(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024098195
(43)【公開日】2024-07-23
(54)【発明の名称】水素貯蔵構造、水素貯蔵材料修飾電極、水素貯蔵システム、および有機ハイドライド製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 3/25 20210101AFI20240716BHJP
C25B 3/03 20210101ALI20240716BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20240716BHJP
C01B 3/00 20060101ALI20240716BHJP
G01N 27/30 20060101ALI20240716BHJP
G01N 27/416 20060101ALI20240716BHJP
C25B 11/04 20210101ALI20240716BHJP
【FI】
C25B3/25
C25B3/03
C25B9/00 G
C01B3/00 B
G01N27/30 Z
G01N27/416 302Z
C25B11/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023001503
(22)【出願日】2023-01-10
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】503116257
【氏名又は名称】学校法人八戸工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100119264
【弁理士】
【氏名又は名称】富沢 知成
(72)【発明者】
【氏名】片山 裕美
【テーマコード(参考)】
4G140
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4G140AA26
4G140AA32
4K011AA20
4K011AA29
4K011DA10
4K021AC02
4K021AC14
4K021BA04
4K021BA17
4K021DA13
4K021DC15
(57)【要約】 (修正有)
【課題】電気化学反応による有機ハイドライド法において、拡散律速による反応効率低下、不純物や夾雑物による副反応や電極不活化、水素貯蔵材料溶液(有機系)―水素源となる水系電解液間の隔膜改良の必要性といった従来技術の諸問題点を解消して反応効率を高められる方式を提供すること。
【解決手段】水素貯蔵構造10は、電極2上に水素貯蔵材料3による膜4が設けられてなることを基本構成とする。膜4としては、自己組織化単分子膜(SAMs膜)を用いることができる。自己組織化によって形成される単分子膜であるSAMs膜は、バイオセンサー分野では抗体などを固定化するためのスペーサーとして幅広く活用されている有機分子膜である。本発明ではこれを水素貯蔵技術に応用し、電極2に膜4構成分子として水素貯蔵材料3を修飾することで反応の効率化を実現する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極上に水素貯蔵材料による膜が設けられてなることを特徴とする、水素貯蔵構造。
【請求項2】
前記膜が自己組織化単分子膜すなわちSAMs膜であることを特徴とする、請求項1に記載の水素貯蔵構造。
【請求項3】
前記水素貯蔵材料が有機化合物であることを特徴とする、請求項2に記載の水素貯蔵構造。
【請求項4】
前記有機化合物が芳香族化合物であることを特徴とする、請求項3に記載の水素貯蔵構造。
【請求項5】
前記電極が貴金属電極であることを特徴とする、請求項4に記載の水素貯蔵構造。
【請求項6】
請求項1、2、3、4、5のいずれかに記載の水素貯蔵構造が形成されていることを特徴とする、水素貯蔵材料修飾電極。
【請求項7】
請求項6に記載の水素貯蔵材料修飾電極と、これが置かれる電解媒体とを備えてなることを特徴とする、水素貯蔵システム。
【請求項8】
前記電解媒体が水系電解液であることを特徴とする、請求項7に記載の水素貯蔵システム。
【請求項9】
請求項6に記載の水素貯蔵材料修飾電極の表面上において水素イオンを該水素貯蔵材料と反応させて有機ハイドライドを得ることを特徴とする、有機ハイドライド製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水素貯蔵構造、水素貯蔵材料修飾電極、水素貯蔵システム、および有機ハイドライド製造方法に係り、特に有機ハイドライド法による水素貯蔵における反応効率低下を防止する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料や原子力エネルギーの代替として太陽光エネルギーなどの自然エネルギーやバイオマスエネルギーなど様々な代替燃料が開発されており、その中でも水素エネルギーは、排出物が水のみであるクリーンな燃料として注目されている。日本国内では、水素をエネルギーとして利用する“水素社会”を目指し、大幅な省エネルギーや環境負荷低減に大きく貢献する動きとして2014年に「エネルギー基本計画」が閣議決定された。そのような中、課題となるのは水素の安定的な供給に向けた貯蔵・輸送技術の開発である。
【0003】
現在、水素を高圧ガスや液化水素の形で運搬する方法が広く活用されているが、高コストであることや高圧ガス保安法等の法規への対応が必要であるため、効率的な水素貯蔵技術の開発が求められている。そこで、水素貯蔵技術として金属固体内に貯蔵する水素貯蔵合金の開発や芳香族化合物、アミン、または、アルコールなどの有機化合物に水素を貯蔵する“有機ハイドライド法”の開発が取り組まれている。
【0004】
有機ハイドライド法については従来、特許出願等もなされている。たとえば後掲特許文献1には、不飽和結合を有する有機化合物のカソードにおける還元反応を高い電流効率で進行可能な有機ハイドライド製造装置として、プロトン伝導性を有する固体高分子電解質膜、その一方面に設けられ被水素化物を還元して水素化物を生成するカソード、これを収容し被水素化物が供給されるカソード室、固体高分子電解質膜の他方面に設けられ水を酸化してプロトンを生成する電極触媒含有アノード、これを収容し電解液が供給されるアノード室とを備え、カソード室の下端から被水素化物が供給され、上端から生成物等が排出される構造を有し、カソード室内には幅0.1mm以上の仕切りが一つ以上形成されている構成が開示されている。
【0005】
また特許文献2には、微生物利用による有機ハイドライド製造を一段階で行える装置として、アノード溶液を含むアノード室、カソード溶液を含むカソード室、アノード溶液に接触するよう配置されたアノード、カソード溶液に接触するよう配置されたカソード、アノード室とカソード室を隔てる隔膜を有し、アノード溶液を有機物と電子供与微生物を含む溶液とし、カソード溶液を被水素化物、自己解離溶媒および界面活性剤を含むエマルションとする有機ハイドライド製造用の電解セルを備える構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2016-98410号公報「有機ハイドライド製造装置およびこれを用いた有機ハイドライドの製造方法」
【特許文献2】特開2022-35761号公報「有機ハイドライドの製造装置及び方法」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の通り、水素貯蔵技術として水素貯蔵合金、および有機ハイドライド法の開発がそれぞれ進められている。前者はしかし、高い吸蔵密度を達成できるものの重量が大きいことと、水素脆化により長期使用が困難であることが難点である。一方、後者の有機ハイドライド法は、前者のデメリットを解決することができ、現在のインフラを活用できる方式として実用化が期待されているが、加水素反応および脱水素反応には厳しい反応条件が必要である。つまり、加水素反応や脱水素反応は自発的に進行しづらいため、触媒反応や電気化学反応が用いられるのだが、触媒反応においては、10MPa程度の高圧、200oC程度の高い温度など厳しい反応条件が必要とされる。たとえば白金系触媒を用いた場合、ジシクロヘキシルをビフェニルへ脱水素化するためには320oCもの熱が必要である(A.N.Kalenchuk, 2018)。
【0008】
一方、電気化学反応は、常圧・常温下でも通常の有機化学反応の熱エネルギーに比べて非常に高いポテンシャルエネルギーを有するため、触媒反応と比較して温和な条件下での反応が可能である。しかしながら、拡散律速により徐々に反応効率が低下すること、不純物や夾雑物により副反応や電極不活化に影響があること、加えて、水素貯蔵材料溶液(有機系)と、水素源となる水系電解液との間に隔膜が必要であるため、膜間における電子や水素イオン授受を効率的に移動可能な隔膜の開発が必要不可欠である。そのため、これらのデメリットを解決可能な電気化学的有機ハイドライド法の開発が求められている。
【0009】
そこで本発明が解決しようとする課題は、電気化学反応による有機ハイドライド法において、拡散律速による反応効率低下、不純物や夾雑物による副反応や電極不活化、水素貯蔵材料溶液(有機系)―水素源となる水系電解液間の隔膜改良の必要性といった従来技術の諸問題点を解消して反応効率を高く維持できる方式を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者は上記課題について検討した結果、有機化合物修飾電極を用いた電気化学的有機ハイドライド法に想到した。すなわち、反応条件が比較的温和な電気化学反応で進行させるとともに、水素貯蔵材料を膜として電極上に修飾するという方式である。膜としては自己組織化単分子膜(SAMs膜)を使用可能である。これによって、拡散律速に捉われることなく、また上記従来技術のその他の問題点も解消して、常に効率を維持したまま電極表面で反応を進行させることが可能であることを見出し、これに基づいて本発明を完成するに至った。すなわち、上記課題を解決するための手段として本願で特許請求される発明、もしくは少なくとも開示される発明は、以下の通りである。
【0011】
〔1〕 電極上に水素貯蔵材料による膜が設けられてなることを特徴とする、水素貯蔵構造。
〔2〕 前記膜が自己組織化単分子膜すなわちSAMs膜であることを特徴とする、〔1〕に記載の水素貯蔵構造。
〔3〕 前記水素貯蔵材料が有機化合物であることを特徴とする、〔2〕に記載の水素貯蔵構造。
〔4〕 前記有機化合物が芳香族化合物であることを特徴とする、〔3〕に記載の水素貯蔵構造。
〔5〕 前記電極が貴金属電極であることを特徴とする、〔4〕に記載の水素貯蔵構造。
【0012】
〔6〕 〔1〕、〔2〕、〔3〕、〔4〕、〔5〕のいずれかに記載の水素貯蔵構造が形成されていることを特徴とする、水素貯蔵材料修飾電極。
〔7〕 〔6〕に記載の水素貯蔵材料修飾電極と、これが置かれる電解媒体とを備えてなることを特徴とする、水素貯蔵システム。
〔8〕 前記電解媒体が水系電解液であることを特徴とする、〔7〕に記載の水素貯蔵システム。
〔9〕 〔6〕に記載の水素貯蔵材料修飾電極の表面上において水素イオンを該水素貯蔵材料と反応させて有機ハイドライドを得ることを特徴とする、有機ハイドライド製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の水素貯蔵構造、水素貯蔵材料修飾電極、水素貯蔵システム、および有機ハイドライド製造方法は上述のように構成されるため、これらによれば、電気化学反応による有機ハイドライド法において、拡散律速による反応効率低下に捉われることなく、また、不純物や夾雑物による副反応や電極不活化、水素貯蔵材料溶液(有機系)―水素源となる水系電解液間の隔膜改良の必要性といった従来技術の諸問題点を解消して、反応を高効率化できる。つまり、反応効率を高く維持したまま、電極表面での反応を進行させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明水素貯蔵構造の基本構成を概念的に示す説明図である。
【
図2】本発明水素貯蔵システムの基本構成を概念的に示す説明図である。(以下の各図は実施例に係る)
【
図3】水素貯蔵材料の基本構成および新規水素貯蔵システムの基本構成を示す説明図である。
【
図4】金電極にブタンチオール、ペンタンチオール、ヘキサンチオール、または、ヘプタンチオールを修飾し、可逆的な酸化還元反応を示すフェロシアン化カリウムのCVボルタモグラムを示す。
【
図5】電極へのSAM膜修飾方法を示すフロー図である。
【
図6】SAM膜修飾電極の電気化学測定方法を示す説明図である。
【
図7】構造の異なるSAM膜の還元脱離波比較結果を示すCVボルタモグラムである(0.1M NaOH,50mV/s,1cycle)。
【
図8】構造の異なるSAM膜修飾金電極の酸化還元挙動の比較結果を示すCVボルタモグラムである(1M H
2SO
4,10mV/s)。
【
図8-2】
図8に示した各SAM膜修飾金電極のバックグラウンドとして、未修飾の金電極の酸化還元挙動を示すCVボルタモグラムである。
【
図9】ベンゼンチオールを用いたSAM膜修飾電極の硫酸水溶液中のCVボルタモグラムである。
【
図10】ベンゼンチオールを用いたSAM膜修飾電極のNaOH水溶液中のCVボルタモグラムであり、SAM膜の還元脱離波を示す。
【
図11】フェニルエタンチオールを用いたSAM膜修飾電極の硫酸水溶液中のCVボルタモグラムである。
【
図12】同電極のNaOH水溶液中のCVボルタモグラムであり、硫酸水溶液中のCV前後のSAM膜の還元脱離波の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面により本発明を詳細に説明する。
図1は、本発明水素貯蔵構造の基本構成を概念的に示す説明図である。図示するように本水素貯蔵構造10は、電極2上に水素貯蔵材料3による膜4が設けられてなることを基本構成とする。膜4としては、自己組織化単分子膜(SAMs膜)を用いることができる。自己組織化によって形成される単分子膜であるSAMs膜は、バイオセンサー分野では抗体などを固定化するためのスペーサーとして幅広く活用されている有機分子膜である。本発明はこれを水素貯蔵技術に応用したものであり、電極2に膜4構成分子として水素貯蔵材料3を修飾することで反応の効率化を実現する。
【0016】
本水素貯蔵構造10の水素貯蔵材料3としては有機化合物、特にトルエンやナフタレンを基本骨格とするベンゼンチオールやナフタレンチオールなど、芳香族化合物を好適に用いることができる。また、電極2としては、Au等の貴金属電極を好適に用いることができる。このように構成される本発明水素貯蔵構造10が形成されている電極2は水素貯蔵材料修飾電極と言えるが、これも本発明の範囲内である。
【0017】
図2は、本発明水素貯蔵システムの基本構成を概念的に示す説明図である。図示するように本水素貯蔵システム100は、既に説明した上記水素貯蔵材料修飾電極22と、これが置かれる電解媒体80とを備えてなることを主たる構成とする。電解媒体80としては、水系電解液の他、たとえば導電性高分子(固体)も該当する。水素貯蔵材料就職電極22を作用電極(WE)とし、これと、対電極(CE)25、および参照電極(RE)26が電解媒体80中に配置され、ポテンショスタット70に接続されている。
【0018】
本水素貯蔵システム100では、水系電解液などの電解媒体80中において水素貯蔵反応が進行するが、特に水素貯蔵材料が表面上に修飾された水素貯蔵材料修飾電極22において反応が行われるため、拡散律速による反応効率低下など従来技術におけるデメリットがない。また、ワンポット反応(反応物を一度に、または順次に系に投入し、複数のステップを連続的に反応させる化学反応法)で行えること、多くの輸送手段を活用可能であること、さらに、酸性溶液等のH+イオンを利用できるため水素ガス不要である、というメリットがある。
【0019】
なお、本発明水素貯蔵材料修飾電極の表面上において、水素イオンを水素貯蔵材料と反応させて有機ハイドライドを得る有機ハイドライド製造方法も本発明の範囲内である。
【実施例0020】
以下、本発明完成に至る研究経過の概要説明をもって実施例の説明とするが、本発明がこれに限定されるものではない。なお、以下では「SAMs膜」を「SAM膜」と表記する。
++++++++++++++++++++
主題 水素貯蔵材料の役割をもつ自己組織化単分子膜の酸化還元挙動の比較
<1 背景>
近年、水素キャリアとして、水素を高密度に化学貯蔵する有機ハイドライドを利用した蓄電池の開発が進められている。有機貯蔵材料として代表される化合物は、トルエン(可逆的に、水素化によりメチルシクロヘキサン)、ナフタレン(可逆的に、水素化によりデカリン)などがあるが、温和な条件下での水素化/脱水素化反応の開発が求められる。
【0021】
たとえばトルエンからメチルシクロヘキサンへの電解水素化反応の例を採り上げると、下記のような先行研究がある。
・先行研究例1
作用電極種:Pt/C またはPt-Ru/C
水素源 :H2gas
条件 :40-70℃
特徴 :フロー反応。大量合成可能。H+供給のためMEA膜を利用。
・先行研究例2
作用電極種:Pt-Ru/C
水素源 :H+(H2SO4)
条件 :60℃
特徴 :フロー反応。大量合成可能。H+供給のためMEA膜を利用。
・先行研究例3
作用電極種:Pt black
水素源 :H+(H2SO4)
条件 :Dodecanesulfonate,t-butyl alcoholとの混合によるマイクロエマルジョン中での反応
特徴 :ワンポット反応。
【0022】
しかしながら、これらの先行研究例ではいずれも、水に不溶なトルエンに対する水素源となるH+のスムーズな供給が、共通の課題である。
【0023】
<2 研究目的>
本研究の目的は「電極上に水素貯蔵材料を修飾する新規水素貯蔵システムの開発」である。
図3は、水素貯蔵材料の基本構成および新規水素貯蔵システムの基本構成を示す説明図である(前出
図1、2と基本的に同じ)。この新規水素貯蔵システムには、溶液中での反応が可能であること、ワンポット反応が可能であること、酸性溶液のH
+を利用するため水素ガス不要であること、多くの輸送手段を活用可能であること、という各メリットが見込まれる。
【0024】
本研究では、以下を検討内容とした。
・トルエン、ナフタレンを基本骨格としたSAM膜修飾
・SAM膜還元脱離波から修飾分子数の算出
・SAM膜修飾電極の水素発生電位の比較
なお下(式1)は、トルエンの水素化反応の反応式であり、その標準還元電位は+0.16Vである。
【0025】
【0026】
<3 実験方法>
<3-1 SAM膜種の選定>
アルカンチオールおよび芳香族チオールを対象に、使用するSAM膜種の検討を行った。
図4は、金電極にブタンチオール、ペンタンチオール、ヘキサンチオール、または、ヘプタンチオールを修飾し、可逆的な酸化還元反応を示すフェロシアン化カリウムのCVボルタモグラムを示す。水素貯蔵能を有する芳香環と金電極をつなぐアルキル鎖長は疎水性を有するため、鎖長が長くなるほど安定した膜を形成できる一方で、電子授受を阻害する。よって、効率的に反応を進行することが可能なアルキル鎖長の探索を検討した。アルキル鎖長6以上(ヘキサンチオールおよびヘプタンチオール)になると酸化還元ピーク幅が大きくなり、電子授受が阻害される影響が大きいことから、アルキル鎖長は5以下が良いと考えられる。
この結果、ベンゼンチオール、フェニルエタンチオール、ナフタレンチオール(下(式2)~(式4))の各チオール化合物をSAM膜種として選定した。
【0027】
【0028】
<3-2 SAM膜修飾、電気化学測定方法>
図5は、電極へのSAM膜修飾方法を示すフロー図である。図示するように、ピラニア溶液(濃硫酸・過酸化水素水混合物)洗浄を行った貴金属電極を、1~10mMチオール化合物/蒸留エタノール溶液に、室温にて数時間、浸漬した。浸漬後、蒸留エタノール、蒸留水で洗浄して乾燥させたものを作用電極とし、電気化学測定に用いた。
【0029】
図6は、SAM膜修飾電極の電気化学測定方法を示す説明図である。図示する通り電気化学測定は、下記条件にて行った。
作用電極(WE):金板(2×2cm)
対電極(CE) :Ptワイヤー
参照電極(RE):RHE(H
2SO
4溶液の場合)
Ag/AgCl(NaOH溶液の場合)
1M硫酸水溶液中(10分間のN
2置換)、RHE参照電極、Pt対電極でサイクリックボルタンメトリーを行った。
【0030】
<4 実験結果(その1)SAM膜の還元脱離波(修飾分子数等の比較)>
選択した各SAM膜種ベンゼンチオール、フェニルエタンチオール、ナフタレンチオールにおける修飾分子数による比較をサイクリックボルタンメトリーにより行った。
図7は、構造の異なるSAM膜の還元脱離波比較結果を示すCVボルタモグラムである(0.1M NaOH,50mV/s,1cycle)。また、表1は、
図7におけるピーク電気量から求めた各SAM膜の修飾分子数を示す。
【0031】
図7に示される通り、SAM膜の構造によって脱離電位が異なるものとなった。ベンゼンチオールとフェニルエタンチオールを比較すると、フェニルエタンチオールの方が低電位側に脱離ピークがあることから、芳香環と電極の間にアルキル鎖があることにより安定性が増していることが示唆された。これは、表1の修飾分子数からも同様に考えられ、フェニルエタンチオールの方が多い結果となった。
【0032】
次に、ベンゼンチオールとナフタレンチオールを比較すると、多環構造を有するナフタレンチオールの方が、低電位側に脱離ピークが見られた。多環構造により共役構造が広がったため、隣接する分子と相互作用が高まったことからSAM膜の安定性が増していると考えられる。しかしながら、ナフタレンチオールSAM膜は、他の2つよりも末端構造が大きいため、修飾分子数が少ない結果となった。
【0033】
【0034】
<5 実験結果(その2)SAM膜修飾金電極の水素発生電位の比較>
図8は、構造の異なるSAM膜修飾金電極の酸化還元挙動の比較結果を示すCVボルタモグラムである(1M H
2SO
4,10mV/s)。また、
図8-2は、
図8に示した各SAM膜修飾金電極のバックグラウンドとして、未修飾の金電極の酸化還元挙動を示すCVボルタモグラムである。バックグラウンドのCVボルタモグラムで観測された0.6V~0.8Vの酸化還元ピークは、電極表面の酸化物生成および還元、酸素の脱離によるピークであると考えられる。
図8、8-2の比較により、膜種の如何に拘わらず、1cycle目はバックグラウンド由来のピークが低減されていることから電極表面にSAM膜が被覆されていることが示された。また、0V付近から急激に電流が流れる水素過電圧がSAM膜種によって異なることが示された。水素過電圧の大きさは、ベンゼンチオール>フェニルエタンチオール>ナフタレンチオールであった。
【0035】
トルエンの電解水素化反応は、溶液中のプロトンが電極表面で還元され、吸着水素(原子状水素)となり、吸着水素が利用されてトルエンの水素化が進行すると考えられている(!!)。そのため、水素過電圧が低電位側へシフトすることは芳香環の水素化が進行しにくいことが示唆される。したがって、芳香環と電極からの距離が遠くなるフェニルエタンチオールや、広い共役系を有するナフタレンチオールは、水素化反応がベンゼンチオールよりも反応しにくいといえる。しかしながら、いずれのSAM膜種も水素過電圧の低電位シフトの幅は小さいため、水素貯蔵材料として十分機能できる可能性を有している。
【0036】
<6 実験結果(その3)SAM膜の安定性(掃引数とSAM膜還元脱離電位の比較)>
電極修飾に用いる各SAM膜の安定性について試験した。
図9は、ベンゼンチオールを用いたSAM膜修飾電極の硫酸水溶液中のCVボルタモグラムである。
掃引の電位幅は-0.2V~1.3Vとし、掃引数1~20cycleとした。また、
図10は、同電極のNaOH水溶液中のCVボルタモグラムであり、硫酸水溶液中のCV前後のSAM膜の還元脱離波の比較を示す。
【0037】
図9に示すようにベンゼンチオールを用いたSAM膜修飾電極の場合、-0.2V~1.3Vの電位幅では掃引数が増えるほど水素発生電位が高電位側へシフトする傾向であり、バックグラウンドのCVボルタモグラムと類似していく傾向が得られた。これは、掃引を繰り返すことによりSAM膜が脱離したことでむき出しになった電極表面上で水素還元が進行しやすくなったことによると考えられる。また、
図10に示すように、硫酸水溶液中でCV掃引後、アルカリ水溶液中でSAM膜の還元脱離波を測定すると、ピーク電流が小さくなっていることから、硫酸水溶液中でCV掃引によってSAM膜の脱離が発生しているといえる。SAM膜の脱離は、Au-S結合の還元によって脱離するため、芳香環の水素化が行われる還元反応とSAM膜の還元脱離の競合が起こらない電位の探索が必要であると考えられた。
【0038】
図11は、フェニルエタンチオールを用いたSAM膜修飾電極の硫酸水溶液中のCVボルタモグラムである。掃引の電位幅は-0.2V~1.3Vとし、掃引数1~20cycleとした。また、
図12は、同電極のNaOH水溶液中のCVボルタモグラムであり、硫酸水溶液中のCV前後のSAM膜の還元脱離波の比較を示す。
【0039】
図11に示すようにフェニルエタンチオールを用いたSAM膜修飾電極では、掃引数5~10cycleまではボルタモグラムの変化が少なく、フェニルエタンチオールをSAM膜種とする方がベンゼンチオールを用いるよりも安定性が高いSAM膜が得られると考えられる。また、
図12に示す、フェニルエタンチオールSAM膜を修飾した電極は、硫酸水溶液中での掃引後、アルカリ水溶液中でSAM膜の還元脱離波を測定すると、硫酸掃引前後で脱離ピーク電位が-1.1Vから-0.8V付近へと高電位側へシフトしていることが明らかとなった。一般的に、還元脱離ピークは、膜の安定性が高いほど低電位側へピークが現れる。したがって、高電位側へシフトするということは、芳香環の一部が還元され、共役構造による相互作用が弱まったことが示唆された。構造変化は、SAM膜脱離後のSAM膜種のGC/MSによる同定、電解前後の赤外分光分析による電極表面の構造変化(芳香環由来のピークの評価)によって評価が可能である。
【0040】
<7 まとめ>
ベンゼンチオール、フェニルエタンチオール、ナフタレンチオールのSAM膜について、酸化還元挙動の比較を行った。その結果、水素発生電位から、ナフタレンチオール、フェニルエタンチオール、ベンゼンチオールの順で水素化されやすいことが推測された。なお3種類の中では、フェニルエタンチオールが最もSAM膜修飾分子数が多く、安定性が高かった。
本研究の結果、開発した水素貯蔵材料修飾電極により、新規な水素貯蔵システムを実現、提供できることが確認できた。
水素貯蔵材料修飾電極を用いた水系有機ハイドライド方式の水素貯蔵技術である本発明の水素貯蔵構造等によれば、水素貯蔵材料を電極に修飾することにより、ワンポットで、常に電極表面付近での反応が可能になるため、反応効率を高く維持したまま、反応を進行させることができる。したがって、水素製造・貯蔵・輸送分野、および関連する全分野において、産業上利用性が高い発明である。