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特開2024-99356胃エストロゲン分泌能を評価するための検査
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024099356
(43)【公開日】2024-07-25
(54)【発明の名称】胃エストロゲン分泌能を評価するための検査
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240718BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20240718BHJP
   A61P 3/06 20060101ALI20240718BHJP
   A61K 31/19 20060101ALI20240718BHJP
   A61K 31/20 20060101ALI20240718BHJP
   A61K 31/191 20060101ALI20240718BHJP
【FI】
G01N33/68
A61K45/00
A61P3/06
A61K31/19
A61K31/20
A61K31/191
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023003241
(22)【出願日】2023-01-12
(71)【出願人】
【識別番号】308038613
【氏名又は名称】公立大学法人和歌山県立医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100156144
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 康
(74)【代理人】
【識別番号】100103230
【弁理士】
【氏名又は名称】高山 裕貢
(72)【発明者】
【氏名】金井 克光
(72)【発明者】
【氏名】山本 悠太
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 隆雄
【テーマコード(参考)】
2G045
4C084
4C206
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045DA54
4C084AA19
4C084MA01
4C084MA02
4C084MA52
4C084NA05
4C084NA14
4C084ZC33
4C206AA01
4C206AA02
4C206DB01
4C206DB06
4C206DB47
4C206MA01
4C206MA02
4C206MA04
4C206MA72
4C206NA14
4C206ZC33
(57)【要約】
【課題】高中性脂肪血症に対する新しい対処アプローチを提供すること。
【解決手段】被検者に対して、中鎖脂肪酸を経口投与し、被検者における血液中のエストロゲン量の変化を調べることで、被検者における胃エストロゲン分泌能を評価する方法等に関する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者に対して中鎖脂肪酸を経口投与し、被検者における血液中のエストロゲン量の変化を調べることで、被検者における胃エストロゲン分泌能を評価する方法。
【請求項2】
中鎖脂肪酸が、中鎖中性脂肪に由来する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
血液中のエストロゲンおよびケトン体、ならびに中性脂肪および/または遊離脂肪酸の量の変化を調べる、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
(1a)被検者から血液を採取し、
(2a)該被検者に中鎖脂肪酸を経口投与し、
(3a)投与後、血液中のエストロゲンがピークとなる時間の経過後、該被検者から血液を採取し、
(4a)(1a)と(3a)で採取した血液中のエストロゲンおよびケトン体、ならびに中性脂肪および/または遊離脂肪酸をそれぞれ測定し、そして
(5a)投与した中鎖脂肪酸量あるいは(4a)で測定した血液中のケトン体の増加量を用いて標準化したエストロゲン値の上昇、および中性脂肪値および/または遊離脂肪酸値の低下の程度を指標に胃エストロゲン分泌能を評価する、請求項1記載の方法。
【請求項5】
中鎖脂肪酸が、中鎖中性脂肪に由来する、請求項4記載の方法。
【請求項6】
(3a)における血中エストロゲンがピークとなる時間が、30分である、請求項4記載の方法。
【請求項7】
(1b)請求項1から6のいずれか記載の方法により、被検者における胃エストロゲン分泌能を評価し、
(2b)評価した胃エストロゲン分泌能が低下している被検者を、胃エストロゲン分泌能低下性高中性脂肪血症を有する被検者と判定する、胃エストロゲン分泌低下性高中性脂肪血症を有する被検者の選別方法。
【請求項8】
高脂血症が高中性脂肪血症である、請求項7記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
体の脂質量を調節するメカニズムとして、(1)含有脂質量に応じて脂肪組織がレプチンを分泌する脂質貯蔵量の監視、(2)小腸が吸収した脂肪を感知して各種ホルモンを分泌する脂質取込み量の監視、および(3)胃が空腹になるとグレリンを分泌する空腹状態の監視、を行うことで、摂食行動や脂肪の合成、蓄積および消費を調節することが知られている。
【背景技術】
【0002】
体の脂質量に関連し、上記メカニズム以外に、血液中の中性脂肪値には正常値があり、それが高いと動脈硬化が、低いと心臓のエネルギー不足を引き起こす。そのため、血中中性脂肪値を適正な範囲に調節するメカニズムがあると考えられる。しかし、血中中性脂肪値を監視する臓器や血中中性脂肪値が変化すると分泌されるホルモンや刺激される神経細胞は知られていなかった。そこで、本発明者らは、「血中中性脂肪値が上がると胃の胃酸分泌を担う壁細胞からのエストロゲン分泌が増え、それにより血中中性脂肪値を下げる」という血中中性脂肪濃度の調節モデルを発表した(非特許文献1)。このモデルによると、胃壁細胞からのエストロゲン分泌低下が高脂血症を引き起こすことが導かれる。この事象に関連し、ピロリ菌に感染すると胃酸低下が見られること(非特許文献2)、ピロリ菌感染後、ピロリ菌を除去できなかった人はピロリ菌を除去できた人と比べて血中中性脂肪値が高いこと(非特許文献3)、およびピロリ菌感染経験者はピロリ菌感染経験の無い人よりも血中中性脂肪値が高いこと(非特許文献4)が報告されている。それらを踏まえ、胃がピロリ菌に感染すると胃酸分泌の低下や高脂血症が引き起こされることが知られている。また、胃エストロゲン合成には男性ホルモンであるテストステロンが基質として使われるため、血中男性ホルモン値の低下も胃エストロゲン分泌の低下の原因となり得る。
【0003】
高脂血症とは、中性脂肪やコレステロールなどの脂質代謝に異常をきたし、血液中の値が正常域をはずれた状態を指し、脂質代謝異常症とも称される。これは、動脈硬化の主要な危険因子であり、放置すれば脳梗塞や心筋梗塞などの動脈硬化性疾患を招く原因となる。高脂血症の診断基準は、総コレステロール、悪玉LDLコレステロール、または中性脂肪のいずれかが高いか、あるいは善玉HDLコレステロールが低いことがその基準とされている。しかし、総コレステロールが高い人のなかには、悪玉LDLコレステロールが正常であるが、善玉HDLコレステロールのみが高い場合も少なからず含まれているなど、脂質の状態は種々あり、従って、高脂血症の原因も多様である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Ito et al, Commun Biol,4:1364 2021
【非特許文献2】Waldum et al., Ther Adv Gastroenter, 9:836, 2016
【非特許文献3】Adachi et al., J Clin Biochem Nutr, 62:17, 2018
【非特許文献4】Shimamoto et al., PLOS ONE, 15: e0234433, 2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
今まで、健康診断によって高脂血症と判断されたとしても、更年期障害を除けば、大半は原因不明であり、対処法は食事の減量を目指した食事指導による経過観察が中心であった。
なお、高脂血症は中性脂肪以外にもコレステロールが高い場合を含めた病態を指すが、血中中性脂肪が高い場合、「高中性脂肪血症」と称される。「高中性脂肪血症」は、体のエネルギー源の一つである血液中の中性脂肪の値が高くなる脂質異常症の一つであり、中性脂肪が過剰になると脂肪肝、肥満、動脈硬化の原因となる。
本発明は、胃エストロゲン分泌の低下に起因する高中性脂肪血症を「胃エストロゲン分泌低下性高中性脂肪血症」と名付け、高中性脂肪血症の新たな診断技術を提供し、それに基づき、高中性脂肪血症に対して、今までの減量という守りの食事指導に、「胃エストロゲン分泌能」に応じた食材を積極的に追加するという攻めの食事指導を加える、より効果的な高中性脂肪血症に対する新しい対処アプローチを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、被検者に対して、中性脂肪の静脈注射でなく、中鎖脂肪酸を経口投与し、被検者における血液中のエストロゲン量の変化を調べることで、被検者における胃エストロゲン分泌能を評価できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
したがって、本発明は、以下の態様を含む。
<胃エストロゲン分泌能を測定する方法>
[1]
被検者に対して中鎖脂肪酸を経口投与し、被検者における血液中のエストロゲン量の変化を調べることで、被検者における胃エストロゲン分泌能を評価する方法。
[2]
中鎖脂肪酸が、中鎖中性脂肪に由来する、[1]記載の方法。
[3]
血液中のエストロゲンおよびケトン体、ならびに中性脂肪および/または遊離脂肪酸の量の変化を調べる、[1]または[2]記載の方法。
[4]
(1a)被検者から血液を採取し、
(2a)該被検者に中鎖脂肪酸を経口投与し、
(3a)投与後、血液中のエストロゲンがピークとなる時間の経過後、該被検者から血液を採取し、
(4a)(1a)と(3a)で採取した血液中のエストロゲンおよびケトン体、ならびに中性脂肪および/または遊離脂肪酸をそれぞれ測定し、そして
(5a)投与した中鎖脂肪酸量あるいは(4a)で測定した血液中のケトン体の増加量を用いて標準化したエストロゲン値の上昇、および中性脂肪値および/または遊離脂肪酸値の低下の程度を指標に胃エストロゲン分泌能を評価する、[1]記載の方法。
[5]
中鎖脂肪酸が、中鎖中性脂肪に由来する、[4]記載の方法。
[6]
(3a)における血中エストロゲンがピークとなる時間が、30分である、[4]記載の方法。
<患者の選別方法>
[7]
(1b)[1]から[6]のいずれか記載の方法により、被検者における胃エストロゲン分泌能を評価し、
(2b)評価した胃エストロゲン分泌能が低下している被検者を、胃エストロゲン分泌能低下性高中性脂肪血症を有する被検者と判定する、胃エストロゲン分泌低下性高中性脂肪血症を有する被検者の選別方法。
[8]
高脂血症が高中性脂肪血症である、[7]記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、胃エストロゲンによる血中中性脂肪値調節モデルを示す模式図である。
図2図2は、正常ラットおよび胃壁細胞減少モデルラットにおける胃壁細胞マーカーであるATP4B(プロトンポンプβ鎖)とアロマターゼ(エストロゲン合成酵素)の免疫組織染色の結果である。図中、黒く染まっているのは胃粘膜(破線で囲まれた部分)におけるATP4Bおよびアロマターゼを発現する細胞である。
図3図3は、ラットに中鎖脂肪酸で構成される中性脂肪を経口投与した際の血中のエストロゲン、中性脂肪、ケトン体および遊離脂肪酸の濃度の経時変化を示すグラフである。実線は、MCTオイルを投与した結果、破線は、水を投与した結果(対照)である。個体数 = 6。平均 ± 標準偏差でそれぞれ、有意差が認められた。
図4図4は、単離胃粘膜におけるテストステロン存在下での中鎖脂肪酸(C10)によるエストロゲン産生を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<胃エストロゲン分泌能を測定する方法>
本発明は、ひとつの形態として、被検者に対して中鎖脂肪酸を経口投与し、被検者における血液中のエストロゲン量の変化を調べることで、被検者における胃エストロゲン分泌能を評価する方法に関する。
【0010】
血糖値を調節するメカニズムとして、血糖値が高いと膵臓からインスリンが、低いとグルカゴンが分泌され、これらが肝臓等に作用して血糖値を適正な範囲に調節することが知られている。
【0011】
他方、血液中の中性脂肪値には正常値があるはずであり、なぜなら、中性脂肪値が高いと動脈硬化、低いと心臓のエネルギー不足を引き起こすからである。従って、血中中性脂肪値を適正な範囲に調節するメカニズムがあるはずである。そこで、注目したのが、胃から分泌される性ホルモンであるエストロゲンである(非特許文献1)。
本発明者らは、胃エストロゲン分泌の低下に起因する高中性脂肪血症を「胃エストロゲン分泌低下性高中性脂肪血症」と名付けた。「胃エストロゲン分泌低下性高中性脂肪血症」は、胃壁細胞からのエストロゲン分泌低下によるものであり、加齢で増える萎縮性胃炎やエストロゲンの基質である男性ホルモンのテストステロンの低下が原因となり得る。従来から経験的、疫学的に血中中性脂肪を下げる食品としてエストロゲン様物質を含むもの(例:イソフラボン/納豆)や中鎖中性脂肪(MCT)が知られている。本発明者らのモデル(図1)を用いると、これらの物質がどのような機序で血中中性脂肪を下げるのかが説明できると同時に、胃エストロゲン分泌が低下しているケースでは中鎖脂肪酸による血中エストロゲンの増加効果は期待できないことが推測される。そのため、胃エストロゲン分泌能を調べることは、高中性脂肪血症の患者への食事指導で「エストロゲン様物質を含むもの」に「中鎖脂肪酸を含むもの」を加えるかを決める指標となる。今までの減量という守りの食事指導に、「胃エストロゲン分泌能」に応じた食材を積極的に追加するという攻めの食事指導を加えることで、より効果的な高中性脂肪血症の改善が期待できる。
【0012】
本発明者らは、ラットに長鎖中性脂肪であるオリーブオイルの経口投与や同じく長鎖中性脂肪である大豆油エマルジョンの静注投与を行うことで、血中中性脂肪値の上昇に合わせた血中エストロゲンの上昇が見られることを発表している(非特許文献1)。しかし、前者のオリーブオイルの経口投与では、血中中性脂肪の上昇ピークまでに約2時間かかり、さらに脂質の吸収過程でさまざまな消化管ホルモンがエストロゲン分泌に影響するため、胃でのエストロゲン分泌能の評価には不適である。そして、後者の大豆油エマルジョンの静注投与では、中性脂肪を急速に静脈注射するため医療行為として危険性が高く、患者への負担が非常に高い。本発明は、胃で直接吸収されそのまま胃粘膜に作用する中鎖脂肪酸を経口投与するため、従前の手法よりも優れている。
【0013】
本発明において、「中鎖脂肪酸」とは、MCT(Medium Chain Triglyceride:中鎖中性脂肪)の構成成分である脂肪酸である。中性脂肪はグリセロールに脂肪酸が3個結合したものであるが、中鎖脂肪酸は、この脂肪酸が中鎖のものであり、具体的には炭素数8個(カプリル酸)または10個(カプリン酸)の長さを有する脂肪酸である。具体的には、C10脂肪酸(カプリン酸ナトリウム、東京化成工業:型番D0024)などが挙げられる。
【0014】
本発明において、中鎖脂肪酸は、そのもの自身だけでなく、中鎖中性脂肪が胃において分解されて生成される中鎖脂肪酸も含まれる。すなわち、経口投与の対象は、中鎖脂肪酸および中鎖中性脂肪である。長鎖脂肪酸や長鎖脂肪酸を構成成分とする中性脂肪は、小腸で分解、吸収された後、一度全身血に入り、その後、その一部が胃に入る。そのため、中鎖脂肪酸と比べて、エストロゲンの産生のための時間がより長く必要となるとともに、小腸でさまざまな消化管ホルモンの分泌を引き起こす。そのため、(1)投与する中性脂肪の量が増え、(2)投与後測定までの時間が長くなり、(3)さまざまな消化管ホルモンの影響を受ける。消化管ホルモンが胃エストロゲン合成に促進的あるいは抑制的に作用すると見かけ上、胃エストロゲン分泌能が上昇あるいは低下したと判断される。そうすると、血中中性脂肪/脂肪酸値の上昇による直接的な胃エストロゲン分泌の測定ができなくなる。さらに、中鎖脂肪酸を投与しても肝臓でケトン体に分解されるため血中中性脂肪値は増えないが、長鎖脂肪酸を投与すると吸収後に中性脂肪として血中に回るため、血中中性脂肪値が増える。そのため、長鎖脂肪酸とは異なり、中鎖脂肪酸の投与では分泌された胃エストロゲンによる血中中性脂肪/脂肪酸値低下作用の確認が可能となる。
【0015】
本発明において、「被検者における胃エストロゲン分泌能を評価」には、血液中のエストロゲンの量の変化だけでなく、血液中のケトン体、ならびに中性脂肪および/または遊離脂肪酸の量の変化を調べる。胃エストロゲン分泌が多くなることで実際に血中中性脂肪/脂肪酸値が低下することを確認する必要があるため、中性脂肪および/または遊離脂肪酸の量の変化を調べる必要がある。なお、ケトン体は、投与された中鎖脂肪酸が実際に胃で吸収されたことを確認するために必要である。
中鎖脂肪酸投与後に上昇するケトン体は、消化管から吸収された中鎖脂肪酸が肝臓で代謝されて生成されたものであり、食後30分であれば胃から吸収された代謝物と考えられる。小腸での脂肪酸の吸収には、投与後2時間ほど要するためである。よって、ケトン体は、中鎖脂肪酸の胃からの吸収量の指標とすることができる。中鎖脂肪酸の投与後30分での血中エストロゲン値の上昇は、胃で直接吸収された中鎖脂肪酸を使って胃がどれだけエストロゲンを分泌できるか、すなわち胃のエストロゲン分泌能を意味する。その時使われたMCTの指標としてケトン体を用い、胃から分泌されたエストロゲンによってどれだけ血中中性脂肪値と血中遊離脂肪酸値が低下したかを評価する。血中中性脂肪と血中遊離脂肪酸は、いずれか一方でもよく、また両者の値を測定してもよい。
【0016】
具体的には、投与した中鎖脂肪酸量あるいは(4a)で測定した血液中のケトン体の増加量を用いて標準化したエストロゲン値の上昇を利用する。より具体的には、中鎖脂肪酸の経口投与後、血液中のエストロゲンがピークとなる時間の経過後、例えば中鎖脂肪酸の経口投与後30分における、[血液中エストロゲン値の上昇]/[投与した中鎖脂肪酸の量]あるいは[血液中エストロゲン値の上昇]/[血液中ケトン量の上昇]を指標とする。この値が大きいと胃エストロゲン分泌能が高く、小さいと胃エストロゲン分泌能が低いことを意味する。
【0017】
本発明において、「被検者」とは、人(ヒト)を意味する。特定の態様において、「被検者」は、健康診断などで高脂血症および/または高中性脂肪血症を指摘された人である。
【0018】
かかる形態において、本発明はひとつの具体的な実施態様として、
(1a)被検者から血液を採取し、
(2a)該被検者に中鎖脂肪酸を経口投与し、
(3a)投与後、血液中のエストロゲンがピークとなる時間の経過後、該被検者から血液を採取し、
(4a)(1a)と(3a)で採取した血液中のエストロゲンおよびケトン体、ならびに中性脂肪および/または遊離脂肪酸をそれぞれ測定し、そして
(5a)投与した中鎖脂肪酸量あるいは(4a)で測定した血液中のケトン体の増加量で標準化したエストロゲン値の上昇と中性脂肪値および/または遊離脂肪酸値の低下の程度を指標に胃エストロゲン分泌能を評価する、被検者における胃エストロゲン分泌能を評価する方法に関する。
【0019】
この実施態様において、「中鎖脂肪酸」、および「被検者における胃エストロゲン分泌能を評価」における「血液中のエストロゲンの量」、「血液中のケトン体、中性脂肪および遊離脂肪酸の量の意義は、上記の通りである。
【0020】
この実施態様において、(3a)における血中エストロゲンがピークとなる時間の経過後とは、投与した中鎖脂肪酸の効果が最大限発揮されている時間の経過を意味する。この時間は、ヒトに中鎖中性脂肪を経口投与するとラットの時と同様、血中ケトン体が30分でピークになり、中性脂肪ではないが、その分解成分である血中遊離脂肪酸(FFA)が2時間をピークに低下することが報告されている(Vandenberghe et al., Frontiers in Nutrition, 7: Article 3, 2020)ことから、約30分と考えられる。なお、この研究では、血中エストロゲン濃度は調べられていないので、中鎖中性脂肪を投与することよる血中エストロゲンの上昇は記載も示唆もされていない。
【0021】
<患者の選別方法>
本発明は別の形態として、
(1b)本発明の方法により、被検者における胃エストロゲン分泌能を評価し、
(2b)評価した胃エストロゲン分泌能が低下している 被検者を、胃エストロゲン分泌能低下性高中性脂肪血症を有する被検者と判定する、胃エストロゲン分泌低下性高中性脂肪血症高脂血症を有する被検者の選別方法に関する。
【0022】
高脂血症は中性脂肪以外にもコレステロールが高い場合を含めた病態を指す。血中中性脂肪が高い場合の「高中性脂肪血症」は、体のエネルギー源の一つである血液中の中性脂肪の値が高くなる脂質異常症の一つであり、中性脂肪が過剰になると脂肪肝、肥満、動脈硬化の原因となる。
【0023】
本発明の活用例としては、健康診断などで高脂血症を指摘された人に対して本発明の方法を実施することによって、高脂血症の原因に胃エストロゲン分泌低下が含まれるかを判断する。もし胃エストロゲン分泌に障害がなければエストロゲン様物質、例えばイソフラボンと胃エストロゲン分泌を促進させる物質、例えば、MCTを含む食事を奨励し、胃エストロゲン分泌に障害があれば、エストロゲン様物質を含む食事を奨励すると共に胃エストロゲン分泌低下の原因が胃壁細胞の障害によるものか、男性ホルモンの低下によるものかを判別し、必要に応じた処置を行う。
【0024】
以下、本発明を実施例により、詳細に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものでなく、単なる例示であることに留意すべきである。
【実施例0025】
参考例1
血中中性脂肪値調節モデル
上記の通り、血中中性脂肪値が上がると胃からのエストロゲン分泌が増えて血中中性脂肪濃度を下げることは発表済みである(非特許文献1)。胃エストロゲンによる血中中性脂肪濃度調節モデルを図1に示す。非特許文献1では、ラットにオリーブオイルを飲ませて血中中性脂肪値を上げると、胃依存的に血中エストロゲン値が上がり、さらには、この血中中性脂肪値の上昇による胃エストロゲンの分泌増加は他のホルモンの影響を除外しても起こることが示されている。
【0026】
参考例2
エストロゲン分泌能に対する胃壁の影響
胃萎縮などで見られる胃酸低下(胃壁細胞数減少)により胃エストロゲン分泌能が低下するかを調べた。詳細には、まず、胃上部と小腸を吻合させるルーワイ法手術(Higashi et al., J Surg Res, 212:1 2017)をラットに行い、胃壁細胞減少モデルラットを作製した。次に、正常ラットおよび胃壁細胞減少モデルラットにおける胃を取り出し、それぞれの胃における胃壁細胞マーカーであるATP4B(胃酸を分泌するのに必要なタンパク質であるプロトンポンプβ鎖 )およびエストロゲン合成酵素であるアロマターゼに対する抗体を用い、それぞれの免疫組織染色を行った。使用した蛍光抗体の入手先は次の通りである:
抗アロマターゼ抗体:BioRad社製、型番:MCA2077S
抗ATP4B抗体:Invitrogen社製、型番:MA3-923
Alexa-Fluor-488-抗マウスIgG抗体:ThermoFisher社
【0027】
得られた結果を図2に示す。胃壁細胞減少モデルラットでは、術後2ヶ月で胃壁細胞数が減少し、同時に胃のアロマターゼ量も減少することが確認された(図2)。
この結果は、胃酸分泌が低下した胃では胃エストロゲン分泌も低下することを示している。
【0028】
実施例1
中鎖脂肪酸を経口投与した際の血中エストロゲン濃度と血中中性脂肪濃度
8週令ウイスターラットに4時間絶食後、中鎖脂肪酸としてMCTオイル(日清オイリオ)を2.5 mL/kg 経口投与し、投与前、投与後15分、30分、1時間、2時間、3時間、4時間、5時間に採血し、血中エストロゲン濃度、血中中性脂肪濃度、血中ケトン体濃度、および遊離脂肪酸濃度を測定した。対照として、水を投与した。
【0029】
結果、中鎖脂肪酸であるMCTオイルをラットに経口投与したところ、投与後30分でエストロゲンの上昇と中性脂肪値の低下に加え、中鎖脂肪酸の代謝物であるケトン体の上昇を確認した(図3)。血中エストロゲン濃度はMCT投与後30分で最大になり、その後2時間で元の値に戻ったが、投与後5時間まで測定を続行した。血中中性脂肪と血中遊離脂肪酸濃度もMCT投与後1時間をピークに半分ほどに低下したが、投与後3時間後にはほぼ元の値に戻った。血中ケトン体はMCT投与後30分でピークになり、投与4時間後にほぼ元の値に戻った。
【0030】
実施例2
中鎖脂肪酸による、テストステロン存在下でのエストロゲン産生
ラット胃から胃粘膜を単離(EDTAにより細胞間の結合を弱めた後に物理的に振って胃粘膜を剥がす)したものを細胞培養用の溶液に入れ、これにテストステロンを加えた状態で、中鎖脂肪酸であるC10脂肪酸(カプリン酸ナトリウム、東京化成工業:型番D0024)を0μM、100μM、250μMで加え、37℃で1時間培養後、培養液に含まれるエストロゲン量と細胞数補正用のリン脂質量を測定した。エストロゲン量/リン脂質量で細胞数を補正して、C10脂肪酸を加えなかった試料の値を1とした相対的な値を算定した。
単離胃粘膜にテストステロン存在下で中鎖脂肪酸を加えると、濃度依存的にエストロゲンが産生されることが確認された(図4)。すなわち、血中を流れる中性脂肪は分解された脂肪酸の形態で血管から取り込まれ、それが近傍の細胞に取り込まれる。ここでは、血中から取り込まれた脂肪酸の値(これは、血中中性脂肪や血中脂肪酸の値に相関すると考えられる)が高いほど、胃でのエストロゲン合成、ひいては胃エストロゲン分泌能が高いということが導かれる。
【0031】
ひとつの形態として、本発明は、以下の態様を含むことができる。
<胃エストロゲン分泌能を測定する方法>
[101]
被検者に対して中鎖脂肪酸を経口投与し、被検者における血液中のエストロゲン量の変化を調べることで、被検者における胃エストロゲン分泌能を評価する方法。
[102]
中鎖脂肪酸が、中鎖中性脂肪に由来する、[101]記載の方法。
[103]
血液中のエストロゲンおよびケトン体、ならびに中性脂肪および/または遊離脂肪酸の量の変化を調べる、[101]または[102]記載の方法。
[104]
(1a)被検者から血液を採取し、
(2a)該被検者に中鎖脂肪酸を経口投与し、
(3a)投与後、血液中のエストロゲンがピークとなる時間の経過後、該被検者から血液を採取し、
(4a)(1a)と(3a)で採取した血液中のエストロゲンおよびケトン体、ならびに中性脂肪および/または遊離脂肪酸をそれぞれ測定し、そして
(5a)投与した中鎖脂肪酸量あるいは(4a)で測定した血液中のケトン体の増加量を用いて標準化したエストロゲン値の上昇、および中性脂肪値および/または遊離脂肪酸値の低下の程度を指標に胃エストロゲン分泌能を評価する、[101]から[103]までのいずれか記載の方法。
[105]
中鎖脂肪酸が、中鎖中性脂肪に由来する、[101]から[104]までのいずれか記載の方法。
[106]
(3a)における血中エストロゲンがピークとなる時間が、30分である、[101]から[105]までのいずれか記載の方法。
<患者の選別方法>
[107]
(1b)[101]から[106]のいずれか記載の方法により、被検者における胃エストロゲン分泌能を評価し、
(2b)評価した胃エストロゲン分泌能が低下している被検者を、胃エストロゲン分泌能低下性高中性脂肪血症を有する被検者と判定する、胃エストロゲン分泌低下性高中性脂肪血症を有する被検者の選別方法。
[108]
高脂血症が高中性脂肪血症である、[107]記載の方法。
図1
図2
図3
図4