(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024099877
(43)【公開日】2024-07-26
(54)【発明の名称】高強度ボルト用鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240719BHJP
C22C 38/34 20060101ALI20240719BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20240719BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20240719BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/34
C22C38/50
C21D9/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023003475
(22)【出願日】2023-01-13
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】安東 知洋
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA08
4K042BA14
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DC02
4K042DC03
4K042DE02
(57)【要約】
【課題】 焼入れ焼き戻し後の引張強度を1600MPa以上としつつ、焼き入れ時の耐焼き割れ性に優れるとともに、焼入れ焼き戻し後の耐遅れ破壊性にも優れる高強度ボルト用鋼の提供。
【解決手段】 質量%で、C:0.31~0.49%、Si:1.0~2.5%、Mn:0.8%以下、Cr:0.5~2.0%、Mo:1.0~5.0%、P、S:合計で0.03%以下、残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼入れ焼き戻し後に1600MPa以上の引張強度を与え得る高強度ボルト用鋼であって、
質量%で、
C:0.31~0.49%、
Si:1.0~2.5%、
Mn:0.8%以下、
Cr:0.5~2.0%、
Mo:1.0~5.0%、
P、S:合計で0.03%以下、
残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする耐焼き割れ性に優れる高強度ボルト用鋼。
【請求項2】
前記成分組成は、
元素Mの質量%を[M]としたときに、
式1:[C]-3.83×10-2[Mo]<0.46
をさらに満たすことを特徴とする請求項1記載の耐焼き割れ性に優れる高強度ボルト用鋼。
【請求項3】
前記成分組成は、
式2:100[C]+3.55[Si]+6.53[Cr]+10.35[Mo]>68.4
をさらに満たすことを特徴とする請求項2記載の耐焼き割れ性に優れる高強度ボルト用鋼。
【請求項4】
断面における合金炭化物の長辺の長さの最大値を3μm未満としたことを特徴とする請求項1記載の耐焼き割れ性に優れる高強度ボルト用鋼。
【請求項5】
前記成分組成は、質量%で、
Cu:1.0%未満、Ni:1.0%未満、V:0.35%未満、Ti:0.10%未満で含み得ることを特徴とする請求項1乃至4のうちの1つに記載の耐焼き割れ性に優れる高強度ボルト用鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼入れ焼き戻し後に1600MPa以上の引張強度を与え得る高強度ボルト用鋼に関し、特に、焼き入れ時の耐焼き割れ性及び焼き戻し後の耐焼き割れ性に優れる高強度ボルト用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
引張強度において1000MPaを超える高強度ボルトが土木・建築分野などで用いられている。このような高強度ボルトでは、しばしば水素に起因するとされる遅れ破壊が問題となる。特に、引張強度をより高めた高強度ボルトの開発も進められているが、この高強度化とともに、より高度な遅れ破壊の抑制が求められている。
【0003】
例えば、特許文献1では、焼入れ焼き戻し後の引張強度を1400MPa以上としつつ、耐遅れ破壊性に優れる高強度ボルト用線材として、C:0.3~0.6%、Si:1.0~3.0%、Mn:0.1~1.5%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.3~1.5%、Al:0.02~0.10%、N:0.001~0.020%とする成分組成を有し、フェライト中にベイナイト及びパーライトを混在させた組織を有する鋼を用いることを開示している。すなわち、Siの含有量を多くして粗大なセメンタイトの析出を抑制する一方で熱間圧延後の冷却速度を制御することで脱炭率を低くして、オーステナイト粒の粗大化を抑制した線材を得る。かかる線材に焼入れ焼き戻しすることによって耐遅れ破壊性を高めた高強度ボルトが得られるとしている。
【0004】
また、焼入れ焼き戻し後の引張強度をさらに高める要求に対し、一般的にはCの含有量を増やすことで対処し得るが、この場合についても同様に耐遅れ破壊性に優れることが要求される。
【0005】
例えば、特許文献2では、焼入れ焼き戻し後の引張強度を1500MPa以上としつつ、耐遅れ破壊性に優れる高強度ボルト用鋼として、C:0.50~0.65%、Si:1.5~2.5%、Cr:1.0%以上、Mn:0.4%以下、Mo:1.5%超、P及びS:合計で0.03%以下の成分組成の鋼を開示している。かかる成分組成の鋼を用いると、570℃以上の高温で焼き戻しした高強度ボルトであっても引張強度を1500MPa以上に維持できて、且つ、十分な焼き戻しによって耐遅れ破壊性に優れるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2016-186099号公報
【特許文献2】特開2016-050329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したように、高強度ボルト用鋼では、焼入れ焼き戻し後の耐遅れ破壊性に優れることが求められ、特許文献2では耐遅れ破壊性に優れる高強度ボルトを得ることのできる高強度ボルト用鋼を開示している。しかし、このような高強度ボルト用鋼においては焼入れ焼き戻し処理の焼入れ時に焼き割れを発生させるという問題がある。特に、1600MPa以上といったより高い引張強度を有する高強度ボルトでは従来以上の耐遅れ破壊性への考慮と耐焼き割れ性についての考慮が必要となる。
【0008】
本発明は、以上のような状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、焼入れ焼き戻し後の引張強度を1600MPa以上としつつ、焼き入れ時の耐焼き割れ性に優れるとともに、焼入れ焼き戻し後の耐遅れ破壊性にも優れる高強度ボルト用鋼を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明による耐焼き割れ性に優れる高強度ボルト用鋼は、焼入れ焼き戻し後に1600MPa以上の引張強度を与え得る高強度ボルト用鋼であって、質量%で、C:0.31~0.49%、Si:1.0~2.5%、Mn:0.8%以下、Cr:0.5~2.0%、Mo:1.0~5.0%、P、S:合計で0.03%以下、残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする。
【0010】
かかる発明によれば、焼入れ焼き戻し後の高強度ボルトの引張強度を1600MPa以上としつつ、焼き入れ時の耐焼き割れ性に優れるとともに、焼入れ焼き戻し後の耐遅れ破壊性にも優れるものとし得る。
【0011】
上記した発明において、前記成分組成は、元素Mの質量%を[M]としたときに、式1:[C]-3.83×10-2[Mo]<0.46をさらに満たすことを特徴としてもよい。また、前記成分組成は、式2:100[C]+3.55[Si]+6.53[Cr]+10.35[Mo]>68.4をさらに満たすことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、上記した耐焼き割れ性及び耐遅れ破壊性に優れるものとすることが比較的容易になる。
【0012】
上記した発明において、断面における合金炭化物の長辺の長さの最大値を3μm未満としたことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、合金炭化物を微細にすることで高強度化しても焼入れ時の焼き割れを抑制し得るとともに、高強度化したことで高い温度で焼き戻ししても1600MPa以上の引張強度を確保し得て、十分に焼き戻すことで耐遅れ破壊性にも優れる。
【0013】
上記した発明において、前記成分組成は、質量%で、Cu:1.0%未満、Ni:1.0%未満、V:0.35%未満、Ti:0.10%未満で含み得ることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、引張強度を容易に確保できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】製造試験に用いた鋼種1~27の成分組成の一覧表である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明による1つの実施例としての耐焼き割れ性に優れる高強度ボルト用鋼について、
図1を用いて説明する。
【0016】
本実施例における高強度ボルト用鋼は、焼入れ焼き戻し後に1600MPa以上の引張強度を与え得る焼入れ焼き戻し前の素材としての鋼からなり、例えば、線材として流通するものである。
【0017】
かかる鋼の成分組成としては、質量%で、C:0.31~0.49%、Si:1.0~2.5%、Mn:0.8%以下、Cr:0.5~2.0%、Mo:1.0~5.0%、P、S:合計で0.03%以下となるよう、それぞれの元素の含有量の範囲が定められる。例えば、
図1に示す、鋼種3~6、9~11、14~17、19~27のような成分組成を有する鋼を用い得る。
【0018】
このように成分組成を調整することで、焼入れ焼き戻しにおける焼入れ時の耐焼き割れ性に優れるとともに、かかる焼入れ焼き戻し後に得られる高強度ボルトの引張強度を1600MPa以上としつつ、耐遅れ破壊性にも優れるものとできる。なお、焼入れにおいて、焼入れ温度は830~980℃の範囲内とすることが好ましく、結晶粒の粗大化を抑制する観点から830~950℃の範囲内とすることがより好ましい。また、焼き戻しにおいて、焼き戻し温度は450~600℃の範囲内、焼き戻し時間は0.5~2hの範囲内とすることが好ましい。
【0019】
さらに、元素Mの質量%を[M]として、以下の式1、さらには式2を満たす成分組成を有するものとすることが好ましい。
式1:[C]-3.83×10-2[Mo]<0.46
式2:100[C]+3.55[Si]+6.53[Cr]+10.35[Mo]>68.4
【0020】
ここで、式1は焼き割れを防止するために、特に、固溶するCの量を抑える観点で設けられた経験式である。また、式2は焼き戻しによって硬さを低下させ過ぎずに素地の強度を確保する観点で設けられた経験式である。すなわち、式1を満たすように、さらには式2を満たすように、高強度ボルト用鋼の成分組成を定めることで、上記した焼入れ焼き戻しにおける焼入れ時の耐焼き割れ性及び焼入れ焼き戻し後の耐遅れ破壊性を容易に優れるものとし得る。
【0021】
さらに、高強度ボルト用鋼の断面における合金炭化物の長辺の長さの最大値を3.0μm未満とすることが好ましい。このような素材、例えば線材を用いて、上記した焼入れ焼き戻しを行うと、粗大な合金炭化物を減じたことで焼入れ時の耐焼き割れ性に優れるものとすることが容易になる。
【0022】
また、高強度ボルト用鋼として、上記した成分組成は、さらに任意添加元素として、Cu:1.0%未満、Ni:1.0%未満、V:0.35%未満、Ti:0.10%未満で含むものとしてもよい。これらの任意添加元素によって耐焼き割れ性や耐遅れ破壊性を犠牲にすることなく、焼入れ性を向上させて引張強度の確保を容易にし得る。
【0023】
[製造試験]
以下、複数の焼入れ焼き戻し前の線材を製作するとともに、焼入れ焼き戻しをしてボルトを製造し、焼き割れの発生の有無や遅れ破壊の有無を試験した結果について
図1乃至3を用いて説明する。
【0024】
図1に示すように、鋼種1~27の成分組成の鋼を試験に用いた。上記した成分組成に対して、鋼種1及び2ではCの含有量が多く、鋼種7、8、12ではCの含有量が少ない。また、鋼種13ではMoの含有量が少なく、鋼種18ではSiの含有量が少ない。その他の鋼種では、上記した成分組成を有する。なお、同図に示すように、鋼種7、14、24~27はそれぞれ任意添加元素としてCu、Ni、V、Tiのうちいずれか1種以上を含有する。
【0025】
まず、鋼種1~27について鋳造及び圧延を経て高強度ボルトの素材である線材を製造し、その軸線に略垂直な横断面を走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察し、M6C型やM23C6型などの合金炭化物の長辺の長さの最大値を計測した。
【0026】
次いで、
図2に示す所定の焼入れ焼き戻し条件で線材からボルトを製造した。詳細には、まず、それぞれの鋼種の線材について切削を行ってボルト形状とする。次いで、No.1~No.27については焼入れとして930℃で保持後に急冷し、焼き戻しとして580℃で1.0時間保持し、冷却してボルトを得た。No.28~35についてはそれぞれ同図に示す条件で同様に焼入れ焼き戻しをして、ボルトを得た。
【0027】
それぞれの鋼種の成分組成に従って、以下の式A及び式Bの値を得た。
式A:[C]-3.83×10-2[Mo]
式B:100[C]+3.55[Si]+6.53[Cr]+10.35[Mo]
ここで、「[M]」は元素Mの含有量(質量%)であり、式Aは上記した式1の左辺、式Bは上記した式2の左辺である。
【0028】
また、焼入れ時に焼き割れを発生したものについては「×」を、それ以外については「〇」を記録した。
【0029】
得られたボルトから引張試験片を切り出し、引張試験を行って引張強度を測定し、記録した。
【0030】
図3に示すように、さらに、得られたボルトから曲げ遅れ破壊試験片10を切り出して、曲げ遅れ破壊試験を実施した。モーメントアーム11によって錘12による曲げ応力を曲げ遅れ破壊試験片10に付与して、曲げ強度を測定する。まず、静曲げ強度を測定した上で、0.1規定の塩酸を滴下して静曲げ強度の0.8~0.2倍の応力を負荷し、遅れ破壊の破断時間を求めた。なお、破断しない場合は試験の打ち切り時間を100hとした。遅れ破壊強度は30h破断強度と静曲げ強度との比をとって30h曲げ遅れ破壊強度比とし、これが0.6以上となるときに耐遅れ破壊性に優れるものとして合格として「〇」を記録した。0.6未満のものには「×」を記録した。
【0031】
図2に示すように、No.3~5、9~11、14~17、19~33において、引張強度を1600MPa以上とし、焼き割れ、遅れ破壊を発生させず、良好な結果であった。つまり、高強度ボルト用鋼として適した実施例であった。
【0032】
これらに対し、No.1及びNo.2では、Cの含有量が他に比較して多く(
図1参照)、焼き割れを防止する観点で設けた式1に関し、式Aの値が0.46以上となって式1を満たさず、焼き割れが発生した。また、線材での合金炭化物について、長辺の長さを3.0μm以上とするような粗大なものとしたため、このような焼き割れが発生したと考えられる。
【0033】
No.6では、引張強度が1600MPa未満となり、強度を確保する観点で設けた式2に関し、式Bの値が68.4以下となった。ここで、同一の鋼種6を用いたNo.33では、上記したように高強度ボルト用鋼として適した実施例であった。つまり、No.6では、線材の段階において高強度ボルト用鋼として適した実施例であっても、その後のボルトを製造する工程の特に焼入れ焼き戻しの条件によっては良好な結果の出ない例を示している。一方、No.33では、式Bの値が小さいことを考慮して、比較的低い温度で焼き戻ししたことで所定の引張強度を得ることができた。
【0034】
これに対して、Cの含有量が他に比べて少なかった鋼種8を用いたNo.8、No.34及びNo.35では、強度を確保する観点で設けた式2に関し、式Bの値が68.4以下となり、1600MPa未満の引張強度となった。No.34及びNo.35のように、No.8に比べて焼き戻し温度を低くしても、この場合では、所定の引張強度を得ることができなかった。
【0035】
No.7、No.12でも同様に、Cの含有量が他に比べて少なく、強度を確保する観点で設けた式2に関し、式Bの値が68.4以下となり、1600MPa未満の引張強度となった。
【0036】
No.13では、良好な結果であった実施例に比べてMoの含有量が少なく、焼き割れを防止する観点で設けた式1に関し、式Aの値が0.46以上となって式1を満たさず、これに合致するように焼き割れが発生した。また、遅れ破壊試験においても破断を生じた。Moの含有量が少ないために固溶するMoの量も少なく、耐遅れ破壊性に劣ったものと考えられる。
【0037】
No.18では、良好な結果であった実施例に比べてSiの含有量が少なく、遅れ破壊試験において破断を生じた。焼き戻し軟化によって耐遅れ破壊性を低下させたものと考えられる。
【0038】
以上のように、鋼種3~6、9~11、14~17、19~27に示す高強度ボルト用鋼による線材であれば、焼入れ時における耐焼き割れ性に優れるとともに、焼入れ焼き戻し後において引張強度を1600MPa以上とし、耐遅れ破壊性に優れる高強度ボルトを得ることができる。
【0039】
ところで、上記した試験で良好な結果を得た実施例も含めて、焼入れ焼き戻し後に1600MPa以上の引張強度を与え得るとともに、上記した高強度ボルト用鋼とほぼ同等の耐焼き割れ性と耐遅れ破壊性とを与え得る鋼の組成範囲は以下のように定められる。
【0040】
Cは、焼き戻し軟化抵抗を得て焼入れ焼き戻し後の鋼の硬さを高め、1600MPa以上の引張強度を確保するために必要である。一方で、過剰に含有させると、粗大な炭化物を形成して耐焼き割れ性を低下させるとともに、水素を集積するセメンタイトの量を増加させることで耐遅れ破壊性を低下させてしまう。これらを考慮して、Cは、質量%で、0.31~0.49%の範囲内である。
【0041】
Siは、焼き戻し軟化抵抗を付与することで、焼き戻し温度を高くするなど焼き戻しパラメータを大きくした場合であっても高い引張強度及び優れた耐遅れ破壊性を確保するために必要である。一方で、過剰に含有させると鍛造性を含めた加工性を低下させてしまう。これらを考慮して、Siは、質量%で、1.0~2.5%の範囲内である。
【0042】
Mnは、鋼の強度を確保するために有効な元素であり、選択的に含有させてもよい。一方で、過剰に含有させるとMnSを粒界に偏析させて粒界強度を低下させ、耐遅れ破壊性を低下させる。これらを考慮して、Mnは、質量%で、0.8%以下の範囲内である。なお、添加する場合は、その効果を得るために0.2質量%以上とすることが好ましい。
【0043】
Crは、焼き戻し軟化抵抗を付与して焼き戻し温度を高くするなどして焼き戻しパラメータを大きくしても高い引張強度及び優れた耐遅れ破壊性を確保するために必要である。一方で、過剰に含有させると、未固溶の炭化物を増加させて耐遅れ破壊性や鍛造性などの加工性を低下させてしまう。これらを考慮して、Crは、質量%で、0.5~2.0%の範囲内である。
【0044】
Moは、鋼の強度を高めるとともに、遅れ破壊に関して水素の影響を低下させるMo系炭化物を生成させるために必要である。一方で、過剰に含有させると、製造コストの増加を招く。これらを考慮して、Moは、質量%で、1.0~5.0%の範囲内であり、好ましくは1.0~3.0%の範囲内である。
【0045】
P及びSは、粒界偏析を生じさせて粒界強度を低下させるため、耐遅れ破壊性を確保するためにも含有量を低減させる必要がある。そこで、P及びSの合計(P+S)の含有量は、質量%で、0.03%以下の範囲内である。
【0046】
なお、上記したように、高強度ボルト用鋼にはCu、Ni、Ti及びVのうちの1種以上をさらに含有させ得る。これらについては鋼の強度の向上に寄与し、Ti及びVについては焼入れ加熱時の結晶粒の粗大化の抑制や炭化物形成による耐遅れ破壊性の向上にも寄与する。そのため、上記した耐焼き割れ性や耐遅れ破壊性に悪影響を与えない範囲で添加してもよい。そのような範囲として、質量%で、Cu:1.0%未満、Ni:1.0%未満、V:0.35%未満、Ti:0.10%未満である。
【0047】
以上、本発明の代表的な実施例を説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではなく、当業者であれば、本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるであろう。