(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024099176
(43)【公開日】2024-07-25
(54)【発明の名称】カタクリの培養球根の育成方法
(51)【国際特許分類】
A01H 6/56 20180101AFI20240718BHJP
A01H 4/00 20060101ALI20240718BHJP
A01H 5/10 20180101ALI20240718BHJP
【FI】
A01H6/56
A01H4/00
A01H5/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023002915
(22)【出願日】2023-01-12
(71)【出願人】
【識別番号】309015019
【氏名又は名称】地方独立行政法人青森県産業技術センター
(71)【出願人】
【識別番号】504229284
【氏名又は名称】国立大学法人弘前大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】津川 秀仁
(72)【発明者】
【氏名】加藤 直幹
(72)【発明者】
【氏名】本多 和茂
【テーマコード(参考)】
2B030
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD06
2B030CA28
2B030CB02
2B030CD06
2B030CD07
2B030CD09
2B030CD14
2B030CD17
(57)【要約】
【課題】カタクリの成熟した培養球根を短期間に安定的に育成する方法を提供すること。
【解決手段】カタクリ(Erythronium japonicum Decne.)の不定芽原基を含む細胞塊を増殖させる工程、増殖させた細胞塊を再分化させ、得られた再分化個体の基部に形成された0.1g以上の子球を採取する工程、採取した子球を炭素源濃度が30~120g/Lのホルモンフリーの基本培地にて5~10℃で暗培養し、伸長・肥大させる工程を含む、カタクリの培養球根の育成方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程:
(1)カタクリ(Erythronium japonicum Decne.)の不定芽原基を含む細胞塊を増殖させる工程、
(2)工程(1)で増殖させた細胞塊を再分化させ、得られた再分化個体の基部に形成された0.1g以上の子球を採取する工程、
(3)工程(2)で採取した子球を炭素源濃度が30~120g/Lのホルモンフリーの基本培地にて5~10℃で暗培養し、伸長・肥大させる工程、
を含む、カタクリの培養球根の育成方法。
【請求項2】
前記炭素源がショ糖である、請求項1に記載のカタクリの培養球根の育成方法。
【請求項3】
前記工程(3)の後、球根を斜面培地に移植し、培養する工程をさらに行う、請求項1に記載のカタクリの培養球根の育成方法。
【請求項4】
前記工程(3)の後、球根を、ゲル化剤の濃度が1.0~1.5g/Lの基本培地に該球根の首部を引き上げて移植し、培養する工程をさらに行う、請求項1に記載のカタクリの培養球根の育成方法。
【請求項5】
前記工程(3)の後、球根を、球根先端部を下にして該球根の下側半分を基本培地に埋め込んで移植し、培養する工程をさらに行う、請求項1に記載のカタクリの培養球根の育成方法。
【請求項6】
前記工程(3)の後、球根首部を埋没させないように液体培地を注入し、培養する工程をさらに行う、請求項1に記載のカタクリの培養球根の育成方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の育成方法により得られるカタクリの培養球根。
【請求項8】
生体重が3g以上、球根長が7cm以上、及び球根径が1cm以上である、請求項7に記載のカタクリの培養球根。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カタクリの培養球根の育成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カタクリ(Erythronium japonicum Decne.)は、種子から開花するまで7~8年という長期間を要する。カタクリの種子は休眠性が高く、一度常温(20℃~25℃)で5ヶ月ほど経過後、10℃以下の低温に遭遇しないと発芽しないという通常の植物にはない特殊性を有する。発芽したものは、その後、細い葉を伸ばし、基部に球根を形成する。球根は毎年少しずつ肥大し、葉が2枚展開できる大きさになると開花して種子を形成するが、球根は肥大するのみで自然界ではほとんど分球することはないと言われている。従って、カタクリを短期間で増殖する方法はなく、球根を採取すると群落が少しずつ減少していくため、現存するカタクリの群落のほとんどは、保護地域となっており、容易に入手できない。
【0003】
一方、カタクリの葉部や全草の抽出物には、腫瘍壊死因子(TNF)α産生抑制作用(特許文献1)や一酸化窒素(NO)産生抑制作用(特許文献2)などの有用な機能が報告されており、自己免疫性疾患、神経変性疾患、皮膚疾患などの治療や予防を目的とした医薬品や化粧品への利用が期待される。そのため、機能性素材としてカタクリを有効利用するために、人工栽培によって短期間に安定的に供給する方法の確立が急務である。これまで、本発明者らは、カタクリの未熟種子(胚珠)を利用し、組織培養によって安定的に増殖可能な培養系を確立した(特許文献3)。さらに、前記培養系によって得られた不定芽原基を含む培養組織の再分化個体から機能性成分であるアントシアニンを含む葉部の採取方法も確立した(特許文献4)。
【0004】
このようなカタクリの培養系の構築の一貫として、培養球根を供給するシステムの確立が望まれる。これまで、カタクリの球根を人工的に育成する報告はあるが(非特許文献1)、十分に成熟した多数の球根を早期に育成できることを報告する文献はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-135328号公報
【特許文献2】特開2018-135294号公報
【特許文献3】特開2021-112169号公報
【特許文献4】特開2022-121917号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】カタクリの栽培と園芸品種(1987)、福田達夫、採取と飼育;p124-126
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、カタクリを機能性素材として有効利用するために、カタクリの成熟した培養球根を短期間に安定的に育成する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、培養球根の育成材料として、継続的に増殖・維持された不定芽原基を含む細胞塊から再分化させた個体の基部に形成された0.1g以上の子球を用いること、前記子球を炭素源濃度が30~120g/Lのホルモンフリーの基本培地にて低温域(5~10℃)で暗培養することによって、伸長・肥大した成熟球根を短期間に安定的に育成できることを見出した。さらに、生育が遅いものや停止したものについては、斜面培地に移植し、培養する方法、球根首部を培地から引き上げて移植し、培養する方法、球根先端部(分裂組織部分)を下にして球根の下側半分を培地に埋め込んで移植し、培養する方法、球根首部を埋没させないように液体培地を注入して培養する方法のいずれかの方法で培養することによって二次的に生育可能であることを見出した。本発明はかかる知見により完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
[1]以下の工程:
(1)カタクリ(Erythronium japonicum Decne.)の不定芽原基を含む細胞塊を増殖させる工程、
(2)工程(1)で増殖させた細胞塊を再分化させ、得られた再分化個体の基部に形成された0.1g以上の子球を採取する工程、
(3)工程(2)で採取した子球を炭素源濃度が30~120g/Lのホルモンフリーの基本培地にて5~10℃で暗培養し、伸長・肥大させる工程、
を含む、カタクリの培養球根の育成方法。
[2]前記炭素源がショ糖である、[1]に記載のカタクリの培養球根の育成方法。
[3]前記工程(3)の後、球根を斜面培地に移植し、培養する工程をさらに行う、[1]に記載のカタクリの培養球根の育成方法。
[4]前記工程(3)の後、球根を、ゲル化剤の濃度が1.0~1.5g/Lの基本培地に該球根の首部を引き上げて移植し、培養する工程をさらに行う、[1]に記載のカタクリの培養球根の育成方法。
[5]前記工程(3)の後、球根を、球根先端部を下にして該球根の下側半分を基本培地に埋め込んで移植し、培養する工程をさらに行う、[1]に記載のカタクリの培養球根の育成方法。
[6]前記工程(3)の後、球根首部を埋没させないように液体培地を注入し、培養する工程をさらに行う、[1]に記載のカタクリの培養球根の育成方法。
[7][1]~[6]のいずれかに記載の育成方法により得られるカタクリの培養球根。
[8]生体重が3g以上、球根長が7cm以上、及び球根径が1cm以上である、[7]に記載のカタクリの培養球根。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、カタクリの培養球根の育成方法が提供される。自然界では、種子から開花可能な球根に成熟するまでに最低でも7~8年、あるいは10年は必要であると言われている。本発明の培養球根の育成方法では、不定芽原基を含む細胞塊を再分化し、移植できる球根に育つまで1~2年、球根長及び球根径が十分に成熟した球根に育てるまで1~2年で、未熟胚珠(超未熟種子)から不定芽原基を含む細胞塊の作成期間の約2年を含めて最短4年で成熟球根を育成することが可能である。よって、本発明の方法は、自然界での球根生育に比べて、育成時間を大幅に短縮することが可能であり、多数の球根を安定的に供給可能することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1Aは、再分化個体の基部に形成された球根を示す。
図1Bは、カタクリの再分化個体の基部に形成された子球の大きさを示す(左:0.1g以上、右:0.1g未満)。
【
図3】
図3は、子球の伸長状況を示す(右端は生育、左端は停止)。
【
図4】
図4は、球根の培養期間と球根長の関係を示す。
【
図5】
図5Aは、生育停止した球根、
図5Bは、コンタミによって培養が中断された球根を示す。
【
図6】
図6は、生育停止球根の斜面培地への移植後6ヶ月目の生育状況を示す。
【
図7】
図7Aは、生育停止球根の二次的生育(裂皮)を示す(左側〇印:先端伸長、右側〇印:裂皮)。
図7Bは、二次的生育球根の肥大を示す(〇印:肥大部分)。
図7Cは、二次的生育球根からの出芽を示す(〇印:出芽部分)。
【
図8】
図8は、3g以上の球根における球根長と球根径との関係を示す。
【
図9】
図9は、成熟球根の大きさを示す(球根長:7cm、球根径:1cm)。
【
図10】
図10は、大容量容器で培養した球根を示す(A:培養7ヶ月目、B:培養12ヶ月目、C:培養3ヶ月目、早期に伸長した球根)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のカタクリの培養球根の育成方法は、以下の工程:
(1)カタクリ(Erythronium japonicum Decne.)の不定芽原基を含む細胞塊を増殖させる工程、
(2)工程(1)で増殖させた細胞塊を再分化させ、得られた再分化個体の基部に形成された0.1g以上の子球を採取する工程、
(3)工程(2)で採取した子球を炭素源濃度が30~120g/Lのホルモンフリーの基本培地にて5~10℃で暗培養し、伸長・肥大させる工程、
を含む。以下、各工程について説明する。
【0013】
工程(1):
工程(1)では、カタクリ(Erythronium japonicum Decne.)の不定芽原基を含む細胞塊を連続的に増殖させる。
【0014】
本工程において、不定芽原基を含む細胞塊の増殖用培地としては、植物組織培養において通常に使用される基本培地、例えばMS培地(ムラシゲ-スクーグ培地)、LS培地(リンスマイア-スクーグ培地)、Gamborgの培地、Whiteの培地、Tuleckeの培地、Nitsch & Nitschの培地に、ショ糖、グルコース、フルクトース、マルトース等の糖類を添加したものを用いることができる。また、基本培地の培地成分の一部の類似成分への置換、ビタミン類(塩酸チアミン、塩酸ピリドキシン、ニコチン酸、パントテン酸カルシウム、ビタミンB12、ビオチン、パラアミノ安息香酸、葉酸等)、アミノ酸(グリシン、グルタミン、グルタミン酸、アスパラギン酸、リジン等)の添加、ショ糖などの糖類の濃度の変更などによって改変した培地などを用いることができる。
【0015】
上記基本培地に、植物ホルモンとして、オーキシン類、サイトカイニン類、ジベレリン類を添加する。オーキシン類としては、例えばナフタレン酢酸(NAA)、インドール-3-酢酸(IAA)、インドール-3-酪酸(IBA)、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)、4-クロロ-2-メチルフェノキシ酢酸(MCPA)、2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T)等が挙げられるが、NAAが好ましい。サイトカイニン類としては、例えばベンジルアデニン(BA)、ゼアチン(Zeatin)、カイネチン(Kinetin)、6-(γ,γ-ジメチルアラミノ)プリン(2iP)、N-(2-クロロ-4-ピリド)-N’-フェニルウレア(CPPU)等が挙げられるが、BAが好ましい。ジベレリン類としては、例えばジベレリンA1(GA1)、ジベレリンA3(GA3)、ジベレリンA4(GA4)、ジベレリンA7(GA7)等が挙げられるが、GA3が好ましい。
【0016】
本発明において、不定芽原基を含む細胞塊の増殖用培地に含有させる植物ホルモンは、1種でもよいが、2種以上を組み合わせることが好ましい。1種の場合は、ジベレリン類が好ましく、2種以上を組み合わせる場合は、ジベレリン類とオーキシン類との組み合わせ、又はジベレリン類とオーキシン類とサイトカイニン類との組み合わせが好ましい。
【0017】
培地中の植物ホルモンの含有量の範囲は植物ホルモンの種類によって異なるが、不定芽原基を含む細胞塊の増殖を促進する観点から、合計で1~10mg/Lが好ましく、1~5mg/Lがより好ましく、2~4mg/Lがさらに好ましい。例えば、培地中のオーキシン類の含有量としては、0.1~1.0mg/L、サイトカイニン類の含有量としては、0.5~2.0mg/L、ジベレリン類の含有量としては、0.2~1.0mg/Lが例示される。特に好ましい植物ホルモンの組み合わせは、NAAとBAとGA3の組み合わせであって、NAAの含有量が1.0mg/Lに対し、BAの含有量が0.5~2.0mg/L、GA3の含有量が0.2~1.0mg/Lが好ましい。
【0018】
より具体的には、ME4培地(1/2MS培地を基本とし、ショ糖30g/L、支持体としてジェランガム2g/Lを加え、ナフタレン酢酸(NAA)1.0mg/L、ベンジルアデニン(BA)2.0mg/L、ジベレリンA3(GA3)0.2mg/Lを添加した培地)が好ましい。
【0019】
工程(1)における培養温度は、6~18℃であればよいが、12~16℃が好ましく、14~16℃がより好ましい。また、培養期間は、培養温度によって適宜調整できるが、2~3ヶ月が好ましい。培養は、同条件で数回連続的に行う。
【0020】
不定芽原基を含む細胞塊の増殖用培地の形態は、固形培地が好ましく、培地上に滅菌した超未熟種子(閉花後5~10日、好ましくは7~8日の子房内の未熟胚珠)を置床して培養する。固形培地には、培地のゲル化剤として寒天、アガロース、ジェランガム等が使用される。また、培地の固形化は、水中に溶解したゲル化剤を基本培地に注加して、オートクレーブ内で加温、加圧下に処理する等の一般的な方法によって行うことができる。ゲル化剤の添加量は培地として十分な固形化状態を得るのに十分な量であればよく、種類によって異なるが、例えば、寒天は0.6~1.2%、アガロースは0.1~1.0%、ジェランガムは0.1~0.4%が好ましい。また、不定芽原基を含む細胞塊の増殖用培地のpHは細胞塊増殖に好適な4.5~7.0の範囲であることが好ましい。
【0021】
培養容器としては通常平型のシャーレを用いるが、試験管、三角フラスコ、又は広口瓶等も使用可能である。
【0022】
工程(1)の培養は、暗所で行う。本明細書において「暗所」とは、通常、植物組織培養で用いられる暗所条件と同義であり、完全に暗所である必要はない。例えば、観察等において通常の光条件に一時的に曝すことがあったとしても暗所とする。また、暗所条件の設定の方法としては、特に限定はないが、培養室の照明を点灯しない方法、培養物の入った容器を遮光性の容器に封入する方法又は容器をアルミホイル等により包む方法等が挙げられる。
【0023】
工程(2):
工程(2)では、工程(1)で増殖させた細胞塊を再分化させ、葉身を伸長させると同時に、得られた再分化個体の基部に形成された0.1g以上、好ましくは0.2g以上の子球を採取する。採取した子球は、工程(3)の伸長・肥大工程に供するが、子球の大きさが、0.1gに満たないと、その後の生育の方向性や伸長・肥大の速度が異なるので好ましくない。本工程で、再分化に使用する基本培地の種類、培地成分(ただし植物ホルモンは含まない)、培地の形態、培養容器は、工程(1)と同じであり、前記に従えばよい。
【0024】
工程(3):
工程(3)では、工程(2)で採取した子球を炭素源濃度が30~120g/Lのホルモンフリーの基本培地にて5~10℃で暗培養し、伸長・肥大させる。炭素源としては、
ショ糖、マルトース、ラクトースなどの二糖類、グルコース、フルクトース、ガラクトースなどの単糖類、デンプンあるいはこれら糖源の2種類以上を適当な比率で混合したものを使用できるが、ショ糖が好ましい。ここで使用される基本培地としては、炭素源を上記濃度で含む以外は、無機成分、ビタミン類、必要に応じてアミノ酸類等を含む一般的に植物の組織培養に用いられる基本培地を用いることができる。
【0025】
炭素源の濃度は30~120g/Lであればよいが、十分に伸長・肥大させるために、30~90g/Lが好ましく、60g/Lがより好ましい。
【0026】
無機成分としては、例えばリン、窒素、カリウム、カルシウム、マグネシウム、イオウ、鉄、マンガン、亜鉛、ホウ素、銅、モリブデン、塩素、ナトリウム、ヨウ素、コバルト等が挙げられ、これらの成分は例えば硝酸カリウム、硝酸ナトリウム、硝酸カルシウム、塩化カリウム、リン酸1水素カリウム、リン酸2水素カリウム、塩化カルシウム、硫酸マグネシウム、硫酸ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸第二鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、ホウ酸、硫酸銅、モリブデン酸ナトリウム、三酸化モリブデン、ヨウ化カリウム、塩化コバルトなどの化合物として添加できる。上記無機成分は、1種又は2種以上を選択して用いることができる。
【0027】
ビタミン類としては、例えば、ビオチン、チアミン(ビタミンB1)、ピリドキシン(ビタミンB4)、ピリドキサール、ピリドキサミン、パントテン酸カルシウム、イノシトール、ニコチン酸、ニコチン酸アミド及び/又はリボフラビン(ビタミンB2)等が挙げられる。上記ビタミン類は、1種又は2種以上を選択して用いることができる。
【0028】
アミノ酸類としては、例えば、グリシン、アラニン、グルタミン酸、システイン、フェニルアラニン、リジン等などが挙げられる。上記アミノ酸類は、1種又は2種以上を選択して用いることができる。
【0029】
上記の各成分を含む基本培地は、通常組織培養で用いられる基本培地であればよく、MS培地(ムラシゲ-スクーグ培地)、LS培地、Hyponex培地(種々のN:P:K比率のもの)、Gamborgの培地、Whiteの培地、Tuleckeの培地、Nitsch & Nitschの培地等が挙げられるが、MS培地に含まれる無機塩を半分に希釈した培地である1/2MS培地、組織培養では通常使用されていない園芸用追肥液であるHyponex培地(N:P:K=6:10:5)の1000倍希釈液が好ましい。
【0030】
工程(3)における培養温度は4~12℃であればよいが、5~10℃が好ましい。上記温度範囲以外では、球根の伸長・肥大が十分ではない。また、培養期間は、培養温度によって適宜調整できるが、7~12ヶ月が好ましく、1年以上行うのがより好ましい。
【0031】
培地の形態は、固形培地が好ましく、培地上に工程(2)で採取した子球を移植して培養する。固形培地には、培地のゲル化剤として寒天、アガロース、ジェランガム等が使用される。また、培地の固形化は、水中に溶解したゲル化剤を基本培地に注加して、オートクレーブ内で加温、加圧下に処理する等の一般的な方法によって行うことができる。ゲル化剤の添加量は培地として十分な固形化状態を得るのに十分な量であればよく、種類によって異なるが、例えば、寒天は0.6~1.2%、アガロースは0.1~1.0%、ジェランガムは0.1~0.4%が好ましい。また、培地のpHは球根の伸長・肥大に好適な4.5~7.0の範囲であることが好ましい。
【0032】
本工程には、培養容器は、実施例に記載の容量が30~100mL程度のガラス製ビン、フラスコ類等を用いることができるが、容量が500mL以上の大容量の容器であっても、同様に球根を伸長・肥大させることが可能であり、作業効率がよい。
【0033】
さらに、本発明の方法の一実施形態として、上記工程(3)の培養(一次培養)において伸長・肥大が停止又は不十分な個体については、これらを生育させるために二次培養を行ってもよい。
【0034】
二次培養の第一の態様は、球根を斜面培地に移植し、培養する方法である。ここで、球根を移植させる斜面培地としては、一次培養の工程(3)と同じ基本培地が使用できる。また、ゲル化剤の種類及び濃度は、一次培養の工程(3)と同じであり、前記に従えばよい。
【0035】
二次培養の第二の態様は、球根を、ゲル化剤を低濃度で含有する緩い培地に該球根の首部を引き上げて培地に埋もれないように移植(プルアップ処理)し、培養する方法である。カタクリの球根はその形態の特殊性から上下の判別がしにくいが、成長点を含む分裂組織部分が下、分裂組織部分と反対側が上である。よって、本明細書において、「球根首部」とは、分裂組織部分と反対側の部分をいい、「球根先端部」とは、分裂組織部分に相当し、地下に潜って伸長し、次の球根及び形成する部分をいう。球根を移植させる培地は、一次培養の工程(3)と同じ基本培地が使用できる。ゲル化剤としては、ジェランガム、寒天、アガロース等が使用できるが、ジェランガムが好ましい。例えば、ゲル化剤としてジェランガムを使用する場合、その濃度は、1.0~1.5g/L(0.1~0.15%)が好ましい。ゲル化剤の濃度が1.0g/Lを下回ると球根が埋もれてしまい、球根首部を引き上げて移植することができず、また、3.0g/Lを超えると固くなりすぎて扱いにくい。
【0036】
二次培養の第三の態様は、球根を、球根先端部を下にして該球根の下側半分を基本培地に埋め込んで移植(半埋め込み処理)し、培養する方法である。球根を移植させる培地としては、一次培養の工程(3)と同じ基本培地を使用することができる。また、ゲル化剤の種類及び濃度は、一次培養の工程(3)と同じであり、前記に従えばよい。球根先端部の培地への埋め込みは、培地に1~2cm程度の十字の切込みを入れることによって確実に行うことができる。
【0037】
二次培養の第四の態様は、球根首部を埋没させないように液体培地を注入し、培養する方法である。ここで注入する液体培地としては、ゲル化剤を使用しない以外は一次培養の工程(3)の基本培地と同じものが使用できるが、1/2MS培地、Hyponex培地(N:P:K=6:10:5)の1000倍希釈液等が好ましい。
【0038】
上記二次培養は、一次培養で生育が停止又は不十分な球根を、二次的に生育(伸長・肥大)させることができれば、いずれの態様で行ってもよく、一次培養後の個体の状態によって適宜選択すればよい。
【0039】
上記の方法によって育成される培養球根は、生体重が3g以上、球根長が7cm以上、及び球根径が1cm以上を目安に成熟達成球根と判断できる。
【実施例0040】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明する。ただし、これらの実施例は本発明を限定するものでない。
【0041】
(参考例)カタクリの不定芽原基組織を含む細胞塊の育成
カタクリ(Erythronium japonicum Decne.)の超未熟種子(閉花後約1週間の1.5~2cmの子房から無菌的に取り出した、大きさが縦長約3mm、横幅約1mmの胚珠)を、不定胚誘導用培地(1/2MS培地を基本とし、ショ糖30g/L、支持体としてジェランガム2g/Lを加え、ナフタレン酢酸(NAA)0.1mg/L、ジベレリンA3(GA3)1mg/Lを添加した培地)にて、20℃、5ヶ月、暗所で培養し、不定胚組織を誘導した。誘導した不定胚組織をME4培地(1/2MS培地を基本とし、ショ糖30g/L、支持体としてジェランガム2g/Lを加え、ナフタレン酢酸(NAA)1mg/L、ベンジルアデニン(BA)2mg/L、ジベレリンA3(GA3)0.2mg/Lを添加した培地)にて、16℃、4~5ヶ月、暗所で培養し、分割が可能な大きさの不定芽原基を含む組織(「不定芽原基組織」という)を得た。形成された不定芽原基組織を分割し、得られた分割塊をシャーレ内のME4培地(同上)に置床し、16℃、3ヶ月、暗所で培養し、不定芽原基組織である分割塊を増殖させた。
【0042】
(実験例1)培養球根育成材料の検討
参考例で得られたカタクリの超未熟種子より組織培養によって増殖させた不定芽原基含有細胞塊をME4培地(1/2MS、BA 2mg/L、NAA 1mg/L、GA
3 0.2mg/L、ショ糖 30g/L、ジェランガム 2g/L)で培養後、ホルモンフリー培地に移植することで不定芽原基から葉身を展開させると同時に基部に球根の形成が認められた(
図1A、B)。0.1g未満の小さい球根は出芽の方向に向かう傾向があったので、その出芽率を調査した。
【0043】
(1)方法
0.1g未満の子球を供試材料として用い、4つの反復区を設け、以下の条件で培養し(各実験区とも同条件)、培養3~4ヶ月後に出芽率を調査するとともに、球根伸長率(置床した球根に対する、球根先端部が培地中に伸びた球根の割合)についても調査した。
<条件>
培地:1/2MS、ショ糖30g/L、ジェランガム3g/L
容器:ガラス製ビン(φ20mm)、培地量10mL
培養条件:5℃、暗培養
一区あたりの置床数:10~15個
【0044】
(2)結果
上記調査結果を下記表1に示す。
【0045】
【0046】
表1に示されるように、いずれの区も球根伸長は認められなかったが、大部分に出芽が認められた。また、葉身が生育すると同時に基部に形成される球根は置床前よりも確実に肥大し、0.1g以上の球根に生育した(
図2)。以上の結果より、球根伸長・肥大実験には0.1g以上の子球を用いることとした。
【0047】
(実験例2)培養球根育成培地におけるショ糖濃度の検討
球根伸長・肥大用の培地として、1/2MSホルモンフリー(ショ糖30g/L)培地を用いたところ、伸長・肥大する個体が約20%程度で認められたが、伸長しないものも多く、また、生育スピードもバラツキが大きかった(
図3)。そこで、ショ糖濃度を変更した実験区を設け、球根伸長・肥大(球根先端部が伸長し、ある程度伸長した後又は伸長と同時に先端部分が膨らんで太くなること)に対するショ糖濃度の影響を調べた。
【0048】
(1)方法
0.1g以上の子球を供試材料として用い、以下の条件で培養し、培養6ヶ月後に球根伸長・肥大率(置床した球根に対する、球根先端部が伸長し、ある程度伸長した後又は伸長と同時に先端部分が膨らんで太くなる球根の割合)を調査した。
<条件>
培地:1/2MSホルモンフリー培地、ジェランガム3g/L
容器:ガラス製ビン(φ20mm)、培地量20mL
ショ糖:0、30、60g/L
培養条件:5℃、暗培養
一区あたりの置床数:10個
【0049】
(2)結果
上記調査結果を下記表2に示す。
【0050】
【0051】
表2に示されるように、球根伸長・肥大にはショ糖が不可欠であり、ショ糖30g/Lよりも60g/Lの方が球根伸長・肥大する個体が多かった。また、球根の伸長に関しても、長くなる傾向(伸長が速い)であった。
【0052】
(実験例3)培養球根育成における培養温度の検討
増殖用細胞塊の培養条件である18℃、16時間照明下で子球を培養したところ、ほとんど生育が認められなかったため、培養温度を変更した実験区を設け、伸長・肥大(球根先端部が伸長し、ある程度伸長した後又は伸長と同時に先端部分が膨らんで太くなること)に対する培養温度の影響を調べた。
【0053】
(1)方法
0.2g以上の子球を供試材料として用い、以下の条件で培養し、培養6ヶ月後に伸長・肥大の有無(置床した球根に対する、球根先端部が伸長し、ある程度伸長した後又は伸長と同時に先端部分が膨らんで太くなる球根の有無)を調査した。
<条件>
培地:1/2MS、ショ糖30g/L、ジェランガム3g/L
容器:ガラス製ビン(200mL)、培地量50mL
培養条件:暗培養、培養温度(4、5、8、10、12、16、18℃)
一区あたりの置床数:5個
【0054】
(2)結果
上記調査結果を下記表3に示す。
【0055】
【0056】
表3に示されるように、増殖用細胞塊の培養では12~16℃が適温であったのに対し、球根の伸長・肥大にはさらに低温の5~10℃が適していた。なお、5℃と10℃での顕著な差は認められなかった。
【0057】
(実験例4)培養期間と球根長の関係
同じ培養条件でも、生育量を揃えることが難しいが、全体的な傾向をつかむために、培養期間を変更した実験区を設け、球根長を調査した。
【0058】
(1)方法
0.2g以上の子球(それぞれの培養期間区の材料は異なる)を供試材料として用い、以下の条件で培養し、所定の培養期間後に球根長を測定した。
<条件>
培地:1/2MS、ショ糖60g/L、ジェランガム3g/L
容器:ガラス製ビン(φ25mm)、培地量20mL
培養条件:5℃、暗培養、培養期間(4、7、12ヶ月)
一区あたりの置床数:5~8個
【0059】
(2)結果
上記調査結果を
図4に示す。培養期間が長くなるにつれ、球根長は次第に増した。しかし、伸長が鈍い個体も存在し、12ヶ月間培養しても、まだ、生育途中の個体は存在していた。
【0060】
(実験例5)伸長・肥大停止球根の処理法
初期培養において、7~8ヶ月間培養を行っても、伸長・肥大が停止する個体や、コンタミなどのため再滅菌後に移植を必要とする個体が発生した(
図5A:途中停止球根、
図5B:コンタミによって培養が中断された球根)。そこで、このような伸長・肥大停止球根について、これらを生育させるための処理法(二次培養条件)について検討した。
【0061】
(1)検討1(斜面培養)
生育停止した球根又はコンタミ再滅菌球根を供試材料として用い、斜面培地に移植し、以下の条件で培養し、移植後6ヶ月後の球根生育株を調査した。
<条件>
培地:1/2MS、ショ糖60g/L、ジェランガム3g/L
容器:ガラス製ビン、斜面培地(φ30mm)、培地量30mL
培養条件:5℃、暗培養、6ヶ月間
一区あたりの置床数:2~4個
【0062】
上記斜面培養で二次培養を行った球根の生育株率(置床した球根に対する、二次的に生育した球根の割合)を下記表4に示す。
【0063】
【0064】
斜面培養すると、高い確率(約100%)で二次的に生育できることが確認できた(表4、
図6)。
【0065】
(2)検討2(プルアップ処理)
生育停止した球根又はコンタミ再滅菌球根を供試材料として用い、ジェランガム濃度を1.0~1.5g/Lに下げた緩い培地に球根を移植し、首部を培地より引き上げる(プルアップ)処理を行い、以下の条件で培養し、移植後6ヶ月後の球根生育株を調査した。
<条件>
培地:1/2MS、ショ糖60g/L、ジェランガム1~1.5g/L
容器:ガラス製ビン(450mL)、培地量300mL
培養条件:5℃、暗培養、6ヶ月間
一区あたりの置床数:10個
【0066】
上記プルアップ処理で二次培養を行った球根の生育株率(置床した球根に対する、二次的に生育した球根の割合)を下記表5に示す。
【0067】
【0068】
プルアップ処理すると、高い確率(約85%)で二次的に生育できることを確認できた(表5、
図7A:停止球根の二次的生育(先端伸長、炸裂)、
図7B:二次的生育球根の肥大)。また、二次的に生育した球根からは出芽できることも確認できた(
図7C)。
【0069】
(3)検討3(半埋め込み処理)
生育停止した球根又はコンタミ再滅菌球根(球根長:3~4cm、球根重:0.5~1g程度)を供試材料として用い、やや硬めの十分な量の培地に球根の先端を下にして、球根首部は地上に浮かせた状態で球根下側半分を埋め込んで移植(半埋め込み処理)し、以下の条件で培養し、移植後2ヶ月後の球根生育株を調査した。なお、培地への埋め込みを確実にするために、培地に小型スパーテルを用いて1~2cm程度の十字の切込みを入れた。
<条件>
培地:1/2MS、ショ糖60g/L、ジェランガム3g/L
容器:ガラス製ビン(長さ10~12cm、φ20mm)、培地量20mL
培養条件:5℃、暗培養、2ヶ月間
一区あたりの置床数:5~10個
反復数:4区
【0070】
上記半埋め込み処理で二次培養を行った球根の生育株率(置床した球根に対する、二次的に生育した球根の割合)を下記表6に示す。
【0071】
【0072】
半埋め込み処理によって、高い確率で二次的生育できることを確認できた(表6)。この半埋め込み処理では、(1)(2)と同様な効果を示し、かつ操作の安定性が改善できた。
【0073】
(4)検討4(液体培地の注入)
生育停止した球根(1/2MS、ショ糖60g/L、ジェランガム3g/Lの培地中において7ヶ月間培養して、球根長は十分伸びているが、球根径(太り)が停止している球根)を供試材料として用い、以下の条件で培養し、液体培地注入2ヶ月後の球根生育株を調査した。
<条件>
液体培地:Hyponex1,000倍液、ショ糖60g/L
処理方法:球根首部を埋没させない液量の液体培地を注入(約2mL)
培養条件:5℃、暗培養、2ヶ月間
処理個体数:6個体
【0074】
液体培地を注入する前と注入後2ヶ月後の球根径(最も太い部分の直径)を下記表7に示す。
【0075】
【0076】
細長い球根(肥大が足りない)に対し、液体培地を注入することで、確実に球根が肥大し、球根径が2倍になることを確認できた(表7)。これらの結果から、液体培地の注入(追加)は、球根が細長いものを肥大させるには効果的であり、また、球根を培地から引きぬき、移植操作するといった煩雑さもないのが利点である。
【0077】
(実験例6)成熟達成球根の大きさ
最終的な段階まで生育したと思われる球根(生体重3g以上の球根)について、球根長及び球根径を測定した。
【0078】
(1)方法
生体重3g以上の球根(4個体)を供試材料として用い、球根長及び球根径を測定した。
【0079】
【0080】
【0081】
3g以上の球根では、球根長7cm以上、球根径1cm以上となっていた(表8、
図8、
図9)。
【0082】
(実験例7)大容量容器の検討
容量が20mL程度のガラス製ビンで1年間培養すると養分不足が懸念されたため、あらかじめ大容量の培養容器(450mLのガラス製ビン)を用い、そのまま1年間培養し、最終的な大きさまで球根が生育するかどうかの検討を行った。
【0083】
(1)方法
0.1g以上の子球を含むと思われる球根塊(4個体、1塊には数個の子球が含まれている)を供試材料として用い、以下の条件で培養し、7ヶ月後の1塊当たりの伸長球根本数を調査した。
<条件>
培地:1/2MS、ショ糖60g/L、ジェランガム3g/L
容器:ガラス製ビン(450mL)、培地量300mL
培養条件:5℃、暗培養、7ヶ月間
一容器あたりの置床数:4~5塊
【0084】
(2)結果
上記調査結果を下記表9に示す。
【0085】
【0086】
置床後7ヶ月間培養すると、1塊当たり1.1~1.3本の伸長する球根が認められた(表9)。早いものは、3ヶ月後に急速に伸長する個体もあった(
図10C)。他の容器では6ヶ月間の培養期間で、一容器当たり数本の球根が伸長し、さらに6ヶ月目でかなり成熟に近い球根(自然条件下で開花できる球根重が2.5~3g程度と言われている)が数本形成していた(
図10A・B)。