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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024099434
(43)【公開日】2024-07-25
(54)【発明の名称】固体電解質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01B 13/00 20060101AFI20240718BHJP
   C01B 35/14 20060101ALI20240718BHJP
   H01M 10/0562 20100101ALN20240718BHJP
   H01M 6/18 20060101ALN20240718BHJP
【FI】
H01B13/00 Z
C01B35/14
H01M10/0562
H01M6/18 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023003376
(22)【出願日】2023-01-12
(71)【出願人】
【識別番号】000006183
【氏名又は名称】三井金属鉱業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 崇広
(72)【発明者】
【氏名】小林 正典
(72)【発明者】
【氏名】市木 勝也
【テーマコード(参考)】
5H024
5H029
【Fターム(参考)】
5H024FF22
5H029AJ14
5H029AK03
5H029AL06
5H029AL11
5H029AL12
5H029AM12
(57)【要約】
【課題】工業的に安価な原料を用いることができ、また量産性に優れた硫化物固体電解質を製造し得る方法を提供すること。
【解決手段】Li(リチウム)元素と、M元素と、S(硫黄)元素と、を含む固体電解質の製造方法である。Mは、P(リン)元素、B(ホウ素)元素、Si(ケイ素)元素、Ge(ゲルマニウム)元素、Ga(ガリウム)元素、Sn(スズ)元素、Sb(アンチモン)元素、Al(アルミニウム)元素、In(インジウム)元素、Bi(ビスマス)元素及びZn(亜鉛)元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を表す。前記製造方法は、Li(リチウム)元素を含む原料と、単体のM元素とを混合して前駆体を得る混合工程と、前記前駆体を、硫黄含有ガスを流通させながら焼成する焼成工程と、を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体電解質を製造する方法であって、
リチウム(Li)元素を含む原料と、単体のM元素(Mは、リン(P)、ホウ素(B)、ケイ素(Si)、ゲルマニウム(Ge)、ガリウム(Ga)、スズ(Sn)、アンチモン(Sb)、アルミニウム(Al)、インジウム(In)、ビスマス(Bi)及び亜鉛(Zn)からなる群より選択される少なくとも1種を表す。)とを混合して前駆体を得る混合工程と、
前記前駆体を、硫黄を含有するガスを流通させながら焼成する焼成工程と、を含み、
前記固体電解質は、リチウム(Li)元素と、M元素と、硫黄(S)元素とを含む、固体電解質の製造方法。
【請求項2】
M元素が、ホウ素又はケイ素である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
M元素が、ホウ素である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記焼成工程が、前記前駆体を500℃超で焼成する工程である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項5】
リチウム(Li)元素を含む前記原料が硫化リチウムである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項6】
前記前駆体が、リチウム(Li)元素を含む前記原料と、単体のM元素との混合物であるか、又は
リチウム(Li)元素を含む前記原料と、単体のM元素との結晶質若しくは非晶質の生成物である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項7】
前記硫黄を含有する前記ガスが硫化水素である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は固体電解質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
CO削減による地球温暖化防止に向けた取り組みとして、二次電池の開発が活発である。近年では、次世代二次電池として固体電池が注目されている。
固体電池に用いられる固体電解質として、例えばLiS-B系(LiBS)固体電解質や、LiS-P系(Li11、LiPS、Liなど)固体電解質などが知られている。これらの固体電解質の製造方法に関し、特許文献1には、LiSとPとの混合物を、内面を炭素被覆した石英管内に真空封入し、加熱する方法が提案されている。
【0003】
石英管内に真空封入した原料を加熱して固体電解質を製造する別の方法として、非特許文献1には、該原料として、LiSと、アモルファスホウ素と、単体の硫黄との混合物を用いることが提案されている。
【0004】
真空封入した原料を加熱する方法を採用するこれらの文献と異なり、特許文献2では、LiSとPとSiSとの混合物を、硫化水素ガスの流通下で焼成する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001-250580号公報
【特許文献2】特開2013-211171号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ACS Appl. Energy Mater., 2022, vol. 5, issue 2, p.1421-1426
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
固体電解質の製造方法において焼成温度が高い場合には、焼成によって生成した固体電解質から硫黄元素が脱離して、固体電解質中に硫黄欠損が生じやすいことが知られている。そこで特許文献1及び非特許文献1に記載の方法では、原料を石英管内に真空封入して系内の硫黄分圧を高めることで、硫黄欠損が生成することを抑制している。しかしこの方法は量産性に乏しいことから工業的に馴染まない。
【0008】
特許文献2に記載の方法は、特許文献1及び非特許文献1に記載の方法に比べて量産性に優れている。しかし、原料として用いる硫化物の種類によっては高価であり、あるいは入手・合成が容易でないことがあり、それらの点で工業的に有利と言えない場合がある。
【0009】
したがって本発明の課題は、工業的に安価な原料を用いることができ、また量産性に優れた硫化物固体電解質の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、固体電解質を製造する方法であって、
リチウム(Li)元素を含む原料と、単体のM元素(Mは、リン(P)、ホウ素(B)、ケイ素(Si)、ゲルマニウム(Ge)、ガリウム(Ga)、スズ(Sn)、アンチモン(Sb)、アルミニウム(Al)、インジウム(In)、ビスマス(Bi)及び亜鉛(Zn)からなる群より選択される少なくとも1種を表す。)とを混合して前駆体を得る混合工程と、
前記前駆体を、硫黄を含有するガスを流通させながら焼成する焼成工程と、を含み、
前記固体電解質は、リチウム(Li)元素と、M元素と、硫黄(S)元素とを含む、固体電解質の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、工業的に安価な原料を用いることができ、また量産性に優れた硫化物固体電解質の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明は固体電解質の製造方法に関するものである。本発明の製造方法の対象物である固体電解質は、Li元素と、M元素と、S元素とを少なくとも含むことが好ましい。すなわち、本発明の製造方法の対象物である固体電解質は硫化物固体電解質である。この硫化物固体電解質において、M元素は、P元素、B元素、Si元素、Ge元素、Ga元素、Sn元素、Sb元素、Al元素、In元素、Bi元素及びZn元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を表す。
【0013】
M元素がB元素であるときの固体電解質としては、例えばLiBSなどが挙げられる。
M元素がP元素であるときの固体電解質としては、例えばLi11、LiPS、Li及びLiPSなどが挙げられる。
M元素がSi元素であるときの固体電解質としては、例えばLiSiS及びLiSiSなどが挙げられる。
M元素がGe元素であるときの固体電解質としては、例えばLiGeSなどが挙げられる。
2種類以上のM元素を含み、且つM元素がGe元素及びP元素であるときの固体電解質としては、例えばLi3.25Ge0.250.75及びLi10GeP12などが挙げられる。
【0014】
特にM元素は、B元素又はSi元素であることが、工業的に安価な原料を用いて、高い量産性で硫化物固体電解質を製造できるという本発明の利点が顕著になる点から好ましく、特にB元素であることが好ましい。
【0015】
また、本発明の製造方法の対象物である固体電解質は、Li元素、M元素及びS元素に加えてその他の元素を含んでいてもよい。その他の元素としては、例えば塩素(Cl)元素、臭素(Br)元素及びヨウ素(I)元素などの各種ハロゲン元素が挙げられる。
【0016】
本発明の製造方法で得られる固体電解質がハロゲン元素を含むとき、本発明の製造方法で用いられるハロゲン元素を含む原料としては、例えばハロゲン元素を含む化合物が挙げられる。
ハロゲン元素を含む化合物としては、例えば、フッ素(F)元素、塩素(Cl)元素、臭素(Br)元素及びヨウ素(I)元素からなる群より選択される1種又は2種以上の元素と、ナトリウム(Na)元素、リチウム(Li)元素、ホウ素(B)元素、アルミニウム(Al)元素、ケイ素(Si)元素、リン(P)元素、硫黄(S)元素、ゲルマニウム(Ge)元素、ヒ素(As)元素、セレン(Se)元素、スズ(Sn)元素、アンチモン(Sb)元素、テルル(Te)元素、鉛(Pb)元素及びビスマス(Bi)元素からなる群より選択される1種又は2種以上の元素との化合物、又は、該化合物に更に酸素又は硫黄が結合した化合物を挙げることができる。
具体的には、LiF、LiCl、LiBr、LiI等のハロゲン化リチウム;PF、PF、PCl、PCl、POCl、PBr、POBr、PI、PCl、P等のハロゲン化リン;SF、SF、SF、S10、SCl、SCl、SBr等のハロゲン化硫黄;NaI、NaF、NaC1、NaBr等のハロゲン化ナトリウム;BCl、BBr、BI等のハロゲン化ホウ素などを挙げることができる。これらの化合物は1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。中でも、ハロゲン化リチウム(LiX(Xはハロゲンを表す。))を用いることが好ましい。なお、本発明においてその他の元素を含む固体電解質を得るためには、例えば、後述する(a)工程にてLi元素を含む原料と、単体のM元素と、その他の元素を含む原料とを混合して前駆体を得ることが好ましい。
【0017】
本発明の製造方法は、以下の(a)工程及び(b)工程に大別され、この順序で工程が行われる。尤も、本発明の製造方法は、(a)工程及び(b)工程だけに限られず、(a)工程に先立ち別工程を行ってもよく、あるいは(b)工程の後に別工程を追加してもよく、あるいは(a)工程と(b)工程との間に別工程を付加してもよい。
(a)工程:Li元素を含む原料と、単体のM元素とを混合して前駆体を得る混合工程。
(b)工程:(a)工程で得られた前駆体を、硫黄含有ガスを流通させながら焼成する焼成工程。
以下、(a)工程及び(b)工程についてそれぞれ説明する。
【0018】
<(a)工程>
本工程においては、Li元素を含む原料を準備する。また本工程においては、単体のM元素を準備する。
Li元素を含む原料としては、例えばリチウムの硫化物を用いることができる。リチウムの硫化物としては例えば硫化リチウム(LiS)が挙げられる。Li元素を含む原料としてはリチウムの硫化物を用いることで、目的とする固体電解質を首尾よく得ることができる。尤も、Li元素を含む原料として、リチウムの硫化物以外の物質を用いることは妨げられない。そのような原料としては、例えば炭酸リチウム(LiCO)、水酸化リチウム(LiOH)、酸化リチウム(LiO)、炭酸水素リチウム(LiHCO)、硫酸リチウム(LiSO)、金属リチウム(Li)などが挙げられる。
【0019】
Li元素を含む原料としてLiSを用いる場合、LiSの粒径は、LiSと単体のM元素とから前駆体を得られるサイズであればよく、特に限定されない。具体的には、LiSの粒径が、1μm以上であってもよく、10μm以上であってもよく、100μm以上であってもよい。また、LiSの粒径は、例えば10000μm以下であることが好ましく、1000μm以下であることが更に好ましく、700μm以下であることが一層好ましい。LiSと単体のM元素とから前記前駆体を首尾よく得られるからである。本明細書においてLiSの粒径とは、レーザー回折散乱式粒度分布測定法による累積体積50容量%における体積累積粒径D50のことである。以下「粒径」というときには、体積累積粒径D50のことを意味する。
【0020】
単体のM元素としては、M元素の種類に応じて適切なものが用いられる。M元素が例えばPである場合、単体のM元素としては、例えば白リン、赤リン、黒リン及び紫リンなどを用いることができる。
M元素が例えばBである場合、単体のM元素としては、各種の同素体を用いることができる。また、Bは結晶質のものであってもよく、あるいは非晶質のものであってもよい。
M元素が例えばSiである場合、単体のM元素としては、各種の同素体を用いることができる。また、Siは結晶質のものであってもよく、あるいは非晶質のものであってもよい。
【0021】
M元素としていずれの元素を用いる場合であっても、それを単体で用いることには以下に述べる技術的意義がある。
従来、Li元素とM元素とS元素とを含む固体電解質を製造する場合、特許文献1及び2に記載のとおり、出発物質としてM元素の硫化物を用いていた。しかし、M元素の硫化物は、その種類によっては高価であるか、あるいは入手自体が困難であり、工業的な出発物質として馴染まないことがあった。また、M元素の硫化物のなかには揮発性が高いものがあり、目的とする固体電解質の製造過程において反応系内から消失してしまうこともあった。このことは、異物の発生や、固体電解質のイオン伝導性の低下の一因となる。これらの不都合は、M元素として例えば上述したホウ素やケイ素を用いる場合に特に顕著となる。これに対して、単体のM元素は、工業的に許容可能な価格を有する場合が多く、また高温においても揮発しづらいという利点を有する。以上のことから、本製造方法においては、目的とする固体電解質の出発物質として単体のM元素を用いている。
【0022】
単体のM元素の粒径は、単体のM元素とLi元素を含む原料とから前駆体を得られるサイズあればよく、特に限定されない。具体的には、単体のM元素の粒径が、10mm以下であることが好ましく、1mm以下であることが更に好ましく、100μm以下であることが一層好ましい。単体のM元素とLi元素を含む原料とから前記前駆体を首尾よく得られるからである。一方、前記粒径の下限値は特に限定されないが、例えば0.1μm以上であってもよく、1μm以上であってもよい。
【0023】
Li元素を含む原料と単体のM元素との混合には、公知の混合装置を用いることができる。例えばボールミル、ビーズミル又はペイントシェーカーなどの混合装置を用いることができる。これらの装置は自転式のものであってもよく、あるいは自転式及び公転式のものであってもよい。一般に、自転式及び公転式の混合装置は、自転の混合装置に比べて、対象物に強いエネルギーを与えながら混合することができる。
【0024】
Li元素を含む原料と単体のM元素との混合に、強いエネルギーを与えながら混合が可能な装置を用いた場合、Li元素を含む原料と単体のM元素とは、両者が単に混合されるだけでなく、メカノケミカル反応が生じて両者の生成物が混合物中に生じる場合がある。この生成物は、Li元素を含む原料と単体のM元素とが反応して生成した結晶質のものであるか、又は非晶質のものである。この生成物は、目的とする固体電解質を得る観点からは問題とならない。
一方、Li元素を含む原料と単体のM元素とを強いエネルギーを与えることなく混合した場合には、Li元素を含む原料と単体のM元素とは、両者が単に混合された状態にとどまり、メカノケミカル反応は起こりづらい。強いエネルギーを与えた混合及び強いエネルギーを与えない混合のいずれを行った場合であっても、本明細書においては、Li元素を含む原料と単体のM元素との混合物のことを「前駆体」と呼ぶ。
【0025】
Li元素を含む原料と単体のM元素との混合は、乾式であってもよく、あるいは湿式であってもよい。両者を十分に混合し得る点からは、湿式混合を採用することが好ましい。湿式混合する場合、液媒体としては例えば各種の有機溶媒を用いることができる。具体的には、ヘキサン、ヘプタン及びデカン等の鎖式飽和脂肪族炭化水素、シクロヘキサンなどの環式飽和脂肪族炭化水素、ベンゼン及びトルエンなどの芳香族炭化水素などが挙げられる。
【0026】
Li元素を含む原料と単体のM元素とを混合して前駆体を得る場合、両者の混合比率は、目的とする固体電解質の化学量論比に基づき決定されることが好ましい。例えば目的とする固体電解質がLiMSで表される場合、1モルのリチウムに対してM元素が0.1モル以上であることが好ましく、0.2モル以上であることが更に好ましく、0.3モル以上であることが一層好ましい。一方、1モルのリチウムに対してM元素が0.9モル以下であることが好ましく、0.7モル以下であることが更に好ましく、0.5モル以下であることが一層好ましい。用いるM元素の量が前記範囲内であることで、目的とする固体電解質が首尾よく得られる。
【0027】
<(b)工程>
本工程においては、(a)工程において得られた前駆体を焼成し、目的とする固体電解質を得る。焼成は、硫黄を含有するガスを流通させながら行う。つまり、本工程は、先に述べた特許文献1や非特許文献1のような密閉系とは異なり、開放系で行う。開放系で焼成を行うことは、目的とする固体電解質の量産性の観点から極めて有利である。なお、以下「硫黄を含有するガス」を単に「硫黄含有ガス」と称して説明する場合がある。
【0028】
硫黄含有ガスを流通させながら前駆体を焼成する場合、焼成温度は前駆体の量や種類などに応じて適宜調整することができる。具体的な焼成温度としては、例えば、500℃超とすることが好ましく、550℃以上であることが更に好ましく、600℃以上であることが一層好ましい。前駆体から固体電解質を首尾よく得られるからである。一方、焼成温度は、例えば1000℃以下とすることが好ましく、800℃以下であることが更に好ましく、700℃以下であることが一層好ましい。炉材の選択性を広げることができるとともに、硫黄含有ガスが固体の硫黄として固着し操業に影響を与えるといった不具合の発生を抑制できるからである。
【0029】
硫黄含有ガスとしては、例えば硫化水素(HS)ガス、硫黄ガス、二酸化硫黄ガス、二硫化炭素のほか、チオール、チオケトン、チオアミドといった酸素原子を硫黄原子で置き換えた有機化合物などを用いることができる。これらのガスのうち、目的とする固体電解質のイオン伝導性を高めやすい観点から、硫化水素ガス又は硫黄ガスを用いることが好ましく、硫化水素ガスを用いることが特に好ましい。
【0030】
硫黄含有ガスを流通させながら前駆体を焼成する場合、反応系内には、硫黄含有ガスのみを流通させてよく、あるいは反応系内の硫黄の分圧を調整する目的で、不活性ガスも流通させてもよい。不活性ガスとしては、例えばアルゴンガスや窒素ガスを用いることができる。
【0031】
硫黄含有ガスを流通させながら前駆体を焼成する場合、反応系内の圧力に特に制限はない。一般には大気圧及び近傍の圧力とすることが工業的に望ましい。
【0032】
前駆体の焼成は、例えば石英等からなる管状炉内に該前駆体を載置した状態で、該管状炉内に硫黄含有ガスを流通させながら行うことができる。管状炉内に前駆体を載置する場合、該前駆体を該管状炉内に直接載置してもよいが、前駆体と管状炉の構成材料とを反応しづらくする観点から、前駆体と反応性の低い材質の容器、例えばカーボン製の容器内に前駆体を収容し、該容器を管状炉内に載置することが好ましい。
【0033】
前記の管状炉内に硫黄含有ガスを流通させる場合には、該ガスを1パスで管状炉内に流通させてもよく、あるいは該ガスを循環させてもよい。
【0034】
硫黄含有ガスを流通させながら前駆体を焼成することで、反応系内の硫黄分圧を所望の程度に維持することができるので、生産性を高めつつ、出発物質の揮発や、生成物である固体電解質からの硫黄の脱離を抑制することができ、異物の発生が抑制され、また高いイオン伝導性を有する固体電解質を得ることができる。
これに対して例えば特許文献1に記載の方法は、量産性が低く、また反応系内の硫黄の分圧を十分に確保できず、そのことに起因して固体電解質のイオン伝導性を高めることが容易でないという不都合がある。特許文献2に記載の方法では、M元素の硫化物が揮発する場合があり、そのことに起因して異相が発生することがある。また、特にM元素の硫化物のなかには反応性の低い物質があり、反応性を高めるためには反応温度を高くする必要があるところ、反応温度を高めることは、上述した望ましくない揮発を助長することにつながる。更に、M元素の硫化物のなかには、高価であり工業的な使用に馴染まない物質もある。
【0035】
<その他の工程>
本発明の製造方法においては、(b)工程によって得られた固体電解質に対して付加的な処理を施すことが可能である。付加的な処理としては、例えば固体電解質の解砕処理や、それに引き続くミリング処理などが挙げられる。
解砕処理としては、ボールミルやビーズミルを用いた処理が挙げられる。
ミリング処理では、解砕処理よりも高いエネルギーを固体電解質に加えて、(b)工程によって得られた固体電解質(この固体電解質は結晶質である)をガラス化処理する。この目的のために、自転式及び公転式の遊星ボールミルを用いることができる。ガラス化処理は乾式であってもよく、あるいは湿式であってもよいが、結晶質の固体電解質を首尾よくガラス化する観点から、湿式であることが好ましい。
結晶質の固体電解質をガラス化することは、該固体電解質のイオン伝導性を一層高める観点から有利である。
なお、結晶質の固体電解質をガラス化するとは、結晶質である固体電解質をすべて非晶質化させることに限られず、固体電解質の結晶性を低下させることも包含する。
【0036】
以上の方法で製造された固体電解質を用いて例えば固体電池を作製することができる。固体電池は、正極層と、負極層と、両層間に配置された前記固体電解質とを備える。
正極層は、例えばリチウム遷移金属複合酸化物を含む正極合剤を集電体に塗布することで形成される。
負極層を構成する負極活物質としては、例えばカーボン、シリコン、リチウムなどを用いることができる。
固体電池は、例えば、正極層、固体電解質層、及び負極層を重ねて加圧成形することによって作製できる。「固体電池」とは、液状物質又はゲル状物質を電解質として一切含まない固体電池のほか、例えば50質量%以下、30質量%以下、10質量%以下の液状物質又はゲル状物質を電解質として含む態様も包含する。
【0037】
本発明の製造方法で得られた固体電解質を有する電池は、リチウムイオン電池であることが好ましい。また、本発明の製造方法で得られた固体電解質を有する電池は、一次電池であってもよく二次電池であってもよいが、中でも二次電池に用いることが好ましく、リチウム二次電池に用いることがとりわけ好ましい。「リチウム二次電池」とは、リチウムイオンが正極と負極の間を移動することで充放電を行う二次電池を広く包含する意である。
【実施例0038】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0039】
〔実施例1〕
(a)工程
0.46gのホウ素(粒径40μm)と2.92gの硫化リチウム(粒径500μm)とを、内容積80mlのジルコニアポットに入れた。ホウ素と硫化リチウムとのモル比は以下の表1に示すとおりであった。更に、10gのへプタンと、90gのジルコニアボール(直径5mm)とをジルコニアポットに入れた。ジルコニアポットを遊星ボールミル(フリッチュ・ジャパン株式会社のP-5(商品名))に設置した。遊星ボールミルを370rpmで50時間運転し、ホウ素と硫化リチウムとを混合して前駆体を得た。
【0040】
(b)工程
前記前駆体5gをカーボン製容器に充填した。カーボン製容器を石英製の管状炉内に設置した。大気圧下、炉内に硫化水素ガス(純度100%)を1.0L/minで流通させながら、昇温速度200℃/hで加熱し、650℃で1時間焼成した。焼成物を乳鉢で粉砕し、250μmの篩で篩い分けし、篩を通過した粉体を回収して固体電解質を得た。X線回折測定の結果、この固体電解質は、結晶質のLiBSを含むことが確認された。
【0041】
(c)ガラス化工程
得られた1gの固体電解質と10gのへプタンと90gのジルコニアボール(直径5mm)とをジルコニアポットに入れた。ジルコニアポットを遊星ボールミル(フリッチュ・ジャパン株式会社のP-5(商品名))に設置した。遊星ボールミルを370rpmで50時間運転し、固体電解質をガラス化した。
【0042】
前記の手順において、原料の秤量及び混合、前駆体の炉内への設置、固体電解質の炉外への取り出し、並びに固体電解質のガラス化はすべて、十分に乾燥されたアルゴンガスで置換されたグローブボックス内で実施した。
【0043】
〔実施例2ないし5〕
ホウ素と硫化リチウムとのモル比を以下の表1に示すとおりとした。また、ホウ素と硫化リチウムとの混合条件を以下の表1に示すとおりとした。これら以外は実施例1と同様にして固体電解質を得た。X線回折測定の結果、これらの固体電解質は、結晶質のLiBSを含むことが確認された。
【0044】
〔比較例1〕
1.38gの硫化ホウ素と1.62gの硫化リチウムとを、内容積80mlのジルコニアポットに入れた。硫化ホウ素と硫化リチウムとのモル比は以下の表1に示すとおりであった。これ以外は実施例1と同様にした。X線回折測定の結果、LiBSの生成は確認されたが、それ以外に未反応の硫化リチウム及び同定不明相の存在も確認された。
【0045】
〔評価〕
実施例及び比較例で得られた固体電解質(結晶質及びガラス)について以下の方法でリチウムイオン伝導率を測定した。その結果を以下の表1に示す。
【0046】
〔リチウムイオン伝導率の測定〕
固体電解質の粉末を、十分に乾燥されたアルゴンガス(露点-60℃以下)で置換されたグローブボックス内で、約6t/cmの荷重を加え一軸加圧成形し、直径10mm、厚み約1mm~8mmのペレットからなるリチウムイオン伝導率の測定用サンプルを作製した。
リチウムイオン伝導率の測定は、Solartron Analytical製のソーラトロン1255B電気化学測定システム(1280C)及びインピーダンス/ゲイン・フェーズアナライザ(SI 1260)を用いて行った。測定条件は、温度25℃、周波数100Hz~1MHz、振幅100mVの交流インピーダンス法とした。
【0047】
【表1】
【0048】
表1に示す結果から明らかなとおり、各実施例の方法によれば、工業的に安価な出発物質を用い且つ開放系において、イオン伝導性が高い固体電解質が得られることが分かる。特に、結晶質の固体電解質をガラス化することでイオン伝導性が一層向上することが分かる。