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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024098847
(43)【公開日】2024-07-24
(54)【発明の名称】非破壊検査方法及び非破壊検査装置
(51)【国際特許分類】
   G01L 1/00 20060101AFI20240717BHJP
   G01N 25/20 20060101ALI20240717BHJP
   G01M 99/00 20110101ALI20240717BHJP
【FI】
G01L1/00 G
G01L1/00 M
G01N25/20 Z
G01M99/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023002602
(22)【出願日】2023-01-11
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年11月23日にアドレスhttps://link.springer.com/article/10.1007/s11340-022-00894-yのウェブサイト「Springer Link(シュプリンガーリンク)」において公開した。
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(71)【出願人】
【識別番号】509147444
【氏名又は名称】NEXCO西日本イノベーションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004196
【氏名又は名称】弁理士法人ナビジョン国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金出 武雄
(72)【発明者】
【氏名】阪上 ▲隆▼英
(72)【発明者】
【氏名】塩澤 大輝
(72)【発明者】
【氏名】内田 勇治
【テーマコード(参考)】
2G024
2G040
【Fターム(参考)】
2G024AD34
2G024BA13
2G024CA17
2G024CA22
2G024CA26
2G024FA06
2G024FA15
2G040AA05
2G040AB19
2G040BA14
2G040BA25
2G040CA02
2G040DA06
2G040GA01
2G040HA05
2G040HA11
(57)【要約】
【課題】 負荷信号を与えることなく検査対象物の応力分布を計測することができ、高度な専門知識を有しない者でも利用可能な非破壊検査装置を提供することを目的とする。
【解決手段】 検査対象物を繰り返し撮影し、多数の熱画像を生成する赤外線カメラ1と、前記熱画像を構成する各画素値ψ(p,t)の時間平均に対する偏差を成分とし、行が前記熱画像中の画素位置に対応し、列が撮影時刻に対応する観測行列Ψを生成する観測行列生成部22と、特異値分解により前記観測行列Ψを固有値行列Σ及び固有ベクトル行列U,Vに分解する特異値分解部23とを備え、固有ベクトル行列Uを構成する単位ベクトルu~uのうち、最大の固有値σに対応する固有ベクトルuに基づいて、前記検査対象物内における応力分布b(p)を求める。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査対象物を繰り返し撮影し、多数の熱画像を生成するステップと、
前記熱画像を構成する各画素値の時間平均に対する偏差を成分とし、行又は列の一方が前記熱画像中の画素位置に対応し、他方が撮影時刻に対応する観測行列を生成するステップと、
特異値分解により前記観測行列を固有値行列及び固有ベクトル行列に分解するステップとを備え、
最大の固有値に対応する固有ベクトルに基づいて、前記検査対象物内における応力分布を求めるステップとを備えることを特徴とする非破壊検査方法。
【請求項2】
3番目に大きな固有値に対応する固有ベクトルに基づいて、前記検査対象物内における塑性変形分布を求めるステップとを備えたことを特徴とする請求項1に記載の非破壊検査方法。
【請求項3】
検査対象物を繰り返し撮影し、多数の熱画像を生成する撮影部と、
前記熱画像を構成する各画素値の時間平均に対する偏差を成分とし、行及び列の一方が前記熱画像中の画素位置に対応し、他方が撮影時刻に対応する観測行列を生成する観測行列生成部と、
特異値分解により前記観測行列を固有値行列及び固有ベクトル行列に分解する特異値分解部とを備え、
最大の固有値に対応する固有ベクトルに基づいて、前記検査対象物内における応力分布を求めることを特徴とする非破壊検査装置。
【請求項4】
3番目に大きな固有値に対応する固有ベクトルに基づいて、前記検査対象物内における塑性変形分布を求めることを特徴とする請求項3に記載の非破壊検査装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非破壊検査方法及び非破壊検査装置に係り、さらに詳しくは、検査対象物の熱画像を用いて検査を行う非破壊検査方法及び当該非破壊検査に用いる非破壊検査装置に関する。
【背景技術】
【0002】
赤外線カメラ(赤外線サーモグラフィカメラ)を用いて検査対象物を撮影し、得られた熱画像から検査対象物における応力の空間分布を測定し、検査対象物の非破壊検査を行う方法が従来から知られている。このような方法を採用することにより、例えば、鋼製橋、船舶、飛行機、列車などの金属材料の疲労き裂の発生を事前に検知し、あるいは、塗膜下で発生したき裂を検知することができる。
【0003】
金属材料内において応力集中が発生すれば、将来、その位置において疲労き裂が発生する可能性が高い。また、き裂が既に発生している場合、き裂の先端にスポット的な応力集中が発生する。このため、金属材料内における応力分布を観察することができれば、き裂が発生する可能性が高い部位や、既にき裂が発生している部位を特定することができ、当該金属材料の健全性を確認することができる。
【0004】
一般に、対象物に作用する応力が急激に変化して弾性変形が生じる場合、この変形が断熱的に行われるならば、当該対象物の内部には、応力変動に応じた温度変動が生じることが知られている。この温度変動は、熱弾性効果と呼ばれ、温度変動△Tと主応力和の変動△σとの関係は次式(1)で表される。
【数1】

kは熱弾性係数であり、Tは材料の絶対温度である。例えば、金属材料に引張応力を作用させると、その応力変動に比例した温度低下が発生し、圧縮応力を作用させると、その応力変動に比例した温度上昇が発生する。
【0005】
金属材料に対し所定の負荷が作用しているとき、金属材料内では領域ごとに異なる応力が発生し、金属材料上に応力分布が発生する。このため、金属材料に作用する負荷が変動すれば、当該金属材料上には応力変動の分布が生じ、温度変動の分布となって現れる。このとき、応力変動の分布形状は、温度変動の分布形状と一致し、また、応力変動の分布形状は、応力の分布形状と一致すると考えられる。従って、温度変動の分布を観察することができれば、金属材料内における応力分布を取得することができる。
【0006】
しかしながら、熱弾性効果による温度変動は非常に小さく、熱画像に含まれる負荷変動とは無関係のノイズに埋もれてしまう。このため、熱画像から熱弾性温度変動の成分のみを抽出して観察する必要がある。例えば、負荷の周期がわかれば、その周期に一致する温度変動のみを抽出し、応力分布を測定することができる。このような方法として、ロックイン赤外線サーモグラフィ法や自己相関ロックイン赤外線サーモグラフィ法が従来から知られている(例えば、非特許文献1)。
【0007】
時刻tに撮影した熱画像(赤外線サーモグラフィ画像)内の画素位置pの画素値ψ(p,t)は、次式(2)に示したモデル式で表すことができる。
【数2】

画素位置p=1~Pは、画素数Pの2次元画像を構成する各画素を示す数値であり、時刻t=1~Fは、熱画像の撮影時刻である。
【0008】
右辺の第1項a(p)は、画素位置pにおける画素値の時間変動しない成分(直流成分)、つまり、室温や放射率で決まる負荷変動に関係のない熱成分である。右辺の第2項b(p)f(t)は、画素値の時間変動成分である。f(t)は、負荷変動であり、検査対象物に作用する負荷の時間変化を示している。b(p)は、温度変動係数であり、検査対象物に作用する負荷が単位量だけ変動したときに、画素位置pに対応する検査対象物上の観察点に生じる温度変化量を示している。
【0009】
検査対象物が均一な素材で構成されていれば、応力変動に対する温度変動の割合は、観察点にかかわらず一定になる。このため、温度変動係数b(p)は、負荷が作用することにより検査対象物上に発生する応力分布を示していると考えられる。このため、熱画像の画素値ψ(p,t)からb(t)を求めることができれば、検査対象物上における応力分布を取得することができる。
【0010】
ロックイン赤外線サーモグラフィ法は、負荷変動f(t)を用いて応力分布を求める方法である。検査対象物上の参照点に接触式の歪み計を設置すれば、参照点における歪みを観察することができる。負荷を作用させたときに大きな応力が発生する検査対象物上の点を参照点に選択すれば、測定される歪みの波形は負荷の波形と一致するため、参照点における歪みの測定値から負荷変動f(t)を得ることができる。従って、熱画像と参照点の歪み量とを同期取得すれば、次式(3)により応力分布を求めることができる。
【0011】
【数3】

(p)は、ロックイン赤外線サーモグラフィ法により得られる応力分布b(p)である。
【0012】
ロックイン赤外線サーモグラフィ法を用いることにより、熱画像の時系列データから応力分布を算出することができる。しかし、この方法では、負荷変動f(t)を示す負荷信号を与える必要があり、例えば、検査対象物上に接触式センサを設置し、参照点の歪みを計測する必要がある。従って、赤外線カメラを用いるにもかかわらず、応力分布を非接触で計測することができないという問題があった。
【0013】
自己相関ロックイン赤外線サーモグラフィ法は、このようなロックイン赤外線サーモグラフィ法の欠点を補うために開発された方法である。自己相関ロックイン赤外線サーモグラフィ法は、熱画像上において温度変動が大きな画素位置sの画素値ψ(s,t)を参照信号として用いる方法であり、次式(3)により応力分布を求めることができる。
【0014】
【数4】

(p)は、自己相関ロックイン赤外線サーモグラフィ法により得られる応力分布b(p)である。
【0015】
自己相関ロックイン赤外線サーモグラフィ法を用いることにより、応力分布を非接触で計測することができる。しかし、この方法では、負荷と大きな相関を持つ温度変動が画素位置sに発生している必要があり、画素位置sにおける温度変動が、非常に小さかったり、ノイズを多く含む場合には、正確な応力分布を得ることができない。つまり、参照信号を取得する画素位置sの選び方によって応力分布の精度が左右される。このため、計測者には、検査対象物に対する専門的知識が要求され、専門家でなければ、高い精度で計測することができないという問題があった。
【0016】
さらに、これらの方法により、弾性変形によって生じる温度変動は検出できるが、塑性変形によって生じる温度変動は検出することができないという問題があった。塑性変形による温度変動は、例えば、金属材料に対し、引張応力又は圧縮応力のいずれを作用させた場合にも、その応力変動に比例して温度が上昇する変動である。この温度変動は、弾性変形による温度変動よりも更に小さく、従来の方法では検出することが困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】坂上隆英「赤外線サーモグラフィによる熱弾性応力測定」溶接学会誌、第72巻(2001年)第6号、51~55頁
【非特許文献2】坂上隆英ら「自己相関ロックイン赤外線サーモグラフィ法による疲労き裂の遠隔非破壊検査技術の開発」日本機械学会論文集(A編)、72巻(2006年)724号、50~57頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、負荷信号を与えることなく検査対象物の応力分布を計測することができ、かつ、高度な専門知識を有しない者でも利用可能な非破壊検査方法を提供することを目的とする。また、塑性変形分布を計測する非破壊検査方法を提供することを目的とする。さらに、上記非破壊検査方法を用いた非破壊検査装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の第1の実施態様による非破壊検査方法は、検査対象物を繰り返し撮影し、多数の熱画像を生成するステップと、前記熱画像を構成する各画素値の時間平均に対する偏差を成分とし、行又は列の一方が前記熱画像中の画素位置に対応し、他方が撮影時刻に対応する観測行列を生成するステップと、特異値分解により前記観測行列を固有値行列及び固有ベクトル行列に分解するステップとを備え、最大の固有値に対応する固有ベクトルに基づいて、前記検査対象物内における応力分布を求めるステップとを備える。
【0020】
上記構成を採用することにより、多数の熱画像を時系列に取得し、各画素値の温度変動を成分とする観測行列を生成して特異値分解することにより、検査対象物内における応力分布を求めることができる。このため、負荷信号を用いることなく応力分布を取得することができ、非接触で応力分布を取得することができる。また、応力変動による温度変動が大きな画素位置を指定する必要がなく、高度な専門的知識を有しない者でも精度の高い応力分布を取得することができる。
【0021】
本発明の第2の実施態様による非破壊検査方法は、上記構成に加えて、3番目に大きな固有値に対応する固有ベクトルに基づいて、前記検査対象物内における塑性変形分布を求めるステップとを備える。
【0022】
上記構成を採用することにより、弾性変形による温度変動よりも小さい塑性変形による温度変動を計測することができ、塑性変形分布を取得することができる。
【0023】
本発明の第3の実施態様による非破壊検査装置は、検査対象物を繰り返し撮影し、多数の熱画像を生成する撮影部と、前記熱画像を構成する各画素値の時間平均に対する偏差を成分とし、行及び列の一方が前記熱画像中の画素位置に対応し、他方が撮影時刻に対応する観測行列を生成する観測行列生成部と、特異値分解により前記観測行列を固有値行列及び固有ベクトル行列に分解する特異値分解部とを備え、最大の固有値に対応する固有ベクトルに基づいて、前記検査対象物内における応力分布を求めるように構成される。
【0024】
本発明の第4の実施態様による非破壊検査装置は、上記構成に加えて、3番目に大きな固有値に対応する固有ベクトルに基づいて、前記検査対象物内における塑性変形分布を求めるように構成される。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、負荷信号を与えることなく検査対象物の応力分布を計測することができ、かつ、高度な専門知識を有しない者でも利用可能な非破壊検査方法を提供することができる。また、本発明によれば、塑性変形分布を計測する非破壊検査方法を提供することができる。さらに、上記非破壊検査方法を用いた非破壊検査装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の実施の形態1による非破壊検査装置100の一構成例を示した図である。
図2図1の非破壊検査装置100の動作の一例を示したフローチャートである。
図3】本発明の実施の形態2による非破壊検査装置101の一構成例を示した図である。
図4図3の非破壊検査装置101の動作の一例を示したフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1による非破壊検査装置100の一構成例を示した図である。非破壊検査装置100は、検査対象物の熱画像を繰り返し撮影し、熱画像の時系列データに基づいて検査対象物の応力分布を求め、検査対象物の健全性を非接触で検査する非破壊検査装置である。この非破壊検査装置100は、赤外線カメラ1と分析装置2とにより構成される。
【0028】
赤外線カメラ1は、物体から放射される赤外線を撮影し、熱画像を生成する撮影手段である。熱画像は、温度を画素値とする2次元画像であり、被写体表面の温度分布を表している。赤外線カメラ1は、検査対象物の撮影を一定周期で繰り返し、多数の熱画像を生成する。つまり、熱画像の時系列データが生成される。本実施の形態では、時刻tに撮影された熱画像内における画素位置pの画素値をψ(p,t)とする。画素位置p=1~Pは、画素数Pの2次元画像を構成する各画素に対応する数値であり、例えば2次元画像をラスタースキャンする場合におけるスキャン順序を示す数値を用いることができる。時刻t=1~Fは、熱画像の撮影時刻である。
【0029】
分析装置2は、赤外線カメラ1が生成した熱画像に基づいて、検査対象物の応力分布を算出する。分析装置2は、熱画像取得部20、熱画像記憶部21、観測行列生成部22、特異値分解部23、応力分布記憶部24及び表示出力部25により構成される。
【0030】
熱画像取得部20は、熱画像ψ(p,t)を赤外線カメラ1から取得する手段であり、熱画像記憶部21は、取得した熱画像ψ(p,t)を記憶する記憶手段である。検査対象物を繰り返し撮影して生成された熱画像ψ(p,t)は、熱画像取得部20により赤外線カメラ1から順次に又は一括して取得され、熱画像記憶部21に格納される。
【0031】
観測行列生成部22は、熱画像記憶部21に保持されている熱画像ψ(p,t)から観測行列Ψを求める。観測行列Ψは、画素位置pを行とし、撮影時刻tを列とし、変動値ψ(p,t)を要素とする行列である。つまり、観測行列Ψは、次式(5)のように表すことができる。
【数5】
【0032】
変動値ψ(p,t)は、熱画像の画素値ψ(p,t)の時間変動成分であり、例えば、画素値ψ(p,t)の時間平均に対する偏差として、次式(6)により求められる。
【数6】
【0033】
特異値分解部23は、特異値分解を行うことにより、観測行列Ψを固有値行列Σ及び固有ベクトル行列U,Vに分解する。一般に、P行F列(P×F)の観測行列Ψを特異値分解すれば、次式(7)に示す通り、固有値行列Σ及び固有ベクトル行列U,Vが求められる。
【数7】

固有ベクトル行列Uは、P×Pの縦固有ベクトル行列であり、その成分である固有ベクトルu~uは、それぞれP次元単位ベクトルである。行列Vは、F×Fの横固有ベクトル行列の転置行列であり、その成分である固有ベクトルv~vは、それぞれF次元単位ベクトルである。行列Σは、P×Fの固有値行列であり、固有値σ~σが対角線上に配置され、それ以外の成分は全てゼロである。また、固有値σ~σについてσ≧…≧σ≧0の関係が成立している。
【0034】
ここで、上式(6)に対し、上式(2)の関係を適用すれば、変動値ψ(p,t)は次式(8)のように表すことができる。
【数8】

(t)は、負荷変動f(t)の時間変動成分であり、f(t)の時間平均に対する偏差である。
【0035】
観測行列Ψは、上式(8)の関係を用いると、次式(9)のように表すことができる。
【数9】
【0036】
上式(9)の右辺は、P×1(P行1列)の行列と1×F(1行F列)の行列との積であるから、観測行列Ψの階数は1でなければならないことが分かる。観測行列Ψの階数が1であるなら、観測行列Ψの特異値分解で得られる固有値は、σを除き全てゼロになると考えられる。また、観測行列Ψに多少のノイズが混入していたとしても、他の固有値σ~σは、σに対し十分に小さい値になるはずである。そこで、上式(7)において、他の固有値σ~σを全てゼロにすれば、観測行列Ψは、次式(10)で表すことができる。
【数10】
【0037】
上式(9)及び(10)の右辺を比較すれば、スケールを除いて、固有ベクトルuがベクトルbに対応し、固有ベクトルvがベクトルfに対応していることがわかる。スケールに関しては任意であるから、ベクトルb及びfは、次式(11)のように表すことができる。
【0038】
【数11】
【0039】
ベクトルbは、その成分が各画素位置pにおける温度変動係数b(p)であり、応力分布をベクトルで表したものである。ベクトルfは、その成分が各撮影時刻tにおける負荷変動の平均値からの偏差f(t)であり、負荷変動f(t)の時間変動をベクトルで表したものである。つまり、観測行列Ψは、特異値分解により、温度変動係数b(p)と負荷変動の時間変動f(t)とに分離される。
【0040】
従って、本実施の形態により求められる応力分布をb(p)とすれば、固有ベクトルuの成分u(p)がb(p)となる。
【数12】
【0041】
つまり、観測行列Ψの特異値分解により求められる固有ベクトル行列Uを構成する固有ベクトルu(i=1~P)のうち、固有値行列Σを構成する最大の固有値σに対応する固有ベクトルuが、検査対象物の応力分布を示している。
【0042】
応力分布記憶部24は、応力分布b(p)を記憶する記憶出手段であり、特異値分解を用いて求められた応力分布b(p)が、応力分布記憶部24に格納される。表示出力部25は、応力分布b(p)に基づいて画面表示を行うことができる。
【0043】
図2のS101~S104は、図1の非破壊検査装置100の動作の一例を示したフローチャートである。まず、赤外線カメラ1が検査対象物を繰り返し撮影し、多数の熱画像ψ(p,t)を生成する(ステップS101)。生成された熱画像ψ(p,t)は、熱画像取得部20により熱画像記憶部21に格納される。観測行列生成部22は、熱画像記憶部21内の熱画像ψ(p,t)に基づいて観測行列Ψを生成する(ステップS102)。特異値分解部23は、観測行列Ψの特異値分解を行って応力分布b(p)を求める(ステップS103)。求められた応力分布b(p)は、応力分布記憶部24に格納される。表示出力部25は、応力分布記憶部24内の応力分布b(p)に基づいて表示出力を行う(ステップS104)。
【0044】
本実施の形態による非破壊検査装置100では、多数の熱画像ψ(p,t)を取得し、その変動値ψ(p,t)で構成される観測行列Ψを生成し、特異値分解により観測行列Ψを固有ベクトル行列U,V及び固有値行列Σの積UΣVに分解する。熱弾性効果が観測行列Ψの支配的要因であれば、固有ベクトル行列Vを構成する固有ベクトルv~vのうち、最大の固有値σに対応する固有ベクトルvがf(t)に相当し、固有ベクトル行列Uを構成する固有ベクトルuのうち、最大の固有値σに対応する固有ベクトルuがf(t)との相関が最も高い変動値ψ(p,t)の成分に相当する。このため、固有ベクトルuとして検査対象物の応力分布b(p)を求めることができ、熱画像ψ(p,t)のみを用いて応力分布b(p)を取得することができる。
【0045】
変動値ψ(p,t)に含まれるノイズ成分はf(t)との相関がないことから、固有値σに比べて十分に小さな固有値σに対応する固有ベクトルuとなって現れ、固有値σに対応する固有ベクトルuから排除される。このため、本実施の形態による非破壊検査装置100では、熱画像ψ(p,t)に含まれるノイズ成分を排除し、高い精度の応力分布b(p)を取得することができる。
【0046】
従って、負荷信号を必要とする従来のロックイン赤外線サーモグラフィ法を採用する場合のように、接触式センサを用いて参照点の歪みを計測する必要がなく、応力分布を非接触で計測することができる。
【0047】
また、熱弾性による温度変動が大きな画素位置を指定する必要がある自己相関ロックイン赤外線サーモグラフィ法を採用する場合のように、応力変動による温度変動が大きな画素位置を指定する必要がないので、計測者は、検査対象物に対する専門的知識を有する者である必要はなく、高度な専門知識を有しない者でも応力分布を計測することができる。
【0048】
実施の形態2.
実施の形態1では、応力分布を計測する非破壊検査装置100の例について説明した。これに対し、本実施の形態では、塑性変形分布を計測する非破壊検査装置101について説明する。
【0049】
図3は、本発明の実施の形態2による非破壊検査装置101の一構成例を示した図である。図1の非破壊検査装置100と比較すれば、非破壊検査装置101は、塑性変形分布記憶部26を備える点で異なる。なお、図1の非破壊検査装置100と同一の構成については、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0050】
また、図4のS201~S204は、図3の非破壊検査装置101の動作の一例を示したフローチャートである。図2のフローチャートと比較すれば、ステップS203において、塑性変形分布を求め、ステップS204において塑性変形分布を表示する点で異なる。
【0051】
非破壊検査装置101は、応力分布の計測に加えて、塑性変形分布を計測する。塑性変形分布とは、強い負荷が作用することにより検査対象物内に生じる塑性変形の強度分布である。なお、塑性変形は、弾性限界を超える応力が作用することによって生じ、塑性変形の強度は、検査対象物の領域ごとに異なる。
【0052】
一般に、塑性変形は、圧縮応力又は引張り応力のいずれであっても温度が上昇する。このため、例えば、負荷信号が正弦波であれば、弾性変形により、負荷信号と同一の周期の温度変動が生する一方、塑性変形により、負荷信号の2倍の周期の温度変動が生じることが知られている。ただし、塑性変形による温度変動は、弾性変形による温度変動よりも小さい。このため、観測行列Ψの特異値分解すれば、固有ベクトル行列Uを構成する固有ベクトルu~uのうち、3番目に大きな固有値σに対応する固有ベクトルuが塑性変形分布を示している。
【0053】
固有値σを第i成分と呼ぶことにすれば、第1成分σに対応する固有ベクトルvがf(t)に相当し、σに対応する固有ベクトルuが応力分布b(p)に相当することは実施の形態1で説明した通りである。また、第2成分σに対応する固有ベクトルvには、f(t)と90°位相がずれたものが現れ、第2成分σに対応する固有ベクトルuは、応力分布b(p)の符号を反転させたものになる。つまり、v及びuの積はv及びuの積と一致し、第1成分と第2成分では同じ結果になる。従って、第1成分と第2成分は、同一の物理現象、つまり、熱弾性効果を表したものである。塑性変形による温度変動は、熱弾性効果とは異なる物理現象であって、温度変動に対し熱弾性効果の次に支配的な要因であるため、第3成分に現れる。従って、第3成分σに対応する固有ベクトルuとして塑性変形分布が求められる。
【0054】
特異値分解部23は、実施の形態1の場合と同様、観測行列Ψの特異値分解を行って、固有値行列Σ及び固有ベクトル行列U,Vに分解し、固有値行列Σの固有値σ,σにそれぞれ対応する固有ベクトルu,uが生成される。応力分布は、第1成分σに対応する固有ベクトルuとして計測され、塑性変形分布は、第3成分σに対応する固有ベクトルuとして計測される。
【0055】
塑性変形分布記憶部26は、塑性変形分布を記憶する記憶手段であり、特異値分解を用いて求められた塑性変形が、塑性変形分布記憶部26に格納される。表示出力部25は、塑性変形分布記憶部26が保持する塑性変形分布に基づいて画面表示を行う。
【0056】
本実施の形態による非破壊検査装置100では、多数の熱画像ψ(p,t)を取得し、その変動値ψ(p,t)で構成される観測行列Ψを生成し、特異値分解により観測行列Ψを固有ベクトル行列U,V及び固有値行列Σの積UΣVに分解する。塑性変形が熱弾性効果の次に観測行列Ψの支配的要因であれば、固有ベクトル行列Vを構成する固有ベクトルv~vのうち、第3成分σに対応する固有ベクトルvがf(t)に相当し、固有ベクトル行列Uを構成する固有ベクトルuのうち、第3成分σに対応する固有ベクトルuがf(t)との相関が2番目に高い変動値ψ(p,t)の成分に相当する。このため、固有ベクトルuとして検査対象物の塑性変形分布を求めることができ、熱画像ψ(p,t)のみを用いて塑性変形分布を取得することができる。従って、金属疲労による塑性変形の兆候を非接触で検知することが可能になる。
【0057】
変動値ψ(p,t)に含まれるノイズ成分はf(t)との相関がないことから、固有値σに比べて十分に小さな固有値σに対応する固有ベクトルuとなって現れ、固有値σに対応する固有ベクトルuから排除される。このため、本実施の形態による非破壊検査装置100では、熱画像ψ(p,t)に含まれるノイズ成分を排除し、高い精度の塑性変形分布を取得することができる。
【0058】
塑性変形による温度変動は、赤外線カメラ1で捉えることができる温度変動としては非常に小さいものであるため、従来のロックイン赤外線サーモグラフィ法や自己相関ロックイン赤外線サーモグラフィ法では、塑性変形分布を容易に検知することができなかった。これに対し、非破壊検査装置101は、多数の熱画像を用いることにより、熱画像のみを用いて、塑性変形分布を求めることができる。
【0059】
なお、上記実施の形態では、画素位置pを行とし、撮影時刻tを列とする観測行列Ψを使用する場合の例について説明したが、本発明は、このような場合のみに限定されない。例えば、撮影時刻tを行とし、画素位置pを列とする観測行列Ψを使用することもできる。この場合、固有ベクトルVを構成する単位ベクトルv~vのうち、最大固有値σに対応する単位ベクトルvが応力分布を示し、3番目に大きな固有値σに対応する単位ベクトルvが塑性変形分布を示す。
【符号の説明】
【0060】
100,101 非破壊検査装置
1 赤外線カメラ
2 分析装置
20 熱画像取得部
21 熱画像記憶部
22 観測行列生成部
23 特異値分解部
24 応力分布記憶部
25 表示出力部
26 塑性変形分布記憶部
b 温度変動係数
応力分布
f(t) 負荷変動
(t) 負荷変動の時間変動
p,s 画素位置
P 画素数
t 撮影時刻
ψ(p,t) 画素値
Ψ 観測行列
Σ 固有値行列
σ~σ 固有値
U,V 固有ベクトル行列
~u,v~v 固有ベクトル
図1
図2
図3
図4