(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024099357
(43)【公開日】2024-07-25
(54)【発明の名称】高磁束密度および鉄損特性に優れた軟磁性鋼線およびその製造方法、ならびに軟磁性鋼線から作製したコア材を含む電磁部品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240718BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20240718BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20240718BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20240718BHJP
【FI】
C22C38/00 303S
C21D9/00 S
C21D6/00 C
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023003244
(22)【出願日】2023-01-12
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100206140
【弁理士】
【氏名又は名称】大釜 典子
(72)【発明者】
【氏名】飯村 奨太
(72)【発明者】
【氏名】森田 晋也
(72)【発明者】
【氏名】笠井 信吾
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA25
4K042BA05
4K042BA12
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA10
4K042DA03
4K042DC01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DE05
(57)【要約】
【課題】軟磁性鋼線のうち、特に純鉄系の軟磁性鋼線について、低周波域で優れた磁気的特性を有するものを提供する。
【解決手段】C:0.050質量%以下(0質量%を含む)、Si:2.20質量%以下(0質量%を含む)、Mn:0.10質量%以上0.50質量%以下、P:0.050質量%以下(0質量%を含む)、S:0.050質量%以下(0質量%を含む)、Al:0.200質量%以下(0質量%を含む)、N:0.020質量%以下(0質量%を含む)、およびCu、Ni、Cr:各々が0.20質量%以下(0質量%を含む)を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、金属組織中におけるフェライト結晶粒の平均結晶粒径が100μm以上であり、線径が0.15mm以上1.50mm以下の範囲内にある、軟磁性鋼線。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
Si:2.20質量%以下(0質量%を含む)、
Mn:0.10質量%以上0.50質量%以下、
P :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
S :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
Al:0.200質量%以下(0質量%を含む)、
N :0.020質量%以下(0質量%を含む)および
Cu、Ni、Cr:各々が0.20質量%以下(0質量%を含む)を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
金属組織中におけるフェライト結晶粒の平均結晶粒径が100μm以上であり、
線径が0.15mm以上1.50mm以下の範囲内にある、軟磁性鋼線。
【請求項2】
表面が電気的絶縁材料で被覆されている、請求項1に記載の軟磁性鋼線。
【請求項3】
請求項1または2に記載の軟磁性鋼線を製造する方法であって、
請求項1に記載の化学成分組成を有する線材を冷間伸線する工程と、
冷間伸線後の鋼線を、A3点以上、(A3点+400℃)以下の温度で磁気焼鈍する工程を含む、製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の軟磁性鋼線を束ねてまたはコイル状に巻回して構成したコア材を含む、電磁部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、高磁束密度および鉄損特性に優れた軟磁性鋼線およびその製造方法、ならびに軟磁性鋼線から作製したコア材を含む電磁部品に関する。特に、モーター、交流ソレノイド等の低周波域で使用される電磁部品のコア材に適した、純鉄系の軟磁性鋼線およびその製造方法、ならびに軟磁性鋼線から作製したコア材を含む電磁部品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両における乗員の安全性向上が求められており、係る目的のために車体の剛性を向上させてきた。他方、地球温暖化問題等の深刻化を背景に、自動車の燃費改善の動きが加速している。燃費改善には車体の軽量化が有効であることが知られている。
【0003】
また、環境問題が活発に議論されるようになり、自動車をはじめとする様々な分野で電動化が加速している。これにより、動力を担うモーター、交流ソレノイド等の低周波域で使用される電磁部品の市場が拡大している。更なる省エネのために、電磁部品の一層の小型化、高トルク化、および高効率化が求められている。
【0004】
電磁部品の性能は、コア材として組み込まれる軟磁性材料の磁気的特性に強く依存する。電磁部品の小型化および高トルク化には、軟磁性材料の磁束密度の向上が重要であり、高効率化には、軟磁性材料の鉄損特性の向上が重要である。
【0005】
鉄損は、ヒステリシス損と渦電流損とに大別され、このうち渦電流損は、軟磁性材料の寸法(例えば、板材の厚さ、または鋼線の直径)が小さいほうが低減できることが知られている。低周波域で使用される電磁部品では、薄い電磁鋼板を積層したコア材が主に使用され、高周波域で使用される電磁部品では、細い軟磁性鋼線を束ねた、または巻回したコア材の提案がなされている。
【0006】
特許文献1~4には、変圧器、リアクトル等の電磁部品に好適な、高周波域(例えば15kHz~150kHz)での磁気的特性に優れた軟磁性鋼線について開示されている。高周波域における軟磁性鋼線の磁気的特性を向上するためには、金属組織中における結晶粒径を適切な範囲に制御することが重要であるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2015-092562号公報
【特許文献2】特開2004-363512号公報
【特許文献3】特開2001-131718号公報
【特許文献4】特開2000-045051号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
電動化の進展に伴い、電磁部品の小型化、軽量化、および省電力化が求められており、その代表的な対策例として、モータコア等に電磁鋼板を適用して低鉄損化することが挙げられる。また、電動化の進展に伴って、電磁部品の適用先の拡大や要求仕様の高度化も生じ、多種多様な電磁部品への注目が集まっている。
このような状況で、アキシャルギャップモータ、交流ソレノイド等の電磁部品についても、小型化、軽量化、および省電力化のニーズが高まっている。しかしながら、以下の理由から、アキシャルギャップモータおよび交流ソレノイドのコア材には、電磁鋼板を適用しにくかった。
【0009】
電磁部品の種類によってコア材の形状(特に、励磁方向と直交する面におけるコア材の断面形状)はほぼ決まっており、かつ電磁鋼板の積層方向は、電磁鋼板の界面が励磁方向と平行となる方向に制限される。そのため、所望形状で所望の積層方向を有するコア材(電磁鋼板の積層体)の作製は、従来のような、同一形状かつ一定厚さの電磁鋼板を単に積層するだけでは対応できなくなっている。
【0010】
電磁鋼板の代わりに軟磁性鋼線を用いると、軟磁性鋼線を束ねて、軟磁性鋼線の長手方向が励磁方向と平行になるように配置すればよく、複雑な断面形状を有するコア材であっても、軟磁性鋼線が所望方向(隣接する軟磁性鋼線間の界面が、励磁方向と平行になる方向)に配列するだけで、容易に作製することができる。
【0011】
ところが、これまで、低周波域で使用する電磁部品には、軟磁性鋼線から作製したコア材は使用されていなかったため、低周波域において優れた磁気的特性を有する軟磁性鋼線は知られていない。
特許文献1~4は、高周波域において優れた磁気的特性を有する軟磁性鋼線を対象としており、低周波域での磁気的特性を向上する具体的な手段について議論されていない。
【0012】
そこで本発明の一実施形態では、軟磁性鋼線のうち、特に純鉄系の軟磁性鋼線について、低周波域で優れた磁気的特性を有するものを提供する。本発明の別の実施形態では、そのような純鉄系の軟磁性鋼線を製造する方法を提供する。本発明の別の実施形態では、そのような純鉄系の軟磁性鋼線から作製したコアを含む電磁部品を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の態様1は、
C :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
Si:2.20質量%以下(0質量%を含む)、
Mn:0.10質量%以上0.50質量%以下、
P :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
S :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
Al:0.200質量%以下(0質量%を含む)、
N :0.020質量%以下(0質量%を含む)および
Cu、Ni、Cr:各々が0.20質量%以下(0質量%を含む)を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
金属組織中におけるフェライト結晶粒の平均結晶粒径が100μm以上であり、
線径が0.15mm以上1.50mm以下の範囲内にある、軟磁性鋼線である。
【0014】
本発明の態様2は、
表面が電気的絶縁材料で被覆されている、態様1に記載の軟磁性鋼線である。
【0015】
本発明の態様3は、
態様1または2に記載の軟磁性鋼線を製造する方法であって、
態様1に記載の化学成分組成を有する線材を冷間伸線する工程と、
冷間伸線後の鋼線を、A3点以上、(A3点+400℃)以下の温度で磁気焼鈍する工程を含む、製造方法である。
【0016】
本発明の態様4は、
態様1または2に記載の軟磁性鋼線を束ねてまたはコイル状に巻回して構成したコア材を含む、電磁部品である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の実施形態によれば、低周波域で優れた磁気的特性を有する純鉄系の軟磁性鋼線およびその製造方法、ならびにそのような純鉄系の軟磁性鋼線から作製したコアを含む電磁部品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、フェライト結晶粒の平均結晶粒径の測定方法を説明するための、軟磁性鋼線の模式断面図である。
【
図2】
図2は、実施例および比較例の軟磁性鋼線のフェライト結晶粒の平均結晶粒径と鉄損との関係をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、低周波域における磁気的特性に優れた軟磁性鋼線を提供すべく、さまざまな観点で検討を行った。
まず、高磁束密度を特徴とする純鉄系の軟磁性材料に着目し、これを鋼線化することで純鉄系の特徴である高磁束密度を有しながら、鉄損特性にも優れた鋼線を提供できるのではないかと考えた。
また、純鉄系材料は、磁束密度を高めるために合金添加元素を可能な限り排除している。そのため純鉄系材料は軟質で、伸線加工性に優れた材料であることから、軟磁性鋼線に最適な材料でもある。
【0020】
従来技術(例えば特許文献2~4)において、純鉄系軟磁性材料の鉄損特性を最大限発揮させるには、結晶粒径の制御が重要であることが知られている。従来技術では、鋼線の鉄損特性を最大限発揮できる結晶粒径は微細であると言及しているが、これは、高周波域(数万~数百万Hz)での磁気的特性を向上するための粒径であり、本発明のような数十~数千Hzで駆動するモーターおよび交流ソレノイドでも、結晶粒径を微細にすることが最適かどうか不明であった。
【0021】
高周波域では鉄損の支配因子は渦電流損となるが、低周波域では鉄損の支配因子はヒステリシス損となる。本発明者らは、対象とする周波域が異なれば、着目する支配因子も異なるため、結晶粒径に対する考え方も異なるであろうと考えた。しかしながら、本発明の実施形態で対象としている純鉄系軟磁性材料で鋼線を作製し、かつ、モーターおよび交流ソレノイドの駆動周波域で最適な磁気的特性を発揮できる結晶粒径について検討した例はない。そこで、本発明者らは、純鉄系軟磁性鋼線の鉄損特性が低周波域で良好となる粒径を検証した。
【0022】
こうした背景の中、本発明者らは、線径が1.5mmを下回るような細径の軟磁性鋼線を製造すると、伸線加工時に、棒材や板材では生じないような強加工が材料に加わって、結晶粒径が非常に微細になること、そして、伸線加工後の鋼線に、結晶粒径および磁気的特性を改善するための磁気焼鈍を施しても、微細化した結晶粒が粗大化しにくいことを確認した。特に、純鉄系軟磁性鋼線ではその傾向が顕著である。
【0023】
磁気焼鈍による結晶粒成長が、純鉄系材料で起こらない理由は、以下のようなものであると考えられる。
まず、添加元素を含む鉄合金(例えば、特許文献1に開示されたNi-Fe合金(パーマロイ))は、磁気焼鈍を行う温度域に相変態点を有していないため、磁気焼鈍を行う温度を上昇させることで、結晶粒の成長を促進して粗大化することができる。
【0024】
一方、本発明の実施形態で対象としている純鉄系材料は、約911℃にA3変態点を有する。A3変態点以上の温度で熱処理すると、フェライト相からオーステナイト相に相変態する。オーステナイト相の状態で加熱温度を高くすることで結晶粒を成長させることは可能であるが、熱処理後に冷却してオーステナイト相からフェライト相に相変態したとき、析出するフェライトの結晶粒径は、必ずしも母相のオーステナイトの結晶粒径に依って決まるわけではない。そのため、純鉄系軟磁性鋼線におけるフェライト結晶粒の結晶粒径を粗大化するために、どのような熱処理が有効であるのかは推測できず、また、そのような検討もなされていなかった。例えば特許文献2~4では、純鉄系軟磁性鋼線内の結晶粒成長を抑制することを目的としていることから、純鉄系材料の結晶粒成長を促進する熱処理条件の検討は全くされていない。さらには、相変態時に導入される歪は、磁気的特性を悪化させるため、棒材等の純鉄系材料においてはA3変態点以下で磁気焼鈍を行うことを推奨されている。
【0025】
このような状況の中、本発明者らは、純鉄系軟磁性鋼線の熱処理条件を鋭意検討して、純鉄系軟磁性鋼線中のフェライト結晶粒の結晶粒成長を促進できる焼鈍条件を初めて見出した。そのようにして得られた軟磁性鋼線の結晶粒径と磁気的特性との関係を検討し、粗大化したフェライト結晶粒を有する軟磁性鋼線は、低周波域において鉄損特性が優れていることを新たに発見した。
【0026】
このようにして、本発明者らは、高周波域においては微細な結晶粒を有する軟磁性鋼線が良好な鉄損特性を有するという従来の知見とは異なり、低周波域においては、粗大な結晶粒を有する軟磁性鋼線が良好な鉄損特性を有する、という新たな知見を明らかにした。
【0027】
1.化学成分組成
本発明の実施形態に係る軟磁性鋼線は、
C :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
Si:2.20質量%以下(0質量%を含む)、
Mn:0.10質量%以上0.50質量%以下、
P :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
S :0.050質量%以下(0質量%を含む)、
Al:0.200質量%以下(0質量%を含む)、
N :0.020質量%以下(0質量%を含む)および
Cu、Ni、Cr:各々が0.20質量%以下(0質量%を含む)を含有する。
なお、元素の含有量において「0質量%を含む」とは、意図的に添加を行っていない実施形態を包含することを意味するものである。
以下、各元素について詳述する。
【0028】
C :0.050質量%以下(0質量%を含む)
Cは鋼材の強度と延性のバランスを支配する基本元素であり、含有量が下がれば延性が向上し伸線加工性は改善するため、伸線工程での破断が生じにくくなる。またC含有量は、磁束密度の面からも極めて低いことが好ましい。こうしたことを考慮すると、C含有量を0.050質量%以下に抑える必要があり、好ましくは0.030質量%以下、より好ましくは0.010質量%以下である。
C含有量は0質量%以上であり、0.001質量%以上であってもよい。
【0029】
Si:2.20質量%以下(0質量%を含む)
Siは溶製時に脱酸剤として作用することで酸素による伸線加工性の劣化及び結晶粒成長の阻害効果を抑制することができる。しかし、含有量が多すぎても延性が劣化し伸線加工性が阻害されることとなる。こうしたことを考慮すると、Si含有量を2.20質量%以下に抑える必要がある。
Si含有量は、好ましくは、2.15質量%以下、より好ましくは2.10質量%以下である。
Si含有量は0質量%以上であり、0.01質量%以上であってもよい。
【0030】
Mn:0.10質量%以上0.50質量%以下
Mnは脱酸剤として作用することで酸素による伸線加工性の劣化及び結晶粒成長の阻害効果を抑制することができる。また、鋼中のSと結合してMnSを形成することにより、Sによる伸線加工性の劣化を抑制する。しかし、Mn量が多すぎると、析出するMnSの粒径が大きくなって磁気的特性を劣化させるため、0.10質量%以上0.50質量%以下の範囲とする。
Mn含有量は、好ましくは、0.45質量%以下、より好ましくは0.40質量%以下であり、好ましくは、0.12質量%以上、より好ましくは0.15質量%以上である。
【0031】
P :0.050質量%以下(0質量%を含む)
Pは鋼中で粒界偏析を起こし磁気的特性に悪影響を及ぼし、また伸線加工性も劣化させる。したがって本発明では、Pの含有量を0.050質量%以下に抑える必要があり、好ましくは0.030質量%以下、より好ましくは0.010質量%以下である。
P含有量は少なければ少ない程好ましいため、0質量%以上であるが、通常、不純物レベルとして、0.001質量%程度含まれ得る。
【0032】
S :0.050質量%以下(0質量%を含む)
SはMnSを形成することで延性が劣化し伸線加工性が悪化する。またMnSが微細に分散した場合には結晶粒の成長性を阻害し磁気的特性を著しく劣化させるので、0.050質量%以下に抑える必要があり、好ましくは0.030質量%以下、より好ましくは0.010質量%以下である。
S含有量は少なければ少ない程好ましいため、0質量%以上であるが、通常、不純物レベルとして、0.001質量%程度含まれ得る。
【0033】
Al:0.200質量%以下(0質量%を含む)
Alは固溶Nを補足しAlNとなって結晶微細化を促進させる。また、Al添加によりFeの磁気モーメントが下がるため、磁束密度も劣化する。したがって、Al含有量は0.200質量%以下に抑える必要があり、好ましくは0.020質量%以下、より好ましくは0.005質量%以下とする。
Al含有量は0質量%以上であり、0.001質量%以上であってもよい。
【0034】
N:0.020質量%以下(0質量%を含む)
N(窒素)はAlと結合しAlNとなって結晶粒微細化を促進させる。また、Alなどにより固定されなかったNは固溶Nとして鋼中に残存し、磁気的特性を劣化させる。これらの弊害を実質的に無視し得ることと、鋼材製造の実操業面とを考慮して、N含有量は0.020質量%以下とする。N含有量は、好ましくは0.010質量%以下、より好ましくは0.005質量%以下とする。
N含有量は少なければ少ない程好ましいため、0質量%以上であるが、通常、不純物レベルとして、0.001質量%程度含まれ得る。
【0035】
Cu、Ni、Cr:各々が0.20質量%以下(0質量%を含む)
Cu、Ni、Crは鋼中にこれらの元素の析出物が生じると磁気的特性の低下を招くため、各元素の含有量を、0.20質量%以下に抑える必要があり、好ましくは0.15質量%以下、より好ましくは0.05質量%以下とする。
Cu、Ni、Crの各元素の含有量は、0質量%以上であり、0.01質量%以上であってもよい。
Cu、Ni、Crの合計含有量は、好ましくは0.40質量%以下、より好ましくは0.10質量%以下である。
【0036】
基本成分は上記のとおりであり、好ましい実施形態の1つでは、残部は鉄および不可避的不純物である。不可避的不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素が例示される。
なお、例えば、PおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避的不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避的不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0037】
2.金属組織
金属組織中におけるフェライト結晶粒の平均結晶粒径は100μm以上である。以下、本明細書において単に「結晶粒」と記載する場合はフェライト結晶粒のことを指し、「平均結晶粒径」と記載する場合は、フェライト結晶粒の平均結晶粒径のことを指す。
【0038】
平均結晶粒径を100μm以上とすることにより、軟磁性鋼線のヒステリシス損を下げて、鉄損を低減することができる。特に低周波域では、結晶粒粗大化によるヒステリシス損の低減効果は大きいため、低周波域で使用する軟磁性鋼線の磁気的特性を顕著に向上することができる。
平均結晶粒径は、100μm以上であり、好ましくは120μm以上であり、好ましくは1500μm以下であり、より好ましくは1300μm以下である。
【0039】
平均結晶粒径の測定では、まず、軟磁性鋼線の長手方向の中心軸に沿った断面(縦断面)を光学顕微鏡(倍率100倍)で観察する。顕微鏡写真上で、この中心軸と直交する方向(線径方向)に、1mmの間隔をあけて3本の直線を引き、その直線と重なった全ての結晶粒について、各結晶粒の面積を求める。それらの面積から、各結晶粒の結晶粒径(円相当直径)を求め、それら結晶粒径の平均値を、平均結晶粒径とする。
【0040】
組織観察を行う場合は、束線前の軟磁性鋼線であれば、端部から1cm以上離れた位置で観察を行うことが好ましい。束線後の軟磁性鋼線であれば、屈曲部を除いた部分、好ましくは直線部分で観察を行うことが好ましい。
【0041】
なお、実施形態に係る軟磁性鋼線は、合金添加元素の含有量が少ないため、金属組織の大部分はフェライトであり、フェライト以外の相(例えばセメンタイト、炭化物、ベイナイト、パーライトなど。本明細書では「その他の相」とも称する)は、1体積%未満と微量である。そのため、その他の相が含まれていたとしても、軟磁性鋼線の磁気的特性に与える影響は殆どない。特に、C含有量が0.022質量%以下の場合は、フェライトがほぼ100体積%となり、その他の相は実質的に含まれない。
【0042】
平均結晶粒径を求める際の金属組織観察において、観察される結晶粒はほぼ全てがフェライト結晶粒である。なお、軟磁性鋼線に含まれるC量によっては、「その他の相」からなる結晶粒が微量混在していたり、フェライト結晶粒の内部にその他の相が微量含まれることもあり得る。しかしながら、「その他の相」からなる結晶粒は非常に微細であり、倍率100倍の光学顕微鏡では黒い点として観察されるため、その結晶粒の面積を求めることは困難である。
【0043】
これらの理由から、平均結晶粒径の算出においては、フェライト結晶粒のみを測定対象とし、「その他の相」からなる結晶粒は測定対象から除外する。
【0044】
3.軟磁性鋼線の線径
本発明の実施形態に係る軟磁性鋼線は、線径が0.15mm以上1.50mm以下の範囲内にある。
軟磁性鋼線の線径は渦電流損に影響を及ぼし、線径が小さくなれば渦電流損も低減し鉄損を下げることができる。また、線径が小さい程、曲げ加工性も良好となるため、線径は小さい程好ましいが、線径が小さくなりすぎると、束線時の線間に空隙が生じやすく占積率が下がってしまう。こうしたことを考慮すると、線径は0.15mm以上1.50mm以下の範囲とする。
【0045】
軟磁性鋼線の断面形状(長手方向の中心軸と直交する断面の形状)は円形、多角形などにすることができる。束線時の占積率を高めるには断面が多角形の鋼線(多角鋼線)が好ましく、束線時のすべり変形を考慮すると、六角鋼線がより好ましい。なお、多角鋼線の線径は断面積から求めた円相当直径とする。
【0046】
束線前では、断面形状が円形の鋼線(丸線)であっても、例えば圧縮させながら丸線を束線すると、鋼線の断面形状が多角形状になり得る。この場合、束線前の状態の鋼線は「丸線」として取り扱い、束線後の状態の鋼線は「多角鋼線」として取り扱う。
【0047】
4.磁気的特性
本発明の実施形態に係る軟磁性鋼線は、低周波域(数十~数千Hz)における鉄損が小さい。例えば、周波数50Hzにおける鉄損が10.5W/kg以下である。よって、この軟磁性鋼線は、低周波域で駆動するモーターおよび交流ソレノイドのコア材に好適である。
【0048】
5.その他
軟磁性鋼線の表面を、電気的絶縁材料で被覆してもよい。鋼線を束線した際に鋼線間で発生する渦電流を低減でき、鉄損をより低減することができる。
電気的絶縁材料としては、例えば、エポキシ樹脂、リン酸亜鉛、ワニス等の材料を用いることができる。
【0049】
6.製造方法
本発明の実施形態に係る軟磁性鋼線の製造方法は、
所定の化学成分組成を有する線材を冷間伸線する工程と、
冷間伸線後の鋼線を、A3点以上、(A3点+400℃)以下の温度で磁気焼鈍する工程を含む。
【0050】
[1]所定の化学成分組成を有する線材を冷間伸線する工程
線材は、例えば、所定の化学成分組成を有する鋼片を鋳造し、熱間圧延を施すことで準備することができる。
線材を冷間伸線することにより、所望の線径を有する鋼線に加工される。複数回の冷間伸線を行うことが好ましく、各冷間伸線における減面率は、例えば1%~99%とする。断線状態を確認しながら、複数回の冷間伸線の途中で中間焼鈍を行ってもよい。
【0051】
[2]冷間伸線後の鋼線を、A3点以上、(A3点+400℃)以下の温度で磁気焼鈍する工程
磁気焼鈍は、A3点以上、(A3点+400℃)以下の温度で行う。A3点は、以下の式(1)で算出する。
A3(℃)=910-203×[C]1/2-15.2×[Ni]+44.7×[Si]+104×[V]+31.5×[Mo]+13.1×[W]-30×[Mn]-11×[Cr]-20×[Cu]+700×[P]+400×[Al]+120×[As]+400×[Ti]・・・(1)
ただし、[C]、[Ni]、[Si]、[V]、[Mo]、[W]、[Mn]、[Cr]、[Cu]、[P]、[Al]、[As]および[Ti]は、それぞれ、C、Ni、Si、V、Mo、W、Mn、Cr、Cu、P、Al、As、およびTiの含有量(質量%)であり、含まれない元素の含有量は0(質量%)とする。
【0052】
鋼線は冷間伸線時に強加工が施されるため、冷間伸線後の鋼線の結晶粒は微細となる。純鉄系の軟磁性鋼線に対して、A3点以下の温度で磁気焼鈍を施しても、結晶粒は粗大化しにくい。A3点以上の温度で鋼線を磁気焼鈍することで、結晶粒を粗大化することができ、鉄損特性を改善することができる。
【0053】
磁気焼鈍の平均昇温速度は特に限定されないが、磁気焼鈍の処理時間を短縮する観点から、好ましくは100℃/時以上、より好ましくは300℃/時以上とする。なお、「平均昇温速度」は、加熱開始温度(例えば室温)と磁気焼鈍温度との温度差を、加熱開始温度から磁気焼鈍温度までにかかった時間で除することで求める。
【0054】
磁気焼鈍温度で保持する時間は、好ましくは1分以上、より好ましくは30分以上であり、好ましくは600分以下、より好ましくは480分以下である。
平均冷却速度は、好ましくは300℃/時以下、より好ましくは100℃/時以下とする。なお、「平均冷却速度」は、磁気焼鈍温度と冷却停止温度(例えば室温)との温度差を、磁気焼鈍温度から冷却停止温度までにかかった時間で除することで求める。
【0055】
以上に説明した本発明の実施形態に係る軟磁性鋼線の製造方法に接した当業者であれば、試行錯誤により、上述した製造方法と異なる製造方法により本発明に係る軟磁性鋼線を得ることができる可能性がある。
【0056】
実施形態に係る軟磁性鋼線は、アキシャルギャップモータや交流ソレノイドなどの電磁部品のコア材の作製に適している。複数の軟磁性鋼線を束ねてコア材としてもよい。また、1本または複数本の軟磁性鋼線をコイル状に巻いてコア材を作製してもよい。
【実施例0057】
表1に示す化学成分組成から成る軟磁性鋼線の試料を作製して試験を実施した。転炉溶製後に鋳造して得られた鋼片に熱間圧延を施し、φ7mmの線材を製造した。さらに複数回の冷間伸線を施し、長手方向の中心軸と直交する断面が六角形(対辺1.1mm、線径1.2mm)で、長さが300mmの六角鋼線を作製した。冷間伸線の総減面率は、試料No.1~6の全てで等しいが、各冷間伸線における減面率は、試料No.1~6ごとに一部異なっていた。この鋼線のA3点は898℃である。
このようにして得られた鋼線に、磁気焼鈍を施した。まず、室温から磁気焼鈍温度まで、平均昇温速度300℃/時以上で加熱した。試料No.1~2は、磁気焼鈍温度を850℃(A3点未満)とし、試料No.3~6は、磁気焼鈍温度を1000℃(「A3点+102℃」に相当)とし、その温度で30分以上保持し、その後、室温まで平均冷却速度100℃/時以下で冷却した。なお、磁気焼鈍時の雰囲気は真空とし、真空度は10-4[Torr]であった。磁気焼鈍を施した鋼線について、鉄損測定と、フェライト結晶粒の平均結晶粒径の測定を行った。
【0058】
(鉄損測定)
鉄損測定は、単板試験機に二次コイルを20ターン巻いた鋼線を1本セットし、W15/50(最大磁束密度1.5T、周波数50Hzでの鉄損値)を測定した。鉄損が10.5W/kg以下であれば合格とし、10.5W/kgを超えると不合格と評価した。
【0059】
(フェライト結晶粒の平均結晶粒径)
金属組織中におけるフェライト結晶粒の平均結晶粒径は、以下の方法で測定した。
鋼線の長手方向の中央付近(端部から長手方向に約150mmの位置)において、長手方向に延びる中心軸Cを通る縦断面(長手方向断面)を鏡面研磨し、観察面とした。観察面をナイタール液で腐食後、光学顕微鏡により組織写真を倍率100倍で撮影した。
図1に示すように、撮影した組織写真上に、中心軸Cと直交し、縦断面における2つの鋼線表面S1、S2の間に延びる直線を、1mmの間隔をあけて3本引いた。画像解析ソフト(ImageJ)を用いて、各直線と重なっているフェライト結晶粒の全てについて、各結晶粒の面積を測定した。結晶粒の面積から、各結晶粒の結晶粒径(円相当直径)を求め、それら結晶粒径の平均値を算出し、「平均結晶粒径」とした。
なお、縦断面(観察面)の線径方向全体に広がる結晶粒の場合、結晶粒は、線径方向が表面S1とS2に挟まれ、長手方向が粒径に囲まれた領域を占めているものとみなし、当該囲まれた領域の面積から求めた円相当直径が、その結晶粒の粒径であるものとみなす。この場合、結晶粒径は線径Dを超えることがある。
【0060】
表2および
図2に、各試料の測定結果をまとめた。冷間伸線後の試料を、1000℃(「A
3点+102℃」に相当)で磁気焼鈍することで、平均結晶粒径が大きくなることが確認された。一方、850℃(A
3点未満)で磁気焼鈍した場合は、平均結晶粒径が比較的小さいままであった。磁気焼鈍温度をA
3点以上、(A
3点+400℃)以下に設定することにより、冷間伸線により結晶粒が微細となった鋼線の金属組織において、結晶粒を粗大化するのに非常に有効な手段であることがわかった。
【0061】
また、結晶粒の粗大化に伴い、平均結晶粒径が100μm以上の試料は、鉄損特性が向上していることが確認された。実施例と比較例とを比較すると、実施例では鉄損が0.3~0.6W/kg低下しており、鉄損特性が向上していることがわかる。この鉄損特性の向上は、鉄損の測定値が最も低い試料No.6(10.1W/kg)を100%としたとき、No.2(10.6W/kg)、No.1(10.7W/kg)は、鉄損特性が約5~6%上昇した。
【0062】
【0063】