(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024099981
(43)【公開日】2024-07-26
(54)【発明の名称】膵臓がんリスクの判定システム、方法、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 21/3581 20140101AFI20240719BHJP
G01N 33/483 20060101ALI20240719BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20240719BHJP
【FI】
G01N21/3581
G01N33/483 C
C12Q1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023003648
(22)【出願日】2023-01-13
(71)【出願人】
【識別番号】515130555
【氏名又は名称】フェムトディプロイメンツ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 七重
(74)【代理人】
【識別番号】100167911
【弁理士】
【氏名又は名称】豊島 匠二
(74)【代理人】
【識別番号】100162422
【弁理士】
【氏名又は名称】志村 将
(72)【発明者】
【氏名】奥野 雅史
(72)【発明者】
【氏名】須崎 由紀子
(72)【発明者】
【氏名】中西 有紀子
(72)【発明者】
【氏名】渡部 明
(72)【発明者】
【氏名】傳田 信行
(72)【発明者】
【氏名】松▲崎▼ 潤太郎
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 義正
【テーマコード(参考)】
2G045
2G059
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045CB30
2G045FA13
2G045FA29
2G045GC10
2G059AA05
2G059BB04
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2G059BB14
2G059CC16
2G059EE01
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2G059HH05
2G059JJ01
2G059MM01
2G059MM02
4B063QA01
4B063QA20
4B063QQ03
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QS39
(57)【要約】
【課題】所定の周波数における特徴値に着目して、試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判定することができる、膵臓がんリスクの判定システム等を提供することを目的とする。
【解決手段】テラヘルツ波信号解析装置と判別装置を備える。テラヘルツ波信号解析装置は、周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルを取得する周波数スペクトル取得部であって、周波数スペクトルを分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに求める、周波数スペクトル取得部を有する。判別装置は、分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに試料について測定し求めた周波数スペクトルから得られる判別対象を、テラヘルツ域の所定の周波数との関係で規定した判別用パラメータと、所定の周波数において比較し、比較の評価結果に基づいて、試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判別する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
テラヘルツ波信号解析装置と判別装置を備え、
前記テラヘルツ波信号解析装置は、
周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルを取得する周波数スペクトル取得部であって、前記周波数スペクトルを分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに求める、前記周波数スペクトル取得部を有し、
前記判別装置は、
前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに試料について求めた前記周波数スペクトルから得られる判別対象を、テラヘルツ域の所定の周波数との関係で規定した判別用パラメータと、前記所定の周波数において比較し、比較の評価結果に基づいて、前記試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判別することを特徴とする膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項2】
前記テラヘルツ波信号解析装置は、更に、前記周波数スペクトル取得部によって取得した複数の前記周波数スペクトルに対し、複数のフィッティング用関数の合成波形を所定の周波数範囲においてフィッティングさせるフィッティング処理部を有し、
前記フィッティング処理部は、前記複数のフィッティング用関数として、中心周波数、振幅および幅の少なくとも1つが異なる複数の正規分布関数を用いて前記フィッティングを行う、請求項1に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項3】
前記所定の周波数が、
前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに前記遺伝子変異を有しない細胞由来分泌液を含む検体について求めた複数の周波数スペクトルと、前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに前記遺伝子変異を有する細胞由来分泌液を含む検体について求めた複数の周波数スペクトルに対し、前記中心周波数、振幅及び幅をパラメータとした1つの正規分布関数の波形、又は、前記中心周波数、振幅及び幅をパラメータとした少なくとも中心周波数が異なる複数の正規分布関数の合成波形で前記フィッティング処理部による第1のフィッティングを行う際に用いた、前記1つの正規分布関数の中心周波数、又は、前記複数の正規分布関数の中心周波数の中から特定された合計n個の中心周波数である、請求項2に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項4】
前記1つ又は合計n個の中心周波数が、前記複数の周波数スペクトルに対して前記第1のフィッティングを行う際に用いた正規分布関数の各中心周波数をグループ化し、各グループ内から1または複数の代表の中心周波数をそれぞれ特定することにより特定される、請求項3に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項5】
前記1つ又は合計n個の中心周波数が、前記複数の周波数スペクトルに対して前記第1のフィッティングを行う際に用いた合成波形を構成する個々の波形の個別面積を、前記合成波形毎にグループ化し、分散分析のF値が最も大きくなる個別面積を有するグループを特定することにより特定される、請求項3に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項6】
前記個別面積が、前記合成波形を構成する個々の波形の前記振幅および幅と、前記所定の周波数範囲を利用して算出される、請求項5に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項7】
前記フィッティング処理部は、前記第1のフィッティングを利用して特定された前記1つ又は合計n個の中心周波数を固定して振幅および幅をパラメータとし、前記1つ又は合計n個の正規分布関数の合成波形で前記複数の周波数スペクトルのそれぞれに対して前記所定の周波数範囲において第2のフィッティングを行うように構成されている、請求項5に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項8】
前記判別用パラメータ及び前記判別対象が、
前記第2のフィッティングを行う際に用いた前記合成波形を構成する個々の波形の前記振幅および幅と、前記所定の周波数範囲とを利用して算出される面積である、請求項7に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項9】
前記判別用パラメータの面積が、
前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに前記遺伝子変異を有しない細胞由来分泌液を含む検体について求めた複数の周波数スペクトルについての面積を平均することによって得られた第1の面積と、
前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに前記遺伝子変異を有する細胞由来分泌液を含む検体について求めた複数の周波数スペクトルについての面積を平均することによって得られた第2の面積を含む、請求項8に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項10】
前記判別用パラメータが、
前記第1の面積と、前記第1の面積を得るために使用した前記複数の周波数スペクトルについての第1の標準誤差あるいは標準偏差、
及び、
前記第2の面積と、前記第2の面積を得るために使用した前記複数の周波数スペクトルについての第2の標準誤差あるいは標準偏差を含む、請求項9に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項11】
前記試料が細胞由来分泌液を含む液体である、請求項1に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項12】
前記特性値が吸光度又は透過率である、請求項1に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
【請求項13】
前記遺伝子変異が、膵臓細胞又は膵前駆細胞のKRAS遺伝子における変異、及び/又は、膵臓細胞又は膵前駆細胞のp53遺伝子における変異である、請求項1に記載の膵臓がんの判定システム。
【請求項14】
テラヘルツ波信号解析装置と判別装置を用いた膵臓がんリスクの判定方法であって、
前記テラヘルツ波信号解析装置は、周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルを取得する周波数スペクトル取得部を有し、該周波数スペクトル取得部が、試料についての前記周波数スペクトルを分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに求めるステップと、
前記判別装置が、
前記試料について求めた前記周波数スペクトルから得られる判別対象を、テラヘルツ域の所定の周波数との関係で規定した判別用パラメータと、前記所定の周波数において比較し、比較の評価結果に基づいて、前記試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判別するステップと、を有することを特徴とする膵臓がんリスクの判定方法。
【請求項15】
周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルを取得する周波数スペクトル取得部を有するテラヘルツ波信号解析手段であって、前記周波数スペクトル取得部が、前記周波数スペクトルを分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに求める、前記テラヘルツ波信号解析手段、
及び
前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに試料について求めた前記周波数スペクトルから得られる判別対象を、テラヘルツ域の所定の周波数との関係で規定した判別用パラメータと、前記所定の周波数において比較し、比較の評価結果に基づいて、前記試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判別する、判別手段
としてコンピュータを機能させるための膵臓がんリスクの判定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵臓がんリスクの判定システム、方法、及びプログラム、特に、テラヘルツ波を利用した判定システム等に関する。
【背景技術】
【0002】
がんの早期発見・早期治療は、人類ががんを克服するための重点課題である。現在最も感度が高いがんの早期診断法は、PET-CTや内視鏡検査などの画像検査が中心であるが、放射線被曝や検査の際の苦痛などの侵襲を伴う。このため、低侵襲ながんの診断法として、血液など体液を多角的に分析し、従来の腫瘍マーカー(CEAなど)での血清学的診断では不可能であった早期がんの検出が待望されている。非特許文献1に開示されているように、その候補のひとつとして血中cfDNA検査が注目されているが、その検出感度はstage I: 16.8%, stage II: 40.4%, stage III: 77.0%, stage IV: 90.1%であり、stage Iの段階での早期診断はいまだに困難であることが示されている。また、その他の診断法として、テラヘルツ波の利用が提案されている。例えば、特許文献1には、テラヘルツ波含む分光方法を使用して生物学的試験片、言い換えれば、固体試料のスペクトル画像を分析することによりがん細胞を検知する技術が開示されており、非特許文献2には、テラヘルツ波を用いて解析した固体試料の画像から乳がん組織を識別する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6019017号
【特許文献2】特許第6865972号
【特許文献3】特許第6760663号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Klein et al. Clinical validation of a targeted methylation-based multi-cancer early detection test using an independent validation set. Ann Oncol. 2021 Sep;32(9):1167-1177
【非特許文献2】Kosuke Okada et al. Terahertz near-field microscopy of ductal carcinoma in situ (DCIS) of the breast. J. Phys. Photonics 2, 044008 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年開発に至った特許文献2に開示されたテラヘルツ波信号解析装置は、従来、困難であったテラヘルツ波帯域での液体の分子間オーダーの相互作用を簡便に数値化・グラフ化することを可能にするものである。当該装置の利用可能性を探るべく、関係各所と協働して鋭意研究を重ねた結果、膵臓がんを生じさせる遺伝子変異を有する細胞由来分泌液を含む試料から得られる周波数スペクトルと、当該遺伝子変異を有しない細胞由来分泌液を含む試料の周波数スペクトルとの間には、テラヘルツ波帯域の「所定の周波数」に着目することにより得られる特徴値(例えば、後述する「面積」)において識別可能な相違が存在するとの新たな知見を得た。
【0006】
本発明は、この新たな知見に基づき、上記「所定の周波数」における特徴値に着目して、試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判定することができる、膵臓がんリスクの判定システム等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明の一態様による膵臓がんリスクの判定システムは、テラヘルツ波信号解析装置と判別装置を備え、前記テラヘルツ波信号解析装置は、周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルを取得する周波数スペクトル取得部であって、前記周波数スペクトルを分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに求める、前記周波数スペクトル取得部を有し、前記判別装置は、前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに各試料について測定し求めた前記周波数スペクトルから得られる判別対象を、テラヘルツ域の所定の周波数との関係で規定した判別用パラメータと、前記所定の周波数において比較し、比較の評価結果に基づいて、前記試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判別することを特徴として有する。
この態様の判定システムによれば、テラヘルツ波帯域の「所定の周波数」に着目し、この「所定の周波数」において、各試料について求めた周波数スペクトルから得られる「判別対象」を、「所定の周波数」との関係で規定した「判別用パラメータ」と比較し評価するだけで、遺伝子変異の影響を判別することができるため、例えば、画像を使用する特許文献1及び非特許文献1に開示された技術に比べて、より迅速かつ容易に判別を行うことができ、また、その判別精度を容易に高めることができる。
本発明は、例えば、下記(1)~(15)に関するものである。
(1)
テラヘルツ波信号解析装置と判別装置を備え、
前記テラヘルツ波信号解析装置は、
周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルを取得する周波数スペクトル取得部であって、前記周波数スペクトルを分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに求める、前記周波数スペクトル取得部を有し、
前記判別装置は、
前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに試料について求めた前記周波数スペクトルから得られる判別対象を、テラヘルツ域の所定の周波数との関係で規定した判別用パラメータと、前記所定の周波数において比較し、比較の評価結果に基づいて、前記試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判別することを特徴とする膵臓がんリスクの判定システム。
(2)
前記テラヘルツ波信号解析装置は、更に、前記周波数スペクトル取得部によって取得した複数の前記周波数スペクトルに対し、複数のフィッティング用関数の合成波形を所定の周波数範囲においてフィッティングさせるフィッティング処理部を有し、
前記フィッティング処理部は、前記複数のフィッティング用関数として、中心周波数、振幅および幅の少なくとも1つが異なる複数の正規分布関数を用いて前記フィッティングを行う、(1)に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
(3)
前記所定の周波数が、
前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに前記遺伝子変異を有しない細胞由来分泌液を含む検体について求めた複数の周波数スペクトルと、前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに前記遺伝子変異を有する細胞由来分泌液を含む検体について求めた複数の周波数スペクトルに対し、前記中心周波数、振幅及び幅をパラメータとした1つの正規分布関数の波形、又は、前記中心周波数、振幅及び幅をパラメータとした少なくとも中心周波数が異なる複数の正規分布関数の合成波形で前記フィッティング処理部による第1のフィッティングを行う際に用いた、前記1つの正規分布関数の中心周波数、又は、前記複数の正規分布関数の中心周波数の中から特定された合計n個の中心周波数である、(2)に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
(4)
前記1つ又は合計n個の中心周波数が、前記複数の周波数スペクトルに対して前記第1のフィッティングを行う際に用いた正規分布関数の各中心周波数をグループ化し、各グループ内から1または複数の代表の中心周波数をそれぞれ特定することにより特定される、(3)に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
(5)
前記1つ又は合計n個の中心周波数が、前記複数の周波数スペクトルに対して前記第1のフィッティングを行う際に用いた合成波形を構成する個々の波形の個別面積を、前記合成波形毎にグループ化し、分散分析のF値が最も大きくなる個別面積を有するグループを特定することにより特定される、(3)に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
(6)
前記個別面積が、前記合成波形を構成する個々の波形の前記振幅および幅と、前記所定の周波数範囲を利用して算出される、(5)に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
(7)
前記フィッティング処理部は、前記第1のフィッティングを利用して特定された前記1つ又は合計n個の中心周波数を固定して振幅および幅をパラメータとし、前記1つ又は合計n個の正規分布関数の合成波形で前記複数の周波数スペクトルのそれぞれに対して前記所定の周波数範囲において第2のフィッティングを行うように構成されている、(5)に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
(8)
前記判別用パラメータ及び前記判別対象が、
前記第2のフィッティングを行う際に用いた前記合成波形を構成する個々の波形の前記振幅および幅と、前記所定の周波数範囲とを利用して算出される面積である、(7)に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
(9)
前記判別用パラメータの面積が、
前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに前記遺伝子変異を有しない細胞由来分泌液を含む検体について求めた複数の周波数スペクトルについての面積を平均することによって得られた第1の面積と、
前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに前記遺伝子変異を有する細胞由来分泌液を含む検体について求めた複数の周波数スペクトルについての面積を平均することによって得られた第2の面積を含む、(8)に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
(10)
前記判別用パラメータが、
前記第1の面積と、前記第1の面積を得るために使用した前記複数の周波数スペクトルについての第1の標準誤差あるいは標準偏差、
及び、
前記第2の面積と、前記第2の面積を得るために使用した前記複数の周波数スペクトルについての第2の標準誤差あるいは標準偏差を含む、請求項9に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
(11)
前記試料が細胞由来分泌液を含む液体である、(1)に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
(12)
前記特性値が吸光度又は透過率である、(1)に記載の膵臓がんリスクの判定システム。
(13)
前記遺伝子変異が、膵臓細胞又は膵前駆細胞のKRAS遺伝子における変異、及び/又は、膵臓細胞又は膵前駆細胞のp53遺伝子における変異である、(1)に記載の膵臓がんの判定システム。
(14)
テラヘルツ波信号解析装置と判別装置を用いた膵臓がんリスクの判定方法であって、
前記テラヘルツ波信号解析装置は、周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルを取得する周波数スペクトル取得部を有し、該周波数スペクトル取得部が、試料についての前記周波数スペクトルを分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに求めるステップと、
前記判別装置が、
前記試料について求めた前記周波数スペクトルから得られる判別対象を、テラヘルツ域の所定の周波数との関係で規定した判別用パラメータと、前記所定の周波数において比較し、比較の評価結果に基づいて、前記試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判別するステップと、を有することを特徴とする膵臓がんリスクの判定方法。
(15)
周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルを取得する周波数スペクトル取得部を有するテラヘルツ波信号解析手段であって、前記周波数スペクトル取得部が、前記周波数スペクトルを分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに求める、前記テラヘルツ波信号解析手段、
及び
前記分光装置によって検出されるテラヘルツ波信号をもとに試料について求めた前記周波数スペクトルから得られる判別対象を、テラヘルツ域の所定の周波数との関係で規定した判別用パラメータと、前記所定の周波数において比較し、比較の評価結果に基づいて、前記試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判別する、判別手段としてコンピュータを機能させるための膵臓がんリスクの判定プログラム。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、テラヘルツ波帯域の「所定の周波数」に着目して、試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判定することができる、膵臓がんリスクの判定システム等を提供することを目的とする。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の好適な実施形態による膵臓がんリスクの判定システムの機能構成例を分光装置とともに示すブロック図である。
【
図2】
図1のシステムのテラヘルツ波信号解析装置における周波数スペクトル取得部により取得した周波数スペクトルの一例を示す図である。
【
図3】
図1のシステムのテラヘルツ波信号解析装置における間引き処理部による処理内容を説明するための図である。
【
図4】
図1のシステムのテラヘルツ波信号解析装置におけるフィッティング処理部の具体的な機能構成例を示す図である。
【
図5】
図2のフィッティング処理部における第1のフィッティング処理部による処理内容を説明するための図である。
【
図6】
図2のフィッティング処理部における中心周波数特定部による処理内容を説明するための図である。
【
図7】
図2のフィッティング処理部における第2のフィッティング処理部による処理内容を説明するための図である。
【
図8】グラフ生成部により生成されるグラフの一例を示す図である。
【
図9】グラフ生成部により生成されるグラフの他の例を示す図である。
【
図10】グラフ生成部により生成されるグラフの他の例を示す図である。
【
図11】
図1のシステムのテラヘルツ波信号解析装置の動作例を示すフローチャートである。
【
図12】
図1に示したフィッティング処理部の変形態様に係る処理部の処理を示したフローチャートである。
【
図13】
図12に示した処理を行った後の、第2のフィッティング処理部による処理内容を説明するための図である。
【
図14】「軸」及び「判別用パラメータ」の設定手順を説明する図である。
【
図15】
図14のステップT1における手順の詳細を示す図である。
【
図16】
図1のシステムのテラヘルツ波信号解析装置におけるグラフ生成部により生成されるグラフの一例であって、実証実験を通じて実際に得られたグラフを示す図である。
【
図17】
図16の一部のグラフとともに分布図を示した図である。
【
図18】
図16に示した3つのグラフを一つにまとめた図である。
【
図19】培養後のペレット内の細胞を撮影した顕微鏡写真であって、培養後の細胞数が比較的少ない時点のものである。(a)は野生型の細胞(WT)であり、(b)はKRAS変異を有する細胞(KRAS)である。各写真の右下に示されるスケールバーは100 μmを表す。
【
図20】培養後のペレット内の細胞を撮影した顕微鏡写真であって、培養後の細胞数が中程度の時点のものである。(a)は野生型の細胞(WT)であり、(b)はKRAS変異を有する細胞(KRAS)である。各写真の右下に示されるスケールバーは100 μmを表す。
【
図21】培養後のペレット内の細胞を撮影した顕微鏡写真であって、培養後の細胞数が比較的多い時点のものである。(a)は野生型の細胞(WT)であり、(b)はKRAS変異を有する細胞(KRAS)である。各写真の右下に示されるスケールバーは100 μmを表す。
【
図22】実証実験において用いた変異導入プラスミドの構造を示す模式図である。
【
図23】評価指標として用いることができるROC曲線等を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための例示的な実施形態を、図面を参照して詳細に説明する。尚、本発明が適用される装置の構成又は設定は様々な条件に応じて変更でき、特別な記載がない限り、本発明の範囲は、以下に具体的に記載された実施形態に限定されるものではない。
【0011】
1.判定システム
図1に、本発明による好適な一つの実施形態による膵臓がんリスクの判定システムの機能構成例をブロック図で示す。本システムは、少なくとも、テラヘルツ波信号解析装置101と判別装置102を含む。これらの装置は、それぞれ別々の装置として構成されてもよいし、一つの装置として構成されてもよい。また、これらの装置は、ハードウェア、DSP(Digital Signal Processor)、ソフトウェアの何れによっても構成されてもよい。ソフトウェアによって構成する場合、例えば、クラウドサーバ、コンピュータのGPU、CPU、RAM、ROMなどを備えて構成され、RAMやROM、ハードディスクまたは半導体メモリ等の記録媒体に記憶されたプログラムが動作することによって実現される。更に詳細には、本システムで用いるプログラムは、1つ又は複数の電子データ処理装置を制御するソフトウェアを含む非一時なコンピュータ可読記憶媒体に記憶された状態で提供されてもよい。コンピュータ可読記憶媒体には、フロッピー(登録商標)ディスク、磁気ハードディスクドライブ、固体状態ハードディスク、フラッシュメモリ、USBサムドライブ、ランダムアクセスメモリ(RAM)、読み出し専用メモリ(ROM)、光ディスク、光磁気ディスク、及びプロセッサのレジスタファイルが挙げられるが、これらに限定されるものではなく、例えば、コンピュータ可読記憶媒体という用語は、ネットワーク又は通信リンクを介してコンピュータによりアクセスすることができる様々なタイプの記録媒体も含む。
【0012】
2.テラヘルツ波信号解析装置
テラヘルツ波信号解析装置101として、例えば、本明細書に一部の記載を組み込んだ特許第6865972号に開示された装置を用いることができる。また、同様の機能を有するその他の装置を用いることもできる。テラヘルツ波信号解析装置101は、分光装置20によって検出される試料のテラヘルツ波信号を解析することができ、取り分け、液体試料の解析に優れており、この結果、低侵襲な解析を行うことができる。その機能構成として、例えば、周波数スペクトル取得部11、間引き処理部12、フィッティング処理部13及びグラフ生成部14を含む。テラヘルツ波信号解析装置101は、周波数スペクトルを求めるために使用される他、判別装置102で使用される「所定の周波数」及び当該「所定の周波数」との関係で規定される「判別用パラメータ」の設定に使用され、更に、各試料の周波数スペクトルから得られる「判別対象」の設定に使用される。
【0013】
(1)周波数スペクトル取得部
周波数スペクトル取得部11は、周波数に対する透過率、吸光度等の特性値を表す周波数スペクトルを取得する。これらの周波数スペクトルは、分光装置20により検出されるテラヘルツ波信号をもとに求めることができる。分光装置20は、光路上に配置した計測対象の試料にテラヘルツ波を透過させ、そのように試料に作用させたテラヘルツ波を検出することができる。分光装置20には、公知の種々のタイプのものを用いることができ、これを、本システムの機能構成の一つとして含めてもよい。この場合、本システムは、少なくともテラヘルツ波信号解析装置101と判別装置102を含み、更に、分光装置20を含むことになる。
【0014】
図2に、周波数スペクトル取得部11により取得した周波数スペクトルの一例を示す。この周波数スペクトルは、性質の異なる試料毎に異なる波形となっているが、波形の中のどこに試料の特徴が表れているのか、あるいは、どのような波形に試料の特徴が表れているのかが分かりにくいものとなっている。テラヘルツ波信号解析装置101は、この周波数スペクトルを解析することにより、試料の特性に応じた特徴を分かりやすく数値化・可視化することができる。
【0015】
(2)間引き処理部
間引き処理部12は、周波数スペクトル取得部11により求められた周波数スペクトルにおける各周波数に対する吸光度データのうち、試料以外の水蒸気によってテラヘルツ波の吸収が大きくなる周波数における極値を間引きする。分光装置20の光路上には、試料以外に水蒸気が存在する。テラヘルツ波は、水蒸気にも吸収されるため、取得した周波数スペクトルの中に水蒸気の特性が含まれている可能性がある。そこで、間引き処理部12は、水蒸気によるテラヘルツ波の吸収が大きくなる周波数における極値を間引きする処理を行う。
【0016】
なお、どの周波数において水蒸気によるテラヘルツ波の吸収が大きくなるかについては、例えば、NICT(国立研究開発法人 情報通信研究機構)から提供されているデータを用いて特定することが可能である。NICTは、テラヘルツ波通信のために、空気(水蒸気を含む)の電波減衰率のデータを公開している。このデータを用いることにより、水蒸気によるテラヘルツ波の吸収が大きくなる周波数を特定することが可能である。
【0017】
図3は、間引き処理部12による処理内容を説明するための図である。この
図3は、
図2の周波数スペクトルの吸光度データと、周波数毎の電波減衰率を吸光度に換算したデータとを重ねて示したものである。間引き処理部12は、
図3に示した周波数スペクトルの各周波数に対する吸光度データのうち、例えば、NICTのデータから換算される吸光度が設定閾値以上となる周波数の極値(□印で示す)を間引きする処理を行う。なお、ここでは電波減衰率を吸光度に換算した上で、その吸光度が設定閾値以上となる周波数の極値を間引きする例を示したが、これに限定されるものではなく、例えば、電波減衰率が設定閾値以上となる周波数の極値を間引きするようにしてもよい。
【0018】
なお、真空環境あるいはそれと同等の水蒸気が非常に少ない環境、あるいは、水蒸気が非常に安定している環境を構築し、その環境内に分光装置20を設置することも可能である。このようにした場合、間引き処理部12は省略することが可能である。
【0019】
(3)フィッティング処理部
フィッティング処理部13は、周波数スペクトル取得部11により求められた周波数スペクトルに対し、中心周波数、振幅及び幅の少なくとも1つが異なる複数の正規分布関数の合成波形をフィッティングさせる。フィッティング処理部13は、間引き処理部12により間引きされた後の複数の吸光度データに対し、複数の正規分布関数の合成波形をフィッティングさせる処理を行う。
【0020】
すなわち、フィッティング処理部13は、複数の正規分布波形の重なりで周波数スペクトルを近似できるという前提のもと、周波数スペクトルの各周波数における吸光度データ(間引き処理部12により間引きされた後の複数の吸光度データ)と、それに対応する各周波数における合成波形の値との残差が最小化するような複数の正規分布関数を、中心周波数、振幅及び幅を変数とする最適化計算により算出する。
【0021】
フィッティングに用いる関数の一例として、正規分布関数(ガウス関数)を用いることができる。また、正規分布関数の幅の一例として、1/e幅を用いることができる。また、合成する正規分布関数の数を任意に設定することができる。この初期値は、ユーザが設定してもよいし、自動で設定してもよい。
【0022】
図4は、フィッティング処理部13の具体的な機能構成例を示す図である。
図4に示すように、フィッティング処理部13は、より具体的な機能構成として、第1のフィッティング処理部13A、中心周波数特定部13B及び第2のフィッティング処理部13Cを備えている。
【0023】
第1のフィッティング処理部13Aは、複数の試料について求められた複数の周波数スペクトルのそれぞれ毎に、中心周波数、振幅及び幅をパラメータとし、少なくとも中心周波数が異なる複数の正規分布関数の合成波形で周波数スペクトルに対するフィッティングを行う。
【0024】
図5は、第1のフィッティング処理部13Aによる処理内容を説明するための図である。なお、この
図5は、1つの試料の周波数スペクトルに関して複数の正規分布関数の合成波形でフィッティングを行った状態の一例を示している。
図5に示すように、第1のフィッティング処理部13Aは、周波数スペクトルの各周波数における吸光度の値(□印で示す)と、中心周波数、振幅及び幅をパラメータとして可変設定した複数の正規分布関数(ガウス1~6)の合成波形上の各周波数における値との残差が最小化するように最適化計算を行う。
【0025】
第1のフィッティング処理部13Aにおいて1つの正規分布関数の波形でフィッティングを行ったとき、中心周波数特定部13Bは、該正規分布関数の中心周波数を特定する。また、第1のフィッティング処理部13Aにおいて複数の正規分布関数の合成波形でフィッティングを行ったとき、中心周波数特定部13Bは、第1のフィッティング処理部13Aによる複数の周波数スペクトルに対する複数回のフィッティングに用いた正規分布関数の各中心周波数をグループ化し、各グループ内から代表の中心周波数を特定する。更に詳細には、中心周波数特定部13Bは、フィッティング処理によって求められた複数の正規分布関数の各中心周波数が固まりとなっている単位でグループ化し、各グループ内から1つまたは複数の代表の中心周波数をそれぞれ特定することにより、合計n個の中心周波数を特定する。特定されたこれら1つ又は合計n個の中心周波数は、判別装置102において「所定の周波数」として使用され得る。
【0026】
図6は、中心周波数特定部13Bによる処理内容を説明するための図である。
図6は、複数の試料から求められた複数の周波数スペクトルをもとに第1のフィッティング処理部13Aにより求められた複数の正規分布関数の各中心周波数における値と、当該複数の周波数スペクトルにおける吸光度の値で上記各中心周波数に対応する周波数における値との残差を示したものである。
【0027】
図6に示すように、この例では、0.2~0.4THzの辺りに複数の中心周波数が固まりとして存在し、0.5~0.7THzの辺りに複数の中心周波数が固まりとして存在し、0.8~1.4THzの辺りに複数の中心周波数が固まりとして存在し、1.5~2.8THzの辺りに複数の中心周波数が固まりとして存在するものとなっている。中心周波数特定部13Bは、このような中心周波数の固まり毎に、幾つかのグループ、例えば、4つのグループGr1~Gr4を設定する。
【0028】
そして、中心周波数特定部13Bは、各グループGr1~Gr4の中から、1つまたは複数の代表の中心周波数を特定する。代表周波数の特定方法は、任意に設定することが可能である。例えば、グループ内で複数の中心周波数が最も多く集中している1つの周波数を代表として特定することが可能である。あるいは、グループ内に属する複数の中心周波数の平均値を算出し、その平均値に最も近い1つの中心周波数を代表として特定するようにしてもよい。また、グループGr3,Gr4のように、グループの周波数範囲が広く、複数の中心周波数が比較的広く分散しているグループに関しては、等間隔で複数の中心周波数を代表として特定するようにしてもよい。
【0029】
なお、中心周波数の固まり毎にグループ化をする際に、残差の値が所定値よりも小さくなっている中心周波数のみを用いるようにしてもよい。
【0030】
第2のフィッティング処理部13Cは、複数の試料について求められた複数の周波数スペクトルのそれぞれ毎に、中心周波数特定部13Bにより特定された1つ又はn個の中心周波数を固定して振幅及び幅をパラメータとし、1つ又はn個の正規分布関数の合成波形で周波数スペクトルに対するフィッティングを再度行う。すなわち、第2のフィッティング処理部13Cは、周波数スペクトルの各周波数における吸光度の値と、それに対応する各周波数における合成波形の値との残差が最小化するような1つ又はn個の正規分布関数(中心周波数は中心周波数特定部13Bにより特定されたもの)を、振幅及び幅を変数とする最適化計算により算出する。
【0031】
図7は、第2のフィッティング処理部13Cによる処理内容の一部を示す波形図である。なお、この
図7は、
図5と同様、1つの試料の周波数スペクトルに関してフィッティングを行った状態の一例を示している。また、この
図7は、
図6に示したグループGr1から0.3THz、グループGr2から0.6THz、グループGr3から等間隔に0.9THz,1.2THz、グループGr4から1.8THzの5つの中心周波数を中心周波数特定部13Bにより特定した場合の例を示している。グループGr4に関しては、周波数範囲がかなり広く、複数の中心周波数が広範囲に分散しているので、ノイズが含まれる可能性が高いとして、代表として1つのみ中心周波数を特定している。
【0032】
図7に示すように、第2のフィッティング処理部13Cは、周波数スペクトルの各周波数における吸光度の値と、振幅及び幅をパラメータとして可変設定したn個の正規分布関数(ガウス1~5)の合成波形上の各周波数における値との残差が最小化するように最適化計算を行う。
【0033】
(4)グラフ生成部
グラフ生成部14は、第2のフィッティング処理部13Cによるフィッティングに用いた1つの正規分布関数の中心周波数、振幅及び幅を用いて、又は、n個の正規分布関数の中心周波数、振幅及び幅の少なくとも1つを用いて、周波数スペクトルとは異なるグラフを生成する。例えば、グラフ生成部14は、n個の正規分布関数ごとに、中心周波数における振幅及び1/e幅から正規分布波形の所定領域(1/e幅となる振幅以上の振幅を有する波形領域)の面積を算出し、中心周波数と面積との関係を示したグラフを生成する。このグラフは、正規分布関数の中心周波数、振幅及び幅の3つ全てを用いて生成したものと言える。
【0034】
より具体的には、グラフ生成部14は、例えば、
図8に示すように、n個の中心周波数をn個の軸とし、面積を各軸の値として示したレーダーグラフを生成することもできる。
図8のレーダーグラフは、中心周波数特定部13Bにより0.3THz,0.6THz,0.9THz,1.2THz,1.8THzの5つの中心周波数を特定した場合に生成されるグラフの例を示している。
【0035】
図8(a)に示すレーダーグラフは、ある1つの試料に関するテラヘルツ波信号から生成したものである。
図8(b)に示すレーダーグラフは、別の試料に関するテラヘルツ波信号から生成したものである。このように、グラフ生成部14により生成されるグラフは、試料の特性の違いを反映したものであり、その特性の違いがグラフの形状の違いとなって明確に現れる。
【0036】
なお、生成するグラフの形態は、レーダーグラフに限定されない。例えば、
図9に示すように、横軸を中心周波数、縦軸を面積として、中心周波数と面積との関係を折れ線グラフとして生成するようにしてもよい。また、折れ線に代えて棒グラフ、散布グラフなどを生成するようにしてもよい。
【0037】
また、ここでは、振幅及び幅から面積を算出し、中心周波数と面積との関係を示したグラフを生成する例について説明しているが、これに限定されない。例えば、縦軸を振幅、横軸を幅、中心周波数を円の大きさで表したバブルグラフを生成するようにしてもよい。
【0038】
その他、
図10に示すようなグラフを生成するようにしてもよい。
図10(a)は、n個の中心周波数をn個の軸とし、正規分布関数の面積を各軸の長さで表すとともに、軸の先端に描いた円形の大きさで正規分布関数の幅(1/e幅など)を表したものである。
図10(b)は、n個の中心周波数をn個の軸とし、中心周波数における振幅を各軸の長さで表すとともに、軸の先端に描いた円形の大きさで正規分布関数の幅(1/e幅など)を表したものである。
【0039】
(5)テラヘルツ波信号解析装置の動作説明
図11は、上に説明したテラヘルツ波信号解析装置101の動作例を示すフローチャートである。まず、周波数スペクトル取得部11は、各試料について分光装置20により検出されるテラヘルツ波信号をもとに、周波数に対する吸光度を表した周波数スペクトルを取得する。更に詳細には、各試料、例えば、計p個の試料のそれぞれに、複数回、例えば、r回計測を行った後にそれらの計測値を平均することによって取得した、計p個の周波数スペクトルを取得する(ステップS1)。
【0040】
次いで、間引き処理部12は、NICTの電波減衰率のデータを利用して、周波数スペクトル取得部11により求められた周波数スペクトルにおける各周波数に対する吸光度データのうち、水蒸気によってテラヘルツ波の吸収が大きくなる周波数における極値を間引きする(ステップS2)。尚、水蒸気が非常に安定している環境等では、間引き処理は省略される。
【0041】
そして、第1のフィッティング処理部13Aは、正規分布関数の中心周波数、振幅及び幅をパラメータとした最適化計算を行うことにより、1つの正規分布関数の波形又は少なくとも中心周波数が異なる複数の正規分布関数の合成波形によって、ステップS1で取得した周波数スペクトルに対するフィッティングを行う(ステップS3)。これにより、当該周波数スペクトルをよく近似する1つの正規分布関数、又は、当該周波数スペクトルを最もよく近似する複数の正規分布関数を求める。
【0042】
ここで、周波数スペクトル取得部11は、解析対象とする複数の試料の全てについて、ステップS1~S3の処理を行ったか否かを判定する(ステップS4)。全ての試料についてステップS1~S3の処理が終わっていない場合、処理はステップS1に戻り、次の試料に関するテラヘルツ波信号を対象として、ステップS1~S3の処理を行う。
【0043】
一方、解析対象とする複数の試料の全てについてステップS1~S3の処理が終わった場合、中心周波数特定部13Bは、ステップS1~S3のループ処理においてフィッティングに用いた1つの正規分布関数の1つの中心周波数を特定し、又は、ステップS1~S3のループ処理において複数回のフィッティングに用いた複数の正規分布関数の各中心周波数をグループ化し、各グループ内から代表の中心周波数を特定する(ステップS5)。これにより、1つの中心周波数又はn個の中心周波数、即ち、判別装置102で使用される「所定の周波数」を特定する。
【0044】
次に、第2のフィッティング処理部13Cは、ループ処理によってステップS1で取得された複数の周波数スペクトルの中の1つについて、中心周波数特定部13Bにより特定された1つの中心周波数又はn個の中心周波数を固定し、振幅及び幅をパラメータとした最適化計算を行うことにより、1つの正規分布関数の波形又はn個の正規分布関数の合成波形で周波数スペクトルに対するフィッティングを再度行う(ステップS6)。これにより、当該周波数スペクトルを最もよく近似する1つ又はn個の正規分布関数を求める。
【0045】
ここで、第2のフィッティング処理部13Cは、ループ処理によってステップS1で取得された複数の周波数スペクトルの全てについて、ステップS6で第2のフィッティング処理を行ったか否かを判定する(ステップS7)。全ての周波数スペクトルについて第2のフィッティング処理が終わっていない場合、処理はステップS6に戻り、次の試料の周波数スペクトルを対象として、第2のフィッティング処理を行う。
【0046】
一方、複数の周波数スペクトルの全てについて第2のフィッティング処理を行った場合、グラフ生成部14は、何れかの試料を指定するユーザ操作を受け付ける(ステップS8)。指定する試料は、1つでもよいし、複数でもよい。グラフ生成部14は、ステップS8で指定された試料に関して、第2のフィッティング処理部13Cによるフィッティングに用いた1つ又はn個の正規分布関数の中心周波数、振幅及び幅の少なくとも1つを用いて、グラフを生成する(ステップS9)。
【0047】
尚、上記実施形態では、フィッティングに用いる関数の一例として正規分布関数(ガウス関数)を用いたが、ローレンツ関数を用いても実現可能である。また、中心対称ではない、非対称な形であるポアソン分布の関数(確率質量関数、累積分布関数)やカイ二乗分布の関数(確率密度関数、累積分布関数)などの確率分布関数を用いてもよいし、波形形状が山型となるその他の関数を用いるようにしてもよい。確率分布関数を用いる場合は、確率分布の性質を表す値(例えば、振幅の中央値または最頻値、当該振幅値が得られる周波数、振幅が所定値以上または所定値以下となる周波数幅など)をパラメータとしてフィッティングを行う。山型の関数を用いる場合は、頂点となる最大振幅、当該最大振幅が得られる周波数、振幅が所定値以上または所定値以下となる周波数幅などをパラメータとしてフィッティングを行う。
【0048】
(6)フィッティング処理部の変形態様
図12を参照して、フィッティング処理部13の変形態様を説明する。この変形態様に係る処理部は、
図4の第1のフィッティング処理部13A及び中心周波数特定部13Bによって行われる処理、言い換えれば、
図11のステップS3乃至S5に代えて、
図12に示した処理を行う。この場合、ステップS4の処理は含まないため、ステップS1の処理へ戻ることはない。尚、特に説明しない事項については、
図1に示したフィッティング処理部13と同様の処理を行うと考えてよい。
【0049】
(6-1)変形態様に係る第1のフィッティング処理部
変形態様に係る第1のフィッティング処理部による処理を説明する。
先ず、軸探索のための初期値の一つとして正規分布関数の数を任意に設定する(ステップU1)。この初期値は、ユーザが設定してもよいし、自動で設定してもよい。ここでは、初期値として、k~m(k、mは整数であって、k>m≧1の関係を有する)が設定されたものと仮定して説明する。また、他の初期値として、解析を行う周波数範囲、言い換えれば、開始周波数と終了周波数とによって規定される所定の周波数範囲(以下、「解析範囲」と呼ぶ)を設定する(ステップU2及びU3)。初期値としての解析範囲は、解析すべき試料の周波数スペクトルの周波数範囲を考慮して適宜に設定されるが、後述するように、この解析範囲は順次に変更され得る。
【0050】
初期値をもとに、解析範囲内で、k個の正規分布関数を設定し、それらの中心周波数を任意に設定する(ステップU4)。次に、ステップS1、S2を通じて取得した各試料の周波数スペクトルに対し、初期設定された正規分布関数の数(即ち、k個)と、任意に設定された中心周波数とを元に、正規分布関数の中心周波数、振幅及び幅をパラメータとしたk個の正規分布関数の合成波形で、解析範囲において第1のフィッティングを行うとともに、後述する「個別面積」を算出する(ステップU5)。第1のフィッティングは、ステップS1、S2を通じて取得した、解析範囲内にある全ての周波数スペクトルに対して、更に詳細には、複数の試料(例えば、計p個の試料)のそれぞれに複数回(例えば、r回)計測を行った後にそれらの計測値を平均することによって取得した計p個の周波数スペクトルに対して行う。また、これに関連して、第1のフィッティングに用いた正規分布関数の数(即ち、k個)、中心周波数、振幅及び幅(パラメータ)を記憶し、更に、試料間の違い(例えば、後述する「実証実験」では、「遺伝子変異の有無の相違」による試料間の違い)による正規分布関数の「指標」の違いを記憶する(ステップU6)。ステップU7において、予め設定した所定回数(上記例では、「k-m+1」回)に達していなければ、初期値を「k-1」に変更し(ステップU8)、ステップU4乃至U6の処理を繰り返す。ステップU7において、予め設定した所定回数に達している場合には、終了周波数が所定値に達しているか否か判断する(ステップU9)。この所定値は、有意な解析を行うことができると考えられる最大値に設定する。終了周波数が所定値に達していない場合には、終了周波数を、所定の値だけ減算した値に変更して(ステップU10)、解析範囲を変更する。一方、終了周波数が所定値に達している場合には、開始周波数が所定値に達しているか否かを判断する(ステップU11)。この所定値は、有意に解析を行うことができると考えられる最小値に設定する。開始周波数が所定値に達していない場合には、開始周波数を、所定の値だけ加算した値に変更して(ステップU12)、解析範囲を変更する。
【0051】
(6-2)変形態様に係る中心周波数特定部
変形態様に係る中心周波数特定部による処理を説明する。
ステップU11において、開始周波数が所定値に達している場合には、試料間の違いが、各正規分布関数の「指標」に最もよく現れる正規分布関数のパラメータ、即ち、中心周波数、振幅及び幅を、最適パラメータとして抽出し(ステップU13)、更に、抽出した最適パラメータを有する正規分布関数の個数(例えば、1つ又はn個(nは、k~mのいずれかの整数))とそれらの中心周波数を特定する(ステップU14)。尚、中心周波数を特定する際、中心周波数間の差が所定の値以下となる場合には、それらの中心周波数は同じものとして扱うことにする。従って、特定される中心周波数の数は、第1のフィッティングを行うために用いた正規分布関数の数より、小さくなる場合もある。
【0052】
(6-3)指標について
上述した「指標」は、グラフ生成部14を使用して、例えば、以下に説明する「個別面積」を処理することによって求めることができる。「個別面積」は、中心周波数を固定して振幅及び幅のみをパラメータとしたk個の正規分布関数のそれぞれについて算出される面積であって、上記r回の計測値を平均することによって取得したp個の周波数スペクトルのそれぞれに第1のフィッティングを行う際に用いた各正規分布関数の中心周波数における振幅、幅、及び解析範囲から算出される。例えば、
図5において、「ガウス3」として示した正規分布関数に対応する正規分布波形についての「個別面積」は、ハッチングした領域の面積が相当する。更に詳細には、この
図5に示す例では、解析範囲は、おおよそ0.3THz~2.5THzの周波数範囲に設定されており、この解析範囲において、第1のフィッティングに用いられた、例えば「ガウス3」の正規分布関数についての「個別面積」には、ハッチングした領域の面積が相当する。「指標」は、こうして算出したp×k個の「個別面積」の値を利用して、それらのバラツキを分散分析することによって得られる。更に言えば、k-m+1個のグループ、更に詳細には、k個の正規分布関数の合成波形のグループ、k-1個の正規分布関数の合成波形のグループ、・・・m個の正規分布関数の合成波形のグループの中で、分散分析のF値が最も大きくなる、言い換えれば、性質の異なる試料間の差が最も大きくなる「個別面積」を有するグループの正規分布関数のパラメータを、最適パラメータとして抽出し、この最適パラメータを有するグループの正規分布関数の個数とそれらの中心周波数を特定する。但し、この特定は、上に説明した分散分析に限定されず、クラスタリングや平均化などの各種の統計的処理により行うこともできる。
【0053】
尚、ステップU5からステップU7に移行するタイミングとして、ステップU5に示した所定回数の代わりに、ステップU4において記憶されるパラメータとして、同じものが繰り返されるようになったときとしても良い。また、軸探索のための正規分布の数である初期値は、1に設定されてもよく、この場合は、ステップU8において、1つの中心周波数が特定される。
【0054】
図13は、第2のフィッティング処理部13Cとの関係で示した
図7に相当する図、更に言えば、
図12に示した処理を行った後の、第2のフィッティング処理部13Cによる一例としての処理内容(
図11のステップS6)を示す波形図であり、1つの試料の周波数スペクトルに関して第1のフィッティングを行ったときに、中心周波数が、0.00THz、1.23THz、1.47THz、1.85THzの4個の正規分布関数が特定された状態を示している。第2のフィッティング処理部13Cとの関係においても、「個別面積」と同様に、例えばグラフ生成部14を使用して「面積」を算出する。この「面積」も、各正規分布関数の中心周波数における振幅、幅、及び解析範囲から算出することができる。例えば、
図13において、正規分布関数(ガウス3)に対応する正規分布波形についての「面積」は、ハッチングした領域の面積に相当する。この
図13に示す例では、解析範囲は、おおよそ0.21THz~1.80THzの周波数範囲に設定される。
【0055】
尚、上記実施形態では、テラヘルツ波信号の特性値として「吸光度」を使用して説明したが、「吸光度」に代えて、例えば、「吸光度」と密接な関係を持つ「透過率」等の他の特性値を用いてもよい。
【0056】
3.判別装置
判別装置102は、テラヘルツ波信号解析装置101を使用して予め設定した「所定の周波数」(以下、「軸」と呼ぶ)と、該「軸」における「判別用パラメータ」、例えば、第2のフィッティング処理部13Cを利用して算出される「面積」を判別基準として、試料が膵臓がんを生じさせる遺伝子変異の影響を受けているか否かを判別する。ユーザは、この判別結果を補助的に用いることにより、膵臓がんリスクの判定をより的確に行うことができる。
試料としては、細胞由来分泌液を含む液体が好ましく、例えば、細胞培養液上清や、血液、リンパ液、脊髄液、唾液、尿、汗等の生物学的試料の利用が想定される。また、試料は、膵臓細胞又は膵前駆細胞由来の分泌液を含み得るところ、膵臓細胞又は膵前駆細胞はがん化前のものであり得る。膵臓細胞又は膵前駆細胞ががん化している場合には、膵臓がんリスクを判定することは、結果的に膵臓がんの診断を補助するものとなり得る。
尚、膵臓がんを生じさせる遺伝子変異としては、例えば、膵臓細胞又は膵前駆細胞のKRAS遺伝子(KRASタンパク質をコードする遺伝子)における変異、及び膵臓細胞又は膵前駆細胞のp53遺伝子(p53タンパク質をコードする遺伝子)における変異等が挙げられる。KRAS遺伝子における変異の具体例としては、例えば、KRASタンパク質の12番目のアミノ酸であるグリシン残基にアミノ酸置換を生じる変異があり、より詳細には、G12D、G12V、G12R等で表されるアミノ酸置換を生じる変異が挙げられる。p53遺伝子における変異の具体例としては、例えば、p53タンパク質の175番目のアミノ酸であるアルギニン残基にアミノ酸置換を生じる変異があり、より詳細には、R175H等で表されるアミノ酸置換を生じる変異が挙げられる。
【0057】
(1)「軸」及び「判別用パラメータ」の設定
少なくとも2種類の「試料」を用いて、「軸」及び「判別用パラメータ」を設定する。通常の「試料」と区別するため、「軸」及び「判別用パラメータ」の設定に使用する「試料」を、以下、特に「検体」と呼ぶことにする。これら「検体」と「試料」は、必ずしも同じ対象である必要はないが、医学的見地から同等のものを適切に用いるものとする。どのような「検体」を用いるべきかは、各医療分野におけるエキスパートの知識が参考になるものと考えるが、判別すべき「試料」と同じ種から得られた検体であれば、本発明において使用可能であると考えられる。
2種類の検体には、検体A:正常な遺伝子、より正確には、検体Bが含有する膵臓がんを生じさせる遺伝子変異を有しない細胞由来分泌液を含む検体と、検体B:膵臓がんを生じさせる遺伝子変異を有する細胞由来分泌液を含む検体が含まれる。これらに加え、検体C:測定誤差を解消するために用いる検体を用いてもよい。検体Cを用いることにより、より正確に「軸」及び「判別用パラメータ」を設定することができる。更に、検体A及びBそれぞれについて、判別基準の適格性を確認すること等を目的として、細胞数が比較的少ないもの、中程度のもの、比較的多いものの3種類を用意してもよい。但し、上記2種類以外の検体C、及び、付加的な種類については、必ずしも必要とはされない。例えば、実質的に測定誤差が生じないと判断できる場合には、検体Cは不要である。
検体C及び付加的な種類を含めた場合、検体は、以下の7種類を含み得る。
・検体1:細胞数が比較的少なく、正常な遺伝子を有する細胞由来のもの
・検体2:細胞数が中程度の、正常な遺伝子を有する細胞由来のもの
・検体3:細胞数が比較的多く、正常な遺伝子を有する細胞由来のもの
・検体4:細胞数が比較的少なく、遺伝子変異を有する細胞由来のもの
・検体5:細胞数が中程度の、遺伝子変異を有する細胞由来のもの
・検体6:細胞数が比較的多く、遺伝子変異を有する細胞由来のもの
・検体7:培養培地
ここで、検体1~3は、上記検体Aに、検体4~6は、上記検体Bに、検体7は、上記検体Cに、それぞれ対応する。
【0058】
<「軸」及び「判別用パラメータ」の設定手順>
以下に、検体1~7を用いた、「軸」及び「判別用パラメータ」の設定手順の一例を、主に、
図14、
図15、
図11を参照しつつ説明する。但し、ここでは、
図12に示した変形態様にかかるフィッティング処理部を用いた設定手順のみを説明する。
1) 検体1~7のそれぞれにつき、分光装置20により検出されるテラヘルツ波信号をもとに、周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルを複数回測定する(
図14のステップT1)。
図15に、手順の詳細を示す。先ず、検体をセルに注入し(ステップL1)、セルを分光装置にセットする(ステップL2)。分光装置により、透過率を表した周波数スペクトルを測定し(ステップL3)、セルを取り出し(ステップL4)、使用済のセルは、廃棄する(ステップL5)。この処理を、各検体について複数回繰り返して(ステップL6)、複数の周波数スペクトルを取得する(ステップL7)。
2) 検体7の周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルの複数の測定値を平均して平均値を求め、検体1~6の周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルのそれぞれの測定値を該平均値で除算して、検体1~6それぞれの測定値を規格化する(ステップT2)。尚、規格化した測定値が1つでも負の値となる場合には、全ての測定値に周波数に依存しない同じ定数を加えて全てを正の値とする(ステップT3)。
3) 規格化した周波数スペクトルの測定値を平均して(ステップT4)、検体1~6のそれぞれにつき、規格化及び平均化された周波数スペクトルを1つずつ得る。
4) 規格化及び平均化された周波数スペクトルに対して、
図11のステップS2及び
図12の処理、言い換えれば、第1のフィッティング処理部13Aによる第1のフィッティング及び中心周波数特定部13Bによる中心周波数の特定を行い、1つの正規分布関数又はn個の正規分布関数の中心周波数を特定し(ステップT5、T6。但し、ステップT5は、
図12の処理にのみ適用。)、特定した中心周波数を「所定の周波数」、即ち「軸」として設定する。尚、設定した「軸」は、検体1~6の全てに共通に用いるものとする。
5) 特定した1つ又はn個の中心周波数、即ち「軸」を固定して、振幅及び幅をパラメータとした1つの正規分布関数の波形又はn個の正規分布関数の合成波形で、上記2)を通じて得た規格化された周波数スペクトルのそれぞれに対して、第1のフィッティングを行った解析範囲において、第2のフィッティング処理部13Cによる第2のフィッティングを行う(ステップT7)。
6) 更に、上記2)を通じて得た規格化された周波数スペクトルのそれぞれについて、第2のフィッティングを行う際に用いた振幅、幅、及び解析範囲から「面積」を算出し(ステップT8)、これらの「面積」を各「軸」毎に平均したものを「判別用パラメータ」として設定する。この「判別用パラメータ」には、例えば、各「軸」において、正常な遺伝子を有する細胞由来分泌液を含む検体(検体1~3それぞれ)について求めた面積の平均(第1の面積)と、遺伝子変異を有する細胞由来分泌液を含む検体(検体4~6それぞれ)について求めた面積の平均(第2の面積)を含めてもよい。更に、付加的な情報として、それぞれの「面積」の平均を求めるために使用した複数の周波数スペクトルについて、「第1の標準誤差」と「第2の標準誤差」をそれぞれ求めて、「判別用パラメータ」の一部とするのが好ましい。
【0059】
尚、
図12に示した変形態様にかかるフィッティング処理部ではなく、通常のフィッティング処理部を使用して、言い換えれば、
図11のステップS2~S5処理を使用して、「軸」及び「判別用パラメータ」を設定する際の、テラヘルツ波信号解析装置101におけるその他の設定事項の詳細は、以下のとおりである。
・ 間引き処理部12では、NICTのデータから換算される吸光度が0.1以上となる周波数の極値を間引くものとする。
・ フィッティングには、正規分布関数(ガウス関数)を用い、その幅は、1/e幅とする。
・ 中心周波数特定部13Bによる代表中心周波数の特定は、グループ内で複数の中心周波数が最も多く集中している1つの周波数を代表として特定することにより行う。また、中心周波数特定部13Bにより中心周波数の固まり毎にグループ化をするにあたっては、残差の値が所定値、即ち、1%より小さい中心周波数のみを用いる。
【0060】
(2)判別方法
判別対象は、「判別用パラメータ」の設定手順に準じて取得する。
例えば、
図12に示した変形態様にかかるフィッティング処理部を用いた場合には、上述した「3.(1)の<「軸」及び「判別用パラメータ」の設定手順>」の1)に準じて、判別すべき試料につき、分光装置20により検出されるテラヘルツ波信号をもとに、周波数に対する特性値を表す周波数スペクトルを複数回測定し、同2)に準じて、これらの測定値を検体7の平均値で減算して規格化し、同5)に準じて、規格化された周波数スペクトルのそれぞれに対して、第2のフィッティング処理部13Cによる第2のフィッティングを行い、更に、同6)に準じて、第2のフィッティングを行う際に用いた振幅、幅、及び解析範囲から「面積」を算出し、これらの「面積」を各「軸」毎に平均したものを「判別対象」として設定する。
【0061】
次いで、取得した「判別対象」、即ち「面積」を、「判別用パラメータ」である「面積」と、各「軸」において比較し、比較の評価結果に基づき、試料が遺伝子変異の影響を受けているものであるか否かを判別する。尚、判別対象を取得する際、必ずしも判別すべき試料を複数回測定する必要はない。測定の信頼性を追求する場合には、測定回数を複数に設定するのが望ましいが、例えば、信頼性を多少犠牲にしてでも検査期間や費用を抑えるべき場合、また、測定技術の向上等によって信頼性が向上した場合等には、測定回数を1回とすることができる。この点は、「判別用パラメータ」を設定する際も同様である。
【0062】
図16に、グラフ生成部14によって生成することができるグラフの一例を示す。このグラフには、複数の「軸」と、これらの各「軸」に対応して設定された「判別用パラメータ」である「面積」に関する情報が含まれる。
図16に示したグラフでは、一例として、後述する実証実験で得られた4個の周波数、即ち、0.00THz、1.23THz、1.47THz、及び1.85THzが「軸」として設定されている。
図16の(a)は、検体1、4のグループから、(b)は、検体2、5のグループから、(c)は、検体3、6のグループから、それぞれ得られたグラフを示す。尚、
図16に示したグラフは、比較結果の評価、及び、分析結果の可視化等の便に供するものではあるが、必ずしも生成される必要はない。更に言えば、グラフを生成することなく、コンピュータの内部で所望とする処理を行って、判定結果のみをユーザに提供してもよい。
【0063】
図17は、
図16に示したグラフの解釈の方法を説明するために、便宜上作成した図である。ここでは、検体3、6のグループから得られた、
図16の(c)のグラフを一例として取り上げ、左側に、
図16の(c)のグラフを、右側に、このグラフの、特に、1.47THzの軸における分布図を、それぞれ示している。便宜上、ここでは、
図16の(c)のグラフだけを、また、1.47THzの軸における分布図だけを示しているが、他のグラフ及び軸についても、同様に解釈してよい。
【0064】
図17の左側に示したグラフにおいて、各軸に対応して軸の値の下に記載した[]内の値は、大円30の中心31が示す値と、外径33が示す値を、[中心値、外径値]の順に記載したものである。大円30と同心円状に描かれた付加的な円30Aは、大円30の中心31が示す値と外径33が示す値の中間地点、即ち、大円30の半径を示している。これら中心値と外径値の値は、必ずしも一意に定める必要はなく、各軸においてプロットすべき「面積」が、これら値の範囲内にプロットされ得るよう、理解の容易さ等を考慮して自由に設定することができる。この設定は、ユーザが行ってもよいし、システムが行ってもよい。図示の例は、システムによって、1.47THzの軸については、[0.08、0.094]に、一方、1.23THzの軸については、[1.8、1.9]に、それぞれ設定されている。以上のことから明らかなように、中心31と外径33の間の距離は、各軸において相違し、各軸毎にそれらのスケールは相違する。それぞれの「軸」上にプロットした複数の点、例えば、点32、34等は、相隣り合う軸上の点と直線で結ばれることによって四角形の頂点を成している。「実線」で示した四角形は、正常な遺伝子を有する細胞由来の検体3から得られた結果を、一方、「破線」で示した四角形は、膵臓がんを生じさせる遺伝子変異を有する細胞由来の検体6から得られた結果を、それぞれ示す。
【0065】
図17の右側に示した分布図は、第2のフィッティング処理部13Cを利用して算出された1.47THzの軸における「面積」の確率密度を正規分布で示したものである。一方の分布曲線のピーク32Aは、検体3について求めた面積の平均値及びその平均値における分布(確立密度)を示す。このピーク32Aは、
図18のグラフに「実線」で示した四角形の頂点32に相当し、四角形の頂点32を中心とする小円の半径は、この面積の標準誤差の範囲を示している。他方の分布曲線のピーク33Aは、検体6について求めた面積の平均値及びその平均値における確立密度を示す。このピーク33Aは、
図18のグラフに「破線」で示した四角形の頂点33に相当し、四角形の頂点33を中心とする小円の半径は、この面積の標準誤差の範囲を示している。明らかなように、各小円の半径は、散布図や棒グラフにおけるエラーバーに相当するものということができる。
【0066】
「判別対象」は、「判別用パラメータ」と各軸において比較する。比較を行う際は、「判別対象」である「面積」の値、更に詳細には、判別すべき試料について求めた周波数スペクトルから得られた「面積」の値を、各「軸」において「軸」上にプロットし、プロットした点を、実線及び破線で示した四角形の頂点32、33、及び、小円の半径との関係で評価する。具体的には、例えば、プロットした点が、1.47THzの軸において実線で示した四角形の頂点32を中心とする小円の半径で示した「標準誤差」の範囲内にある場合、試料は、約68%の確率で検体3と同様の物質であると判別し、一方、プロットした点が、破線で示した四角形の頂点を中心とする小円の半径で示した「標準誤差」の範囲内にある場合、試料は、約68%の確率で検体6と同様の物質であると判別する。尚、比較を評価する際は、
図16の(a)乃至(c)のいずれか1つ若しくは2つ、または、これらの全てを総合的に考慮するのが好ましい。
【0067】
グラフにプロットした点が「標準誤差」の範囲内に無い場合、例えば、実線で示した四角形の頂点を中心とする小円の半径で示した「標準誤差」と、破線で示した四角形の頂点を中心とする小円の半径で示した「標準誤差」との間に位置する場合は、
図17の分布図を使ってより精密に評価することもできる。即ち、
図17の分布図において、検体3について求めた平均値32Aと、検体6について求めた平均値33Aとの間、即ち、正規分布関数同士の交点40では、検体3であると評価できる確率と検体6であると評価できる確率が等しいと評価できるから、交点40からどれだけ平均値32Aに寄っているか、又は、平均値33Aに寄っているかを考慮して、検体3であるか検体6であるかを、より精密に判別することができる。また、分布図を用いれば、数値を用いてより正確に評価結果を示すこともできる。更に、上記の評価には、分類モデルを選択するためのツール、例えば、ROC曲線を用いることができる。ROC曲線に基づきAUC(曲面下面積)を計算し、これらを利用して、最適なカットオフ値を設定することができる。このようなツールを利用して、判別精度を高めることができる。尚、分散分析や回帰分析等、ROC曲線以外の各種の統計解析を用いることができることは勿論である。本システムにおける評価は基本的にはソフトウェアを用いて行うが、上の記載から明らかなように、グラフ及び分布図等を利用した、目視による評価も可能である。実際、後述するブラインド試験では、目視による評価を行った。
【0068】
4.実証実験
以下の手順で、本システムの性能を確認した。
(1)分光装置
フェムトディプロイメンツ株式会社製の液体テラヘルツ分光分析装置(MiMoi(登録商標))を用いた。
(2)テラヘルツ波信号解析装置
フェムトディプロイメンツ株式会社製のHydro Crest(登録商標)のソフトウェア(ver 1.2.4.5)を用いて、周波数スペクトルを算出した。
【0069】
(3)「軸」及び「判別用パラメータ」等の設定
<検体の作成>
検体1~6として培養液上清を用いた。検体1~3は、正常な遺伝子を有する(即ち、検体4~6において規定する遺伝子変異を有しない)細胞由来の培養液上清であり、検体4~6は、膵臓がんを生じさせる遺伝子変異を有する細胞由来の培養液上清である。検体7は、培養に用いた溶液そのものである培地である。また、検体1、4は、培養後の細胞数が比較的少ない時点のもの、検体2、5は、培養後の細胞数が中程度の時点のもの、検体3、6は、培養後の細胞数が比較的多い時点のものにそれぞれ対応する。
図19乃至
図21に、培養後のペレット内の細胞を撮影した顕微鏡写真を示す。
図19の(a)及び(b)はそれぞれ、検体1、4に、
図20の(a)及び(b)はそれぞれ、検体2、5に、
図21の(a)及び(b)はそれぞれ、検体3、6に相当する。
【0070】
検体1~6の培養液上清は、以下のとおり得たものである。
マウス(C57BL/6)の膵臓を単離した後、コラゲナーゼで膵臓を消化し、膵外分泌細胞を精製できるよう濾過、遠心等を含む既知の手法によってランゲルハンス島、非実質細胞、及び細胞片を除去した。精製した膵外分泌細胞を、Small hepatocyte medium (SHM)にTGFβ受容体阻害薬(A-83-01 0.5 μM)、GSK3阻害薬(CHIR99021 3 μM)及びROCK阻害薬(Y-27632 10 μM)を添加して得た培地で懸濁し、コラーゲンコート済培養皿に播種した。なお、SHMの組成は、Katsuda et al.Bio Protoc. 2018 Jan 20;8(2)(doi: 10.21769/BioProtoc.2689)に記載のとおりである。
この培養条件下で安定的に培養できる状態となった細胞の1細胞クローンを取得し、マウス膵前駆細胞-野生型(mPP-WT)と呼称した。mPP-WTのKRAS遺伝子にG12D変異を加えるために、mPP-WTにおいて、変異導入プラスミドを、jetPRIMEトランスフェクション試薬を用いて一過性発現させた。変異導入プラスミドは、その構造が
図22で示されるように、pcDNA3.4クローニングベクターを基本骨格として、KRAS遺伝子を標的とするシングルガイドRNA、Cas9遺伝子、蛍光遺伝子(mScarlet)、ブラストサイジン耐性遺伝子、及び相同組み換え用ドナー配列を連結させたものを用いた。
KRAS G12D変異を獲得した細胞は上皮成長因子(EGF)に依存せずに増殖可能となることを利用し、EGFを加えていないSHMにA-83-01、CHIR99021、及びY-27632を前記の濃度で添加した培地を用いて維持培養を行った。この培養条件下で安定的に培養できる状態となった細胞の1細胞クローンを取得し、マウス膵前駆細胞-KRAS変異型(mPP-KRAS)と呼称した。
コラーゲンコート済6 well培養皿に、mPP-WTとmPP-KRASをそれぞれ、1wellあたりの細胞数2.5x10
4(細胞数小)、1x10
5(細胞数中)、4x10
5(細胞数多)となるように播種し、SHMにA-83-01、CHIR99021、及びY-27632を前記の濃度で添加した培地を2 mL用いて培養を行った。3日後に培地を回収し、0.45 μmフィルター(Millex-HVフィルター、0.45μm PVDF 33mm Gamma Sterilized)によって細胞断片等を除去した。その後は4℃で冷蔵管理し、培養液上清(検体1~6)の採取より2日後に、下記の測定を行った。
【0071】
<「軸」及び「判別用パラメータ」の設定手順>
上記(1)、(2)に記載した分光装置及びテラヘルツ波信号解析装置を使用して、以下の手順を実行した。
1) 検体1~7のそれぞれにつき、分光装置により検出されるテラヘルツ波信号を5回ずつ測定し、それぞれに対して、周波数に対する透過率を表した周波数スペクトルを計算した(ステップT1)。
2) 検体7の5回分の測定値の平均値を求め、検体1~6のそれぞれの測定値を該平均値で除算して、検体1~6それぞれの測定値を規格化した(ステップT2)。更に、これら規格化した測定値は全て100%前後の値であったことから、計算のしやすさの便宜上、全ての測定値から0.5の定数を減算した(ステップT3)。
3) 該減算後の測定値は透過率についての値であるが、これを吸光度についての値に変換することで、全てが正の値として規格化された吸光度を表した周波数スペクトルを検体ごとに平均して(ステップT4)、検体1~6のそれぞれにつき、規格化され且つ定数加算され、及び平均化された吸光度を表した計6個の周波数スペクトルを得た(
図11のステップS1)。尚、「定数減算」ではなく「定数加算」と記載したのは、「透過率」に0.5の定数を減算することは、「吸光度」との関係では、0.5の定数を「加算」したことに相当し得るためである。
4) 規格化及び平均化された吸光度を表した周波数スペクトルに対して、
図12の処理を行い、4個の正規分布関数の中心周波数を特定した(ステップT5、T6)。尚、水蒸気が非常に安定している環境にあったため、
図11のステップS2はここでは問題としなかった。
【0072】
図12の処理を以下に具体的に説明する。先ず、軸探索のための初期値の一つとして、正規分布の数を「15~3」に設定した(ステップU1)。また、解析範囲の初期値として、開始周波数を0.05THzに、終了周波数を1.5THzに、それぞれ設定した(ステップU2及びU3)。
【0073】
初期値をもとに、先ず15個の正規分布関数を設定し、それらの中心周波数を、解析範囲の両端、即ち、開始周波数及び終了周波数の値と、この解析範囲を14(=15-1)等分する値に設定した(ステップU4)。次に、上記3)の処理を通じて取得した計6個の各検体の周波数スペクトルに対し、初期設定された正規分布関数の数(即ち、15個)と、それらの中心周波数とを元に、解析範囲において、正規分布関数の数、中心周波数、振幅及び幅をパラメータとした15個の正規分布関数の合成波形で第1のフィッティングを行うとともに、解析範囲における「個別面積」を算出した(ステップU5)。また、これに関連して、第1のフィッティングに用いた正規分布関数の数、即ち、15個、中心周波数、振幅及び幅(パラメータ)を記憶し、更に、試料間の違い、ここでは特に、遺伝子変異の有無の相違による正規分布関数の「指標」の違いを記憶した(ステップU6)。ステップU7において、予め設定した所定回数、即ち、13回に達していないため、初期値を「15-1」=「14」に変更し(ステップU8)、ステップU4乃至U6の処理を繰り返した。その後、続く初期値14~3について、同様にステップU4乃至ステップU6の処理を繰り返した。ステップU7において、予め設定した所定回数である13回に達したときに、終了周波数が所定値、ここでは、1.8THzに達しているか否か判断した(ステップU9)。終了周波数が所定値に達していない場合には、終了周波数を、0.05THzだけ加算した値に変更して(ステップU10)、解析範囲を変更した。一方、終了周波数が所定値に達している場合には、開始周波数が所定値、ここでは、0.45THzに達しているか否かを判断した(ステップU11)。開始周波数が所定値に達していない場合には、開始周波数を、0.05THzだけ加算した値に変更して(ステップU12)、解析範囲を変更した。尚、ステップU10において加算する値、及び、ステップ12において加算する値は、全ての処理を通じて一定とした。
【0074】
ステップU11において、開始周波数が所定値に達したときに、遺伝子変異の有無の相違が、各正規分布関数の「指標」に最もよく現れる正規分布関数のパラメータ(最適パラメータ)を抽出し(ステップU13)、この結果、合計4個の正規分布関数及びそれらの中心周波数を特定した(ステップU14)。尚、正規分布関数の数を設定するにあたり、特定した中心周波数の差が、0.1THz以下の場合には、それらの中心周波数は同じものとして扱った。
【0075】
「指標」は、グラフ生成部14を使用して、「個別面積」を処理することによって求めた。「個別面積」は、中心周波数を固定して振幅及び幅のみをパラメータとした15個の正規分布関数のそれぞれを、上記3)を通じて取得した計6個の各検体の周波数スペクトルのそれぞれに第1のフィッティングを行う際に用いた各正規分布関数の中心周波数における振幅、幅、及び解析範囲から算出した。「指標」は、こうして算出された90個(=15×6個)の「個別面積」の値を利用して、それらのバラツキを分散分析することによって得た。更に詳細には、13個(15-3+1個)のグループの中で、分散分析のF値が最も大きな、言い換えれば、性質の異なる試料間の差が最も大きな「個別面積」に対応する正規分布関数のパラメータを、最適パラメータとして抽出し、最適パラメータを有するグループの正規分布関数の個数とそれらの中心周波数を特定した。これらの処理により特定された中心周波数、即ち、
図16、
図17に示した、0.00THz、1.23THz、1.47THz、及び1.85THzを、「所定の周波数」、即ち「軸」として設定した。
5) 特定した4個の中心周波数を固定して、振幅及び幅をパラメータとした4個の正規分布関数の合成波形で、上記2)を通じて得た規格化された周波数スペクトル、即ち、検体1~6のそれぞれを5回測定することによって求めた計30個(5回×6個)の周波数スペクトルに対して、第1のフィッティングを行った解析範囲において、第2のフィッティング処理部13Cにより第2のフィッティングを行った(ステップT7)。
6) 更に、上記2)を通じて得た規格化された周波数スペクトルのそれぞれについて、第2のフィッティングを行う際に用いた振幅、幅、及び解析範囲から「面積」を算出し(ステップT8)、これらの「面積」を各「軸」において平均したものを「判別用パラメータ」として設定した。
図18に示すように、これらの「判別用パラメータ」には、各「軸」において、正常な遺伝子を有する細胞由来分泌液を含む検体(検体1~3それぞれ)について求めた面積の平均(第1の面積)と、遺伝子変異を有する細胞由来分泌液を含む検体(検体4~6それぞれ)について求めた面積の平均(第2の面積)と、更に、それらの面積の「標準誤差」が含まれる。この
図18は、
図16に示した3つのグラフを一つにまとめたものであり、この図に示した「面積」及び「標準誤差」の具体的な値は以下の通りである。
・「0.00THz」の軸については、「0.530(第1の面積)」と「0.040(第1の標準誤差)」、及び、「0.496(第2の面積)」と「0.057(第2の標準誤差)」を、
・「1.23THz」の軸については、「1.833(第1の面積)」と「0.031(第1の標準誤差)」、及び、「1.855(第2の面積)」と「0.045(第2の標準誤差)」を、
・「1.47THz」の軸については、「0.085(第1の面積)」と「0.005(第1の標準誤差)」、及び、「0.090(第2の面積)」と「0.012(第2の標準誤差)」を、
・「1.85THz」の軸については、「0.214(第1の面積)」と「0.010(第1の標準誤差)」、及び、「0.222(第2の面積)」と「0.013(第2の標準誤差)」を、それぞれ設定した。
【0076】
(4)評価指標
測定した各「軸」における「判別用パラメータ」(周波数スペクトルの面積)から、
図23に示すROC曲線を作成し、判別性能を評価した。
図23の(a)は、検体3、6のグループ、即ち、細胞数が比較的多い検体に基づいて得られたROC曲線、一方、
図23の(b)は、検体1~6の全ての検体に基づいて得られたROC曲線をそれぞれ示す。これらの
図23の(a)及び(b)のそれぞれにおいて、0.00THz、1.23THz、1.47THz、及び1.85THzの各軸についてのROC曲線を示している。これらのROC曲線を利用して、AUCの面積を最大化するよう、各軸の数値に重み付けを求めた。重み付けを行うことにより得られたROC曲線を、
図23の(a)及び(b)それぞれの「fisher4」の欄に示している。
図23の底部に記載した数式は、
図23の(b)の「fisher4」の欄に記載したROC曲線についての重み付けの具体的な数値例である。尚、各ROC曲線において、複数の点で示した領域は、95%の信頼区間を示している。
【0077】
(5)ブラインドテスト(検証実験)
ブラインドテストを行うため、培養培地のサンプル(T1)を準備し、検体1~6と同じ手順で、培養液上清のサンプルを6つ(T2~T7)作成した。T1~T7は、細胞数及び遺伝子変異の有無の点で、検体7、検体1、検体4、検体2、検体5、検体3、検体6に各々対応するところ、この対応関係を知らされていない試験実施者により、
図16の(a)乃至(c)に示したグラフを用いて、以下の手順で、目視により解析を行った。
【0078】
1) 上記(1)、(2)の分光装置及びテラヘルツ波信号解析装置を用いて求めたサンプルT1の周波数スペクトルから得られた判別対象の各「軸」における面積の値を、
図16の(a)乃至(c)に示したそれぞれの各軸上に手描きでプロットする。
2) 各軸にプロットした4つの点が、全ての「軸」において、検体1について得られた「判別用パラメータ」、即ち面積の「標準誤差」の範囲内又はその近傍にあるか(具体的には、
図16の(a)に実線で示した四角形の頂点に描いた小円の範囲内、又は、
図16の(a)に破線で示した四角形の頂点に描いた小円よりも近傍にあるか)、
3) 3つの「軸」において「標準誤差」の範囲内又はその近傍にあるか、
4) 2つの「軸」において「標準誤差」の範囲内又はその近傍にあるか、
5) 1つの「軸」においてのみ「標準誤差」の範囲内又はその近傍にあるか、
を確認する。
6) サンプルT2~7について、上記2)乃至5)の処理を同様に行う。
7) 各サンプルにつき、
図16の(a)乃至(c)のグラフ中の小円の範囲内又はその近傍にあるプロット数をカウントし、各サンプルを、カウント数が最も多い検体に類似するものとして判別する。尚、検体1~6のいずれにも分類できないものは、検体7に判別する。
【0079】
以上の手順で解析した各サンプルにつき、最適な組み合わせで分類を決定し、遺伝子変異の影響を受けているか否かを判定した。
本システムが出した判定結果と、正解との関係を、以下の表1に示す。表中の「正誤」の欄には、「本システムの判定結果」と「正解」との関係が記載されており、正解は「〇」、誤りは「×」として表示している。
【0080】
【0081】
上記表に示す結果から明らかように、細胞数に関しては、サンプルT3乃至T6において若干相違が生じたものの、本来の判定対象である遺伝子変異の有無に関する判定は全て正解していた。尚、細胞数の判定は、遺伝子変異の有無についての判定結果に影響を与えるものではなく、判定基準の適格性、更に言えば、判定を行うにはどの程度の細胞数が必要であるかを確認するために行ったにすぎない。以上の実証実験を通じて、本システムが、的確に判定を行うものであることが確認できた。尚、当然のことながら、より多くの検体を使用すること、より最適な軸を設定すること、軸をより最適な方法で組み合わせること等によって、本システムの判定の精度を高めることができる。このような目的で、例えば、特許文献3に開示された学習モデルを用いることもできる。
【0082】
5.ヒトへの応用
実証実験では、時間等の都合により、マウスの膵管上皮細胞(膵前駆細胞)の培養液上清を使用したが、本明細書に開示した技術が、ヒトへも応用できることは明らかである。なぜなら、膵臓がんは、実質的に、マウスにおいてもヒトにおいても組織学的に相違せず、同等の性質を有することが知られており、膵臓がんに関連する治療や診断において、マウスにおける試験結果によりヒトにおいても有用性を一定程度理解することができるためである。なお、対象としては、マウスやヒトに限らず、ヒト以外の動物、特には哺乳動物が挙げられる。
また、分光装置により検出されるテラヘルツ波信号をもとに求める周波数スペクトルは、細胞外小胞等の細胞分泌物の影響を受けて変化するものと考えられるところ、培養液上清において細胞数を変えた場合、通常は、培養液中の細胞外小胞の粒子数も細胞数に比例して変化するはずであるが、
図16の(a)乃至(c)のグラフで示したように、「軸」及び「判別用パラメータ」は、細胞数に依存しないパターンを保持していたことから、これらは量的変化ではなく質的変化をとらえているものと考えられ、従って、所定の「軸」における「判別用パラメータ」の変化には、細胞が分泌する細胞外小胞等の細胞分泌物の化学的性質の変化が関連していると考えられる。更に、細胞外小胞等の細胞分泌物は細胞から分泌された後に血中にも循環することから、細胞外小胞等の細胞分泌物の質的変化を培養液で捉えられるのであれば、培養液上清のみならず、血液、リンパ液、脊髄液、唾液、尿、汗等の生物学的試料でもそのような変化を捉えられることも容易に理解できる。
【0083】
本発明は、異なる実施形態で構成することもでき、そしてその多数の細部は、本発明の精神及び範囲から逸脱せずに、種々の明らかな観点において変更することができる。例えば、本実施形態では、「軸」及び「判別用パラメータ」の設定に、
図11のステップS2及び
図12の処理を用いたが、
図11のステップS2~S5の処理を用いてもよい。また、本実施形態では、判別用パラメータ及び判別対象として「面積」を使用して比較を行ったが、その他の判別基準、例えば、振幅、1/e幅、あるいは、面積値の標準誤差等を判別用パラメータとして使用することもできる。従って、本発明は、判別用パラメータ及び判別対象を「面積」として使用する態様に限定されるものではない。また、判別用パラメータは、当業者の経験や蓄積された知識等を通じて設定することもでき、判定システムの使用のたびに検体を用いて設定する必要はない。更に、本実施形態では、標準誤差を用いて評価を行っているが、勿論、標準偏差を用いてもよい。評価手順は、標準偏差を用いる場合も、標準誤差を用いた場合も同じである。このように、図面及び説明は、例示に過ぎず、これに限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本システム及び方法における軸等の設定や、その有効性の確認作業等は、各疾病の特別な事情を考慮しつつ、個々に調査、研究が必要である。特に、疾病のリスク判定結果は、患者に多大な影響を与えることから、その作業は容易ではない。よって、本システムは、膵臓がんのリスク判定のみを対象としたものであり、その他の疾病に応用することはできないと理解すべきである。
【符号の説明】
【0085】
1 判定システム
11 周波数スペクトル取得部
12 間引き処理部
13 フィッティング処理部
13A 第1のフィッティング処理部
13B 中心周波数特定部
13C 第2のフィッティング処理部
14 グラフ生成部
101 テラヘルツ波信号解析装置
102 判別装置