(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025100447
(43)【公開日】2025-07-03
(54)【発明の名称】水性インク、インクカートリッジ、及びインクジェット記録方法
(51)【国際特許分類】
C09D 11/322 20140101AFI20250626BHJP
【FI】
C09D11/322
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024221043
(22)【出願日】2024-12-17
(31)【優先権主張番号】P 2023215834
(32)【優先日】2023-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(72)【発明者】
【氏名】柿川 浩志
(72)【発明者】
【氏名】小林 悟
(72)【発明者】
【氏名】関野 克俊
【テーマコード(参考)】
4J039
【Fターム(参考)】
4J039BA04
4J039BC50
4J039BC56
4J039BC57
4J039BC60
4J039BE01
4J039BE22
4J039EA42
4J039GA24
(57)【要約】
【課題】ビーディングが目立たず、かつ、耐擦過性に優れた画像を記録することが可能なインクジェット用の水性インクを提供する。
【解決手段】顔料、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤、リン酸エステル、及びカルシウムイオンを含有するインクジェット用の水性インクである。リン酸エステルが、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸及びポリオキシエチレンアルケニルエーテルリン酸からなる群より選択される少なくとも1種であり、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤が、エチレンオキサイド基を含み、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド基の付加モル数が、リン酸エステルのエチレンオキサイド基の付加モル数以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
顔料、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤、リン酸エステル、及びカルシウムイオンを含有するインクジェット用の水性インクであって、
前記リン酸エステルが、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸及びポリオキシエチレンアルケニルエーテルリン酸からなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤が、エチレンオキサイド基を含み、
前記ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド基の付加モル数が、前記リン酸エステルのエチレンオキサイド基の付加モル数以上であることを特徴とする水性インク。
【請求項2】
前記リン酸エステルの含有量(質量%)が、前記ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の含有量(質量%)に対する質量比率で、0.10倍以上10.0倍以下である請求項1に記載の水性インク。
【請求項3】
前記リン酸エステルの含有量(質量%)が、前記カルシウムイオンの含有量(質量%)に対する質量比率で、25倍以上10,000倍以下である請求項1に記載の水性インク。
【請求項4】
前記ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド基の付加モル数が、前記リン酸エステルのエチレンオキサイド基の付加モル数よりも3以上多い請求項1に記載の水性インク。
【請求項5】
前記ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド基の付加モル数が、7以上15以下である請求項1に記載の水性インク。
【請求項6】
前記リン酸エステルが、下記一般式(1)で表される化合物である請求項1に記載の水性インク。
(前記一般式(1)中、R
Aは炭素数12以上18以下のアルキル基又はアルケニル基を表し、xは3以上10以下の整数を表す)
【請求項7】
前記ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤が、下記一般式(2)で表される化合物である請求項1に記載の水性インク。
(前記一般式(2)中、R
1はアルキレン基を表し、R
2は水素原子又はアルキル基を表し、m及びnはそれぞれ独立に、1以上の整数を表し、aは1以上の整数を表し、bは0以上の整数を表す)
【請求項8】
さらに、1-(2-ヒドロキシエチル)-2-ピロリドンを含有する請求項1に記載の水性インク。
【請求項9】
インクと、前記インクを収容するインク収容部とを備えたインクカートリッジであって、
前記インクが、請求項1乃至8のいずれか1項に記載の水性インクであることを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項10】
インクをインクジェット方式の記録ヘッドから吐出して記録媒体に画像を記録するインクジェット記録方法であって、
前記インクが、請求項1乃至8のいずれか1項に記載の水性インクであることを特徴とするインクジェット記録方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性インク、インクカートリッジ、及びインクジェット記録方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、大判の画像を記録しうるインクジェット記録装置を用いてポスターや広告などの大判記録媒体に画像を記録する機会が増加している。このような画像に対しては、掲示に耐えうる耐光性などの堅牢性が必要とされるため、色材として顔料を含有するインク(顔料インク)が広く使用されている。
【0003】
大判の画像を記録しうるインクジェット記録装置を使用する場合、記録直後の画像はバスケット(記録物を受ける布などで構成された部材)に触れることがある。また、記録直後の画像を複数の人手で移動させることもあるため、記録直後の画像であっても耐擦過性を有することが求められている。
【0004】
また、大判の画像を記録する場合には一度に複数の画像を記録するため、印刷速度の高速化が進んでいる。印刷速度を向上するためには、記録媒体に付与されたインクが速やかに記録媒体の内部に浸透し、記録媒体の表面にインクが溢れないことが重要である。すなわち、記録媒体への浸透性の良好なインクが求められている。
【0005】
上記のような課題を解決すべく、種々の提案がこれまでになされている。例えば、ワックスエマルション及び特定のガラス転移点(Tg)を有するラテックス粒子を含有する、耐擦過性が向上した画像を記録しうるインクが提案されている(特許文献1)。また、前処理液と併用される、リン酸エステル化合物を含有するインクジェット用のインクが提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許出願公開第2015/0225586号明細書
【特許文献2】特開2022-14128号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、特許文献1で提案されたインクで記録した画像の特性について検討を行った。その結果、画像の耐擦過性が良好である一方で、耐ビーディング性のレベルが不十分であることがわかった。画像表面を解析したところ、記録媒体に付与されたインク中のワックスやラテックス粒子の目止め作用により記録媒体へのインクの浸透性が低下したために、画像の耐擦過性が低下したことが判明した。
【0008】
したがって、本発明の目的は、ビーディングが目立たず、かつ、耐擦過性に優れた画像を記録することが可能なインクジェット用の水性インクを提供することにある。また、本発明の別の目的は、この水性インクを用いたインクカートリッジ、及びインクジェット記録方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明によれば、顔料、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤、リン酸エステル、及びカルシウムイオンを含有するインクジェット用の水性インクであって、前記リン酸エステルが、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸及びポリオキシエチレンアルケニルエーテルリン酸からなる群より選択される少なくとも1種であり、前記ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤が、エチレンオキサイド基を含み、前記ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド基の付加モル数が、前記リン酸エステルのエチレンオキサイド基の付加モル数以上であることを特徴とする水性インクが提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ビーディングが目立たず、かつ、耐擦過性に優れた画像を記録することが可能なインクジェット用の水性インクを提供することができる。また、本発明によれば、この水性インクを用いたインクカートリッジ、及びインクジェット記録方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明のインクカートリッジの一実施形態を模式的に示す断面図である。
【
図2】本発明のインクジェット記録方法に用いられるインクジェット記録装置の一例を模式的に示す図であり、(a)はインクジェット記録装置の主要部の斜視図、(b)はヘッドカートリッジの斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、好ましい実施の形態を挙げて、さらに本発明を詳細に説明する。本発明においては、化合物が塩である場合は、水性のインク中では塩はイオンに解離して存在しているが、便宜上、「塩を含有する」と表現する。また、インクジェット用の水性インクのことを、単に「インク」と記載することがある。物性値は、特に断りのない限り、常温(25℃)、常圧(1気圧=101,325Pa)、及び常湿(相対湿度50%)における値である。
【0013】
「ユニット」とは、特に断りのない限り、1の単量体に対応する単位構造を意味する。「(メタ)アクリル酸」、「(メタ)アクリレート」と記載した場合は、それぞれ「アクリル酸、メタクリル酸」、「アクリレート、メタクリレート」を意味する。
【0014】
本発明者らは、耐ビーディング性と耐擦過性が両立した画像を記録すべく、各種のワックスやウレタン樹脂などを添加したインクについて検討した。しかし、ワックスやウレタン樹脂は高分子材料であることから、目止め作用やインクの粘度上昇などにより、耐ビーディング性が低下しやすくなることがわかった。
【0015】
そこで、本発明者らは、表面エネルギーを低下させることによって画像の耐擦過性を向上すべく、シリコーン系界面活性剤を添加したインクについて検討した。その結果、シリコーン系界面活性剤を添加することで画像の耐擦過性は向上した。その一方で、インク滴同士で弾きやすくなり、局所的にインク滴がつながった部分やインク滴が存在しない部分が生じる、つまり濃淡が生じてしまい、ビーディングが生じやすくなることがわかった。
【0016】
さらなる検討の結果、本発明者らは、以下に示す(i)及び(ii)の要件を満たすインクとすることで、耐ビーディング性と耐擦過性を両立した画像を記録可能となることを見出し、本発明に至った。
(i)顔料、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤、リン酸エステル(ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸及びポリオキシエチレンアルケニルエーテルからなる群より選択される少なくとも1種)、及びカルシウムイオンを含有する。
(ii)ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド基の付加モル数が、リン酸エステルのエチレンオキサイド基の付加モル数以上である。
【0017】
上記のような効果が得られるメカニズムについて、本発明者らは以下のように推測している。カルシウムイオンは、インク中で、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸、及びポリオキシエチレンアルケニルエーテルリン酸のポリオキシエチレン鎖を構成するエーテル結合中の酸素原子により安定化されている。また、上記(ii)の要件を満たすことで、相対的に酸素原子の多いポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の周囲にカルシウムイオンを存在させやすくすることができる。以下、「ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸」及び「ポリオキシエチレンアルケニルエーテルリン酸」を、まとめて「ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸」とも記載する。
【0018】
記録媒体にインクが付与されると、水分蒸発とともにポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸中のリン酸基とカルシウムイオンが結合してリン酸カルシウムが形成され、固液分離が促進されて、記録媒体中へのインクの浸透が進行する。また、上述の通り、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の周囲にカルシウムイオンが存在しているため、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤及びポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸を、インク滴の表面近傍に存在させることができる。これにより、シリコーン系界面活性剤を単に添加した際に生じた表面エネルギーの低下を抑制することが可能となり、インク滴同士の弾きが抑制され、インクの浸透性を損なうことなく耐ビーディング性が向上すると考えられる。
【0019】
また、前述のリン酸カルシウムの形成によって促進される固液分離により、インク滴の表面近傍に存在するポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸のアルキル基同士が疎水性相互作用する。その結果、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸の一部が自己組織化し、炭素鎖同士の滑り性が発現するため、シリコーン系界面活性剤を単に添加した際には得られなかった耐擦過性の向上効果が得られると考えられる。
【0020】
インクが、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤を含有しないと、記録される画像の表面エネルギーが低下しにくいため、耐擦過性の向上効果が得られない。また、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド基の付加モル数が、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸のエチレンオキサイド基の付加モル数未満である場合を想定する。この場合、カルシウムイオンがポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸の周囲に存在しやすくなる。そのため、水分蒸発の際にポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸がポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の周囲に存在することができず、シリコーン系界面活性剤に伴う表面エネルギーの低下を抑制できない。その結果、耐ビーディング性の向上効果が得られない。
【0021】
<インク>
本発明のインクは、顔料、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤、リン酸エステル、及びカルシウムイオンを含有するインクジェット用の水性インクである。リン酸エステルは、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸及びポリオキシエチレンアルケニルエーテルリン酸からなる群より選択される少なくとも1種である。ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤はエチレンオキサイド基を含んでおり、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド基の付加モル数が、リン酸エステルのエチレンオキサイド基の付加モル数以上である。本発明のインクは、相互に接触した際に反応や増粘を生ずる液体(例えば、インクと反応する成分を含有する反応液)と併用する必要はない。以下、インクを構成する各成分及びインクの物性などについて説明する。
【0022】
(顔料)
インクは色材として顔料を含有する。インク中の顔料の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上15.0質量%以下であることが好ましく、1.0質量%以上10.0質量%以下であることがさらに好ましい。
【0023】
顔料としては、カーボンブラック及び酸化チタンなどの無機顔料;アゾ、フタロシアニン、キナクリドン、イソインドリノン、イミダゾロン、ジケトピロロピロール、ジオキサジン、及びペリノンなどの有機顔料;を挙げることができる。
【0024】
顔料の平均粒子径(平均一次粒子径)は、10nm以上300nm以下であることが好ましい。顔料の平均粒子径が10nm未満であると、一次粒子同士の相互作用が強くなり、インクの保存安定性が十分に得られない場合がある。一方、顔料の平均粒子径が300nm超であると、画像の彩度や光沢性が十分に得られない場合がある。本明細書における「平均粒子径」とは、体積基準の粒度分布の累積50%粒子径(メジアン径;D50)を意味する。
【0025】
顔料の分散方式としては、分散剤として樹脂を用いた樹脂分散顔料や、顔料の粒子表面に親水性基が結合している自己分散顔料などを挙げることができる。また、顔料の粒子表面に樹脂を含む有機基を化学的に結合させた樹脂結合型顔料や、顔料の粒子の表面を樹脂などで被覆又は内包したマイクロカプセル顔料などを用いることができる。分散方法が異なる顔料を併用することも可能である。樹脂分散顔料を用いる場合、インク中の顔料の含有量(質量%)は、樹脂分散剤の含有量(質量%)に対する質量比率で、0.30倍以上10.0倍以下であることが好ましい。
【0026】
顔料を水性媒体中に分散させるための樹脂分散剤としては、アニオン性基の作用によって顔料を水性媒体中に分散させうる樹脂を用いることが好ましい。樹脂分散剤としては、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、及びオレフィン系樹脂などを挙げることができる。なかでも、親水性ユニット及び疎水性ユニットで構成されるアクリル系樹脂がさらに好ましい。
【0027】
親水性ユニットは、アニオン性基などの親水性基を有するユニットである。親水性ユニットは、例えば、親水性基を有する親水性モノマーを重合することで形成することができる。親水性基を有する親水性モノマーの具体例としては、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸などのカルボン酸基を有する酸性モノマー、これらの酸性モノマーの無水物や塩などのアニオン性モノマーなどを挙げることができる。酸性モノマーの塩を構成するカチオンとしては、リチウム、ナトリウム、カリウム、アンモニウム、有機アンモニウムなどのイオンを挙げることができる。疎水性ユニットは、アニオン性基などの親水性基を有しないユニットである。疎水性ユニットは、例えば、アニオン性基などの親水性基を有しない、疎水性モノマーを重合することで形成することができる。疎水性モノマーの具体例としては、スチレン、α-メチルスチレン、(メタ)アクリル酸ベンジルなどの芳香環を有するモノマー;(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシルなどの(メタ)アクリル酸エステル系モノマーなどを挙げることができる。
【0028】
ウレタン系樹脂は、例えば、ポリイソシアネートとポリオールとを反応させて得ることができる。また、鎖延長剤をさらに反応させたものであってもよい。オレフィン系樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレンなどを挙げることができる。
【0029】
自己分散顔料としては、顔料の粒子表面にアニオン性基が直接又は他の原子団を介して結合したものを挙げることができる。アニオン性基としては、カルボン酸基、スルホン酸基、リン酸基、及びホスホン酸基などを挙げることができる。アニオン性基のカウンターイオンとしては、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、及び有機アンモニウムなどのカチオンを挙げることができる。他の原子団は、顔料の粒子表面とアニオン性基とのスペーサとしての機能を有する基であり、分子量1,000以下であることが好ましい。他の原子団としては、炭素数1乃至6程度のアルキレン基、フェニレン基及びナフチレン基などのアリーレン基、エステル基、イミノ基、アミド基、スルホニル基、及びエーテル基などを挙げることができる。
【0030】
(ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤)
ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤は、シリコーンオイルの側鎖の炭化水素基及び末端の炭化水素基からなる群より選択される少なくとも1種の炭化水素基が、ポリエーテル基で置換された構造を有する。ポリエーテル基としては、例えば、ポリオキシエチレン基、ポリオキシプロピレン基、及びオキシエチレン基(EO)とオキシプロピレン基(PO)がブロック状又はランダムに付加したポリオキシアルキレン基などを挙げることができる。また、シリコーン主鎖にポリエーテル基がグラフトした化合物や、シリコーンとポリエーテル基がブロック状に結合した化合物などを用いることができる。本発明のインクに含有させるポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤は、前述のカルシウムイオンを安定化させるため、その分子中にオキシエチレン基(エチレンオキサイド基:EO)を有する。
【0031】
インク中の、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上1.0質量%以下であることが好ましい。また、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド基の付加モル数は、後述するリン酸エステルのエチレンオキサイド基の付加モル数よりも3以上多いことが好ましい。このように、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド鎖(EO鎖)が十分に長いと、インク中でポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の周囲にカルシウムイオンがより存在しやすくなる。その結果、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸とカルシウムイオンの反応がポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の周囲で生じやすくなり、両者がインク滴の表面でより均一に配向し、画像の耐擦過性をさらに向上させることができる。
【0032】
ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド基の付加モル数は、7以上15以下であることが好ましく、7以上14以下であることがさらに好ましい。エチレンオキサイド基の付加モル数が7未満であると、エーテル結合中の酸素原子数が少ないため、カルシウムイオンを安定化する効果が十分に得られない場合がある。その結果、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸とカルシウムイオンによる固液分離が生じにくくなるとともに、記録媒体中へのインクの浸透性が低下することがあり、耐ビーディング性の向上効果が十分に得られない場合がある。一方、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤のエチレンオキサイド基の付加モル数が15超であると、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の水溶性が過度に高くなることがある。これにより、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤がインク滴の界面に配向しにくくなることがあり、耐擦過性の向上効果が十分に得られない場合がある。
【0033】
ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤としては、下記一般式(2)~(4)で表される化合物を挙げることができる。
【0034】
(前記一般式(2)中、R
1はアルキレン基を表し、R
2は水素原子又はアルキル基を表し、m及びnはそれぞれ独立に、1以上の整数を表し、aは1以上の整数を表し、bは0以上の整数を表す)
【0035】
(前記一般式(3)中、R
3は水素原子又はアルキル基を表し、R
4はアルキレン基を表し、pは1以上の整数を表し、cは1以上の整数を表し、dは0以上の整数を表す)
【0036】
(前記一般式(4)中、R
5は水素原子又はアルキル基を表し、R
6はアルキレン基を表し、q及びrはそれぞれ独立に、1以上の整数を表し、eは1以上の整数を表し、fは0以上の整数を表す)
【0037】
一般式(2)中のR1、一般式(3)中のR4、及び一般式(4)中のR6で表されるアルキレン基は、炭素数が2以上6以下のアルキレン基であることが好ましい。このアルキレン基としては、エチレン基、プロピレン基がより好ましく、プロピレン基がさらに好ましい。一般式(2)中のR2、一般式(3)中のR3、及び一般式(4)中のR5で表されるアルキル基は、炭素数が1以上6以下のアルキル基であることが好ましく、メチル基、エチル基、プロピル基がさらに好ましい。なかでも、メチル基であることが特に好ましい。
【0038】
なかでも、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤は、一般式(2)で表される化合物であることが好ましい。一般式(2)で表される化合物はオキシエチレン基を側鎖に有するため、オキシエチレン基を主鎖に有する化合物に比してオキシエチレン基の自由度が高く、カルシウムイオンを補足しやすい。このため、一般式(2)で表される化合物を用いると、この化合物の周辺でポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸が反応しやすくなる。これにより、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤とポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸がインク滴の表面でより均一に配向し、画像の耐擦過性をさらに向上させることができる。一般式(2)中、m+nは3以上10以下であることが好ましい。また、mは2以上8以下であることが好ましく、nは1又は2であることが好ましく、1であることがさらに好ましい。
【0039】
一般式(2)で表される化合物は、例えば、下記一般式(A)で表される化合物と、下記一般式(B)で表される化合物との付加反応によって得ることができる。一般式(3)で表される化合物は、例えば、下記一般式(C)で表される化合物と、下記一般式(D)で表される化合物との付加反応によって得ることができる。また、一般式(4)で表される化合物は、例えば、下記一般式(E)で表される化合物と、下記一般式(F)で表される化合物との付加反応によって得ることができる。
【0040】
(前記一般式(A)中、m及びnはそれぞれ独立に、一般式(2)中のm及びnと同義である)
【0041】
(前記一般式(B)中、R
11はアルケニル基を表し、R
2、a、及びbは、一般式(2)中のR
2、a、及びbと同義である)
【0042】
(前記一般式(C)中、pは一般式(3)中のpと同義である)
【0043】
(前記一般式(D)中、R
41はアルケニル基を表し、R
3、c、及びdは、一般式(3)中のR
3、c、及びdと同義である)
【0044】
(前記一般式(E)中、qは一般式(4)中のqと同義である)
【0045】
(前記一般式(F)中、R
51及びR
61はアルケニル基を表し、e及びfは、一般式(4)中のe及びfと同義である)
【0046】
一般式(A)で表される化合物は、一般式(A)中のn個のSiに結合したn個の水素原子を有するポリシロキサン化合物である。一般式(C)で表される化合物及び一般式(E)で表される化合物は、いずれも、両末端に水素原子を有するポリシロキサン化合物である。また、一般式(B)で表される化合物、一般式(D)で表される化合物、及び一般式(F)で表される化合物は、いずれも、エチレンオキサイドユニットやプロピレンオキサイドユニットを有するポリオキシアルキレン化合物である。
【0047】
一般式(B)中、R11は、一般式(A)で表される化合物と一般式(B)で表される化合物との付加反応により、一般式(2)中のR1となる基である。一般式(D)中、R41は、一般式(C)で表される化合物と一般式(D)で表される化合物との付加反応により、一般式(3)中のR4となる基である。一般式(F)中のR51及びR61は、一般式(E)で表される化合物と一般式(F)で表される化合物との付加反応により、それぞれ、一般式(4)中のR5及びR6となる基である。一般式(B)中のR11、一般式(D)中のR41、並びに一般式(F)中のR51及びR61で表されるアルケニル基は、炭素原子数が2以上6以下のアルケニル基であることが好ましく、アリル基であることがさらに好ましい。
【0048】
(リン酸エステル)
本発明の水性インクは、リン酸エステルとしてポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸及びポリオキシエチレンアルケニルエーテルリン酸からなる群より選択される少なくとも1種を含有する。ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸は、ポリオキシエチレンアルキルエーテルのリン酸エステルである。また、ポリオキシエチレンアルケニルエーテルリン酸は、ポリオキシエチレンアルケニルエーテルのリン酸エステルである。ポリオキシエチレンアルキルエーテル及びポリオキシエチレンアルケニルエーテルは、例えば、高級アルコールに酸化エチレンを付加重合して得ることができる。インク中の上記リン酸エステルの含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.10質量%以上1.0質量%以下であることが好ましい。
【0049】
インク中の上記リン酸エステルの含有量(質量%)は、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の含有量(質量%)に対する質量比率で、0.10倍以上10.0倍以下であることが好ましい。上記の質量比率が0.10倍未満であると、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤による表面エネルギーの低下を抑制しにくく、局所的にインク滴がつながって濃淡が生じやすく、耐ビーディング性の向上効果が十分に得られない場合がある。一方、上記の質量比率が10.0倍超であると、インク滴の表面近傍にポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸及びポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤が均一に配向しにくくなることがあり、耐擦過性の向上効果が十分に得られない場合がある。上記質量比率は、1.0倍以上7.0倍以下であることがさらに好ましい。
【0050】
インク中の上記リン酸エステルの含有量(質量%)は、カルシウムイオンの含有量(質量%)に対する質量比率で、25倍以上10,000倍以下であることが好ましい。なかでも、50倍以上9,000倍以下であることがさらに好ましいく、300倍以上8,000倍以下であることが特に好ましい。上記の質量比率が25倍未満であると、水分蒸発の際のポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸の凝集力が高くなり、記録媒体中へのインクの浸透性が十分に得られず、耐ビーディング性の向上効果が十分に得られない場合がある。一方、上記の質量比率が10,000倍超であると、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸による固液分離の促進効果が十分に得られず、耐ビーディング性及び耐擦過性の向上効果が十分に得られない場合がある。
【0051】
上記リン酸エステルは、下記一般式(1)で表される化合物であることが好ましい。
【0052】
(前記一般式(1)中、R
Aは炭素数12以上18以下のアルキル基又はアルケニル基を表し、xは3以上10以下の整数を表す)
【0053】
一般式(1)中、RAで表されるアルキル基又はアルケニル基の炭素数が12未満であると、炭素鎖同士が疎水性相互作用しにくくなることがある。その結果、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸の自己組織化が生じにくくなって、耐擦過性の向上効果が十分に得られない場合がある。一方、一般式(1)中、RAで表されるアルキル基又はアルケニル基の炭素数が18超であると、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸の水溶性が低下する。これにより、水分蒸発とともにポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸同士が凝集しやすくなり、記録媒体中へのインクの浸透性が低下して、耐ビーディング性の向上効果が十分に得られない場合がある。なお、RAで表されるアルキル基又はアルケニル基の炭素数が異なる化合物が複数含まれる場合は、それらの化合物中のRAの炭素数の平均値が12以上18以下となればよい。
【0054】
一般式(1)中、xで表されるエチレンオキサイド基の付加モル数が3未満であると、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸の水溶性が低下する。これにより、水分蒸発とともにポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸同士が凝集しやすくなり、記録媒体中へのインクの浸透性が低下して、耐ビーディング性の向上効果が十分に得られない場合がある。一方、一般式(1)中、xで表されるエチレンオキサイド基の付加モル数が10超であると、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸の水溶性が高いため、カルシウムイオンとの反応性が低下することがある。これにより、固液分離の促進効果が十分に得られず、耐ビーディング性の向上効果が十分に得られない場合がある。
【0055】
(カルシウムイオン)
インクは、多価金属イオンであるカルシウムイオンを含有する。カルシウムイオンは、他の金属イオンに比して、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤との反応性が良好である。このため、カルシウムイオンをインクに含有させると、水分蒸発とともにポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤とカルシウムイオンが反応し、固液分離が促進される。インク中のカルシウムイオンの含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.0001質量%以上0.006質量%以下であることが好ましい。
【0056】
カルシウムイオンを生成しうる金属塩をインクに配合することで、インク中にカルシウムイオンを存在させることができる。カルシウムイオンとともに金属塩を形成する対イオンとしては、Cl-、Br-、I-、ClO-、ClO2
-、ClO3
-、ClO4
-、NO2
-、NO3
-、SO4
2-、CO3
2-、PO4
3-、HPO4
2-、及びH2PO4
-などの無機アニオン;HCO3
-、HCOO-、(COO-)2、COOH(COO-)、CH3COO-、C2H4(COO-)2、C6H5CO-、C6H4(COO-)2及びCH3SO4
-などの有機アニオン;を挙げることができる。
【0057】
金属塩は水和物の形態で用いてもよい。カルシウムイオンは、顔料、樹脂、及び水溶性有機溶剤などのインクの構成材料からの混入や、インクが接触する部材からの溶出などによっても、インク中に存在しうる。インク中のカルシウムイオンの含有量は、ICP発光分光分析法などの測定方法によって測定することができる。
【0058】
(水性媒体)
本発明のインクは、水、又は水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を含有する水性インクである。水としては脱イオン水(イオン交換水)を用いることが好ましい。インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、50.0質量%以上95.0質量%以下であることが好ましい。水溶性有機溶剤としては、アルコール類、グリコール類、(ポリ)アルキレングリコール類、含窒素化合物類、及び含硫黄化合物類などのインクジェット用のインクに使用可能なものをいずれも用いることができる。インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、3.0質量%以上50.0質量%以下であることが好ましい。
【0059】
インクは、さらに、含窒素化合物類である1-(2-ヒドロキシエチル)-2-ピロリドンを含有することが好ましい。1-(2-ヒドロキシエチル)-2-ピロリドンは、その分子中にヒドロキシエチル基を有する極性溶媒の1種である。1-(2-ヒドロキシエチル)-2-ピロリドンを含有させることで、記録媒体表面へのインクの濡れ性を向上させることができる。さらに、1-(2-ヒドロキシエチル)-2-ピロリドンの分子中のヒドロキシ基は、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤及びポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸との親和性が高い。このため、1-(2-ヒドロキシエチル)-2-ピロリドンを含有させることで、記録媒体中へのインクの浸透性をさらに向上させ、記録される画像の耐ビーディング性をより向上させることができる。
【0060】
(その他の成分)
インクは、上記した成分以外にも必要に応じて、トリメチロールプロパン、トリメチロールエタンなどの多価アルコール類や、尿素、エチレン尿素などの尿素誘導体などの、25℃で固体の水溶性有機化合物を含有してもよい。さらに、インクには、必要に応じて、上述のポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤及びリン酸エステル以外の界面活性剤、pH調整剤、消泡剤、防錆剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤、並びにキレート剤などの種々の添加剤を含有させてもよい。
【0061】
(インクの物性)
本発明のインクは、インクジェット方式に適用する水性インクである。したがって、信頼性の観点から、その物性値を適切に制御することが好ましい。25℃におけるインクの粘度は、1.0mPa・s以上10.0mPa・s以下であることが好ましく、1.0mPa・s以上5.0mPa・s以下であることがさらに好ましく、1.0mPa・s以上3.0mPa・s以下であることが特に好ましい。また、25℃におけるインクの表面張力は、10mN/m以上60mN/m以下であることが好ましく、20mN/m以上60mN/m以下であることがさらに好ましく、30mN/m以上50mN/m以下であることが特に好ましい。25℃におけるインクのpHは、5.0以上10.0以下であることが好ましく、7.0以上9.5以下であることがさらに好ましい。
【0062】
<インクカートリッジ>
本発明のインクカートリッジは、インクと、このインクを収容するインク収容部とを備える。そして、このインク収容部に収容されているインクが、上記で説明した本発明の水性インクである。
図1は、本発明のインクカートリッジの一実施形態を模式的に示す断面図である。
図1に示すように、インクカートリッジの底面には、記録ヘッドにインクを供給するためのインク供給口12が設けられている。インクカートリッジの内部はインクを収容するためのインク収容部となっている。インク収容部は、インク収容室14と、吸収体収容室16とで構成されており、これらは連通口18を介して連通している。また、吸収体収容室16はインク供給口12に連通している。インク収容室14には液体のインク20が収容されており、吸収体収容室16には、インクを含浸状態で保持する吸収体22及び24が収容されている。インク収容部は、液体のインクを収容するインク収容室を持たず、収容されるインク全量を吸収体により保持する形態であってもよい。また、インク収容部は、吸収体を持たず、インクの全量を液体の状態で収容する形態であってもよい。さらには、インク収容部と記録ヘッドとを有するように構成された形態のインクカートリッジとしてもよい。
【0063】
<インクジェット記録方法>
本発明のインクジェット記録方法は、上記で説明した本発明の水性インクをインクジェット方式の記録ヘッドから吐出して記録媒体に画像を記録する方法である。インクを吐出する方式としては、インクに力学的エネルギーを付与する方式や、インクに熱エネルギーを付与する方式が挙げられる。本発明においては、インクに熱エネルギーを付与してインクを吐出する方式を採用することが特に好ましい。本発明のインクを用いること以外、インクジェット記録方法の工程は公知のものとすればよい。
【0064】
図2は、本発明のインクジェット記録方法に用いられるインクジェット記録装置の一例を模式的に示す図であり、(a)はインクジェット記録装置の主要部の斜視図、(b)はヘッドカートリッジの斜視図である。インクジェット記録装置には、記録媒体32を搬送する搬送手段(不図示)、及びキャリッジシャフト34が設けられている。キャリッジシャフト34にはヘッドカートリッジ36が搭載可能となっている。ヘッドカートリッジ36は記録ヘッド38及び40を具備しており、インクカートリッジ42がセットされるように構成されている。ヘッドカートリッジ36がキャリッジシャフト34に沿って主走査方向に搬送される間に、記録ヘッド38及び40から記録媒体32に向かってインク(不図示)が吐出される。そして、記録媒体32が搬送手段(不図示)により副走査方向に搬送されることによって、記録媒体32に画像が記録される。
【0065】
記録媒体としては、普通紙や、コート層を有する記録媒体(光沢紙やアート紙)などの浸透性を有する紙を用いることが好ましい。なかでも、インク中の顔料の少なくとも一部を表面やその近傍に存在させることが可能な、コート層を有する記録媒体を用いることが好ましい。記録媒体は、画像を記録した記録物の使用目的などに応じて適宜選択することができる。例えば、写真画質の光沢感を有する画像の記録に適した光沢紙や、絵画、写真、及びグラフィック画像などを好みに合わせて表現するために、基材の風合い(画用紙調、キャンバス地調、和紙調など)を生かしたアート紙などを用いることができる。なかでも、コート層の表面が光沢性を示す、いわゆる光沢紙を用いることが好ましい。
【実施例0066】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例によって何ら限定されるものではない。成分量に関して「部」及び「%」と記載しているものは特に断らない限り質量基準である。なお、1ppmは、0.0001%と同義である。
【0067】
<顔料分散液の調製>
表1に示す各成分(単位:部)及び0.3mmのジルコニアビーズ85部をバッチ式縦型サンドミル(アイメックス製)に入れ、水冷しながら3時間分散させた後、遠心分離して粗大粒子を含む非分散物を除去した。次いで、ポアサイズの3.0μmのセルロースアセテートフィルター(アドバンテック製)にて加圧ろ過して、顔料分散液1~8を調製した。分散剤として用いた樹脂1の水溶液は、以下のように調製した。酸価170mgKOH/g、重量平均分子量8,000のスチレン-アクリル酸エチル-アクリル酸共重合体(樹脂1)を用意した。樹脂1 20.0部を、その酸価と等モルの水酸化カリウムで中和するとともに、適量の純水を加え、樹脂(固形分)の含有量が20.0%の樹脂1の水溶液を得た。表1中の各成分の詳細を以下に示す。
・カーボンブラック(商品名「ブラックパールズ880」、キャボット製)
・C.I.ピグメントブルー15:3(商品名「ホスタパームブルーB2G」、ホイバッハ製)
・マゼンタ固溶体顔料(C.I.ピグメントレッド202及びC.I.ピグメントバイオレット19の固溶体、商品名「シンカシアマゼンタD4500J」、サンケミカル製)
・C.I.ピグメントイエロー74(商品名「ファストイエロー011」、大日精化工業製)
・C.I.ピグメントレッド254(商品名「イルガジンレッドL3630」、BASF製)
・C.I.ピグメントオレンジ43(商品名「ノボパームオレンジGRL」、クラリアント製)
・C.I.ピグメントグリーン7(商品名「ファストゲングリーンS」、DIC製)
・C.I.ピグメントブルー23(商品名「ホストパームバイオレットRLSP」、クラリアント製)
【0068】
【0069】
<リン酸エステルの用意>
脂肪族アルコールエトキシレートを原料として使用し、以下に示す方法にしたがってポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸及びポリオキシエチレンアルケニルエーテルリン酸を製造した。
【0070】
撹拌装置、窒素導入管、還流冷却装置、及び温度計を備えたフラスコに、強リン酸(ラサ工業製)及びN,N-ジメチルホルムアミドを入れ、60℃で撹拌した。脂肪族アルコールエトキシレートを滴下した後、80℃に昇温して12時間反応させた。次いで、飽和食塩水を添加し、60℃で12時間撹拌してピロリン酸エステルを加水分解して、リン酸エステル型界面活性剤であるポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸又はポリオキシエチレンアルケニルエーテルリン酸を得た。リン酸エステルの種類を表2に示す。なお、リン酸エステル3~5について、アルキル基の炭素数は、その平均値を記載した。
【0071】
【0072】
<ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の製造>
(界面活性剤1~8)
温度計及び撹拌手段を備えたガラス製の容器に、以下に示すポリシロキサン化合物及びポリオキシアルキレン化合物を入れた。そして、白金触媒の存在下で付加反応させて、界面活性剤1~8をそれぞれ得た。これらの界面活性剤は、一般式(2)で表される構造を有するポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤である。ここで、ポリシロキサン化合物としては、一般式(A)で表される化合物(m=3又は5、n=1)を用いた。ポリオキシアルキレン化合物としては、一般式(B)で表される化合物(a、b、R11、及びR2が表3に示す数又は構造)を用いた。得られたポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の種類を表3に示す。表3中、m、n、a、b、R2、及びR1はそれぞれ、一般式(2)中のm、n、a、b、R2、及びR1を示す。
【0073】
【0074】
(界面活性剤9)
温度計及び撹拌手段を備えたガラス製の容器に、以下に示すポリシロキサン化合物及びポリオキシアルキレン化合物を入れた。そして、白金触媒の存在下で付加反応させて、界面活性剤9を得た。界面活性剤9は、一般式(3)で表される構造を有するポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤である。ここで、ポリシロキサン化合物としては、一般式(C)で表される化合物(p=8)を用いた。ポリオキシアルキレン化合物としては、一般式(D)で表される化合物(c=11、d=0、R41=アリル基、R3=メチル基)を用いた。得られた界面活性剤9は、一般式(3)中の、p=8、c=11、d=0、R3=メチル基、及びR4=プロピレン基である化合物である。
【0075】
<インクの調製>
(実施例1~35、比較例1~7)
表4-1~4-4の上段に示す各成分(単位:%)を混合し、十分撹拌した後、ポアサイズが0.8μmであるセルロースアセテートフィルター(アドバンテック製)にて加圧ろ過して各インクを調製した。インク中のカルシウムイオン(Ca2+)の含有量は、Ca(NO3)2・4H2Oを用いて調整した。インク中のカルシウムイオン(Ca2+)の含有量は、ICP発光分光分析装置(商品名「SPS5100」、SIIナノテクノロジー製)を使用して測定した。得られたインクの特性を表4-1~4-4の下段に示す。
また、表4-1~4-4中の材料の詳細を以下に示す。
・樹脂2の水溶液:酸価160mgKOH/g、重量平均分子量8,000のスチレン-アクリル酸エチル-アクリル酸共重合体(樹脂2)を用意した。樹脂2 20.0部をその酸価と等モルの水酸化カリウムで中和するとともに、適量の純水を加え、樹脂(固形分)の含有量が20.0%の樹脂2の水溶液を調製して用いた。
・プロキセルGXL:防腐剤(アーチケミカルズ製)
・Capstone FS3100(パーフルオロアルキルエチレンオキサイド付加物、Chemours製)
【0076】
【0077】
【0078】
【0079】
【0080】
(比較例9)
特許文献2における「インクジェット成分I-9」の記載を参考にしてインクを調製した。具体的には、ピグメントブルー15:3の樹脂分散顔料、リン酸エステル型アニオン性界面活性剤(ポリオキシプロピレンアルキルエーテルホスフェート塩)、及びシリコーン系界面活性剤(BYK-333)を用いてインクを調製した。シリコーン系界面活性剤としては、商品名「BYK-333」(ビックケミー・ジャパン製)を用いた。Ca(NO3)2・4H2Oを用いて調整したカルシウムイオン(Ca2+)の含有量は、2ppmであった。
【0081】
<評価>
調製した各インクをインクカートリッジにそれぞれ充填し、熱エネルギーの作用により記録ヘッドからインクを吐出するインクジェット記録装置(商品名「PIXUS PRO-10S」、キヤノン製)に搭載した。本実施例においては、解像度600dpi×600dpiで、1/600インチ×1/600インチの単位領域に1滴当たり3.5ngのインク滴を8滴付与する条件で記録したベタ画像の記録デューティを100%と定義する。また、この装置では、記録媒体の単位領域へのインクの付与を、記録ヘッドと記録媒体との複数回の相対走査に分けて行うマルチパス記録を行うことができる。例えば、4パスで記録を行った場合は、記録媒体の単位領域へのインクの付与を、記録ヘッドと記録媒体との4回の相対走査に分けて行ったことを意味する。単位領域とは、1画素や1バンドなどの任意の領域として設定することができる。本発明においては、以下に示す各項目の評価基準で、「A」及び「B」を許容できるレベル、「C」を許容できないレベルとした。評価結果を表5に示す。
【0082】
(耐ビーディング性)
上記のインクジェット記録装置を使用し、光沢紙(商品名「キヤノン写真用紙・光沢プロ プラチナグレード PT-101」、キヤノン製)に記録デューティが100~150%の範囲で10%刻みとした6種のベタ画像を4パスにて記録した。記録したベタ画像を観察し、以下に示す評価基準にしたがって耐ビーディング性を評価した。
A:記録デューティ100~150%の領域において、目視でも10倍に拡大してもビーディング現象が確認できず、画像が均一であった。
B:記録デューティ100~150%の領域において、目視ではビーディング現象が確認できなかったが、10倍に拡大するとビーディング現象が確認された。
C:記録デューティ100~150%の領域において、目視でもビーディング現象が確認された。
【0083】
(耐擦過性)
上記のインクジェット記録装置を使用し、光沢紙(商品名「キヤノン写真用紙・光沢ゴールド GL-101」、キヤノン製)に記録デューティが10~150%の範囲で10%刻みとした15種のベタ画像を8パスにて記録した。記録してから5分経過後のベタ画像の表面をポリカーボネート製の厚さ0.76mmのカードで3cm引きずる擦過試験を行った。試験条件としては、角度30°、荷重0.7kgf、速度3cm/秒とした。擦過試験後の画像の状態を目視で確認し、以下に示す評価基準にしたがって画像の耐擦過性を評価した。
A:15種全ての画像を正面から目視しても削った跡を確認することができなかった。
B:一部の画像で削った跡を目視で確認することができたが、記録媒体の下地は見えなかった。
C:一部の画像で削った跡を目視で確認することができるとともに、記録媒体の白地が見えた。
【0084】
【0085】
実施例27の耐擦過性の評価結果は、実施例26及び実施例38と同じ「B」であったが、実施例26及び実施例38の方が優れていた。