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特開2024-98720蓄電デバイス用バインダー組成物、蓄電デバイス電極用スラリー、蓄電デバイス電極、及び蓄電デバイス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024098720
(43)【公開日】2024-07-24
(54)【発明の名称】蓄電デバイス用バインダー組成物、蓄電デバイス電極用スラリー、蓄電デバイス電極、及び蓄電デバイス
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/62 20060101AFI20240717BHJP
   H01M 4/139 20100101ALI20240717BHJP
   H01M 4/1395 20100101ALI20240717BHJP
   H01M 4/13 20100101ALI20240717BHJP
   H01G 11/06 20130101ALI20240717BHJP
   H01G 11/38 20130101ALI20240717BHJP
   C08F 236/04 20060101ALI20240717BHJP
   C08F 220/26 20060101ALI20240717BHJP
   C08F 220/04 20060101ALI20240717BHJP
   C08F 220/42 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
H01M4/62 Z
H01M4/139
H01M4/1395
H01M4/13
H01G11/06
H01G11/38
C08F236/04
C08F220/26
C08F220/04
C08F220/42
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023002369
(22)【出願日】2023-01-11
(71)【出願人】
【識別番号】322004083
【氏名又は名称】株式会社ENEOSマテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【弁理士】
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【弁理士】
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100168860
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 充史
(72)【発明者】
【氏名】平口 定叡
【テーマコード(参考)】
4J100
5E078
5H050
【Fターム(参考)】
4J100AB02T
4J100AJ01R
4J100AJ02R
4J100AL08Q
4J100AM01S
4J100AM02S
4J100AS01P
4J100AS02P
4J100BA75Q
4J100BA76Q
4J100CA03
4J100DA29
4J100DA36
4J100EA05
4J100EA06
4J100FA03
4J100FA20
4J100FA35
4J100HA31
4J100HB43
4J100JA43
5E078AA03
5E078AA05
5E078AA10
5E078AB02
5E078AB06
5E078BA42
5H050AA07
5H050AA12
5H050BA16
5H050BA17
5H050CA01
5H050CB07
5H050CB11
5H050DA11
5H050EA28
5H050FA17
5H050GA10
5H050HA00
5H050HA01
5H050HA02
5H050HA05
5H050HA10
(57)【要約】
【課題】密着性に優れ、電極膨張が抑制された蓄電デバイス電極を作製でき、かつ、蓄電デバイスの内部抵抗の上昇を低減させてサイクル特性を向上できる蓄電デバイス用バインダー組成物を提供する。
【解決手段】本発明に係る蓄電デバイス用バインダー組成物は、重合体粒子(A)と、液状媒体(B)と、を含有し、前記重合体粒子(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量%としたときに、共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)30~65質量%と、アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体に由来する繰り返し単位(a2)0.1~10質量%と、を含有し、前記重合体粒子(A)の数平均粒子径が50nm以上500nm以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重合体粒子(A)と、液状媒体(B)と、を含有し、
前記重合体粒子(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量%としたときに、前記重合体粒子(A)が、
共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)30~65質量%と、
アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体に由来する繰り返し単位(a2)0.1~10質量%と、を含有し、
前記重合体粒子(A)の数平均粒子径が50nm以上500nm以下である、蓄電デバイス用バインダー組成物。
【請求項2】
前記重合体粒子(A)が、不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a3)2.5~40質量%を更に含有する、請求項1に記載の蓄電デバイス用バインダー組成物。
【請求項3】
前記重合体粒子(A)が、α,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a4)10~40質量%を更に含有する、請求項1に記載の蓄電デバイス用バインダー組成物。
【請求項4】
前記重合体粒子(A)を、体積分率1:1のプロピレンカーボネートとジエチルカーボネートとからなる溶媒に、70℃、24時間の条件で浸漬させたときの電解液膨潤率が、150%以上400%以下である、請求項1に記載の蓄電デバイス用バインダー組成物。
【請求項5】
前記重合体粒子(A)の表面酸量が0.5mmol/g以上3mmol/g以下である、請求項1に記載の蓄電デバイス用バインダー組成物。
【請求項6】
前記液状媒体(B)が水である、請求項1に記載の蓄電デバイス用バインダー組成物。
【請求項7】
pHが2.0~7.5である、請求項1に記載の蓄電デバイス用バインダー組成物。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか一項に記載の蓄電デバイス用バインダー組成物と、活物質と、を含有する、蓄電デバイス電極用スラリー。
【請求項9】
前記活物質としてケイ素材料を含有する、請求項8に記載の蓄電デバイス電極用スラリー。
【請求項10】
さらに、増粘剤を含有する、請求項8に記載の蓄電デバイス電極用スラリー。
【請求項11】
集電体と、前記集電体の表面に請求項8に記載の蓄電デバイス電極用スラリーが塗布及び乾燥されて形成された活物質層と、を備える、蓄電デバイス電極。
【請求項12】
請求項11に記載の蓄電デバイス電極を備える蓄電デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄電デバイス用バインダー組成物、蓄電デバイス電極用スラリー、蓄電デバイス電極、及び蓄電デバイスに関する。
【0002】
近年、電子機器の駆動用電源として、高電圧かつ高エネルギー密度を有する蓄電デバイスが要求されている。このような蓄電デバイスとしては、リチウムイオン電池やリチウムイオンキャパシタなどが期待されている。
【0003】
このような蓄電デバイスに使用される電極は、活物質と、バインダーとして機能する重合体とを含有する組成物(蓄電デバイス電極用スラリー)を集電体の表面へ塗布及び乾燥させることにより製造される。バインダーとして使用される重合体に要求される特性としては、活物質同士の結合能力及び活物質と集電体との密着能力、電極を巻き取る工程における耐擦性、その後の裁断などによっても、塗布・乾燥された組成物塗膜(以下、「活物質層」ともいう。)から活物質の微粉などが脱落しない粉落ち耐性などを挙げることができる。
【0004】
なお、上記の活物質同士の結合能力及び活物質と集電体との密着能力、並びに粉落ち耐性については、性能の良否がほぼ比例関係にあることが経験上明らかになっている。したがって、本明細書では、以下これらを包括して「密着性」という用語を用いて表す場合がある。
【0005】
近年、蓄電デバイスの更なる高出力化及び高エネルギー密度化を達成する観点から、リチウム吸蔵量の大きい材料を活物質として利用する検討が進められている。例えば、特許文献1に開示されているようにリチウムの理論吸蔵量が最大で約4,200mAh/gであるケイ素材料を活物質として活用する手法が有望視されている。
【0006】
しかしながら、このようなリチウム吸蔵量の大きい材料を利用した活物質は、リチウムの吸蔵・放出により大きな体積変化を伴う。このため、従来使用されている電極用バインダーを、このようなリチウム吸蔵量の大きい材料に適用すると、密着性を維持することができずに活物質が剥離するなどし、充放電に伴って顕著な容量低下が発生する。
【0007】
電極用バインダーの密着性を改良するための技術としては、粒子状のバインダー粒子の表面酸量を制御する技術(特許文献2及び特許文献3参照)や、エポキシ基やヒドロキシ基を有するバインダーを用いて上記特性を向上させる技術(特許文献4及び特許文献5参照)などが提案されている。また、ポリイミドの剛直な分子構造で活物質を束縛し、活物質の体積変化を押さえ込もうとする技術(特許文献6参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004-185810号公報
【特許文献2】国際公開第2011/096463号
【特許文献3】国際公開第2013/191080号
【特許文献4】特開2010-205722号公報
【特許文献5】特開2010-3703号公報
【特許文献6】特開2011-204592号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1~6に開示されているような電極用バインダーは、リチウム吸蔵量が大きく、かつ、リチウムの吸蔵・放出に伴う体積変化が大きいケイ素材料に代表される新たな活物質を実用化するにあたり密着性が十分とは言えなかった。このような電極用バインダーを使用すると、充放電を繰り返すことにより活物質が脱落するなどして電極が劣化するため、実用化に必要な耐久性が十分に得られないという課題があった。
【0010】
本発明に係る幾つかの態様は、密着性に優れ、電極膨張が抑制された蓄電デバイス電極を作製でき、かつ、蓄電デバイスの内部抵抗の上昇を低減させてサイクル特性を向上できる蓄電デバイス用バインダー組成物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下のいずれかの態様として実現することができる。
【0012】
本発明に係る蓄電デバイス用バインダー組成物の一態様は、
重合体粒子(A)と、液状媒体(B)と、を含有し、
前記重合体粒子(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量%としたときに、前記重合体粒子(A)が、
共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)30~65質量%と、
アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体に由来する繰り返し単位(a2)0.1~10質量%と、を含有し、
前記重合体粒子(A)の数平均粒子径が50nm以上500nm以下である。
【0013】
前記蓄電デバイス用バインダー組成物の一態様において、
前記重合体粒子(A)が、不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a3)2.5~40質量%を更に含有してもよい。
【0014】
前記蓄電デバイス用バインダー組成物の一態様において、
前記重合体粒子(A)が、α,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a4)10~40質量%を更に含有してもよい。
【0015】
前記蓄電デバイス用バインダー組成物の一態様において、
前記重合体粒子(A)を、体積分率1:1のプロピレンカーボネートとジエチルカーボネートとからなる溶媒に、70℃、24時間の条件で浸漬させたときの電解液膨潤率が、150%以上400%以下であってもよい。
【0016】
前記蓄電デバイス用バインダー組成物の一態様において、
前記重合体粒子(A)の表面酸量が0.5mmol/g以上3mmol/g以下であってもよい。
【0017】
前記蓄電デバイス用バインダー組成物の一態様において、
前記液状媒体(B)が水であってもよい。
【0018】
前記蓄電デバイス用バインダー組成物の一態様において、
pHが2.0~7.5であってもよい。
【0019】
本発明に係る蓄電デバイス電極用スラリーの一態様は、
前記いずれかの態様の蓄電デバイス用バインダー組成物と、活物質と、を含有する。
【0020】
前記蓄電デバイス電極用スラリーの一態様において、
前記活物質としてケイ素材料を含有してもよい。
【0021】
前記蓄電デバイス電極用スラリーの一態様において、
さらに、増粘剤を含有してもよい。
【0022】
本発明に係る蓄電デバイス電極の一態様は、
集電体と、前記集電体の表面に前記態様の蓄電デバイス電極用スラリーが塗布及び乾燥されて形成された活物質層と、を備える。
【0023】
本発明に係る蓄電デバイスの一態様は、
前記態様の蓄電デバイス電極を備える。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る蓄電デバイス用バインダー組成物によれば、密着性に優れ、電極膨張が抑制された蓄電デバイス電極を作製することができ、かつ、蓄電デバイスの内部抵抗の上昇を低減させてサイクル特性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、下記に記載された実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において実施される各種の変形例も含むものとして理解されるべきである。
【0026】
なお、本明細書における「(メタ)アクリル酸~」とは、「アクリル酸~」又は「メタクリル酸~」を表す。また、「~(メタ)アクリレート」とは、「~アクリレート」又は「~メタクリレート」を表す。
【0027】
本明細書において、「X~Y」のように記載された数値範囲は、数値Xを下限値として含み、かつ、数値Yを上限値として含むものとして解釈される。
【0028】
1.蓄電デバイス用バインダー組成物
本発明の一実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物は、重合体粒子(A)と、液状媒体(B)と、を含有する。重合体粒子(A)は、該重合体粒子(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量%としたときに、共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)30~65質量%と、アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体に由来する繰り返し単位(a2)0.1~10質量%と、を含有する。また、重合体粒子(A)の数平均粒子径は、50nm以上500nm以下である。
【0029】
本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物は、活物質同士の結合能力及び活物質と集電体との密着能力並びに粉落ち耐性を向上させた蓄電デバイス電極(活物質層)を作製するための材料として使用することもできるし、充放電に伴って発生するデンドライトに起因する短絡を抑制するための保護膜を形成するための材料として使用することもできる。以下、本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物に含まれる各成分について詳細に説明する。
【0030】
1.1.重合体粒子(A)
本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物は、重合体粒子(A)を含有する。重合体粒子(A)は、該重合体粒子(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量%としたときに、共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)(以下、単に「繰り
返し単位(a1)」ともいう。)30~65質量%と、アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体に由来する繰り返し単位(a2)(以下、単に「繰り返し単位(a2)」ともいう。)0.1~10質量%と、を含有する。また、重合体粒子(A)は、前記繰り返し単位の他に、それと共重合可能な他の単量体に由来する繰り返し単位を含有してもよい。
【0031】
本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物に含まれる重合体粒子(A)は、液状媒体(B)中に分散されたラテックス状であることが好ましい。重合体粒子(A)が液状媒体(B)中に分散されたラテックス状であると、活物質と混合して作製される蓄電デバイス電極用スラリーの安定性が良好となり、蓄電デバイス電極用スラリーの集電体への塗布性が良好となるため好ましい。
【0032】
以下、重合体粒子(A)を構成する繰り返し単位、重合体粒子(A)の物性、製造方法の順に説明する。
【0033】
1.1.1.重合体粒子(A)を構成する繰り返し単位
1.1.1.1.共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)
共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)の含有割合は、重合体粒子(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量%としたときに、30~65質量%である。繰り返し単位(a1)の含有割合の下限は、35質量%であることが好ましく、40質量%であることがより好ましい。繰り返し単位(a1)の含有割合の上限は、55質量%であることが好ましく、45質量%であることがより好ましい。重合体粒子(A)が繰り返し単位(a1)を前記範囲内で含有することにより、活物質や導電助剤の分散性が良好となり、均質な活物質層の作製が可能となる。これにより、電極板の構造欠陥がなくなり、良好な繰り返し充放電特性を示すようになる。また、活物質の表面を被覆した重合体粒子(A)に伸縮性を付与することができ、重合体粒子(A)が伸縮することで密着性を向上できるので、良好な充放電耐久特性を示すようになる。
【0034】
共役ジエン化合物としては、特に限定されないが、1,3-ブタジエン、2-メチル-1,3-ブタジエン、2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン、2-クロロ-1,3-ブタジエン等が挙げられ、これらの中から選択される1種以上を使用することができる。これらの中でも、1,3-ブタジエンが特に好ましい。
【0035】
1.1.1.2.アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体に由来する繰り返し単位(a2)
アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体に由来する繰り返し単位(a2)の含有割合は、重合体粒子(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量%としたときに、0.1~10質量%である。繰り返し単位(a2)の含有割合の下限は、0.5質量%であることが好ましく、1質量%であることがより好ましい。繰り返し単位(a2)の含有割合の上限は、8質量%であることが好ましく、5質量%であることがより好ましい。重合体粒子(A)が繰り返し単位(a2)を前記範囲内で含有することにより、共役ジエン化合物に由来する伸縮性及び柔軟性に加えて、シラノール基がケイ素材料もしくは黒鉛をはじめとする負極活物質の粒子表面に存在する電子供与性の水酸基との脱水縮合により負極活物質に化学的に吸着するため、繰り返し単位(a2)による活物質へのより強固な接着点を併せ持つことができる。これにより、充放電を繰り返すことによる活物質の体積変化においても接着点が剥がれずに追従が可能となるため、電極膨張を効果的に抑制することができる。また、活物質の表面を被覆した重合体粒子(A)に伸縮性を付与することができ、重合体粒子(A)が伸縮することで密着性を向上できるので、良好な充放電耐久特性を示すようになる。
【0036】
アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体としては、特に限定されないが、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリブトキシシラン、ビニルメチルジメトキシシラン、ビニルエチルジエトキシシラン等のビニルアルコキシシラン;アリルトリメトキシシラン、アリルトリエトキシシラン、アリルメチルジメトキシシランアリルエチルジエトキシシラン、アリルトリイソプロポキシシラン等のアリルアルコキシシラン;3-(メタ)アクリルオキシプロピルメチルジメトキシシラン、3-(メタ)アクリルオキシプロピルメチルジエトキシシラン、3-(メタ)アクリルオキシメチルトリメトキシシラン、3-(メタ)アクリルオキシメチルトリエトキシシラン、3-(メタ)アクリルオキシメチルトリブトキシシラン、3-(メタ)アクリルオキシプロピルトリメトキシシラン、3-(メタ)アクリルオキシプロピルトリエトキシシラン、3-(メタ)アクリルオキシプロピルトリブトキシシラン等の(メタ)アクリルオキシアルキルアルコキシシラン等が挙げられ、これらの中から選択される1種以上を使用することができる。
【0037】
1.1.1.3.その他の繰り返し単位
重合体粒子(A)は、繰り返し単位(a1)及び繰り返し単位(a2)の他に、これらと共重合可能な他の単量体に由来する繰り返し単位を含有してもよい。このような繰り返し単位としては、例えば、不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a3)(以下、単に「繰り返し単位(a3)」ともいう。)、α,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a4)(以下、単に「繰り返し単位(a4)」ともいう。)、芳香族ビニル化合物に由来する繰り返し単位(a5)(以下、単に「繰り返し単位(a5)」ともいう。)、不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位(a6)(以下、単に「繰り返し単位(a6)」ともいう。)等が挙げられる。
【0038】
<不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a3)>
不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a3)の含有割合は、重合体粒子(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量%としたときに、2.5~40質量%であることが好ましい。繰り返し単位(a3)の含有割合の下限は、より好ましくは6質量%であり、特に好ましくは8質量%である。繰り返し単位(a3)の含有割合の上限は、より好ましくは30質量%であり、特に好ましくは20質量%である。重合体粒子(A)が繰り返し単位(a3)を前記範囲内で含有することにより、活物質やフィラーの分散性が良好となる。また、活物質として用いられるケイ素材料との親和性を向上させ、該ケイ素材料の膨潤を抑制することで電極膨張が低減されるため、良好な充放電耐久特性を示すようになる。
【0039】
不飽和カルボン酸としては、特に限定されないが、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸等の、モノカルボン酸及びジカルボン酸(無水物を含む。)等が挙げられ、これらの中から選択される1種以上を使用することができる。これらの中でも、アクリル酸、メタクリル酸、及びイタコン酸から選択される1種以上を使用することが好ましい。
【0040】
<α,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a4)>
α,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a4)の含有割合は、重合体粒子(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量%としたときに、10~40質量%であることが好ましい。繰り返し単位(a4)の含有割合の下限は、好ましくは18質量%であり、より好ましくは20質量%である。繰り返し単位(a4)の含有割合の上限は、好ましくは34質量%であり、より好ましくは30質量%である。重合体粒子(A)が繰り返し単位(a4)を前記範囲内で含有することにより、該重合体粒子(A)の電解液との親和性を向上させることが可能となる。これにより、Liイオンの脱挿入を容易にし、良好な充放電特性を示す場合がある。
【0041】
α,β-不飽和ニトリル化合物としては、特に限定されないが、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、α-クロロアクリロニトリル、α-エチルアクリロニトリル、シアン化ビニリデン等を挙げることができ、これらの中から選択される1種以上を使用することができる。これらの中でも、アクリロニトリル及びメタクリロニトリルから選択される1種以上が好ましく、アクリロニトリルが特に好ましい。
【0042】
<芳香族ビニル化合物に由来する繰り返し単位(a5)>
芳香族ビニル化合物に由来する繰り返し単位(a5)の含有割合は、重合体粒子(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量%としたときに、1~30質量%であることが好ましい。繰り返し単位(a5)の含有割合の下限は、好ましくは2質量%であり、より好ましくは5質量%である。繰り返し単位(a5)の含有割合の上限は、好ましくは20質量%であり、より好ましくは17質量%である。重合体粒子(A)が繰り返し単位(a5)を前記範囲内で含有することにより、電極中に分散された重合体粒子(A)同士の融着を抑制し、電解液の浸透性を向上できるため、良好な繰り返し充放電特性を示す場合がある。さらに、活物質として用いられるグラファイト等に対して良好な結着力を示す場合があり、密着性に優れた蓄電デバイス電極が得られる。
【0043】
芳香族ビニル化合物としては、特に限定されないが、スチレン、α-メチルスチレン、p-メチルスチレン、ビニルトルエン、クロロスチレン、ジビニルベンゼン等が挙げられ、これらの中から選択される1種以上を使用することができる。
【0044】
<不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位(a6)>
不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位(a6)の含有割合は、重合体粒子(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量%としたときに、0.5~20質量%であることが好ましい。繰り返し単位(a6)の含有割合の下限は、好ましくは1質量%であり、より好ましくは2質量%である。繰り返し単位(a6)の含有割合の上限は、好ましくは16質量%であり、より好ましくは13質量%である。重合体粒子(A)が繰り返し単位(a6)を含有することにより、重合体粒子(A)と電解液との親和性が良好となり、蓄電デバイス中でバインダーが電気抵抗成分となることによる内部抵抗の上昇を抑制するとともに、電解液を過大に吸収することによる密着性の低下を防ぐことができる場合がある。
【0045】
不飽和カルボン酸エステルの中でも、(メタ)アクリル酸エステルを好ましく使用することができる。(メタ)アクリル酸エステルの具体例としては、例えば、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n-プロピル、(メタ)アクリル酸イソプロピル、(メタ)アクリル酸n-ブチル、(メタ)アクリル酸イソブチル、(メタ)アクリル酸n-アミル、(メタ)アクリル酸イソアミル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸シクロヘキシル、(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸n-オクチル、(メタ)アクリル酸ノニル、(メタ)アクリル酸デシル、ジ(メタ)アクリル酸エチレングリコール、ジ(メタ)アクリル酸プロピレングリコール、トリ(メタ)アクリル酸トリメチロールプロパン、テトラ(メタ)アクリル酸ペンタエリスリトール、ヘキサ(メタ)アクリル酸ジペンタエリスリトール、(メタ)アクリル酸アリル、(メタ)アクリル酸2-ヒドロキシメチル、(メタ)アクリル酸2-ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸2-ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸3-ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸4-ヒドロキシブチル、(メタ)アクリル酸5-ヒドロキシペンチル、(メタ)アクリル酸6-ヒドロキシヘキシル、グリセリンモノ(メタ)アクリレート、グリセリンジ(メタ)アクリレート等が挙げられ、これらの中から選択される1種以上を使用することができる。これらの中でも、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル及び(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシルから選択される1種以上であることが好ましく、(メタ)アクリル酸メチルが特に好ましい。
【0046】
1.1.2.重合体粒子(A)の物性
1.1.2.1.電解液膨潤率
重合体粒子(A)を、体積分率1:1のプロピレンカーボネートとジエチルカーボネートとからなる溶媒に、70℃、24時間の条件で浸漬させたときの膨潤率(本明細書において、「電解液膨潤率」ともいう。)は、好ましくは150%以上400%以下であり、より好ましくは200%以上380%以下であり、特に好ましくは200%以上330%以下である。重合体粒子(A)の電解液膨潤率が前記範囲内にあると、重合体粒子(A)は電解液を吸収することにより適度に膨潤することができる。その結果、溶媒和したリチウムイオンが容易に活物質に到達できるようになる。さらに、前記範囲内の電解液膨潤率であれば、重合体粒子(A)の活物質への被覆性が低くなり、電極抵抗を効果的に低下させ、良好な充放電特性を示すようになる。
【0047】
1.1.2.2.数平均粒子径
重合体粒子(A)の数平均粒子径は、50nm以上500nm以下であり、好ましくは70nm以上400nm以下であり、より好ましくは90nm以上250nm以下である。重合体粒子(A)の数平均粒子径が前記範囲内にあると、活物質の表面に重合体粒子(A)が吸着しやすくなるので、活物質の移動に伴って重合体粒子(A)も追従して移動することができる。その結果、マイグレーションすることを抑制できるので、電気的特性の劣化を低減することができる。また、重合体粒子(A)の数平均粒子径が50nm未満であると、液状媒体(B)中に分散する粒子数が多くなるため、粒子同士が衝突する頻度が高まり、隣接する粒子間にて繰り返し単位(a2)の作用による二次凝集が生じやすくなる。
【0048】
なお、重合体粒子(A)の数平均粒子径とは、透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した粒子50個の画像より得られる粒子径の平均値である。透過型電子顕微鏡としては、例えば株式会社日立ハイテク製の「H-7650」等が挙げられる。
【0049】
1.1.2.3.表面酸量
重合体粒子(A)の表面酸量は、好ましくは0.5mmol/g以上3mmol/g以下であり、より好ましくは1.0mmol/g以上2.8mmol/g以下であり、特に好ましくは1.0mmol/g以上2.5mmol/g以下である。重合体粒子(A)の表面酸量が前記範囲内であると、安定かつ均質なスラリーを作製することができる。このような均質なスラリーを用いて活物質層を作製すると、活物質と重合体粒子(A)とが均一に分散した、厚さのばらつきが小さい活物質層が得られる。その結果、電極内での充放電特性のばらつきを抑制できるため、良好な充放電特性を示す蓄電デバイスが得られる。
【0050】
1.1.3.重合体粒子(A)の製造方法
重合体粒子(A)の製造方法については、特に限定されないが、例えば公知の乳化剤(界面活性剤)、連鎖移動剤、重合開始剤などの存在下で行う乳化重合法によることができる。乳化剤(界面活性剤)、連鎖移動剤、及び重合開始剤としては、特許第5999399号公報等に記載された化合物を用いることができる。
【0051】
重合体粒子(A)を合成するための乳化重合法は、一段重合で行ってもよく、二段重合以上の多段重合で行ってもよい。
【0052】
重合体粒子(A)の合成を一段重合によって行う場合、上記の単量体の混合物を、適当な乳化剤、連鎖移動剤、重合開始剤などの存在下で、好ましくは40~80℃において、好ましくは4~36時間の乳化重合によることができる。
【0053】
重合体粒子(A)の合成を二段重合によって行う場合、各段階の重合は以下のように設定することが好ましい。
【0054】
一段目重合に使用する単量体の使用割合は、単量体の全質量(一段目重合に使用する単量体の質量と二段目重合に使用する単量体の質量との合計)に対して、20~99質量%の範囲とすることが好ましく、25~99質量%の範囲とすることがより好ましい。一段目重合をこのような単量体の使用割合で行うことにより、分散安定性に優れ、凝集物が生じ難い重合体粒子を得ることができる。併せて、蓄電デバイス用バインダー組成物の経時的な粘度上昇も抑制されることとなり好ましい。
【0055】
二段目重合に使用する単量体の種類及びその使用割合は、一段目重合に使用する単量体の種類及びその使用割合と同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0056】
各段階の重合条件は、得られる重合体粒子(A)の分散性の観点から、以下のようにすることが好ましい。
・一段目重合;好ましくは40~80℃の温度:好ましくは2~36時間の重合時間:好ましくは50質量%以上、より好ましくは60質量%以上の重合転化率。
・二段目重合;好ましくは40~80℃の温度;好ましくは2~18時間の重合時間。
【0057】
乳化重合における全固形分濃度を50質量%以下とすることにより、得られる重合体粒子(A)の分散性が良好な状態で重合反応を進行させることができる。この全固形分濃度は、好ましくは48質量%以下であり、より好ましくは45質量%以下である。
【0058】
重合体粒子(A)の合成を一段重合として行う場合であっても、二段重合法による場合であっても、乳化重合終了後には重合混合物に中和剤を添加することが好ましい。pH範囲は、2.5~6.5程度、好ましくは3.0~6.2、より好ましくは3.5~6.0に調整するとよい。ここで使用する中和剤としては、特に限定されないが、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの金属水酸化物;アンモニア等が挙げられる。前記のpH範囲に設定することにより、重合体粒子(A)の安定性が良好となる。また、中和処理を行った後に、重合混合物を濃縮することにより、重合体粒子(A)の良好な安定性を維持しながら固形分濃度を高くすることができる。さらに、前記のpH範囲が7.5以下であると、アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体に由来する繰り返し単位(a2)において、自己縮合反応を抑制することができる。
【0059】
1.1.4.重合体粒子(A)の含有割合
本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物中の重合体粒子(A)の含有割合は、重合体成分100質量%中、好ましくは10~100質量%であり、より好ましくは20~95質量%であり、特に好ましくは25~90質量%である。ここで、重合体成分には、重合体粒子(A)の他、後述する重合体粒子(A)以外の重合体、及び増粘剤等が含まれる。
【0060】
1.2.液状媒体(B)
本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物は、液状媒体(B)を含有する。液状媒体(B)としては、水を含有する水系媒体であることが好ましく、水であることがより好ましい。前記水系媒体には、水以外の非水系媒体を含有させることができる。この非水系媒体としては、例えばアミド化合物、炭化水素、アルコール、ケトン、エステル、アミン化合物、ラクトン、スルホキシド、スルホン化合物などを挙げることができ、これらの中から選択される1種以上を使用することができる。本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物は、液状媒体(B)として水系媒体を使用することにより、環境に対して悪影響を及ぼす程度が低くなり、取扱作業者に対する安全性も高くなる。
【0061】
水系媒体中に含まれる非水系媒体の含有割合は、水系媒体100質量%中、10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましく、実質的に含有しないことが特に好ましい。ここで、「実質的に含有しない」とは、液状媒体として非水系媒体を意図的に添加しないという程度の意味であり、蓄電デバイス用バインダー組成物を調製する際に不可避的に混入する非水系媒体を含んでいてもよい。
【0062】
1.3.その他の添加剤
本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物は、必要に応じて上述した成分以外の添加剤を含有することができる。このような添加剤としては、例えば重合体粒子(A)以外の重合体、防腐剤、増粘剤等が挙げられる。
【0063】
1.3.1.重合体粒子(A)以外の重合体
本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物は、重合体粒子(A)以外の重合体を含有してもよい。このような重合体としては、特に限定されないが、不飽和カルボン酸エステル又はこれらの誘導体を構成単位として含むアクリル系重合体、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)等のフッ素系重合体等が挙げられる。これらの重合体は、1種単独で用いてもよく、2種以上併用してもよい。これらの重合体を含有することにより、柔軟性や密着性がより向上する場合がある。
【0064】
1.3.2.防腐剤
本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物は、防腐剤を含有してもよい。防腐剤を含有することにより、蓄電デバイス用バインダー組成物を貯蔵した際に、細菌や黴などが増殖して異物が発生することを抑制できる場合がある。防腐剤の具体例としては、特許第5477610号公報等に記載された化合物が挙げられる。
【0065】
1.3.3.増粘剤
本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物は、増粘剤を含有してもよい。増粘剤を含有することにより、スラリーの塗布性や得られる蓄電デバイスの充放電特性等をさらに向上できる場合がある。
【0066】
増粘剤の具体例としては、例えばカルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のセルロース化合物;アルギン酸等の多糖類;ポリ(メタ)アクリル酸;前記セルロース化合物又は前記ポリ(メタ)アクリル酸のアンモニウム塩もしくはアルカリ金属塩;ポリビニルアルコール、変性ポリビニルアルコール、エチレン-ビニルアルコール共重合体等のポリビニルアルコール系(共)重合体;(メタ)アクリル酸、マレイン酸、フマル酸等の不飽和カルボン酸とビニルエステルとの共重合体の鹸化物等の水溶性ポリマーを挙げることができる。これらの中でも、カルボキシメチルセルロースのアルカリ金属塩、ポリ(メタ)アクリル酸のアルカリ金属塩等が好ましい。
【0067】
これら増粘剤の市販品としては、例えばCMC1120、CMC1150、CMC2200、CMC2280、CMC2450(以上、株式会社ダイセル製)等のカルボキシメチルセルロースのアルカリ金属塩を挙げることができる。
【0068】
本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物が増粘剤を含有する場合、増粘剤の含有割合は、蓄電デバイス用バインダー組成物の全固形分量100質量%に対して、5質量%以下であることが好ましく、0.1~3質量%であることがより好ましい。
【0069】
1.4.蓄電デバイス用バインダー組成物のpH
本実施形態に係る蓄電デバイス用バインダー組成物のpHは、好ましくは2.0~7.
5であり、より好ましくは2.2~7.0であり、特に好ましくは2.5~6.5である。pHが前記範囲内にあると、レベリング性不足や液ダレ等の問題の発生を抑制することができる。その結果、良好な電気的特性及び密着性を両立させた蓄電デバイス電極を製造することが容易となる。
【0070】
本明細書における「pH」とは、以下のようにして測定される物性をいう。25℃で、pH標準液として中性リン酸塩標準液及びほう酸塩標準液で校正したガラス電極を用いたpH計で、JIS Z8802:2011に準拠して測定した値である。このようなpH計としては、例えば東亜ディーケーケー株式会社製「HM-7J」や株式会社堀場製作所製「D-51」等が挙げられる。
【0071】
なお、蓄電デバイス用バインダー組成物のpHは、重合体粒子(A)を構成する単量体組成に影響を受けることもあるが、単量体組成のみで定まるものでもない。すなわち、一般的に同じ単量体組成であっても重合条件等で蓄電デバイス用バインダー組成物のpHが変化することが知られており、本願明細書の実施例はその一例を示しているに過ぎない。
【0072】
例えば、同じ単量体組成であっても、重合反応液に最初から不飽和カルボン酸を全て仕込み、その後他の単量体を順次添加して加える場合と、不飽和カルボン酸以外の単量体を重合反応液へ仕込み、最後に不飽和カルボン酸を添加する場合とでは、得られる重合体の表面に露出する不飽和カルボン酸に由来するカルボキシ基の量は異なる。このように重合方法で単量体を加える順番を変更するだけでも、蓄電デバイス用バインダー組成物のpHは大きく異なると考えられる。
【0073】
2.蓄電デバイス用スラリー
本発明の一実施形態に係る蓄電デバイス用スラリーは、上述の蓄電デバイス用バインダー組成物を含有するものである。上述の蓄電デバイス用バインダー組成物は、充放電に伴って発生するデンドライトに起因する短絡を抑制するための保護膜を作製するための材料として使用することもできるし、活物質同士の結合能力及び活物質と集電体との密着能力並びに粉落ち耐性を向上させた蓄電デバイス電極(活物質層)を作製するための材料として使用することもできる。そのため、保護膜を作製するための蓄電デバイス用スラリー(以下、「保護膜用スラリー」ともいう。)と、蓄電デバイス電極の活物質層を作製するための蓄電デバイス用スラリー(以下、「蓄電デバイス電極用スラリー」ともいう。)と、に分けて説明する。
【0074】
2.1.保護膜用スラリー
「保護膜用スラリー」とは、これを電極又はセパレータの表面もしくはその両方に塗布した後、乾燥させて、電極又はセパレータの表面もしくはその両方に保護膜を作製するために用いられる分散液のことをいう。本実施形態に係る保護膜用スラリーは、上述した蓄電デバイス用バインダー組成物のみから構成されていてもよく、無機フィラーをさらに含有してもよい。無機フィラーとしては、特開2020-184461号公報に記載された無機フィラーが挙げられる。
【0075】
2.2.蓄電デバイス電極用スラリー
「蓄電デバイス電極用スラリー」とは、これを集電体の表面に塗布した後、乾燥させて、集電体表面上に活物質層を作製するために用いられる分散液のことをいう。本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーは、上述の蓄電デバイス用バインダー組成物と、活物質と、を含有する。以下、本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーに含まれる成分について説明する。
【0076】
2.2.1.重合体粒子(A)
重合体粒子(A)の組成、物性、製造方法等については、上述した通りであるので説明を省略する。
【0077】
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリー中の重合体成分の含有割合は、活物質100質量部に対し、好ましくは1~8質量部であり、より好ましくは1~7質量部であり、特に好ましくは1.5~6質量部である。重合体成分の含有割合が前記範囲内にあると、スラリー中の活物質の分散性が良好となり、スラリーの塗布性も優れたものとなる。ここで、重合体成分には、重合体粒子(A)、必要に応じて添加される重合体粒子(A)以外の重合体、及び増粘剤等が含まれる。
【0078】
2.2.2.活物質
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーに使用される活物質としては、正極活物質及び負極活物質が挙げられる。これらの具体例としては、炭素材料、ケイ素材料、リチウム原子を含む酸化物、硫黄化合物、鉛化合物、錫化合物、砒素化合物、アンチモン化合物、アルミニウム化合物、ポリアセン等の導電性高分子、A(但し、Aはアルカリ金属又は遷移金属、Bはコバルト、ニッケル、アルミニウム、スズ、マンガン等の遷移金属から選択される少なくとも1種、Oは酸素原子を表し、X、Y及びZはそれぞれ1.10>X>0.05、4.00>Y>0.85、5.00>Z>1.5の範囲の数である。)で表される複合金属酸化物や、その他の金属酸化物等が挙げられる。これらの具体例としては、特許第5999399号公報等に記載された化合物が挙げられる。
【0079】
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーは、正極及び負極のいずれの蓄電デバイス電極を作製する際にも使用することができ、正極及び負極の両方に使用することが好ましい。
【0080】
正極を作製する場合には、上記例示した活物質の中でもリチウム原子を含む酸化物を含有するものであることが好ましい。リチウム原子を含む酸化物としては、例えば、下記一般式(1)で表され、かつ、オリビン型結晶構造を有するリチウム原子含有酸化物(オリビン型リチウム含有リン酸化合物)から選択される1種以上が挙げられる。
【0081】
Li1-x(AO) ・・・・・(1)
(式(1)中、Mは、Mg、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Al、Ga、Ge及びSnよりなる群から選択される少なくとも1種の金属のイオンであり、Aは、Si、S、P及びVよりなる群から選択される少なくとも1種であり、xは0<x<1の関係を満たす数である。)
なお、前記一般式(1)におけるxの値は、M及びAの価数に応じて、前記一般式(1)全体の価数が0価となるように選択される。
【0082】
オリビン型リチウム含有リン酸化合物としては、例えば、LiFePO、LiCoPO、LiMnPO、Li0.90Ti0.05Nb0.05Fe0.30Co0.30Mn0.30POなどが挙げられる。これらの中でも、LiFePO(リン酸鉄リチウム)は、安全性が高く、長寿命・低自己放電であり、原料となる鉄化合物の入手が容易であるとともに安価であるため好ましいが、充放電特性が十分ではなく密着性が劣るという課題があった。リン酸鉄リチウムは、微細な一次粒径を有し、その二次凝集体であることが知られており、充放電を繰り返す際に活物質層中で凝集が崩壊し活物質同士の乖離を引き起こし、集電体からの剥離や、活物質層内部の導電ネットワークが寸断されやすいことが要因の一つであると考えられる。
【0083】
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーを用いて作製された蓄電デバイス電極は、正極活物質としてリン酸鉄リチウムを使用した場合でも上述のような問題が発生するこ
となく、良好な電気的特性を示すことができる。この理由としては、重合体粒子(A)がリン酸鉄リチウムを強固に結着できると同時に、充放電中においてもリン酸鉄リチウムを強固に結着させた状態を維持できるからであると考えられる。
【0084】
一方、負極を作製する場合には、上記例示した活物質の中でもケイ素材料を含有するものであることが好ましい。ケイ素材料は単位重量当たりのリチウムの吸蔵量がその他の活物質と比較して大きいことから、負極活物質としてのケイ素材料を含有することにより、得られる蓄電デバイスの蓄電容量を高めることができ、その結果、蓄電デバイスの出力及びエネルギー密度を高くすることができる。
【0085】
また、負極活物質としては、ケイ素材料と炭素材料の混合物であることがより好ましい。炭素材料は充放電に伴う体積変化がケイ素材料よりも小さいので、負極活物質としてケイ素材料と炭素材料の混合物を使用することにより、ケイ素材料の体積変化の影響を緩和することができ、活物質層と集電体との密着能力をより向上させることができる。
【0086】
シリコン(Si)を活物質として使用する場合、シリコンは、高容量である一方、リチウムを吸蔵する際に大きな体積変化を生じ得る。このため、ケイ素材料は膨張と収縮の繰り返しによって微粉化し、集電体からの剥離や、活物質同士の乖離を引き起こし、活物質層内部の導電ネットワークが寸断されやすいという性質がある。この性質により、蓄電デバイスの充放電耐久特性が短時間で極端に劣化してしまうのである。
【0087】
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーを用いて作製された蓄電デバイス電極は、ケイ素材料を使用した場合でも上述のような問題が発生することなく、良好な電気的特性を示すことができる。この理由としては、アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体に由来する繰り返し単位(a2)を含有する重合体粒子(A)がケイ素材料を強固に結着させることができると同時に、リチウムを吸蔵することによりケイ素材料が体積膨張しても重合体粒子(A)が伸縮してケイ素材料を強固に結着させた状態を維持できるからであると考えられる。
【0088】
活物質100質量%中に占めるケイ素材料の含有割合は、1質量%以上とすることが好ましく、2~50質量%とすることがより好ましく、3~45質量%とすることがさらに好ましく、10~40質量%とすることが特に好ましい。活物質100質量%中に占めるケイ素材料の含有割合が前記範囲内にあると、蓄電デバイスの出力及びエネルギー密度の向上と充放電耐久特性とのバランスに優れた蓄電デバイスが得られる。
【0089】
また、活物質としてケイ素材料を用いる場合、活物質層100質量%中のシリコン元素の含有割合は、2~30質量%であることが好ましく、2~20質量%であることがより好ましく、3~10質量%であることが特に好ましい。活物質層中のシリコン元素の含有割合が前記範囲内にあると、蓄電デバイスの蓄電容量が向上することに加え、シリコン元素の分布が均一な活物質層が得られる。活物質層中のシリコン元素の含有量は、例えば、特許第5999399号公報等に記載された方法により測定することができる。
【0090】
活物質の形状としては、粒子状であることが好ましい。活物質の平均粒子径は、0.1~100μmであることが好ましく、1~20μmであることがより好ましい。ここで、活物質の平均粒子径とは、レーザー回折法を測定原理とする粒度分布測定装置を用いて粒度分布を測定し、その粒度分布から算出される体積平均粒子径のことをいう。このようなレーザー回折式粒度分布測定装置としては、例えばHORIBA LA-300シリーズ、HORIBA LA-920シリーズ(以上、株式会社堀場製作所製)等が挙げられる。
【0091】
2.2.3.その他の成分
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーには、上述した成分以外に、必要に応じてその他の成分を添加してもよい。このような成分としては、例えば重合体粒子(A)以外の重合体、増粘剤、液状媒体、導電助剤、pH調整剤、腐食防止剤、セルロースファイバー等が挙げられる。重合体粒子(A)以外の重合体及び増粘剤としては、前記「1.3.その他の添加剤」で例示した化合物の中から適宜選択して、同様の目的及び含有割合で用いることができる。
【0092】
<液状媒体>
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーには、蓄電デバイス用バインダー組成物からの持ち込み分に加えて、液状媒体をさらに添加してもよい。添加される液状媒体は、蓄電デバイス用バインダー組成物に含まれていた液状媒体(B)と同種であってもよく、異なっていてもよいが、前記「1.2.液状媒体(B)」で例示した液状媒体の中から選択して使用されることが好ましい。
【0093】
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーにおける液状媒体(蓄電デバイス用バインダー組成物からの持ち込み分を含む。)の含有割合は、スラリー中の固形分濃度(スラリー中の液状媒体以外の成分の合計質量がスラリーの全質量に占める割合をいう。以下同じ。)が、30~70質量%となる割合とすることが好ましく、40~60質量%となる割合とすることがより好ましい。
【0094】
<導電助剤>
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーには、導電性を付与するとともに、リチウムイオンの出入りによる活物質の体積変化を緩衝させることを目的として、導電助剤をさらに添加してもよい。
【0095】
導電助剤の具体例としては、活性炭、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、ファーネスブラック、黒鉛、炭素繊維、フラーレン、カーボンナノチューブ等のカーボンが挙げられる。これらの中でも、アセチレンブラック又はカーボンナノチューブを好ましく使用することができる。導電助剤の含有割合は、活物質100質量部に対して、好ましくは20質量部以下であり、より好ましくは1~15質量部であり、特に好ましくは2~10質量部である。
【0096】
<pH調整剤・腐食防止剤>
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーには、活物質の種類に応じて集電体の腐食を抑制することを目的として、pH調整剤及び/又は腐食防止剤をさらに添加してもよい。
【0097】
pH調整剤としては、例えば、塩酸、リン酸、硫酸、酢酸、ギ酸、リン酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、ギ酸アンモニウム、塩化アンモニウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等を挙げることができ、これらの中でも、硫酸、硫酸アンモニウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが好ましい。また、重合体粒子(A)の製造方法中に記載した中和剤の中から選択して使用することもできる。
【0098】
腐食防止剤としては、メタバナジン酸アンモニウム、メタバナジン酸ナトリウム、メタバナジン酸カリウム、メタタングステン酸アンモニウム、メタタングステン酸ナトリウム、メタタングステン酸カリウム、パラタングステン酸アンモニウム、パラタングステン酸ナトリウム、パラタングステン酸カリウム、モリブデン酸アンモニウム、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウム等を挙げることができる。これらの中でも、パラタングステン酸アンモニウム、メタバナジン酸アンモニウム、メタバナジン酸ナトリウム、メタ
バナジン酸カリウム、モリブデン酸アンモニウムが好ましい。
【0099】
<セルロースファイバー>
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーには、セルロースファイバーをさらに添加してもよい。セルロースファイバーを添加することにより、活物質の集電体に対する密着性を向上できる場合がある。繊維状のセルロースファイバーが線接着又は線接触によって隣接する活物質同士を繊維状結着させることにより、活物質の脱落を防止できるとともに、集電体に対する密着性を向上できると考えられる。
【0100】
2.2.4.蓄電デバイス電極用スラリーの調製方法
本実施形態に係る蓄電デバイス電極用スラリーは、上述の蓄電デバイス用バインダー組成物及び活物質を含有するものである限り、どのような方法によって製造されたものであってもよい。より良好な分散性及び安定性を有するスラリーを、より効率的かつ安価に製造する観点から、蓄電デバイス用バインダー組成物に、活物質及び必要に応じて用いられる任意添加成分を加え、これらを混合することにより製造することが好ましい。具体的な製造方法としては、例えば特許第5999399号公報等に記載された方法が挙げられる。
【0101】
3.蓄電デバイス電極
本発明の一実施形態に係る蓄電デバイス電極は、集電体と、前記集電体の表面に上述の蓄電デバイス電極用スラリーが塗布及び乾燥されて形成された活物質層と、を備えるものである。かかる蓄電デバイス電極は、金属箔などの集電体の表面に、上述の蓄電デバイス電極用スラリーを塗布して塗膜を形成し、次いで該塗膜を乾燥して活物質層を形成することにより製造することができる。このようにして製造された蓄電デバイス電極は、集電体の表面に、上述の重合体粒子(A)、活物質、及び必要に応じて添加された任意成分を含有する活物質層が結着されてなるものである。このため、密着性に優れ、電極膨張が抑制された蓄電デバイス電極が得られる。
【0102】
集電体としては、導電性材料からなるものであれば特に制限されないが、例えば特許第5999399号公報等に記載された集電体が挙げられる。
【0103】
4.蓄電デバイス
本発明の一実施形態に係る蓄電デバイスは、上述の蓄電デバイス電極を備え、さらに電解液を含有し、セパレータなどの部品を用いて、常法に従って製造することができる。具体的な製造方法としては、例えば、負極と正極とをセパレータを介して重ね合わせ、これを電池形状に応じて巻く、折るなどして電池容器に収納し、該電池容器に電解液を注入して封口する方法などを挙げることができる。電池の形状は、コイン型、円筒型、角形、ラミネート型など、適宜の形状であることができる。
【0104】
電解液は、液状でもゲル状でもよく、活物質の種類に応じて、蓄電デバイスに用いられる公知の電解液の中から電池としての機能を効果的に発現するものを選択すればよい。電解液は、電解質を適当な溶媒に溶解した溶液であることができる。このような電解質や溶媒については、例えば特許第5999399号公報等に記載された化合物が挙げられる。
【0105】
上述の蓄電デバイスは、大電流密度での放電が必要なリチウムイオン二次電池、電気二重層キャパシタやリチウムイオンキャパシタ等に適用可能である。これらの中でもリチウムイオン二次電池が特に好ましい。本実施形態に係る蓄電デバイス電極及び蓄電デバイスにおいて、蓄電デバイス用バインダー組成物以外の部材は、公知のリチウムイオン二次電池用、電気二重層キャパシタ用やリチウムイオンキャパシタ用の部材を用いることが可能である。
【0106】
5.実施例
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0107】
5.1.実施例1
5.1.1.蓄電デバイス用バインダー組成物の調製
容量1Lの耐圧瓶フラスコに、水150質量部及びドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム0.25質量部、スチレン(ST)20質量部、アクリル酸(AA)3質量部、アクリロニトリル(AN)22質量部を仕込み、十分に撹拌した後、耐圧瓶フラスコの内部を十分に窒素置換した。続いて、上記単量体の混合物を含有する耐圧瓶フラスコの上部をネオプレンパッキン及びスチール(鋼)製の王冠を用いて打栓することにより密閉した。
次に、あらかじめ王冠に開けた孔から樹脂製のシリンジを刺して真空ポンプにより減圧し、耐圧瓶フラスコの内部を減圧状態にした。
上記の耐圧瓶フラスコに1,3-ブタジエン(BD)30質量部をシリンジによってチャージし、重合開始剤として過硫酸カリウム0.5質量部を加えた後、65℃の温水反応槽に設置し18時間かけて撹拌及び重合反応を行った。重合反応が終了した後、王冠を開けて大気圧状態に戻し、容量7Lのセパラブルフラスコに全量を流し込んだ。
一方、別の容器に、水50質量部、乳化剤としてエーテルサルフェート型乳化剤(商品名「アデカリアソープSR1025」、(株)ADEKA製)を固形分換算で0.75質量部並びに単量体としてメタクリル酸メチル(MMA)8質量部、アクリル酸n-ブチル(BA)2質量部、アクリル酸2-エチルヘキシル(2EHA)5.5質量部、イタコン酸(TA)2質量部及びアクリル酸(AA)3質量部を加え、十分に撹拌して硫酸によりpHを2.5~4.5の範囲に調整した後、3―アクリルオキシプロピルトリメトキシシラン(APTMS、商品名「KBM-5103」、信越化学工業株式会社)4.0質量部、ビニルトリメトキシシラン(VTMS、商品名「KBM-1003」、信越化学工業株式会社)0.5質量部を加え、上記単量体の混合物を含有する単量体乳化液を調製した。
そして、上記の重合反応が終了した重合体を流し込んだセパラブルフラスコを昇温し、内部の温度が60℃に到達した時点で、重合開始剤として過硫酸カリウム0.5質量部を加えた。続いて、セパラブルフラスコの内部の温度が70℃に到達した時点で、別の容器に調整した単量体乳化液の添加を開始し、内部の温度を70℃に維持したまま単量体乳化液を2時間かけて連続的に添加した。その後、セパラブルフラスコの内部の温度を80℃まで昇温し、3時間の重合反応を行った。3時間後、セパラブルフラスコを冷却して反応を停止した後、アンモニウム水を加えてpHを6.5に調整することにより、重合体粒子(A)を30質量%含有する水分散体を得た。
【0108】
5.1.2.重合体粒子(A)の物性評価
上記で得られた重合体粒子(A)について、数平均粒子径、表面酸量、電解液膨潤率、及びpHを測定した。数平均粒子径、表面酸量、及びpHの測定においては、重合体粒子(A)の水分散体を測定試料とした。測定結果を下表1に示す。
【0109】
<数平均粒子径の測定>
上記で得られた重合体粒子(A)の水分散体を0.1wt%に希釈したラテックスをコロジオン支持膜上にピペットで1滴滴下し、更に1wt%のリンタングステン酸溶液をピペットでコロジオン支持膜上に1滴滴下し、12時間風乾させ試料を準備した。このようにして準備した試料を、透過型電子顕微鏡(TEM、株式会社日立ハイテク製、型番「H-7650」)を用いて、倍率を10K(倍率)で観察し、HITACHI EMIPのプログラムにより画像解析を実施し、ランダムに選択した50個の重合体粒子(A)の数平均粒子径を算出した。
【0110】
<表面酸量の測定>
上記で得られた重合体粒子(A)の粒子の表面酸量を以下のようにして測定した。まず、電位差滴定装置(京都電子工業株式会社製、型式「AT-510」)の滴定ビュレット・本体上部の試薬ビン内に0.005mol/Lの硫酸が充填されていることを確認し、超純水の導電率が2μS以下であることを確認した。次いで、ビュレット内の空気抜きのため、パージを行い、さらにノズルの泡抜きを行った。その後、上記で得られた重合体粒子(A)を固形分換算で約1g、300mLビーカーに採取し、そのサンプル重量を記録しておいた。そこに超純水を加えて200mLまで希釈した後、1mol/L水酸化ナトリウム水溶液を滴下した。終点を迎えたら、30秒ほど攪拌させ、伝導度が落ち着いたことを確認した。測定プログラムのRESETボタンを押し、測定待機状態にした。測定プログラムのSTARTボタンを押し、0.005mol/Lの硫酸による測定を開始した。終点に達すると自動的に終了されファイルが保存されるので、得られた曲線を解析し、使用した硫酸量から下記式(2)より表面酸量を求めた。
表面酸量(mmol/g)=粒子表面のカルボン酸区域で使用した酸量[mL]×酸の濃度[mol/L]×電離度/サンプル重量[g]/1000 ・・・・・(2)
【0111】
<電解液膨潤率の測定>
上記で得られた重合体粒子(A)を40℃の恒温槽で24時間乾燥させてフィルムを作製した。このフィルム1gを、プロピレンカーボネート(PC)及びジエチルカーボネート(DEC)からなる混合液(PC/DEC=1/1(体積比)、以下この混合液を「PC/DEC」という。)20mL中に浸漬して、70℃において24時間静置した。次いで、300メッシュの金網で濾過して不溶分を分離した後、溶解分のPC/DECを蒸発除去して得た残存物の重量(Y(g))を測定した。また、上記の濾過で分離した不溶分(フィルム)の表面に付着したPC/DECを紙に吸収させて取り除いた後、該不溶分(フィルム)の重量(Z(g))を測定した。下記式(3)によって電解液膨潤率を算出した。
電解液膨潤率(%)=(Z/(1-Y))×100 ・・・・・(3)
【0112】
<pHの測定>
上記で得られた重合体粒子(A)の水分散体について、pHメーター(株式会社堀場製作所製)を用いて25℃におけるpHを測定した。
【0113】
5.1.3.非水系二次電池の作製及び評価
<非水系二次電池負極用スラリーの調製>
二軸型プラネタリーミキサー(プライミクス株式会社製、商品名「ハイビスディスパーミックス(3D―2型))に、増粘剤(商品名「CMC2200」、株式会社ダイセル製)1.20質量部(固形分換算)、負極活物質としてのグラファイト80質量部(固形分換算)、ケイ素材料20質量部(固形分換算)、及び水55質量部を投入し、35rpmで1時間攪拌を行った。
【0114】
次に、重合体粒子(A)を2質量部(固形分換算)に相当する量だけ加え、水を投入し、固形分を62%に調整した後、攪拌脱泡機(株式会社シンキー製、商品名「泡とり練太郎」)を使用して、900rpmで6分間、攪拌混合することにより、非水系二次電池負極用スラリーを調製した。
【0115】
<非水系二次電池用負極の作製>
次に、厚み20μmの銅箔よりなる集電体の表面に、上記で調製した非水系二次電池負極用スラリーを、乾燥後の膜厚が90μmとなるようにコンマヘッドコーターを用いて均一に塗布し、70℃で5分間乾燥処理した。その後、形成された膜(負極活物質層)の密
度が1.6g/cmになるように、ロールプレス機を用いてプレス加工することにより、非水系二次電池用負極を得た。
【0116】
<負極塗工層の密着強度の評価>
上記で得られた非水系二次電池用負極の表面に、ナイフを用いて負極活物質層から集電体に達する深さまでの切り込みを2mm間隔で縦横それぞれ10本入れて碁盤目の切り込みを作った。この切り込みに幅18mmの粘着テープ(ニチバン(株)製、商品名「セロテープ」(登録商標)JIS Z1522:2009に規定)を貼り付けて直ちに引き剥がし、活物質の脱落の程度を目視判定で評価した。評価基準は以下の通りである。評価結果を下表1に示す。
(評価基準)
・5点:活物質層の脱落が0個である。
・4点:活物質層の脱落が1~5個である。
・3点:活物質層の脱落が6~20個である。
・2点:活物質層の脱落が21~40個である。
・1点:活物質層の脱落が41個以上である。
【0117】
<非水系二次電池用正極の作製>
二軸型プラネタリーミキサー(プライミクス株式会社製、商品名「TKハイビスミックス 2P-03」)に、電気化学デバイス電極用バインダー(株式会社クレハ製、商品名「KFポリマー#1120」)4.0質量部(固形分換算値)、導電助剤(デンカ株式会社製、商品名「デンカブラック50%プレス品」)3.0質量部、正極活物質として平均粒子径5μmのLiCoO(ハヤシ化成株式会社製)100質量部(固形分換算値)及びN-メチルピロリドン(NMP)36質量部を投入し、60rpmで2時間撹拌を行った。得られたペーストにNMPを追加し、固形分濃度を65質量%に調整した後、撹拌脱泡機(株式会社シンキー製、商品名「泡とり練太郎」)を使用して、200rpmで2分間、1,800rpmで5分間、さらに減圧下(約2.5×10Pa)において1,800rpmで1.5分間撹拌混合することにより、非水系二次電池正極用スラリーを調製した。アルミニウム箔よりなる集電体の表面に、この非水系二次電池正極用スラリーを、溶媒除去後の膜厚が150μmとなるようにドクターブレード法によって均一に塗布し、120℃で20分間加熱して溶媒を除去した。その後、活物質層の密度が3.0g/cmとなるようにロールプレス機によりプレス加工することにより、非水系二次電池用正極を得た。
【0118】
<非水系二次電池(リチウムイオン電池)の組立て>
露点が-80℃以下となるようAr置換されたグローブボックス内で、上記で作製した非水系二次電池用負極を直径15.95mmの円形に打ち抜き成形したものを、2極式コインセル(宝泉株式会社製、商品名「HSフラットセル」)上に載置した。
次に、直径24mmの円形に打ち抜いたポリプロピレン製多孔膜からなるセパレータ(セルガード株式会社製、商品名「セルガード#2400」)を、非水系二次電池用負極の上に重ねて載置した。
さらに、空気が入らないように電解液を500μL注入した後、上記で作製した非水系二次電池用正極を直径16.16mmの円形に打ち抜き成形したものを、セパレータの上に重ねて載置し、前記2極式コインセルの外装ボディーをネジで閉めて封止することにより、リチウムイオン電池セル(非水系二次電池の一例)を組み立てた。ここで使用した電解液は、エチレンカーボネート/エチルメチルカーボネート=1/1(質量比)の溶媒に、LiPFを1モル/Lの濃度で溶解した溶液である。
【0119】
<抵抗上昇率の評価>
上記で製造した非水系二次電池につき、45℃に調温された恒温槽にて、定電流(1.
0C)にて充電を開始し、電圧が4.2Vになった時点で引き続き定電圧(4.2V)にて充電を続行し、電流値が0.05Cとなった時点を充電完了(カットオフ)とした。その後、定電流(0.05C)にて放電を開始し、電圧が3.0Vになった時点を放電完了(カットオフ)とし、0サイクル目の放電容量を算出した。さらに、定電流(1.0C)にて充電を開始し、電圧が4.2Vになった時点で引き続き定電圧(4.2V)にて充電を続行し、電流値が0.01Cとなった時点を充電完了(カットオフ)とした。その後、定電流(1.0C)にて放電を開始し、電圧が3.0Vになった時点を放電完了(カットオフ)とし、1サイクル目の放電容量を算出した。このようにして300回充放電を繰り返した。300回充放電を繰り返した後、0サイクル目と同様に充放電を行い、301回目の放電容量を評価し、下記式(4)により抵抗上昇率を算出し、下記の基準で評価した。
抵抗上昇率(%)=((301サイクル目の放電容量-300サイクル目の放電容量)/(0サイクル目の放電容量-1サイクル目の放電容量))×100 ・・・・・(4)(評価基準)
・5点:抵抗上昇率が100%以上~110%未満。
・4点:抵抗上昇率が110%以上~120%未満。
・3点:抵抗上昇率が120%以上~130%未満。
・2点:抵抗上昇率が130%以上~140%未満。
・1点:抵抗上昇率が140%以上~150%未満。
・0点:抵抗上昇率が150%以上。
【0120】
なお、測定条件において「1C」とは、ある一定の電気容量を有するセルを定電流放電して1時間で放電終了となる電流値のことを示す。例えば「0.1C」とは、10時間かけて放電終了となる電流値のことであり、「10C」とは、0.1時間かけて放電終了となる電流値のことをいう。
【0121】
<サイクル特性の評価>
上記で製造した非水系二次電池につき、45℃に調温された恒温槽にて、定電流(1.0C)にて充電を開始し、電圧が4.2Vになった時点で引き続き定電圧(4.2V)にて充電を続行し、電流値が0.05Cとなった時点を充電完了(カットオフ)とした。その後、定電流(1.0C)にて放電を開始し、電圧が3.0Vになった時点を放電完了(カットオフ)とし、1サイクル目の放電容量を算出した。このようにして300回充放電を繰り返した。下記式(5)により容量保持率を計算し、下記の基準で評価した。評価結果を下表1に示す。
容量保持率(%)=((300サイクル目の放電容量)/(1サイクル目の放電容量))×100 ・・・・・(5)
(評価基準)
・5点:容量保持率が95%以上。
・4点:容量保持率が90%以上~95%未満。
・3点:容量保持率が85%以上~90%未満。
・2点:容量保持率が80%以上~85%未満。
・1点:容量保持率が75%以上~80%未満。
・0点:容量保持率が75%未満。
【0122】
<電極膨張の評価>
上記で製造した非水系二次電池につき、45℃に調温された恒温槽にて、定電流(1.0C)にて充電を開始し、電圧が4.2Vになった時点で引き続き定電圧(4.2V)にて充電を続行し、電流値が0.05Cとなった時点を充電完了(カットオフ)とした。その後、定電流(1.0C)にて放電を開始し、電圧が3.0Vになった時点を放電完了(カットオフ)とし、1サイクル目の放電容量を算出した。このようにして300回充放電
を繰り返した後の非水系二次電池を解体し、ジメチルカーボネートにより非水系二次電池用負極を洗浄及び乾燥した後、下記式(6)により電極膨張の抑制率を計算し、下記の基準で評価した。評価結果を下表1に示す。
電極膨張の抑制率(%)=(1-((300サイクル目の負極膜厚)-(1サイクル目の負極膜厚))÷1サイクル目の負極膜厚)×100 ・・・・・(6)
(評価基準)
・5点:電極膨張の抑制率が95%以上。
・4点:電極膨張の抑制率が90%以上~95%未満。
・3点:電極膨張の抑制率が85%以上~90%未満。
・2点:電極膨張の抑制率が80%以上~85%未満。
・1点:電極膨張の抑制率が75%以上~80%未満。
・0点:電極膨張の抑制率が75%未満。
【0123】
5.2.実施例2~21、比較例1~6
上記「5.1.1.蓄電デバイス用バインダー組成物の調製」の項において、各単量体の種類及び量をそれぞれ下表1~下表3に記載の通りとした以外は同様にして、重合体粒子を30質量%含有する水分散体をそれぞれ得た。それ以外は、実施例1と同様にして非水系二次電池電極用スラリーを調製し、非水系二次電池用電極、及び非水系二次電池をそれぞれ作製し、実施例1と同様にして評価した。
【0124】
5.3.評価結果
下表1~下表3に、実施例1~21及び比較例1~6で使用した重合体組成、各物性測定結果、及び各評価結果を示す。なお、下表1~下表3中に示された重合体組成を表す数値は、質量部を表す。
【0125】
【表1】
【0126】
【表2】
【0127】
【表3】
【0128】
なお、上表1~上表3における各単量体の略称は、それぞれ以下の化合物を表す。
<共役ジエン化合物>
・BD:1,3-ブタジエン
<アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体>
・APTMS:商品名「KBM-5103」、信越化学工業株式会社、3―アクリルオキシプロピルトリメトキシシラン
・VTMS:商品名「KBM-1003」、信越化学工業株式会社、ビニルトリメトキシシラン
<不飽和カルボン酸>
・TA:イタコン酸
・AA:アクリル酸
・MAA:メタクリル酸
<α,β-不飽和ニトリル化合物>
・AN:アクリロニトリル
<芳香族ビニル化合物>
・ST:スチレン
・DVB:ジビニルベンゼン
<不飽和カルボン酸エステル>
・MMA:メタクリル酸メチル
・BA:アクリル酸n-ブチル
・2EHA:アクリル酸2-エチルヘキシル
・CHMA:メタクリル酸シクロヘキシル
・EDMA:ジメタクリル酸エチレングリコール
【0129】
上表1~上表2から明らかなように、実施例1~21に示した本発明に係る蓄電デバイス用バインダー組成物を用いて調製された蓄電デバイス電極用スラリーは、上表3に示す比較例1~6の場合と比較して、活物質同士を好適に結着させることができ、良好な充放電耐久特性を有する蓄電デバイス電極が得られた。この理由としては、上表1~上表2に示す実施例1~21の蓄電デバイス用バインダー組成物に含有される重合体粒子(A)は、共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)による伸縮性及び柔軟性に加え、アルコキシシリル基含有エチレン性不飽和単量体に由来する繰り返し単位(a2)による活物質へのより強固な接着点を併せ持つことができるためであると考えられる。これにより、充放電を繰り返すことによる活物質の体積変化においても接着点が剥がれずに追従が可能となり、重合体粒子(A)が伸縮することで密着性を向上できるので、電極膨張が抑制され、かつ、蓄電デバイスの内部抵抗の上昇を低減させて良好な充放電耐久特性を示したものと推測される。
【0130】
本発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法および結果が同一の構成、あるいは目的および効果が同一の構成)を包含する。また本発明は、上記の実施形態で説明した構成の本質的でない部分を他の構成に置き換えた構成を包含する。さらに本発明は、上記の実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成または同一の目的を達成することができる構成をも包含する。さらに本発明は、上記の実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成をも包含する。