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特開2024-98512アプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024098512
(43)【公開日】2024-07-24
(54)【発明の名称】アプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/115 20100101AFI20240717BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20240717BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20240717BHJP
   A61P 31/12 20060101ALI20240717BHJP
   A61K 47/54 20170101ALI20240717BHJP
【FI】
C12N15/115 Z ZNA
A61K31/7088
A61K48/00
A61P31/12
A61K47/54
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021067753
(22)【出願日】2021-04-13
(71)【出願人】
【識別番号】521157683
【氏名又は名称】田淵 雄大
(71)【出願人】
【識別番号】520484036
【氏名又は名称】ヤン ジェイ
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(71)【出願人】
【識別番号】521464905
【氏名又は名称】瀧 真清
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(72)【発明者】
【氏名】田淵 雄大
(72)【発明者】
【氏名】ヤン ジェイ
(72)【発明者】
【氏名】瀧 真清
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA95
4C076CC35
4C076CC41
4C076DD55
4C076EE59
4C076FF70
4C084AA13
4C084NA13
4C084ZB33
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA13
4C086ZB33
(57)【要約】
【課題】治療薬等としての機能において有用となる新しい特性を核酸アプタマー型薬剤に付与する。そのような新しい特性を有する抗SARS-CoV-2薬剤を提供する。
【解決手段】複数の共有結合性ウォーヘッドを有するアプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤を提供する。特に、SARS-CoV-2を標的とするアプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤を提供する。マルチウォーヘッド核酸アプタマーを含む医薬組成物、およびマルチウォーヘッド核酸アプタマーの製造方法も提供される。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のフッ化スルホニル基を有するマルチウォーヘッド核酸アプタマーであって、前記複数のフッ化スルホニル基は、核酸アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基にリンカーを介して連結されている、マルチウォーヘッド核酸アプタマー。
【請求項2】
リンカーを介してフッ化スルホニル基が連結された第1の核酸残基と、リンカーを介してフッ化スルホニル基が連結された第2の核酸残基とが、少なくとも3残基離れている、請求項1に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
【請求項3】
前記リンカーは、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分を含むリンカーである、請求項1または2に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
【請求項4】
SARS-CoV-2スパイクタンパク質結合核酸アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基に、それぞれリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されており、SARS-CoV-2スパイクタンパク質に対して共有結合することができる、請求項1~3のいずれか一項に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
【請求項5】
5’-CAGCACCGACCTTGTGCTTTGGGAGTGCTGGTCCAAGGGCGTTAATGGACA-3’
の核酸配列(配列番号1)を有し、
前記核酸配列中の複数の核酸残基に、それぞれリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されている、
請求項4に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマーを含む医薬組成物。
【請求項7】
請求項4または5に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマーを含む医薬組成物であって、対象の細胞上の受容体へのSARS-CoV-2の結合を阻害するための、医薬組成物。
【請求項8】
標的タンパク質に対する結合効率が増強された核酸アプタマーの製造方法であって、
a)アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基にそれぞれ第1の反応基が連結または結合されるように修飾された、標的タンパク質に特異的な核酸アプタマーと、
b)前記第1の反応基に対応する第2の反応基とフッ化スルホニル基とが連結または結合された構造を有する、ウォーヘッド化合物
を反応させて、前記第1の反応基と前記第2の反応基の間の反応により形成された連結部分を含むリンカーを介して前記核酸アプタマーの前記複数の核酸残基のそれぞれとフッ化スルホニル基とが連結されたマルチウォーヘッド構造を取得することを含む、方法。
【請求項9】
前記複数の核酸残基のうちの第1の核酸残基と第2の核酸残基とが、少なくとも3残基離れている、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記第1の反応基が、(a1)炭素間三重結合を有する基、または(a2)アジド基であり、
前記第1の反応基に対応する前記第2の反応基が、(b1)アジド基、または(b2)炭素間三重結合を有する基であり、
前記反応はアジド-アルキン間クリックケミストリー反応である、
請求項8または9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、医薬あるいは生化学的ツールとして有用な、標的に特異的に結合する化合物および組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
SARS-CoV-2コロナウイルスは、2020~2021年の時点でパンデミックを引き起こしている病原性ウイルスである。このウイルスに関連する疾患を治療するための薬剤を開発する研究が世界中で行われているが、このウイルスに対して特異的な治療薬の開発はまだ十分達成されていない。
【0003】
非特許文献1は、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質に結合する核酸アプタマーを記載している。スパイクタンパク質は、SARS-CoV-2の外表面から突出してそのウイルス粒子を覆う突起構造(スパイク)を構成するタンパク質であって、ヒトの呼吸器系等の細胞上に発現される受容体(例えばACE2受容体またはニューロピリン1受容体)に結合してヒトへの感染を媒介するウイルスタンパク質である。非特許文献1の核酸アプタマーは、スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(receptor binding domain:RBD)に結合すること、およびRBDへの結合についてACE2と競合することという指標に基づいて同定されたものである。
【0004】
SARS-CoV-2には関係しない全くの別研究である非特許文献2および3は、共有結合能を有する核酸アプタマーを記載している。非特許文献2は、in vitro selection法であるSELEXのための核酸ライブラリーの5’末端にスルホニルフルオリド(SF)基を導入し、そのライブラリーからのスクリーニングにより、上皮成長因子受容体に結合する核酸アプタマーを得たことを記載している。非特許文献3は、共有結合性薬剤は非可逆的な有害作用のリスクを有するという問題に対処するべく、既存のトロンビン結合アプタマーに1つのSF基を導入して、共有結合性を有しかつ相補鎖解毒剤によって薬剤作用が可逆的となるトロンビン阻害薬を記載している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Song et al., Anal. Chem., 2020, 92, 9895-9900
【非特許文献2】宍戸裕子、北海道大学博士学位論文、2018年9月25日
【非特許文献3】Tabuchi et al., Chem. Commun., 2021, 57, 2483-2486
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示の実施形態は、治療薬等としての機能においてより有用となり得る新しい特性を核酸アプタマーに付与するものである。本開示の実施形態はまた、そのような新しい特性を有する、抗SARS-CoV-2薬剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示は以下の実施形態を含む。
[1]
複数のフッ化スルホニル基を有するマルチウォーヘッド核酸アプタマーであって、前記複数のフッ化スルホニル基は、核酸アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基にリンカーを介して連結されている、マルチウォーヘッド核酸アプタマー。
[2]
リンカーを介してフッ化スルホニル基が連結された第1の核酸残基と、リンカーを介してフッ化スルホニル基が連結された第2の核酸残基とが、少なくとも3残基離れている、[1]に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
[3]
前記リンカーは、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分を含むリンカーである、[1]または[2]に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
[4]
SARS-CoV-2スパイクタンパク質結合核酸アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基に、それぞれリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されており、SARS-CoV-2スパイクタンパク質に対して共有結合することができる、[1]~[3]のいずれか一項に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
[5]
5’-CAGCACCGACCTTGTGCTTTGGGAGTGCTGGTCCAAGGGCGTTAATGGACA-3’
の核酸配列(配列番号1)を有し、
前記核酸配列中の複数の核酸残基に、それぞれリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されている、
[4]に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
[6]
[1]~[5]のいずれか一項に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマーを含む医薬組成物。
[7]
[4]または[5]に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマーを含む医薬組成物であって、対象の細胞上の受容体へのSARS-CoV-2の結合を阻害するための、医薬組成物。
[8]
標的タンパク質に対する結合効率が増強された核酸アプタマーの製造方法であって、
a)アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基にそれぞれ第1の反応基が連結または結合されるように修飾された、標的タンパク質に特異的な核酸アプタマーと、
b)前記第1の反応基に対応する第2の反応基とフッ化スルホニル基とが連結または結合された構造を有する、ウォーヘッド化合物
を反応させて、前記第1の反応基と前記第2の反応基の間の反応により形成された連結部分を含むリンカーを介して前記核酸アプタマーの前記複数の核酸残基のそれぞれとフッ化スルホニル基とが連結されたマルチウォーヘッド構造を取得することを含む、方法。
[9]
前記複数の核酸残基のうちの第1の核酸残基と第2の核酸残基とが、少なくとも3残基離れている、[8]に記載の方法。
[10]
前記第1の反応基が、(a1)炭素間三重結合を有する基、または(a2)アジド基であり、
前記第1の反応基に対応する前記第2の反応基が、(b1)アジド基、または(b2)炭素間三重結合を有する基であり、
前記反応はアジド-アルキン間クリックケミストリー反応である、
[8]または[9]に記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、1箇所にウォーヘッドが連結されたSARS-CoV-2結合核酸アプタマーが標的のウイルスタンパク質(RBD)と共有結合を形成できることを示すモビリティシフトアッセイ(a)、および未反応RBDの残量を測定した結果(b)を示す。
図2図2は、2箇所にウォーヘッドが連結されたSARS-CoV-2結合核酸アプタマーが、標的タンパク質に対する特異的結合能を失わず、かつ増強された共有結合形成効率を有することを示す実験である。
図3図3は、デュアルウォーヘッドアプタマーと標的タンパク質との共有結合的相互作用の濃度依存性を調べた結果を示す。
図4図4は、3箇所にウォーヘッドが連結されたトリプルウォーヘッドアプタマーが、依然として標的タンパク質に対する特異的結合能を失わず、かつさらに増強された共有結合形成効率を有することを示す実験である。
図5図5は、トリプルウォーヘッドアプタマーと標的タンパク質との共有結合的相互作用のタイムコースを調べた結果を示す。
図6図6は、トリプルウォーヘッドアプタマーと標的タンパク質との共有結合的相互作用の濃度依存性を調べた結果を示す。
図7図7は、ヒト血清が存在する条件下で標的タンパク質とトリプルウォーヘッドアプタマーとを混合した実験の結果を示す。
図8図8は、アプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤が、SARS-CoV-2ウイルスタンパク質とそのヒト受容体との間のタンパク質-タンパク質相互作用を強く阻害することを示すELISAの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
核酸アプタマーの複数箇所に同時に共有結合性ウォーヘッドを導入するという着想はこれまで公開された例がなく、そのような複数ウォーヘッド導入が機能的薬剤としてそもそも可能かということについての知見は存在しておらず、そのような構成がどのような技術的効果を生じるかも知られていなかった。本発明者らは、新しい着想のもと研究を行ったところ、核酸アプタマーの複数箇所に共有結合性ウォーヘッドを連結して機能的薬剤を得ることが可能であることを実証しただけでなく、従来の薬剤にはなかった新しい特性を提供できることを発見した。本開示は、このような発見に基づいてアプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤の実施形態を提供するものである。
【0010】
本開示は、複数のフッ化スルホニル基を有するマルチウォーヘッド核酸アプタマーであって、その複数のフッ化スルホニル基が核酸アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基にリンカーを介して連結されている、マルチウォーヘッド核酸アプタマーを提供する。マルチウォーヘッド核酸アプタマーは、標的タンパク質に対して、アプタマー固有の特異的相互作用(ドッキング)をすることに加えて、共有結合を形成することができる。この化合物は、アプタマーに基づくコバレントドラッグ(共有結合性薬剤)であると理解することができる。マルチウォーヘッド核酸アプタマーの1つの分子は、1つの標的分子に対して複数の共有結合を形成し、または、複数の標的分子に対して共有結合を形成することができる。
【0011】
より具体的に、本開示は、SARS-CoV-2スパイクタンパク質結合核酸アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基に、すなわち少なくとも2つの核酸残基に、それぞれリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されており、それによってSARS-CoV-2スパイクタンパク質に対して共有結合することができる、マルチウォーヘッド核酸アプタマーを提供する。一実施形態において、5’-CAGCACCGACCTTGTGCTTTGGGAGTGCTGGTCCAAGGGCGTTAATGGACA-3’の核酸配列(配列番号1)を有し、該核酸配列中の複数の核酸残基に、それぞれリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されている、SARS-CoV-2スパイクタンパク質結合核酸アプタマーが提供される。このような構造を有することにより、該化合物は、配列番号1で表される核酸アプタマー部分を介してSARS-CoV-2標的タンパク質を特異的に認識して結合(ドッキング)し、そして複数のフッ化スルホニル基を介して、その標的に対して効率的に共有結合を形成することができる。以下、SARS-CoV-2スパイクタンパク質結合核酸アプタマーの例を特に参照しながら本開示の実施形態を説明するが、その説明は他の核酸アプタマーにも適用できることが理解されるべきである。
【0012】
[核酸アプタマー]
核酸アプタマーという用語は、当業者に理解されるように、標的分子に特異的結合をすることができる核酸分子を意味する。核酸アプタマーの技術自体は当業者によく知られている。リボスイッチの一部分として存在する天然の核酸アプタマーも知られているが、技術的応用においてより典型的な核酸アプタマーは人工的な核酸アプタマーであり、より具体的には、ランダム配列のライブラリーから標的物質に対する結合能についてスクリーニングすること(SELEX:Systematic evolution of ligands by exponential enrichmentと呼ばれる)によって選抜された核酸分子、またはそのように選抜された核酸分子の配列を一部修正(例えば切り詰めおよび/または化学修飾)して得られた核酸分子である。これらは通常、天然には存在しない配列を含む(もしくはそのような配列からなる)天然には存在しない遊離核酸断片、あるいは少なくとも天然条件下ではその標的分子に遭遇することがない配列を含む(もしくはそのような配列からなる)天然には存在しない遊離核酸断片である。アプタマーは、所望の標的物質に対して結合するものとして取得または作製されるものであるから、必然的に、それぞれのアプタマーには特異的な標的が知られている。従って、当業者は核酸アプタマーを明確に認識することができるだけでなく、それに対応する標的も認識することができる。
【0013】
多数のアプタマーがパブリッシュされており、当業者に知られている。多数のアプタマーの例ならびにアプタマーに関連する既存技術および試薬の記述は、例えば、aptagen.com、bioanalysis-zone.com、genemedsyn.com、linaris.de、cambio.co.uk、basepairbio.com等に見出すことができる。配列番号1の配列を有する核酸アプタマー自体は、上述したように、非特許文献1に記述されたものであり、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)に結合すること、およびRBDへの結合についてACE2と競合することという指標に基づいて非特許文献1の著者らによって同定されたものである。SARS-CoV-2スパイクタンパク質結合アプタマーの他の例も非特許文献1に記載されている。
【0014】
核酸アプタマーの配列(例えば配列番号1)の5’側および/または3’側にさらなる核酸配列が追加されてもよい。核酸アプタマーを同定するためのSELEX法においてスクリーニング対象となる核酸ライブラリーの核酸構成員は、通常、PCR等の核酸増幅技術によるライブラリー増幅のために5’末端と3’末端にプライマー配列(プライマーと同じ配列およびプライマーに対して相補的な配列を含む)を有している。実際、非特許文献1の核酸アプタマーも、元々は両端にプライマー配列が追加された長い配列の核酸集団の中からスパイクタンパク質結合分子として単離・同定され、その後、標的への特異的結合に必須ではない5’末端配列と3’末端配列とを切り落として配列番号1の51マー配列にまで短縮されたものである。このように、標的結合能を担うコア配列の5’側および/または3’側に他の配列を追加し得ることは他の核酸アプタマーにおいても典型的に見られる。
【0015】
本開示において、核酸アプタマーの「コア配列」とは、例えば配列番号1のように、SELEXのプライマー配列の半分以上(例えば、各プライマー配列について、核酸分子末端側からの半分以上)が除かれておりかつ単離状態で標的結合能を維持できる核酸配列を意味する。
【0016】
非特許文献2は、上皮成長因子受容体に対する核酸アプタマーを選抜するために、SELEXライブラリーの5’末端にスルホニルフルオリド(SF)基を導入したことを記載している。これはすなわちPCR増幅用プライマー配列の5’末端にSF基を導入したものと理解される。本発明者らは、プライマー配列から離れておりコア配列の真っ只中にある1つの内部核酸残基にリンカーを介してSF基を導入しても、核酸アプタマーの特異的結合機能は失われず効率的な共有結合形成ができることを見出した(非特許文献3、本願図1)。プライマー配列はSELEXライブラリーの全ての構成員が有するものであり圧倒的多数の構成員は標的特異的結合能を有さないから、コア配列こそが特異的結合能を生じさせると言える。そのコア配列にリンカーとSF基を導入しても核酸アプタマーとしての機能を維持できることは予測できなかった発見であった。本開示のいくつかの実施形態は、少なくとも部分的にこの発見に基づいている。
【0017】
核酸アプタマーはマイクロモーラー未満(好ましくは100ナノモーラー未満、より好ましくは10ナノモーラー未満)の解離定数値Kで表される高い結合親和性で標的物質に特異的に結合することができ、本実施形態の、複数のフッ化スルホニル基が連結された核酸アプタマーも標的物質に対するそのような特異的結合能力および親和性を維持することができる。通常、アプタマーと標的との結合は、多数の非共有結合性相互作用の総和として得られる。
【0018】
一般に核酸アプタマーはDNA、RNA、またはそれらの組合せであり得、例えば一本鎖DNA、一本鎖RNA、またはそれらの組合せであり得る。核酸アプタマーという用語には、当業者に知られる1種類以上の核酸修飾または非天然核酸部分(非天然骨格部分および非天然糖部分等)を含むものも包含される。例えばヌクレアーゼ耐性その他の目的でアプタマー中に使用することができる様々な核酸修飾および非天然核酸部分が知られている(Zhou et al., Nat Rev Drug Discov, 2017, 16(3): 181-202)。その例としては2’-フルオロ化、2’-アミノ化、2’-O-メチル化、逆方向(inverted)チミジンによる3’修飾、ホスホロチオエート、LNA、およびポリエチレングリコール(PEG)修飾が挙げられるがこれらに限定されない。一般的に核酸アプタマーの長さは10残基(塩基)以上であり、より典型的には15残基以上である。核酸アプタマーの長さは典型的に100残基以下、より典型的には60残基以下であるが、これらより長い場合もあり得る。本開示において、核酸残基(あるいは単に「残基」と略すこともある)とは、核酸ポリマーを構成するモノマー単位を意味する。従って、例えばDNAアプタマーにおける各デオキシリボヌクレオチド部分が残基と認識され得る。
【0019】
一般にアプタマー型薬剤は、相補鎖を投与することによって薬剤効果を解除あるいは「解毒」できるという特徴を有する。上述した非特許文献3でも、トロンビン共有結合性アプタマーの薬剤効果を相補鎖によって解除できることが示されたが、解除の効率が非共有結合性アプタマーと比べて少し低下することが示されていた。ヒト受容体ではなくウイルスの方に結合するSARS-CoV-2結合核酸アプタマーは、その薬剤効果を解除する意義が比較的低い。
【0020】
マルチウォーヘッド核酸アプタマー、あるいはアプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤は、少なくとも2つの核酸残基においてフッ化スルホニル基が連結されていることを特徴とする。フッ化スルホニル基が連結される残基の数は、2個、3個、もしくは4個であり得、または5個、6個、もしくはそれ以上の数とすることも可能であり得る。フッ化スルホニル基が連結される残基の数は、例えば核酸アプタマーに含まれる残基の総数の20%未満あるいは10%未満であり得る。本開示において、フッ化スルホニル基が連結される残基は、リンカーが結合される残基に対応する。
【0021】
核酸アプタマーのうちフッ化スルホニル基が連結される複数の核酸残基の位置は、比較的自由に変更できることが見出された。非特許文献3に記述された研究および本願図1に示される研究等で、本発明者らは、異なる標的を有する多様なアプタマーを用いて実験を行い、アプタマーのコア配列中で標的結合面に近い残基および遠い残基を含め様々な位置において単一ウォーヘッド導入を試みたが、いずれの場合においても特異的標的に対する共有結合形成が得られた。本願ではそこからさらに発展して、これらの核酸残基の複数に同時にウォーヘッドを連結しても機能的な共有結合性アプタマーが得られることを見出したものである。複数のウォーヘッドを有することにより、従来のコバレントドラッグと比べて共有結合を形成する分子レベルでの確率を向上させ、反応速度および反応効率を向上させることができる。また、環境に応じて一分子の薬剤が標的の複数分子に共有結合を形成することも可能になる。
【0022】
フッ化スルホニル基が連結される残基の少なくとも1つまたは全部が、核酸アプタマーの末端の残基ではなく内部残基であってもよい。例えば、フッ化スルホニル基が連結される残基の少なくとも1つまたは全部が、核酸アプタマーの5’末端または3’末端から5残基以上、または10残基以上内部に位置する残基であり得る。フッ化スルホニル基が連結される残基の少なくとも1つまたは全部が、核酸アプタマーのコア配列中の残基であってもよい。例えば、フッ化スルホニル基が連結される残基の少なくとも1つまたは全部が、核酸アプタマーのコア配列の5’末端または3’末端から5残基以上、または10残基以上内部に位置する残基であり得る。
【0023】
好ましい一実施形態では、リンカーの少なくとも1つまたは全部が、核酸残基中の核酸塩基に結合している。別の実施形態では、リンカーは、核酸アプタマーの5’末端または5’末端リン酸(すなわち、5’末端に結合したリン酸基)に結合され得る。別の実施形態では、リンカーは、核酸アプタマーの3’末端もしくは3’末端リン酸(すなわち、3’末端に結合したリン酸基)に結合され得る。さらに別の実施形態では、リンカーは、核酸アプタマーを構成するいずれかの残基のリボース環の2’位に結合され得る。核酸アプタマーの残基の数は有限であり、各残基中でリンカーを結合できる部位の数も有限である。従って、当業者は本開示に基づいて、過度な試行錯誤なく、核酸アプタマー中でリンカー結合位置の組合せを適宜決定して、標的結合能力が失われないことを容易に確認することができる。
【0024】
これらの位置に、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応のために使用可能なアルキン構造またはアジド基が連結または結合された核酸残基、およびそのような核酸残基を組み込む任意の配列の修飾オリゴヌクレオチドは、市販されているか、または当業者が合成することができる。複数のそのような残基を組み込んで核酸を合成することも当業者の通常の技量の範囲内で可能である。また、上記の各位置にアルキン構造またはアジド基が連結または結合された残基を組み込む任意の配列の修飾オリゴヌクレオチドの合成サービスが市販もされている。そのようなアルキン修飾またはアジド修飾オリゴヌクレオチドのための試薬または受託合成サービスを提供している会社の例としてはIntegrated DNA Technologies社、株式会社日本遺伝子研究所、および Sigma-Aldrich社が挙げられるが、これらに限定されない。これらの構造は、従来、例えば核酸の蛍光標識などに利用されてきた。
【0025】
リンカーが、核酸アプタマー中の核酸塩基に結合している場合、その塩基はアデニン(A)、グアニン(G)、イノシン(I)(ヒポキサンチン)、シトシン(C)、チミン(T)、およびウラシル(U)等のうちのいずれでもあり得るが、A、C、TまたはUが好ましく、TまたはUが特に好ましい。例えばCおよびUについては、それらの塩基を構成するピリミジン環の5位にリンカーが結合し得る。Tについては、チミン塩基を構成するピリミジン環の5位のメチル基がリンカーで置き換えられるかたちでリンカーが結合し得、その結果として、上記のようにリンカーが結合したUと同じ構造になる。本明細書では、このような状態も、T(チミン)塩基を構成するピリミジン環の5位にリンカーが結合していると呼び得る。A、G、およびIについては、それらの塩基を構成するプリン環の7位にリンカーが結合し得る。その場合、プリン環7位の窒素原子は炭素原子に置き換えられ得る。
【0026】
一実施形態では、リンカーを介してフッ化スルホニル基が連結された第1の核酸残基と、リンカーを介してフッ化スルホニル基が連結された第2の核酸残基とが、少なくとも3残基離れている。第1の核酸残基と第2の核酸残基とが少なくとも5残基離れていてもよく、少なくとも10残基離れていてもよい。本開示において、第1の核酸残基と第2の核酸残基とが1残基離れているということは両残基が隣接していることを意味し、n残基離れているということは両残基間にn-1個の残基が挟まっていることを意味する。また、本開示において「第1の」「第2の」等という用語は、別個の要素(例えば別個の残基)を指すための便宜上のものである。従って、例えば本段落で「第1の核酸残基」「第2の核酸残基」というのは核酸配列上の特定の位置を指しているのではない。
【0027】
ある特定の実施形態では、フッ化スルホニル基が連結される複数箇所のうちの少なくとも1つが下記i)~iii)のいずれかに該当するSARS-CoV-2結合核酸アプタマーが提供される。別の実施形態では、配列番号1中の下記i)とii)、i)とiii)、ii)とiii)、またはi)とii)とiii)においてリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されているSARS-CoV-2結合核酸アプタマーが提供される:
i)A~T15のいずれかの核酸塩基;
ii)T26~T32のいずれかの核酸塩基;
iii)G39~A45のいずれかの核酸塩基。
ここで、アルファベットは塩基の種類を表し、下付きの数字は配列番号1中の塩基位置を表す。
【0028】
さらに具体的な一実施形態では、配列番号1中の下記i)とii)、i)とiii)、ii)とiii)、またはi)とii)とiii)の塩基においてリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されているSARS-CoV-2結合核酸アプタマーが提供される:
i)T12
ii)T29
iii)T42
【0029】
上記説明のように核酸配列上で互いに距離を置いた複数の残基にフッ化スルホニル基を導入することにより、一標的に対して複数の共有結合が形成された場合には、アプタマーが特異的にドッキングした状態を共有結合により固定する効果がより堅固になり、その一方で、標的の複数分子に対して共有結合が起こる確率も高まり得る。
【0030】
なお、非特許文献1のアプタマーはDNAアプタマーであるから、元来T塩基を有している。T塩基のピリミジン環の5位メチル基がリンカーで置き換わるかたちで、リンカーが結合している場合、そのようなリンカー修飾T塩基は、対応するリンカー修飾U塩基と同じ構造になるが、ここでは元のアプタマーがT塩基の配列を有するものであるから、上記ではT12、T29等の表記をしている。RNAアプタマーのU塩基に同種類のリンカーが結合している場合には、結果として同じ構造になっていても「U塩基にリンカーが結合している」と呼ばれ得る。
【0031】
[ウォーヘッド]
フッ化スルホニル基は、-SOFという式で表され、生理的条件下でタンパク質の少なくともセリン、スレオニン、リジン、チロシン、システイン、またはヒスチジン残基と反応して共有結合を形成できることが知られる反応性の求電子化学基である(Narayanan et al., Chemical Science 2015, 6(5), 2650-2659)。このように標的と共有結合を形成する反応性の基をウォーヘッド(warhead、弾頭)と呼ぶこともある。本開示において、フッ化スルホニル基が連結された核酸アプタマーをウォーヘッド修飾アプタマーと呼ぶこともある。本開示において、複数のフッ化スルホニル基が連結されていることを「マルチウォーヘッド」という用語で表す。Narayanan et al.の論文に一部が例示されているように、フッ化スルホニル基を有する多様な化合物が合成されており、フッ化スルホニル基を導入するための多様な合成経路が当業者にとって利用可能である。
【0032】
どのような構造の化学基としてウォーヘッドを提供するのがより望ましいかを決定することはまだ成熟してない分野であり、特にアプタマー型共有結合性薬剤の文脈における異なるウォーヘッド構造の挙動については比較知見がほとんど蓄積されておらず予測ができなかった。例えばアルキルリンカーに直接-SOFを結合させるなど他の態様も考え得るが、本開示の実施形態では-アリール-SOFまたは-ヘテロシクリル-SOFという形態で存在するウォーヘッド構造がアプタマー型共有結合性薬剤において特に効率的に機能し得る。より具体的には、-カルボニル-アリール-SOFまたは-カルボニル-ヘテロシクリル-SOFが好ましく、-カルボニル-フェニル-SOFのような-カルボニル-アリール-SOFが特に好ましい。ヘテロシクリルは例えば1,4-ピペラジニレン基であり得る。
【0033】
[リンカー]
上記核酸アプタマーとフッ化スルホニル基(または前述したウォーヘッド構造)とを共有結合的に連結できる限り、多種多様な化学的リンカーを本実施形態において使用できることが当業者に理解される。化学的リンカーは典型的には炭化水素系骨格を有する。炭化水素系骨格には、炭化水素骨格に結合した、および/または炭化水素骨格に挿入された他の原子も含むものも包含される。本開示において、「連結」という用語は、2つの部分が間に他の原子(複数可)を挟んで間接的に結合している状態を意味し、これは2つの部分が間に他の原子を挟まずに直接互いに共有結合している状態と対比される。すなわち、1つの部分(核酸アプタマー)がリンカー構造の一端に結合し、もう1つの部分(フッ化スルホニル基)がそのリンカー構造の別の一端に結合している場合、2つの部分は「連結」されている。「共有結合的に連結」とは、一連の共有結合によって2つの部分が繋がっていることを意味する。例えば、リンカーの一端に核酸アプタマーが、他端にフッ化スルホニル基が共有結合しており、リンカー自体の主骨格も原子間の共有結合からなる場合、核酸アプタマーとフッ化スルホニル基は共有結合的に連結されている。
【0034】
当業者は、デザインするリンカーの長さ、親水性、柔軟性、および立体障害性のようなパラメータ、ならびに合成の便宜に応じて、通常の知識に基づいて適切なリンカーを選択し使用することができる。リンカーは例えば、炭素数1~10のアルキレン、炭素数2~10のアルケニレン、炭素数2~10のアルキニレン、ヘテロアルキレン、シクロアルキレン、ヘテロシクロアルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレンその他の二価複素環基、-CONH-(もしくは-NHCO-)、-CO-、-NH-、-O-、またはこれらの組合せを含む、またはそれからなる、二価の基であり得るが、これらに限定されない。ヘテロアルキレンは、アルキレン骨格の炭素原子が各箇所につき1つの酸素、窒素、または硫黄原子のようなヘテロ原子で置き換えられたものを表し、エーテル部分、ならびにポリエチレンオキシおよびポリプロピレンオキシのようなポリエーテル部分も含まれる。シクロアルキレンおよびヘテロシクロアルキレンはそれぞれ環状のアルキレンおよびヘテロアルキレンを表す。ヘテロシクロアルキレンには、クラウンエーテルが含まれる。本開示においてリンカーを構成する基には置換および非置換のものが包含される。例えば、アルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、複素環、および/または-NH-の水素原子が置換され得る。典型的な置換基の例としては、炭素数1~10のアルキルおよびアルキルオキシ、アリール、ヒドロキシル、アミノ、ハロゲン、ならびにこれらの組合せが挙げられるがこれらに限定されない。
【0035】
本実施形態におけるリンカーの少なくとも1つまたは全部は、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分を含むものであることが特に好ましい。他の反応基および反応機序により形成される連結部分(例えばアミノ基とN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)エステル基との間で形成されるアミド連結部分)も可能であるが、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応を用いれば、反応後の生成物分離を省略できるほど、きわめて効率的に核酸アプタマーと複数のフッ化スルホニル基との連結およびマルチウォーヘッド共有結合性薬剤の製造を行うことができる。アジド-アルキン間クリックケミストリー反応自体は公知であり、当業者は、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分の構造を明確に認識することができる。アジド-アルキン間クリックケミストリー反応は、アジド基(-N=N=N)と炭素間三重結合(-C≡C-)部分との間で起こる[3+2]環化付加反応として記述することもできる。
【0036】
アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分の好ましい一例は下記化学式(I)で表される2価の基である。
【化1】

これは銅(I)触媒アジド-アルキン環化付加(CuAAC)と呼ばれるアジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分である。上記で示す構造式の左側(左腕)が核酸アプタマーに連結または結合され右側(右腕)がフッ化スルホニル基に連結または結合される態様が好ましいが、その逆であってもよい。
【0037】
アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分の別の例は、下記一般式(II)で表される2価の基である。下記一般式(II)中、8員環は置換基(例えばメチル、メトキシ、O=、フッ素原子、または芳香族環もしくは脂肪族環の融合)によって置換されていてもよく、例えばビシクロ[6.1.0]構造の一部であってもよい。また、下記一般式(II)中、8員環は、他の環との融合に関与していない1つ以上の炭素が窒素等の非炭素原子で置き換えられたヘテロ環であってもよく、典型的には、リンカー(下記一般式(II)中の左側の結合腕)の結合部分の炭素が窒素で置き換えられ得る。
【化2】
【0038】
上記一般式(II)で表される連結部分の具体的な一例を下記化学式(IIa)に示す。
【化3】
【0039】
上記一般式(II)で表される連結部分のさらに別の具体例を下記化学式(IIb)に示す。
【化4】
【0040】
上記式(II)、(IIa)および(IIb)で表される構造は、歪み促進型アジドーアルキン環化付加(SPAAC)と呼ばれるアジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分の例である。SPAACは銅触媒を用いる必要がないため、銅フリークリックケミストリー反応とも呼ばれる。
【0041】
上記で示した構造式の左側(左腕)が核酸アプタマーに連結または結合され右側(右腕)がフッ化スルホニル基に連結または結合されてもよいし、その逆であってもよい。後述するように、アジド基が核酸アプタマー側から提供されるかあるいはフッ化スルホニル基側から提供されるかによって、連結部分の向きが逆になる。
【0042】
リンカーの他の部分は上述した基の組合せであり得る。例えば、リンカーのうち、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分に対して核酸アプタマー側および/またはフッ化スルホニル基側が、炭素数1~10のアルキレン、炭素数2~10のアルケニレン、炭素数2~10のアルキニレン、ヘテロアルキレン、シクロアルキレン、ヘテロシクロアルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、-CONH-(もしくは-NHCO-)、-CO-、-NH-、-O-、またはこれらの組合せを含むか、またはそれからなる二価の基であり得る。
【0043】
特定の実施形態においてリンカーは、-L-Y-L-という式で表すことができ、ここで、Yは連結部分、例えばアジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分であり、Lは核酸アプタマーに結合するリンカー部分(後述する第1のリンカーに相当する)であり、Lはフッ化スルホニル基に結合するリンカー部分(後述する第2のリンカーに相当する)である。-L-Y-L-全体が後述する第3のリンカーに相当する。具体的な一例において、第3のリンカーは、-C≡C-(CH-(I)-CH-CO-C-という構造からなり、ここで(I)は上記化学式(I)を表す。
【0044】
上述したように、リンカーの長さおよび具体的組成は実施者のデザインに応じて変動させ得るが、あくまで目安として、リンカー(特に第3のリンカー)の炭素数は典型的には2~100の範囲内であり得、より典型的には5~50の範囲内である。また、あくまで目安として、リンカーの長さ、すなわちリンカーが最大伸張したときの核酸アプタマーとフッ化スルホニル基との間の距離は典型的には100Å以内であり得、より典型的には50Å以内、あるいは30Å以内である。リンカーの長さは典型的に5Å以上であり得、より典型的には10Å以上である。リンカーの長さを長くすると、フッ化スルホニル基は、よりアプタマー結合部位から離れた部位、あるいは、アプタマー上のリンカー結合点からより離れた部位への共有結合形成が可能になる。通常は標的分子(複数可)内に共有結合が形成されるが、アプタマー結合時に標的分子近傍に存在する別の種類の分子(例えば別のウイルスタンパク質)に対して共有結合が形成できる可能性もある。
【0045】
[医薬組成物]
一側面において本開示は、上述したマルチウォーヘッド核酸アプタマーを含む医薬組成物を提供する。換言すると、本開示は、医薬として使用するための上記マルチウォーヘッド核酸アプタマーを提供する。インビトロ、エクスビボ、またはインビボで、対象の細胞上の受容体へのSARS-CoV-2の結合を阻害するための上記医薬組成物またはアプタマーも提供される。この場合のアプタマーはマルチウォーヘッド修飾スパイクタンパク質結合アプタマーである。対象の細胞上の受容体へのSARS-CoV-2の結合を阻害する方法であって、対象に有効量の上記アプタマーまたはそれを含む組成物を投与することを含む方法の実施形態も企図される。本開示における「対象」とは、典型的には哺乳類動物またはその組織もしくは細胞である。特定の実施形態において「対象」はヒトまたはその組織もしくは細胞である。対象はヒト患者であり得る。SARS-CoV-2のための受容体は、ACE2受容体またはニューロピリン1受容体であり得る。
【0046】
結合を阻害するとは、結合を防止すること、および/または結合を解消させることを含み得る。スパイクタンパク質の受容体結合部分が、共有結合的に固定された核酸アプタマーによってブロックされたウイルスは、その後無期限に、宿主個体内の細胞に結合する能力が減少または喪失した状態になり、また、他の個体に感染する能力も減少または喪失した状態になることが理解される。本開示のSARS-CoV-2結合核酸アプタマーおよびそれを含む医薬組成物は、SARS-CoV-2感染の防止、個体内もしくは個体間の感染拡大の防止、または感染の治療の方法のために利用され得る。
【0047】
医薬組成物は、薬学的に許容される担体または賦形剤をさらに含み得る。そのような担体または賦形剤の典型的な一例は水である。医薬組成物は例えば人体への注射に適した濃度の塩を含み得る。当業者は、標的タンパク質が存在する部位または領域に有効量の医薬組成物を送達するための適切な投与経路を適宜選択することができる。投与経路の例としては、経口、静脈内、動脈内、筋肉内、皮下、経皮、腹腔内、髄腔内、経直腸、経膣、眼球、および吸入が挙げられるがこれらに限定されない。
【0048】
[アプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤の製造方法]
SARS-CoV-2結合核酸アプタマーで例示的に実証されたマルチウォーヘッド化の手法および効果は、他の核酸アプタマーにも適用できる。従って本開示は、より一般的に、アプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤の製造方法、およびその方法によって製造されるアプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤を提供する。
【0049】
この製造方法によって、上述したSARS-CoV-2結合核酸アプタマーに例示されるアプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤を製造できることが理解されるべきである。従って、本明細書の核酸アプタマーの態様に関する先行セクションで提供された構造的および機能的な記述は、本製造方法の態様にも適用することができ、その逆も然りである。この製造方法の態様において、標的タンパク質およびそれに対する特異的核酸アプタマーの組合せは、SARS-CoV-2に限らず当業者が既知のもののなかから選択することができる。本態様の方法は、核酸アプタマーに新しい共有結合機能性を付与する方法、あるいは共有結合性核酸アプタマーの結合効率を増強させる方法として記述することもできる。
【0050】
本開示は、一態様において、
標的タンパク質に対する結合効率が増強された核酸アプタマーの製造方法であって、
a)アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基にそれぞれ第1の反応基が連結または結合されるように修飾された、標的タンパク質に特異的な核酸アプタマーと、
b)第1の反応基に対応する第2の反応基とフッ化スルホニル基とが連結または結合された構造を有する、ウォーヘッド化合物
を反応させて、第1の反応基と第2の反応基の間の反応により形成された連結部分を含むリンカーを介して核酸アプタマーの上記複数の核酸残基のそれぞれとフッ化スルホニル基とが連結されたマルチウォーヘッド構造を取得することを含む、方法を提供する。
【0051】
標的タンパク質に対する結合効率の増強とは、共有結合性を有さない同配列の核酸アプタマーと比べて共有結合形成能が付与されていること、または、ウォーヘッドを1つしか有さない同配列の核酸アプタマーと同条件下で比べて、以下のうちの1つ以上を含むことを意味する:共有結合形成速度が増加すること;より少ない濃度で標的に対して共有結合形成できること;より多くの(つまり複数の)標的分子に対して共有結合形成できること;もしくは、標的タンパク質に対する競合他分子の結合をより強く阻害できること。
【0052】
アプタマーの核酸配列中で、第1の反応基を有する残基の数は、2個、3個、もしくは4個であり得、または5個、6個、もしくはそれ以上の数とすることも可能であり得る。第1の反応基を有する残基の数は、例えば核酸アプタマーに含まれる残基の総数の20%未満あるいは10%未満とし得る。本開示において、第1の反応基を有する残基は、フッ化スルホニル基を連結するリンカーが結合する残基に対応する。
【0053】
第1の反応基を有する複数の核酸残基のうちの第1の核酸残基と第2の核酸残基とが、少なくとも3残基離れていることが好ましい。第1の核酸残基と第2の核酸残基とは、少なくとも5残基、または少なくとも10残基離れていてもよい。
【0054】
第1の反応基を有する核酸残基の少なくとも1つまたは全部が、核酸アプタマーの末端の残基ではなく内部残基であってもよい。例えば、第1の反応基を有する核酸残基の少なくとも1つまたは全部が、核酸アプタマーの5’末端または3’末端から5残基以上、または10残基以上内部に位置する残基であり得る。第1の反応基を有する核酸残基の少なくとも1つまたは全部が、核酸アプタマーのコア配列中の残基であってもよい。例えば、第1の反応基を有する核酸残基の少なくとも1つまたは全部が、核酸アプタマーのコア配列の5’末端または3’末端から5残基以上、または10残基以上内部に位置する残基であり得る。
【0055】
好ましい一実施形態では、複数ある第1の反応基の少なくとも1つまたは全部が、核酸残基中の核酸塩基に連結または結合している。別の実施形態では、第1の反応基は、核酸アプタマーの5’末端または5’末端リン酸(すなわち、5’末端に結合したリン酸基)に連結または結合され得る。別の実施形態では、第1の反応基は、核酸アプタマーの3’末端もしくは3’末端リン酸(すなわち、3’末端に結合したリン酸基)に連結または結合され得る。さらに別の実施形態では、第1の反応基は、核酸アプタマーを構成するいずれかの残基のリボース環の2’位に結合され得る。核酸アプタマーの残基の数は有限であり、各残基中でリンカーを結合できる部位の数も有限である。従って、当業者は本開示に基づいて、過度な試行錯誤なく、リンカー結合位置の組合せを適宜決定して、標的結合能力が失われないことを容易に確認することができる。
【0056】
上記(a)の第1の反応基に対して、(b)の第2の反応基が「対応する」とは、第1の反応基と第2の反応基の組合せによって両基間で当業者に知られる連結反応を行える関係にあることを意味する。例えば、(a)の第1の反応基が、(a1)炭素間三重結合(-C≡C-)を有する基、または(a2)アジド基であり、第1の反応基に対応する(b)の第2の反応基が、(b1)アジド基、または(b2)炭素間三重結合(-C≡C-)を有する基であり、反応はアジド-アルキン間クリックケミストリー反応であることが特に好ましい。つまり、例えば(a)の基がアルキン構造の基(a1)である場合には(b)の基はアジド基(b1)であり、逆に、(a)の基がアジド基(a2)である場合には(b)の基はアルキン構造の基(b2)となる。当業者に知られる他の反応基および反応機序により連結部分を形成することも可能である。例えば別の一例では、(a)の第1の反応基が、(a3)NHSエステル基または(a4)アミノ基であり、(b)の第2の反応基が、(b3)アミノ基または(b4)NHSエステル基である。
【0057】
本実施形態の方法における連結反応は、マルチウォーヘッド型アプタマーを生成する反応であるから、複数個の第1の反応基と、対応する複数個の第2の反応基が関与することが理解される。「第1の反応基」という用語は、ウォーヘッド化合物側ではなく核酸アプタマー側にある反応基を指すための便宜上のものであり、複数個の第1の反応基が互いに完全同一の構造を有することは必ずしも求められない。
【0058】
本開示では、アルキニル基、シクロアルキニル基、およびヘテロシクロアルキニル基を含め、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応に使用可能な炭素間三重結合を有する基を「アルキン構造」とも呼ぶ。
【0059】
アルキニル基は、末端アルキンに基づくものでも、内部アルキンに基づくものでもよい。アジド-アルキン間クリックケミストリー反応に用いられ得るシクロアルキニル基およびヘテロシクロアルキニル基は当業者に知られており、通常は7員または8員のものであり、置換基(例えばメチル、メトキシ、O=、フッ素原子、または芳香族環もしくは脂肪族環の融合)によって置換されていてもよい。ヘテロシクロアルキニル基は、シクロアルキニル基の環の1つ以上の炭素が窒素等の非炭素原子で置き換えられたものである。典型的には、環のうちリンカーに結合する部分の炭素が窒素で置き換えられ得る。シクロアルキニル基およびヘテロシクロアルキニル基は上述したSPAACに用いることができ、従って銅(I)イオンの不在下でクリックケミストリー反応を起こすことができる。アジド基は-Nという式で表される基である。
【0060】
SPAACに用いられ得るものとして当業者に知られるアルキン構造の例として、OCT(シクロオクチン)、MOFO(モノフルオロシクロオクチン)、DIFO(ジフルオロシクロオクチン)、DIMAC(ジメトキシアザシクロオクチン)、DIFBO(ジフルオロベンゾシクロオクチン)、DIBO(ジベンゾシクロオクチン)、DIBAC(ジベンゾアザシクロオクチン)、BARAC(ビアリールアザシクロオクチンオン)、およびBCN(ビシクロ[6.1.0]ノニン)にそれぞれ由来する1価の基が挙げられる。
【0061】
ヘテロシクロアルキニル基の一具体例を下記化学式IIIに、シクロアルキニル基の一具体例を下記化学式IVに示す。
【化5】

【化6】
【0062】
第1の反応基は、核酸アプタマーに直接結合していてもよく、あるいはリンカーを介して核酸アプタマーに連結されていてもよい。特にシクロアルキニル基、ヘテロシクロアルキニル基、およびアジド基は、典型的にリンカーを介して核酸アプタマーに連結される。本開示において、核酸アプタマーと第1の反応基とを連結するリンカーを第1のリンカーと呼ぶこともある。
【0063】
当業者は、デザインするリンカーの長さ、親水性、柔軟性、および立体障害性のようなパラメータ、ならびに合成の便宜に応じて、適切な第1のリンカーを選択し使用することができる。第1のリンカーは例えば、炭素数1~10のアルキレン、炭素数2~10のアルケニレン、炭素数2~10のアルキニレン、ヘテロアルキレン、シクロアルキレン、ヘテロシクロアルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、-CONH-(もしくは-NHCO-)、-CO-、-NH-、-O-、またはこれらの組合せを含む、またはそれからなる、二価の基であり得るが、これらに限定されない。リンカーを構成する上記の基には置換および非置換のものが包含される。例えば、アルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、および/または-NH-の水素原子が置換され得る。典型的な置換基の例としては、炭素数1~10のアルキルおよびアルキルオキシ、アリール、ヒドロキシル、アミノ、ハロゲン、ならびにこれらの組合せが挙げられるがこれらに限定されない。
【0064】
核酸アプタマー(左)をアルキニル基(右)に連結する第1のリンカーの非限定的な具体例を以下に記載する:-(CH-(nは1~10の整数);-O-CH-;-(CH-NHCO-(CH-O-CH-(nは1~10の整数);-C≡C-(CH-(nは1~10の整数);および-C≡C-(CHCHO)-(CH-(nは1~10の整数)。第1のリンカーの特定の一具体例は、-C≡C-(CH-である。
【0065】
核酸アプタマー(左)をシクロアルキニル基またはヘテロシクロアルキニル基(右)に連結する第1のリンカーの非限定的な具体例を以下に記載する: -(CHCHO)-(CH-NHCO-(CH-(CO)-(nは1~10の整数);-(CH-NHCO-(CH-(CO)-(nは1~10の整数);-(CH-(nは1~10の整数);-(CH-O-(CH-NHCOO-CH-;-(CH-NHCOO-CH-(nは1~10の整数);-(CH-NHCO-(CH-CONH-(CHCHO)-(CH-NHCOO-CH-。
【0066】
ウォーヘッド化合物という用語は、本実施形態の連結反応に関与する2つの化合物のうち1つであって、コバレントドラッグにおける共有結合形成能を提供するフッ化スルホニル基を有する化合物を意味する。ウォーヘッド化合物における上記第2の反応基は、フッ化スルホニル基に直接結合していてもよく、あるいはリンカーを介してフッ化スルホニル基に連結されていてもよい。本開示において、フッ化スルホニル基と上記第2の反応基とを連結するリンカーを第2のリンカーと呼ぶこともある。
【0067】
当業者は、デザインするリンカーの長さ、親水性、柔軟性、および立体障害性のようなパラメータ、ならびに合成の便宜に応じて、適切な第2のリンカーを選択し使用することができる。第2のリンカーは例えば、炭素数1~10のアルキレン、炭素数2~10のアルケニレン、炭素数2~10のアルキニレン、ヘテロアルキレン、シクロアルキレン、ヘテロシクロアルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、-CONH-(もしくは-NHCO-)、-CO-、-NH-、-O-、またはこれらの組合せを含む、またはそれからなる、二価の基であり得るが、これらに限定されない。特に、第2のリンカーのうちフッ化スルホニル基に結合する末端部分がアリーレン(例えばp-フェニレン)またはヘテロシクロアルキレン(例えば1,4-ピペラジニレン)であることが好ましく、カルボニル-アリーレンまたはカルボニル-ヘテロシクロアルキレンであることがより好ましい。リンカーを構成する上記の基には置換および非置換のものが包含される。例えば、アルキレン、アリーレン、ヘテロアリーレン、および/または-NH-の水素原子が置換され得る。典型的な置換基の例としては、炭素数1~10のアルキルおよびアルキルオキシ、アリール、ヒドロキシル、アミノ、ハロゲン、ならびにこれらの組合せが挙げられるがこれらに限定されない。第2のリンカーの特定の一具体例は-CH-CO-C-である。
【0068】
ウォーヘッド化合物の非限定的な具体例を下記化学式(V)~(X)に示す。下記各式において、アジド基とフッ化スルホニル基とを連結している部分が第2のリンカーである。下記化合物はいずれもアジド基を有するものであるが、アジド基のかわり上述した他の第2の反応基(例えば炭素間三重結合を有する基)を有するウォーヘッド化合物も企図される。下記各化学式において、カルボニル基からフッ化スルホニル基までを含む一価の基が、好ましいウォーヘッド構造の例を表す。
【化7】
【0069】
アジド-アルキン間クリックケミストリー反応の具体的な反応条件は当業者によく知られている。例えば、トリス(3-ヒドロキシプロピルトリアゾリルメチル)アミンのような銅(I)安定化リガンドおよびアスコルビン酸のような還元剤、ならびに硫酸銅(II)の存在下で、アルキン構造含有化合物とアジド基含有化合物とを水溶液中で混合することによって、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応を行うことができる。SPAACの場合は銅触媒系は不要である。アジド-アルキン間クリックケミストリー反応は室温で行うことができる。
【0070】
当業者に知られる連結反応(特にアジド-アルキン間クリックケミストリー反応)により、第1の反応基と第2の反応基に由来して上述した連結部分が形成される。結果として、この連結部分を含むリンカー(本開示において「第3のリンカー」と呼ぶ)を介して核酸アプタマーの複数の残基と複数のフッ化スルホニル基とが連結されたマルチウォーヘッド構造が生じる。この構造が、マルチウォーヘッド修飾核酸アプタマーの実施形態を提供し、また、コバレントドラッグ組成物の有効成分を提供することができる。第3のリンカーは、-(第1のリンカー)-(上記連結部分)-(第2のリンカー)-という構造を有する2価の基であり得る。
【0071】
下記スキーム1に、ウォーヘッド化合物の合成、および、核酸塩基においてリンカーを介して第1の反応基(アルキニル基)で修飾された核酸アプタマーとウォーヘッド化合物との連結反応の、具体的な一例を示す。1はウォーヘッド化合物の前駆体、2はウォーヘッド化合物、3はアルキニルリンカー修飾された核酸アプタマーの内部残基、4はウォーヘッド修飾核酸アプタマーの内部残基である。
【化8】
【0072】
本方法は、上記連結反応を行う前に、a)の核酸アプタマーを化学合成することをさらに含み得る。本実施形態におけるa)の核酸アプタマー成分は、本質的に修飾オリゴヌクレオチドであり、公知のオリゴヌクレオチド化学合成法を適用して合成することができる。好適な化学合成法の一例はホスホロアミダイト法であるが、必ずしもこれに限定されない。
【0073】
例えば、第1の反応基が連結または結合された核酸塩基を有する少なくとも1つのヌクレオシドを(例えばホスホロアミダイト誘導体の形態で)、所望の配列の所望の複数残基における基質として用いて、修飾オリゴヌクレオチドを化学合成することによって、複数残基において第1の反応基が連結または結合された核酸アプタマーを化学合成することができる。
【0074】
核酸アプタマーは、高い標的特異性を提供できること、解毒可能であること、それ自体が免疫反応をほとんど引き起こさないことといった利点を有することから、高い薬効および安全性を有し得、医薬品として有望視されている。一方、生体内での安定性が低いこと、より具体的には腎臓での除去に起因して循環中の半減期が短いことが、アプタマー型医薬の弱点であると考えられており、その医療応用が遅れている一因となっている。本開示の実施形態で提供されるアプタマー型共有結合性薬剤は、標的タンパク質に対して結合した後、ひとたびウォーヘッド部分が標的タンパク質に対し共有結合を形成すれば、標的タンパク質上または標的タンパク質近傍に保持され、標的タンパク質への影響を維持し続けることができる。従ってアプタマー型共有結合性薬剤は例えば、受動的で短い半減期を有する従来のアプタマー型医薬とは異なる薬物動態において薬効の持続を得ることが可能である。本開示に係るアプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤は、これらの利点を顕著に向上させ得るだけでなく、下記実施例に示すように、従来のアプタマー型薬剤や従来の共有結合性薬剤には見られなかった異質な効果も提供することができる。
【実施例0075】
以下、実施例を示して本開示の実施形態をさらに詳細に説明するが、これらの実施例は例示であって、本発明はこれらの具体的実施形態に限定されない。
【0076】
[材料と方法]
1.全般的事項
非特許文献1に記載された、配列5’-CAGCACCGACCT12TGTGCTTTGGGAGTGCT29GGTCCAAGGGCGT42TAATGGACA-3’ (配列番号1)からなる無修飾のSARS-CoV-2スパイクタンパク質結合アプタマー、ならびに、上記配列の第12位T(T12)、第29位T(T29)、および第42位T(T42)のうちの1箇所、2箇所、または3箇所がそれぞれアルキンリンカー修飾Tで置き換えられた配列からなるアルキンリンカー修飾アプタマーを、Integrated DNA Technologies社においてカスタム合成した。これらのアルキンリンカー修飾Tは、チミン(T)塩基のピリミジン環の5位に、通常のメチル基の代わりに、-C≡C-(CH2)4-C≡CHが結合したものである。ここで、-C≡C-(CH2)4-を第1のリンカー、-C≡CHをアルキニル基として認識することができる。
【0077】
SARS-CoV-2スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(# SPD-C52H3)は米国ACROBiosystems社から購入した。以下、このSARS-CoV-2スパイクタンパク質の受容体結合ドメインをRBDと略記する。ヒト血清(#H4522)は米国Aldrich社から購入した。
【0078】
NMR実験は、500MHz核磁気共鳴装置(JNM-ECA500、日本電子株式会社)を使用して25℃で行った。高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析は、光ダイオードアレイ(PDA)および/またはLCQ-Fleetイオントラップ質量分析計に接続されC18逆相カラム(Hypersil GOLD、2.1×100 mm、米国Thermo Fisher Scientific社)が備え付けられたAgilent 1100 HPLCシステム(米国Agilent Technologies社)上で、0.1%ギ酸を含むアセトニトリル0-100%勾配を流速300μL/分で用いて行った。アプタマーの小規模定量分析を、蛍光検出器およびそれに続くPDAに接続された逆相セミミクロHPLCシステム(C18カラムを伴うPU-2085、日本分光株式会社)を用いて行った。20 mMトリエチルアミンアセテート水溶液(pH 7.4)を含むアセトニトリル0-60%勾配を流速200μL/分で26分間に渡り使用することによってアプタマーを分離した。
【0079】
染色したゲルおよびゲル内蛍光の画像は全てChemDoc XRS+(米国Bio-Rad Laboratories社)により撮影し、Image Lab(商標)ソフトウェア(米国Bio-Rad Laboratories社)を使用してバンド強度を定量化した。
【0080】
2.共有結合性アプタマーの合成
2.1.ウォーヘッド化合物1の合成
【化9】

以下の手順により、ウォーヘッド化合物1を調製規模で合成した。
4-(2-ブロモアセチル)-ベンゼン-1-スルホニルフルオリド(71.1μmol、米国Aldrich社、#00364)とアジ化ナトリウム(64.6μmol、和光純薬、#195-11092)を、323μLのジメチルスルホキシド(DMSO)中で混合した。反応混合物を室温で10分間ボルテックスし、続いて冷水(0.5 mL)と混合して、酢酸エチル(1 mL)で抽出した。回収した有機相を飽和NaHCO3(0.5 mL×2)および鹹水(0.5 mL×2)で洗浄し、Na2SO4上で乾燥させ、蒸発させて、黄色固形物として純粋な産物を得た(11.8 mg、収率49%)。1Hおよび13C NMRによって、上図右側に示すウォーヘッド化合物1が同定された。該化合物において、アセチル-ベンゼン部分を第2のリンカーとして認識することができる。
【0081】
2.2.ウォーヘッドが連結されたアプタマーの合成
トリス(3-ヒドロキシプロピルトリアゾリルメチル(水中に0.5μmol、米国Aldrich社、#762342)と硫酸銅(II) (水中に0.25μmol、米国Aldrich社、#451657)を混合した。次に、各アルキンリンカー修飾アプタマー(水中に10 nmol)と50 mMウォーヘッド化合物1(DMSO中に0.5μmol)を加え、さらにアスコルビン酸(水中に0.4μmol、米国Aldrich社、# A92902)を添加した後1時間にわたり室温で混合物を反応させた。反応産物を、エタノール沈殿により精製した。具体的には、粗製反応産物に3M酢酸ナトリウム(水中に9μmol)および-20℃に冷却したエタノールを加え、-20℃で1時間インキュベートした。その後遠心分離を行い(15000 rpm、20分、4℃)、上清を除去し、沈殿物を70%エタノール溶液で洗浄した後にヌクレアーゼフリー水に溶解した。HPLC分析により、それぞれウォーヘッドが連結された純粋なアプタマーが同定された。
【0082】
以下、SARS-CoV-2スパイクタンパク質結合アプタマーをSC2BAと略記し、特にウォーヘッド修飾アプタマーはT12、T12/T29等と略記する。この略記中、Tはウォーヘッド修飾された塩基の種類を表し(T=チミン)、12、29等の数字は、ウォーヘッド修飾されたその残基の、配列番号1中の位置を表し、複数の残基がスラッシュ「/」で隔てられて記載されている場合はその複数の残基がウォーヘッド修飾されていることを表す。
【0083】
3.共有結合モビリティシフトアッセイ
無修飾SC2BA、および1つまたは複数のウォーヘッドが連結されたSC2BA(各60μM)を、それぞれリン酸緩衝食塩水(D-PBS、pH 7.4)中でRBD(6μM)と混合し、37℃で12時間インキュベートした。その後混合物を、βメルカプトエタノールを含む1Xサンプルバッファーと混ぜ、沸騰水中で変性させて、12%ドデシル硫酸ナトリウム・ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)により分離した。ゲル上の全タンパク質をクーマシーブリリアントブルー(CBB)染色により可視化した。SC2BAがRBDに共有結合すると、ゲル上でRBDのモビリティシフトとして検出することができた。
【0084】
未反応のRBD(すなわち、アプタマーと共有結合反応を起こしていないRBD)のバンドを、Image Lab(商標)ソフトウェアにより定量化した。修飾SC2BAを加えなかった試料における未反応のRBDのバンドの強度を100%として標準化し、他の各試料におけるそのバンドの相対的強度を決定した。
【0085】
上記は基本的な実験条件を記載している。図面に示されているように各実験の目的に応じて、試薬の濃度や反応時間を適宜調節した。
【0086】
4.ELISA(Enzyme-linked immunosorbent assay)
RayBio社のCOVID-19 Spike-ACE2 binding assay kit IIを利用した。このアッセイは、表面にヒトACE2受容体タンパク質が固定化されたプレートを使用し、Fcタグ標識されたRBDタンパク質をそこに加えてACE2-RBD相互作用を起こさせ、洗浄後、HRP標識抗Fc抗体を反応させて、HRP酵素による基質(TMB:3,3’,5,5’-tetramethylbenzidine)の発色を測定することにより、ACE2-RBDの結合を定量化するものである。アプタマー投与の影響を調べる実験では、はじめに、Fc標識RBDタンパク質と、無修飾SC2BA、または1つもしくは複数のウォーヘッドが連結されたSC2BA(100μM)とを反応させた。次に、ACE2固定化プレートにこの反応溶液を加えてタンパク質・タンパク質相互作用を起こさせ、その後洗浄を行った。最後に、HRP標識抗Fc抗体を反応させて、HRP酵素基質の発色を測定することにより、アプタマーの存在がACE2-RBD結合を阻害する能力を定量化した。上記手法に関して、ヒトACE2受容体タンパク質とFc標識RBDタンパク質とを先に相互作用させた後に各SC2BAを加えても同様の阻害活性を示すことが確認されている。
【0087】
[結果と考察]
核酸アプタマーにフッ化スルホニル基(ウォーヘッド)を連結させる反応の概略は、上記スキーム1で示した通りである。この例では、アプタマーの配列末端ではなく配列内部の塩基にフッ化スルホニル基が連結されている。また、この例ではチミン塩基にフッ化スルホニル基が連結されているが、同様の手法で他の箇所にフッ化スルホニル基の連結を行うこともでき、チミンに限定する必然性はない。図示していないが、反応後の反応混合物を未精製のままHPLCで分析した結果、リンカーの位置および数に関わらず、ウォーヘッド導入が完了した分子が少なくとも90%以上の高い純度で得られていた。
【0088】
図1(a)は、無修飾SC2BAまたはウォーヘッド修飾SC2BAを、37℃の生理的活性条件下でRBDと12時間インキュベートした後に、反応混合物をSDS-PAGEで分離し、CBBでタンパク質を可視化した結果を示す。示されたゲルの第1レーンは分子量マーカーである。RBD単独は約32 kDaの見かけ上の分子量を有する(第2レーン)。これに無修飾SC2BAを結合させても、変性・還元性条件であるSDS-PAGEのゲル中に流すとRBDのモビリティに変化は起こらない(第3レーン)。対照的に、核酸配列の第12位、第29位、または第42位にリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されたウォーヘッド修飾SC2BA(それぞれ、T12、T29、T42)を結合させた場合には、アプタマーがRBDに対して共有結合を形成し、そのためSDS-PAGE上でRBDのモビリティのシフト、すなわち分子量の増加が確認された(第4~6レーン、破線枠)。対応して、モビリティシフトしていないバンド、すなわち未共有結合RBDは量が減少している。この未共有結合RBDバンドの強度を定量的に測定したところ、系中の約60~65%程度のRBDに対して共有結合が形成されていたことがわかった(b)。非特許文献1によるシミュレーションによるとSC2BAの第29位および第42位はRBDに対する結合面にほぼ位置するのに対し、第12位はRBD結合面から離れていると推測された。
【0089】
RBDに匹敵する量のBSA(ウシ血清アルブミン)を共存させた条件で上記と同じ実験を行ったが、RBDに対する共有結合の形成率は上記の実験と実質的に変わらず、BSAのモビリティシフトも検出されなかった(図示していない)。このことは共有結合性アプタマーの標的特異性を実証している。また、共有結合性アプタマーの濃度を2倍に増やして上記と同じ実験を行ったところ、RBDに対する共有結合の形成率が数パーセント値増加したが、共有結合形成率が70%を超えることはなかった(図示していない)。
【0090】
次に、T12/T29、またはT12/T42という、それぞれ一分子当たり2残基にフッ化スルホニル基を連結させたデュアルウォーヘッドアプタマーを作製し、上記と同じモビリティシフトアッセイを行った。驚くべきことに、核酸アプタマー本体の2箇所にリンカーを導入して2つのウォーヘッドを連結させても、これらアプタマーの標的特異的結合能は失われず、しかも、共有結合形成率が70%を超える顕著な結合効率向上が達成された(図2)。
【0091】
図3は、デュアルウォーヘッドアプタマーと標的タンパク質との共有結合的相互作用の濃度依存性を調べた結果を示す。図3のa、bはT12/T29についての結果、c、dはT12/T42についての結果である。EC50はそれぞれ約2~3μMと決定された。濃度比依存的に、標的タンパク質-アプタマーの二分子共有結合複合体(RBD-SC2BA)に加えて、標的タンパク質-アプタマー-標的タンパク質という三分子共有結合複合体(RBD-SC2BA-RBD)も生じることが見出された。これについては後述する。デュアルウォーヘッドアプタマーと標的タンパク質との共有結合的相互作用のタイムコースを調べたところ、T1/2はそれぞれ約30分と決定され、大部分の共有結合反応が1時間以内で迅速に起こると見られた(図示していない)。
【0092】
核酸アプタマーのコア配列の異なる2箇所にリンカーとウォーヘッドを導入してもアプタマーの特異的相互作用が失われずむしろ共有結合効率の著しい向上が得られるという驚くべき発見を受けて、次に、第12位、第29位、および第42位の3箇所すべてにリンカーおよびウォーヘッドを導入したトリプルウォーヘッドアプタマーを作製し実験を行った。リンカー・ウォーヘッドの増加が構造的悪影響を及ぼすであろうという予測に反して、アプタマーの標的特異的結合能は依然として堅牢に維持され、しかも80%を超える著しく高い共有結合形成率が達成された(図4)。
【0093】
図5は、トリプルウォーヘッドアプタマー(24μM)と標的タンパク質(6μM)との共有結合的相互作用のタイムコースを調べた結果を示す。アプタマーと標的タンパク質が混合されてから15分間以内で50%超の標的タンパク質に共有結合が形成され、60分間以内に反応がほとんど完了している。これは一般的にコバレントドラッグとしてかなり速い反応速度である。
【0094】
図6(a)は、トリプルウォーヘッドアプタマーと標的タンパク質との共有結合的相互作用の濃度依存性を調べた結果を示す。標的タンパク質(RBD)に対するアプタマーの濃度が相対的に低いときには、一分子のアプタマーが二分子の標的タンパク質に対して共有結合を形成できることが見出された(RBD-SC2BA-RBD)。これは2つのウォーヘッドを有するアプタマーを用いた実験でも観察されていたことである(図3)。1つの共有結合が形成された後に、アプタマー部分と標的分子とのドッキングがいったん解離して、両者がリンカーで繋ぎ止められた状態になる瞬間があり得ることは非特許文献3でも示唆されていた。マルチウォーヘッドアプタマーの場合には、その際に別の標的分子と新たなドッキングおよび共有結合を形成する機会が生じると考えられる。これはアプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤に特有の事象であり、従来の共有結合性薬剤では知られていなかった新しい薬剤機序を表す。この機序の結果として、投与されたアプタマーが標的タンパク質の50%の濃度で存在している場合でも、標的タンパク質の50%超に共有結合が形成され得ることがわかる(図3bおよびd、図6b)。
【0095】
図6(a)におけるRBD-SC2BA-RBDのバンドで顕著に見られるように、これらの実験において、ゲル上で共有結合複合体はスプリットしたバンドとして現れることがある。マルチウォーヘッドアプタマーの場合、どのウォーヘッドがどの標的分子と共有結合するかに基づいて復数通りの組合せが理論上存在し、実際にそのような複数の複合体分子種が電気泳動速度のわずかな違いを生じていると考えられる。
【0096】
図7は、ヒト血清が存在する条件下で標的タンパク質RBDとトリプルウォーヘッドアプタマーとを混合した実験の結果を示す。高濃度の血清タンパク質群の共存下でも、標的タンパク質に対する共有結合形成の程度は実質的に減少しなかった(「RBD」バンドの強度参照)。血清タンパク質に対する非特異的な反応も少し起こっている可能性は排除できないが、タンパク質量比を考慮すれば圧倒的大部分の共有結合反応がRBDに対して選択的に起こっていることが明らかである。
【0097】
ヒトのACE2は、SARS-CoV-2にとっての主要な受容体であり、SARS-CoV-2がヒトに感染する開始点である。図8は、SARS-CoV-2のRBDとヒトのACE2との間のタンパク質-タンパク質相互作用をアッセイするELISA実験を示しており、投与されたアプタマー薬剤がウイルスとヒト受容体との相互作用をどれほど阻害できるかを調べることを目的としている。抗体を用いた研究で実証されてきたように、RBD-ACE2相互作用を阻害するとSARS-CoV-2ウイルスによる細胞への感染が阻害される。
【0098】
RBDに対するACE2のKd(解離定数)は34.6 nMであり、RBDに対する無修飾SC2BAのKdは約5.8 nMであると報告されている(非特許文献1)。図8の結果は、無修飾SC2BAが確かにSARS-CoV-2のRBDとヒトACE2との相互作用を阻害する能力を有するが、その効果は限定的であり得ることを示している。しかしながら、ウォーヘッドを1つ導入して共有結合性を持たせたアプタマーは、ウイルスタンパク質とヒト受容体との相互作用を阻害する効力を著しく改善させた(T12の例を図示している)。さらに、複数の共有結合性ウォーヘッドを導入したアプタマーは、驚くべきほど高いレベルに増強された阻害能を示し、トリプルウォーヘッドアプタマーに至ってはウイルスタンパク質とヒト受容体との相互作用を少なくとも90%以上阻害できた(図8)。
【0099】
本実施例で例示した結果は、核酸アプタマーに複数の共有結合性ウォーヘッドを連結させても標的特異的結合能を維持できること、それどころか、標的に対する共有結合形成が速くなり、ときには複数個の標的分子に対して共有結合が形成されて、特異的結合に基づく薬理効果を顕著に増強できることを実証している。本実施例では特に、SARS-CoV-2に対する特異的かつ効果的な薬剤としてのアプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤を実証した。
【0100】
本実施例で示されるように、アプタマー型マルチウォーヘッド共有結合性薬剤は、環境応答性(ER: Environment Responsive)コバレントドラッグという新しい側面も有し得る。すなわち、薬剤の濃度が比較的低いときには、各々の薬剤分子が孤軍奮闘して、一薬剤分子につき二つの標的分子に共有結合を形成し得る一方、薬剤の濃度が比較的高いときは、一点集中で、一薬剤分子が一つの標的分子に複数の共有結合を形成することができる。本発明者が知る限り、このように環境に応じて共有結合特性を変えるコバレントドラッグが報告されたことは今までなかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
2024098512000001.app
【手続補正書】
【提出日】2021-11-01
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のフッ化スルホニル基を有するマルチウォーヘッド核酸アプタマーであって、前記複数のフッ化スルホニル基は、核酸アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基にリンカーを介して連結されている、マルチウォーヘッド核酸アプタマー。
【請求項2】
リンカーを介してフッ化スルホニル基が連結された第1の核酸残基と、リンカーを介してフッ化スルホニル基が連結された第2の核酸残基とが、少なくとも3残基離れている、請求項1に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
【請求項3】
前記リンカーは、アジド-アルキン間クリックケミストリー反応により形成される連結部分を含むリンカーである、請求項1または2に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
【請求項4】
前記フッ化スルホニル基は-アリール-SO Fの形態で存在している、請求項1~3のいずれか一項に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
【請求項5】
SARS-CoV-2スパイクタンパク質結合核酸アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基に、それぞれリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されており、SARS-CoV-2スパイクタンパク質に対して共有結合することができる、請求項1~のいずれか一項に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
【請求項6】
5’-CAGCACCGACCTTGTGCTTTGGGAGTGCTGGTCCAAGGGCGTTAATGGACA-3’
の核酸配列(配列番号1)を有し、
前記核酸配列中の複数の核酸残基に、それぞれリンカーを介してフッ化スルホニル基が連結されている、
請求項に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマー。
【請求項7】
請求項1~のいずれか一項に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマーを含む医薬組成物。
【請求項8】
請求項5または6に記載のマルチウォーヘッド核酸アプタマーを含む医薬組成物であって、対象の細胞上の受容体へのSARS-CoV-2の結合を阻害するための、医薬組成物。
【請求項9】
標的タンパク質に対する結合効率が増強された核酸アプタマーの製造方法であって、
a)アプタマーの核酸配列中の複数の核酸残基にそれぞれ第1の反応基が連結または結合されるように修飾された、標的タンパク質に特異的な核酸アプタマーと、
b)前記第1の反応基に対応する第2の反応基とフッ化スルホニル基とが連結または結合された構造を有する、ウォーヘッド化合物
を反応させて、前記第1の反応基と前記第2の反応基の間の反応により形成された連結部分を含むリンカーを介して前記核酸アプタマーの前記複数の核酸残基のそれぞれとフッ化スルホニル基とが連結されたマルチウォーヘッド構造を取得することを含む、方法。
【請求項10】
前記複数の核酸残基のうちの第1の核酸残基と第2の核酸残基とが、少なくとも3残基離れている、請求項に記載の方法。
【請求項11】
前記第1の反応基が、(a1)炭素間三重結合を有する基、または(a2)アジド基であり、
前記第1の反応基に対応する前記第2の反応基が、(b1)アジド基、または(b2)炭素間三重結合を有する基であり、
前記反応はアジド-アルキン間クリックケミストリー反応である、
請求項9または10に記載の方法。
【請求項12】
前記マルチウォーヘッド構造において、 前記フッ化スルホニル基は-アリール-SO Fの形態で存在している、請求項9~11のいずれか一項に記載の方法。