IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 星野 由美の特許一覧

特開2024-98538卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法
<>
  • 特開-卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法 図1
  • 特開-卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法 図2
  • 特開-卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法 図3
  • 特開-卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法 図4
  • 特開-卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法 図5
  • 特開-卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法 図6
  • 特開-卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法 図7
  • 特開-卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法 図8
  • 特開-卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法 図9
  • 特開-卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法 図10
  • 特開-卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024098538
(43)【公開日】2024-07-24
(54)【発明の名称】卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20240717BHJP
   G01K 11/20 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
C12Q1/02
G01K11/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023002075
(22)【出願日】2023-01-11
(71)【出願人】
【識別番号】523011299
【氏名又は名称】星野 由美
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】星野 由美
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA05
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QR55
4B063QR56
4B063QR77
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】顕微鏡下で卵子の受精能又は発生能を検査すること。
【解決手段】脊椎動物由来の卵子の受精能又は発生能を検査する方法は、卵子の細胞内温度分布を測定することを含み、細胞内の一部又は全体の温度が、卵子の受精能又は発生能の判定の指標となる。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脊椎動物由来の卵子の受精能又は発生能を検査する方法であって、
前記卵子の細胞内温度分布を測定することを含み、前記細胞内の一部又は全体の温度が、前記卵子の受精能又は発生能の判定の指標となる、方法。
【請求項2】
細胞内全体の温度の高さが、前記卵子の受精能又は発生能の高さを示す、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記卵子の紡錘体の温度がその周囲の温度よりも局所的に高いことは、前記卵子の受精能又は発生能が高いことを示す、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記細胞内全体の温度が、細胞膜の温度よりも高いことは、前記卵子の受精能又は発生能が高いことを示す、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記卵子の細胞内温度分布を測定することは、同一脊椎動物対象の複数の卵子の細胞内温度分布を測定することを含み、ある卵子の細胞内の温度が、他の卵子の細胞内の温度よりも高い場合に、当該卵子の受精能又は発生能が、他の卵子よりも高いことを示す、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
前記卵子に温度感受性蛍光分子を取り込ませることをさらに含み、
前記卵子の細胞内温度分布を測定することは、前記温度感受性蛍光分子の強度に基づいて前記卵子の細胞内温度分布を測定することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
脊椎動物由来の受精卵の発生能を検査する方法であって、
前記受精卵の細胞内温度分布を測定することを含み、前記細胞内の一部又は全体の温度が、前記受精卵の発生能の判定の指標となる、方法。
【請求項8】
前記細胞内全体の温度の高さが、前記受精卵の発生能の高さを示す、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
胚盤胞である受精卵の栄養外胚葉の温度が内部細胞塊の温度よりも高いことは、前記受精卵の発生能が高いことを示す、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記受精卵の細胞内全体の温度分布が、経時的に上昇している場合に、前記受精卵の発生能が高いことを示す、請求項7又は9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記受精卵に温度感受性蛍光分子を取り込ませることをさらに含み、
前記温度感受性蛍光分子の強度に基づいて前記受精卵の細胞内温度分布を測定する、請求項7に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
結婚年齢や妊娠及び出産を希望する年齢の上昇から、不妊治療を受けている患者数は年々増加しており、日本産科婦人科学会のARTデータブック2019年の報告によると、不妊治療の実績件数は全体で約47万人、そのうち一般的な不妊治療で約33万人、人工授精で約7万人、体外受精で約7万人と推定されている。
【0003】
妊娠が成立するには、初期段階における卵子の受精能又は発生能及び受精卵の発生能が重要である。
【0004】
図1(A)に卵巣内における卵胞の発育を示す。ホルモンの刺激を受けると、休眠状態にあった原始卵胞が目覚めて、一次卵胞、二次卵胞、卵胞腔が生じた胞状卵胞へと発育する。
【0005】
胞状卵胞の中でも十分に発達した卵胞は、グラーフ卵胞と称される。グラーフ卵胞内の卵母細胞(卵子)は卵核胞と称され、卵核胞の成熟分裂が再開し、発生能を有する卵娘細胞(卵子)が卵胞から放出される(排卵)。卵子の周囲には卵丘細胞が存在する。卵子の中に精子が入り込み、細胞分裂によって成長可能な状態になったときに受精が成立する。
【0006】
図1(B)に卵子の成熟と胚発生の過程を示す。グラーフ卵胞内の卵核胞の成熟分裂が再開すると、卵核胞の核膜が壊れ、核小体も消失し、周囲の細胞質と区別がつかなくなる(卵核胞崩壊)。その後、第一減数分裂、第二減数分裂が起こり、第二減数分裂中期で極体が放出され、ほとんどの哺乳動物の卵子はこの段階で排卵される。
【0007】
卵子の中に入った精子の核は卵子の核と融合し、すぐに細胞分裂を開始する。分裂した細胞は、2細胞期、4細胞期、8細胞期、桑実胚を経て、胚盤胞を形成する。
【0008】
図1(C)は、同一個体由来の排卵卵子の倒立顕微鏡写真であるが、排卵された卵子は外見上区別がつかず、このような現在の技術では、外部からの顕微鏡観察で、どの卵子の受精能又は発生能が高く、どの卵子がそうでないかを区別することは困難である。同様に、受精卵の発生能を外部からの観察で判定することも困難である。
【0009】
卵子の受精及び発生能評価には、形態的評価(非特許文献1) 及びミトコンドリアの呼吸活性(非特許文献2)が用いられているが、形態的評価は、顕微鏡下で操作者の主観によって判定されることが多く、客観性を欠き定量性がないことが課題となっている。ミトコンドリアの呼吸活性は受精卵の発生が進んだ「胚盤胞」でないと判定が難しいことや、活性を測定するための検出針(電極)を細胞に接触させるため細胞への損傷が懸念されるほか、測定するための操作が少々複雑である、などの課題が残されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Quiang Want et al., Reproduction, Fertility and Development, 2007, 19, 1-12
【非特許文献2】横尾正樹他、J. Mam. Ova Res. Vo.29, 170-174, 2012
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決すべき課題は、顕微鏡下で脊椎動物由来の卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び受精卵の発生能を検査する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、以下に記載の実施形態を包含する。
項1.
脊椎動物由来の卵子の受精能又は発生能を検査する方法であって、
前記卵子の細胞内温度分布を測定することを含み、前記細胞内の一部又は全体の温度が、前記卵子の受精能又は発生能の判定の指標となる、方法。
項2.
細胞内全体の温度の高さが、前記卵子の受精能又は発生能の高さを示す、項1に記載の方法。
項3.
前記卵子の紡錘体の温度がその周囲の温度よりも局所的に高いことは、前記卵子の受精能又は発生能が高いことを示す、項1又は2に記載の方法。
項4.
前記細胞内全体の温度が、細胞膜の温度よりも高いことは、前記卵子の受精能又は発生能が高いことを示す、項1又は2に記載に記載の方法。
項5.
前記卵子の細胞内温度分布を測定することは、同一脊椎動物対象の複数の卵子の細胞内温度分布を測定することを含み、ある卵子の細胞内の温度が、他の卵子の細胞内の温度よりも高い場合に、当該卵子の受精能又は発生能が、他の卵子よりも高いことを示す、項1又は2に記載の方法。
項6.
前記卵子に温度感受性蛍光分子を取り込ませることをさらに含み、
前記卵子の細胞内温度分布を測定することは、前記温度感受性蛍光分子の強度に基づいて前記卵子の細胞内温度分布を測定することを含む、項1に記載の方法。
項7.
脊椎動物由来の受精卵の発生能を検査する方法であって、
前記受精卵の細胞内温度分布を測定することを含み、前記細胞内の一部又は全体の温度が、前記受精卵の発生能の判定の指標となる、方法。
項8.
前記細胞内全体の温度の高さが、前記受精卵の発生能の高さを示す、項7に記載の方法。
項9.
胚盤胞である受精卵の栄養外胚葉の温度が内部細胞塊の温度よりも高いことは、前記受精卵の発生能が高いことを示す、項7に記載の方法。
項10.
前記受精卵の全体の温度分布が、経時的に上昇している場合に、前記受精卵の発生能が高いことを示す、項7~9のいずれか一項に記載の方法。
項11.
前記受精卵に温度感受性蛍光分子を取り込ませることをさらに含み、
前記温度感受性蛍光分子の強度に基づいて前記受精卵の細胞内温度分布を測定する、項7に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、顕微鏡下で脊椎動物由来卵子の受精能又は発生能を検査することができる。また、顕微鏡下で脊椎動物由来の受精卵の発生能を検査することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】(A)卵巣内における卵胞の発育、(B)卵子の成熟、(C)排卵された卵子の倒立顕微鏡写真。
図2】成熟卵における極体放出後の経過時間と細胞内変化。
図3】極体放出後の経過時間と受精・発生能との関係。
図4】異なる条件のマウス成熟卵子の細胞内温度パターン。(A)及び(B):新鮮卵子、(C)及び(D):過熟及び/又は加齢卵子。
図5】(A)-(C)マウス未成熟卵子の温度パターン。
図6】卵核胞崩壊後のマウス卵子の温度パターン。
図7】マウス受精卵における温度分布。(A)融解後10分の時点でのマウス受精卵の明視野の写真、(B)(A)の受精卵の蛍光顕微鏡写真、(C)(A)からさらに5分経過後の受精卵の明視野の写真、(D)(A)からさらに5分経過後の受精卵の蛍光顕微鏡写真、(E)(A)からさらに10分経過後の受精卵の蛍光顕微鏡写真。
図8】ヒト未受精卵子における温度イメージング。写真左側と右側に卵子が観察される。
図9】ヒト受精卵における温度イメージング。(A)及び(B):ヒト受精卵の明視野の写真、(C)(A)(上側と右側の受精卵)及び(B)(下側の受精卵)に示したヒト受精卵の蛍光顕微鏡写真。
図10】ヒト受精卵における温度イメージング。(A)胚盤胞期のヒト受精卵の明視野の写真、(B)(A)の受精卵の蛍光顕微鏡写真。
図11】細胞内温度数値化のための検量線。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書において、「細胞内全体の温度」とは、細胞内体積(つまり平面視面積)の80%以上における温度を指し、例えば細胞内の一部に温度の低い箇所があっても、
細胞内体積(平面視面積)の80%以上における温度をもって細胞内全体の
温度とみなすことができる。
【0016】
従来、マウスの場合、卵子のコンディション(状態)を揃えるために、ホルモン刺激により卵子を採取しており、例えば一つの投与スケジュールとして、3~8週齢のICR雌マウスに卵胞発育を誘起させるために、妊馬血清性性腺刺激ホルモン(Pregnant Mare Serum Gonadotropin, PMSG) 5単位を腹腔内投与し、その48時間後に排卵を誘起させるため、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(Human Chorionic Gonadotropin, hCG)5単位を同様に投与するという手順が確立されている(J Assist Reprod Genet (2011) 28:157-166)。
【0017】
図2に示すように、hCG投与後の成熟期間はI、II、IIIの3つのフェーズに分割され、フェーズIは最初の極体の放出直後であり、フェーズIIは通常の成熟期間であり、フェーズIIIは最初の極体放出後の延長された成熟期間である。hCG投与後13時間、14-15時間、及び18-24時間はそれぞれフェーズI、II、IIIに該当する。以下、フェーズI及びIIの段階にある卵子を新鮮卵子、フェーズIIIの段階にある卵子を過熟及び/又は加齢卵子と称する場合がある。
【0018】
卵母細胞(卵子)の分裂中期促進因子(M-phase promoting factor, MPF)の活性は、フェーズIからフェーズIIに向かって上昇する。また、フェーズIIの卵子は、中心小体周辺物質(Pericentriolar material, PCM)の2点間の距離が短くなるとともに、微小管形成中心(Microtubule organizing center, MTOC)の活性が高くなっており、発生能も高い状態である。フェーズIIIになると、卵子のPCMは長くなり、MTOCの活性が低下し、発生能も低下する。
【0019】
図3に示すように、いったん低下したMPF及びMTOCの活性が極体放出時に高まり、その後、微小管が安定化されたときにPCMの2点が近づき、このポイントで受精及び発生能が高まる。
【0020】
紡錘体の形態、特にPCMの動態は、優良な卵子を選別するための指標となり、高い発生能をもつ卵子の獲得につながるが、この動きを低侵襲的又は非侵襲的に可視化することは既存の技術では困難であった。
【0021】
驚くべきことに、本発明者は、マウス及びヒトの卵子を観察したところ、個々の卵子の細胞内温度分布に基づいて、卵子の受精能又は発生能を判定することができることを見出した。また、受精卵の場合でも、個々の受精卵の細胞内温度分布に基づいて、受精卵の発生能を判定することができることを見出した。
【0022】
本発明の第一態様によれば、脊椎動物由来の卵子の受精能又は発生能を検査する方法であって、卵子の細胞内温度分布を測定することを含み、細胞内の一部(紡錘体及び/若しくはその周辺、又は細胞膜)又は全体の温度が、卵子の受精能又は発生能の判定の指標となる、方法が提供される。脊椎動物としては、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、及び哺乳動物が挙げられる。
【0023】
哺乳動物は、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ウシ、ブタ、ウマ、イヌ、ネコなどが含まれるがこれらに限定されない。好ましくは哺乳動物はヒトまたはマウスであり、より好ましくはヒトである。
【0024】
一実施形態において、脊椎動物由来の卵子は、脊椎動物から採取した卵子である。
【0025】
本発明の第一態様の方法により検査される卵子は、好ましくは脊椎動物から採卵又は排卵された卵子である。
【0026】
検査に使用される卵子は、未成熟卵子であってもよいし、成熟卵子であってもよい。
【0027】
未成熟卵子は、卵核胞期~第一減数分裂中期の卵子であって、ホルモン刺激によって、卵胞発育を誘起し、卵巣内の発育卵胞から採取された卵核胞期の卵子又は卵巣内から採取した卵子を体外成熟培養に供し、卵成熟が進んだ卵子を指す。
【0028】
成熟卵子は、第二減数分裂中期の卵子であって、ホルモン刺激により排卵を促進して排卵された卵子、もしくは自然に排卵された卵子を指す。ホルモン刺激によって、卵胞発育を誘起させ、卵胞内から未成熟卵子を採取し、一定時間の成熟培養後に第一極体放出が確認された卵子が検査に使用される。
【0029】
動物種により、ホルモン剤及び卵胞発育に要する時間が異なるが、これらの情報については公知情報を参照することができる。例えばマウスの場合、PMSG投与後46-48時間に卵巣を摘出し、卵巣内の卵胞から、卵丘細胞が付着した卵核胞期の卵子を採取することができ、これを体外成熟培地(例えば、5% 血清を含むWaymouth培地)で18時間ほど培養することで成熟卵子を獲得できる。ヒトの場合、卵巣の状態をエコーで確認しながら、発育した卵巣内の卵胞に細い針を刺し、排卵直前の卵子を吸引することにより採卵することができる。
【0030】
一実施形態において、細胞内全体の温度の高さは、卵子の受精能又は発生能の高さを示している。細胞内全体の温度の高さは、卵子の受精能又は発生能の高さの指標となる。
【0031】
一実施形態において、卵子の紡錘体及び/若しくはその周辺の温度の高さは、検査されている卵子の受精能又は発生能が高いことを示す。
【0032】
一実施形態において、卵子の紡錘体の温度が細胞質の温度よりも局所的に高いことは、卵子の受精能又は発生能が高いことを示す。
【0033】
一実施形態において、細胞膜で囲まれた細胞内部の温度が細胞膜の温度よりも高いことは、卵子の受精能又は発生能が高いことを示す。
【0034】
一実施形態において、細胞膜で囲まれた細胞内部の温度が細胞膜の温度よりも高く、かつ卵子の紡錘体付近の温度がその周囲の温度よりも局所的に高いことは、卵子の受精能又は発生能が高いことを示す。
【0035】
一実施形態において、検査される卵子の細胞内全体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIの卵子の対応する細胞内全体の温度と同じかそれよりも高い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が高いことを示す。
【0036】
一実施形態において、検査される卵子の細胞内全体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIの卵子の対応する細胞内全体の温度の平均値と同じかそれよりも高い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が高いことを示す。
【0037】
一実施形態において、検査される卵子の細胞内全体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIの卵子の対応する細胞内全体の温度よりも低い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が低いことを示す。
【0038】
一実施形態において、検査される卵子の全体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIの卵子の対応する細胞内全体の温度の平均値よりも低い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が低いことを示す。
【0039】
一実施形態において、検査される卵子の全体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIIの卵子の対応する細胞内全体の温度と同じかそれよりも低い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が低いことを示す。
【0040】
一実施形態において、検査される卵子の全体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIIの卵子の対応する細胞内全体の温度の平均値と同じかそれよりも低い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が低いことを示す。
【0041】
一実施形態において、検査される卵子の紡錘体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIの卵子の対応する紡錘体の温度と同じかそれよりも高い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が高いことを示す。
【0042】
一実施形態において、検査される卵子の紡錘体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIの卵子の対応する紡錘体の温度の平均値と同じかそれよりも高い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が高いことを示す。
【0043】
一実施形態において、検査される卵子の紡錘体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIの卵子の対応する紡錘体の温度よりも低い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が低いことを示す。
【0044】
一実施形態において、検査される卵子の紡錘体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIの卵子の対応する紡錘体の温度の平均値よりも低い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が低いことを示す。
【0045】
一実施形態において、検査される紡錘体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIIの卵子の対応する紡錘体の温度と同じかそれよりも低い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が低いことを示す。
【0046】
一実施形態において、検査される卵子の紡錘体の温度の高さが、同じ動物種のフェーズIIIの卵子の対応する紡錘体の温度の平均値と同じかそれよりも低い場合に、検査されている卵子の受精能又は発生能が低いことを示す。
【0047】
卵子の細胞内温度分布の測定は、蛍光イメージングや、量子ドット、金ナノクラスター、ポリマーナノ粒子、赤外サーモグラフィー、ポリマーナノ粒子、又はシリカナノ粒子などをサーモセンサとして用いた方法などの、公知の温度測定方法により行うことができる。中でも、温度感受性蛍光分子を細胞内に取り込ませて蛍光強度を測定する蛍光イメージング(NATURE COMMMUNICATIONS 3:705, 2012)は、侵襲性が低く、空間分解能が高い点で好ましい。
【0048】
本発明の第一態様の方法は、卵子に温度感受性蛍光分子を取り込ませることをさらに含み、卵子の細胞内温度分布を測定することは、前記温度感受性蛍光分子の強度に基づいて前記卵子の細胞内温度分布を測定することを含んでもよい。
【0049】
温度感受性蛍光分子としては、細胞内温度の測定に使用することができる公知の温度感受性蛍光分子を使用することができる。特にマイクロインジェクションを必要とせず、細胞内への取り込みが容易な温度感受性蛍光分子が、卵子へのダメージを軽減させるため好ましく、そのような温度感受性蛍光分子の例としては、特開2008-533148に記載されている共重合体、WO2013/094748に記載されている共重合体、特開2015-218304に記載されている共重合体等が挙げられる。
【0050】
一実施形態において、温度感受性蛍光分子は、感熱性ユニット、カチオン性ユニット、及び蛍光性ユニットを含む共重合体であって、
感熱性ユニットが、以下の式(a):
【0051】
【化1】
【0052】
[式中、Rは、水素原子およびC1-3アルキルから選択され;
およびRは、独立に、水素原子およびC1-20アルキルから選択され、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、C1-6アルコキシ、およびアリールから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく、またはRおよびRはそれらが結合する窒素原子と一緒になって、4~8員含窒素ヘテロ環を形成し、ここで当該ヘテロ環は、C1-6アルキル、C1-6アルコキシ、ニトロ、ハロゲン原子、C1-10アルキルカルボニルアミノおよびアリールカルボニルアミノから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい]
で表されるモノマーに由来する繰り返し構造であり、
カチオン性ユニットが、以下の式(b):
【0053】
【化2】
【0054】
[式中、Rは、水素原子およびC1-3アルキルから選択され;
Wは、芳香環または-X-C(=O)-(ここで、Qに直接結合するのはXであ
る)であり;
は、O、S、またはN-R11であり;
11は、水素原子、C1-6アルキル、または-Q-Yであり、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、ハロゲン原子、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルチオ、C1-6アルキルスルフィニル、およびC1-6アルキルスルホニルから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;
は、独立に、C1-20アルキレン、C3-20アルケニレン、またはC3-20アルキニレンか選択され、ここで前記アルキレンは、1以上の個所において、O、S、-O-P(=O)(-OH)-O-またはフェニレンが独立に挿入されていてもよく;
Yは、独立に、1以上の正電荷または負電荷を有しうるイオン性官能基であって、-SOX a、-PO(OX)(OX)、-COOX、-N212223Xe-、-C(=NR41)-NR4243、および下式:
【0055】
【化3】
【0056】
により表される基から選択され;
ここで、Xa、Xb、Xc、およびXdは、独立に、水素原子、またはカウンターカチオンから選択され、X-およびX-はカウンターアニオンであり;
21、R22、およびR23は、独立に、C1-10アルキル、およびC7-14アラルキルから選択され、またはR21およびR22は、結合する窒素原子と一緒になって、5~7員含窒素ヘテロ環を形成してもよく;
24は、C1-10アルキル、またはC7-14アラルキルであり;
41、R42およびR43は、独立に、水素原子およびC1-10アルキルから選択され、またはR41およびR42は、それぞれが結合する窒素原子および炭素原子と一緒になって、2つの窒素原子を含む5~7員ヘテロ環を形成してもよく、またはR42およびR43は、結合する窒素原子と一緒になって、5~7員含窒素ヘテロ環を形成してもよい]
で表されるモノマーに由来する繰り返し構造であり、
蛍光性ユニットが、以下の式(c):
【0057】
【化4】
【0058】
[式中、Rは、水素原子およびC1-3アルキルから選択され;
X2は、O、S、またはN-R12であり;
X3は、直接結合、O、S、SO、SO、N(-R13)、CON(-R16)、N(-R16)CO、N(-R17)CON(-R18)、SON(-R19)またはN(-R19)SOであり;
Q2は、C1-20アルキレン、C3-20アルケニレン、またはC3-20アルキニレンから選択され、ここで前記アルキレンは、1以上の個所において、O、Sまたはフェニレンが独立に挿入されていてもよく;
Arは、6~18員芳香族炭素環基、または5~18員芳香族ヘテロ環基から選択され、ここで当該芳香族炭素環基および芳香族ヘテロ環基は、含まれる環の1以上が芳香族環である縮合環を含んでいてもよく、当該芳香族炭素環基および芳香族ヘテロ環基に環原子として存在する-CH2-は-C(O)-に置換されていてもよく、さらに当該芳香族炭素環基および芳香族ヘテロ環基は、ハロゲン原子、C1-6アルキル、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルチオ、C1-6アルキルスルフィニル、C1-6アルキルスルホニル、ニトロ、シアノ、C1-6アルキルカルボニル、C1-6アルコキシカルボニル、カルボキシ、ホルミル、-NR、および-SONR1415から選択される1以上の置換基により置換されていてもよく(ここで前記C1-6アルキル、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルチオ、C1-6アルキルスルフィニル、C1-6アルキルスルホニル、C1-6アルキルカルボニルおよびC1-6アルコキシカルボニルに含まれるアルキルは、ハロゲン原子、C1-6アルコキシ、ヒドロキシ、アミノ、C1-6アルキルアミノ、ジ(C1-6アルキル)アミノ、アリール、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい);
およびRは、独立に、水素原子、C1-10アルキル、アリール、C1-10アルキルカルボニル、アリールカルボニル、C1-10アルキルスルホニル、アリールスルホニル、カルバモイル、N-(C1-10アルキル)カルバモイル、およびN,N-ジ(C1-10アルキル)カルバモイルから選択され、ここで前記C1-10アルキル、C1-10アルキルカルボニル、C1-10アルキルスルホニル、N-(C1-10アルキル)カルバモイル、およびN,N-ジ(C1-10アルキル)カルバモイルに含まれるアルキルは、ハロゲン原子、C1-6アルコキシ、ヒドロキシ、アミノ、C1-6アルキルアミノ、ジ(C1-6アルキル)アミノ、アリール、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく、さらに前記アリール、アリールカルボニル、およびアリールスルホニルに含まれるアリールは、ハロゲン原子、C1-6アルキル、C1-6アルコキシ、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;または
およびRはそれらが結合する窒素原子と一緒になって、4~8員含窒素ヘテロ環を形成し、ここで当該ヘテロ環は、C1-6アルキル、C1-6アルコキシ、ニトロ、ハロゲン原子、C1-10アルキルカルボニルアミノおよびアリールカルボニルアミノから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;
12は、水素原子、C1-6アルキル、または-Q2-X3-Arであり、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、ハロゲン原子、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルチオ、C1-6アルキルスルフィニル、およびC1-6アルキルスルホニルから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;
13は、水素原子、またはC1-6アルキルであり、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、ハロゲン原子、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルチオ、C1-6アルキルスルフィニル、およびC1-6アルキルスルホニルから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;
14およびR15は、独立に、水素原子、およびC1-6アルキルから選択され;またはR14およびR15はそれらが結合する窒素原子と一緒になって、4~8員含窒素ヘテロ環を形成し;
16、R17、R18およびR19は、独立に、水素原子、およびC1-6アルキルから選択され、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、ハロゲン原子、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルチオ、C1-6アルキルスルフィニル、およびC1-6アルキルスルホニルから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい]
で表されるモノマーに由来する繰り返し構造である。
【0059】
一実施形態において、温度感受性蛍光分子は、感熱性ユニット、カチオン性ユニット、及び蛍光性ユニットを含む共重合体であって、以下の式(IV)
【0060】
【化5】
【0061】
[式中、R、RおよびRは、上記式(I)に関して定義したとおりであり、R、Y、WおよびQは、上記式(II)に関して定義したとおりであり、R、X、X、QおよびArは、上記式(III)に関して定義したとおりであり、a、bおよびcは、式中の各繰り返し単位の比を表す0より大きい数である]
で表され、aおよびbの和が100であり、bが2~10である。
【0062】
一実施形態において、温度感受性蛍光ユニットは、下記の式(I)、式(II)、式(III)及び式(V)で表される繰り返し単位を含んでなる共重合体であって、aおよびbの和が100であり、bが2~10である、共重合体である。
【0063】
【化6】
【0064】
[式中、R、RおよびRは、上記式(I)に関して定義したとおりであり、R、Y、WおよびQは、上記式(II)に関して定義したとおりであり、R、X、X、QおよびArは、上記式(III)に関して定義したとおりであり、
55は、水素原子およびC1-3アルキルから選択され;
51、R52、R53およびR54は、独立に、水素原子およびC1-6アルキルから選択され;Xは、直接結合、フェニレン、-Q-O-C(=O)-(ここで、ボロンジピロメテン骨格に直接結合するのはQである)、または-Q-N(-R61)-C(=O)-(ここで、ボロンジピロメテン骨格に直接結合するのはQである)であり;
61は、水素原子およびC1-6アルキルから選択され;
は、C1-20アルキレン、フェニレン、およびナフチレンから選択され、該フェニレンおよびナフチレンはハロゲン原子、C1-6アルコキシ、ヒドロキシ、アミノ、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく、a、b、cおよびdは、各繰り返し単位の比を表す0より大きい数である]。
【0065】
一実施形態において、卵子の細胞内温度分布を測定することは、同一脊椎動物対象の複数の卵子の細胞内温度分布を測定することを含み、ある卵子の細胞内の温度が、他の卵子の細胞内の温度よりも高い場合に、当該卵子の受精能又は発生能が、他の卵子よりも高いことを示す。
【0066】
このような判定により、同時に排卵された複数の卵子から、受精能又は発生能の高い卵子を選別することができる。
【0067】
細胞内温度の数値化は、例えば哺乳動物細胞の場合、卵子の抽出液を28℃~38℃の範囲内の数点で保持し(例えば、0.5℃又は1℃などの一定の増分とする)、その際の温度感受性蛍光分子の蛍光寿命を測定し、検量線を作成しておき、この検量線に基づき、細胞内の温度を測定したい細胞の蛍光寿命を細胞内温度に換算することで実現することができる。
【0068】
蛍光寿命の測定には、蛍光寿命イメージング顕微鏡(例えば共焦点レーザー走査顕微鏡と時間相関単一光子係数法(TCSPC)による検出器TCSPCモジュールSPC-830(ベッカー&ヒックル社)を連結した装置)を用いることができる。温度制御は、顕微鏡ステージに取り付けた、サーモプレート(温度制御装置)で行うことができる。
【0069】
本発明の第二態様によれば、脊椎動物由来の受精卵の発生能を検査する方法であって、受精卵の細胞内温度分布を測定することを含み、細胞内の一部(細胞表層)又は全体の温度が、卵子の受精能又は発生能の判定の指標となる、方法が提供される。脊椎動物としては、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、及び哺乳動物が挙げられる。
【0070】
哺乳動物は、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ウシ、ブタ、ウマ、イヌ、ネコなどが含まれるがこれらに限定されない。好ましくは哺乳動物はヒトまたはマウスであり、より好ましくはヒトである。
【0071】
一実施形態において、脊椎動物由来の卵子は、脊椎動物から採取した卵子である。
【0072】
検査に使用される受精卵は、体内受精または体外受精によって得られた受精卵(2細胞~胚盤胞)である。体内受精卵は、自然交配によって体内で受精後、2、3、4、5日に、それぞれ2細胞、4細胞、8細胞・桑実胚、胚盤胞を卵管または子宮より採取する。体外受精卵は、排卵卵子もしくは体外培養によって成熟させた卵子と精子が存在する培養液中で、4~6時間培養することで受精させる。受精後、初期胚発生培地に移して、2~4日間37℃、5% CO2条件下で培養することで、2細胞~胚盤胞の受精卵を採取する。
【0073】
体外受精には、体外で精子と卵子を培養し、受精を誘起させる方法(体外受精)と一つの卵子に対して、一つの精子をガラスの針を使って物理的に注入して受精を促す方法(顕微授精)が含まれる。
【0074】
一実施形態において、受精卵の細胞内全体の温度の高さは、受精卵の発生能の高さを示す。
【0075】
一実施形態において、受精卵の細胞内全体の温度分布が経時的に上昇している場合に、受精卵の発生能が高いことを示す。
【0076】
一実施形態において、胚盤胞である受精卵の栄養外胚葉(TE)の温度が内部細胞塊(ICM)の温度よりも高いことは、受精卵の発生能が高いことを示す。図1(B)に示されるように、栄養外胚葉(trophectoderm, TE)は、胚盤胞の外側の胎盤を作る細胞であり、内部細胞塊(inner cell mass, ICM) は、胚盤胞の内部の細胞であり、発生が進むと体を作る細胞に分化する。
【0077】
卵子の細胞内温度分布の測定は、蛍光イメージングや、量子ドット、金ナノクラスター、ポリマーナノ粒子、赤外サーモグラフィー、ポリマーナノ粒子、又はシリカナノ粒子などをサーモセンサとして用いた方法などの、公知の温度測定方法により行うことができる。中でも、温度感受性蛍光分子を細胞内に取り込ませて蛍光強度を測定する蛍光イメージング(NATURECOMMMUNICATIONS 3:705, 2012)は、侵襲性が低く、空間分解能が高い点で好ましい。
【0078】
本発明の第二態様の方法は、受精卵に温度感受性蛍光分子を取り込ませることをさらに含み、受精卵の細胞内温度分布を測定することは、温度感受性蛍光分子の強度に基づいて受精卵の細胞内温度分布を測定することを含んでもよい。
【0079】
温度感受性蛍光分子及びこれを用いた細胞内温度分布の測定については、第一態様に関して説明した通りである。
【0080】
本発明の第一態様の脊椎動物由来の卵子の受精能又は発生能を検査する方法及び本発明の第二態様の脊椎動物由来の受精卵の発生能を検査する方法は、生殖医療(不妊治療)において広く利用され得る。例えば、本発明の第一態様の脊椎動物由来の卵子の受精能又は発生能を検査する方法は、ヒト患者の不妊症治療における卵子の受精能又は発生能の判定に使用することができる。また、第二態様の脊椎動物由来の受精卵の発生能を検査する方法は、凍結保存した受精卵を融解して子宮に移植する際に、細胞内温度が高いものを選ぶことで、より高い着床・妊娠・出生率が期待できる。非ヒト動物への適用において、ウシやウマなどの家畜等の大型の動物において、繁殖方法として人工授精や受精卵移植が用いられているが、受精卵移植の際に、発生能力の高い受精卵を優先的に移植することによって、効率よく、繁殖増産させることが可能となる。本発明の検査方法は、パンダやゾウなどの希少動物種の繁殖にも適用可能である。
【0081】
本明細書中に引用されているすべての特許出願および文献の開示は、それらの全体が参照により本明細書に組み込まれるものとする。
【0082】
以下の実施例は、例示のみを意図したものであり、何ら本発明の技術的範囲を限定することを意図するものではない。特に断らない限り、試薬は、市販されているか、又は当技術分野で慣用の手法、公知文献の手順に従って入手又は調製する。
【実施例0083】
方法
1.採卵
(1)体内成熟卵子の採取
卵子のコンディション(状態)を揃えるため、ホルモン刺激により卵子を採取した。先ず、3~8週齢のICR雌マウスに卵胞発育を誘起させるため、妊馬血清性性腺刺激ホルモン(Pregnant Mare Serum Gonadotropin, PMSG) 5単位を腹腔内投与し、その48時間後に排卵を誘起させるため、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(Human Chorionic Gonadotropin, hCG)5単位を同様に投与した。先行研究の成果に準じて、発生能力が高い「新鮮卵子」をhCG投与後15時間に、発生能力が低い「過熟卵子・加齢卵子」を同24時間に卵管より採取し、37℃に加温したLeibovitz’s L-15培地に移した。
(2)体外成熟卵子の採取
体内成熟培養では、培養前の卵子のコンディションを揃えられるメリットがある。体外成熟培養は以下の手順で行った。先ず、成熟卵子を得るため、3~8週齢のICR雌マウスに卵胞発育を誘起させるため、PMSG 5単位を腹腔内投与し、その48時間後に卵巣から未成熟卵子(卵核胞期: germinal vesicle; GV)を採取し、37℃に加温したLeibovitz’s L-15培地に移した。体外培養は、常法に従い、Waymouth’s MB 752/1培地を用いて、18時間、37℃、5% CO2環境で培養した。体外成熟を同期化させるため、培養液には4mMヒポキサンチンと100 IU/L Follicle Stimulating Hormone (FSH) を添加した。過熟の誘導は、ヒポキサンチン無添培地で培養することで行った。
(3)マウス受精卵の採取
自然交配によって得られた受精卵(胚盤胞)を子宮より採取した。実験に供試するまで、液体窒素中で凍結保存させた。受精卵の凍結・融解は常法に準じて行った。
(4)ヒト卵子の採取
米国コロラド大学にて不妊患者より採取した細胞であって、受精発生しなかった廃棄卵を実験に供試した。
(5)ヒト受精卵の採取
米国コロラド大学にて不妊患者より採取した細胞であって、不要となった細胞を実験に供試した。
【0084】
2.卵子内への温度プローブの導入と温度イメージング
排卵卵子の極体の有無を確認するため、0.1%ヒアルロニダーゼ液で処理することにより、卵子の周りを覆っている卵丘細胞を完全に除去した。未成熟卵子の卵丘細胞は、卵子の直径に合わせて内径を調整したガラスピペットを用いて、機械的に除去した。卵丘細胞を除去した卵子は、0.1% polyvinyl alcoholを含む Phosphate Buffered Saline (PBS)で3回洗浄した後、マイクロインジェクション法により、温度プローブ(Diffusive Thermoprobe, Funakoshi FDV-0002) 10~20pLを卵細胞質に注入した。注入後、細胞質内への拡散を図るため、注入後30分程度室温で保持した。温度イメージングは、蛍光寿命イメージング顕微鏡(FLIM)により行った。温度イメージングに際しては、温度制御が可能なインキュベーターを顕微鏡に取り付け、細胞外の温度を一定(28~32℃)に保って細胞内の温度センサーの蛍光像を取得した。プローブ導入に伴う卵子へのダメージを軽減させるため、マイクロインジェクションを必要としない細胞内への取り込みが容易なもの(Cellular Thermoprobe for Fluorescence Ratio, Funakoshi, FDV-0005)も使用し、蛍光顕微鏡を用いて蛍光像の検出を行った。受精卵の温度イメージングも上記の方法で行った。
【0085】
実施例1 マウス成熟卵子の細胞内温度パターン
上記「方法」1(1)で準備した、異なる条件(新鮮卵子はhCG 15h、過熟及び/又は加齢卵子はhCG18~20h)の体内成熟卵子(第二減数分裂中期:Metaphase II, MII期)の、細胞内温度パターンを図4(A)~(D)に示す。図4(A)及び(B)は新鮮卵子の蛍光顕微鏡写真であり、図4(C)及び(D)は過熟及び/又は加齢卵子の蛍光顕微鏡写真である。新鮮卵子の場合、細胞内全体の温度が高い上、紡錘体付近は周囲の温度と比べて局所的に温度が高かった。過熟及び/又は加齢卵子の場合、細胞膜で温度が高い部分があるが、細胞質は温度が低かった。紡錘体付近は周囲の温度と比べて局所的に温度が高かった。
実施例1で使用した温度感受性蛍光分子及び顕微鏡は以下の通りである。
温度プローブ:Diffusive Thermoprobe, Funakoshi(Funakoshi FDV-0002)
蛍光イメージング:蛍光寿命イメージング顕微鏡(FLIM)
【0086】
実施例2 マウス未成熟卵子の細胞内温度パターン
上記「方法」1(2)で体外成熟培養で準備した卵核胞期で停止したマウス未成熟卵子(卵核胞期:germinal vesicle, GV期)の温度パターンは、細胞内全体で温度が低く、個々の卵子で温度パターンが異なることを示した(図5(A)~(C))。卵核胞崩壊後の卵子も、細胞内全体で温度が低かった(図6)。
実施例2で使用した温度感受性蛍光分子及び顕微鏡は以下の通りである。
温度プローブ:Diffusive Thermoprobe, Funakoshi(Funakoshi FDV-0002)
蛍光イメージング:蛍光寿命イメージング顕微鏡(FLIM)
【0087】
実施例3 マウス受精卵の細胞内温度パターン
上記方法1(3)により採取したマウス受精卵の発生能力を評価した。具体的には、凍結保存していたマウス受精卵(胚盤胞)の融解後に温度イメージングを実施した。
実施例3で使用した温度感受性蛍光分子及び顕微鏡は以下の通りである。
温度感受性蛍光プローブ Cellular Thermoprobe for Fluorescence Ratio, Funakoshi, Funakoshi FDV-0005
蛍光プローブの導入:室温、10分
蛍光イメージング:蛍光顕微鏡(Olympus IX81,Channel:DAPI, FITC, Texas Red )
図7(A)に示すように、溶融後10分で、明視野で内部細胞塊(ICM)が観察され、図7(B)の蛍光顕微鏡では、図7(A)と同じ細胞の蛍光が確認された。図7(C)-(E)に示すように、溶融後時間経過に伴って、赤のシグナルが増加しており、細胞内の温度が上昇しているように見える。
【0088】
実施例4 ヒト卵子での細胞内温度分布
上記「方法」1(4)で準備し受精発生しなかったヒト成熟卵子(卵子の状態は悪いと推測される)を観察したところ、図8に示すように、細胞内温度は低温を示す緑色が強かった。なお、蛍光イメージングに使用した各種化合物及び実験条件は以下の通りである。
実施例4で使用した温度感受性蛍光分子及び顕微鏡は以下の通りである。
温度プローブ:Cellular Thermoprobe for Fluorescence Ratio, Funakoshi(Funakoshi FDV-0005)
蛍光プローブの導入:室温、90分
蛍光イメージング:Nikon A1 レーザー走査型共焦点顕微鏡(4 チャンネル-405、488、555、647)
【0089】
実施例5 ヒト受精卵での細胞内温度分布
上記「方法」1(5)で準備したヒト受精卵を観察した。蛍光イメージングに使用した各種化合物及び実験条件は以下の通りである。
温度プローブ:Cellular Thermoprobe for Fluorescence Ratio, Funakoshi(Funakoshi FDV-0005)
蛍光プローブの導入:室温、10分
蛍光イメージング:Nikon A1 レーザー走査型共焦点顕微鏡(4 チャンネル-405、488、555、647)
図9(A)-(C)及び図10(A),(B)は、ヒトの受精卵の写真である。図9A-Cの方が図10(A),(B)よりもやや発生ステージが早いもので、図10A,Bは着床可能なステージの胚盤胞期の受精卵である。
図9(A)-(C)では、3つの受精卵それぞれで中心部分の細胞は赤で示されるように高い温度領域が多く認められた。左下の受精卵は、細胞の表層部分(外側の細胞)で黄緑色が目立っており、内部の細胞よりも外側の細胞で温度が低いことが示された。図9(C)に示すように、受精卵によって細胞内温度分布は異なっており、発生能と相関があると考えられた。
図10(A),(B)で示している受精卵では、細胞のICM(内部細胞塊)で温度が低く、細胞表層(栄養外胚葉(TE))の一部は、赤色で示されている高温領域が確認できた。これまでの報告から、TEでのミトコンドリア活性の高い胚盤胞は、その後の発生・着床率が高い傾向にある。TE(外側の細胞)に高温領域があることから、この受精卵は発生能力が高いと推察できる。
【0090】
実施例6 細胞内温度の数値化
卵子の抽出液を28℃~38℃の範囲内で1℃の増分で保持し、その際の温度感受性蛍光分子の蛍光寿命を測定し、検量線を作成した(図11)。この検量線に基づき、細胞内の温度を測定したい細胞の蛍光寿命を細胞内温度に換算することで実現することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11