(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024098569
(43)【公開日】2024-07-24
(54)【発明の名称】摺動部材および摺動部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/24 20060101AFI20240717BHJP
【FI】
F16C33/24 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023002124
(22)【出願日】2023-01-11
(71)【出願人】
【識別番号】000207791
【氏名又は名称】大豊工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000660
【氏名又は名称】Knowledge Partners弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】砂田 周平
(72)【発明者】
【氏名】壁谷 泰典
【テーマコード(参考)】
3J011
【Fターム(参考)】
3J011AA20
3J011BA02
3J011BA13
3J011DA01
3J011DA02
3J011KA02
3J011MA02
3J011QA03
3J011SB04
3J011SB05
3J011SC01
(57)【要約】
【課題】ライニングの露出に対する対策を行う。
【解決手段】SnとSiと不可避不純物とを含み、残部がAlによって構成されたアルミニウム合金層からなるライニングと、前記ライニング上に形成された樹脂被覆層と、を備える摺動部材であって、前記ライニングにおける前記Snの質量%濃度は、前記ライニングの内部よりも前記ライニングと前記樹脂被覆層との界面の方が大きい、摺動部材を構成する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SnとSiと不可避不純物とを含み、残部がAlによって構成されたアルミニウム合金層からなるライニングと、
前記ライニング上に形成された樹脂被覆層と、を備える摺動部材であって、
前記ライニングにおける前記Snの質量%濃度は、
前記ライニングの内部よりも前記ライニングと前記樹脂被覆層との界面の方が大きい、
摺動部材。
【請求項2】
前記ライニングは、
2.0質量%以上かつ15.0質量%以下のSnと、0.5質量%以上かつ5.0質量%以下のSiを含む、
請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
SnとSiと不可避不純物とを含み、残部がAlによって構成されたアルミニウム合金層からなるライニングと、
前記ライニング上に形成された樹脂被覆層と、を備える摺動部材の製造方法であって、
前記ライニングを形成する工程と、
前記ライニングに対して前記樹脂被覆層の材料を塗布し、Snの融点以上の温度で焼成を行って、前記樹脂被覆層を硬化させる工程と、
を含む、摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂被覆層を有する摺動部材および摺動部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
樹脂バインダー中に固体潤滑剤を含有させた樹脂コーティング層を有するすべり軸受が知られている。例えば、特許文献1においては、ポリアミドイミド樹脂が樹脂バインダーであり、二硫化モリブデン等が固体潤滑剤であるすべり軸受が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
樹脂コーティング層を有するすべり軸受においては、樹脂コーティング層において摩耗や剥離等が発生し、ライニングが露出すると、焼き付きが発生する可能性がある。
本発明は、前記課題にかんがみてなされたもので、ライニングの露出に対する対策を行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
一実施形態にかかる摺動部材は、SnとSiと不可避不純物とを含み、残部がAlによって構成されたアルミニウム合金層からなるライニングと、前記ライニング上に形成された樹脂被覆層と、を備える摺動部材であって、前記ライニングにおける前記Snの質量%濃度は、前記ライニングの内部よりも前記ライニングと前記樹脂被覆層との界面の方が大きい。
【0006】
この摺動部材において、仮に、樹脂被覆層の剥離等によってライニングが露出した場合、相手材としての軸がライニングと接触し得る状態になる。軟質材料であるSnは、より硬質な材料と比較して摩擦係数が小さいため、ライニングが露出した場合であっても、ライニングの表面にSnが存在すれば、Snが存在しない場合と比較してライニングと相手材との間の摩擦抵抗が小さくなる。そして、摺動部材において、ライニングの内部よりも、ライニングと樹脂被覆層との界面においてSnの質量%濃度が大きくなるように構成されていれば、ライニングと相手材との間の摩擦抵抗を抑制する効果をより高めることができる。
【0007】
さらに、一実施形態にかかる摺動部材の製造方法は、SnとSiと不可避不純物とを含み、残部がAlによって構成されたアルミニウム合金層からなるライニングと、前記ライニング上に形成された樹脂被覆層と、を備える摺動部材の製造方法であって、前記ライニングを形成する工程と、前記ライニングに対して前記樹脂被覆層の材料を塗布し、Snの融点以上の温度で焼成を行って、前記樹脂被覆層を硬化させる工程と、を含む。
【0008】
界面と内部とにおけるSnの質量%濃度を調整することなく、Snを含むアルミニウム合金を製造することは容易である。また、当該アルミニウム合金に樹脂被覆層を塗布することは容易である。そして、アルミニウム合金に樹脂被覆層が塗布された状態において、Snの融点以上の温度で樹脂被覆層を焼成すると樹脂被覆層が硬化し、また、樹脂被覆層がライニングと接合する。この過程において、Snは、発汗作用によってライニングと樹脂被覆層との界面に集まり、質量%濃度が内部より大きくなる。従って、以上の製造方法によれば、樹脂被覆層を焼成する過程でライニングの露出に対する対策を行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の実施形態にかかる摺動部材の斜視図である。
【
図2】界面におけるSnの発汗を説明するための図である。
【
図3】界面におけるSnの発汗を説明するための図である。
【
図4】界面におけるSnの発汗を説明するための図である。
【
図5】界面におけるSnの発汗を模式的に示す図である。
【
図6】剥離面積補正密着力の測定結果を示す図である。
【
図7】界面と内部とのSnの比に応じた摩擦係数の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
ここでは、下記の順序に従って本発明の実施の形態について説明する。
(1)摺動部材の構成:
(2)摺動部材の製造方法:
(3)実施例:
(4)他の実施形態:
【0011】
(1)摺動部材の構成:
図1は、本発明の一実施形態にかかる摺動部材1の斜視図である。摺動部材1は、裏金10とライニング11とオーバーレイ12とを含む。摺動部材1は、中空状の円筒を直径方向に2等分した半割形状の金属部材であり、断面が半円弧状となっている。2個の摺動部材1を円筒状になるように組み合わせることにより、すべり軸受Aが形成される。すべり軸受Aは内部に形成される中空部分にて円柱状の相手材2(エンジンのクランクシャフト)を軸受けする。相手材2の外径はすべり軸受Aの内径よりもわずかに小さく形成されている。相手材2の外周面と、すべり軸受Aの内周面との間に形成される隙間に潤滑油(エンジンオイル)が供給される。相手材2の外周面は、すべり軸受Aの内周面上を摺動する。
【0012】
摺動部材1は、曲率中心から遠い順に、裏金10とライニング11とオーバーレイ12とが順に積層された構造を有する。従って、裏金10が摺動部材1の最外層を構成し、オーバーレイ12が摺動部材1の最内層を構成する。裏金10とライニング11とオーバーレイ12とは、それぞれ円周方向において一定の厚みを有している。例えば、裏金10の厚みは1.1mm~3.8mmとされ、ライニング11の厚みは0.2mm~0.4mmとされる。裏金10は例えば鋼によって形成される。
【0013】
ライニング11は、裏金10の内側に積層された層であり、Al合金によって構成される。ライニング11には、マトリクスであるAlよりも軟らかいSnと、Alよりも硬いSiとが含まれている。Snの質量%濃度は、例えば、2.0質量%以上かつ15.0質量%以下である。Snの質量%が2.0質量%より小さくなると、ライニングの硬さが過度に硬くなり、なじみ性が悪化し、15.0質量%より大きくなると、ライニングの硬さが過度に小さくなり、耐疲労性が悪化するため、本実施形態において、Snは2.0質量%以上かつ15.0質量%以下となっている。
【0014】
Siの質量%濃度は、例えば、0.5質量%以上かつ5.0質量%以下である。Siの質量%が0.5質量%より小さくなると、ライニングの硬さが過度に小さくなり、耐疲労性が悪化し、5.0質量%より大きくなると、ライニングの硬さが過度に硬くなり、なじみ性が悪化し、耐焼き付き性が悪化するため、本実施形態において、Siは0.5質量%以上かつ5.0質量%以下となっている。
【0015】
ライニング11には、さらに、不可避不純物が含まれ得る。ライニング11の残部はAlである。ライニング11の不可避不純物はMg,Ti,B,Pb,Cr等であり、精錬もしくはスクラップにおいて混入する不純物等が想定される。ライニング11における不可避不純物の含有量は、例えば、全体で1.0質量%以下である。むろん、ライニング11において元素の添加の有無や濃度は一例であり、不可避不純物が含まれていてもよい。
【0016】
オーバーレイ12の厚みは、各種の値とすることが可能であり、例えば数μm、数10μm等で構成可能である。以下、内側とは摺動部材1の曲率中心側を意味し、外側とは摺動部材1の曲率中心と反対側を意味することとする。オーバーレイ12の内側の表面は、相手材2の摺動面を構成する。
【0017】
本実施形態にかかるオーバーレイ12は、ライニング11の内側の表面上に積層された層であり、本発明の樹脂被覆層を構成する。従って、ライニング11とオーバーレイ12との境界が、ライニングと樹脂被覆層との界面に相当する。オーバーレイ12は、種々の樹脂で構成可能であり、また、種々の添加剤を添加可能である。
【0018】
本実施形態において、オーバーレイ12は、バインダー樹脂と二硫化モリブデン粒子と不可避不純物とからなる。他にも、硫酸バリウム粒子や、SiC粒子等の硬質材料が添加されていても良い。バインダー樹脂は、例えば、ポリアミドイミド樹脂である。オーバーレイ12は、重ね塗りなどによって複数の層として形成されても良い。
【0019】
本実施形態にかかる摺動部材1においては、ライニング11の界面と内部とでSnの濃度が異なる。具体的には、ライニング11とオーバーレイ12との界面においては、ライニング11の内部よりもSnの質量%濃度が大きい。摺動部材1はオーバーレイ12が摺動面となって相手材2と摺動するが、摺動の過程でオーバーレイ12において摩耗や剥離が発生した場合には、ライニング11と相手材2とが接触し得る状態になる。
【0020】
Snは、マトリクスであるAlよりも軟らかく、相手材2がSnと接触する場合、相手材2がマトリクスと接触する場合よりも摩擦係数が低くなると考えられる。従って、相手材2との摺動相手がSnである可能性が高いほど、焼き付きが発生する可能性を低減させることができる。
【0021】
そこで、本実施形態においては、ライニング11とオーバーレイ12との界面において、ライニング11の内部よりもSnの質量%濃度が大きくなるように構成されている。この構成によれば、ライニング11とオーバーレイ12との界面と、ライニング11の内部とでSnの質量%濃度が同一である場合や、内部の方がSnの質量%が大きい場合と比較して、焼き付きが発生する可能性を低減させることができる。
【0022】
なお、Al合金に含まれるSiは、Alよりも硬いため、Al合金にSiが添加されていることにより、耐摩耗性を向上させる効果がある。すなわち、摺動部材1が相手材2と摺動する過程でオーバーレイ12において摩耗や剥離が発生した場合、Siと相手材2とが接触し得る状態になるが、Siは硬いため、ライニング11の摩耗を抑制することが可能である。
【0023】
(2)摺動部材の製造方法:
ここでは、摺動部材1の製造方法の一例を説明する。本実施形態においては、摺動部材1を(a)ライニング形成工程と(b)塗布前処理工程と(c)塗布工程と(d)乾燥工程と(e)焼成工程とを順に行うことによって製造した。むろん、摺動部材1の製造方法は前記の工程に限定されるものではない。
【0024】
(a)ライニング形成工程
ライニング形成工程は、ライニング11を形成する工程である。本実施形態においてライニング形成工程は、裏金10とライニング11とが接合した基材を半割状に形成する工程である。例えば、裏金10に相当する板材上において、Snが2.0質量%以上かつ15.0質量%以下、Siが0.5質量%以上かつ5.0質量%以下、残部がAlとなるように用意された材料を焼結することによって裏金10とライニング11とが接合した基材が形成されてもよい。
【0025】
また、裏金10とライニング11に相当する板材を圧延によって接合することにより、裏金10とライニング11とが接合した基材が形成されてもよい。さらに、プレス加工や切削加工等の機械加工を行うことにより、裏金10とライニング11とが接合した基材を半割状に加工してもよい。このようにして形成されたライニング11においては、内部と界面(表面)とでSnの濃度差は生じていない。
【0026】
(b)塗布前処理工程
塗布前処理工程は、ライニング11の表面に対するオーバーレイ12(樹脂被覆層)の密着性を向上させるための表面処理である。例えば、塗布前処理工程として、ファインボーリング等の表面加工、ブラスト加工等の粗面化処理を行ってもよいし、エッチングや化成処理などの化学処理を行ってもよい。また、シランカップリング処理やプラズマ処理を行ってもよい。なお、塗布前処理工程は、基材を洗浄剤で洗浄した後に行うことが好ましい。洗浄の手法としては、種々の手法を採用可能であり、例えば、炭化水素系洗浄剤やアルコール、アルカリ電解水等を用いた超音波洗浄等が挙げられる。
【0027】
(c)塗布工程
塗布工程は、ライニング11にオーバーレイ12の材料を塗布する工程である。塗布工程を行うにあたり、ポリアミドイミドのバインダー樹脂に二硫化モリブデン粒子を混合した塗布液を調製する。また、二硫化モリブデン粒子の分散性を高めたり、塗布液の粘度を調整したりするために、必要に応じてN-メチル-2-ピロリドンやキシレン等の溶剤を用いてもよい。
【0028】
ここでは、オーバーレイ12における二硫化モリブデン粒子の総体積の体積比が予め決められた体積%となるように、二硫化モリブデン粒子の塗布液に混合する。
【0029】
塗布工程は、例えば、ライニング11の内径よりも小径の円柱状の塗布ロールに塗布液を付着させ、ライニング11の内側表面上において塗布ロールを回転させることにより行う。また、スプレー塗布、電着塗布等によって塗布工程が行われてもよい。
【0030】
(d)乾燥工程
乾燥工程は、ライニング11に塗布された塗布液を乾燥させる工程である。例えば、60℃~120℃で1~60分にわたって熱風乾燥により乾燥させる。
【0031】
(e)焼成工程
さらに、本実施形態においては、ライニング11に含まれるSnの融点以上の温度で焼成を行って、オーバーレイ12を硬化させる。すなわち、オーバーレイ12を構成する樹脂は、例えば焼成温度150~300℃で30~60分にわたって焼成することによって、硬化させることができる。従って、当該樹脂の焼成温度の範囲内であり、かつ、Snの融点である231.9℃以上の温度で焼成すれば、焼成の過程で、オーバーレイ12とライニング11との界面にSnを発汗させることができる。なお、発汗は、Al内のSnが融点以上で融解した後、表面に滲み出る現象である。以上のような焼成によれば、ライニング11の内部に存在するSnを界面に発汗させることができる。この結果、オーバーレイ12とライニング11との界面におけるSnの質量%濃度を内部よりも大きくすることができる。
【0032】
この工程によれば、オーバーレイ12の焼成とSnの発汗とを同一の工程で実施することができるため、簡易な熱制御により本実施形態にかかるすべり軸受を製造することができる。さらに、製造に要するコストも抑制することができる。なお、焼成温度や焼成時間は、界面と内部とにおけるSnの質量%濃度の比として、目標とする比の値等に応じて変更可能である。
【0033】
(3)実施例:
以後、以上のような製造方法で製造したすべり軸受用合金のサンプルにおける内部と界面との様子を説明する。
図2は、ライニング11におけるSnが7.0質量%、Siが2.7質量%、残部がAlであるサンプルについての測定結果である。なお、本サンプルは、すべり軸受用合金の特性を評価するためのサンプルであるため、平板状のサンプルである。
【0034】
図2は、当該サンプルにおいて、ライニング11とオーバーレイ12との界面に垂直な方向の断面について、Snの量とMoの量とを評価した結果である。具体的には、走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-6610A)を加速電圧5kVで動作させ、倍率1000倍で当該断面を測定した。
図2においては、SnとMoのそれぞれについて、濃度が高いほど白に近くなるようにグレーで表現した。
【0035】
図2においては、未焼成のサンプル、215℃で60分焼成したサンプル、270℃で30分焼成したサンプル、300℃で60分焼成したサンプルを、上から順に並べている。また、Sn量の測定結果を左列、Mo量の測定結果を右列に並べている。同一行に並ぶSn,Moの測定結果は、同一のサンプルの測定結果である。これらの測定結果において、縦方向が深さ方向である。
【0036】
右列に示すMoは、オーバーレイ12内の二硫化モリブデンの量を反映している。従って、
図2に示すように、Moが観測されなくなる部分の下端が、ライニング11とオーバーレイ12との界面である。Moの測定結果から特定される界面に着目すると、未焼成のサンプルと、215℃で焼成したサンプルにおいては、Sn濃度の増加は観測されない。一方、270℃で焼成したサンプルと、300℃で焼成したサンプルにおいては、界面に沿ってSnが現れていることがわかる。従って、Snの融点以上の焼成温度で焼成が行われることにより、発汗現象によってSnが界面に滲み出していることが確認された。
【0037】
図3は、
図2と同じ4つのサンプルについて、界面のSnの量を評価した結果である。すなわち、各サンプルにおいてオーバーレイ12をはがした後、ライニング11の表面が測定された。測定は、走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-6610A)を加速電圧10kVで動作させ、倍率を500倍とすることでライニング11の表面が測定された。
図3はCOMP像であり、Snの量が多いほどグレーが白に近くなる。
【0038】
図3においても、未焼成のサンプル、215℃で60分焼成したサンプル、270℃で30分焼成したサンプル、300℃で60分焼成したサンプルを、上から順に並べている。但し、
図3においては、同一サンプルの異なる表面についての測定結果を同一行に並べて2個ずつ示している。
【0039】
図3に示すように、未焼成のサンプルと、215℃で焼成したサンプルにおいては、Sn濃度が濃いことを示す白い部分は相対的に少ない。一方、270℃で焼成したサンプルと、300℃で焼成したサンプルにおいては、Sn濃度が濃いことを示す白い部分は相対的に多い。従って、Snの融点以上の焼成温度で焼成が行われることにより、発汗現象によってSnが界面に滲み出していることが確認された。
【0040】
また、
図4は、
図2,
図3と異なる焼成条件によるSnの発汗の様子を示す図である。
図4は、ライニング11におけるSnが7.0質量%、Siが2.7質量%、残部がAlであるサンプルについての測定結果である。本サンプルも平板状のサンプルである。
【0041】
図4は、当該サンプルにおいて、焼成後にオーバーレイ12をはがし、ライニング11とオーバーレイ12との界面について、Snの量とMoの量とを評価した結果である。具体的には、走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-6610A)を加速電圧5kVで動作させ、倍率1000倍で界面を測定した。
図4においては、Snの濃度が高いほど白に近くなるようにグレーで表現した。
図4においては、205℃で45分焼成したサンプル、270℃で15分焼成したサンプル、270℃で60分焼成したサンプル、280℃で60分焼成したサンプルの測定結果を示している。
図4に示すように、205℃、45分の場合に界面のSn量が最も少なく、270℃15分、270℃30分、280℃60分の順にSn量が多くなっている。従って、焼成温度が高いほど、また、焼成時間が長いほど界面のSn量が多くなることが確認された。
【0042】
図5は、
図2~
図4から考えられる、界面におけるSnの様子を模式的に示す図である。
図5は、オーバーレイ12とライニング11とを界面に垂直な方向に接続した状態を模式的に示している。
図5において、上部に表記された薄いグレーはオーバーレイ12、濃いグレーはライニング11を示している。ライニング11中の白い部分はSnを示している。Siは省略されている。
図2~
図4によれば、ライニング11の内部において、焼成温度、焼成時間による、Snの顕著な濃度の差は観察されない。一方、ライニング11とオーバーレイ12との界面においては、焼成温度が高いほど、また、焼成時間が長いほど界面のSn量が多くなる。従って、Snは発汗現象により界面に滲み出ていると考えられ、
図5に示されるように、主に界面付近のSnが界面に滲み出し、界面方向に広がっていると考えられる。
【0043】
図6は、ライニング11とオーバーレイ12との密着性を評価した結果である。具体的には、比較例1~4および実施例の合計5個のサンプルを平板状に製造した。比較例1~4は、Snの融点より低い焼成温度205℃で45分焼成されて製造されたサンプルである。実施例は、Snの融点以上の焼成温度270℃で30分焼成されて製造されたサンプルである。
【0044】
密着力の評価試験においては、製造された各サンプルのオーバーレイ12に対してピンを接着し、ピンを介してオーバーレイ12をはがす方向に力を作用させた。そして、各サンプルについて合計5回、最大引張荷重を測定し、最大引張荷重を剥離面積で除することによって密着力の評価値(剥離面積補正密着力(MPa))を取得し、平均値を取得した。なお、試験器はオートグラフであり、2mm/分の速度でピンが移動するように制御された。ピンとオーバーレイ12とを接着した接着剤はエポキシ樹脂である。
【0045】
各サンプルにおけるSnの濃度は、比較例1~4のそれぞれにおいて、7質量%,12.5量%,20質量%,100質量%である。また、実施例においてSnの濃度は、7質量%である。また、各サンプルにおけるSiの濃度は、比較例1,2,実施例において2.7質量%、比較例3,4において0質量%である。なお、これらの濃度は添加量であり、
図6に示された表面の濃度と添加量とは必ずしも一致しない。
【0046】
図6は、以上のようにして測定された剥離面積補正密着力をプロットしたグラフであり、オーバーレイ12をはがした後に現れるライニング11の表面を、EPMA分析によって測定して得られたSn濃度である。
図6に示すグラフにおいて、比較例に着目すると、Sn濃度の増加に伴って剥離面積補正密着力が低下することがわかる。従って、ライニング11内のSnの量が単に増加すると、当該Snの増加に伴ってライニング11とオーバーレイ12との密着力が低下する。
図6においては、比較例におけるライニング11の界面のSn濃度と剥離面積補正密着力との関係を一点鎖線によって示している。
【0047】
実施例においては、ライニング11の界面のSn濃度が16.5質量%程度であるが、当該実施例はSnの融点以上の270℃、30分で焼成された。焼成の初期においてSnの発汗量は少なく、ライニング11とオーバーレイ12との界面のSn濃度が16.5質量%より小さい状態でオーバーレイ12が硬化し始めると考えられる。このため、実施例においては、オーバーレイ12が硬化してライニング11と密着し始めた後に、界面のSn濃度が増加したと考えられ、この結果、
図6において一点鎖線で示す剥離面積補正密着力よりも遥かに大きい剥離面積補正密着力になったと考えられる。従って、Snの融点以上でオーバーレイ12を焼成すれば、Snの融点より低い温度で焼成した場合と比較して、ライニング11とオーバーレイ12との密着力を高めることができる。
【0048】
さらに、ライニング11においては、ライニング11とオーバーレイ12との界面におけるSnの質量%濃度が内部よりも大きければ、内部と同濃度の場合よりも摩擦係数を下げることができ、オーバーレイ12の摩耗や剥離に伴うライニング11の露出に対して対策を行うことができる。
【0049】
図7は、界面におけるSnの質量%と内部におけるSnの質量%との比を変化させた複数のサンプルについて、摩擦係数μを測定した結果を示す図である。具体的には、比較例と実施例1~4のそれぞれを製造した。表1は、各サンプルについての測定結果である。
【表1】
【0050】
なお、比較例は、焼成していないサンプルである。各サンプルにおける焼成温度、焼成時間は、
実施例1:230℃、45分
実施例2:270℃、45分
実施例3:280℃、45分
実施例4:300℃、45分
である。
【0051】
各サンプルは、ライニング11とオーバーレイ12とを備える平板状のサンプルであり、ライニング11のSnが2.0質量%以上かつ15.0質量%以下、Siが0.5質量%以上かつ5.0質量%以下、残部がAlとなるように製造されればよい。なお、製造の際に添加されるSn,Siの量よりも、ライニング11の製造後の質量%が少なくなる場合もあり、製造の際の添加量を目標の質量%よりも多くすることによって調整可能である。実施例1~実施例4は、このようにして製造したサンプルによって断面のSnの質量%が表1に示す値となったサンプルである。また、Siの添加量は3質量%である。それぞれのサンプルについて、オーバーレイ12を除去し、ライニング11とオーバーレイ12との界面を露出させた状態で当該界面が観察され、ライニング11を界面と垂直な方向に切断した状態で断面が観察された。
【0052】
界面および断面の観察には、走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-6610A)が用いられた。各面の測定において、加速電圧は5kVであり、界面観察の際の倍率は200倍、断面観察の際の倍率は1000倍である。以上の条件において、定量分析元素をSn,Al,Si,Oとし、界面および断面のSnの質量%濃度を特定した。両者の比が界面/断面比である。
【0053】
これらのサンプルのそれぞれについて、オーバーレイ12を除去し、ライニング11とオーバーレイ12との界面を露出させた状態で、各サンプルにおけるライニング11の界面の摩擦係数μを測定した。なお、摩擦係数は、バウデン式付着すべり試験機によって測定された。測定条件は以下の通りである。
試験球SUJ2 φ8、すべり速度0.3mm/s、測定長18mm、荷重1.96N、温度室温、潤滑状態ドライ、摺動方法1方向
【0054】
表1においては、各サンプルの摩擦係数μが含まれており、
図7は、摩擦係数μの測定結果を縦軸、界面/断面比を横軸として各サンプルの測定結果をプロットした図である。同図に示す実線の直線は、各サンプルの測定結果に基づいて、界面/断面比に対する摩擦係数μの変化を直線近似して得られた結果である。
【0055】
図7に示されるように、界面/断面比が大きくなるにつれ、摩擦係数μが低下する。従って、オーバーレイ12に摩耗や剥離が発生した場合であっても、ライニング11におけるSn濃度の界面/断面比が大きいほど、焼き付きが生じにくくなると考えられる。なお、界面/断面比の上限はなくても良いが、例えば、界面/断面比を10倍以下にすれば、界面におけるSn量が過大になり、ライニング11とオーバーレイ12との密着性の低下を防止できるという効果が得られる。さらに、例えば、摩擦係数μを0.16以下にしたい場合、界面/断面比が3.6~8.6の範囲とされても良い。
【0056】
(4)他の実施形態:
前記実施形態においては、エンジンのクランクシャフトを軸受けするすべり軸受Aを構成する摺動部材1を例示したが、本発明の摺動部材1によって他の用途のすべり軸受Aを形成してもよい。例えば、本発明の摺動部材1によってトランスミッション用のギヤブシュやピストンピンブシュ・ボスブシュ等のラジアル軸受を形成してもよい。さらに、本発明の摺動部材は、スラスト軸受であってもよく、各種ワッシャであってもよいし、カーエアコンコンプレッサ用の斜板であってもよい。また、ライニングと樹脂被覆層との界面におけるSnの質量%濃度を内部よりも大きくするための製造方法としては、上述の実施形態以外の方法も採用し得る。例えば、ライニング11を形成した後、Snの融点以上で熱処理することによってライニング11の界面にSnを発汗させ、この後に、当該界面にオーバーレイ12を焼成する工程が採用されてもよく、他にも、種々の製造方法を採用し得る。
【符号の説明】
【0057】
1…摺動部材、2…相手材、10…裏金、11…ライニング、12…オーバーレイ