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特開2025-102526量子計算方法、量子計算システム、及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025102526
(43)【公開日】2025-07-08
(54)【発明の名称】量子計算方法、量子計算システム、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/60 20220101AFI20250701BHJP
   G06N 99/00 20190101ALI20250701BHJP
【FI】
G06N10/60
G06N99/00 180
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023220030
(22)【出願日】2023-12-26
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り Adiabatic Quantum Computing 2023、The Clyde Hotel(330 Tijeras Ave NW,Albuquerque NM 87102,US)、令和5年6月21日(開催期間:令和5年6月19日~令和5年6月23日) https://arxiv.org/submit/5309970、令和5年9月15日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST)「地理空間情報を自在に操るイジング計算機の新展開」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】390001421
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】戸川 望
(72)【発明者】
【氏名】白井 達彦
(57)【要約】
【課題】コヒーレンス時間の限られた量子デバイスを用いて効率よく組合せ最適化問題を解く。
【解決手段】制約を有する組合せ最適化問題を複数のスピン変数で表されるイジングモデルを用いて解くために、量子デバイスは、イジングモデルの量子ゆらぎの強さを表すパラメータであるアニーリングパスにしたがって量子アニーリングを実行して、複数のスピン変数の量子状態を生成し(102)、量子状態の確率分布を生成する(104)。古典コンピュータは、量子状態を表す解に基づいて、制約を満たさない非実行可能解を制約を満たす実行可能解に変換する後処理を実行して(106)、後処理後の新たな確率分布を計算し(108)、新たな確率分布に基づいてイジングモデルのエネルギー期待値を計算し(110)、エネルギー期待値が小さくなるようにアニーリングパスを新たなアニーリングパスに更新する(112)。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制約を有する組合せ最適化問題を複数のスピン変数で表されるイジングモデルを用いて解くための量子計算方法であって、
量子デバイスにより、前記イジングモデルの量子ゆらぎの強さを表すパラメータであるアニーリングパスにしたがって量子アニーリングを実行することにより、前記複数のスピン変数の量子状態を生成し、
前記量子デバイスにより、前記量子状態の確率分布を生成し、
古典コンピュータにより、前記量子状態を表す解に基づいて、前記制約を満たさない非実行可能解を前記制約を満たす実行可能解に変換する後処理を実行して、前記後処理後の新たな確率分布を計算し、
前記古典コンピュータにより、前記新たな確率分布に基づいて前記イジングモデルのエネルギー期待値を計算し、
前記古典コンピュータにより、前記エネルギー期待値が小さくなるように前記アニーリングパスを新たなアニーリングパスに更新する、量子計算方法。
【請求項2】
前記エネルギー期待値が収束するまで、前記量子状態の生成、前記確率分布の生成、前記後処理、前記エネルギー期待値の計算、及び前記アニーリングパスの更新のプロセスを繰り返すことにより、前記組合せ最適化問題の最適解を求める、請求項1に記載の量子計算方法。
【請求項3】
前記後処理は局所最適化手法に基づいて実行される、請求項1に記載の量子計算方法。
【請求項4】
制約を有する組合せ最適化問題を複数のスピン変数で表されるイジングモデルを用いて解くための量子計算システムであって、
前記イジングモデルの量子ゆらぎの強さを表すパラメータであるアニーリングパスにしたがって量子アニーリングを実行することにより、前記複数のスピン変数の量子状態を生成し、前記量子状態の確率分布を生成する量子デバイスと、
前記量子状態を表す解に基づいて、前記制約を満たさない非実行可能解を前記制約を満たす実行可能解に変換する後処理を実行して、前記後処理後の新たな確率分布を計算し、前記新たな確率分布に基づいて前記イジングモデルのエネルギー期待値を計算し、前記エネルギー期待値が小さくなるように前記アニーリングパスを新たなアニーリングパスに更新する古典コンピュータと、
を備える、量子計算システム。
【請求項5】
制約を有する組合せ最適化問題を複数のスピン変数で表されるイジングモデルを用いて解くための量子計算方法を量子デバイスと併用して古典コンピュータに実行させるためのプログラムであって、
前記量子デバイスによる量子アニーリングの実行により、前記複数のスピン変数の量子状態の確率分布が生成されると、前記量子状態を表す解に基づいて、前記制約を満たさない非実行可能解を前記制約を満たす実行可能解に変換する後処理を実行して、前記後処理後の新たな確率分布を計算し、
前記新たな確率分布に基づいて前記イジングモデルのエネルギー期待値を計算し、
前記エネルギー期待値が小さくなるように、前記量子アニーリングのパラメータであるアニーリングパスを新たなアニーリングパスに更新するステップを有するプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制約のある組合せ最適化問題を解法するための量子計算方法、量子計算システム、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
組合せ最適化問題とは、多数の組合せの中から最も良い組合せを選ぶために、制約条件のもとで目的関数を最小化又は最大化する変数の組合せを求める問題である。組合せ最適化問題は、一般に、量子アニーラやゲート型量子コンピュータなどの量子デバイス上でのイジングモデルの基底状態探索問題に変換される。近年、制約のある大規模な組合せ最適化問題を解法するための様々な量子アルゴリズムが提案されている(例えば、非特許文献1、非特許文献2、及び非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Edward Farhi, Jeffrey Goldstone, and Sam Gutmann, “A Quantum Approximate Optimization Algorithm,” arXiv:1411.4028 (2014).
【非特許文献2】Shunji Matsuura, Samantha Buck, Valentin Senicourt, and Arman Zaribafiyan, “Variationally scheduled quantum simulation,” Phys. Rev. A vol. 103, 052435 (2021).
【非特許文献3】Michiya Kuramata, Ryota Katsuki, and Kazuhide Nakata, “Larger sparse quadratic assignment problem optimization using quantum annealing and a bit-flip heuristic algorithm,” in 2021 IEEE 8th International Conference on Industrial Engineering and Applications (ICIEA), 2021, pp. 556-565.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ノイズの影響により、量子デバイスがエラーなく量子アルゴリズムを実行することができる時間(コヒーレンス時間)には上限がある。しかしながら、従来の量子アルゴリズムを用いて大規模な組合せ最適化問題を解くためには非常に長い時間がかかるという課題がある。
【0005】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、コヒーレンス時間の限られた量子デバイスを用いて効率よく組合せ最適化問題を解く量子計算方法、量子計算システム、及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る量子計算方法は、制約を有する組合せ最適化問題を複数のスピン変数で表されるイジングモデルを用いて解くための量子計算方法であって、量子デバイスにより、イジングモデルの量子ゆらぎの強さを表すパラメータであるアニーリングパスにしたがって量子アニーリングを実行することにより、複数のスピン変数の量子状態を生成し、量子デバイスにより、量子状態の確率分布を生成し、古典コンピュータにより、量子状態を表す解に基づいて、制約を満たさない非実行可能解を制約を満たす実行可能解に変換する後処理を実行して、後処理後の新たな確率分布を計算し、古典コンピュータにより、新たな確率分布に基づいてイジングモデルのエネルギー期待値を計算し、古典コンピュータにより、エネルギー期待値が小さくなるようにアニーリングパスを新たなアニーリングパスに更新する。
【0007】
本発明に係る量子計算システムは、制約を有する組合せ最適化問題を複数のスピン変数で表されるイジングモデルを用いて解くための量子計算システムであって、イジングモデルの量子ゆらぎの強さを表すパラメータであるアニーリングパスにしたがって量子アニーリングを実行することにより、複数のスピン変数の量子状態を生成し、量子状態の確率分布を生成する量子デバイスと、量子状態を表す解に基づいて、制約を満たさない非実行可能解を制約を満たす実行可能解に変換する後処理を実行して、後処理後の新たな確率分布を計算し、新たな確率分布に基づいてイジングモデルのエネルギー期待値を計算し、エネルギー期待値が小さくなるようにアニーリングパスを新たなアニーリングパスに更新する古典コンピュータと、を備える。
【0008】
本発明に係るプログラムは、制約を有する組合せ最適化問題を複数のスピン変数で表されるイジングモデルを用いて解くための量子計算方法を量子デバイスと併用して古典コンピュータに実行させるためのプログラムであって、量子デバイスによる量子アニーリングの実行により、複数のスピン変数の量子状態の確率分布が生成されると、量子状態を表す解に基づいて、制約を満たさない非実行可能解を制約を満たす実行可能解に変換する後処理を実行して、後処理後の新たな確率分布を計算し、新たな確率分布に基づいてイジングモデルのエネルギー期待値を計算し、エネルギー期待値が小さくなるように、量子アニーリングのパラメータであるアニーリングパスを新たなアニーリングパスに更新するステップを有する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、量子デバイスがアニーリングパスにしたがって量子アニーリングを実行して量子状態の確率分布を生成した後、古典コンピュータが、非実行可能解を実行可能解に変換する後処理を実行し、後処理後の量子状態の新たな確率分布に基づいてエネルギー期待値が小さくなるようにアニーリングパスを更新するようにした。これにより、アニーリングパスが最適化され、コヒーレンス時間の限られた量子デバイスを用いて効率良く組合せ最適化問題を解くことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本実施形態に係る量子計算方法を表すフローチャートである。
図2A】2個のスピン変数で表される制約付き組合せ最適化問題において非実行可能解を実行可能解に変換する後処理を説明するための模式図である。
図2B】後処理による確率分布の変化を説明するための模式図である。
図3】3種類のアニーリングスケジュール(連続、線形、離散)を表す模式図である。
図4】異なるアニーリング時間に対する連続スケジュールでの最適なアニーリングパスを表すグラフである。
図5】複数の制約が互いに独立である例を説明するための模式図である。
図6】複数の制約が互いに独立ではない例を説明するための模式図である。
図7】複数の制約が互いに独立ではないときの後処理手法の一例を表す模式図である。
図8】本実施形態に係る量子計算システムの構成を示すブロック図である。
図9図8に示す古典コンピュータのハードウェア構成を示すブロック図である。
図10】グラフ分割問題の一例を表す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。
【0012】
まず、イジングモデルと量子アニーリングについて簡単に説明する。組合せ最適化問題(以下、COPと呼ぶ。)は、一般に、イジングモデルの基底状態探索問題に変換される。イジングモデルは、無向グラフG=(V、E)上で式(1)のように定義される。
【数1】
【0013】
ここで、Vは頂点の集合、Eは辺の集合である。σ 、σ 、σ は、それぞれ、サイトiに作用するパウリ行列のx成分、y成分、z成分であり、Jijはスピン変数σ とσ との間の相互作用係数を表し、hはスピン変数σ 上の外部磁場係数を表し、Hは定数である。
【0014】
制約付きCOPのイジングモデルのハミルトニアンHIsingは式(2)のように与えられる。Hobj、Hcstは、それぞれ、目的関数、制約項である。
【数2】
【0015】
制約を満たす解を実行可能解と呼び、制約を満たさない解を非実行可能解と呼ぶ。
【0016】
ここで、コスト関数C(σ)は式(3)のように与えられ、i∈Vに対する|σ〉はσ の固有基底である。すなわち、σ∈{-1、1}に対してσ |σ〉=σ|σ〉である。
【数3】
【0017】
制約付きCOPはquadratic unconstrained binary optimization(QUBO)モデルに変換して解くことができる。QUBOモデルとは、イジングモデルを0と1の二値をとるスピン変数xの二次式のエネルギー関数で表したものである。無向グラフG=(V、E)上で定義されたQUBOのハミルトニアンは式(4)のように与えられる。
【数4】
【0018】
QUBOにおけるスピン変数x∈{0、1}を(σ +1)/2に置き換えると、式(1)で定義されるイジングモデルが得られる。
【0019】
量子アニーリングは、量子ゆらぎを用いてイジングモデルの基底状態を探索する手法である。量子アニーリングでは、式(5)で与えられるように、量子状態|ψ(t)〉が時間依存のシュレーディンガー方程式にしたがって時間発展する。ここで、プランク定数hをh/2π=1としている。
【数5】
【0020】
式(5)におけるH(t)は、イジングモデルのハミルトニアンHIsingと量子ゆらぎに対応する横磁場ハミルトニアンHとにより、式(6)のように表される。
【数6】
【0021】
s(t)は時刻tでの量子ゆらぎの強さを表すパラメータであり、アニーリングパスと呼ばれる。s(t)は、量子アニーリングを実行する量子デバイスのハードウェアの制約により0と1との間の値をとる。アニーリングパスs(t)のスケジューリングについては後述する(図3及び図4参照)。
【0022】
式(1)に示すように、イジングハミルトニアンHIsingはパウリ行列のz成分σ で表されるが、横磁場ハミルトニアンHは、式(7)のように、パウリ行列のx成分σ で表される。
【数7】
【0023】
初期状態|ψ(0)〉は横磁場ハミルトニアンHの基底状態に設定されている。アニーリング時間をTと表記すると、出力状態|ψ(T)〉は、t=0からt=Tまで式(5)を解くことによって得られる。
【0024】
本実施形態に係る量子計算方法では、変分量子アルゴリズム(VQA)と後処理とを用いて制約付きCOPの最適解(基底状態)を探索する。VQAは、変分法によって短時間で(準)最適解に導く最適なアニーリングパスを見つける手法である。後処理は、量子デバイスの出力解をCOPの制約を満たす実行可能解に変換する手法である。本実施形態では、VQAと後処理とを併用した手法を後処理変分量子アルゴリズム(pVQA)と呼ぶ。
【0025】
図1は、本実施形態の量子計算方法を表すフローチャートである。まず、COPのイジングモデルとt∈[0、T]におけるアニーリングパスの初期値s(1)(t)が量子デバイスに入力される。その後、量子デバイス及び古典コンピュータによってステップ102~112を繰り返すことでアニーリングパスを更新する。m回目の量子アニーリングで用いるアニーリングパスをs(m)(t)、m回の更新後に得られるアニーリングパスをs(m+1)(t)と表記する。
【0026】
量子デバイスは、現在のアニーリングパスs(m)(t)に沿って量子アニーリングを実行することによって量子状態|ψ(T)〉を生成する(ステップ102)。
【0027】
次に、量子デバイスは、ステップ102で生成された量子状態|ψ(T)〉の確率分布p′(σ)を生成する(ステップ104)。p′(σ)は式(8)のように定義される。実際には、量子状態|ψ(T)〉の測定を繰り返すことで確率分布が近似的に求められる。
【数8】
【0028】
次に、古典コンピュータが、非実行可能解を実行可能解に変換する後処理を実行し(ステップ106)、後処理後の新たな確率分布p(σ)を計算する(ステップ108)。後処理は、ステップ102で生成された量子状態|ψ(T)〉を{σ }基底で測定した際に得られた解σ′のマッピングP:Pσ′→σで定義される。後処理の具体例については後述する。新たな確率分布p(σ)は式(9)のように与えられる。
【数9】
【0029】
次いで、古典コンピュータは、ステップ108で求めた新たな確率分布p(σ)に基づいてエネルギー期待値Eを計算する(ステップ110)。エネルギー期待値Eは、コスト関数C(σ)(式(3))と確率分布p(σ)(式(9))との加重和で表され、式(10)のように定義される。
【数10】
【0030】
次いで、古典コンピュータは、ステップ110で計算されたエネルギー期待値Eが小さくなるように、現在のアニーリングパスs(m)(t)を新たなアニーリングパスs(m+1)(t)に更新する(ステップ112)。アニーリングパスの更新は、勾配降下法又はPowell法などの公知の最適化アルゴリズムを用いて行われる。
【0031】
ステップ102~112は、エネルギー期待値Eが収束するまで(解が更新されなくなるまで)繰り返される。上述のように、ステップ102及び104は量子デバイスによって実行され、ステップ106、108、110及び112は古典コンピュータによって実行される。
【0032】
pVQAの適用例として、2個のスピン変数x、x∈{0、1}に対して、制約x+x=1の下で-xを最小にするCOPを考える。このCOPのQUBOモデルにおけるハミルトニアン(エネルギー関数)は、例えば、式(11)のように定式化される。ここで、Hobj=-x、Hcst=5(x+x-1)である。
【数11】
【0033】
図2Aに、式(11)で表されるCOPの解のエネルギー値(Hの値)を示す。図2Aにおいて、(x、x)=(1、0)、(0、1)が実行可能解であり、(x、x)=(0、0)、(1、1)が非実行可能解であり、(x、x)=(1、0)が最適解である。
【0034】
後処理は、局所最適化手法に基づいて行うことができる。局所最適化手法に基づく後処理は、全ての極小解(local minimum solution)が実行可能解であるという性質を用いている。極小解は、スピン変数xをフリップすることによってエネルギー値を下げない解として定義される。フリップとは、スピン変数の値を0から1又は1から0に変換することである。局所最適化手法は、スピン変数のフリップによってエネルギー値を下げる手法である。非実行可能解は極小解ではないので、局所最適化手法を繰り返してエネルギー値を下げていくと、極小解である実行可能解を得ることができる。
【0035】
局所最適化手法の例として貪欲法(greedy method)がある。図2Aに示す制約付きCOPに対し、貪欲法を用いて後処理する例を説明する。
【0036】
古典コンピュータは、暫定解(x、x)のエネルギー値E0と、(x、x)のxをフリップした解のエネルギー値E1と、(x、x)のxをフリップした解のエネルギー値E2とを計算する。E0、E1、E2の中でE1が最小であるとき、古典コンピュータは(x、x)のxをフリップする後処理を行う。E0、E1、E2の中でE2が最小であるとき、古典コンピュータは(x、x)のxをフリップする後処理を行う。E0、E1、E2の中でE0が最小であるときは、暫定解(x、x)が維持される。
【0037】
図2Aの例では、貪欲法に基づく後処理によって、非実行可能解(0、0)、(1、1)はどちらも実行可能解(1、0)に変換される。一方、実行可能解である(1、0)、(0、1)は変換されない。よって、後処理によって実行可能解の確率が高くなる。
【0038】
図2Bに示すように、元の確率分布p′は、非実行可能解(0、0)、(1、1)にも広がっている一方で、後処理後の新たな確率分布pは、実行可能解(0、0)、(1、1)のみに分布している。
【0039】
<アニーリングスケジュール>
次に、図3及び図4を参照して、pVQAのパラメータであるアニーリングパスs(t)のスケジューリングについて説明する。図3に示すように、アニーリングパスs(t)には、連続スケジュール、線形スケジュール、離散スケジュールの3種類のスケジュールがある。
【0040】
連続スケジュールは、アニーリングパスs(t)を連続関数で一般的に定式化したものであり、3種類のスケジュールの中で最も優れた性能を示すものの、既存の量子デバイスでの実現は困難を伴う。一方、線形スケジュールは量子アニーラで実行可能であり、離散スケジュールはゲート型量子コンピュータで容易に実行可能である。
【0041】
線形スケジュールは2つの変分パラメータs及びsを有し、それぞれ、t=0、t=Tでのs(t)の値を表している。線形スケジュールのアニーリングパスs(t)は式(12)のように与えられる。
【数12】
【0042】
なお、従来の研究では、s=s(0)=0、s=s(T)=1に固定されていたが、本実施形態では、s及びsを変分パラメータとして採用していることに注意されたい。
【0043】
離散スケジュールは量子近似最適化アルゴリズム(QAOA)に適用される。離散スケジュールは、p個の層を有しており、各層は2個の変分パラメータで構成される。よって、2p個の変分パラメータs(i∈{1、…、2p})が存在する。各層l(l∈{1、…、p})のアニーリングパスs(t)は、式(13)で表されるように0又は1の値をとる。
【数13】
【0044】
ここで、s=0であり、si-1≦s(i∈{1、…、2p})、s2p≦Tである。t∈[s2p、T]の間、量子状態は時間発展しない。式(6)及び式(13)より、各層lにおいて量子状態は、イジングハミルトニアンHIsingによる時間発展をした後に、横磁場ハミルトニアンHによる時間発展をする。
【0045】
図4に、異なるアニーリング時間(T=0.1、T=1、T=10)に対する連続スケジュールでの最適なアニーリングパスを示す。図4の各グラフにおける複数の線は、8個のノードを有する10個の異なるグラフ分割問題に対するアニーリングパスに対応している。
【0046】
T=0.1では、量子アニーリングはイジングハミルトニアンHIsingで始まり、アニーリング時間Tの中間点で急に横磁場ハミルトニアンHに遷移する。T=1では、量子アニーリングはイジングハミルトニアンHIsingで始まり、連続関数が続き、横磁場ハミルトニアンHで終了する。T=10では、量子アニーリングは横磁場ハミルトニアンHで始まりイジングハミルトニアンHIsingで終了しており、標準的なアニーリングパスに類似している。アニーリング時間が長くなると、上述のグラフ分割問題の最適解を得る成功確率は高くなる。ここで、成功確率は、図4に示す最適なアニーリングパスs(t)に沿った量子アニーリングを計算し、その後、上述の後処理を実行したときに、最適解が得られる確率を示している。
【0047】
図2Aでは、1個の制約を有するCOPの例を示したが、本実施形態のpVQAは複数の制約を有するCOPにも適用可能である。制約が1個のCOPの例として、グラフ分割問題、ナップサック問題がある。互いに独立な複数の制約を有するCOPの例として、グラフ彩色問題がある。互いに独立ではない複数の制約を有するCOPの例として、巡回セールスマン問題、二次割当問題がある。
【0048】
図5に、複数の制約が互いに独立である例を示す。3行3列に並べられたスピン変数xに対し、各行(横方向)のスピン変数xの和が1という3個の制約があるものとする。この場合、制約は行ごとに独立に定義されるので、これら3個の制約は互いに独立である。図5の例では、1行目と2行目は制約を満たしているが、3行目はスピン変数xの和が2となり、制約を満たしていない。
【0049】
図6に、複数の制約が互いに独立ではない例を示す。3行3列に並べられたスピン変数xに対し、各行(横方向)のスピン変数xの和が1、各列(縦方向)のスピン変数xの和が1という6個の制約があるものとする。図6から明らかなように、1個のスピン変数xに対して行と列の2個の制約が課せられていることから、これら6個の制約は互いに独立ではない。図6の例では、1行目、2行目、1列目、2列目は制約を満たしているが、3行目、3列目は制約を満たしていない。
【0050】
<pVQAの適用範囲>
次に、COPに関し、pVQAの適用範囲について検討する。QUBOモデルのハミルトニアンQを式(14-1)のように表す。ここで、Qobjは目的関数、Qcstは制約項、A>0は制約係数である。さらに、後処理のためのハミルトニアンQ′を式(14-2)のように表す。ここで、Q′cst cは制約項、A′>0は制約係数である。
【数14】
【0051】
∈{0、1}(i∈V)に対し、式(15)に示す線形の制約の下で目的関数Qobjを最小化又は最大化するCOPを考える。ここで、Mは制約の個数である。
【数15】
【0052】
このCOPに関し、以下の定理を導くことができる。
定理:制約係数A′の値が十分大きく(A′>ΔQobj)、以下の第1条件、第2条件、及び第3条件を満たすとき、全ての非実行可能解を実行可能解に変換する局所最適化手法が存在する。ここで、ΔQobjは、スピン変数xをフリップしたときのQobjのエネルギー変化の最大値である。
(i)第1条件:式(16)を満たすこと。
【数16】
(ii)第2条件:実行可能解が存在すること。
(iii)第3条件:式(17)を満たすこと。すなわち、制約が互いに独立であること。
【数17】
【0053】
この定理を証明するためには、上述の条件の下で全ての非実行可能解が極小解ではないことを示す必要がある。x∈{0、1}(i∈V)がc番目の制約を満足しないと仮定すると、式(18)又は式(19)が満たされる。
【数18】
【数19】
【0054】
式(18)を満たすとき、第1条件から式(20)が導かれる。
【数20】
【0055】
c番目の制約を満足しない非実行可能解が極小解であると仮定して、背理法を用いた証明を行う。式(20)と第3条件(すなわち、制約が互いに独立であること)は、スピン変数xのフリップによって式(15)のΣa cの値が増加する場合、A′>ΔQobjのときエネルギー値(Q′の値)が低くなることを示唆している。しかしながら、この非実行可能解が極小解であるならば、フリップによってエネルギー値は低くならないはずである。よって、フリップによってΣa cの値は増加すべきではない。これは、x=1のときa c≧0、x=0のときa c≦0であることを意味し、任意のx′に対して式(21)が成り立つ。
【数21】
【0056】
しかしながら、式(21)は、実行可能解が存在するという第2条件と矛盾している。よって、非実行可能解は極小解ではない。なお、式(19)を満たす非実行可能解についても、同様の議論により、非実行可能解が極小解ではないことを証明することができる。
【0057】
複数の制約が互いに独立ではない場合、上述の定理に当てはまらず、局所最適化手法に基づく後処理を用いることができないが、アドホックな後処理方法を用いれば、pVQAが適用可能である。図6に示したように、各行のスピン変数xの和が1、各列のスピン変数xの和が1という互いに独立ではない6個の制約を例に挙げてアドホックな後処理方法を説明する。
【0058】
スピン変数xが、図7の初期状態702にあるとする。初期状態702は、2列目、3列目、1~3行目が制約を満たしていない。まず、xの和が2以上の2列目及び3列目に対し、xの和が1となり、且つ、エネルギー値ができる限り小さくなるようにx=1をx=0にフリップする。これにより、状態702から状態704に遷移したとする。
【0059】
状態704は、全ての列が制約を満たすが、2行目及び3行目が制約を満たしていない。次に、xの和が2以上の2行目に対し、xの和が1となり、且つ、エネルギー値ができる限り小さくなるようにx=1をx=0にフリップする。これにより、状態704から状態706に遷移したとする。
【0060】
状態706では、2列目、3列目、1行目、及び2行目が制約を満たしているが、1列目及び3行目ではxの和が0であり、制約を満たしていない。次に、xの和が0の3行目に対し、xの和が1となり、且つ、エネルギー値ができる限り小さくなるようにx=0をx=1にフリップする。これにより、状態706から状態708に遷移すれば、全ての制約が満たされる。このようなアドホックな後処理方法は、以下の非特許文献に記載されている。
S. Kanamaru, et al., “Mapping Constrained Slot-Placement Problems to Ising Models and its Evaluations by an Ising Machine,”2019 IEEE 9th International Conference on Consumer Electronics (ICCE-Berlin), Berlin, Germany, 2019.
【0061】
<制約付きCOPの例>
次に、制約が1個のCOPの例として、グラフ分割問題(GPP)及び二次ナップサック(QKP)を説明する。どちらも、NP困難なCOPである。
【0062】
GPPは、偶数個の頂点(ノード)の集合Vと辺集合Eを有するグラフG=(V、E)が与えられ、Vを等しいサイズの2つの部分集合に分割するとき、2つの部分集合を結ぶ辺の数(カット数)が最小になるように分割するものである。グラフの各頂点i∈Vに対してスピン変数xを定義し、頂点iが第1部分集合に属するときx=1、頂点iが第2部分集合に属するときx=0と設定する。
【0063】
このGPPは、式(22)で与えられる線形の等式制約を有する。ここで、|V|は頂点の数を表す。
【数22】
【0064】
このGPPにおいて、式(14-1)のQobj及びQcstは式(23)のように与えられる。ここで、kはノードiの次数である。
【数23】
【0065】
QKPは、容量Cのナップサックとn個の品物が与えられたとき、容量Cを超えない範囲で、ナップサックに入れた品物の価値の合計を最大にする品物の組合せを見つけるCOPである。i番目の品物の容量及び価値を、それぞれ、w、piiと表記し、i番目の品物とj番目の品物を同時にナップサックに入れたときの付加価値をpijと表記する。i番目の品物をナップサックに入れたときx=1と表し、入れないときx=0と表す。
【0066】
このQKPは、式(24)で与えられる線形の不等式制約を有する。
【数24】
【0067】
このQKPにおいて、式(14-1)のQobj及びQcstは式(25)のように与えられる。
【数25】
【0068】
<システム構成>
次に、本実施形態の量子計算方法を実行する量子計算システムの構成について説明する。図8に示すように、本実施形態の量子計算システム10は、古典コンピュータ20と、古典コンピュータ20に接続された量子デバイス30とを備える。
【0069】
量子デバイス30は、量子アニーラやゲート型量子コンピュータなどの量子デバイスである。量子デバイス30は、図1のステップ102及び104に示したように、アニーリングパスに沿って量子アニーリングを実行して量子状態を生成し、量子状態の確率分布を生成する。
【0070】
古典コンピュータ20は、パーソナルコンピュータなどのフォンノイマン型のコンピュータである。図9に示すように、古典コンピュータ20は、プロセッサ202と、メモリ204と、記憶装置206と、入力部208と、ディスプレイ210と、I/F212とを備え、これらのデバイスはバスを介して接続される。
【0071】
プロセッサ202は、Central Processing Unit(CPU)等を有し、メモリ204及び記憶装置206に格納されたプログラムにしたがって各種の処理を実行する。プロセッサ202は、図1のステップ106~112に示したように、後処理、新たな確率分布の計算、エネルギー期待値の計算、及びアニーリングパスの更新を行う。
【0072】
なお、プロセッサ202として、CPU等の汎用コンピュータの代わりに、本実施形態の量子計算方法を実行するためのApplication Specific Integrated Circuits(ASIC)、Field Programmable Gate Array(FPGA)等の専用コンピュータを採用してもよい。
【0073】
メモリ204は、Read Only Memory(ROM)及びRandom Access Memory(RAM)を有する。ROMは、BIOS等のブートプログラムを格納している。プロセッサ202が、ROMに格納されたプログラム又は記憶装置206に格納されたプログラムを読み出す際、これらのプログラムはRAMにロードされる。
【0074】
記憶装置206は、非一時的なコンピュータ読み取り可能な記憶媒体を有し、本実施形態の量子計算方法を量子デバイス30と併用してプロセッサ202に実行させるためのプログラムと、プログラムの実行に必要なデータ等を格納している。コンピュータ読み取り可能な記憶媒体として、Hard Disk Drive(HDD)、Solid State Drive(SSD)、光ディスク等が挙げられる。
【0075】
なお、プロセッサ202によって実行されるプログラムを、ネットワークを介して接続された他のコンピュータに格納し、プロセッサ202が、他のコンピュータからI/F212を介してプログラムを読み出すようにしてもよい。
【0076】
入力部208は、マウス、キーボード等の入力デバイスを有する。ディスプレイ210は、Liquid Crystal Display(LCD)等のディスプレイであり、プロセッサ202により実行された処理の結果を表示する。
【0077】
I/F212は、古典コンピュータ20をLocal Area Network(LAN)、Wide Area Network(WAN)、及び/又はインターネット等のネットワークに接続するためのインターフェースである。
【0078】
次に、量子アニーラ及びゲート型量子コンピュータによってpVQAを実行した実施例1及び実施例2について説明する。実施例1ではGPPを対象とし、実施例2ではQKPを対象とする。
【実施例0079】
表1に、GPPの10個の問題インスタンスGPP_n_iに対してpVQAと従来の量子アニーリング(QA)とを量子アニーラで実行して得られた結果(残留エネルギーRe及び成功確率psuc)を示す。ここで、n=|V|、iはランダムグラフのラベルを表す。残留エネルギーReは、コスト関数(式(3))の平均値と最適値との差を表す。成功確率psucは、最適解が得られた確率を表す。コスト関数の平均値及び成功確率psucは、量子アニーリングを繰り返すことで得られた100個の解の中からコスト関数に基づく上位50個の解に基づいて計算されたものである。線形のアニーリングパスを用い、グリッドサーチ法によりアニーリングパスを更新した。表1において、括弧内の数値は標準偏差を表している。Reの値が小さくpsucの値が大きいほど、アルゴリズムの性能が良いことを示している。
【0080】
【表1】
【0081】
表1より、|V|=32の5個のGPPでは、pVQAはQAに比べて、残留エネルギーReが削減され、成功確率psucが改善されていることがわかる。
【0082】
表2に、4ノードのGPP(|V|=4)に対してpVQAとVQAとをゲート型量子コンピュータで実行して得られた成功確率psucを示す。表2において、括弧内の数値は標準偏差を表している。図10に、実際に用いられた4ノードのGPPの模式図を示す。図10における点線は最適解を表している。離散スケジュールのアニーリングパスを用い、Powell法によりアニーリングパスを更新した。アニーリングパスに沿った量子アニーリングを繰り返すことで得られた100個の解から成功確率psucを計算した。
【0083】
【表2】
【0084】
表2より、pVQAはVQAに比べて成功確率psucが大きく、pVQAがVQAより著しく性能が優れていることがわかる。
【実施例0085】
表3に、QKPの7個の問題インスタンスQKP_n_iに対してpVQAとQAとを量子アニーラで実行して得られた結果(残留エネルギーRe及び成功確率psuc)を示す。nは品物の数、iはベンチマークであるインスタンスのラベルを表す。残留エネルギーRe及び成功確率psucの計算方法は表1と同様である。表3においても、括弧内の数値は標準偏差を表している。
【0086】
【表3】
【0087】
表3より、pVQAはQAに比べて、残留エネルギーReが大幅に削減され、成功確率psucが改善されており、pVQAがQAより著しく性能が優れていることがわかる。
【0088】
本実施形態の量子計算方法及びシステムによれば、アニーリングパスの変分最適化手法と後処理手法とを併用したアルゴリズムであるpVQAを用いることにより、コヒーレンス時間の限られた量子デバイスで効率良くCOPを解くことができる。また、従来手法として解の精度を改善させることが可能となる。また、本実施形態の量子計算方法は、量子デバイスの種類を問わず適用可能である。
【0089】
なお、本発明は、上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の変更が可能であり、当業者によってなされる他の実施形態、変形例も本発明に含まれる。
【符号の説明】
【0090】
10 量子計算システム
20 古典コンピュータ
30 量子デバイス
202 プロセッサ
204 メモリ
206 記憶装置
208 入力部
210 ディスプレイ
212 I/F
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10