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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025010995
(43)【公開日】2025-01-23
(54)【発明の名称】電動車の駆動モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 29/66 20160101AFI20250116BHJP
【FI】
H02P29/66
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023113354
(22)【出願日】2023-07-10
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100071216
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 昌毅
(74)【代理人】
【識別番号】100130395
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 英一
【テーマコード(参考)】
5H501
【Fターム(参考)】
5H501AA20
5H501BB08
5H501DD04
5H501HB07
5H501JJ04
5H501JJ17
5H501MM05
(57)【要約】
【課題】電動車の駆動用のPMモータ1のステータ巻線電流の大きさの制御に於いて、ロータ磁石5に於いて不可逆的な減磁が発生しない範囲で、ステータ巻線電流の大きさを最大にし、出力トルクをより大きく発揮できるようにする。
【解決手段】 電動車の駆動用PMモータの制御装置は、モータのロータ磁石の温度を推定する手段と、モータのロータ磁石の種々の温度でのロータ磁石に於いて不可逆的な減磁を起こさないステータ巻線電流の上限値を決定できる情報を記憶した記憶手段と、記憶手段に記憶された情報から推定されたロータ磁石の温度に於けるステータ巻線電流の上限値を決定する手段と、ステータの巻線電流がステータの巻線電流の上限値までに制限されるよう巻線電流を制御する電流制御手段とを含む。

【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動車の駆動用PMモータの制御装置であって、
前記モータのロータ磁石の温度を推定するロータ磁石温度推定手段と、
前記モータのロータ磁石の種々の温度での前記ロータ磁石に於いて不可逆的な減磁を起こさないステータ巻線電流の上限値を決定できる情報を記憶したロータ磁石特性記憶手段と、
前記ロータ磁石特性記憶手段に記憶された情報から前記推定されたロータ磁石の温度に於ける前記ステータ巻線電流の上限値を決定するステータ巻線電流上限値決定手段と
前記ステータの巻線電流が前記ステータ巻線電流の上限値までに制限されるよう前記巻線電流を制御する電流制御手段と
を含む装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動車の駆動モータ制御装置に係り、より詳細には、駆動モータのロータ磁石の減磁をできるだけ抑制しつつトルクを増大できるよう駆動電流を制御する装置に係る。
【背景技術】
【0002】
電動車の駆動用モータとして用いられる永久磁石(PM)モータに於いては、ロータの永久磁石(ロータ磁石)に減磁が生じ、これにより、モータの発生トルクの低下が発生するところ、かかるロータ磁石の減磁に関連して種々の構成が提案されている。例えば、特許文献1では、突極型永久磁石モータの励磁束を発生させる永久磁石の減磁を検出し、その減磁に応じて最大のトルクを得られるように、トルク電流と励磁電流の位相を変化させることが提案されている。特許文献2では、磁石埋め込み型モータに於いて、磁石温度が上昇するとマグネットトルクが低減することから、磁石温度の上昇と共に電流の位相を進角し、磁石温度が閾値を超えると、不可逆な減磁を防ぐべく、電流の位相を0度に設定することが提案されている。特許文献3では、回転電機の無負荷誘起電圧波形から、減磁した磁石の起磁力を推定し、推定された起磁力に応じてトルク指令に対する電流値と電流位相を設定してトルク制御の精度を向上させることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平08-103093
【特許文献2】特開2013-5503
【特許文献3】特開2020-10501
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
PMモータのロータ磁石の磁束密度は、図1(A)の磁化曲線Cに示されている如く、磁場Hに対してヒステリシスを持って変化し、ステータからの磁場が作用していない場合、即ち、ステータの巻線電流が流れていないときには、ロータ磁石の空隙に於ける磁極により生ずる反磁場(H1)のために、ロータ磁石の磁束密度Bは、磁化曲線Cとパーミアンス直線Lpとの交点(動作点P)に於ける値となる。そして、ステータの巻線電流が流れ、ステータからの逆磁場(ロータ磁石の磁化と逆方向の磁場)の大きさが増大すると、ロータ磁石の磁束密度は、動作点Pから磁化曲線Cに沿って低減する、即ち、減磁することなる。かかる減磁に於いて、磁場Hに対する磁束密度Bは、動作点Pから線形に変化する範囲(R)では可逆的に変化し、ステータの逆磁場の大きさが低減すれば、ロータ磁石の磁束密度Bは、動作点Pへ復帰するところ、逆磁場の大きさが磁化曲線Cの屈曲点Xを越えて大きくなると(▲)、減磁が不可逆となり、逆磁場の大きさが低減しても、磁束密度Bは、動作点Pの大きさまで復帰しないこととなる(P:磁束密度の到達点から磁化曲線Cの線形変化範囲Rと略平行に増大する。)。従って、ステータの巻線電流の制御に於いては、前記の如きステータからの逆磁場による不可逆的なロータ磁石の減磁を防止するべく、ステータの巻線電流には、ステータからの逆磁場の大きさが過大とならないように、制限がかけられる。この点に関し、ロータ磁石の磁化曲線Cは、図1(B)の如く、ロータ磁石の温度に依存して変化し、特に、ロータ磁石の温度が高いほど、屈曲点Xが生ずる磁場の大きさが小さくなる。そこで、従前は、温度が変化してもステータからの逆磁場の大きさがその屈曲点Xの大きさを超えることがないように、安全を見越して余裕代を大きくとって、即ち、磁化曲線が屈曲点Xに達する逆磁場よりも十分に小さい逆磁場までしかかからないように、ステータの巻線電流が制限されていた。或いは、モータの温度は、それを監視する構成に於いても、一般に、ロータ磁石の温度を直接的に検出する手段が設けられることは少なく(特に、量産されるモータでは、コストの観点から、温度検出手段は殆ど設けられない。)、ステータのサーミスタやオートマチック・トランスミッション・フルード(ATF)の値が参照され、ロータ磁石が監視されているわけではないので、モータ温度が高くなったときには、より早めにステータの巻線電流が制限されていた。このため、ロータ磁石内の逆磁場が屈曲点Xとなる大きさまで達していなくても出力されるトルクに制限がかかることがあり、特に、比較的高温で上り坂の多い地域に於いては、早めにトルク制限がかかることで、車両が坂を登らなくなりやすいなどの苦情が散見される状況であった。
【0005】
ところで、図1(B)を再度参照して、ロータ磁石の磁束密度が動作点にあるときの磁場H1と屈曲点Xに達する磁場H2とは、ロータ磁石の温度を特定することで決定可能である。かかる磁場H2の大きさは、ロータ磁石自身の磁極による逆磁場H1(動作点Poのときの磁場の大きさH1)とステータからロータ磁石へ与えられる逆磁場の和であるので、動作点Poと屈曲点Xに於ける磁場の大きさH1、H2が決定されれば、不可逆的な減磁を起こさずに、ステータからロータ磁石へ印加できる逆磁場の大きさの上限は、|H2-H1|であると決定される。そして、ステータの磁場は、ステータの巻線電流に対応し、モータの出力トルクに対応する。従って、ロータ磁石の温度と、ロータ磁石の磁化曲線Cの動作点Poに於ける磁場H1と屈曲点Xに於ける磁場H2との差分の大きさ、即ち、ステータからロータ磁石へ印加できる逆磁場の大きさの上限、との対応、或いは、それに対応する巻線電流の上限との対応を実験的に調べておき、ステータの巻線電流の大きさの制御に於いて、ロータ磁石の温度を任意の手法で特定できれば、そのロータ磁石温度に対応する不可逆的な減磁を起こさない範囲でステータの巻線電流の発生可能な最大値が決定でき、その最大値を超えない範囲でステータの巻線電流の増大を許すことで、ロータ磁石に不可逆的な減磁を起こさない範囲でモータの出力トルクを最大化できることとなる。本発明に於いては、この知見が利用される。
【0006】
かくして、本発明の主な課題は、電動車の駆動用のPMモータのステータ巻線電流の大きさの制御に於いて、ロータ磁石に於いて不可逆的な減磁が発生しない範囲で、ステータ巻線電流の大きさを最大にし、これにより出力トルクをより大きく発揮できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、上記の課題は、電動車の駆動用PMモータの制御装置であって、
前記モータのロータ磁石の温度を推定するロータ磁石温度推定手段と、
前記モータのロータ磁石の種々の温度での前記ロータ磁石に於いて不可逆的な減磁を起こさないステータ巻線電流の上限値を決定できる情報を記憶したロータ磁石特性記憶手段と、
前記ロータ磁石特性記憶手段に記憶された情報から前記推定されたロータ磁石の温度に於ける前記ステータ巻線電流の上限値を決定するステータ巻線電流上限値決定手段と
前記ステータの巻線電流が前記ステータの許容可能な巻線電流の上限値までに制限されるよう前記巻線電流を制御する電流制御手段と
を含む装置によって達成される。
【0008】
上記の構成に於いて、「電動車」は、電気自動車、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、燃料電池車などの、駆動用にPMモータを用いた任意の形式の車両であってよい。「ロータ磁石温度推定手段」は、任意の手法にてロータ磁石の温度を推定する手段であってよく、後述の如く、例えば、ステータのコイルの抵抗値に基づいてリアルタイムのロータ磁石の温度が推定されてもよいが、任意の形式の機械学習のアルゴリズムを用いて車両の走行状況からモータへの要求トルクを予測し、その予測された要求トルクに基づいてロータ磁石の将来の温度が推定(予測)されてもよい。また、上記までの説明から理解される如く、ロータ磁石に於いて不可逆的な減磁を起こさないステータ巻線電流の上限値は、結局、ロータ磁石温度の関数であるので、「ロータ磁石特性記憶手段」に記憶される「前記モータのロータ磁石の種々の温度での前記ロータ磁石に於いて不可逆的な減磁を起こさないステータ巻線電流の上限値を決定できる情報」とは、要すれば、かかるステータ巻線電流の上限値をロータ磁石温度から決定するために利用できる情報であり、予め実験的に収集されていてよい。具体的には、ロータ磁石特性記憶手段に記憶される情報としては、例えば、各ロータ磁石温度に於けるロータ磁石の磁化曲線に於ける動作点(磁化曲線(B-H)とパーミアンス直線との交点)と屈曲点(ロータ磁石内の磁場の大きさが減磁の方向に変化したときに磁束密度が急激に低下し始める点)とに於ける磁場であってよく、この場合、「ステータ巻線電流上限値決定手段」に於いて、ロータ磁石特性記憶手段から抽出されたロータ磁石温度推定値における動作点に於ける磁場と屈曲点に於ける磁場との差分の大きさが、ロータ磁石に於いて不可逆的な減磁を起こさないステータの逆磁場の大きさ上限値(逆磁場上限値)として算出され、逆磁場上限値に対応するステータ巻線電流が、ステータ巻線電流の上限値として算出されてよい。なお、ステータの逆磁場上限値とこれに対応する許容可能な巻線電流の上限値との対応は、予め、実験的に又は理論的に決定されてよい。或いは、ロータ磁石特性記憶手段に記憶される情報としては、各ロータ磁石温度に於けるステータの逆磁場上限値であってよく、この場合、「ステータ巻線電流上限値決定手段」に於いて、ロータ磁石温度推定値におけるステータの逆磁場上限値に対応するステータ巻線電流が、ステータ巻線電流の上限値として算出されてよい。更に、ロータ磁石特性記憶手段に記憶される情報としては、各ロータ磁石温度に於けるロータ磁石に於いて不可逆的な減磁を起こさないステータ巻線電流の上限値であってもよい。
【0009】
上記の本発明に於いては、端的に述べれば、ロータ磁石の温度に依存してロータ磁石の動作点と屈曲点とに於けるそれぞれの磁場の大きさの差分が変化するという知見に基づき、ロータ磁石に於ける不可逆的な減磁を起こさずにステータからロータ磁石へ印加できる逆磁場の上限値(ステータ逆磁場上限値)を与える巻線電流の上限値を決定し、ステータ巻線電流は、かかるステータ逆磁場上限値に対応する電流の上限値を超えないように制御される。かかる構成によれば、ステータ巻線電流は、ロータ磁石温度に応じて、ロータ磁石に於ける不可逆的な減磁を起こさない限界まで増大できることとなり、モータのトルクが、ロータ磁石に於ける不可逆的な減磁が発生しない範囲で最大に発揮できることとなる。
【0010】
上記の構成に於いて、ロータ磁石温度は、ステータのコイル巻線の温度に依存し、コイル巻線の温度によって、コイルの抵抗値が変化するので、ロータ磁石温度の推定は、予め、コイルの抵抗値とロータ磁石温度との対応関係を実験的に調べ、コイルの抵抗値に対してロータ磁石温度を与えるマップを準備しておき、モータの使用時に於いては、コイルの抵抗値が検出され、マップに於いて、検出されたコイル抵抗値に対応するロータ磁石温度が選択され、ロータ磁石温度の推定値とされてよい。かかる構成によれば、ロータ磁石に温度センサを設けることなく、ロータ磁石温度の値(推定値)が得られ、ロータ磁石に於ける不可逆的な減磁を起こさないステータ巻線電流の上限値が決定できることとなる。
【0011】
ロータ磁石温度の推定のもう一つの態様に於いては、車両の走行中に将来の出力トルク又はステータ巻線電流を予測し、その予測された将来の出力トルク又はステータ巻線電流に基づいてロータ磁石温度が推定されてよい。かかる構成によれば、車両の走行中に、その将来に於けるロータ磁石温度が推定されることとなるので、ロータ磁石温度の推定のタイムラグにより、ステータ巻線電流が実際のステータ逆磁場上限値に対する巻線電流の上限値を超えてしまうことを防止できることとなる。車両の走行中に将来の出力トルク又はステータ巻線電流の予測に於いては、まず、車両の走行経路(傾斜角、曲率、その他の道路情報)、先行車の有無、走行中の車線、乗車人数などの走行状況を入力データとし、個々の走行状況のときの出力トルク又はステータ巻線電流を出力データとした教師データを用い、機械学習のアルゴリズムを従って、前記の如き入力データを与えると、その状況に於ける出力トルク又はステータ巻線電流を出力する識別演算器が準備され、車両の走行中には、その識別演算器を用いて、時々刻々の将来の走行状況に応じて出力トルク又はステータ巻線電流が予測されてよい。そして、予め準備された出力トルク又はステータ巻線電流とロータ磁石温度との対応を表わすマップを用いて、予測された出力トルク又はステータ巻線電流に対するロータ磁石温度の予測推定値が決定されてよい。
【発明の効果】
【0012】
かくして、本発明の装置によれば、ロータ磁石の磁化曲線の温度特性を考慮して、ロータ磁石温度に応じて、ステータの逆磁場がロータ磁石に不可逆的な減磁を起こさない最大まで増大することが許され、これにより、モータのトルクをより大きく発生できることとなる。特に、ロータ磁石温度が、機械学習のアルゴリズムに従って調製される識別演算器を用いて、時々刻々の将来の走行状況に応じて予測する態様の場合には、ステータ逆磁場上限値に対応する巻線電流の上限値をフィードフォワードに有利に制御できることとなる。
【0013】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1(A)は、本実施形態の適用される電動車の駆動用PMモータのロータ磁石の磁化曲線(100℃に於ける第二象限のみ)の例を示している。図に於いて、横軸、縦軸は、それぞれ、磁石内の磁場H、磁束密度Bである。図1(B)は、種々の温度に於けるロータ磁石の磁化曲線の例(第二象限のみ)を示している。
図2図2は、本実施形態の適用される電動車の駆動用PMモータの断面図(1/4部分)である。
図3図3は、本実施形態の適用される電動車の駆動用PMモータの制御装置の構成をブロック図の形式で表わした図である。
図4図4(A)は、ステータの巻線抵抗値からロータ磁石の温度を推定する態様に於けるロータ磁石温度推定部の構成をブロック図の形式で表わした図である。図4(B)は、車両の走行状況からロータ磁石の将来温度を予測する推定する態様に於けるロータ磁石温度推定部の構成をブロック図の形式で表わした図である。
【符号の説明】
【0015】
1…PMモータ,2…ステータ,2a…ステータ突極,3…コイル(巻線),4…ロータ,5…ロータ磁石(永久磁石)
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。図中、同一の符号は、同一の部位を示す。
【0017】
モータの構成
本実施形態による駆動モータ制御装置は、図2に模式的に描かれている電動車の駆動用PMモータ1のステータ巻線電流に適用される。PMモータ1に於いては、通常の態様にて、中空の筒状のステータ(コア)2の内側の周方向に沿って複数の突極2aが設けられ、突極2aにコイル3が巻装され、ステータ2の内側の空洞に、円柱状のロータ3が回転可能に装着され、突極2aの内端に対向して、ロータ3の表面にてその周方向に沿って複数の永久磁石3が埋め込まれるか、貼着されてよい。これにより、図示の如く、ロータ磁石3から二つのステータ突極2aを通ってロータ磁石3まで循環する磁気回路φが形成される。
【0018】
ロータ磁石の不可逆な減磁を惹起しないステータ巻線電流の範囲
既に触れた如く、PMモータ1のステータコイル3に電流が流れていないとき、ロータ磁石5内の磁束密度は、自身の磁極による反磁場により、図1(A)の如く、磁化曲線Cとパーミアンス直線Lpとの交点である動作点Poに於ける値となり、磁石内の磁場はH1である。そして、ロータ4を回転駆動させるべく、ステータ2のコイル3に電流を流す際、ステータ突極2aから、その磁場がロータ磁石5の磁化方向と逆向きになる逆磁場が印加されるときに、ロータ磁石5内の磁束密度が動作点Poから磁化曲線Cに沿って低下する“減磁”が生ずる。その際、ロータ磁石内の磁場Hの変化が磁化曲線Cの屈曲点X(磁束密度が急激に低下し始める点)よりも手前の範囲R内であれば、ステータによる逆磁場の大きさが小さくなったときに、ロータ磁石5内の磁束密度は、磁化曲線Cに沿って動作点Poまで復帰する。しかしながら、ロータ磁石内の磁場Hが範囲Rを負側に逸脱した点(▲)まで到達してしまうと、ステータによる逆磁場の大きさが小さくなったときには、ロータ磁石5内の磁束密度は、到達点▲から磁化曲線Cに平行に増大することとなり、動作点Poよりも低い点Pまでしか復帰せず、減磁は不可逆的となる。かかるロータ磁石5の不可逆的な減磁が生ずると、その後、発生トルクが低下してしまうので、これを回避するためには、ステータ巻線電流は、ロータ磁石5内の磁場が屈曲点Xを負側に越えないように制御される必要がある。この点に関し、図1(B)に示されている如く、ロータ磁石の磁化曲線Cは、一般にロータ磁石温度が高いほど、磁場の正側にシフトし、動作点Po及び屈曲点Xの磁場H1、H2がその大きさが小さくなる方向に変化する(|H2-H1|も小さくなる。)。そこで、従前では、ステータ巻線電流は、ロータ磁石温度が変化しても、不可逆的な減磁が生じないように、十分な余裕代をもって制限されるか、モータの温度が上昇すると制限されるのが一般的であった。しかしながら、その場合、ロータ磁石5内の磁場が屈曲点Xに達するまで余裕があってもトルクを制限してしまうことがあった。
【0019】
そこで、本実施形態の装置に於いては、予め実験的に調べておいた種々のロータ磁石温度に於ける不可逆的な減磁を生じないステータ巻線電流の上限値を決定できる情報を記憶しておき、モータの使用の際には、ロータ磁石温度を推定又は予測推定し、記憶された各ロータ磁石温度に於けるステータ巻線電流の上限値を決定できる情報を参照して、ステータ巻線電流が、推定されたロータ磁石温度に対応するステータ巻線電流上限値を超えないように制御され、これにより、モータが、不可逆的な減磁を生じない範囲で最大のトルクを発生できるようにされる。
【0020】
なお、ロータ磁石内の磁場は、ロータ磁石自身の磁極による磁場(H1)とステータによる磁場の和となるので、不可逆的な減磁を生じないステータによる逆磁場の大きさの上限値は、|H2-H1|で与えられる。また、ステータ磁場Hsは、巻線電流値Iとの間で
Hs・l=N・I …(1)
の関係が成り立つので(lは、磁路距離(空隙×2+磁石厚)、Nは、コイル巻数)、不可逆的な減磁を生じないステータ巻線電流の上限値Imaxは、
Imax=(|H2-H1|)・l/N …(2)
により与えられる。従って、制御に於いては、ステータ巻線電流が、ロータ磁石温度に基づいて決定される上限値Imaxまで増大することが許される。
【0021】
ステータ巻線電流の制御の構成
図3を参照して、本実施形態によるステータ巻線電流の制御装置に於いては、まず、車両のアクセルペダルの踏込量に応答して、要求トルク決定部にて、モータへの要求トルクが決定され、ステータ巻線電流決定部にて、要求トルクに対応する巻線電流の要求値Irが決定される。一方、後に説明されるいずれかの態様にて、ロータ磁石温度推定にてロータ磁石温度が推定されると、その推定値がロータ磁石特性記憶部へ送られる。ロータ磁石特性記憶部に於いては、予め実験的に調べられた各ロータ磁石温度に対する(不可逆減磁を起こさない)ステータ巻線電流の上限値を決定する情報、例えば、動作点と屈曲点の磁場、その差分の大きさであるステータにて発生可能な逆磁場の上限値、或いは、それに対応する巻線電流、が記憶されており、そこに於いて、ロータ磁石温度の推定値に対応する情報が抽出され、そこで抽出された値を用いて、ステータ巻線電流上限値決定部にて、(例えば、上記式(2)に従って、)ステータ巻線電流の上限値Imaxが決定される。そして、ステータ巻線電流制限部に於いて、実際に、ステータ巻線に指令するが
Ia=min(Imax、Ir) …(3)
により決定され、ステータ巻線電流の最大値がIaとなるように通常の態様にてモータを駆動するインバータの制御が実行される。かかる構成によれば、ステータ巻線電流は、ロータ磁石に於いて不可逆的な減磁が起きない範囲で最大まで増大することが許されるので、トルクをより大きく発出できることとなる。
【0022】
ロータ磁石温度の推定
(1)ステータのコイル抵抗値を用いたロータ磁石温度の推定
ロータ磁石温度は、コイルからのステータ-ロータ間エアギャップの表面積、ケイ素鋼板、空気、ATFオイルの熱伝導率などによって決定される。一方、コイルの電気抵抗値は、コイル温度に対応して変化する。即ち、ロータ磁石温度は、コイルの電気抵抗値の関数である。そこで、本実施形態の一つの態様に於いて、ロータ磁石温度とコイル電気抵抗値との関係を予め実験的に調べておき、モータの使用中に於いては、図4(A)に示されている如く、コイルの電気抵抗値を検出し(コイルの印加電圧と電流とから決定される。)、検出された電気抵抗値に対応するロータ磁石温度が推定値として選択されてよい。この場合には、リアルタイムに、ロータ磁石温度に応じて、ステータ巻線電流がロータ磁石に於いて不可逆的な減磁が起きない範囲で制御されることとなる。
【0023】
(2)将来の走行状況を用いたロータ磁石温度の推定
本実施形態のもう一つの態様に於いて、ロータ磁石温度は、機械学習のアルゴリズムを用いて、車両の将来の走行状況に基づいて将来に発生されるトルクを予測した後、その予測されたトルクに基づいて予測推定されてよい。具体的には、まず、走行路の傾斜角、曲率等の地図情報、車両前方の先行車等を認識するセンサの検出情報、車両の走行車線の情報(追い越し車線が否か)、車両の乗員数などの走行状況を入力データとし、かかる走行状況の、任意に設定されてよい所定時間後にモータで発生させるトルクを出力データとした識別演算器が調製される。かかる識別演算器は、任意の機械学習のアルゴリズム(例えば、ニューラルネットワーク、サポートベクタマシンなど)を利用して調製可能である。そして、モータで発生させるトルクが与えられると、ステータ巻線に流れることになる電流が決まり、これにより発生するジュール熱が決定され、それがステータの温度に反映されるので、結局、ロータ磁石温度は、モータで発生させるトルクの関数である。かくして、モータの使用中に於いては、図4(B)に示されている如く、車両の走行状況から識別演算器を用いてモータで将来発生されると予想されるトルクが算出され、その予想されたトルクからステータ巻線電流が予測され、その予測値からロータ磁石温度が予測推定されてよい。かかる構成によれば、車両の現在以降の予測される走行状況、例えば、これからアクセルペダルが踏まれてトルクが増大するなどの状況が予測されるときに、現在以降のロータ磁石温度を予測推定し、推定されたロータ磁石温度に対応して、フィードフォワードにステータ巻線電流の上限値が決定され、ステータ巻線電流がロータ磁石に於いて不可逆的な減磁が起きない範囲で制御されることとなる。即ち、ロータ磁石温度を迅速に推定できることとなるので、ロータの状況に対して遅滞なく、ステータ巻線電流の上限値の増減ができ、不可逆的な減磁が起きない範囲でトルクをより大きく発出できることとなる。
【0024】
以上の説明は、本発明の実施の形態に関連してなされているが、当業者にとつて多くの修正及び変更が容易に可能であり、本発明は、上記に例示された実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の概念から逸脱することなく種々の装置に適用されることは明らかであろう。
図1
図2
図3
図4