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特開2025-10869SARS-CoV-2のS1サブユニットに結合する剤およびその用途
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  • 特開-SARS-CoV-2のS1サブユニットに結合する剤およびその用途 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025010869
(43)【公開日】2025-01-23
(54)【発明の名称】SARS-CoV-2のS1サブユニットに結合する剤およびその用途
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/4741 20060101AFI20250116BHJP
   C12Q 1/70 20060101ALI20250116BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20250116BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20250116BHJP
   G01N 33/569 20060101ALI20250116BHJP
【FI】
A61K31/4741
C12Q1/70
A61P43/00 111
A61P31/14
G01N33/569 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023113146
(22)【出願日】2023-07-10
(71)【出願人】
【識別番号】509013703
【氏名又は名称】公立大学法人福島県立医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】509088653
【氏名又は名称】株式会社メディクローム
(71)【出願人】
【識別番号】521319306
【氏名又は名称】福島セルファクトリー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】523261975
【氏名又は名称】福島プロテインファクトリー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100156443
【弁理士】
【氏名又は名称】松崎 隆
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 慎哉
(72)【発明者】
【氏名】今井 順一
(72)【発明者】
【氏名】松倉 進
(72)【発明者】
【氏名】星 裕孝
(72)【発明者】
【氏名】坂本 和也
【テーマコード(参考)】
4B063
4C086
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ10
4B063QQ61
4B063QQ79
4B063QR41
4B063QR48
4B063QR72
4B063QR79
4B063QS33
4B063QS36
4B063QX02
4C086AA01
4C086AA02
4C086CB22
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA01
4C086NA14
4C086ZB33
4C086ZC02
4C086ZC78
(57)【要約】
【課題】 本発明は、新型コロナウイルスがヒト細胞に侵入する際に重要な役割を担うSタンパク質に対して特異的かつ強く結合する化合物の提供を課題とする。
【解決手段】 SARS-CoV-2のS1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD)に特異的に結合する剤であって、ノスカピンまたはその薬学上許容される塩からなる剤を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SARS-CoV-2のS1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD)に特異的に結合する剤であって、
ノスカピンまたはその薬学上許容される塩からなる剤。
【請求項2】
請求項1に記載の剤であって、
前記ノスカピンまたはその薬学上許容される塩がノスカピン塩酸塩である剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の剤を含む、SARS-CoV-2の検出試薬。
【請求項4】
請求項1または2に記載の剤を含む、COVID-19診断薬。
【請求項5】
請求項1または2に記載の剤を含む、SARS-CoV-2におけるSタンパク質の機能阻害剤。
【請求項6】
請求項1または2に記載の剤を含む、SARS-CoV-2の感染予防またはCOVID-19の治療のために用いられる医薬組成物。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SARS-CoV-2のS1サブユニットに結合する剤およびその用途に関する。用途としては特に、SARS-CoV-2の検出試薬、COVID-19診断薬、SARS-CoV-2におけるSタンパク質の機能阻害剤、および、SARS-CoV-2の感染予防またはCOVID-19の治療のために用いられる医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2019年12月に初めて報告された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による新興感染症であり、発熱、咳嗽のような感冒様症状から肺炎を引き起こし、未だに世界的な大流行(パンデミック)に至っており、世界最大の疫学的な課題となっている。
新型コロナウイルスが初めて報告されてから、もう3年半にもなるが、新型コロナウイルス感染症に対しては、他のウイルスに対する既存薬の効果が試験されているものの、未だに有効な治療薬が存在しないのが現状である。
【0003】
特定のウイルスの感染を阻害する薬剤を開発する場合、そのウイルス感染に必要なタンパク質と特異的、かつ、強く結合する化合物があれば、有用な治療薬等の候補化合物になり得る。目的タンパク質と化合物の物理的相互作用を評価する手法として、「化合物マイクロアレイ」が知られている。「化合物マイクロアレイ」は、DNAマイクロアレイにヒントを得て、DNAの代わりに有機化合物をチップ(またはスライドガラス)の上に固定化したものであり、目的タンパク質と化合物の物理的相互作用を評価する。化合物マイクロアレイ技術は、化合物ライブラリを効率よく利用する技術として原理的に優れており、化合物をスライドガラスや特殊な基板に固定化することについて様々な研究がなされてきた(例えば、非特許文献1)。
【0004】
本発明者らはこれまでに、化合物マイクロアレイに関連する技術として多種多様な構造や官能基を有する化合物であっても修飾を要せず、構造を維持したまま容易に基板に固定化する方法を開発している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-189080号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】有機合成化学協会誌Vol.64 No.6 35-46.(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、新型コロナウイルスがヒト細胞に侵入する際に重要な役割を担うSタンパク質に対して特異的かつ強く結合する化合物の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、本学が独自に開発した化合物マイクロアレイを用いて新型コロナウイルスタンパク質(S1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD))に結合する化合物を探索したところ、当該タンパク質に特異的に結合する化合物(Noscapine HCl)を見出したものである。本発明は当該知見により完成されたものであり、以下の態様を含む:
本発明の一態様は
〔1〕SARS-CoV-2のS1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD)に特異的に結合する剤であって、
ノスカピンまたはその塩からなる剤に関する。
また本発明の別の態様は、
〔2〕新型コロナウイルスSタンパク質の機能阻害剤であって、
ノスカピンまたはその塩からなる剤に関する。
ここで本発明の剤は、一実施の形態において
〔3〕上記〔1〕または〔2〕に記載の剤であって、
前記ノスカピンまたはその塩がノスカピン塩酸塩であることを特徴とする。
また本発明の別の態様は、
〔4〕上記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の剤を含む、SARS-CoV-2の感染予防またはCOVID-19の治療のために用いられる医薬組成物に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、新型コロナウイルスのS1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD)に対して特異的に結合する剤として、ノスカピンの新たな用途を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1に示す表は、新型コロナウイルス由来Sタンパク質に対して強い結合を示す化合物をスクリーニングした結果であって、強い結合を示した上位10種の化合物を示す。表中の値は、各化合物に結合した新型コロナウイルス由来Sタンパク質を標識抗体で検出した際の蛍光強度を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.SARS-CoV-2のS1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD)に特異的に結合する剤
本発明の一態様は、SARS-CoV-2のS1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD)に特異的に結合する剤に関し、当該剤はノスカピンまたはその薬学的に許容される塩からなる。
ノスカピンは、SARS-CoV-2のS1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD)に特異的に強く結合するため、SARS-CoV-2のSタンパク質の機能を阻害することが期待される。Sタンパク質はSARS-CoV-2が宿主細胞に侵入する際に重要な役割を担い、Sタンパク質のRBD領域が宿主細胞の細胞膜上のACE2受容体に結合することでSARS-CoV-2の宿主細胞への侵入が開始する。すなわち、ノスカピンがSARS-CoV-2のSタンパク質RBD領域に強く結合することで、宿主細胞のACE2受容体とS1サブユニットのRBD領域との結合を阻害する(すなわち、Sタンパク質の機能を阻害する)ことが期待される。よって、ノスカピンまたはその薬学的に許容される塩からなる剤は、SARS-CoV-2の感染予防またはCOVID-19の治療のために用いられる医薬組成物に用いることができる。
【0012】
「ノスカピン」(Noscapine; (3S)-6,7-ジメトキシ-3α-[(5R)-(5,6,7,8-テトラヒドロ-4-メトキシ-6-メチル-1,3-ジオキソロ[4,5-g]イソキノリン)-5α-イル]イソベンゾフラン-1(3H)-オン)は、分子式C22H23NO7、分子量413.4205、CAS番号128-62-1の化合物であり、以下の化学式(I)で示される。ノスカピンは公知の方法により製造できるほか、市販のものを用いることができる。
【0013】
【化1】
【0014】
ノスカピンは国内で市販されているかぜ薬の有効成分として使用されており、感冒、気管支喘息、急性気管支炎、慢性気管支炎、肺炎等に対する効能・効果があることが知られていた。しかしながら、ノスカピンがSARS-CoV-2のS1サブユニットの受容体結合ドメインに結合することは知られていなかった。
【0015】
本明細書におけるノスカピン又はその薬学上許容される塩における「薬学的に許容される塩」としては、例えば、有機酸塩(例えば、モノカルボン酸塩(酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩など)、多価カルボン酸塩(シュウ酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩など)、アミノ酸塩(アスパラギン酸塩など)などの有機カルボン酸塩;酒石酸塩、クエン酸塩、乳酸塩、グルコン酸塩、サリチル酸塩、フェノールフタリン塩、タンニン酸塩などのオキシカルボン酸塩;メタンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩、ジフェニルジスルホン酸塩などのスルホン酸塩;フェンジゾ酸塩、ヒベンズ酸塩、テオクル酸塩など)、無機酸塩(例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、リン酸塩など)、有機塩基との塩(例えば、トリメチルアミン塩、トリエチルアミン塩、モノエタノールアミン塩、トリエタノールアミン塩、ピリジン塩などの第3級アミンとの塩など)、無機塩基との塩(例えば、アンモニウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩、アルミニウム塩など)などが挙げられ、特に好ましい塩は、塩酸塩、サッカリン塩、硫酸塩、クエン酸塩、ヒベンズ酸塩、マレイン酸である。なお、これらの化合物には、薬学上許容される塩のほか、水付加物(水和物)も含まれる。具体的には、ノスカピン塩酸塩またはその水和物を挙げることができる。
【0016】
本明細書において「SARS-CoV-2(severe acute respiratory syndrome coronavirus 2)」は、SARS関連コロナウイルス(Severe acute respiratory syndrome-related coronavirus)に属するコロナウイルスであり、エンベロープを持つ一本鎖プラス鎖RNAウイルスである。「SARS-CoV-2」は新型コロナウイルス感染症であるCOVID-19の病原体ウイルスである。
SARS-CoV-2はスパイク(S)タンパク質、ヌクレオカプシド(N)タンパク質、膜(M)タンパク質、エンベロープ(E)タンパク質の4つの主要な構造タンパク質を有する。スパイクタンパク質は、2つのサブユニット、S1サブユニットおよびS2サブユニットからなるI型膜貫通型タンパク質であり、S1サブユニットは細胞表面の受容体を認識する受容体結合ドメイン(RBD)を含む。
【0017】
本発明に係る剤は、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質細胞外ドメインであるS1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD)に結合する。よって、本発明の剤が結合する受容体結合ドメイン(RBD)を有する限り、「SARS-CoV-2」の変異株や野生型(武漢株)または当該変異株から将来的に発生しうる変異株由来のS1サブユニットのRBDに対しても、本発明に係る剤は特異的に結合することができる。このような変異株としては、以下に限定されないが例えば、B.1.1.7系統の変異株(Alpha(アルファ)株)、B.1.351系統の変異株(Beta(ベータ)株)、P.1系統の変異株(Gamma(ガンマ)株)、B.1.617.2系統の変異株(Delta(デルタ)株)、B.1.427/B.1.429系統の変異株(Epsilon(イプシロン)株)、P.3系統の変異株(Theta(シータ)株)、B.1.617.1系統の変異株(Kappa(カッパ)株)、B.1.1.529系統の変異株(Omicron(オミクロン)株)、BA.2系統の変異株(Omicron(オミクロン)株)、BA.3系統の変異株(Omicron(オミクロン)株)、BA.4系統の変異株(Omicron(オミクロン)株)、BA.5系統の変異株(Omicron(オミクロン)株)を挙げることができる。SARS-CoV-2の変異株の情報は、例えばWorld Health Organizationのウェブサイト(https://www.who.int/en/activities/tracking-SARS-CoV-2-variants/)やCoVariants(https://covariants.org/)から入手することができる。すなわち、本発明に係る剤は一実施の形態において、SARS-CoV-2の武漢株、Alpha株、Beta株、Gamma株、Delta株、Epsilon株、Theta株、Kappa株、および、Omicron株からなる群より選択される少なくとも1つの株由来のスパイクタンパク質細胞外ドメインであるS1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD)に特異的に結合する。なお武漢株、Alpha株、Beta株、Gamma株、Delta株、Epsilon株、Theta株、Kappa株、および、Omicron株からなる群より選択される少なくとも1つの株には、当該群から1~9つの株を選択する場合の全ての組み合わせが含まれる。好ましい実施の形態において、本発明に係る剤は武漢株、Alpha株、Beta株、Gamma株、Delta株、Epsilon株、Theta株、Kappa株、および、Omicron株由来のスパイクタンパク質細胞外ドメインであるS1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD)の全てに特異的に結合する。
【0018】
本発明の剤が結合するS1サブユニットの受容体結合ドメイン(RBD)は、アクセッション番号YP_009724390で特定されるアミノ酸配列の319番目のアルギニン残基から541番目のフェニルアラニン残基までを含むポリペプチド(野生型RBD)である。
本明細書において、当該野生型RBDのポリペプチドにおいて変異を有するポリペプチドとしては、例えばアクセッション番号YP_009724390で特定されるアミノ酸配列の319番目のアルギニン残基から541番目のフェニルアラニン残基までを含むポリペプチドにおいて、354番目のアスパラギン残基、364番目のアスパラギン酸残基、367番目のバリン残基、408番目のアルギニン残基、435番目のアラニン残基、および、436番目のトリプトファン残基からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基における置換変異(好ましくは、保存的置換)を有するポリペプチドを挙げることができる。
一実施の形態において、野生型RBDのポリペプチドにおいて変異を有するポリペプチドとしては、例えばアクセッション番号YP_009724390で特定されるアミノ酸配列の319番目のアルギニン残基から541番目のフェニルアラニン残基までを含むポリペプチドにおいて、N354D、D364Y、V367F、R408I、A435S、および、W436Rからなる群より選択される少なくとも1つの変異を有するポリペプチドを挙げることができる。
【0019】
本明細書においてアミノ酸の保存的置換とは、アミノ酸側鎖に関連のあるアミノ酸グループ内で生じる置換である。このようなアミノ酸置換としては、例えば、置換前のアミノ酸が非極性アミノ酸(アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)であれば他の非極性アミノ酸への置換、置換前のアミノ酸が非荷電性アミノ酸(グリシン、アスパラギン、グルタミン、システイン、セリン、スレオニン、チロシン)であれば他の非荷電性アミノ酸への置換、置換前のアミノ酸が酸性アミノ酸(アスパギン酸、グルタミン酸)であれば他の酸性アミノ酸への置換、および置換前のアミノ酸が塩基性アミノ酸(リジン、アルギニン、ヒスチジン)であれば他の塩基性アミノ酸への置換が挙げられる。その他の好適なアミノ酸グループ間での置換は次のとおりである:脂肪族ヒドロキシグループ(セリンおよびスレオニン)、アミド含有グループ(アスパラギおよびグルタミン)、脂肪族グループ(アラニン、バリン、ロイシンおよびイソロイシン)、並びに、芳香族グループ(フェニルアラニン、トリプトファンおよびチロシン)。このような置換は元のアミノ酸配列を有する物質の特性を低下させない範囲であることが好ましい。
【0020】
2.SARS-CoV-2の感染予防またはCOVID-19の治療のために用いられる医薬組成物
本発明の別の態様は、SARS-CoV-2の感染予防またはCOVID-19の治療のために用いられる、上記の本発明のノスカピンまたはその薬学上許容される塩からなる剤を含む医薬組成物を提供する。
【0021】
本発明に係るノスカピンまたはその薬学上許容される塩からなる剤を含む医薬組成物は、有効成分としてのノスカピンまたはその薬学上許容される塩のみを含むものであってもよいが、通常は薬理学的に許容される1以上の担体と一緒に混合し、公知の方法により製造することができる。
医薬組成物に用いることができる担体としては、以下に限定されないが、例えば、安定剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、無痛化剤、緩衝剤、保存剤、防腐剤、pH調整剤および抗酸化剤等が挙げられる。安定剤としては、例えば、各種アミノ酸、アルブミン、グロブリン、ゼラチン、マンニトール、グルコース、デキストラン、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、アスコルビン酸、亜硫酸水素ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ジブチルヒドロキシトルエン等を用いることができる。溶解補助剤としては、例えば、アルコール(例えば、エタノール等)、ポリアルコール(例えば、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)、非イオン性界面活性剤(例えば、ポリソルベート20(登録商標)、ポリソルベート80(登録商標)、HCO-50等)等を用いることができる。懸濁化剤としては、例えば、モノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。乳化剤としては、例えば、アラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。無痛化剤としては、例えば、ベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。緩衝剤としては、例えば、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、炭酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス緩衝液、グルタミン酸緩衝液、イプシロンアミノカプロン酸緩衝液等を用いることができる。保存剤としては、例えば、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸ブチル、クロロブタノール、ベンジルアルコール、塩化ベンザルコニウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、ホウ酸、ホウ砂等を用いることができる。防腐剤としては、例えば、塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。pH調整剤としては、例えば、塩酸、水酸化ナトリウム、リン酸、酢酸等を用いることができる。抗酸化剤として、例えば、(1)アスコルビン酸、システインハイドロクロライド、重硫酸ナトリウム、メタ重亜硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム等のような水溶性抗酸化剤、(2)アスコルビルパルミテート、ブチル化ハイドロキシアニソール、ブチル化ハイドロキシトルエン、レシチン、プロピルガレート、α-トコフェロール等のような油溶性抗酸化剤および(3)クエン酸、エチレンジアミン四酢酸、ソルビトール、酒石酸、リン酸等のような金属キレート剤等を用いることができる。
【0022】
本発明の医薬組成物の投与経路は、治療に際して最も効果的なものを使用するのが望ましく、経口投与;鼻腔内、口腔内、気道内、直腸内などの経粘膜;皮下、筋肉内、静脈内などの非経口投与をあげることができる。投与形態としては、以下に限定されないが、例えば、噴霧剤、カプセル剤、錠剤、顆粒剤、シロップ剤、乳剤、座剤、注射剤、軟膏、テープ剤などがあげられる。
【0023】
経口投与に適当な製剤としては、乳剤、シロップ剤、カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤などがあげられる。また非経口投与に適当な製剤としては、注射剤、座剤、噴霧剤などがあげられる。噴霧剤はノスカピンまたはその薬学上許容される塩自体、もしくは、対象者の口腔および気道粘膜を刺激せず、かつノスカピンまたはその薬学上許容される塩を微細な粒子として分散させ吸収を容易にさせる担体などを用いて調製される。担体として具体的には乳糖、グリセリンなどが例示される。
【0024】
投与量または投与回数は、目的とする治療効果、投与方法、治療期間、年齢、体重などにより異なるが、例えば通常成人1日当たり1μg/kg~100mg/kgとすることができる。また一例として、ノスカピンとして、通常成人1回10~30mgを1日3~4回経口投与してもよい。
好ましい一実施の形態において、本発明に係る医薬組成物は、スプレー剤として、鼻腔または咽喉の呼吸気道内に投与される。投与に適したスプレー剤としては、特に制限されないが、エアロゾルとして噴霧する吸入エアロゾル型が好ましい。
【0025】
また本発明の別の態様は、上記ノスカピンまたはその薬学上許容される塩の治療有効量を対象に対して投与する工程を含む、COVID-19の発症予防および/または治療方法を提供する。
「対象」は、ヒト、またはヒトを除く哺乳動物(例えば、マウス、モルモット、ハムスター、ラット、ネズミ、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、ネコ、イヌ、マーモセット、サル、またはチンパンジー等の1種以上)を含む。また対象は、COVID-19を発症している、発症していた、または、発症の恐れがあると診断された患者であってもよい。
【0026】
3.他の用途
本発明に係るノスカピンまたはその薬学上許容される塩からなる剤は、SARS-CoV-2の感染を予防するために用いるフィルタ、スプレー、マスクなどを構成する要素(成分)や化粧品の成分として用いてもよい。また、本発明に係る剤は飲食品用組成物、SARS-CoV-2検出用試薬、または、COVID-19診断薬として提供してもよい。
【0027】
本発明に用いるノスカピンは、例えば検出試薬や診断薬として用いることができるように標識されていても良い。ノスカピンを標識する手法はSARS-CoV-2検出用試薬やCOVID-19診断薬として使用できる限りにおいて限定されず公知の標識手法を採用することができる。以下に限定されないが、例えば放射性同位体標識、蛍光標識、化学発光標識を挙げることができる。
【0028】
本発明はさらに以下の発明を包含する。
(a)ノスカピンまたはその薬学上許容される塩からなる剤を含む、SARS-CoV-2の感染予防またはCOVID-19の治療のために用いられる医薬組成物の有効量を対象に投与することを特徴とする、SARS-CoV-2の感染予防またはCOVID-19の治療方法。
(a1)上記(a)に記載の方法であって、前記対象がSARS-CoV-2の感染のおそれがある、または、COVID-19に罹患している対象である、方法。
(b)SARS-CoV-2の感染予防薬またはCOVID-19の治療薬として使用するための、ノスカピンまたはその薬学上許容される塩。
(c)SARS-CoV-2の感染予防薬またはCOVID-19の治療薬を製造するための、ノスカピンまたはその薬学上許容される塩の使用。
【0029】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例0030】
(1.新型コロナウイルス由来Sタンパク質に不可逆的に結合する化合物のスクリーニング)
1-1.化合物の固定
既存の薬剤における有効成分として使用される1,600種類の化合物をそれぞれヒト血清アルブミン(HSA)(シグマアルドリッチ)と混合してスライドガラス上にプリントした。より具体的には、化合物をそれぞれ0.5 mMの濃度になるように、タンパク質マイクロアレイ専用solution A(Fukushima Protein Factory)に溶解した。また、HSAを0.1マイクログラム/マイクロリットルの最終濃度になるように調製して化合物を含むsolution Aに混合し化合物-HSA複合体を形成させた。化合物-HSA複合体を含むsolution Aは超微量分注装置(MicroDiagnostic)を用いてスライドガラス上に約2~4nlの微小滴としてスポットし、スライドガラスの基板上に化合物-HSA複合体をプリントした。
【0031】
化合物をプリントしたスライドガラス(以下「化合物マイクロアレイ」とする。)をエタノールに浸し、室温で30秒間振とうさせた。その後、化合物マイクロアレイを超純水に浸し、26℃で30秒間を振とうさせた。超純水での振とうは2回行った。溶液置換のため、化合物マイクロアレイをタンパク質マイクロアレイ専用solution A(Fukushima Protein Factory, Fukushima, Japan)に浸し、26℃で約5分間振とうさせた。
【0032】
1-2.新型コロナウイルスSタンパク質の添加
上記のようにして処理した化合物マイクロアレイをブロッキングワン(Nacalai tesque, Kyoto, Japan)に浸し、26℃で1時間振とうさせた。
次いで、新型コロナウイルス由来Sタンパク質を含むsolution Aを50 ng/mlの濃度で調製し、新型コロナウイルス由来Sタンパク質100ng分を化合物マイクロアレイ上にアプライした。新型コロナウイルス由来Sタンパク質をアプライ後、37℃で17時間振とうさせた。本試験に用いた新型コロナウイルス由来Sタンパク質は、下記表に示す7種類を用いた。
【0033】
【表1】
【0034】
1-3.不可逆的な結合を生じていないSタンパク質の除去
化合物マイクロアレイに対して新型コロナウイルス由来Sタンパク質を接触させた後、化合物マイクロアレイを10 mlのsolution Aが入ったスチロールケース(サンプラテック 02271C スチロール角型ケース No.11)に入れ、中型恒温振とう培養機 バイオシェーカー(商標登録) BR-43F(TAITEC)にて26℃、90r/minの条件にて1分間振盪洗浄(個別洗浄)した。1分間振盪洗浄後、化合物マイクロアレイを10 mlのsolution Aが入った新しいスチロールケースに移し、再び振盪機にて26℃、90r/minの条件にて1分間振盪洗浄した。スチロールケースによる個別洗浄は合計3回行った。次に、化合物マイクロアレイを金属かごに入れ、280 mlのsolution Aが入った染色バット(Kartell 353染色バット(PMP製))に入れた。金属かごを上下に10回出し入れし、その後solutionA中にて5分間静置した。その後、振盪台(サクラ精機株式会社 VF-5 サクラ バイブレーター)に乗せ、3分間振盪洗浄(まとめ洗浄)した。3分後、金属かごを280 mlのsolution Aが入った新しい染色バットへ移した。金属かごを再び上下に10回出し入れし、振盪台に乗せ、振盪洗浄した。金属かごを用いたまとめ洗浄は合計3回行った。
【0035】
1-4.標識抗体を用いた検出
タンパク質マイクロアレイ専用一次抗体希釈液(Fukushima Protein Factory)に、Anti-6X His tag(登録商標)(ab9108, GR91766-6;abcam)を1マイクログラム/ミリリットルになるように希釈した。
【0036】
一次抗体を希釈した溶液2ミリリットルをタンパク質マイクロアレイ用カセットP-DE1(Fukushima Protein Factory)に添加した。そこに化合物マイクロアレイを浸して当該カセットの蓋をし、専用クリップで密閉して37℃で約1時間振とうさせながら反応させた。
【0037】
一次抗体と反応させた後、化合物マイクロアレイをタンパク質マイクロアレイ専用solution Aに浸し、26℃で1分間振とうさせた。この工程を3回繰り返した。
【0038】
タンパク質マイクロアレイ専用二次抗体希釈液(Fukushima Protein Factory)に、500分の1量のAlexa Fluor647標識anti-Mouse IgG抗体(711-605-152; Jackson)を添加し、当該溶液2ミリリットルをタンパク質マイクロアレイ用カセットP-DE1に添加した。そこに化合物マイクロアレイを浸して当該カセットの蓋をし、専用クリップで密閉して26℃で約1時間振とうさせながら反応させた。
【0039】
二次抗体と反応させた後、化合物マイクロアレイをタンパク質マイクロアレイ専用solution Aに浸し、26℃で1分間振とうさせた。この工程を3回繰り返した。
【0040】
化合物マイクロアレイをタンパク質マイクロアレイ専用solution B(Fukushima Protein Factory)に浸し、26℃で3分間振とうさせた。この工程を3回繰り返した。
【0041】
化合物マイクロアレイをタンパク質マイクロアレイ専用最終洗浄液(Fukushima Protein Factory)に浸し、26℃で3分間振とうさせた。この工程を4回繰り返した。
1-5.ネガティブコントロール
ネガティブコントロールとして、以下の2つの試験を行った:
(1)上記「1-2.新型コロナウイルスSタンパク質の添加」において、新型コロナウイルスSタンパク質を含まないsolution Aを用いた以外、上記と同様にして反応を行った試験区;および、
(2)上記「1-2.新型コロナウイルスSタンパク質の添加」において、新型コロナウイルスSタンパク質を含まないsolution Aを用い、かつ、上記「1-4.標識抗体を用いた検出」において、Anti-6X His tagを含まない一次抗体希釈液を用いた以外、上記と同様にして反応を行った試験区
【0042】
1-6.蛍光強度の測定
化合物マイクロアレイを乾燥後、1,500 rpmで1分間遠心した後、GenePix 4000B(Molecular Devices, CA, USA)で蛍光強度をスキャンした。各新型コロナウイルス由来Sタンパク質を反応させた際の蛍光強度の平均値が高い10種の化合物について抽出した結果を図1に示す。図1の結果は、ネガティブコントロールでの蛍光強度の値が100以上を示した化合物は除外している。図1中のRed IntensityはAlexa Fluor647標識anti-Mouse IgG抗体由来の蛍光強度を示す。図1中、「平均値」は7つの新型コロナウイルス由来Sタンパク質に対する蛍光強度の平均値を示す。
【0043】
図1に示すように、新型コロナウイルス由来Sタンパク質に不可逆的に強く結合する化合物として、Noscapine HClをスクリーニングすることができた。Noscapine HClは、上記の通り、すでに国内で市販されているかぜ薬の有効成分として使用されているものであり、感冒、気管支喘息、急性気管支炎、慢性気管支炎、肺炎等に対する効能・効果があることが知られている。すなわち人体への投与に関する安全性は担保されているため治療薬として迅速に転用することができる。特に、新型コロナウイルスは肺胞上皮細胞に感染すると、肺胞上皮細胞の剥離や壊死が起こり、酸素化機能が障害されて重傷化することが報告されていることから、当該化合物が気管支や肺において新型コロナウイルスと結合することで無力化(中和)できる可能性が期待できる。
図1