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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024098488
(43)【公開日】2024-07-23
(54)【発明の名称】鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240716BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240716BHJP
   C21D 8/10 20060101ALN20240716BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20240716BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/60
C21D8/10 C
C21D8/02 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023184254
(22)【出願日】2023-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2023001964
(32)【優先日】2023-01-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】富尾 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】高畠 勇
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 悠
(72)【発明者】
【氏名】西本 工
(72)【発明者】
【氏名】長澤 慎
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA03
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA28
4K032AA29
4K032AA30
4K032AA31
4K032AA33
4K032AA34
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA38
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032BA03
4K032CA02
4K032CC03
4K032CC04
4K032CD05
4K032CD06
(57)【要約】
【課題】硫酸露点腐食環境および弱酸性の硫酸環境において優れた耐食性を有し、かつ、熱間加工性に優れた鋼材を提供する。
【解決手段】化学組成が、質量%で、C:0.01~0.10%、Si:0.04~0.40%、Mn:0.50~1.50%、Cu:0.10~0.50%、Sb:0.01~0.30%、Ni:0.02~0.30%、In:0.005~0.020%、Sn:0.005~0.10%、Al:0.005~0.050%、MoおよびWの一方または両方の合計:0.01~0.30%、P:0.015%以下、S:0.015%以下、N:0.0050%以下、O:0.0035%以下、残部:Feおよび不純物であり、0.20<In/Snおよび2.6≦(Cu/64)/((Sb/122)+(Sn/119)+(In/115))≦5.5を満足する、鋼材。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.01~0.10%、
Si:0.04~0.40%、
Mn:0.50~1.50%、
Cu:0.10~0.50%、
Sb:0.01~0.30%、
Ni:0.02~0.30%、
In:0.005~0.020%、
Sn:0.005~0.10%、
Al:0.005~0.050%、
MoおよびWの一方または両方の合計:0.01~0.30%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
N:0.0050%以下、
O:0.0035%以下、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式および(ii)式を満足する、
鋼材。
0.20<In/Sn ・・・(i)
2.6≦(Cu/64)/((Sb/122)+(Sn/119)+(In/115))≦5.5 ・・・(ii)
但し、上記式中の元素記号は、鋼材中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
化学組成が、質量%で、
C:0.01~0.10%、
Si:0.04~0.40%、
Mn:0.50~1.50%、
Cu:0.10~0.50%、
Sb:0.01~0.30%、
Ni:0.02~0.30%、
In:0.005~0.020%、
Sn:0.005~0.10%、
Al:0.005~0.050%、
MoおよびWの一方または両方の合計:0.01~0.30%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
N:0.0050%以下、
O:0.0035%以下、
であり、さらに下記A群、B群およびC群からなる群から選択される一種以上を含有し、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式および(ii)式を満足する、
鋼材。
0.20<In/Sn ・・・(i)
2.6≦(Cu/64)/((Sb/122)+(Sn/119)+(In/115))≦5.5 ・・・(ii)
但し、上記式中の元素記号は、鋼材中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
[A群]As:0.10%以下、Bi:0.10%以下、Se:0.10%以下、Te:0.10%以下、Pb:0.10%以下、Zn:0.10%以下、Ga:0.10%以下、Ge:0.10%以下、Co:0.30%以下、およびHf:0.30%以下からなる群から選択される一種以上
[B群]Cr:1.0%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Ti:0.20%以下、Zr:0.20%以下、Ta:0.05%以下、およびB:0.010%以下からなる群から選択される一種以上
[C群]CaおよびMgの一方または両方の合計:0.010%以下、SrおよびBaの一方または両方の合計:0.010%以下、およびREM:0.010%以下からなる群から選択される一種以上
【請求項3】
前記化学組成が、前記A群から選択される一種以上の元素を含有する、請求項2に記載の鋼材。
【請求項4】
前記化学組成が、前記B群から選択される一種以上の元素を含有する、請求項2に記載の鋼材。
【請求項5】
前記化学組成が、前記C群から選択される一種以上の元素を含有する、請求項2に記載の鋼材。
【請求項6】
前記鋼材中に含まれる、最大長さが1.0μmを超えるIn酸化物の個数密度が1.00/mm未満である、
請求項1から請求項5までのいずれかに記載の鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
ボイラーの火炉および廃棄物焼却施設の焼却炉等では、水蒸気、硫黄酸化物、塩化水素等を含む排ガスが発生する。この排ガスは、排ガス煙突等において冷却されると、凝縮して硫酸となり、硫酸露点腐食として知られるように、排ガス流路を構成する鋼材に対し、著しい腐食を引き起こす。
【0003】
このような問題に対し、耐硫酸露点腐食鋼および高耐食ステンレス鋼が提案されている。例えば、特許文献1~5では、Cu、Sb、Co、Crなどを添加した耐硫酸露点腐食性に優れた鋼材が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001-164335号公報
【特許文献2】特開2003-213367号公報
【特許文献3】特開2007-239094号公報
【特許文献4】特開2012-57221号公報
【特許文献5】国際公開第2021/095182号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Cu、Sb、Cr等を含有する鋼材は、排ガス煙突のような硫酸露点腐食環境において、優れた耐食性を発揮する。しかし、排ガスの温度が低下すると、まず排ガス中の水蒸気が鋼材の表面に結露し、ここに硫黄酸化物が溶解する。このようにして生成される高濃度の硫酸は反応性が高いため、使用される鋼材には、硫酸露点腐食環境において優れた耐食性が要求される。
【0006】
一方、結露する水分量がさらに増加する40℃前後の環境ではpH2~3程度の低濃度の硫酸が生成する。使用時に鋼材表面に温度勾配が生じる場合、硫酸露点腐食環境および弱酸性の硫酸環境の両方の環境に曝されることから、これらの環境で良好な耐食性を示すことが要求される。しかし、従来鋼では、弱酸性の硫酸環境における耐食性について、改善の余地が残されている。
【0007】
また、排ガス煙突に加えて、ガス化溶融炉、熱交換器、ガス-ガスヒータ、脱硫装置、電気集塵機等の焼却炉煙道に使用される場合には、施工性および生産性の観点から、耐食性だけでなく、熱間加工性も要求される。
【0008】
本発明は、上記の課題を解決し、硫酸露点腐食環境および弱酸性の硫酸環境において優れた耐食性を有し、かつ、熱間加工性に優れた鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記の鋼材を要旨とする。
【0010】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.01~0.10%、
Si:0.04~0.40%、
Mn:0.50~1.50%、
Cu:0.10~0.50%、
Sb:0.01~0.30%、
Ni:0.02~0.30%、
In:0.005~0.020%、
Sn:0.005~0.10%、
Al:0.005~0.050%、
MoおよびWの一方または両方の合計:0.01~0.30%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
N:0.0050%以下、
O:0.0035%以下、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式および(ii)式を満足する、
鋼材。
0.20<In/Sn ・・・(i)
2.6≦(Cu/64)/((Sb/122)+(Sn/119)+(In/115))≦5.5 ・・・(ii)
但し、上記式中の元素記号は、鋼材中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
【0011】
(2)化学組成が、質量%で、
C:0.01~0.10%、
Si:0.04~0.40%、
Mn:0.50~1.50%、
Cu:0.10~0.50%、
Sb:0.01~0.30%、
Ni:0.02~0.30%、
In:0.005~0.020%、
Sn:0.005~0.10%、
Al:0.005~0.050%、
MoおよびWの一方または両方の合計:0.01~0.30%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
N:0.0050%以下、
O:0.0035%以下、
であり、さらに下記A群、B群およびC群からなる群から選択される一種以上を含有し、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式および(ii)式を満足する、
鋼材。
0.20<In/Sn ・・・(i)
2.6≦(Cu/64)/((Sb/122)+(Sn/119)+(In/115))≦5.5 ・・・(ii)
但し、上記式中の元素記号は、鋼材中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
[A群]As:0.10%以下、Bi:0.10%以下、Se:0.10%以下、Te:0.10%以下、Pb:0.10%以下、Zn:0.10%以下、Ga:0.10%以下、Ge:0.10%以下、Co:0.30%以下、およびHf:0.30%以下からなる群から選択される一種以上
[B群]Cr:1.0%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Ti:0.20%以下、Zr:0.20%以下、Ta:0.05%以下、およびB:0.010%以下からなる群から選択される一種以上
[C群]CaおよびMgの一方または両方の合計:0.010%以下、SrおよびBaの一方または両方の合計:0.010%以下、およびREM:0.010%以下からなる群から選択される一種以上
【0012】
(3)前記化学組成が、前記A群から選択される一種以上の元素を含有する、上記(2)に記載の鋼材。
【0013】
(4)前記化学組成が、前記B群から選択される一種以上の元素を含有する、上記(2)に記載の鋼材。
【0014】
(5)前記化学組成が、前記C群から選択される一種以上の元素を含有する、上記(2)に記載の鋼材。
【0015】
(6)前記鋼材中に含まれる、最大長さが1.0μmを超えるIn酸化物の個数密度が1.00/mm未満である、
上記(1)から(5)までのいずれかに記載の鋼材。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、硫酸露点腐食環境および弱酸性の硫酸環境において優れた耐食性を有し、かつ、熱間加工性に優れた鋼材が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、前記した課題を解決するために、鋼材の耐食性および熱間加工性を詳細に調査した結果、以下の知見を得るに至った。
【0018】
鋼材中にCu、Sbなどを含有させることで、硫酸に対する耐酸腐食性が向上する。しかし、本発明者らがさらなる検討を行った結果、反応性の高い低濃度の硫酸に対する耐食性を向上させるためには、改善の余地があることが分かった。
【0019】
そこで、本発明者らが詳細に調査した結果、鋼材中にCuおよびSbを含有させた上で、InおよびSnを複合的に含有させることで、弱酸性の硫酸環境および硫酸露点腐食環境における耐食性を向上できることを見出した。特に、Sn含有量に対するIn含有量の比を制御することで、Inが、硫酸露点腐食環境におけるSnの耐食性向上効果を高めることができる。InおよびSnが耐食性を向上させる詳細なメカニズムは不明である。しかし、InおよびSnは、使用環境中において鋼材表面に形成されるスケール中で酸化物となり、弱酸性の硫酸環境および硫酸露点腐食環境において鋼の溶解反応を抑制していると考えられる。
【0020】
しかし、Cu、Sb、In、およびSnは、硫酸露点腐食環境および弱酸性の硫酸環境における耐食性を向上させる一方で、熱間加工性を低下させる。特に、Cuと、Sb、In、およびSnとが共存した場合、熱間加工性をさらに低下させる。その結果、熱間加工性が顕著に低下する。そのため、Cuの含有量に対するSb、In、およびSnの含有量を制御することで、硫酸露点腐食環境および弱酸性の硫酸環境における優れた耐食性と、優れた熱間加工性とを両立できる。
【0021】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0022】
(A)化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0023】
C:0.01~0.10%
Cは、鋼材の強度を向上させる元素である。しかしながら、Cが過剰に含有された場合、溶接熱影響部を劣化させる。そのため、C含有量は0.01~0.10%とする。C含有量は0.03%以上であるのが好ましい。また、C含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.06%以下であるのがより好ましい。
【0024】
Si:0.04~0.40%
Siは、脱酸および強度の向上に寄与し、酸化物の形態を制御する元素である。しかしながら、Siが過剰に含有された場合、靱性を低下させる。そのため、Si含有量は0.04~0.40%とする。Si含有量は0.10%以上であるのが好ましく、0.15%以上であるのがより好ましい。また、Si含有量は0.35%以下であるのが好ましく、0.30%以下であるのがより好ましい。
【0025】
Mn:0.50~1.50%
Mnは、強度および靱性を向上させる元素である。しかしながら、Mnが過剰に含有された場合、機械的特性が劣化する。そのため、Mn含有量は0.50~1.50%とする。Mn含有量は0.80%以上であるのが好ましく、1.00%以上であるのがより好ましい。また、Mn含有量は1.40%以下であるのが好ましく、1.30%以下であるのがより好ましく、1.20%以下であるのがさらに好ましい。
【0026】
Cu:0.10~0.50%
Cuは、Sbと同時に含有させると、硫酸に対する耐食性を顕著に発現する元素である。しかしながら、Cuが過剰に含有された場合、熱間加工性が低下し、生産性を損なう。そのため、Cu含有量は0.10~0.50%とする。Cu含有量は0.15%以上であるのが好ましく、0.20%以上であるのがより好ましく、0.25%以上であるのがさらに好ましい。また、Cu含有量は0.45%以下であるのが好ましく、0.40%以下であるのがより好ましい。
【0027】
Sb:0.01~0.30%
Sbは、Cuと同時に含有させると、硫酸に対する耐食性を顕著に発現する元素である。しかしながら、Sbが過剰に含有された場合、酸化スケール中におけるSbの局所的な濃化を抑制することが困難となる。また、熱間加工性が低下し、生産性を損なう。そのため、Sb含有量は0.01~0.30%とする。Sb含有量は0.05%以上であるのが好ましく、0.10%以上であるのがより好ましく、0.15%以上であるのがさらに好ましい。また、Sb含有量は0.25%以下であるのが好ましく、0.20%以下であるのがより好ましい。
【0028】
Ni:0.02~0.30%
Niは、酸腐食環境での耐食性を向上させる元素であり、加えてCuを含有する鋼において、製造性を高める効果を有する。Cuは、耐食性を向上させる効果が大きいが、偏析し易く、単独で含有させると鋳造後の割れを助長する場合がある。これに対して、NiはCuの表面偏析を軽減する作用がある。Niを含有させることで、Cuの偏析および鋳片割れの抑制に加えて、偏析に起因する局部腐食の発生も抑制されるため、耐食性を向上させる効果が得られる。しかしながら、Niは高価な元素であり、多量の含有は製鋼コストの増大を招く。そのため、Ni含有量を0.02~0.30%とする。Ni含有量は0.05%以上であるのが好ましく、0.08%以上であるのがより好ましく、0.10%以上であるのがさらに好ましい。また、Ni含有量は0.25%以下であるのが好ましく、0.20%以下であるのがより好ましい。
【0029】
In:0.005~0.020%
Inは、弱酸性の硫酸環境における耐食性を向上させる元素である。しかしながら、Inが過剰に含有された場合、熱間加工性が低下する。そのため、In含有量は0.005~0.020%とする。In含有量は0.008%以上であるのが好ましく、0.010%以上であるのが好ましい。また、In含有量は0.018%以下であるのが好ましく、0.015%以下であるのがより好ましい。
【0030】
Sn:0.005~0.10%
Snは、硫酸露点腐食環境における耐食性を向上させる元素である。しかしながら、Snが過剰に含有された場合、熱間加工性が低下する。そのため、Sn含有量は0.005~0.10%とする。Sn含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.03%以上であるのがより好ましい。また、Sn含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.05%以下であるのがより好ましい。
【0031】
Al:0.005~0.050%
Alは、脱酸剤として添加される。しかしながら、Alが過剰に含有された場合、溶接金属部の靱性を劣化させる。そのため、Al含有量は0.005~0.050%とする。Al含有量は0.010%以上であるのが好ましい。また、Al含有量は0.040%以下であるのが好ましく、0.030%以下であるのがより好ましい。
【0032】
MoおよびWの一方または両方の合計:0.01~0.30%
MoおよびWは、CuおよびSbと同時に含有させることにより、酸腐食環境での耐食性を向上させる元素である。しかしながら、MoおよびWは高価な元素であるため、過剰な含有は経済性の低下を招く。そのため、MoおよびWの合計含有量は0.01~0.30%とする。MoおよびWは、一方を単独で含有させてもよく、両方を同時に含有させてもよい。MoおよびWの合計含有量は0.05%以上であるのが好ましく、0.10%以上であるのがより好ましい。また、MoおよびWの合計含有量は0.25%以下であるのが好ましく、0.20%以下であるのがより好ましい。
【0033】
P:0.015%以下
Pは、不純物であり、鋼材の機械特性および生産性を低下させる。そのため、P含有量に上限を設けて0.015%以下とする。P含有量は0.013%以下であるのが好ましく、0.010%以下であるのがより好ましい。なお、P含有量は可能な限り低減することが好ましく、つまり含有量が0%でもよいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、P含有量は0.001%以上、または0.003%以上としてもよい。
【0034】
S:0.015%以下
Sは、不純物であり、鋼材の機械特性および生産性を低下させる。そのため、S含有量に上限を設けて0.015%以下とする。S含有量は0.013%以下であるのが好ましく、0.010%以下であるのがより好ましい。なお、S含有量は可能な限り低減することが好ましく、つまり含有量が0%でもよいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、S含有量は0.001%以上、または0.003%以上としてもよい。
【0035】
N:0.0050%以下
Nは、不純物であり、鋼材の機械特性および生産性を低下させる。そのため、N含有量に上限を設けて0.0050%以下とする。N含有量は0.0040%以下であるのが好ましく、0.0030%以下であるのが好ましい。なお、N含有量は0%でもよいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、N含有量は0.0010%以上としてもよい。また、Nは、微細な窒化物として析出することで機械特性等の向上に寄与する効果を有する。その効果を得たい場合は、N含有量は0.0020%以上としてもよい。
【0036】
O:0.0035%以下
Oは、不純物であり、酸腐食環境において腐食の起点となる粗大な酸化物を形成する。そのため、O含有量に上限を設けて0.0035%以下とする。O含有量は0.0030%以下であるのが好ましく、0.0025%以下であるのがさらに好ましい。なお、O含有量は可能な限り低減することが好ましく、つまり含有量が0%でもよいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、O含有量は0.0005%以上、または0.0010%以上としてもよい。
【0037】
本発明の鋼材の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料その他の要因により混入する成分であって、本発明に係る鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0038】
0.20<In/Sn ・・・(i)
上述のとおり、本発明ではInおよびSnを複合的に含有させる。特に、Snの含有量に対して、(i)式を満足するようにInを含有させる。これにより、InがSnによる耐食性向上効果を高め、硫酸露点腐食環境において優れた耐食性を得ることができる。上記(i)式中の元素記号は、鋼材中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
【0039】
(i)式右辺値は0.25以上であるのが好ましく、0.30以上であるのが好ましい。また、(i)式右辺値の上限は規定しないが、Sn含有量に対してIn含有量を過剰に含有させても、Snの耐食性向上効果を高めるというInの作用は飽和する。そのため、(i)式右辺値は3.00以下であるのが好ましく、2.80以下であるのがより好ましい。
【0040】
2.6≦(Cu/64)/((Sb/122)+(Sn/119)+(In/115))≦5.5 ・・・(ii)
上述のとおり、Cuの含有量に対するSb、In、およびSnの含有量を制御する必要がある。Cuの含有量に対して、Sb、Sn、およびInの含有量が過剰となると、熱間加工性が劣化する。一方、Cuの含有量に対して、Sb、Sn、およびInの含有量が少なすぎると、弱酸性の硫酸環境および硫酸露点腐食環境における耐食性を確保することができない。したがって、(ii)式を満足する必要がある。上記(ii)式中の元素記号は、鋼材中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
【0041】
(ii)式は、Cu、Sb、Sn、およびInの原子の数から構成される。すなわち、Cu/64、Sb/122、Sn/119、およびIn/115は、それぞれ、Cu、Sb、Sn、およびInの含有量を各元素の質量数で除した項である。(ii)式中辺値は2.8以上であるのが好ましく、3.0以上であるのがより好ましい。また、(ii)式中辺値は5.3以下であるのが好ましく、5.0以下であるのがより好ましい。
【0042】
本発明の鋼の化学組成において、酸腐食環境での耐食性を向上させるために、さらにAs、Bi、Se、Te、Pb、Zn、Ga、Ge、Co、Hfから選択される1種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。なお、これらの元素は、鋼材において必ずしも必須ではないことから、含有量の下限値は0%である。各元素の限定理由について説明する。
【0043】
As:0.10%以下
Asは、Sbに比べて顕著な効果はないが、酸腐食環境における耐食性の向上に有効な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Asが過剰に含有された場合、靱性が低下する。そのため、As含有量は0.10%以下とする。As含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.05%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、As含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましく、0.04%以上であるのがさらに好ましい。
【0044】
Bi:0.10%以下
Biは、Sbに比べて顕著な効果はないが、酸腐食環境における耐食性の向上に有効な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Biが過剰に含有された場合、靱性が低下する。そのため、Bi含有量は0.10%以下とする。Bi含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.05%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Bi含有量は0.001%以上であるのが好ましく、0.002%以上であるのがより好ましく、0.005%以上であるのがさらに好ましい。
【0045】
Se:0.10%以下
Seは、Sbに比べて顕著な効果はないが、酸腐食環境における耐食性の向上に有効な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Seが過剰に含有された場合、靱性が低下する。そのため、Se含有量は0.10%以下とする。Se含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.05%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Se含有量は0.001%以上であるのが好ましく、0.002%以上であるのがより好ましく、0.005%以上であるのがさらに好ましい。
【0046】
Te:0.10%以下
Teは、Sbに比べて顕著な効果はないが、酸腐食環境における耐食性の向上に有効な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Teが過剰に含有された場合、靱性が低下する。そのため、Te含有量は0.10%以下とする。Te含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.05%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Te含有量は0.001%以上であるのが好ましく、0.002%以上であるのがより好ましく、0.005%以上であるのがさらに好ましい。
【0047】
Pb:0.10%以下
Pbは、Sと硫化物を形成し、酸腐食環境における耐食性の向上に有効な元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Pbが過剰に含有された場合、靱性が劣化する。したがって、Pb含有量は、0.10%以下とする。Pb含有量は、0.08%以下であるのが好ましく、0.05%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果をより確実に得たい場合には、Pb含有量は0.005%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすることがより好ましい。
【0048】
Zn:0.10%以下
Ga:0.10%以下
ZnおよびGaは、Sと硫化物を形成し、酸腐食環境における耐食性の向上に有効な元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、ZnおよびGaが過剰に含有された場合、靱性が劣化する。したがって、ZnおよびGaの含有量は、それぞれ0.10%以下とする。ZnおよびGaの含有量は、それぞれ0.08%以下であるのが好ましく、0.05%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果をより確実に得たい場合には、ZnおよびGaの含有量はそれぞれ0.005%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすることがより好ましい。
【0049】
Ge:0.10%以下
Geは、Sと硫化物を形成し、酸腐食環境における耐食性の向上に有効な元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Geが過剰に含有された場合、靱性が劣化する。したがって、Ge含有量は、0.10%以下とする。Ge含有量は、0.08%以下であるのが好ましく、0.05%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果をより確実に得たい場合には、Ge含有量は0.005%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすることがより好ましい。
【0050】
Co:0.30%以下
Coは、酸化物を形成して耐食性を向上させる元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Coが過剰に含有された場合、経済性が低下する。そのため、Co含有量は0.30%以下とする。Co含有量は0.25%以下であるのが好ましく、0.20%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Co含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましく、0.05%以上であるのがさらに好ましい。
【0051】
Hf:0.30%以下
Hfは、酸化物を形成して耐食性を向上させる元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Hfが過剰に含有された場合、経済性が低下する。したがって、Hf含有量は0.30%以下とする。Hf含有量は0.25%以下であるのが好ましく、0.20%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Hf含有量は0.002%以上とすることが好ましく、0.005%以上とすることがより好ましい。
【0052】
本発明の鋼の化学組成において、機械特性等を向上させるために、さらにCr、Nb、V、Ti、Zr、Ta、Bから選択される1種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。なお、これらの元素は、鋼材において必ずしも必須ではないことから、含有量の下限値は0%である。各元素の限定理由について説明する。
【0053】
Cr:1.0%以下
Crは、焼入れ性を高めて強度を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Crは過剰に含有された場合、溶接性および靱性を劣化させる場合がある。そのため、Cr含有量は1.0%以下とする。Cr含有量は0.80%以下であるのが好ましく、0.50%以下であるのがより好ましく、0.30%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Cr含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましく、0.05%以上であるのがさらに好ましい。
【0054】
Nb:0.10%以下
Nbは、窒化物を形成し、結晶粒の微細化および強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Nbが過剰に含有された場合、窒化物が粗大になり、機械特性が劣化する。そのため、Nb含有量は0.10%以下とする。Nb含有量は0.09%以下であるのが好ましく、0.08%以下であるのがより好ましく、0.07%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Nb含有量は0.001%以上であるのが好ましく、0.005%以上であるのがより好ましく、0.010%以上であるのがさらに好ましい。
【0055】
V:0.10%以下
Vは、Nbと同様に、窒化物を形成し、結晶粒の微細化および強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Vが過剰に含有された場合、窒化物が粗大になり、機械特性が劣化する。そのため、V含有量は0.10%以下とする。V含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.06%以下であるのがより好ましく、0.04%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、V含有量は0.001%以上であるのが好ましく、0.002%以上であるのがより好ましく、0.005%以上であるのがさらに好ましい。
【0056】
Ti:0.20%以下
Tiは、窒化物を形成し、結晶粒の微細化および強度の向上に寄与する元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Tiが過剰に含有された場合、窒化物が粗大になり、機械特性が劣化する。そのため、Ti含有量は0.20%以下とする。Ti含有量は0.15%以下であるのが好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Ti含有量は0.001%以上とすることが好ましく、0.005%以上とすることがより好ましい。
【0057】
Zr:0.20%以下
ZrはTiと同様に、窒化物を形成し、結晶粒の微細化および強度の向上に寄与する元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Zrが過剰に含有された場合、窒化物が粗大になり、機械特性が劣化する。そのため、Zr含有量は0.20%以下とする。Zr含有量は0.15%以下であるのが好ましい。なお、上記効果をより確実に得たい場合には、Zr含有量は0.001%以上とすることが好ましく、0.005%以上とすることがより好ましい。
【0058】
Ta:0.05%以下
Taは、強度の向上に寄与する元素であり、また、メカニズムは必ずしも明らかでないが、耐食性の向上にも寄与するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Taは高価な元素であり、多量の含有は製鋼コストの増大を招く。そのため、Ta含有量は0.05%以下とする。Ta含有量は0.04%以下であるのが好ましく、0.03%以下であるのがより好ましく、0.02%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Ta含有量は0.001%以上であるのが好ましく、0.005%以上であるのがより好ましい。
【0059】
B:0.010%以下
Bは焼入性を向上させ、強度を高める元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Bを過剰に含有させても効果が飽和し、母材およびHAZの靱性が低下する場合がある。そのため、B含有量は0.010%以下とする。B含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.006%以下であるのがより好ましく、0.004%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、B含有量は0.0003%以上であるのが好ましく、0.0005%以上であるのがより好ましい。
【0060】
本発明の鋼の化学組成において、脱酸および介在物の制御を目的として、さらにCa、Mg、Sr、Ba、REMから選択される1種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。なお、これらの元素は、鋼材において必ずしも必須ではないことから、含有量の下限値は0%である。各元素の限定理由について説明する。
【0061】
CaおよびMgの一方または両方の合計:0.010%以下
CaおよびMgは、微細な酸化物を形成させるために、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、CaおよびMgを過剰に添加することは製鋼コストの増大を招く。そのため、CaおよびMgの合計含有量は0.010%以下とする。CaおよびMgは、一方を単独で含有させてもよく、両方を同時に含有させてもよい。CaおよびMgの合計含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、CaおよびMgの合計含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましく、0.0005%以上であるのがさらに好ましい。
【0062】
なお、CaおよびMgの一方を単独で含有させる場合、CaおよびMgの含有量は、それぞれ0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。また、CaおよびMgの含有量は、それぞれ0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましい。
【0063】
SrおよびBaの一方または両方の合計:0.010%以下
SrおよびBaは、微細な酸化物を形成させるために、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、SrおよびBaを過剰に添加することは製鋼コストの増大を招く。そのため、SrおよびBaの合計含有量は0.010%以下とする。SrおよびBaは、一方を単独で含有させてもよく、両方を同時に含有させてもよい。SrおよびBaの合計含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、SrおよびBaの合計含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましく、0.0005%以上であるのがさらに好ましい。
【0064】
なお、SrおよびBaの一方を単独で含有させる場合、SrおよびBaの含有量は、それぞれ0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。また、SrおよびBaの含有量は、それぞれ0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましい。
【0065】
REM:0.010%以下
REM(希土類元素)は、主に脱酸に用いられる元素であり、微細な酸化物を形成させるために、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REMを過剰に添加することは製鋼コストの増大を招く。そのため、REM含有量は0.010%以下とする。REM含有量は0.005%以下であるのが好ましく、0.003%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、REM含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましく、0.0005%以上であるのがさらに好ましい。
【0066】
ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、REMの含有量は上記元素の合計量を意味する。なお、ランタノイドは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加される。
【0067】
なお、Ca、Mg、Sr、Ba、およびREMから選択される1種以上を含有させる場合の合計の含有量は、0.010%以下、または0.008%以下であるのが好ましく、0.0003%以上、または0.0005%以上であるのが好ましい。
【0068】
(B)In酸化物
本発明に係る鋼材は、鋼材中に含まれる、最大長さが1.0μmを超えるIn酸化物の個数密度が1.00/mm未満であることが好ましい。
【0069】
最大長さが1.0μm以下のIn酸化物は、鋼材の耐食性にほとんど影響を与えない。そのため、最大長さが1.0μmを超えるIn酸化物を対象とする。以下の説明では、最大長さが1.0μmを超えるIn酸化物のことを、粗大なIn酸化物ともいう。
【0070】
粗大なIn酸化物の個数密度を1.00/mm未満とすることで、弱酸環境での耐食性をさらに向上させることができる。この詳細なメカニズムは不明であるが、次のように考えられる。鋼に含有されたInは、熱間圧延前の加熱の段階で溶融Inとなる。しかし、加熱温度が1050℃未満であると、溶融Inが大きく凝集する場合がある。この大きく凝集した溶融Inが鋼材の冷却の過程で酸化され、粗大なIn酸化物として鋼材中に析出する。
【0071】
In酸化物は、金属Inとは異なり、融点が約1900℃と非常に高い。そのため、一旦鋼材中に析出した粗大なIn酸化物は、In酸化物として鋼材中に留まり、使用環境中において鋼材表面に形成されるスケールには移動しない。その結果、スケール中で酸化物となるInが減少し、弱酸環境における耐食性を十分に発揮できなくなる場合があると考えられる。
【0072】
粗大なIn酸化物の個数密度は、Metal Quality Analyzer(MQA)により測定する。まず、鋼板の板幅中央部で圧延方向に沿って切断した断面を、#1000以上でペーパー研磨を行う。その後、その断面において、10μm×10μmの視野内に存在する介在物の元素分析を行う。介在物におけるIn含有量が20質量%以上であり、かつO含有量が5質量%以上である介在物を、In酸化物と判断する。そして、In酸化物の最大長さを測定し、最大長さが1.0μmを超えるIn酸化物の個数を数え、視野面積で除することで、粗大なIn酸化物の個数密度を求める。鋼材が鋼管の場合は、鋼管の肉厚中央位置から、管軸方向において、上記の測定を行う。
【0073】
(C)防食腐食処理
上記に説明した本発明の鋼材は、そのまま使用しても良好な耐食性を示す。しかし、硫酸露点腐食環境および弱酸性の硫酸環境における耐食性をさらに向上させるために、鋼材表面に耐酸塗料を施してもよい。
【0074】
ここで、有機樹脂からなる防食被膜として、ビニル樹脂系、およびフェノール樹脂系の耐酸塗料による樹脂被膜などが挙げられる。
【0075】
(D)製造方法
本発明に係る鋼材の製造方法について、熱間圧延前の加熱温度以外の条件は、特に制限はなく、通常の条件を採用すればよい。例えば、上述した化学組成を有するインゴットに対して、熱間圧延を施し、さらに必要に応じて冷間圧延を施して製造される、鋼板、鋼管などが含まれる。
【0076】
鋼材を製造する場合は、常法で鋼を溶製し、成分の調整後、鋳造して得られた鋼片を、後述する加熱温度に加熱した後、熱間圧延を施し、さらに必要に応じて冷間圧延を施して製造される。熱間圧延後は、そのまま水冷するか、または空冷した後、再加熱して焼入れてもよい。熱間圧延後は、コイル状に巻き取ってもよい。熱間圧延後、冷間圧延して、さらに熱処理を施してもよい。
【0077】
熱間圧延前の加熱温度は、1050~1150℃とする。熱間圧延前の加熱温度を1050℃以上とすることで、粗大なIn酸化物の個数密度を低減することができる。粗大なIn酸化物の個数密度を低減できる詳細なメカニズムは不明であるが、次のように考えられる。
【0078】
鋼に含有されたInは、熱間圧延前の加熱により溶融Inとなる。また、高温ほど溶融Inへの酸素の溶存量は多くなる。そのため、熱間圧延前の加熱温度を高めることで、十分な量の酸素がInと結合し、微細なIn酸化物となる。
【0079】
熱間圧延前の加熱温度が低い場合、溶融Inへの酸素の溶存量が少ないため、Inは酸素と結合しにくくなる。そして、十分な量の酸素と結合できなかった溶融Inは、大きく凝集する。その後、大きく凝集した溶融Inが、鋼材の冷却の過程で酸化され、粗大なIn酸化物となる。また、In酸化物の融点は、金属Inとは異なり非常に高く、約1900℃であるため、一旦In酸化物が形成されると、その後溶融しない。その結果、鋼材中に粗大なIn酸化物が形成されると考えられる。
【0080】
粗大なIn酸化物の個数密度を低減させる観点からは、熱間圧延前の加熱温度は高い方がよい。しかしながら、熱間圧延前の加熱温度が高すぎると、製造コストの上昇を招く。したがって、熱間圧延前の加熱温度は、1050~1150℃とする。シームレス鋼管を製造する場合は、熱間押出または穿孔圧延前の鋼片の加熱温度を1050~1150℃とする。
【0081】
鋼管を製造する場合は、鋼板を管状に成形して溶接してもよく、電縫鋼管、鍛接鋼管、スパイラル鋼管などにすることができる。鋼片に熱間押出または穿孔圧延を施して製造されるシームレス鋼管も本発明の鋼材に含まれる。
【0082】
また、上述した防食被膜で覆う処理は通常の方法で行えばよい。また、必ずしも鋼材の全面に防食被膜を施す必要はなく、腐食環境に曝される面としての鋼材の片面、鋼管であれば外面または内面だけ、すなわち鋼材表面の少なくとも一部を防食処理するだけでもよい。
【0083】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0084】
表1に示す化学組成を有する鋼を溶製し、50kgのインゴットとした後、通常の方法で熱間鍛造して、厚さが60mmのブロックを作製した。次いで、上記ブロックを、表2に示す温度で1時間加熱してから熱間圧延を施し、850℃で厚さ20mmに仕上げ、その後室温まで大気中で放冷して鋼板とした。
【0085】
【表1】
【0086】
【表2】
【0087】
<耐硫酸性>
各鋼板から板厚3mm、幅25mm、長さ25mmの試験片を板厚中央部から2本ずつ採取し、それぞれ湿式#600研磨で仕上げ、耐食性評価用の試験片とした。そのうち1本の試験片について、硫酸露点腐食環境を模擬した70℃の50%硫酸水溶液に6時間浸漬する硫酸浸漬試験を行った。残りの1本の試験片について、弱酸の硫酸環境を模擬した40℃の0.07%硫酸に6時間浸漬する硫酸浸漬試験を行った。
【0088】
その後、硫酸浸漬試験による試験片の腐食減量から、それぞれ腐食速度を算出した。本実施例においては、70℃の50%硫酸による腐食速度が10.0mg/cm/h以下であり、かつ40℃の0.07%硫酸による腐食速度が1.0mg/cm/h以下である場合に、耐硫酸性に優れると判断した。
【0089】
<熱間加工性>
上記条件で圧延した熱間圧延材の表面を外観目視し、割れが生じていたものを×、割れが生じていないものを〇として、熱間加工性を評価した。
【0090】
<In酸化物>
粗大なIn酸化物の個数密度は、MQAにより測定した。まず、鋼板の板幅中央部で圧延方向に沿って切断した断面を、#1000以上でペーパー研磨を行った。その後、その断面において10μm×10μmの視野内に存在する介在物の元素分析を行った。介在物におけるIn含有量が20質量%以上であり、かつO含有量が5質量%以上である介在物を、In酸化物と判断した。そして、In酸化物の最大長さを測定し、最大長さが1.0μmを超えるIn酸化物の個数を数え、視野面積で除することで、粗大なIn酸化物の個数密度を求めた。
【0091】
表2に、硫酸浸漬試験および熱間加工性の評価結果をまとめて示す。なお、表2における「-」は、熱間加工性が劣化したため試験片が採取できず、耐硫酸性を評価できなかったことを意味する。また、表2における「耐硫酸性1」には、70℃の50%硫酸による腐食速度、「耐硫酸性2」には、40℃の0.07%硫酸による腐食速度を示している。
【0092】
表2に示すように、本発明の規定をすべて満足する試験No.1~25では、耐硫酸性および熱間加工性の両方に優れる結果となった。また、粗大なIn酸化物の個数密度を1.00/mm未満に制御することで、弱酸の硫酸環境における耐食性をさらに向上させることができた。これに対して、比較例である試験No.26~32では、耐硫酸性または熱間加工性が悪化する結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明の鋼材は、重油、石炭等の化石燃料、液化天然ガスなどのガス燃料、都市ごみなどの一般廃棄物、廃油、プラスチック、排タイヤ等の産業廃棄物および下水汚泥等を燃焼させるボイラーの排煙設備に使用することができる。具体的には、排煙設備の煙道ダクト、ケーシング、熱交換器、2基の熱交換器(熱回収器および再加熱器)で構成されるガス-ガスヒータ、脱硫装置、電気集塵機、誘引送風機、回転再生式空気予熱器のバスケット材および伝熱エレメント板などに好適に使用することができる。