(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024099505
(43)【公開日】2024-07-25
(54)【発明の名称】重炭酸イオン受容体
(51)【国際特許分類】
A01K 67/0276 20240101AFI20240718BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240718BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240718BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20240718BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20240718BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20240718BHJP
【FI】
A01K67/0276 ZNA
C12Q1/02
A61K45/00
A61P25/28
C12N5/10
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024003101
(22)【出願日】2024-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2023003294
(32)【優先日】2023-01-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「革新的先端研究開発支援事業」「重炭酸イオンがシグナル伝達分子として引き起こす時空間作用 - 脳内微小環境(NVU)の修復機構の解明」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】城 愛理
(72)【発明者】
【氏名】横溝 岳彦
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4C084
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QQ89
4B063QR50
4B065AA93X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065BD22
4B065CA01
4B065CA60
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZA15
4C084ZC42
(57)【要約】
【課題】重炭酸イオンの新たな機能を見出し、新たな医薬開発の可能性を見出すこと。
【解決手段】重炭酸イオン受容体機能欠損非ヒト動物、GRP30発現細胞を用いる細胞内カルシウム濃度調節剤のスクリーニング方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重炭酸イオン受容体機能欠損非ヒト動物。
【請求項2】
重炭酸イオン受容体機能欠損マウス。
【請求項3】
GPR30発現細胞を用いる細胞内カルシウム濃度調節剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
GPR30発現細胞を用いる重炭酸イオン受容体拮抗剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
GPR30発現細胞を用いる脳梗塞治療剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
Gpr30遺伝子導入非ヒト動物を用いる脳梗塞治療剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
重炭酸イオン受容体拮抗剤を有効成分として含有する細胞内カルシウム濃度調節剤。
【請求項8】
重炭酸イオン受容体拮抗剤を有効成分として含有する脳梗塞治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内における重炭酸イオン受容体及びその応用に関する。
【背景技術】
【0002】
血液、リンパ液などの体液は、pH7.4付近に保たれており、pHが低くなった状態をアシドーシス、高くなった状態をアルカローシスという。この体液のpHは、主に呼吸と代謝によってコントロールされている。pHのアルカリ側への調整は、主に肺からのCO2の放出と、腎臓からの重炭酸イオンの再吸収によって行われる。このように、重炭酸イオンは、生体におけるpH調節因子であると考えられてきた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、重炭酸イオン濃度が高くなった時の病態及び低くなった時の病態を見ると、単にアルカローシスやアシドーシスだけでは説明できない疾患が隠れている可能性がある。
従って、本発明の課題は、重炭酸イオンの新たな機能を見出し、新たな医薬開発の可能性を見出すことにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
そこで本発明者は、重炭酸イオンが体液中のpH調節因子としての機能だけでなく、新たな機能を有するのではないかと考え、重炭酸イオンを種々の細胞に作用させ、その細胞の機能の変化を検討した。その結果、ヒトを含む動物の細胞において、重炭酸イオンがその受容体を介して生体内でシグナル伝達分子として作用していることを見出した。さらに、重炭酸イオン受容体の活性化によって細胞内カルシウム濃度が上昇すること、その受容体機能欠損マウスでは、脳虚血再灌流モデルにおいて梗塞が軽減されることや、虚血再灌流後のアポトーシスが軽減されることを見出し、本発明を完成した。
【0005】
すなわち、本発明は、次の発明[1]~[8]を提供するものである。
[1]重炭酸イオン受容体機能欠損非ヒト動物。
[2]重炭酸イオン受容体機能欠損マウス。
[3]GPR30発現細胞を用いる細胞内カルシウム濃度調節剤のスクリーニング方法。
[4]GPR30発現細胞を用いる重炭酸イオン受容体拮抗剤のスクリーニング方法。
[5]GPR30発現細胞を用いる脳梗塞治療剤のスクリーニング方法。
[6]Gpr30遺伝子導入非ヒト動物を用いる脳梗塞治療剤のスクリーニング方法
[7]重炭酸イオン受容体拮抗剤を有効成分として含有する細胞内カルシウム濃度調節剤。
[8]重炭酸イオン受容体拮抗剤を有効成分として含有する脳梗塞治療剤。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、ヒトを含む動物の細胞には重炭酸イオン受容体が存在し、その受容体は、体液のpH調節因子としての機能だけでなく、細胞内カルシウム濃度の調節、脳梗塞の発生やその治癒に関与していることが判明した。この重炭酸イオン受容体の発見により、脳梗塞治療剤などの新たな治療剤の開発が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】GPR30安定発現細胞(MCF-GPR30)における重炭酸イオン濃度と細胞内カルシウム応答の関係を示す。
【
図2】GPR30安定発現細胞(HEK-GPR30)における重炭酸イオン濃度と細胞内カルシウム応答の関係を示す。
【
図3】混合無機溶液から重炭酸ナトリウムを枯渇させたときの、GPR30安定発現細胞(MCF-GPR30)における細胞内カルシウム応答を示す。
【
図4】GPR30の1アミノ酸置換体を安定発現させたHEK293細胞における重炭酸イオン濃度と細胞内カルシウム応答の関係を示す。
【
図5】GPR30安定発現細胞(HEK293)における重炭酸イオン濃度と細胞内カルシウム応答の関係を示す。
【
図6】種々の動物種におけるGPR30の重炭酸イオンによる活性化を示す。
【
図7】GPR30発現初代培養細胞の重炭酸イオンによる活性化を示す。
【
図8】野生型マウスを用いて重炭酸イオン受容体発現細胞が脳ペリサイトであることを示す(抗pdgfrb RNAプローブによるin situ hybridization)。
【
図9】Gpr30遺伝子座ノックインマウスを用いて重炭酸イオン受容体発現細胞が脳ペリサイトであることを示す(抗CD13抗体による免疫染色)。
【
図10】脳虚血再灌流モデルにおける梗塞巣の大きさを示す。
【
図11】脳虚血再灌流モデルにおける血液脳関門の破綻状態を示す。
【
図12】脳虚血再灌流後のアポトーシスの変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明者は、候補受容体遺伝子を導入したヒトを含む動物細胞に、重炭酸イオンを作用させ、その細胞の変化を測定することにより、重炭酸イオン受容体が存在することを見出した。重炭酸イオン受容体はGタンパク質共役受容体(GPCR)の一種であり、その遺伝子を発現する細胞は、後述の実施例1に記載のように、重炭酸イオンに反応して細胞内カルシウムを上昇させる。
【0009】
具体的には、本発明はGPCRの一種であるGPR30が、重炭酸イオン受容体としての機能を有することを見出したことにある。GPR30は従来エストラジオール(E2)の非ゲノム作用を有することが知られていたが(Revankar,C.M.,Cimino,D.F.,Sklar,L.A.,Arterburn,J.B.&Prossnitz,E.R.A transmembrane intracellular estrogen receptor mediates rapid cell signaling.Science 307,1625-1630(2005).)、重炭酸イオンによって活性化されることは知られていなかった。また、GPR30の遺伝子は、ヒト、マウス、ラット、ゼブラフィッシュなどで確認されている。
ヒトGPR30のDNA配列は、NCBI Reference Sequence:NC_000007.14 Reference GRCh38.p14 Primary Assembly、REGION:1087118..1093810、NCBI Gene ID:2852、マウスGPR30のDNA配列は、NCBI Reference Sequence:NC_000071.7 Reference GRCm39 C57BL/6J、REGION:139408905..139413555、NCBI Gene ID: 6854、として知られている。
【0010】
重炭酸イオン受容体は、ヒトを含む種々の動物細胞に存在し、重炭酸イオンにより活性化し、シグナル伝達分子として機能している。
重炭酸イオン受容体を安定発現させた細胞では、重炭酸イオンを作用させることにより、細胞内カルシウム濃度が上昇することから、重炭酸イオンがこの受容体を介して細胞内のカルシウム濃度を調節していることがわかる。
従って、重炭酸イオン受容体発現細胞を用いれば、細胞内カルシウム濃度調節剤をスクリーニングすることができる。
【0011】
具体的には、被験体を添加したGPR30発現細胞に重炭酸イオンを作用させ、細胞内カルシウム濃度の変化を測定すれば、当該被験体の細胞内カルシウム濃度に対する作用を判定することができる。
GPR30発現細胞としては、スクリーニングの感度を上げるため、Gpr30遺伝子を導入するなどしてGPR30を発現させたGPR30発現細胞が好ましい。GPR30発現細胞は、挿入されたGpr30遺伝子が一過的に過剰のGPR30を発現するGPR30過剰発現細胞でもよく、あるいは挿入されたGpr30遺伝子が細胞自身のDNAに組み込まれるなどして、安定的にGPR30を発現するGPR30安定発現細胞でもよい。導入するGpr30遺伝子の動物種は、特に限定するものではないが、ヒト、マウス、ラット、ゼブラフィッシュが好ましく、特にヒトが好ましい。
すなわち、GPR30発現細胞を用いれば、細胞内カルシウム濃度調節剤をスクリーニングすることができる。好ましくは、重炭酸イオン依存性または重炭酸イオンを介した細胞内カルシウム濃度調節剤をスクリーニングすることができる。
また、GPR30発現細胞を用いたスクリーニング方法で見出された細胞内カルシウム濃度調節剤は、重炭酸イオン受容体拮抗剤として有用であるため、重炭酸イオン受容体拮抗剤のスクリーニングとしても有用である。さらに重炭酸イオン受容体拮抗剤は、脳梗塞治療剤としても有用であることから、脳梗塞治療剤のスクリーニングとしても有用である。
GPR30発現細胞を用いる細胞内カルシウム濃度調節剤のスクリーニング方法、GPR30発現細胞を用いる重炭酸イオン受容体拮抗剤のスクリーニング方法、GPR30発現細胞を用いる脳梗塞治療剤のスクリーニング方法は、いずれも(1)GRP30発現細胞に被験体を添加する工程、(2)重炭酸イオンを作用させる工程、(3)細胞内のカルシウム濃度変化を検出する工程を含むことが好ましい。これらの工程は必ずしも決まった順番で行うことに限定されるものではなく、必要に応じて適宜その順番は変更することは可能である。
【0012】
重炭酸イオン受容体は、ヒトだけでなく、マウス、ラットなどの哺乳類、魚類などの細胞にも存在し、重炭酸イオンによって活性化される。
また、生体内における重炭酸イオン受容体発現細胞は、主に脳ペリサイトである。
【0013】
さらに、本発明者は、重炭酸イオン受容体機能欠損非ヒト動物を作製した。重炭酸イオン受容体機能欠損非ヒト動物としては、マウス、ラットなどのげっ歯類が挙げられるが、マウスであるのが好ましい。
重炭酸イオン受容体機能欠損マウスは、染色体上Gpr30遺伝子が不活性型Gpr30遺伝子に置換されたこと、またはGpr30遺伝子自体の欠失・欠損により、重炭酸イオン受容体の機能が欠損もしくは減弱したマウスである。ここで、不活性型とは、遺伝子の一部欠損・一部置換、遺伝子のコード領域への他の塩基配列の挿入、遺伝子の発現調節領域内の変異などにより、正常な重炭酸イオン受容体機能を発現できない遺伝子をいう。不活性型Gpr30遺伝子は、ホモでもヘテロでもよいが、ホモであることが好ましい。
重炭酸イオン受容体機能欠損マウスは、公知のジーンターゲティング法により作成することができるが、CRISPR/Cas9システムにより、遺伝子配列を一部変化させて、本来の重炭酸イオン受容体としての機能が発揮できない配列とすることにより、作成するのが好ましい。例えば、ゲノム編集によりGPR30タンパク質をコードするゲノム配列に1塩基が挿入された場合は、フレームシフトにより本来のGPR30とは異なるアミノ酸をコードする配列となる。
重炭酸イオン受容体機能欠損マウス作成のためのGPR30のアミノ酸配列の変化としては、例えば、H307(307番目のヒスチジン)、E115(115番目のグルタミン酸)、Q138(138番目のグルタミン)のいずれかのアミノ酸が他のアミノ酸に置換又は欠失することが挙げられ、特にH307が他のアミノ酸に置換又は欠失することが好ましい。
重炭酸イオン受容体機能欠損マウス作成のためのGPR30のDNA配列の変化としては、例えば、GPR30のDNA配列の2758番目から2997番目のDNAのいずれか一部または全部が欠損することが好ましく、一部の場合は2981番目から2985番目を含むDNAを欠損することがより好ましく、2981番目から2997番目のDNAを欠損することが更に好ましい。
【0014】
重炭酸イオン受容体機能欠損非ヒト動物を用いれば、重炭酸イオン受容体が関与する種々の作用を検討することができる。本発明者は、重炭酸イオン受容体が主に脳ペリサイトに発現することから、重炭酸イオン受容体の脳における作用に着目し、重炭酸イオン受容体機能欠損マウスを用いて脳虚血再灌流モデルにおける作用を検討した。その結果、重炭酸イオン受容体機能欠損マウスの脳虚血再潅流モデルでは、梗塞巣の大きさや血液脳関門の破綻が軽減していること、虚血再灌流後のアポトーシスが軽減していること、再灌流後の血流の回復が早いことが判明した。すなわち、重炭酸イオン受容体機能欠損非ヒト動物は、虚血再灌流後の脳梗塞が軽減されるという性質を有する。
従って、この脳虚血再潅流モデルを用いれば、脳梗塞治療剤のスクリーニングや上記GPR30安定発現細胞で見いだされた脳梗塞治療剤のさらなるスクリーニング及び薬理効果の確認することができる。
【0015】
さらにGpr30遺伝子を導入したGPR30発現非ヒト動物を用いれば、重炭酸イオン受容体に拮抗する細胞内カルシウム濃度調節剤及び脳梗塞治療剤のスクリーニング及び薬理効果の確認に使用できる。導入するGpr30遺伝子の動物種は特に限定するものではないが、ヒト、マウス、ラット、ゼブラフィッシュが好ましく、特にヒトが好ましい。導入方法も特に限定するものではないが、ノックイン方法が好ましい。その場合、ノックインされた遺伝子はホモでも、ヘテロでもよいが、特にホモであることが好ましい。
ここで、脳虚血再灌流モデルは、特定の脳動脈の血流を一定時間遮断した後に再灌流することによるモデルであり、ヒトの虚血性脳卒中の病態を反映した脳梗塞モデルである。
具体的な脳梗塞治療剤のスクリーニング及び薬理効果の確認は、動物に脳虚血再灌流を施す前に被験体を投与しておくか、施術直後に被験体を投与し、施術後の梗塞巣の大きさ、血液脳関門の状態、アポトーシスの有無、血流の回復などを測定すればよい。これらの状態を、被験体非投与群と対比すればよい。
【0016】
また、重炭酸イオン受容体拮抗剤は、脳梗塞治療剤として有用である。
具体的には、重炭酸イオン受容体拮抗剤は、脳梗塞の急性期治療剤、特に再灌流時のno reflow 現象の改善、脳梗塞超急性期の血栓溶解療法の成功率の改善などに有用である。
【0017】
Gpr30遺伝子導入非ヒト動物を用いる脳梗塞治療剤のスクリーニング方法は、(1)Gpr30遺伝子導入非ヒト動物に被験体を投与する工程、(2)Gpr30遺伝子導入非ヒト動物に脳虚血再灌流の施術を行う工程、(3)梗塞巣の大きさ、血液脳関門の状態、アポトーシスの有無、血流の回復などを測定する工程、を含むことが好ましい。これらの工程は必ずしも決まった順番で行うことに限定されるのではなく、必要に応じて適宜その順番は変更することは可能である。
【0018】
前記重炭酸イオン受容体拮抗剤の例としては、抗重炭酸イオン受容体抗体、siRNA、小分子化合物などが挙げられる。
これらの重炭酸イオン受容体拮抗剤は、種々の投与形態に適した医薬組成物とすることができる。例えば、経口投与用組成物、経皮投与用組成物、静脈内投与用組成物等の形態が挙げられる。
これらの組成物とするには、通常用いられる医薬品添加物、例えば、賦形剤、結合剤、滑沢剤、安定化剤、溶解剤などを配合することができる。
【実施例0019】
次に実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0020】
(材料及び方法)
【0021】
1.ベクター構築及びトランスフェクション
ヒトGpr30 cDNAは、ヒト肝芽腫由来HepG2細胞から得た。マウスGpr30を、マウスcDNAクローン(#BC138598-seq、MGC-Premier、TCMS1004、TOT)からのPCRを用いてクローニングし、ラット及びゼブラフィッシュGpr30を、ゲノムDNAからのPCRを用いてクローニングした。
ヒト及びゼブラフィッシュGpr30のコード配列をKpnI部位とEcoRI部位との間で、マウス及びラットGpr30のコード配列をNotI部位とEcoRI部位との間で、プラスミドベクターpCXN2のマルチクローニングサイトに挿入した。C末端HAタグ付きGpr30を、HA配列を含むリバースプライマーを用いて増幅した。
ヒトGPR30の1つのアミノ酸変異を以下のように生成した。まず、標的アミノ酸を、アジレントによるQuikChange(登録商標)プライマーデザインプログラムを用いた2ステップPCR法を用いてアラニン(GCC)に変更した(https://www.agilent.com/store/primerDesignProgram.jsp)。次に、それぞれの変異を有するコード配列を、KpnI部位とEcoRI部位との間のpCXN2のマルチクローニング部位に挿入した。生成された変異は、E115A、H120A、Q138A、H200A、E218A、E275A、H282A、H300A、H307A、及びN310Aであった。タンパク質レベルでの受容体の検出のためのタグ付きGpr30を得るために、変異Gpr30を、GPR30のC末端にHAタグを付加したリバースプライマーを用いたPCRを用いてクローニングした。これらのベクターを、リポフェクション法を用いてトランスフェクションした。すべての細胞株及び初代培養を37℃、5%CO2で維持した。
【0022】
2.TGFαシェディングアッセイ
HEK293細胞を12ウェルプレートに1×105細胞/ウェルの細胞密度で播種し、24時間培養した。90%コンフルエントで、GPCR及びAP-TGFαを含有するプラスミドベクターの混合物を、一部はGαサブユニット発現ベクターとともに細胞にトランスフェクトした。さらにインキュベーション後、細胞を0.05%トリプシン/EDTAで剥離し、ハンクス平衡塩類溶液(HBSS)に懸濁し、96ウェルプレートに播種した。細胞を、1.1-22×10-3M(最終濃度)のNaHCO3、1×10-14-1×10-6MのE2、1×10-9-1×10-6M のアルドステロン、または1×10-9-1×10-5MのG-1で、37℃、0.03%または5%CO2の条件で1時間刺激した。
ホルボール-12-ミリステート-13-酢酸(PMA,100nM)を陽性コントロールとして使用した。上清(CM)を別のプレートに移し、80μlのアルカリホスファターゼ(AP)溶液(40mM Tris-HCl、pH9.5、40mM NaCl、10mM MgCl2)を両方のプレートに加え、次いで37℃でインキュベートした。405nmでの光学密度(OD405)を、マイクロプレートリーダーを用いて、反応速度に応じて5分、30分、1時間、及び2時間で測定した。以下の式で遊離AP-TGFの割合を計算し、GPCR活性化の指標とした。
AP活性=ΔOD405(1~0時間)
%CM(上清)=AP活性(上清)/[AP活性(上清)+AP活性(細胞)]
【0023】
3.カルシウムアッセイ
HEK293またはMCF-7(JCRB細胞バンク、JCRB134)細胞(2×104細胞/ウェル)を、アッセイの24~48時間前に96ウェルプレートに播種した。90~100%コンフルエントの細胞を、10μM Fluo-8AMを含有するHEPES緩衝液(1×HBSS、2.5mMプロベネシド、20mM HEPES、pH7.4)と共に、37℃、5%CO2で60分間インキュベートした。細胞をHEPES緩衝液で2回洗浄した。細胞を各濃度のリガンドで刺激し、FlexStation2(Molecular Devices,Ex/Em=490/525nm)を用いて蛍光強度を分析した。必要に応じて、細胞をPTX(100ng/ml)で16時間処理、あるいはYM-254890(1μM;Dr.J.Takasakiから授受)で45分間処理した後、アッセイを行った。
【0024】
4.GPR30の重炭酸イオン認識及び/または下流シグナルのためのGPR30に必須の鍵となるアミノ酸の選択
重炭酸イオンを認識するのに必要な候補アミノ酸を、パブリックホモロジーモデル(https://gpcrdb.org/)に基づいて選択した。オルソステリックポケットの深いところには多くの負に荷電したアミノ酸残基があるため、重炭酸イオンがアミノ酸と相互作用する可能性が低いと推定された。推定オルソステリックポケットの外周部の正に荷電した残基のうち、ヒトからゼブラフィッシュまでの保存されたアミノ酸を最初に調査した。保存されたアミノ酸にはH200、H300、及びH307が含まれ、その中で、H307のアラニン置換によって重炭酸塩によるhGPR30の活性化が完全に抑制されたため、H307は重炭酸イオンの認識のための潜在的アミノ酸残基として選択した。次に、H307と協働して重炭酸イオンと相互作用する可能性があるオルソステリックポケットに位置する親水性アミノ酸を候補とした。
【0025】
5.カルシウムイメージング
C2C12細胞(3~6×105細胞/ディッシュ)を、アッセイの72時間前に、コラーゲンでコーティングされた35mmガラスベースディッシュに播種した。次いで、細胞を、2.5μM Fura-2 AMを含有するHBSS中、37℃でインキュベートした。ディッシュをHBSSで2回洗浄した。ペリスタポンプを使用して1.5ml/分の流速で灌流した。重炭酸イオンを含むリガンド溶液で、4分間隔で15秒間、細胞を刺激した。初代培養周皮細胞をコラーゲンコート35mmガラスボトムディッシュに播種し、3~7日間培養した。細胞を、増殖培地中、10μM Fura-2 AMと共に30分間、37℃、5%CO2でインキュベートした。記録皿をHBSSで2回洗浄して、蛍光比(340nm/380nm)を安定化させた。リガンド溶液を、7分間の間隔でそれぞれ3分間、細胞に連続的に適用した。条件的GCaMPノックインマウスから新たに単離したSMC及び周皮細胞を、コラーゲンコート35mmガラスボトムディッシュに播種し、室温で10分間インキュベートした。細胞を付着させるために、ディッシュを400×gで2分間遠心分離した。HBSSで2回洗浄し、リガンド溶液を5分間隔で3分間、細胞に順次適用した。細胞内カルシウムレベルを、AQUA COSMOS Ca2+イメージングシステム(Hamamatsu Photonics)を用いてモニターした。
【0026】
6.遺伝子改変マウスの作製
Gpr30ノックアウトマウスを、C57BL/6J(The Jackson Laboratory)バックグラウンド上でCRISPR/Cas9システムを用いて2種類のノックアウトマウスを作製した(Line106:2758-2997を削除(配列番号1)、Line304:2981-2985を削除(配列番号2))。Gpr30-Venusノックイン(Gpr30-Venus-KI)マウスを、CRISPR/Cas9システムを用いて、筑波大学でC57BL/6Jバックグラウンドで作製した(Mizuno-Iijima,S.et al.Efficient production of large deletion and gene fragment knock-in mice mediated by genome editing with Cas9-mouse Cdt1 in mouse zygotes. Methods 191,23-31(2021).)。Venus配列をGpr30の翻訳領域(2753-3880)削除後に挿入し、Gpr30プロモーターの下でVenusを発現させた。Venusの発現は、共焦点顕微鏡を用いて10μm凍結切片を分析することによって検証した。 Gpr30-/Venusマウスは、Gpr30ノックアウトマウス及びGpr30-Venus-KIマウスを交配することによって作製した。3~4ヶ月齢の雄同腹仔を全ての実験に用いた。マウスを12時間~12時間の明暗サイクルで飼育した。全ての実験は、サイクルの明期の間に行った。
【0027】
7.in situ ハイブリダイゼーションアッセイ
RNA in situハイブリダイゼーションアッセイは、RNAscope技術を用いて行った。
5μm厚のホルマリン固定パラフィン包埋切片を、内因性ペルオキシダーゼブロッキング、抗原賦活化及びプロテアーゼ処理の後、切片を標的プローブ(RNAscope Probe-Mm-Gpr30、#318191;RNAscope ProbeMm-Acta2-C2、RNAscope Probe-Mm-Pecam1-C2、#316721-C2;RNAscope Probe -Mm-Pdgfrb-C3、#411381-C3)と42℃で2時間ハイブリダイズさせた。シグナル増幅、現像、及び対比染色は、プロトコルに従って行った。
【0028】
8.マウス脳血管細胞の単離及び初代培養
脳周皮細胞は、FACSを用いてCD45-CD41-CD31-CD13+細胞として単離した。具体的には、全脳皮質をメスで細断し、コラゲナーゼ/ディスパーゼ(3.3mg/ml)で37℃、30分間消化した。Percoll(18%)を用いて、560×g, 4℃で10分間遠心し、ミエリン及びデブリを除去した。Gpr30- ヘテロ接合GPR30-Venus-KIマウス(GPR30+/Venus)からFACSを用いてVenus陽性脳血管細胞をVenus陽性細胞として単離し、同じ手順を用いて回収した。
【0029】
9.MCAOモデリング
マウスを5.0%イソフルランで麻酔導入し、小動物麻酔システムを用いて70%N2O及び30%O2中2.0%イソフルランで維持した。一過性脳限局性虚血(MCAO)は、管腔内フィラメント法を用いて誘発した(Nagasawa,H.&Kogure,K.Correlation between cerebral blood flow and histologic changes in a new rat model of middle cerebral artery occlusion.Stroke 20,103-1043(1989).)。シリコン被膜ナイロンモノフィラメント(コーティング先端直径0.18mm、長さ8~9mmの自作フィラメント、Doccol、602045PK10、又は602256Re)を、左MCAの60分間閉塞に使用した。虚血症状の評価にはmNSSを用い、0(正常)~18(最大欠損)のスケールで神経学的重症度を評価した(Chen,J.et al.Therapeutic benefit of intravenous administration of bone marrow stromal cells after cerebral ischemia in rats.Stroke 32,1005-1011(2001).)。
【0030】
10.IgG染色
MCAOの3または7日後、脳を潅流固定し、4%パラホルムアルデヒドで一晩固定した。固定した脳を、クライオスタットを用いて20μm厚の切片にスライスした。脳切片をブロッキング溶液で処理した(PBS中の10%ウマ血清)20~25℃で1時間、PBST中の10%ウマ血清中、ビオチン化抗マウスIgG(h+L)と共に4℃で一晩インキュベートした。シグナル増強のためABC法を使用し、DAB発色を行った。デジタル顕微鏡を用いて画像の撮影と連結を行った。IgG染色は、各マウスからの12個の切片の強度値を積分することによって定量化した。
【0031】
11.クレジルバイオレット
染色MCAOの3または7日後、脳を潅流固定し、4%パラホルムアルデヒドで一晩固定した。固定した脳を、クライオスタットを用いて20μm厚の切片にスライスした。脳切片をクレシルバイオレット染色溶液(0.15%酢酸を含む0.1%クレシルバイオレット溶液)中、37℃で8分間インキュベートし、続いて100%EtOHで示差染色した。デジタル顕微鏡を用いて、画像撮影と連結を行った。クレシルバイオレット染色を、各マウスからの12切片のクレシルバイオレット陰性領域の積分によって定量化した。
【0032】
12.TUNEL assay
TUNEL染色を20μm厚の凍結脳切片を用いて行った。続いて、デジタル顕微鏡を使用して1~4μm厚のzスタック画像を取得し、再構成した。TUNEL陽性細胞の定量化には、ImageJソフトウェア(NIH)を用いた。
【0033】
13.レーザードップラー流量計
レーザードップラー流量計を使用して、MCA閉塞前及び閉塞中、及び再灌流20分後の脳血流の変化を継続的にモニタリングした。レーザードップラープローブは、手術前にブレグマの後方1.0mm、側方5.0mmの点で頭蓋骨の左側の表面に接着された。脳血流は、MCAO手術前(基礎血流)、総頚動脈(CCA)閉塞中、MCAO、及び再灌流中に継続的にモニタリングされた。脳血流量は基礎血流量に対する比率として正規化した。
【0034】
実施例1(重炭酸イオン受容体の存在の発見及び重炭酸イオン受容体遺伝子の特定1)
GPR30を安定発現させたMCF細胞(MCF-GPR30)及びHEK293細胞(HEK-GPR30)に重炭酸ナトリウム又は重炭酸カリウムを添加したところ、細胞内カルシウムが上昇した(
図1及び
図2)。また、混合無機酸溶液から重炭酸ナトリウムを除いて添加すると、MCF-GPR30細胞における細胞内カルシウムレベルの上昇が見られなくなった(
図3)。
【0035】
実施例2(重炭酸イオン受容体遺伝子の特定2)
GPR30をコードする配列のみを除いた空ベクターをHEK293細胞に安定発現させてmock細胞を作成した。また、重炭酸イオン受容体の1アミノ酸置換変異体をHEK293細胞に安定発現させた。重炭酸ナトリウムを添加した。
その結果、mock細胞及び1アミノ酸置換体では重炭酸ナトリウム添加による細胞内カルシウムの上昇が検出されなかった(
図4)ことから、本受容体の当該アミノ酸が細胞内カルシウムの上昇に重要であることがわかった。
【0036】
実施例3(重炭酸イオン受容体安定発現細胞の作製)
GPR30の翻訳領域をコードするDNA配列をプラスミドベクターに組み込み、発現ベクターを作成した。この発現ベクターをトランスフェクトし、薬剤耐性によって安定発現細胞を選択した。
結果を、
図5に示す。
図5から明らかなように、GPR30安定発現細胞では、重炭酸イオンにより細胞内カルシウム濃度が上昇することがわかる。
【0037】
実施例4(種々の動物種の重炭酸イオン受容体の重炭酸イオンによる活性化)
ヒト、マウス、ラット、ゼブラフィッシュの重炭酸イオン受容体の発現ベクターを作成し、HEK293細胞にGPR30を過剰発現させてGPCR活性化を検出した。
その結果、
図6に示すように、ヒト細胞だけでなく、ラット、マウス、ゼブラフィッシュのGPR30も重炭酸イオンによって活性化されることがわかる。
【0038】
実施例5(初代培養細胞の重炭酸イオンによる活性化)
初代培養を脳から単離培養し、プローブを用いて細胞内カルシウムを測定した。
その結果、
図7より、GPR30を発現する初代培養細胞は、重炭酸ナトリウムによって活性化されることがわかる。
【0039】
実施例6(重炭酸イオン受容体発現細胞の生体内分布)
In situ hybridizationにより、GPR30とペリサイトマーカーであるpdgfrbを検出した。
また、GPR30を蛍光タンパク質Venusに置き換えたマウスを作成し、脳切片を用いてペリサイトマーカーであるCD13の免疫染色を行った。
その結果、
図8及び
図9より、生体内の脳ペリサイトで重炭酸イオン受容体が発現していることがわかる。
【0040】
実施例7(重炭酸イオン受容体遺伝子欠損モデルの作成)
CRISPR/Cas9システムにより、Gpr30遺伝子の配列を一部変化させて、本来のGPR30ができない配列とすることにより、作成した。
重炭酸イオン受容体機能欠損マウスを樹立した。
【0041】
実施例8(脳虚血・再灌流モデル)
麻酔下に、左頸動脈から塞栓糸を入れ、左中大脳動脈の分岐部を閉塞させ、虚血を誘導した。1時間の虚血ののち、塞栓糸を引き抜き再灌流した。
図10~
図13に示すように、重炭酸イオン受容体機能欠損マウスでは、脳虚血再灌流における梗塞巣の大きさ及び血液脳関門の破綻が軽減されており、虚血再灌流後のアポトーシスが軽減されており、血流の回復が早くなることがわかった。グラフは、Line106のデータを示すが、Line304も同様の結果であった。
【0042】
Line106:削除配列(2758-2997)
TGCGACTACTCCAGCCCAAACTGTTGGGGTGGAGATCTACCTAGGTCCCGTGTGGCCAGCCCCTTCCAACAGCACCCCTCTGGCCCTCAACTTGTCCCTGGCACTGCGGGAAGATGCCCCGGGGAACCTCACTGGGGACCTCTCTGAGCATCAGCAGTACGTGATTGCCCTCTTCCTCTCCTGCCTCTACACCATCTTCCTCTTTCCTATTGGCTTTGTGGGCAACATCCTCATCCTGGT
【0043】
Line304:削除配列(2981-2985)
AACAT