用い、塩酸の原液として35質量%塩酸水溶液を用いた。スプレー工程による水が酸洗槽に混入することで混酸液の酸濃度は経時的に低下する。そこで、酸濃度測定器で酸洗槽中の混酸液の酸濃度を常時測定し、硝酸濃度が110g/Lまで低下するか、又は、塩酸濃度が5.5g/Lまで低下した時点で、原液投入工程を行った。すなわち、硝酸原液及び塩酸原液を循環タンクに供給し、混酸液中の酸濃度を初期の設定濃度(硝酸濃度:120g/L、塩酸濃度:6.5g/L)に戻した。
【0078】
[再酸洗工程]
再酸洗槽には、塩酸を含む酸液(塩酸濃度:5g/L)を収容し、酸洗工程後の焼鈍鋼板を再酸洗槽に通板して、酸液で焼鈍鋼板を再酸洗した。酸液の液温は45℃に維持し、酸洗時間は2秒とした。
【0079】
[リンス工程]
その後、焼鈍鋼板をリンス槽に通板して水洗し、乾燥させ、焼鈍酸洗鋼板を得た。
【0080】
(比較例)
原液投入工程後も一定の出力による冷却設備の稼働を継続し、冷却強化工程は行わなかった。この場合の、原液投入後の混酸液温度及び冷却設備出力の経時変化の例を、
図2に示す。
【0081】
(発明例1)
原液投入工程の実施と同期して、オペレーターにより冷却強化工程を行った。具体的には、冷却設備の下流に設けた温度計で測定された混酸液の温度と混酸液の目標温度(32℃)との差を補償するように、冷却設備の出力を一時的に増加させるフィードバック制御を行った。この場合の、原液投入後の混酸液温度及び冷却設備出力の経時変化の例を、
図3に示す。今回は、フィードバック制御の結果、原料投入の時点から90秒後に出力増加を開始し、
図3に示すプロファイルのように出力を最大で15%増加させることになった。
【0082】
(発明例2)
原液投入工程の実施と同期して、オペレーターにより冷却強化工程を行った。具体的には、原液投入工程の実施から溶解熱による混酸液の温度上昇開始までの時間と、原料投入工程における硝酸原液及び塩酸原液の投入量から計算される溶解熱による混酸液の温度上昇量と、を予測し、溶解熱による混酸液の温度上昇を相殺するように、冷却設備の出力を一時的に増加させた。この場合の、原液投入後の混酸液温度及び冷却設備出力の経時変化の例を、
図4に示す。今回は、原料投入の時点から70秒後に出力増加を開始し、
図4に示すプロファイルのように出力を最大で15%増加させることにした。
【0083】
[表面外観品質の評価]
比較例、発明例1及び発明例2ともに、基本的には表面外観品質に優れた焼鈍酸洗鋼板を継続的に製造することができた。ただし、比較例では、原料投入工程の直後の所定期間に酸洗工程を受けた焼鈍酸洗鋼板において、鋼板表面における鉄粉付着による汚れや押疵が発生し、表面外観品質が損なわれた。これに対して、発明例1,2では、原料投入工程の直後の所定期間も含めて、表面外観品質に優れた焼鈍酸洗鋼板を継続的に安定して製造することができた。特に、発明例2では、溶解熱による混酸液の温度上昇を見越した冷却設備の出力増加によって、原料投入工程後の全期間を通して混酸液の液温を目標液温に維持することができたため、表面外観品質に優れた焼鈍酸洗鋼板を継続的により安定して製造することができた。
本発明の焼鈍酸洗鋼板の製造方法によれば、表面外観品質に優れる焼鈍酸洗鋼板を継続的に安定して製造することが可能である。そのため、本発明により製造された焼鈍酸洗鋼板は、自動車車体の部材、家電製品の部材、及び建築部材等に好適に用いることができる。