(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025103403
(43)【公開日】2025-07-09
(54)【発明の名称】乾燥ストレス耐性付与用組成物
(51)【国際特許分類】
A01N 37/30 20060101AFI20250702BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20250702BHJP
A01G 7/06 20060101ALI20250702BHJP
【FI】
A01N37/30
A01P21/00
A01G7/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023220767
(22)【出願日】2023-12-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 公開A ウェブサイトによる公開 掲載日:2023年3月3日 掲載アドレス:https://jsp p.org/annualmeeting/64/pdf/AbstractBook2023.pdf 公開B 集会での発表による公開 開催日:2023年3月15日 集会名:第64回 日本植物生理学会年会 開催場所:東北大学 川内キャンパス 公開C ウェブサイトによる公開 掲載日:2023年5月8日 掲載アドレス:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpls.2023.1165646/full 公開D ウェブサイトによる公開 掲載日:2023年9月4日 掲載アドレス:https://forum.nacos.com/jspb/40/pdf/40jspb_abstract.pdf 公開E 集会での発表による公開 開催日:2023年9月11日 集会名:第40回 日本植物バイオテクノロジー学会(千葉)大会 開催場所:千葉大学 西千葉キャンパス
(71)【出願人】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平川 健
(72)【発明者】
【氏名】片山 由貴
【テーマコード(参考)】
2B022
4H011
【Fターム(参考)】
2B022EA10
4H011AB03
4H011BB06
(57)【要約】
【課題】植物に乾燥ストレス耐性を付与するための組成物、乾燥ストレス耐性を有する植物体を生産する方法、および植物体に乾燥ストレス耐性を付与する方法の提供。
【解決手段】N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくはその溶媒和物を有効成分として含む、植物の乾燥ストレス耐性を付与するための組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくはその溶媒和物を有効成分として含む、植物の乾燥ストレス耐性を付与するための組成物。
【請求項2】
乾燥ストレス耐性が、乾燥ストレスに曝されている条件下で奏されるものである、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、植物の気孔の閉鎖、クチクラ層の増強または根の伸長を促進するための組成物。
【請求項4】
気孔の閉鎖、クチクラ層の増強または根の伸長が、乾燥ストレスに曝されている条件下で維持または促進されるものである、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくはその溶媒和物を有効成分として含む、DREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子またはRD29B遺伝子の発現を促進するための組成物。
【請求項6】
植物が、N-アセチルグルタミン酸遺伝子および該遺伝子の発現を誘導する遺伝子の遺伝子組換え植物ではない、請求項1~5いずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
植物が、双子葉植物または単子葉植物である、請求項1~5いずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を植物に適用することを含む、乾燥ストレス耐性を有する植物を生産する方法。
【請求項9】
乾燥ストレス耐性が、乾燥ストレスに曝されている条件下で奏されるものである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を適用する植物が、N-アセチルグルタミン酸遺伝子および該遺伝子の発現を誘導する遺伝子組換え植物ではない、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
植物が、双子葉植物または単子葉植物である、請求項8または9に記載の方法。
【請求項12】
N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を植物に適用することを含む、植物に乾燥ストレス耐性を付与する方法。
【請求項13】
乾燥ストレス耐性が、乾燥ストレスに曝されている条件下で奏されるものである、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を適用する植物が、N-アセチルグルタミン酸遺伝子および該遺伝子の発現を誘導する遺伝子の遺伝子組換え植物ではない、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
植物が、双子葉植物または単子葉植物である、請求項12または13に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物に乾燥ストレス耐性を付与する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
動物と異なり固着生活を営む植物は自ら動くことが出来ないため、変動する環境下での生存には様々な環境ストレスに迅速に対応する必要がある。環境ストレスの中でも近年の地球温暖化により植物に深刻な影響を及ぼすと考えられているストレスの一つが乾燥ストレスである。植物が乾燥ストレスに曝されると体内の水分損失を防ぐために様々な生理応答や、それを制御する遺伝子および植物ホルモンの合成が活性化される。例えば植物ホルモンの一種であるアブシジン酸(ABA)は乾燥ストレスにより合成が誘導され、植物のガス交換の場である気孔の閉口を促進することで乾燥ストレスに伴う植物体からの水分流出を防ぐ(非特許文献1)。また植物の乾燥ストレス応答におけるマスター転写因子のDREB2Aは乾燥ストレスに伴い活性化し、代謝酵素など乾燥ストレスの緩和に機能する遺伝子群の転写を制御する(非特許文献2) 。さらに、遺伝子導入によりアルギニン代謝が恒常的に活性化したシロイヌナズナでは代謝中間体の蓄積および乾燥ストレス耐性が上昇するとの報告もある(非特許文献3)。
【0003】
上述のような知見を活用することで実用植物の乾燥ストレス耐性の強化法の開発が試みられているが、ABAは高価格であること、DREB2Aを始めとする乾燥ストレス関連遺伝子の利用には個々の植物に対して組換え体を作出する必要があることなど、技術の普及にはコスト面や安全性の問題、および膨大な時間を要するなどの問題がある。
【0004】
一方で、低分子化合物が植物の環境ストレス耐性を強化することが報告されており、植物ホルモンのような生理活性化合物からアミノ酸や揮発性分子など、その種類は多岐に渡っている。例えばアミノ酸の一つであるγ-アミノ酪酸(GABA)は強光および高温ストレスにより植物体内に蓄積するが、GABAを植物に添加すると高温ストレス耐性が強化される(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Agarwal and Jha, Biologia Plantarum Volume 54, Pages 201-212, 2010
【非特許文献2】Sakuma et al, Plant Cell, Volume 18, Issue 5, Pages 1292-1309, 2006
【非特許文献3】Kalamaki et al, Journal of Experimental Botany, Volume 60, Issue 6, Pages 1859-1871, 2009
【非特許文献4】Balfagon et al, Plant Physiology, Volume 188, Issue 4, Pages 2026-2038, 2022et al, 2022
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、植物に乾燥ストレス耐性を付与するための組成物、乾燥ストレス耐性を有する植物体を生産する方法、および植物体に乾燥ストレス耐性を付与する方法を提供することを目的とする。地球温暖化に伴って頻発する干ばつ等の異常気象や人口増加による食糧難に備えて、不時の乾燥に耐えられる作物や、乾燥で耕作に適さない土地での栽培を可能とするような作物を開発するために、作物の乾燥ストレス耐性の強化は最も重要な課題のひとつである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、植物に乾燥ストレス耐性を付与する方法について鋭意検討を行った。その結果、植物にN-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を適用することで植物に乾燥ストレス耐性を付与し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくはその溶媒和物を有効成分として含む、植物の乾燥ストレス耐性を付与するための組成物。
[2] 乾燥ストレス耐性が、乾燥ストレスに曝されている条件下で奏されるものである、[1]に記載の組成物。
[3] N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を有効成分として含む、植物の気孔の閉鎖、クチクラ層の増強または根の伸長を促進するための組成物。
[4] 気孔の閉鎖、クチクラ層の増強または根の伸長が、乾燥ストレスに曝されている条件下で維持または促進されるものである、[3]の組成物。
[5] N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくはその溶媒和物を有効成分として含む、DREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子またはRD29B遺伝子の発現を促進するための組成物。
[6] 植物が、N-アセチルグルタミン酸遺伝子および該遺伝子の発現を誘導する遺伝子の遺伝子組換え植物ではない、[1]~[5]のいずれかの組成物。
[7] 植物が、双子葉植物または単子葉植物である、[1]~[6]のいずれかの組成物。
[8] N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を植物に適用することを含む、乾燥ストレス耐性を有する植物を生産する方法。
[9] 乾燥ストレス耐性が、乾燥ストレスに曝されている条件下で奏されるものである、[8]の方法。
[10] N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を植物に適用することを含む、気孔の閉鎖、クチクラ層の増強または根の伸長が促進された植物を生産する方法。
[11] 気孔の閉鎖、クチクラ層の増強または根の伸長が、乾燥ストレスに曝されている条件下で維持または亢進したものである、[10]の方法。
[12] N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を植物に適用することを含む、DREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子またはRD29B遺伝子の発現が亢進した植物を生産する方法。
[13] N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を適用する植物が、N-アセチルグルタミン酸遺伝子および該遺伝子の発現を誘導する遺伝子の遺伝子組換え植物ではない、[8]~[12]のいずれかの方法。
[14] 植物が、双子葉植物または単子葉植物である、[8]~[13]のいずれかの方法。
[15] N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を植物に適用することを含む、植物に乾燥ストレス耐性を付与する方法。
[16] 乾燥ストレス耐性が、乾燥ストレスに曝されている条件下で奏されるものである、[15]の方法。
[17] N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を植物に適用することを含む、植物の気孔の閉鎖、クチクラ層の増強または根の伸長を促進する方法。
[18] 気孔の閉鎖、クチクラ層の増強または根の伸長が、乾燥ストレスに曝されている条件下で維持または亢進したものである、[17]の方法。
[19] N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を植物に適用することを含む、植物のDREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子またはRD29B遺伝子の発現を促進する方法。
[20] N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を適用する植物が、N-アセチルグルタミン酸遺伝子および該遺伝子の発現を誘導する遺伝子の遺伝子組換え植物ではない、[15]~[19]のいずれかの方法。
[21] 植物が、双子葉植物または単子葉植物である、[15]~[20]のいずれかの方法。
【発明の効果】
【0009】
植物にN-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を適用することにより、植物に乾燥ストレス耐性を付与することができる。また、植物の気孔の閉鎖、クチクラ層の増強または根の伸長を促進することができる。また、植物のDREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子もしくはRD29B遺伝子またはそのホモログ遺伝子の発現を促進することができる。この結果、地球温暖化やそれに伴う水不足に伴って頻発する干ばつ等の異常気象や人口増加による食糧難に備えて、不時の乾燥に耐えられる作物や、乾燥で耕作に適さない土地での栽培を可能とするような作物を生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】乾燥ストレスを与えたときのレタスの外観を示す図である。左図は、NAGを与えずに乾燥ストレスを与えたレタスの外観を示し、右図は、1 μM NAG処理した乾燥ストレスを与えたレタスの外観を示す図である。
【
図2】乾燥ストレスを与えたレタスの生重量を示す図である。NAGを1μMで与えたときのコントロール(NAG 0)に対する相対生重量を示す。n =14 - 17 (エラーバーは標準誤差を示す)。
【
図3】NAG処理による気孔開度を示す図である。
図3Aは、レタスの気孔の画像であり、長辺、短辺を示す。
図3Bは、NAG処理したレタスの気孔開度を示す図である。n = 89 (検定方法: Student’s t-test **P < 0.01、エラーバーは標準誤差を示す)。
【
図4】乾燥ストレスを与えたときのホウレンソウの外観を示す図である。左図は、NAGを与えずに乾燥ストレスを与えたホウレンソウの外観を示し、右図は、1 μM NAG処理した乾燥ストレスを与えたホウレンソウの外観を示す。
【
図5】NAGを処理して乾燥ストレスを与えたホウレンソウの生重量を示す図である。NAGを1μMで与えたときのコントロール(NAG 0)に対する相対生重量を示す。n =14 - 17 (エラーバーは標準誤差を示す)。
【
図6】NAG処理したホウレンソウの気孔開度を示す図である。n = 98 - 99 (検定方法: Student’s t-test **P < 0.01、エラーバーは標準誤差を示す)。
【
図7】乾燥ストレスを与えたときのイネの外観を示す図である。左図は、NAGを与えずに乾燥ストレスを与えたイネの外観を示し、右図は、1 μM NAG処理した乾燥ストレスを与えたイネの外観を示す。
【
図8】NAGを処理して乾燥ストレスを与えたイネの生重量を示す図である。コントロール(NAG 0)に対する相対生重量を示す。n =43 (検定方法: Student’s t-test **P < 0.01、エラーバーは標準誤差を示す)。
【
図9】NAG処理したシロイヌナズナにおける乾燥ストレス応答遺伝子の発現量解析の結果を示す図である。NAG未処理の区画の発現量に対する相対発現量を算出した。A、B、C、D、EおよびFは、それぞれ、DREB2A、ERD1、RD29A、NCED3、LEAおよびRD29Bの発現量を示す。n = 3 (検定方法: Student’s t-test **P < 0.01 *P < 0.05、エラーバーは標準誤差を示す)。
【
図10】NAG処理したイネにおける乾燥ストレス応答遺伝子の発現量解析の結果を示す図である。NAG未処理の区画の発現量に対する相対発現量を算出した。A、BおよびCは、それぞれOsDREB2A、OsDREB2BおよびOsERD1の発現量を示す。n = 3 (検定方法: Student’s t-test **P < 0.01 *P < 0.05、エラーバーは標準誤差を示す)。
【
図11】NAG処理したホップにおける乾燥ストレス応答遺伝子の発現量解析の結果を示す図である。NAG未処理の区画の発現量を1とする相対発現量を算出した。AおよびBは、それぞれ、HlDREB2AとHlNCED3の発現量を示す。n = 3 (Student’s t-test **P < 0.01 *P < 0.05、エラーバーは標準誤差を示す)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、植物の乾燥ストレス耐性を付与するための組成物である。乾燥ストレス耐性の付与とは、乾燥ストレスが与えられているときに該ストレスによる影響を抑制するまたは乾燥ストレスが与えられる前に予めその影響を抑制する能力を与えることを意味し、乾燥ストレスによる影響を小さくしたりなくしたりすることが含まれる。本発明の組成物中の有効成分は、N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物である。本発明はまた、N-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を植物に適用することにより、植物に乾燥ストレス耐性を付与する方法、または乾燥ストレス耐性を有する植物を生産する方法である。
【0012】
本発明のN-アセチルグルタミン酸を含む組成物は、植物に乾燥ストレス耐性を付与することにより、植物が普段受けている乾燥ストレスの影響を軽減させることができ、植物の生長を増強することができるので、植物成長増強用組成物ということもできる。植物が普段受けている乾燥ストレスとは、葉の萎れ、生育不良、枯れなどが生じない程度の軽度の乾燥ストレスを含む。
【0013】
なお、乾燥ストレスによる影響とは、乾燥ストレスにより植物に生じる、例えば、葉の萎れ、生育不良、枯れなどの植物にとって好ましくない状況を意味する。
【0014】
本発明において、植物にN-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を適用することにより、乾燥ストレス耐性が付与されるため、植物の乾燥ストレス耐性に関与する特定の遺伝子をノックインしたり、ノックアウトする等の遺伝子組換えは必要ない。植物の乾燥ストレス耐性に関与する遺伝子は限定されないが、たとえば、アブシジン酸(ABA)遺伝子や該遺伝子の発現を誘導する遺伝子、γ-アミノ酪酸(GABA)遺伝子や該遺伝子の発現を誘導する遺伝子、N-アセチルグルタミン酸遺伝子や該遺伝子の発現を誘導する遺伝子、DREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子、RD29B遺伝子が挙げられ、とくにN-アセチルグルタミン酸遺伝子や該遺伝子の発現を誘導する遺伝子が挙げられる。
【0015】
1.N-アセチルグルタミン酸
N-アセチルグルタミン酸(N-Acetylglutamic acid)は、式Iで表される構造式を有し、化学式はC7H11NO5で表され、略称はNAGである。また、外観は白色~ほとんど白色の結晶~結晶粉末である。
【0016】
【0017】
L型(N-アセチル-L-グルタミン酸)およびD型(N-アセチル-D-グルタミン酸)のいずれも用いることができるが、生体内で合成されるL型(N-アセチル-L-グルタミン酸)が好ましい。N-アセチルグルタミン酸は、原核生物および単純な真核生物では例えば、N-アセチルグルタミン酸合成酵素またはオルニチンアセチルトランスフェラーゼによってN-アセチルグルタミン酸が生成されるから、N-アセチルグルタミン酸を生成する生物の分泌物、分離物、抽出物、これらの精製物を使用してもよく、該生物をそのまま使用してもよい。生物を介さない酵素による産生方法や、変異処理を施した/または施さない微生物による発酵法によるものでもよい。また、N-アセチルグルタミン酸は、化学的に合成することもできる。もちろん、市販のものを用いてもよい。市販のものは、富士フイルム和光純薬社、シグマ-アルドリッチ社、東京化成工業社製等のものを用いることができる。
【0018】
塩としては、塩水和物も塩無水物も含まれ、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、アルミニウム等の無機塩基との塩;メチルアミン、エチルアミン、エタノールアミン等の有機塩基との塩;リジン、オルニチン等の塩基性アミノ酸との塩およびアンモニウム塩が挙げられる。塩は、酸付加塩でもよく、そのような塩としては、具体的には、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の鉱酸;ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸等の有機酸;アスパラギン酸、グルタミン酸等の酸性アミノ酸との酸付加塩が挙げられる。以下、N-アセチルグルタミン酸という場合、その塩、溶媒和物を含む。
【0019】
N-アセチルグルタミン酸は高速液体クロマトグラフィーと質量分析(MS)計を用いることで定量する。すなわち、N-アセチルグルタミン酸が含まれるサンプルを高速液体クロマトグラフィーによって成分分離し、分離した成分に対して質量分析解析(シングルMSまたはタンデムMS)をすることで試料中に含まれるN-アセチルグルタミン酸量を測定する。
【0020】
2.乾燥ストレス
農研機構による農業技術事典によれば(http://lib.ruralnet.or.jp/nrpd/)、乾燥ストレスとは、干ばつ、高温、強光、低温、低湿度などにより水欠乏が起こり、植物体内の生理的環境が乱された状態をいい、植物の生育や収量を著しく低下させる。植物体への水供給量が植物体の水蒸散量より小さい場合、植物の生育が抑制または阻害されることになる。
【0021】
植物は乾燥ストレスに対して、生存率、成長および収量等の低下を抑制する能力を有しており、この能力を耐干性(乾燥耐性)という。
【0022】
乾燥耐性は水分欠乏に耐える能力のことをいう。水分が欠乏すると、葉の表面のクチクラ層を厚くしたり、気孔を閉じて蒸散を防いだりするほか、根の伸長を増強してより深い湿った土壌で根圏を展開するなどして乾燥から身を守る。また、糖類やアミノ酸などの適合溶質を細胞質中に蓄積させて浸透圧調節を行なうことで水分バランスを保つ。親水性のLEA蛋白質は、水を保ち、他の蛋白質の乾燥による結晶化を防いでいると考えられている。したがって、乾燥ストレスとは、その植物が通常生育可能な水分条件より少ない水分条件に任意の時間、任意の回数曝されることをいう。乾燥ストレスに曝された植物は生理障害が起き、生育不良、枯れなどが起きる。植物はこのような耐性により、乾燥ストレスに対抗し、乾燥ストレスの存在下においても、生存率、成長および収量等の低下を抑制することができる。
【0023】
N-アセチルグルタミン酸は、植物に上記の乾燥ストレス耐性を付与し、その結果植物は、乾燥ストレスに対する耐性を獲得することができる。
【0024】
3.乾燥ストレス応答性遺伝子発現の増強
N-アセチルグルタミン酸は、植物における乾燥ストレス耐性に関与する乾燥ストレス応答性遺伝子の発現を増強し、その結果植物に乾燥ストレス耐性を付与することができる。
【0025】
シロイヌナズナにおける、乾燥ストレス応答性遺伝子として、DREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子、RD29B遺伝子が挙げられる。この中でもDREB2A遺伝子が重要である。
【0026】
他の植物種においては、シロイヌナズナのDREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子、RD29B遺伝子のホモログの発現が増強される。各植物種において、例えば、ホモログの塩基配列を取得する際はシロイヌナズナの上記遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列をクエリーとしたTBLASTNサーチを行い、ホモログ候補として挙げられた遺伝子の中から最もスコアの高い遺伝子をホモログとして選択することができる。
【0027】
例えば、イネにおいては、シロイヌナズナのDREB2A遺伝子のホモログであるOsDREB2A遺伝子、OsDREB2B遺伝子や、シロイヌナズナのERD1遺伝子のホモログであるOsERD1遺伝子の発現が増強される。ホップにおいてはシロイヌナズナのDREB2A遺伝子のホモログであるHlDREB2A、シロイヌナズナのNCED3遺伝子のホモログであるHlNCED3遺伝子の発現が増強される。種々の植物種におけるシロイヌナズナのDREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子、RD29B遺伝子のホモログがコードするタンパク質を総称としてそれぞれDREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子、RD29B遺伝子と称し、種々の植物種におけるシロイヌナズナのDREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子、RD29B遺伝子のホモログがコードするタンパク質を総称としてそれぞれDREB2A、ERD1、RD29A、NCED3、LEA、RD29Bと称する。
【0028】
これらの乾燥ストレス応答性遺伝子の発現は、N-アセチルグルタミン酸を適用した植物において、N-アセチルグルタミン酸を適用していない植物と比較して、1.1倍以上、好ましくは1.2倍以上、さらに好ましくは1.5倍以上、さらに好ましくは1.7倍以上、さらに好ましくは1.8倍以上、さらに好ましくは1.9倍以上、さらに好ましくは2.0倍以上、さらに好ましくは2.1倍以上、さらに好ましくは2.3倍以上、さらに好ましくは2.5倍以上、さらに好ましくは3.0倍以上、さらに好ましくは4.0倍以上、さらに好ましくは5.0倍以上、さらに好ましくは6.3倍以上、さらに好ましくは10倍以上さらに好ましくは15倍以上、さらに好ましくは19倍以上、増加する。例えば、シロイヌナズナにおいて、DREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子、RD29B遺伝子の発現は、それぞれ約5.6倍、6.3倍、1.6倍、19倍、2.5倍、1.8倍増加する。また、イネにおいて、OsDREB2A遺伝子、OsDREB2B遺伝子およびOsERD1遺伝子の発現は、それぞれ約1.6倍、1.6倍、1.5倍増加する。さらに、ホップにおいて、HlDREB2A遺伝子およびHlNCED3遺伝子の発現はそれぞれ約2.2倍、2.3倍増加する。
【0029】
遺伝子発現の増強は、N-アセチルグルタミン酸により植物において遺伝子の発現が増強されたか否かは、植物体からRNAを抽出し、逆転写酵素を用いてcDNAを合成し、リアルタイムPCRにより発現量を解析することにより測定することができる。ここで、N-アセチルグルタミン酸による遺伝子発現の増強とは、植物体に乾燥ストレスが付与される前に発現が増強される場合、乾燥ストレスが付与されたときに発現が増強される場合のいずれの場合をも含む。
【0030】
本発明は、N-アセチルグルタミン酸を含む乾燥ストレス応答性遺伝子の発現増強または発現増強用組成物を包含する。具体的には、本発明は、N-アセチルグルタミン酸を含むDREB2A遺伝子発現増強用組成物、ERD1遺伝子発現増強用組成物、RD29A遺伝子発現増強用組成物、NCED3遺伝子発現増強用組成物、LEA遺伝子発現増強用組成物、RD29B遺伝子発現増強用組成物を包含する。該組成物の組成は、植物の乾燥ストレス耐性を付与するための組成物と同様である。
【0031】
N-アセチルグルタミン酸で植物を処理すると、DREB2A遺伝子、ERD1遺伝子、RD29A遺伝子、NCED3遺伝子、LEA遺伝子、RD29B遺伝子の発現を増強することができる。その結果、乾燥によるストレスに対する耐性を付与することができる。
【0032】
すなわち、N-アセチルグルタミン酸による植物の処理による乾燥ストレス耐性の付与は、上記遺伝子の発現増強を介して達成することもできる。さらには、N-アセチルグルタミン酸の処理は、これら遺伝子発現を強化することにより、気孔の閉口のみならず、クチクラ層の増強による水分損失の抑制、根の伸長による水分の吸収量の増加、などの効果をも奏させうる。すなわち、N-アセチルグルタミン酸による植物の処理により、気孔の閉口のみならず、クチクラ層の増強や根の伸長が促進される。ここで、クチクラ層の増強とは、クチクラ層の肥厚やクチクラ層を構成する成分の変化を含み、水分の蒸発を抑制する方向にクチクラ層の性質を変化させることを意味する。なお、植物の乾燥ストレス応答におけるマスター転写因子のDREB2Aは乾燥ストレスに伴い活性化し、代謝酵素など乾燥ストレスの緩和に機能する遺伝子群の転写を制御することから(非特許文献2)、当該遺伝子は植物が乾燥ストレスに対応するための様々な反応を起こさせる。たとえば、DREB2Aをシロイヌナズナに過剰発現させると、乾燥ストレス処理条件において、根の成長が促進されるとの報告(Meena et al, Molecular Biology Reports, 49 (8), page 7347-7358, 2022)があり、当該遺伝子の発現を増強することで乾燥ストレスに対する根の成長が促進されることがわかる。また、DREB2Aと同じ遺伝子ファミリーに属する遺伝子RAP2.4を過剰発現させると、シロイヌナズナの乾燥ストレス応答において、クチクラ層を形成するワックスの生合成が増強されるとの報告があり(Yang et al, Frontiers in Plant Science, 11, page 895, 2020)、DREB2A遺伝子の発現を増強することはクチクラ層の増強をもたらすことがわかる。
【0033】
4.対象植物
本発明において、対象とする植物は、被子植物および裸子植物いずれも含むが好ましくは被子植物である。さらに、被子植物は双子葉植物および単子葉植物いずれも含む。単子葉植物として、イネ、トウモロコシ、オオムギ、コムギ、ソルガム等のイネ科植物;サトイモ、コンニャク等のサトイモ科植物;タマネギ、ネギ等のヒガンバナ科植物;アスパラガス等のキジカクシ科植物等が挙げられる。この中でも、イネ科植物が好ましい。双子葉植物として、アサ、ホップ、ムクノキ、エノキ等のアサ科植物;キャベツ、ハクサイ、ブロッコリ、ダイコン、ルッコラ、コマツナ、ミズナ、カラシナ、シロイヌナズナ等のアブラナ科植物;ジャガイモ(ばれいしょ)、タバコ、ベンサミアナタバコ、トマト等のナス科植物;レタス、アーティチョーク等のキク科植物;アルファルファ、ダイズ等のマメ科植物;ホウレンソウ、テンサイ等のヒユ科植物;シソ、バジル等のシソ科植物;ニンジン、ミツバ等のセリ科植物;メロン、スイカ、キュウリ、カボチャ等のウリ科植物;ワタ等のアオイ科植物等が挙げられる。この中でも、アサ科植物、アブラナ科植物が好ましい。また、好ましくはトマトを除く。
【0034】
5.N-アセチルグルタミン酸の適用方法および適用量
N-アセチルグルタミン酸により植物に乾燥ストレス耐性を付与するためには、植物にN-アセチルグルタミン酸を適用すればよい。
【0035】
ここで、N-アセチルグルタミン酸の適用とは、植物にN-アセチルグルタミン酸を触れさせたり、その内部に取り込ませることを言い、例えば、植物をN-アセチルグルタミン酸で処理する、または植物にN-アセチルグルタミン酸を投与または添加することをいう。
【0036】
N-アセチルグルタミン酸は、粉末または結晶形態のものをそのまま適用してもよく、水、緩衝液等の適切な溶媒に溶解したり、賦形剤などと共存させたり、肥料、培地、培養土、農薬等に配合して適用してもよい。N-アセチルグルタミン酸は、例えば、培養、水耕栽培、土壌栽培、ポット栽培の植物に適用することができる。具体的には、N-アセチルグルタミン酸を培地や土壌に投与してもよいし、植物体に直接投与してもよく、培地・土壌と植物体のどちらかまたは一方に散布したり噴霧してもよい。植物体に投与する場合は、例えば、植物の種子、苗、葉、茎等に散布、噴霧、塗布、潅水、潅注等により投与すればよく、好ましくは根から吸わせる投与である。本発明において、N-アセチルグルタミン酸を溶媒に溶解したものや、肥料、培地、培養土、農薬等に配合したり、賦形剤、展着剤等と共存させたものをN-アセチルグルタミン酸を含む組成物という。該組成物は、乳剤、液剤、水溶剤、粉末剤、粉剤、ペースト剤、粒剤、水和剤等の形態で適用することができる。植物に散布や噴霧する場合、噴霧器や散布機を利用すればよく、広い農場に大規模に散布する場合、ヘリコプターやドローンにより空中散布すればよい。
【0037】
N-アセチルグルタミン酸を適用するタイミングは限定されず、乾燥ストレスに曝される前、乾燥ストレスに曝されるときと同時、または乾燥ストレスに曝された後でもよい。好ましくは、あらかじめ植物に乾燥ストレス耐性を付与しておくために、乾燥ストレスに曝される前、または乾燥ストレスに曝されるときと同時に適用する。特に乾燥ストレスに曝される前に適用することが好ましい。
【0038】
例えば、気象予報により、植物が乾燥ストレスに曝されることが予測される場合、植物にあらかじめN-アセチルグルタミン酸を適用しておけばよい。また、天候の急変等により、植物が乾燥ストレスに曝される事態が生じた場合、植物に速やかにN-アセチルグルタミン酸を適用すればよい。
【0039】
いずれの場合においても、N-アセチルグルタミン酸を連続的に適用しても、断続的に適用してもよい。ここで、連続的に適用するとは、例えば、N-アセチルグルタミン酸を培地に混合して一定期間培養または水耕栽培することや、N-アセチルグルタミン酸が持続的に供給されるような道具を使用して土壌にて栽培することをいう。また、断続的に適用するとは、例えば、培養や水耕栽培の場合は予想される乾燥ストレスの時期や程度に合わせ適時に適用することをいい、土壌栽培では土壌の水分状況や予想されるストレスの時期や程度に合わせ適時に適用することができる。連続的に適用する場合、適用期間は限定されず、例えば、乾燥ストレスの原因が消失するまで、適用を続けることができる。また、断続的に適用する場合、適用回数や量は限定されず、例えば、乾燥ストレスの原因が消失するまで、繰り返し適用することができ、連続的な適用の後、再び適用する場合を含む。
【0040】
N-アセチルグルタミン酸を含む組成物中のN-アセチルグルタミン酸の濃度は限定されず、後記のN-アセチルグルタミン酸の必要量が植物に適用できるように組成物を適用することができる。
【0041】
N-アセチルグルタミン酸の適用量は、植物の種類や成長度合い、乾燥ストレスの程度に応じて適宜調節することができる。
【0042】
以下に適用量を例示する。培地体積あたりまたは土壌体積あたり、例えば、0.0001~1000000μM、好ましくは0.001~100000μM、0.01~10000μM、0.1~1000μM、の濃度で適用することができる。
【0043】
6.乾燥ストレス耐性付与の確認方法
N-アセチルグルタミン酸を適用した植物に乾燥ストレス耐性が付与されたか否かは、N-アセチルグルタミン酸を適用した植物を乾燥ストレスに曝し、その後葉の萎れの程度を目視で確認するか、植物の種子と根を除いた地上部の生重量を測定することにより確認することができる。また、N-アセチルグルタミン酸を植物に適用すると、気孔の閉鎖を維持または促進することにより、葉の気孔開度が減少するので、葉の気孔開度を測定することにより、植物に乾燥ストレス耐性が付与されたか否かを確認することができる。ここで、気孔とは、陸生植物の表皮にあり、2つの孔辺細胞(guard cell)とこれに囲まれた隙間からなる構造をいい、一般に葉の裏側に多い(農業技術事典。http://lib.ruralnet.or.jp/nrpd/#box_search=%E6%B0%97%E5%AD%94&kensuu=100&sort=0&logic=1&page=0&bunya=&koumoku=11176&db=&uid=0)。N-アセチルグルタミン酸は、気孔閉口により植物体における水分の流出を防ぐことで乾燥ストレス耐性を付与することができる。気孔開度は顕微鏡下で気孔を撮影し、取得した画像に対して画像解析ソフトを用い、気孔の長辺および短辺の長さを測定し、長辺に対する短辺の比を取ることで算出することができる(Huang et al., International Journal of Molecular Sciences. 2022 Jul 24;23(15):8145)。N-アセチルグルタミン酸の気孔への効果を評価するにあたり、N-アセチルグルタミン酸を処理、または未処理の評価対象植物の一定の同じ葉面に存在する気孔を選び出すこと、複数の葉から選び出すこと(例えば観察した気孔の数が100個でも、50個ずつ別の葉から気孔を撮影)が好ましい。結果の偏りを防止し適正な評価結果を得るためである。ここで、本実施例においては、観察対象を葉の背軸側の気孔と定め、また、複数の葉の気孔を観察した。
【0044】
なお、植物にN-アセチルグルタミン酸を適用した場合、乾燥ストレスに曝されている条件下で、乾燥ストレス耐性を奏する。すなわち、乾燥ストレスに曝されている状態で、乾燥ストレスによる悪影響(枯れ、葉の萎れ、生重量の低下)や乾燥ストレスに対抗する機構への悪影響(気孔開度の増加)がほとんど認められず、乾燥ストレスに曝されているときでも、植物が枯れることはない。この結果、N-アセチルグルタミン酸の適用による乾燥ストレス耐性付与中における乾燥ストレスの影響を妨げることができる。なお、通常は、植物が乾燥ストレスに曝されたときに、多くの個体が枯死し、一部の個体だけが枯れずに残り、その後その一部の個体が成長することがあるところ、本発明においては、N-アセチルグルタミン酸を適用することにより、N-アセチルグルタミン酸処理しなかった場合と比較して枯死する植物が少なく、好ましくは、乾燥ストレスに曝されている条件下でも植物体は枯れることなく、成長を続けることができる。
【0045】
例えば、N-アセチルグルタミン酸を適用した植物を乾燥条件下に置いて、その後葉の萎れの程度を目視で確認するか、植物の種子と根を除いた地上部の生重量を測定するか、あるいは気孔開度を測定することにより確認することができる。植物への給水を停止することにより、乾燥条件下に置くことができる。この際、乾燥処理していない未処理の植物やN-アセチルグルタミン酸を適用していない植物と比較し、葉の萎れの程度や生重量の低下や気孔開度が少なければ、乾燥ストレス耐性が付与されたと判断することができる。
【0046】
7.気孔閉口、クチクラ層増強、根の伸長
N-アセチルグルタミン酸を適用した植物は、上述のように気孔閉口、クチクラ層増強、根の伸長効果が奏される。これらの効果が奏されたか否かは、N-アセチルグルタミン酸を適用した植物と適用しない植物について、上述の方法で気孔開口度を測定したり、クチクラ層の厚さやその成分を測定したり、根の伸長度を測定して、比較し確認することができる。
【0047】
8.植物成長増強
N-アセチルグルタミン酸を適用した植物は、干ばつ等の乾燥条件下でも、成長が増強される。N-アセチルグルタミン酸を適用した植物に成長増強効果が付与されたか否かは、N-アセチルグルタミン酸を適用した植物を、その後、植物の種子と根を除いた地上部の生重量を測定することにより確認することができる。また、葉の枚数、草丈、葉色などを測定することによっても確認することができる。
【実施例0048】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0049】
実施例1: N-アセチルグルタミン酸処理によるレタスの乾燥ストレス耐性強化
1. 目的
N-アセチルグルタミン酸に注目し、植物に乾燥ストレス耐性を植物に付与するか否かを双子葉植物であるレタスを材料に検証した。
【0050】
2. 実験方法
(1)実験材料
レタス(品種: グリーンウェーブ)を実験材料とした。種子はタキイ種苗株式会社(https://www.takii.co.jp/)より購入した。
【0051】
(2)生育方法
プラスチックトレーに水を湿らせたロックウールブロック(大和プラスチック)を用意し、1ブロックにレタス種子を1粒ずつ播種した。その次に終濃度1μMのN-アセチルグルタミン酸(NAG、東京化成工業)を含むハイポネックス原液(ハイポネックジャパン)の500倍希釈液(以下、NAGを含むハイポネックス希釈液ともいう)をトレーに注ぎ、人工気象器(日本医化器械)にセットして生育を開始した。人工気象器の培養条件は温度22℃、日長制御 明期16時間・暗期8時間とした。ロックウールブロックから水がなくなった時点で給水(NAGを含むまたは含まないハイポネックス希釈液を与える)を行い、NAGを含むハイポネックス希釈液の給水は1週間おきとした。
【0052】
(3)乾燥ストレス処理および生重量の測定
播種2週間後、ロックウールブロックへの給水を停止することで乾燥ストレス処理を開始した。吸水停止1週間後、ロックウールブロックからレタスの地上部を切り出して重量を測定した。
【0053】
(4)葉の気孔開度の測定
播種2週間後のレタス本葉3枚を採取し、背軸側の気孔を正立顕微鏡BA81およびMoticam1080BMH(島津理化)を用いて撮影した。取得した画像に対して画像解析ソフトImageJを用い、気孔の長辺および短辺の長さを測定し、長辺に対する短辺の比を取ることで気孔開度を算出した( Huang et al., International Journal of Molecular Sciences. 2022 Jul 24;23(15):8145)。
【0054】
3. 結果
NAG非存在下で育てたレタスに対して乾燥ストレス処理をすると葉は萎れたが、NAGを含むハイポネックス希釈液で生育させたレタスでは乾燥ストレス処理による葉の萎れが抑制された(
図1A)。両者の生重量を比較したところ、NAGを添加したレタスの生重量はNAG非添加のレタスと比べて大きかった(
図2)。また葉の気孔開度を測定した結果、NAG添加により気孔開度は有意に減少した(
図3Aおよび3B)。
【0055】
4. 結論
NAGは乾燥ストレス処理に伴う生重量の低下を抑制し、気孔閉口を促進したことから、レタスにおいてNAGは気孔閉口により植物体における水分の流出を防ぐことで乾燥ストレス耐性を付与していることが示唆された。
【0056】
実施例2: N-アセチルグルタミン酸処理によるホウレンソウの乾燥ストレス耐性強化
1. 目的
レタスにおいて見られたNAGの乾燥ストレスの緩和作用を同じ双子葉植物であるホウレンソウで検証した。ホウレンソウの栽培に培養土を使用することで、NAGのストレス緩和作用が土植え条件でも認められるか否かも確認した。
【0057】
2. 実験方法
(1)実験材料
ホウレンソウ(品種: 強力オーライ)を実験材料とした。種子はタキイ種苗株式会社(https://www.takii.co.jp/)より購入した。
【0058】
(2)生育方法
プラスチックセルトレイに水を湿らせた培養土(アイリスオーヤマ)を用意し、1セル(面積9 cm2 / 深さ4 cm)にホウレンソウ種子を1粒ずつ播種した。終濃度1μMのNAGを含むハイポネックス原液の500倍希釈液をトレーに給水し、人工気象器(日本医科器械社製)にセットして生育を開始した。人工気象器の培養条件は温度22℃、日長制御 明期16時間・暗期8時間とした。培養土への給水は培養土の水分がなくなり乾燥が認められたときに行った。NAGを含むハイポネックス希釈液の給水は1週間おきとした。
【0059】
(3)乾燥ストレス処理および生重量の測定
播種2週間後、培養土への給水を停止することで乾燥ストレス処理を開始した。吸水停止1週間後、培養土からホウレンソウの地上部を切り出して重量を測定した。
【0060】
(4)葉の気孔開度の測定
播種2週間後のホウレンソウの本葉3枚を採取し、背軸側の気孔を正立顕微鏡BA81およびMoticam1080BMH(島津理化)を用いて撮影した。取得した画像を画像解析ソフトImageJ上で開き、気孔の長辺および短辺の長さを測定し、長辺に対する短辺の比を取ることで気孔開度を算出した。
【0061】
3. 結果
NAG非存在下で育てたホウレンソウに対して乾燥ストレス処理をすると葉は萎れたが、NAGを含むハイポネックス希釈液で生育させたホウレンソウでは乾燥ストレス処理による葉の萎れが抑制された(
図4)。両者の生重量を比較したところ、NAGを添加したホウレンソウの生重量はNAG非添加のホウレンソウと比べて大きかった(
図5)。また葉の気孔開度を測定した結果、NAG添加により気孔開度は有意に減少した(
図6)。
【0062】
4. 結論
NAGは乾燥ストレス処理に伴う生重量の低下を抑制し、気孔閉口を促進したことから、ホウレンソウにおいてNAGは気孔閉口により植物体における水分の流出を防ぐことで乾燥ストレス耐性を付与していることが示唆された。また、実験に用いたホウレンソウは培養土で生育したことから、NAGの乾燥ストレス緩和作用は土植えでも発揮されることも示唆された。
【0063】
実施例3: N-アセチルグルタミン酸処理によるイネの乾燥ストレス耐性強化
1. 目的
双子葉植物のレタスおよびホウレンソウにおけるNAGの乾燥ストレス緩和作用について、イネを材料として単子葉植物でも確認できるかを検証した。
【0064】
2. 実験方法
(1)実験材料
イネ(品種: 日本晴)を実験材料とした。種子は株式会社のうけん(https://www.k-nouken.com/)より購入した。
【0065】
(2)生育方法
イネ種子から脱穀機を用いてもみ殻を除去し、キッチンハイター溶液(「ハイター」は登録商標、花王社)に30分間浸して滅菌水で5回洗浄した。その次に、プラスチックトレーに水を湿らせたロックウールブロックを用意し、1ブロックにイネ種子を3粒ずつ播種した。終濃度1μMのNAGを含むハイポネックス原液の500倍希釈液をトレーに注ぎ、人工気象器にセットして生育を開始した。人工気象器の培養条件は温度22℃、日長制御 明期16時間・暗期8時間とした。ロックウールブロックへの給水はブロックに水分がなくなり乾燥が認められたときに行い、イネへのNAGを含むハイポネックス希釈液への給水は1週間おきとした。
【0066】
(3)乾燥ストレス処理および生重量の測定
播種2週間後、イネへの給水を停止することで乾燥ストレス処理を開始した。吸水停止1週間後、ロックウールブロックからイネの地上部を切り出して重量を測定した。
【0067】
3. 結果
NAG非存在下で育てたイネに対して乾燥ストレス処理をすると葉は萎れたが、NAGを含むハイポネックス希釈液で生育させたイネでは乾燥ストレス処理による葉の萎れが抑制された(
図7)。両者の生重量を比較したところ、NAGを添加したイネの生重量はNAG非添加のレタスと比べて有意に大きかった(
図8)。
【0068】
4. 結論
NAGは乾燥ストレス処理に伴う生重量の低下を抑制したことから、イネにおいてNAGは乾燥ストレス耐性を付与していることが示唆された。
【0069】
実施例4: シロイヌナズナにおけるN-アセチルグルタミン酸による高温ストレス応答性遺伝子の発現促進
1. 目的
植物の乾燥ストレス応答では体内からの水分損失を防ぐために気孔閉口を初めとする生理応答が誘導され、またそれを司る遺伝子の発現も活性化する。植物では転写因子であるDREB2Aが乾燥ストレスに伴い活性化し、乾燥耐性に機能する遺伝子の発現制御における中心的な役割を担う(Sakuma et al, Plant Cell, Volume 18, Issue 5, Pages 1292-1309, 2006)。そこでNAGの乾燥ストレスの緩和作用を遺伝子発現制御の側面から検証すべく、NAG処理したシロイヌナズナにおいてDREB2Aおよび他の乾燥ストレス応答遺伝子の発現が促進されるかを検証した。
【0070】
2. 実験方法
(1)実験材料
シロイヌナズナの野生株(accession: Col-0)を実験材料とした。種子は株式会社インプランタイノベーションズ(https://www.inplanta.jp/)より購入した。
【0071】
(2)生育方法
生育培地には1/2ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類(Nacalai)・1(w/v)%スクロース (FUJIFILM Wako)を含む液体培地を使用した。蒸留水で半分の濃度に希釈したキッチンハイター溶液(登録商標、花王)でシロイヌナズナ種子を3分間滅菌処理し、滅菌蒸留水で3回洗浄した後、4℃で一晩インキュベートした。生育培地を12ウェルマイクロプレート(IWAKI)に3 mLずつ分注し、1ウェル当たり種子5粒を播種した後、インキュベーター(TOMY)に移して生育を開始した。インキュベーターの設定条件は温度22 ℃、日長周期を明期16時間・暗期8時間とした。
【0072】
(3)N-アセチルグルタミン酸処理とRNA抽出
播種後7日目のシロイヌナズナに対し、培地中の終濃度0.4 mMがなるようにNAGを加え、2時間インキュベートした。インキュベーターの設定条件は温度 22 ℃、日長周期 明期 16時間・暗期 8時間である。インキュベート後、サンプルを液体窒素で凍結し、RNeasy Plant Mini Kit (Thermo Fischer Scientific)を用いてRNAを抽出した。
【0073】
(4)リアルタイムPCRによる乾燥ストレス応答遺伝子の発現量解析
得られたRNAからリアルタイムPCRの鋳型として必要になるcDNAを合成した。各サンプル1000 ngのトータルRNAを用い、PrimeScriptTM RT Master Mix (Perfect Real Time) (TaKaRa)を使用してcDNAを合成した。合成したcDNAを滅菌蒸留水で5倍に希釈し、リアルタイムPCRに供試した。リアルタイムPCRではターゲット遺伝子をDREB2A (AGIコード: AT5G05410)、ERD1 (AGIコード: AT5G51070)、RD29A (AGIコード: )、NCED3 (AGIコード: AT3G14440)、LEA (AGIコード: AT3G02480)、RD29B (AGIコード: AT5G52300)リファレンス遺伝子をACTIN2 (AGIコード: AT3G18780)とし、TB Green Ex Taq II (TaKaRa)とともにPCR反応液を調製した。PCR反応にはThermal Cycler Dice(登録商標) Real Time System IV (TaKaRa)を用い、PCRの増幅サイクル数は50サイクルとした。使用したプライマーは次の通りであるDREB2A Fw: AACCTGTCAGCAACAACAGC (配列番号1)Rv:AAGCCTGCAAACACATCGTC (配列番号2)/ ERD1 Fw: TGGGCTTGACATTGCTAACC (配列番号3)Rv: AAGGGTTGTGGATGCAATGC (配列番号4)/ RD29A Fw: ATCATCTGGCTGGTTTGGTG (配列番号5)Rv: AACAACAGTGGAGCCAAGTG (配列番号6)/ NCED3 Fw: CACGATTTCGCGATTACAGAGA (配列番号7)Rv: CCGGCAGCTTGAAAACGAAC (配列番号8)/ LEA Fw: GCAAAACGCGAGCTACCAA (配列番号9)Rv: GTCCAGTCTGTTGCAAGGAGTCT (配列番号10)/ RD29B Fw: GCGCACCAGTGTATGAATCCT (配列番号11)Rv: CGGCATGACTAAGAGACTTAGGTTT (配列番号12)/ ACT2 Fw: GATCTCCAAGGCCGAGTATGAT (配列番号13)Rv: CCCATTCATAAAACCCCAGC (配列番号14)。その後、リアルタイムPCRから得られたCp値を利用したΔΔCt法により、NAGを処理した際の標的遺伝子の相対発現量を算出した。
【0074】
3. 結果
コントロールと比較してNAG処理をした場合、DREB2A、ERD1、RD29A、NCED3、LEA、RD29Bの発現量はそれぞれ約5.6倍、6.3倍、1.6倍、19倍、2.5倍、1.8倍増加した(
図9)。
【0075】
4. 結論
NAGはシロイヌナズナにおいて乾燥ストレス応答遺伝子の発現上昇を介して乾燥ストレス耐性を強化していることが示唆された。
【0076】
実施例5: イネにおけるN-アセチルグルタミン酸による乾燥ストレス応答遺伝子の発現促進
1. 目的
シロイヌナズナで見られたNAGによる乾燥ストレス応答遺伝子の発現増強効果がイネでも確認できるか検証した。
【0077】
2. 実験方法
(1)イネにおけるシロイヌナズナ乾燥ストレス応答遺伝子のホモログ探索
リアルタイムPCRによる遺伝子発現解析に必要となるターゲット遺伝子のプライマーを設計するにあたり、シロイヌナズナの乾燥ストレス応答遺伝子のイネにおけるホモログ探索を行った。シロイヌナズナのDREB2AとERD1のアミノ酸配列をTAIR (https://www.arabidopsis.org/)から入手し、RAP-DB (https://rapdb.dna.affrc.go.jp/)を用いてホモログの塩基配列を取得した。また、リファレンス遺伝子としてシロイヌナズナのACT2 (AGIコード: AT3G18780)のホモログの塩基配列も取得した。イネの各ホモログ遺伝子はOsDREB2A、OsDREB2B、OsERD1、OsACT1と名付けた。
【0078】
(2)実験材料
実施例3と同様である。
【0079】
(3)生育方法
生育培地には1/2ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類から成る液体培地を使用した。50 mLファルコンチューブを用い、蒸留水で半分の濃度に希釈したキッチンハイター溶液でイネ種子を30分間滅菌処理し、滅菌蒸留水で5回洗浄した。チューブを横にし、洗浄後の種子に対して浸る程度の滅菌蒸留水を注ぎ、3日間インキュベーターで培養することで発芽処理をした。インキュベーターの設定条件は温度30℃、日長周期 明期16時間・暗期8時間とした。
【0080】
(4)N-アセチルグルタミン酸処理とRNA抽出
3日間発芽処理したイネのサンプルを1/2ムラシゲ・スクーグ混合塩類から成る液体培地に置床した。具体的には、液体培地を12ウェルマイクロプレート(IWAKI)に3 mLずつ分注し、サンプルを3個体ずつ移した。各ウェルに培地中の終濃度が0.5 mMになるようにNAGを加え、30℃で2時間インキュベートした後、地上部からRNeasy Plant Mini Kitを用いてRNAを抽出した。
【0081】
(5)リアルタイムPCRによる乾燥ストレス応答遺伝子の発現量解析
得られたRNAからリアルタイムPCRの鋳型として必要になるcDNAを合成した。各サンプル1000 ngのトータルRNAを用い、PrimeScriptTM RT Master Mix (Perfect Real Time)を使用してcDNAを合成した。合成したcDNAを滅菌蒸留水で5倍に希釈し、リアルタイムPCRに供試した。リアルタイムPCRではターゲット遺伝子をOsDREB2A、OsDREB2B、OsERD1、リファレンス遺伝子をOsACT1とし、TB Green Ex Taq IIとともにPCR反応液を調製した。PCR反応にはThermal Cycler Dice(登録商標) Real Time System IVを用い、PCRの増幅サイクル数は50サイクルとした。使用したプライマーは次の通りである OsDREB2A Fw: AGAGAACGCGAAGGAAAAGC (配列番号15)Rv: TCTGGTTTTGCTCCTTCCAC (配列番号16)/ OsDREB2B Fw: AAAAAGCGACCACGGAGATC (配列番号17)Rv: TGCCTTCCTTGCCTTCTTTG (配列番号18)/ OsERD1 Fw: ACCTGATTTGCGAAGAAGGC (配列番号19)Rv: TTGCTTCGCTGATCACATCC (配列番号20)/ OsACT1 Fw: AGCACATTCCAGCAGATGTG (配列番号21)Rv: TTCCTGTGCACAATGGATGG(配列番号22)。その後、ΔΔCt法によりNAGを処理した際の標的遺伝子の相対発現量を算出した。
【0082】
3. 結果
コントロールと比較してNAG処理をした場合、OsDREB2A、OsDREB2B、OsERD1の発現量はそれぞれ約1.6倍、1.6倍、1.5倍増加した(
図10)。
イネにおいて、NAGは乾燥ストレス応答遺伝子の発現上昇を介して乾燥ストレス耐性を強化していることが示唆された。
【0083】
実施例6: ホップにおけるN-アセチルグルタミン酸による乾燥ストレス応答遺伝子の発現促進
1. 目的
シロイヌナズナとイネで見られたNAGによる乾燥ストレス応答遺伝子の発現促進効果がホップでも確認できるかを検証した。
【0084】
2. 実験方法
(1)ホップにおけるシロイヌナズナ乾燥ストレス応答遺伝子のホモログ探索
リアルタイムPCRによる遺伝子発現解析に必要となるターゲット遺伝子のプライマーを設計するにあたり、シロイヌナズナの高温応答性遺伝子のホップにおけるホモログ探索を行った。シロイヌナズナのDREB2AとHlNCED3のアミノ酸配列をTAIR (https://www.arabidopsis.org/)から入手し、Hopbase (http://hopbase.cgrb.oregonstate.edu/)を用いてそれぞれの遺伝子のホモログの塩基配列を取得した。ホモログの塩基配列を取得する際はシロイヌナズナのアミノ酸配列をクエリーとしたTBLASTNサーチを行い、ホモログ候補として挙げられた遺伝子の中からスコアの高かった遺伝子をホップにおけるホモログとみなした。また、リファレンス遺伝子としてシロイヌナズナのEF1α (AGIコード: AT1G18070)のホモログの塩基配列も取得した。ホップの各ホモログ遺伝子はHlDREB2A、HlNCED3、HlEF1αと名付けた。
【0085】
(2)実験材料
ホップ(品種:ザーツ)。ホップ苗は花の館(http://hananoyakata.shop-pro.jp)より購入した。
【0086】
(3)生育培地
(i)寒天培地
ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類2.2 gおよびグルコース(FUJIFILM Wako) 20 gを1 Lの純水に溶解し、pH5.8に調整した。pH調整後、寒天(伊那食品工業) 8 gを融解し、オートクレーブ(121℃、15分)した。
【0087】
(ii)液体培地
ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類2.2 gおよびグルコース20 gを1 Lの純水に溶解し、pH5.8に調整後、オートクレーブ(121℃、20分)した。
【0088】
(4)組織培養苗の調製と生育方法
実験材料として使用する組織培養苗は次の方法で調製した。ザーツの苗から一節を含む茎断片を外植片として切り出し、70%エタノール(FUJIFILM Wako)で1分間、1%次亜塩素酸(FUJIFILM Wako)で5分間インキュベートすることで滅菌処理した。外植片を滅菌水で1分間、3回洗浄してペーパータオルで水気を切った後、寒天培地に外植片を置床してインキュベーターで培養を開始した。インキュベーターの設定条件は温度20℃、日長周期 明期16時間・暗期8時間とした。培養2週間後、節から伸長した腋芽を切り出して寒天培地に置床し、順調に生育した個体を組織培養苗とした。組織培養苗は頂芽を新しい寒天培地に置床することで定期的に継代した。
【0089】
(5)N-アセチルグルタミン酸処理とRNA抽出
継代後1.5ヶ月後の組織培養苗の頂芽から数えて1、2節目の葉をサンプリングし、1/2ムラシゲ・スクーグ混合塩類、2(w/v)%グルコースから成る液体培地に置床した。具体的には、液体培地を6ウェルマイクロプレート(IWAKI)に5 mLずつ分注し、ホップの葉を5枚置いた。各ウェルに培地中の終濃度が1 mMになるようにNAGを加え、20℃で2時間インキュベートした後、葉からRNeasy Plant Mini Kitを用いてRNAを抽出した。
【0090】
(6)リアルタイムPCRによる乾燥ストレス応答遺伝子の発現量解析
得られたRNAからリアルタイムPCRの鋳型として必要になるcDNAを合成した。各サンプル1000 ngのトータルRNAを用い、PrimeScriptTM RT Master Mix (Perfect Real Time)を使用してcDNAを合成した。合成したcDNAを滅菌蒸留水で5倍に希釈し、リアルタイムPCRに供試した。リアルタイムPCRではターゲット遺伝子をHlDREB2A、HlNCED3、リファレンス遺伝子をHlEF1αとし、TB Green Ex Taq IIとともにPCR反応液を調製した。PCR反応にはThermal Cycler Dice(登録商標) Real Time System IVを用い、PCRの増幅サイクル数は50サイクルとした。使用したプライマーは次の通りである HlDREB2A Fw: AAGTGGGTTGCTGAAATCCG (配列番号23)Rv: AGAAAGTACCGAGCCAAAGC (配列番号24)/ HlNCED3 Fw: TGCATTGACGGTGTTTACGC (配列番号25)Rv: TTGAACGGCGTGAACCATTC (配列番号26)/ HlEF1α Fw: TTTTGCTGTCAGGGACATGC (配列番号27)Rv: TTGGCAGCGGATTTGGTAAC (配列番号28)。その後、ΔΔCt法によりNAGを処理した際の標的遺伝子の相対発現量を算出した。
【0091】
3. 結果
コントロールと比較してNAG処理をした場合、HlDREB2AとHlNCED3の発現量はそれぞれ約2.2倍、2.3倍増加した(
図11)。
【0092】
4. 結論
ホップにおいて、NAGは乾燥ストレス応答遺伝子の発現上昇を介して乾燥ストレス耐性を強化していることが示唆された。
植物にN-アセチルグルタミン酸またはその塩もしくは溶媒和物を適用することにより、植物に乾燥ストレス耐性を付与することができ、その結果、乾燥ストレスがかかる過酷な環境でも植物の収量を増加させることができる。