(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024099314
(43)【公開日】2024-07-25
(54)【発明の名称】多板クラッチ装置
(51)【国際特許分類】
F16D 27/115 20060101AFI20240718BHJP
F16D 27/108 20060101ALI20240718BHJP
【FI】
F16D27/115 C
F16D27/108
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023003166
(22)【出願日】2023-01-12
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】菊谷 祐太
(72)【発明者】
【氏名】宅野 博
(72)【発明者】
【氏名】上村 一晃
(57)【要約】
【課題】耐久性の低下を抑制しながらも応答性を高めることが可能な多板クラッチ装置を提供する。
【解決手段】駆動力伝達装置2は、回転軸線Oを中心として回転可能な複数のアウタクラッチプレート51及びインナクラッチプレート52がメインカム42に押圧される。アウタクラッチプレート51とインナクラッチプレート52との摩擦摺動は、潤滑油8によって潤滑される。インナクラッチプレート52は、金属製の基材521の表面に摩擦材522が張り付けられている。メインカム42及び複数のインナクラッチプレート52には、潤滑油8を流通させる複数の貫通孔420,520が摩擦材522よりも内側に形成されている。回転軸線Oから複数のインナクラッチプレート52のそれぞれの複数の貫通孔520の外周縁までの最大距離をR
1とし、回転軸線Oからメインカム42の複数の貫通孔420の外周縁までの最大距離をR
2としたとき、R
2がR
1以上である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸線を中心として相対回転可能な複数のアウタクラッチプレート及び複数のインナクラッチプレートと、前記複数のアウタクラッチプレート及び前記複数のインナクラッチプレートを押圧する押圧部材とを備え、前記複数のアウタクラッチプレートの摩擦面と前記複数のインナクラッチプレートの摩擦面との摩擦摺動が潤滑油によって潤滑される多板クラッチ装置であって、
前記複数のアウタクラッチプレート又は複数のインナクラッチプレートは、金属製の基材の表面に摩擦材が張り付けられ、前記摩擦材の表面が前記摩擦面となっており、
前記押圧部材及び前記複数のインナクラッチプレートのそれぞれに、前記潤滑油を前記回転軸線に平行な軸方向に流通させる複数の貫通孔が前記摩擦面よりも内側に形成されており、
前記回転軸線から前記複数のインナクラッチプレートのそれぞれの前記複数の貫通孔の外周縁までの最大距離をR1とし、前記回転軸線から前記押圧部材の前記複数の貫通孔の外周縁までの最大距離をR2としたとき、R2がR1以上である、
多板クラッチ装置。
【請求項2】
前記回転軸線から前記複数のアウタクラッチプレートの内周端までの距離をR3とし、前記回転軸線から前記複数のアウタクラッチプレート及び前記複数のインナクラッチプレートの前記摩擦面までの距離をR4としたとき、R3及びR4がR2よりも大きい、
請求項1に記載の多板クラッチ装置。
【請求項3】
前記複数のアウタクラッチプレート及び前記複数のインナクラッチプレートを収容すると共に前記複数のアウタクラッチプレートが軸方向移動可能かつ相対回転不能に係合する外側係合部を有する外側回転部材、及び前記複数のインナクラッチプレートが軸方向移動可能かつ相対回転不能に係合する内側係合部を有する内側回転部材を備え、
前記外側回転部材には、前記複数のアウタクラッチプレート及び前記複数のインナクラッチプレートの前記摩擦面よりも外周側に、前記潤滑油を排出する排出油路が形成されており、
前記内側回転部材には、前記複数のインナクラッチプレートの間に前記潤滑油を供給する供給油路が形成されている、
請求項1又は2に記載の多板クラッチ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転軸線を中心として相対回転可能な複数のアウタクラッチプレート及びインナクラッチプレートを備えた多板クラッチ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、相対回転可能な複数のアウタクラッチプレート及びインナクラッチプレートを備えた多板クラッチ装置が、例えば車両の駆動力の伝達経路に用いられている。特許文献1には、金属からなる円環板状の基材の両側面に摩擦材が張り付けられた複数のインナクラッチプレートと、複数のインナクラッチプレートと交互に配置された複数のアウタクラッチプレートとを備え、複数のインナクラッチプレートと複数のアウタクラッチプレートとの摩擦摺動が潤滑油によって潤滑される多板クラッチが記載されている。複数のインナクラッチプレートには、潤滑油を流通させる流通孔が摩擦材よりも内側に形成されている。
【0003】
複数のアウタクラッチプレートは、クラッチドラムに軸方向移動可能に係合しており、複数のインナクラッチプレートは、クラッチドラムの内側に配置されたシャフトに軸方向移動可能に係合している。多板クラッチは、押圧部材としてのピストンによって軸方向に押圧され、クラッチドラムとシャフトとの間でトルクを伝達する。ピストンは、シリンダ室に供給される作動油の油圧を受けて多板クラッチを押圧する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように構成されたものにおいて、多板クラッチが軸方向に押圧されて複数のインナクラッチプレートと複数のアウタクラッチプレートとが摩擦接触するとき、複数のインナクラッチプレートと複数のアウタクラッチプレートとの間の潤滑油は、一部がクラッチドラムの外部に排出され、他の一部が遠心力によって摩擦材の内側に留まる。そして、摩擦材の内側に留まる潤滑油の量が多いと、多板クラッチが押圧されたときの複数のインナクラッチプレート及びアウタクラッチプレートの軸方向移動の抵抗力が大きくなり、摩擦トルクが発生するまでの時間が長くなって応答性が低下してしまう場合がある。また、摩擦材の内側に留まる潤滑油の量が少なすぎると、摩擦材に潤滑油が供給されなくなって耐久性が低下してしまうおそれがある。
【0006】
そこで、本発明は、複数のインナクラッチプレートと複数のアウタクラッチプレートとが摩擦接触するときに摩擦材の内側に適切な量の潤滑油が溜まるようにすることで、耐久性の低下を抑制しながらも応答性を高めることが可能な多板クラッチ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の目的を達成するため、回転軸線を中心として相対回転可能な複数のアウタクラッチプレート及び複数のインナクラッチプレートと、前記複数のアウタクラッチプレート及び前記複数のインナクラッチプレートを押圧する押圧部材とを備え、前記複数のアウタクラッチプレートの摩擦面と前記複数のインナクラッチプレートの摩擦面との摩擦摺動が潤滑油によって潤滑される多板クラッチ装置であって、前記複数のアウタクラッチプレート又は複数のインナクラッチプレートは、金属製の基材の表面に摩擦材が張り付けられ、前記摩擦材の表面が前記摩擦面となっており、前記押圧部材及び前記複数のインナクラッチプレートのそれぞれに、潤滑油を前記回転軸線に平行な軸方向に流通させる複数の貫通孔が前記摩擦面よりも内側に形成されており、前記回転軸線から前記複数のインナクラッチプレートのそれぞれの前記複数の貫通孔の外周縁までの最大距離をR1とし、前記回転軸線から前記押圧部材の前記複数の貫通孔の外周縁までの最大距離をR2としたとき、R2がR1以上である、多板クラッチ装置を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る多板クラッチによれば、耐久性の低下を抑制しながらも応答性を高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の多板クラッチ装置の一態様である駆動力伝達装置が搭載された車両の構成例を模式的に示す概略構成図である。
【
図2】収容部に収容された駆動力伝達装置を示す断面図である。
【
図3】非作動状態の駆動力伝達装置の部分断面図である。
【
図4】作動状態の駆動力伝達装置の部分断面図である。
【
図5】メインアウタクラッチプレートを示す平面図である。
【
図6】メインインナクラッチプレートを示す平面図である。
【
図7】メインカムのメインクラッチ側の面を示す平面図である。
【
図8】回転軸線に対して垂直な断面におけるスリーブの断面図である。
【
図9】比較例に係る駆動力伝達装置の部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[実施の形態]
以下、本発明の多板クラッチ装置を駆動力伝達装置として具現化した実施の形態について、
図1乃至
図8を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0011】
図1は、駆動力伝達装置2が搭載された車両1の構成例を模式的に示す概略構成図である。この車両1は、左右の前輪101,102及び左右の後輪103,104を駆動することが可能な四輪駆動車である。車両1は、駆動源としてエンジン11を備え、エンジン11の出力軸の回転がトランスミッション12で変速されてトランスファ13に出力される。なお、駆動源としては、電動モータを用いてもよく、エンジンと電動モータとを組み合わせた所謂ハイブリッドシステムを駆動源としてもよい。
【0012】
本実施の形態では、前輪101,102にエンジン11の駆動力が常時伝達され、後輪103,104には車両状態に応じてエンジン11の駆動力が伝達される。すなわち、本実施の形態では、前輪101,102が主駆動輪であり、後輪103,104が補助駆動輪である。後輪103,104には、例えば加速時あるいは前輪101,102にスリップが発生した際などに駆動力が伝達される。
【0013】
車両1は、前輪側のプロペラシャフト14及びディファレンシャル装置15を備えている。前輪側のプロペラシャフト14は、トランスファ13から前輪側に出力された駆動力をディファレンシャル装置15に伝達する。ディファレンシャル装置15は、プロペラシャフト14から入力された駆動力を左右のドライブシャフト151,152を介して左右の前輪101,102に配分する。
【0014】
また、車両1は、後輪側のプロペラシャフト16及びディファレンシャル装置17を備えている。後輪側のプロペラシャフト16は、トランスファ13から後輪側に出力された駆動力をディファレンシャル装置17に伝達する。ディファレンシャル装置17は、プロペラシャフト16から入力された駆動力を左右のドライブシャフト161,162を介して左右の後輪103,104に配分する。
【0015】
トランスファ13は、ケース本体131及びケースカバー132を有するトランスファケース133を備えている。トランスファケース133には、駆動力伝達装置2を収容する収容部130が設けられている。駆動力伝達装置2は、車両1に搭載された制御装置18によって制御され、制御装置18から供給される電流に応じた駆動力を第1シャフト134から第2シャフト135に伝達する。第1シャフト134は、トランスミッション12の出力軸121に連結されており、第2シャフト135は、後輪側のプロペラシャフト16に連結されている。第1シャフト134は、駆動力伝達装置2の入力軸であり、第2シャフト135は、駆動力伝達装置2の出力軸である。
【0016】
前輪側のプロペラシャフト14には、第1シャフト134に固定されたドライブスプロケット136、ドライブスプロケット136に巻き掛けられたトランスファチェーン137、トランスファチェーン137が巻き掛けられたドリブンスプロケット138、及びドリブンスプロケット138が固定された前輪側出力シャフト139を介してエンジン11の駆動力が伝達される。
【0017】
後輪側のプロペラシャフト16には、駆動力伝達装置2を介して駆動力が伝達され、前輪側のプロペラシャフト14には、後輪側のプロペラシャフト16に伝達されなかった分の駆動力が伝達される。駆動力伝達装置2は、制御装置18から供給される電流が大きいほど大きな駆動力を伝達する。制御装置18は、前輪101,102及び後輪103,104の回転速度や、車速、アクセルペダルの操作量、ならびにヨーレイト等の車両状態に応じて駆動力伝達装置2に供給する電流を調整し、駆動力伝達装置2を制御する。
【0018】
図2は、収容部130に収容された駆動力伝達装置2を第1シャフト134及び第2シャフト135と共に示す断面図である。
図2では、駆動力伝達装置2を第1シャフト134及び第2シャフト135の回転軸線Oに沿った断面で示している。
図3及び
図4は、駆動力伝達装置2の部分断面図である。
図3は、制御装置18から駆動力伝達装置2に電流が供給されていない非作動状態を示し、
図4は、制御装置18から駆動力伝達装置2に電流が供給された作動状態を示している。以下、回転軸線Oに平行な方向を軸方向という。
【0019】
図2は、図面上下方向が車両1に搭載された駆動力伝達装置2の鉛直方向の上下方向に対応する。駆動力伝達装置2は、収容部130内に油浴した状態で配置されている。
図2では、車両1が停止して駆動力伝達装置2が回転していない状態における潤滑油8を示している。トランスファケース133のケース本体131及びケースカバー132には、収容部130に封入された潤滑油8の漏出を防ぐためのオイルシール130a,130bが取り付けられている。
【0020】
駆動力伝達装置2は、電磁クラッチ3と、電磁クラッチ3によって伝達されるトルクにより作動してカム推力を発生するカム機構4と、カム機構4のカム推力によって軸方向に押圧されるメインクラッチ5と、メインクラッチ5と第1シャフト134との間に介在する円筒状のスリーブ6と、これらを収容するハウジング7を有している。電磁クラッチ3によって伝達されるトルクは、カム機構4及びメインクラッチ5によって増幅され、第1シャフト134からスリーブ6及びメインクラッチ5を経て第2シャフト135に駆動力が伝達される。スリーブ6は、本発明の内側回転部材に相当し、ハウジング7は、本発明の外側回転部材に相当する。
【0021】
スリーブ6の内周面には、軸方向に延在する複数の内周スプライン突起6aが形成されており、スリーブ6の外周面には、軸方向に延在する複数の外周スプライン突起6bが形成されている。第1シャフト134の外周面には、スリーブ6の複数の内周スプライン突起6aに係合する複数のスプライン突起134aが形成されており、第1シャフト134の端部がスリーブ6の内側に相対回転不能に嵌合している。
【0022】
ハウジング7は、有底円筒状のハウジング本体71と、ハウジング本体71の開口部の内側に配置されたハウジング蓋体72とを有している。ハウジング蓋体72は、ハウジング本体71に螺合し、ハウジング本体71と一体に回転する。
【0023】
ハウジング本体71は、円筒状の円筒部711と、円筒部711の内側に設けられた円盤状の底部712とを一体に有している。円筒部711の内周面には、軸方向に延在する複数のスプライン突起711aが形成されている。底部712は、円筒部711におけるの軸方向の一端部の内側に設けられており、底部712とスリーブ6との間には、ワッシャ21が配置されている。
【0024】
底部712の中心部には、第2シャフト135が嵌合する嵌合穴710が軸方向に貫通して形成されている。嵌合穴710の内周面には、軸方向に延在する複数のスプライン突起712aが形成されている。第2シャフト135の外周面には、複数のスプライン突起135aが形成されており、この複数のスプライン突起135aが嵌合穴710の内周面に形成された複数のスプライン突起712aに係合することで、第2シャフト135がハウジング7に対して相対回転不能に嵌合する。
【0025】
ハウジング蓋体72は、軟磁性体からなる内側磁性部材721及び外側磁性部材722と、内側磁性部材721と外側磁性部材722との間に設けられた環状の非磁性部723とを有している。本実施の形態では、非磁性部723がオーステナイト系ステンレス等の非磁性金属からなり、非磁性部723の内周側の端部が内側磁性部材721に溶接によって固定され、外周側の端部が外側磁性部材722に溶接よって固定されている。内側磁性部材721の内周面には、滑り軸受22が圧入されており、滑り軸受22の内側に第1シャフト134が挿通されている。
【0026】
電磁クラッチ3は、制御装置18から電流が供給される環状の電磁コイル31と、電磁コイル31を保持するヨーク32と、電磁コイル31に流れる電流によって発生する磁束によって吸引されるアーマチャ33と、アーマチャ33によって押圧されるパイロットクラッチ34とを有している。
【0027】
電磁コイル31は、制御装置18から供給される電流が流れる巻線311を有し、巻線311が樹脂成形体からなる封止部材312によって封止されている。巻線311は、例えばエナメル線からなり、電線310を介して制御装置18から電流が供給される。ヨーク32は、円環状に形成された軟磁性金属からなり、トランスファケース133のケース本体131に設けられた回り止め部131aに係合することによりトランスファケース133に対して回り止めされている。ヨーク32とハウジング蓋体72との間には、転がり軸受23が配置されている。
【0028】
アーマチャ33は、円環板状に形成された軟磁性金属からなり、
図3に示すように、外周端部に複数の係合突起33aが形成されている。複数の係合突起33aは、ハウジング本体71の円筒部711に形成された複数のスプライン突起711aに係合しており、アーマチャ33がハウジング7に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。アーマチャ33は、電磁コイル31に通電されたとき、パイロットクラッチ34をハウジング蓋体72に向かって押圧する。複数のスプライン突起711aは、本発明の外側係合部に相当する。
【0029】
パイロットクラッチ34は、複数のパイロットアウタクラッチプレート341と、複数のパイロットインナクラッチプレート342とを有している。パイロットアウタクラッチプレート341及びパイロットインナクラッチプレート342は、軟磁性金属からなり、円環状に形成されている。
【0030】
パイロットアウタクラッチプレート341には、外周端部に複数の係合突起341aが形成されており、複数の係合突起341aがハウジング本体71の円筒部711に形成された複数のスプライン突起711aに係合している。パイロットインナクラッチプレート342には、内周端部に複数の係合突起342aが形成されている。また、パイロットアウタクラッチプレート341及びパイロットインナクラッチプレート342には、ハウジング蓋体72の非磁性部723と軸方向に並ぶ部分に複数の円弧状のスリット341b,342bが形成されている。
【0031】
カム機構4は、パイロットクラッチ34の内側に配置されたパイロットカム41と、パイロットカム41と軸方向に並ぶメインカム42と、パイロットカム41とメインカム42の間に配置された複数の転動体43と、複数の転動体43を保持するリテーナ44とを有している。パイロットカム41の外周面には、パイロットインナクラッチプレート342の複数の係合突起342aが係合する複数のスプライン突起41aが形成されている。パイロットインナクラッチプレート342は、複数の係合突起342aがパイロットカム41の複数のスプライン突起41aに係合することにより、パイロットカム41に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。
【0032】
パイロットカム41は、パイロットクラッチ34によって伝達されるトルクによってメインカム42に対して回転する。パイロットカム41とハウジング蓋体72の内側磁性部材721との間には、スラストころ軸受24が配置されている。パイロットカム41におけるメインカム42との対向面には、複数のカム溝41bが形成されている。
【0033】
メインカム42は、パイロットカム41と軸方向に向かい合うカム部421と、メインクラッチ5を押圧する押圧部422とを一体に有している。メインカム42のカム部421には、パイロットカム41との対向面に複数のカム溝421aが形成されている。カム溝41b,421aは、周方向に沿って円弧状に延在しており、周方向の中央部において軸方向の深さが最も深く、周方向両端部に近づくにつれて軸方向の深さが徐々に浅くなるように形成されている。
【0034】
メインカム42の押圧部422は、アーマチャ33と軸方向に並び、押圧部422とアーマチャ33との間には、電磁コイル31に流れる電流によって発生する磁束がメインカム42側に漏洩することを抑制可能な空間が形成されている。メインカム42における押圧部422の内周側の端部には、スリーブ6の複数の外周スプライン突起6bに係合する複数の係合突起422aが形成されている。メインカム42は、複数の係合突起422aが複数の外周スプライン突起6bに係合することで、スリーブ6に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。複数の外周スプライン突起6bは、本発明の内側係合部に相当する。
【0035】
メインカム42におけるカム部421の背面421bとスリーブ6との間には、メインカム42をパイロットカム41側に付勢する弾性部材25が配置されている。弾性部材25は、例えばウェーブワッシャからなり、軸方向に圧縮されている。
【0036】
電磁コイル31に電流が供給されていないときには、転動体43がカム溝41b,421aの中央部に位置し、カム機構4によるカム推力が発生せず、メインクラッチ5が押圧されない。電磁コイル31に電流が供給されると、
図2に点線で示す磁路30に磁束が流れ、アーマチャ33がハウジング蓋体72側に吸引されてパイロットクラッチ34が押圧される。これにより、複数のパイロットアウタクラッチプレート341とパイロットインナクラッチプレート342とが摩擦接触してパイロットカム41にトルクが伝達され、パイロットカム41がメインカム42に対して回転し、転動体43がカム溝41b,421aを転動してカム推力が発生し、メインカム42がメインクラッチ5を押圧する。
【0037】
メインクラッチ5は、複数のメインアウタクラッチプレート51と、複数のメインインナクラッチプレート52とを有している。複数のメインアウタクラッチプレート51及びメインインナクラッチプレート52は、回転軸線Oを中心として相対回転可能であり、ハウジング本体71の円筒部711とスリーブ6との間に交互に配置されている。本実施の形態では、メインクラッチ5が9枚のメインアウタクラッチプレート51と同じく9枚のメインインナクラッチプレート52とを有しており、このうち1枚のメインアウタクラッチプレート51がハウジング本体71の底部712に向かい合い、1枚のメインインナクラッチプレート52がメインカム42と向かい合っている。
【0038】
メインカム42は、複数のメインアウタクラッチプレート51及びメインインナクラッチプレート52をハウジング本体71の底部712に向かって軸方向に押圧する。メインアウタクラッチプレート51は、本発明のアウタクラッチプレートに相当し、メインインナクラッチプレート52は、本発明のインナクラッチプレートに相当する。メインカム42は、本発明の押圧部材に相当する。
【0039】
図5は、メインアウタクラッチプレート51を示す平面図である。
図6は、メインインナクラッチプレート52を示す平面図である。
図7は、メインカム42のメインクラッチ5側の面を示す平面図である。
図8は、回転軸線Oに対して垂直な断面におけるスリーブ6の断面図である。
【0040】
メインアウタクラッチプレート51は、金属製であり、その外周端部に複数の係合突起51aが形成されている。メインアウタクラッチプレート51は、複数の係合突起51aがハウジング本体71の円筒部711に形成された複数のスプライン突起711aに係合することにより、ハウジング7に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。
【0041】
メインインナクラッチプレート52には、内周端部に複数の係合突起52aが形成されている。メインインナクラッチプレート52は、複数の係合突起52aがスリーブ6の複数の外周スプライン突起6bに係合することにより、スリーブ6に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。
【0042】
メインアウタクラッチプレート51とメインインナクラッチプレート52との摩擦摺動は、潤滑油8によって潤滑される。第1シャフト134には、メインクラッチ5に潤滑油8を供給するための潤滑油供給路91が形成されている。また、車両1には、収容部130の潤滑油8を吸入して潤滑油供給路91に供給するポンプ92が搭載されている。ポンプ92は、例えばギヤポンプからなる。
【0043】
潤滑油供給路91は、第1シャフト134の中心部に形成された軸方向孔911、及び軸方向孔911に連通して第1シャフト134の径方向に延在する複数の径方向孔912からなる。径方向孔912は、スリーブ6の内側における第1シャフト134の外周面に開口している。ポンプ92から吐出された潤滑油8は、例えばロータリージョイントによって軸方向孔911内に供給される。なお、第1シャフト134と同軸上にポンプ92を配置してもよい。
【0044】
スリーブ6には、
図8に示すように、潤滑油供給路91の径方向孔912から流れ出た潤滑油8をメインクラッチ5に供給するための供給油路60が形成されている。供給油路60は、スリーブ6の内方に向かって開放された環状溝61、及び環状溝61からスリーブ6の径方向外方に延在する複数の径方向孔62からなり、複数のメインアウタクラッチプレート51の間に潤滑油8を供給する。環状溝61は、潤滑油供給路91の径方向孔912の外周にあたる部分に形成され、周方向の全周にわたって環状に形成されている。径方向孔62は、スリーブ6の外方に向かって開口している。
【0045】
潤滑油供給路91に供給された潤滑油8は、潤滑油供給路91の径方向孔912からスリーブ6の環状溝61に流れ込み、スリーブ6の径方向孔62から複数のメインインナクラッチプレート52の間に供給される。スリーブ6の内周に環状溝61が形成されていることにより、第1シャフト134に対してスリーブ6を周方向に位置合わせしなくても、供給油路60を介して潤滑油8をメインクラッチ5に供給することが可能である。
【0046】
図3及び
図6に示すように、メインインナクラッチプレート52は、金属からなる円盤状の基材521と、基材521の両側面にそれぞれ張り付けられた摩擦材522とを有している。複数の係合突起52aは、基材521の内周端部に形成されている。摩擦材522は、例えば、ペーパー摩擦材、不織布、又は多孔質体からなり、潤滑油8を保持する潤滑油保持機能を有している。
【0047】
メインアウタクラッチプレート51と軸方向に向かい合う摩擦材522の表面は、メインインナクラッチプレート52の摩擦面522aである。メインアウタクラッチプレート51の軸方向端面のうち、メインインナクラッチプレート52の摩擦材522と軸方向に向かい合う部分は、メインアウタクラッチプレート51におけるメインインナクラッチプレート52との摩擦面51bである。複数のメインアウタクラッチプレート51の摩擦面51bと複数のメインインナクラッチプレート52の摩擦面522aとの摩擦摺動は、潤滑油8によって潤滑され、焼き付きが抑止されると共に摩耗が抑制される。
【0048】
メインインナクラッチプレート52の基材521には、潤滑油8を軸方向に流通させる複数の貫通孔520が、摩擦面522aよりも径方向の内側に形成されている。
図6に示す例では、12個の貫通孔520が周方向等間隔に形成されている。複数のメインインナクラッチプレート52のそれぞれに複数の貫通孔520が形成されていることにより、メインクラッチ5がメインカム42に押圧されたときのメインインナクラッチプレート52の軸方向移動が円滑となる。
【0049】
また、メインカム42には、メインインナクラッチプレート52の摩擦面522aよりも径方向の内側にあたる部位に、潤滑油8を軸方向に流通させる複数の貫通孔420が形成されている。電磁コイル31に通電されてメインカム42がメインクラッチ5を押圧する際には、メインカム42の複数の貫通孔420をメインクラッチ5側からアーマチャ33側に向かって潤滑油8が流れる。
【0050】
本実施の形態では、メインカム42の貫通孔420及びメインインナクラッチプレート52の貫通孔520が円形であり、メインカム42の貫通孔420がメインインナクラッチプレート52の貫通孔520よりも小径であるが、これらの貫通孔420,520は、円形状でなくてもよく、例えば回転軸線Oを中心とする円弧状であってもよい。また、メインカム42の貫通孔420の直径がメインインナクラッチプレート52の貫通孔520の直径以上であってもよい。また、
図7に示す例では、メインカム42における貫通孔420の数がメインインナクラッチプレート52の貫通孔520の数と同じであるが、メインカム42における貫通孔420の数は、メインインナクラッチプレート52の貫通孔520の数より多くてもよく、少なくてもよい。
【0051】
図3ならびに
図5乃至
図7に示すように、回転軸線Oから複数のメインインナクラッチプレート52のそれぞれの複数の貫通孔520の外周縁までの最大距離をR
1とし、回転軸線Oからメインカム42の複数の貫通孔420の外周縁までの最大距離をR
2とし、回転軸線Oから複数のメインアウタクラッチプレート51の内周端までの距離をR
3とし、回転軸線Oから複数のメインアウタクラッチプレート51及び複数のメインインナクラッチプレート52の摩擦面51b,522aまでの距離をR
4としたとき、R
2はR
1以上であり、R
3及びR
4はR
2よりも大きい。
【0052】
ここで、R
1は、
図6に示すように、メインインナクラッチプレート52の複数の貫通孔520における回転軸線Oから最も遠い部位を通る仮想円C
1の半径であり、R
2は、
図7に示すように、メインカム42の複数の貫通孔420における回転軸線Oから最も遠い部位を通る仮想円C
2の半径である。R
3は、メインアウタクラッチプレート51の内半径(内径の二分の一)であり、R
4は、摩擦材522の内半径である。本実施の形態では、R
3とR
4が同等である。仮想円C
2は、仮想円C
1よりも大きく、R
2がR
1よりも大きい。
【0053】
この構成により、車両1が四輪駆動状態において高速域で走行するとき、複数のメインインナクラッチプレート52の間には、
図4にグレーの網掛けで示す油溜まり領域80に潤滑油8が遠心力によって貯留される。この油溜まり領域80は、
図6に示す仮想円C
1の外側の領域であり、仮想円C
1よりも内側の潤滑油8は、メインカム42の貫通孔420からアーマチャ33側に流出する。
【0054】
メインインナクラッチプレート52の回転により発生する遠心力によって摩擦材522に保持された潤滑油8が外周側に滲出すると、油溜まり領域80に貯留された潤滑油8が摩擦材522に流入し、摩擦材522が潤滑油8を保持した状態が維持される。油溜まり領域80には、スリーブ6の供給油路60を介して潤滑油8が随時補給される。
【0055】
ハウジング本体71には、メインインナクラッチプレート52の摩擦材522から外周側に流れ出た潤滑油8をハウジング7の外部に排出する排出油路70が形成されている。排出油路70は、底部712におけるメインクラッチ5側の内面712bに開口する環状溝701、及び底部712におけるメインクラッチ5とは反対側の外面712cに開口する複数の排出孔702からなる。本実施の形態では、複数の排出孔702が底部712を軸方向に貫通している。
図2では、二つの排出孔702を図示しているが、排出孔702は一つでもよく、三つ以上でもよい。環状溝701には、複数のスプライン突起711aの間の谷間の部分が連通している。なお、ハウジング本体71に円筒部711を径方向に貫通する貫通孔を形成し、この貫通孔を排出油路としてもよい。
【0056】
排出油路70は、メインインナクラッチプレート52の摩擦材522から外周側に滲出した潤滑油8をハウジング7の外部に排出する他、メインクラッチ5がメインカム42に押圧された際にも、複数のメインアウタクラッチプレート51及びメインインナクラッチプレート52の間の潤滑油8をハウジング7の外部に排出する。これにより、複数のメインアウタクラッチプレート51と複数のメインインナクラッチプレート52とが速やかに摩擦接触する。
【0057】
図9は、R
2がR
1よりも小さい構成の比較例に係る駆動力伝達装置2Aの部分断面図である。駆動力伝達装置2Aは、メインカム42の複数の貫通孔420の位置が上記の実施の形態に係る駆動力伝達装置2よりも径方向内側にある他は、駆動力伝達装置2と同様に構成されている。比較例に係る駆動力伝達装置2Aでは、メインカム42の径方向における複数の貫通孔420の外周縁がメインインナクラッチプレート52の複数の貫通孔520の外周縁よりも内側にあるので、車両1が四輪駆動状態において高速域で走行するときには、潤滑油8がメインカム42の複数の貫通孔420の外周縁よりも外周に貯留され、油溜まり領域80の容積が上記の実施の形態よりも大きくなる。
【0058】
このため、メインクラッチ5がメインカム42に押圧された際、複数のメインアウタクラッチプレート51及びメインインナクラッチプレート52の間の潤滑油8が遠心力に抗して内側に移動する距離が長くなり、複数のメインアウタクラッチプレート51及びメインインナクラッチプレート52の間の潤滑油8が排出されて複数のメインアウタクラッチプレート51と複数のメインインナクラッチプレート52とが摩擦接触するまでの時間が長くなる。つまり、電磁コイル31に供給される電流に対する伝達トルク(第1シャフト134から第2シャフト135に伝達される駆動力)の応答性が低下してしまう。
【0059】
(実施の形態の効果)
以上説明した実施の形態によれば、回転軸線Oからメインカム42の複数の貫通孔420の外周縁までの最大距離R2が、回転軸線Oから複数のメインインナクラッチプレート52のそれぞれの複数の貫通孔520の外周縁までの最大距離R1よりも長いので、油溜まり領域80の容積がメインカム42によって増大してしまうことがなく、複数のメインアウタクラッチプレート51及びメインインナクラッチプレート52の回転時に摩擦材522の内側に溜まる潤滑油8の量を、摩擦面51b,522aの摩耗を抑制しながらも応答性を高めることが可能な適切な量にすることができる。
【0060】
また、上記の実施の形態では、回転軸線Oから複数のメインアウタクラッチプレート51の内周端までの距離R3が、回転軸線Oからメインカム42の複数の貫通孔420の外周縁までの最大距離R2よりも大きいので、メインアウタクラッチプレート51によって油溜まり領域80の容積が大きくなってしまうこともない。
【0061】
また、上記の実施の形態では、複数のメインアウタクラッチプレート51及びメインインナクラッチプレート52の回転時にスリーブ6の供給油路60を介して潤滑油8が油溜まり領域80に補給されるので、摩擦材522から潤滑油8が抜けてしまうことがなく、摩擦面51b,522aの摩耗が抑制される。またさらに、摩擦材522の外側の潤滑油8が排出油路70によってハウジング7の外部に排出されるので、摩擦材522の内周側から外周側への潤滑油の流れによって、摩擦面51b,522aで発生する摩擦熱を放出することができる。
【0062】
(付記)
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、この実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で、一部の構成を省略し、あるいは構成を追加もしくは置換して、適宜変形して実施することが可能であり、例えば下記のように変形することも可能である。
【0063】
上記の実施の形態では、メインインナクラッチプレート52の両側面に摩擦材522を設けた場合について説明したが、これに替えてメインアウタクラッチプレート51の両側面に摩擦材を設けてもよい。つまり、金属製の基材の表面に摩擦材を張り付けてメインアウタクラッチプレート51を構成してもよい。この場合でも、上記の実施の形態と同様の作用及び効果を得ることができる。
【0064】
また、上記の実施の形態では、駆動力伝達装置2が電磁クラッチ3及びカム機構4を備え、カム機構4のメインカム42が押圧部材としてメインクラッチ5を押圧する場合について説明したが、これに限らず、例えば特許文献1に記載されたもののように、シリンダ室に供給される作動油の油圧を受けるピストンを押圧部材としてもよい。
【0065】
また、上記の実施の形態では、駆動力伝達装置2をトランスファ13に用いた場合の車両1の構成を
図1に基づいて説明したが、車両の構成はこれに限らず、例えばトランスミッションから延びるプロペラシャフトの後端部と後輪側のディファレンシャル装置17との間に駆動力伝達装置2を配置してもよく、ディファレンシャル装置17と左側のドライブシャフト161又は右側のドライブシャフト162との間に駆動力伝達装置2を配置してもよい。
【符号の説明】
【0066】
2…駆動力伝達装置(多板クラッチ装置) 42…メインカム(押圧部材)
420…貫通孔 51…メインアウタクラッチプレート
51b…摩擦面 52…メインインナクラッチプレート
520…貫通孔 521…基材
522…摩擦材 522a…摩擦面
6…スリーブ(内側回転部材) 60…供給油路
6b…外周スプライン突起(内側係合部) 7…ハウジング(外側回転部材)
70…排出油路 711a…スプライン突起(外側係合部)
8…潤滑油 O…回転軸線