(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024097884
(43)【公開日】2024-07-19
(54)【発明の名称】神経系細胞の凍結方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0793 20100101AFI20240711BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240711BHJP
A61K 35/30 20150101ALI20240711BHJP
A61P 25/16 20060101ALI20240711BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240711BHJP
【FI】
C12N5/0793 ZNA
C12N5/10
A61K35/30
A61P25/16
C12N5/0793
C12N15/09 Z
【審査請求】有
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024075610
(22)【出願日】2024-05-08
(62)【分割の表示】P 2021558457の分割
【原出願日】2020-11-19
(31)【優先権主張番号】P 2019209929
(32)【優先日】2019-11-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業 再生医療等の産業化に向けた評価手法等の開発」「パーキンソン病に対する機能再生療法に用いるiPS細胞由来神経細胞製剤の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】平松 里恵
(72)【発明者】
【氏名】中川 隆
(72)【発明者】
【氏名】吉田 賢司
(72)【発明者】
【氏名】高橋 淳
(72)【発明者】
【氏名】土井 大輔
(57)【要約】
【課題】
神経系細胞を含む細胞凝集体を凍結する方法を提供する。
【解決手段】
以下の工程(1)及び工程(2)を含む、立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体を凍結する方法を提供する:(1)立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体を、凍結前に0℃以上30℃以下で、保存液に接触させ、保存液に浸された細胞凝集体を調製する工程、及び;(2)工程(1)で得られる保存液に浸された細胞凝集体を、少なくとも、該保存液の凝固点よりも約5℃高い温度から、凝固点よりも約5℃低い温度まで、平均2~7℃/分の温度低下速度で冷却し、凍結させる工程。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(1)及び工程(2)を含む、立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体を凍結する方法:
(1)立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体を、凍結前に0℃以上30℃以下で、保存液に接触させ、保存液に浸された細胞凝集体を調製する工程、及び;
(2)工程(1)で得られる保存液に浸された細胞凝集体を、少なくとも、該保存液の凝固点よりも約5℃高い温度から、凝固点よりも約5℃低い温度まで、平均2~7℃/分の温度低下速度で冷却し、凍結させる工程。
【請求項2】
工程(2)における温度低下速度が、平均3~7℃/分である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程(1)において、細胞凝集体を15分間~90分間、好ましくは15分間~60分間保存液に接触させる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
保存液の凝固点が、-1℃~-10℃である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
保存液が、7%~12%のジメチルスルホキシド及び/又はプロピレングリコールを含む水性液体であり、工程(2)が、0±5℃から-30±5℃まで、平均2~5℃/分の温度低下速度で冷却する工程である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
工程(2)における温度低下速度が、平均3~5℃/分である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
更に、以下の工程(3)を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法:
(3)工程(2)で得られる凍結した細胞凝集体を、-50℃以下に冷却する工程。
【請求項8】
神経系細胞を含む細胞凝集体が、多能性幹細胞由来の神経系細胞を含む細胞凝集体である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
神経系細胞を含む細胞凝集体が、FOXA2、TH及びNURR1の少なくとも1つが陽性の細胞を含む、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
神経系細胞を含む細胞凝集体が、FOXA2陽性かつLMX1A陽性の細胞を含む、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
神経系細胞を含む細胞凝集体が、FOXA2陽性、TH陽性、かつNURR1陽性細胞を含む、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
神経系細胞を含む細胞凝集体が、FOXA2陽性かつLMX1A陽性の細胞を全細胞数の40%以上含み、TH陽性かつNURR1陽性の細胞を全細胞数の40%以下含む、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
神経系細胞を含む細胞凝集体が、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
細胞凝集体が、500個~150000個の細胞を含む、請求項1~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
保存液中に含まれる細胞数が80000~5000000cells/mLであり、細胞凝集体の円相当径が150~1000μmである、請求項1~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
細胞凝集体及び保存液の体積が0.25mL~2mLである、請求項1~15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
細胞凝集体及び保存液が、0.5ml~15mlの容器に充填されている、請求項1~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
請求項1~17のいずれかに記載の方法で得られる凍結した細胞凝集体を、-80℃以下で保持することを含む、立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体の長期保存方法。
【請求項19】
解凍後に回復のための培養を行うことを要しない、凍結された細胞凝集体を得ることを特徴とする、請求項1~18のいずれかに記載の方法。
【請求項20】
請求項1~19のいずれか一項に記載の方法で凍結または長期保存された細胞凝集体を有効成分として含有する移植用組成物。
【請求項21】
多能性幹細胞由来のドパミン産生神経前駆細胞及びドパミン産生神経細胞を60%以上含む、円相当径150μm~1000μmであって、500個~150000個の細胞を含む細胞凝集体、及び7%~12%のジメチルスルホキシドもしくはプロピレングリコールを含む凝固点が-1℃~-10℃の凍結保存液を含み、以下の性質:
(1)解凍後に全細胞数の約60%以上が生存している、
(2)凍結前と比較して、50%以上の神経突起伸長活性を有する、
(3)解凍後に生存している細胞におけるFOXA2、LMX1A、NURR1およびTHの陽性率の変化が±10%以内である、を示す、凍結された移植用組成物。
【請求項22】
細胞数が80000~5000000cells/mLであり、FOXA2陽性かつLMX1A陽性の細胞を全細胞数の40%以上含み、TH陽性かつNURR1陽性の細胞を全細胞数の40%以下含む、請求項20又は21に記載の移植用組成物。
【請求項23】
細胞凝集体の円相当径が150~1000μmである、請求項20~22のいずれか一項に記載の移植用組成物。
【請求項24】
解凍後に回復のための培養を行うことを要しないことを特徴とする、請求項20~23のいずれか一項に記載の移植用組成物。
【請求項25】
細胞凝集体を8~192個/ml含み、かつ、当該細胞凝集体の円相当径が150μm~1000μmであり、容器当たりの細胞数が80000~2400000個である、請求項20~24のいずれか一項に記載の移植用組成物。
【請求項26】
細胞凝集体及び保存液の体積が0.25mL~2mLである、請求項20~25のいずれか一項に記載の移植用組成物。
【請求項27】
0.5ml~15mlの容器に充填されている、請求項20~26のいずれか一項に記載の移植用組成物。
【請求項28】
請求項1~17のいずれか一項に記載の方法で、細胞数が80000~5000000cells/mLであり、FOXA2陽性かつLMX1A陽性の細胞を全細胞数の40%以上含み、TH陽性かつNURR1陽性の細胞を全細胞数の40%以下含む、円相当径150μm~1000μmの細胞凝集体を凍結することを含む、ドパミン産生神経前駆細胞を有効成分として含有する移植用組成物の製造方法。
【請求項29】
当該細胞凝集体の円相当径が150~1000μmである細胞凝集体の集団を含み、容器当たりの細胞数が80000~2400000個であり、細胞凝集体及び保存液の体積が0.25mL~2mLである、0.5ml~15mlの容器に充填されている、神経系細胞の凝集体を有効成分として含有する請求項28に記載の移植用組成物の製造方法。
【請求項30】
以下の工程を含む、ドパミン産生神経の再生を必要とする疾患の治療方法:
(1)請求項20~27のいずれか一項に記載の移植用組成物を30℃~40℃、好ましくは37℃±3℃において解凍する工程、
(2)(1)で得られた移植用組成物を、患者の線条体領域に移植する工程。
【請求項31】
解凍後に、培養を行うことなく、凍結保存液を投与媒体に置換し、工程(2)を行うことを特徴とする、請求項30に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、神経系細胞を含む細胞凝集体の凍結方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ドパミン産生(DA)神経の移植は、胎児中脳細胞を用いた臨床試験の報告等から、パーキンソン病(PD)の有望な治療方法になると考えられている(非特許文献1)。また、胚性幹細胞(ES細胞又はESC)や人工多能性幹細胞(iPS細胞またはiPSC)等の多能性幹細胞(PSC)をドパミン産生神経細胞もしくはその前駆細胞へ分化誘導する方法が報告されている。本発明者らのグループは既に、ヒト人工多能性幹細胞からドパミン産生神経細胞、又はドパミン産生神経前駆細胞等を作製する方法を報告している(非特許文献2)。他のグループからも、PSC由来ドパミン産生神経の作製が報告されている(非特許文献3及び4)。
【0003】
細胞を有効成分とする医薬品においては、最終生成物の凍結保存の達成は細胞療法を広めるために不可欠な要素である(特許文献1~4)。細胞生物学の研究とは異なり、臨床に使用される場合、凍結保存細胞は解凍後回復培養を行わず直ちに移植されることが望ましい。したがって、凍結細胞としては解凍後に生着能、機能・活性および細胞生存率が維持されていることが重要である。
【0004】
固形組織の移植ではドナーの血管および抗原提示細胞がそのまま存在することにより、細胞懸濁液の移植よりも強い免疫反応が誘発されることが示唆されている(非特許文献5)。一方、同系移植または免疫抑制剤によって免疫応答が抑制されれば、この問題は解消され、腹側中脳(VM)組織の移植は細胞懸濁液の移植よりも高いドパミン産生神経の生存率および行動回復を示す(非特許文献6)。また、細胞懸濁液を取得するための機械的解離プロセスおよび酵素的解離プロセスは細胞特性を変化させ、細胞損傷を引き起こし得る。したがって、臨床用途においては移植される細胞を細胞懸濁液ではなく、細胞塊として投与することが望ましい。しかし、細胞塊は単一細胞よりも凍結保存が困難であるという問題がある。
【0005】
凍結保存したPSC由来ドパミン産生神経の単一細胞懸濁液をラット線条体に移植すると、生存TH+細胞の割合は非凍結細胞と比較して約60%に減少する(非特許文献7)。一方、ヒトまたはラット腹側中脳(VM)組織を凍結保存したほとんどの研究例では、インビボでのドパミン産生神経の生存率は非凍結組織と比較して20%未満にまで減少している(非特許文献8~10)。したがって、PSC由来ドパミン産生神経細胞塊の生存を維持することが可能な凍結方法の開発が必要とされている。
【0006】
一般的に、2つの細胞凍結保存法が存在する(非特許文献11~13)。このうち緩慢法は低濃度の凍結保護物質(CPA)(10%ジメチルスルホオキシド(DMSO)など)と共に細胞を約1℃/分で凍結させる方法である(特許文献5、非特許文献14、15)。一方ガラス化法は、高濃度の凍結保護物質を添加した後、直ちに細胞を液体窒素中に移行させる高速冷却法である(特許文献6、非特許文献16)。ガラス化法は厳密な時間制御を必要とするため、臨床用細胞製造への適用は技術的に困難である(非特許文献17)。
【0007】
一方、緩慢法では、氷形成がまず細胞外空間において開始し、細胞外液の濃縮をもたらす。その結果、細胞膜を隔てた浸透圧勾配によって細胞から水分が引き抜かれる。この細胞の脱水によって細胞内氷形成が回避される。しかしながら、過度に細胞が脱水された場合、濃縮された細胞内液および凍結保存液中のCPAにより細胞は傷害される。氷形成及び細胞脱水の正確な制御が必要であることから、細胞塊の臨床用凍結保存法は確立されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2017-104061号公報
【特許文献2】WO2017/159862号明細書
【特許文献3】特表2015-521469号公報
【特許文献4】特表2008-501320号公報
【特許文献5】特開2011-103885号公報
【特許文献6】特開2013-110988号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Piccini et al; Nature Neuroscience, 2(12), 1137-1140, 1999
【非特許文献2】Doi et al., Stem Cell Reports, 2(3), 337-350, 2014
【非特許文献3】Sundberg et al., Stem Cells 31, 1548-1562, 2013
【非特許文献4】Nolbrant et al., Nature Protocols, 12(9), 1962-1979, .2017
【非特許文献5】Redmond et al., Neurobiology of Disease, 29(1), 103-116, 2008
【非特許文献6】Fricker et al., PLoS ONE, 7(10), e47169, 2012
【非特許文献7】Nolbrant et al., Nature Protocols, 12(9), 1962-1979, 2017
【非特許文献8】Frodl et al., Brain Research, 647(2), 286-298, 1994
【非特許文献9】Sautter et al., Journal of Neuroscience Methods, 64(2), 173-179, 1996
【非特許文献10】Sautter et al., Experimental Neurology, 164(1), 121-129, 2000
【非特許文献11】Chong et al., Stem Cells, 27(1), 29-39, 2009
【非特許文献12】Smith et al., Fertility and Sterility, 94(6), 2088-2095, 2010
【非特許文献13】Jang et al., Integrative Medicine Research, 6(1), 12-18, 2017
【非特許文献14】Schwartz et al., Journal of Neuroscience Research, 74(6), 838-851, 2003
【非特許文献15】Woods et al., Cryobiology, 59(2), 150-157, 2009
【非特許文献16】Fahy and Wowk., Methods in Molecular Biology (Methods and Protocols), vol 1257. Springer, New York, NY, 2015
【非特許文献17】Nagano et al., Biomedical Research, 28(3), 153-160, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本願は、神経系細胞を含む細胞凝集体の凍結方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは鋭意検討を行った結果、神経系細胞を含む細胞凝集体の凍結方法を見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下:
〔1〕以下の工程(1)及び工程(2)を含む、立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体を凍結する方法:
(1)立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体を、凍結前に0℃以上30℃以下で、保存液に接触させ、保存液に浸された細胞凝集体を調製する工程、及び;
(2)工程(1)で得られる保存液に浸された細胞凝集体を、少なくとも、該保存液の凝固点よりも約5℃高い温度から、凝固点よりも約5℃低い温度まで、平均2~7℃/分の温度低下速度で冷却し、凍結させる工程。
〔2〕工程(2)における温度低下速度が、平均3~7℃/分である、前記〔1〕に記載の方法。
〔3〕工程(1)において、細胞凝集体を15分間~90分間、好ましくは15分間~60分間保存液に接触させる、前記〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔4〕保存液の凝固点が、-1℃~-10℃である、前記〔1〕~〔3〕のいずれか一項に記載の方法。
〔5〕保存液が、7%~12%のジメチルスルホキシド及び/又はプロピレングリコールを含む水性液体であり、工程(2)が、0±5℃から-30±5℃まで、平均2~5℃/分の温度低下速度で冷却する工程である、前記〔1〕~〔4〕のいずれか一項に記載の方法。
〔6〕工程(2)における温度低下速度が、平均3~5℃/分である、前記〔1〕~〔5〕のいずれか一項に記載の方法。
〔7〕更に、以下の工程(3)を含む、前記〔1〕~〔6〕のいずれか一項に記載の方法:
(3)工程(2)で得られる凍結した細胞凝集体を、-50℃以下に冷却する工程。
〔8〕神経系細胞を含む細胞凝集体が、多能性幹細胞由来の神経系細胞を含む細胞凝集体である、前記〔1〕~〔7〕のいずれか一項に記載の方法。
〔9〕神経系細胞を含む細胞凝集体が、FOXA2、TH及びNURR1の少なくとも1つが陽性の細胞を含む、前記〔1〕~〔8〕のいずれか一項に記載の方法。
〔10〕神経系細胞を含む細胞凝集体が、FOXA2陽性かつLMX1A陽性の細胞を含む、前記〔9〕に記載の方法。
〔11〕神経系細胞を含む細胞凝集体が、FOXA2陽性、TH陽性、かつNURR1陽性細胞を含む、前記〔9〕に記載の方法。
〔12〕神経系細胞を含む細胞凝集体が、FOXA2陽性かつLMX1A陽性の細胞を全細胞数の40%以上含み、TH陽性かつNURR1陽性の細胞を全細胞数の40%以下含む、前記〔1〕~〔8〕のいずれか一項に記載の方法。
〔13〕神経系細胞を含む細胞凝集体が、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む、前記〔1〕~〔12〕のいずれか一項に記載の方法。
〔14〕細胞凝集体が、500個~150000個の細胞を含む、前記〔1〕~〔13〕のいずれか一項に記載の方法。
〔15〕保存液中に含まれる細胞数が80000~5000000cells/mLであり、細胞凝集体の円相当径が150~1000μmである、前記〔1〕~〔14〕のいずれか一項に記載の方法。
〔16〕細胞凝集体及び保存液の体積が0.25mL~2mLである、前記〔1〕~〔15〕のいずれか一項に記載の方法。
〔17〕細胞凝集体及び保存液が、0.5ml~15mlの容器に充填されている、前記〔1〕~〔16〕のいずれか一項に記載の方法。
〔18〕前記〔1〕~〔17〕のいずれかに記載の方法で得られる凍結した細胞凝集体を、-80℃以下で保持することを含む、立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体の長期保存方法。
〔19〕解凍後に回復のための培養を行うことを要しない、凍結された細胞凝集体を得ることを特徴とする、前記〔1〕~〔18〕のいずれかに記載の方法。
〔20〕前記〔1〕~〔19〕のいずれか一項に記載の方法で凍結または長期保存された細胞凝集体を有効成分として含有する移植用組成物。
〔21〕多能性幹細胞由来のドパミン産生神経前駆細胞及びドパミン産生神経細胞を60%以上含む、円相当径150μm~1000μmであって、500個~150000個の細胞を含む細胞凝集体、及び7%~12%のジメチルスルホキシドもしくはプロピレングリコールを含む凝固点が-1℃~-10℃の凍結保存液を含み、以下の性質:
(1)解凍後に全細胞数の約60%以上が生存している、
(2)凍結前と比較して、50%以上の神経突起伸長活性を有する、
(3)解凍後に生存している細胞におけるFOXA2、LMX1A、NURR1およびTHの陽性率の変化が±10%以内である、を示す、凍結された移植用組成物。
〔22〕細胞数が80000~5000000cells/mLであり、FOXA2陽性かつLMX1A陽性の細胞を全細胞数の40%以上含み、TH陽性かつNURR1陽性の細胞を全細胞数の40%以下含む、前記〔20〕又は〔21〕に記載の移植用組成物。
〔23〕細胞凝集体の円相当径が150~1000μmである、前記〔20〕~〔22〕のいずれか一項に記載の移植用組成物。
〔24〕解凍後に回復のための培養を行うことを要しないことを特徴とする、前記〔20〕~〔23〕のいずれか一項に記載の移植用組成物。
〔25〕細胞凝集体を8~192個/ml含み、かつ、当該細胞凝集体の円相当径が150μm~1000μmであり、容器当たりの細胞数が80000~2400000個である、前記〔20〕~〔24〕のいずれか一項に記載の移植用組成物。
〔26〕細胞凝集体及び保存液の体積が0.25mL~2mLである、前記〔20〕~〔25〕のいずれか一項に記載の移植用組成物。
〔27〕0.5ml~15mlの容器に充填されている、前記〔20〕~〔26〕のいずれか一項に記載の移植用組成物。
〔28〕前記〔1〕~〔17〕のいずれか一項に記載の方法で、細胞数が80000~5000000cells/mLであり、FOXA2陽性かつLMX1A陽性の細胞を全細胞数の40%以上含み、TH陽性かつNURR1陽性の細胞を全細胞数の40%以下含む、円相当径150μm~1000μmの細胞凝集体を凍結することを含む、ドパミン産生神経前駆細胞を有効成分として含有する移植用組成物の製造方法。
〔29〕当該細胞凝集体の円相当径が150~1000μmである細胞凝集体の集団を含み、容器当たりの細胞数が80000~2400000個であり、細胞凝集体及び保存液の体積が0.25mL~2mLである、0.5ml~15mlの容器に充填されている、神経系細胞の凝集体を有効成分として含有する前記〔28〕に記載の移植用組成物の製造方法。
〔30〕以下の工程を含む、ドパミン産生神経の再生を必要とする疾患の治療方法:
(1)前記〔20〕~〔27〕のいずれか一項に記載の移植用組成物を30℃~40℃、好ましくは37℃±3℃において解凍する工程、
(2)(1)で得られた移植用組成物を、患者の線条体領域に移植する工程。
〔31〕解凍後に、培養を行うことなく、凍結保存液を投与媒体に置換し、工程(2)を行うことを特徴とする、前記〔30〕に記載の方法。
に関する。
【発明の効果】
【0012】
本願は、神経系細胞を含む細胞凝集体を凍結保存する方法を提供する。本願の方法によって凍結保存された神経系細胞は高い細胞生存率を示し、機能的性質を維持している。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】iPSCからドパミン産生神経前駆細胞への分化誘導のプロトコルおよび評価実験のタイミングを示すスキーム。図中の略号は培地に添加される各成分を示す。LDN:LDN193189、A:A83-01、Y:Y-27632、Pur:パルモルファミン、CHIR:CHIR99021、AA:アスコルビン酸。
【0014】
【
図2A】iPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞に対する凍結保存液の効果。表1に示される凍結保存液に15分間浸透させた後、0.5℃/分で凍結保存した、ソーティングされていない細胞の解凍後の生細胞回収率(n=4)。
【
図2B】iPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞に対する凍結保存液の効果。表1に示される凍結保存液に15分間浸透させた後、0.5℃/分で凍結保存した、ソーティングされていない細胞由来の細胞塊の神経突起伸長(n=4)。
【
図2C】iPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞に対する凍結保存液の効果。表1に示される凍結保存液に15分間浸透させた後、0.5℃/分で凍結保存した、ソーティングされていない細胞由来の細胞塊の神経突起を初期神経マーカー(PSA-NCAM)で染色した免疫染色像を示す。スケールバーは1mmを示す。
【0015】
【
図3】試料(直線)、冷凍チャンバー(破線)およびプログラム(点線)の時間-温度曲線。Bambanker hRMを試料として用いた。下の図は、上の図における潜熱放出による温度変化を拡大したものである。
【0016】
【
図4A】iPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞に対する凍結プログラムの効果。Bambanker hRMに15分間浸透させた後、種々の凍結プログラムで凍結保存した、ソーティングされていない細胞の解凍後の生細胞回収率。
【
図4B】iPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞に対する凍結プログラムの効果。Bambanker hRMに15分間浸透させた後、種々の凍結プログラムで凍結保存した、ソーティングされていない細胞由来の細胞塊の神経突起伸長。
【0017】
【
図5A】iPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞に対する、凍結保存液に長時間曝露した後の凍結の効果。種々の凍結プログラムにおいてBambanker hRMに60分間曝露した後に凍結保存された、ソーティングされていない細胞における解凍後の生細胞回収率。
【
図5B】iPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞に対する、凍結保存液に長時間曝露した後の凍結の効果。種々の凍結プログラムにおいてBambanker hRMに60分間曝露した後に凍結保存された、ソーティングされていない細胞由来の細胞塊の神経突起伸長。
【0018】
【
図6A】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。解凍後の生細胞回収率。
【
図6B】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。細胞塊の神経突起伸長。
【
図6C】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。35日目及び解凍後7日目における細胞塊の免疫染色。左図はFOXA2/DAPI、中央の図はNURR1/TH、右図はSOX1/KI67/PAX6/DAPIの免疫染色像を示す。スケールバーは100μmを示す。
【
図6D】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。35日目及び解凍後7日目の全細胞に対するFOXA2
+細胞、NURR1
+細胞、TH
+細胞の割合。
【
図6E】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。35日目及び解凍後7日目の全細胞に対するSOX1
+細胞、PAX6
+細胞およびKI67
+細胞の割合。
【
図6F】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。定量RT-PCRで測定された、GAPDHに対する細胞塊の遺伝子発現。未分化細胞(0日目)の発現レベルを1に設定した。
【
図6G】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。定量RT-PCRで測定された、GAPDHに対する細胞塊の遺伝子発現。未分化細胞(0日目)の発現レベルを1に設定した。
【
図6H】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。マイクロアレイデータの主成分分析。非凍結細胞(円形)および凍結細胞(三角形)の遺伝子発現の時間変化を示す。
【
図6I】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。35日目(X軸)または解凍後7日目(Y軸)における、同一ロットの非凍結細胞と凍結細胞のマイクロアレイデータのスキャッタープロットを示す。黒丸はいずれか一方の検体でシグナル強度50以上を示す遺伝子、白丸は両検体でシグナル強度50以下の遺伝子を示す。
【
図6J】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。35日目における、異なるロット間の非凍結細胞のマイクロアレイデータのスキャッタープロットを示す。黒丸はいずれか一方の検体でシグナル強度50以上を示す遺伝子、白丸は両検体でシグナル強度50以下の遺伝子を示す。
【
図6K】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。28+21日目の解凍後のiPSC由来ドパミン産生神経細胞におけるTUBB3、THおよびDAPIの免疫染色像。スケールバーは50μmを示す。
【
図6L】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。28+21日目における解凍後のiPSC由来ドパミン産生神経細胞の代表的な誘導活動電位。
【
図6M】インビトロにおける凍結保存細胞塊の特徴。56日目または解凍後28+28日目において高濃度カリウム刺激によって誘導されたドパミン放出量の結果。
【0019】
【
図7A】解凍後のドパミン産生神経前駆細胞マーカー発現の時間変化。28、29、31、35日目および解凍後0、1、3、7日目における全細胞に対するFOXA2+細胞の割合。
【
図7B】解凍後のドパミン産生神経前駆細胞マーカー発現の時間変化。28、29、31、35日目および解凍後0、1、3、7日目における全細胞に対するNURR1+細胞の割合。
【
図7C】解凍後のドパミン産生神経前駆細胞マーカー発現の時間変化。定量RT-PCRで測定された、GAPDHに対する細胞塊のTH遺伝子発現。未分化細胞(0日目)の発現レベルを1に設定した。
【0020】
【
図8A】凍結保存細胞塊の移植片生着率および機能。移植片を有するラットのメタンフェタミン誘発回転運動。データを平均値±SEM(n=6~8)として示す。テューキーの多重比較検定を伴う二元配置分散分析を行い、有意水準を溶媒投与群に対する**p<0.01、****p<0.001によって示す。
【
図8B】凍結保存細胞塊の移植片生着率および機能。非凍結細胞(上図)および凍結細胞(下図)由来の代表的な移植片におけるHNAの免疫染色像。
【
図8C】凍結保存細胞塊の移植片生着率および機能。移植片における生存HNA
+細胞数。
【
図8D】凍結保存細胞塊の移植片生着率および機能。非凍結細胞由来の代表的な移植片におけるTHのDAB染色像。
【
図8E】凍結保存細胞塊の移植片生着率および機能。
図8Dの枠内の拡大像。右側のパネルは左側のパネルの枠内の拡大画像である。スケールバーは200μmを示す。
【
図8F】凍結保存細胞塊の移植片生着率および機能。凍結細胞由来の代表的な移植片におけるTHのDAB染色像。
【
図8G】凍結保存細胞塊の移植片生着率および機能。
図8Fの枠内の拡大像。右側のパネルは左側のパネルの枠内の拡大画像である。スケールバーは200μmを示す。
【
図8H】凍結保存細胞塊の移植片生着率および機能。移植片における生存TH
+細胞数。
【
図8I】凍結保存細胞塊の移植片生着率および機能。凍結細胞由来の移植片におけるFOXA2、TH、HNA(上側)、KI67、HNA(下側)の免疫染色像。スケールバーは50μmを示す。
【
図8J】凍結保存細胞塊の移植片生着率および機能。HNA
+細胞に対するFOXA2
+細胞の割合。
【
図8K】凍結保存細胞塊の移植片生着率および機能。HNA
+細胞に対するKI67
+細胞の割合。
【
図9】凍結保存細胞塊を異なる条件で解凍した場合における、生存率及び神経突起伸長活性を示す。
【
図10A】抗CORIN抗体でソーティングされていない細胞由来の細胞塊のマーカー発現。細胞塊におけるLMX1A、FOXA2、DAPI(上段)、NURR1、TH、DAPI(中段)、SOX1、KI67、PAX6、DAPI(下段)の免疫染色像。尚、スケールバーは100μmを示す。
【
図10B】抗CORIN抗体でソーティングされていない細胞由来の細胞塊のマーカー発現。全細胞に対するFOXA2
+/LMX1A
+細胞、NURR1
+細胞、およびTH
+細胞の割合。
【
図10C】抗CORIN抗体でソーティングされていない細胞由来の細胞塊のマーカー発現。全細胞に対するSOX1
+細胞、PAX6
+細胞、およびKI67
+細胞の割合。
【
図11】
図6Cに示した細胞塊と同一ロットの凍結直前(28日目)の細胞塊のマーカー発現。細胞塊におけるLMX1A、FOXA2、DAPI(上段)、NURR1、FOXA2、TH、DAPI(中段)、SOX1、KI67、PAX6、DAPI(下段)の免疫染色像。スケールバーは100μmを示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本明細書および特許請求の範囲においては、数値が「約」の用語を伴う場合、その値の±10%の範囲を含むことを意図する。例えば、「約20」は、「18~22」を含むものとする。数値の範囲は、両端点の間の全ての数値および両端点の数値を含む。範囲に関する「約」は、その範囲の両端点に適用される。従って、例えば、「約20~30」は、「18~33」を含むものとする。
【0022】
〔神経系細胞〕
本願は、立体構造を有する神経系細胞(Neural cell)を含む細胞凝集体を凍結する方法を提供する。
【0023】
神経系細胞は、神経細胞(Neuronal cell又はNeuron)、および当該神経細胞の前駆細胞、すなわち神経前駆細胞(neural progenitor cell又はneural precursor cell)等を含む。
神経系細胞は、中枢神経系の神経系細胞、又は運動神経や感覚器系の体性神経系細胞もしくは自律神経の神経系細胞の末梢神経系の神経系細胞などのあらゆる部位由来の神経系細胞であってよく、神経(ニューロン)、神経堤由来細胞、オリゴデンドロサイトもしくはアストロサイト等のグリア細胞、およびそれらの幹細胞もしくは前駆細胞等が挙げられる。神経系細胞として、神経系細胞マーカーを発現する細胞が挙げられる。神経系細胞マーカーとしては、例えば、NCAM、βIII-Tubulin(TUJ1)、チロシン水酸化酵素(TH)、セロトニン、ネスチン、MAP2、MAP2AB、NEUN、GABA、グルタメート、CHAT、SOX1、BF1、EMX1、VGLUT1、PAX、NKX、GSH、Telencephalin、GLUR1、CAMKII、CTIP2、TBR1、Reelin、TBR1、BRN2、OTX2、LMX1A、LMX1B、EN1、NURR1、PITX3、DAT、GIRK2及びTHなどが挙げられるが、これらに限定されない。神経系細胞マーカーの1以上の発現により神経系細胞であることが確認できる。本明細書において、神経系細胞として、上記神経系細胞マーカーの1以上、2以上、または3以上を発現する細胞が挙げられる。
【0024】
中枢神経系の神経系細胞は、神経系細胞が存在する部位の違いにより分類できる。すなわち前脳、終脳、間脳、大脳、視床下部、中脳、後脳、中脳後脳境界領域、小脳、網膜、下垂体、又は脊髄由来の神経細胞、及びそれらの前駆細胞が挙げられる。
【0025】
前脳由来の神経細胞は、前脳組織(即ち、終脳、大脳、海馬もしくは脈絡膜、間脳、視床下部等)に存在する神経細胞である。前脳の神経細胞は、前脳神経細胞マーカーの発現により確認できる。前脳神経細胞マーカーとしては、OTX1(前脳)、BF1(FOXG1ともいう)もしくはSIX3(終脳もしくは大脳のマーカーでもある)などが挙げられる。本明細書において、神経系細胞として、上記前脳神経細胞マーカー、終脳もしくは大脳のマーカーの1以上、2以上、または3以上を発現する細胞が挙げられる。
【0026】
大脳由来の神経細胞として、背側細胞(例えば、大脳皮質細胞、カハール・レチウス細胞、海馬神経細胞など)又は腹側細胞(例えば、大脳基底核細胞など)が挙げられる。腹側大脳神経細胞マーカーとしては、例えば、大脳基底核神経細胞マーカー(例えば、GSH2、MASH1、NKX2.1、NOZ1)が挙げられる。背側大脳神経細胞マーカーとしては、例えば、大脳皮質神経細胞マーカー(例えば、PAX6、EMX1、TBR1)が挙げられる。本明細書において、神経系細胞として、上記の大脳神経細胞マーカー、大脳基底核神経細胞マーカー又は大脳皮質神経細胞マーカーの1以上、2以上、または3以上を発現する細胞が挙げられる。
【0027】
中脳由来の神経系細胞としては、中脳腹側部由来神経前駆細胞、ドパミン産生神経細胞(ドパミン神経細胞又はDopaminergic neuronともいう。)又はドパミン産生神経前駆細胞(ドパミン神経前駆細胞又はDopaminergic progenitorともいう。)等が挙げられる。中脳由来の神経系細胞のマーカーとしては、FOXA2、EN2、TUJ1等が挙げられる。FOXA2陽性及びTUJ1陽性の神経系細胞としては、ドパミン産生神経前駆細胞及びドパミン産生神経細胞等が挙げられる。また、ドパミン産生神経細胞は、FOXA2陽性、NURR1陽性及びTH陽性であることを指標として同定することができる。
【0028】
また、ドパミン産生神経前駆細胞は、FOXA2陽性及びLMX1A陽性であることを指標として同定することができる。更に好ましくは、OTX2、LMX1A、LMX1B、CORIN、SHH、AADC、βIII-Tubulin、EN1、NURR1、PITX3、DAT、GIRK2及びTHのうちの1以上が陽性の細胞を含有する。本明細書において、ドパミン産生神経前駆細胞を含む細胞凝集体は、特に断りがなければ、ドパミン産生神経細胞又はドパミン作動性ニューロンなどを含んでもよい。
【0029】
本明細書において、神経系細胞として、中脳由来の神経系細胞のマーカー、ドパミン産生神経前駆細胞のマーカー又はドパミン産生神経細胞のマーカーの1以上、2以上、または3以上を発現する細胞が挙げられる。
【0030】
本明細書において、ドパミン産生神経前駆細胞として、FOXA2及び/又はLMX1Aを発現する(FOXA2陽性及び/又はLMX1A陽性の)細胞、好ましくは、FOXA2及びLMXA1に加えて、OTX2、LMX1B、CORIN、SHH、AADC、及びβIII-Tubulinからなる群から選択される1以上、2以上又は3以上を発現する細胞が挙げられる。
【0031】
本明細書において、ドパミン産生神経細胞(ドパミン神経細胞)として、TH及び/又はNURR1を発現する(TH陽性及び/又はNURR1陽性の)細胞、好ましくは、TH及びNURR1に加えてFOXA2、AADC、DAT及びGIRK2からなる群から選択される1以上、2以上又は3以上を発現する細胞が挙げられる。
【0032】
中脳後脳境界領域由来の神経細胞として、小脳、小脳板組織、脳室帯、菱脳唇等に存在する神経細胞が挙げられる。中脳後脳境界領域マーカーとしては、EN2(中脳)、GBX2(後脳)、N-Cadherin(中脳後脳境界領域の神経前駆細胞)が挙げられる。小脳神経前駆細胞マーカーとしては、GABA作動性神経前駆細胞マーカーであるKIRREL2、PTF1AもしくはSOX2や、小脳顆粒細胞前駆細胞マーカーであるATOH1もしくはBARHL1等が挙げられる。本明細書において、神経系細胞として、上記の中脳後脳境界領域マーカー、小脳神経前駆細胞マーカー、GABA作動性神経前駆細胞マーカー又は小脳顆粒細胞前駆細胞マーカーの1以上、2以上、または3以上を発現する細胞が挙げられる。
網膜由来の神経系細胞としては、視細胞、視細胞前駆細胞、網膜色素上皮細胞、角膜細胞等が挙げられる。
【0033】
また、神経系細胞は、産生(分泌)する神経伝達物質の違いにより分類することもでき、例えば、ドパミン産生神経細胞、ドパミン産生神経前駆細胞、GABA神経細胞、GABA神経前駆細胞、コリン神経細胞、コリン神経前駆細胞、セロトニン神経細胞、セロトニン神経前駆細胞、グルタミン酸神経細胞、グルタミン酸神経前駆細胞、ノルアドレナリン神経細胞、ノルアドレナリン神経前駆細胞、アドレナリン神経細胞、アドレナリン神経前駆細胞等が挙げられる。
【0034】
運動神経や感覚器系の神経系細胞としては、コリン神経細胞又はその前駆細胞等が挙げられる。
自律神経の神経系細胞としては、コリン神経細胞、アドレナリン神経細胞、又はこれらの前駆細胞等が挙げられる。
【0035】
本明細書における神経系細胞として、好ましくは、ドパミン産生神経細胞(ドパミン神経細胞)、ドパミン産生神経前駆細胞(ドパミン神経前駆細胞)が挙げられる。
【0036】
生体由来の神経系細胞は、ヒトなどの哺乳動物から単離した細胞であり、例えばヒト脳組織から単離した細胞としては、Nature Neuroscience,2,1137(1999)またはN. Engl. J. Med.; 344:710-9(2001)に記載されるような胎児の中脳組織に含有される細胞が例示される。
【0037】
神経系細胞はまた、胚性幹細胞(ES細胞)およびiPS細胞などの多能性幹細胞から分化誘導させて得られた細胞であってもよい。神経系細胞を多能性幹細胞から分化誘導する方法は、例えば上述の非特許文献3、4およびWO2015/034012に記載される方法(ドパミン産生神経前駆細胞)、WO2009/148170(大脳等の神経系細胞)、WO2013/065763、WO2016/013669もしくはWO2017/126551(下垂体もしくは視床下部の神経系細胞)、WO2016/039317(小脳の神経系細胞)、WO2015/076388(終脳の神経系細胞)、Numasawa-Kuroiwa, Yら、Stem Cell Reports, 2: 648-661 (2014)(神経前駆細胞)、Qiu, Lら、Stem Cells Transl Med. 6(9): 1803-1814(2017)(ドパミン産生神経前駆細胞)が例示される。
【0038】
また、神経系細胞は間葉系幹細胞(MSC)等の複能性幹細胞から分化誘導させて得られた細胞であってもよい。神経系細胞を間葉系幹細胞から分化誘導する方法としては、J Chem Neuroanat.96:126-133(2019)に記載された方法等が例示される。
【0039】
〔多能性幹細胞〕
多能性幹細胞とは、生体に存在するほとんどすべての細胞に分化が可能である多能性を有し、かつ、増殖能を併せもつ幹細胞を意味する。多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞には、特に限定されないが、例えば、胚性幹(ES)細胞、核移植によって得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、精子幹細胞(GS細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹(iPS)細胞、培養線維芽細胞および骨髄幹細胞由来の多能性幹細胞(Muse細胞)などが含まれる。多能性幹細胞は、ES細胞、ntES細胞、またはiPS細胞であってもよい。倫理的な点を加味すると多能性幹細胞は、iPS細胞であってもよい。なお、胚性幹細胞は、受精14日以内の胚から樹立されたものである。
【0040】
胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。胚性幹細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIF(白血病抑制因子)を含む培地中で培養することによって製造することができる。胚性幹細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関から入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所から入手可能である。ヒト胚性幹細胞であるRx::GFP株(KhES-1株由来)は、国立研究開発法人理化学研究所から入手可能である。マウス胚性幹細胞であるEB5細胞株及びD3細胞株は、それぞれ国立研究開発法人理化学研究所及びATCCから入手可能である。
【0041】
胚性幹細胞の一つである核移植胚性幹細胞(ntES細胞)は、核を取り除いた卵子に体細胞の核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0042】
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することによって製造することができる(Cell,70:841-847,1992)。
【0043】
本明細書における「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等によって初期化(reprogramming)することで、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞、又は末梢血単核球等の分化した体細胞を、OCT3/4、SOX2、KLF4、MYC(c-MYC、N-MYC、L-MYC)、GLIS1、NANOG、SALL4、LIN28、ESRRB等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現によって初期化して、多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)OCT3/4、SOX2、KLF4、及びMYC(c-MYC又はL-MYC)、(2)OCT3/4、SOX2、KLF4、LIN28及びL-MYC(Stem Cells,2013;31:458-466)、(3)OCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28(Science 2007; 318: 1917-1920)等を挙げることが出来る。
【0044】
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによってマウス細胞で樹立された(Cell,2006,126(4),pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell,2007,131(5),pp.861-872;Science,2007,318(5858),pp.1917-1920;Nat. Biotechnol.,2008,26(1),pp.101-106)。
【0045】
人工多能性幹細胞は、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加等によって体細胞から人工多能性幹細胞を誘導する方法によっても製造することができる(Science,2013,341,pp.651-654)。
【0046】
また、株化された人工多能性幹細胞を入手することも可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞等のヒト人工多能性幹細胞細胞株が、京都大学から入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞、Ff-I01s04細胞、QHJ-I01及びFf-I14細胞が、京都大学から入手可能である。
【0047】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球(PBMC)、T細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。
【0048】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子の発現によって初期化する場合、遺伝子を発現させるための手段は特に限定されない。上記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、又はアデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、又はエピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、又はエレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、又はエレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法(例えば、針を用いた方法、リポフェクション法、又はエレクトロポレーション法)等が挙げられる。
【0049】
人工多能性幹細胞は、フィーダー細胞存在下又はフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造できる。フィーダー細胞存在下で人工多能性幹細胞を製造する際には、公知の方法で、未分化維持因子存在下で人工多能性幹細胞を製造できる。フィーダー細胞非存在下で人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる培地としては、特に限定は無いが、公知の胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞の維持培地、又はフィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地を用いることができる。フィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地としては、例えばEssential 8培地(E8培地)、Essential 6培地、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、Stabilized Essential 8培地、StemFit培地等のフィーダーフリー培地を挙げることができる。人工多能性幹細胞を製造する際、例えば、フィーダーフリーで体細胞に、センダイウイルスベクターを用いて、OCT3/4、SOX2、KLF4、及びMYC(L-MYC又はC-MYC)の4因子を遺伝子導入することで、人工多能性幹細胞を作製することができる。
【0050】
本発明に用いる多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であり、好ましくはげっ歯類(例、マウス又はラット)又は霊長類(例、ヒト又はサル)の多能性幹細胞であり、より好ましくはヒト又はマウス多能性幹細胞、さらに好ましくはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)である。
【0051】
〔細胞凝集体〕
本明細書における細胞凝集体が「立体構造を有する」とは、培養細胞が、例えば浮遊培養または3次元培養などによって、細胞が相互に接着して形成される三次元の細胞集団である細胞凝集体(Cell aggregate又はsphere)を形成していることを意味する。神経系細胞の細胞凝集体を、ニューロスフェア(Neurosphere)ともいう。前記細胞凝集体の形状には特に限定はなく、球状であっても非球状であってもよい。本明細書における細胞凝集体は、好ましくは球状に近い立体的な形を有する細胞凝集体である。球状に近い立体的な形は、三次元構造を有する形であって、二次元面に投影したときに、例えば、円形又は楕円形を示す。
【0052】
立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体のサイズは特に限定されないが、通常、円相当径150μm~1000μm、一態様としては例えば200μm~800μm、又は300μm~500μmである。また、立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体は、通常、500~150000個、一態様としては例えば1000~100000個、1000~70000個、又は3000~30000個の細胞を含む。
【0053】
神経系細胞を含む細胞凝集体は、神経系細胞とともに他の細胞が含まれていても良い。神経系細胞を60%以上、70%以上、80%以上、更に好ましくは90%以上含む細胞凝集体が例示される。
【0054】
一態様として、神経系細胞を含む細胞凝集体は、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を60%以上、70%以上、又は80%以上含んでいてもよい。すなわち、神経系細胞を含む細胞凝集体は、FOXA2、LMX1A、LMX1B、NURR1及びTHから選択される1以上のマーカーを発現する神経系細胞を、60%以上、70%以上、又は80%以上含んでいてもよい。
【0055】
一態様として、神経系細胞を含む細胞凝集体は、ドパミン産生神経前駆細胞を40%以上、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上又は90%以上含む。
【0056】
一態様として、神経系細胞を含む細胞凝集体は、ドパミン産生神経前駆細胞のマーカーの1以上、2以上又は3以上を発現する細胞を40%以上、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上又は90%以上含む。
【0057】
一態様として、神経系細胞を含む細胞凝集体は、FOXA2陽性かつLMX1A陽性細胞を40%以上、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上又は90%以上含む。一態様として、前記細胞凝集体は、更にTH陽性かつNURR1陽性の細胞を40%以下含む。
【0058】
一態様として、神経系細胞を含む細胞凝集体は、FOXA2陽性、TH陽性、かつNURR1陽性細胞を、0%以上、10%以上、又は20%以上含んでいてもよい。
【0059】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞を含む細胞凝集体は、NURR1陽性細胞を、60%以下、50%以下、40%以下、5~50%、5~40%又は5~20%含んでいてもよい。
【0060】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体は、TH陽性細胞を、30%以下、20%以下、1~30%、5~30%、1~20%、5~20%、又は5~15%含んでいてもよい。
【0061】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体は、KI67陽性細胞を、30%以下、1~25%、1~20%、又は5~20%含んでいてもよい。
【0062】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体は、SOX1陽性細胞を、20%以下、10%以下、5%以下、又は1%以下含んでいてもよい。
【0063】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体は、PAX6陽性細胞を、5%以下、2%以下、1%以下、又は0.5%以下含んでいてもよい。
【0064】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体は、更に、TH陽性かつNURR1陽性の細胞を20%以下、具体的には1%~20%、より具体的には5%~15%含む。
【0065】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体は、FOXA2陽性かつLMX1A陽性細胞を50%以上、好ましくは60%以上、70%以上、又は80%以上含み、かつTH陽性かつNURR1陽性の細胞を20%以下、1%~20%、より具体的には5%~15%含む。
【0066】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体は、更にSOX1陽性細胞が10%以下、好ましくは7%以下、更に好ましくは3%以下であり、PAX6陽性細胞が5%以下、好ましくは4%以下、更に好ましくは2%以下である。
【0067】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体は、FOXA2陽性かつLMX1A陽性細胞を60%以上含み、かつTH陽性かつNURR1陽性の細胞を1%~20%含み、SOX1陽性細胞が10%以下、好ましくは7%以下、更に好ましくは3%以下であり、PAX6陽性細胞が5%以下、好ましくは4%以下、更に好ましくは2%以下である。
【0068】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体は、FOXA2陽性かつLMX1A陽性の細胞を全細胞数の60%以上含み、TH陽性かつNURR1陽性の細胞を全細胞数の20%以下、1~20%、又は5~15%含んでいてもよい。
【0069】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む上記の細胞凝集体は、円相当径150μm~1000μmの細胞凝集体である。
【0070】
一態様として、ドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む上記の細胞凝集体は、FOXA2陽性かつLMX1A陽性細胞を60%以上含み、NURR1陽性かつTH陽性細胞を1%~20%含み、かつ円相当径150μm~1000μmの細胞凝集体である。
【0071】
〔凍結方法〕
本願の方法は、(1)立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体を、凍結前に0℃以上30℃以下で保存液に接触させ、保存液に浸された細胞凝集体を調製する工程を含む。
【0072】
本願において、凍結保存液(保存液)は、凍結保護物質を含む水性液体を意味する。凍結保護物質は水分子との親和性が高く、凍結保存液中において氷晶の成長を抑制する効果の高い物質を意味し、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、エチレングリコール(EG)、プロピレングリコール(PG)、1,2-プロパンジオール(1,2-PD)、1,3-プロパンジオール(1,3-PD)、ブチレングリコール(BG)、イソプレングリコール(IPG)、ジプロピレングリコール(DPG)および/またはグリセリンなどが含まれる。本願において、凍結保護物質は好ましくはジメチルスルホキシドおよび/またはプロピレングリコールである。凍結保存液中の凍結保護物質の濃度は、凍結保護物質としてジメチルスルホキシドおよび/またはプロピレングリコールを使用する場合、通常7~12%、好ましくは約10%である。
【0073】
水性液体としては、例えば、生理食塩水、PBS、EBSS、HBSSなどの緩衝液やDMEM、GMEM、RPMIなどの細胞や組織などを培養する培養液、血清、血清代替物、またはこれらの混合物などを用いることができる。
【0074】
また凍結保存液としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)および/またはプロピレングリコールを実質的な成分とする市販の凍結保存液を利用することができる。凍結保存液として具体的には、STEM-CELL BANKER (SCB;ZENOAQ)、STEM-CELL BANKER DMSO free (SCB DMSO free;ZENOAQ)、Bambanker hRM (BBK;NIPPON Genetics)、CryoStor CS5 (CS5;BioLife Solutions)、CryoStor CS10 (CS10;BioLife Solutions)、およびSynth-a- Freeze (SaF;Thermo Fisher Scientific)などの市販の凍結保存液が挙げられる。例えば、7~12%、好ましくは約10%のジメチルスルホキシドおよび/またはプロピレングリコールを含有する凍結保存液(例えば、STEM-CELL BANKER、Bambanker hRM、CryoStor CS10およびSynth-a- Freezeなど)を使用することが望ましい。
更に好ましくは、Bambanker hRMを用いることができる。
【0075】
本明細書において、細胞凝集体を凍結させる場合、凍結保存液に対する細胞数(細胞の充填密度)が80000~5000000cells/mL、100000~4000000cells/mL又は200000~2000000cells/mL、300000~1000000cells/mLである。
【0076】
本明細書において、細胞凝集体を凍結させる場合、細胞凝集体の円相当径は、150~1000μm、150μm~600μm、又は300μm~500μmである。
【0077】
本明細書において、細胞凝集体及び保存液の体積は、0.25mL~2mL、0.5ml~1.5ml、又は0.5ml~1mlである。
【0078】
本明細書において、細胞凝集体及び保存液は、0.5ml~15ml、1ml~5ml、又は1ml~2mlの容器に充填されていてもよい。
【0079】
本願における凍結保存液の凝固点は特に限定されないが、通常-1℃~-10℃、好ましくは-3℃~-10℃、更に好ましくは-3℃~-6℃、更により好ましくは約-5℃である。 本明細書における凍結保存液として、実質的な成分として、7~12%、好ましくは約10%のジメチルスルホキシドを含み、凝固点が-1℃~-10℃の水性液体が挙げられる。また、本明細書における凍結保存液として、実質的な成分として、7~12%、好ましくは約10%のジメチルスルホキシドを含み、凝固点が-3℃~-6℃の水性液体が挙げられる。
【0080】
神経系細胞を含む細胞凝集体を凍結保存液に接触させる際の温度は、通常0℃以上30℃以下、好ましくは0℃以上20℃以下、より好ましくは0℃以上10℃以下、さらにより好ましくは0℃以上4℃以下である。
【0081】
また、神経系細胞を含む細胞凝集体を凍結保存液に接触させる時間は、通常5分間~240分間、5分間~120分間、好ましくは5分間~60分間、15分間~240分間、15分間~180分間、15分間~150分間、好ましくは15分間~120分間、15分間~90分間、更に好ましくは15分間~60分間である。
【0082】
本願の方法はまた、(2)工程(1)で得られる保存液に浸された細胞凝集体を、少なくとも、該保存液の凝固点よりも約5℃高い温度から、凝固点よりも約5℃低い温度まで、平均2~7℃、2.5~7℃、又は3~7℃/分の温度低下速度で冷却し、凍結させる工程を含む。
【0083】
本願の方法において、保存液に浸された細胞凝集体は、少なくとも、該保存液の凝固点より約5℃高い温度から凝固点よりも約5℃低い温度に、平均2~7℃/分、2.5~7℃/分、又は平均3~7℃/分、好ましくは平均2~5.5℃/分、2.5~5.5℃/分、又は3~5.5℃/分の温度低下速度で冷却される。好ましい実施態様において、保存液に浸された細胞凝集体は、0±5℃から-30℃±5℃まで、平均2~5℃/分、2.5~5℃/分、又は3~5℃/分の温度低下速度で冷却される。
【0084】
冷却手段は上記の工程が達成される限り、特に限定されず、市販の冷凍庫を使用することができ、温度をコントロールできるプログラムフリーザー(コントロールド レート フリーザーとも言う)を使用してもよい。
【0085】
工程(2)において、保存液に浸された細胞凝集体は、電磁場および/または磁場に曝露されていてもよい。電磁場の周波数は、例えば約300kHz~約2MHz、好ましくは約500kHz~約1MHz、更に好ましくは約600kHz~約1MHzである。磁場の周波数は特に限定されないが、固定周波数であることが好ましい。また、例えば10~2000ガウス、好ましくは50~1000ガウス、さらに好ましくは100~150ガウスの静電場下で凍結することができる。
該条件を達成する方法は特に限定されないが、例えばプロトン凍結機 (株式会社菱豊フリーズシステムズ)として販売されている、電磁場および磁場を発生させる装置を備えたプログラムフリーザーを使用することができる。すなわち、磁場(Static Magnetic Field(SMF))、電磁波(Alternating electric field(AEF))及び超冷却気流(Ultra-cold air)を併せ持つ装置を使用することができる。具体的には、300kHz~2MHzの電磁波を用いることで、氷形成による細胞凝集体への傷害を抑制することができる。
【0086】
本願の方法はさらに、(3)工程(2)で得られる凍結した細胞凝集体を、-50℃以下、好ましくは-80℃以下、さらに好ましくは-150℃以下に冷却する工程を含んでもよい。
【0087】
冷却手段は特に限定されないが、例えばディープフリーザー、プログラムフリーザー、プロトン凍結機、および低温の媒体(例えば、液体窒素など)に供することなどが挙げられる。
【0088】
また、工程(2)または工程(3)で得られた凍結した細胞凝集体を、-80℃以下、好ましくは-150℃以下で保持し、長期保存してもよい。
【0089】
長期保存するための手段としては、例えばディープフリーザー、プログラムフリーザー、プロトン凍結機、および低温の媒体(例えば、液体窒素など)に供することなどが挙げられる。
【0090】
凍結された細胞凝集体は、適宜解凍して使用することができる。解凍方法としては、特に限定はないが、機能・活性および細胞生存率の観点から、体温程度の温度で短時間に解凍することが望ましい。具体的には30℃~40℃、好ましくは35℃~38℃、更に好ましくは、ヒトの体温付近の温度、例えば、約37℃で解凍することが望ましい。
【0091】
本発明の方法で凍結された細胞凝集体は、解凍後に凍結保存液を培地に置換し、回復培養を行っても良いし、回復培養を行うことなく生体に移植することもできる。
【0092】
すなわち、本発明の方法で凍結された細胞凝集体は、凍結を行っていない細胞凝集体と同等の性質を維持することができる。例えば、本発明の方法で凍結された細胞凝集体は、解凍後7日間回復培養を行った場合に、マーカー発現率が凍結前の細胞凝集体と同等である。例えば、ドパミン産生神経前駆細胞を含む細胞凝集体の場合、前記マーカーとしてはFOXA2、LMX1A、NURR1又はTHを挙げることができる。ここでマーカー発現率が同等であるとは、全細胞数に対するマーカー発現細胞の割合の数値の差が、凍結前と解凍後又は解凍後7日間培養後とで、10%程度以下であることを意味する。
【0093】
本発明の方法で凍結された細胞凝集体は、回復培養を行うことなく、生体に移植可能である点で有用である。
【0094】
〔医薬組成物〕
さらに本願は、上記の方法で凍結または長期保存された細胞凝集体を有効成分として含有する医薬組成物、すなわち、移植用組成物(製剤)を提供する。
【0095】
本発明の医薬組成物(移植用組成物)は、本発明の方法で凍結された医薬組成物及び、これを解凍して得られる医薬組成物を共に含む概念である。すなわち、本発明の医薬組成物(移植用組成物)としては、神経系細胞を含む細胞凝集体及び凍結保存液を含む凍結又は非凍結の組成物、並びに、解凍後凍結保存液を投与用媒体に置換した神経系細胞を含む細胞凝集体及び投与用媒体を含む組成物が挙げられる。
【0096】
本発明の医薬組成物(移植用組成物)として、上記〔20〕~〔27〕に記載の移植用組成物が挙げられる。
【0097】
また、一態様として、本願は、多能性幹細胞由来のドパミン産生神経前駆細胞及びドパミン産生神経細胞を60%以上含む、円相当径150μm~1000μmであって、500個~150000個の細胞を含む細胞凝集体、及び7%~12%のジメチルスルホキシドおしくはプロピレングリコールを含む凝固点が-1℃~-10℃の凍結保存液、好ましくはBambanker hRMを含み、以下の性質:
(1)解凍後に全細胞数の約60%以上が生存している、
(2)凍結前と比較して、50%以上の神経突起伸長活性を有する、
(3)解凍後に生存している細胞におけるFOXA2、LMX1A、NURR1およびTHの陽性率の変化が±10%以内、好ましくは、FOXA2、LMX1A、NURR1、TH、EN1およびPITX3の陽性率の変化が±10%以内である、
を有する凍結された移植用組成物を提供する。
【0098】
一態様として、本発明には、細胞数が80000~5000000cells/mL、100000~4000000cells/mL又は200000~2000000cells/mL、300000~1000000cells/mLであり、FOXA2陽性かつLMX1A陽性の細胞を全細胞数の40%以上、好ましくは60%以上、60%以上、80%以上、85%以上又は90%以上含み、TH陽性かつNURR1陽性の細胞を全細胞数の40%以下、1%~20%、又は5%~15%含む、移植用組成物が包含される。
【0099】
一態様として、細胞凝集体の円相当径は、150~1000μm、150μm~600μm、又は300μm~500μmである。
【0100】
一態様として、細胞凝集体及び保存液の体積は、0.25mL~2mL、0.5ml~1.5ml、又は0.5ml~1mlである。
【0101】
一態様として、細胞凝集体及び保存液は、0.5ml~15ml、0.5ml~5ml、又は1ml~2mlの容器に充填されていてもよい。
【0102】
一態様として、本発明には、解凍後に回復のための培養を行うことを要しないことを特徴とする、移植用組成物が包含される。
【0103】
一態様として、細胞凝集体を8~192個/ml含み、かつ、当該細胞凝集体の平均粒子径が150μm~1000μmであり、容器当たりの細胞数が80000~2400000個である、前記〔20〕~〔24〕のいずれか一項に記載の移植用組成物が包含される。
【0104】
前記細胞凝集体は、神経系細胞の移植を必要とする疾患に罹患した患者のための、移植用の医薬組成物として有用であり、神経系細胞の変性、損傷もしくは機能障害を伴う疾患の治療薬等の医薬として使用することができる。すなわち、本発明の細胞凝集体、及び医薬として許容される担体を含む医薬組成物もまた、本発明の範疇である。
【0105】
神経系細胞の移植を必要とする疾患、又は神経系細胞の損傷もしくは機能障害を伴う疾患としては、例えば、脊髄損傷、運動神経疾患、多発性硬化症、筋委縮性側軸硬化症委縮性側索硬化症、ハンチントン舞踏症病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症、アルツハイマー病、網膜色素変性症、加齢黄斑変性、パーキンソン症候群(パーキンソン病を含む)が挙げられる。
【0106】
本発明の一態様として、本発明のドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体を有効成分として含有する、パーキンソン病治療用の医薬組成物が挙げられる。当該パーキンソン病治療剤に含まれるドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞の細胞数は、移植片が投与後に生着できれば特に限定されないが、例えば、1回の移植あたり1.0×104個以上含まれ得る。また、症状や体躯の大きさに合わせて適宜増減して調製されてもよい。ドパミン産生神経前駆細胞の疾患部位への移植は、例えば、Nature Neuroscience,2,1137(1999)もしくはN Engl J Med. ;344:710-9(2001)に記載される手法によって行うことができる。
【0107】
一態様として、本発明の医薬組成物(移植用組成物とも言う)は、ヒトに移植される神経系細胞を含む細胞凝集体及び凍結保存液を含む。本発明の医薬組成物には、凍結された固体状のものも、凍結前もしくは解凍後の液体状のものも、共に含まれる。当該医薬組成物には、凍結速度及び凍結温度に影響を与えない範囲で、細胞の生存を維持するために用いられる添加物を適宜含んでいてもよい。凍結保存液としては、上記で説明されたものが挙げられる。
【0108】
本発明の医薬組成物又は移植用組成物は、後述する通り、解凍し凍結保存液を除去し、生体に投与可能な投与用媒体に置換した後に移植に用いられる。すなわち、解凍された細胞凝集体及び投与用媒体を含む組成物もまた、本発明の医薬組成物(移植用組成物ともいう)の範疇である。
【0109】
〔移植用組成物の製造方法〕
上述の〔1〕~〔17〕のいずれか一項に記載の凍結方法により、上述の〔20〕~〔27〕に記載の医薬組成物(移植用組成物)を製造することができる。すなわち本発明は、上述の医薬組成物(移植用組成物)の製造方法を包含する。
【0110】
〔治療方法〕
本発明の一態様として、本発明の細胞凝集体を、神経系細胞の移植を必要とする疾患に罹患した患者に移植する工程を含む、神経系細胞の補充を必要とする疾患の治療方法が挙げられる。
【0111】
本発明の一態様として、本発明で得られるドパミン産生神経前駆細胞および/またはドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体は、医薬組成物、具体的には移植用材料としてパーキンソン病患者に投与することができる。
【0112】
具体的には、本発明のドパミン産生神経前駆細胞および/またはドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体及び凍結保存液を含む凍結状態の医薬組成物を解凍し、適宜生理食塩水等の適切な移植用媒体に懸濁させ、患者のドパミン神経が不足している領域、例えば線条体に移植することによって行われる。例えば、該医薬組成物を解凍後に適切な担体を含む媒体で洗浄し、凍結保存液をヒトへ移植する際に細胞凝集体を懸濁するための移植用媒体に置換してもよい。解凍温度としては、特に限定はないが、上述のとおり30℃~40℃、好ましくは35℃~38℃、更に好ましくはヒトの体温付近の温度、例えば約37℃が挙げられる。
本発明の医薬組成物(移植用組成物)に含まれる細胞凝集体は、解凍後に回復のための培養を行うことなく凍結保存液を投与用媒体に置換し、生体に移植することが可能である。
【0113】
ここでドパミン産生神経前駆細胞及び/又はドパミン産生神経細胞を含む細胞凝集体に用いられる移植用媒体(投与用媒体)に用いられる担体としては、細胞の生存を維持するために用いられる物質であれば特に限定はなく当業者に周知の物質を用いることができる。具体的には、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)を用いることができる。必要に応じて、移植医療において、移植する組織又は細胞を含む医薬組成物に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0114】
また、移植に際して、解凍した細胞凝集体を各細胞凝集体の生存能力を維持するために必要な媒体において保存してもよい。「生存能力を維持するために必要な媒体」としては、培地、生理学的緩衝溶液等が挙げられるが、ドパミン産生神経前駆細胞および/またはドパミン産生神経細胞を含む細胞集団が生存する限りにおいて特に限定されず、当業者であれば適宜選択することができる。一例として、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製した培地が挙げられる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、GMEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、Neurobasal培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地又はこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
【0115】
上記細胞凝集体を移植することによって、移植されたドパミン産生神経前駆細胞および/またはドパミン産生神経細胞、及び移植後に誘導されるドパミン産生神経前駆細胞および/またはドパミン産生神経細胞は投与された患者に機能的に生着する。
【0116】
ここで、本明細書における「生着」とは、移植された細胞が生体内に長期間(例:30日以上、60日以上、90日以上)生存し、臓器内に接着して留まることを意味する。
【0117】
本明細書における「機能的生着」とは、移植された細胞が生着し、生体内で本来の機能を果たしている状態を意味する。
【0118】
本明細書における「機能的生着率」とは、移植した細胞のうち、機能的生着を果たした細胞の割合を意味する。移植されたドパミン産生神経前駆細胞の機能的生着率は、例えば移植片中のTH陽性細胞数の計測により求めることができる。
【0119】
上記細胞凝集体を移植することによって、移植された細胞及び移植後に誘導されるドパミン産生神経前駆細胞及び/またはドパミン産生神経細胞の機能的生着率は0.1%以上、好ましくは0.2%以上、さらに好ましくは0.4%以上、さらに好ましくは0.5%以上、さらに好ましくは0.6%以上である。
【0120】
本発明の一態様として、以下の工程を含む、ドパミン産生神経の再生を必要とする疾患の治療方法が包含される。
(1)前記〔20〕~〔27〕のいずれか一項に記載の移植用組成物を30℃~40℃、好ましくは37℃±3℃において解凍する工程、
(2)(1)で得られた移植用組成物を、患者の線条体領域に移植する工程。
本発明の一態様として、解凍後に、培養を行うことなく、凍結保存液を投与媒体に置換し、工程(2)を行うことを特徴とする、治療方法が包含される。
【0121】
本明細書において移植の対象となる哺乳動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル等が挙げられ、好ましくはげっ歯類(例、マウス、ラット)又は霊長類(例、ヒト、サル)が、より好ましくはヒトが挙げられる。
【実施例0122】
以下に実施例を示してさらに詳細に説明するが、本願は実施例により何ら限定されるものではない。
実施例1
実施例1の概略を、
図1に示した。
【0123】
[材料と方法]
ヒトiPS細胞の維持および神経細胞への分化
Doi et al., 2014に記載のdual SMAD阻害および底板誘導プロトコルに従って、iPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞を誘導した。すなわち、ヒトiPSC(1231A3)(京都大学)を、iMatrix511 (Nippi)でコーティングされた6ウェルプレート上においてStemFit培地(Ajinomoto)中で維持した。神経分化を開始するために、iPSCをTrypLE select (Invitrogen)と共に10分間インキュベートした後、単細胞に解離し、iMatrix511 (Nippi)でコーティングされた6ウェルプレート上に5×10
6細胞/ウェルの密度で分化培地とともに播種した。分化培地は8% KSR、0.1mM MEM非必須アミノ酸(全てInvitrogen)、ピルビン酸ナトリウム(Sigma-Aldrich)および0.1mM 2-メルカプトエタノールを添加したGMEMを含む培地である。分化培地は播種翌日から12日目まで毎日交換した。播種後の細胞生存率を上げるため1日目に10μM Y-27632(Wako)を添加した。神経分化を効率的に誘導するため、LDN193189 (STEMGENT)およびA83-01 (Wako)を添加した。また、底板細胞を誘導するため、1~7日目に2μM パルモルファミンおよび100ng ml
-1 FGF8 (Wako)を添加し、3~12日目に3μM CHIR99021 (Wako)を添加した(
図1を参照)。
【0124】
セルソーティングおよび培養
12日目にCORIN(発生中の脳における底板マーカー)発現細胞を単離してドパミン産生神経前駆細胞を濃縮し、ソーティング(FACS法)を行った。まず、培養細胞をPE標識抗CORIN抗体(100ng/mL;Catalent / BD)を用いて20分間染色した。死細胞およびデブリを7-AAD染色によって排除した。FACSAria IIまたはIIIセルソーターおよびFACSDivaソフトウェアプログラム(BD Biosciences)を用いて分析を行った。培養12日目にセルソーティングを行った後、ソーティングされた細胞を細胞低接着U底96ウェルプレート(Sumitomo Bakelite)上においてB27サプリメント、2μM Glutamax-I(全てInvitrogen)、10ng ml
-1 GDNF、200mMアスコルビン酸、20ng ml
-1 BDNF(全てWako)および400μM dbcAMP (Sigma-Aldrich)を添加したneurobasal培地を含む神経分化培地中に2-3×10
4細胞/ウェルの密度で再播種し、浮遊細胞塊として28日目まで培養した。また、ソーティングされていない細胞を1.5×10
4細胞/ウェルの密度で再播種した。培地を3日毎に半量交換し、最初の培地にのみ30μMのY-27632 (Wako)を添加した。長期培養のために、浮遊細胞塊を神経分化培地中で培養した(
図1を参照)。
【0125】
凍結保存法
28日目に回収した細胞塊を凍結保存し、以降の実験に用いることとした。すなわち、表1に記載されている1mLの氷冷凍結保存液を含むクライオバイアル中に配置し、凍結するまで氷上で保持した。凍結保存のために、バイアルを冷凍コンテナ:BICELL(NIHON FREEZER)、プログラムされたフリーザー:PDF-150、250(STREX)、cryomed(ThermoFisher Scientific)またはプロトン凍結機(RYOHO FREEZER SYSTEMS)中に移行した。本実験では(
図3に示される)6種類の冷却プロファイルを用いた。すなわち、BICELLをディープフリーザー(-80℃)に移行し、4時間以上保持した(
図3上左)。速度が制御された凍結方法では、バイアルを0.5℃/分(
図3上中央)または1℃/分(
図3上右)の速度で-40℃まで凍結し、その後より速い3~5℃/分で-80℃まで冷却させた。ショッククーリング法では、-35℃まで-25℃/分の速度で凍結させ、次に-12℃まで+10℃/分の速度で加温する工程を、凍結中の-4℃の温度において挿入した(
図3下左及び中央)。プロトン凍結機で凍結したバイアルをチャンバー内で30~60分間保持した(
図3下右)。プロトン凍結機は静磁場、電磁波および冷気を兼ね備えている。静磁場および電磁場は水分子の配向に影響を与え、小さな氷晶の生成を生じさせることで細胞破壊を防ぐと考えられている。しかし、これらの機構は未だ完全には理解されていない。凍結後、クライオバイアルを液体窒素タンクの気相中に保存した。凍結細胞を37℃で、約2分で解凍し、10mLのneurobasal培地を含む15mLチューブに移行した。上清を除去した後、細胞をPBSでリンスし、各アッセイまたは移植に用いた。凍結保存後の細胞数を概算するため、約50個の凝集体を解離させ、解凍の1日後および凍結前の細胞濃度を計算するために血球計算盤で計数した。
表1.本実施例で使用した市販のゼノフリー凍結保存液
【表1】
【0126】
定量RT-PCR
未分化細胞、iPSC由来ドパミン産生神経細胞(28日目、29日目、31日目,35日目)および28+0,1,3,7日目における解凍後のiPSC由来ドパミン産生神経細胞の全RNAをRNeasy Mini KitまたはRNeasy Micro Kit (Qiagen)を用いて抽出し、cDNAをSuper Script III First-Strand Synthesis System (Invitrogen)を用いて合成した。定量PCR反応をStepOneにおいてPower SYBR Green PCR Master Mix (Applied Biosystems)を用いて行った。データをデルタCt法を用いて評価し、GAPDH発現によって標準化した。使用したプライマー配列を表2に示す。
【表2】
【0127】
免疫蛍光研究
インビトロ研究において、35日目または解凍後7日目の培養細胞を4%パラホルムアルデヒドを用いて固定した。インビボ研究において、固定および凍結した脳を40μmの薄さにスライスした。薄片をフリーフローティング法を用いて免疫染色した。使用した一次抗体を表3に示す。細胞を蛍光顕微鏡(BZ-9000; Keyence)および共焦点レーザー顕微鏡(Fluoview FV1000D; Olympus)を用いて可視化した。免疫反応細胞の数を、移植片全体にわたって6片毎に定量化し、Abercrombie法を用いて補正した。
【表3】
*TUBB3はβIII-Tubulinを意味する。
【0128】
神経突起伸長アッセイ
28日目において、神経突起伸長アッセイ用にピックアップした浮遊細胞塊をiMatrix511でコーティングされた24ウェルプレート上で5日間培養し、4%パラホルムアルデヒドで固定した。細胞塊をPE標識抗PSA-NCAM抗体(1:100; Milteny)で染色し、蛍光顕微鏡(BZ-9000; Keyence)を用いて可視化した。細胞体を含まないPSA-NCAM陽性神経突起の面積をPhotoshop(Adobe systems)およびWinRoof(Mitani Corporation)を用いて測定した。
【0129】
電気生理学的解析
28日目に浮遊細胞塊をパパインで解離させ、ポリ-l-オルニチン、フィブロネクチンおよびラミニン(O/F/L)でコーティングされたプレート上で49日目まで培養した。大型細胞体および神経突起様構造を有する神経を、ホールセルパッチクランプ記録のために選択した。細胞を以下の成分を含む生理食塩水溶液中に維持した:125mM NaCl、2.5mM KCl、2mM CaCl2、1mM MgCl2、26mM NaHCO3、1.25mM NaH2PO4、および17mMグルコース。パッチピペットをホウケイ酸ガラスキャピラリ(GC150TF-10; Clark)から作製した。このパッチピペットは140mM KCl、10mM HEPESおよび0.2mM EGTA(pH7.3)で構成される内液で満たした場合に、3~4MWの抵抗を有していた。電圧固定法および電流固定法での記録をパッチクランプアンプ(EPC-8; HEKA)を用いて行った。ギガシール時の抵抗は10~20GWの範囲内であった。パッチクランプアンプからの電流信号をベッセル特性を有する四極ローパスフィルター(UF-BL2; NF)に通して5kHzでフィルターにかけ、12ビットのA/Dコンバータを用いてサンプリングし、32ビットのコンピュータ(PC-9821Ra333; NEC)に保存した。全ての実験を室温で行った。
【0130】
ドパミン放出アッセイ
28日目において、ドパミン放出アッセイ用にピックアップした浮遊細胞塊をO/F/Lコーティングされた12ウェルプレート上で更に28日間培養し、低濃度KCl溶液(4.7mM)で2回洗浄し、低濃度KCl溶液中で15分間インキュベートした。次に培地を高濃度KCl溶液(60mM)に15分間交換した。溶液を回収し、ドパミン濃度をLC/MS/MSで決定した。プレート上に残存していた細胞をPBS中に回収し、超音波処理した。細胞溶解物のDNA濃度をQuant-iT(商標) dsDNA Assay Kit (ThermoFisher)を用いて測定し、ドパミン濃度を補正するために使用した。
【0131】
マイクロアレイ解析
cDNAマイクロアレイ解析はBio-Medical Department of Kurabo Industries Ltdにおいて行った。未分化細胞、12日目の培養細胞、iPSC由来ドパミン産生神経細胞(28日目、29日目、31日目,35日目)および28+0,1,3,7日目における解凍後のiPSC由来ドパミン産生神経細胞全RNAをGenechip(登録商標) 3'IVT pico Reagent KitおよびHuman Genome U133 Plus 2.0 array (Affymetrix)を用いて処理した。データ解析をGenechip operating software ver1.4 (Affymetrix)を用いて行った。シグナル検出および定量化をMAS5アルゴリズムを用いて行った。全プローブセットの平均シグナル強度が100と等しくなるように、グローバルノーマライゼーションを行った。p<0.05で、50より高いシグナル強度を示し、サンプル間で2倍以上の変動を示すプロープセットのデータを用いて解析を実施した。
【0132】
細胞移植
実験動物を、大日本住友製薬の動物実験倫理規定、京都大学における動物実験の実施に関する規定および実験動物資源協会(ILAR; Washington, DCA)の実験動物の管理と使用に関する指針に従って治療および処理した。雄性F344/NJcl-rnu/rnu(ヌード)ラット、パーキンソン病モデルF344 NJcl -rnu/rnuラット(CLEA Japan)およびSprague Dawley(SD)ラット(SHIMIZU LABORATORY SUPPLIES)を短期間の移植研究に使用した。SDラットの右半球における内側前脳束に6-OHDAを以下の配置で注射した(A、-4.0;L、-1.3;V、-7.0)。(0.02%アスコルビン酸を含む3μLの生理食塩水中の)全19.2mgの6-OHDAをラット毎に注射した。移植の1日前から、SDラットの免疫をシクロスポリン(10mg/kg、腹腔内、LC Laboratories)を用いて毎日抑制した。細胞移植を細胞塊の定位注射を用いて行った(A、+1.0;L、-3.0;V、-5.0および-4.0;ならびにTB、0(2μl;200,000細胞/μl)。
【0133】
パーキンソン病モデルヌードラットを長期間の移植研究に用いた。細胞移植を、非凍結細胞塊(A、+1.0;L、-3.0;V、-5.0および-4.0;ならびにTB、0(2μl;200,000細胞/μl)または凍結保存細胞塊(A、+1.0;L、-3.5および2.5;V、-5.5および-4.5;ならびにTB、0(4μl;200,000細胞/μl)の右脳の線条体への定位注射によって行った。実験動物を、PBSおよびその後の4%パラホルムアルデヒドを用いて経心的に麻酔および灌流した。
【0134】
行動解析
メタンフェタミン誘発回転運動評価を、ビデオでモニターされた回転用ボウルを用いて移植前、および移植後4週間毎に行った。2.5mg/kgの用量のメタンフェタミン(Dainippon Sumitomo Pharma)を腹腔内注射し、回転を90分間記録した。
【0135】
統計解析
統計解析を市販のソフトウェアパッケージ(GraphPad Prism 6; GraphPad Software)を用いて行った。インビトロからのデータを一元配置分散分析およびテューキーの事後解析によって分析した(
図2A、2B、4A、4B、5Aおよび
図5B)。行動のデータをテューキーの多重比較検定を伴う二元配置分散分析によって分析した(
図8A。p<0.05の値の差を統計的に有意であるとみなした。行動のデータ(平均値±SEM)を除き、データを平均値±SDとして示した。
【0136】
[結果]
(1)凍結保存液の検討結果(参考例)
上述のとおりiPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞塊に適した凍結保存条件を確立するため、上記表1に記載される臨床応用可能な凍結保存液を比較した。
【0137】
まず、Doi et al, 2014に記載されるように、CORINでソーティングされていない神経前駆細胞塊を用いて凍結保存液の条件をスクリーニングした。壊死ならびにその後の遅発性アポトーシスおよび遅発性壊死の持続により、解凍後に細胞数は減少することが報告されている(Milosevic et al., 2005)。増殖能はこのプロセス中に回復し始め、細胞数は解凍の約24~48時間後に最低となることが知られている(Malpique et al., 2010; Mitchell et al., 2014; Baust et al.,2017)。また、神経毒性のある化合物または遺伝子異常に関連する疾患によって神経突起に異常が生じることも報告されている(Radio et al., 2008; Reinhardt et al., 2013; Ryan et al., 2016)。これらの現象は、神経突起の形態が神経細胞の特徴を示す良い指標となることを示唆している。そこで、細胞生存率として解凍の1日後における生存細胞の回収率を評価し、さらに神経突起伸長の面積を新たな機能評価として調べた。結果を
図2A、
図2B及び
図2Cに示した。
【0138】
全ての凍結保存液において、細胞生存率および神経突起伸長は凍結後に有意に減少した(
図2)。10% DMSOを含む保存液は全て、STEM-CELL BANKER DMSO free (SCB DMSO free) (21±7%)およびCryoStor CS5 (CS5) (16±6%)よりも有意に高い生存率を示した(
図2A)。Bambanker hRM (BBK)およびSynth-a- Freeze (SaF)は他の凍結条件よりも相対的に大きな神経突起伸長の傾向を示した(
図2B及び
図2C)。SCB DMSO free条件、CS5条件およびCryoStor CS10条件では、それぞれ8±17%、50±43%および13±25%の細胞塊がプレートに接着しなかった。BBKは既に日本のドラッグマスターファイルに登録されていたため、以降の実験ではBBKを用いた。
【0139】
(2)中間の冷却速度および過冷却の抑制の影響
次に、BBK中のソーティングされていない細胞塊を6種類のプロトコルを用いて凍結保存した。各プロトコルの温度プロファイルを
図3に示す。また、凝固点での氷核および潜熱の制御による効果を検証するため、一時的な温度降下の過程を有するショッククーリング法(Morris and Acton., 2013)についても調べた。プロトン凍結機は磁場および電磁波に加えて、特有の冷却プロファイルを有している。プロトン凍結機は過冷却を生じることなく、-4℃から-30℃まで約5℃/分で試料を冷却する。この冷却速度は、従来の緩慢法とガラス化法の中間の速度である。詳しくは、プロトン凍結機において冷却する場合、庫内の試料は、実測値として、約2~7℃/分で冷却される。
【0140】
プロトン凍結機ならびにショッククーリング工程を伴わない0.5℃/分および1℃/分の条件は、他の条件よりも相対的に高い細胞生存率をもたらした(
図4A)。特に、プロトン凍結機および0.5℃/分での条件は非凍結細胞の場合と比較して約80%の細胞生存率を示した。また、プロトン凍結機は、ショッククーリング工程を伴う1℃/分の条件を除いて、他の凍結条件よりも著しく大きな神経突起伸長を示し、これは非凍結細胞の場合と比較して約60%の大きさであった(
図4B)。これらの結果は、プロトン凍結機条件による細胞機能の維持を示している。凍結前の凍結保護物質への浸透時間を1時間に延長しても、プロトン凍結機条件では15分間での浸透時間と同様に細胞生存率および神経突起伸長の良好な結果が得られた(
図5AおよびB)。また0.5℃/分の条件において細胞生存率が減少したが、その他の条件においても細胞生存率および神経突起伸長ともに有意な差は観察されなかった(
図5AおよびB)。以上より、中間の冷却速度および過冷却の抑制がiPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞塊の凍結保存に有効であることがわかった。
上記で用いた細胞凝集塊は、抗CORIN抗体によるソーティングを行わないこと以外は、
図1と同様の方法で分化誘導を行った。凍結前の当該細胞凝集塊のマーカー発現を測定した結果を
図10及び表4に示した。
【表4】
【0141】
(3)凍結保存したiPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞塊の細胞数および機能
上記のスクリーニング結果に基づき、BBKおよびプロトン凍結機を用いて凍結保存したiPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞塊の解凍後の性質を調べた。iPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞を80%以上に濃縮するためにCORIN抗体を用いてソーティングし、上述した条件で浮遊培養を行い、細胞凝集体を形成させた後、BBKおよびプロトン凍結機を用いて凍結保存した(
図1を参照)。BBKの浸透時間は1時間であった。
【0142】
その結果、凍結保存した細胞塊の大きさは200μm~500μmであり、細胞数5500個~12000個であった(細胞数については、全細胞塊で計測していないため、細胞塊の大きさから2000個~15000個と推定される)。得られた細胞塊は52±8%の細胞生存率および51±19%の神経突起伸長を示した(
図6A、B)。ドパミン産生神経前駆細胞であることを確認するため、タンパク質マーカーおよび遺伝子発現を解凍の7日後に調べた。免疫細胞化学の結果、凍結保存細胞塊は非凍結細胞塊と比較してほとんど同じレベルのドパミン産生神経前駆細胞マーカー(FOXA2)、ドパミン産生神経マーカー(NURR1およびTH)、および増殖性細胞マーカー(KI67)を発現していたことが分かった(
図6C~E)。
細胞ソーティングのプロセスによってドパミン産生神経前駆細胞が高度に濃縮されていたため、神経幹細胞マーカー(SOX1およびPAX6)を発現する細胞は非凍結細胞塊および凍結細胞塊の両方において極めて少なかった。これは凍結保存プロセスによって異常増殖が生じなかったことを示している。さらにqPCR分析により、ドパミン産生神経前駆細胞マーカー(FOXA2、LMX1AおよびEN1)およびドパミン産生神経マーカー(NURR1、PITX3およびTH)の発現レベルが凍結保存の有無によって変化しなかったことが分かった(
図6G)。多能性マーカー(POU5F1およびNANOG)の発現レベルは、両方の細胞塊において0日目の1%未満に維持された(
図6F)。
【0143】
また、
図6Cに示した細胞塊と同一ロットの凍結直前の細胞塊のマーカー発現を
図11に、複数ロットにおいてマーカー発現量を測定した結果を表5にそれぞれ示した。
【表5】
また、FOXA2及びLMX1Aの発現率を比較した(表6)。
【表6】
【0144】
また、凍結保存/解凍プロセス後の成熟化の時間変化を概観するため、マイクロアレイデータを用いたグローバルPCA分析を行った。有意な信号を含む全21,882種のプローブセットを分析に用いた。PC1およびPC2の寄与はそれぞれ48.0%および15.7%であった。PCスコアプロットは3つの主要な群(0日目(iPSC)、12日目、および28日目以降)にクラスター化された(
図6H)。非凍結試料および凍結保存試料のPCAプロットは共に、28日目の凍結保存および28日目以降に関わらず、PC1軸およびPC2軸の正の方向に移動していた。同一の分化バッチの非凍結試料と凍結保存試料との間において、23349種のプローブセットのうち206種(0.88%)のみが2倍を超える増加または減少を示した。一方、異なるバッチの非凍結試料間において、23275種のプローブセットのうち222種(0.95%)が2倍を超える増加または減少を示した(
図6I、J)。この結果は、凍結保存プロセスがドパミン産生神経前駆細胞の細胞特性に影響を与えていないことを強く示している。
【0145】
iPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞塊の機能的成熟を確認するため、電気生理学的解析およびドパミン放出測定を行った。凍結保存細胞塊を解離させ、さらなる成熟化のためにプレート上で培養すると、ほとんどの細胞は28+21日目にTH
+/TUBB3
+ ドパミン産生神経を生じた(
図6K)。この時点において、成熟ドパミン産生神経由来の連続した活動電位を電流固定化のホールセルパッチクランプ法で検出した(
図6L)。また、56日目の非凍結細胞塊および28+28日目の凍結保存細胞塊のドパミン分泌をLC/MS/MSで検出した。放出されたドパミンの量は非凍結細胞塊と同程度であった(
図6M)。以上より、凍結保存したiPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞塊の細胞数および機能は維持されていることがわかった。
【0146】
(4)凍結保存したiPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞塊の生着、及び6-OHDA病変ラットの行動
凍結保存したiPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞が移植後に生存可能であることを確認するため、非凍結細胞塊および凍結保存細胞塊を数種類のラット線条体に移植し、短期間観察した後、移植片生着率および生存細胞数を計数した。結果を表7に示す。両群の間で移植片が生着したラットの数に差はなかった。プロトン凍結機およびBBKを用いて凍結保存した細胞塊を移植した場合、全生存細胞(HNA
+)の割合は非凍結細胞の場合の42±20%であった。
表7.凍結保存細胞塊の移植片生着率を評価した短期間の検証実験の結果。
【表7】
【0147】
移植を用いた短期間での検証実験の結果として、インビボにおいて非凍結細胞に類似する細胞生存数を達成するためには、非凍結細胞の2倍を超える凍結保存細胞を移植すべきであることが分かった。そこで凍結保存細胞の生存数および薬理効果を評価するため、非凍結細胞塊(4×10
5細胞)および凍結保存細胞塊(8×10
5細胞)を6-OHDA病変PD疾患モデルラットに移植し、メタンフェタミン誘発回転運動を測定した。移植の24週間後、両群において異常回転が減少した(
図8A)。24週間目における免疫蛍光染色により、行動回復を示した全てのラットで細胞の生着が確認された。非凍結細胞塊由来の移植片において55996±3603個のHNA
+細胞が生存し、凍結保存細胞塊由来の移植片において36486±3578個のHNA
+細胞が生存していた(
図8B、C)。HNA
+細胞生存数について、両群間に有意な差は見出されなかった。両群において、TH
+細胞は生存し、正常な神経突起伸長を示した(
図8D~G)。非凍結細胞塊由来の移植片と凍結保存細胞塊由来の移植片との間でTH
+細胞の数に差はなかった(3603±1576細胞/移植片と3578±1490細胞/移植片)(
図8H)。非凍結細胞塊および凍結保存細胞塊に由来する移植片における生存TH
+細胞は、それぞれ注入した細胞の1.1±0.4%および0.5±0.2%であった。この結果は、非凍結細胞塊の場合と比較して約50%のTH
+神経が凍結保存細胞塊由来の移植片において生存していたことを意味する。さらに、両群の生存細胞の大部分はFOXA2
+ ドパミン産生神経前駆細胞であった:非凍結細胞塊の71±6%、および凍結保存細胞塊の76±4%(
図8I、J)。一方、異常増殖のリスクを生じ得るKI67
+増殖性細胞は両群においてほとんど認められなかった(
図8I、K)。以上のことから、凍結保存したiPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞塊は生着し、6-OHDA病変ラットの行動を改善することがわかった。
【0148】
(5)ドパミン産生神経前駆細胞マーカーの発現
解凍後の細胞が非凍結細胞と同様にドパミン産生神経細胞への成熟能を有することを確認するため、タンパク質マーカーおよび遺伝子発現を解凍の7日後まで経時的に調べた。免疫細胞化学の結果、凍結保存細胞塊は非凍結細胞塊と比較してほとんど同じレベルのFOXA2を発現し続けることがわかった(
図7A)。非凍結細胞においてNURR1+細胞は28日目から35日目にかけて増加する。解凍後の細胞は非凍結細胞にやや遅れるものの解凍後7日目ではNURR1+細胞の増加が認められた(
図7B)。さらにqPCR分析により、非凍結細胞ではTHの発現レベルが35日目まで培養期間に伴い上昇することがわかった。解凍後0日目から3日目の細胞はTHの発現が一定のままであるが、7日目にはTHの発現が増加することが確認された(
図7C)。以上のことから、凍結保存したiPSC由来ドパミン産生神経前駆細胞塊はドパミン産生神経細胞への成熟能を保持していることがわかった。
また、複数回のロットで、非凍結細胞を35日目まで培養した場合と、28日目に凍結し、解凍後7日間培養した場合を比較した結果を以下の表8に示した。
【表8】
【0149】
(6)解凍条件の比較(参考)
BBKを凍結保存液に用い、プロトンフリーザーで凍結させた凍結保存細胞塊の解凍条件について、検討した。液体窒素気層で保管されていたチューブを取り出し、条件(i)室温、(ii)37℃湯浴、(iii)プログラムフリーザーを使用して約3℃/min(実測値)で融解、の3条件で解凍した。解凍に要した時間はそれぞれ(i)17分間、(ii)2分間、(iii)約25分間であった。解凍後の細胞塊の生存率(生細胞回収率)及び神経突起伸長活性を上述の方法で測定した。
図9に示すとおり、37℃湯浴での解凍が、最も良好な結果を与えた。
多能性幹細胞由来のドパミン産生神経前駆細胞及びドパミン産生神経細胞を60%以上含む、円相当径150μm~1000μmであって、500個~150000個の細胞を含む細胞凝集体、及び7%~12%のジメチルスルホキシドもしくはプロピレングリコールを含む凝固点が-1℃~-10℃の凍結保存液を含み、以下の性質:
(1)解凍後に全細胞数の約60%以上が生存している、
(2)凍結前と比較して、50%以上の神経突起伸長活性を有する、
(3)解凍後に生存している細胞におけるFOXA2、LMX1A、NURR1およびTHの陽性率の変化が±10%以内である、を示す、凍結された移植用組成物。
1mLあたりの細胞数が80000~5000000個であり、FOXA2陽性かつLMX1A陽性の細胞を全細胞数の40%以上含み、TH陽性かつNURR1陽性の細胞を全細胞数の40%以下含む、請求項1に記載の移植用組成物。
細胞凝集体を8~192個/ml含み、かつ、当該細胞凝集体の円相当径が150μm~1000μmであり、容器当たりの細胞数が80000~2400000個である、請求項1~4のいずれか一項に記載の移植用組成物。
保存液が、7%~12%のジメチルスルホキシド及び/又はプロピレングリコールを含む水性液体であり、工程(2)が、0±5℃から-30±5℃まで、平均2~5℃/分の温度低下速度で冷却する工程である、請求項9~12のいずれか一項に記載の方法。
請求項9~16のいずれか一項に記載の方法で凍結した細胞凝集体を得る工程、および凍結した細胞凝集体を-80℃以下で保持する工程を含む、立体構造を有する神経系細胞を含む細胞凝集体の保存方法。