(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024009990
(43)【公開日】2024-01-23
(54)【発明の名称】ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を含有するN‐アセチルガラクトサミン転移酵素発現促進剤
(51)【国際特許分類】
A61K 35/76 20150101AFI20240116BHJP
A61K 9/06 20060101ALI20240116BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20240116BHJP
A61K 35/36 20150101ALI20240116BHJP
A61K 47/02 20060101ALI20240116BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240116BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240116BHJP
C12P 1/00 20060101ALN20240116BHJP
【FI】
A61K35/76
A61K9/06
A61K9/08
A61K35/36
A61K47/02
A61P25/00
A61P43/00 111
A61P43/00 105
C12P1/00 Z
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023178669
(22)【出願日】2023-10-17
(62)【分割の表示】P 2019027686の分割
【原出願日】2019-02-19
(31)【優先権主張番号】P 2018027932
(32)【優先日】2018-02-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(71)【出願人】
【識別番号】000231796
【氏名又は名称】日本臓器製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125427
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 郁郎
(72)【発明者】
【氏名】酒井 大輔
(72)【発明者】
【氏名】中井 知子
(72)【発明者】
【氏名】内木 充
(72)【発明者】
【氏名】芝山 洋二
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本発明の目的は、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を含有するN-アセチルガラクトサミン転移酵素発現促進剤等を提供することにある。
【解決手段】本発明において、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物が椎間板細胞のN-アセチルガラクトサミン転移酵素の発現を促進することが示された。従って、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤は、椎間板細胞のN-アセチルガラクトサミン転移酵素発現促進剤等として有用なものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
本明細書中に記載された発明。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物(以下「本抽出物」と表記することがある。)の新規な医薬用途等に関するものである。より具体的には、本抽出物を含有するN-アセチルガラクトサミン転移酵素(GalNAcT)発現促進剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
椎間板は髄核、線維輪、軟骨終板という3つの生化学的にも物理学的にも異なる特性を持つ組織から構成され、髄核内の豊富なプロテオグリカンが多くの水を保持することで、椎間板の約80%が水分という特徴を持つ。椎間板変性は腰痛の主因の一つであると共に椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症などの発症へとつながる。加齢に伴う椎間板変性は個人差が大きいが、髄核部での構成細胞の変化とそれによる基質変化、その後に起こる線維輪構造の破綻が椎間板変性に強く関係していると考えられている。ヒトの60代以降では椎間板中のプロテオグリカン含量は10代の65%から半分以下の30%程度まで低下し、その結果、椎間板に含まれる水分が減少する。これに伴い、外的要因による構造破綻を起こしやすくなる。
【0003】
プロテオグリカンは、コアタンパク質のセリン残基に糖質が結合した四糖結合領域に、コンドロイチン硫酸などの二糖単位で連続する多糖体(グリコサミノグリカン、GAG)が複数本結合した化合物である。生体成分として多様な機能性を持つプロテオグリカンは、主要な各種臓器、脳、皮膚、体全体の組織中の細胞外基質や細胞表面に存在するほか、軟骨の主成分としても存在している。
【0004】
GAGは二糖の基本骨格の違いにより、(1)ヘパリン、ヘパラン硫酸、(2)コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、(3)ケラタン硫酸、(4)ヒアルロン酸の4つのタイプに分類される。これらの基本骨格は硫酸化を主としたさまざまな修飾を受ける。多くの場合、GAGはコア蛋白質に結合した形、すなわちプロテオグリカンとして存在している。GAGの生合成には様々な糖転移酵素や硫酸基転移酵素が関与することが知られている。
【0005】
コンドロイチン硫酸はGAGの一種であり、軟骨の細胞外基質の主要構成成分であるアグリカンの側鎖として豊富に存在する。椎間板変性疾患や変形性関節症(OA)患者の軟骨ではコンドロイチン硫酸が減少することが知られている。
【0006】
コンドロイチン硫酸 は、N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)とグルクロン酸(GlcUA)の二糖が交互に繰り返し重合した直鎖状の硫酸化糖鎖である。このコンドロイチン硫酸の糖鎖骨格の生合成には、2種類のN-アセチルガラクトサミン転移酵素が関与する。1つは上記結合領域の末端のGlcUA残基にGalNAcを転移するN-アセチルガラクトサミン転移酵素1(GalNAcT1)で、もう一つは二糖繰返し構造のGlcUA末端にGalNAcを転移するN-アセチルガラクトサミン転移酵素2(GalNAcT2)である。コンドロイチン硫酸の生合成は、上記結合領域の末端のGlcUA残基にGalNAcがGalNAcT1により転移されることから始まる。その後グルクロン酸転移酵素によりGlcUAが、次にGalNAcT2によりGalNAcが交互に転移され、二糖の繰り返し領域が合成されて糖鎖が伸長する。そして最後に、硫酸基転移酵素によって構成糖が硫酸化されてコンドロイチン硫酸となる。このように、コンドロイチン硫酸の生合成においては、糖鎖の合成開始にGalNAcT1が関与し、糖鎖の伸長にGalNAcT2が関与していることが明らかになっている。つまり、GalNAcT1はコンドロイチン硫酸の糖鎖の伸長ではなく糖鎖数の増加に関与している。
【0007】
本発明に係るN-アセチルガラクトサミン転移酵素発現促進剤に含有されるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物(本抽出物)又はこれを含有する製剤については、鎮痛作用、鎮静作用、抗ストレス作用、抗アレルギー作用、免疫促進作用、抗癌作用、肝硬変抑制作用、特発性血小板減少性紫斑病に対する治療効果、帯状疱疹後神経痛、脳浮腫、痴呆、脊髄小脳変性症等への治療効果、レイノー症候群、糖尿病性神経障害、スモン後遺症等への治療効果、カリクレイン産生阻害作用、末梢循環障害改善作用、骨萎縮改善作用、敗血症やエンドトキシンショックの治療に有効な一酸化窒素産生抑制作用、骨粗鬆症に対する治療効果、Nef作用抑制作用やケモカイン産生抑制作用に基づくエイズ治療効果、脳梗塞等の虚血性疾患に対する治療効果、線維筋痛症に対する治療効果、感染症に対する治療効果、抗癌剤による末梢神経障害の予防又は軽減作用、慢性前立腺炎、間質性膀胱炎及び/又は排尿障害の治療効果、BDNF等の神経栄養因子の産生促進作用、肝の保護作用、多能性幹細胞(Muse細胞)遊走促進作用、筋損傷の予防又は治療効果など非常に多岐に及ぶ作用・効果が知られている。これらの他に、本抽出物又はこれを含有する製剤には、軟骨細胞におけるコラーゲン及びプロテオグリカンの合成を促進する作用が知られている(特許文献1参照)。しかしながら、本抽出物又はこれを含有する製剤が、GalNAcTの発現を促進することや、GalNAcT2よりもGalNAcT1の発現をより強く促進すること等はこれまで知られていない。GalNAcT2よりもGalNAcT1の発現をより強く促進するということは、コンドロイチン硫酸の糖鎖の伸長作用よりも糖鎖数の増加作用が強いことを示すものである。そのような作用を有する薬剤はこれまで知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開WO2012/051173号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、本抽出物を含有するGalNAcT発現促進剤等を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、本抽出物の薬理作用について鋭意研究を行った結果、本抽出物が優れたGalNAcT発現促進作用を有することを見出し、本発明を完成した。
【発明の効果】
【0011】
本抽出物がGalNAcTの発現を促進する作用を有することから、本抽出物を含有する製剤は、椎間板変性に伴う疾患やOAの優れた治療又は予防剤になり得る。特に、本抽出物を含有する製剤は、副作用等の問題点の少ない安全性の高い薬剤として長年使用されているものであるため、本発明は極めて有用性の高いものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は本抽出物処理した髄核細胞のCSGALNACT1タンパク質の発現量をウエスタンブロット法により調べた結果を示す電気泳動図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本抽出物は、ワクシニアウイルスを接種して発痘した動物の炎症組織から抽出分離した非蛋白性の活性物質を含有する抽出物である。本抽出物は、抽出された状態では液体であるが、乾燥することにより固体にすることもできる。本製剤は、医薬品として非常に有用なものである。本製剤として出願人が日本において製造し販売している具体的な商品に「ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤」(商品名:ノイロトロピン/NEUROTROPIN〔登録商標〕)(以下「ノイロトロピン」という。)がある。ノイロトロピンには、注射剤と錠剤があり、いずれも医療用医薬品(ethical drug)である。
【0014】
ノイロトロピンの注射剤の適応症は、「腰痛症、頸肩腕症候群、症候性神経痛、皮膚疾患(湿疹、皮膚炎、蕁麻疹)に伴う掻痒、アレルギー性鼻炎、スモン(SMON)後遺症状の冷感・異常知覚・痛み」である。ノイロトロピンの錠剤の適応症は、「帯状疱疹後神経痛、腰痛症、頸肩腕症候群、肩関節周囲炎、変形性関節症」である。本製剤は、出願人が創製し、医薬品として開発したものであり、その有効性と安全性における優れた特長が評価され、長年にわたり販売されて、日本の医薬品市場で確固たる地位を確立しているものである。
【0015】
本発明におけるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物はワクシニアウイルスを接種して発痘した炎症組織を破砕し、抽出溶媒を加えて組織片を除去した後、除蛋白処理を行い、これを吸着剤に吸着させ、次いで有効成分を溶出することによって得ることができる。即ち、例えば、以下のような工程である。
(A)ワクシニアウイルスを接種し発痘させたウサギ、マウス等の皮膚組織等を採取し、発痘組織を破砕し、水、フェノール水、生理食塩液またはフェノール加グリセリン水等の抽出溶媒を加えた後、濾過または遠心分離することによって抽出液(濾液または上清)を得る。
(B)前記抽出液を酸性のpHに調整して加熱し、除蛋白処理する。次いで除蛋白した溶液をアルカリ性に調整して加熱した後に濾過または遠心分離する。
(C)得られた濾液または上清を酸性とし活性炭、カオリン等の吸着剤に吸着させる。
(D)前記吸着剤に水等の抽出溶媒を加え、アルカリ性のpHに調整し、吸着成分を溶出することによってワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を得ることができる。その後、所望に応じて、適宜溶出液を減圧下に蒸発乾固または凍結乾燥することによって乾固物とすることもできる。
【0016】
ワクシニアウイルスを接種し炎症組織を得るための動物としては、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、サル、ラット、マウスなどワクシニアウイルスが感染する種々の動物を用いることができ、炎症組織としてはウサギの炎症皮膚組織が好ましい。ウサギはウサギ目に属するものであればいかなるものでもよい。例としては、アナウサギ、カイウサギ(アナウサギを家畜化したもの)、ノウサギ(ニホンノウサギ)、ナキウサギ、ユキウサギ等がある。これらのうち、カイウサギが使用するには好適である。日本では過去から飼育され家畜又は実験用動物として繁用されている家兎(イエウサギ)と呼ばれるものがあるが、これもカイウサギの別称である。カイウサギには、多数の品種(ブリード)が存在するが、日本白色種やニュージーランド白色種(ニュージーランドホワイト)といった品種が好適に用いられ得る。
【0017】
ワクシニアウイルス(vaccinia virus)は、いかなる株のものであってもよい。例としては、リスター(Lister)株、大連(Dairen)株、池田(Ikeda)株、EM-63株、ニューヨーク市公衆衛生局(New York City Board of Health)株等が挙げられる。
【0018】
上記した本抽出物の基本的な抽出工程(A)~(D)は、より詳しくは、例えば、以下のようなものとして実施できる。
工程(A)について
ウサギの皮膚にワクシニアウイルスを皮内接種して発痘させた炎症皮膚組織を採取する。採取した皮膚組織はフェノール溶液等で洗浄、消毒を行なう。この炎症皮膚組織を破砕し、その1乃至5倍量の抽出溶媒を加える。ここで、破砕とは、ミンチ機等を使用してミンチ状に細かく砕くことを意味する。また、抽出溶媒としては、蒸留水、生理食塩水、弱酸性乃至弱塩基性の緩衝液などを用いることができ、フェノール等の殺菌・防腐剤、グリセリン等の安定化剤、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム等の塩類などを適宜添加してもよい。この時、凍結融解、超音波、細胞膜溶解酵素又は界面活性剤等の処理により細胞組織を破壊して抽出を容易にすることもできる。得られた懸濁液を、5日乃至12日間放置する。その間、適宜攪拌しながら又は攪拌せずに、30乃至45℃に加温してもよい。得られた液を固液分離(濾過又は遠心分離等)によって組織片を除去して粗抽出液(濾液又は上清)を得る。
【0019】
工程(B)について
工程(A)で得られた粗抽出液について除蛋白処理を行う。除蛋白は、通常行われている公知の方法により実施でき、加熱処理、蛋白質変性剤(例えば、酸、塩基、尿素、グアニジン、アセトン等の有機溶媒など)による処理、等電点沈澱、塩析等の方法を適用することができる。次いで、不溶物を除去する通常の方法、例えば、濾紙(セルロース、ニトロセルロース等)、グラスフィルター、セライト、ザイツ濾過板等を用いた濾過、限外濾過、遠心分離などにより析出してきた不溶蛋白質を除去した濾液又は上清を得る。
【0020】
工程(C)について
工程(B)で得られた濾液又は上清を、酸性、好ましくはpH3.5乃至5.5に調整し、吸着剤への吸着操作を行う。使用可能な吸着剤としては、活性炭、カオリン等を挙げることができ、抽出液中に吸着剤を添加し撹拌するか、抽出液を吸着剤充填カラムに通過させて、該吸着剤に有効成分を吸着させることができる。抽出液中に吸着剤を添加した場合には、濾過や遠心分離等によって溶液を除去して、活性成分を吸着させた吸着剤を得ることができる。
【0021】
工程(D)について
工程(C)で得られた吸着剤から活性成分を溶出(脱離)させるには、当該吸着剤に溶出溶媒を加え、塩基性、好ましくはpH9乃至12に調整し、室温又は適宜加熱して或いは撹拌して溶出し、濾過や遠心分離等の通常の方法で吸着剤を除去する。用いられる溶出溶媒としては、塩基性の溶媒、例えば塩基性のpHに調整した水、メタノール、エタノール、イソプロパノール等又はこれらの適当な混合溶液を用いることができ、好ましくはpH9乃至12に調整した水を使用することができる。溶出溶媒の量は適宜設定することができる。このようにして得られた溶出液を、原薬として用いるために、適宜pHを中性付近に調整するなどして、最終的にワクシニアウイルス接種ウサギ炎症皮膚抽出物(本抽出物)を得ることができる。
【0022】
本抽出物は、できた時点では液体であるので、適宜濃縮・希釈することによって所望の濃度のものにすることもできる。本抽出物から製剤を製造する場合には、加熱滅菌処理を施すのが好ましい。注射剤にするためには、例えば塩化ナトリウム等を加えて生理食塩液と等張の溶液に調製することができる。また、液体あるいはゲル等の状態で経口投与することも可能であるが、本抽出物に適切な濃縮乾固等の操作を行うことによって、錠剤等の経口用固形製剤を製造することもできる。本抽出物からこのような経口用固形製剤を製造する具体的な方法は、日本特許第3818657号や同第4883798号の明細書に記載されている。こうして得られる注射剤や経口用製剤等が本製剤の例である。
【0023】
以下に、本抽出物の製造方法の例、及び本抽出物の新規な薬理作用、N-アセチルガラクトサミン転移酵素の発現促進作用に関する薬理試験結果を示すが、本発明はこれらの実施例の記載によって何ら制限されるものではない。
【実施例0024】
実施例1 本抽出物の製造
健康な成熟家兎の皮膚にワクシニアウイルスを皮内接種し、発痘した皮膚を切り取り採取した。採取した皮膚はフェノール溶液で洗浄・消毒を行なった後、余分のフェノール溶液を除去し、破砕して、フェノール溶液を加え混合し、3~7日間放置した後、さらに3~4日間攪拌しながら35~40℃に加温した。その後、固液分離して得た抽出液を塩酸でpH4.5~5.2に調整し、90~100℃で30分間、加熱処理した後、濾過して除蛋白した。さらに、濾液を水酸化ナトリウムでpH9.0~9.5に調整し、90~100℃で15分間、加熱処理した後、固液分離した。
【0025】
得られた除蛋白液を塩酸でpH4.0~4.3に調整し、除蛋白液質量の2%量の活性炭を加えて2時間撹拌した後、固液分離した。採取した活性炭に水を加え、水酸化ナトリウムでpH9.5~10とし、60℃で90~100分間撹拌した後、遠心分離して上清を得た。遠心分離で沈澱した活性炭に再び水を加えた後、水酸化ナトリウムでpH10.5~11とし、60℃で90~100分間撹拌した後、遠心分離して上清を得た。両上清を合せて、塩酸で中和し、本抽出物を得た。
【0026】
実施例2(試験方法と試験結果)
次に、上記実施例1で得られた本抽出物の、椎間板細胞のGalNAcT発現促進作用を示す薬理試験の試験方法及び試験結果を示す。
【0027】
細胞及び試薬
試験例1乃至4においては、東海大学医学部実験倫理委員会の承認を受け、以下の手順で調製されたヒト髄核細胞を用いた。男性3人、女性2人の計5人の椎間板ヘルニア患者(年齢29乃至38歳)から同意の上で髄核組織を術中採取した。髄核組織を小片に切断し、TrypLE Express(Gibco)で1時間処理し、続いて0.25mg/mlのCollagense-P(Roche)で2時間処理した。37℃において単離した細胞をα-MEM培地(Wako Chemical)で2回洗浄し、約5×103 個/cm2の密度で播種した。細胞を10%ウシ胎仔血清(FBS、Sigma-Aldrich)、100U/mlペニシリン(Gibco)及び100mg/mlストレプトマイシン(Gibco)を添加したα-MEM培地中において、2%O2の低酸素条件下及び5%CO2条件下、37℃で培養した。培地を週に2回交換し、細胞がコンフルエントに達する前にトリプシン(Gibco)で処理し、継代培養した。3継代目から得られた細胞を個々の実験に使用した。
【0028】
髄核細胞を25cm2のフラスコに5000個/cm2の密度で播種し、本抽出物添加前に一晩10%FBSを含有するα-MEM培地中で培養した。 その後、細胞を本抽出物、10%FBS及び170μMのアスコルビン酸を添加したα-MEM培地で処理した。2週間培養を維持しながら、培地を1日おきに交換した。コンフルエントに達した髄核細胞を以下の試験に用いた。
【0029】
統計解析
統計解析は、反復測定分散分析を行った。0.05未満のp値が得られたときは、Bonferroniの事後検定を行った。
【0030】
試験例1 GAG発現に与える効果(GAG及びDNA分析)
培養した細胞をダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(DPBS、DS-Pharma)で洗浄し、25mg/mlのパパイン(Sigma-Aldrich)、8mg/mlの酢酸ナトリウム (Wako Chemical)、4mg/mlのエチレンジアミン四酢酸(Sigma-Aldrich)及び1.57mg/ml のL-システイン(Sigma-Aldrich)を含有する緩衝液で、65℃において一晩処理した。硫酸化GAG含量は、分光光度計としてSPECTRA MAX i3(Molecular Devices)を使用して、コンドロイチン-6-硫酸(Biocolor)を標準として、1,9ジメチル - メチレンブルー(Biocolor)を用い、656nmでの吸光度を測定することで算出した。DNA量は480nmでの励起及び520nmでの発光を用いて上記と同じ分光光度計でPicoGreenアッセイ(ThermoFisher Scientific Waltham、MA)によって算出した。DNA量に対するGAGの比率(平均値±標準誤差)を算出した。上記試験の結果の一例を表1に示す。
【0031】
【0032】
GAG/DNA値は対照に対し、0.1mNU/mL投与群で1.7倍、1.0mNU/mL添加群で1.4倍と増加し、本抽出物0.1mNU/mL投与群で有意なGAG産生の増強が認められた(表1)。
【0033】
試験例2 CSGALNACT1、ANG1及びIGF遺伝子の発現に与える効果(定量的リアルタイムPCR法)
本抽出物1.0mNU/mL添加の1週間後、細胞を採取し、溶解緩衝液中でホモジナイズし、SV Total RNA単離システム(Promega)を用いてTotal RNA(tRNA)を調製した。各サンプルについて、2μgのtRNAを、High Capacity RNA-to-cDNAキット(Applied Biosystems)を用いてcDNAに逆転写した。GALNACT1のmRNA量は、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ[GAPDH:製品名、pre-developed TaqMan Assay Reagents (Applied Biosystems)]を内部標準として、比較CT法により算出した。プライマー及びプローブ(Applied Biosystems)は以下のものを使用した。IGF1(TaqMan Assay ID:Hs03986524_m1)、ANGPT1(TaqMan Assay ID:Hs00181613_m1)、CSGALNACT1(TaqMan Assay ID:Hs00218054_m1)。対照でのCSGALNACT1、ANGPT1又はIGF1の発現量を1としたときの各群の比率(平均値±標準誤差)を算出した。上記試験の結果の一例を表2乃至表4に示す。
【0034】
【0035】
CSGALNACT1の発現量は、0.1mNU/mL及び1.0mNU/mLの本抽出物添加により有意に増強されることが認められた(表2)。また、ANGPT1及びIGF1のmRNA発現量は、0.1mNU/mL及び1.0mNU/mLの本抽出物添加により有意に増強されることが認められた(表3及び表4)。
【0036】
試験例3 CSGALNACT1及びCSGALNACT2のmRNA発現に与える効果(マイクロアレイ法)
本抽出物1.0mNU/mL処理及び未処理の患者由来髄核細胞における遺伝子発現を、マイクロアレイを用いて比較した。本抽出物と170μMのアスコルビン酸を添加した。tRNAを試験例2と同様に調製し、Low Input Quick Amp Labeling Kit(Agilent Technology)を用いてCy3標識cRNAを調製した。得られたCy3標識cRNAを SurePrint G3 Human GE 8x60K v2 Microarray(Agilent Technology)とGene Expression Hybridization Kit(Agilent Technology)を用いてハイブリダイゼーションを行った。その後Agilent DNAマイクロアレイスキャナー(Agilent Technology 、G2600D SG13164306)を用いて、AgilentG3_HiSen_GX_1Color(Agilent Technology)プロトコルに従って分析した。
【0037】
各プローブの蛍光強度は数値化変換ソフトAgilent Feature Extraction 11.5.1.1(Agilent Technology)を用いて発現値に変換された。遺伝子発現解析ソフトGene Spring ver.13(Agilent Technology)を用いて、発現量が多い遺伝子を検出した。GAG合成に関与する遺伝子は、Database for Annotation, Visualization and Integrated Discovery (DAVID) 2017 Tool及びKyoto Encyclopedia of Genes and Genomes (KEGG) PATHWAY Databaseを用いて選択した。本抽出物添加をせずに同時間培養した場合(対照)の発現量を1としたときの、添加後の発現量の比率を算出した。同じ遺伝子に対するアレイ上の複数のプローブからの信号を平均し、1つのデータとして使用した。上記試験の結果の一例を表5に示す。
【0038】
【0039】
GAG合成に関与する遺伝子の多くで、1.0mNU/mLの本抽出物添加により発現の増強が認められた(表5)。CSGALNACTでは、CSGALNACT1が1.54倍、CSGALNACT2が1.12倍の発現増強であった(表5)。
【0040】
試験例4 CSGALNACT1のタンパク質発現に与える効果(ウエスタンブロット法)
本抽出物処理及び未処理の髄核細胞中のタンパク質発現を、ウエスタンブロット法を用いて比較した。髄核細胞を6ウェルプレートに5000個/cm2の密度で播種し、翌日より本抽出物(0.1又は1.0mNU/mL)及び50μg/mL アスコルビン酸2リン酸(AsAP)の添加を隔日に行い、1週と2週後の時点で細胞を回収した。細胞は、氷冷したプロテアーゼ阻害剤及びホスファターゼ阻害剤(0.5mMフッ化フェニルメチルスルホニル、Sigma-Aldrich、1/50 Completeプロテアーゼ阻害剤カクテル、Roche Molecular Biochemical、1mM Na3VO4、Sigma-Aldrich、及び1mM NaF、Sigma-Aldrich)を含む細胞溶解バッファ(50mM Tris-HCl(pH 7.5)、Wako Pure Chemical、1%Triton X-100、Wako Pure Chemical及び2mM CaCl2、Sigma-Aldrich)で溶解した。
【0041】
タンパク質濃度は、BCAタンパク質分析キット(Thermo Fisher Science)を使用して測定し、等量のタンパク質(3μg)を分離し、以下の抗体を使って免疫ブロット法で特異的に検出した。抗体は、抗CSGANACT1ウサギポリクローナル抗体(Ab83071、Abcam)、ローディングコントロールとして、抗Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)ウサギポリクローナル抗体(G9545、Sigma-Aldrich)を使用した。抗体の濃度は、CSGALNACT1は1:500、GAPDHは1:2000とした。
【0042】
等量のタンパク質をSDSサンプルバッファで希釈し、5分間煮沸した。その後、SDS-ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動を行った。泳動により分離されたタンパク質バンドは、ゲルからポリビニリデン・ジフルオリド膜(PVDF、BioRad)に転写され、膜は洗浄後トリス緩衝食塩水(50mMトリス(pH7.6)、150mM NaCl、0.1% Tween-20)中で3%ウシ血清アルブミン(BSA、Serologicals)により、室温で1時間ブロッキングした。この膜に、1%のBSA /TBSTに溶解した上記の一次抗体をアプライし、4℃にて一晩インキュベーションを行った。さらにPVDF膜をTBSTで洗った後に、室温で1時間ホースラディッシュペルオキシダーゼを結合させた抗ウサギIgG二次抗体(GE Healthcare)と室温で1時間反応させた。化学蛍光(ECL Plus、GE Healthcare)を用いて発光させバンドを撮影した。GAPDHの発現量を1としたときの各群の比率を算出した。上記試験の結果の一例を
図1及び表6に示す。
【0043】
0.1mNU/mLの本抽出物添加により、CSGANACT1タンパク質の発現増強が認められた(
図1及び表6)。
【0044】
【0045】
以上のことから、本発明の好ましい実施態様としては以下のようなものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0046】
(1)ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を含有するN-アセチルガラクトサミン転移酵素発現促進剤。
(2)N-アセチルガラクトサミン転移酵がN-アセチルガラクトサミン転移酵素1である、(1)に記載の発現促進剤。
(3)N-アセチルガラクトサミン転移酵素がN-アセチルガラクトサミン転移酵素2である、(1)に記載の発現促進剤。
(4)N-アセチルガラクトサミン転移酵素2の発現促進作用よりもN-アセチルガラクトサミン転移酵素1の発現促進作用の方が強いことを特徴とする、(1)乃至(3)のいずれかに記載の発現促進剤。
(5)炎症組織がウサギの炎症皮膚組織である(1)乃至(4)のいずれかに記載の発現促進剤。
(6)注射剤である(1)乃至(5)のいずれかに記載の発現促進剤。
(7)経口剤である(1)乃至(5)のいずれかに記載の発現促進剤。
【0047】
(8)椎間板細胞におけるN-アセチルガラクトサミン転移酵素の発現促進作用を指標とする、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤の判定又は評価方法。
(9)N-アセチルガラクトサミン転移酵素がN-アセチルガラクトサミン転移酵素1である、(8)に記載の判定又は評価方法。
(10)N-アセチルガラクトサミン転移酵素がN-アセチルガラクトサミン転移酵素2である、(8)に記載の判定又は評価方法。
(11)N-アセチルガラクトサミン転移酵素1とN-アセチルガラクトサミン転移酵素2の発現増加率を比較し、N-アセチルガラクトサミン転移酵素1の発現増加率の方が大きいことを確認する、(8)乃至(10)のいずれかに記載の判定又は評価方法。
(12)炎症組織がウサギの炎症皮膚組織である(8)乃至(11)のいずれかに記載の判定又は評価方法。
【0048】
(13)上記(8)乃至(12)のいずれかに記載の判定又は評価を行うことによってワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤の品質規格を担保する方法。
(14)製剤が注射剤又は経口剤である、上記(13)に記載の品質規格を担保する方法。
【0049】
(15)N-アセチルガラクトサミン転移酵素発現促進剤を製造するためのワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。
(16)N-アセチルガラクトサミン転移酵素がN-アセチルガラクトサミン転移酵素1である、(15)に記載の使用。
(17)N-アセチルガラクトサミン転移酵素がN-アセチルガラクトサミン転移酵素2である、(15)に記載の使用。
(18)N-アセチルガラクトサミン転移酵素発現促進剤が、N-アセチルガラクトサミン転移酵素2の発現促進作用よりもN-アセチルガラクトサミン転移酵素1の発現促進作用の方が強いことを特徴とする、(15)乃至(17)のいずれかに記載の使用。
(19)炎症組織がウサギの炎症皮膚組織である(15)乃至(18)のいずれかに記載の使用。
(20)N-アセチルガラクトサミン転移酵素発現促進剤が注射剤である(15)乃至(19)のいずれかに記載の使用。
(21)N-アセチルガラクトサミン転移酵素発現促進剤が経口剤である(15)乃至(19)のいずれかに記載の使用。
以上のとおり、本抽出物はN-アセチルガラクトサミン転移酵素の発現促進作用、特にN-アセチルガラクトサミン転移酵素2よりもN-アセチルガラクトサミン転移酵素1の発現をより強く促進する作用を有する。このことから、本抽出物を含有するN-アセチルガラクトサミン転移酵素発現促進剤は、椎間板変性に伴う疾患やOAの治療又は予防剤として有用である。