(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025010867
(43)【公開日】2025-01-23
(54)【発明の名称】対象化合物と強く結合する化合物の網羅的スクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20250116BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20250116BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023113143
(22)【出願日】2023-07-10
(71)【出願人】
【識別番号】509013703
【氏名又は名称】公立大学法人福島県立医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】509088653
【氏名又は名称】株式会社メディクローム
(71)【出願人】
【識別番号】521319306
【氏名又は名称】福島セルファクトリー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】523261975
【氏名又は名称】福島プロテインファクトリー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100156443
【弁理士】
【氏名又は名称】松崎 隆
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 慎哉
(72)【発明者】
【氏名】今井 順一
(72)【発明者】
【氏名】松倉 進
(72)【発明者】
【氏名】星 裕孝
(72)【発明者】
【氏名】坂本 和也
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045BA11
2G045FB01
2G045FB02
2G045FB03
(57)【要約】
【課題】 本発明は、タンパク質等を含む対象化合物と不可逆的に強く結合し得る化合物を網羅的にスクリーニングする技術の提供を課題とする。
【解決手段】 対象化合物と不可逆的に結合し得る候補化合物をスクリーニングする方法であって、(i)基板上に化合物を固定するための固定用タンパク質を介して、候補化合物を記基板上にタンパク質-化合物複合体として固定化する工程であって、固定用タンパク質が血中タンパク質またはその類似体である工程と、(ii)基板上に固定化した候補化合物に対して対象化合物を接触させる工程と、(iii)基板を洗浄する工程と、(iv)候補化合物に結合した対象化合物を検出する工程とを含む、スクリーニング方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象化合物と不可逆的に結合し得る候補化合物をスクリーニングする方法であって、
(i)基板上に化合物を固定するための固定用タンパク質を介して、前記候補化合物を前記基板上にタンパク質-化合物複合体として固定化する工程であって、前記固定用タンパク質が血中タンパク質またはその類似体である工程と
(ii)前記基板上に固定化した候補化合物に対して前記対象化合物を接触させる工程と
(iii)前記基板を洗浄する工程と
(iv)前記候補化合物に結合した対象化合物を検出する工程と
を含む、スクリーニング方法。
【請求項2】
請求項1に記載のスクリーニング方法であって、前記(iii)の洗浄工程が、
(iii’)前記基板を振盪洗浄する工程と
(iii’’)前記基板をリンスする工程と
を含む、スクリーニング方法。
【請求項3】
請求項2に記載のスクリーニング方法であって、前記(iii’’)基板をリンスする工程の後に、
(iii’’’)前記基板を洗浄液中に静置する工程
を含む、スクリーニング方法。
【請求項4】
請求項2に記載のスクリーニング方法であって、
前記工程(iv)の前に、前記工程(iii’)および(iii’’)を少なくとも2回以上繰り返す、スクリーニング方法。
【請求項5】
請求項1に記載のスクリーニング方法であって、
前記対象化合物がタンパク質またはその一部であり、
前記候補化合物が低分子化合物である、スクリーニング方法。
【請求項6】
請求項1に記載のスクリーニング方法であって、
前記対象化合物が病原体由来のタンパク質またはその一部であり、
前記候補化合物が治療用または予防用薬剤の有効成分として既知の化合物である、スクリーニング方法。
【請求項7】
請求項1に記載のスクリーニング方法であって、
前記血中タンパク質またはその類似体が、血清アルブミン、αグロブリン、トランスフェリン、リゾチーム、アポリポプロテイン、トランスサイレンチン、オボアルブミン、ラクトアルブミン、オボトランスフェリン、または、ラクトトランスフェリンである、スクリーニング方法。
【請求項8】
請求項1に記載のスクリーニング方法であって、
前記タンパク質-化合物複合体が、前記固定用タンパク質と前記候補化合物とが直接結びついたものである、スクリーニング方法。
【請求項9】
請求項1に記載のスクリーニング方法であって、
前記工程(ii)の前に、前記基板表面をブロッキング処理する工程をさらに含む、スクリーニング方法。
【請求項10】
請求項1に記載のスクリーニング方法であって、
前記固定化工程が、
(a)前記固定用タンパク質と前記化合物とを溶媒中で混合してタンパク質-化合物複合体を調製する工程と
(b)前記タンパク質-化合物複合体を前記基板上に固定化する工程と
を含む、スクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質等を含む対象化合物と強く結合する候補化合物の網羅的スクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質等と化合物の結合は、生命現象や生体反応(特に、薬剤に対する生体の影響)を明らかにする上で重要な情報となる。例えば、特定の酵素の阻害剤や特定のウイルスの感染を阻害する薬剤を開発する場合、その酵素やウイルス感染に必要なタンパク質と不可逆的に強く結合するものがあれば、有用な治療薬等の候補化合物になり得る。また、近年、注目を集めているコバレントドラック(共有結合型阻害剤)もこのコンセプトのもとに開発されている薬剤であり、アスピリンやペニシリンなどの薬剤は、コバレントドラッグの代表例として古くから使われている。
【0003】
目的タンパク質と化合物の物理的相互作用を評価する手法として、「化合物マイクロアレイ」が知られている。「化合物マイクロアレイ」は、DNAマイクロアレイにヒントを得て、DNAの代わりに有機化合物をチップ(またはスライドガラス)の上に固定化したものであり、目的タンパク質と化合物の物理的相互作用を評価する。化合物マイクロアレイ技術は、化合物ライブラリを効率よく利用する技術として原理的に優れており、化合物をスライドガラスや特殊な基板に固定化することについて様々な研究がなされてきた(例えば、非特許文献1)。
【0004】
本発明者らはこれまでに、化合物マイクロアレイに関連する技術として多種多様な構造や官能基を有する化合物であっても修飾を要せず、構造を維持したまま容易に基板に固定化する方法を開発している(特許文献1)。
しかしながら、上記のコバレントドラックのようなタンパク質等と不可逆的に強く結合する化合物を網羅的にスクリーニングする技術はほとんど存在しないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】有機合成化学協会誌Vol.64 No.6 35-46.(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、タンパク質を含む対象化合物と不可逆的に結合し得る候補化合物を網羅的にスクリーニングする技術の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するため、市販のタンパク質マイクロアレイHuProt Human Proteome Microarray v3.0(CDI Labs)を購入し、本発明に係る化合物のスクリーニング方法の工程の洗浄方法について検証した。市販タンパク質マイクロアレイにはAlexa Fluor 555/647で蛍光標識したIgG抗体が搭載されているが、本発明に係る厳しい洗浄条件(具体的には、振盪機による振盪洗浄(1分間×3回)、リンス洗浄、振盪台による振盪洗浄(3分間)、および、リンス洗浄)を行うことで、搭載されているIgG抗体は全て洗い流されてしまった。従来の化合物マイクロアレイ技術において、化合物同士の相互作用後の洗浄工程はアレイチップ上に固定化された化合物が解離しないようなマイルドな条件とする必要があり、上記のような厳しい条件では、アレイチップ上に固定化したタンパク質を含む化合物群が解離してしまった(下記比較例参照)。そこで本発明者らが開発した化合物マイクロアレイの固定化技術を用いたところ、驚くべきことに基板上に固定化されたタンパク質を含む化合物が上記のような厳しい洗浄工程にも耐えうることを見出した。これにより対象化合物と不可逆的に結合し得る候補化合物を網羅的にスクリーニングする化合物マイクロアレイ技術の開発に成功した。本発明は当該知見に基づき完成されたものであり、以下の態様を含む:
すなわち、本発明の一態様は、
〔1〕対象化合物と不可逆的に結合し得る候補化合物をスクリーニングする方法であって、
(i)基板上に化合物を固定するための固定用タンパク質を介して、前記候補化合物を前記基板上にタンパク質-化合物複合体として固定化する工程であって、前記固定用タンパク質が血中タンパク質またはその類似体である工程と
(ii)前記基板上に固定化した候補化合物に対して前記対象化合物を接触させる工程と
(iii)前記基板を洗浄する工程と
(iv)前記候補化合物に結合した対象化合物を検出する工程と
を含む、スクリーニング方法に関する。
ここで本発明のスクリーニング方法の一実施の形態は、
〔2〕上記〔1〕に記載のスクリーニング方法であって、前記(iii)の洗浄工程が、
(iii’)前記基板を振盪洗浄する工程と
(iii’’)前記基板をリンスする工程と
を含むことを特徴とする。
また本発明のスクリーニング方法の一実施の形態は、
〔3〕上記〔2〕に記載のスクリーニング方法であって、
前記(iii’’)基板をリンスする工程の後に、(iii’’’)前記基板を洗浄液中に静置する工程を含むことを特徴とする。
また本発明のスクリーニング方法の一実施の形態は、
〔4〕上記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載のスクリーニング方法であって、
前記工程(iv)の前に、前記工程(iii’)および(iii’’)、または、前記工程(iii’)、(iii’’)、および、(iii’’)を少なくとも2回以上繰り返すことを特徴とする。
また本発明のスクリーニング方法の一実施の形態は、
〔5〕上記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のスクリーニング方法であって、
前記対象化合物がタンパク質またはその一部であり、
前記候補化合物が低分子化合物であることを特徴とする。
また本発明のスクリーニング方法の一実施の形態は、
〔6〕上記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載のスクリーニング方法であって、
前記対象化合物が病原体由来のタンパク質またはその一部であり、
前記候補化合物が治療用または予防用薬剤の有効成分として既知の化合物であることを特徴とする。
また本発明のスクリーニング方法の一実施の形態は、
〔7〕上記〔1〕~〔6〕のいずれかに記載のスクリーニング方法であって、
前記血中タンパク質またはその類似体が、血清アルブミン、αグロブリン、トランスフェリン、リゾチーム、アポリポプロテイン、トランスサイレンチン、オボアルブミン、ラクトアルブミン、オボトランスフェリン、または、ラクトトランスフェリンであることを特徴とする。
また本発明のスクリーニング方法の一実施の形態は、
〔8〕上記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載のスクリーニング方法であって、
前記タンパク質-化合物複合体が、前記固定用タンパク質と前記候補化合物とが直接結びついたものであることを特徴とする。
また本発明のスクリーニング方法の一実施の形態は、
〔9〕上記〔1〕~〔8〕のいずれかに記載のスクリーニング方法であって、
前記工程(ii)の前に、前記基板表面をブロッキング処理する工程をさらに含むことを特徴とする。
また本発明のスクリーニング方法の一実施の形態は、
〔10〕上記〔1〕~〔9〕のいずれかに記載のスクリーニング方法であって、
前記固定化工程が、
(a)前記固定用タンパク質と前記化合物とを溶媒中で混合してタンパク質-化合物複合体を調製する工程と
(b)前記タンパク質-化合物複合体を前記基板上に固定化する工程と
を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明のスクリーニング方法によれば、タンパク質等の対象化合物に対して不可逆的に強く結合し得る化合物をスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1に示す表は、本発明に係るスクリーニング方法を用いて、新型コロナウイルス由来Sタンパク質に対して強い結合を示す化合物をスクリーニングし、強い結合を示した上位10種の化合物を示す。表中の値は、各化合物に結合した新型コロナウイルス由来Sタンパク質を標識抗体で検出した際の蛍光強度を示す。
【
図2】
図2は、下記比較例1の洗浄する前の市販タンパク質マイクロアレイ(
図2A)、および、下記比較例1の洗浄後の市販マイクロアレイ(
図2B)上のコントロールタンパク質(Alexa Fluor 555標識したIgG)の蛍光を測定した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.対象化合物と不可逆的に結合し得る候補化合物をスクリーニングする方法
1-1.概要
本発明の一態様は、対象化合物と不可逆的に強く結合し得る候補化合物を網羅的にスクリーニングする方法に関する。
本発明に係るスクリーニング方法は、下記の工程を含む:
(i)基板上に化合物を固定するための固定用タンパク質を介して、前記候補化合物を前記基板上にタンパク質-化合物複合体として固定化する工程であって、前記固定用タンパク質が血中タンパク質またはその類似体である工程と
(ii)前記基板上に固定化した候補化合物に対して前記対象化合物を接触させる工程と
(iii)前記基板を洗浄する工程と
(iv)前記候補化合物に結合した対象化合物を検出する工程
上記(i)~(iv)の工程を含むスクリーニング方法によれば、対象化合物に対して不可逆的に強く結合し得る候補化合物をスクリーニングすることができる。
以下各工程の実施形態について詳述するが、上記(i)、(ii)、(iv)の各工程は、例えば特開2021-189080号公報(特許文献1)を参照して実施することができる。
【0012】
1-2.定義
本明細書において「不可逆的に結合し得る」とは、化合物同士が不可逆的な反応(例えば不可逆的な共有結合の形成)により互いに結合することを含むがこれに限定されず、本発明のスクリーニング方法における上記(iii)の洗浄工程によっても化合物同士の結合が維持できる程度に強く結合している状態を含む。好ましい実施の形態において、本発明のスクリーニング方法は、対象化合物と不可逆的な共有結合の形成をする候補化合物のスクリーニング方法である。
【0013】
本明細書において「基板」とは、固定用タンパク質を介してタンパク質-化合物複合体を固定できるものであり、基板上に固定化される化合物の検出などに用いることができるものであれば限定されない。このような基板としては、金属、金属酸化物、ガラス、石英、シリコン、セラミックなどの無機材料、エラストマー、プラスチック、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂などの合成高分子、キチン、キトサン、セルロースなどの天然高分子を挙げることができる。基板の形状は限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜などの平坦な形状や、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路、微粒子などの立体的な形状が挙げられる。基板としては、ガラス、石英またはシリコンからなる基板がより好ましく、ガラスがさらに好ましい。
ガラスとはケイ酸塩を主成分とする透明の化合物である。本発明の基板に用いることのできるガラスは固定用タンパク質を介して化合物を固定できるものであれば限定されず、ケイ酸塩以外の化学成分を含んでいても良い。以下に限定されないが、例えばソーダ石灰ガラス、ホウケイ酸ガラス、石灰ガラスなどが含まれる。産業上の利用の観点からは、以下に限定されないが、ガラス板またはスライドガラスが望ましい。スライドガラスはポリ-L-リジン、アミノシラン等をコーディングしたスライドガラスやアミノ基を高密度に導入したスライドガラスを用いることもできる。コーティングしたスライドガラスは市販されているもの(例えば、松浪硝子工業株式会社製)を用いることができる。
【0014】
本発明に用いることのできる「基板上に化合物を固定するための固定用タンパク質」とは、本明細書で定義する基板上(好ましくは、ガラス)に化合物を固定できるタンパク質であれば限定されず、例えば、血中タンパク質などを挙げることができる。このような固定用タンパク質は生合成されたものに限らず、化学合成されたものも用いることができる。固定用タンパク質の由来は限定されず、好ましくは哺乳類(ヒト、サル、ウシ、ヒツジ、ウサギ、ラット、モルモット、マウスなど)または鳥類由来の血中タンパク質である。
本明細書において固定用タンパク質というとき、基板上に化合物を固定できる性質を有する限り、その変異体や修飾体などの改変体またはその一部が含まれる。変異体とは、例えば固定用タンパク質を構成するアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質であって、化合物と複合体を形成して基板上に当該化合物を固定化できる性質を有するものを意味する。また修飾体とはタンパク質のアミノ酸配列の一部に化学修飾を受けることにより当該固定用タンパク質のアミノ酸配列にそれ以外の化学構造が付加されたタンパク質、または、当該固定用タンパク質中の化学構造の一部が外されたタンパク質であって、化合物と複合体を形成して基板上に当該化合物を固定化できる性質を有するものを意味する。
本明細書において「血中タンパク質」とは血液中に含まれるタンパク質を意味する。本発明に用いることのできる血中タンパク質としては、例えばアルブミン(Human Serum Albumin (HSA)、Bovine Serum Albumin(BSA)などの血清アルブミン、など)、αグロブリン(α1-アンチトリプシン、ハプトグロビン、α2-マクロブロブリン、セルロプラスミン、チロキシン結合グロブリン、など)、トランスフェリン(Apo-Transferrin、Holo-Transferrin、など)、リゾチーム(Lysozyme)、アポリポプロテイン(apolipoprotein)、トランスサイレンチンなどを挙げることができる。また、化合物と複合体を形成し、かつ基板上に固定化できる限りにおいてこれら血中タンパク質の一部も含む。
また本明細書において「血中タンパク質の類似体」とは、血液以外に由来するタンパク質であって、特定の血中タンパク質と類似の性質を有するタンパク質もしくはその改変体、または、それらの一部をいい、かつ、基板上に化合物を固定できるものをいう。血液以外に由来する血中タンパク質の類似体としては、例えば、オボアルブミン、ラクトアルブミン、オボトランスフェリン、ラクトトランスフェリンなどを挙げることができる。
血中タンパク質は生体より採取した血清から単離したものであっても、人工的に合成(生合成および化学合成を含む)したものであってもよい。生体より血清を調製し、血清より各血中タンパク質を単離・精製する手法は公知である。また血中タンパク質として市販のものを用いることもできる。
なお好ましい実施の形態において、本発明に用いる血中タンパク質は血清より単離したタンパク質である。
【0015】
本明細書における「化合物」には、低分子化合物、高分子化合物、有機化合物、無機化合物、多糖類、ポリマー、脂質、核酸およびその類似体、ポリペプチド、タンパク質、抗体、レクチン、ならびに、それらの組み合わせにより構成される化合物を含む。本発明において基板に固定する化合物は、溶媒に溶解して基板上に化合物を固定するための固定用タンパク質と複合体を形成できるものであれば限定されない。化合物は天然に存在するものでもよいし、人工的に合成したものでもよい。またタンパク質-化合物複合体を形成する化合物は、タンパク質-化合物複合体間において互に同一であってもよく、また、互いに異なる二種以上の化合物であってもよい。
【0016】
「低分子化合物」とは分子量約10,000以下の化合物であって、高分子化合物、核酸、ポリペプチドと区別される化合物を意味し、以下に限定されないが、例えばAmoxicillin、Ampicillin、Apramycin、Bacitracin、Cefalexin、Ceftazidime、Cloxacillin、Gentamicin、Hygromycin B、Neomycin、Penicillin G、Streptomycin、Sulfadimidine、Tetracyclineなどを挙げることができる。
「高分子化合物」とは分子量約10,000を超える化合物であって、低分子化合物、核酸、ポリペプチドと区別される化合物を意味し、以下に限定されないが、例えば、でんぷん、セルロース、合成繊維、プラスチック、ゴム、アスベスト、塩化ホスホニトリル重合体等を挙げることができる。
「多糖類」とはグルコースやマンノース等の単糖が複数重合した化合物を意味し、多糖類を構成する単糖の種類や結合方法、分子量や主鎖と側鎖の形態など限定されない。以下に限定されないが、例えばカラギナン、ペクチン、アラビアガム、キサンタンガム、ジェランガム、寒天、トラガントガムなどを含む酸性多糖類;タマリンドシードガム、グァーガム、ローカストビーンガム、澱粉、プルランなどを含む中性多糖類;キトサンなどを含む塩基性多糖類を挙げることができる。
また「有機化合物」とは炭素が原子結合の中心となる化合物を意味し、「無機化合物」とは炭素が原子結合に含まれない化合物を意味する。「ポリマー」とは二つ以上の単量体が重合してできた化合物を意味する。「脂質」とは生物体内に存在して、水に溶けず有機溶媒に溶ける有機化合物を意味する。脂質には、以下に限定されないが、プロスタグランジンのような生理活性物質が含まれる。「核酸」とはデオキシリボ核酸(DNA)またはリボ核酸(RNA)などを意味する。
「ポリペプチド」とは、多数のアミノ酸が縮重反応によりペプチド結合が形成されてできた重合体を意味する。上記列挙した化合物も特に限定されず、本発明のスクリーニング方法において基板に固定する対象化合物となる。
【0017】
本明細書において「対象化合物」というとき、以下に限定されないが例えば病原体由来のタンパク質またはその一部(例えば、一部のドメイン)や疾病等の原因の一つとして特定されている化合物(特定の疾病の治療に寄与し得る標的タンパク質など)とすることができる。病原体とは生体(生物)に寄生して感染症を起こさせるウイルス、細菌、真菌、原虫、ファージなどをいう。病原体由来のタンパク質は、微生物等により産生した組換えタンパク質や病原体のライセート(溶解産物)とすることもできる。
本明細書において「候補化合物」というとき、以下に限定されないが例えば医療用医薬品の有効成分として既知の化合物とすることができる。好ましい実施の形態において「候補化合物」は特定の疾病を治療または予防するために投与される治療薬の有効成分とすることができる。そのような化合物について本発明のスクリーニング方法により新たな治療用途が見出された際、人体への投与に関する安全性は担保されているため新たな用途に関する治療薬として迅速に転用することができる。
本発明のスクリーニング方法において、候補化合物として既存の化合物を搭載した化合物マイクロアレイとすることで、新型コロナウイルスのような新興感染症の原因となる病原微生物やウイルスがヒトに感染する際に必要なタンパク質と不可逆的に強く結合する化合物や、有効な治療薬が存在しない疾患の標的タンパク質と強く結合する化合物を迅速にスクリーニングすることが可能となる。本発明のスクリーニング方法により得られた化合物が既存の薬剤の有効成分として使用されているものであれば、安全性は担保されているため、当該新興感染症や当該疾患の治療薬として迅速に転用することができる。
【0018】
1-3.(i)基板上に化合物を固定するための固定用タンパク質を介して、候補化合物を前記基板上にタンパク質-化合物複合体として固定化する工程
固定用タンパク質を介して基板上に候補化合物を固定するとは、基板に対して固定用タンパク質が結びつき、当該固定用タンパク質に対して候補化合物が結びつくことにより、結果として候補化合物が基板上に固定される状態を意味する。このように化合物を基板上に固定する方法は、先に化合物と固定用タンパク質との複合体を調製して当該複合体を基板に固定してもよいし、先に基板上に固定用タンパク質を結合し、その後当該固定用タンパク質に化合物を結合させてもよい。
すなわち、(i)の固定化する工程は一実施の形態において、
(a)固定用タンパク質と化合物とを溶媒中で混合してタンパク質-化合物複合体を調製する工程と
(b)前記タンパク質-化合物複合体を基板上に固定化する工程と
を含む。
また(i)の固定化する工程は別の実施の形態において、
(a’)固定用タンパク質を基板上に固定化する工程と
(b’)前記基板上に固定化した固定用タンパク質に化合物を接触させてタンパク質-化合物複合体を形成する工程と
を含む。
なお本明細書において「候補化合物」および「対象化合物」は、基板上にタンパク質-化合物複合体として固定する化合物と、当該化合物に対して結合の有無を確かめるために接触させる化合物とを便宜的に区別するために使用するものである。
候補化合物と対象化合物の組み合わせは、以下に限定されないが、例えば「候補化合物」は治療用または予防用薬剤として既知の化合物群とすることができ、「対象化合物」を病原微生物やウイルスがヒト細胞に感染する際に必要なタンパク質とすることができる。一方で、「候補化合物」を病原微生物やウイルスがヒト細胞に感染する際に必要なタンパク質群とし、「対象化合物」を治療用または予防用薬剤として既知の化合物群とすることができる。
【0019】
本発明の基板上に固定用タンパク質を介して候補化合物を固定化する工程は一実施の形態において、上記工程(a)固定用タンパク質と化合物とを溶媒中で混合してタンパク質-化合物複合体を調製する工程を含む。
工程(a)に用いることのできる溶媒としては、固定用タンパク質および化合物が溶解し、溶媒中でタンパク質-化合物複合体を形成可能なものであれば制限されない。好適には、化合物マイクロアレイ、DNAマイクロアレイ、タンパク質マイクロアレイなど基板上に固定した各種化合物の検出技術において、固定または検出の際に通常用いられる溶媒を挙げることができる。このような溶媒は公知であり、市販のものを用いても良い。以下に限定されないが、例えば、蒸留水、ジメチルスルホキシド(DMSO)、酢酸メチル、アセトン、またはそれらの混合物などを挙げることができる。
溶媒中における固定用タンパク質と化合物との混合時の条件は、タンパク質-化合物複合体が形成できる限りにおいて制限されない。以下に限定されないが、例えばタンパク質と化合物とを同一の溶媒中に添加し、10分~1時間程度静置または振とうなどにより混合すればよい。混合時の条件は、用いる固定用タンパク質および化合物により異なり当業者であれば適宜設定することができる。また固定用タンパク質および化合物の濃度もタンパク質-化合物複合体が形成できる限りにおいて制限されず、使用する固定用タンパク質や対象とする化合物ごとに適宜設定することができる。以下に限定されないが、固定用タンパク質の濃度は0.1 mg/ml~10 mg/mlの範囲内とすることができ、好ましくは0.4 mg/ml~1.0 mg/mlの範囲内の濃度である。
溶媒にはさらに安定剤などの添加剤を含んでもよい。
【0020】
本明細書において「タンパク質-化合物複合体」とは、溶媒中において基板上に化合物を固定するための固定用タンパク質と化合物とが結びついて形成された複合体をいう。よって、タンパク質-化合物複合体は固定用タンパク質と化合物とが、その間にスペーサー等を介さず直接結びついている。固定用タンパク質と化合物とは一対一で結合してもよく、一対複数、複数対一、複数対複数の比で結合していてもよい。
一実施の形態において、「タンパク質-化合物複合体」はタンパク質と化合物同士が特定の一つの原子間または特定の一つの構造間における特定の結合様式を介さずに結びついて形成された複合体をいう。言い換えれば、タンパク質-化合物複合体が複数存在するとき、固定用タンパク質と化合物とはそれぞれのタンパク質-化合物複合体において異なる原子間または構造間において結びついている。これにより、当該複合体を形成する化合物は、タンパク質-化合物複合体間において異なる配向で固定用タンパク質と結びつき、タンパク質-化合物複合体間において異なる配向でその表面を外部に提示する。
また一実施の形態において、「タンパク質-化合物複合体」は固定用タンパク質と化合物とが非共有結合により結合している複合体とすることができる。また好ましい一実施の形態において、「タンパク質-化合物複合体」は固定用タンパク質と化合物とが物理吸着により結びついている複合体をいう。
【0021】
本発明の基板上に化合物を固定するための固定用タンパク質を介して化合物を固定化する工程は一実施の形態において、上記工程(a)の後、(b)タンパク質-化合物複合体を基板上に固定化する工程を含む。
本明細書において「タンパク質-化合物複合体を基板上に固定化する」とは、タンパク質-化合物複合体における固定用タンパク質の構造を介して基板に当該複合体を固定することをいう。固定は目的の用途に耐えうる強度で基板上に固定できれば良く、対象化合物に対して不可逆的に結合し得る候補化合物の検出を可能とする強度で基板に固定されていればよい。一実施の形態において、タンパク質-化合物複合体における固定用タンパク質の構造を介した基板への結合は非共有結合により結合してもよい。好ましい一実施の形態において、タンパク質-化合物複合体における固定用タンパク質の構造を介した基板への結合は物理吸着により結合している。
タンパク質-化合物複合体を固定化する方法は、タンパク質-化合物複合体を含む溶液を基板上に接触させることで行うことができる。タンパク質-化合物複合体を含む溶液は、上記工程(a)において調製した溶液をそのまま用いてもよいし、別の溶媒に移したものを用いてもよい。
タンパク質-化合物複合体を含む溶液を基板上に接触させる方法は、当該溶液を基板上に接触させてタンパク質-化合物複合体のタンパク質が基板上に固定できる限りにおいて限定されない。好ましくは公知の超微量分注装置(MicroDiagnostic)などを用いて基板上にスポットする形態である。
【0022】
上記(b)の固定化の工程により基板上に固定化されたタンパク質-化合物複合体における化合物はその構造を維持している。化合物が構造を維持しているとは、化合物の構造中に固定化のための修飾を有しないことをいう。またタンパク質-化合物複合体中の化合物は、その構造の全部または一部をタンパク質-化合物複合体形成前と同様に保持する。例えば、タンパク質-化合物複合体形成後の化合物を、適当な検出手段を用いて検出することにより、当該化合物を検出する際に必要な構造を維持していることを確認できる。タンパク質-化合物複合体における化合物がその構造を維持している一例を挙げると、以下に限定されないが、化合物に対する抗体が結合するエピトープの構造を保持していることなどが含まれる。
好ましい一実施の形態において、基板上に固定化されたタンパク質-化合物複合体における化合物はその活性を維持している。化合物が活性を維持しているとは、当該化合物を検出する際に必要な活性をタンパク質-化合物複合体形成前と同様に保持していることを含む。活性はタンパク質-化合物複合体形成前と同程度であることが好ましいが、当該化合物の検出に必要な程度で活性を保持していればよい。以下に限定されないが、一例として挙げると、化合物が酵素である場合の当該酵素の活性を維持していることなどが含まれ、この場合に当該酵素活性を利用して基板上に固定した化合物(酵素)を検出することができる。
【0023】
タンパク質-化合物複合体を含む溶液を基板上に接触させた後、必要に応じて基板上に固定化されなかった夾雑物などを取り除くため、基板を洗浄することが好ましい。よって、本発明の基板上に化合物を固定化する方法は一実施の形態において、工程(b)の後に、洗浄工程を含むことができる。これにより基板上に固定化した化合物の検出の感度や精度を向上させることができる。
基板の洗浄に用いる溶液は、タンパク質-化合物複合体と基板との結合を完全に解離させずに夾雑物を除ける限りにおいて制限されず、マイクロアレイチップの製造等に用いることのできる公知の洗浄液を用いることができる。具体的には以下に限定されないが、エタノール、超純水などを挙げることができる。
洗浄工程は、エタノールや超純水などの洗浄液中にタンパク質-化合物複合体を固定化した基板を浸し、以下に限定されないが室温にて30秒程度振とうさせて行うことが好ましい。洗浄工程は1回または複数回行うことが好ましく、例えば、エタノールによる洗浄を1回行った後、超純水による洗浄を2回行うことができる。
【0024】
本発明の基板上に化合物を固定するための固定用タンパク質を介して化合物を固定化する工程は一実施の形態において、(a’)固定用タンパク質を基板上に固定化する工程を含む。
固定用タンパク質を基板上に固定化する方法は、固定用タンパク質を含む溶液を基板上に接触させればよい。
固定用タンパク質を含む溶液を基板上に接触させる方法は、当該溶液を基板上に接触させて固定用タンパク質が基板上に固定できる限りにおいて限定されない。好ましくは公知の超微量分注装置(MicroDiagnostic)などを用いて基板上にスポットする形態である。溶媒は上記工程(a)で用いることのできるものを使用することができる。
【0025】
本発明の基板上に固定用タンパク質を介して化合物を固定化する工程は一実施の形態において、上記工程(a’)の後、(b’)基板上に固定化した固定用タンパク質に化合物を接触させてタンパク質-化合物複合体を形成する工程を含む。
基板上に固定化した固定用タンパク質に化合物を接触させる方法は、基板上の固定用タンパク質に化合物を含む溶液を接触させればよい。好ましくは公知の超微量分注装置(MicroDiagnostic)などを用いて基板上にスポットする形態である。化合物を含む溶液を基板上の固定用タンパク質に接触させる条件は、上記工程(a)の方法と同様の溶媒や混合条件と同様にして、適宜設定することができる。
また、本発明の基板上に化合物を固定化する方法は一実施の形態において、工程(a’)および/または(b’)の後に洗浄工程を含むことができる。洗浄工程は上記工程(b)後の洗浄工程と同様の条件にて行うことができる。
【0026】
1-4.(ii)基板上に固定化した候補化合物に対して対象化合物を接触させる工程
基板上にタンパク質-化合物複合体として固定化された候補化合物に対して対象化合物を接触させる方法は公知であり、タンパク質-化合物複合体を構成する候補化合物および対象化合物の組み合わせにより適宜接触させる際に用いる溶媒、温度、時間などの条件を設定することができる。溶媒としては、例えば、蒸留水、ジメチルスルホキシド(DMSO)、酢酸メチル、アセトン、またはそれらの混合物などを用いることができる。また市販の化合物マイクロアレイ洗浄用の溶液(例えば、化合物マイクロアレイ用専用溶液solution A(Fukushima Protein Factory, Fukushima, Japan))を用いることもできる。
例えば、市販の化合物マイクロアレイ用専用溶液solution A(Fukushima Protein Factory, Fukushima, Japan))中に対象化合物を添加し、対象化合物を含む溶液中に基板を浸すことで、候補化合物と対象化合物とを接触させることができる。基板を溶液中に浸す際には振とうさせる等、化合物同士の接触を促進させる公知の手法を適宜採用してもよい。以下に限定されないが、室温~40℃の温度条件下、1~30時間化合物同士を接触させることができる。例示として、約150kDaのタンパク質(新型コロナウイルス由来Sタンパク質など)を用いる場合、溶液中のタンパク質は1ng/mL~1μg/mLの濃度とすることができる。
【0027】
対象化合物を接触させる前に、非特異的な結合を抑制するためや免疫測定試薬自体の安定性を高めるためにブロッキングの処理をしてもよい。ブロッキングの処理はELISA等の免疫学的測定方法に使用される公知または市販のブロッキング剤を用い、公知の手法に準じて行うことができる。ブロッキング剤の濃度は適宜決められるが、好ましくは0.1%~5%、さらに好ましくは1%~3%である。処理温度についても適宜決められるが、好ましくは4℃~40℃、さらに好ましくは20℃~30℃である。処理時間についても適宜決められるが、好ましくは0.5時間~24時間、さらに好ましくは0.5時間~3時間である。例えば、市販のブロッキングワン(Nacalai tesque, Kyoto, Japan)に基板を浸し、4℃~40℃の条件下で30分~12時間程度静置または振とうさせることでブロッキング処理を行うことができる。
ブロッキング反応後は基板を洗浄することが好ましい。当該洗浄工程においては、上記工程(a)に用いることのできる溶媒(例えば、蒸留水、ジメチルスルホキシド(DMSO)、酢酸メチル、アセトン、またはそれらの混合物など)を用いることができる。
【0028】
1-5.(iii)基板を洗浄する工程
基板上に固定化した候補化合物に対して対象化合物を接触させた後、洗浄液を用いて基板を洗浄することにより、候補化合物と結合していない対象化合物、候補化合物と弱く結合している対象化合物、または、候補化合物と可逆的に結合している対象化合物を基板上から除くことができる。
洗浄液としては、例えば、蒸留水、ジメチルスルホキシド(DMSO)、酢酸メチル、アセトン、またはそれらの混合物などを用いることができる。また市販の化合物マイクロアレイ用の洗浄液(例えば、化合物マイクロアレイ用専用溶液solution A(Fukushima Protein Factory, Fukushima, Japan))を用いることもできる。
洗浄液を用いた基板の洗浄は、基板を振盪洗浄する工程(振盪洗浄工程)と振盪洗浄後に洗浄液で基板をリンスする工程(リンス工程)とを含む。振盪洗浄工程およびリンス工程を繰り返すことで、対象化合物と不可逆的に強く結合し得る候補化合物のスクリーニングを可能とする。
【0029】
振盪洗浄工程は市販の振盪機や振盪台を用いた振盪洗浄を複数回繰り返すことにより行う。振盪機や振盪台は、水平偏芯震動を生じるものが好ましい。振盪洗浄の条件は候補化合物と不可逆的に結合した対象化合物以外の対象化合物を基板上から除くことができる限りにおいて限定されない。例えば、振盪速度は20~300r/minとすることが好ましく50~150r/minとすることがより好ましい。振盪幅は10~50mm、より好ましくは20~30mmのものを好適に用いることができるがこれに限定されない。振盪洗浄時における洗浄液の温度は室温~40℃とすることが好ましく、20~27℃とすることがより好ましい。振盪洗浄の時間は1分間以上(例えば、1~30分間、1~20分間、1~15分間、1~10分間、1~5分間、1~3分間)とすることが好ましく、当該振盪洗浄を2回以上(例えば、3回以上、4回以上、5回以上、6回以上、7回以上、8回以上、9回以上、10回以上)繰り返して行うことが好ましい。
【0030】
振盪洗浄を行った後、結合していない対象化合物、候補化合物と弱く結合している対象化合物、または、候補化合物と可逆的に結合している対象化合物について洗浄液を用いて基板から洗い流して取り除く工程(リンス工程)を含むことが好ましい。結合していない対象化合物を洗い流す方法は限定されず、例えば、新しい洗浄液中へ基板を出し入れする方法や新しい洗浄液を基板にかけ流す方法などを挙げることができる。このとき洗浄液の温度は室温~40℃とすることが好ましく、20~27℃とすることがより好ましい。洗浄液で結合していない対象化合物、候補化合物と弱く結合している対象化合物、または、候補化合物と可逆的に結合している対象化合物を洗い流す方法は2回以上(例えば、3回以上、4回以上、5回以上、6回以上、7回以上、8回以上、9回以上、10回以上)繰り返して行うことが好ましい。
また結合していない対象化合物を洗浄液で洗い流した後は、基板を洗浄液中にしばらく静置することが好ましい。すなわち本発明のスクリーニング方法は、基板をリンスする工程の後に基板を洗浄液中に静置する工程を含む。静置する時間としては以下に限定されないが、1~30分間、1~20分間、1~15分間、1~10分間、または、1~5分間とすることができる。
【0031】
振盪洗浄工程およびリンス工程は、それを1つのセットとして複数回(例えば、2回以上、3回以上、4回以上、5回以上)繰り返しても良い。振盪洗浄する工程およびリンス工程を1セットとして繰り返す際、2セット目以降の各洗浄工程の条件は1セット目と同じであっても異なっていても良い。好ましい実施の形態において振盪洗浄する工程およびリンス工程は2回繰り返す。
候補化合物と強く結合した対象化合物以外の対象化合物を基板上から除く工程の一実施の形態は、振盪洗浄工程とリンス工程とを少なくとも2回繰り返す。また別の実施の形態は、振盪洗浄工程とリンス工程と振盪洗浄工程とリンス工程とを順に含む。
【0032】
1-6.(iv)候補化合物とに結合した対象化合物を検出する工程
本工程では、タンパク質-化合物複合体として基板上に固定されている候補化合物に対して、上記(iii)洗浄工程を経てなお結合している対象化合物を検出する。対象化合物の検出方法は、対象とする化合物により適宜好ましい公知の検出手段を用いた方法を採用することができる。このような検出手段は、化合物と結合または反応することにより当該化合物の存在を検出可能な手段であれば制限されない。以下に限定されないが、抗体、レクチン、プローブ、レセプター、抗原、ハプテン、核酸(DNA、RNA、または、PNA)、糖鎖、リガンド、アプタマー、ポリヌクレオチド、脂質、酵素、酵素基質などを挙げることができる。またこれらの検出手段を用いて基板上に固定化された化合物を検出する方法も公知の手法を採用することができる。以下の手法に限定されないが、好ましい実施の形態における検出手法は、標識抗体を用いた検出方法を挙げることができる。
【0033】
1-7.回収工程
本発明の基板上に固定用タンパク質を介して化合物を固定化する工程は一実施の形態において、検出工程の後、化合物を基板から回収する工程を含む。基板から化合物を回収する手法は、基板上からタンパク質-化合物複合体が分離するようにしてタンパク質-化合物複合体として回収してもよいし、化合物自体をタンパク質-化合物複合体から分離するように回収してもよい。化合物を回収する手法は、用いる基板やタンパク質、回収したい化合物の種類により適宜公知の手段を採用することができる。
【0034】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例0035】
(実施例1.新型コロナウイルス由来Sタンパク質に不可逆的に結合し得る化合物のスクリーニング)
1-1.化合物の固定
既存の薬剤における有効成分として使用される1,600種類の化合物をそれぞれヒト血清アルブミン(HSA)(シグマアルドリッチ)と混合してスライドガラス上にプリントした。より具体的には、化合物をそれぞれ0.5 mMの濃度になるように、タンパク質マイクロアレイ専用solution A(Fukushima Protein Factory)に溶解した。また、HSAを0.1マイクログラム/マイクロリットルの最終濃度になるように調製して化合物を含むsolution Aに混合し化合物-HSA複合体を形成させた。化合物-HSA複合体を含むsolution Aは超微量分注装置(MicroDiagnostic)を用いてスライドガラス上に約2~4nlの微小滴としてスポットし、スライドガラスの基板上に化合物-HSA複合体をプリントした。
【0036】
化合物をプリントしたスライドガラス(以下「化合物マイクロアレイ」とする。)をエタノールに浸し、室温で30秒間振とうさせた。その後、化合物マイクロアレイを超純水に浸し、26℃で30秒間を振とうさせた。超純水での振とうは2回行った。溶液置換のため、化合物マイクロアレイをタンパク質マイクロアレイ専用solution A(Fukushima Protein Factory, Fukushima, Japan)に浸し、26℃で約5分間振とうさせた。
【0037】
1-2.新型コロナウイルスSタンパク質の添加
上記のようにして処理した化合物マイクロアレイをブロッキングワン(Nacalai tesque, Kyoto, Japan)に浸し、26℃で1時間振とうさせた。
次いで、新型コロナウイルス由来Sタンパク質を含むsolution Aを50 ng/mlの濃度で調製し、新型コロナウイルス由来Sタンパク質100ng分を化合物マイクロアレイ上にアプライした。新型コロナウイルス由来Sタンパク質をアプライ後、37℃で17時間振とうさせた。本試験に用いた新型コロナウイルス由来Sタンパク質は、下記表に示す7種類を用いた。
【0038】
【0039】
1-3.Sタンパク質の除去
化合物マイクロアレイに対して新型コロナウイルス由来Sタンパク質を接触させた後、化合物マイクロアレイを10 mlのsolution Aが入ったスチロールケース(サンプラテック 02271C スチロール角型ケース No.11)に入れ、中型恒温振とう培養機 バイオシェーカー(商標登録) BR-43F(TAITEC)にて26℃、90r/minの条件にて1分間振盪洗浄(個別洗浄)した。1分間振盪洗浄後、化合物マイクロアレイを10 mlのsolution Aが入った新しいスチロールケースに移し、再び振盪機にて26℃、90r/minの条件にて1分間振盪洗浄した。スチロールケースによる個別洗浄は合計3回行った。次に、化合物マイクロアレイを金属かごに入れ、280 mlのsolution Aが入った染色バット(Kartell 353染色バット(PMP製))に入れた。金属かごを上下に10回出し入れし、その後solutionA中にて5分間静置した。その後、振盪台(サクラ精機株式会社 VF-5 サクラ バイブレーター)に乗せ、3分間振盪洗浄(まとめ洗浄)した。3分後、金属かごを280 mlのsolution Aが入った新しい染色バットへ移した。金属かごを再び上下に10回出し入れし、振盪台に乗せ、振盪洗浄した。金属かごを用いたまとめ洗浄は合計3回行った。
【0040】
1-4.標識抗体を用いた検出
タンパク質マイクロアレイ専用一次抗体希釈液(Fukushima Protein Factory)に、Anti-6X His tag(登録商標)(ab9108, GR91766-6;abcam)を1マイクログラム/ミリリットルになるように希釈した。
【0041】
一次抗体を希釈した溶液2ミリリットルをタンパク質マイクロアレイ用カセットP-DE1(Fukushima Protein Factory)に添加した。そこに化合物マイクロアレイを浸して当該カセットの蓋をし、専用クリップで密閉して37℃で約1時間振とうさせながら反応させた。
【0042】
一次抗体と反応させた後、化合物マイクロアレイをタンパク質マイクロアレイ専用solution Aに浸し、26℃で1分間振とうさせた。この工程を3回繰り返した。
【0043】
タンパク質マイクロアレイ専用二次抗体希釈液(Fukushima Protein Factory)に、500分の1量のAlexa Fluor647標識anti-Mouse IgG抗体(711-605-152; Jackson)を6マイクログラム/ミリリットルになるように添加し、当該溶液2ミリリットルをタンパク質マイクロアレイ用カセットP-DE1に添加した。そこに化合物マイクロアレイを浸して当該カセットの蓋をし、専用クリップで密閉して26℃で約1時間振とうさせながら反応させた。
【0044】
二次抗体と反応させた後、化合物マイクロアレイをタンパク質マイクロアレイ専用solution Aに浸し、26℃で1分間振とうさせた。この工程を3回繰り返した。
【0045】
化合物マイクロアレイをタンパク質マイクロアレイ専用solution B(Fukushima Protein Factory)に浸し、26℃で3分間振とうさせた。この工程を3回繰り返した。
【0046】
化合物マイクロアレイをタンパク質マイクロアレイ専用最終洗浄液(Fukushima Protein Factory)に浸し、26℃で3分間振とうさせた。この工程を4回繰り返した。
1-5.ネガティブコントロール
ネガティブコントロールとして、以下の2つの試験を行った:
(1)上記「1-2.新型コロナウイルスSタンパク質の添加」において、新型コロナウイルスSタンパク質を含まないsolution Aを用いた以外、上記と同様にして反応を行った試験区;および、
(2)上記「1-2.新型コロナウイルスSタンパク質の添加」において、新型コロナウイルスSタンパク質を含まないsolution Aを用い、かつ、上記「1-4.標識抗体を用いた検出」において、Anti-6X His tagを含まない一次抗体希釈液を用いた以外、上記と同様にして反応を行った試験区
【0047】
1-6.蛍光強度の測定
化合物マイクロアレイを乾燥後、1,500 rpmで1分間遠心した後、GenePix 4000B(Molecular Devices, CA, USA)で蛍光強度をスキャンした。各新型コロナウイルス由来Sタンパク質を反応させた際の蛍光強度の平均値が高い10種の化合物について抽出した結果を
図1に示す。
図1の結果は、ネガティブコントロールでの蛍光強度の値が100以上を示した化合物は除外している。
図1中のRed IntensityはAlexa Fluor647標識anti-Mouse IgG抗体由来の蛍光強度を示す。
図1中、「平均値」は7つの新型コロナウイルス由来Sタンパク質に対する蛍光強度の平均値を示す。
【0048】
図1に示すように、新型コロナウイルス由来Sタンパク質に不可逆的に強く結合している可能性のある化合物として、Noscapine HClをスクリーニングすることができた。Noscapine HClは、すでに国内で市販されているかぜ薬の有効成分として使用されているものであり、感冒、気管支喘息、急性気管支炎、慢性気管支炎、肺炎等に対する効能・効果があることが知られている。すなわち人体への投与に関する安全性は担保されているため治療薬として迅速に転用することができる。特に、新型コロナウイルスは肺胞上皮細胞に感染すると、肺胞上皮細胞の剥離や壊死が起こり、酸素化機能が障害されて重傷化することが報告されていることから、当該化合物が気管支や肺において新型コロナウイルスと結合することで無力化(中和)できる可能性が期待できる。
【0049】
(比較例1.市販のマイクロアレイを用いた洗浄工程の検討)
本比較例では市販のプロテオーム用マイクロアレイ(HuProt Human Proteome Microarray v3.0、CDI Laboratories社製)を用いて本発明に係る洗浄方法の検討を行った。HuProt Human Proteome Microarray v3.0は21,000以上のタンパク質を搭載しており、ヒトプロテオームの~81%を網羅するプロテオーム用マイクロアレイである。当該マイクロアレイにはAlexa Fluor 555/647標識したIgGなどのコントロールタンパク質が予め搭載されている。当該マイクロアレイはアレイ上のタンパク質と、抗体や血清抗体、蛍光標識した核酸・タンパク質といった目的物との相互作用の網羅的な検証に使用される。
【0050】
本発明に係る洗浄工程が通常よりも厳しい条件であることを検証するために、上記市販のプロテオーム用マイクロアレイが実施例1における洗浄工程に耐えうるか検証した。具体的には、上記「1-3.Sタンパク質の除去」における洗浄工程と同一の条件にて市販のプロテオーム用マイクロアレイの洗浄を行った。
洗浄工程を経た市販のマイクロアレイについてGenePix 4000B(Molecular Devices, CA, USA)を用いてAlexa Fluor647標識anti-Mouse IgG抗体由来の蛍光強度をスキャンしたところ、蛍光を検出することができなかった。
図2は、洗浄前のマイクロアレイ(
図2A)、および、洗浄後のマイクロアレイ(
図2B)上のコントロールタンパク質(Alexa Fluor 555標識したIgG)の蛍光を観察した結果を示す。
図2の結果は、マイクロアレイの基盤上に搭載されていたタンパク質群が実施例1の洗浄工程を経たことでマイクロアレイの基盤から解離してしまったことを示す。このように従来のマイクロアレイでは、本発明に係るスクリーニング方法に耐えうることができなかった。