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特開2024-98028細胞および/または組織の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物
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  • 特開-細胞および/または組織の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024098028
(43)【公開日】2024-07-19
(54)【発明の名称】細胞および/または組織の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240711BHJP
【FI】
C12N5/071
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024080120
(22)【出願日】2024-05-16
(62)【分割の表示】P 2021529495の分割
【原出願日】2019-07-26
(31)【優先権主張番号】62/711,808
(32)【優先日】2018-07-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(71)【出願人】
【識別番号】521044213
【氏名又は名称】エイコーン バイオラブズ,インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】ACORN BIOLABS,INC.
【住所又は居所原語表記】585 University Avenue,Core Cryo,B PMB 120,Toronto, Ontario,M5G 2N2 Canada
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】パンパティス,パトリック ジー.
(72)【発明者】
【氏名】ホルダー,スティーブン テン
(72)【発明者】
【氏名】テイラー,ドゥリュー ダブリュー.
(57)【要約】
【課題】細胞または組織を組成物と接触させる、細胞または組織の輸送方法を提供する。
【解決手段】組成物は、ナリンゲニン、合成生物学的緩衝液を含む緩衝系および糖成分を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞または組織を組成物と接触させる、前記細胞または組織の輸送方法であっ
て、
前記組成物が、
a.ナリンゲニン、
b.合成生物学的緩衝液を含む緩衝系および
c.糖成分
を含む、細胞または組織の輸送方法。
【請求項2】
前記ナリンゲニンの濃度が0.01μM~10μMである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ナリンゲニンの濃度が0.01μM~0.25μMである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記緩衝系が、
a.15mM~45mMの合成生物学的緩衝液、
b.2mM~20mMの重炭酸水素塩、
c.6mM~25mMのリン酸水素塩、または
これらの組み合わせ
を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記緩衝系が、
a.15mM~45mMの合成生物学的緩衝液、
b.3mM~9mMの重炭酸水素塩、
c.10mM~15mMのリン酸水素塩、または
これらの組み合わせ
を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記糖成分が、2mM~25mMのD-グルコースを含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記糖成分が、9mM~15mMのD-グルコースを含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
a.20mM~120mMのナトリウムイオン、
b.0.01mM~1mMのカルシウムイオン、
c.10mM~70mMの塩化物イオン、
d.2mM~12mMのカリウムイオン、
e.0.1mM~1mMのマグネシウムイオン、
f.0.2mM~10mMのアラニルグルタミン、
g.0.01μM~10μMの(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸、または
これらの組み合わせ
をさらに含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
a.70mM~90mMのナトリウムイオン、
b.0.03mM~1mMのカルシウムイオン、
c.40mM~60mMの塩化物イオン、
d.2mM~5mMのカリウムイオン、
e.0.4mM~0.7mMのマグネシウムイオン、
f.1mM~5mMのアラニルグルタミン、
g.0.05μM~0.25μMの(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸、または
これらの組み合わせ
をさらに含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
a.8μg/mL~12μg/mLのインスリン、
b.3μg/mL~7μg/mLのトランスフェリン、
c.20nM~40nMの亜セレン酸ナトリウム、または
これらの組み合わせ
をさらに含む、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
a.10単位/mL~200単位/mLのペニシリン、
b.0.01mg/mL~1mg/mLのストレプトマイシン、または
これらの組み合わせ
をさらに含む、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
a.80単位/mL~120単位/mLのペニシリン、
b.0.08mg/mL~0.2mg/mLのストレプトマイシン、または
これらの組み合わせ
をさらに含む、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記細胞または組織が、ヒト毛包、ヒト毛包由来細胞または尿由来細胞である、請求項1~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記組成物が、
a.0.01μM~0.25μMのナリンゲニン、
b.15mM~45mMの合成生物学的緩衝液、
c.3mM~9mMの重炭酸水素塩、
d.10mM~15mMのリン酸水素塩、
e.9mM~15mMのD-グルコース、
f.70mM~90mMのナトリウムイオン、
g.0.03mM~1mMのカルシウムイオン、
h.40mM~60mMの塩化物イオン、
i.2mM~5mMのカリウムイオン、
j.0.4mM~0.7mMのマグネシウムイオン、
k.1mM~5mMのアラニルグルタミン、および
l.0.05μM~0.25μMの(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸
を含む、請求項1に記載の方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
先行出願の相互参照
本出願は、2018年7月30日に出願された「細胞および/または組織の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物」という名称の米国仮特許出願第62/711,808号の優先権を主張するものであり、この出願の内容は参照によりその全体が本明細書に援用される。
【0002】
本明細書は、概して、生きた細胞、組織および臓器の輸送用および/または凍結保存用の組成物に関する。特に、本明細書は、ヒトおよび動物の非侵襲的な部位から採取された生きた細胞、組織および臓器の輸送および/または凍結保存に使用するための、ナリンゲニン、緩衝系および糖成分を含む組成物に関する。
【背景技術】
【0003】
細胞、組織および臓器の輸送または凍結保存に使用される組成物は現在数多く存在する。例えば、生きた細胞、組織および臓器の輸送および保存は、輸送中に浸透圧平衡が維持され、温度ストレスが最小限に抑えられ、アポトーシスおよび/または細胞壊死が抑制されるように処方された液体組成物中において、体温以下の温度(例えば4~8℃)で行われる。先行技術による体温以下での細胞の保存に使用される組成物の例として、HypoThermosol(登録商標)、AQIX(登録商標)、およびビアスパン(Viaspan)(登録商標)が挙げられる。これらの組成物を含む先行技術による組成物は、様々な種類の細胞、組織および臓器用の保存培地として効果的に使用されてきたが、輸送(特に郵便による輸送)に最適化されたものではない。輸送に関する問題としては、温度の変動、極端な温度への暴露、ぶつかり合いや振動、郵便や宅配便の遅延、輸出入の遅延、税関での遅延、物流の問題(例えば遠隔地への配送)などが挙げられる。非侵襲的な部位から採取された細胞、組織および臓器(例えば、毛包、毛包由来細胞および尿由来細胞)は、このような輸送に関する問題による影響を受ける。前述の輸送に関する問題が原因となって、特に24時間を超える輸送を行った後に、細胞の生存率が至適以下になってしまうことが度々起こる。したがって、凍結保存用、移植用および/または治療用の細胞、組織および臓器の適性が輸送によって損なわれる場合が多い。特に、先行技術による組成物は、小さな細胞や組織、特に毛包との使用を意図したものではない。さらに、特許取得済みの組成物である前述のHypothermosol(米国特許第005405742(A)号明細書、米国特許第006045990(A)号明細書)やAQIX(欧州特許第2175718(B1)号明細書)は、静脈内注入や血管外注入などにおいて、血液量の減少および再潅流障害を最小限に抑えるための体温以下の代用血液として使用することを意図したものである。
【0004】
凍結保存を目的として細胞、組織および臓器を輸送する場合がある。凍結保存は、将来的な使用のために維持することを目的として、例えば液体窒素により-196℃もの極めて低温に暴露させることによって、細胞、組織および臓器を生物学的に不活性な状態で保存することを指す。先行技術では、細胞を凍結から保護する液体組成物を用いて、細胞、組織および臓器を前述のような低温で保存する。先行技術において、このような凍結保存用組成物には様々な種類のものが存在し、細胞内の生物学的構成物が氷晶による損傷を受けないように凍結保護剤を含むものが多い。さらに、先行技術による凍結保存溶液は、生体材料の解凍からの回復を補助するアポトーシスレギュレーターなどの成分も含有している。先行技術における凍結保存溶液の例として、CryoStor(登録商標)、セルバンカー(登録商標)、Synth-a-Freeze(登録商標)およびmFreSR(登録商標)が挙げられる。
【0005】
CryoStor、セルバンカー、Synth-a-FreezeおよびmFreSRによって、生存を維持しながらの細胞、組織および臓器の凍結保存が可能になったが、現在入手可能な組成物は、非侵襲的な部位から採取された細胞、組織および臓器(例えば、毛包、毛包由来細胞、尿由来細胞など)の凍結保存には最適化されていない。特に、凍結保存する前に、24時間を超える郵便で細胞、組織および臓器を輸送した場合、現在入手可能な組成物による解凍後の生存率は至適以下となる。
【0006】
前述の事項に加えて、細胞、組織および臓器の輸送および凍結保存に使用される先行技術による組成物は、化学的組成の不明な血清成分および/または動物由来成分を重要な栄養源(脂質、ビタミン、ホルモン、微量元素など)として含むことが多い。化学的組成の不明な血清成分および/または動物由来成分をこのような組成物に使用すると、病原体による汚染やバッチ間の変動などのリスクが生じることが報告されている。さらに、このような組成物中に入れた細胞、組織および臓器をヒトに使用する場合、免疫反応や拒絶反応が起こる可能性があり、細胞、組織および臓器を治療に使用できなくなったり、ヒトレシピエントに損傷を与える恐れがある。輸送用組成物および凍結保存用組成物に含まれる化学的組成の不明な血清成分および/または動物由来成分の量を低減することは、細胞、組織および臓器の治療への適用性および臨床的適用性の維持に重要である。
【0007】
さらに、先行技術では、輸送用組成物および凍結保存用組成物は、一般に、10%(v/v)のジメチルスルホキシド(「DMSO」)を凍結保護剤として含んでいる。DMSOは効果的な凍結保護剤であるが、このような濃度のDMSOは、細胞、組織および臓器に対して有毒であることも知られている。輸送用組成物および凍結保存用組成物におけるDMSOの使用量を低減させると、毒性が低減され、細胞、組織および臓器への損傷を防げる可能性がある。さらに、これらの組成物中のDMSO含量を低下させると、移植および/または治療用途に対する細胞、組織および臓器の適性が損なわれることを防ぐことができると考えられる。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
様々な態様において、実施形態は、ナリンゲニン、緩衝系および糖成分を含む、細胞、組織または臓器の輸送用組成物に関する。いくつかの実施形態において、前記細胞、組織または臓器は、ヒト毛包、ヒト毛包由来細胞または尿由来細胞である。
【0009】
いくつかの実施形態によれば、前記輸送用組成物中のナリンゲニンの濃度は、約0.01μM~約10μMである。別の実施形態によれば、前記輸送用組成物中のナリンゲニンの濃度は、約0.01μM~約0.25μMである。
【0010】
いくつかの実施形態によれば、前記輸送用組成物の緩衝系は、約15mM~約45mMの合成生物学的緩衝液、約2mM~約20mMの重炭酸水素塩、約6mM~約25mMのリン酸水素塩、またはこれらの組み合わせを含む。別の実施形態によれば、前記輸送用組成物の緩衝系は、約15mM~約45mMの合成生物学的緩衝液、約3mM~約9mMの重炭酸水素塩、約10mM~約15mMのリン酸水素塩、またはこれらの組み合わせを含む。
【0011】
いくつかの実施形態によれば、前記輸送用組成物の糖成分は、約2mM~約25mMのD-グルコースを含む。別の実施形態によれば、前記輸送用組成物の糖成分は、約9mM~約15mMのD-グルコースを含む。
【0012】
いくつかの実施形態によれば、前記輸送用組成物は、約20mM~約120mMのナトリウムイオン、約0.01mM~約1mMのカルシウムイオン、約10mM~約70mMの塩化物イオン、約2mM~約12mMのカリウムイオン、約0.1mM~約1mMのマグネシウムイオン、約0.2mM~約10mMのアラニルグルタミン、約0.01μM~約10μMの(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸、またはこれらの組み合わせをさらに含む。いくつかの実施形態によれば、前記輸送用組成物は、約70mM~約90mMのナトリウムイオン、約0.03mM~約1mMのカルシウムイオン、約40mM~約60mMの塩化物イオン、約2mM~約5mMのカリウムイオン、約0.4mM~約0.7mMのマグネシウムイオン、約1mM~約5mMのアラニルグルタミン、約0.05μM~約0.25μMの(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸、またはこれらの組み合わせを含む。
【0013】
いくつかの実施形態によれば、前記輸送用組成物は、約0.1μg/mL~約20μg/mLのインスリン、約1μg/mL~約20μg/mLのトランスフェリン、約5nM~約50nMの亜セレン酸ナトリウム、またはこれらの組み合わせをさらに含む。いくつかの実施形態によれば、前記輸送用組成物は、約8μg/mL~約12μg/mLのインスリン、約3μg/mL~約7μg/mLのトランスフェリン、約20nM~約40nMの亜セレン酸ナトリウム、またはこれらの組み合わせを含む。
【0014】
いくつかの実施形態によれば、前記輸送用組成物は、約10単位/mL~約200単位/mLのペニシリン、約0.01mg/mL~約1mg/mLのストレプトマイシン、またはこれらの組み合わせをさらに含む。いくつかの実施形態によれば、前記輸送用組成物は、約80単位/mL~約120単位/mLのペニシリン、約0.08mg/mL~約0.2mg/mLのストレプトマイシン、またはこれらの組み合わせを含む。
【0015】
一態様において、前記輸送用組成物は、約0.01μM~約0.25μMのナリンゲニン、約15mM~約45mMの合成生物学的緩衝液、約3mM~約9mMの重炭酸水素塩、約10mM~約15mMのリン酸水素塩、約9mM~約15mMのD-グルコース、約70mM~約90mMのナトリウムイオン、約0.03mM~約1mMのカルシウムイオン、約40mM~約60mMの塩化物イオン、約2mM~約5mMのカリウムイオン、約0.4mM~約0.7mMのマグネシウムイオン、約1mM~約5mMのアラニルグルタミン、および約0.05μM~約0.25μMの(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸を含む。
【0016】
いくつかの実施形態において、前記輸送用組成物は、細胞、組織または臓器を凍結保存する前に、該細胞、組織および臓器の輸送に使用してもよい。
【0017】
様々な態様において、実施形態は、ナリンゲニン、緩衝系および糖成分を含む、細胞、組織または臓器の凍結保存用組成物に関する。いくつかの実施形態において、前記細胞、組織または臓器は、ヒト毛包、ヒト毛包由来細胞または尿由来細胞である。
【0018】
いくつかの実施形態によれば、前記凍結保存用組成物中のナリンゲニンの濃度は、約0.01μM~約10μMである。別の実施形態によれば、前記凍結保存用組成物中のナリンゲニンの濃度は、約0.01μM~約0.25μMである。
【0019】
いくつかの実施形態によれば、前記凍結保存用組成物の緩衝系は、約15mM~約45mMの合成生物学的緩衝液、約2mM~約20mMの重炭酸水素塩、約6mM~約25mMのリン酸水素塩、またはこれらの組み合わせを含む。別の実施形態によれば、前記凍結保存用組成物の緩衝系は、約15mM~約45mMの合成生物学的緩衝液、約3mM~約9mMの重炭酸水素塩、約10mM~約15mMのリン酸水素塩、またはこれらの組み合わせを含む。
【0020】
いくつかの実施形態によれば、前記凍結保存用組成物の糖成分は、約2mM~約25mMのD-グルコースを含む。別の実施形態によれば、前記凍結保存用組成物の糖成分は、約9mM~約15mMのD-グルコースを含む。
【0021】
いくつかの実施形態によれば、前記凍結保存用組成物は、約20mM~約120mMのナトリウムイオン、約0.01mM~約1mMのカルシウムイオン、約10mM~約70mMの塩化物イオン、約2mM~約12mMのカリウムイオン、約0.1mM~約1mMのマグネシウムイオン、約0.2mM~約10mMのアラニルグルタミン、約0.01μM~約10μMの(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸、またはこれらの組み合わせをさらに含む。いくつかの実施形態によれば、前記凍結保存用組成物は、約70mM~約90mMのナトリウムイオン、約0.03mM~約1mMのカルシウムイオン、約40mM~約60mMの塩化物イオン、約2mM~約5mMのカリウムイオン、約0.4mM~約0.7mMのマグネシウムイオン、約1mM~約5mMのアラニルグルタミン、約0.05μM~約0.25μMの(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸、またはこれらの組み合わせを含む。
【0022】
いくつかの実施形態によれば、前記凍結保存用組成物は、約0.1μg/mL~約20μg/mLのインスリン、約1μg/mL~約20μg/mLのトランスフェリン、約5nM~約50nMの亜セレン酸ナトリウム、またはこれらの組み合わせをさらに含む。いくつかの実施形態によれば、前記凍結保存用組成物は、約8μg/mL~約12μg/mLのインスリン、約3μg/mL~約7μg/mLのトランスフェリン、約20nM~約40nMの亜セレン酸ナトリウム、またはこれらの組み合わせを含む。
【0023】
いくつかの実施形態によれば、前記凍結保存用組成物は、約10単位/mL~約200単位/mLのペニシリン、約0.01mg/mL~約1mg/mLのストレプトマイシン、またはこれらの組み合わせをさらに含む。いくつかの実施形態によれば、前記凍結保存用組成物は、約80単位/mL~約120単位/mLのペニシリン、約0.08mg/mL~約0.2mg/mLのストレプトマイシン、またはこれらの組み合わせを含む。
【0024】
いくつかの実施形態によれば、前記凍結保存用組成物は、約0.001g/mL~約0.2g/mLのデキストラン40、約10mM~約60mMのショ糖、約0.1%(v/v)~約20%(v/v)のジメチルスルホキシド、またはこれらの組み合わせをさらに含む。いくつかの実施形態によれば、前記凍結保存用組成物は、約0.03g/mL~約0.07g/mLのデキストラン40、約20mM~40mMのショ糖、約2.5%(v/v)~約10%(v/v)のジメチルスルホキシド、またはこれらの組み合わせを含む。
【0025】
一態様において、前記凍結保存用組成物は、約0.01μM~約0.25μMのナリンゲニン、約15mM~約45mMの合成生物学的緩衝液、約3mM~約9mMの重炭酸水素塩、約10mM~約15mMのリン酸水素塩、約9mM~約15mMのD-グルコース、約70mM~約90mMのナトリウムイオン、約0.03mM~約1mMのカルシウムイオン、約40mM~約60mMの塩化物イオン、約2mM~約5mMのカリウムイオン、約0.4mM~約0.7mMのマグネシウムイオン、約1mM~約5mMのアラニルグルタミン、約0.05μM~約0.25μMの(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸、約0.03g/mL~約0.07g/mLのデキストラン40、約20mM~40mMのショ糖、および約5%(v/v)未満のジメチルスルホキシドを含む。
【0026】
いくつかの実施形態において、前記凍結保存用組成物は、細胞、組織または臓器を輸送した後に、該細胞、組織および臓器の凍結保存に使用してもよい。
【0027】
本明細書に記載の様々な実施形態の理解を深め、それらがどのように実施されうるのかをより明確に示すため、一例として以下の添付図面を参照する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】非限定的な実施形態による、細胞、組織および臓器の輸送および凍結保存に使用してもよい経路の一例を示すフローチャートである。
【0029】
図2】様々な輸送用組成物中で2日間にわたり輸送した後の、ヒトから引き抜いた毛包の生存率を示すグラフである。
【0030】
図3】様々な輸送用組成物において、新鮮な対照の生存率と比較した場合の、ヒトから引き抜いた毛包の相対生存率の経時変化を示したグラフである。
【0031】
図4】様々な凍結保存用組成物中で5日間にわたり凍結保存した後の、ヒトから引き抜いた毛包の生存率を示すグラフである。
【0032】
図5】様々な組成物中で2日間にわたり輸送後、5日間凍結保存した後の、ヒトから引き抜いた毛包の生存率を新鮮な対照に対する相対値として示したグラフである。
【0033】
図6】化学的組成の明らかな無血清条件において新鮮な毛包から増殖させたケラチノサイトの一例を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下の説明および本明細書に記載の実施形態は、本発明の原理および態様の特定の実施形態の一例または複数の例を説明する目的で提供する。これらの例示は、本発明およびその原理を説明することを目的として提供され、本発明およびその原理を限定するものではない。別段の記載がない限り、本明細書において使用されるあらゆる用語および語句は、通常とは異なる意味が明確に示されていたり、これらの用語または語句が使用されている文脈から通常とは異なる意味が明らかでない限り、当技術分野において使用されている意味を含む。
【0035】
本明細書において、通常、当業者であれば、「含む」という用語が、請求項に記載の特徴、構成要素または群の存在を意味し、1種以上の別の特徴、構成要素または群の存在や付加を除外するものではないと理解できるであろう。
【0036】
本明細書において、通常、当業者であれば、「輸送」という用語が、非制御下の化学的動態による損傷を受けやすい細胞小器官、細胞、組織、細胞外マトリックス、臓器またはその他の生物学的構成物などの物品のある場所から別の場所への移動を意味することを理解できるであろう。また、本明細書において「輸送」は、非制御下の化学的動態による損傷を受けやすい細胞小器官、細胞、組織、細胞外マトリックス、臓器またはその他の生物学的構成物などの物品の短期間の保存を含む場合もある。輸送は、郵便による輸送も含むことがある。輸送中に様々な問題が発生する可能性があり、例えば、温度の変動、極端な温度への暴露、ぶつかり合いや振動、郵便や宅配便の遅延、輸出入の遅延、税関での遅延、および物流の問題(例えば遠隔地への配送)などが含まれる。いくつかの実施形態によれば、細胞、組織および臓器の輸送に使用してもよい組成物が提供される。本明細書において「輸送用組成物」は、このような組成物を指すために使用されるが、必ずしもこのような組成物に限定されない。
【0037】
本明細書において、通常、当業者であれば、「凍結保存」という用語が、非制御下の化学的動態による損傷を受けやすい細胞小器官、細胞、組織、細胞外マトリックス、臓器またはその他の生きた生物学的構成物を、超低温での冷却(通常、固体二酸化炭素を用いた-80℃での冷却、または液体窒素を用いた-196℃での冷却)により保存する方法を意味することを理解できるであろう。いくつかの実施形態によれば、細胞、組織および臓器の凍結保存に使用してもよい組成物が提供される。本明細書において「凍結保存用組成物」は、このような組成物を指すために使用されるが、必ずしもこのような組成物に限定されない。
【0038】
本明細書において「細胞、組織および臓器」とは、細胞小器官、細胞、組織、細胞外マトリックス、臓器またはその他の生きた生物学的構成物を指してもよい。いくつかの実施形態によれば、細胞、組織および臓器は、ヒトの細胞、組織および臓器であってもよい。別の実施形態によれば、細胞、組織および臓器は、非ヒトの細胞、組織および臓器であってもよい。非ヒトの細胞、組織および臓器は、哺乳類の細胞、組織および臓器を含んでいてもよく、特にげっ歯類由来の細胞、組織および臓器であってもよい。いくつかの実施形態によれば、細胞、組織および臓器は、非侵襲的な部位から採取され、ヒトから引き抜かれた毛包、毛包由来細胞(ケラチノサイトなど)、尿由来細胞および口腔粘膜細胞を含んでいてもよい。いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物に入れて輸送および/または凍結保存された細胞、組織および臓器を、研究に使用してもよく、かつ/または臨床用途および治療用途に使用してもよい。本発明のいくつかの実施形態において、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物を使用することによって、回収率が良好となり、例えば、研究用途での将来的な使用、または細胞ベースの治療法の出発材料としての将来的な使用に備えて、正常な細胞集団を得ることができる。
【0039】
本明細書において、通常、当業者であれば、「有効量」という用語が、細胞、組織もしくは臓器の生存率を維持するのに十分な量、または細胞、組織もしくは臓器の生存率の低下を抑制するのに十分な量であると理解できるであろう。本発明の実施形態の場合、有効量は、輸送および/または凍結保存された細胞、組織または臓器の生存率を維持するのに十分な量、または輸送および/または凍結保存された細胞、組織または臓器の生存率の低下を抑制するのに十分な量を含みうるが、これらに限定されない。
【0040】
本発明は、ナリンゲニンが、輸送用組成物および/または凍結保存用組成物中の細胞、組織または臓器の生存率の維持または生存率の低下の抑制に寄与するという発見に関する。ナリンゲニンとは、主に柑橘類に見出されるフラバノン類である。ナリンゲニンは抗酸化活性を示すことから、フリーラジカルによる損傷から細胞、組織および臓器を保護することができることを当業者であれば理解できるであろう。さらに、ナリンゲニンは、細胞、組織および臓器の輸送および/または凍結保存に好適な別の特性も有すると考えられる。例えば、ナリンゲニンは、抗真菌性、抗細菌性および抗ウイルス性を示すことが報告されており(例えば、参考文献[4]および[5]を参照されたい)、これらの特性は、望ましくない外部汚染を防ぎ、輸送用組成物および/または凍結保存用組成物に必要とされる抗生物質の量を低減するのに有用である。低濃度のナリンゲニンが組成物中に含まれていると、ケラチノサイトの増殖を誘導することができ(例えば、参考文献[6]を参照されたい)、輸送および凍結保存からの速やかな回復が可能になることを当業者であれば理解できるであろう。さらに、ナリンゲニンは、熱ショックタンパク質の誘導物質であることも報告されており(例えば、参考文献[7]を参照されたい)、輸送中および凍結保存中の突然の温度変化(高温または低温)からの保護効果を発揮する可能性がある。ナリンゲニンは、医薬用途に有望であることが臨床試験で示されている(例えば、参考文献[21]を参照されたい)。
【0041】
本発明のいくつかの実施形態に従って、ナリンゲニン、緩衝系および糖成分を含む組成物を提供する。この組成物は、細胞、組織および臓器の輸送および/または凍結保存に使用してもよい。本発明の組成物は、細胞環境を模倣し、細胞、組織および臓器を損傷から保護し、輸送後および/または凍結保存後の細胞、組織および臓器の生存率、回復および/または有用性が改善するように処方されていることが好ましい。本発明のいくつかの実施形態において、様々な化合物からなる本発明の組成物は、ケラチノサイト細胞の生存率が最適化される濃度で提供される。本明細書において開示された輸送用組成物および/または凍結保存用組成物に含まれる各成分は、いずれも医薬品グレードであり、かつ/または動物由来成分を含まないことが好ましいが、必ずしもそうでなくてもよい。
【0042】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、ナリンゲニンを約0.01μM~約10μMの濃度で含む。いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、ナリンゲニンを約0.01μM~約0.25μMの濃度で含む。いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、少なくとも1種の別のフラボノイドをナリンゲニンと組み合わせて含んでいてもよい。
【0043】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は緩衝系を含む。いくつかの実施形態によれば、緩衝系を使用することによって、COインキュベーターの外の体温以下の条件でも、本発明の組成物を生理学的に適切な約7.4のpHに維持することが可能となる。一態様において、前記緩衝系は、HEPESやBESなどの合成生物学的緩衝液を含んでいてもよい。HEPESと類似したpHを有する好適な合成生物学的緩衝液であれば、どのようなものを使用してもよい。合成生物学的緩衝液の濃度は、約15mM~約45mMであってもよい。
【0044】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物の緩衝系は、前記合成生物学的緩衝液の代わりに約2mM~約20mMの重炭酸水素塩を含んでいてもよく、前記合成生物学的緩衝液に加えて、約2mM~約20mMの重炭酸水素塩をさらに含んでいてもよい。重炭酸水素塩の濃度は約3mM~約9mMであることが好ましい。
【0045】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物の緩衝系は、前記緩衝液の代わりに約6mM~約25mMのリン酸水素塩を含んでいてもよく、前記緩衝液に加えて、約6mM~約25mMのリン酸水素塩をさらに含んでいてもよい。リン酸水素塩の濃度は約10mM~約15mMであることが好ましい。
【0046】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は糖成分を含む。好適な糖であれば、どのような種類のものを使用してもよい。好適な糖成分として、グルコース、マンニトールおよびショ糖が挙げられるが、これらに限定されないことを当業者であれば理解できるであろう。いくつかの実施形態によれば、糖成分はグルコースであり、D-グルコースであることが好ましい。当業者であれば、グルコースがエネルギー源として機能することを理解できるであろう。グルコースは、ATPおよびその他のエネルギー貯蔵性ヌクレオチド三リン酸の生成を補助し、NADPおよびNADの高エネルギー水素の生成も補助する。さらに、細胞における適切なエネルギー代謝は、解糖経路、ペントースリン酸経路、クエン酸回路などの、グルコースが関与する複数の経路に依存することがある。いくつかの実施形態によれば、グルコースの濃度は約2mM~約25mMであり、約9mM~約15mMであることがより好ましい。
【0047】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、ATPの材料となるアデノシンをさらに含んでいてもよい。
【0048】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、細胞環境、組織環境および臓器環境に存在する正常な細胞外液中の濃度に基づいたイオン濃度のナトリウム、カルシウム、カリウム、塩化物、マグネシウムまたはこれらの組み合わせを含み、好ましくは、クレブス-リンガー平衡塩類溶液に類似するものであってもよいが、必ずしもそうでなくてもよい。別の実施形態によれば、本発明の組成物は、正常な細胞外環境よりも少ない量のナトリウム、塩化物、カルシウムまたはこれらの組み合わせを含む。当業者であれば、塩類が、細胞、組織および臓器に対して生理学的に適切な浸透圧平衡を維持する役割を果たしうることを理解できるであろう。また、各種のイオンおよびカチオンは、細胞膜における溶質ポンプ活性を介して、必要とされる生化学的機能をシグナル伝達経路に対して果たしうる。例えば、ケラチノサイトは、カルシウムに感受性を示す場合があり、1mMを超えるカルシウム濃度で終末角化および/または細胞死が誘導される。
【0049】
本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物の実施形態のいくつかにおいて、ナトリウムイオンの濃度は、約20mM~約120mMである。ナトリウムイオンの濃度は、約70mM~約90mMであることがより好ましい。
【0050】
本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物の実施形態のいくつかにおいて、カルシウムイオンの濃度は、約0.01mM~約1mMである。カルシウムイオンの濃度は、約0.03mM~約1mMであることがより好ましい。好ましい一実施形態では、本発明の組成物は、ケラチノサイトの終末角化を抑制または予防するために、約0.06mMのカルシウムを含む。当業者であれば、ケラチノサイトの角化がカルシウムにより制御されることを理解できるであろう。約1mM以上の濃度のカルシウムが、ケラチノサイトの重層化および終末角化を誘導することが過去に報告されている。さらに、特に、引き抜いた毛包からケラチノサイトを増殖させる際の増殖性細胞源として、終末角化したケラチノサイトは有効性が低いことが報告されており、場合によっては使用できないことも報告されている(例えば、参考文献[1]を参照されたい)。
【0051】
本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物の実施形態のいくつかにおいて、塩化物イオンの濃度は、約10mM~約70mMである。塩化物イオンの濃度は、約40mM~約60mMであることがより好ましい。
【0052】
本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物の実施形態のいくつかにおいて、カリウムイオンの濃度は、約2mM~約12mMである。カリウムイオンの濃度は、約2mM~約5mMであることがより好ましい。
【0053】
本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物の実施形態のいくつかにおいて、マグネシウムイオンの濃度は、約0.1mM~約1mMである。マグネシウムイオンの濃度は、約0.4mM~約0.7mMであることがより好ましい。どのような組み合わせの塩類でも使用可能であることが好ましい(例えばKClとNaClの組み合わせが挙げられる)。最終的なイオン濃度は同じであることが好ましい。
【0054】
当業者であれば、グルタミンが窒素源として細胞の増殖に重要であることを理解できるであろう。グルタミンは、代謝経路の様々な制御因子およびエネルギー担体(NAD、NADH、プリンヌクレオチドなど)の合成にも重要である(例えば、参考文献[2]を参照されたい)。グルコース濃度が低い場合、グルタミンがエネルギー源として使用されることがある(例えば、参考文献[2]を参照されたい)。一方で、グルタミンは長期保存に対して不安定であることが報告されている。グルタミンは、時間の経過とともに非酵素的にアンモニアとピログルタミン酸に容易に分解され、細胞、組織および臓器に対して有毒な環境を形成する場合がある。いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、L-グルタミンとL-アラニンを含む安定型グルタミンであるアラニルグルタミンを含み、このアラニルグルタミンにより、細胞、組織および臓器の長期保存が容易となる。いくつかの実施形態によれば、本発明の組成物中のアラニルグルタミンの濃度は、約0.2mM~約10mMであり、約1mM~約5mMであることがより好ましい。
【0055】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、抗酸化剤である(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸(ビタミンE類似体)(例えばトロロックス(登録商標))をさらに含む。当業者であれば、(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸が、ケラチノサイトを使用する場合に特に重要であり、紫外線Bにより誘導されたHによる細胞死を低減し、生存率が向上することを理解できるであろう(例えば、参考文献[3]を参照されたい)。(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸を使用することによって、輸送過程および/または凍結保存過程において(例えば解凍中に)生じる酸化ストレスが低減されうる。いくつかの実施形態によれば、(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸の濃度は、約0.01μM~約10μMであり、濃度は約0.05μM~約0.25μMであることがより好ましい。
【0056】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸の代わりにビタミンEを含んでいてもよい。
【0057】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、血清も動物由来成分も含有していない。当業者であれば、血清およびその他の動物由来成分が、様々な増殖培地ならびに輸送用組成物および凍結保存用組成物において、アミノ酸、脂質、ホルモン、ビタミンおよび微量元素の供給源として従来から使用されていることを理解しているだろう。しかし、血清およびその他の動物由来成分の使用は、病原体による汚染やバッチ間の不整合などのリスクを伴いうる。さらに、血清およびその他の動物由来成分中の外来化合物は、ヒトでの臨床や治療において有害な免疫反応を起こしうることが報告されている。
【0058】
近年、化学的組成の明らかな無血清代替物の開発が進んでいる。細胞、組織および臓器に対して有用であることが確認されている3種の血清中化合物として、インスリン、トランスフェリンおよびセレン(亜セレン酸ナトリウムの形態)がある。当業者であれば、インスリンが、グルコースとアミノ酸の取り込みと利用を制御しており、トランスフェリンが、細胞のホメオスタシスの維持に重要なイオン担体であり、亜セレン酸ナトリウムが、ケラチノサイトの適切な維持のための微量元素として好ましいことを理解できるであろう。セレンはセレンタンパク質の構成成分であり、適切な細胞の健康状態を保つため、数多くの酵素および構成成分が微量のセレンを必要とすると考えられる。また、ケラチノサイトでは、セレンは適切な細胞の機能および健康状態に必要とされることがあり、紫外線Bの照射によるアポトーシスを予防し、ケラチノサイトの増殖を促進し、幹細胞性を保持させ、細胞老化を予防し、老化におけるホメオスタシスを維持して複製寿命を延長しうることが報告されている(例えば、参考文献[8]を参照されたい)。いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、インスリン、トランスフェリン、セレン(亜セレン酸ナトリウムの形態)、またはこれらの組み合わせをさらに含んでいてもよい。いくつかの実施形態によれば、本発明の組成物は、約0.1μg/mL~約20μg/mLの濃度、より好ましくは約8μg/mL~約12μg/mLの濃度のインスリンを含んでいてもよい。いくつかの実施形態によれば、本発明の組成物は、約1μg/mL~約20μg/mLの濃度、より好ましくは約3μg/mL~約7μg/mLの濃度のトランスフェリンを含んでいてもよい。いくつかの実施形態によれば、本発明の組成物は、約5nM~約50nMの濃度、より好ましくは約20nM~約40nMの濃度の亜セレン酸ナトリウムを含んでいてもよい。
【0059】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、アポトーシスによる細胞死を最小限に抑えるため、カスパーゼ阻害剤をさらに含んでいてもよい。
【0060】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物は、本発明の組成物における細菌汚染を最小限に抑えるため、少なくとも1種の抗生物質をさらに含んでいてもよい。細菌汚染を最小限に抑えるのに好適な抗生物質またはその組み合わせであれば、どのようなものを使用してもよい。いくつかの実施形態によれば、本発明の組成物は、ペニシリン、ストレプトマイシンまたはこれらの組み合わせを含む。いくつかの実施形態によれば、本発明の組成物は、約10単位/mL~約200単位/mLの濃度、より好ましくは約80単位/mL~約120単位/mLの濃度でペニシリン抗生物質を含んでいてもよい。別の実施形態またはさらなる実施形態によれば、本発明の組成物は、約0.01mg/mL~約1mg/mLの濃度、より好ましくは約0.08mg/mL~約0.2mg/mLの濃度でストレプトマイシン抗生物質を含んでいてもよい。
【0061】
いくつかの実施形態によれば、本発明の凍結保存用組成物は、少なくとも1種の凍結保護剤をさらに含む。凍結保護剤により細胞の凍結挙動を調節して、凍結保存の過程において発生しうる細胞、組織および臓器への損傷を防ぐことができることを当業者であれば理解できるであろう。凍結保存の過程において、細胞内または細胞外で氷晶が形成されることにより、細胞が冷却による損傷を受けるリスクある。例えば、細胞を過度に急速に凍結すると、細胞内に残留する水分が多くなり、その水分が凝集してできた大きな氷晶により細胞が物理的な損傷を受けることがある。徐冷した場合、細胞は速やかに水分を失うことから、細胞の内部での凍結を防ぐことができると考えられるが、細胞の体積が極端に収縮する場合がある。凍結保存の過程において、細胞内で問題が生じることもある。徐冷した場合の細胞の収縮は、核膜を変形させ、クロマチンの周囲にDNAが密に詰め込まれていると、DNAの破壊が起こりうることが報告されている(例えば、参考文献[9]を参照されたい)。また、細胞の大きさが小さくなることで高分子が密集すると、DNA修復機構が抑制され、遺伝子の損傷が起こることも報告されている(例えば、参考文献[9]を参照されたい)。さらに、徐冷中に急速に水分が失われることによって、細胞が高浸透圧ストレスにさらされる可能性もある。凍結保護剤は、水分の移動速度と氷晶の成長速度に影響を与えることがあり、これらを変化させることによって、細胞内、組織内または臓器内のタンパク質を安定化させて、細胞、組織または臓器を氷晶の形成から保護することが報告されている(例えば、参考文献[10]を参照されたい)。
【0062】
細胞、組織および臓器の適切な凍結保存には、効果的な凍結保護剤の選択が必須であると考えられる。いくつかの実施形態によれば、本発明の組成物は、デキストラン40、ショ糖およびDMSOから選択される少なくとも1種の凍結保護剤を含んでいてもよい。デキストラン40は、グルコース単位からなる多糖類であり、その平均分子量は約40,000であり、血漿増量剤中に含まれる重要な化合物として一般に使用されていることを当業者であれば熟知しているであろう。別の用途では、デキストラン40は、安全かつ/または効果的な凍結保護剤として作用し、氷晶の形成を抑制することができる。いくつかの実施形態によれば、本発明の組成物は、約0.001g/mL~約0.2g/mLの濃度、より好ましくは約0.03g/mL~約0.07g/mLの濃度のデキストラン40を凍結保護剤として含んでいてもよい。ショ糖を非透過型凍結保護剤として使用してもよい。いくつかの実施形態によれば、本発明の組成物は、約10mM~約60mMの濃度、より好ましくは約20mM~約40mMのショ糖を凍結保護剤として含んでいてもよい。
【0063】
いくつかの実施形態によれば、本発明の組成物は、凍結保護剤としてDMSOを含んでいてもよい。DMSOは、凍結保護剤として一般に使用されており、広範囲の様々な種類の細胞、組織および臓器に効果的であることが長年にわたって示されてきたことを当業者であれば熟知しているであろう。DMSOは細胞膜を容易に透過して細胞を保護することが報告されているようであるが、このような細胞への進入は、細胞の水分量を変化させ、細胞に損傷を与えることがある。また、DMSOは、室温で細胞に対して有毒であることが報告されており、動物およびヒトに有害な反応を起こす可能性があるため、臨床用途または治療用途で使用する前に、細胞、組織および臓器からDMSOをできる限り除去すべきである(例えば、参考文献[11]を参照されたい)。先行技術では、DMSOは通常10%(vol/vol)の濃度で使用される。DMSOは、細胞に損傷を与えることがあることが報告されていることから、輸送用組成物および/または凍結保存用組成物中のDMSOの使用量を低減することが望ましいと考えられる。いくつかの実施形態によれば、本発明の組成物は、約0.1%(vol/vol)~約20%(vol/vol)の濃度、より好ましくは約2.5%(vol/vol)~約10%(vol/vol)の濃度のDMSOを含む。好ましい一実施形態によれば、DMSOの濃度は約5%(vol/vol)である。
【0064】
いくつかの実施形態によれば、本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物の最終的なモル浸透圧濃度は約190mOsm/kg~約380mOsm/kgであり、pHは約6.9~7.5である。
【0065】
いくつかの実施形態によれば、まず、細胞、組織または臓器の保存に凍結保存用組成物を使用し、次に、同じ細胞、組織または臓器の輸送および/または保存に輸送用組成物を使用する。別の実施形態によれば、まず、細胞、組織または臓器の短期間の輸送および/または保存に輸送用組成物を使用し、次に、同じ細胞、組織または臓器の長期保存に凍結保存用組成物を使用する。図1を参照すると、本発明の輸送用組成物および凍結保存用組成物の様々な非限定的な実施形態において使用してもよい輸送経路および凍結保存経路の一例が示されている。本発明のいくつかの実施形態によれば、目的の細胞、組織および臓器を輸送用組成物に入れ、実験、分析、治療および/または凍結保存を目的として、第1の場所から第2の場所(例えば実験室や診療所など)へと、これらの細胞、組織および臓器を生きたまま輸送してもよい。いくつかの実施形態において、次に、これらの細胞、組織および臓器を凍結保存用組成物に入れて、凍結保存過程に付す。好ましい一実施形態によれば、将来的な実験、分析および/または治療に必要とされるまで、生存率を有意に低下させることなく、細胞、組織および臓器を任意の期間にわたって凍結保存してもよい。この例は説明を目的としたものであり、本発明の使用を何ら限定するものではない。
【0066】
本発明のいくつかの実施形態によれば、輸送用組成物は、約25℃で所定期間(例えば2日間)にわたる輸送後の生存率が約50%を超えて維持されるように、より好ましくは、約4℃で所定期間(例えば2日間)にわたる輸送後の生存率が約80%に維持されるように処方される。この輸送用組成物は、現在入手可能なその他の組成物(例えばHypoThermosolなど)よりも効果が高いことが好ましいが、必ずしもそうでなくてもよい。図2を参照すると、ヒトから引き抜いた毛包を様々な輸送用組成物中で2日間輸送した後の生存率が示されている。第1の工程として、ヒトから引き抜いた毛包を3種の輸送用培地に入れた。使用した輸送用培地は、1)本発明による輸送用培地、2)比較例としての輸送用培地HypoThermosol、および3)対照としての、マグネシウムもカルシウムも含まないダルベッコのリン酸緩衝生理食塩水(「DPBS」)であった。第2の工程として、温度を約25℃または約4℃に維持しながら、毛包を約2日間にわたり模擬輸送した。2日後に、新鮮な対照に対する毛包の生存率をAlamarBlueアッセイにより測定した。一元配置分散分析およびTukeyの事後検定により、本発明の輸送用組成物を、比較例としてのHypoThermosolおよびDPBS対照と比較したところ、p<0.05の統計学的有意差が得られる。この試験を5回繰り返した。
【0067】
栄養素を添加していない対照としての、マグネシウムもカルシウムも含まないダルベッコのリン酸緩衝生理食塩水(「DPBS」)、比較例としての輸送用組成物Hypothermosol FRS、または本発明の実施形態による輸送用組成物において、ヒトから引き抜いた毛包の相対生存率の経時変化を調べた結果を図3に示す。輸送温度は4℃に設定した。新たに引き抜いた後、輸送していないヒト毛包対照の生存率と、輸送後のヒト毛包の生存率を比較することによって相対生存率を算出した。各時点において、AlamarBlueアッセイにより生存率を測定した。この試験を3回繰り返した。図3では、24時間後において、本発明の実施形態による輸送用組成物中で輸送したヒト毛包が、その他の種類の組成物と比べて比較的高い生存率を維持できることが示されている。この結果は、所在地、郵便の遅延、輸出入の遅延、税関での遅延などによって、ほとんどの配送物の輸送時間が24時間を超えうる郵便により細胞、組織および臓器を輸送する際に重要である。
【0068】
ヒトから引き抜いた毛包を5日間凍結保存した後の生存率を図4に示す。ヒト毛包を引き抜き、4種の凍結保存用組成物に入れた。使用した凍結保存用組成物は、1)本発明の実施形態による5%DMSO含有凍結保存用組成物、2)DMSOを含有しないこと以外は、本発明の実施形態と同様の凍結保存用組成物、3)5%DMSOを含むCryoStor CS5、および4)DMEM中に5%DMSOと10%FBSを含む標準的な凍結保存用組成物であった。凍結保存を行う前に、CoolCell LX凍結保存用コンテナを使用して、これらの異なる組成物中の毛包を約1℃/分の一定速度で約-80℃まで冷却した。次に、毛包を入れたバイアルを気相式液体窒素凍結保存タンクで5日間保存した。凍結保存の開始から5日後に、毛包を入れたバイアルを37℃の水浴中で急速解凍した。次に、凍結保存していない新鮮毛包に対する毛包の相対生存率をAlamarBlueアッセイで測定した。一元配置分散分析およびTukeyの事後検定により、本発明の実施形態による5%DMSO含有凍結保存用組成物を、CryoStor CS5および標準的な凍結保存用組成物と比較したところ、p<0.05の統計学的有意差が得られた。本発明の実施形態による5%DMSO非含有凍結保存用組成物とCryoStor CS6の間には統計学的有意差は認められなかった(N=6)。
【0069】
ヒトから引き抜いた毛包を2日間輸送し、その後5日間凍結保存した後の生存率を図5に示す。ヒト毛包を引き抜き、3種の輸送用組成物に入れた。使用した輸送用組成物は、1)本発明の実施形態による輸送用組成物、2)比較例としての輸送用組成物HypoThermosol、および3)標準的な組成物としての、マグネシウムもカルシウムも含まないダルベッコのリン酸緩衝生理食塩水(「DPBS」)であった。次に、温度を約25℃または約4℃に維持しながら、毛包を2日間にわたり模擬輸送した。2日後、新鮮な対照に対する輸送後の毛包の生存率(V)をAlamarBlueアッセイにより測定した。凍結保存後の生存率を評価するため、ヒト毛包を引き抜き、4種の凍結保存用組成物に入れた。使用した凍結保存用組成物は、1)本発明の実施形態による前記5%DMSO含有凍結保存用組成物、2)DMSOを含有しないこと以外は、本発明の実施形態と同様の凍結保存用組成物、3)5%DMSOを含むCryoStor CS5、および4)DMEM中に5%DMSOと10%FBSを含む標準的な凍結保存用組成物であった。凍結保存を行う前に、CoolCell LX凍結用コンテナを使用して、これらの異なる組成物中の毛包を約1℃/分の低下速度で約-80℃まで冷却した。次に、毛包を入れたバイアルを気相式液体窒素凍結保存タンクで5日間保存した。凍結保存の開始から5日後に、毛包を入れたバイアルを約37℃の水浴中で急速に解凍した。次に、凍結保存していない新鮮な毛包に対する凍結保存後の毛包の相対生存率(V)をAlamarBlueアッセイにより測定した。一元配置分散分析およびTukeyの事後検定により、本発明の輸送用組成物と本発明の一実施形態による5%DMSO含有凍結保存用組成物または5%DMSO非含有凍結保存用組成物の併用を、HypoThermosolとCryoStor CS5の併用および標準的な輸送用培地と標準的な凍結保存用培地の併用と比較したところ、p<0.05の統計学的有意差が得られた(N=6)。
【0070】
図4および図5は、5%DMSO含有CryoStor CS5と比較したときの、DMSOを添加した場合およびDMSOを添加していない場合の本発明の輸送用組成物および/または凍結保存用組成物の有効性を示す。
【0071】
本発明のいくつかの実施形態によれば、本明細書において開示された輸送用組成物および凍結保存用組成物は、好ましくは、(図1に示すように)細胞、組織および/または臓器の輸送および/または凍結保存を行うために一緒に使用してもよいことから(ただし、必ずしも一緒に使用しなくてもよい)、これらの輸送用組成物および凍結保存用組成物は互いに類似したものであってもよい。
【0072】
毛包から単離された細胞は、再生医療において様々に利用できる可能性があることを当業者であれば理解できるであろう。成長期の毛髪は、頭皮から直接引き抜いて得ることができる。頭皮から直接引き抜かれた成長期の毛髪は、ろう質の毛小皮(キューティクル)と、これとは明確に区別可能な毛球および外毛根鞘とを有し、毛球および外毛根鞘は、毛髪再生力および創傷治癒力が高いケラチノサイトおよびその他の細胞を含む(例えば、参考文献[12]、[13]および[14]を参照されたい)。毛包由来のケラチノサイトを(図6に示すように)培養して、iPS細胞株の作製に使用してもよく、OCT4、SOX2、KLF4およびc-MYCを用いたレトロウイルスによる形質導入におけるリプログラミングの総効率は、約1%近くに達するが、これに対して、線維芽細胞培養物を用いた場合のリプログラミング効率は約0.01%未満に留まる(例えば、参考文献[15]および[16]を参照されたい)。
【0073】
化学的組成の明らかな無血清条件における新鮮毛包からのケラチノサイトの増殖の一例を図6に示す。ライカ社製のDMi 8位相差顕微鏡を使用して100倍で写真を撮影した。8日目までに、ケラチノサイトのコンフルエントな単層が得られ、これをトリプシン処理することにより、さらに拡大培養することができた。実験プロトコルは、Hungら(2015)の手順に従った(参考文献[20]を参照されたい)。本発明の好ましい実施形態に従って輸送および凍結保存を行った後でも、ケラチノサイトの増殖が認められた。
【0074】
当業者であれば、単一の尿試料から様々な種類の細胞を回収できることを容易に理解でき、例えば、尿路上皮様細胞、平滑筋様細胞、内皮様細胞および/もしくは間質様細胞、ならびに/または幹細胞様の特徴を示し、「尿由来幹細胞」(「USC」)と呼ばれる細胞の亜集団などを回収することができるが、これらに限定されない。USCは、好ましくは、排泄された尿中に約0.2%の割合で含まれていてもよく、その平均回収率は、尿100mLあたり5~10個であってもよいが、これらの割合には限定されず、腎糸球体中の血管壁幹細胞に由来することが報告されている(例えば、参考文献[17]を参照されたい)。USCは接着性があり、82%の成功率で培養できることが報告されている(例えば、参考文献[18]を参照されたい)。USCは、初期の継代では間葉系幹細胞マーカー(CD117、CD73、CD90、CD105)を発現するが、造血幹細胞マーカーは陰性である(例えば、参考文献[18]を参照されたい)。USCは、尿路上皮細胞系、平滑筋細胞系、神経細胞前駆細胞系、骨細胞系、脂肪細胞系および軟骨細胞系に分化することができる多能性幹細胞であると考えられている(例えば、参考文献[17]および[18]を参照されたい)。さらに、ケラチノサイトと同様に、iPS細胞を作製する際の前駆細胞としてUSCを使用すると、線維芽細胞を用いた従来の方法よりも作製期間が短縮され(12日間)、高効率になることが報告されている(例えば、参考文献[19]を参照されたい)。このような高いiPS細胞の作製効率は、c-mycおよびklf4という2種のリプログラミング因子が内在性に発現されていることと、USCにおいて観察されるテロメラーゼ活性が高いことに起因していると考えられる(例えば、参考文献[19]を参照されたい)。このように、USCは、再生医療、特に尿路および/または腎臓の修復に関して様々に利用できる可能性がある。
【0075】
前述の説明は例示のみを目的としたものであり、当業者であれば、開示された本発明の範囲から逸脱することなく、実施形態に変更を加えてもよいことを理解できるであろう。本発明の範囲内における変更は、本開示を参照することにより、当業者には明らかであり、そのような変更は添付の特許請求の範囲内にあるものとする。
【0076】
現時点において好ましい本発明の実施形態について述べてきた。前述の説明は例示を目的として示したものであり、網羅的なものではなく、本明細書に開示された形態そのものに本発明を限定するものではない。前述の教示を踏まえて、別の変更、変形および改変が可能であり、このような変更、変形および改変は、当業者に明らかであるとともに、本発明の要旨および範囲から逸脱することなく、本発明の別の実施形態による設計および製造に使用してもよい。本発明の範囲は、詳細な説明によって限定されず、本明細書の一部を構成する請求項のみによって限定されるものとする。
【実施例0077】
本発明を以下の実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。以下の実施例は、本発明の理解を深めるために述べるが、本発明の範囲を何ら限定するものではなく、限定するものとして解釈すべきでない。以下の実施例には、当業者に公知の従来法の詳細な説明は含まれない。
【0078】
実施例1-輸送用組成物の処方
この実施例では、細胞、組織および臓器を輸送するための本発明の一態様による輸送用組成物の好ましい処方について述べる。
【0079】
本発明の好ましい実施形態において、ナリンゲニンの原液とトロロックスの原液を、最終濃度が100mMになるようにDMSO中でそれぞれ調製する。次に、最終濃度が0.4mMになるように(DMSOの最終濃度:0.4%(v/v))、エンドトキシンフリーのmilli-Q水で各原液を希釈することにより、ナリンゲニンの使用液とトロロックスの使用液を調製する。
【0080】
エンドトキシンフリーのmilli-Q精製水500mLに、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム六水和物、重炭酸ナトリウム、無水第二リン酸ナトリウム、HEPES、D-グルコースおよびアラニルグルタミンを撹拌しながら添加し、10倍溶液を作製する。
【0081】
10倍溶液は、
a.485mM NaCl、
b.40mM KCl、
c.0.6mM CaCl
d.5mM MgCl六水和物、
e.60mM NaCO
f.120mM NaHPO
g.230mM HEPES、
h.110mM D-(+)-グルコースおよび
i.20mM Ala-Gln
を含む。
【0082】
各成分が完全に溶解した後、使い捨ての0.22μm滅菌フィルターシステムを使用して溶液をろ過滅菌する。長期保存する場合は、この10倍溶液から重炭酸ナトリウムを省く代わりに、1倍溶液に重炭酸ナトリウムを新たに加えてもよい。10倍溶液は4~8℃で保存する。
【0083】
エンドトキシンフリーのmilli-Q精製水45mLで10倍溶液5mLを希釈することにより、1倍溶液を調製する。得られた1倍溶液はよく混合する。
【0084】
ナリンゲニンの使用液を1倍溶液で希釈して0.05μMとし、トロロックスの使用液を1倍溶液で希釈して0.1μMとする。
【0085】
1倍の最終溶液は、
a.48.5mM NaCl、
b.4mM KCl、
c.0.06mM CaCl
d.0.5mM MgCl六水和物、
e.6mM NaCO
f.12mM NaHPO
g.23mM HEPES、
h.11mM D-(+)-グルコース、
i.2mM Ala-Gln、
j.0.05μM ナリンゲニン、
k.0.1μM トロロックス[(±)-6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2-カルボン酸]および
l.0.0005%(v/v)DMSO(ナリンゲニンとトロロックスに使用した溶媒;最終濃度は0.0005%(v/v)を超えないこと)
を含む。
【0086】
1倍の最終溶液をよく混合した後、使い捨ての0.22μm滅菌フィルターシステムでろ過滅菌し、4℃で保存する。
【0087】
実施例2-凍結保存用組成物の処方
以下の実施例では、細胞、組織および臓器を凍結保存するための本発明の一態様による凍結保存用組成物の好ましい処方について述べる。
【0088】
本発明の好ましい実施形態において、最終濃度が100mMになるようにDMSO中で調製したナリンゲニンの原液を含む処方と、最終濃度が100mMになるようにDMSO中で調製したトロロックスの原液を含む処方を調製する。次に、最終濃度が0.4mMになるように、マグネシウムもカルシウムも含まないDPBSで各原液を希釈することにより、ナリンゲニンの使用液とトロロックスの使用液を調製する。
【0089】
エンドトキシンフリーのmilli-Q精製水500mLに、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム六水和物、重炭酸ナトリウム、無水第二リン酸ナトリウム、HEPES、D-グルコースおよびアラニルグルタミンを撹拌しながら添加し、10倍溶液を作製する。
【0090】
10倍溶液は、
a.485mM NaCl、
b.40mM KCl、
c.0.6mM CaCl
d.5mM MgCl六水和物、
e.60mM NaCO
f.120mM NaHPO
g.230mM HEPES、
h.110mM D-(+)-グルコースおよび
i.20mM Ala-Gln
を含む。
【0091】
エンドトキシンフリーのmilli-Q精製水45mLで10倍溶液5mLを希釈することにより、1倍溶液を調製する。得られた1倍溶液はよく混合する。
【0092】
ナリンゲニンの使用液を1倍溶液で希釈して0.05μMとし、トロロックスの使用液を1倍溶液で希釈して0.1μMとする。最終濃度が5%(w/v)になるようにデキストラン40を1倍溶液に加え、最終濃度が1%(w/v)になるようにショ糖を1倍溶液に加える。最終濃度が5%(v/v)になるようにDMSOを1倍溶液に加える。
【0093】
1倍溶液をよく混合した後、使い捨ての0.22μm滅菌フィルターシステムでろ過滅菌し、4℃で保存する。
【0094】
別の実施形態では、実施例1に記載の1倍溶液に、デキストラン40、ショ糖およびDMSOを加える。最終濃度が5%(w/v)になるようにデキストラン40を加え、最終濃度が1%(w/v)になるようにショ糖を加え、最終濃度が5%(v/v)になるようにDMSOを加える。
【0095】
用語の説明
本出願の目的に関して、「X、YおよびZのうちの少なくとも1つ」または「1つ以上のX、YおよびZ」という用語は、Xのみ、Yのみ、Zのみ、またはX、YおよびZのうちの2つ以上の任意の組み合わせ(例えば、XYZ、XYY、YZ、ZZ)を指す。
【0096】
本出願において、「一実施形態」、「実施形態」、「実施」、「変形」などは、本明細書に記載の実施形態、実例または変形が、特定の態様、特徴、構造または特性を含んでいてもよいことを指すが、すべての実施形態、実例または変形が、必ずしもその態様、特徴、構造または特性を含むわけではない。さらに、これらの語句は、本明細書の別の部分で言及された同じ実施形態を指す場合があるが、必ずしもそうでなくてもよい。また、特定の一実施形態に関して特定の態様、特徴、構造または特性が述べられている場合、明示的に述べられているか否かにかかわらず、このようなモジュール、態様、特徴、構造または特性が、別の実施形態に影響を及ぼしたり、別に実施形態と関連したりすることは、当業者の知識の範囲内である。換言すれば、明らかな不整合や本質的な不適合がない限り、あるいは具体的に除外されていない限り、任意の構成要素または特徴を、別の実施形態の別の構成要素または別の特徴と組み合わせてもよい。
【0097】
任意の構成要素を除外するために、請求項が記載される場合があることにも留意されたい。つまり、この留意事項は、請求項に記載の構成要素の引用や「否定的な」限定の使用に関連する「単独」や「のみ」などの排他的な用語の使用に関する前提となる。「好ましくは」、「好ましい」、「好まれる」、「任意で」および「であってもよい」という用語、ならびにこれらに類似の用語は、記載の事項、状態または工程が、本発明において(必須ではなく)任意の特徴であることを示すために使用される。
【0098】
単数形の「a」、「an」および「the」は、明確な別段の記載がない限り、複数のものを含む。「および/または」という用語は、この用語に関連する事項のいずれか1つ、それらの任意の組み合わせ、またはそのすべてを意味する。「1つ以上」という用語は、特に、この用語が使用されている記載を参照することによって、当業者であれば容易に理解することができる。
【0099】
「約」は、所定の数値が、±5%、±10%、±20%または±25%の範囲で変動することを指してもよい。例えば、いくつかの実施形態において「約50」%は、45~55%の範囲で変動しうる。整数値の範囲の場合、「約」は、この範囲の上限よりも大きい整数値および/または下限よりも小さい整数値のうちの1つまたは2つを含みうる。本明細書で別段の記載がない限り、「約」は、本発明の組成物の機能または本発明の実施形態の点で同等な、本明細書に記載の範囲に近似した数値および範囲を含む。
【0100】
特に詳細な説明の提供などの何らかの目的において、本明細書に記載された範囲はいずれも、あらゆる可能な部分範囲およびその組み合わせ、ならびにその範囲を構成する個々の数値(特に整数値)を包含することを、当業者であれば理解できるであろう。本明細書に記載の範囲は、この範囲に含まれる個々の特定の数値、整数値、小数値または同一物を含む。本明細書に記載の範囲はいずれも、同じ範囲を少なくとも等分、3等分、4等分、5等分または10等分に分割したものも十分に記載されており、このような分割された範囲で本発明を実施可能であることを容易に理解できるであろう。例えば、本明細書に記載の範囲はいずれも、容易に、低域、中域、高域といった3等分などにすることができるが、これに限定されない。
【0101】
また、「最大で」、「少なくとも」、「超える」、「未満」、「よりも大きい」、「以上」といった用語はいずれも、記載された数値を含むとともに、前述したように、部分範囲に分割可能な範囲も指すことを当業者であれば理解できるであろう。同様に、本明細書に記載の比率はいずれも、より広い範囲の比率に含まれるあらゆる下位の比率を含む。
【0102】
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図1
図2
図3
図4
図5
図6