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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025102524
(43)【公開日】2025-07-08
(54)【発明の名称】電動車両の制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60W 10/04 20060101AFI20250701BHJP
   B60L 15/20 20060101ALI20250701BHJP
   B60L 50/16 20190101ALI20250701BHJP
   H02P 25/022 20160101ALI20250701BHJP
   B60K 6/48 20071001ALI20250701BHJP
   B60K 6/547 20071001ALI20250701BHJP
   B60W 10/08 20060101ALI20250701BHJP
   B60W 10/10 20120101ALI20250701BHJP
   B60W 20/30 20160101ALI20250701BHJP
   F16H 61/04 20060101ALI20250701BHJP
【FI】
B60W10/00 104
B60L15/20 J ZHV
B60L15/20 K
B60L50/16
H02P25/022
B60K6/48
B60K6/547
B60W10/08 900
B60W10/10 900
B60W20/30
B60W10/08
B60W10/10
F16H61/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023220028
(22)【出願日】2023-12-26
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉末 知弘
(72)【発明者】
【氏名】胡本 博史
(72)【発明者】
【氏名】曽利 僚
【テーマコード(参考)】
3D202
3D241
3J552
5H125
5H505
【Fターム(参考)】
3D202AA08
3D202BB14
3D202BB33
3D202BB34
3D202CC22
3D202CC23
3D202CC73
3D202CC74
3D202DD24
3D202DD33
3D202DD34
3D202DD35
3D202FF09
3D202FF13
3D241AA67
3D241AC01
3D241AC15
3D241AD19
3D241CA06
3D241CC01
3D241CC11
3D241CC13
3J552MA02
3J552NA01
3J552NB08
3J552PA02
3J552PA70
3J552RA16
3J552RA17
3J552SA08
3J552SA09
3J552SA10
3J552TB02
3J552VA06W
3J552VA78W
5H125AA01
5H125AB01
5H125AC12
5H125BA00
5H125BE05
5H125CA01
5H125EE09
5H125EE42
5H125FF01
5H505AA16
5H505AA19
5H505CC04
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE30
5H505EE41
5H505EE49
5H505GG04
5H505HB01
5H505LL22
5H505LL32
5H505LL41
(57)【要約】
【課題】走行中の磁力変更制御の効率的な実行とともに変速時間の短縮を可能にする。
【解決手段】磁力可変磁石35でロータ33の磁極が構成されている駆動モータ3と駆動輪4Rとの間に自動変速機8を備えた電動車両1の制御装置である。磁力可変磁石35の磁力を変更する磁力変更制御を自動変速機8の変速期間内に実行する変速時磁力変更制御と、変速機クラッチ83のいずれかを所定の回転数で微小スリップさせる微小スリップ制御とが実行可能とされている。自動変速機8の変速期間のうち、プリチャージ&保持フェーズの期間に微小スリップ制御を実行することにより、変速前の第1クラッチを微小スリップした状態にする。
【選択図】図17
【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁力の変更が可能な磁力可変磁石でロータの磁極が構成されている駆動モータと、当該駆動モータと駆動輪との間に配置されていて複数のクラッチを含む自動変速機と、が備えられていて、電力を利用した走行が可能な電動車両の制御装置であって、
前記磁力可変磁石の磁力を変更する磁力変更制御を前記自動変速機の変速期間内に実行する変速時磁力変更制御と、
前記クラッチのいずれかを、当該クラッチの入力側と出力側の差回転数に基づいた回転数フィードバック制御を実行することによって、所定の回転数で微小スリップさせる微小スリップ制御と、
が実行可能とされ、
前記自動変速機は、
変速前の所定の第1クラッチ及び変速後の所定の第2クラッチの各々の締結トルクが伝達トルクの近傍で保持されるように、前記第1クラッチ及び前記第2クラッチの油圧を調整するプリチャージ&保持フェーズと、
前記プリチャージ&保持フェーズに続いて前記第1クラッチから前記第2クラッチにトルクの伝達を切り替えるトルクフェーズと、
前記トルクフェーズに続いて前記第1クラッチから前記第2クラッチの変速比に対応した回転数に切り替えるイナーシャフェーズと、
からなる変速期間を有し、
前記プリチャージ&保持フェーズの期間に、前記微小スリップ制御を実行することにより、前記第1クラッチを微小スリップさせる電動車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動車両の制御装置において、
前記イナーシャフェーズの期間に前記磁力変更制御を実行する電動車両の制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の電動車両の制御装置において、
前記電動車両の走行時には、前記駆動輪に出力が要求される要求トルクと一致するように、前記駆動モータが出力するモータトルクを制御するトルク制御とともに、締結状態の前記クラッチの締結トルクを伝達トルクよりも高くするクラッチ完全締結制御を実行し、
前記磁力変更制御を前記自動変速機の変速期間外に実行する非変速時磁力変更制御の場合には、前記クラッチ完全締結制御に代えて前記締結トルクを前記伝達トルクの近傍まで低くすることによって前記クラッチをスリップした状態にし、その状態で前記微小スリップ制御を実行した後に前記磁力変更制御を実行し、
前記変速時磁力変更制御の場合には、前記第2クラッチが微小スリップしている状態を利用して前記磁力変更制御を実行する電動車両の制御装置。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の電動車両の制御装置において、
前記トルクフェーズから前記イナーシャフェーズに移行した直後のタイミングで前記磁力変更制御を実行する電動車両の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
開示する技術は、電気自動車、ハイブリッド車など、電力を利用した走行が可能な電動車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に、永久磁石同期型の駆動モータを搭載したハイブリッド車が開示されている。その駆動モータでは、ロータに設置する永久磁石に、磁力の大きさを大小に可変できる磁力可変マグネットが使用されている。
【0003】
磁力可変マグネットの磁力を変更するときには、駆動モータのステータのコイルに、着磁用の大きな電流(いわゆるd軸電流)が印加される。それにより、駆動モータの回転中は、駆動用の電流(いわゆるq軸電流)と干渉してトルクが変動する。すなわち、d軸電流は、トルクを発生させるq軸電流に直交する成分である。そのため、その大きな電流自体はトルクとしては出力されないが、q軸電流と干渉することで、トルクが変動する。
【0004】
一般的に、駆動モータと駆動輪との間に備えられているクラッチを締結するための締結トルクは、クラッチが完全に締結するように、出力が要求される要求トルクより高く設定されている。そのため、その変動したトルクが駆動輪にそのまま伝わることで、走行中の車両にトルクショックが発生し、ドライバーに違和感を与える懸念がある。
【0005】
そのようなトルクショックを抑制するため、駆動モータと駆動輪との間に設置されている変速機を利用することが考えられる。すなわち、駆動モータから高いトルクが出力されても、変速機のクラッチをスリップさせれば、駆動輪に伝わるトルクを低減できるので、トルクショックを緩和できる。
【0006】
しかし、クラッチをスリップさせると、駆動モータの回転が急増するという現象が発生する(いわゆる「吹き上がり」)。このような吹き上がりの現象は速やかに解消しないと、スリップによる摩擦熱によってクラッチが損傷する懸念がある。
【0007】
そこで、本発明者らは、このようなクラッチのスリップに伴う駆動モータの吹き上がりを速やかに解消させる技術を先に提案している(特許文献2)。
【0008】
その技術は、大略、増磁によってクラッチでスリップが発生している時に、出力が要求されるトルクを目標に制御するトルク制御から、出力されるパワーを目標に制御するパワー制御に切り替える。それにより、出力されるトルクとともに、回転数についても収束させることが可能になり、駆動モータの吹き上がりを速やかに解消させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2021-127014号公報
【特許文献2】特開2022-187694号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
磁力可変マグネットの磁力を変更する制御(磁力変更制御)は、外乱の影響を抑制する観点から、車両が変速するタイミングを避けて実行することが想定されていた。すなわち、上述した特許文献2の技術も、変速していない変速機を目的外使用することを前提としていた。
【0011】
しかしながら、モータ効率の最適化を進めていくと、条件によっては磁力変更制御の頻度が想定を大幅に超える場合があり得ることが判明した。例えば、WLTCモードでの走行時には、磁力変更制御の頻度は変速の数倍にもなり得る。
【0012】
そのため、車両の変速中に磁力変更制御を実行しなければならない場合も想定される。変速時には、それに伴ってトルクショックも発生し得るが、更に磁力変更制御のトルクショックが加わることで、ドライバーに違和感だけでなく、変速のトラブルなど、余計な不安感をも与える懸念がある。
【0013】
それに対し、変速中にはクラッチがスリップしている期間がある。本発明者らは、それをうまく利用すればスリップロスの低減なども可能になることを見出した。
【0014】
加えて、変速動作は、快適なドライビングの観点からすると、円滑かつ短時間であることが好ましい。しかし、変速機は油圧制御されているので、油圧制御に起因した物理的な制約があり、変速時間の短縮には限界があった。
【0015】
具体的には、締結されているクラッチを解放する場合、供給している油圧を抜けばよいので、簡単かつ短時間で実行できる。一方、開放されているクラッチを締結する場合、空状態の油室にオイルを供給して油圧を所定値まで適切に上昇させる必要がある。従って、開放動作のように簡単かつ短時間では実行できない。
【0016】
その際、オイルの温度やエア噛みなどによってもオイルの流動性が変化する。従って、最悪な油圧の応答性も考慮する必要があり、変速時間の短縮には限界があった。物理的な現象であるため、それを解消することは難しいと考えられていた。
【0017】
それに対し、本発明者らは、上述した知見を更に拡張することによって変速時間の短縮も可能になることを見出した。
【0018】
そこで、この明細書では、車両の自動変速中にトルクショックの抑制とスリップロスの低減を両立しながら磁力変更制御が実行可能になるうえに、変速時間の短縮も可能になる技術について開示する。
【課題を解決するための手段】
【0019】
開示する技術は、磁力の変更が可能な磁力可変磁石でロータの磁極が構成されている駆動モータと、当該駆動モータと駆動輪との間に配置されていて複数のクラッチを含む自動変速機と、が備えられていて、電力を利用した走行が可能な電動車両の制御装置に関する。
【0020】
前記制御装置は、前記磁力可変磁石の磁力を変更する磁力変更制御を前記自動変速機の変速期間内に実行する変速時磁力変更制御と、前記クラッチのいずれかを、当該クラッチの入力側と出力側の差回転数に基づいた回転数フィードバック制御を実行することによって、所定の回転数で微小スリップさせる微小スリップ制御と、が実行可能とされている。
【0021】
前記自動変速機は、変速前の所定の第1クラッチ及び変速後の所定の第2クラッチの各々の締結トルクが伝達トルクの近傍で保持されるように、前記第1クラッチ及び前記第2クラッチの油圧を調整するプリチャージ&保持フェーズと、前記プリチャージ&保持フェーズに続いて前記第1クラッチから前記第2クラッチにトルクの伝達を切り替えるトルクフェーズと、前記トルクフェーズに続いて前記第1クラッチから前記第2クラッチの変速比に対応した回転数に切り替えるイナーシャフェーズと、からなる変速期間を有している。
【0022】
そして、前記プリチャージ&保持フェーズの期間に、前記微小スリップ制御を実行することにより、前記第1クラッチを微小スリップさせる。
【0023】
すなわち、この制御装置によれば、磁力可変磁石の磁力を変更する磁力変更制御を自動変速機の変速期間内に実行する変速時磁力変更制御と、クラッチのいずれかを回転数フィードバック制御によって微小スリップさせる微小スリップ制御とが実行可能とされている。
【0024】
磁力変更制御の前に微小スリップ制御によってクラッチを微小スリップさせておくと、詳細は後述するが、磁力変更制御に伴って発生するトルクショックの抑制及びスリップロスの低減が可能になる。
【0025】
そして、変速の準備段階に相当するプリチャージ&保持フェーズの期間に、微小スリップ制御を実行し、第1クラッチを微小スリップさせると、従来困難と考えられていた変速時間の短縮が可能になる。
【0026】
すなわち、プリチャージ&保持フェーズの期間の長さは、実質的には第2クラッチの昇圧動作によって定まるが、その昇圧動作は油圧のばらつきの影響を受ける。例えば、油圧の応答が遅れると、第1クラッチの入力側(駆動側)で回転の吹き上がりが発生し得る。
【0027】
そのため、プリチャージ&保持フェーズの期間は、この回転の吹き上がりが発生しないよう、油圧のばらつきを考慮して設定する必要がある。従って、プリチャージ&保持フェーズの期間は、ある程度の余裕をもって設定しなければならず、短縮することは難しい。
【0028】
それに対し、この制御装置では、そのプリチャージ&保持フェーズの期間において、第1クラッチの入力側と出力側の差回転数に基づいた回転数フィードバック制御を実行することにより、第1クラッチを微小スリップした状態にする微小スリップ制御が実行される。従って、油圧のばらつきによって油圧の応答遅れが生じても、第1クラッチは微小スリップした状態に保持されるので、回転の吹き上がりを阻止できる。
【0029】
その結果、油圧のばらつきへの配慮が不要になるので、プリチャージ&保持フェーズの期間、すなわち変速時間の短縮が可能になる。
【0030】
前記イナーシャフェーズの期間に前記磁力変更制御を実行する、としてもよい。
【0031】
イナーシャフェーズの期間は、第1クラッチから第2クラッチへの切り替えは実質的に終了しており、第2クラッチは、締結トルクが伝達トルクの近傍まで低くなった状態でスリップしている。
【0032】
従って、スリップしているその第2クラッチを利用して回転数フィードバック制御を実行すれば、容易に微小スリップ制御を実行できる。それにより、磁力変更制御の実行前に第2クラッチを微小スリップ制御した状態にできるので、磁力変更制御に伴って発生するトルクショックの抑制及びスリップロスの低減ができる。変速に伴うスリップを利用するので、微小スリップ制御に伴うスリップロスを低減できる。
【0033】
具体的には、前記制御装置を次のように構成するとよい。
【0034】
前記電動車両の走行時には、前記駆動輪に出力が要求される要求トルクと一致するように、前記駆動モータが出力するモータトルクを制御するトルク制御とともに、締結状態の前記クラッチの締結トルクを伝達トルクよりも高くするクラッチ完全締結制御を実行する。
【0035】
前記磁力変更制御を前記自動変速機の変速期間外に実行する非変速時磁力変更制御の場合には、前記クラッチ完全締結制御に代えて前記締結トルクを前記伝達トルクの近傍まで低くすることによって前記クラッチをスリップした状態にし、その状態で前記微小スリップ制御を実行した後に前記磁力変更制御を実行する。
【0036】
一方、前記変速時磁力変更制御の場合には、前記第2クラッチが微小スリップしている状態を利用して前記磁力変更制御を実行する。
【0037】
すなわち、この制御装置によれば、磁力可変磁石の磁力を変更する磁力変更制御を、自動変速機の変速に関係なく実行できる。従って、モータ効率が高まる。しかも、変速期間の内外ともに、トルクショックを抑制できるうえに、スリップロスも低減できる。それにより、ドライビングの快適性及び燃費(電費)を向上できる。
【0038】
前記トルクフェーズから前記イナーシャフェーズに移行した直後のタイミングで前記磁力変更制御を実行する、としてもよい。
【0039】
プリチャージ&保持フェーズの期間に微小スリップ制御を実行してそのまま継続すれば、トルクフェーズの期間中、第2クラッチを微小スリップした状態に保持できる。そうすれば、イナーシャフェーズに移行した直後のタイミングで磁力変更制御を実行しても、トルクショックの抑制及びスリップロスの低減ができる。
【0040】
そして、イナーシャフェーズの期間の開始直後にスリップを増大できるので、回転数の同期がよりいっそう促進される。イナーシャフェーズの期間を効果的に短縮することが可能になり、変速時間を安定して短縮できる。
【発明の効果】
【0041】
開示する技術によれば、車両の変速中にもトルクショックやスリップロスを効果的に抑制しながら磁力変更制御が実行可能になる。従って、変速を考慮することなく磁力変更制御できるので、モータ効率が高まる。それにより、車両の燃費(電費)を向上できる。加えて、変速時間の短縮も可能になる。それにより、ドライビングの快適性も向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
図1】開示する技術を適用した自動車の主な構成を示す概略図である。
図2】駆動モータの構成を示す概略断面図である。
図3】TCUおよびこれに関連する主な入出力装置を示すブロック図である。
図4】MCUおよびこれに関連する主な入出力装置を示すブロック図である。
図5】簡略化して示す駆動モータの制御に関するシステム図である。
図6】駆動モータの制御の一例である。
図7】磁力変更制御の一例である。
図8】トルクショックの発生及び吹き上がり現象を説明するための図である。
図9】クラッチの伝達トルク特性を説明するための図である。
図10】開示する技術による基本制御の一例である。
図11】非変速時磁力変更制御の一例(タイムチャート)である。
図12図11に対応した制御例のフローチャートである。
図13】自動変速機の変速時における状態変化を説明するための図である。
図14】変速時磁力変更制御の一例(タイムチャート)である。
図15図14に対応した制御例のフローチャートである。
図16】自動変速機の変速における課題を説明するための図である。
図17】改良変速制御の一例である。
図18】改良変速制御の他の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
<電動車両>
図1に、開示する技術を適用した自動車1(電動車両の一例)を示す。この自動車1は、電力を利用した走行が可能なハイブリッド車である。自動車1の駆動源には、エンジン2および駆動モータ3が搭載されている。これらが協働して、4つの車輪4F,4F,4R,4Rのうち、左右対称状に位置する2輪(駆動輪4R)を駆動する。それにより、自動車1は走行する。なお、自動車1は、駆動モータ3のみを搭載した電気自動車であってもよい。自動車1はまた、4輪駆動であってもよい。
【0044】
この自動車1の場合、エンジン2は車体の前側に配置されており、駆動輪4Rは車体の後側に配置されている。すなわち、この自動車1は、いわゆるFR車である。更にこの自動車1の場合、駆動源としては、駆動モータ3よりもエンジン2が主体となっており、駆動モータ3は、エンジン2の駆動をアシストする形で利用される(いわゆるマイルドハイブリット)。駆動モータ3はまた、駆動源としてだけでなく、回生時には発電機としても利用される。
【0045】
自動車1には、エンジン2、駆動モータ3の他、駆動系の装置として、中継クラッチ5、インバータ6、自動変速機8、デファレンシャルギア9、バッテリ10などが備えられている。自動車1にはまた、制御系の装置として、エンジンコントロールユニット(ECU)20、モータコントロールユニット(MCU)21、変速機コントロールユニット(TCU)22、ブレーキコントロールユニット(BCU)23、総合コントロールユニット(GCU)24などが備えられている。エンジン回転センサ50、モータ回転センサ51、電流センサ52、磁力センサ53、アクセルセンサ54、変速機センサ55なども、制御系の装置に付随して自動車1に設置されている。
【0046】
(駆動系の装置)
エンジン2は、例えばガソリンを燃料に使用して燃焼を行う内燃機関である。エンジン2はまた、吸気、圧縮、膨張、排気の各サイクルを繰り返すことで回転動力を発生させる、いわゆる4サイクルエンジンである。エンジン2には、ディーゼルエンジン等、様々な種類や形態があるが、開示する技術では、特にエンジンの種類や形態は限定しない。
【0047】
この自動車1では、エンジン2は、回転動力を出力する出力軸を、車体の前後方向に向けた状態で、車幅方向の略中央部に配置されている。自動車1には、吸気システム、排気システム、燃量供給システムなど、エンジン2に付随した様々な装置や機構が設置されているが、これらの図示および説明は省略する。
【0048】
駆動モータ3は、中継クラッチ5を介してエンジン2の後方に直列に配置されている。駆動モータ3は、三相の交流によって駆動する永久磁石型の同期モータである。図2に簡略化して示すように、駆動モータ3は、大略、モータケース31、シャフト32、ロータ33、ステータ34などで構成されている。
【0049】
モータケース31は、その内部に、前端面および後端面が封止された円筒状のスペースを有する容器からなり、自動車1の車体に固定されている。ロータ33およびステータ34は、モータケース31に収容されている。シャフト32は、その前端部および後端部の各々をモータケース31から突出させた状態で、モータケース31に回転自在に軸支されている。
【0050】
シャフト32の前端部と、エンジン2の出力軸との間に介在するように、中継クラッチ5が設置されている。中継クラッチ5は、エンジン2の出力軸とシャフト32とが連結された状態(締結状態)と、エンジン2の出力軸とシャフト32とが分離した状態(非締結状態)とに切り替え可能に構成されている。
【0051】
シャフト32の後端部は自動変速機8の入力軸80に連結されている。なお、シャフト32と自動変速機8の入力軸80との間に、第2の中継クラッチを設けてもよい。
【0052】
ロータ33は、中心に軸孔を有する複数の金属板を積層して構成された円柱状の部材からなる。ロータ33の軸孔にシャフト32の中間部分を固定することで、ロータ33はシャフト32と一体化されている。
【0053】
ロータ33の外周部分には、全周にわたってマグネット35が設置されている。マグネット35は、周方向に異なる磁極、すなわちS極とN極とが等間隔で交互に並ぶように構成されている。マグネット35は、複数の磁極を有する1つの円筒状の磁石で構成してもよいし、各磁極を構成する複数の弧状の磁石で構成してもよい。
【0054】
この駆動モータ3では、更に、マグネット35が、磁力の大きさを大小に可変できるように構成されている(磁力可変磁石35)。通常、この種の駆動モータ3には、保磁力(抗磁力)が大きく、磁力が長期にわたって保持できる磁石(永久磁石)が使用される。この駆動モータ3では、磁力を比較的容易に変更できるように、保持力の小さい永久磁石が磁力可変磁石35として使用される。
【0055】
永久磁石には、例えば、フェライト磁石、ネオジム磁石、サマリウムコバルト磁石、アルニコ磁石など様々な種類があり、保持力も様々である。磁力可変磁石35の種類や素材は、仕様に応じて選択可能であり、特に限定されない。また、全ての磁石が磁力可変磁石35である必要性はなく、永久磁石を含んでいてもよい。
【0056】
ロータ33の周囲には、僅かな隙間(ギャップ)を隔てて円筒状のステータ34が設置されている(インナーロータ型)。ステータ34は、複数の金属板を積層して構成されたステータコア34aと、そのステータコア34aに電線を巻回して構成された複数のコイル36とを有している。
【0057】
ステータコア34aには、内側に放射状に張り出す複数のティース34bが設けられていて、これらティース34bに電線を所定の順序で巻き掛けることで複数のコイル36が形成されている。これらコイル36は、U相、V相、およびW相からなる三相のコイル群を構成している。なお、駆動モータ3のスロットコンビネーションは仕様に応じて設計される。
【0058】
各相のコイル群に通電するため、モータケース31の外側に、各相のコイル群の各々から接続ケーブル36aが導出されている。これら接続ケーブル36aは、インバータ6を介して、駆動電源として車載されているバッテリ10と接続されている。この自動車1の場合、バッテリ10は、定格電圧が50V以下、具体的には48Vのバッテリが用いられている。
【0059】
バッテリ10は、インバータ6に直流電力を供給する。インバータ6は、その直流電力を3相の交流に変換して駆動モータ3に通電する。それにより、ロータ33が回転駆動され、シャフト32を介して、自動変速機8に駆動モータ3のパワー(回転動力)が出力される。
【0060】
この自動車1の場合、自動変速機8は、多段式自動変速機(いわゆるAT)である。図1に示すように、自動変速機8はその一方の端部に入力軸80を有し、その入力軸80が駆動モータ3(シャフト32)と連結されている。自動変速機8の他方の端部には、入力軸80から独立した状態で回転する出力軸81を有している。
【0061】
これら入力軸80と出力軸81との間には、トルクコンバータ84、複数の遊星歯車機構82、および複数の変速機クラッチ83(ブレーキを含む、開示する技術の「クラッチ」に相当)などからなる変速機構が組み込まれている。なお、変速機構は簡略化して図示してある。
【0062】
これら変速機構を切り替えることにより、前進または後進の切り替えや、自動変速機8の入力軸80と出力軸81との間で異なる回転数に変更、つまり変速比の切り替えができるように構成されている。
【0063】
例えば、各変速機クラッチ83の入力側83aは、トルクコンバータ84を介して入力軸80と連結可能に構成されている。各変速機クラッチ83の出力側83bは、対応した遊星歯車機構82を介して出力軸81と連結されている。
【0064】
そして、特定の変速機クラッチ83が選択されてその変速機クラッチ83が締結されると、その変速機クラッチ83およびそれに対応した遊星歯車機構82を介して、自動変速機8の入力軸80と出力軸81とが連結される。それにより、変速比等が切り替わる。
【0065】
出力軸81は、車体の前後方向に延びて出力軸81と同軸に配置されているプロペラシャフト11を介してデファレンシャルギア9に連結されている。デファレンシャルギア9には、車幅方向に延びて、左右の駆動輪4R,4Rに連結された一対の駆動シャフト13,13が連結されている。
【0066】
プロペラシャフト11を通じて出力される回転動力は、デファレンシャルギア9で振り分けられた後、これら一対の駆動シャフト13,13を通じて各駆動輪4Rに伝達される。各車輪4F,4F,4R,4Rには、その回転を制動するために、ブレーキ14が取り付けられている。
【0067】
(制御系の装置)
自動車1には、運転者の操作に応じて、その走行をコントロールするために、上述した、ECU20、MCU21、TCU22、BCU23、およびGCU24の各ユニットが設置されている。これらユニットの各々は、プロセッサ、メモリ、インターフェースなどのハードウエアと、データベースや制御プログラムなどのソフトウエアとで構成されている。これらユニットの各々は、例えばCAN(Controller Area Network)によって接続されていて、互いに電気通信可能に構成されている。
【0068】
ECU20は、エンジン2の作動を主に制御するユニットである。MCU21は、駆動モータ3の作動を主に制御するユニットである。TCU22は、自動変速機8の作動を主に制御するユニットである。BCU23、ブレーキ14の作動を主に制御するユニットである。GCU24は、これらECU20、MCU21、TCU22、BCU23と電気的に接続されていて、これらを総合的に制御する上位ユニットである。
【0069】
開示する技術における「制御装置」は、これらユニットによって構成されている。特に、駆動モータ3の作動を主に制御するMCU21、および、自動変速機8の作動を主に制御するTCU22が、その制御装置の主体を構成している。
【0070】
エンジン回転センサ50は、エンジン2に取り付けられており、エンジン2の回転数を検出してECU20に出力する。モータ回転センサ51は、駆動モータ3に取り付けられており、駆動モータ3の回転数や回転位置を検出してMCU21に出力する。電流センサ52は接続ケーブル36aに取り付けられており、各コイル36に通電される電流値を検出してMCU21に出力する。
【0071】
磁力センサ53は、駆動モータ3に取り付けられており、磁力可変磁石35の磁力を検出してMCU21に出力する。アクセルセンサ54は、運転者が自動車1を駆動する時に踏み込むアクセルのペダル(アクセルペダル15)に取り付けられており、自動車1の駆動に要求される出力に相当するアクセル開度を検出してECU20に出力する。変速機センサ55は、各変速機クラッチ83の回転数および締結トルク、出力軸81の回転数などを検出してTCU22に出力する。
【0072】
これらセンサから入力される検出値の信号に基づいて、各ユニットが協働して駆動系の各装置を制御することで、自動車1が走行する。例えば、自動車1がエンジン2の駆動力で走行する時には、アクセルセンサ54およびエンジン回転センサ50の検出値に基づいて、ECU20がエンジン2の運転を制御する。
【0073】
そして、TCU22は、中継クラッチ5が締結状態になるように制御するとともに、自動変速機8の変速機構を自動車1の運転状態に応じて切り替える。自動車1の制動時には、BCU23が各ブレーキ14を制御する。回生による制動時には、TCU22は、中継クラッチ5は非締結状態ないし部分締結状態となるように制御するとともに、自動変速機8の所定の変速機クラッチ83を締結する。そうして、MCU21は、駆動モータ3で発電し、その電力がバッテリ10に回収されるように制御する。
【0074】
図3に、TCU22およびこれに関連する主な入出力装置を示す。TCU22には、機能的な構成として、中継クラッチ制御部22aと変速機クラッチ制御部22bとが、そのハードウエアおよびソフトウエアによって設けられている。中継クラッチ制御部22aは、中継クラッチ5の作動を制御する。変速機クラッチ制御部22bは、変速機クラッチ83の各々の作動を制御する。
【0075】
<駆動モータの制御>
MCU21は、駆動モータ3が単独で出力する状態で、あるいは、必要に応じてエンジン2の出力をアシストする状態で、駆動モータ3が出力するパワーを使用して自動車1が走行するように制御する。
【0076】
具体的には、アクセルセンサ54、エンジン回転センサ50等の検出値に基づいて、ECU20が、エンジン2で出力するトルクを設定する。それに伴って、予め設定されたエンジン2と駆動モータ3との間での出力の分配比率に従って、GCU24が、所定の出力範囲で、駆動モータ3に対するトルクの要求量(要求トルク)を設定する。MCU21は、その要求トルクが出力されるように駆動モータ3を制御する。
【0077】
図4に、MCU21およびこれに関連する主な入出力装置を示す。MCU21には、機能的な構成として、モータ出力制御部21aおよび磁化制御部21bが、そのハードウエアおよびソフトウエアによって設けられている。
【0078】
モータ出力制御部21aは、駆動モータ3の駆動を制御する機能を有し、コイル36に流れる駆動電流を制御することにより、駆動モータ3に、要求されたパワーを出力させる。一方、磁化制御部21bは、コイル36に流れる磁化電流を制御することにより、磁力可変磁石35の磁力を変更する。
【0079】
具体的には、MCU21には、駆動モータの出力範囲を画定するマップやテーブルなどのデータが予め設定されている。モータ出力制御部21aは、そのデータを参照することにより、その出力範囲で駆動モータ3を制御する。
【0080】
更に、その駆動モータ3の出力範囲は、複数の磁化領域に区画されている。そして、これら磁化領域の各々に応じて、磁化制御部21bが磁力可変磁石35の磁力を変更するように構成されている。すなわち、磁化制御部21bは、磁化領域が隣接している他の磁化領域に移行する際に、磁力可変磁石35の磁力を、その磁化領域に対応した磁力最適値に変更する。
【0081】
(駆動モータの制御の具体例)
図5に、駆動モータ3の制御に関する簡略化したシステム図を示す。図6に、MCU21が行う駆動モータ3の制御の一例を示す。これらを参照しながら、駆動モータ3の具体的な制御の流れについて説明する。なお、駆動モータ3は、トルク電流指令Iqと励磁電流指令Idとを用いたベクトル制御によって制御されている。
【0082】
MCU21は、自動車1が走行可能な状態になると、電流センサ52、モータ回転センサ51、磁力センサ53から、常時、検出値が入力されるようになる(ステップS1)。また、ECU20でも同様に、アクセルセンサ54やエンジン回転センサ50から、常時、検出値が入力されるようになる。
【0083】
GCU24は、ECU20からアクセルセンサ54の検出値を取得し、予め設定されているエンジン2と駆動モータ3との間での出力の分配比率に従って、駆動輪4Rに対して出力するトルクのうち、駆動モータ3に要求するトルク(要求トルク)を設定する。GCU24は、その要求トルクを出力するためのコマンド(トルク指令値T)を、MCU21に出力する。
【0084】
すなわち、MCU21では、駆動モータ3の出力を、所定の目標トルクに基づいて制御する(いわゆるトルク制御)。トルク制御により、駆動モータ3が出力するトルク(モータトルク)は、目標トルクと一致するように制御される。従って、この自動車1が走行している時に上述したコマンドが入力されると、MCU21は、その要求トルクを目標トルクとして、駆動モータ3を制御する。駆動モータ3のトルク制御により、自動車1は、ドライバーの要求に応じて走行する。
【0085】
この自動車1の運転中、上述したように磁化領域を移行する時には、トルク制御が中断されて、駆動モータ3のコイル36に高電圧を印加する制御が実行される(磁力変更制御)。磁力変更制御により、磁力可変磁石35の磁力は変更される。
【0086】
具体的には、MCU21(モータ出力制御部21a)は、トルク指令値Tが入力されると(ステップS2でYes)、そのトルクを発生させる駆動電流(トルク電流成分)を出力するコマンド(駆動電流指令値Iq)の演算処理を実行する(ステップS3)。また、MCU21(磁化制御部21b)は、適切な磁化領域に対応した磁力最適値を出力するコマンド(磁化状態指令値Φ)の演算処理を実行する(ステップS4)。磁化制御部21bは、磁化状態指令値Φに基づいて、磁力可変磁石35の磁力に相当するトルク電流成分を出力するコマンド(磁力電流指令値Id)の演算処理を実行する(ステップS5)。
【0087】
MCU21は、演算した駆動電流指令値Iqと磁力電流指令値Idとに基づいて、磁力可変磁石35の磁力の変更が必要か否かを判定する(ステップS6)。例えば、上述したように、要求されたトルクを出力すると、磁化領域を移行する場合には、磁力可変磁石35の磁力の変更が必要と判定し、要求されたトルクを出力しても、同じ磁化領域に位置する場合には、磁力可変磁石35の磁力の変更は不要と判定する。
【0088】
そして、MCU21は、磁力可変磁石35の磁力の変更は不要と判定した場合、出力するトルクが、駆動モータ3が空運転するトルクT1より大きいか否かを判定する(ステップS7)。そして、MCU21は、出力するトルクがトルクT1より大きい場合には、通常のベクトル制御によって駆動モータ3を制御する。
【0089】
すなわち、モータ出力制御部21aが、電流制御により、電流センサ52およびモータ回転センサ51の検出値に基づいて、PWM制御を行うために出力するコマンド(電圧指令値Vuvw)の演算処理を実行する(ステップS8)。そして、PWM制御により、スイッチング指令値が演算される(ステップS9)。
【0090】
そのスイッチング指令値が、ドライバ回路を通じてインバータ6に出力されることにより、インバータ6の内部で、複数のスイッチング素子がオンオフ制御される。それにより、所定の3相の交流(駆動電流)が各コイル群に通電されて、駆動モータ3が、要求されたトルクで回転する(ステップS10)。
【0091】
一方、MCU21が、磁力可変磁石35の磁力の変更が必要と判定した場合には(ステップS6でNo)、磁化制御部21bによって磁力変更制御が実行される(ステップS11)。
【0092】
また、MCU21が、磁力可変磁石35の磁力の変更は不要と判定した場合でも、出力するトルクが、駆動モータ3が空運転するトルクT1以下と判定した場合には(ステップS7でNo)、磁化制御部21bによって磁力変更制御が実行される(ステップS11)。
【0093】
すなわち、駆動モータ3の回転動力の要求量が、ほとんど0(ゼロ)となった場合には、磁力可変磁石35は、その磁力が初期状態に変更される(リセット)。自動車1の場合、例えば、アイドリング状態や停止状態から、一気にアクセルペダル15が踏み込まれて急加速するような場合がある。
【0094】
磁力可変磁石35の場合、初期状態の磁力が高負荷に合わせて高く設定されているので、空運転時に磁力をリセットすることで、そのような急加速が行われた場合でも、駆動モータ3を適切に駆動することができる。
【0095】
図7に、磁力変更制御の主な処理の流れを示す。磁化制御部21bは、磁力変更制御が要求されると、磁化状態指令値Φに基づいて、磁化処理の方向を判定する。すなわち、磁力可変磁石35の磁力を増やす処理(増磁処理)を実行するのか、磁力可変磁石35の磁力を減らす処理(減磁処理)を実行するのかを判定する。磁化制御部21bは更に、その増減する磁力の変化量を特定する。
【0096】
そして、磁化制御部21bは、モータ回転センサ51の検出値に基づいて、ロータ33のステータ34に対する位置(回転方向の位置)が、磁化処理に適した位置にあるか否かを判定し(ステップS21)、ロータ33が適正な位置に位置する時に、磁化電流を出力する(ステップS22)。磁化電流は、磁力可変磁石35の保磁力よりも大きな電磁力を発生させるパルス状の電流である。増磁処理と減磁処理とでは、電磁力の磁力線の向きは逆になる。
【0097】
磁化制御部21bは、磁力可変磁石35の磁力が、磁化状態指令値Φによって指示された磁力最適値と略同じか否かを判定し(ステップS23)、磁力可変磁石35の磁力がその磁力最適値と略同じになるまで、磁化処理を実行する。磁力可変磁石35の磁力をリセットする場合には、初期の磁力と略同じになるまで、磁化処理を実行する。
【0098】
そして、磁力可変磁石35の磁力が、その磁力最適値または初期の磁力と略同じになれば、磁力変更制御を終了し、図6に示すように、通常のベクトル制御によって駆動モータ3を制御する(ステップS8~S10)。
【0099】
<変速機クラッチの制御>
上述したように、この自動車1では、自動車1の運転中にも、磁力変更制御が実行される。自動車1の運転中に、磁力変更制御を実行すると、走行している自動車1にトルクショックが発生し、ドライバーに違和感を与える懸念がある。
【0100】
図8の上図に、磁力変更制御時におけるモータトルクTmの経時変化を例示する。この例示では、時間t1からt1’の期間に増磁処理(磁力変更制御の一例)が実行されている。そして、t1’からt2の期間は、モータトルクTmを要求トルクTaに一致させる期間である。
【0101】
すなわち、磁力の変更を確認するとともに、駆動用の電流値(q軸電流の値)が、増磁後の磁力に対応するように学習させる制御(学習制御)を実行する。学習制御は、磁力の変更に伴う制御であり、磁力変更制御に含まれる。自動車1の走行中、駆動モータ3はトルク制御されているため、磁力変更制御の実行前後のモータトルクTmは、要求トルクTaと一致している。
【0102】
Ttは、自動変速機8におけるクラッチ締結トルクである。クラッチ締結トルクTtは、自動変速機8の入力軸80と出力軸81とを連結している変速機クラッチ83の締結トルクである。クラッチ締結トルクTtは、周知の油圧制御によって調整される。具体的には、自動変速機8に供給する油圧を低くすればクラッチ締結トルクTtは小さくなり、自動変速機8に供給する油圧を高くすればクラッチ締結トルクTtは大きくなる。
【0103】
モータトルクTmを確実に駆動輪4Rに伝達させるため、通常、クラッチ締結トルクTtは、伝達トルクや要求トルクTaよりも十分に高い値となるように制御(クラッチ完全締結制御)されている。クラッチ完全締結制御時に自動変速機8に供給される油圧は、例えば1000kPaであり、少なくとも500kPa以上である。
【0104】
すなわち、クラッチ完全締結制御の下では、変速機クラッチ83は完全に締結されており、変速機クラッチ83の入力側83a及び出力側83bの双方で回転数は一致し、変速機クラッチ83に入力される入力側83aのトルク(入力トルク)及び変速機クラッチ83から出力される出力側83bのトルク(出力トルク)も要求トルクTaと一致した状態となっている。
【0105】
磁力変更制御時には、大きな電磁力を発生させるために、コイル36に磁化電流(d軸電流)が通電される。それにより、駆動モータ3に、駆動電圧を大きく上回る高電圧が印加される。そのため、図8の上図に示すように、磁力変更制御時には、要求トルクTaを大きく上回るピーク状の高いモータトルクTmが、駆動モータ3から出力される。その結果、クラッチ完全締結制御の下では、走行している自動車1にトルクショックが発生し、ドライバーに違和感を与える懸念がある。
【0106】
それに対し、磁力変更制御を実行する際に、変速機クラッチ83をスリップさせれば、このようなトルクショックを抑制することができる。すなわち、図8の上図に示すように、磁力変更制御の前後にわたる期間において、自動変速機8に供給する油圧を低くする。そうすることによってクラッチ締結トルクTtを低下させ、クラッチ締結トルクTtが要求トルクTaと略一致するように制御する。
【0107】
具体的には、図8の上図に示すように、磁力変更制御の開始(時間t1)の直前(時間t0)に、クラッチ完全締結制御に代えて、変速機クラッチ83がスリップするまでクラッチ締結トルクTtを低下させる制御が実行される。その結果、磁力変更制御によって駆動モータ3から高いモータトルクTmが出力されても、要求トルクTaを上回るトルクは駆動輪4Rに伝達しないようにできる。その結果、磁力変更に起因したトルクショックを抑制できる。
【0108】
(回転の吹き上がり)
しかしながら、変速機クラッチ83をスリップさせると、駆動モータ3の回転が急増するという現象が発生する(いわゆる「吹き上がり」)。
【0109】
図8の下図に、磁力変更制御時におけるモータトルクTmとモータ回転数との関係を示す。なお、ここではエンジン2の出力は考慮しない。そのため、モータ回転数は、自動変速機8の入力軸80の回転数でもある。また、モータトルクTmは、自動変速機8に入力されるトルク(入力トルク)に相当する。クラッチ締結トルクTtは、要求トルクTaと一致するように制御されるので、自動変速機8から出力されるトルク(出力トルク)に相当する。
【0110】
磁力変更制御の実行前の駆動モータ3は、所定の回転数Raで回転している。そして、この時、使用されている変速機クラッチ83は完全に締結されているため、その変速機クラッチ83の入力側83aおよび出力側83bの双方もまた、回転数Raで回転している。なお、自動変速機8の出力軸81は、その変速機クラッチ83に対応した遊星歯車機構82によって変速された回転数で回転している。
【0111】
磁力変更制御の際に変速機クラッチ83を効果的にスリップさせると、駆動モータ3が空回りする状態になるので、モータ回転数は、要求トルクTaに対応した回転数Raから一気に増加する。学習制御時も更に増加し、モータ回転数は、高止まりした状態になる。この吹き上がりの現象は、速やかに解消しないと、スリップによる摩擦熱によって変速機クラッチ83が損傷するおそれがある。
【0112】
(微小スリップ制御)
上述したように、磁力変更制御に起因したトルクショックを抑制するためには、変速機クラッチ83をスリップさせる必要がある。そのためには、自動変速機8に供給する油圧をクラッチ完全締結制御時における油圧から大幅に低下させ、クラッチ締結トルクを低くする必要がある。
【0113】
図9に、クラッチ締結トルクを伝達トルクの近傍まで低くした状態において伝達されるトルク特性(伝達トルク特性)を例示する。縦軸は出力トルク(Tout)であり、横軸は入力トルク(Tin)である。グラフG1は、油圧が200kPaに調整されていて、変速機クラッチ83にそれに応じたクラッチ締結トルクが出力されている場合に、変速機クラッチ83の入力側から出力側に伝達されるトルクを表している。同様に、グラフG2は油圧が210kPaの場合、グラフG3は油圧が190kPaの場合を、それぞれ表している。
【0114】
グラフG1~G3のように、伝達トルク特性は油圧に応じて変動するが、同じクラッチであれば、油圧が異なっていても同じ形態の伝達トルク特性を有している。すなわち、低い入力トルクに対応した領域(低伝達トルク領域RL)と、高い入力トルクに対応した領域(高伝達トルク領域RH)と、これら低伝達トルク領域と高伝達トルク領域との間に存在する領域(遷移伝達トルク領域RM)とを有している。
【0115】
例えば、グラフG1を見た場合、低伝達トルク領域RL(入力トルクが35Nm以下の領域)では、入力トルクと出力トルクは同じ値である。つまり、変速機クラッチ83は締結した状態であり、入力トルクは全て伝達されて出力される。遷移伝達トルク領域RM(入力トルクが35Nmから50Nmまでの領域)では、入力トルクよりも出力トルクの方が小さい値である。つまり、変速機クラッチ83はスリップした状態であり、入力トルクの一部を除く部分が伝達されて出力される。
【0116】
高伝達トルク領域RH(入力トルクが50Nm以上の領域)では、入力トルクの増加に対して出力トルクは45Nmに漸近する。つまり、これ以上入力トルクが高くなってもスリップが増加するだけで、入力トルクの増加分は伝達されない。出力トルクはその値で実質的に不変となる(上限伝達トルクに相当)。
【0117】
換言すれば、この伝達トルク特性を有する変速機クラッチ83の場合、油圧を200kPaに調整することで、入力トルクが高くなっても出力トルクは45Nm以下に制限できる。従って、この変速機クラッチ83であれば、磁力変更制御が要求されたときの出力トルク(要求トルクTa)が45Nmであった時には、自動変速機8に供給する油圧を低くして200kPaに調整するのが好ましい。
【0118】
そうして、例えば、クラッチ締結トルクTt(上限伝達トルクに相当)が45Nmと一致するように油圧制御するとともに、スリップロスを考慮して入力トルク(駆動モータの出力トルク)を50Nmに設定する。そうすることにより、磁力変更制御によって入力トルクにピークトルク(例えば15Nm、図9にTp1として示す)が発生しても、出力トルクは要求トルクTaである45Nmに制限できる。従って、ピークトルクTp1の影響によって出力トルクで発生するショックトルク(図9にTs1として示す)はほとんど無く、トルクショックを抑制できる。
【0119】
しかしながらそうした場合でも、入力トルクと出力トルクとの間には余剰のトルク差(50Nm-45Nm=5Nm)が存在する。従って、そのトルク差によってスリップが発生する。ただし、その時のクラッチの入力側と出力側の回転数の差(クラッチ差回転数)が所定値以下(例えば100rpm以下)となるようにすれば、トルクショックとスリップロスの双方を最小化できる。
【0120】
例えば、入力トルクを43Nmとし、出力トルクを42Nmとすると、クラッチ差回転数は100rpmより小さく(この例では20rpm程度)、かつ、その時のピークトルクTp2の影響によるショックトルク(Ts2)も小さくできる(この例では3Nm)。すなわち、トルクショックとスリップロスの双方を最小化でき、トルクショックの抑制とスリップロスの抑制の両立が可能になる。
【0121】
具体的には、TCU22(変速機クラッチ制御部22b)が、磁力変更制御の直前に、クラッチ締結トルクを伝達トルクの近傍まで低くすることによって変速機クラッチ83をスリップさせる。そうしたうえで、変速機クラッチ83を微小にスリップさせる制御(微小スリップ制御)を実行すればよい。
【0122】
例えば、上述した例示で出力トルクが42Nmの場合であれば、自動変速機8の油圧を下げて200kPaに調整する。それにより、変速機クラッチ83の伝達トルク特性は、グラフG1で示す状態になる。そうして、入力トルクが43Nmになるようにモータトルクを制御すれば、20rpm程度のクラッチ差回転数で変速機クラッチ83をスリップさせることができる。
【0123】
そうして、クラッチ差回転数に基づいたフィードバック制御(回転数フィードバック制御)を実行する。それにより、磁力変更制御の直前に変速機クラッチ83を上述した適度な回転数で微小スリップした状態(微小スリップ状態)に安定化させ、微小スリップ状態を保持する。
【0124】
このように変速機クラッチ83が微小スリップ状態で磁力変更制御を開始すれば、磁力変更制御に伴うトルクショックだけでなく、その抑制に伴うスリップロスについても最小化できる。トルクショックの抑制とスリップロスの抑制を両立できる。
【0125】
<磁力変更制御の実行領域の拡大>
磁力変更制御は、外乱の影響を抑制する観点から、自動変速機8が変速するタイミングを避けて実行することを想定していた。そしてその場合は、微小スリップ制御を実行するために、自動変速機8を目的外使用していた。
【0126】
しかしながら、モータ効率の最適化を進めていくと、条件によっては磁力変更制御の頻度が想定を大幅に超える場合があり得ることが判明した。例えば、WLTCモードでの走行時には、磁力変更制御の頻度は変速の数倍にもなり得る。
【0127】
従って、燃費(電費)抑制の観点からは、自動変速機8の変速期間外だけでなく、変速期間内でも磁力変更制御を実行しなければならない場合も想定される。そのためには、磁力変更制御の実行領域を拡大し、変速期間内でも磁力変更制御を実行できるようにするのが好ましい。そして、変速期間内でも磁力変更制御が実行できるようになれば、変速を考慮することなく磁力変更制御できるので、モータ効率はよりいっそう高まる。
【0128】
ただし、その場合においても、トルクショックを抑制し、スリップロスも低減するのが好ましい。この点に関しては、変速期間には変速機クラッチ83がスリップしている状態があり、それをうまく利用すればスリップロスの低減なども可能になることを本発明者らは見出した。
【0129】
図10に、開示する技術を適用した場合において、磁力変更制御の基本となるフローチャートを示す。制御装置(MCU21)は、自動車1の運転中に磁力変更制御が実行されるか否かを判定する(ステップS31)。そして、磁力変更制御が実行されると判定した場合、その磁力変更制御が変速期間内、つまり自動変速機8の変速中での実行になるか否かを判定する(ステップS32)。
【0130】
その結果、磁力変更制御の実行が変速期間内とならない、つまり変速期間外になる場合には(ステップS32でNo)、上述したように、自動変速機8を目的外使用する磁力変更制御(非変速時磁力変更制御)を実行する(ステップS33)。一方、磁力変更制御が変速期間内になる場合には(ステップS32でYes)、自動変速機8の変速中の状態変化に対応した磁力変更制御(変速時磁力変更制御)を実行する(ステップS34)。
【0131】
なお、状況によっては、変速時間外に磁力変更制御が実行できる場合であっても、自動変速機8が変速するタイミングを待って変速期間内に磁力変更制御を実行するようにしてもよい。
【0132】
(非変速時磁力変更制御の具体例)
図11に、自動変速機8の変速期間外に実行する磁力変更制御(非変速時磁力変更制御)の具体例(タイムチャート)を示す。図12に、そのタイムチャートに対応して、制御装置が行う主な処理の流れを表したフローチャートを示す。なお、ここでの動力は駆動モータ3のみである。この具体例は上述した微小スリップ制御の例示に対応している。
【0133】
図11において、上段は自動変速機8の油圧に関するタイムチャートである。Pcはクラッチ完全締結制御時の油圧を、Psは目標油圧を、それぞれ表している。
【0134】
中段は変速機クラッチ83のトルクに関するタイムチャートである。一点破線L1は入力トルクを、二点破線L2は出力トルクを、実線L3はクラッチ締結トルクを、一点鎖線L4は上限伝達トルクを、それぞれ表している。
【0135】
下段はクラッチ差回転数に関するタイムチャートである。変速機クラッチ83の入力側83aの回転数と出力側83bの回転数の差を表している。
【0136】
図12に示すように、制御装置(MCU21)は、自動変速機8の変速期間外に磁力変更制御が実行されると判定した場合、TCU22は、その時の要求トルクTaに応じて自動変速機8の目標油圧Psを設定する(ステップS41)。先の例示のように、その時の要求トルクTa(入力トルク及び出力トルクも同じ)が43Nmであった場合には、その目標油圧Psを200kPaに設定すればよい。
【0137】
このときの変速機クラッチ83はクラッチ完全締結制御が実行されているので、油圧Pcは高く(例えば1000kPa)、クラッチ締結トルクは伝達トルクよりも圧倒的に高い。TCU22は、微小スリップ制御を開始するために、設定した目標油圧Psまで減圧する。それに伴い、クラッチ締結トルクは伝達トルクの近傍まで低下する(ステップS42、t0~t1)。それにより、変速機クラッチ83はスリップするようになり、クラッチ差回転数が増加する。
【0138】
そうして、MCU21は、所定の微小スリップ状態に収束するように、前段フィードバック制御を開始する(ステップS43)。具体的には、変速機センサ55の検出値に基づいて実測または推測されるクラッチ差回転数が目標差回転数Rs以下となるように、入力側の回転数、つまり駆動モータ3が出力する回転数を調整する(ステップS44)。すなわち、前段フィードバック制御は、開示する技術における「回転数フィードバック制御」に相当する。
【0139】
駆動モータ3の回転数であれば、比較的高い精度で制御できる。また、クラッチ差回転数を目標差回転数Rs(例えば20rpm)に速やかに収束できる。クラッチ差回転数が目標差回転数Rsに収束すれば、伝達トルク特性により、入力トルクは43Nmで、出力トルクは42Nmで、それぞれ安定化する(t1~t2)。
【0140】
そのような状態で、MCU21は、磁力変更制御を開始する(ステップS45)。磁力変更制御の実行時には、上述したように、駆動モータ3から瞬間的に高いモータトルクが出力され、そのトルクが入力トルクに上乗せされた状態になる(t2~t3)。
【0141】
それに応じて、モータ回転数(入力トルク)は増加するが、上限伝達トルク(45Nm)で規制されているので、出力トルクは45Nmまでしか上昇しない。その時のショックトルクは、図11に矢印Y1で示すように3Nmであり、ドライバーは感知できない。従って、トルクショックを効果的に抑制できる。
【0142】
磁力変更制御の直後にも、図11に矢印Y2で示すようにトルク変動が発生する。このトルク変動(事後トルクショック)は、実トルク(駆動輪に出力されているトルク、ここでは要求トルクや出力トルクと同じ43Nm)に対して所定のばらつき範囲(例えば±7Nm)で発生し得ることが判っている。
【0143】
この事後トルクショックは、上述した学習制御によって収束されるが、収束するまでに数ミリ秒から数十ミリ秒の時間を要する。従って、瞬間的ではあるがドライバーに違和感を与える懸念がある。
【0144】
事後トルクショックがプラス側に発生する場合には、上限伝達トルクで規制できる。一方、図例のようにマイナス側に事後トルクショックが発生する場合には、そのまま引き込むようなショック(引き込みショック)として出力される。従って、トルクショック抑制の観点からは、実トルクに対してプラス側で事後トルクショックが発生するようにするのが好ましい。
【0145】
そこで、この実施形態では、非変速時磁力変更制御時におけるトルク制御の指令値(ここでは要求トルクと同じ)は、ばらつき範囲を考慮した所定量がプラス側にオフセットされている(例えば+15Nm)。そうすることより、事後トルクショックは常にプラス側で発生するようになるので、事後トルクショックも効果的に抑制できる。
【0146】
クラッチ差回転数も、多少の増加が認められるものの、許容レベルである100rpm以下に抑制できる。従って、スリップロスも効果的に抑制できる。
【0147】
MCU21は、磁力変更制御が終了したか否かを判定する(ステップS46)。そして、磁力変更制御が終了した場合には、MCU21は、微少スリップ状態を目標としたパワー制御を開始する(ステップS47)。
【0148】
パワー制御では、駆動輪4Rから出力されるパワー、つまり駆動輪4RのトルクTおよび回転数Rの乗算値が、所定の目標とするパワー値(目標パワー値)となるように、トルクの制御を実行する(t3~t4)。すなわち、パワー制御では、要求トルクTaではなく、目標パワー値に対応したモータトルクTmを目標トルクとするトルク制御が実行される。
【0149】
目標パワー値が一定であれば、モータ回転数Rmが高いとそれに応じて目標トルクが低くなり、モータ回転数Rmが低いとおそれに応じて目標トルクが高くなる。従って、パワー制御によれば、トルク制御と異なり、回転数およびトルクの双方をバランスよく調整することができる。それにより、磁力変更制御によって回転数およびトルクが不安定になった変速機クラッチ83は、速やかに微少スリップ状態に収束していく。
【0150】
そうして所定期間が経過し、クラッチ差回転数が目標差回転数Rsより大きい所定の差回転数Rfに達すると(ステップS48でYes)、MCU21は、後段フィードバック制御を開始する(ステップS49)。具体的には、クラッチ差回転数が目標差回転数Rsに収束するように、入力側の回転数、つまり駆動モータ3が出力する回転数を調整する(ステップS50)。それにより、クラッチ差回転数を目標差回転数Rsに、よりいっそう速やかに収束でき、微小スリップ状態に保持できる(t4~t5)。
【0151】
その後、TCU22は、自動変速機8の油圧を通常の油圧まで昇圧し、クラッチ完全締結制御の状態に復帰する(ステップS51、t6)。そして、MCU21は、通常のトルク制御を再開する(ステップS52)。
【0152】
なお、磁力変更制御の終了後のパワー制御を省略し、直ちに、目標差回転数Rsを0(ゼロ)とした後段フィードバック制御に移行してもよい。そうすれば、図11に仮想線Lnで示すように、クラッチ差回転数を極短時間で無くすことができ、スリップロスを更にいっそう抑制できる。
【0153】
(自動変速機の変速時における状態変化)
自動変速機8の変速期間内に実行する磁力変更制御(変速時磁力変更制御)の具体例の説明に先立ち、その前提となる自動変速機8の変速時における状態変化について説明する。
【0154】
図13に、自動変速機8の変速時における主な諸元(車速、車両の加速度、入力トルク、エンジン回転数、締結トルク)のタイムチャートを例示する。ここでの自動車1は、エンジン2の駆動のみで走行している(駆動モータ3は駆動していない)。加速されることなく車速は徐々に増加している。そのような状況下で、自動変速機8がアップシフトされる。変速により、エンジン2の回転数は1速から2速に切り替えられる。
【0155】
自動変速機8では、第1クラッチ(変速前の1速に対応した変速機クラッチ83)から第2クラッチ(変速後の2速に対応した変速機クラッチ83)に移行する。すなわち、第1クラッチと第2クラッチとの間で締結状態と開放状態とが入れ替えられる。
【0156】
自動変速機8の変速期間は、大略、状態変化の内容から、プリチャージ&保持フェーズ、トルクフェーズ、及び、イナーシャフェーズからなる期間で構成されている。
【0157】
プリチャージ&保持フェーズは、変速の準備段階に相当する。プリチャージ&保持フェーズの期間では、主に、第2クラッチの締結動作を円滑かつ速やかに行わせるために、第2クラッチのクラッチ締結トルクを予備的にその伝達トルクの近傍まで高めて(プリチャージ)、その状態が保持される。変速前の第2クラッチには油圧は供給されていないので、プリチャージ&保持フェーズにより、油圧の応答遅れを抑制する。
【0158】
プリチャージ&保持フェーズの期間はまた、第1クラッチの開放動作を円滑かつ速やかに行わせる。そのために、第1クラッチのクラッチ締結トルクは、予備的にその伝達トルクの近傍まで低下されてその状態で保持される。プリチャージ&保持フェーズの期間中は、第1クラッチによって出力トルクが保持され、第2クラッチの摩擦要素は、実質的にトルクを伝達することなく無負荷でスリップしている状態(ゼロタッチ状態)にセットされる。なお、プリチャージ&保持フェーズの状態変化については別途後述する。
【0159】
トルクフェーズの期間では、第1クラッチから第2クラッチにトルクの伝達が切り替えられる。具体的には、第1クラッチでは、伝達トルクの近傍での待機状態から徐々に油圧を低下させることにより、締結状態から開放状態に移行する。第2クラッチでは、伝達トルクの近傍での待機状態から徐々に油圧を上昇させることにより、開放状態から締結状態に移行する。
【0160】
トルクフェーズの期間中、第1クラッチ及び第2クラッチは、トルク制御により、エンジン2の駆動による入力トルクを保持した状態で、いずれもスリップした状態である。第1クラッチは回転数を低下しながらスリップし、第2クラッチは回転数を上昇しながらスリップしている。
【0161】
この間、第2クラッチに対して、クラッチ差回転数に基づく油圧フィードバック制御が実行される。それにより、第1クラッチの油圧の低下量に応じて第2クラッチの油圧が次第に上昇していく。
【0162】
従って、伝達トルクの大きさを一定に保持した状態で、第1クラッチから第2クラッチへトルクの伝達が円滑に切り替えられていく。そして、第1クラッチが開放状態となり、トルクの伝達が第1クラッチから第2クラッチへ完全に切り替わると、トルクフェーズからイナーシャフェーズに移行する。
【0163】
トルクフェーズからイナーシャフェーズに移行した直後の回転数(入力側の回転数)は第1クラッチの変速比の回転数である。イナーシャフェーズの期間では、その回転数から第2クラッチの変速比に対応した回転数への切り替えが行われる。なお、変速期間中の出力側の回転数は慣性によってほとんど変化しない。
【0164】
イナーシャフェーズの期間では、第1クラッチはスリップしていないのに対し、第2クラッチはトルクフェーズから引き続いてスリップしている。アップシフトであるので、変速比は第1クラッチよりも第2クラッチの方が小さい。そして、エンジン2の駆動による入力トルクはトルク制御によって維持されている。従って、エンジン2の回転数は徐々に低くなる。
【0165】
このとき、第2クラッチでは、相対的に高回転な出力側の摩擦要素に対して相対的に低回転な入力側の摩擦要素が摺動することでスリップしている。それにより、駆動モータ3の入力トルクは低下する。すなわち、引き込みショックが発生しているのと同じような状態になる。
【0166】
第2クラッチのスリップは次第に減少していく。そうして、スリップが無くなって第2クラッチの入力側と出力側とで回転が同期し、第2クラッチがその変速比に対応した回転数になれば、イナーシャフェーズは終了する。
【0167】
イナーシャフェーズの終了後は、自動変速機8への油圧の供給により、第2クラッチに対するクラッチ完全締結制御が行われて自動変速機8の変速は完了する。
【0168】
(変速時磁力変更制御の具体例)
上述したように、自動変速機8の変速時には、変速機クラッチ83がスリップしている期間がある。本発明者らは、これをうまく利用すれば、単に磁力変更制御するだけなく、スリップロスを効果的に低減できることを見出した。
【0169】
すなわち、自動変速機8の変速期間では、プリチャージ&保持フェーズ、トルクフェーズ、及び、イナーシャフェーズの期間において、変速機クラッチ83がスリップしている。そのうち、イナーシャフェーズの期間の中で磁力変更制御を実行する。
【0170】
プリチャージ&保持フェーズの期間は、油圧の応答遅れの抑制を目的とした、変速に向けての準備期間である。従って、プリチャージ&保持フェーズの期間は、磁力変更制御の実行には不適であり、また、そのような時間的余裕もない。
【0171】
また、トルクフェーズの期間は、第1クラッチ及び第2クラッチともにスリップしており、トルク制御によって入力トルクを保持しながらトルクの伝達を切り替える。従って、制御の安定性の観点からは磁力変更制御を重ねて実行するのは好ましくない。
【0172】
一方、イナーシャフェーズの期間は、上述したように、第1クラッチから第2クラッチへの切り替えは実質的に終了しており、第2クラッチは、締結トルクが伝達トルクの近傍まで低くなった状態でスリップしている。
【0173】
つまり、イナーシャフェーズの期間は、微小スリップ制御の前段と同じような状態である。従って、スリップしている第2クラッチを利用して回転数フィードバック制御を実行すれば、容易に微小スリップ制御を実行できる。変速に伴うスリップを利用するので、微小スリップ制御に伴うスリップロスも低減できる。
【0174】
イナーシャフェーズの期間の中でも、特に、イナーシャフェーズの初期に磁力変更制御を開始するのが好ましい。なお、ここでの初期はイナーシャフェーズの開始直後及びその近傍の期間であって、少なくともその中間よりも前の期間を意味する。
【0175】
そうすれば、トルクフェーズでスリップしている第2クラッチに対し、磁力変更制御に伴って発生するトルクを上乗せすることで、スリップを増大できる。それにより、回転数の同期が促進される。イナーシャフェーズの期間を短縮することが可能になり、変速期間を短縮できる。イナーシャフェーズの期間が短縮すれば、スリップロスも更に低減される。
【0176】
例えば、自動変速機8の変速がダウンシフトである時には、変速時磁力変更制御に伴うトルク変動が実トルクに対してプラス側で発生するように、トルク制御の指令値をオフセットするのが好ましい。
【0177】
変速がダウンシフトである時には、変速比は第1クラッチよりも第2クラッチの方が大きい。従って、エンジン2の回転数は徐々に高くなる。このとき、イナーシャフェーズの期間における第2クラッチでは、相対的に低回転な出力側の摩擦要素に対して相対的に高回転な入力側の摩擦要素が摺動することでスリップする。それにより、図13に示した状態とは逆に、駆動モータ3の入力トルクは上昇する。すなわち、トルクショックが発生しているのと同じような状態になる。
【0178】
従って、非変速時磁力変更制御時における事後トルクショックの抑制と同様に、変速時におけるトルク制御の指令値を、ばらつき範囲を考慮した所定量(例えば+15Nm)オフセットするのが好ましい。そうすれば、トルクショックは常にプラス側で発生するようになるので、引き込みショックが無くなるうえに、トルクショックも効果的に抑制できる。しかも、イナーシャフェーズの期間を短縮できるので、スリップロスも効果的に低減できる。
【0179】
対して、変速がアップシフトである時には、変速時磁力変更制御に伴うトルク変動が実トルクに対してマイナス側で発生するように、トルク制御の指令値をオフセットするのが好ましい。
【0180】
すなわち、アップシフトである時のイナーシャフェーズの期間は、上述したように引き込みショックが発生しているのと同じような状態になる。従って、非変速時磁力変更制御時における事後トルクショックの抑制とは逆に、変速時におけるトルク制御の指令値を、ばらつき範囲を考慮した所定量をマイナス側にオフセットする(例えば-15Nm)。
【0181】
そうすれば、トルクショックは常にマイナス側で発生するようになるので、第2クラッチの回転数の同期を促進でき、イナーシャフェーズの期間をよりいっそう短縮できる。それにより、スリップロスをよりいっそう効果的に低減できる。
【0182】
図14に、図13の例示に対応した変速時磁力変更制御の具体例(タイムチャート)を示す。図15に、そのタイムチャートに対応して、制御装置が行う主な処理の流れを表したフローチャートを示す。
【0183】
図15に示すように、TCU22は、トルクフェーズが終了したか否かを判定する(ステップS61)。トルクフェーズが終了したと判定した場合には、MCU21は、第2クラッチが所定の微小スリップ状態に収束するように、前段フィードバック制御を開始する(ステップS62)。そして、クラッチ差回転数が目標差回転数Rs(例えば20rpm)以下となるように、第2クラッチの入力側の回転数を調整する(ステップS63)。すなわち、前段フィードバック制御は、開示する技術における「回転数フィードバック制御」に相当する。
【0184】
そのような状態で、MCU21は、磁力変更制御を開始する(ステップS64)。それにより、アップシフトである時には、図14に矢印Aで示すように、マイナス側に上乗せした状態でトルクショックが発生する。従って、第2クラッチのスリップが増大し、第2クラッチの回転数の同期が促進される。
【0185】
MCU21は、磁力変更制御が終了したか否かを判定する(ステップS65)。そして、磁力変更制御が終了した場合には、MCU21は、微少スリップ状態を目標としたパワー制御を開始する(ステップS66)。それにより、磁力変更制御によって回転数およびトルクが不安定になった第2クラッチは、速やかに微少スリップ状態に収束していく。
【0186】
そうして所定期間が経過し、クラッチ差回転数が目標差回転数Rsより大きい所定の差回転数Rfに達すると(ステップS67でYes)、MCU21は、後段フィードバック制御を開始する(ステップS68)。具体的には、クラッチ差回転数が0(ゼロ)、つまり第2クラッチの入力側と出力側の回転数が同期するように入力側の回転数を調整する(ステップS69)。
【0187】
その結果、図14に矢印A2で示すように、イナーシャフェーズの期間(変速期間)が通常の変速時よりも短縮される。変速中に磁力変更制御が可能になるだけでなく、磁力変更制御に伴うショックの抑制及びスリップロスの低減も効果的に実現できる。
【0188】
磁力変更制御の終了後のパワー制御を省略し、直ちに、目標差回転数Rsを0(ゼロ)とした後段フィードバック制御に移行してもよい。そうすれば、クラッチ差回転数を極短時間で無くすことができ、スリップロスを更にいっそう抑制できる。
【0189】
<変速への微小スリップ制御の適用>
変速の動作は、ドライビングの快適性の観点からすると、円滑かつ短時間であることが好ましい。しかし、自動変速機8は油圧制御されているので、油圧制御に起因した物理的な制約があり、変速時間の短縮には限界があった。
【0190】
具体的には、プリチャージ&保持フェーズの期間において、締結されている第1クラッチのクラッチ締結トルクをその伝達トルクの近傍まで移行させる場合、供給している油圧を抜けばよい。従って、簡単かつ短時間で実行できる。
【0191】
一方、開放されている第2クラッチをその伝達トルクの近傍まで移行させる場合、空状態の油室にオイルを供給して油圧を所定値まで適切に上昇させる必要がある。従って、第1クラッチのように簡単かつ短時間では実行できない。数ミリ秒のレベルではあるが、応答遅れが生じ得る。
【0192】
その際、オイルの温度やエア噛みなどによっても応答性は変化する。例えば、冷間時のオイルは粘性が高く流動性が低下するし、始動直後にエア噛みしてもオイルの流動性は低下する。すなわち、油圧制御の場合、油圧がばらつくため、その影響も考慮して油圧制御せざるを得ない。
【0193】
図16の上図に、プリチャージ&保持フェーズのタイムチャートを拡大して示す。太破線H1が第1クラッチの目標とする油圧(実油圧)の変化を表している。太実線H2が第2クラッチの目標とする油圧(実油圧)の変化を表している。細破線h1は、第1クラッチの油圧制御における設定油圧(第1設定油圧)であり、細実線h2は第2クラッチの油圧制御における設定油圧(第2設定油圧)である。実油圧は設定油圧によって実現される。
【0194】
プリチャージ&保持フェーズに際して、第1設定油圧は、第1クラッチのクラッチ締結トルクをその伝達トルクの近傍にする油圧とされている。減圧動作であるので、オイルの流動性に多少の差が有っても、第1クラッチの油圧を比較的短時間で円滑に第1設定油圧に調整できる。第1設定油圧に達することにより、第1クラッチの摩擦要素は所定の待機状態になる。
【0195】
第2設定油圧も同様に、プリチャージ&保持フェーズに際して、第2クラッチのクラッチ締結トルクをその伝達トルクの近傍にする油圧である。ただし、昇圧動作であるので、油圧の応答遅れを抑制するために、プリチャージフェーズt1と保持フェーズt2の二段階に分けて設定されている。
【0196】
プリチャージフェーズt1は、第2設定油圧よりも高い所定の油圧(プリチャージ油圧)に設定されている。それにより、第2クラッチの油室のほとんどが短時間でオイルで満たされる。それに続く保持フェーズt2は第2設定油圧とされている。それにより、油室にオイルが穏やかに流入するようになり、第2クラッチのクラッチ締結トルクはその伝達トルクの近傍に円滑に昇圧される。
【0197】
そうして、第2設定油圧に達すれば、第2クラッチの摩擦要素は上述したゼロタッチ状態になる。しかしながら、第2クラッチの油圧制御は、第1クラッチと異なり、油圧のばらつきの影響を受ける。すなわち、オイルの流動性が変化すればそれに応じて第2設定油圧に達する時間(昇圧完了時間)が遅速する。その結果、昇圧完了時間が短くなると引き込みショックが大きくなり、昇圧完了時間が長くなると「回転の吹き上がり」が発生する。
【0198】
図16の下に、プリチャージ&保持フェーズからトルクフェーズに移行する部分を拡大して示す。油圧のばらつきが無い場合、つまり目標通りの場合には、矢印Pで示すタイミングで、プリチャージ&保持フェーズからトルクフェーズに移行する。トルクフェーズが開始されると、上述したように、第1クラッチでは徐々に油圧が低下され、それに応じて、第2クラッチでは、油圧フィードバック制御により油圧が徐々に上昇する。従って、伝達トルクは一定に保持される。
【0199】
それに対し、昇圧完了時間が短くなると、破線H2aで示すように、第2クラッチの実油圧の立ち上がりが早まって、第1クラッチの油圧の低下より先に第2クラッチの油圧が上昇する。その結果、第2クラッチの伝達トルクが目標よりも過剰となり、引き込みショックが大きくなる。ただし、引き込みショック自体は、先に説明したように油圧がばらつかなくても発生し得る。
【0200】
一方、昇圧完了時間が長くなると、一点鎖線H2bで示すように、実油圧の立ち上がりが遅れて、第2クラッチの油圧の上昇より先に第1クラッチの油圧が低下する。その結果、第1クラッチの入力側で回転の吹き上がりが発生する。
【0201】
エンジン2の駆動時にはエンジン回転数が吹き上がることになる。従って、この回転の吹き上がりの抑制は、引き込みショックの抑制よりも重要である。
【0202】
そのため、このような実油圧の立ち上がりの遅れを防止するために、最悪な油圧の応答遅れを考慮せざるを得ず、プリチャージ&保持フェーズの期間の短縮には限界があった。物理的な現象であるため、この課題を解決することは難しいと考えられていた。
【0203】
それに対し、本発明者らは、上述した知見を更に拡張すれば、変速時間の短縮も可能になることを見出した。すなわち、磁力変更制御に伴うトルクショックの抑制とスリップロスの低減の両立に利用した微小スリップ制御をプリチャージ&保持フェーズの期間に適用すれば、プリチャージ&保持フェーズの期間の短縮が可能になることを見出した。
【0204】
具体的には、プリチャージ&保持フェーズの期間に、微小スリップ制御を実行することにより、第1クラッチの回転数を制御する。すなわち、第1クラッチのクラッチ差回転数に基づいて回転数フィードバック制御を実行することにより、第1クラッチが所定の回転数に収束するように制御する。
【0205】
そうすることにより、第2クラッチの実油圧の立ち上がりが遅れて、第2クラッチの油圧の上昇より先に第1クラッチの油圧が低下しても、第1クラッチは微小スリップした状態に保持される。従って、第1クラッチの入力側での回転の吹き上がりを防止できる。
【0206】
(改良変速制御)
図17に、微小スリップ制御をプリチャージ&保持フェーズの期間へ適用することにより、変速時間の短縮を可能にする変速制御(改良変速制御)の具体例を示す。
【0207】
自動変速機8の変速の開始前は、第1クラッチは完全な締結状態であり、第2クラッチは、完全な開放状態である。従って、第1クラッチ及び第2クラッチはスリップしていない。
【0208】
TCU22は、自動変速機8の変速が開始されると、第1クラッチの油圧を、その伝達トルク特性に基づいて、その伝達トルクの近傍まで低下させる(ステップS80)。減圧動作であるので、短時間かつ円滑に実行できる。それにより、第1クラッチの摩擦要素は、トルクフェーズの待機状態となる。
【0209】
続いて、MCU21は、微小スリップ制御を開始する(ステップS81)。すなわち、第1クラッチがスリップしたときに所定の微小スリップ状態に収束するように、回転数フィードバック制御を開始する。
【0210】
具体的には、変速機センサ55の検出値に基づいて実測または推測される第1クラッチのクラッチ差回転数が目標差回転数Rs(例えば20rpm)以下となるように、駆動モータ3及び/又はエンジン2により、第1クラッチの入力側の回転数を調整する。なお、このときの自動車1の駆動は第1クラッチの伝達トルクによって制御されている。
【0211】
そして、TCU22は、第2クラッチに油圧の供給を開始する(ステップS82)。すなわち、第2クラッチのクラッチ締結トルクがその伝達トルクの近傍に昇圧される。そして、TCU22は、所定の保持時間tsをカウントする油圧保持タイマーを作動させる(ステップS83)。保持時間tsは、第2クラッチがゼロタッチ状態となる時間である。
【0212】
オイルの流動性が適切な基準条件(温間時など)では、0.3ミリ秒程度で第2クラッチはゼロタッチ状態になる。しかし、オイルの流動性が低い最悪条件(冷間時など)では遅れが生じる。従って、従来はその遅れ分を基準条件に上乗せした時間に保持時間tsが設定されていた。それに対し、この改良変速制御ではその遅れを考慮する必要がない。すなわち、基準条件そのものの時間で保持時間tsを設定できる。従来よりも変速時間を短縮できる。
【0213】
TCU22は、保持時間tsに達した場合にトルクフェーズに移行する(ステップS84,S85)。なお、状況によっては、第2クラッチへの油圧の供給及び油圧保持タイマーの作動は、微小スリップ制御の開始と同じタイミングで開始してもよい。例えば、ステップS81~S83は、ほぼ同時であってもよい。
【0214】
トルクフェーズに移行すると、上述したように、第1クラッチから第2クラッチにトルクの伝達が切り替えられる。微小スリップ制御を継続することで、トルクの伝達の切り替えに応じて、微小スリップ制御の対象も第1クラッチから第2クラッチに移行する。すなわち、トルクフェーズの期間中は、第1クラッチ及び第2クラッチは微小スリップ状態に保持される。
【0215】
TCU22は、トルクフェーズが終了したか否かを判定する(ステップS86)。そして、トルクフェーズが終了したと判定した場合、TCU22は、磁力変速制御(変速時磁力変速制御)を実行するか否かを判定する(ステップS87)。
【0216】
そして、磁力変速制御を実行しないと判定した場合には(ステップS87でNo)、MCU21は微小スリップ制御を終了し、TCU22は通常のイナーシャフェーズに移行する(ステップS88)。このように、微小スリップ制御を適用した改良変速制御によれば、従来は困難と考えられていた変速時間の短縮が可能になる。
【0217】
一方、磁力変速制御を実行すると判定した場合には(ステップS87でYes)、TCU22は、磁力変速制御を伴うイナーシャフェーズに移行する(ステップS89)。上述したように、トルクフェーズの期間中、第2クラッチは微小スリップ状態に保持されている。従って、その状態を利用して磁力変速制御が実行できる。すなわち、トルクショックの抑制及びスリップロスの低減ができる。
【0218】
しかもこの場合には、上述した変速時磁力変速制御と異なり、第2クラッチはトルクフェーズで既に微小スリップ状態になっている。すなわち、イナーシャフェーズの期間に微小スリップ制御を開始して微小スリップ状態への収束を待つ必要がない。
【0219】
従って、トルクフェーズからイナーシャフェーズに移行した直後のタイミングで磁力変速制御を実行するのが好ましい。すなわち、イナーシャフェーズの開始と同時のタイミングで磁力変速制御を実行しても、トルクショックの抑制及びスリップロスの低減ができる。従って、イナーシャフェーズの期間短縮を、よりいっそう確実にできる。
【0220】
なお、開示する技術は、上述した実施形態に限定されず、それ以外の種々の構成をも包含する。例えば、自動車1の構成は例示であり、仕様に応じて変更できる。
【0221】
また、上述した改良変速制御では、微小スリップ制御をプリチャージ&保持フェーズの期間の後も継続するようにしたが、トルクフェーズの期間は従来通りの制御を行い、プリチャージ&保持フェーズの期間とイナーシャフェーズの期間とで、それぞれ独立して微小スリップ制御を実行してもよい(前段微小スリップ制御及び後段微小スリップ制御)。
【0222】
そうすれば、トルクフェーズの期間中、伝達トルクの切り替え制御に微小スリップ制御を重ねて実行しなくてよくなる。従って、制御の安定性を従来通り確保できる。
【0223】
図18に、微小スリップ制御を個別に実行する場合の改良変速制御(第2改良変速制御)を例示する。第2改良変速制御の大部分は、上述した改良変速制御と同じなので、同じステップは、同じ符号を用いてその説明は省略する。
【0224】
第2改良変速制御では、トルクフェーズに移行する際に、プリチャージ&保持フェーズの期間に開始した微小スリップ制御(前段微小スリップ制御)を終了する(ステップS95)。そして、トルクフェーズの期間は、通常の変速時と同様の制御を実行する。
【0225】
すなわち、トルクフェーズの期間中、第1クラッチ及び第2クラッチの入力トルクは、トルク制御によって保持される。そして、第1クラッチの油圧を徐々に低下しながら第2クラッチに対して油圧フィードバック制御を実行することにより、伝達トルクの大きさを一定に保持した状態で、第1クラッチから第2クラッチへトルクの伝達の切り替えが行われる。
【0226】
そして、トルクフェーズが終了して磁力変速制御を実行しない場合には、通常の変速時のイナーシャフェーズに移行する(ステップS96)。
【0227】
一方、磁力変速制御を実行する場合には、磁力変速制御を伴うイナーシャフェーズに移行する(ステップS97)。すなわち、変速時磁力変速制御と同様の制御が実行される。具体的には、図15に示した一連の処理が実行される。
【符号の説明】
【0228】
1 自動車(電動車両)
2 エンジン
3 駆動モータ
4 車輪
4R 駆動輪
5 中継クラッチ
6 インバータ
8 自動変速機
20 エンジンコントロールユニット(ECU)
21 モータコントロールユニット(MCU)
21a モータ出力制御部
21b 磁化制御部
22 変速機コントロールユニット(TCU)
22a 中継クラッチ制御部
22b 変速機クラッチ制御部
23 ブレーキコントロールユニット(BCU)
24 総合コントロールユニット(GCU)
31 モータケース
32 シャフト
33 ロータ
34 ステータ
35 マグネット(磁力可変磁石)
36 コイル
80 入力軸
81 出力軸
82 遊星歯車機構
83 変速機クラッチ(クラッチ)
83a 入力側
83b 出力側
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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図14
図15
図16
図17
図18