(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025103410
(43)【公開日】2025-07-09
(54)【発明の名称】脳内乳酸量増加用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/352 20060101AFI20250702BHJP
A61K 31/7048 20060101ALI20250702BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20250702BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20250702BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20250702BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20250702BHJP
【FI】
A61K31/352
A61K31/7048
A61P43/00 111
A61P25/28
A61P25/00
A23L33/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023220777
(22)【出願日】2023-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】309007911
【氏名又は名称】サントリーホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】西岡 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】有江 秀行
(72)【発明者】
【氏名】高野 二郎
【テーマコード(参考)】
4B018
4C086
【Fターム(参考)】
4B018MD08
4B018ME14
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA08
4C086EA11
4C086MA01
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4C086MA66
4C086NA14
4C086ZA02
4C086ZA15
4C086ZC02
(57)【要約】
【課題】脳内乳酸量増加用組成物を提供すること。
【解決手段】ケルセチン又はその配糖体を有効成分として含有する、脳内乳酸量増加用組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケルセチン又はその配糖体を有効成分として含有する、脳内乳酸量増加用組成物。
【請求項2】
アストロサイト-ニューロン乳酸シャトル(ANLS)を改善することにより、脳内の乳酸量を増加させる、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
経口用組成物である、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
飲食品である、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項5】
脳の機能の改善又は低下抑制のために使用される、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項6】
「ANLSを改善する」、「ANLSを活性化する」、「脳内の乳酸産生を活性化する」、「脳内の乳酸量を増やす」、「脳の機能を改善する」、「脳の機能の低下を抑制する」及び「認知機能を改善する」からなる群より選択される少なくとも1つの機能の表示を付した、請求項1又は2に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳内乳酸量増加用組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
脳にはアストロサイト-ニューロン乳酸シャトル(astrocyte-neuron lactate shuttle:ANLS)と呼ばれるエネルギー代謝調節機能が存在すると言われている。ANLSとは、血中のグルコースがアストロサイトと呼ばれる脳の細胞に取り込まれ、乳酸に変換されて神経細胞に供給されることで、脳の機能が維持される仕組みである。ANLSにおいては、グルコースが重合した高分子であるグリコーゲンも重要な役割を果たしている。アストロサイトは余分なグルコースをグリコーゲンに変換して細胞質に貯蔵しており、脳が活性化した際にグリコーゲンを乳酸に変換して神経細胞に供給すると考えられている。実際、ラットを用いた研究で、脳内のグリコーゲンの分解を阻害することで、神経細胞に乳酸が供給されなくなり、脳の機能に障害が生じることが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
ケルセチンは、フラボノールの一種であり、そのままで、又は、配糖体として玉ねぎなどの植物に含有されている。ケルセチンはエネルギー代謝に影響を及ぼすことが知られており、例えば、ストレプトゾトシン誘発性の糖尿病モデルラットを用いた研究で、ケルセチンやケルセチン配糖体の投与によりグルコース代謝が改善したことが報告されている(非特許文献2、3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Suzuki A, Stern SA, Bozdagi O, Huntley GW, Walker RH, Magistretti PJ, Alberini CM. Astrocyte-neuron lactate transport is required for long-term memory formation. Cell. 2011 Mar 4;144(5):810-23.
【非特許文献2】Peng J, Li Q, Li K, Zhu L, Lin X, Lin X, Shen Q, Li G, Xie X. Quercetin Improves Glucose and Lipid Metabolism of Diabetic Rats: Involvement of Akt Signaling and SIRT1. J Diabetes Res. 2017;2017:3417306.
【非特許文献3】Jayachandran M, Zhang T, Ganesan K, Xu B, Chung SSM. Isoquercetin ameliorates hyperglycemia and regulates key enzymes of glucose metabolism via insulin signaling pathway in streptozotocin-induced diabetic rats. Eur J Pharmacol. 2018 Jun 15;829:112-120.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
脳内乳酸量を増加させることは、脳の機能の維持等のために有用である。そして、脳内の乳酸量を増加させる方法として、ANLSを改善(活性化)することが考えられる。しかしながら非特許文献2、3では、ケルセチン又はその配糖体のANLSや脳内乳酸量への作用は検討されていない。ケルセチン又はその配糖体のANLSへの効果や脳内乳酸量への影響は、これまで報告されていない。
【0006】
本発明は、脳内乳酸量増加用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、ケルセチン又はその配糖体を摂取した際に体内に生じるケルセチン(ケルセチンアグリコン)、ケルセチン硫酸抱合体及びケルセチングルクロン抱合体がANLSを改善する作用を有することを見出した。かかる知見に基づき、本発明者らは、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、以下に限定されるものではないが、本発明は、以下の脳内乳酸量増加用組成物に関する。
[1]ケルセチン又はその配糖体を含有する、脳内乳酸量増加用組成物。
[2]アストロサイト-ニューロン乳酸シャトル(ANLS)を改善することにより、脳内の乳酸量を増加させる、上記[1]に記載の組成物。
[3]経口用組成物である上記[1]又は[2]に記載の組成物。
[4]飲食品である上記[1]~[3]のいずれかに記載の組成物。
[5]脳の機能改善若しくは低下抑制のために使用される、上記[1]~[4]のいずれかに記載の組成物。
[6]「ANLSを改善する」、「ANLSを活性化する」、「脳内の乳酸産生を活性化する」、「脳内の乳酸量を増やす」、「脳の機能を改善する」、「脳の機能の低下を抑制する」及び「認知機能を改善する」からなる群より選択される少なくとも1つの機能の表示を付した、上記[1]~[5]のいずれかに記載の組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、脳内乳酸量増加用組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1Aはケルセチンのアストロサイト内グリコーゲン量に対する作用を示すグラフである。
図1Bはケルセチンの硫酸抱合体、及びケルセチンのグルクロン抱合体のアストロサイト内グリコーゲン量に対する作用を示すグラフである。
【
図2】
図2Aはケルセチンのアストロサイト内グリコーゲン量に対する作用と、エネルギー不足時のグリコーゲン分解に対する作用を示すグラフである。
図2Bはケルセチンのアストロサイト乳酸分泌量に対する作用を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の脳内乳酸量増加用組成物は、ケルセチン又はその配糖体を有効成分として含有する。本発明の脳内乳酸量増加用組成物を、以下では本発明の組成物ということもある。
【0012】
本明細書において、「ケルセチン」とは、ビタミンPとも称され、ポリフェノールの一種であるフラボノールに属する化合物であるケルセチンを意味する。ケルセチンは、下記式(1)で示される化合物である。
【0013】
【0014】
本発明において、「ケルセチン配糖体」とは、上記ケルセチンの配糖体を意味し、具体的にはケルセチンの3位の水酸基に1以上の糖がグリコシド結合した一連の化合物の総称である。ケルセチン配糖体は、下記一般式(2)で示される化合物である。ケルセチン配糖体は、1種の化合物であってもよく、2種以上の化合物であってよい。
【0015】
【0016】
上記一般式中の(X)nは、糖鎖を表す。Xは糖(単糖)を表し、nは1以上の整数である。
【0017】
ケルセチンにグリコシド結合するXで表される糖鎖を構成する糖は、例えば、グルコース、ラムノース、ガラクトース、グルクロン酸等であり、好ましくはグルコース、ラムノースである。また、nは1以上であれば、特に制限されないが、好ましくは1~16、より好ましくは1~8である。nが2以上であるとき、X部分は1種類の糖からなっていてもよく、複数種の糖からなっていてもよい。換言すると、nが2以上であるとき、(X)nは、1種類の糖からなる糖鎖であってもよく、複数種の糖からなる糖鎖であってもよい。本発明におけるケルセチン配糖体は、既存のケルセチン配糖体を、酵素などで処理して糖転移させたものも含む。本発明でいうケルセチン配糖体は、具体的には、ルチン、酵素処理ルチン(ルチンの酵素処理物)、クエルシトリン、イソクエルシトリンなどを含む。本発明において、ケルセチン配糖体として、酵素処理ルチンを使用することが、特に好ましい。酵素処理ルチンの好ましい例として、ルチンを酵素処理してラムノース糖鎖部分を除去したイソクエルシトリン、イソクエルシトリンを糖転移酵素で処理して得られるイソクエルシトリンにグルコース1~7個からなる糖鎖が結合したもの、及びその混合物を主成分とするものが挙げられる。一態様において、ケルセチン配糖体として、ケルセチンの3位の水酸基に1個以上(好ましくは、1~8個)のグルコースがグリコシド結合した化合物(例えば、イソクエルシトリン、イソクエルシトリンに1~7個のグルコースが結合した配糖体)等が好ましい。
摂取されたケルセチン配糖体は、腸管内で糖が切断されてアグリコン(ケルセチン)になってから体内へ吸収される。その後、硫酸抱合化やグルクロン抱合化等、抱合化を受けて血中に移行する。また、一定量のアグリコンが抱合化されずに血中で検出されることが知られている。
【0018】
本発明において、ケルセチン又はその配糖体は、1種のみ用いてもよく、2種以上の化合物を用いてもよい。2種以上の化合物を使用する場合、例えば、ケルセチン及び1種以上のケルセチン配糖体を用いてもよく、2種以上のケルセチン配糖体を用いてもよい。
【0019】
本発明において、ケルセチン又はその配糖体を得るための由来、製法については特に制限はない。例えば、ケルセチン又はその配糖体を多く含む植物として、ソバ、エンジュ、ケッパー、リンゴ、茶、タマネギ、ブドウ、ブロッコリー、モロヘイヤ、ラズベリー、コケモモ、クランベリー、オプンティア、葉菜類、柑橘類などが知られており、これらの植物からケルセチン又はその配糖体を得ることができる。
本発明においては、本発明の効果を奏することになる限り、上記の植物等の天然物由来の抽出物を、濃縮、精製等の操作によってケルセチン又はその配糖体の含量を高めたもの、例えば、ケルセチン又はその配糖体を含有する抽出物の、濃縮物又は精製物を用いることができる。濃縮方法又は精製方法は、既知の方法を採用することができる。本発明の一態様においては、精製又は単離されたケルセチン又はその配糖体を使用してもよい。ケルセチン又はその配糖体は、化学合成品を使用することもできる。
【0020】
ケルセチン又はその配糖体は、天然物や飲食品に含まれ、食経験がある化合物である。このため安全性の観点から、ケルセチン又はその配糖体は、例えば毎日摂取することにも問題が少ないと考えられる。本発明によれば、安全性が高い物質を有効成分として含む脳内乳酸量増加用組成物を提供することができる。
【0021】
後記の実施例に示されるように、ケルセチン、ケルセチンの硫酸抱合体及びケルセチンのグルクロン抱合体は、アストロサイト内のグリコーゲン量を増加させた。また、ケルセチンは、脳内のグルコースが欠乏した条件下において、アストロサイトの乳酸分泌量を増加させた。アストロサイトは、脳内のグルコース量が低下した際に、グリコーゲンを乳酸に変換して神経細胞に供給する。以上のことから、ケルセチン又はその配糖体を摂取すると、ANLSを改善して、脳内乳酸量を増加させることができる。脳の機能を維持するためには、常に安定したエネルギー源の供給が必要であるため、脳内乳酸量の増加は、脳の機能の改善又は低下抑制に有効である。本発明の組成物は、例えば、脳内のグルコース量が低下した際に、脳内乳酸量を増加させるために好ましく使用することができる。ANLSの改善によって、アストロサイトの乳酸分泌が促進され、脳内乳酸量が増加する。
【0022】
本発明の組成物は、脳内乳酸量を増加させるためのものであり、ヒトの脳内乳酸量を増加させるためのものであることが好ましい。本発明の組成物は、ANLSを改善することにより、脳内乳酸量を増加させるものであることが好ましく、ヒトのANLSを改善することにより、脳内乳酸量を増加させるものであることがより好ましい。
【0023】
ANLSを特徴づけるグリコーゲン量や乳酸分泌量は、公知の方法で測定することができる。アストロサイトを用いた細胞実験であれば、市販のキットにより細胞内グリコーゲン量及び細胞外に分泌された乳酸量を簡便に測定することができる。
【0024】
本発明の組成物は、脳内乳酸量の増加により予防又は改善が期待できる状態又は疾患の予防又は改善のために用いることができる。神経細胞は、乳酸をエネルギー源として使用する。このため脳内乳酸量の増加は、脳の機能の改善又は低下抑制に有効である。一態様において、本発明の組成物は、脳の機能の改善又は低下抑制のために使用することができる。脳内乳酸量の増加により予防又は改善が期待できる状態又は疾患として、例えば、認知症、認知機能(例えば、記憶機能、注意機能等)の低下、うつ病、気分の低下等が挙げられる。一態様において、本発明の組成物は、このような状態又は疾患を予防又は改善するために使用され得る。一態様において、本発明の組成物を、このような状態又は疾患の予防又は改善が必要な対象に使用してもよい。
本明細書で状態又は疾患の予防は、状態又は疾患の発症を防止すること、状態又は疾患の発症を遅延させること、状態又は疾患の発症率を低下させること、状態又は疾患の発症のリスクを軽減すること等を包含する。状態又は疾患の改善は、対象を状態又は疾患から回復させること、状態又は疾患の症状を軽減すること、状態又は疾患の進行を遅延させること又は防止すること等を包含する。回復は、少なくとも部分的に回復させることを含む。
【0025】
本発明の組成物は、治療的用途又は非治療的用途のいずれにも適用することができる。非治療的とは、医療行為、すなわち人間の手術、治療又は診断を含まない概念である。
本発明の組成物は、飲食品、医薬品、医薬部外品、化粧料等の形態とすることができる。
本発明の組成物は、それ自体が脳内乳酸量増加のために用いられる飲食品、医薬品、医薬部外品、化粧料等であってもよく、これらに配合して使用される素材又は製剤等であってもよい。
本発明の脳内乳酸量増加用組成物は、一例として、剤の形態で提供することができるが、本形態に限定されるものではない。当該剤をそのまま組成物として、又は、当該剤を含む組成物として提供することもできる。一態様において、脳内乳酸量増加用組成物は、脳内乳酸量増加のための剤ということもできる。
本発明の組成物は、経口用組成物、非経口用組成物のいずれであってもよいが、好ましくは、経口用組成物である。経口用組成物としては、飲食品、経口用医薬品、経口用医薬部外品が挙げられ、好ましくは飲食品又は経口用医薬部外品であり、より好ましくは飲食品である。非経口用組成物として、非経口用医薬品、非経口用医薬部外品、化粧料が挙げられる。好ましくは化粧料又は非経口用医薬部外品である。
【0026】
本発明の組成物は、本発明の効果を損なわない限り、ケルセチン又はその配糖体に加えて、任意の添加剤、任意の成分を含有することができる。これらの添加剤及び成分は、組成物の形態等に応じて選択することができ、一般的に飲食品、医薬品、医薬部外品、化粧料等に使用可能なものが使用できる。本発明の組成物を、飲食品、医薬品、医薬部外品、化粧料等とする場合、その製造方法は特に限定されず、一般的な方法により製造することができる。
【0027】
例えば本発明の組成物を飲食品とする場合、ケルセチン又はその配糖体に、飲食品に使用可能な成分(例えば、食品素材、必要に応じて使用される食品添加物等)を配合して、種々の飲食品とすることができる。飲食品は特に限定されず、例えば、一般的な飲食品、健康食品、健康飲料、機能性表示食品、特定保健用食品、健康補助食品、病者用飲食品等が挙げられる。上記健康食品、機能性表示食品、特定保健用食品、健康補助食品、病者用飲食品等は、例えば、細粒剤、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、チュアブル剤、ドライシロップ剤、シロップ剤、液剤、飲料、流動食等の各種製剤形態として使用することができる。
一態様において、本発明の組成物は、飲料の形態で提供されて良い。飲料は特に限定されないが、例えば、麦茶飲料、緑茶飲料、ブレンド茶、紅茶飲料、ウーロン茶飲料等の茶系飲料が好ましい。
【0028】
本発明の組成物を医薬品又は医薬部外品とする場合、例えば、ケルセチン又はその配糖体に、薬理学的に許容される担体、必要に応じて添加される添加剤等を配合して、各種剤形の医薬品又は医薬部外品とすることができる。そのような担体、添加剤等は、医薬品又は医薬部外品に使用可能な、薬理学的に許容されるものであればよく、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、抗酸化剤、着色剤等の1又は2以上が挙げられる。医薬品又は医薬部外品の投与(摂取)形態としては、経口又は非経口(経皮、経粘膜、経腸、注射等)投与の形態が挙げられる。本発明の組成物を医薬品又は医薬部外品とする場合、経口用(経口投与用)医薬品又は医薬部外品とすることが好ましい。経口投与のための剤形としては、液剤、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、糖衣錠、カプセル剤、懸濁液、乳剤、チュアブル剤等が挙げられる。非経口投与のための剤形として、注射剤、点滴剤、皮膚外用剤(貼付剤、クリーム剤、軟膏等)等が挙げられる。
【0029】
本発明の組成物を化粧料とする場合、ケルセチン又はその配糖体に、化粧料に許容される担体、添加剤等を配合することができる。化粧料の製品形態は特に限定されない。
【0030】
本発明の組成物に含まれるケルセチン又はその配糖体の含有量は特に限定されず、その形態等に応じて設定することができる。本発明の組成物中のケルセチン又はその配糖体の含有量は、例えば、ケルセチン換算で、0.0001重量%以上が好ましく、0.001重量%以上がより好ましく、0.01重量%以上がさらに好ましく、0.1重量%以上が特に好ましく、また、99.9重量%以下が好ましく、95重量%以下がより好ましく、80重量%以下がさらに好ましく、45重量%以下が特に好ましい。一態様において、ケルセチン又はその配糖体の含有量は、ケルセチン換算で組成物中に0.0001~99.9重量%が好ましく、0.001~95重量%がより好ましく、0.01~80重量%がさらに好ましく、0.1~45重量%が特に好ましい。また、一態様において、本発明の組成物を飲食品とする場合、ケルセチン又はその配糖体の含有量は、ケルセチン換算で、飲食品中に0.0001~99.9重量%が好ましく、0.001~95重量%がより好ましく、0.01~80重量%がさらに好ましく、0.1~45重量%が特に好ましい。ケルセチン又はその配糖体の含有量は、公知の方法に従って測定することができ、例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法などを用いることができる。
本明細書中、ケルセチン換算の量又はこれに類する表現は、ケルセチンの場合はその量を意味し、ケルセチン配糖体の場合は、当該配糖体のモル数に、ケルセチンの分子量を乗じて得られる値を意味する。
【0031】
本発明の組成物は、通常、対象に摂取又は投与されるものである。本発明の組成物の投与経路は特に限定されず、その形態に応じた適当な方法で摂取又は投与することができる。一態様において、本発明の組成物は、経口で摂取(経口投与)されることが好ましい。本発明の組成物の投与量(摂取量ということもできる)は特に限定されず、脳内乳酸量増加効果が得られるような量であればよく、投与形態、投与方法、対象の体重などに応じて適宜設定すればよい。
【0032】
一態様において、ケルセチン又はその配糖体の投与量は、ケルセチン換算で、1日当たり、好ましくは0.1mg以上、より好ましくは0.3mg以上、さらに好ましくは1.0mg以上、さらにより好ましくは10mg以上、さらにより好ましくは50mg以上、特に好ましくは55mg以上、最も好ましくは60mg以上であり、また、好ましくは8000mg以下、より好ましくは4000mg以下、さらに好ましくは1000mg以下、さらにより好ましくは500mg以下、特に好ましくは200mg以下、最も好ましくは78mg以下である。一態様において、ケルセチン又はその配糖体の投与量は、ケルセチン換算で、1日当たり、0.1~8000mgが好ましく、0.3~4000mgがより好ましく、1.0~1000mgがさらに好ましく、10~500mgがさらにより好ましく、10~200mgが特に好ましい。また、一態様において、ケルセチン又はその配糖体の投与量は、ケルセチン換算で、1日当たり、50~500mgが好ましく、55~500mgがより好ましく、55~200mgがさらに好ましく、55~78mgがさらにより好ましく、60~78mgが特に好ましい。
一態様においては、上記量を、例えば、1日1回で、又は、数回(例えば2~3回)に分けて、摂取させる又は投与することが好ましい。一態様においては、上記量のケルセチン又はその配糖体を、ヒトに経口で摂取させる又は投与することが好ましい。上記のケルセチン又はその配糖体の投与量は、体重60kgあたりの投与量であってよい。本発明の一態様において、本発明の組成物は、ヒトに、1日あたり上記量のケルセチン又はその配糖体を摂取させる又は投与するために使用することができる。本発明の一態様において、本発明の組成物は、ヒトに、体重60kgあたり、1日あたり上記量のケルセチン又はその配糖体を摂取させる又は投与するための経口用組成物であってよい。上記投与量は、好ましくは成人1日当たりの投与量である。
【0033】
一態様において、本発明の組成物は、ヒトの1日当たりの摂取量中に、ケルセチン又はその配糖体をケルセチン換算で0.1~8000mg含有することが好ましい。1日当たりの摂取量中のケルセチン又はその配糖体の含有量は、ケルセチン換算で0.3~4000mgがより好ましく、1.0~1000mgがさらに好ましく、10~500mgがさらにより好ましく、10~200mgが特に好ましい。また、一態様において、本発明の組成物は、ヒトの1日当たりの摂取量中に、ケルセチン又はその配糖体をケルセチン換算で、好ましくは50~500mg、より好ましくは55~500mg、さらに好ましくは55~200mg、さらにより好ましくは55~78mg、特に好ましくは60~78mg含有することが好ましい。上記のケルセチン又はその配糖体の含有量は、成人の1日摂取量当たりの含有量であることが好ましい。
【0034】
本発明の組成物を摂取させる又は投与する対象(投与対象ということもできる)は、特に限定されない。投与対象は、好ましくはヒト又は非ヒト哺乳動物であり、より好ましくはヒトである。投与対象として、脳内乳酸量の増加を必要とする又は希望する対象が挙げられる。一態様において、投与対象として、脳内乳酸量の低下に起因する又は低下を伴う状態又は疾患を有する対象が挙げられる。一態様において、本発明の組成物は、脳内乳酸量の増加により予防又は改善が期待できる状態又は疾患の予防又は改善等を目的として、健常な状態にある対象に対して用いることもできる。
【0035】
本発明の組成物は、幅広い年齢の対象に使用することができる。好ましくは、本発明の組成物は、成人(例えば18歳以上)に投与される。一態様において、本発明における投与対象として、高齢者及び中高年者が好ましい。一般に高齢者は65歳以上、中高年者は45歳以上65歳未満のヒトを指す。本発明の組成物の投与対象として、例えば、45歳以上のヒトが好ましく、55歳以上80歳未満のヒトがより好ましい。
【0036】
本発明の組成物には、組成物自体、包装、容器又は説明書等に用途、有効成分の種類、効果、使用方法(例えば、摂取方法、投与方法)等の1又は2以上を表示してもよい。
本発明の組成物には、例えば、「ANLS」、「アストロサイト-ニューロン乳酸シャトル」、「astrocyte-neuron lactate shuttle」、「脳内グリコーゲン」、「脳内乳酸」、「脳のエネルギー」、「頭のグリコーゲン」、「頭の乳酸」、「頭のエネルギー」、「アストロサイト内グリコーゲン」、「アストロサイト乳酸分泌」等の1以上の表示が付されていてもよい。また、例えば、「ANLSを活性化する」、「ANLSを改善する」、「アストロサイト-ニューロン乳酸シャトルを活性化する」、「improvement of astrocyte-neuron lactate shuttle」、「脳内グリコーゲン量を増やす」、「脳内の乳酸産生を活性化する」、「脳内の乳酸量を増やす」、「脳のエネルギーを供給する」、「頭のグリコーゲン量を増やす」、「頭の乳酸分泌を活性化する」、「頭のエネルギーを供給する」、「アストロサイト内グリコーゲン量を増やす」、「アストロサイト乳酸分泌を活性化する」、「脳の機能を改善する」、「脳の機能の低下を抑制する」、「認知機能を改善する」、「認知症を予防する」、「うつ病を予防する」、「気分の低下を改善する」等の1以上の機能の表示が付されていてもよい。
上記機能の表示に「ANLS」や「アストロサイト-ニューロン乳酸シャトル」との記載が含まれていない場合、ANLS改善により得られる機能であることが記載されていてもよい。
一態様において、本発明の組成物は、上記の表示が付された飲食品であることが好ましい。また本発明の組成物には、上記の機能を得るために組成物を用いる旨の表示が付されていてもよい。当該表示は、組成物自体に付されてもよいし、組成物の容器、包装又は説明書等に付されていてもよい。
【0037】
本発明は、以下の方法及び使用も包含する。
ケルセチン又はその配糖体を摂取させる又は投与する、脳内乳酸量増加方法。
脳内乳酸量を増加させるための、ケルセチン又はその配糖体の使用。
ケルセチン又はその配糖体を対象に摂取させる又は投与すると、脳内乳酸量を増加させることができる。好ましくは、ケルセチン又はその配糖体を経口で摂取させる又は投与する。
上記方法は、治療的な方法であってもよく、非治療的な方法であってもよい。上記使用は、治療的な使用であってもよく、非治療的な使用であってもよい。
【0038】
上記の方法及び使用において、ケルセチン又はその配糖体、その好ましい態様等は、上述した本発明の組成物と同じである。上記方法及び使用においては、1日に1回以上、例えば、1日1回~数回(例えば2~3回)、ケルセチン又はその配糖体を対象に摂取させる又は投与することが好ましい。
【0039】
上記方法及び使用においては、脳内乳酸量増加作用が得られる量(有効量ということもできる)のケルセチン又はその配糖体を使用すればよい。ケルセチン又はその配糖体の好ましい投与量や投与対象等は上述した本発明の組成物と同じである。ケルセチン又はその配糖体は、そのまま摂取又は投与してもよく、これを含む組成物として摂取又は投与してもよい。例えば、本発明の組成物を摂取又は投与してもよい。
【0040】
ケルセチン又はその配糖体は、脳内乳酸量増加のために使用される飲食品、医薬品、医薬部外品等の製造のために使用することができる。一態様において、ケルセチン又はその配糖体は、脳内乳酸量増加用組成物を製造するために使用することができる。一態様において、本発明は脳内乳酸量増加用組成物を製造するための、ケルセチン又はその配糖体の使用も包含する。
本発明は、脳内乳酸量増加のために使用される、ケルセチン又はその配糖体も包含する。
【0041】
本明細書において下限値と上限値によって表されている数値範囲、即ち、「下限値~上限値」は、それら下限値及び上限値を含む。例えば、「1~2」により表される範囲は、1以上2以下を意味し、1及び2を含む。本明細書において、上限及び下限は、いずれの組み合わせによる範囲としてもよい。
本明細書中に記載された学術文献及び特許文献の全ては、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例0042】
以下、本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、これにより本発明の範囲を限定するものではない。当業者は、本発明の方法を種々変更、修飾して使用することが可能であり、これらも本発明の範囲に含まれる。
【0043】
<実施例1>
(ケルセチン、ケルセチン硫酸抱合体及びケルセチングルクロン抱合体のアストロサイト内グリコーゲン量増加作用の評価)
ヒトiPS細胞由来アストロサイト(FUJIFILM Cellular Dynamics, Inc.製)を48-well plateに播種し、Astrocyte Growth Medium(Lonza社製)で37℃、0.5%CO2の条件で2週間培養した。播種時の細胞密度は、2×104cells/wellとした。
【0044】
2週間後、ケルセチン(ケルセチンアグリコン)(ナカライテスク株式会社製)の終濃度が0、1又は10μMとなるように調製したAstrocyte Growth Mediumに培地を置き換えて、37℃、0.5%CO2で更に24時間培養した。24時間後、培地を全量除去し、氷冷したリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で一度ウォッシュした。ウォッシュ後、氷冷した超純水を加えて-80℃で30分静置した。37℃で5分間解凍した後、グリコーゲンの代謝に関わる酵素を失活させる目的で、98℃で10分加熱した。加熱後、18,000g、4℃で10分間遠心分離し、上清のグリコーゲン量をGlycogen Colorimetric/Fluorometric Assay kit(BioVision社製)を用いて測定した(N=3)。
【0045】
グリコーゲン量を測定した溶液のタンパク質濃度を、Pierce(商標) BCA Protein Assay Kits(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて測定し、グリコーゲン量の測定値をタンパク質量で補正した。
【0046】
結果を
図1Aに示す。
図1Aの「Cont.」は、ケルセチンアグリコンを添加しなかった(培地における終濃度が0μM)群である。縦軸は、タンパク質量で補正したグリコーゲン量(グリコーゲン(μg)/タンパク質量(mg))を示す。なお、得られた値は、平均値±標準誤差で示した(N=3)。有意差検定は、Excelの分析ツールを用いて、Dunnett検定(等分散を仮定した多重比較による検定、p値)により行った(*:p<0.05、**:p<0.01)。
【0047】
<実施例2>
(ケルセチン硫酸抱合体又はケルセチングルクロン抱合体のアストロサイト内グリコーゲン量増加作用の評価)
実施例1におけるケルセチンをケルセチン硫酸抱合体(J. Nat. Prod., 2016, 79, 1808-1814及びJ. Agric. Food Chem., 2012, 60, 3592-3598に記載の方法に基づき調製)又はケルセチングルクロン抱合体(Cayman Chemical社製)に置き換えた以外は、実施例1と同様にしてグリコーゲン量増加作用を評価した。
結果を
図1Bに示す。
図1Bの「Cont.」は、ケルセチン硫酸抱合体及びケルセチングルクロン抱合体を添加しなかった(培地における終濃度が0μM)群である。
【0048】
実施例1及び2の結果から、ケルセチン、ケルセチン硫酸抱合体又はケルセチングルクロン抱合体を添加することにより、ヒトiPS細胞由来アストロサイト内のグリコーゲン量が有意に増加することが確認された。
【0049】
<実施例3>
(ケルセチンのアストロサイト乳酸分泌量増加作用の評価)
ヒトiPS細胞由来アストロサイト(FUJIFILM Cellular Dynamics, Inc.製)を48-well plateに播種し、Astrocyte Growth Medium(Lonza社製)で37℃、0.5%CO2の条件で2週間培養した。播種時の細胞密度は、2×104cells/wellとした。
【0050】
2週間後、ケルセチンの終濃度が0μM又は10μMとなるように調製したAstrocyte Growth Mediumに培地を置き換えて、37℃、0.5%CO2で更に24時間培養した(以降の操作のため、0μM及び10μMのケルセチンの群はそれぞれ2群ずつ用意した)。比較対象として、グリコーゲン分解酵素として知られるCP 316-819(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)を10μM含むように調製したAstrocyte Growth Mediumに置き換えた群も2群用意した。24時間後、0μM及び10μMのケルセチンの2群のそれぞれに関して、ケルセチンの終濃度が0μM又は10μMとなるように調製したAstrocyte Growth Medium、及び、ケルセチンの終濃度が0μM又は10μMとなるように調製したグルコース不含D-MEM(富士フイルム和光純薬社製)に培地を置き換えた。CP 316-819処置群に関しても、CP 316-819の終濃度が10μMとなるように調製したAstrocyte Growth Medium、及び、CP 316-819の終濃度が10μMとなるように調製したグルコース不含D-MEM(富士フイルム和光純薬社製)に培地を置き換えた。その後、乳酸量の測定のため、経時的に培地を採取しながら4時間培養した。4時間後、実施例1と同様の方法で、グリコーゲン量及びタンパク質量を測定した。培地中の乳酸量の測定は、Lactate Assay Kit-WST(富士フイルム和光純薬社製)を使用して行った。細胞内グリコーゲン量、及び乳酸分泌量をタンパク質量で補正した。
【0051】
図2Aにケルセチンのアストロサイト内グリコーゲン量に対する作用と、エネルギー不足時のグリコーゲン分解に対する作用を評価した結果を示す。
図2Bにグルコース不含D-MEMに培地を置き換えた群のケルセチンのアストロサイト乳酸分泌量に対する作用を評価した結果を示す。
図2A及び
図2Bにおける「Cont.」、及び、「10uM CP」は、それぞれ、CP 316-819及びケルセチンのいずれも添加しなかった群、及び、CP 316-819処置群を示す。また、「Glucose +」及び「Glucose -」は、それぞれ、培地がAstrocyte Growth Medium、及び、グルコース不含D-MEMである場合を示す。培地がグルコース不含D-MEMである場合がアストロサイトのエネルギー不足時に相当する。なお、得られた値は、平均値±標準誤差で示した(N=4)。有意差検定は、Excelの分析ツールを用いて、Tukey-Kramerの検定(等分散を仮定した多重比較による検定、p値)、及び、Dunnett検定(等分散を仮定した多重比較による検定、p値)により行った(*:p<0.05、**:p<0.01)。
【0052】
以上の結果から、ケルセチンを添加することによって有意に増加したヒトiPS細胞由来アストロサイト内のグリコーゲン量は、エネルギー不足時に速やかに分解されることが示された。また、それにより、乳酸の分泌量が有意に増加することが示された。比較対象のCP 316-819については、アストロサイト内のグリコーゲン量は増加させるが、エネルギー不足時の乳酸産生量は減少させることが分かった。
ケルセチン又はその配糖体は、天然物や飲食品に含まれ、食経験がある化合物であるため、本発明の組成物は安全に脳内乳酸量を増加させることができる。脳の機能改善や低下抑制のための新しい手段として、産業上の利用可能性は高い。