(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025104138
(43)【公開日】2025-07-09
(54)【発明の名称】飲食品組成物およびその原料の製造方法
(51)【国際特許分類】
A23B 2/10 20250101AFI20250702BHJP
A23B 2/742 20250101ALI20250702BHJP
【FI】
A23L3/015
A23L3/3481
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023222008
(22)【出願日】2023-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】堀江 暁
(72)【発明者】
【氏名】加藤 優
(72)【発明者】
【氏名】森下 あい子
(72)【発明者】
【氏名】重松 亨
【テーマコード(参考)】
4B021
【Fターム(参考)】
4B021LP01
4B021LP07
4B021LW06
4B021MK07
4B021MP10
(57)【要約】
【課題】従来の高温加熱殺菌方法や高圧殺菌方法を経て製造された飲食品やその原料と比較して、成分の変性が抑制されつつ、微生物の増殖が十分に抑制された飲食品やその原料の製造方法、およびそのような製造方法により得られる飲食品やその原料の提供。
【解決手段】飲食品組成物またはその原料の製造方法において、飲食品組成物の原料または中間物を、30~80℃の温度かつ300~1000MPaの圧力で保持する工程を経る。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
飲食品組成物またはその原料の製造方法であって、
前記飲食品組成物の原料または中間物を、30~80℃の温度かつ300~1000MPaの圧力で保持する工程
を含む、前記製造方法。
【請求項2】
前記保持工程における保持温度が40~70℃である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記保持工程における保持圧力が400~800MPaである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記保持工程における保持時間が1分以上である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
前記飲食品組成物の原料または中間物が酵素および増粘剤のいずれか一方または両方を含有する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項6】
前記酵素が、カルボキシペプチダーゼ、α-アセトラクタートデカルボキシラーゼ、グルコアミラーゼおよびα-グルコシダーゼからなる群から選択される少なくとも一種である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
請求項1または2に記載の製造方法により得られる、飲食品組成物またはその原料。
【請求項8】
発酵飲食品または食品添加物である、請求項7に記載の飲食品組成物またはその原料。
【請求項9】
酵素組成物である、請求項7に記載の飲食品組成物またはその原料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲食品組成物およびその原料の製造方法、ならびに該製造方法により得られる飲食品組成物およびその原料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、飲食品やその原料に含まれる微生物の増殖や生育を抑制する方法としては、レトルト殺菌法や超高温加熱処理法(UHT法)等の高温加熱殺菌方法が一般的に用いられてきた。しかしながら、高温加熱殺菌方法では、飲食品やその原料に含まれる成分や、飲食品の製造に必要な物質の変性が生じる場合があり、結果として飲食品に求められる所望の特性が得られないという問題があった。例えば、酵素や増粘剤等を含有する飲食品では、その製造過程で高温加熱殺菌をすることにより酵素や増粘剤が変性・失活してしまうという問題があった。
【0003】
一方、一部の飲食品においては、高温加熱殺菌方法と比較して低い温度下で圧力をかけることによる殺菌方法が提案されている。例えば、特許文献1においては、3500~8000barで非加熱高圧処理をする工程を含む、飲食品の殺菌方法が提案されている。また、特許文献2においては、65~75℃の温度下で100MPaの圧力で処理する工程を含む、飲食品の殺菌方法が提案されている。しかしながら、このような高圧処理では一部の微生物が耐性を示し、十分な殺菌が行われないという問題があった。
【0004】
また、特許文献3および4においても、飲食品に一定の温度および圧力をかけることによる殺菌方法がそれぞれ提案されているが、いずれも飲食品の殺菌と酵素の失活との両立を目的とする技術であり、殺菌と飲食品に含まれる酵素等の成分とを両立することを目的とするものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2021-535740号公報
【特許文献2】特開2015-213699号公報
【特許文献3】特開2006-223248号公報
【特許文献4】特開2012-019729号公報
【0006】
このような状況下、従来の高温加熱殺菌方法や高圧殺菌方法を経て製造された飲食品やその原料と比較して、成分の変性が抑制されつつ、微生物の増殖が十分に抑制された飲食品やその原料の製造方法、およびそのような製造方法により得られる飲食品やその原料の提供が、技術的な課題として存在する。
【0007】
したがって、本発明の目的は、従来の高温加熱殺菌方法や高圧殺菌方法を経て製造された飲食品やその原料と比較して、成分の変性が抑制されつつ、微生物の増殖が十分に抑制された飲食品やその原料の製造方法、およびそのような製造方法により得られる飲食品やその原料を提供することである。
【発明の概要】
【0008】
本発明者らは、飲食品組成物の原料または中間体を30~80℃の温度かつ300~1000MPaの圧力で保持することにより、従来の高温加熱殺菌方法や高圧殺菌方法を経て製造された飲食品やその原料と比較して、成分の変性が抑制されつつ、微生物の増殖が十分に抑制された飲食品組成物やその原料を製造し得るとの知見を得た。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0009】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]飲食品組成物またはその原料の製造方法であって、
前記飲食品組成物の原料または中間物を、30~80℃の温度かつ300~1000MPaの圧力で保持する工程
を含む、前記製造方法。
[2]前記保持工程における保持温度が40~70℃である、[1]に記載の方法。
[3]前記保持工程における保持圧力が400~800MPaである、[1]または[2]に記載の方法。
[4]前記保持工程における保持時間が1分以上である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記飲食品組成物の原料または中間物が酵素および増粘剤のいずれか一方または両方を含有する、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記酵素が、カルボキシペプチダーゼ、α-アセトラクタートデカルボキシラーゼ、グルコアミラーゼおよびα-グルコシダーゼからなる群から選択される少なくとも一種である、[5]に記載の方法。
[7][1]~[6]のいずれかに記載の製造方法により得られる、飲食品組成物またはその原料。
[8]発酵飲食品または食品添加物である、[7]に記載の飲食品組成物またはその原料。
[9]酵素組成物である、[7]に記載の飲食品組成物またはその原料。
【0010】
本発明によれば、従来の高温加熱殺菌方法や高圧殺菌方法を経て製造された飲食品やその原料と比較して、成分の変性が抑制されつつ、微生物の増殖が十分に抑制された飲食品組成物やその原料を製造することができる。特に、本発明によれば、従来の高圧殺菌方法では増殖を十分に抑制することができなかった微生物の増殖もが十分に抑制された飲食品組成物やその原料を製造することができる。
【発明の具体的説明】
【0011】
本明細書において、「微生物の増殖の抑制」とは、いわゆる「殺菌」と交換可能に用いられる。例えば、「微生物の増殖が抑制された飲食品組成物やその原料」とは、「殺菌された飲食品やその原料」と交換可能に用いられる。
【0012】
また、本明細書において、「飲食品組成物またはその原料」とは、最終製品である飲料や食品そのもの、そのような飲料や食品の製造に用いられる材料を包含する。前記「材料」は、直接的に飲食品組成物に添加されるものであってもよく、間接的に飲食品組成物に添加されるもの(すなわち、直接的に飲食品組成物に添加されるものを構成する成分)であってもよい。したがって、「飲食品組成物またはその原料」とは、そのような間接的に飲食品組成物に添加されるものをも包含する概念である。間接的に飲食品組成物に添加されるものとしては、例えば、直接的に飲食品組成物に添加される食品添加物を構成する1つの成分(例えば、溶媒、賦形剤等)が挙げられる。また、前記「材料」は、飲料や食品中に最終的に含まれるものであってもよく、飲料や食品中に最終的に含まれないもの(例えば、飲料や食品の製造の過程で用いられるが、最終的には除去されるもの)であってもよい。
【0013】
また、本明細書において、「酵素組成物」とは、1種以上の酵素活性を有する組成物を差す。例えば、飲食品分野における「酵素組成物」としては、食品添加物として用いられ得る酵素そのものや酵素剤、酵素活性を有する食品原料等が挙げられる。
【0014】
[飲食品組成物またはその原料の製造方法]
本発明の一つの態様によれば、飲食品組成物やその原料を製造する方法(以下、単に「本発明の製造方法」とも言う。)が提供される。
【0015】
本発明の製造方法は、飲食品組成物の原料または中間物を、30~80℃の温度かつ300~1000MPaの圧力で保持する工程(以下、「殺菌工程」とも言う。)を含む。
【0016】
殺菌工程において、飲食品組成物の原料または中間物の保持温度は30~80℃であれば特に限定されないが、飲食品組成物やその原料に含まれるより多くの成分の変性を抑制する観点から、好ましくは30~70℃、より好ましくは30~60℃、より一層好ましくは30~50℃である。殺菌工程における飲食品組成物の原料または中間物の保持温度を30℃以上とすることにより、後述する保持圧力と組み合わせて、飲食品組成物やその原料における微生物の増殖を十分に抑制することができる。一方、保持温度を80℃以下とすることにより、酵素等の様々な種類の成分の変性を抑制することができる。
【0017】
このように、本発明の製造方法は、殺菌工程において、上述した加熱と後述する加圧とを組み合わせることにより、従来の高温加熱殺菌方法より低い温度での加熱であっても飲食品組成物やその原料における微生物の増殖を十分に抑制することができる。一方で、本発明の製造方法は、殺菌工程における加熱が上述したような比較的低い温度で行われるため、従来の高温加熱殺菌方法よりも多くの成分の変性を抑制することができる。
【0018】
殺菌工程における加温手段としては、飲食品の殺菌に用いられる加温手段であれば特に限定されず、例えば、飲食品組成物の原料または中間物の湯浴への浸漬、飲食品組成物の原料または中間物への蒸気の噴霧、パストライゼーションによる低温処理等が挙げられる。
【0019】
殺菌工程において、飲食品組成物の原料または中間物の保持圧力は300~1000MPaであれば特に限定されないが、好ましくは400~1000MPa、より好ましくは400~900MPa、より一層好ましくは400~800MPaである。殺菌工程における飲食品組成物の原料または中間物の保持圧力を300MPa以上とすることにより、上述した保持温度と組み合わせて、飲食品組成物やその原料における微生物の増殖を十分に抑制することができる。一方、保持圧力の上限は本来限定されるものではないが、殺菌工程において一般的に用いられる装置の圧力上限に鑑み、保持圧力は1000MPa以下と設定される。保持圧力が数百MPaである従来の高圧殺菌方法のみでは、圧力耐性微生物の増殖を十分に抑制することができなかったが、本発明の製造方法では、上述したような比較的低温の加熱と加圧とを組み合わせることにより、従来の高圧殺菌方法では増殖を十分に抑制することができなかった圧力耐性微生物の増殖をも十分に抑制することができる。
【0020】
殺菌工程における加圧手段としては、飲食品の殺菌に用いられる加圧手段であれば特に限定されず、例えば、静水圧による加圧や油圧・ガス圧による加圧等が挙げられる。
【0021】
殺菌工程において、飲食品組成物の原料または中間物の保持時間の下限は、本発明の効果が奏される限り特に限定されないが、好ましくは1分、より好ましくは2分、より一層好ましくは3分、特に好ましくは5分である。一方、飲食品組成物の原料または中間物の保持時間の上限は、本発明の効果が奏される限り特に限定されないが、好ましくは60分、より好ましくは30分、より一層好ましくは15分、特に好ましくは10分である。殺菌工程における飲食品組成物の原料または中間物の保持時間を下限および上限を上述した範囲とすることにより、上述した保持温度および保持圧力とした場合に、飲食品組成物やその原料における成分の変性をより良好に抑制しつつ、微生物の増殖をより良好に抑制することができる。具体的には、飲食品組成物やその原料の香味や物性・外観の変化に伴う品質の低下や、酵素活性の減衰をより良好に抑制することができる。
【0022】
上述したように、本発明の製造方法は、飲食品組成物やその原料の製造過程において、酵素や増粘剤等の成分の変性を抑制しつつ、微生物の増殖を十分に抑制することができる。したがって、一つの実施形態において、本発明の製造方法により得られる飲食品組成物の原料または中間物は、酵素や増粘剤等の変性しやすい成分を含有する。
【0023】
飲食品組成物の原料または中間物に含有される酵素としては、飲食品に通常含有される酵素、飲食品の製造において通常用いられる酵素等、食品衛生上許容され得る酵素であれば特に限定されることなく用いることができる。そのような酵素としては、例えば、糖質分解酵素(例えば、アミラーゼ、グルコアミラーゼ、ガラクトシダーゼ、プルラナーゼ、セルラーゼ、ペクチナーゼ、α-グルコシダーゼ、β-グルコシダーゼ、キシラナーゼ、グルカナーゼ、マンナナーゼ等)、タンパク質分解酵素(例えば、カルボキシペプチダーゼ、アミノペプチダーゼ、パパイン、パンクレアチン、ブロメライン、ペプシン等)、脱炭酸酵素(例えば、α-アセトラクタートデカルボキシラーゼ等)、エステラーゼ、リパーゼ、タンナーゼ等が挙げられる。飲食品組成物の原料または中間物中には、1種の酵素が単独で含有されていてもよく、2種以上の酵素が組み合わさって含有されていてもよい。
【0024】
飲食品組成物の原料または中間物に含有される増粘剤としては、飲食品に通常含有される増粘剤、飲食品の製造において通常用いられる増粘剤等、食品衛生上許容可能な増粘剤であれば特に限定されることなく用いることができる。そのような増粘剤としては、例えば、ペクチン、グアーガム、キサンタンガム、タマリンドガム、カラギーナン、プロピレングリコール、カルボキシメチルセルロース、アラビノガラクタン、酵母細胞壁、デキストラン、プルラン等が挙げられる。飲食品組成物の原料または中間物中には、1種の増粘剤が単独で含有されていてもよく、2種以上の増粘剤が組み合わさって含有されていてもよい。
【0025】
また、一つの実施形態において、本発明の製造方法により得られる飲食品組成物の原料または中間物は微生物、特に飲食品組成物そのもの、および/またはその製造過程において好ましくない影響を及ぼす微生物を含む。
【0026】
飲食品組成物の原料または中間物中に含まれる微生物としては、食品衛生上許容され得ない微生物、飲食品組成物やその原料の製造上許容され得ない微生物等であれば特に限定されず、例えば、乳酸菌(例えば、ラクトバチルス属乳酸菌、ラクトコッカス属乳酸菌、ロイコノストック属乳酸菌、ストレプトコッカス属乳酸菌等)、バチルス属細菌、サルモネラ属菌、カンピロバクター属菌、大腸菌等が挙げられる。
【0027】
特に、本発明の製造方法は、従来の高圧殺菌方法では増殖を十分に抑制することができなかった圧力耐性微生物の増殖をも十分に抑制することができる。したがって、一つの実施形態において、飲食品組成物の原料または中間物中に含まれる微生物は、そのような圧力耐性微生物を含む。圧力耐性微生物としては、例えば、ラクトバチルス・リンドネリ(Lactobacillus lindneri)、ラクトバチルス・デルブルッキイ(Lactobacillus delbrueckii)等が挙げられる。
【0028】
[飲食品組成物またはその原料]
本発明の別の態様によれば、本発明の製造方法により得られる飲食品組成物またはその原料(以下、単に「本発明の飲食品組成物または原料」とも言う。)が提供される。本発明の飲食品組成物または原料は、上述した殺菌工程を経て得られるものであるため、従来の高温加熱殺菌方法や高圧殺菌方法を経て製造された飲食品やその原料と比較して、成分の変性が抑制されつつ、微生物の増殖が十分に抑制されている。
【0029】
飲食品組成物の種類としては、特に限定されないが、例えば、発酵飲食品、特に酒類(例えば、ビールテイスト飲料、ワイン、リキュール等)、清涼飲料水等、各種食品添加物、およびそれらの原料が挙げられる。
【0030】
飲食品組成物の原料としては、特に限定されないが、例えば、酵素組成物が挙げられる。酵素組成物は1種以上の酵素を含む組成物であり、飲食品組成物の製造過程で配合されて、場合により所望の酵素活性を奏するものである。酵素組成物に含まれる酵素としては、例えば、糖質分解酵素(例えば、アミラーゼ、グルコアミラーゼ、ガラクトシダーゼ、プルラナーゼ、セルラーゼ、ペクチナーゼ、α-グルコシダーゼ、β-グルコシダーゼ、キシラナーゼ、グルカナーゼ、マンナナーゼ等)、タンパク質分解酵素(例えば、カルボキシペプチダーゼ、アミノペプチダーゼ、パパイン、パンクレアチン、ブロメライン、ペプシン等)、脱炭酸酵素(例えば、α-アセトラクタートデカルボキシラーゼ等)、エステラーゼ、リパーゼ、タンナーゼ等が挙げられる。酵素組成物中には、1種の酵素が単独で含有されていてもよく、2種以上の酵素が組み合わさって含有されていてもよい。
【実施例0031】
以下の実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0032】
実施例1:殺菌効果に対して温度と圧力との組み合わせが及ぼす影響の検討
微生物の増殖に対して温度と圧力との組み合わせが及ぼす影響を評価するために、以下の手順に従って試験を行った。
【0033】
(試料の準備)
殺菌効果を検討する微生物株として、ラクトバチルス・リンドネリ(Lactobacillus lindneri)DSM20690株を用いて試料を準備した。具体的には、まず、試験管中で10mLのMRS液体培地(Becton Dickinson社製)に懸濁したDSM20690株の菌体を、30℃で72時間静置培養した。次いで、得られた培養液を、新たに準備した10mLのMRS液体培地を入れた試験管に移し、更に30℃で24時間静置培養して、対数増殖期の菌体を含む培養液を得た。次いで、得られた培養液を遠心分離(4℃、5,000×g、5分)して菌体を回収し、初発菌体数が1.0×107cfu/mLとなるようにPBS(Sigma Aldrich社製)に懸濁して、試料として用いる菌体懸濁液を得た。なお、cfuはcolony forming unitを意味する。
【0034】
(加温・加圧処理)
準備した試料10mLを、ポリエチレン製のパウチ袋にできるだけ空気が入らないように封入し、加温・加圧処理に供した。具体的には、試料を封入したパウチ袋をサーボモータ駆動式超高圧静水圧処理装置(サーボプレッシャ500、株式会社スギノマシン製)の圧力容器に投入し、各試験区の処理条件を下記表1に示す温度および圧力となるように設定し、10分間の加温・加圧処理を行った。なお、処理時間は設定圧力に到達してから10分間とし、昇圧・減圧の過程も含めて加温した。
【0035】
【0036】
(菌体数の計測)
加温・加圧処理後に各パウチ袋から菌体懸濁液を取り出し、PBSを用いて10倍段階希釈系列の懸濁液を得た。次いで、得られた懸濁液100μLをMRS平板培地(Becton Dickinson社製)に塗布した。次いで、懸濁液を塗布したMRS平板培地を嫌気培養キット(アネロパック(登録商標)・ケンキ、三菱ガス化学株式会社製)と共に密封容器内に封入し、30℃で7日間培養した。培養後、培地上に形成したコロニーを計数することで、加温・加圧処理した菌体懸濁液に含まれる菌体数をcfu/mLとして算出した。各試験区について、計測された菌体数を下記表2に示す。
【0037】
【0038】
表2に示す結果から、30℃に加温し、かつ300MPa、400MPaまたは500MPaに加圧した試験区8~10では、30℃に加温し、かつ加圧しない試験区6と比較して菌体数が顕著に減少することが分かる。特に、30℃に加温し、かつ400MPaまたは500MPaに加圧した試験区9および10では、試験区6と比較して菌体数が特に顕著に減少することが分かる。また、40℃に加温し、かつ300MPa、400MPaまたは500MPaに加圧した試験区13~15では、40℃に加温し、かつ加圧しない試験区11と比較して菌体数が顕著に減少することが分かる。特に、40℃に加温し、かつ400MPaまたは500MPaに加圧した試験区14および15では、試験区11と比較して菌体数が特に顕著に減少することが分かる。また、50℃に加温し、かつ300MPa、400MPaまたは500MPaに加圧した試験区18~20では、50℃に加温し、かつ加圧しない試験区16と比較して菌体数が顕著に減少することが分かる。特に、50℃に加温し、かつ400MPaまたは500MPaに加圧した試験区19および20では、試験区16と比較して菌体数が特に顕著に減少することが分かる。一方、30℃、40℃または50℃に加温し、かつ200MPaに加圧した試験区7、12および17では、30℃、40℃または50℃に加温し、かつ加圧しない試験区6、11および16とそれぞれ比較して菌体数に顕著な変動がないことが分かる。
【0039】
なお、同じ温度で、圧力が300MPa以上である場合には、圧力が大きいほど菌体数が減少する傾向が見られることから、表2に示す各温度において500MPaを超える圧力で加圧した場合には表2に示すよりもさらに菌体数が減少することが示唆される。一方、同じ圧力で、温度が30℃以上である場合には、温度が高いほど菌体数が減少する傾向が見られることから、表2に示す各圧力において50℃を超える温度で加温した場合には表2に示すよりもさらに菌体数が減少することが示唆される。
【0040】
実施例2:酵素活性に対して温度と圧力との組み合わせが及ぼす影響の検討1
酵素活性に対して温度と圧力との組み合わせが及ぼす影響を評価するために、以下の手順に従って試験を行った。
【0041】
(試料の準備)
酵素活性を検討する酵素剤として、市販の酵素剤をサンプルとして、170U/mLのα-グルコシダーゼ活性を有する酵素剤A、1,000U/gのカルボキシペプチダーゼ活性を有する酵素剤B、および2,500U/gのα-アセトラクタートデカルボキシラーゼ活性を有する酵素剤Cを用いて試料を準備した。具体的には、液体製剤である酵素剤Aおよび酵素剤Cは原液を試料とし、粉末製剤である酵素剤Bは10%(w/v)となるように50mMリン酸カリウム緩衝液(pH5.0)に溶解したものを試料とした。
【0042】
(加温・加圧処理)
準備した各試料10mLを、ポリエチレン製のパウチ袋にできるだけ空気が入らないように封入し、加温・加圧処理に供した。具体的には、各試料を封入したパウチ袋をサーボモータ駆動式超高圧静水圧処理装置(サーボプレッシャ500、株式会社スギノマシン製)の圧力容器に投入し、各試験区の処理条件を下記表3に示す温度および圧力となるように設定し、10分間の加温・加圧処理を行った。なお、処理時間は設定圧力に到達してから10分間とし、昇圧・減圧の過程も含めて加温した。
【0043】
【0044】
(α-グルコシダーゼ活性の評価)
酵素剤Aに含まれるα-グルコシダーゼの活性を、以下の手順に従って評価した。まず、p-ニトロフェニル-α-D-グルコシド(ナカライテスク株式会社製)を50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)に溶解し、5mM基質溶液を得た。次いで、得られた基質溶液100μLに、同様の酢酸ナトリウム緩衝液で適宜希釈した酵素剤Aの加温・加圧処理試料5μLを添加し、37℃で10分間の酵素反応を行った。0.2M炭酸ナトリウム水溶液50μLを添加して反応を停止させた後、波長400nmの吸光度を測定することで反応産物であるα-ニトロフェノールを定量し、α-グルコシダーゼの酵素活性を評価した。なお、反応産物の標品としてはα-ニトロフェノール(関東化学株式会社製)を基質と同じ酢酸ナトリウム緩衝液に溶解したものを用いた。
【0045】
(カルボキシペプチダーゼ活性の評価)
酵素剤Bに含まれるカルボキシペプチダーゼの活性を、酸性カルボキシペプチダーゼ測定キット(キッコーマンバイオケミファ株式会社製)を用いて評価した。なお、加温・加圧処理試料の希釈液には10mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)を用いた。
【0046】
(α-アセトラクタートデカルボキシラーゼ活性の評価)
麦汁発酵中のダイアセチル生成の抑制を指標として、酵素剤Cに含まれるα-アセトラクタートデカルボキシラーゼ活性を評価した。具体的には、粉砕した大麦麦芽および多糖分解酵素を、50~60℃で保持された温水が入った仕込槽に投入した後、段階的に昇温して、糖化液を得た。次いで、得られた糖化液を濾過して麦芽粕を除去し、麦汁を得た。次いで、得られた麦汁にホップを添加して煮沸した後に固液分離処理し、冷却して清澄な麦汁を得た。次いで、得られた冷却麦汁300mLを1L容ポリ容器に分取し、酵母および加温・加圧処理した酵素剤C 30μLを添加し、上下に激しく振盪して通気した。次いで、12℃の恒温水槽で2時間静置した後、再度上下に激しく振盪して通気し、12℃の恒温水槽で7日間静置して発酵を行った。次いで、得られた発酵液を500mL容メディウム瓶に移し、10℃の恒温水槽で4日間静置したものを試料として、試料中に含まれるダイアセチルを定量した。なお、ダイアセチルの定量方法は、改訂BCOJビール分析法(ビール酒造組合国際技術委員会編)に従って行った。α-アセトラクタートデカルボキシラーゼの活性により試料中に含まれるダイアセチルが分解されることから、試料中に含まれるダイアセチルの量が少ないほど、α-アセトラクタートデカルボキシラーゼの活性が高いことを示す。
【0047】
酵素剤Bに含まれるカルボキシペプチダーゼの活性および酵素剤Aに含まれるα-グルコシダーゼの活性(いずれも加温・加圧を行わない試験区25および21に対する相対値)を下記表4-1に示す。
【0048】
【0049】
表4-1に示す結果から、カルボキシペプチダーゼの活性およびα-グルコシダーゼに関して、50℃に加温し、かつ200MPaに加圧した試験区27および23、ならびに50℃に加温し、かつ500MPaに加圧した試験区28および24では、50℃に加温し、加圧しない試験区26および22と比較して、各酵素の活性が同程度で維持されるかまたは増大することが分かる。また、加温せず、かつ加圧しない試験区25および21と比較しても、各酵素の活性が同程度で維持されるかまたは増大することが分かる。
【0050】
また、酵素剤Cに含まれるα-アセトラクタートデカルボキシラーゼ活性(試料中に含まれるダイアセチルの量)を下記表4-2に示す。
【表4-2】
【0051】
表4-2に示す結果から、α-アセトラクタートデカルボキシラーゼに関して、50℃に加温し、かつ200MPaに加圧した試験区31、および50℃に加温し、かつ500MPaに加圧した試験区32では、50℃に加温し、加圧しない試験区30と比較して、α-アセトラクタートデカルボキシラーゼの活性が同程度で維持されることが分かる。また、加温せず、かつ加圧しない試験区25および21と比較しても、α-アセトラクタートデカルボキシラーゼの活性が同程度で維持されるかまたは増大することが分かる。また、酵素剤を添加しない対照と比較して、α-アセトラクタートデカルボキシラーゼの活性が顕著に増大することが分かる。
【0052】
実施例3:酵素活性に対して温度と圧力との組み合わせが及ぼす影響の検討2
酵素活性に対して温度と圧力との組み合わせが及ぼす影響を評価するために、酵素剤Cを1900U/gのグルコアミラーゼ活性を有する酵素剤Dに代えて、各試験区の処理条件を下記表5に示す温度および圧力となるように設定した以外は、実施例2と同様の手順に従って試験を行った。なお、液体グルコアミラーゼ製剤である酵素剤Dの酵素活性(グルコアミラーゼの活性)は、以下の方法で評価した。
【0053】
(グルコアミラーゼ活性の評価)
酵素剤Dに含まれるグルコアミラーゼの活性を、糖化力分別定量キット(キッコーマンバイオケミファ株式会社製)を用いて評価した。なお、加温・加圧試料の希釈液には10mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)を用いた。
【0054】
【0055】
酵素剤Dに含まれるグルコアミラーゼの活性、酵素剤Bに含まれるカルボキシペプチダーゼの活性および酵素剤Aに含まれるα-グルコシダーゼの活性(いずれも加温・加圧を行わない試験区に対する相対値)を下記表6に示す。
【0056】
【0057】
表6に示す結果から、500MPaに加圧し、かつ50℃または70℃に加温した試験区24および35では、加圧せず、加温しない試験区21と比較してα-グルコシダーゼの活性が同程度で維持されるかまたは増大することが分かる。一方、500MPaに加圧し、かつ80℃に加温した試験区36では、加圧せず、加温しない試験区21と比較してα-グルコシダーゼの活性が顕著に低下することが分かる。同様に、500MPaに加圧し、かつ50℃または70℃に加温した試験区38および39では、加圧せず、加温しない試験区37と比較してグルコアミラーゼの活性が同程度で維持されるかまたは増大することが分かる。一方、500MPaに加圧し、かつ80℃に加温した試験区40では、グルコアミラーゼの活性が検出限界を超えて低下することが分かる。また、500MPaに加圧し、かつ50℃に加温した試験区28では、加圧せず、加温しない試験区25と比較してカルボキシペプチダーゼの活性が同程度で維持されることが分かる。一方、500MPaに加圧し、かつ70℃または80℃に加温した試験区43および44では、加圧せず、加温しない試験区25と比較してカルボキシペプチダーゼの活性が顕著に低下することが分かる。