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特開2024-99090NT3発現増強用組成物、および聴覚機能改善用組成物
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  • 特開-NT3発現増強用組成物、および聴覚機能改善用組成物 図1
  • 特開-NT3発現増強用組成物、および聴覚機能改善用組成物 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024099090
(43)【公開日】2024-07-25
(54)【発明の名称】NT3発現増強用組成物、および聴覚機能改善用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/352 20060101AFI20240718BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240718BHJP
   A61P 27/16 20060101ALI20240718BHJP
   A61K 36/9068 20060101ALI20240718BHJP
【FI】
A61K31/352
A61P43/00 105
A61P27/16
A61K36/9068
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023002776
(22)【出願日】2023-01-12
(71)【出願人】
【識別番号】593106918
【氏名又は名称】株式会社ファンケル
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】上野(坂井) 友美
【テーマコード(参考)】
4C086
4C088
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA08
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA34
4C086ZB22
4C088AB81
4C088BA32
4C088CA03
4C088NA14
4C088ZA34
4C088ZB22
(57)【要約】
【課題】新規なNT3の発現増強用組成物と、聴覚機能の低下予防及び/又は改善用組成物、加齢性難聴の予防及び/又は改善用組成物を提供することを課題とする。
【解決手段】ケンフェリドを有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物及び聴覚機能改善用組成物。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケンフェリドを有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物。
【請求項2】
ケンフェリドを有効成分として含有する、聴覚機能低下予防及び/又は改善用組成物。
【請求項3】
ケンフェリドを有効成分として含有する、加齢性難聴の予防及び/又は改善用組成物。
【請求項4】
ケンフェリドが、植物抽出物由来である請求項1~3のいずれかに記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NT3発現増強用組成物、および聴覚機能改善作用を有する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
内耳の有毛細胞や聴神経に障害が起こることで発症する聴力の低下を感音性難聴といい、加齢性難聴や騒音性難聴が該当する。加齢や、強大音に長期間曝されることで、聴覚の受容器である蝸牛内の有毛細胞や聴神経が損傷を受け、死滅することが聴力の低下を引き起こすが、これらの細胞は増殖性がなく、一度死滅すると再生しない。そのため、進行し、慢性化した聴力低下は不可逆的で回復が難しいと考えられている。
感音性難聴の治療、緩和には、発症した直後であれば、血流促進剤や代謝改善剤が有効である場合があるが、加齢性難聴の大半は加齢に伴いゆっくりと進行し、本人が気づかないうちに聞こえが悪くなっているケースである。現状、そのような慢性化した感音性難聴に対しては、有効な薬剤もない。聴力の改善が見込める有効な手段としては補聴器の装着だが、日本での補聴器普及率は低い。
還元型コエンザイムQ10の投与(非特許文献1)等により酸化ストレスを抑制することが、加齢性難聴に対する予防的な効果をもたらすという報告はあるものの、一度低下した聴力の回復が見込める報告はほとんどされていない
【0003】
Neurotrophin-3(NT3)は、NGF(Nerve Growth Factor)ファミリーに属する神経栄養因子の1つである。NT3は主として中枢神経や末梢神経、シナプスで発現し、Trkレセプターを通したシグナル伝達を行う。海馬や小脳などでは、NT3が絶えず産生され、神経細胞及びグリア細胞の生存と成長、神経新生の促進に関与することが知られている。
非特許文献2では、NT3がシナプスの興奮を促し、神経伝達の促進に作用することが報告されている。非特許文献3では、NT3が視細胞を光刺激などによるダメージから保護する作用があること、視細胞の分化や再生を促進する作用があることが報告されている。NT3は、網膜の支持細胞であるミュラー細胞に作用し、視細胞変性抑制作用が知られているbFGFの発現を増強する作用も報告されており、直接的にも間接的にも視細胞に保護的な作用をもたらす。網膜中でNT3を産生する主要な細胞の1つにミュラー細胞がある。
【0004】
中枢神経系や末梢神経系において、NT3の果たす役割について注目されている。音刺激の受容細胞である有毛細胞と聴神経間のリボンシナプスは音響障害や特定の薬剤、加齢によって減少し聴力が低下するが、非特許文献4では、マウスの蝸牛内細胞でNT3を過剰発現させたところ、音響障害後に減少したリボンシナプスが再生し、蝸牛の機能と聴力が改善したことが報告されている。さらに、非特許文献5には、騒音障害によって消失したモルモット内耳のリボンシナプスが、NT3の投与によって再生したことが記載されている。さらに、非特許文献6、非特許文献7では、リボンシナプスの減少が、耳鳴りを引き起こす可能性が記載されている。また、アミノグリコシド系の抗生物質は有毛細胞障害を引き起こすことが知られているが、非特許文献8ではNT3に同薬剤による難聴の予防効果があったことを示唆している。非特許文献9では、加齢に伴うNT3の減少が加齢性難聴の発症に寄与し、NT3の補充がその治療法となる可能性が記載されている。
さらに、本出願人は、特許文献1において、トンカットアリの抽出物を有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物、聴覚機能低下予防及び/または改善用組成物を提案している。
【0005】
ケンフェリド(kaempferide、C1612、ケンペリド、ケンフェライドともいう)は、ハナミョウガ(Alpinia japonica)等に含まれる天然フラボノールの一種である。ケンフェリドには、アレルギー反応抑制作用(特許文献2)、メラニン産生促進作用(特許文献3)を有することが知られている。しかし、ケンフェリドのNT3の発現に関わる作用や用途、聴覚への作用はこれまで知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2021-42198号公報
【特許文献2】特開2008-214235号公報
【特許文献3】特開2012-6895号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Acta Oto-Laryngologica. 2010 Oct;130(10):1154-1162.
【非特許文献2】Nature. 1993 May 27;363(6427):350-3.
【非特許文献3】Neuron. 2000 May;26(2):533-41.
【非特許文献4】Elife. 2014 Oct 20;3.
【非特許文献5】Sci Rep. 2016 Apr 25;6:24907.
【非特許文献6】PLoS One. 2013;8(3):e57247.
【非特許文献7】J Neurosci Res. 2007 May 15;85(7):1489-98.
【非特許文献8】Proc Natl Acad Sci U S A.2000 Jun 20;97(13):7597-602.
【非特許文献9】Aging Cell 2022 Oct;21(10):e13708.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、新規なNT3の発現増強用組成物と、聴覚機能の低下予防及び/又は改善用組成物、加齢性難聴の予防及び/又は改善用組成物を提供することを課題とする。ここでいう聴覚機能の改善とは、聴力の改善、耳鳴りの軽減を含む聴覚機能全般の改善を指す。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の課題を解決するための手段は、以下の通りである。
(1)ケンフェリドを有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物。
(2)ケンフェリドを有効成分として含有する、聴覚機能低下予防及び/又は改善用組成物。
(3)ケンフェリドを有効成分として含有する、加齢性難聴の予防及び/又は改善用組成物。
(4)ケンフェリドが、植物抽出物由来である(1)~(3)のいずれかに記載の組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、ケンフェリドを有効成分とする、NT3の発現を増強し、さらに聴覚機能低下予防及び/又は聴覚機能改善用組成物が提供される。本発明の組成物は、加齢性難聴の予防及び/又は改善剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ケンフェリドがNT3の発現を増強することを示すグラフ。
図2】クリシン、ミリセチンがNT3の発現を増強しないことを示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明について具体的に説明する。
本発明は、NT3の発現増強用組成物、聴覚機能低下予防及び/又は改善用組成物、加齢性難聴の予防及び/又は改善用組成物に関する。以下、これらをまとめて単に本発明の組成物ともいう。
本発明の組成物は、ケンフェリドを含有する。本発明の組成物は、ケンフェリドを含有すること以外は特に制限されず、飲食品、医薬品、健康食品、動物用飼料等を包含する。
また、本発明でいう聴覚機能低下予防あるいは改善とは、感音性難聴による聴力の低下の予防及び/又は改善をいう。感音性難聴の種類は特に限定しないが、加齢性難聴、騒音性難聴、アミノグリコシド系抗生物質の副作用等による薬剤性難聴、音響性難聴(音響外傷)等がある。
【0013】
本発明に用いるケンフェリドとしては、その由来を特に限定されるものではない。しかし安全性の観点から、植物由来のものが好ましい。
ケンフェリドを植物から抽出する場合、抽出方法は、特に制限されないが、熱水抽出法、二相溶媒分配法、分配高速クロマトグラフィー法等を用いることができる。
抽出溶媒としては、水、メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール類、アセトンやメチルエチルケトン等のケトン類、アセトニトリル等のニトリル類、テトラヒドロフランやジエチルエーテルなどのエーテル類、ジクロロメタンやクロロホルム等のハロゲン化炭化水素類、酢酸エチルや蟻酸エチルなどのエステル類、ヘキサン等の1種または2種以上を使用することができ、これらの中で、水、アルコール類、水とアルコール類の混合溶媒が好ましく、また、アルコール類としてはエタノールが好ましい。抽出温度は、通常、0~100℃の範囲内であり、5~50℃であることが好ましい。抽出溶媒量は、被抽出物に対して1~100倍、好ましくは5~10倍である。また、ケンフェリドを含有する市販品の抽出物を用いることもできる。
ケンフェリドが植物抽出物由来である場合、得られたままの抽出液、精製や濃縮をした抽出エキス、あるいは、減圧濃縮、スプレ-ドライまたは凍結乾燥等の方法で粉末化したものを使用することができる。
【0014】
ケンフェリドをヒトに投与する場合は、経口投与が好ましく、具体的には、飲食品、医薬品、サプリメント等の健康食品として使用可能である。
ケンフェリドを食品・飲料として使用する場合、例えば、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料等の飲料、ゼリー状食品や各種スナック類、焼き菓子、ケーキ類、チョコレート、ガム、飴、スープ類等、あらゆる食品・飲料形態とすることができる。
【0015】
ケンフェリドは、蝸牛有毛細胞と聴神経間のリボンシナプスの保護および再生を促進して、感音性難聴による聴力の低下を予防及び/又は改善する。したがって当該症状若しくは疾患を予防、改善又は治療するための食品・飲料、医薬部外品、医薬品等として使用可能である。
【0016】
ケンフェリドを食品・飲料として使用する場合、例えば、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料等の飲料、ゼリー状食品や各種スナック類、焼き菓子、ケーキ類、チョコレート、ガム、飴、スープ類等、あらゆる食品・飲料形態とすることができる。
また、ケンフェリドを含有する組成物をサプリメントや医薬品として使用する場合、例えば、錠剤、顆粒剤等の経口用固形成形剤、内服液剤、シロップ剤等の経口用液体製剤として利用することができる。その他、外用剤として使用することができる。
【0017】
ケンフェリドを医薬品やサプリメントの製剤とする場合は、ケンフェリドを一般的な製造法により、直接又は製剤上許容し得る担体とともに混合、分散した後、所望の形態に加工することによって、容易に得ることができる。この場合、本発明に用いられる抽出物の他に、かかる形態に一般的に用いられる植物油、動物油等の油性基剤、鎮痛消炎剤、鎮痛剤、殺菌消毒剤、収斂剤、ホルモン剤、ビタミン類、アルコール類、キレート剤、pH調整剤、防腐剤、増粘剤、色素、香料等を本発明の効果を妨害しない範囲で適宜配合することができる。
【0018】
本発明のケンフェリドを含有する組成物は、特に限定されるものではないが、好ましくはケンフェリドを、全組成の0.00001~99.5質量%の範囲で含有される組成物とする。
【実施例0019】
実施例、試験例を示し、本発明についてさらに説明する。
内耳細胞は一般的に実験使用が困難である。ミュラー細胞は網膜中に存在するグリア系の細胞で、内耳でNT3を発現する支持細胞と性質として類似点があることから、スクリーニングはミュラー細胞を代替細胞として用いて実施した。
【0020】
・初代ミュラー細胞の調製
初代ミュラー細胞は次の方法で調製した。7日齢のSDラット10匹から網膜を単離した。単離した網膜は、PBS(-)で5倍希釈したトリプシン-EDTA(Sigma T3924)にDNaceI(Roche)を終濃度100ng/mlで添加した溶液10mL中で、37℃で30分間静置した。ピペッティング操作により網膜組織を分散させ、2,400rpm、室温で5分間遠心した。上清を吸引除去した後、10%FBS(Biosera)、1%ペニシリン-ストレプトマイシン(Sigma)を含むDMEM-F12培地(Gibco)25mLに縣濁した。懸濁液を70μMのセルストレーナー(FALCON)に通した後、細胞数を計測し、4.2×10cells/mLの濃度になるよう希釈した。T-75細胞培養用フラスコ(住友ベークライト)に10mLずつ播種し、37℃、5%CO下で培養した(培養0日目)。培養3日目に、培地を吸引除去し、新しい培地20mLに交換し、再び37℃、5%CO下で培養した。培養7日目に、Wei-Tao Songらの方法(Ophthalmol 2013;6(6):778-784)に準じて、ミュラー細胞を純化した。培養8日目に、ミュラー細胞を剥がし、4×10cell/mlの濃度になるよう縣濁し、96well cell culture plate (FALCON)に100μLずつ播種し、37℃、5%CO下で培養した。
【0021】
<NT3の発現増強作用>
ケルセチンと分子構造が類似している、ケンフェリド、クリシン(chrysin、C1510)、ミリセチン(myricetin、C1510)について、NT3遺伝子発現増強作用を以下の方法で試験した。各化合物の構造を、ケルセチンとともに示す。
【化1】
【0022】
(1)試験方法
1)試験試料
ケンフェリド(Kaempferide)は東京化成(製品番号:K0057)より入手し、DMSOで溶解し使用した。クリシンはLKT Laboratories(製品番号:C2968)より入手し、DMSOで溶解し使用した。ミリセチンは東京化成(製品番号:M2131)より入手し、DMSOで溶解して使用した。
【0023】
2)NT3発現増強作用
ラット初代ミュラー細胞でのNT3遺伝子発現に対する試験試料の作用について、以下の方法で検討した。
培養9日目の初代ミュラー細胞の培地を全量除去し、1%FBSを含むDMEM-F12培地100μLに交換し、37℃、5%COで90分間培養することで血清飢餓状態に置いた。ケンフェリドを図1に表示した濃度になるように、また、クリシン、ミリセチンをそれぞれ図2に表示した濃度になるように添加し、90分間培養後に上清を除去し、RNeasy 96kit(QIAGEN)を用い添付の説明書に従ってRNAを調製した。RNA調製の際、DNase I Kit(QIAGEN)を用い、ゲノムDNAの除去を行った。調製した適正量のRNAを、PrimeScript RT reagent kit(Takara)を用いて添付の説明書に従いcDNAを作製した。
【0024】
NT3の遺伝子発現量はApplied Biosystems TaqMan Gene Expression Assayを用いて、次の方法で定量した。
1μLのcDNAとラットNT3転写産物のTaqman probe、Taqman Fast Advanced Master Mixを所定の割合で混合し、計10μLとなるようにPCR grade water(Invitrogen)を添加し混合したものを反応液とした。
調製した反応液は、Quant Studio5(Applied Biosystems)を用い、[(95℃、20秒)→(95℃、1秒)→(60℃、20秒)]×40サイクルの反応条件で測定を行った。
内在性コントロールにはラットGapDH Taqman probeを用い、上記と同様の反応条件で測定を行った。測定により得られたCt値からGapDHを内部標準としてΔΔCt法により、各サンプルの相対的遺伝子発現量を求めた。
使用したTaqman probeの製品情報、仕様は以下のとおりである。
GapDH:Applied biosystems Assay ID:Rn01462662_g1
NT3:Applied biosystems Assay ID:Rn00579280_m1
【0025】
(2)結果
測定結果を図1、2に示す。
ラット初代ミュラー細胞において、ケンフェリドによりNT3の遺伝子発現が増強されることが確かめられた。
一方、類似骨格を有する化合物であっても、クリシン、ミリセチンは、NT3の遺伝子発現を増強しなかった。以上より、ケンフェリドにNT3の発現増強作用があることが確かめられた。また、ケンフェリドに聴覚機能低下予防及び/又は改善、加齢性難聴の予防及び/又は改善の作用があることが確かめられた。
図1
図2