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特開2024-99443レンズマウント装置及びレンズアセンブリ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024099443
(43)【公開日】2024-07-25
(54)【発明の名称】レンズマウント装置及びレンズアセンブリ
(51)【国際特許分類】
   G02B 7/02 20210101AFI20240718BHJP
【FI】
G02B7/02 F
G02B7/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023003391
(22)【出願日】2023-01-12
(71)【出願人】
【識別番号】592163734
【氏名又は名称】京セラSOC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001379
【氏名又は名称】弁理士法人大島特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田邉 貴大
【テーマコード(参考)】
2H044
【Fターム(参考)】
2H044AA02
2H044AA14
2H044AH04
2H044AH07
2H044AH14
(57)【要約】
【課題】レンズに熱応力が加わることを抑制し、しかもレンズマウント装置に大きい外乱等が作用しても、レンズが大きく変位することがなく、優れた衝撃安定性を有するレンズマウント装置を提供すること。
【解決手段】レンズマウント部材14はレンズ12を外囲する環状部16を有し、環状部16は、レンズ12の外周面12Aとの間に第1の径方向寸法を有する第1の間隙20を画定する第1内周面16Dを備えた第1環状部16Aと、レンズ12の外周面12Aとの間に第1の径方向寸法よりも小さい第2の径方向寸法を有する第2の間隙22を画定する第2内周面16Eを備えた第2環状部12Bとをレンズ12の軸線方向で見て互いに隣接して有し、第1の間隙20に径方向に隙間なくエラストマ部材30が配置され、第2の間隙22が空隙である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズと、
前記レンズを保持するためのレンズマウント部材とを備えたレンズマウント装置であって、
前記レンズマウント部材は前記レンズを外囲する環状部を有し、
前記環状部は、前記レンズの外周面との間に第1の径方向寸法を有する第1の間隙を画定する第1内周面を備えた第1環状部と、前記レンズの外周面との間に前記第1の径方向寸法よりも小さい第2の径方向寸法を有する第2の間隙を画定する第2内周面を備えた第2環状部とを前記レンズの軸線方向で見て互いに隣接して有し、
前記第1の間隙に径方向に隙間なくエラストマ部材が配置され、
前記第2の間隙が空隙であるレンズマウント装置。
【請求項2】
前記レンズマウント部材は、前記レンズの入射面又は出射面の面に当接する肩部を画定するべく、前記第2環状部に隣接して設けられた第3環状部を有する請求項1に記載のレンズマウント装置。
【請求項3】
前記エラストマ部材は、前記第1の間隙の全周に亘って連続して延在している請求項1又は2に記載のレンズマウント装置。
【請求項4】
前記エラストマ部材は、前記第1の間隙の周方向の少なくとも3箇所に間隔をおいて設けられている請求項1又は2に記載のレンズマウント装置。
【請求項5】
前記エラストマ部材の材質がシリコーンゴムである請求項1又は2に記載のレンズマウント装置。
【請求項6】
前記エラストマ部材は、前記レンズの外径の2%以上の径方向幅を有する請求項5に記載のレンズマウント装置。
【請求項7】
前記レンズの材質がCaFであり、
前記レンズマウント部材の材質が、オーステナイト系ステンレス鋼、真鍮又は黄銅である請求項1又は2に記載のレンズマウント装置。
【請求項8】
前記レンズの材質が合成石英であり、
前記レンズマウント部材の材質がインバー鋼又はスーパーインバー鋼である請求項1又は2に記載のレンズマウント装置。
【請求項9】
前記レンズの材質が光学ガラスであり、
前記レンズマウント部材の材質が、マルテンサイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼又はチタン合金である請求項1又は2に記載のレンズマウント装置。
【請求項10】
請求項1~9の何れか一項に記載の複数のレンズマウント装置と、
前記複数のレンズマウント装置を光軸方向に収容する鏡筒とを有し、
前記複数の前記レンズマウント部材の材質が互いに同一であり、
且つ前記鏡筒の材質と前記レンズマウント部材の材質とが同一であるレンズアセンブリ。
【請求項11】
前記複数のレンズマウント装置の各レンズの材質が互いに同一である請求項10に記載のレンズアセンブリ。
【請求項12】
光軸方向に整列配置された請求項1~9の何れか一項に記載の複数のレンズマウント装置を有し、
前記複数のレンズマウント部材の材質が互いに同一であり、
光軸方向に隣り合う前記レンズマウント装置の前記レンズマウント部材同士が締結具によって互い連結されているレンズアセンブリ。
【請求項13】
前記複数のレンズマウント装置の各レンズの材質が互いに同一である請求項12に記載のレンズアセンブリ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レンズマウント装置及びレンズアセンブリに関し、更に詳細には、機械的にアサーマル化されたレンズマウント装置及びそれを備えるレンズアセンブリに関する。
【背景技術】
【0002】
半導体検査装置に用いられる対物レンズ装置(レンズアセンブリ)は、欠陥検出感度の向上のために高い分解能が要求される。対物レンズ装置の最小分解サイズは、開口数(Numerical Aperture,NA)に反比例し、観察波長に比例する。従って、実用に供する解像度を実現するためには、波長が400nmを下回る紫外領域において0.75以上の開口数が要求されることが一般的である。
【0003】
このような対物レンズ装置の誤差感度は非常に高い。それゆえ最適な性能を発揮するには、対物レンズ装置を構成する複数のレンズエレメント(以下、レンズと称する)が互いに略偏心なく配列していなくてはならない。また、温度変化によるレンズの屈折率変化や厚み変化、曲率半径の変化及び鏡筒の膨張による各レンズ間の間隔変化によって引き起こされる収差変化も最小に抑えなくてはならない。
【0004】
これらの対物レンズ装置が使用される温度範囲(使用温度範囲)は、例えば21℃~25℃の温度範囲に維持されなくてはならず、さらには保管や輸送等により、使用温度範囲よりも大きな温度範囲(例えば-10℃~+60℃)に曝された場合であっても、使用温度に戻れば性能が元に戻る必要がある。
【0005】
対物レンズ装置は、レンズと、当該レンズを外囲してレンズを保持する環状のレンズマウント部材とを有する。従来、深紫外領域で使用される対物レンズ装置のレンズは石英レンズ或いは石英レンズ及び蛍石レンズの組み合わせにより構成されている(非特許文献1)。また、レンズマウント部材はステンレス鋼や真鍮(黄銅)等により構成されている。
【0006】
このような対物レンズ装置では、レンズ材料のうち石英の線膨張係数が非常に小さいため、レンズの線膨張係数とレンズマウント部材の線膨張係数との差が大きく、温度変化によりレンズマウント部材とレンズとの間に熱応力が生じる。この熱応力により、対物レンズ装置のレンズの配列が崩れ、レンズが偏心し、コマ収差が発生する虞がある。また、温度変化によるレンズの屈折率変化及び膨張収縮により、レンズパワーのバランスが崩れ、球面収差が変化する虞がある。これらの温度変化による収差は、熱収差(thermal aberration)と総称される。ここでは、特に前者を偏心性の熱収差、後者を共軸性の熱収差と呼ぶ。
【0007】
このような対物レンズ装置が組み込まれた半導体検査装置の内部で温度変化が起きると、対物レンズ装置の偏心性又は共軸性の熱収差により結像性能が低下し、半導体検査装置の欠陥検出感度が低下する虞がある。また、半導体検査装置を輸送保管する際等に対物レンズ装置が数十度の大きな温度変化に曝されると、使用温度に戻してもレンズ性能が元に戻らなくなってしまう虞がある。
【0008】
上述した熱収差を解決するために、次のような構成のものが知られている。
【0009】
第1の構成のものとして、レンズマウントに弾性体の効果(フレクシャ)を持たせ、レンズマウントの弾性変形によりレンズとレンズマウントの線膨張係数の不一致を吸収する構成のものが知られている(例えば、特許文献1、2)。この構成によれば、温度変化時の熱収差の殆どすべてが弾性体の変形或いはレンズの回転運動に変換され、レンズの偏心移動が抑制される。
【0010】
第2の構成のものとして、レンズとレンズマウントとの間に介在するエラストマ層(典型的にはRTVゴム)を通常より厚くする構成のものが知られている(例えば、非特許文献2、特許文献3)。エラストマ層の線膨張係数は、一般的な金属材料の10倍程度であり、この効果により、温度が上がったときのレンズを構成する石英とレンズマウント部材を構成する金属との膨張差が吸収される。
【0011】
第3の構成のものとして、線膨張係数の異なる複数の材料を用いてレンズマウントの線膨張係数とレンズの線膨張係数とのバランスを取り、熱応力を吸収する構成のものが知られている(例えば、特許文献4、5、6、7)。
【0012】
第4の構成のものとして、線膨張係数の近似したレンズ材料及び鏡筒材料を選択した構成のものが知られている(例えば、特許文献8、9)。
【0013】
第5の構成のものとして、レンズ或いはレンズ周囲の熱環境を検知し、それに応じて、レンズの内圧・温度や、位置をコントロールすることにより熱による影響をコントロールする構成のものが知られている(例えば、特許文献10)。このような構成のものでは、照明光起因の不均一な温度上昇を補正するために、非対称な温度上昇装置がレンズに取り付けられることがある。また、様々な外乱下においても投影レンズの性能を一定に保つために、少なくとも二つの独立したレンズを他の固定したレンズに対して移動させる構成のものが知られている(例えば、特許文献11)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】米国特許第4,929,054号明細書
【特許文献2】米国特許第9,400,367号明細書
【特許文献3】米国特許第4,850,674号明細書
【特許文献4】米国特許第6,040,950号明細書
【特許文献5】米国特許第6,229,657号明細書
【特許文献6】特開2020-38251号公報
【特許文献7】特開2022-71687号公報
【特許文献8】特開昭58-90605号公報
【特許文献9】特開昭58-171009号公報
【特許文献10】米国特許第6,521,877号明細書
【特許文献11】独国特許第101 46 499号明細書
【特許文献12】米国特許第7,636,209号明細書
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】J.Webb et al,Optical Design Forms for DUV&VUV Microlithographic Processes,Optical Microlithography XIV,Christopher J.Progler,Editor,Proceedings of SPIE Vol.4346(2001)
【非特許文献2】M.Bayer, Lens barrel optomechanical design principles,Opt,Eng,1981,Vol.20,No.2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上述した偏心性に関する熱収差の問題を軽減するための各構成のものは、各々、次に述べる問題点を有する。
【0017】
第1の構成のものでは、レンズマウント部材に十分な弾性を持たせる構造を実現するため、レンズマウント部材の外径を、当該構成を採用していないものと同程度に抑えることが困難である。また、レンズマウント部材の弾性構造を実現するためには複雑な機械加工が必要であり、この機械加工がコストアップの要因となる。また、レンズマウント部材の高精度加工と複雑な機械加工とは両立しがたいという問題がある。また、レンズマウント装置に大きい外乱等が作用したり、大きい温度変化が生じたりすると、レンズマウント部材が大きく変形し、これに伴いレンズが大きく変位するため、本来の光学的性能が損なわる虞がある。また、外乱等によって弾性構造が弾性限界を超える変形をすると、レンズがもとの位置に戻らなくなる虞があり、衝撃安定性が十分でない。
【0018】
第2の構成のものでは、エラストマ層が厚いことにより深紫外領域ではアウトガスが生じ、レンズが汚染されることで透過率の低下が起きる虞がある。また、エラストマ層は、その厚みを精密に制御するのが難しいため、エラストマ層の不均一による更なる応力の発生が懸念される。また、レンズマウント装置に大きい外乱等が作用したり、大きい温度変化が生じたりすると、エラストマ層が大きく変形し、これに伴いレンズが大きく変位するため、本来の光学的性能が損なわれる虞がある。また、外乱等によって弾性構造が弾性限界を超える変形をすると、レンズがもとの位置に戻らなくなる虞があり、衝撃安定性が十分でない。
【0019】
第3の構成のものでは、レンズマウント部材を複数の同心状の部材で構成するため、レンズ装置の径方向の寸法が大きくなるという問題がある。また、この構成では、温度変化による鏡筒同士の熱膨張・収縮差が考慮されていないため、温度変化により鏡筒部材同士に過大な応力が作用し、鏡筒が歪む原因となる、或いは、逆に応力が抜けてしまい、鏡筒にレンズを固定できなくなるという問題がある。
【0020】
第4の構成のものでは、レンズの材料と鏡筒の材料との線膨張係数が互いに近似していることにより熱応力が抑制されるが、双方の近似度合の具体的な範囲が明らかにされていない。また、高精度レンズを固定する際の一般的な固定手段であるエラストマ層が一切考慮されていない。これは、レンズの材料と鏡筒の材料との間にわずかに残る線膨張係数差による影響を除去できないことを示しており、そのままでは高精度レンズに適用することができない。また、温度変化に伴う球面収差変化をはじめとする熱収差は考慮されておらず、温度変化に伴う球面収差が大きくなる場合がある。従って、ここで開示された鏡筒構造は高精度対物レンズにそのまま使用することはできない。
【0021】
第5の構成のものでは、温度或いはレンズの収差を検知する手段と、レンズの一部の状態を変化させる手段が必要である。即ち、この構成を組み込まれた光学系は非常に大規模なシステムとなり、対物レンズ単体で完結した機能を持つ必要のある検査装置用の対物レンズアセンブリにはそぐわない。
【0022】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたものであって、レンズに熱応力が加わることを抑制し、しかもレンズマウント装置に大きい外乱等が作用しても、レンズが大きく変位することがなく、優れた衝撃安定性を有するレンズマウント装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記課題を解決するために本発明のある態様は、レンズ(12)と、前記レンズを保持するためのレンズマウント部材(14)とを備えたレンズマウント装置(10)であって、前記レンズマウント部材は前記レンズを外囲する環状部(16)を有し、前記環状部は、前記レンズの外周面(12A)との間に第1の径方向寸法を有する第1の間隙(20)を画定する第1内周面(16D)を備えた第1環状部(16A)と、前記レンズの外周面との間に前記第1の径方向寸法よりも小さい第2の径方向寸法を有する第2の間隙(22)を画定する第2内周面(16E)を備えた第2環状部(16B)とを前記レンズの軸線方向で見て互いに隣接して有し、前記第1の間隙に径方向に隙間なくエラストマ部材(30)が配置され、前記第2の間隙が空隙である。
【0024】
この態様によれば、レンズに熱応力が加わることが抑制され、しかもレンズマウント装置に大きい外乱等が作用しても、レンズが大きく変位することがなく、優れた衝撃安定性を有する。
【0025】
上記の態様において、好ましくは、前記レンズマウント部材は、前記レンズの入射面又は出射面の面に当接する肩部(16G)を画定するべく、前記第2環状部に隣接して設けられた第3環状部(16C)を有する。
【0026】
この態様によれば、レンズマウント部材に対してレンズが光軸方向の変位することが阻止される。
【0027】
上記の態様において、好ましくは、前記エラストマ部材は、前記第1の間隙の全周に亘って連続して延在している。
【0028】
この態様によれば、レンズが全周に亘ってエラストマ部材を介してレンズマウント部材から、均等に支持され、エラストマ部材による熱応力の緩和が良好に行われる。
【0029】
上記の態様において、好ましくは、前記エラストマ部材は、前記第1の間隙の周方向の少なくとも3箇所に間隔をおいて設けられている。
【0030】
この態様によれば、力学的に十分な強度でレンズを保持しつつ、エラストマの絶対量を減らすことで、エラストマから放出されるアウトガスの影響を低減することができる。
【0031】
上記の態様において、好ましくは、前記エラストマ部材の材質がシリコーンゴムである。
【0032】
この態様によれば、エラストマ部材による熱応力の緩和が良好に行われる。これは、シリコーンゴムが金属やガラスに比べて十分に小さいヤング率を有するためである。
【0033】
上記の態様において、好ましくは、前記エラストマ部材は、前記レンズの外径の2%以上の径方向幅を有する。
【0034】
この態様によれば、エラストマ部材による熱応力の緩和が良好に行われる。これは、膨張収縮による熱応力は、エラストマのひずみε=(変形量)/(径方向幅)に依存するが、上記の数式の分母を十分に大きくすることで、ひずみを相対的に小さくすることができるためである。
【0035】
上記の態様において、好ましくは、前記レンズの材質がCaF2であり、前記レンズマウント部材の材質が、オーステナイト系ステンレス鋼、真鍮又は黄銅である。
【0036】
この態様によれば、レンズの材質がCaF2である場合に、レンズとレンズマウント部材との線膨張差を小さくすることができる。
【0037】
上記の態様において、好ましくは、前記レンズの材質が合成石英であり、前記レンズマウント部材の材質がインバー鋼又はスーパーインバー鋼である。
【0038】
この態様によれば、レンズの材質が合成石英である場合に、レンズとレンズマウント部材との線膨張差を小さくすることができる。
【0039】
上記の態様において、好ましくは、前記レンズの材質が光学ガラスであり、前記レンズマウント部材の材質が、マルテンサイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼又はチタン合金である。
【0040】
この態様によれば、レンズの材質が光学ガラスである場合に、レンズとレンズマウント部材との線膨張差を小さくすることができる。
【0041】
上記課題を解決するために本発明のある態様は、上述の態様による複数のレンズマウント装置(10)と、前記複数のレンズマウント装置を光軸方向に収容する鏡筒(42)とを有し、前記複数のレンズマウント装置の各レンズマウント部材の材質が互いに同一であり、且つ前記鏡筒の材質と前記レンズマウント部材の材質とが同一である。
【0042】
この態様によれば、大きな温度変化の下でも特定のレンズマウント装置に熱応力が加わったり、或いは軸力が低減したりすることがない。
【0043】
上記課題を解決するために本発明のある態様は、光軸方向に整列配置された上述の態様による複数のレンズマウント装置(10)を有し、前記複数のレンズマウント部材の材質が互いに同一であり、光軸方向に隣り合う前記レンズマウント装置の前記レンズマウント部材同士が締結具(52、54、62、64)によって互い連結されている。
【0044】
この態様によれば、大きな温度変化の下でも特定のレンズマウント装置に熱応力が加わったり、或いは軸力が低減したりすることがない。
【0045】
上記の態様において、好ましくは、前記複数のレンズマウント装置の各レンズの材質が互いに同一である。
【0046】
この態様によれば、各レンズに対応するレンズマウント部材を、レンズ12の線熱膨張係数と同一或いは近似した線熱膨張係数を有していて、互いの線熱膨張係数が同一の材質により構成することができる。
【発明の効果】
【0047】
以上の態様によれば、レンズに熱応力が加わることが抑制され、しかもレンズマウント装置に大きい外乱等が作用しても、レンズが大きく変位することがなく、優れた衝撃安定性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
図1】本発明によるレンズマウント装置の1つの実施形態を示す断面図
図2】本実施形態によるレンズマウント装置の要部の部分的な拡大断面図
図3】本実施形態によるレンズマウント装置のエラストマ部材装着前の部分的な拡大断面図
図4】本実施形態によるレンズマウント装置の正面図
図5】他の実施形態によるレンズマウント装置の正面図
図6】本実施形態によるレンズマウント装置が用いられたレンズアセンブリの1つの実施形態を示す断面図
図7】本実施形態によるレンズマウント装置が用いられたレンズアセンブリの他の実施形態を示す断面図
図8】本実施形態によるレンズマウント装置が用いられたレンズアセンブリの他の実施形態を示す断面図
【発明を実施するための形態】
【0049】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0050】
図1図4に示されているように、本実施形態のレンズマウント装置10は、レンズ12と、レンズ12を保持するためのレンズマウント部材14とを備えている。
【0051】
レンズ12は、正面視で円形であり(図4参照)、軸線方向に寸法L(図3参照)を有する外周面(円周面)12Aを備えている。レンズ12は、CaF(フッ化カルシウム)、いわゆる蛍石、石英、又はS-BSL7等の光学ガラスにより構成されている。
【0052】
レンズマウント部材14は、レンズ12を外囲する円環状部16と、円環状部16の径方向外端から軸線方向の両側に延出した円筒形状の軸方向の位置規制部18とを一体に有する。軸方向の位置規制部18は後述するレンズアセンブリ(レンズ群)50におけるレンズ12の光軸方向の間隔を設定する。
【0053】
レンズマウント部材14はレンズ12の線熱膨張係数に同じ又は近い線熱膨張係数を有する材料により構成されていることが好ましい。このため、レンズ12の材質がCaF2である場合には、レンズマウント部材14の材質は、オーステナイト系ステンレス鋼、真鍮又は黄銅であることが好ましい。レンズ12の材質が合成石英である場合には、レンズマウント部材14の材質はインバー鋼又はスーパーインバー鋼であることが好ましい。レンズ12の材質が光学ガラスである場合には、レンズマウント部材14の材質は、マルテンサイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼、又はチタン合金であることが好ましい。
【0054】
円環状部16は、第1円環状部16Aと、第2円環状部16Bと、第3円環状部16Cとを、レンズ12の軸線方向(光軸方向=前後方向)に順に、互いに隣り合って且つ互いに同心に有する。
【0055】
第1円環状部16Aは、図3に示されているように、レンズ12の外周面12Aの外径よりも大きい内径の第1内周面16Dを有する。第1内周面16Dは、初期状態において、レンズ12の外周面12Aに同心状態で対向し、レンズ12の外周面12Aとの間に第1の径方向寸法D1を有する円環形状の第1の間隙20を画定する。
【0056】
第2円環状部16Bは、図3に示されているように、レンズ12の外周面12Aの外径よりも大きく且つ第1内周面16Dの内径よりも小さい内径の第2内周面16Eを有する。第2内周面16Eは、初期状態において、レンズ12の外周面12Aに同心状態で対向し、レンズ12の外周面12Aとの間に第1の径方向寸法D1よりも小さい第2の径方向寸法D2を有する円環形状の第2の間隙22を画定する
【0057】
第1内周面16Dと第2内周面16Eとの間にはレンズ12の軸線方向に直交する方向(レンズ12の径方向)に延在する第1端面16Hが設けられている。換言すると、第1内周面16Dと第2内周面16Eとはレンズ12の軸線方向に直交する方向に延在する第1端面16Hとよって直接に接続されている。
【0058】
第3円環状部16Cは、図3に示されているように、第1内周面16Dの外径及び第2内周面16Eの内径よりも小さい内径の第3内周面16Fを有し、第2円環状部16Bよりも径方向に延出した肩部(内方延出部)16Gを含む。肩部16Gは、後側の先端角部によってレンズ12の外縁近傍の入射面(前面)に当接し、レンズマウント部材14に対するレンズ12の軸線方向の位置決めを行う。換言すると、レンズ12は、外縁近傍の前面に肩部16Gの先端角部が当接することにより、レンズマウント部材14に対して前方に変位することを阻止される。
【0059】
第2内周面16Eと第3内周面16Fとの間にはレンズ12の軸線方向に直交する方向(レンズ12の径方向)に延在する第2端面16Jが設けられてねいる。換言すると、第2内周面16Eと第3内周面16Fとはレンズ12の軸線方向に直交する方向に延在する第2端面16Jとよって直接に接続されている。肩部16Gがレンズ12と当接する前述の先端角部は第2端面16Jと第3内周面16Fとにより略直角の角度を有して画定されている。
【0060】
第1の間隙20にはエラストマ部材(エラストマ層)30が配置されている。エラストマ部材30はRTVゴムにより構成されている。RTVゴムは、Room Temperature Vulcanizingゴムの略称である。厳密には、室温で硬化する液状ゴムのことをRTVゴムと称するが、電気・電子、一般工業用途の接着、シールなどに使われる液状ゴムのことをRTVゴムと総称する。RTVゴムとしては、シリコーンゴムが代表的であり、金属やガラスに比べて大きな線膨張係数及び小さいヤング率がRTVゴムの特徴である。ここでは、エラストマ部材30はシリコーンゴムにより構成される。
【0061】
エラストマ部材30は、第3円環状部16Cが下側に位置する姿勢(図2及び図3に示されている姿勢から反時計廻り方向に90度回転した姿勢)で、上側から第1の間隙20に液状ゴムが流し込まれ、この液状ゴムが第1の間隙20において硬化することにより、レンズ12の外周面12A、第1円環状部16Aの第1内周面16D及び第1端面16Hに各々に接着された状態で、第1の間隙20の全体を隙間なく埋める。かくして、エラストマ部材30は、第1の間隙20の全周に亘って連続して延在し、第1の間隙20と略同一の円環形状をなす。
【0062】
エラストマ部材30は、レンズ12とレンズマウント部材14とが径方向に相対変位した時には、圧縮・引張方向に弾性変形し、レンズ12とレンズマウント部材14とが軸線方向に相対変位した時には、剪断方向に弾性変形する。尚、レンズ12とレンズマウント部材14との軸線方向の相対変位は、レンズ12の前面が肩部16Gの先端角部が当接していることにより、レンズ12がレンズマウント部材14に対して後方に後方の変位することに限られるから、エラストマ部材30の剪断方向の弾性変形は、この方向の変位によるものに限られる。
【0063】
レンズマウント装置10は、レンズ12の線膨張係数とレンズマウント部材14の線膨張係数とがほぼ同じ値であると、温度変化によるレンズ12とレンズマウント部材14との熱膨張差が小さい。レンズ12とレンズマウント部材14との間に熱膨張差が残っても、レンズ12とレンズマウント部材14との間に設けられているエラストマ部材30の上述した弾性変形により、レンズ12とレンズマウント部材14との間の熱膨張差によって生じる応力が緩和される。これにより、レンズマウント装置10は、温度変化によるレンズ12の偏心性の熱収差及び共軸性の熱収差の発生が抑制される。
【0064】
エラストマ部材30は、弾性変形によりレンズ12とレンズマウント部材14との間の熱膨張差により生じる応力を良好に緩和するためには、レンズ12の外径に対して所定の比率の径方向幅を有していることが好ましい。この比率を決める1つの要素は、エラストマ部材30を構成する材料の弾性特性である。エラストマ部材30がシリコーンゴム製の場合に、レンズ12の外径の2%以上の径方向幅を有していることが好ましい。エラストマ部材30の径方向幅は、第1の間隙20の第1の径方向寸法D1に等しく、第1の径方向寸法D1により適正値に定められる。これにより、エラストマ部材30の弾性変形によってレンズ12とレンズマウント部材14との間の熱膨張差により生じる応力が良好に緩和される。
【0065】
レンズ12がCaF製で、レンズマウント部材14がオーステナイト系ステンレス製、レンズ12の外径が25.5mmであるとすると、エラストマ部材30の厚み(径方向幅)は0.6mmであってよい。この場合には、エラストマ部材30はレンズ外径の約2.3%の厚みを持っている。勿論、エラストマ部材30は、これよりも厚く設定することは可能だが、反対に2%を下回り薄くすることは、レンズ12に過大な応力が掛かる原因となるため好ましくない。
【0066】
第2の間隙22は、エラストマ部材30が配置されることなく、空隙になっている。これにより、レンズマウント部材14とレンズ12との径方向の相対的な変位が、レンズマウント部材14の第2内周面16Eがレンズ12の外周面12Aに当接する、第2の間隙22の第2の径方向寸法D2に等しい変位に制限される。
【0067】
これにより、レンズマウント装置10に大きい外乱が作用しても、レンズマウント部材14に対してレンズ12が径方向に第2の径方向寸法D2を超えて変位することが阻止され、レンズマウント装置10の本来の光学的性能が損なわれることが防止される。
【0068】
また、エラストマ部材30の径方向の最大の変形が第2の間隙22により規制され、エラストマ部材30が、径方向に弾性限界を超えて変形したり、残留変形を生じるような大きい変形をしたりすることが回避される。これにより、エラストマ部材30の変形後にレンズ12がもとの位置に戻らなくなるような不具合が生じることが防止される。
【0069】
これらのことにより、コンパクトな構成をもってレンズマウント装置10の衝撃安定性が向上する。
【0070】
また、使用温度範囲内でレンズ12と第2円環状部16Bとが互いに干渉しない範囲で最少となるように、つまり、温度変化が生じても、レンズ12と第2円環状部16Bとが締まり嵌めにならないように、第2の間隙22が定められることにより、レンズマウント部材14に対するレンズ12の径方向の変位を抑制することができる。そのため、エラストマ部材30の変形量を確実に弾性変形範囲内に抑制し、エラストマ部材30の永久変形を回避することができ、光学的誤差を最小化することができる。
【0071】
尚、エラストマ部材30は、必ずしも、第1の間隙20の全周に亘って連続して延在している必要はなく、図5に示されているように、第1の間隙20の周方向の3箇所に等間隔(180度間隔)に間隔をおいて断片的に設けられていてもよい。この場合も、エラストマ部材30が第1の間隙20の全周に亘って連続して延在している場合と同等の作用効果が得られる。
【0072】
エラストマ部材30が第1の間隙20の周方向の間歇的に設けられていることにより、力学的に十分な強度でレンズを保持しつつ、エラストマ部材30が第1の間隙20の周方向の全体に設けられている場合に比して、エラストマ部材30を構成するエラストマ材料が少なくて済み、エラストマから放出されるアウトガスの放出量が低減する。これにより、アウトガスに起因するレンズ12の汚染が低減し、長期的な推移としてレンズ12の透過率の低下が抑制される。
【0073】
エラストマ部材30は、第1の間隙20の周方向の4箇所や5箇所等、3箇所以上の箇所に間歇的に設けていてもよい。
【0074】
図6は、半導体検査装置や紫外線レーザ光源で機能する顕微鏡等の対物レンズ装置等として用いられるレンズアセンブリ40の1つの実施形態を示している。
【0075】
レンズアセンブリ40は、上述した複数のレンズマウント装置10と、複数のレンズマウント装置10を光軸方向に収容する鏡筒42とを有する。
【0076】
レンズアセンブリ40が有する各レンズマウント部材14は線膨張係数が互いに同一或いは近似する材質(材料)により構成されていてよい。また、レンズアセンブリ40の各レンズ12は線膨張係数が互いに同一或いは近似する材質より構成されていてよい。レンズアセンブリ40の各レンズ12は全てCaF製或いは石英製であってよく、この場合には、レンズ12相互の線膨張係数が同一になる。
【0077】
複数のレンズマウント装置10の各レンズ12の材質が互い同一である場合には、各レンズ12に対応するレンズマウント部材14を、レンズ12の線熱膨張係数と同一或いは近似した線熱膨張係数を有していて、互いの線熱膨張係数が同一の材質により構成することができる。
【0078】
各レンズ12が構成する一連のレンズユニット、つまりレンズアセンブリ40は、例えば、波長266nmで機能し、視野はφ0.4mm、開口数NAは0.85である。
【0079】
鏡筒42は、各レンズマウント装置10のレンズマウント部材14の材質と同一の材質、又はレンズマウント部材14の線膨張係数と同一或いは近似した材質により構成されている。鏡筒42は、両端が開口した円筒形状に構成され、大径円筒部42A、大径円筒部42Aの前側に設けられた小径円筒部42B及び大径円筒部42Aと小径円筒部42Bとを接続する円盤形状の前端部42Cを有する。
【0080】
各レンズマウント装置10は、レンズマウント部材14の外周面が大径円筒部42Aの内周面に嵌合することにより、所要の共軸性を有して光軸方向に整列された状態で鏡筒42内に収容される。以下の説明では、鏡筒42内に収容された複数のレンズマウント装置10をレンズマウント群と呼ぶことがある。
【0081】
大径円筒部42Aの後側の開口には円環状の押さえ環44が外周のねじ部44Aにより大径円筒部42Aにねじ係合している。押さえ環44は、大径円筒部42Aに対して螺進することにより、レンズマウント群のうち最前段にあるレンズマウント装置10の前側の軸方向の位置規制部18を前端部42Cに押し付け、且つ光軸方向に隣り合うレンズマウント部材14の前側の軸方向の位置規制部18と後側の軸方向の位置規制部18とを互い当接させることにより隣り合うレンズ12の光軸方向の間隔を設定した状態で、レンズマウント群を鏡筒42に対して固定する。
【0082】
鏡筒42には、光軸方向の中間部の周方向の複数箇所には調整孔48が貫通形成されている。調整孔48は調整孔48に対応する位置にあるレンズマウント装置10の偏心調整を行うためのアクセス孔である。調整孔48によるレンズマウント装置10の偏心調整により、レンズマウント群全体のコマ収差を最適化するよう偏心調整がなされる。尚、偏心調整対象のレンズマウント装置10のレンズマウント部材14は他よりも若干小さい外径部分を含んでいる。
【0083】
最前段にあるレンズマウント装置10のレンズマウント部材14は小径円筒部42Bに嵌合する小径の円筒部15を含んでいる。小径円筒部42Bには円盤状部材46が取り付けられている。円盤状部材46は、レンズマウント部材14に接触しておらず、テーパ状の開口により余分な光をカットするための光学的な絞り(レンズフード)として機能する。
【0084】
レンズアセンブリ40を構成する鏡筒42及び各レンズマウント装置10のレンズマウント部材14の金属材料がすべて同じ材質、又は鏡筒42と各レンズマウント部材14との線熱膨張係数が同一或いは近似していることにより、鏡筒42と各レンズマウント部材14との間で大きい熱応力が作用することがない。これにより、大きな温度変化の下でも、特定のレンズマウント装置10に熱応力が加わったり、或いは軸力が低減したりすることがない。
【0085】
また、複数のレンズマウント装置10の各レンズ12が互いに同一の材質或いは線熱膨張係数が互いに同一の材質により構成されていることにより、各レンズ12のレンズマウント部材14を、レンズ12との線熱膨張係数の差がゼロ或いは小さい、互いに同一の材質(材料)のもの構成することができる。
【0086】
尚、止めネジ等、レンズアセンブリ40を構成する付随的な部分に、鏡筒42やレンズマウント部材14と異なる材質を用いることは許容される。
【0087】
上述のレンズアセンブリ40は、加工し易く、小型且つ簡易な鏡筒構造によってレンズ12に加わる熱応力を低減することにより、レンズ12の微小な偏心を防止し、且つ温度変化に伴う屈折率変化、寸法変化によって引き起こされる偏心性の収差変化を低減することができる。
【0088】
上述したレンズマウント装置10及びレンズアセンブリ40の作用効果の根拠を以下に説明する。
【0089】
表1に、以下に説明で用いるレンズマウント装置10及びレンズアセンブリ40を構成しうる材料、物性値(線膨張係数、CTE)及びヤング率を示す。

【表1】
*)文献
K.B.Doyle,Athermal design of nearly incompressible bonds,Proceedings of SPIE Vol.4771(2002)
【0090】
表1におけるオーステナイト系ステンレス、快削黄銅、アルミ合金、マルテンサイト系ステンレス、フェライト系ステンレス、スーパーインバー及びチタン合金はレンズマウント部材14を構成する金属材料である。エラストマ部材30を構成するエラストマは文献におけるRTVゴムと等価である。
【0091】
ここで、Dはレンズ12の直径、tはレンズ12とレンズマウント部材14との径方向のクリアランス(エラストマ部材30の厚み)である。図2及び図3に示されている実施形態では、t=D1である。
【0092】
まず、レンズ12とレンズマウント部材14の適切な材料選択及びエラストマ部材30の適切な厚みにより、温度変化によるレンズ偏心が吸収されることを説明する。
【0093】
レンズ12の線膨張係数をα、レンズマウント部材14の線膨張係数をα、エラストマ部材30の線膨張係数をαとすると、レンズ12とレンズマウント部材14との間のクリアランス変化は式(1)に示されているようになる。
【数1】
【0094】
エラストマ部材30のひずみは、次の式(2)で表される。
【数2】
【0095】
具体例として、α=18.4×10-6(CaF)、α=17.3×10-6(SUS304)、α=210×10-6(RTVゴム)を上式に代入すると、次の式(3)となる。
【数3】
【0096】
第一項はレンズ12とレンズマウント部材14との線膨張係数差によるひずみであり、第二項はエラストマ部材30そのものから生じるひずみである。
【0097】
ここで、エラストマ部材30の厚みtがレンズ直径の2%を下回ると、第一項が第二項と同程度以上の大きさになり、この影響が無視できなくなる。反対にエラストマ部材30の厚みtが十分大きい場合、第一項はtに反比例するため無視できるようになる。エラストマ部材30のヤング率は金属の約1/50000、ガラスの約1/20000であるので、このときにエラストマ部材30からレンズマウント部材14とレンズ12とに伝わる応力は無視できる。従って、レンズマウント部材14とレンズ12との間にわずかに残った線膨張差は、エラストマ部材30を厚くすることで吸収できることになり、温度変化があったとしてもレンズ12を偏心させる力は殆ど働かない。
【0098】
次に、マウントとレンズの適切な材料選択により、光軸方向の収差発生が抑制できることを説明する。
【0099】
前面の曲率半径がR、後面の曲率半径がR、屈折率nの薄肉単レンズのパワーは以下の式(4)で与えられる。
【数4】
【0100】
これを温度Tで微分すると、次の式(5)となる。
【数5】
【0101】
ここで、曲率半径Rの温度変化は、次の式(6)で表される。
【数6】
【0102】
即ち、次の式(7)が成立する。
【数7】
【0103】
そのため、次の式(8)及び(9)が成立する。
【数8】
【数9】
【0104】
具体例として、レンズ材料にCaFを、鏡筒材料にSUS304を用いた場合を説明する。たとえば、i線(365nm)の場合、屈折率はn=1.44488となり、屈折率の温度係数は次の式(10)となる。
【数10】
【0105】
レンズ12の線膨張係数は次の式(11)となる。
【数11】
【0106】
そのため、線膨張係数は次の式(12)となる。
【数12】
【0107】
即ち、焦点距離は1℃あたり42.22×10-6f変化する(伸びる)ことを示す。一方、鏡筒材料によるバックフォーカス変化は、SUS304の場合α=17.3×10-6fである(伸びる)。従って、レンズ材料の特性変化による焦点距離変化と、鏡筒42の線膨張による焦点位置変化はある程度打ち消し合い、お互いのフォーカス変動及び球面収差変化を減殺することができる。これは、類似した線膨張係数(16×10-6)を有するSUS316であってもほぼ同じ効果が期待される。
【0108】
一方、紫外域に代表的な材料のうち、最適な条件ではない石英を用いたレンズ12の場合について考察する。石英の線膨張係数はα=0.6×10-6であり、偏心性の熱収差を抑えるためには、鏡筒材としてスーパーインバーα=0.7×10-6が適している。しかしながら、スーパーインバーはさびやすく、尚かつ磁性を持っているため一般的な装置での使用には適さない。従って、次善の策として、SUS304を使用することを考える。
【0109】
この場合、共軸性の熱収差は次のようになる。i線(365nm)の場合、屈折率はn=1.47464、屈折率の温度係数はdn/dT=10.3×10-6なので、次の式(13)となる。
【数13】
【0110】
即ち、石英レンズは温度が上がると焦点距離は短くなる。一方、鏡筒42はSUS304の場合、17.3×10-6の割合で伸びるので、両者の差異は増幅する方向である。従って、石英製のレンズ12は熱収差の観点から、CaF製のレンズ12と比較して不利であることが分かる。
【0111】
特許文献4,5,6,7には、様々な線膨張係数を持つ材料を組み合わせ、以上の問題を回避する方法が開示されているが、異なる線膨張係数の鏡筒材料の使用は、温度変化の下での過大な、あるいは過小な軸力をもたらされる。前者の場合はレンズのひずみによる変形、後者の場合には保持力の不足によるレンズ偏心がもたらされ、結果としてレンズ性能の劣化につながる。
【0112】
従って、全てのレンズ材料がCaFで構成されており、全ての鏡筒材料がオーステナイト系ステンレスで構成され、レンズマウント部材14はレンズ12との間に空隙を有しており、レンズ12が、エラストマ部材30によりレンズマウント部材14に固定されており、エラストマ部材30の径方向の厚みtがレンズ直径の2%以上であることを主な特徴とするレンズアセンブリ40は、大きな温度変化下でもレンズ性能を確保するために至適な条件であることが結論される。
【0113】
レンズ12の線膨張係数αと鏡筒材料の線膨張係数αが不等式(14)を満足することが望ましい。
【数14】
【0114】
具体的には、レンズ材料がCaF2の場合、鏡筒材料は、SUS304(|α-α|=1.1×10-6)、SUS316(|α-α|=2.4×10-6)、C3604(|α-α|=2.1×10-6)などが好適である。また、レンズ材料が合成石英の場合、鏡筒材料は、IC-36FS(|α-α|=0.1×10-6)が好適である。また、レンズ材料が光学ガラス(S-BSL7)の場合、鏡筒材料はTi-6Al-4V(|α-α|=1.6×10-6)、SUS410(|α-α|=3.2×10-6)などが好適である。
【0115】
光学ガラスは表1にあげた4種類だけでなく、200種類程度存在するが、それらの線膨張係数はすべて14.5×10-6~5.4×10-6の範囲に分布している。したがって、複数の種類の光学ガラスを組み合わせた組レンズであっても、例えば、鏡筒材料がSUS410の場合は、|α-α|=4.1~5.4×10-6であり、不等式(14)を満足する。これは、他のガラス製造者であっても同様である。また、鏡筒材料がTi-6Al-4Vの場合は、|α-α|=3.4~5.7×10-6であり、不等式(14)を満足する。レンズ材料と鏡筒材料の組み合わせは、ここに述べたものだけでなく、不等式(14)を満たす各種の光学材料(ガラス、結晶、半導体等)と鏡筒材料の組み合わせが考えられる。
【0116】
尚、安価な組レンズの鏡筒材料としてしばしば用いられるアルミ合金は、各種光学材料に対する線膨張係数の差が不等式(14)を満たさないため、ここで考察する熱特性の観点からは望ましくない。
【0117】
本実施形態のレンズアセンブリ40は、鏡筒42外又は可能な限り鏡筒42の前端に近い位置からイメージを入力するという目的を、最小の部品点数で、光学系構成部品の厚みを損なわずに実現することができる。
【0118】
さらに、上述のレンズマウント装置10により構成されたレンズアセンブリ40において、鏡筒42の線膨張による間隔誤差により生じる収差と、レンズ12の屈折率変化と寸法変化により生じる収差とをバランスさせることにより、温度変化による球面収差を抑制(共軸性の熱収差を抑制)することができる。
【0119】
本発明によるレンズアセンブリは、上述の鏡筒42を用いたレンズアセンブリ40以外に、図7図8に示されているように、光軸方向に隣り合うレンズマウント装置10のレンズマウント部材14同士が締結具によって互い連結されている構造のレンズアセンブリ50、60であってよい。
【0120】
図7に示されているレンズアセンブリ50では、各レンズマウント部材14に軸線方向の両端から径方向外方に延出したフランジ部19が形成されている。締結具として、光軸方向に隣り合うレンズマウント装置10のフランジ部19を貫通するボルト52及びボルト52にねじ係合したナット54が設けられ、ボルト52及びナット54によって光軸方向に隣り合うレンズマウント部材14同士が連結されている。
【0121】
レンズアセンブリ50が有する各レンズマウント部材14は線膨張係数が互いに同一の材質(材料)により構成されている必要がある。また、レンズアセンブリ50の各レンズ12は線膨張係数が互いに同一或いは近似する材質(線膨張係数)より構成されていてよい。レンズアセンブリ40の各レンズ12は全てCaF製或いは石英製であってよく、この場合には、レンズ12相互の線膨張係数が同一になる。
【0122】
上述の実施形態と同様に、レンズアセンブリ50における複数のレンズマウント装置10の各レンズ12の材質が互い同一である場合には、各レンズ12に対応するレンズマウント部材14を、レンズ12の線熱膨張係数と同一の線熱膨張係数を有していて、互いの線熱膨張係数が同一の材質により構成することができる。
【0123】
この実施形態でも、大きな温度変化の下でも特定のレンズマウント装置10に熱応力が加わったり、或いは軸力が低減したりすることがない。
【0124】
図8に示されているレンズアセンブリ60では、光軸方向に隣り合うレンズマウント装置10の全てが、全てのレンズマウント装置10のレンズマウント部材14を貫通するボルト62及びボルト62にねじ係合したナット64によって連結されている。
【0125】
レンズアセンブリ60が有する各レンズマウント部材14は線膨張係数が互いに同一の材質(材料)により構成されている必要がある。また、レンズアセンブリ40の各レンズ12は線膨張係数が互いに同一或いは近似する材質より構成されていてよい。レンズアセンブリ40の各レンズ12は全てCaF製或いは石英製であってよく、この場合には、レンズ12相互の線膨張係数が同一になる。
【0126】
上述の実施形態と同様に、レンズアセンブリ60における複数のレンズマウント装置10の各レンズ12の材質が互い同一である場合には、各レンズ12に対応するレンズマウント部材14を、レンズ12の線熱膨張係数と同一或いは近似した線熱膨張係数を有していて、互いの線熱膨張係数が同一の材質により構成することができる。
【0127】
この実施形態でも、大きな温度変化の下でも特定のレンズマウント装置10に熱応力が加わったり、或いは軸力が低減したりすることがない。
【0128】
これらの実施形態では、レンズマウント部材14同志を締結するボルト52、62、ナット54、54は、レンズマウント部材14と同じ材料により構成されていることが熱応力の観点から望ましい。
【0129】
尚、これらのレンズアセンブリ40、50及び60は、典型的には紫外対物レンズに好適であるが、可視で波長幅を持った通常の顕微鏡対物レンズやカメラレンズにも使用することができる。
【0130】
以上で具体的な実施形態の説明を終えるが、本発明は上記実施形態や実施例に限定されることなく、幅広く変形実施することができる。例えば、肩部16Gは、図6に示されているレンズアセンブリ40の2段目及び3段目のレンズマウント装置10のものの肩部16Gのように、レンズ12の外縁近傍の出射面(後面)に当接し、レンズマウント部材14に対するレンズ12の軸線方向の位置決め行うものであってもよい。エラストマ部材30は、第1の間隙20に対する液状材料の流し込みによる成形以外に、第1の間隙20に嵌め込まれる成形済みのエラストマ部材30であってもよい。円環状部16は楕円や四角等の環状であってもよい。各部材や部位の具体的構成や配置、数量、素材など、本発明の趣旨を逸脱しない範囲であれば適宜変更することができる。
【0131】
また、以上で述べた以外にも、レンズ12の線膨張係数と近似した鏡筒材料を選択し、それらの間をエラストマ部材30によって固定した構造も同様の効果を持つと考えられる。具体的には、CaFとオーステナイト系ステンレス、CaFと真鍮(黄銅)、合成石英とスーパーインバー、光学ガラスとマルテンサイト系ステンレス又はチタン合金といった組み合わせが挙げられる。エラストマ部材30は、シリコーンゴム以外に、シリコーンゴムに類似のエラストマ特性を有するエラストマ材料により構成されていてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0132】
レンズとレンズマウント部材を近い線膨張係数の材料で構成し、両者を十分な厚みを持つエラストマ層で固定することによって、レンズとレンズマウント部材の間に残った僅かな線膨張係数差を吸収でき、偏心感度が非常に厳しいレンズの固定用途にも適用できる。
【符号の説明】
【0133】
10 :レンズマウント装置
12 :レンズ
12A :外周面
14 :レンズマウント部材
16 :円環状部(環状部)
16A :第1円環状部(第1環状部)
16B :第2円環状部(第2環状部)
16C :第3円環状部(第3環状部)
16D :第1内周面
16E :第2内周面
16F :第3内周面
16G :肩部
16H :第1端面
16J :第2端面
18 :軸方向の位置規制部
19 :フランジ部
20 :第1の間隙
22 :第2の間隙
30 :エラストマ部材
40 :レンズアセンブリ
42 :鏡筒
42A :大径円筒部
42B :小径部
42C :前端部
42C :前端部
44 :押さえ環
44A :ねじ部
48 :調整孔
50 :レンズアセンブリ
52 :ボルト
54 :ナット
60 :レンズアセンブリ
62 :ボルト
64 :ナット
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8