(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025104241
(43)【公開日】2025-07-09
(54)【発明の名称】軸受損傷検出システム及び軸受損傷検出方法
(51)【国際特許分類】
G01M 13/045 20190101AFI20250702BHJP
【FI】
G01M13/045
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024176654
(22)【出願日】2024-10-08
(31)【優先権主張番号】P 2023220644
(32)【優先日】2023-12-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】平川 裕雅
(72)【発明者】
【氏名】若林 達男
【テーマコード(参考)】
2G024
【Fターム(参考)】
2G024AC02
2G024BA22
2G024BA27
2G024CA13
2G024FA04
2G024FA05
(57)【要約】 (修正有)
【課題】転がり軸受の軌道面等の各部の損傷を早期に検出できる軸受損傷検出システム及び軸受損傷検出方法を提供する。
【解決手段】軸受損傷検出システムは、転がり軸受の回転を検出して回転信号を出力する回転センサと、回転信号から転がり軸受の回転変動を抽出して回転変動信号を生成する回転変動抽出部24Aと、回転変動信号の波形を周波数分析して周波数特性を求める周波数分析部24Bと、周波数特性から軸受損傷に対応するピーク強度を求めるピーク強度算出部24Cと、ピーク強度に基づき転がり軸受の軸受損傷を検出する損傷検出部24Dと、を備える。回転変動抽出部24Aは、種々のノイズを除去した回転変動信号の波形を求める。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の回転を検出して回転信号を出力する回転センサと、
前記回転信号から前記転がり軸受の回転変動を抽出して回転変動信号を生成する回転変動抽出部と、
前記回転変動信号の波形を周波数分析して周波数特性を求める周波数分析部と、
前記周波数特性から軸受損傷に対応するピーク強度を求めるピーク強度算出部と、
前記ピーク強度に基づき前記転がり軸受の軸受損傷を検出する損傷検出部と、
を備える軸受損傷検出システム。
【請求項2】
前記回転信号から前記転がり軸受の回転に同期したパルス信号にするパルス信号生成部を備え、
前記回転変動抽出部は、
前記パルス信号のそれぞれのパルスについて、個々のパルスのパルス周期Tpの推移を表すパルス周期波形と、
前記パルス信号のいずれかの前記パルスを中心とする前記転がり軸受の1回転分の回転周期Tの推移を表す回転周期波形と、
を求め、
前記パルス周期Tpと前記回転周期Tとの比Tp/Tを表す周期比波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、
請求項1に記載の軸受損傷検出システム。
【請求項3】
前記回転変動抽出部は、
前記周期比波形と、前記周期比波形を平滑化した周期比平滑化波形との差分を表す周期比差分波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、
請求項2に記載の軸受損傷検出システム。
【請求項4】
前記回転変動抽出部は、
前記周期比差分波形における前記転がり軸受の同じ回転位置に対応する前記差分同士を前記回転位置毎に平均化した周期比平均値波形を求め、
前記周期比差分波形と、前記周期比平均値波形との差分を前記回転位置毎に求めた周期比変動波形に基づき、前記回転変動信号の波形を求める、
請求項3に記載の軸受損傷検出システム。
【請求項5】
前記周期比平均値波形は、前記周期比差分波形を求めた前記回転信号、又は当該回転信号に続いて連続して出力された回転信号を用いて求めた波形である、
請求項4に記載の軸受損傷検出システム。
【請求項6】
前記回転センサは、前記転がり軸受の鉛直方向の中間位置で、水平方向の一方の端部で回転を検出する第1回転センサと、水平方向の他方の端部で回転を検出する第2回転センサとを有する、
請求項1に記載の軸受損傷検出システム。
【請求項7】
前記回転信号は、前記第1回転センサから出力される第1パルス信号と、前記第2回転センサから出力される第2パルス信号であり、
前記第1パルス信号又は前記第2パルス信号のパルスについて、当該パルスを中心とする前記転がり軸受の1回転分の回転周期Tの推移を表す回転周期波形と、
前記第1パルス信号と前記第2パルス信号とのパルスの位相差PDの推移を表す位相差波形と、
を求め、
前記位相差PDと前記回転周期Tとの比PD/Tを表す位相差比波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、
請求項6に記載の軸受損傷検出システム。
【請求項8】
前記回転変動抽出部は、
前記位相差比波形と、前記位相差比波形を平滑化した位相差比平滑化波形との差分を表す位相差比差分波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、
請求項7に記載の軸受損傷検出システム。
【請求項9】
前記回転変動抽出部は、
前記位相差比差分波形における前記転がり軸受の同じ回転位置に対応する前記差分同士を前記回転位置毎に平均化した位相差比平均値波形を求め、
前記位相差比差分波形と、前記位相差比平均値波形との差分を前記回転位置毎に求めた位相差比変動波形に基づき、前記回転変動信号の波形を求める、
請求項8に記載の軸受損傷検出システム。
【請求項10】
前記位相差比平均値波形は、前記位相差比差分波形を求めた前記回転信号、又は当該回転信号に続いて連続して出力された回転信号を用いて求めた波形である、
請求項9に記載の軸受損傷検出システム。
【請求項11】
前記転がり軸受は単列軸受又は複列軸受である、
請求項1から10のいずれか1項に記載の軸受損傷検出システム。
【請求項12】
前記転がり軸受は、内輪部材と、外輪部材と、前記内輪部材及び前記外輪部材との間に配置される複数の転動体と、前記内輪部材及び前記外輪部材の少なくとも一方に設けられたフランジと、前記内輪部材の回転速度を検出する車輪速センサと、を備えるハブユニット軸受であって、
前記車輪速センサは、前記回転センサとして機能する、
請求項11に記載の軸受損傷検出システム。
【請求項13】
転がり軸受の回転を検出して回転信号を生成し、
前記回転信号から前記回転の回転変動を抽出して回転変動信号を生成し、
前記回転変動信号の波形を周波数分析して振動ピークを求め、
前記振動ピークから軸受損傷に対応するピーク強度を求め、
前記ピーク強度に基づき前記転がり軸受の軸受損傷を検出する、
を備える軸受損傷検出方法。
【請求項14】
前記回転信号は、前記転がり軸受の回転に同期したパルス信号であり、
前記パルス信号のそれぞれのパルスについて、当該パルスを中心とする前記転がり軸受の1回転分の回転周期の推移を表す回転周期波形を求め、
前記パルス信号における個々のパルスのパルス周期の推移を表すパルス周期波形を求め、
前記パルス周期Tpと前記回転周期Tとの比Tp/Tを表す周期比波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、
請求項13に記載の軸受損傷検出方法。
【請求項15】
前記周期比波形と、前記周期比波形を平滑化した周期比平滑化波形との差分を表す周期比差分波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、
請求項14に記載の軸受損傷検出方法。
【請求項16】
前記周期比差分波形における前記転がり軸受の同じ回転位置に対応する前記差分同士を前記回転位置毎に平均化した周期比平均値波形を求め、
前記周期比差分波形と、前記周期比平均値波形との差分を前記回転位置毎に求めた周期比変動波形に基づき、前記回転変動信号の波形を求める、
請求項15に記載の軸受損傷検出方法。
【請求項17】
前記周期比平均値波形を、前記周期比差分波形を求めた前記回転信号、又は当該回転信号に続いて連続して出力された回転信号を用いて求める、
請求項16に記載の軸受損傷検出方法。
【請求項18】
前記転がり軸受の鉛直方向の中間位置における、水平方向の一方の端部で検出された前記回転信号に基づく第1パルス信号のパルス、又は水平方向の他方の端部で検出された前記回転信号に基づく第2パルス信号のパルスについて、当該パルスを中心とする前記転がり軸受の1回転分の回転周期Tの推移を表す回転周期波形と、
前記第1パルス信号と前記第2パルス信号とのパルスの位相差PDの推移を表す位相差波形と、
を求め、
前記位相差PDと前記回転周期Tとの比PD/Tを表す位相差比波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、
請求項13に記載の軸受損傷検出方法。
【請求項19】
前記位相差比波形と、前記位相差比波形を平滑化した位相差比平滑化波形との差分を表す位相差比差分波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、
請求項18に記載の軸受損傷検出方法。
【請求項20】
前記位相差比差分波形における前記転がり軸受の同じ回転位置に対応する前記差分同士を前記回転位置毎に平均化した位相差比平均値波形を求め、
前記位相差比差分波形と、前記位相差比平均値波形との差分を前記回転位置毎に求めた位相差比変動波形に基づき、前記回転変動信号の波形を求める、
請求項19に記載の軸受損傷検出方法。
【請求項21】
前記位相差比平均値波形を、前記位相差比差分波形を求めた前記回転信号、又は当該回転信号に続いて連続して出力された回転信号を用いて求める、
請求項20に記載の軸受損傷検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受損傷検出システム及び軸受損傷検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車輪を構成するホイール、及び制動装置であるディスクブレーキやドラムブレーキを構成するディスクロータは、車両用転がり軸受ユニット(以下、ハブユニットという)を介して車体の懸架装置に回転自在に支承されている。このハブユニット軸受の外輪とハブ輪は、炭素含有量が0.5~0.6質量%の中炭素鋼を熱間鍛造した後、軌道面を熱処理して製作される。しかし、ハブ輪の内輪軌道面部は比較的肉厚であるが、外輪軌道面部は肉薄なため、フレーキング等の軌道面の損傷は外輪軌道面に発生することが多い。また、ハブユニットに強い外力が作用した場合、転動体が外輪軌道面に圧痕を形成させることもある。
【0003】
また、上記した中炭素鋼は、軸受鋼(C:1質量%)に比べて靭性が高いので、動的最大せん断応力位置でのクラックは軌道面表面に向かっては伸展し難く、軌道面表面と平行にクラックが進行する。この様なクラックの場合、初期には表面が剥がれず、クラックから軌道面表面に至る部分が転動体にのされて凹むだけであるため、振動や音響の悪化が少ない。ところが、クラックの進展に伴いクラックが軌道面に表出すると、一気に剥離が進展する。また、圧痕についても同様に、振動や音響に影響を及ぼすことになる。このような、ある時点から剥離が一気に進展する破損モードは、例えば、運転者からホイール軸受までの距離が遠く、運転者が小さな損傷を検知しにくい大型トラック等の車両の場合には好ましくない。また、将来的なドライバーレス車両や隊列走行を考慮すると、ハブユニット軸受の損傷が小さい段階で上記した剥離や圧痕等の損傷を検知することが望まれる。
【0004】
例えば、特許文献1のハブユニット軸受300は、
図43に示すように、複列の外輪軌道301aを備える外輪301と、複列の内輪軌道302aを備えるハブ302と、外輪軌道301aと内輪軌道302aとの間に転動自在に設けられた複数の転動体303と、を有する。ハブユニット軸受300は、ハブ302の軸方向両側にエンコーダ304が設けられ、それぞれのエンコーダ304に対向する不図示のセンサの検出信号同士の間の位相差に基づいて、ハブ302に加わるトルクを検出可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のようなハブユニット軸受の外輪及びハブ、特に外輪軌道面の損傷は、振動や音響の悪化の要因であり、早期に検出することが望ましい。しかし、特許文献1のハブユニットでは、トルクの検出は行えても発生する損傷までは検出できない。また、このような損傷の検出は、車両のハブユニット軸受に限らず、転がり軸受を用いた他の支承機構についても同様であり、早期の検出が望まれている。
【0007】
そこで本発明は、転がり軸受の軌道面等の各部の損傷を早期に検出できる軸受損傷検出システム及び軸受損傷検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は下記の構成からなる。
(1) 転がり軸受の回転を検出して回転信号を出力する回転センサと、
前記回転信号から前記転がり軸受の回転変動を抽出して回転変動信号を生成する回転変動抽出部と、
前記回転変動信号の波形を周波数分析して周波数特性を求める周波数分析部と、
前記周波数特性から軸受損傷に対応するピーク強度を求めるピーク強度算出部と、
前記ピーク強度に基づき前記転がり軸受の軸受損傷を検出する損傷検出部と、
を備える軸受損傷検出システム。
(2) 転がり軸受の回転を検出して回転信号を生成し、
前記回転信号から前記回転の回転変動を抽出して回転変動信号を生成し、
前記回転変動信号の波形を周波数分析して振動ピークを求め、
前記振動ピークから軸受損傷に対応するピーク強度を求め、
前記ピーク強度に基づき前記転がり軸受の軸受損傷を検出する、
を備える軸受損傷検出方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、転がり軸受の軌道面等の各部の損傷を早期に検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、第1実施形態に係るハブユニット軸受の軸受損傷検出システムの概略構成図である。
【
図3】
図3は、センサの配置位置を模式的に示す説明図である。
【
図4】
図4は、パルス信号生成部の概略的な回路図である。
【
図5】
図5は、外輪軌道の一部に剥離が生じた場合の振動の発生の様子を模式的に示す説明図である。
【
図6】
図6は、外輪軌道の剥離による内輪と外輪との相対変位がセンサ出力に与える変化を示す説明図である。
【
図7】
図7は、転動体の浮き状態と、乗り上げ状態と、元の転動状態とに遷移した際のセンサからのセンサ出力信号の変化を概略的に示す説明図である。
【
図8】
図8は、ハブユニット軸受の損傷の判定を行う手順を示すフローチャートである。
【
図9】
図9は、センサからのセンサ出力信号に応じたパルス信号と、このパルス信号の各パルスの周期をプロットした空間波形を示す説明図である。
【
図10】
図10は、パルス信号のうち任意のパルスの周期と、そのパルスを中心とするハブ軸の1回転分のパルスを概略的に示す説明図である。
【
図11】
図11は、パルス信号のうち任意のパルスの周期と、そのパルスを中心とするハブ軸の1回転分のパルスを概略的に示す説明図である。
【
図12】
図12は、パルス出力信号からハブ軸の回転変動を抽出して回転変動信号を生成するまでの波形の一例を示す説明図である。
【
図13】
図13は、磁気エンコーダの極毎の周期比差分の平均値である周期比平均値分布の例を示す説明図である。
【
図14】
図14は、周期比変動波形を概略的に示す説明図である。
【
図15】
図15は、周期比変動波形をFFT処理して得た周波数特性を概略的に示す説明図である。
【
図16】
図16は、参考例として示すパルス周期波形の周波数特性の説明図である。
【
図17】
図17は、
図8に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順を示すフローチャートである。
【
図18】
図18は、
図8に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順2を示すフローチャートである。
【
図19】
図19は、
図8に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順3を示すフローチャートである。
【
図20】
図20は、
図8に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順4を示すフローチャートである。
【
図21】
図21は、第2実施形態に係るハブユニット軸受の損傷検出システムの概略構成図である。
【
図22】
図22は、ハブユニット軸受の内輪、外輪及び磁気エンコーダと、回転センサの検出領域及び回転センサの検出領域との配置関係を模式的に示す説明図である。
【
図23】
図23は、パルス信号生成部の概略的な回路図である。
【
図24】
図24は、パルス信号及び位相差信号の波形例を示す説明図である。
【
図25】
図25は、外輪軌道の剥離による内外輪の相対変位がセンサ出力に与える影響を示す説明図である。
【
図26】
図26は、エンコーダの変位と検出されるパルス信号の位相差との関係を示す説明図である。
【
図27】
図27は、パルス信号PL_A,PL_B及び位相差信号PDの変化の例を示す説明図である。
【
図28】
図28は、具体的なパルス信号PL_A,PL_B及び位相差信号PDの波形を模式的に示す説明図である。
【
図29】
図29は、2つのセンサを用いてハブユニット軸受の損傷の判定を行う手順を示すフローチャートである。
【
図30】
図30は、パルス信号PL_Aとパルス信号PL_Bの波形を示す説明図である。
【
図31】
図31は、横軸をパルス信号のパルスの順番を表す空間、縦軸を時間として、周期Tiと位相差の変化を示す説明図である。
【
図32】
図32は、パルス出力信号からハブ軸の回転変動を抽出して回転変動信号を生成するまでの波形の一例を示す説明図である。
【
図33】
図33は、位相差比平均値分布の一例を示す説明図である。
【
図34】
図34は、位相差比変動波形を概略的に示す説明図である。
【
図35】
図35は、位相差比変動波形をFFT処理して得た周波数特性の例を示す説明図である。
【
図36】
図36は、
図29に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順1を示すフローチャートである。
【
図37】
図37は、
図29に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順2を示すフローチャートである。
【
図38】
図38は、
図29に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順3を示すフローチャートである。
【
図39】
図39は、検出したパルス信号から差分波形を求めて回転変動波形を得るまでの制御ブロック図である。
【
図40】
図40は、検出用波形から転がり軸受の損傷判定を実施するまでのタイムチャート1を示す説明図である。
【
図41】
図41は、検出用波形から転がり軸受の損傷判定を実施するまでのタイムチャート2を示す説明図である。
【
図42】
図42は、検出用波形から転がり軸受の損傷判定を実施するまでのタイムチャート3を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。以下の説明では、軸受としてハブユニット軸受を一例として説明するが、本発明の適用対象はこれに限らない。
<第1実施形態>
(損傷検出システムの構成)
図1は、第1実施形態に係るハブユニット軸受の軸受損傷検出システム100の概略構成図である。本明細書においては、ハブユニット軸受に関する「軸方向内側」とは、車体に取り付けた際のハブユニット軸受の車体側を表し、
図1における矢印Ax_inで示す右側を意味する。また、「軸方向外側」とは、車体に取り付けた際のハブユニット軸受の車輪側を表し、
図1における矢印Ax_outで示す左側を意味する。したがって、内側に配置された軸受部、外輪軌道及び内輪軌道については、内側列の軸受部、内側列の外輪軌道及び内側列の内輪軌道とも言い、外側に配置された軸受部、外輪軌道及び内輪軌道については、外側列の軸受部、外側列の外輪軌道及び外側列の内輪軌道とも言う。
【0012】
図1に示すハブユニット軸受11は、従動輪用のハブユニット軸受であり、固定側部材である外輪13と、回転側部材であるハブ15と、複数の転動体17と、回転検出装置19とを備える。
図1においては、ハブユニット軸受11のハブ15と後述するセンサ21を水平断面で示している。ハブユニット軸受11の軸受損傷検出システム100は、ハブユニット軸受11と、ハブユニット軸受11の回転検出装置19の後述するセンサ21からの検出信号をパルス信号にして出力するパルス信号生成部23と、制御部24とを含む。なお、ここでは従動輪用のハブユニット軸受を示しているが、駆動輪用のハブユニット軸受についても同様に軸受損傷の検出が可能である。
【0013】
外輪13は、外周面に静止側フランジ25を備え、内周面に外側列の外輪軌道27と内側列の外輪軌道29とを、それぞれ有している。外輪13は、使用時において、静止側フランジ25を図示しない懸架装置のナックルと結合させて固定することにより、この懸架装置に支持された状態で回転が阻止される。
【0014】
ハブ15は、ハブ軸31と、ハブ軸31に嵌合し、かしめにより固定される内輪33とにより構成され、外輪13の径方向内側に外輪13と同軸(同芯)に配置されている。
【0015】
ハブ軸31には、外輪13の軸方向外側開口から軸方向外方に突出した部分に、径方向外側に延出して、車輪(従動輪)及びディスクロータ等の制動用回転部材(いずれも図示せず)を固定するための円輪状の取付フランジ35が設けられている。
【0016】
取付フランジ35には、複数の挿通孔35aが設けられ、各挿通孔35aにはハブボルト37がセレーション嵌合されている。なお、複数の挿通孔35aを雌ねじ孔とし、ハブボルトを螺合することで、取付フランジ35を車輪及びディスクロータ等の制動用回転部材に固定することもできる。
【0017】
ハブ軸31の外周面のうち、外側列の外輪軌道27と対向する部分には、外側列の内輪軌道39が設けられている。また、ハブ軸31の外周面のうち、内側列の外輪軌道29と対向する軸方向内端部には、小径段部41が設けられている。ハブ軸31は、小径段部41の外周面を部分的に構成すると共に、軸方向内側端部が径方向外側に変形して内輪33をかしめにより固定するかしめ部43を有している。
【0018】
内輪33の外周面には、内側列の外輪軌道29と対向する部分に内側列の内輪軌道45が設けられている。内輪33は、その軸方向外側端面を小径段部41の段差面に突き当てた状態でハブ軸31の小径段部41に外嵌されると共に、小径段部41の軸方向内側端部が径方向外側に変形したかしめ部43によって、ハブ軸31にかしめ固定されている。
【0019】
転動体17は、外側列の外輪軌道27と外側列の内輪軌道39との間、及び、内側列の外輪軌道29と内側列の内輪軌道45との間に、各保持器47により保持された状態で転動自在に設けられている。
【0020】
なお、外側列の外輪軌道27と外側列の内輪軌道39と転動体17とにより、外側列の軸受部49Aが形成され、内側列の外輪軌道29と内側列の内輪軌道45と転動体17とにより、内側列の軸受部49Bが形成される。
【0021】
外輪13の内周面の軸方向外側端部には、シールリング51が固定されている。シールリング51は、外輪13の内周面とハブ軸31の外周面との間に存在する、複数の転動体17が設けられた内部空間53の軸方向外端開口を塞いでいる。シールリング51は、ハブ軸31の外周面のうち、外側列の内輪軌道39よりも軸方向外側の大径段部に摺接する。
【0022】
回転検出装置19は、内側列の軸受部49Bの近傍、即ちハブユニット軸受11の軸方向内端部に配設されてハブ15の回転速度を検出するアキシャル型のセンサであり、磁気エンコーダ55とセンサ21と、を備える。
【0023】
磁気エンコーダ55は、支持環55aと、エンコーダ本体55bとから構成されている。支持環55aは、SUS430等のフェライト系ステンレス鋼板、SPCC等の圧延鋼板などの磁性体の金属板に、プレス加工を施すことにより、断面L字形で全体が円環状に形成されている。支持環55aの軸方向外側部分は、内輪33に外嵌めして固定されている。
【0024】
エンコーダ本体55bは、フェライト粉末等の磁性体をゴムや熱可塑性樹脂に混入してなる永久磁石により全体を円輪状に造られたもので、径方向内側に折り曲げられた支持環55aの円輪部分の内側側面に添着固定されている。エンコーダ本体55bの内側側面は、S極とN極が円周方向に関して交互に且つ等ピッチで着磁されている。
【0025】
センサ21は、ハブ15の回転、特にハブ15の内側部分の回転を検出する磁気センサである。センサ21は、検出面21aを磁気エンコーダ55に対向させて配置され、外輪13の内側開口部を塞ぐ側面カバー59に固定されている。センサ21は、ハブ15の回転に伴う、検出面21aに対向する磁気エンコーダ55の検出領域DRにおける磁気の変化を検知することで、ハブ15の回転を検出する。つまり、センサ21と磁気エンコーダ55とが回転センサとして機能し、この回転センサとパルス信号生成部23とが回転検出装置19を構成している。
【0026】
回転センサは、上記の構成に限らず、円筒状のエンコーダとラジアル型センサとの組み合わせであってもよい。また、磁気式エンコーダに限らず、光学式エンコーダ、近接センサ等の他の方式のもの、或いは歯車状のエンコーダや、トラック等で使用される歯車状のエキサイタリング等を用いて回転を検出してもよい。
【0027】
センサ21は、例えばハブユニット軸受11に設けられるアクティブ車輪速センサであってもよい。その場合、磁気に反応して電気特性が変化するホールIC素子、MR素子等の検出素子をセンサ21として使用できる。アクティブ車輪速センサは、磁気エンコーダと対向して、磁束密度が閾値以下ではHIGH側の電圧を出力し、エンコーダの極が近付き、磁束密度が閾値を超えると、LOW側の電圧を出力する。アクティブ車輪速センサは、タイヤの回転速度に応じたパルス波を発生する。一般的にこのパルス波は、車載のコントローラに送られ、ABS(Anti-lock Braking System)やトラクションコントロールに使用されるが、このパルス波を損傷の検出に利用することで、回転センサを別途に追加する必要がなくなる。
【0028】
センサ21は、回転の検出信号をパルス信号生成部23に出力する。パルス信号生成部23は、入力された検出信号に基づいてパルス信号を生成し、生成したパルス信号を制御部24に出力する。
【0029】
図2は、制御部24の機能ブロック図である。制御部24は、回転変動抽出部24Aと、周波数分析部24Bと、ピーク強度算出部24Cと、損傷検出部24Dとを備える。回転変動抽出部24Aは、回転センサから出力される回転信号から転がり軸受の回転変動を抽出して回転変動信号を生成する。周波数分析部24Bは、回転変動信号の波形を周波数分析して周波数特性を求める。ピーク強度算出部24Cは、周波数特性から軸受損傷に対応するピーク強度を求める。損傷検出部24Dは、ピーク強度に基づき転がり軸受の軸受損傷を検出する。
【0030】
制御部24は、パルス信号生成部23から入力されるパルス信号に基づき、ハブユニット軸受11の損傷を判定するための手順を実行する。この制御部24は、CPU等のプロセッサ、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)等の記憶装置、を具備するコンピュータとして構成される。この場合、
図1に示す回転検出装置19、パルス信号生成部23、及び
図2に示す各部の機能は、記憶装置に記憶された所定のプログラムをプロセッサが実行することによって実現できる。また、制御部24は、ハブユニット軸受11及び回転検出装置19に直接あるいは無線で接続された形態に限らず、ネットワーク等の通信を介して接続されていてもよい。その場合、ハブユニット軸受11の損傷の判定を遠隔位置から実施でき、管理の利便性を向上できる。また、複数のハブユニット軸受11を統括して管理することも容易となる。
【0031】
上記構成の本実施形態のハブユニット軸受11の軸受損傷検出システム100においては、制御部24が、回転検出装置19により生成されたパルス信号に基づいて、外輪軌道又は内輪軌道に生じる損傷を高い精度で検出する。このパルス信号には、一般に、タイヤの回転速度により周波数が変化する他、タイヤの回転ムラ、エンコーダの着磁ピッチや着磁偏芯による着磁誤差が含まれる。さらに軸受軌道面が損傷している場合は、その損傷に伴い発生する外内輪の相対変位、及び転動体が損傷個所に出入りする際の衝撃による相対変位による誤差もパルス信号に含まれる。これら各種の情報がパルス信号に含まれると、損傷の情報のみの抽出が困難となるが、この軸受損傷検出システム100では、パルス信号に含まれる上記した各ノイズを除去することで、損傷の情報を高精度で抽出し、正確な評価が行える。
【0032】
次に、センサ21からの検出信号により上記したパルス信号を生成する処理を説明する。
図3は、センサ21の配置位置を模式的に示す説明図である。
図3は、内輪33から外輪13に負荷されるラジアル荷重の作用方向(一般には重力方向である鉛直方向Z)を上下方向にして示している。センサ21は、環状のエンコーダ本体55bの鉛直方向の中間領域Wa、特に中央位置に配置するのが好ましい。内輪33から外輪13にラジアル荷重を負荷しつつ、転動体が外輪軌道と内輪軌道との間で転動する場合に、軌道面に損傷が生じたときに生じる径方向の振動は、ラジアル荷重が作用する鉛直方向Zで顕著に生じやすくなる。そのため、内輪33,外輪13の鉛直方向Zの中央に近い中間領域Wa内で回転検出すると、上下方向の変位を感度よく検出できるようになる。なお、
図3には、センサ21により回転を検出する部位を模式的に四角形の検出領域DRで示しているが、実際の検出領域DRは微小な領域となる。
【0033】
例えば、内輪33から外輪13にラジアル荷重が負荷されて、転動体が外輪軌道と内輪軌道との間で転動する場合、軌道面の損傷に起因する径方向の振動は、ラジアル荷重が作用する鉛直方向Zで顕著となる。そのため、内輪33,外輪13の鉛直方向Zの中央に近い中間領域Wa内で回転検出すると、上下方向の変位を感度よく検出できる。上記した中間領域Waとは、外輪軌道面又は内輪軌道面の径方向内側の範囲を例示できる。
【0034】
ただし、センサ21による検出領域DRは、上記した中間領域Waに配置に限らず、鉛直方向の上下端等の任意の位置に設定してもよい。その場合でも回転検出が可能であり、センサ21の設置自由度を低下させることはない。
【0035】
図4は、パルス信号生成部23の概略的な回路図である。パルス信号生成部23は、例えば、抵抗値Rにより調整された駆動電圧Eをセンサ21に印加したときのセンサ21からの出力信号をパルス信号として出力する。具体的には、センサ21が電流出力タイプである場合、磁束によりセンサ21から出力される電流値が切り替わり、電圧値E、電流値I、抵抗値Rの関係に基づいた電圧Eがパルス信号として出力される。
【0036】
図5は、外輪軌道27の一部に剥離が生じた場合の振動の発生の様子を模式的に示す説明図である。例えば、内輪33から外輪13に鉛直方向上側へ向けたラジアル荷重Prを付与し、外輪軌道27の鉛直方向上側に剥離を生じた欠陥領域Adが存在する状況を考える。その場合、内輪33と外輪13との間で転動する転動体17が欠陥領域Adに入ると、外輪軌道27と内輪軌道45との間の内部すきまが剥離によって広がるため、剥離面を移動する転動体17は浮いた状態となる。その浮いた状態の転動体17が、欠陥領域Adを内輪回転方向Roに沿って移動して欠陥領域Adの端部に到達し、再び剥離のない外輪軌道27と内輪軌道45の間に入り込むとき、転動体17は内輪33及び外輪13に衝突して、内輪33を下側に押し下げる衝撃荷重を発生させる。なお、内輪への荷重は、下側荷重に加えて水平方向にも発生するが、ここでは特に下側への荷重について説明する。このような転動体17の衝突が繰り返されることで上下方向(及び水平方向)の振動が発生する。つまり、内輪33の回転に伴って、欠陥周期で内輪33と外輪13とが上下に相対移動するため、その上下の相対変位をセンサ21により検出することで損傷を検出できる。
【0037】
図6は、外輪軌道の剥離による内輪33と外輪13との相対変位がセンサ出力に与える変化を示す説明図である。
図6では、外輪軌道27と内輪軌道39を有する外側列の軸受部49Aと、外輪軌道29と内輪軌道45を有する内側列の軸受部49Bのうち、外側列の軸受部49Aの外輪軌道27に剥離が生じた場合を示している。なお、このハブユニット軸受は駆動輪用のハブユニット軸受の構成で示している。
【0038】
ここでは、軸受部49Aの内輪となるハブ軸31から外輪13に、鉛直方向上側へ向けたラジアル荷重Pr(予圧)を付与する場合を例に説明するが、予圧を付与しない場合でも同様の手順で損傷を検出できる。外輪軌道27に剥離が生じた欠陥領域Ad内で、転動体17Aが浮き状態にある場合、センサ(不図示)が配置された水平方向の一方の側の検出領域DRと、その反対側となる水平方向の他方の側とにおいては、ハブ軸31と外輪13との上下方向の相対速度VR0と、他方の側における上下方向の相対速度VL0とは等しくなる。
【0039】
次に、転動体17Aが欠陥領域Adの端部に到達して、剥離のない外輪軌道27と内輪軌道39との間に乗り上げたとき、ハブ軸31に衝撃荷重Pinpが負荷される。すると、検出領域DRにおけるハブ軸31と外輪13との相対速度は、浮き状態での上向きの相対速度VR0に、衝撃荷重Pinpによる変位によって逆向きの(下向き)の速度Vpが加わり、浮き状態での相対速度VR0より小さな速度VR1となる。一方、検出領域DRの水平方向の他方の側においては、相対速度VL0と同じ向きの衝撃荷重Pinpによる速度Vpが加わり、浮き状態での相対速度VL0より大きな速度VL1となる。
【0040】
そして、ハブ軸31が更に回転し、転動体17Aが外輪軌道27と内輪軌道39との間で元の転動状態に戻る遷移途中で、ハブ軸31に戻り荷重Pbkが作用する。すると、検出領域DRにおけるハブ軸31と外輪13との相対速度は、浮き状態での上向きの相対速度VR0に、戻り荷重Pbkによる変位によって同じ向き(上向き)の速度Vqが加わり、浮き状態での相対速度VR0より大きな速度VR2となる。一方、検出領域DRの水平方向の他方の側においては、相対速度VL0と逆向き(上向き)の戻り荷重Pbkによる速度Vqが加わり、浮き状態での相対速度VL0より小さな速度VL2となる。
【0041】
図7は、転動体の浮き状態と、乗り上げ状態と、元の転動状態とに遷移した際のセンサ21からのセンサ出力信号の変化を概略的に示す説明図である。検出領域DRにおいて検出される速度は、VR
0、VR
1、VR
2の順に変化する。このVR
0からVR
1,VR
2のへの速度変化によるセンサ出力信号の変化を捉えることで、損傷の存在を識別できる。
【0042】
(損傷判定の手順)
図8は、ハブユニット軸受11の損傷の判定を行う手順を示すフローチャートである。以下の各手順は、
図1、
図2に示す制御部24からの指令に基づいて実施される。
まず、ハブユニット軸受11の回転駆動されるハブ軸31の回転をセンサ21により検出し、センサ21から出力される回転信号であるセンサ出力信号を取得する(S11)。このセンサ出力信号は、パルス信号生成部23によってパルス信号に変換される。
【0043】
図9は、センサ出力信号に応じたパルス信号と、このパルス信号の各パルスの周期をプロットした空間波形を示す説明図である。ここでは、ハブ31の回転を磁気エンコーダ及び磁気センサにより検出した場合のパルス信号を例示する。
図9の上側に示す2つのパルス信号は、ハブ31の回転に伴い、センサ21の検出領域DRを通過する磁気エンコーダ55の磁気変化を表している。パルス信号の一方は、N極又はS極の磁界を検知したときに信号が立ち上がる両極検知の例であり、他方は、N極又はS極の磁界を検知したときに信号が立ち上がり、続けてS極又はN極の磁界を検知したときに信号が立ち下がる交番検知の例を示している。
【0044】
両極検知の場合は、磁気エンコーダ55の極が検出領域DRに到達すると、センサ出力信号がLOW電圧からHIGH電圧に変化するため、LOW電圧からHIGH電圧へ遷移するタイミングを上記した立ち上がりのタイミングとして使用する。一方、交番検知の場合は磁気エンコーダ55の極が検出領域DRに到達すると、センサ出力信号がHIGH電圧からLOW電圧に変化するため、HIGH電圧からLOW電圧へ遷移するタイミングを上記した立ち上がりのタイミングとして使用する。
【0045】
例えば、両極検知の場合、同種の極によるHIGH電圧同士の組を一つのパルスとし、交番検知の場合、一つのHIGH電圧と、これに続くLOW電圧との組を一つのパルスとすると、ハブ31の回転にムラが生じた場合に、各パルスのパルス周期(例えばT1~T7)が変動することになる。
【0046】
一般に、半導体の設計上、信号の立ち上がり精度は高いが、信号の立ち下りの精度は低い場合が多い。そのため、上記したように信号の立ち上がりのタイミングのみを使用することで、立ち下り時間の誤差を空間波形から排除できる。なお、信号の特性に応じて、HIGHからLOW、LOWからHIGHの遷移のうち、精度が高い方を立ち上がりとして使用することが望ましい。
【0047】
上記したパルス信号の各パルスのパルス周期の変化を時系列に表した結果が
図9の下側の空間波形である。ここで示す空間波形は、回転体12の回転1周分のパルスの起点(任意点)から横軸をi(i=1~n(nは整数))番目のパルス、縦軸を1パルス毎の周期(時間)としてプロットした空間波形である。
【0048】
この空間波形は、ハブ31の回転ムラ、磁気エンコーダ55の着磁誤差(ピッチ誤差及び偏芯誤差)が時間の増減として現れている。この空間波形を用いてパルス信号を補正すれば、各誤差を低限させた、より正確なハブ31の回転速度が得られる。
【0049】
図10は、パルス信号のパルスの他の定義の例を示す説明図である。上記したパルス信号のパルスの定義は一例であって、繰り返し発生するHIGH電圧それぞれをパルス(T
a1,T
a2,・・・)と定義してもよい。また、繰り返し発生するLOW電圧それぞれをパルス(T
b1,T
b2,・・・)と定義してもよい。その場合、1パルスの周期を短縮でき、より細かな制御が可能となる。
【0050】
図11は、パルス信号のうち任意のパルスPL
i(iは整数)の周期と、そのパルスPL
iを中心とするハブ軸31の1回転分のパルスを概略的に示す説明図である。
図11に示すパルスPL
iの一対のHIGH電圧とLOW電圧との1組のパルス周期をTpとする。また、パルスPL
iを中心とするハブ軸31の1回転の周期をTとする。
【0051】
上記した空間波形に基づき、損傷検出用のデータとして個々のパルスのパルス周期Tpの推移を表すパルス周期波形WF1を生成する(S13)。また、パルス信号のパルス毎に、そのパルスを中心とする1回転の周期Tの推移を表す回転周期波形WF2を生成する(S14)。
【0052】
図12は、パルス出力信号からハブ軸31の回転変動を抽出して回転変動信号を生成するまでの波形の一例を示す説明図である。なお、以下に説明する波形データは、信号処理の内容を説明するためのものであって、必ずしも実際の自動車のハブユニット軸受から得られた情報であるとは限らない。各波形の横軸は、一例としてハブ軸31の5回転分のパルス数に相当する空間値としている。上記したパルス周期波形WF1と回転周期波形WF2とを生成した後、パルス周期Tpと回転周期Tとの比Tp/Tを表す周期比波形WF3(=WF1/WF2)を求める(S15)。
【0053】
前述したパルス周期波形WF1と回転周期波形WF2は、その縦軸が時間であったが、周期比波形WF3の縦軸は、1回転に対する比の値となる。そのため、周期比波形WF3においては、前述したように回転速度誤差の影響が除去される。
【0054】
次に、周期比波形WF3を平滑化して周期比平滑化波形WF4を求める(S16)。平滑化には、例えば前後7箇所の移動平均により算出できる。この周期比平滑化波形WF4は、周期比波形WF3にローパスフィルタ処理したものと同様に、波形が平滑化されて回転ムラ等の低周波の変動が抽出できる。
【0055】
一般的に、ローパスフィルタ(LPF)には、IIR(無限インパルス応答)とFIR(有限インパルス応答)があるが、IIRは遅延要素を持っているため、平均化されたデータに位相遅れが発生するおそれがある。また、FIRは処理結果が安定しているものの計算量が多く、高性能な演算素子(高価なCPU等)を使用しないと、平均化されたデータに位相遅れが発生するおそれがある。そのため、ここでは計算量が少なく、高速処理が可能な移動平均によりデータの平滑化処理を行っているが、状況に応じて各種の平滑化処理法を適宜に利用すればよい。
【0056】
そして、周期比波形WF3から周期比平滑化波形WF4の差を求め、変動を抽出した周期比差分波形WF5(=WF3-WF4)を求める(S17)。この周期比差分波形WF5は、回転ムラ等の低周波の変動が除去された波形となるが、転動体位置の変化に伴う変位、エンコーダの着磁誤差が依然として残留する。また、軸受軌道面等が損傷している場合の軸受の損傷による誤差も残留している。なお、条件によっては、周期比波形WF3から周期比平滑化波形WF4を減算せず、周期比波形WF3をそのまま周期比差分波形WF5としてもよい。
【0057】
また、計算機に十分な演算処理能力がある場合は、周期比波形WF3に位相遅れが発生しない種類のLPFを適用して周期比平滑化波形WF4を算出してもよい。また、周期比波形WF3に位相遅れが発生しない種類のハイパスフィルタ(HPF)を適用して周期比差分波形WF5を算出してもよい。
【0058】
次に、周期比差分波形WF5から回転位置毎、即ち、磁気エンコーダ55の極毎に平均値を算出する(S18)。つまり、
図12に示す周期比差分波形WF5は、ハブ軸31の5回転分の範囲を示しているが、1回転で例えば48極存在する磁気エンコーダ55では、その極毎に周期比差分波形WF5の値を抽出して平均し、極毎の回転数分の平均値の分布を表す周期比平均値分布WF6を求める。
【0059】
図13は、磁気エンコーダの極毎の周期比差分の平均値である周期比平均値分布WF6の例を示す説明図である。周期比平均値分布WF6における、縦軸の0レベルからの偏差は、着磁誤差を表している。
図13において周期比平均値分布の極毎の平均値を結ぶ線(不図示)が周期比平均値波形となる。
【0060】
次に、上記した周期比差分波形WF5と周期比平均値波形WF6との差分を表す周期比変動波形WF7を求める(S19)。周期比変動波形WF7は、周期比差分波形WF5の極毎の値から、周期比平均値波形WF6で示される極毎の値を、対応する極同士で減算して求める。以下、周期比差分波形WF5を「検出用波形」、周期比平均値波形WF6を「リファレンス波形」、周期比変動波形WF7を「回転変動波形」ともいう。
【0061】
図14は、周期比変動波形WF7を概略的に示す説明図である。この周期比変動波形WF7では、磁気エンコーダ55の着磁誤差が除去されている。つまり、周期比変動波形WF7は、回転速度変化、回転ムラ、着磁誤差による変動を除去しているため、ここに現れる変動は、転動体位置の変化に伴う変位、及び軸受が損傷している場合の軸受の損傷に伴う変位に起因するものといえる。
【0062】
なお、周期比変動波形WF7は、幾何学的な演算により縦軸を周期比から速度変動に変換した波形にしてもよい(S20)。その場合、変動のレベルを速度の大きさとして感覚的に把握しやすくなる。以上のS12からS19,S20までの処理は、
図2に示す制御部24の回転変動抽出部24Aが実施する。
【0063】
次に、周波数分析部24Bは、上記した周期比変動波形WF7を周波数分析して周波数特性を求める(S21)。周波数分析には、例えばFFT(Fast Fourier Transform)のような離散フーリエ変換法、最大エントロピー法、等の種々の解析方法を使用できる。
【0064】
図15は、周期比変動波形WF7をFFT処理して得た周波数特性WF8を概略的に示す説明図である。周期比変動波形WF7には、軸受軌道面が損傷している場合、その損傷に伴う速度変動が含まれる。周波数特性WF8には、上記した軌道面等に剥離や圧痕等の損傷が生じている場合、軸受の転動体の直径d(mm)、転動体のピッチサークル径D(mm)、転動体の数Z、接触角α(rad)を含む各変数によって計算される欠陥の空間周波数(1回転当たり欠陥が何回衝撃するか)に対応するピークが現れる。このような軸受損傷に起因するピークが閾値以上の場合に、軸受が破損したと判定(S22)する。なお、周期比変動波形WF7の縦軸を速度変動に変換した場合でも同一の周波数特性WF8が得られる。
【0065】
図15に示す周波数特性WF8では、軸受損傷に起因する主要なピークが、例えば欠陥1次のピークPk1、欠陥2次のピークPk2として現れている。ピークが出現する周波数は、欠陥の内容に応じて演算によって概ね特定が可能である。低周波領域(例えば空間バンドBD0)において多数のピークが現れているが、これらは系固有の振動数によるものであり、軸受の損傷によるものではない。軸受損傷に起因するピークPk1,Pk2により軸受損傷を判定する際、例えば、外輪欠陥1次のピークPk1は、系固有の振動数に比較的近いため、系固有の振動数のピークと混ざりやすい。一方、欠陥2次のピークPk2は離れて混ざりにくい場合には、欠陥2次のピークPk2を用いて判定してもよい。また、欠陥1次のピークPk1、欠陥2次のピークPk2の周囲には、系の低周波の固有振動との変調や、他の検出対象以外の要因に起因する側帯波(サイドバンド)が発生することもある。そのため、軸受損傷によるピーク強度の判定には、ピークPk1、Pk2それぞれに、特定長さの空間バンドBD1,BD2を設定して、各空間バンドBD1,BD2内でのピーク強度の合計値に応じて軸受損傷を判定してもよい。前述した予圧や荷重の条件等によって、転動体の接触角が微妙に変化することから、理論上の欠陥周波数と、実測によるピーク周波数とは数%ずれることがある。その場合でも上記した特定長さの空間バンドBD1,BD2を設定しておくことで、検出漏れを確実に防止できる。なお、上記の判定例以外にも、状況に応じて所望のピークとその強度の抽出及び判定を適宜なアルゴリズムで行うことができる。
【0066】
図16は、参考例として示すパルス周期波形WF1の周波数特性を示す説明図である。パルス周期波形WF1には、回転ムラ、着磁誤差等の軸受損傷以外の欠陥情報が含まれるため、これを周波数分析すると回転N次のピーク(Nは整数)や、系固有の振動数の多くのピークが出現する。その場合、
図15に示す場合と比較して軸受損傷の欠陥によるピークの選別及び抽出が困難となり、軸受損傷の判定精度の低下が避けられない。そこで、本手法のように、パルス周期波形WF1から軸受損傷以外の欠陥情報を除去することで、周波数分析した結果から軸受損傷の情報を容易に抽出でき、損傷判定の精度を向上できる。上記の周波数特性からピーク強度を算出する処理は、
図2に示すピーク強度算出部24Cが行い、ピーク強度に応じて軸受損傷を判定する処理は損傷検出部24Dが行う。
【0067】
以上説明した損傷判定の手順は、適宜に変更が可能である。
図17は、
図8に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順1を示すフローチャートである。
図17に示す他の手順では、前述したS11~S14、及びS18~S22の各ステップを共通にして、S13で生成したパルス周期(Tp)波形WF1を、周期比へ変換する前に平滑化して、回転ムラによる誤差を除去している。
【0068】
つまり、S13で生成したパルス周期波形WF1を前述した移動平均等の手法により平滑化したパルス周期平滑化波形WF1Aを求める(S31)。そして、パルス周期平滑化波形WF1Aを、S14で生成した回転周期波形WF2で除算して、前述した周期比である周期比波形WF3A(=WF1A/WF2)と、前述同様にパルス周期(Tp)波形WF1を回転周期(T)波形WF2で除算した周期比波形WF3とを求める(S32)。さらに、周期比波形WF3と周期比波形WF3Aとの差分である周期比差分波形WF5(=WF3-WF3A)を求める(S33)。以降の処理は前述と同様である。
【0069】
本手順では、周期比を求める前段で平滑化処理を行っている点以外は、
図8に示すフローチャートと同様である。本手順のように、周期比として無次元化するタイミングは任意であり、どのタイミングであっても略同じ結果を得ることができる。
【0070】
図18は、
図8に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順2を示すフローチャートである。
図18に示す他の手順2では、前述したS16で求める周期比平滑化波形WF4の代わりに、一定のオフセット値をWF4として設定する(S36)。このオフセット値としてのWF4は、例えば、1/極数n(n=48)≒0.02083としてもよい。
【0071】
図19は、
図8に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順3を示すフローチャートである。
図19に示す他の手順3では、前述したS16で求める周期比平滑化波形WF4と、S17で求める周期比差分波形WF5を省略し、S15で求めた周期比波形WF3から、周期比の極毎の平均値である周期比平均値分布WF6を求める(S35)。そして、周期比波形WF3から周期比平均値分布WF6の値を減じて周期比変動波形WF7を求める(S36)。
【0072】
図20は、
図8に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順4を示すフローチャートである。
図20に示す他の手順4では、前述したS16で求める周期比平滑化波形WF4を、周期比波形WF3の7極分のデータを移動平均する7項移動平均処理を行って周期比平滑化波形WF4を求める(S37)。移動平均を磁気エンコーダの全極数(n=48)のうち一部の極数に対応する項同士で移動平均することで、適切なノイズ低限効果が得られる。移動平均の項数は、例えば磁気エンコーダの全極数の1/5~/10の極数に設定してもよい。
【0073】
<第2実施形態>
(損傷検出システムの構成)
図21は、第2実施形態に係るハブユニット軸受の軸受損傷検出システム200の概略構成図である。
図21においては、ハブユニット軸受11Aのハブ15とセンサ21,22を水平断面で示している。
図1に示す第1実施形態は1つのセンサ21によりハブ軸31の回転を検出する構成であったが、第2実施形態は2つのセンサ21,22により回転を検出する点以外は、第1構成例と同様のハブユニット軸受の構成である。
【0074】
センサが1つである場合、センサからの出力信号には転動体位置の変化に伴う軌道輪の変位による誤差が重畳されている。そのため、前述した各波形の変動には、転動体位置の変化に伴う変位が含まれ、周波数特性にもその影響に起因するピークが現れる。
【0075】
一方、
図21に示す軸受損傷検出システム200においては、ハブユニット軸受11Aの鉛直方向の中間位置で、水平方向の一方の端部で回転を検出するセンサ(第1回転センサ)21と、水平方向の他方の端部で回転を検出するセンサ22(第2回転センサ)とを備える。そして、各センサ21,22からの出力信号の位相差を用いてデータ処理が行なわれる構成である。センサ22は、その検出面22aを磁気エンコーダ55に対向させて配置されている。水平方向に対向する位置に配置された2つのセンサ21,22からのセンサ出力信号には、転動体位置の変化に伴う転動輪の変位による位相の遅れ又は進みが互いに逆方向に現れる。そのため、2つのセンサ21,22からのセンサ出力信号の差分信号を用いることで、上記した位相の遅れ又は進みがキャンセルされ、上下方向の変位が算出される。この差分信号を基にデータ処理して周波数特性を求めると、その周波数特性はノイズが低減され、軸受が損傷している場合には、転動体ピッチと転動体の公転速度から計算される周期、内輪損傷の場合には、回転速度から計算される周期で発生するピークが明瞭に現れ、損傷の検出精度が向上する。
【0076】
図22は、ハブユニット軸受11Aの内輪33、外輪13及び磁気エンコーダ55と、センサ21の検出領域DRa及びセンサ22の検出領域DRbとの配置関係を模式的に示す説明図である。
図23は、内輪33から外輪13に負荷されるラジアル荷重の作用方向(一般には重力方向である鉛直方向Z)を上下方向にして示している。
【0077】
センサ21の検出領域DRaと、センサ22の検出領域DRbとは、いずれもその中心位置Pcをハブユニット軸受11Aの中心軸Oを通る水平線Lhよりも下方へ距離δだけずれた位置に設定するのが好ましい。その場合、詳細を後述するが、位相差信号によるずれの検出が容易となる。また、検出領域DRa,DRbの中心位置Pcを上記した水平線Lh上に配置してもよい。
【0078】
図24は、パルス信号生成部23Aの概略的な回路図である。この場合のパルス信号生成部23Aは、例えば、センサ21(センサA)からの出力信号をパルス信号PL_A、センサ22(センサB)からの出力信号をパルス信号PL_Bとする。また、パルス信号Aとパルス信号Bとの差分信号を位相差信号PD(=PL_A-PL_B)として出力する。
【0079】
図24は、パルス信号PL_A,PL_B及び位相差信号PDの波形例を示す説明図である。パルス信号PL_Aのパルス周期はT
A、パルス信号PL_Bのパルス周期はT
Bであり、パルス信号PL_AとPL_Bとの位相差はT
PDである。位相差信号PDは、例えばパルス信号PL_A,PL_Bの電圧が+V、+2Vである場合、+V~-Vの範囲で変化する波形となり、-Vとなる期間が位相差T
PDに相当する。
【0080】
上記したパルス信号PL_A,PL_B,位相差信号PDは、ハブユニット軸受11Aの損傷によって変化する。
図25は、外輪軌道の剥離による内外輪の相対変位がセンサ出力に与える影響を示す説明図である。ここでは、
図6に示す場合と同様に、外側列の軸受部49Aの外輪軌道27の剥離や圧痕等に起因してハブ軸31が上下動する様子を示している。
【0081】
軸受部49Aには、ハブ軸31から外輪13に、鉛直方向上側へ向けたラジアル荷重Pr(予圧)が付与されているものとする。そして、外輪軌道27に剥離が生じた欠陥領域内で浮き状態の転動体17が、欠陥領域の端部から剥離のない領域に乗り上げたとき、ハブ軸31にはラジアル荷重Prより大きな前述した衝撃荷重が負荷されて、ハブ軸31が下方に変位する。その後、ハブ軸31が更に回転して逆向きに衝撃荷重が生じた場合にハブ軸31が上方に変位する。そうすると、ハブ軸31に固定された磁気エンコーダ55は、ハブ軸31の変位に応じて下降した後に上昇する方向に変位する。ハブ軸31に上記した予圧が付与されていない場合でも、磁気エンコーダ55の挙動は上記と同様であり、ハブ軸31の変位に応じて下降と上昇とを生じる。
【0082】
つまり、浮き状態ではハブ軸31が上方に変位して、外輪13の中心Ooutに対するハブ軸31の中心Oinが上方にずれる。そのとき、検出領域DRa,DRbから検出されるパルス信号PL_A,PL_Bには、中立位置からの位相の進み遅れが生じる。具体的には、検出領域DRaではハブ軸31が回転方向Roと同じ上方へ変位するため、パルス信号PL_Aの位相に進みが生じる。検出領域DRbではハブ軸31が回転方向Roと逆方向となる上方へ変位するため、パルス信号PL_Bの位相に遅れが生じる。その結果、パルス信号PL_Bとパルス信号PL_Aとの差分信号となる位相差信号PDには、位相差TPDの期間が生じる。
【0083】
一方、ハブ軸31が下方に変位したとき、検出領域DRaではハブ軸31が回転方向Roと逆方向となる下方へ変位するため、パルス信号PL_Aの位相に遅れが生じる。検出領域DRbではハブ軸31が回転方向Roと同じ下方へ変位するため、パルス信号PL_Bの位相に進みが生じる。その結果、パルス信号PL_Bとパルス信号PL_Aとの差分信号となる位相差信号PDには、ハブ軸31が上方に変位した場合とは異なる位相差TPDの期間が生じる。
【0084】
つまり、位相差信号PDの位相差TPDの値は、ハブ軸31の上下方向の移動量に応じて変化するため、2箇所のセンサ21,22からのパルス信号の位相差から、内輪33と外輪13との相対変位を算出できる。位相差TPDは、検出領域DRa,DRbの位置によって変化し、位相差信号PDに現れる位相差TPDを、特定パルスのパルス長を求めることで容易に検出できる。前述したように、検出領域DRa,DRbの中心位置Pcをハブユニット軸受11Aの中心軸Oを通る水平線Lhよりも下方にずれた位置に設定することで、上記した特定パルスのパルス長が0となって検出不能にならずに済む。
【0085】
上記した位相差とパルス周期は、パルス信号PL_AとPL_Bとをパルス信号生成部23Aがリアルタイムで減算した波形から算出することに限らず、パルス信号PL_A、PL_Bの波形を個別にモニタリングした後に、位相差とパルス周期を各パルス信号から算出することでもよい。
【0086】
上記の説明は信号変化の挙動を概略的に示したものであり、実際の信号に近い信号変化の様子を以下に説明する。
図26は、エンコーダの変位と検出されるパルス信号の位相差との関係を示す説明図である。
図27は、パルス信号PL_A,PL_B及び位相差信号PDの変化の例を示す説明図である。
図26及び
図27は、前述した
図6に示す外輪軌道に剥離を生じた場合の変位の様子を、時系列的に区間SC1,SC2,SC3,SC4の順で示している。初期状態のSC1では、
図26に示す検出領域DRaと検出領域DRbで検出される速度(VR
0,VL
0:相対速度ともいう)は互いに等しい。そして、ハブ軸31が回転したSC2において、転動体が外輪軌道の欠陥領域の端部に到達し、転動体が再び剥離のない外輪軌道と内輪軌道との間に入り込む。このとき、前述した単一センサの場合の
図6で説明したように、ハブ軸31が下方に変位する。そのため、検出領域DRaで検出される速度(VR
1)は低下し、検出領域DRbで検出される速度(VL
1)は増加する。
【0087】
ハブ軸31が更に回転して転動体が外輪軌道と内輪軌道との間で元に転動状態へ遷移するSC3においては、検出領域DRaで検出される速度(VR2)は増加し、検出領域DRbで検出される速度(VL1)は減少する。そして、ハブ軸31が更に回転したSC4においては、初期状態のSC1と同じ状態に戻る。
【0088】
各区間SC1,SC2,SC3,SC4におけるパルス信号PL_A,PL_B及び位相差信号PD(=PL_A-PL_B)は、
図27に示す速度、位相差信号のパルス幅、
パルス周期の各分布を生じさせる。例えば上下の変位量は、位相差信号のパルス幅から求められ、変位速度は、パルス信号PL_A,PL_Bのパルス周期から求められる。なお、実際のハブ軸31の変位はSC1からSC4の間で生じるが、変位の検出はSC2からSC4の間となる。
【0089】
図28は、具体的なパルス信号PL_A,PL_B及び位相差信号PDの波形を模式的に示す説明図である。パルス信号PL_AとPL_Bには、検出領域DRa、DRbの高さ位置に応じた位相の遅れ、進みが存在している。また、前述した区間SC2では、パルス信号PL_Aの周期が長くなり、パルス信号PL_Bの周期が短くなる。区間SC3では、パルス信号PL_Aの周期が短くなり、パルス信号PL_Bの周期が長くなる。そのため、区間SC3とSC4との間の位相差信号PDに現れる位相差T
PDは、他の区間よりも短くなる。この位相差T
PDの変化は、後述する波形の周波数分析の際に定量的に求められ、損傷の判定に利用される。
【0090】
(損傷判定の手順)
図29は、上記した2つのセンサ21,22を用いてハブユニット軸受11Aの損傷の判定を行う手順を示すフローチャートである。以下の各手順は、
図21に示す制御部24からの指令に基づいて実施される。
【0091】
まず、回転駆動されるハブユニット軸受11Aの回転をセンサ21,22により検出し、センサ21,22から出力される回転信号であるセンサ出力信号を取得する(S41)。このセンサ出力信号は、パルス信号生成部23によってそれぞれパルス信号PL_A,PL_Bに変換される。
【0092】
図30は、パルス信号PL_Aとパルス信号PL_Bの波形を示す説明図である。制御部24は、パルス信号PL_Bのパルス周期T
iと、パルス信号PL_Bとパルス信号PL_Aとの位相差PD
i(iはパルスの順番を表す整数)を求める。位相差PD
iは、
図23に示すパルス信号生成部23Aにより生成する位相差信号PDを用いてもよく、各パルス信号PL_A,PL_Bを個別にAD変換して位相差に変換したものを用いてもよい。
【0093】
図31は、横軸をパルス信号PL_Bのパルスの順番を表す空間、縦軸を時間として、
周期T
iと位相差PD
iの変化を示す説明図である。本手順では、位相差PD
iの空間波形を求め(S42)、その波形に基づいて損傷の判定を行う。つまり、1つのセンサ21からのセンサ出力信号に代えて、2つのセンサ21,22からのセンサ出力信号同士の位相差を用いてデータ処理を行う。以降の手順は、前述の「パルス周期」を「位相差」に変更しただけで、基本的な処理内容は第1実施形態と共通であるため、各手順の詳細な説明は省略する。
【0094】
図32は、パルス出力信号からハブ軸31の回転変動を抽出して回転変動信号を生成するまでの波形の一例を示す説明図である。位相差波形WF11は、
図31における位相差PD
iを示しており(S43)、回転周期波形WF12は、前述した
図23に示すように、パルス信号PL_B(PL_Aで求めてもよい)のパルス毎に、そのパルスを中心とする1回転の周期Tの推移を求めた波形である(S44)。
【0095】
次に、位相差波形WF11を回転周期波形WF12で除算した位相差比波形WF13(=WF11/WF12)を求める(S45)。この位相差比波形WF13においては、回転速度誤差の影響が除去される。
【0096】
そして、位相差比波形WF13を前述同様に平滑化して位相差比平滑化波形WF14を求め(S46)、位相差比波形WF13と位相差比平滑化波形WF14との差分を表す位相差比差分波形WF15(=WF13-WF14)を求める(S47)。なお、条件によっては、位相差比波形WF13から位相差比平滑化波形WF14を減算せず、位相差比波形WF13をそのまま位相差比差分波形WF15としてもよい。
【0097】
次に、位相差比差分波形WF15から磁気エンコーダの極毎の平均値である位相差比平均値分布WF16を求める(S48)。
図33は、位相差比平均値分布WF16の一例を示す説明図である。位相差比平均値波形WF16における、縦軸の0レベルからの偏差は、磁気エンコーダの着磁誤差を表している。
図33において位相差比平均値分布の極毎の平均値を結ぶ線(不図示)が位相差比平均値波形となる。
【0098】
次に、上記した位相差比差分波形WF15と位相差比平均値波形WF16との差分を表す位相差比変動波形WF17を求める(S19)。位相差比変動波形WF17は、位相差比差分波形WF15の極毎の値から、位相差比平均値波形WF16で示される極毎の値を、対応する極同士で減算して求める。以下、位相差比差分波形WF15を「検出用波形」、位相差比平均値波形WF16を「リファレンス波形」、位相差比変動波形WF17を「回転変動波形」ともいう。
【0099】
図34は、位相差比変動波形WF17を概略的に示す説明図である。この位相差比変動波形WF17では、磁気エンコーダ55の着磁誤差が除去されている。つまり、位相差比変動波形WF17は、回転速度変化、回転ムラ、着磁誤差が除去されているため、ここに現れる変動は、転動体位置の変化に伴う変位、及び軸受軌道面が損傷している場合の損傷に伴う変位に起因するものといえる。
【0100】
なお、位相差比変動波形WF17は、幾何学的な演算により縦軸を周期比から変位変動に変換した波形にしてもよい(S50)。その場合、変動のレベルを変位の大きさとして感覚的に把握しやすくなる。
【0101】
次に、位相差比変動波形WF17を周波数分析する(S51)。
図35は、位相差比変動波形WF17をFFT処理して得た周波数特性WF18の例を示す説明図である。位相差比変動波形WF17には、転動体位置の変化に伴う変位変動、軸受が損傷している場合は軸受の損傷に伴う変位変動が含まれる。そのため、周波数特性WF18には、玉の公転速度から計算される空間周波数のピーク(1次~数次)と、軸受が損傷している場合は玉ピッチと玉の公転速度から計算される周期で発生するピーク、及び外輪損傷の場合は回転速度から計算される周期で発生するピークとが現れる。このような軸受損傷に起因するピークが閾値以上の場合に、軸受が破損したと判定する。なお、位相差比変動波形WF17の縦軸を変位変動に変換した場合でも同一の周波数特性WF18が得られる。
【0102】
図35に示す周波数特性WF18では、軸受損傷に起因する主要なピークが、例えば欠陥1次のピークPk1、欠陥2次のピークPk2として現れている。そして、前述したように、設定した空間バンドBD1,BD2内でのピーク強度の合計値に応じて軸受損傷を判定する。
【0103】
上記の手順の他に、以下に示す他の手順によって軸受損傷を判定してもよい。
図36は、
図29に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順1を示すフローチャートである。
図36に示す他の手順1では、前述したS45で求めた位相差比波形WF13を、位相差比波形WF13に対して磁気エンコーダの全極(48極)分のデータを移動平均する48項移動平均処理を行い、位相差比平滑化波形WF14を求める。この位相差比平滑化波形WF14は、概ねフラットな波形であり、全体として略一定のオフセット値となる。S47では、位相差比波形WF13と位相差比平滑化波形WF14との差分を位相差比差分波形WF15として求める。
【0104】
図37は、
図29に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順2を示すフローチャートである。
図37に示す他の手順2では、前述したS45で求めた位相差比波形WF13を、位相差比波形WF13に対して磁気エンコーダの極毎に平均して位相差比平均値分布WF16を求める(S52)。そして、位相差比波形WF13から位相差比平均値分布WF16の値を減じて位相差比変動波形WF17を求める(S53)。S51では、この位相差比変動波形WF17を周波数分析する。
【0105】
図38は、
図29に示すフローチャートの手順を一部変更した損傷判定の他の手順3を示すフローチャートである。
図38に示す他の手順3では、前述したS45で求めた位相差比波形WF13を、位相差比波形WF13の7極分のデータを移動平均する7項移動平均処理を行って位相差比平滑化波形WF14を求める(S54)。移動平均を磁気エンコーダの全極数(n=48)のうち一部の極数に対応する項同士で移動平均することで、適切なノイズ低限効果が得られる。移動平均の項数は、例えば磁気エンコーダの全極数の1/5~/10の極数に設定してもよい。
【0106】
<制御のタイムシーケンス>
次に、前述した各実施形態における制御のタイムシーケンスについて説明する。
図39は、検出したパルス信号から差分波形を求めて回転変動波形を得るまでの制御ブロック図である。本処理では、制御部24がセンサ(
図1のセンサ21、
図21のセンサ21,22)からの出力信号に基づいて前述した検出用波形Kを求め、求めた検出用波形Kを回転角度(極)ごとに積算して平均化した合成平均波形Cをリファレンス波形として記憶装置に記憶させる。そして、新たにセンサから出力される出力信号から検出用波形Kを求め、この新たな検出用波形Kから、記憶装置に記憶されたリファレンス波形の値を回転角度ごとに減算して差分波形を求める。得られた差分波形(回転変動波形)は、不要な変動分が除去された波形となり、周波数分析すると不要なピークが除去された周波数特性が得られる。
【0107】
この制御では、センサからの出力信号に基づく検出用波形Kから求めたリファレンス波形を用いて、その検出用波形K自体を減算処理する。つまり、不具合に起因する変動分を含む検出用波形Kからリファレンス波形を生成し、得られたリファレンス波形を用いて元の検出用波形Kを処理し、検出用波形Kから不要な変動分をリアルタイムで除去している。例えば、測定データを、リファレンス波形を用いて処理をする際に、過去の測定データや演算等に基づいたリファレンス波形を予め用意しておき、この用意されたリファレンス波形を用いて処理する場合、リファレンス波形は、実際に測定データを取得したタイミングに必ずしも適合しているとは限らない。そのため、処理結果に狂いが生じるおそれがある。
一方、本制御では、検出用波形Kの減算処理に用いるリファレンス波形は、検出用波形Kを求めたパルス信号、又はそのパルス信号に連続するパルス信号から生成している。即ち、リファレンス波形の生成に用いたパルス信号、又はそのパルス信号が出力されているときの転がり軸受の回転がそのまま継続され、上記パルス信号に続いて連続して出力されたパルス信号を用いてリファレンス波形を求めている。そのため、評価対象の測定データとリファレンス波形とは、時系列的に同時又は略同時とみなせるタイミングの情報であるため、回転条件の変化が殆どなく、上記のような不適合が生じることはない。
【0108】
以下、転がり軸受の損傷判定を実施する制御の具体例を説明する。
図40は、検出用波形Kから転がり軸受の損傷判定を実施するまでのタイムチャート1を示す説明図である。
図40のタイムチャートは、横軸が経過時間であり、縦軸に沿って経過時間ごとの処理内容を示している。この制御では、損傷を検知する損傷検知対象区間SC1,SC2,SC3,SC4,・・・が断続的に順次設定される。まず、経過時間t
0~t
1の間でセンサからの出力信号を取得する。次の経過期間t
1~t
2の間で、検出用波形Kを生成し、この検出用波形Kからリファレンス波形を生成し、検出用波形Kからリファレンス波形を減算して差分波形(回転変動波形)を求め、この回転変動波形をFFT等により周波数分析して損傷判定を行う。以上のt
0~t
2までの期間(破線TMで囲む期間)で、経過時間t
0~t
1における損傷検知対象区間SC1の損傷判定を完了する。以下、これと同様の処理をSC2,SC3、SC4,・・・に対して順次に繰り返し実行する。
【0109】
図41は、検出用波形Kから転がり軸受の損傷判定を実施するまでのタイムチャート2を示す説明図である。
図41のタイムチャート2は、制御部24の演算処理能力が比較的低い場合でも実行できる制御例である。この制御では、まず、経過時間t
0~t
1の間でセンサからの出力信号を取得する。次の経過期間t
1~t
2の間で、検出用波形Kを生成し、この検出用波形Kからリファレンス波形を生成する。次に、経過期間t
2~t
3の間でセンサからの出力信号を取得して検出用波形Kを生成しつつ、先の経過期間t
1~t
2の間で求めたリファレンス波形を検出用波形Kから減算して差分波形(回転変動波形)を求める。そして、経過時間t
3~t
4の間で回転変動波形をFFT(Fast Fourier Transform)等により周波数分析して損傷判定を行う。こうしてt
0~t
4までの期間で、経過時間t
2~t
3における損傷検知対象区間SC1の異常判定が完了する。この場合、SC1の損傷判定は、経過時間t
0~t
1の間の情報に基づくリファレンス波形を使用することになるが、SC1の期間に近いため大きな変化は生じず、不適合の発生はない。
【0110】
さらに、経過時間t4~t5の間でセンサからの出力信号を取得して検出用波形Kを生成しつつ、先の経過期間t1~t2の間で求めたリファレンス波形を検出用波形Kから減算して差分波形(回転変動波形)を求める。そして、経過時間t5~t6の間で回転変動波形をFFT等により周波数分析して損傷判定を行う。こうしてt4~t6までの期間で、経過時間t4~t5における損傷検知対象区間SC2の異常判定を完了する。同様にして、t6~t8までの期間で、経過時間t6~t7における損傷検知対象区間SC3の損傷判定を完了する。以下、これと同様の処理を順次に繰り返し実行する。以上のt0~t8までの期間(破線TMで囲む期間)で、経過期間t1~t2の間で求めたリファレンス波形を共通で使用した損傷検知対象区間SC1,SC2,SC3の損傷判定を完了する。
【0111】
この制御では、SC1,SC2,SC3の期間の損傷判定を、経過期間t1~t2の間で求めたリファレンス波形を共通で使用した結果に基づき実施する。これにより、制御部の演算負担を軽減しつつ損傷判定を行える。
【0112】
図42は、検出用波形Kから転がり軸受の損傷判定を実施するまでのタイムチャート3を示す説明図である。
図42のタイムチャート3は、制御部24の演算処理能力が更に低い場合でも実行できる制御例である。この制御では、まず、経過時間t
0~t
1の間でセンサからの出力信号を取得する。次に経過期間t
1~t
2の間で、検出用波形Kを生成し、この検出用波形Kからリファレンス波形を生成する。そして、経過時間t
2~t
3の間でセンサからの出力信号を取得して、その出力信号の検出用波形Kを経過期間t
3~t
4の間で生成するとともに、t
1~t
2の間で生成したリファレンス波形を検出用波形Kから減算して差分波形(回転変動波形)を求める。また、この期間でt
1~t
2の間の差分波形を周波数分析しておく。
【0113】
次に、経過期間t4~t5の間でセンサからの出力信号を取得して、その出力信号の検出用波形Kをt5~t6の間で生成するとともに、t1~t2の間で生成したリファレンス波形を検出用波形Kから減算して差分波形(回転変動波形)を求める。また、この期間でt4~t5の間の差分波形を周波数分析しておく。
【0114】
同様に経過期間t6~t7の間でセンサからの出力信号を取得して、その出力信号の検出用波形Kをt6~t7の間で生成するとともに、t1~t2の間で生成したリファレンス波形を減算して差分波形(回転変動波形)を求める。また、この期間でt6~t7の間の差分波形を周波数分析しておく。経過期間t8~t9では、t3~t4(SC1に対応)、t5~t6(SC2に対応)、t7~t8(SC3に対応)で求めた周波数分析の結果を平均化して、SC1,SC2,SC3の期間の損傷判定を行う。
【0115】
この制御では、SC1,SC2,SC3の期間の損傷判定を、経過期間t1~t2の間で求めたリファレンス波形を共通で使用した結果に基づき実施する。また、周波数分析を期間ごとに分割して実施することで、制御部の演算負担を更に軽減しつつ損傷判定を行える。
【0116】
上記した各制御例では、演算負担の大きいリファレンス波形の減算処理や周波数分析の区間を、損傷検知対象区間から外して設定することで、制御部24の演算能力が比較的低い場合でも効率のよい演算が行える。また、検出用波形Kの測定時と同じ条件での情報に基づき生成したリファレンス波形、又は測定時に近い条件で生成したリファレンス波形を用いて差分波形(回転変動波形)を求めるため、リファレンス波形の精度が高く、より正確な損傷判定が可能となる。
【0117】
以上説明した軸受損傷検出方法は、単列軸受にも適用可能である。また、車両の支承機構として使用されるハブユニット軸受では、エンコーダ、車輪速センサ及びその信号の処理回路等の構成を備えている。その場合、これらのハードウエアの性能を向上させることで新たにシステムを追加することなく、制御内容の変更、即ち、ソフトウエアの変更、追加と、ハードウエアの性能向上(処理速度の向上等)により上記した軸受損傷検査方法の処理を簡単に実現できる。また、ハブユニット軸受のような複列軸受において、センサとエンコーダをそれぞれの列に個別に設けることなく、片列にのみ設けただけでも、両列いずれかの損傷の検出が可能である。
【0118】
このように、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
例えば、センサの種類によっては、出力信号に波形の乱れ、付加的な情報の重畳等が存在する場合がある。その場合でも、適宜な信号処理、処理回路等を追加して、前述した所望のパルス波形を生成すればよい。つまり、センサから取得される信号の波形に応じて必要な処理を適宜追加し、前述した損傷検出の各工程を実施すればよい。
【0119】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) 転がり軸受の回転を検出して回転信号を出力する回転センサと、
前記回転信号から前記転がり軸受の回転変動を抽出して回転変動信号を生成する回転変動抽出部と、
前記回転変動信号の波形を周波数分析して周波数特性を求める周波数分析部と、
前記周波数特性から軸受損傷に対応するピーク強度を求めるピーク強度算出部と、
前記ピーク強度に基づき前記転がり軸受の軸受損傷を検出する損傷検出部と、
を備える軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、転がり軸受が軸受損傷を有する場合に、その軸受損傷による回転変動を選択的に抽出した回転変動信号を求めることで、その回転変動信号を周波数分析した結果から、軸受損傷に対応するピーク強度を容易に得ることができる。
【0120】
(2) 前記回転信号から前記転がり軸受の回転に同期したパルス信号にするパルス信号生成部を備え、
前記回転変動抽出部は、
前記パルス信号のそれぞれのパルスについて、個々のパルスのパルス周期Tpの推移を表すパルス周期波形と、
前記パルス信号のいずれかの前記パルスを中心とする前記転がり軸受の1回転分の回転周期Tの推移を表す回転周期波形と、
を求め、
前記パルス周期Tpと前記回転周期Tとの比Tp/Tを表す周期比波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、(1)に記載の軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、パルス周期Tpと前記回転周期Tとの比Tp/Tを表す周期比波形を用いることで、回転変動信号から回転速度誤差の影響を除去できる。
【0121】
(3) 前記回転変動抽出部は、
前記周期比波形と、前記周期比波形を平滑化した周期比平滑化波形との差分を表す周期比差分波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、(2)に記載の軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、周期比差分波形を用いることで、回転変動信号から回転ムラ誤差の影響を除去できる。
【0122】
(4) 前記回転変動抽出部は、
前記周期比差分波形における前記転がり軸受の同じ回転位置に対応する前記差分同士を前記回転位置毎に平均化した周期比平均値波形を求め、
前記周期比差分波形と、前記周期比平均値波形との差分を前記回転位置毎に求めた周期比変動波形に基づき、前記回転変動信号の波形を求める、(3)に記載の軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、周期比変動波形を用いることで、回転変動信号から回転センサの回転位置の検出誤差の影響を除去できる。
【0123】
(5)前記周期比平均値波形は、前記周期比差分波形を求めた前記回転信号、又は当該回転信号に続いて連続して出力された回転信号を用いて求めた波形である、(4)に記載の軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、周期比平均値波形が、周期比差分波形を求めた回転信号又はこれに続く回転信号により求めることで、時系列的に同時又は略同じタイミングで取得された周期比差分波形と周期比平均値波形との差分が求められる。よって、経時的な条件変化の影響を受けることなく、正確な損傷検出が可能となる。
【0124】
(6) 前記回転センサは、前記転がり軸受の鉛直方向の中間位置で、水平方向の一方の端部で回転を検出する第1回転センサと、水平方向の他方の端部で回転を検出する第2回転センサとを有する、(1)に記載の軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、2つの回転センサからのセンサ出力信号の差分信号は、各センサ出力信号の位相の遅れ又は進みがキャンセルされため、ノイズの少ない回転信号波形が得られる。
【0125】
(7) 前記回転信号は、前記第1回転センサから出力される第1パルス信号と、前記第2回転センサから出力される第2パルス信号であり、
前記第1パルス信号又は前記第2パルス信号のパルスについて、当該パルスを中心とする前記転がり軸受の1回転分の回転周期Tの推移を表す回転周期波形と、
前記第1パルス信号と前記第2パルス信号とのパルスの位相差PDの推移を表す位相差波形と、
を求め、
前記位相差PDと前記回転周期Tとの比PD/Tを表す位相差比波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、(6)に記載の軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、位相差PDと回転周期Tとの比PD/Tを表す位相差比波形を用いることで、回転変動信号から回転速度誤差の影響を除去できる。
【0126】
(8) 前記回転変動抽出部は、
前記位相差比波形と、前記位相差比波形を平滑化した位相差比平滑化波形との差分を表す位相差比差分波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、(7)に記載の軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、位相差比差分波形を用いることで、回転変動信号から回転ムラ誤差の影響を除去できる。
【0127】
(9) 前記回転変動抽出部は、
前記位相差比差分波形における前記転がり軸受の同じ回転位置に対応する前記差分同士を前記回転位置毎に平均化した位相差比平均値波形を求め、
前記位相差比差分波形と、前記位相差比平均値波形との差分を前記回転位置毎に求めた位相差比変動波形に基づき、前記回転変動信号の波形を求める、(8)に記載の軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、位相差比変動波形を用いることで、回転変動信号から回転センサの回転位置の検出誤差の影響を除去できる。
【0128】
(10) 前記位相差比平均値波形は、前記位相差比差分波形を求めた前記回転信号、又は当該回転信号に続いて連続して出力された回転信号を用いて求めた波形である、(9)に記載の軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、位相差比平均値波形が、位相差比差分波形を求めた回転信号又はこれに続く回転信号により求めることで、時系列的に同時又は略同じタイミングで取得された位相差比差分波形と位相差比平均値波形との差分が求められる。よって、経時的な条件変化の影響を受けることなく、正確な損傷検出が可能となる。
【0129】
(11) 前記転がり軸受は単列軸受又は複列軸受である、(1)から(10)のいずれか1つに記載の軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、単列軸受又は複列軸受のいずれであっても発生した損傷を検出できる。
【0130】
(12) 前記転がり軸受は、内輪部材と、外輪部材と、前記内輪部材及び前記外輪部材との間に配置される複数の転動体と、前記内輪部材及び前記外輪部材の少なくとも一方に設けられたフランジと、前記内輪部材の回転速度を検出する車輪速センサと、を備えるハブユニット軸受であって、
前記車輪速センサは、前記回転センサとして機能する、(11)に記載の軸受損傷検出システム。
この軸受損傷検出システムによれば、ハブユニット軸受に備えある車輪速センサをそのまま回転センサとして流用できる。
【0131】
(13) 転がり軸受の回転を検出して回転信号を生成し、
前記回転信号から前記回転の回転変動を抽出して回転変動信号を生成し、
前記回転変動信号の波形を周波数分析して振動ピークを求め、
前記振動ピークから軸受損傷に対応するピーク強度を求め、
前記ピーク強度に基づき前記転がり軸受の軸受損傷を検出する、
を備える軸受損傷検出方法。
この軸受損傷検出方法によれば、転がり軸受が軸受損傷を有する場合に、その軸受損傷による回転変動を選択的に抽出した回転変動信号を求めることで、その回転変動信号を周波数分析した結果から、軸受損傷に対応するピーク強度を容易に得ることができる。
【0132】
(14) 前記回転信号は、前記転がり軸受の回転に同期したパルス信号であり、
前記パルス信号のそれぞれのパルスについて、当該パルスを中心とする前記転がり軸受の1回転分の回転周期の推移を表す回転周期波形を求め、
前記パルス信号における個々のパルスのパルス周期の推移を表すパルス周期波形を求め、
前記パルス周期Tpと前記回転周期Tとの比Tp/Tを表す周期比波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、(13)に記載の軸受損傷検出方法。
この軸受損傷検出方法によれば、パルス周期Tpと前記回転周期Tとの比Tp/Tを表す周期比波形を用いることで、回転変動信号から回転速度誤差の影響を除去できる。
【0133】
(15) 前記周期比波形と、前記周期比波形を平滑化した周期比平滑化波形との差分を表す周期比差分波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、(14)に記載の軸受損傷検出方法。
この軸受損傷検出方法によれば、周期比差分波形を用いることで、回転変動信号から回転ムラ誤差の影響を除去できる。
【0134】
(16) 前記周期比差分波形における前記転がり軸受の同じ回転位置に対応する前記差分同士を前記回転位置毎に平均化した周期比平均値波形を求め、
前記周期比差分波形と、前記周期比平均値波形との差分を前記回転位置毎に求めた周期比変動波形に基づき、前記回転変動信号の波形を求める、(15)に記載の軸受損傷検出方法。
この軸受損傷検出方法によれば、周期比変動波形を用いることで、回転変動信号から回転センサの回転位置の検出誤差の影響を除去できる。
【0135】
(17) 前記周期比平均値波形を、前記周期比差分波形を求めた前記回転信号、又は当該回転信号に続いて連続して出力された回転信号を用いて求める、(16)に記載の軸受損傷検出方法。
この軸受損傷検出方法によれば、周期比平均値波形が、周期比差分波形を求めた回転信号又はこれに続く回転信号により求めることで、時系列的に同時又は略同じタイミングで取得された周期比差分波形と周期比平均値波形との差分が求められる。よって、経時的な条件変化の影響を受けることなく、正確な損傷検出が可能となる。
【0136】
(18) 前記転がり軸受の鉛直方向の中間位置における、水平方向の一方の端部で検出された前記回転信号に基づく第1パルス信号のパルス、又は水平方向の他方の端部で検出された前記回転信号に基づく第2パルス信号のパルスについて、当該パルスを中心とする前記転がり軸受の1回転分の回転周期Tの推移を表す回転周期波形と、
前記第1パルス信号と前記第2パルス信号とのパルスの位相差PDの推移を表す位相差波形と、
を求め、
前記位相差PDと前記回転周期Tとの比PD/Tを表す位相差比波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、(13)に記載の軸受損傷検出方法。
この軸受損傷検出システムによれば、位相差PDと回転周期Tとの比PD/Tを表す位相差比波形を用いることで、回転変動信号から回転速度誤差の影響を除去できる。
【0137】
(19) 前記位相差比波形と、前記位相差比波形を平滑化した位相差比平滑化波形との差分を表す位相差比差分波形に基づき前記回転変動信号の波形を求める、(18)に記載の軸受損傷検出方法。
この軸受損傷検出方法によれば、位相差比差分波形を用いることで、回転変動信号から回転ムラ誤差の影響を除去できる。
【0138】
(20) 前記位相差比差分波形における前記転がり軸受の同じ回転位置に対応する前記差分同士を前記回転位置毎に平均化した位相差比平均値波形を求め、
前記位相差比差分波形と、前記位相差比平均値波形との差分を前記回転位置毎に求めた位相差比変動波形に基づき、前記回転変動信号の波形を求める、(19)に記載の軸受損傷検出方法。
この軸受損傷検出方法によれば、位相差比変動波形を用いることで、回転変動信号から回転センサの回転位置の検出誤差の影響を除去できる。
【0139】
(21) 前記位相差比平均値波形を、前記位相差比差分波形を求めた前記回転信号、又は当該回転信号に続いて連続して出力された回転信号を用いて求める、(20)に記載の軸受損傷検出方法。
この軸受損傷検出方法によれば、位相差比平均値波形が、位相差比差分波形を求めた回転信号又はこれに続く回転信号により求めることで、時系列的に同時又は略同じタイミングで取得された位相差比差分波形と位相差比平均値波形との差分が求められる。よって、経時的な条件変化の影響を受けることなく、正確な損傷検出が可能となる。
【符号の説明】
【0140】
11,11A ハブユニット軸受
13 外輪
15 ハブ
17,17A 転動体
19 回転検出装置
21,22 センサ
21a,22a 検出面
23,23A パルス信号生成部
24 制御部
24A 回転変動抽出部
24B 周波数分析部
24C ピーク強度算出部
24D 損傷検出部
25 静止側フランジ
27,29 外輪軌道
31 ハブ軸
33 内輪
35 取付フランジ
35a 挿通孔
37 ハブボルト
39,45 内輪軌道
41 小径段部
43 かしめ部
47 保持器
49A 外側列の軸受部
49B 内側列の軸受部
51 シールリング
53 内部空間
55 磁気エンコーダ
55a 支持環
55b エンコーダ本体
59 側面カバー
100,200 軸受損傷検出システム