(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024098919
(43)【公開日】2024-07-24
(54)【発明の名称】エンジンの空燃比制御装置
(51)【国際特許分類】
F02D 41/14 20060101AFI20240717BHJP
F02D 19/06 20060101ALI20240717BHJP
F02M 21/02 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
F02D41/14
F02D19/06 B
F02M21/02 311A
F02M21/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023002740
(22)【出願日】2023-01-11
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】津田 豊史
【テーマコード(参考)】
3G092
3G301
【Fターム(参考)】
3G092AA01
3G092AA05
3G092AB02
3G092AB08
3G092BA01
3G092BA03
3G092BA04
3G092DE14
3G092EA11
3G092EA12
3G092EC01
3G092FA15
3G092HA01
3G092HA06
3G092HB01
3G092HD01
3G092HE01
3G092HE08
3G092HF08
3G301HA01
3G301HA24
3G301JA21
3G301LB02
3G301MA01
3G301ND01
3G301ND18
3G301NE17
3G301NE19
3G301PA01
3G301PA11
3G301PD09
3G301PD12
3G301PE01
3G301PE08
3G301PF03
(57)【要約】
【課題】燃料を切り換えて運転可能なエンジンにおいて、燃料の切り換えが空燃比の振動に同期して実施されることによる弊害を回避する。
【解決手段】排気浄化触媒に流入する排気の空燃比を、ストイキ相当値に対してリッチ側とリーン側とに振動させる空燃比振動制御を実行する空燃比振動制御手段と、液体燃料から気体燃料へまたは気体燃料から液体燃料へ燃料を切り換える燃料切換要求を検知する燃料切換要求検知手段と、燃料切換要求検知手段により燃料切換要求が検知された場合に、燃料を切り換える燃料切換実行手段と、を備える。燃料切換実行手段は、液体燃料から気体燃料への燃料の切り換えを、空燃比振動制御によるリッチ側からリーン側への空燃比の移行以外のタイミングで実行する一方、気体燃料から液体燃料への燃料の切り換えを、空燃比振動制御によるリーン側からリッチ側への空燃比の移行以外のタイミングで実行する。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
排気通路に排気浄化触媒を備えるとともに、燃焼室に供給される燃料を液体燃料と気体燃料とで切り換えて運転可能に構成されたエンジンの空燃比制御装置であって、
エンジンの運転状態に応じた信号を出力する運転状態センサと、
前記運転状態センサにより出力された信号に基づき、エンジンの運転状態を制御するコントローラと、を備え、
前記コントローラは、
前記排気浄化触媒に流入する排気の空燃比を、ストイキ相当値に対してリッチ側とリーン側とに振動させる空燃比振動制御を実行する空燃比振動制御手段と、
前記液体燃料から前記気体燃料へまたは前記気体燃料から前記液体燃料へ前記燃料を切り換える燃料切換要求を検知する燃料切換要求検知手段と、
前記燃料切換要求検知手段により前記燃料切換要求が検知された場合に、前記燃料を切り換える燃料切換実行手段と、を備え、
前記燃料切換実行手段は、
前記液体燃料から前記気体燃料への前記燃料の切り換えを、前記空燃比振動制御によるリッチ側からリーン側への空燃比の移行以外のタイミングで実行する一方、
前記気体燃料から前記液体燃料への前記燃料の切り換えを、前記空燃比振動制御によるリーン側からリッチ側への空燃比の移行以外のタイミングで実行する、エンジンの空燃比制御装置。
【請求項2】
前記燃料切換実行手段は、
前記液体燃料から前記気体燃料への前記燃料の切り換えを、前記空燃比振動制御によるリーン側からリッチ側への空燃比の移行に同期させて実行する一方、
前記気体燃料から前記液体燃料への前記燃料の切り換えを、前記空燃比振動制御によるリッチ側からリーン側への空燃比の移行に同期させて実行する、請求項1に記載のエンジンの空燃比制御装置。
【請求項3】
排気通路に排気浄化触媒を備えるとともに、燃焼室に供給される燃料を液体燃料と気体燃料とで切り換えて運転可能に構成されたエンジンの空燃比制御装置であって、
エンジンの運転状態に応じた信号を出力する運転状態センサと、
前記運転状態センサにより出力された信号に基づき、エンジンの運転状態を制御するコントローラと、を備え、
前記コントローラは、
前記排気浄化触媒に流入する排気の空燃比を、ストイキ相当値に対してリッチ側とリーン側とに振動させる空燃比振動制御を実行する空燃比振動制御手段と、
前記液体燃料から前記気体燃料へまたは前記気体燃料から前記液体燃料へ前記燃料を切り換える燃料切換要求を検知する燃料切換要求検知手段と、
前記燃料切換要求検知手段により前記燃料切換要求が検知された場合に、前記燃料を切り換える燃料切換実行手段と、
前記燃料切換要求検知手段により前記燃料切換要求が検知された場合に、前記空燃比の振動を停止させる空燃比振動停止手段と、備え、
前記燃料切換実行手段は、前記空燃比振動停止手段により前記空燃比の振動を停止させている間に、前記燃料の切り換えを実行する、エンジンの空燃比制御装置。
【請求項4】
前記運転状態センサは、前記排気通路に設置され、前記排気通路を流れる排気の空燃比に応じた信号を出力可能に構成された排気センサを含み、
前記コントローラは、前記排気センサにより出力された信号をもとに、前記排気浄化触媒に流入する排気の空燃比をストイキ相当値に制御する空燃比フィードバック制御を実行する空燃比フィードバック制御手段をさらに備え、
前記空燃比振動停止手段は、前記燃料切換要求検知手段により前記燃料切換要求が検知された場合に、前記空燃比の制御を前記空燃比振動制御手段による前記空燃比振動制御から前記空燃比フィードバック制御手段による前記空燃比フィードバック制御に切り換えることにより、前記空燃比の振動を停止させる、請求項3に記載のエンジンの空燃比制御装置。
【請求項5】
前記運転状態センサは、前記排気通路において前記排気浄化触媒よりも下流側に設置され、前記排気通路を流れる排気の空燃比に応じた信号を出力可能に構成された下流側排気センサを含み、
前記コントローラは、前記下流側排気センサにより検出された空燃比をもとに、前記空燃比振動制御により前記空燃比を振動させる際の周波数を制御周波数として特定する制御周波数特定手段をさらに有し、
前記空燃比振動制御手段は、前記制御周波数特定手段による前記制御周波数の特定後、前記空燃比を前記制御周波数で振動させる、請求項1から4のいずれか一項に記載のエンジンの空燃比制御装置。
【請求項6】
前記制御周波数特定手段は、前記下流側排気センサにより検出された空燃比の最小値または前記空燃比の最大値と最小値との差分が空燃比振動の周波数の対数に対してなす変化の傾きが所定の値に達するときの前記周波数を、前記制御周波数として特定する、請求項5に記載のエンジンの空燃比制御装置。
【請求項7】
前記制御周波数特定手段は、前記傾きの絶対値が0.015から0.025までの範囲で予め設定された値に達するときの前記周波数を、前記制御周波数として特定する、請求項6に記載のエンジンの空燃比制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの空燃比制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
運転に使用する燃料を液体燃料と気体燃料とで切換可能に構成されたエンジンが存在する。このエンジンは、バイフューエルエンジンと呼ばれ、液体燃料を貯蔵する液体燃料タンクと、気体燃料を貯蔵する気体燃料タンクと、が搭載され、燃焼室に供給される燃料が、燃料の残量や運転者による選択に応じて切り換えられる。バイフューエルエンジンとして、液体燃料にガソリンを用い、気体燃料に圧縮天然ガス(CNG)を用いるものが知られている。
【0003】
他方で、排気通路に三元触媒を備えるエンジンにおいて、混合気の空燃比を理論空燃比に対してリッチ側とリーン側とに強制的に振動させることで、触媒による排気の浄化率が向上することが知られている。混合気の空燃比がリッチ側であるとは、混合気に含まれる燃料が当量よりも多量であることをいい、リーン側であるとは、混合気に含まれる燃料が当量よりも少量であることをいう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
空燃比の強制振動を先に述べたバイフューエルエンジンにおいて実施する場合は、次のことが問題となり得る。
【0006】
空燃比の強制振動では、空燃比がリッチ側からリーン側に移行する際のエンジントルクに減方向の変動が生じ、リーン側からリッチ側に移行する際のエンジントルクに増方向の変動が生じる。
【0007】
エンジントルクの変動は、燃料の切り換えによっても生じる傾向にあり、液体燃料から気体燃料への切り換えに際して減方向の変動が生じ、気体燃料から液体燃料への切り換えに際して増方向の変動が生じる。
【0008】
ここで、燃料の切り換えが空燃比の振動に同期して実施されることで、エンジントルクの変動が顕著となり、運転性や乗り心地に実質的な弊害を及ぼすことが懸念される。具体的には、液体燃料から気体燃料への切り換えがリッチ側からリーン側への空燃比の移行と同期して実施されることで、エンジントルクの減方向の変動が助長され、気体燃料から液体燃料への切り換えがリーン側からリッチ側への空燃比の移行と同期して実施されることで、エンジントルクの増方向の変動が助長される。
【0009】
そして、このようにしてエンジントルクの変動が助長されることで、運転性や乗り心地が損なわれることが懸念される。
【0010】
そこで、本発明は、液体燃料と気体燃料とを切り換えて運転可能なエンジンにおいて、排気浄化触媒による浄化率の向上を図りながら、燃料の切り換えが空燃比の振動に同期して実施されることにより運転性や乗り心地に実質的な弊害を及ぼす事態を回避することのできるエンジンの空燃比制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の課題を解決するため、本発明の一形態に係るエンジンの空燃比制御装置は、排気通路に排気浄化触媒を備えるとともに、燃焼室に供給される燃料を液体燃料と気体燃料とで切り換えて運転可能に構成されたエンジンの空燃比制御装置であって、エンジンの運転状態に応じた信号を出力する運転状態センサと、運転状態センサにより出力された信号に基づき、エンジンの運転状態を制御するコントローラと、を備え、コントローラは、排気浄化触媒に流入する排気の空燃比を、ストイキ相当値に対してリッチ側とリーン側とに振動させる空燃比振動制御を実行する空燃比振動制御手段と、液体燃料から気体燃料へまたは気体燃料から液体燃料へ燃料を切り換える燃料切換要求を検知する燃料切換要求検知手段と、燃料切換要求検知手段により燃料切換要求が検知された場合に、燃料を切り換える燃料切換実行手段と、を備える。燃料切換実行手段は、液体燃料から気体燃料への燃料の切り換えを、空燃比振動制御によるリッチ側からリーン側への空燃比の移行以外のタイミングで実行する一方、気体燃料から液体燃料への燃料の切り換えを、空燃比振動制御によるリーン側からリッチ側への空燃比の移行以外のタイミングで実行する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、液体燃料と気体燃料とを切り換えて運転可能なエンジンにおいて、空燃比振動制御により排気浄化触媒による浄化率の向上を図るとともに、燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動が空燃比の振動に同期することにより助長され、運転性や乗り心地に実質的な弊害を及ぼす事態を回避することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係るエンジンの全体的な構成を示す概略図である。
【
図2】同上実施形態に係る空燃比制御の全体的な流れを示すフローチャートである。
【
図3】同上実施形態に係る空燃比制御における空燃比振動制御と空燃比フィードバック制御との実施領域を示す運転領域マップである。
【
図4】同上実施形態に係る空燃比振動制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【
図5】同上実施形態に係る空燃比フィードバック制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【
図6】同上実施形態に係る燃料切換制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【
図7】空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、下流側空燃比の最小値λr_minとの関係を、触媒高活性・排気低流量時について示す実験データのグラフである。
【
図8】空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、下流側空燃比の最小値λr_minとの関係を、触媒高活性・排気高流量時について示す実験データのグラフである。
【
図9】空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、下流側空燃比の最小値λr_minとの関係を、触媒低活性・排気低流量時について示す実験データのグラフである。
【
図10】空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、下流側空燃比の最小値λr_minとの関係を、触媒低活性・排気高流量時について示す実験データのグラフである。
【
図11】空燃比振動制御における上流側排気センサおよび下流側排気センサの出力波形を、高周波数領域について示すグラフである。
【
図12】空燃比振動制御における上流側排気センサおよび下流側排気センサの出力波形を、低周波数領域について示すグラフである。
【
図13】燃料の切り換えに対する空燃比振動の同期がエンジントルクの変動に及ぼす影響を示す説明図である。
【
図14】本発明の他の実施形態に係る燃料切換制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【
図15】本発明の更に別の実施形態に係る空燃比振動制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【
図16】同上実施形態に係る空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、下流側空燃比の最大値λr_maxと最小値λr_minとの差分(空燃比レンジRlmb)との関係を、異なる触媒温度(a)Tcat1、(b)Tcat2(>Tcat1)について示す実験データのグラフである。
【
図17】同上実施形態に係る空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、空燃比レンジRlmbとの関係を、異なる触媒温度(a)Tcat3(>Tcat2)、(b)Tcat4(>Tcat3)について示す実験データのグラフである。
【
図18】本発明の更に別の実施形態に係るエンジンの全体的な構成を示す概略図である。
【
図19】本発明の更に別の実施形態に係る空燃比制御の全体的な流れを示すフローチャートである。
【
図20】触媒温度Tcatと全炭化水素(THC)の浄化率ηthcとの関係を、空燃比振動の複数の周波数について示すグラフである。
【
図21】触媒温度Tcatと窒素酸化物(NOx)の浄化率ηnoxとの関係を、空燃比振動の複数の周波数について示すグラフである。
【
図22】触媒温度Tcatと下流側排気センサの最小出力値(下流側最小空燃比λr_min)との関係を、空燃比振動の複数の周波数について示すグラフである。
【
図23】触媒温度Tcatと下流側排気センサの最大出力値(下流側最大空燃比λr_max)との関係を、空燃比振動の複数の周波数について示すグラフである。
【
図24】下流側排気センサの最小出力値λr_min、最大出力値λr_maxと全炭化水素の浄化率ηthcとの関係を示す分布図である。
【
図25】下流側排気センサの最小出力値λr_min、最大出力値λr_maxと窒素酸化物の浄化率ηnoxとの関係を示す分布図である。
【
図26】下流側排気センサの最小出力値λr_min、最大出力値λr_maxと全炭化水素および窒素酸化物の平均浄化率ηaveとの関係を示す分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。
【0015】
図1は、本発明の一実施形態に係る内燃エンジン(以下単に「エンジン」という)Eの全体的な構成を示す概略図である。
【0016】
以下の説明において、「上流」および「下流」との用語は、エンジンEから排出される通常の排気の流れの方向との関係で用いられる。例えば、排気浄化装置の上流側とは、排気の流れの方向に排気浄化装置の上流側をいい、排気浄化触媒の下流側とは、排気の流れの方向に排気浄化触媒の下流側をいう。
【0017】
本実施形態において、エンジンEは、車両に搭載され、その駆動源を構成する。エンジンEは、バイフューエルエンジンであり、液体燃料と気体燃料とで燃料を切り換えて運転可能に構成されている。後に述べるように、エンジンEは、液体燃料供給用の第1燃料系統と、気体燃料供給用の第2燃料系統と、を備える。液体燃料とは、常温常圧下またはエンジンEへの供給時に液体の状態にある燃料をいい、本実施形態では、ガソリンが用いられる。これに対し、気体燃料とは、常温常圧下で気体の状態にある燃料をいい、本実施形態では、圧縮天然ガス(CNG)が用いられる。
【0018】
エンジンEは、燃焼室を有するエンジン本体1に加え、吸気システム2および排気システム3を備える。本実施形態において、エンジンEは、直列式の4気筒エンジンであるが、エンジンEの形式、つまり、エンジンEにおける気筒の数および配列は、これに限定されるものではない。単気筒、2気筒、6気筒、V型および水平対向型等、各種のエンジンを対象とすることが可能である。
【0019】
エンジン本体1は、シリンダブロック、シリンダヘッドおよびクランクケースを備え、シリンダブロックにはピストンが挿入され、ピストンの冠面とシリンダヘッドの内面との間に形成された空間が燃焼室となる。
【0020】
吸気システム2は、吸気管21および吸気マニホールド22を備えるとともに、吸気管21の導入部に取り付けられたエアクリーナ23を備える。エアクリーナ23を介して塵埃等の異物が除去された空気が、吸気管21に導入される。吸気管21は、吸気マニホールド22の集合部に接続され、吸気マニホールド22は、集合部から分岐して、シリンダヘッドの側面部に接続されている。吸気管21から吸気マニホールド22に流入した空気は、吸気マニホールド22の分岐部を介してそれぞれの気筒に分配される。
【0021】
本実施形態では、ポート噴射式の燃料供給システムを採用する。エンジンEは、シリンダヘッドに埋設された複数の燃料インジェクタ41(41a、41b)を備え、これら複数の燃料インジェクタ41のそれぞれから、対応する気筒に向けて燃料が噴射供給される。エンジンEは、バイフューエルエンジンであり、液体燃料供給用の第1燃料系統とは別に気体燃料供給用の第2燃料系統を備える。具体的には、エンジンEは、液体燃料を貯蔵する液体燃料タンク(図示せず)と、液体燃料を噴射する第1燃料インジェクタ41aと、気体燃料を貯蔵する気体燃料タンク(図示せず)と、気体燃料を噴射する第2燃料インジェクタ41bと、を備える。第1燃料インジェクタ41aは、液体燃料タンクに対して第1燃料配管を介して接続され、液体燃料タンクから液体燃料の供給を受ける。第2燃料インジェクタ41bは、気体燃料タンクに対して第2燃料配管を介して接続され、気体燃料タンクから気体燃料の供給を受ける。第1燃料インジェクタ41aと第2燃料インジェクタ41bとは、いずれも吸気マニホールド22の分岐部に設置され、対応する気筒の吸気ポートに向けて燃料を噴射する。燃料の供給方式は、これに限定されるものではなく、ポート噴射式以外の供給方式として、例えば、液体燃料の供給に直噴式を採用することが可能である。
【0022】
本実施形態において、第1燃料インジェクタ41aにより噴射された液体燃料および第2燃料インジェクタ41bにより噴射された気体燃料は、吸気マニホールド22の分岐部を通過した空気と混合し、対応する気筒に導入される。各気筒の筒内では、燃料と空気との混合が進み、混合気が形成される。そして、この混合気に点火プラグ51により点火を実行することで、混合気が燃焼する。
【0023】
排気システム3は、排気マニホールド31および排気管32を備えるとともに、触媒コンバータ33を備える。燃焼後、筒内に残る排気は、排気マニホールド31の分岐部に排出される。排気は、排気マニホールド31において分岐部から集合部に集められ、排気管32に導入される。排気管32には触媒コンバータ33が設置され、排気管32を流れる排気は、触媒コンバータ33に導入され、触媒コンバータ33に収められた排気浄化触媒331により、全炭化水素(THC)および窒素酸化物(NOx)を含む排気有害成分が浄化された後、大気へ放出される。本実施形態において、触媒コンバータ33は、排気浄化触媒331として三元触媒を備える。
【0024】
以上に加え、エンジンEは、エンジンコントローラ101および各種のセンサ201~209を備える。
【0025】
エンジンコントローラ101は、電子制御ユニットとして、中央演算ユニット(CPU)、ROMおよびRAM等の記憶装置、入出力インターフェース等を備えたマイクロコンピュータにより構成される。
【0026】
エンジンEは、アクセルセンサ201およびエンジン回転速度センサ202を備えるとともに、エアフローメータ203、冷却水温度センサ204、触媒温度センサ205、上流側排気センサ206、下流側排気センサ207、燃料残量センサ208(208a、208b)および燃料切換スイッチ209を備える。これらのセンサ201~208から出力される検出信号および燃料切換スイッチ209から出力される指示信号は、エンジンコントローラ101に入力される。アクセルセンサ201、エンジン回転速度センサ202、エアフローメータ203、冷却水温度センサ204、触媒温度センサ205、上流側排気センサ206および下流側排気センサ207は、本実施形態に係る「運転状態センサ」を構成し、これらのセンサ201~207から出力される検出信号は、エンジンEの運転状態を示す。
【0027】
アクセルセンサ201は、アクセル開度APOとして、運転者によるアクセルペダルの踏込量を検出する。アクセル開度APOは、エンジンEに求められる目標負荷の指標である。
【0028】
エンジン回転速度センサ202は、エンジンEの回転速度Neを検出する。エンジン回転速度センサ202として、クランク角センサを採用可能であり、クランク角センサにより検出される単位クランク角または基準クランク角当たりの経過時間を回転速度Neに換算する。
【0029】
エアフローメータ203は、吸入空気量Qaとして、エンジンEに導入される空気の流量を検出する。本実施形態において、吸入空気量Qaは、燃焼室から排出される排気の流量の指標として参照する。
【0030】
冷却水温度センサ204は、エンジン本体1のシリンダブロックに形成されている冷却水通路を流れる冷却水の温度Twを検出する。
【0031】
触媒温度センサ205は、触媒コンバータ33に備わる排気浄化触媒331の温度(以下「触媒温度」という)Tcatを検出する。本実施形態では、触媒温度Tcatとして、触媒コンバータ33の入口部における排気の温度(以下「触媒入口ガス温度」という)Tcat_inを検出する。
【0032】
上流側排気センサ206は、触媒コンバータ33よりも上流側の排気管32を流れる排気、つまり、触媒コンバータ33に流入する前の排気の空燃比(以下「上流側空燃比」という)λfを検出する。上流側排気センサ206は、本実施形態に係る「排気センサ」を構成する。
【0033】
下流側排気センサ207は、触媒コンバータ33よりも下流側の排気管32を流れる排気、つまり、触媒コンバータ33を通過した後の排気の空燃比(以下「下流側空燃比」という)λrを検出する。下流側排気センサ207は、本実施形態に係る「下流側排気センサ」を構成する。
【0034】
燃料残量センサ208(208a、208b)は、燃料タンクに残る燃料の量、つまり、燃料の残量Lf(Lfa、Lfb)を検出する。本実施形態では、燃料タンクとして、液体燃料を貯蔵する液体燃料タンクと、気体燃料を貯蔵する気体燃料タンクと、が設けられ、第1燃料残量センサ208aは、液体燃料タンクの残量を検出し、第2燃料残量センサ208bは、気体燃料タンクの残量を検出する。
【0035】
燃料切換スイッチ209は、車両の運転者により操作可能に、例えば、車室内に設置され、液体燃料と気体燃料とでエンジンEの運転に使用する燃料を選択する指示信号を出力する。運転者は、燃料切換スイッチ209を操作して、エンジンEの始動に際して運転に使用する燃料を選択することが可能であり、液体燃料による運転中に燃料を気体燃料に切り換えたり、気体燃料による運転中に燃料を液体燃料に切り換えたりすることが可能である。
【0036】
エンジンコントローラ101は、先に述べた各種のセンサ201~207から出力された検出信号をもとに、燃焼に用いられる混合気の空燃比を制御しながら、エンジンEの運転状態を制御する。エンジンコントローラ101は、本実施形態に係る「コントローラ」を構成する。
【0037】
エンジンコントローラ101は、空燃比の制御において、空燃比振動制御と空燃比フィードバック制御とを切り替えて実行する。空燃比振動制御は、触媒コンバータ33に流入する排気の空燃比をストイキ相当値に対してリッチ側とリーン側とに強制的に振動させる制御であり、本実施形態では、燃焼室に形成される混合気の空燃比を振動させることによる。具体的には、燃料インジェクタ41(41a、41b)の燃料噴射量を強制的に増減させる。空燃比フィードバック制御は、排気センサ、本実施形態では、上流側排気センサ206からの信号をもとに、混合気の空燃比を理論空燃比に調整する制御であり、空燃比フィードバック制御の結果、触媒コンバータ33に流入する排気の空燃比がストイキ相当値に近付けられる。
【0038】
空燃比振動制御と空燃比フィードバック制御との切り替えは、エンジンEの運転状態が属する運転領域による。本実施形態では、エンジンEの運転領域が、触媒温度Tcatと排気流量Qexhとに応じて定まる複数の領域A、Bに区画され(
図3)、触媒温度Tcatが所定の温度Tcat1よりも低いかまたは排気流量Qexhが所定の流量Qexh1よりも多い第1領域Aにあるか、第1領域A以外、つまり、触媒温度Tcatが所定の温度Tcat1以上でありかつ排気流量Qexhが所定の流量Qexh1以下である第2領域Bにあるかを判定する。そして、エンジンEの運転状態が第1領域Aにある場合は、空燃比振動制御を実行し、第2領域Bにある場合は、空燃比フィードバック制御を実行する。
【0039】
ここで、触媒温度Tcatは、排気浄化触媒331の活性状態の指標であり、触媒温度Tcatが所定の温度Tcat1以上であることは、排気浄化触媒331の活性化が進み、排気浄化触媒331が高活性状態にあることを示す。他方で、排気流量Qexhは、排気浄化触媒331による浄化が必要な排気有害物質の量の指標であり、排気流量Qexhが所定の流量Qexh1以下であることは、浄化すべき排気有害物質が比較的少量であり、活性化が進んだ排気浄化触媒331による処理が容易な条件にあることを示す。つまり、運転領域Bで空燃比フィードバック制御を実行することは、換言すれば、排気浄化触媒331の活性化が進み、排気浄化触媒331による排気有害成分の処理が容易と判断される場合に、空燃比フィードバック制御を実行することである。
【0040】
図3は、空燃比振動制御と空燃比フィードバック制御との実施領域を示す運転領域マップである。
図3に示すように、触媒温度Tcatが所定の温度Tcat1以上であり、排気流量Qexhが所定の流量Qexh1以下である場合に、エンジンEの運転状態が第2領域Bに属し、排気浄化触媒331の活性化が進み、排気浄化触媒331による処理が容易な条件にあるとして、空燃比フィードバック制御を選択し、実行する。それ以外の場合は、エンジンEの運転状態が第1領域Aに属し、排気浄化触媒331の活性化が充分ではなかったり、浄化すべき排気有害物質が多量であったりすることにより、排気浄化触媒331による処理が比較的困難な条件にあるとして、空燃比振動制御を選択し、実行する。本実施形態では、触媒温度Tcatとして触媒入口ガス温度Tcat_inを採用するとともに、排気流量Qexhとして吸入空気量Qaを採用する。吸入空気量Qaは、排気流量Qexhに対する高い相関性を有する状態変数の一例である。
【0041】
以上に加え、本実施形態では、エンジンEの運転に使用する燃料を、燃料の残量または運転者による選択に応じて切り換える制御(以下「燃料切換制御」という)を実行する。
【0042】
具体的には、液体燃料から気体燃料へのまたは気体燃料から液体燃料への燃料の切り換えを、燃料の残量または運転者による選択に応じて行うこととし、例えば、液体燃料による運転中に液体燃料タンクの残量が減少し、所定の残量に達した場合や、エンジンEがトルクを発生させていないかまたはごく小さなトルクのみを発生させている場合(例えば、コースト走行時またはアイドル運転時)に、使用する燃料を液体燃料から気体燃料へ切り換える。他方で、気体燃料による運転中に気体燃料タンクの残量が減少し、所定の残量に達した場合に、使用する燃料を気体燃料から液体燃料へ切り換える。さらに、液体燃料による運転中に運転者により気体燃料が選択された場合は、気体燃料タンクの残量が所定の残量以上であることを条件に、使用する燃料を液体燃料から気体燃料へ強制的に切り換え、気体燃料による運転中に運転者により液体燃料が選択された場合は、液体燃料タンクの残量が所定の残量以上であることを条件に、使用する燃料を気体燃料から液体燃料へ強制的に切り換える。
【0043】
そして、本実施形態では、燃料を切り換える際に、燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動が空燃比振動制御による空燃比の振動に同期することにより助長され、大きなトルク変動が生じる事態を回避する制御を、燃料切換制御の一環として実行する。
【0044】
具体的には、空燃比振動制御では、空燃比がリッチ側からリーン側に移行する際に、エンジントルクに減方向の変動が生じ、空燃比がリーン側からリッチ側に移行する際に、エンジントルクに増方向の変動が生じる。エンジントルクの変動は、空燃比のストイキ相当値を跨ぐ移行に限らず、燃料の切り換えによっても生じる傾向にあり、液体燃料から気体燃料への切り換えに際して減方向の変動が生じ、気体燃料から液体燃料への切り換えに際して増方向の変動が生じる。ここで、燃料の切り換えが空燃比の振動に同期して実施され、燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動が空燃比の振動に同期することにより助長され、結果として大きなトルク変動が生じる事態が想定される。例えば、液体燃料から気体燃料への切り換えがリッチ側からリーン側への空燃比の移行と同期して実施されることで、エンジントルクの減方向の変動(減方向のトルク変動)が助長され、気体燃料から液体燃料への切り換えがリーン側からリッチ側への空燃比の移行と同期して実施されることで、エンジントルクの増方向の変動(増方向のトルク変動)が助長される。
【0045】
このような事態を回避するため、本実施形態では、燃料の切り換えを、燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動が空燃比の振動に同期することにより助長されるタイミングを避けて実施する。
【0046】
具体的には、液体燃料から気体燃料への切り換えを、空燃比がリッチ側からリーン側へ移行するタイミング(つまり、エンジントルクの変動が減方向に助長されるタイミング)を避けて実施するとともに、気体燃料から液体燃料への切り換えを、空燃比がリーン側からリッチ側へ移行するタイミング(つまり、エンジントルクの変動が増方向に助長されるタイミング)を避けて実施する。そして、本実施形態では、液体燃料から気体燃料への切り換えを、特にリーン側からリッチ側への空燃比の移行に同期させて実行し、気体燃料から液体燃料への切り換えを、特にリッチ側からリーン側への空燃比の移行に同期させて実行する。換言すれば、燃料の切り換えを、これに伴うエンジントルクの変動が空燃比の移行に伴う逆方向のトルク変動により相殺されるタイミングで実施する。
【0047】
図2は、本実施形態に係る空燃比制御の全体的な流れを示すフローチャートである。
【0048】
本実施形態において、
図2に示すルーチンによる空燃比制御は、エンジンコントローラ101により、エンジンEの始動後、所定の時間毎に実行される。空燃比制御の開始に当たり、エンジンコントローラ101は、空燃比の制御方式として、空燃比振動制御を選択する。
【0049】
S101では、エンジンEの運転状態の指標として、エンジン回転速度Ne、吸入空気量Qa、上流側空燃比λf、下流側空燃比λrおよび触媒温度Tcat(触媒入口ガス温度Tcat_in)等を読み込む。
【0050】
S102では、吸入空気量Qaが所定の流量Qa1よりも多いか否かを判定する。所定の流量Qa1よりも多い場合は、S104へ進み、所定の流量Qa1以下である場合は、S103へ進む。先に述べたように、吸入空気量Qaは、排気流量Qexhに代わる状態変数の一例であり、吸入空気量Qaが所定の流量Qa1よりも多い場合は、排気浄化触媒331による浄化が必要な排気有害物質が多量に存在し、排気浄化触媒331による処理が容易とはいえない条件にあるとして、S103の処理を経ずにS104の処理を実行する。
【0051】
S103では、触媒温度Tcatが所定の温度Tcat1以上であるか否かを判定する。触媒温度Tcatが所定の温度Tcat1以上である場合は、エンジンEの運転状態が
図3に示す第2領域Bにあるとして、S105へ進む。それ以外の場合は、エンジンEの運転状態が第1領域Aにあるとして、S104へ進む。
【0052】
S104では、空燃比振動制御を実行する。空燃比振動制御は、
図4に示すフローチャートに従う。
図4のフローチャートに示す処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「空燃比振動制御手段」として実行する処理に相当する。
【0053】
S105では、空燃比フィードバック制御を実行する。空燃比フィードバック制御は、
図5に示すフローチャートに従う。
図5のフローチャートに示す処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「空燃比フィードバック制御手段」として実行する処理に相当する。
【0054】
図4は、本実施形態に係る空燃比振動制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【0055】
S201では、制御周波数Fcnの設定が既に終了しているか否かを判定する。制御周波数Fcnは、空燃比振動制御を実行するに当たり排気浄化触媒331により最も高い浄化率(以下「極大浄化率」という)ηが得られる最適周波数であり、本実施形態では、制御周波数Fcnを、エンジンEの回転速度および負荷に応じて定まるエンジンEの運転領域毎に設定する。制御周波数Fcnの設定が既に終了している場合は、S202へ進み、未だ終了していない場合は、S203へ進む。エンジンEの負荷として、負荷との相関性を有する状態変数である吸入空気量Qaを採用可能である。
【0056】
S202では、制御周波数Fcnを読み込む。本実施形態では、エンジンEの回転速度および負荷(例えば、吸入空気量Qa)に対応させて制御周波数Fcnを割付可能に設定された運転領域マップが設けられ、既に設定が終了している運転領域から、該当する制御周波数Fcnを読み込む。制御周波数Fcnの読込後、S210へ進む。
【0057】
S203では、フラグFRGの値が0であるか否かを判定する。フラグFRGの値が0である場合は、S204へ進み、0でない場合は、S206へ進む。
【0058】
S204では、空燃比振動の周波数Frqに基準周波数F0を設定する。基準周波数F0は、制御周波数Fcnの特定を開始するに当たり仮に設定される値であり、運転領域マップにおいて、周波数Frqの初期値として運転領域毎に予め設定される。これに限らず、簡易的には、エンジンEの運転領域全体に対して一律に1[Hz]に設定することも可能である。
【0059】
S205では、フラグFRGの値を1に設定する。
【0060】
S206では、空燃比振動の周波数Frqを所定の周波数ΔFだけ減少させる。具体的には、周波数Frqを、現在の周波数Frqから所定の周波数ΔFだけ減少させた周波数に更新し(Frq=Frq-ΔF)、更新後の新たな周波数Frqにより、空燃比振動制御を実行する。
【0061】
S207では、下流側空燃比λrをもとに、所定の時間内における下流側空燃比λrの最小値(以下「下流側最小空燃比」という)λr_minを算出するとともに、周波数FrqをΔFだけ減少させる前後における下流側最小空燃比λr_minの変化量(以下「空燃比変化量」という)Δλr_minを算出する。ここで、所定の時間は、空燃比振動の一周期分の時間であってもよいし、これよりも長い時間であってもよい。本実施形態では、空燃比振動の一周期分よりも長い時間とする。
【0062】
S208では、空燃比変化量Δλr_minをΔFで除することにより、下流側最小空燃比λr_minの周波数Frqに対する変化の傾きglmbaを算出する。本実施形態では、傾きglmbaとして、周波数Frqを基準周波数F0から所定の周波数ΔFずつ減少させた場合に得られる、下流側最小空燃比λr_minの周波数Frqの対数log(Frq)に対する変化の傾きを採用する。そして、傾きglmbaの絶対値(=|glmba|)が所定の値g01以上であるか否かを判定する。所定の値g01以上である場合、換言すれば、周波数Frqの減少前後における下流側最小空燃比λr_minの変化の傾きglmaが減少して、その絶対値(=|glmba|)が所定の値g01に達した場合は、S209へ進み、所定の値g01未満である場合は、S209の処理を迂回して、S210へ進む。
【0063】
S209では、制御周波数Fcnを設定する。本実施形態では、傾きglmbaの絶対値(=|glmba|)が所定の値g01に達したときの周波数Frqを、制御周波数Fcnに設定する。
【0064】
S206からS209の処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「制御周波数特定手段」として実行する処理に相当する。
【0065】
S210では、燃料噴射量Qfを算出する。空燃比振動制御では、吸入空気量Qaに対して当量となる燃料の基本噴射量Qfbを算出するとともに、基本噴射量Qfbに空燃比振動のための補正係数αを乗算し、さらに、冷却水温度Tw等に応じた各種の増量補正量Hを加算することで、燃料噴射量Qfを算出する。ここで、補正係数αは、1よりも大きな値と1よりも小さな値とに、制御周波数Fcnの半周期に相当する時間(=1/(2Fcn))毎に切り替わるように設定され、補正係数αの乗算により、混合気の空燃比が、例えば、空気過剰率換算で0.95と1.05との間で周期的に変動または振動する。
【0066】
S211では、燃料噴射量Qfにより燃料インジェクタ41(41a、41b)を駆動する。
【0067】
図5は、本実施形態に係る空燃比フィードバック制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【0068】
S301では、基本噴射量Qfbを算出する。基本噴射量Qfbは、吸入空気量Qaに対して当量となる燃料量に相当する噴射量である
【0069】
S302では、空燃比フィードバック補正量Hqfを算出する。本実施形態において、空燃比フィードバック補正量Hqfは、上流側排気センサ206により検出される上流側空燃比λfとストイキ相当値λst(つまり、1)との差分の関数として算出する。空燃比フィードバック補正量Hqfは、上流側空燃比λfとストイキ相当値λstとの差分が0よりも大きく、排気が空気過剰な状態にある場合は、燃料を増量させる増量補正量として算出され、差分が0よりも小さく、排気が燃料過剰な状態にある場合は、燃料を減量させる減量補正量として算出される。
【0070】
S303では、燃料噴射量Qfを設定する。空燃比フィードバック制御では、基本噴射量Qfbに空燃比フィードバック補正量Hqfを加算するとともに、冷却水温度Tw等に応じた各種の増量補正量Hを加算することにより算出する。
【0071】
S304では、燃料噴射量Qfにより燃料インジェクタ41(41a、41b)を駆動する。
【0072】
S211、S304において、コントローラ101は、液体燃料による運転中は、燃料噴射量Qfに応じた液体燃料噴射用の駆動パルス信号を第1燃料インジェクタ41aの駆動回路に出力し、気体燃料による運転中は、燃料噴射量Qfに応じた気体燃料噴射用の駆動パルス信号を第2燃料インジェクタ41bの駆動回路に出力する。
【0073】
ここで、
図7から
図12を参照して、
図4のS206からS209の処理についてより詳細に説明する。
【0074】
図7から
図10は、空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqに対する排気浄化触媒331の浄化率ηおよび下流側最小空燃比λr_minの変化を、触媒温度Tcatおよび排気流量Qexhを変えて、複数の条件のもとで測定した実験データのグラフである。
図7は、触媒高活性かつ排気低流量時のデータであり、
図8は、触媒高活性かつ排気高流量時のデータであり、
図9は、触媒低活性かつ排気低流量時のデータであり、
図10は、触媒低活性かつ排気高流量時のデータである。
【0075】
図7から
図10のそれぞれにおいて、横軸は、周波数Frqの対数log(Frq)を示し、縦軸は、浄化率ηおよび下流側最小空燃比λr_minを示す。log(Frq)=0は、1[Hz]に相当する。白抜きの四角は、全炭化水素THCの浄化率ηthcを示し、白抜きの丸は、窒素酸化物NOxの浄化率ηnoxを示す。三角は、下流側最小空燃比λr_minを示す。
【0076】
ここで、下流側最小空燃比λr_minのうち、浄化率ηが極大となる周波数よりも低周波側の領域で測定されたものを白抜きの三角により、高周波側の領域で測定されたものを黒塗りの三角により、夫々示す。太い点線は、低周波側の領域における下流側最小空燃比λr_minの近似直線であり、太い実線は、高周波側の領域における下流側最小空燃比λr_minの近似直線である。
【0077】
図7から
図10のそれぞれにおいて、浄化率ηが極大となる周波数の近傍で、下流側最小空燃比λr_minが不連続に変化するとともに、下流側最小空燃比λr_minの周波数Frq(具体的には、周波数の対数log(Frq))に対する変化の傾きが変化する事象を確認することができる。横軸の周波数Frqを対数log(Frq)とすることで、傾きの変化をより顕著に確認することが可能である。本実施形態では、下流側最小空燃比λr_minおよびその傾きが不連続な変化を示す周波数Frqに着目して、これを「最適周波数」と呼び、制御周波数Fcnに設定する。周波数Frqの対数をとる場合に、所定の値g01を0.015から0.025までの範囲の値とするのが好ましく、これにより、適切な制御周波数Fcnを設定することが可能である。
【0078】
図11および
図12は、空燃比振動制御における上流側排気センサ206および下流側排気センサ207の出力波形を示すグラフであり、
図11は、これらの出力波形を高周波数(短周期)領域について示し、
図12は、低周波数(長周期)領域について示す。
図11でいう「高周波数領域」とは、
図7から
図10でいう「浄化率ηが極大となる周波数よりも高周波側の領域」の一部であり、
図12でいう「低周波数領域」とは、「浄化率ηが極大となる周波数よりも低周波側の領域」の一部である。
図11および
図12において、細い実線は、上流側空燃比λfを示し、太い実線は、下流側空燃比λrを示す。点線は、触媒温度Tcatを示す。
【0079】
図11を参照すると、高周波数領域では、触媒温度Tcatの上昇に拘わらず、上流側空燃比λfに対して下流側空燃比λrの振動が大きく減衰していることが分かる。これに対し、
図12を参照すると、低周波数領域では、下流側空燃比λrに減衰の事象を確認することはできず、寧ろ振動が増幅していることが分かる。これは、排気浄化触媒331の酸素貯蔵能力(OSC)に起因するものであると推察される。つまり、高周波数領域では、空燃比振動に伴う燃料および空気の不均衡が酸素貯蔵能力により補われ、触媒331通過後の排気の空燃比(下流側空燃比λr)がストイキ相当値の近傍に維持されるのに対し、低周波数領域では、燃料および空気の不均衡を酸素貯蔵能力では補い切れず、混合気における空燃比の変動がそのまま下流側空燃比λrの変化に現れるためである。これにより、酸素貯蔵能力が有効に作用する領域と酸素貯蔵能力が破綻する領域との境界で、下流側最小空燃比λr_minが不連続に変化するとともに、周波数Frqに対する変化の傾きに、閾値との比較により判定可能な程度の変化が生じる。
【0080】
以上の知見を踏まえ、最適周波数の抽出、つまり、制御周波数Fcnの特定の手順について、以下に説明する。
【0081】
空燃比振動制御を開始し、空燃比振動の周波数Frqを基準周波数F0から所定の周波数ΔF毎に減少させていく。下流側最小空燃比λr_minを検出し、周波数FrqをΔFだけ減少させる前後で検出された下流側最小空燃比λr_minの変化量を、空燃比変化量Δλr_minとして算出する。そして、空燃比変化量Δλr_minをΔF(本実施形態では、周波数の対数log(Frq)の変化量)で除することにより、下流側最小空燃比λr_minが周波数の対数log(Frq)に対してなす変化の傾きglmbaを算出し、その絶対値(=|glmba|)と所定の値g01とを比較する。傾きglmbaの絶対値(=|glmba|)が所定の値g01に達したときの周波数Frqを特定し、これを制御周波数Fcnに設定する。
【0082】
先に述べたように、制御周波数Fcnの設定は、下流側最小空燃比λr_minの変化の傾きglmbaを所定の値と対比することによる方法に代えて、周波数FrqをΔFだけ減少させる前後で下流側最小空燃比λr_minに所定の値を超える大きな変化(つまり、差分)が生じたときの周波数Frqを最適周波数として特定し、制御周波数Fcnに設定することによっても可能である。
【0083】
基準周波数F0は、空燃比振動を行うに当たり最初に設定される値であり、エンジンEの運転領域の全体に対して一律に設定してもよいし、運転領域毎に異なる値に設定してもよい。一律に設定する場合の基準周波数F0として、簡易的には、1[Hz](つまり、logF0=0)を採用することができる。さらに、制御周波数Fcnを運転領域毎に記憶可能に運転領域マップを設定し、特定された制御周波数Fcnを、運転領域毎に記憶または更新するようにしてもよい。
【0084】
図6は、本実施形態に係る燃料切換制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【0085】
S401では、燃料切換要求があるか否かを判定する。燃料切換要求は、燃料の残量が所定の残量にまで減少したり、運転者が燃料の切り換えを指示したりした場合に生成され、例えば、液体燃料による運転中に液体燃料タンクの残量Lfaが所定の残量Lfa1にまで減少したり、気体燃料による運転中に気体燃料タンクの残量Lfbが所定の残量Lfb1にまで減少したり、液体燃料による運転中に運転者が燃料切換スイッチ209を操作し、気体燃料への切り換えを指示したり、気体燃料による運転中に運転者が燃料切換スイッチ209を操作し、液体燃料への切り換えを指示したりした場合に生成される。燃料切換要求がある場合は、S402へ進み、燃料切換要求がない場合は、今回の制御を終了する。S401の処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「燃料切換要求検知手段」として実行する処理に相当する。
【0086】
S402では、空燃比振動制御の実行中であるか否かを判定する。空燃比振動制御の実行中である場合は、S403へ進み、実行中でない場合は、今回の制御を終了する。
【0087】
S403では、現在使用している燃料を判定する。現在使用している燃料が液体燃料(本実施形態では、ガソリン)である場合は、S404へ進み、気体燃料(圧縮天然ガス)である場合は、S407へ進む。
【0088】
S404では、現在の空燃比がリーン側にあるか否かを判定する。リーン側にある場合は、S405へ進み、リーン側にない場合、つまり、現在の空燃比がリッチ側にある場合は、空燃比がリーン側へ移行するまでS404の処理を繰り返す。
【0089】
S405では、リーン側からリッチ側へ空燃比が移行するタイミングであるか否かを判定する。リッチ側への移行タイミングである場合は、S406へ進み、未だリッチ側への移行タイミングにない場合は、S404へ戻り、リッチ側への移行タイミングとなるまで待機する。
【0090】
S406では、リーン側からリッチ側への空燃比の移行に同期させて液体燃料から気体燃料への燃料の切り換え、つまり、ガソリンから圧縮天然ガスへの切り換えを実行する。
【0091】
リーン側からリッチ側への空燃比の移行タイミングは、空燃比がリーン側へ移行した前回のタイミングから、空燃比振動の半周期分、つまり、制御周波数Fcnに応じた周期の半分に相当する時間が経過した時点として、推定的に判定することが可能である。簡易的には、空燃比がリーン側にあるタイミングで気体燃料への切り換えを指示し、結果的に空燃比の移行タイミングまたはその近傍で燃料が切り換わるようにしてもよい。
【0092】
S407では、現在の空燃比がリッチ側にあるか否かを判定する。リッチ側にある場合は、S408へ進み、リッチ側にない場合、つまり、現在の空燃比がリーン側にある場合は、空燃比がリッチ側へ移行するまでS407の処理を繰り返す。
【0093】
S408では、リッチ側からリーン側へ空燃比が移行するタイミングであるか否かを判定する。リーン側への移行タイミングである場合は、S409へ進み、未だリーン側への移行タイミングにない場合は、S407へ戻り、リーン側への移行タイミングとなるまで待機する。
【0094】
S409では、リッチ側からリーン側への空燃比の移行に同期させて気体燃料から液体燃料への燃料の切り換え、つまり、圧縮天然ガスからガソリンへの切り換えを実行する。
【0095】
先に述べたのと同様に、リッチ側からリーン側への空燃比の移行タイミングは、空燃比がリッチ側へ移行した前回のタイミングから、空燃比振動の半周期分の時間が経過した時点として判定することが可能であり、リーン側への移行タイミングを判定することに代えて、空燃比がリッチ側にあるタイミングで液体燃料への切り換えを指示する結果として、空燃比の移行タイミングまたはその近傍で燃料が切り換わるようにしてもよい。
【0096】
S403からS409の処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「燃料切換実行手段」として実行する処理に相当する。
【0097】
本実施形態に係るエンジンEの空燃比制御装置は、以上の構成を有する。以下に、本実施形態により得られる効果について説明する。
【0098】
本実施形態において、コントローラ101は、液体燃料と気体燃料とで燃料を切り換える燃料切換要求を検知すると(燃料切換要求検知手段)、その要求に応じて燃料を切り換える(燃料切換実行手段)。ここで、液体燃料から気体燃料への切り換えに際してはエンジントルクに減方向の変動(減方向のトルク変動)が生じる一方、気体燃料から液体燃料への切り換えに際してはエンジントルクに増方向の変動(増方向のトルク変動)が生じる。そして、このトルク変動は、燃料の切り換えが空燃比振動制御による空燃比の振動と同期して実施されることにより助長される。具体的には、液体燃料から気体燃料への切り換えがリッチ側からリーン側への空燃比の移行に同期して実施されることで、減方向のトルク変動が助長され、気体燃料から液体燃料への切り換えがリーン側からリッチ側への空燃比の移行に同期して実施されることで、増方向のトルク変動が助長される。
図3は、燃料の切り換えに対する空燃比振動の同期がエンジントルクの変動に及ぼす影響を示す説明図である。本実施形態では、トルク変動が大となるパターンの同期を、回避の対象とする。
【0099】
これに対し、本実施形態では、第1に、液体燃料から気体燃料への燃料の切り換えをリーン側からリッチ側への空燃比の移行に同期させて実行する一方、気体燃料から液体燃料への燃料の切り換えをリッチ側からリーン側への空燃比の移行に同期させて実行することで、燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動が空燃比の振動に同期することにより助長される事態を回避することが可能となり、特に本実施形態によれば、燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動を空燃比の移行に伴う逆方向のトルク変動により打ち消すことが可能となるため、燃料を切り換える際のエンジントルクに変動が生じること自体を抑制することが可能となる(
図3)。そして、この制御は、空燃比振動制御を継続しながら行うことが可能である。
【0100】
このように、本実施形態によれば、液体燃料と気体燃料とを切り換えて運転可能なエンジンEにおいて、空燃比振動制御により排気浄化触媒331による浄化率の向上を図るとともに、燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動が空燃比の振動に同期することにより助長され、運転性や乗り心地に実質的な弊害を及ぼす事態を回避することが可能となる。
【0101】
ここで、本実施形態において燃料として使用する圧縮天然ガスは、ガソリンと比較して二酸化炭素排出量の抑制を図ることが可能である一方、排気に主成分として含まれるメタンは、二酸化炭素と比較して25倍ほどの温室効果を有することが知られている。よって、ガソリンを使用する場合に対する利点を確保するうえで、メタンの排出を抑制することが重要となる。しかし、メタンは、他のHC種と比較して化学的に安定しており、他のHC種と同様の酸化による浄化を適用したのでは、充分な浄化率を達成することは困難である。
【0102】
制御周波数Fcnを適切に調整した空燃比振動制御によれば、メタンの浄化率を特異的に改善することが可能である。
【0103】
第2に、下流側排気センサ207により検出される空燃比λrをもとに、空燃比振動制御を行う際の空燃比振動の周波数(制御周波数Fn)として適切な周波数を特定し、エンジンEの運転状態(排気浄化触媒331の温度、つまり、触媒331の活性状態を含む)によらず、適切な制御周波数Fcnのもとで空燃比振動制御を実行することが可能となり、排気浄化触媒331の浄化率の更なる向上を図ることができる。
【0104】
第3に、下流側排気センサ207により検出される空燃比の最小値(下流側最小空燃比λr_min)が空燃比振動の周波数の対数に対してなす変化の傾きglmbaを算出し、この傾きの絶対値(=|glmba|)が所定の値g01に達するときの周波数を、制御周波数Fcnとして特定することで、比較的簡易な構成でありながら適切な制御周波数Fcnを特定可能とし、より適切な制御周波数Fcnのもとで空燃比振動制御を実行することが可能となる。
【0105】
そして、所定の値g01を0.015から0.025までの範囲で設定することで、制御周波数Fcnとして、より適切な周波数を特定することが可能となる。
【0106】
燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動が空燃比の振動に同期することにより助長されることを回避する制御は、燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動を空燃比の移行に伴う逆方向のトルク変動により打ち消すことに限らず、空燃比振動制御を一時的に停止させ、空燃比の振動を停止させることによっても実現することが可能である。本実施形態では、空燃比の制御を空燃比振動制御から空燃比フィードバック制御に切り換えることにより、これを実現する。
【0107】
図14は、その場合の適用例として、本発明の他の実施形態に係る燃料切換制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【0108】
S501およびS502における処理は、
図6に示すフローチャートのS401およびS402における処理と同様である。具体的には、S501では、燃料切換要求があるか否かを判定し、燃料切換要求がある場合は、S502へ進み、燃料切換要求がない場合は、今回の制御を終了する。S502では、空燃比振動制御の実行中であるか否かを判定し、空燃比振動制御の実行中である場合は、S503へ進み、実行中でない場合は、今回の制御を終了する。S501の処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「燃料切換要求検知手段」として実行する処理に相当する。
【0109】
S503では、空燃比振動制御を強制的に停止させる。
【0110】
S504では、空燃比フィードバック制御を開始する。換言すれば、S503およびS504の処理により、空燃比の制御を空燃比振動制御から空燃比フィードバック制御に切り換える。S503およびS504の処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「空燃比振動停止手段」として実行する処理に相当する。
【0111】
S505では、現在使用している燃料を判定する。現在使用している燃料が液体燃料(本実施形態では、ガソリン)である場合は、S506へ進み、気体燃料(圧縮天然ガス)である場合は、S507へ進む。
【0112】
S506では、液体燃料から気体燃料への燃料の切り換え、つまり、ガソリンから圧縮天然ガスへの切り換えを実行する。
【0113】
S507では、気体燃料から液体燃料への燃料の切り換え、つまり、圧縮天然ガスからガソリンへの燃料の切り換えを実行する。S505からS507の処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「燃料切換実行手段」として実行する処理に相当する。
【0114】
本実施形態において、コントローラ101は、液体燃料と気体燃料とで燃料を切り換える燃料切換要求を検知すると(燃料切換要求検知手段)、空燃比振動制御による空燃比の振動を停止させ(空燃比振動停止手段)、空燃比の振動を停止させている間に、燃料の切り換えを実行する(燃料切換実行手段)。ここで、液体燃料から気体燃料への切り換えに際しては減方向のトルク変動が生じ、気体燃料から液体燃料への切り換えに際しては増方向のトルク変動が生じるところ、この変動は、燃料の切り換えが空燃比振動制御による空燃比の振動と同期して実施されることにより助長される(
図3)。
【0115】
これに対し、本実施形態では、燃料を切り換える際に、空燃比振動制御による空燃比の振動を停止させることで、空燃比の振動によりエンジントルクに変動が生じること自体を抑制し、燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動が空燃比の振動に同期することにより助長される事態を回避することが可能となる。
【0116】
このように、本実施形態によれば、液体燃料と気体燃料とを切り換えて運転可能なエンジンEにおいて、空燃比振動制御により排気浄化触媒331による浄化率の向上を図るとともに、燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動が空燃比の振動に同期することにより助長され、運転性や乗り心地に実質的な弊害を及ぼす事態を回避することが可能となる。
【0117】
さらに、本実施形態では、燃料切換要求を検知した場合に、空燃比の制御を空燃比振動制御から空燃比フィードバック制御に切り換え、空燃比フィードバック制御の実行中に、燃料の切り換えを実行する。
【0118】
これにより、燃料を切り換える際の空燃比がストイキ相当値に維持されるため、空燃比の振動によりエンジントルクに変動が生じること自体を回避し、もって、燃料の切り換えに伴うエンジントルクの変動が空燃比の振動に同期することにより助長される事態を回避することが可能となる。
【0119】
以上の説明では、制御周波数Fcnの設定において、下流側最小空燃比λr_minの周波数Frqに対する変化の傾きglmbaまたは周波数Frqの減少前後における下流側最小空燃比λr_minの差分に着目することとした。制御周波数Fcnの設定は、これに限定されるものではなく、下流側排気センサ207により検出される空燃比λrの最大値(以下「下流側最大空燃比」という)λr_maxと最小値λr_minとの差分(以下「空燃比レンジ」という)Rlmbの、周波数Frqに対する変化の傾きに着目して行うことも可能である。
【0120】
図15は、その場合の適用例として、本発明の更に別の実施形態に係る空燃比振動制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【0121】
本実施形態では、
図4に示すフローチャートのS207における処理に代えて、空燃比レンジRlmb(=λr_max-λr_min)を算出するとともに(S601)、S208の処理に代えて、空燃比レンジRlmbの周波数Frqまたはその対数log(Frq)に対する変化の傾きglmbbを算出し、この傾きの絶対値(=|glmbb|)が所定の値g02に達するときの周波数を最適周波数として特定し、制御周波数Fcnに設定する(S602)。周波数Frqの対数をとる場合に、所定の値g02を0.015から0.025までの範囲の値とするのが好ましく、これにより、適切な制御周波数Fcnを設定することが可能である。
【0122】
図16および
図17は、本実施形態に係る空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒331の浄化率η、空燃比レンジRlmbとの関係を、異なる触媒温度Tcatについて示す実験データのグラフである。
図16(a)は、比較的低い触媒温度Tcat1の場合を示し、
図16(b)は、Tcat1よりも高い触媒温度Tcat2の場合を示す。
図17(a)は、Tcat2よりも高い触媒温度Tcat3の場合を示し、
図17(b)は、Tcat3よりも高い触媒温度Tcat4の場合を示す。
【0123】
図16および
図17のそれぞれにおいて、横軸は、周波数Frqの対数を示し、縦軸は、浄化率ηおよび空燃比レンジRlmbを示す。白抜きの四角は、全炭化水素THCの浄化率ηthcを示し、白抜きの丸は、窒素酸化物NOxの浄化率ηnoxを示す。三角は、空燃比レンジRlmbを示し、浄化率ηが極大となる周波数よりも低周波側の領域で測定されたものを白抜きの三角により、高周波側の領域で測定されたものを黒塗りの三角により、夫々示す。太い点線は、低周波側の領域における空燃比レンジRlmbの近似直線であり、太い実線は、高周波側の領域における空燃比レンジRlmbの近似直線である。
【0124】
図16および
図17に示すように、触媒温度Tcatの上昇とともに浄化率ηが全炭化水素と窒素酸化物とのいずれについても増大し、さらに、より高い周波数Frqに至るまで高い浄化率ηが維持される傾向にあることが分かる。ここで、周波数Frqを所定の周波数ΔFずつ減少させた場合に、浄化率ηが極大となる周波数の近傍で、空燃比レンジRlmbの近似曲線が実線から点線に移行し、その周波数Frqに対する変化の傾きglmbbおよびその傾きの絶対値(=|glmbb|)が増大する事象を確認することができる。
【0125】
本実施形態では、この事象が生じる周波数を所定の値g02との対比により特異点として抽出し、制御周波数Fcnに設定する。
【0126】
このように、下流側排気センサ207により検出される空燃比の最大値と最小値との差分(空燃比レンジRlmb)が空燃比振動の周波数の対数に対してなす変化の傾きglmbbを算出し、この傾きの絶対値(=|glmbb|)が所定の値g02に達するときの周波数を、制御周波数Fcnとして特定することで、比較的簡易な構成でありながら適切な制御周波数Fcnを特定可能とし、より適切な制御周波数Fcnのもとで空燃比振動制御を実行することが可能となる。
【0127】
そして、所定の値g02を0.015から0.025までの範囲で設定することで、制御周波数Fcnとして、より適切な周波数を特定することが可能となる。
【0128】
空燃比レンジRlmbによる制御周波数Fcnの設定は、
図1に示すように、複数の気筒のそれぞれを互いに並列に接続した配列のエンジンEに限らず、複数の気筒を複数の気筒群に分け、異なる気筒群同士を並列に接続した配列のエンジンに適用することも可能である。
【0129】
図18は、その場合の適用例として、本発明の更に別の実施形態に係るエンジンEの全体的な構成を示す概略図である。本実施形態に係るエンジンEは、4つの気筒を2つの気筒群に分け、異なる気筒群同士を並列に接続するとともに、気筒群を構成するそれぞれの気筒同士を並列に接続したエンジンである。空燃比レンジRlmbによる制御周波数Fcnの設定は、このようなエンジンEにおいて、異なる気筒群の間で空燃比振動の位相を互いに逆に、換言すれば、空燃比振動の位相を反転させて設定した場合に、好適に適用可能である。
【0130】
エンジンEの運転状態が属する運転領域A、Bの判定は、触媒温度Tcatおよび排気流量Qexhにより直接的に行うだけでなく、下流側排気センサ207により検出される空燃比λrにより間接的に行うことも可能である。
【0131】
具体的には、下流側空燃比λrをもとに、空燃比振動制御における排気の空燃比の最大値および最小値を検出し、検出された空燃比の最小値(つまり、下流側最小空燃比λr_min)が所定の判定値以下でありかつ検出された空燃比の最大値(つまり、下流側最大空燃比λr_max)が所定の判定値以下である場合に、エンジンEの運転状態が第2領域Bにあると判定して、空燃比フィードバック制御を実行する。
【0132】
図19は、その場合の適用例として、本発明の更に別の実施形態に係る空燃比制御の全体的な流れを示すフローチャートである。
【0133】
本実施形態では、
図2に示すフローチャートのS103の処理に代えて、S1031の処理を実行する。
【0134】
エンジン回転速度Ne等、エンジンEの運転状態を示す所定の状態パラメータを読み込んだ後(S101)、S102では、吸入空気量Qaが所定の流量Qa1よりも多いか否かを判定する。所定の流量Qa1よりも多い場合は、S104へ進み、所定の流量Qa1以下である場合は、S1031へ進む。流量Qa1は、
図3に示す第1領域Aと第2領域Bとの境界を定める排気の第1流量Qexh1に対応する吸入空気量である。
【0135】
S1031では、下流側空燃比λrの最大値λr_maxおよび最小値λr_minを検出し、下流側最大空燃比λr_maxが所定の判定値SL12以下でありかつ下流側最小空燃比λr_minが所定の判定値SL11以下であるか否かを判定する。下流側最大空燃比λr_maxが所定の判定値SL12以下でありかつ下流側最小空燃比λr_minが所定の判定値SL11以下である場合は、S105へ進み、それ以外の場合は、S104へ進む。
【0136】
S104では、空燃比振動制御を実行する。
【0137】
S105では、空燃比フィードバック制御を実行する。
【0138】
以下に、
図20から
図26を参照して、
図19に示すS1031の処理についてより詳細に説明する。
【0139】
図20から
図23は、空燃比振動の周波数Frqを異なる複数の周波数の間で切り替えて実施した場合に得られた実験データのグラフであり、触媒温度Tcatに対する浄化率η、下流側最小空燃比λr_minおよび下流側最大空燃比λr_maxの変化を示す。本実施形態では、触媒温度Tcatとして触媒入口ガス温度Tcat_inを採用する。
図20は、排気浄化触媒331による全炭化水素の浄化率ηthcの変化を、
図21は、排気浄化触媒331による窒素酸化物の浄化率ηnoxの変化を示す。
図22は、下流側最小空燃比λr_minの変化を、
図23は、下流側最大空燃比λr_maxの変化を示す。
【0140】
図20から
図23のそれぞれにおいて、白抜きの三角を二点鎖線で繋いだものは、周波数Frqが0.05[Hz]の場合を示し、白抜きの四角を長い点線で繋いだものは、周波数Frqが0.1[Hz]の場合を示す。さらに、白抜きの円を一点鎖線で繋いだものは、周波数Frqが0.2[Hz]の場合を示し、白抜きの三角を短い点線で繋いだものは、周波数Frqが0.5[Hz]の場合を示す。黒塗りの円を太い実線で繋いだものは、周波数Frqが1[Hz]の場合であるが、1[Hz]の周波数は、空燃比フィードバック制御による場合に得られる周波数に相当する。
【0141】
図20および
図21を参照すると、全体的な傾向として、触媒温度Tcatの上昇、つまり、排気浄化触媒331の活性化が進むとともに、全炭化水素および窒素酸化物の浄化率ηthc、ηnoxが上昇していることが分かる。さらに、0.5[Hz]以下の周波数で空燃比振動制御を実施した場合に、空燃比フィードバック制御を実施した場合に相当する1[Hz]の周波数で振動を付与した場合と比較して、特に低温側の領域で高い浄化率ηthc、ηnoxが得られ、0.5[Hz]と0.2[Hz]とでは、温度領域の全体に亘って1[Hz]の場合よりも高い浄化率ηthc、ηnoxが得られることが分かる。
【0142】
図22を参照すると、触媒温度Tcatの上昇とともに、下流側最小空燃比λr_minが低下していくことが分かる。これは、排気浄化触媒331の浄化率ηの上昇、つまり、触媒331の活性化の進行度合いと対応するものであり、空燃比がリッチ側に振れた際に排気浄化触媒331が水素を生成し、下流側排気センサ207がこの水素に反応するためである。このように、触媒温度Tcatと下流側最小空燃比λr_minとには相関性があり、下流側最小空燃比λr_minから、触媒温度Tcat、つまり、排気浄化触媒331の活性状態を間接的に把握することが可能である。本実施形態では、下流側最小空燃比λr_minを、空燃比制御における領域判定に使用する(
図19のS1031)。
【0143】
ここで、周波数が0.05[Hz]の場合は、他の周波数の場合と同様に、触媒温度Tcatの上昇とともに、下流側最小空燃比λr_minが低下していくものの(
図22)、他の周波数の場合と比較して、窒素酸化物の浄化率ηnoxが特に低い。これは、0.05[Hz]という周波数が排気浄化触媒331の酸素貯蔵能力に対して低すぎるためであり、空燃比振動による空燃比の変動を酸素貯蔵能力によっては最早吸収することができず、触媒331の反応場における空燃比が定常リッチと定常リーンとを繰り返すのに近い状態となるためであると推察される。
【0144】
このように、単に下流側最小空燃比λr_minが低下したことのみをもっては酸素貯蔵能力が破綻した場合を判別することまではできず、実際には充分な浄化率ηが得られないにも拘らず、排気浄化触媒331の活性化が進んだものとして、誤った判定を下す事態になりかねない。
【0145】
このような事態は、下流側最大空燃比λr_maxを参照することにより回避可能である。
図23に示すように、下流側最大空燃比λr_maxは、周波数が0.05[Hz]の場合に、触媒温度Tcatが上昇した状況にあっても比較的高い値、例えば、1よりも高い値を維持する。本実施形態では、
図19に示すフローチャートの領域判定(S1031)において、下流側最小空燃比λr_minに併せて下流側最大空燃比λr_maxを参照する。
【0146】
図24から
図26は、下流側最小空燃比λr_minおよび下流側最大空燃比λr_maxに対して排気浄化触媒の浄化率ηを割り付けた分布図であり、
図24から
図26のそれぞれにおいて、異なる排気流量Qexhのもとで得られる浄化率ηを重ねて示している。例えば、SV値が26kの場合に得られる浄化率ηに加え、SV値が49kおよび98kの場合に得られる浄化率ηを重ねて示している。空燃比振動制御による場合の浄化率ηを○印のプロットにより示すとともに、空燃比フィードバック制御による場合の浄化率ηを×印のプロットにより示している。○印および×印のプロットのそれぞれについて、色の濃いものほど、浄化率ηが高いことを示す。
図24は、全炭化水素の浄化率ηthcを示し、
図25は、窒素酸化物の浄化率ηnoxを示し、
図26は、全炭化水素と窒素酸化物との平均の浄化率ηaveを示す。
【0147】
図24から
図26を参照すると、図の左下ほど、つまり、下流側最小空燃比λr_minが低くかつ下流側最大空燃比λr_maxも低いほど、浄化率ηが高い傾向にあることが分かる。このような傾向により、
図24から
図26において、下流側最小空燃比λr_minが閾値SL11以下であり、下流側最大空燃比λr_maxが閾値SL12以下である太い点線の枠内では、空燃比フィードバック制御および空燃比振動制御のいずれによっても高い浄化率ηが得られるほどに触媒331の活性化が進み、例えば、閾値SL11を0.965とし、閾値SL12を1.000とした場合に、全炭化水素、窒素酸化物およびそれらの平均のそれぞれについて、枠内の領域で80%以上の浄化率ηが得られることが確認されている。つまり、
図19に示すフローチャートのS1031において、判定値SL11を、例えば、0.965とし、判定値SL12を、例えば、1.000とすることにより、エンジンEの運転状態が排気の浄化が容易な第2領域Bにあることを適切に判定することが可能である。判定値SL11、SL12は、夫々0.960±0.01、1.000±0.01の範囲内で、適宜に設定することができる。
【0148】
このように、エンジンEの運転状態が第2領域Bにあるか否か、換言すれば、排気の浄化が容易な条件にあるか、困難な条件にあるかの判定を、下流側排気センサ207により空燃比振動制御の実行中に検出される空燃比(下流側空燃比λr)をもとに、推定的に行う構成としたことで、空燃比振動制御から空燃比フィードバック制御への切り換えを適切に行うとともに、部品点数の増加を抑制するなど、より簡易な構成による実現を図ることが可能となる。
【0149】
このように、本実施形態では、下流側最小空燃比λr_minおよび下流側最大空燃比λr_maxとそれぞれの閾値との対比により、排気の浄化が容易な条件にあるか、困難な条件にあるかを、排気流量Qexhによらずに判別することが可能である。よって、排気流量Qexh、本実施形態では、吸入空気量Qaによる判定(
図19のS102)は、省略してもよい。ただし、吸入空気量Qaは、本実施形態に限らず、エンジン制御のために一般的に取得される状態変数であり、取得に際して部品の追加を伴うこともない一方、吸入空気量Qaを用いた簡単な手法により空燃比振動制御によるべき場合を判定することが可能である。よって、吸入空気量Qaによる判定は、制御の安定性を確保するうえで有効である。
【0150】
さらに、以上の説明では、排気浄化触媒331の触媒温度Tcatとして、触媒入口ガス温度Tcat_inを採用したが、触媒温度Tcatは、これに限らず、排気浄化触媒331のベッド部に熱電対等の温度センサを設置することにより、直接的に取得することも可能である。
【符号の説明】
【0151】
E…エンジン、1…エンジン本体、2…吸気システム、21…吸気管、22…吸気マニホールド、23…エアクリーナ、3…排気システム、31…排気マニホールド、32…排気管、33…触媒コンバータ、331…排気浄化触媒、41…燃料インジェクタ、41a…第1(液体燃料用)燃料インジェクタ、41b…第2(気体燃料用)燃料インジェクタ、51…点火プラグ、101…エンジンコントローラ、201…アクセルセンサ、202…エンジン回転速度センサ、203…エアフローメータ、204…冷却水温度センサ、205…触媒温度センサ、206…上流側排気センサ、207…下流側排気センサ、208…燃料残量センサ、208a…第1(液体燃料タンク用)燃料残量センサ、208b…第2(気体燃料タンク用)燃料残量センサ、209…燃料選択スイッチ。