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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025001054
(43)【公開日】2025-01-08
(54)【発明の名称】眼内抗炎症剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20241225BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20241225BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20241225BHJP
   A61K 38/06 20060101ALI20241225BHJP
   A61K 31/198 20060101ALI20241225BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P27/02
A61P29/00
A61K38/06
A61K31/198
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021187729
(22)【出願日】2021-11-18
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 刊行物 Ocular Immunology and Inflammation,2020,DOI:10.1080/09273948.2020.1833224 発行日 令和2年11月20日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人・日本医療研究開発機構、委託事業「橋渡し研究プログラム」、課題名「活性イオウ分子種の抗酸化・抗炎症作用に基づく新規眼内灌流液の開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中澤 徹
(72)【発明者】
【氏名】赤池 孝章
(72)【発明者】
【氏名】國方 彦志
(72)【発明者】
【氏名】俵山 寛司
(72)【発明者】
【氏名】津田 聡
【テーマコード(参考)】
4C084
4C206
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084AA17
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA15
4C084BA25
4C084BA31
4C084MA17
4C084MA58
4C084NA14
4C084ZA331
4C084ZA332
4C084ZB111
4C084ZB112
4C084ZC411
4C084ZC412
4C206AA01
4C206AA02
4C206JA57
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA37
4C206MA78
4C206NA14
4C206ZA33
4C206ZC41
(57)【要約】
【課題】眼内組織における過剰な炎症を抑制することができる、眼内抗炎症剤を提供することを課題とする。
【解決手段】 ERK活性化剤を含有する、眼内抗炎症剤。また、一般式(1)及び一般式(2)で表される活性イオウ分子、並びに前記活性イオウ分子の誘導体からなる群より選択される1種以上を含有する、眼内抗炎症剤。
S(S)H ・・・(1)
(上記式(1)中、RはL-システイン(Cys)、ホモシステイン(HCys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す。nは1以上の整数である。)
S(S)n+1 ・・・(2)
(上記式(2)中、R及びRは、独立してL-システイン(Cys)、ホモシステイン(HCys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す。nは1以上の整数である。)
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ERK活性化剤を含有する、眼内抗炎症剤。
【請求項2】
前記ERK活性化剤が一般式(1)及び一般式(2)で表される活性イオウ分子、前記活性イオウ分子の誘導体、C6-ceramide、並びにC16-PAFからなる群より選択される1種以上である、請求項1に記載の眼内抗炎症剤。
S(S)H ・・・(1)
(上記式(1)中、Rはホモシステイン(HCys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す。nは1以上の整数である。)
S(S)n+1 ・・・(2)
(上記式(2)中、R及びRは、独立してホモシステイン(HCys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す。nは1以上の整数である。)
【請求項3】
前記活性イオウ分子が、グルタチオンパースルフィドを含有する、請求項2に記載の眼内抗炎症剤。
【請求項4】
前記ERK活性化剤の前記眼内抗炎症剤における濃度が0.0005μM~1500μMである、請求項1~3のいずれか1項に記載の眼内抗炎症剤。
【請求項5】
前記ERK活性化剤の前記眼内抗炎症剤における濃度が0.015μM~50μMである、請求項1~3のいずれか1項に記載の眼内抗炎症剤。
【請求項6】
前記ERK活性化剤の前記眼内抗炎症剤における濃度が0.5μM~50μMである、請求項1~3のいずれか1項に記載の眼内抗炎症剤。
【請求項7】
一般式(1)及び一般式(2)で表される活性イオウ分子、並びに前記活性イオウ分子の誘導体からなる群より選択される1種以上を含有する、眼内抗炎症剤。
S(S)H ・・・(1)
(上記式(1)中、Rはホモシステイン(HCys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す。nは1以上の整数である。)
S(S)n+1 ・・・(2)
(上記式(2)中、R及びRは、独立してホモシステイン(HCys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す。nは1以上の整数である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼内抗炎症剤に関する。
【背景技術】
【0002】
組織への外的侵襲や代謝の異常により生体恒常性に異常が生じると、炎症性サイトカインなどが放出され、炎症が引き起こされる。グリア細胞は末梢組織において炎症反応を調節することが知られており、網膜では、網膜色素上皮(RPE)細胞や主要なグリア細胞であるミュラー細胞、ミクログリアが炎症反応を調節する機能を有する。例えば、RPE細胞が炎症惹起シグナルを受容すると、インターロイキン(IL)-1β、IL-6、CCL2などの炎症性サイトカインの発現が促され、炎症反応が増強される。
【0003】
しかしながら、過剰な炎症は網膜組織に重大な損傷を与えることがある。例えば、加齢に伴う網膜変性疾患は、RPE細胞による炎症性サイトカインの過剰放出を一つのきっかけとして引き起こされる。また、糖尿病患者は代謝の異常によりしばしば網膜に過度の炎症が生じ、糖尿病網膜症を発症する。
【0004】
ところで、眼科手術には眼内灌流液が用いられる。眼内灌流液としては、グルタチオン誘導体を含有する眼内灌流液が開発されており、カルシウムの沈殿を効果的に抑制し、極めて安定な眼内灌流液であるとされている(特許文献1参照)。
また、アスコルビン酸とトコフェロールとのリン酸ジエステルを含有する眼内灌流液も開発されており、角膜細胞の保護に優れ、眼科手術を安全に行うことができるとされている(特許文献2参照)。
【0005】
一方で、活性イオウ分子であるシステインパースルフィド(CysSSH)は、生体内では、主たるCysSSH産生酵素であるシステインtRNA合成酵素(CARS)によって生合成されることが報告されている。また、CysSSHは、さらに、グルタチオンパースルフィド(GSSH)などの様々な活性イオウに変換され、ミトコンドリアのエネルギー代謝調節機能や抗酸化活性を発揮することが知られている。
【0006】
一般にCysSSHは、このような特殊な酵素の触媒活性を担う不安定な代謝中間体として認識されていたところ、近年CysSSHなどの活性イオウ分子が、生体内で高い抗酸化活性やレドックスシグナルの制御機能を発揮していることが見出された(非特許文献1参照)。また、活性イオウ分子を眼内灌流液に含ませることにより、手術侵襲由来の酸化ストレスを十分に抑制することが可能となることが見出された(特許文献3)。また、上記の通り活性イオウ分子は生体内に存在することから、当該眼内灌流液は、眼内での親和性が高く、安全性が高い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7-97331号公報
【特許文献2】特開平7-10701号公報
【特許文献3】国際公開第2017/057768号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Ida, T. et al. Reactive cysteine persulfides and S-polythiolation regulate oxidative stress and redox signaling. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2014, doi: 10.1073 / pnas.1321232111
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らの検討により、過剰な炎症は上述したような疾患のみでなく、白内障治療、角膜移植、硝子体手術などの眼科手術においても問題となることが明らかとなってきた。具体的には、眼科手術での長時間にわたる眼内灌流下での眼内操作等により、各眼内組織に炎症が引き起こされ、角膜混濁、水晶体混濁、網膜細胞死などが生じた結果、眼科手術後に視力が低下する場合があると考えられる。
【0010】
眼内灌流液として、特許文献1及び2等の眼内灌流液が開発されているが、これらの眼内灌流液を用いた場合も、眼科手術後に視力低下をきたす症例が存在する。本発明は、このような問題を解決するものであり、眼内組織における過剰な炎症を抑制することができる、眼内抗炎症剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、グルタチオン三硫化物(GSSSG)などの活性イオウ分子などによってERKが活性化されると、リポポリサッカライド(LPS)依存的な炎症性サイトカインの発現が抑制されることを見出した。
【0012】
すなわち本発明の一形態は、ERK活性化剤を含有する、眼内抗炎症剤である。
ERK活性化剤は、好ましくは一般式(1)及び一般式(2)で表される活性イオウ分子、前記活性イオウ分子の誘導体、C6-ceramide、並びにC16-PAFからなる群より選択される1種以上である。
S(S)H ・・・(1)
(上記式(1)中、Rはホモシステイン(Hcys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す。nは1以上の整数である。)
S(S)n+1 ・・・(2)
(上記式(2)中、R及びRは、独立してホモシステイン(Hcys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す。nは1以上の整数である。)
また、本発明の好ましい実施形態は、前記活性イオウ分子がグルタチオンパースルフィドを含有する形態である。
また、本発明の別の形態は、眼内の炎症を抑制する方法であって、上記ERK活性化剤を、眼内に導入するステップ、を含む方法である。
また、本発明のさらに別の形態は、上記一般式(1)及び一般式(2)で表される活性イオウ分子、並びに前記活性イオウ分子の誘導体からなる群より選択される1種以上を含有する、眼内抗炎症剤である。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、眼科手術時に眼内組織が十分に保護され、更に安全性が高い眼内抗炎症剤を提供できる。即ち、ERK活性化剤は高い抗炎症作用を有することから、例えば本発明の眼内抗炎症剤を眼内灌流液として利用することで手術侵襲由来の過剰な炎症を抑制することが可能となる。また、特に本発明の眼内抗炎症剤が活性イオウ分子を含む場合、活性イオウ分子は患者の眼内に存在することから、眼内での親和性が極めて高く、安全性が高いという利点を有する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】生体内活性パースルフィドの生成機構を示す図である。
図2】GSSSG及びGSSG投与後のサルフェン硫黄量の変化を示すグラフである。
図3】GSSSG及びGSSGの細胞毒性試験の結果を示すグラフである。
図4】LPSを投与したARPE-19細胞における炎症関連遺伝子の発現量に対するGSSSG及びGSSGの効果を示すグラフである。
図5】LPSを投与したARPE-19細胞における炎症関連遺伝子の発現量に対するGSSSGの経時的効果を示すグラフである。
図6】TLR4 mRNA量(左)及びTLR4タンパク質量(右)に対するGSSSG及びGSSGの効果を示すグラフ及びウェスタンブロット像である。
図7】LPSを投与したヒト(上段)及びマウス(下段)RPE細胞における炎症関連遺伝子の発現量に対するGSSSG及びGSSGの効果を示すグラフである。
図8】LPSを投与したミクログリア細胞(上段)及びミュラー細胞(下段)における炎症関連遺伝子の発現量に対するGSSSGの効果を示すグラフである。
図9】LPS及びGSSSGの投与がERKのリン酸化状態に与える影響を示すグラフ及びウェスタンブロット像である。
図10】GSSSG及びC6-ceramideがERKのリン酸化状態に与える影響を示すウェスタンブロット像(左)及びグラフ(右)である。
図11】LPSを投与したARPE-19細胞における炎症関連遺伝子の発現量に対するGSSSGの効果がERK阻害剤の投与により低減することを示すグラフである。
図12】LPSを投与したARPE-19細胞における炎症関連遺伝子の発現量に対するC6-ceramideの効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。但し、以下の説明は、本発明の一例(代表例)であり、本発明はこれらに限定されるものではない。また、本発明は、その要旨を逸脱しない範囲内で任意に変更して実施することができる。
なお、本明細書において「~」で表される記載は、その前後に記載された数字を含む範囲を表すものとする。
【0016】
本発明の実施形態である眼内抗炎症剤は、ERK活性化剤を含有する。本明細書において、ERK活性化剤とは、ERKのリン酸化を直接的又は間接的に促進する物質を指し、一般にERK活性化剤として認知、販売されている物質に限られない。
ERK活性化剤は、後述の実施例において説明するように、炎症関連遺伝子の発現制御を介して抗炎症作用を発揮すると推測される。具体的には、組織侵襲により発現が誘導されるようなIL-6、IL-1β及びCCL2等の遺伝子の発現を抑制することによって、過剰な炎症を抑制すると考えられる。
【0017】
ERK活性化剤は、好ましくは活性イオウ分子、活性イオウ分子誘導体、C6-ceramide、又はC16-PAFである。
活性イオウ分子は、以下の式(1)及び(2)で表される。
S(S)H ・・・(1)
S(S)n+1 ・・・(2)
上記式(1)中、Rはホモシステイン(Hcys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す。また、nは1以上の整数であり、2以上であってよく、上限は特段ないが、例えば10以下であり、8以下であってよく、5以下であってよい。
すなわち式(1)で表される化合物は、ホモシステインを例にあげれば、ホモシステインのチオール基に更に過剰なイオウが結合した構造を有する化合物である。
【0018】
上記式(2)中、R及びRは、独立してホモシステインまたはグルタチオンであって、チオール基以外の部分を表す。nは式(1)におけるものと同様、1以上の整数であり、2以上であってよく、上限は特段ないが、例えば10以下であり、8以下であってよく、5以下であってよい。
【0019】
上記式(1)で表される分子としては、グルタチオンパースルフィド(GSSH)、ホモシステインパースルフィド(HcysSSH)、及びこれらに更にイオウが結合した分子、があげられる。更にイオウが結合した分子としてはHCysSSSH、HCysSSSSH、GSSSH、GSSSSHなどが例示されるが、この限りではない。
なお、本明細書におけるGSHとの表記は還元型グルタチオンの慣用表記であり、GSSHはグルタチオンのチオール基にイオウが1分子結合した構造を有する化合物を表す一方で、HCysSSHはホモシステインパースルフィドを示し、ホモシステインのチオール基にイオウが1分子結合した構造を有する化合物を表す。また、GSSGは酸化型グルタチオンの慣用表記である。
【0020】
また、上記式(1)で表される分子の誘導体は、本発明の効果を損なわない範囲で、Rに含まれるアミノ基、カルボキシル基などが任意の置換基で修飾又は置換された分子を挙げることができる。誘導体の例としては、アルキル化体、シリル化体、エステル化体、アシル化体などが例示される。アルキル化体、シリル化体、エステル化体、アシル化体の中でも、チオール基に干渉しにくい点から、炭素数1以上6以下のものが好ましく、炭素数1以上3以下のものがより好ましく、炭素数1又は2のものがさらに好ましく、炭素数1のものが特に好ましい。
【0021】
上記式(2)で表される分子としては、ホモシスチンにイオウが結合した分子(HcysSSSHcys)、オキシグルタチオンにイオウが結合した分子(GSSSG)、及びこれらに更にイオウが結合した分子、があげられる。更にイオウが結合した分子としてはHCysSSSSHCys、GSSSSGなどが例示されるが、この限りではない。
上記式(2)で表される分子の誘導体としては、上記式(1)での誘導体と同様の誘導体があげられる。
【0022】
先に述べたように、これらの活性イオウ分子は生体内で生成することが知られている。また、生体内活性パースルフィドは、図1に示す機構により生成することが明らかにされている。当該生体内機構を用いて活性イオウ分子を産生し、抽出・生成することで、当業者は活性イオウ分子を入手することができる。図1に示されるように、GSSSGとGSSHは生体内において平衡状態にある。同様に、本発明の実施形態に係る眼内抗炎症剤は、生体内に投与されると、RS(S)n+1RとRS(S)H(RはR、R、又はR)が平衡状態で存在すると考えられる。
【0023】
上記活性イオウ分子及びその誘導体以外のERK活性化剤としては、ERKを直接活性化する、C6-ceramideや、ERKの上流因子であるMEKの活性化剤として知られるC16-PAFなどが挙げられる。
【0024】
眼内抗炎症剤に含まれるERK活性化剤の濃度は、使用対象患者の症状やERK活性化剤の種類によって異なるが、最終濃度として、通常0.0005μM以上であり、0.005μM以上であってよく、0.015μM以上であってよく、0.05μM以上であってよく、0.15μM以上であってよく、0.5μM以上であってよく、1.5μM以上であってよく、5μM以上であってよく、15μM以上であってよく、50μM以上であってよい。一方上限は、通常1500μM以下であり、500μM以下であってよく、200μM以下であってよく、50μM以下であってよい。なお、眼内抗炎症剤が複数のERK活性化剤を含む場合は、上記濃度はそれらの合計の濃度とする。
【0025】
本発明の実施形態に係る眼内抗炎症剤には、通常眼内抗炎症剤に配合される成分を配合してもよい。このような成分としては、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、クエン酸ナトリウムおよ
び炭酸水素ナトリウムなどの各種の電解質、ブドウ糖などの単糖類、グルタチオンなどのペプチド類、ペニシリンなどの抗生物質などがあげられる。これらの成分は、通常量配合することができる。
【0026】
本発明の実施形態に係る眼内抗炎症剤の製造方法は特段限定されず、公知の方法に従い調製される。例えば、ERK活性化剤を含む配合成分を滅菌精製水に溶解させ、その後塩酸や水酸化ナトリウムなどのpH調整剤により所望のpHに調整する。所望のpHに調整された溶液は、フィルター濾過を行った後、加熱滅菌処理される。滅菌処理後の溶液を空冷することで、眼内抗炎症剤を製造することができる。
【0027】
本発明の実施形態に係る眼内抗炎症剤は、高い抗炎症作用を有するERK活性化剤が含まれている。したがって、本発明の実施形態に係る眼内抗炎症剤によれば、眼科手術中の長時間にわたる眼内灌流下での眼内操作等によって引き起こされる過剰な炎症を抑制することができるため、眼科手術の更なる低侵襲化が達成でき、術中術後の眼内組織破壊を最小限にできる。
【0028】
本発明の別の形態は、眼内の炎症を抑制する方法であって、上記ERK活性化剤を、眼内に導入するステップ、を含む方法である。
眼内に導入する方法は、特に限定されないが、点眼、結膜下注射、前房内注射、前房内灌流、硝子体注射、硝子体灌流、血中投与、経口投与等が挙げられる。好ましくは、点眼、結膜下注射、前房内注射、前房内灌流、硝子体注射、硝子体灌流である。
眼内に導入する量は、術式及び手術時間等により適宜増減することができる。導入回数は、1回であってよく、複数回であってもよい。また、導入の際のERK活性化剤の濃度は、上記の眼内抗炎症剤と同様の範囲を挙げることができる。
【実施例0029】
以下、本発明を実施例に基づきさらに具体的に説明するが、本発明は下記の実施例により制限されるものではない。
【0030】
<GSSSG及びGSSG投与後のサルフェン硫黄量の変化>
ARPE-19細胞(不死化ヒトRPE細胞)を96wellプレートに2×10cells/wellで播種した。翌日、200μMのGSSSG又はGSSG(いずれも協和発酵バイオ株式会社製)を投与し、無血清DMEM(Thermo Fisher Scientific社)で洗浄した後、5μMサルフェン硫黄プローブ4(SSP4:同仁化学研究所)及び0.5mMセチルトリメチルアンモニウムブロミド(ナカライテスク株式会社)を添加した無血清DMEMを用いて、COインキュベーター内で15分間培養した。DPBS(Thermo Fisher Scientific社)で洗浄後、515nmの蛍光強度(励起光:482nm)をSpectraMax M2eマイクロプレートリーダー(Molecular Device)を用いて測定した。結果を図2に示す。
【0031】
図2に示されるように、GSSSGの投与1時間後から有意にサルフェン硫黄量が増加した。一方、GSSGについては、投与から5時間経過してもサルフェン硫黄の増加は観察されなかった。
【0032】
<活性イオウ分子の細胞毒性>
ARPE-19細胞(1×10cells/well)を0、50、100、又は200μMのGSSSG又はGSSGを含む培養液中で、96wellプレートで培養した。6時間後、DPBSで洗浄し、2μM Calcein-AM(同仁化学研究所)を含むDPBS中にて37℃で30分培養した。5%Triton X-100(富士フィル
ム和光純薬株式会社)を含有するDPBS溶液を添加することにより、細胞を溶解し、515nmの蛍光強度(励起光:490nm)をSpectraMax M2eマイクロプレートリーダー(Molecular Device)を用いて測定した。結果を図3に示す。GSSSG及びGSSGに細胞毒性は認められなかった。
【0033】
<ARPE-19細胞における炎症関連遺伝子の発現に与える影響>
ARPE-19細胞を96wellプレートに1×10cells/wellで播種した。翌日、終濃度が0、50、100、又は200μMとなるようにGSSSG又はGSSGを投与し、その1時間後、LPS(Sigma-Aldrich社)を終濃度が10μg/mLとなるようにさらに添加した。
6時間後、qRT-PCRにより炎症関連遺伝子の発現量を定量した。具体的には、SuperPrep(登録商標)II Cell Lysis&RT Kit for qPCR(TOYOBO社)を、メーカーのプロトコルに従って用いて、各条件の細胞からRNAを回収し、cDNAに逆転写した。その後、TaqMan fast universal PCR master mix及び7500 fast real-time
PCR system(Thermo Fisher Scientific社)を用いて各遺伝子の発現量を定量した。各遺伝子のプライマー及びプローブは表1に示したものをThermo Fisher Scientific社又はIntegrated DNA Technologies社より購入した。結果を図4に示す。
【0034】
【表1】
【0035】
図4に示されるように、LPSに曝露された細胞において、IL-6、IL-1β及びCCL2の発現量は顕著に増加した。しかしながら、GSSSGを事前に投与した細胞においては、GSSSGの用量依存的にこれらの遺伝子の発現量が低下する傾向が観察された。特に、200μMのGSSSGを投与した細胞では発現量が有意に減少した。一方、GSSGを投与した細胞では、これらの遺伝子の発現量は低下しなかった。
【0036】
次に、GSSSGの終濃度を200μMに固定し、細胞の回収時間を1時間から6時間まで変化させて、炎症関連遺伝子の発現量を検証した。結果を図5に示す。いずれの回収時間においてもGSSSGの投与によりLPS依存的な炎症関連遺伝子の発現上昇が抑制された。
【0037】
<ARPE-19細胞におけるTLR4の発現に与える影響>
炎症関連遺伝子と同様にして、GSSSG及びGSSGを投与した際のLPSの受容体
であるToll様受容体(TLR)4のmRNA量を調べた。また、GSSSGの終濃度を200μMとしたときの、LPS投与後1、2、4時間後のTLR4タンパク質の発現量をウェスタンブロッティングによって検証した。
図6に示されるように、TLR4のmRNA量、及びタンパク質量はGSSG及びGSSSGの影響を受けなかった。すなわち、GSSSGはLPSに対する感度ではなく、その下流の炎症応答に対して抑制的に働くことが示唆された。
【0038】
<RPE細胞における炎症関連遺伝子の発現に与える影響>
活性イオウ分子が炎症関連遺伝子の発現に与える影響をヒト及びマウスRPE初代培養細胞を用いて検証した。マウスRPE細胞は、以下のようにして作製した。マウス成体の眼杯後部から網膜を取り除いたものに対し、0.05%trypsin-EDTA溶液(Thermo Fisher Scientific社)を5%CO、37℃で45分作用させた。その後、100%FBS(Thermo Fisher Scientific社)に5分間浸漬し、トリプシンを不活性化した。RPEをブルッフ膜から剥離し、遠心により回収した。RPEを0.05%trypsin-EDTA溶液で再度処理することにより、マウスRPE細胞を得た。ヒトRPE細胞はScienCell Research Laboratoriesから購入した。
GSSSGの濃度を0、25、50又は100μMに、LPSの濃度を1μg/mL又は0.1μg/mLに変更した以外はARPE-19細胞を用いた実験と同様にRPE細胞における炎症関連遺伝子の発現量を調べた。図7の上段にヒトRPE細胞を、下段にマウスRPE細胞を用いた結果を示す。
【0039】
図7に示されるように、ヒト及びマウスRPE細胞の両方においてGSSSGの用量依存的に炎症関連遺伝子の発現が抑制された。すなわち、本発明の眼内抗炎症剤を用いれば、RPE細胞を介した過剰な炎症を抑制できると考えられる。
【0040】
<ミクログリア細胞及びミュラー細胞における炎症関連遺伝子の発現に与える影響>
活性イオウ分子が炎症関連遺伝子の発現に与える影響をマウス脳由来ミクログリア細胞株(BV-2)及びマウスミュラー細胞の初代培養細胞を用いて検証した。マウスミュラー細胞は、以下のようにして作製した。5~8日齢のマウスの眼球を10%FBS添加DMEM中で一晩室温にて培養した。その後DPBSで3回洗浄し、0.25%trypsin溶液を添加した。15分後、ピンセットを用いて網膜を眼球から単離した。新鮮な培地で洗浄した後、網膜をピペッティングにより細かく分離した。その後10%FBS添加DMEM中、37℃、5%COで培養した。
96wellプレートに播種する濃度をBV-2は5×10cells/well、ミュラー細胞は0.5×10cells/wellとし、GSSSGの濃度を0、25、50、100又は200μMに変更した以外はARPE-19細胞を用いた実験と同様にこれらの細胞における炎症関連遺伝子の発現量を調べた。図8の上段にBV-2を、下段にミュラー細胞を用いた結果を示す。
図8に示されるように、いずれの細胞においてもGSSSGの投与によりLPS依存的な炎症関連遺伝子の発現上昇が有意に抑制された。
【0041】
<GSSSGがERKのリン酸化状態に与える影響>
ARPE-19細胞に対して、10μg/mL LPS及び200μM GSSSGを投与し、投与後1、2、4時間後のERKのリン酸化状態をウェスタンブロッティングによって検証した。抗ERK1/2抗体(pan-ERK1/2)及び抗リン酸化ERK1/2(Tyr202/Tyr204)抗体(Phospho-ERK1/2)はCell
Signaling Thechnology社製の#4695、#4370をそれぞれ用いた。結果を図9に示す。
いずれの回収時間においても、GSSSGを投与することによって、LPSのみを投与
したサンプルよりもERKのリン酸化が亢進した。
【0042】
また、ARPE-19細胞に対して、200μM GSSSG及び/又は10μM C6-ceramide(ERK活性化剤)を投与し、1時間後に細胞を回収した。回収したサンプルについてウェスタンブロットによりERKのリン酸化状態を調べた結果を図10に示す。GSSSG及びC6-ceramideのいずれもERKのリン酸化が亢進したことから、これらはERK活性化剤として機能すると考えられる。
【0043】
<ERKのリン酸化状態が炎症関連遺伝子の発現に与える影響>
GSSSG投与の1時間前にERK阻害剤であるFR180204を投与したほかは上記と同様にして、ARPE-19細胞における炎症関連遺伝子の発現量をRT-qPCRにより調べた。結果を図11に示す。
図11に示されるように、FR180204の投与によりERKの活性を阻害することによって、GSSSGによるIL-6、CCL2の発現上昇抑制作用が低減された。
【0044】
また、GSSSG投与の1時間前にERK活性化剤であるC6-ceramideを投与したほかは上記と同様にして、ARPE-19細胞における炎症関連遺伝子の発現量をRT-qPCRにより調べた。結果を図12に示す。
C6-ceramideの投与によりERKを活性化することによって、GSSSG非存在下でもLPSによるIL-6、CCL2の発現上昇が抑制された。
以上の結果から、GSSSGによるIL-6、CCL2の発現抑制作用は、少なくとも一部はERK1/2の過剰活性化を介していると考えられる。但し、ERK1/2の過剰活性化を介さない経路によりGSSSGが作用する可能性を否定するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明により、高い抗炎症作用を有し、かつ、安全性の高い新規な眼内抗炎症剤を提供することができる。この眼内抗炎症剤は、眼内灌流液に含有させて用いることで、眼科手術の低侵襲化を実現することができる。また、加齢に伴う網膜変性疾患等の患者に点眼薬等の形態で投与されることにより、過剰な炎症を抑制することができる。
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