(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025011114
(43)【公開日】2025-01-23
(54)【発明の名称】ホットスタンプ部材
(51)【国際特許分類】
C23C 30/00 20060101AFI20250116BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20250116BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20250116BHJP
C23C 2/12 20060101ALI20250116BHJP
C23C 2/26 20060101ALI20250116BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20250116BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20250116BHJP
C21D 1/18 20060101ALN20250116BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20250116BHJP
C22C 21/02 20060101ALN20250116BHJP
C22C 13/00 20060101ALN20250116BHJP
C22C 18/00 20060101ALN20250116BHJP
C22C 19/03 20060101ALN20250116BHJP
C22C 30/04 20060101ALN20250116BHJP
C22C 30/06 20060101ALN20250116BHJP
【FI】
C23C30/00 A
C22C38/00 301T
C22C38/60
C23C2/12
C23C2/26
C23C28/00 A
C21D9/46 J
C21D1/18 C
C21D9/00 A
C22C21/02
C22C13/00
C22C18/00
C22C19/03 Z
C22C30/04
C22C30/06
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024164135
(22)【出願日】2024-09-20
(62)【分割の表示】P 2023512990の分割
【原出願日】2022-03-30
(31)【優先権主張番号】P 2021064884
(32)【優先日】2021-04-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】小林 亜暢
(72)【発明者】
【氏名】崎山 裕嗣
(72)【発明者】
【氏名】原野 貴幸
(57)【要約】
【課題】ホットスタンプ後の鋼板中への水素侵入抑制に優れたホットスタンプ部材を提供する。
【解決手段】 実施形態に係るホットスタンプ部材は、母鋼材と、前記母鋼材上に設けられためっき層と、を備えるホットスタンプ部材であって、前記めっき層が、
表層リッチ領域と、Alリッチ領域と、Feリッチ領域と、を前記めっき層の表面からこの順で有し、前記めっき層の前記表面から厚さ方向の各領域において、Sn含有量、Ni含有量、Zn含有量およびFe含有量が所定の条件を満足する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母鋼材と、前記母鋼材上に設けられためっき層と、を備えるホットスタンプ部材であって、前記めっき層が、
Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計が50質量%以上、Sn含有量が7質量%以上、Ni含有量が72質量%未満かつ、Zn含有量が40質量%未満である表層リッチ領域と、
Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計が50質量%未満、Al含有量が10質量%以上、かつ、Fe含有量が50質量%以下であるAlリッチ領域と、
Al含有量が10質量%以上、かつ、Fe含有量が50質量%超であるFeリッチ領域と、
を前記めっき層の表面からこの順で有し、
前記めっき層の前記表面~前記めっき層の前記表面から厚さ方向に100nm位置までの領域において、
Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が50質量%以上であり、
Fe含有量が10質量%以下であり、
前記めっき層の前記表面から前記厚さ方向に100nm位置~前記めっき層の前記表面から厚さ方向に500nm位置までの領域において、
Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が5質量%以上であり、
Fe含有量が40質量%以下であり、
前記めっき層の前記表面から前記厚さ方向に500nm位置~前記めっき層の前記表面から厚さ方向に1000nm位置までの領域において、
Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が1質量%以上であり、
Fe含有量が50質量%以下である、
ことを特徴とするホットスタンプ部材。
【請求項2】
前記表層リッチ領域のNi含有量が50質量%未満である
ことを特徴とする請求項1に記載のホットスタンプ部材。
【請求項3】
前記めっき層の前記表面~前記めっき層の前記表面から前記厚さ方向に20nm位置までの領域において、
Sn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の少なくとも1種が存在し、かつ、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計が30質量%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のホットスタンプ部材。
【請求項4】
前記母鋼材の化学組成が、質量%で、
C :0.25~0.70%、
Si:0.005~1.000% 、
Mn:0.30~3.00%、
P :0.100%以下、
S :0.1000%以下、
N :0.0100%以下、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Cr:0~1.000%、
Mo:0~1.000%、
Nb:0~0.200%、
V :0~1.00%、
Ti:0~0.150%、
B :0~0.0100%、
Co:0~1.00%、
W :0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Sb:0~1.00%、
Zr:0~1.00%、
Mg:0~0.150%、
Al:0~1.0000%、
Ca:0~0.010%、
REM:0%~0.300%、および
残部:Fe及び不純物である、
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載のホットスタンプ部材。
【請求項5】
前記母鋼材の前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.01~1.00%、
Ni:0.01~1.00%、
Cr:0.001~1.000%下、
Mo:0.001~1.000%、
Nb:0.001~0.200%、
V :0.01~1.00%、
Ti:0.001~0.150%、
B :0.0010~0.0100%、
Co:0.01~1.00%、
W :0.01~1.00%、
Sn:0.01~1.00%、
Sb:0.01~1.00%、
Zr:0.01~1.00%、
Mg:0.001~0.150%、
Al:0.0010~1.0000%、
Ca:0.001~0.010%、および
REM:0.001~0.300%
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする請求項4に記載のホットスタンプ部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ用鋼板およびホットスタンプ部材に関する。本願は、2021年4月6日に、日本に出願された特願2021-064884号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護及び省資源化の観点から自動車車体の軽量化が求められており、自動車用部材への高強度鋼板の適用が加速している。自動車用部材はプレス成形によって製造されるが、鋼板の高強度化に伴い成形荷重が増加するだけでなく、成形性が低下するため、高強度鋼板においては、複雑な形状の部材への成形性が課題となる。このような課題を解決するため、鋼板が軟質化するオーステナイト域の高温まで加熱した後にプレス成形を実施するホットスタンプ技術の適用が進められている。ホットスタンプは、プレス加工と同時に、金型内において焼入れ処理を実施することで、自動車用部材への成形性と自動車用部材の強度確保とを両立する技術として注目されている。
【0003】
めっきなどを施していない裸材の鋼板に対してホットスタンプを行う場合、加熱時のスケールの形成及び表層脱炭を抑制するために、非酸化雰囲気でホットスタンプを行う必要がある。しかし、非酸化雰囲気でホットスタンプを行っても、加熱炉からプレス機までは、大気雰囲気であるので、ホットスタンプ後の鋼板の表面にはスケールが形成される。この鋼板の表面のスケールは、密着性が悪く、簡単に剥離してしまうため、他工程への悪影響が懸念される。そのため、ショットブラストなどを用いて除去する必要がある。ショットブラストは、鋼板の形状への影響があるという問題がある。また、スケール除去工程によって、ホットスタンプ工程の生産性が低下するという問題がある。
【0004】
鋼板表面のスケールの密着性を改善するための方法として、鋼板の表面にめっき層を形成する方法がある。めっき層を形成することで、ホットスタンプを行っても鋼板の表面に密着性のよいスケールが形成するため、スケール除去の工程が不要となる。そのため、めっき層を形成することで、ホットスタンプ工程の生産性が改善される。
【0005】
鋼板表面にめっきを形成する方法としては、Znめっき又はAlめっきを形成する方法が考えられるが、Znめっきを用いた場合、液体金属脆性(Liquid Metal Embrittlement、以下、LMEと称する)の問題がある。LMEとは、固体金属表面に液体金属が接触した状態で引張応力を付与すると、本来延性を示す固体金属が脆化する現象をいう。Znは融点が低く、ホットスタンプ時に、溶けたZnがFeの旧オーステナイト粒界に沿って入り込み、鋼板にマイクロクラックが生じてしまう。
【0006】
Alめっきを鋼板に施す場合、上記のLMEの問題は発生しないが、ホットスタンプ時にAlめっきの表面において、Alと水との反応が起こり、水素が発生する。そのため、鋼板への侵入水素量が多いという問題がある。この鋼板への水素の侵入量が多いと、ホットスタンプ後に応力を負荷すると鋼板が割れてしまう(水素脆化)。
【0007】
特許文献1には、鋼板の表面領域においてニッケルを富化することで、高温における鋼材への侵入水素を抑制する技術が開示されている。
【0008】
特許文献2には、鋼板をニッケル及びクロムを含み、重量比Ni/Crが1.5~9の間であるバリアプレコートで被覆することで、鋼材への侵入水素を抑制する技術が開示されている。
【0009】
しかし、特許文献1の方法では、Alめっきを施した場合に発生する水素の侵入を十分に抑制することはできない場合があった。また、特許文献2の方法では、露点制御をおこなわない環境(例えば30℃のような高露点環境下)では、鋼板への水素の侵入を十分に抑制できない場合があった。また、Alめっき鋼板はホットスタンプ後に、鋼板が腐食する環境で使用すると、多くの水素が鋼板内に蓄積される場合があり遅れ破壊の原因になると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】日本国特表2017-525849号公報
【特許文献2】日本国特表2019-518136号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされた発明であり、Alめっきが施された鋼板をホットスタンプする場合においても、高露点環境下でも水素の侵入を抑制することができ、かつ、ホットスタンプ後の鋼板中への水素侵入抑制に優れたホットスタンプ部材に加え、当該ホットスタンプ部材を製造可能なホットスタンプ用鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らが鋭意検討した結果、Al-Si合金めっき層を備えるホットスタンプ用鋼板が、所望の化学組成と厚さを有する表層めっき層を備えることで、露点を制御しない環境下においてホットスタンプを行っても、ホットスタンプ用鋼板への水素の侵入量を十分に抑制でき、かつ、ホットスタンプ後の鋼板中への水素侵入量を抑制しやすくなることを知見した。
【0013】
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を進めてなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係るホットスタンプ用鋼板は、母鋼板と、Al含有量が75質量%以上、Si含有量が3質量%以上、かつ、前記Al含有量と前記Si含有量との合計が95質量%以上であるAl-Si合金めっき層と、
厚さが0~20nmである酸化Al被膜と、
Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計が90質量%超、Sn含有量が10質量%以上、Ni含有量が90質量%未満、かつ、Zn含有量が50質量%未満である表層めっき層と、
をこの順で備え、
前記Al-Si合金めっき層の厚さが5~50μmであり、
前記表層めっき層の厚さが300nm超、2500nm以下である
ことを特徴とするホットスタンプ用鋼板。
【0014】
(2) 上記(1)に記載のホットスタンプ用鋼板は、前記表層めっき層が前記Al-Si合金めっき層の上層として、前記Al-Si合金めっき層に直接接して設けられてもよい。
【0015】
(3) 上記(1)に記載のホットスタンプ用鋼板は、前記酸化Al被膜の厚さが2~20nmであってもよい。
【0016】
(4) 上記(1)~(3)のいずれか1つに記載のホットスタンプ用鋼板は、
前記母鋼板の化学組成が、質量%で、
C :0.25~0.70%、
Si:0.005~1.000% 、
Mn:0.30~3.00%、
P :0.100%以下、
S :0.1000%以下、
N :0.0100%以下、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Cr:0~1.000%、
Mo:0~1.000%、
Nb:0~0.200%、
V :0~1.000%、
Ti:0~0.150%、
B :0~0.0100%、
Co:0~1.00%、
W :0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Sb:0~1.00%、
Zr:0~1.00%、
Mg:0~0.150%、
Al:0~1.0000%、
Ca:0~0.010%、
REM:0%~0.300%、および
残部:Fe及び不純物であってもよい。
【0017】
(5) 上記(4)に記載のホットスタンプ用鋼板は、
前記母鋼板の前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.01~1.00%、
Ni:0.01~1.00%、
Cr:0.001~1.000%下、
Mo:0.001~1.000%、
Nb:0.001~0.200%、
V :0.01~1.00%、
Ti:0.001~0.150%、
B :0.001~0.0100%、
Co:0.01~1.00%、
W :0.01~1.00%、
Sn:0.01~1.00%、
Sb:0.01~1.00%、
Zr:0.01~1.00%、
Mg:0.001~0.150%、
Al:0.0010~1.0000%、
Ca:0.001~0.010%、および
REM:0.001~0.300%
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0018】
(6) 本発明の一態様に係るホットスタンプ部材は、
母鋼材と、前記母鋼材上に設けられためっき層と、を備えるホットスタンプ部材であって、前記めっき層が、
Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計が50質量%以上、Sn含有量が7質量%以上、Ni含有量が72質量%未満、かつ、Zn含有量が40質量%未満である表層リッチ領域と、
Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計が50質量%未満、Al含有量が10質量%以上、かつ、Fe含有量が50質量%以下であるAlリッチ領域と、
Al含有量が10質量%以上、かつ、Fe含有量が50質量%超であるFeリッチ領域と、
を前記めっき層の表面からこの順で有し、
前記めっき層の前記表面~前記めっき層の前記表面から厚さ方向に100nm位置までの領域において、
Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が50質量%以上であり、
Fe含有量が10質量%以下であり、
前記めっき層の前記表面から前記厚さ方向に100nm位置~前記めっき層の前記表面から厚さ方向に500nm位置までの領域において、
Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が5質量%以上であり、
Fe含有量が40質量%以下であり、
前記めっき層の前記表面から前記厚さ方向に500nm位置~前記めっき層の前記表面から厚さ方向に1000nm位置までの領域において、
Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が1質量%以上であり、
Fe含有量が50質量%以下である。
【0019】
(7) 上記(6)に記載のホットスタンプ部材は、前記表層リッチ領域のNi含有量が50質量%未満であってもよい。
【0020】
(8) 上記(6)または(7)に記載のホットスタンプ部材は、
前記めっき層の前記表面~前記めっき層の前記表面から前記厚さ方向に20nm位置までの領域において、
Sn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の少なくとも1種が存在し、かつ、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計が30質量%以上であってもよい。
【0021】
(9) 上記(6)~(8)のいずれか1つに記載のホットスタンプ部材は、
前記母鋼材の化学組成が、質量%で、
C :0.25~0.70%、
Si:0.005~1.000% 、
Mn:0.30~3.00%、
P :0.100%以下、
S :0.1000%以下、
N :0.0100%以下、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Cr:0~1.000%、
Mo:0~1.000%、
Nb:0~0.200%、
V :0~1.00%、
Ti:0~0.150%、
B :0~0.0100%、
Co:0~1.00%、
W :0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Sb:0~1.00%、
Zr:0~1.00%、
Mg:0~0.150%、
Al:0~1.0000%、
Ca:0~0.010%、
REM:0%~0.300%、および
残部:Fe及び不純物であってもよい。
【0022】
(10) 上記(9)に記載のホットスタンプ部材は、
前記母鋼材の前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.01~1.00%、
Ni:0.01~1.00%、
Cr:0.001~1.000%下、
Mo:0.001~1.000%、
Nb:0.001~0.200%、
V :0.01~1.00%、
Ti:0.001~0.150%、
B :0.0010~0.0100%、
Co:0.01~1.00%、
W :0.01~1.00%、
Sn:0.01~1.00%、
Sb:0.01~1.00%、
Zr:0.01~1.00%、
Mg:0.001~0.150%、
Al:0.0010~1.0000%、
Ca:0.001~0.010%、および
REM:0.001~0.300%
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る上記態様によれば、Alめっきを施された鋼板をホットスタンプする場合においても、高露点環境下でも水素の侵入を抑制することができ、かつ、ホットスタンプ後の鋼板中への水素侵入抑制に優れたホットスタンプ部材に加え、当該ホットスタンプ部材を製造可能なホットスタンプ用鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の断面模式図である。
【
図2】本発明の別の実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の断面模式図である。
【
図3】ホットスタンプ部材のグロー放電発光分析の測定結果の一例である。
【
図4】ホットスタンプ部材のグロー放電発光分析の測定結果の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
<ホットスタンプ用鋼板>
本発明者らが鋭意検討した結果、露点を制御しない環境においては、Alめっきを形成した鋼板をホットスタンプすると、Alめっき表面のAlと大気中の水とが反応することで、多量の水素が発生し、かつ、鋼板に水素が多く侵入する場合があることが分かった。
【0026】
本発明者らが、さらに鋭意検討したところ、下記の知見を得た。
(A)表層めっき層として、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計が90質量%超であり、Sn含有量が10質量%以上であり、Ni含有量が90質量%未満であり、かつ、Zn含有量が50質量%未満であるめっきを用いると高露点下でのホットスタンプにおける鋼板への水素の侵入を抑制できる。
(B)表層めっき層の厚さが300nm超、2500nm以下であると、大気中の水との反応が十分に抑制され、また、鋼板に侵入する水素の量を低減できる。
【0027】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板では、上述の知見に基づいて、ホットスタンプ用鋼板の構成を決定した。本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、各めっき構成の相乗効果により、本発明の目的とする効果が得られる。ホットスタンプ用鋼板10は、
図1のように、母鋼板1、Al-Si合金めっき層2、及び表層めっき層4をこの順で備える。酸化Al被膜を備える場合は、
図2のようにホットスタンプ鋼板10Aは、母鋼板1、Al-Si合金めっき層2、酸化Al被膜3、及び表層めっき層4をこの順に備える。以下、各構成について説明する。なお、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。「未満」、「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。化学組成についての%は全て質量%を示す。
【0028】
(母鋼板)
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10の鋼板(母鋼板)1は、公知のホットスタンプ用鋼板の化学組成であればよい。例えば、化学組成が、質量%で、C:0.25%~0.70%、Si:0.005%~1.000%、Mn:0.30%~3.00%、P:0.100%以下、S:0.1000%以下、N:0.0100%以下、Cu:0%~1.00%、Ni:0%~1.00%、Cr:0%~1.000%、Mo:0%~1.000%、Nb:0%~0.200%、V:0%~1.00%、Ti:0%~0.150%、B:0%~0.0100%、Co:0%~1.00%、W:0%~1.00%、Sn:0%~1.00%、Sb:0%~1.00%、Zr:0%~1.00%、Mg:0%~0.150%、Al:0%~1.0000%、Ca:0%~0.010%及びREM:0%~0.300%および、残部がFe及び不純物である。
【0029】
「C:0.25%~0.70%」
Cは、焼入れ性を確保するために重要な元素である。C含有量が0.25%未満では、十分な焼入れ性が得ることができないため、1600MPa以上の引張強さを確保することが困難となる。そのため、C含有量は0.25%以上とすることが好ましい。C含有量は、好ましくは0.28%以上である。本実施形態のホットスタンプ部材の引張強さを1600MPa以上に限定する必要はなく、C含有量を0.25%未満としてもよい。この場合、C含有量の下限を、0.20%、0.22%又は0.24%としてもよい。一方、C含有量が0.70%超では、ホットスタンプ部材の強度が高くなりすぎて、限界水素量の低下が著しくなる。そのため、C含有量は0.70%以下とすることが好ましい。C含有量は、好ましくは0.55%以下、0.50%以下、0.45%以下又は0.40%以下、0.36%以下又は0.32%以下である。
【0030】
「Si:0.005%~1.000%」
Siは、焼入れ性を確保するために含有させる元素である。Si含有量が0.005%未満では、1600MPa以上の引張強さを確保し難くなる。そのため、Si含有量は0.005%以上とすることが好ましい。より好ましいSi含有量は、0.100%以上又は0.150%以上である。1.000%超のSiを含有させても上記効果が飽和するため、Si含有量は1.000%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.500%以下である。本実施形態のホットスタンプ部材の引張強さを1600MPa以上に限定する必要はなく、Si含有量を0.005%未満としてもよい。この場合、Si含有量の下限を、0.002%又は0.004%としてもよい。
【0031】
「Mn:0.30%~3.00%」
Mnは、固溶強化によりホットスタンプ部材の強度の向上に寄与する元素である。Mn含有量が0.30%未満では、固溶強化能が乏しくマルテンサイトが軟らかくなり、引張強さが低下する。そのため、1600MPa以上の引張強さとするためには、Mn含有量は0.30%以上とすることが好ましい。本実施形態のホットスタンプ部材の引張強さを1600MPa以上に限定する必要はなく、Mn有量を0.30%未満としてもよい。この場合、Mn有量の下限を、0.20%、0.24%又は0.27%としてもよい。Mn含有量は、より好ましくは0.40%以上、0.50%以上、0.60%以上又は0.80%以上である。一方、Mn含有量を3.00%超とすると、鋼中に粗大な介在物が生成して破壊が生じやすくなることに加え、ホットスタンプ部材の耐水素脆化特性が低下するので、Mn含有量は、3.00%以下とする。Mn含有量は、好ましくは2.50%以下又は2.00%以下である。さらに好ましいMn含有量は、1.80%以下、1.60%以下、1.40%以下、1.20%以下又は1.00%以下である。
【0032】
「P:0.100%以下」
Pは、粒界に偏析し、粒界の強度を低下させる不純物元素である。P含有量が0.100%を超えると、粒界の強度が著しく低下して、ホットスタンプ部材の耐水素脆化特性が低下する。そのため、P含有量は0.100%以下とすることが好ましい。P含有量は、より好ましくは0.050%以下、0.030%以下又は0.015%以下である。更により好ましいP含有量は、0.010%以下又は0.005%以下である。P含有量の下限は特に限定しない。このため、P含有量の下限は0%である。P含有量を0.0005%未満に低減しようとすると、脱Pコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、0.0005%又は0.001%を下限としてもよい。
【0033】
「S:0.1000%以下」
Sは、鋼中に介在物を形成する不純物元素である。S含有量が0.1000%を超えると、鋼中に多量の介在物が生成し、ホットスタンプ部材の耐水素脆化特性が低下する。そのため、S含有量は0.1000%以下とすることが好ましい。S含有量は、より好ましくは0.0300%以下、0.0100%以下、0.0070%以下又は0.0050%以下である。S含有量の下限は特に限定しない。このため、S含有量の下限は0%である。S含有量を0.00015%未満などに低減しようとすると、脱Sコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、0.00015%又は0.0005%を下限としてもよい。S含有量は0.0010%以上又は0.0050%以上であってもよい。
【0034】
「N:0.0100%以下」
Nは、不純物元素であり、鋼中に窒化物を形成してホットスタンプ部材の靱性および耐水素脆化特性を劣化させる元素である。N含有量が0.0100%を超えると、鋼中に粗大な窒化物が生成して、ホットスタンプ部材の耐水素脆化特性が著しく低下する。そのため、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0050%以下である。N含有量の下限は特に限定しない。このため、N含有量の下限は0%である。N含有量を0.0015%未満などに低減しようとすると、脱Nコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、0.0015%又は0.0020%を下限としてもよい。
【0035】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する母鋼板は、Feの一部に代えて、任意元素として、Cu:0.01~1.00%、Ni:0.01~1.00%、Cr:0.001~1.000%下、Mo:0.001~1.000%、Nb:0.001~0.200%、V:0.01~1.00%、Ti:0.001~0.150%、B:0.001~0.0100%、Co:0.01~1.00%、W:0.01~1.00%、Sn:0.01~1.00%、Sb:0.01~1.00%、Zr:0.01~1.00%、Mg:0.001~0.150%、Al:0.0010~1.0000%、 Ca:0.001~0.010%、およびREM:0.001~0.300%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。以下の任意元素を含有しない場合の含有量は0%である。
【0036】
「Cu:0%~1.00%」
Cuは、ホットスタンプ時にホットスタンプ部材のめっき層まで拡散して、ホットスタンプ部材の製造における、加熱時に侵入する水素を低減する作用を有するので、必要に応じて含有させてもよい。また、Cuは鋼の焼入れ性を高め、焼入れ後の被覆鋼部材の強度を安定して確保するために有効な元素である。Cuを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Cu含有量は0.01%以上とすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.10%以上である。Cu含有量は、さらに好ましくは0.15%以上である。一方、1.00%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Cu含有量は1.00%以下とすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.350%以下である。
【0037】
「Ni:0%~1.00%」
Niは、母鋼板製造時のCuによる熱間脆性を抑制し、安定した生産を確保するために、重要な元素であるので、Niを含有させてもよい。Ni含有量が0.01%未満では、上記の効果を十分に得られない場合がある。したがって、Ni含有量は0.01%以上とすることが好ましい。Ni含有量は0.05%以上が好ましい。さらに好ましくはNi含有量は0.10%以上である。
一方、Ni含有量が1.00%を超えると、被覆鋼部材の限界水素量が低下する。したがって、Ni含有量は1.00%以下とすることが好ましい。Ni含有量は0.50%以下又は0.25%以下が好ましい。より好ましくは、Ni含有量は、0.20%以下である。
【0038】
「Cr:0%~1.000%」
Crは、固溶強化によりホットスタンプ部材の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Crを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Cr含有量は0.001%以上とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.050%以上である。Cr含有量は、さらに好ましくは0.100%以上である。一方、1.000%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Cr含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.800%以下、0.500%以下又は0.250%以下である。
【0039】
「Mo:0%~1.000%」
Moは、固溶強化によりホットスタンプ部材の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Moを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Mo含有量は0.001%以上とすることが好ましい。Mo含有量は、0.005%以上とすることがより好ましい。Mo含有量は、さらに好ましくは0.010%以上である。特に好ましくは、Mo含有量は0.100%以上である。一方、1.000%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Mo含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.800%以下、0.500%以下又は0.250%以下である。
【0040】
「Nb:0%~0.200%」
Nbは、固溶強化によりホットスタンプ部材の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Nbを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Nb含有量は0.001%以上とすることが好ましい。Nb含有量は0.010%以上とすることがより好ましい。Nb含有量は、さらに好ましくは0.030%以上である。一方、0.200%を超えてNbを含有させても上記効果は飽和するので、Nb含有量は0.200%以下とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.100%以下である。
【0041】
「V:0~1.00%」
Vは、微細な炭化物を形成し、その細粒化効果や水素トラップ効果によりホットスタンプ部材の限界水素量を向上させる元素である。そのため、Vを含有させてもよい。上記の効果を得るためには、Vを0.01%以上含有させることが好ましく、0.10%以上含有させることがより好ましい。
しかしながら、V含有量が1.00%を超えると、上記の効果が飽和して経済性が低下する。したがって、含有させる場合のV含有量は1.00%以下とすることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.700%以下、0.400%以下又は0.250%以下である。
【0042】
「Ti:0%~0.150%」
Tiは、固溶強化によりホットスタンプ部材の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Tiを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Ti含有量は0.001%以上とすることが好ましい。Ti含有量は0.010%以上とすることがより好ましい。Ti含有量は、好ましくは0.020%以上である。一方、0.150%を超えて含有させても上記効果は飽和するので、Ti含有量は0.150%以下とすることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.100%以下、0.060%以下又は0.040%以下である。
【0043】
「B:0%~0.0100%」
Bは、粒界に偏析して粒界の強度を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Bを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、B含有量は0.0005%以上とすることが好ましい。B含有量は0.0005%以上とすることがより好ましい。B含有量は、さらに好ましくは0.0010%以上である。一方、0.0100%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、B含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0075%以下、0.0040%以下又は0.0025%以下である。
【0044】
「Co:0%~1.00%」
Coは、マルテンサイト開始温度(Ms点)を上昇させる作用を有する元素であり、ホットスタンプ部材の靭性を向上させるので、必要に応じて含有させてもよい。Coを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるためには、Co含有量は0.01%以上とすることが好ましい。より好ましいCo含有量は0.08%以上である。一方、Co含有量が1.00%超を超えると鋼の焼き入れ性が低下する。そのため、Co含有量は1.00%以下とすることが好ましい。Co含有量は、より好ましくは0.90%以下、0.50%以下又は0.10%以下である。
【0045】
「W:0%~1.00%」
Wは鋼の焼入れ性を高め、焼入れ後のホットスタンプ部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。そのため、含有させてもよい。また、Wは、腐食環境において耐食性を向上させる元素である。上記の効果を得るためには、Wを0.01%以上含有させることが好ましい。
しかしながら、W含有量が1.00%を超えると、上記の効果が飽和して経済性が低下する。したがって、含有させる場合のW含有量は1.00%以下とすることが好ましい。W含有量は、より好ましくは0.75%以下、0.40%以下又は0.10%以下である。
【0046】
「Sn:0%~1.00%」
Snは腐食環境において耐食性を向上させる元素である。そのため、Snを含有させてもよい。上記の効果を得るためには、Snを0.01%以上含有させることが好ましい。
しかしながら、Sn含有量が1.00%を超えると粒界強度が低下し、焼入れ後の被覆鋼部材の限界水素量が低下する。したがって、含有させる場合のSn含有量は1.00%以下とすることが好ましい。Sn有量は、より好ましくは0.60%以下、0.10%以下又は0.05%以下である。
【0047】
「Sb:0%~1.00%」
Sbは腐食環境において耐食性を向上させる元素である。そのため、Sbを含有させてもよい。上記の効果を得るためには、Sb含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
しかしながら、Sb含有量が1.00%を超えると粒界強度が低下し、焼入れ後のホットスタンプ部材の限界水素量が低下する。したがって、含有させる場合のSb含有量は1.00%以下とすることが好ましい。Sb有量は、より好ましくは0.60%以下、0.10%以下又は0.05%以下である。
【0048】
「Zr:0%~1.00%」
Zrは腐食環境において耐食性を向上させる元素である。そのため、含有させてもよい。上記の効果を得るためには、Zr含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
しかしながら、Zr含有量が1.00%を超えると粒界強度が低下し、焼入れ後のホットスタンプ部材の限界水素量が低下する。したがって、含有させる場合のZr含有量は1.00%以下とすることが好ましい。Zr有量は、より好ましくは0.60%以下、0.20%以下又は0.05%以下である。
【0049】
「Mg:0%~0.150%」
Mgは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素であり、ホットスタンプ部材の靭性を向上させる。そのため、必要に応じてMgを含有させてもよい。上記効果を確実に得るためには、Mg含有量は0.001%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.008%以上である。一方、Mg含有量が0.150%超の場合、上記効果は飽和してコストの上昇を引き起こす。そのため、Mg含有量は0.150%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.100%以下、0.050%以下又は0.010%以下である。
【0050】
「Al:0%~1.0000%」
Alは、鋼の脱酸剤として一般的に用いられる元素である。そのため、Alを含有させてもよい。上記の効果を得るためには、Alを0.0010%以上含有させることが好ましい。Al含有量は、0.0100%以上であることがより好ましい。
しかしながら、Al含有量が1.0000%を超えると、上記の効果が飽和して経済性が低下する。したがって、含有させる場合のAl含有量は1.0000%以下とする。好ましいAl含有量は、0.5000%以下、0.1000%以下、0.0500%以下又は0.0300%以下である。
【0051】
「Ca:0%~0.010%」
Caは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素である。この作用を確実に発揮させるためには、Ca含有量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、0.010%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Ca含有量は0.010%以下とすることが好ましい。Ca含有量は0.007%以下、0.005%以下又は0.003%以下とすることがより好ましい。
【0052】
「REM:0%~0.300%」
REMは、Caと同様に鋼中の介在物を微細化し、焼入れ後の被覆鋼部材の限界水素量を向上させる効果を有する元素である。この作用を確実に発揮させるためには、REM含有量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、0.300%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、REM含有量は0.300%以下とすることが好ましい。REM含有量は0.100%以下、0.050%以、0.010%以下又は0.005%以下とすることがより好ましい。
なお、本実施形態においてREMとは、Sc、Y及びランタノイドからなる合計17元素を指し、REMの含有量とはこれらの元素の含有量の合計を指す。
【0053】
「残部:Fe及び不純物」
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する母鋼板1の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップから及び/又は製鋼過程で不可避的に混入し、あるいは、意図的に添加されたものであって本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10をホットスタンプした後の、ホットスタンプ部材の特性を阻害しない範囲で許容される。
【0054】
上述した母鋼板1の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。表面のめっき層は機械研削により除去してから化学組成の分析を行えばよい。
【0055】
「金属組織」
次に、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する母鋼板1の金属組織について説明する。ホットスタンプ用鋼板10の母鋼板1の金属組織は限定されないが、断面の面積率において、フェライト:20~80%、パーライト:20~80%、残部がベイナイト、マルテンサイトまたは残留オーステナイトの1種以上であってもよい。残部の面積率は5%未満であってもよい。
【0056】
(フェライト及びパーライトの面積率の測定方法)
フェライトおよびパーライトの面積率の測定は、以下の方法で行う。板幅方向中央位置における、圧延方向に平行な断面を鏡面に仕上げ、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて8分間研磨し、サンプルの表層に導入されたひずみを除去する。サンプル断面の長手方向の任意の位置において、表面から板厚の1/4深さを分析できるように、長さ50μm、表面から板厚の1/8深さ~表面から板厚の3/8深さの領域を、0.1μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により測定して結晶方位情報を得る。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSP検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、加速電圧は15kV、照射電流レベルは13、電子線の照射レベルは62とする。さらに、同一視野において反射電子像を撮影する。
まず、反射電子像からフェライトとセメンタイトが層状に析出した結晶粒を特定し、当該結晶粒の面積率を算出することで、パーライトの面積率を得る。その後、パーライトと判別された結晶粒を除く結晶粒に対し、得られた結晶方位情報をEBSP解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Grain Average Misorientation」機能を用いて、Grain Average Misorientation値が1.0°以下の領域をフェライトと判定する。フェライトと判定された領域の面積率を求めることで、フェライトの面積率を得る。
【0057】
(ベイナイト、マルテンサイト及び残留オーステナイトの面積率の測定方法)
本実施形態におけるベイナイト、マルテンサイト及び残留オーステナイトの面積率の合計は、100%から、フェライト、パーライトの面積率から差し引いた値とする。
【0058】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10の母鋼板1の板厚は特に限定しないが、車体軽量化の観点から、0.5~3.5mmとすることが好ましい。母鋼板1の板厚は0.8mm以上、1.0mm以上又は1.2mm以上であることが好ましい。母鋼板1の板厚は3.2mm以下、2.8mm以下又は2.4mm以下であることが好ましい。
【0059】
(Al-Si合金めっき層)
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10のAl-Si合金めっき層2は、母鋼板1の上層として設けられている。Al-Si合金めっき層2は、Al及びSiを主成分とするめっきである。ここで、Al及びSiを主成分とするとは、少なくともSiを3質量%以上含有し、かつ、Alの含有量とSiの含有量との合計が95質量%以上であることをいう。つまり、Al-Si合金めっき層2は、Al含有量が75質量%以上、Si含有量が3質量%以上、かつ、前記Al含有量と前記Si含有量との合計が95質量%以上である。Al-Si合金めっき層2中のAl含有量は75~97質量%以下であり、Al-Si合金めっき層2中のAl含有量がこの範囲であれば、ホットスタンプ時に母鋼板の表面に密着性の良いスケールが形成される。Al-Si合金めっき層2中のAl含有量は、95質量%以下又は93質量%以下であることが好ましい。Al-Si合金めっき層2中のAl含有量は、91質量%以下又は88%以下としてもよく、78%以上、81%以上又は85%以上としてもよい。
【0060】
Al-Si合金めっき層2中のSi含有量は、3質量%以上又は5質量%以上であることが好ましい。より好ましくは、Al-Si合金めっき層2中のSi含有量は7質量%以上又は9質量%以上である。Al-Si合金めっき層2中のSi含有量は、20質量%以下であることが好ましい。より好ましくはSi含有量は、15質量%以下又は12質量%以下である。Al-Si合金めっき層2中のSi含有量が3質量%以上であれば、Fe-Alの合金化を抑制することができる。また、Al-Si合金めっき層2中のSi含有量が20質量%以下であれば、Al-Si合金めっき層2の融点の上昇を抑制でき、溶融めっき浴の温度を低くすることができる。そのため、Al-Si合金めっき層2中のSi含有量が20質量%以下であれば、生産コストを下げることができる。Al-Si合金めっき層2中の残部は、Fe及び不純物である。不純物としては、Al-Si合金めっき層2の製造中に不可避的に混入する成分や母鋼板1中の成分等が挙げられる。
【0061】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10のAl-Si合金めっき層2の厚さ(平均層厚)は5μm以上である。より好ましいAl-Si合金めっき層2の厚さは8μm以上、12μm以上又は15μm以上である。Al-Si合金めっき層2の厚さが5μm未満であると、ホットスタンプ時に密着性のよいスケールを形成することができない。Al-Si合金めっき層2の厚さは50μm以下である。より好ましいAl-Si合金めっき層2の厚さは45μm以下、40μm以下又は35μm以下である。Al-Si合金めっき層2の厚さが50μm超であると、上記の効果が飽和することに加え、コストが高くなる。
【0062】
Al-Si合金めっき層2の厚さは以下のように測定する。ホットスタンプ用鋼板10の板厚方向に切断を行った後、ホットスタンプ用鋼板10の断面を研磨する。研磨したホットスタンプ用鋼板10の断面を、電子線マイクロアナライザ(Electron Probe MicroAnalyser:FE-EPMA)により、ホットスタンプ用鋼板10の表面から母鋼板1までをZAF法を用いて線分析し、検出された成分中のAl濃度及びSi濃度を測定する。測定条件は、加速電圧15kV、ビーム径100nm程度、1点あたりの照射時間1000ms、測定ピッチ60nmとすればよい。Si濃度が3質量%以上、かつ、Al濃度とSi濃度との合計が95質量%以上である領域をAl-Si合金めっき層2と判定する。Al-Si合金めっき層2の厚さは、上記の領域の板厚方向の長さとする。5μm間隔ずつ離れた5箇所の位置でAl-Si合金めっき層2の厚さを測定し、求めた値の算術平均をAl-Si合金めっき層2の厚さとする。
【0063】
Al-Si合金めっき層2中のAl含有量及びSi含有量は、JIS K 0150(2009)に記載の試験方法に従って、試験片を採取し、Al-Si合金めっき層2の全厚の1/2位置のAl含有量及びSi含有量を測定することで、ホットスタンプ用鋼板10におけるAl-Si合金めっき層2中のAl含有量及びSi含有量を得る。
【0064】
(酸化Al被膜)
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10の酸化Al被膜3は、Al-Si合金めっき層2の上層として、Al-Si合金めっき層2に接して設けられている。酸化Al被膜は、Oの含有量が20atomic%以上である領域とする。酸化Al被膜は無くてもよい。酸化Al被膜の厚さは、0~20nmである。
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10の酸化Al被膜3の厚さ(平均膜厚)は、20nm以下である。好ましくは、酸化Al被膜3の厚さは、10nm以下である。ホットスタンプ用鋼板10の酸化Al被膜3の厚さが20nm超の場合、酸化Al被膜3の上層として設けられる表層めっき層4の被覆率が90%未満となり、耐水素脆化特性が低下する場合がある。酸化Al被膜3は無くてもよいので、酸化Al被膜3の下限は0nmである。その場合、Al-Si合金めっき層2に接するように、表層めっき層4が形成される。酸化Al被膜3の厚さは2nm以上であってもよい。
【0065】
酸化Al被膜3の厚さは、ArスパッタリングとX線光電子分光法(XPS)測定とを交互に繰り返すことで、評価する。具体的には、Arスパッタリング(加速電圧20kV、スパッタレート1.0nm/min)でホットスタンプ用鋼板10のスパッタリングを行った後に、XPS測定を行う。このArスパッタリングとXPS測定とは交互に行い、XPS測定で酸化したAlの2p軌道の結合エネルギー73.8eV~74.5eVのピークが現れてからなくなるまで、これらの測定を繰り返す。酸化Al被膜3の平均膜厚は、スパッタリングを開始して初めてOの含有量が20atomic%以上となる位置から、Oの含有量が20atomic%未満となる位置までのスパッタリング時間とスパッタレートとから算出する。スパッタレートはSiO2換算で行う。酸化Al被膜3厚さは、2箇所で測定した算術平均値とする。
【0066】
(表層めっき層)
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10の表層めっき層4は、酸化Al被膜3の上層として酸化Al被膜3に接して設けられている。酸化Al被膜3が無い場合は、表層めっき層4は、Al-Si合金めっき層2の上層として、Al-Si合金めっき層2に直接接して設けられている。表層めっき層4は、Zn、Sn、Niのうち2種以上からなる合金めっきまたはSnめっきである。表層めっき層4は、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計が90質量%超、Sn含有量が10質量%以上、Ni含有量が90質量%未満、かつ、Zn含有量が50質量%未満である。表層めっき層4の化学組成が前記の範囲内の場合、表層めっき層を構成する元素、および酸化物は水素の還元反応を起こしにくく、水素原子が発生し表面に吸着しても、水素原子同士が結合し水素ガスとなって脱離するTafel反応を促進させるため、母鋼板中に水素が侵入しづらくなる効果を有する。そのため、表層めっき層4を形成することで、ホットスタンプする際のホットスタンプ用鋼板10への水素の侵入量を抑制することができる。このため、表層めっき層4を水素侵入防止層ということもできる。
【0067】
ホットスタンプ部材での水素侵入量の低減のため、表層めっき層4のSn含有量とNi含有量とZn含有量の合計は、90質量%超である。表層めっき層4のSn含有量とNi含有量とZn含有量の合計は、92質量%以上、94質量%以上、96質量%以上又は98質量%以上であってもよく、100質量%であってもよい。その一方、表層めっき層4のSn含有量とNi含有量とZn含有量の合計は、98質量%以下、96質量%以下又は94質量%以下であってもよい。
【0068】
ホットスタンプ部材の水素侵入量抑制のため、表層めっき層4のSn含有量は、10質量%以上である。表層めっき層4のSn含有量は、12質量%以上、14質量%以上、16質量%以上、18質量%以上、20質量%以上、30質量%以上、40質量%以上、60質量%以上、80質量%以上、90質量%以上、94質量%以上、96質量%以上又は98質量%以上であってもよい。特に、表層めっき層4のSn含有量は100質量%であってもよい。つまり、表層めっき層4は100%Snめっきであってもよい。その一方、表層めっき層4のSn含有量は、98質量%以下、96質量%以下、94質量%以下、90質量%以下、85質量%以下、80質量%以下、60質量%以下、50質量%以下、30質量%以下又は20質量%以下であってもよい。
【0069】
ホットスタンプ部材での水素侵入量の低減のためには、表層めっき層4のNi含有量は、90質量%未満である。表層めっき層4のNi含有量は、85質量%以下、80質量%以下、60質量%以下、40質量%以下、20質量%以下、10質量%以上、8質量%以下、6質量%以下、4質量%以下又は2質量%以下、0質量%であってもよい。その一方、表層めっき層4のNi含有量は、2質量%以上、4質量%以上、6質量%以上、8質量%以上、10質量%以上、20質量%以上、40質量%以上、60質量%以上、80質量%以上又は85質量%以上であってもよい。
【0070】
ホットスタンプ部材での水素侵入量の低減のためには、表層めっき層4のZn含有量は、50質量%未満である。表層めっき層4のZn含有量は、48質量%以下、46質量%以下、44質量%以下、40質量%以下、30質量%以下、20質量%以下、10質量%以上、8質量%以下、6質量%以下、4質量%以下、2質量%以下又は0質量%であってもよい。その一方、表層めっき層4のZn含有量は、1質量%以上、2質量%以上、4質量%以上、6質量%以上、8質量%以上、10質量%以上、15質量%以上、20質量%以上又は30%質量%以上であってもよい。
【0071】
表層めっき層4は、表層めっき層4における、Sn、NiおよびZnの含有量の合計が、90質量%超であれば、Sn、ZnおよびNi以外の元素(不純物などを含む。)を含有してもよい。Sn、ZnおよびNi以外の元素の合計含有量としては、10%以下である。Sn、NiおよびZn以外の元素の含有量の合計は、5質量%以下、3質量%以下であってもよいし、1質量%以下であってもよい。
【0072】
本実施形態に係る表層めっき層4の厚さは、300nm超である。表層めっき層4の厚さが300nm以下であると、ホットスタンプ時の母鋼板1への水素の侵入を十分に抑制できないためである。より好ましい表層めっき層4の厚さは、400nm以上又は500nm以上である。また、表層めっき層4の厚さが2500nm超であると、母鋼板1への水素の侵入量を抑制する効果が飽和し、コストが高くなる。このため、表層めっき層4の厚さは2500nm以下である。好ましい表層めっき層4の厚さは、2000nm以下、1500nm以下又は1000nm以下であり、さらに好ましくは730nm以下である。
【0073】
酸化Al被膜3に対する表層めっき層4の被覆率(酸化Al被膜3がない場合は、Al-Si合金めっき層2に対する表層めっき層4の被覆率)が90%以上であることが好ましい。より好ましくは、表層めっき層4の被覆率が95%以上である。表層めっき層4の被覆率が90%未満であると、ホットスタンプ時のAl-Si合金めっき層2表面で水蒸気とAlとの反応を十分に抑制できない場合がある。表層めっき層4の被覆率は、100%以下であってもよく、99%以下であってもよい。
【0074】
表層めっき層4の被覆率は、XPSの測定で評価する。具体的には、XPS測定は、アルバック・ファイ社製のQuantum2000型を用い、線源としてAl Kα線を用い、出力15kV、25W、スポットサイズ100μm、スキャン回数10回、ホットスタンプ用鋼板10を全エネルギー範囲で走査して測定し、アルバック・ファイ社製の解析ソフトMultiPak V.8.0を用いて解析し、検出された金属成分におけるSnの含有量(atomic%)、Znの含有量(atomic%)、Niの含有量(atomic%)、Alの含有量(atomic%)、及び他の成分の含有量を(atomic%)を得る。得られた含有量(atomic%)を含有量(質量%)に換算することで、Sn含有量(質量%)、Zn含有量(質量%)、Ni含有量(質量%)及びAl含有量(質量%)を得ることができる。Sn含有量(質量%)、Zn含有量(質量%)、Ni含有量(質量%)、およびAlの含有量(質量%)の合計に対するSn含有量(質量%)、Zn含有量(質量%)、およびNi含有量(質量%)の合計含有量の割合(%)を計算し、得られた割合を被覆率とする。
【0075】
表層めっき層4の厚さは、グロー放電発光分析(GDS)で測定することができる。放電条件は35W(定電力モード)、測定時のAr圧力は600Pa、放電範囲は4mmφで測定を行うことができる。電極間距離は0.15mm~0.25mmとし、サンプル背面から高周波あるいは直接グロー、高周波グローなどから選択して印加して測定しても良い。放電電圧は30W~50W(定電力モード)、測定時のAr圧力は500Pa~700Paで測定しても良い。放電範囲は2mmφ~6mmφで測定しても良い。1か所の測定時間は、Feが90%以上検出されるようになるまでの時間(αとする)を測定し、その時間の2割程度の時間(α×0.2)をさらに測定(合計α+0.2α)しても良い。ホットスタンプ用鋼板10の最表面からAlが検出され、かつ表層めっき層であるめっき成分(Sn,Zn,Ni)の合計が50%になるまでの領域まで測定を行うことで、表層めっき層4の厚さを得ることができる。表層めっき層4の厚さ(nm)は、以下のように求める。まず、測定開始から終了まで(Alが検出され、かつ表層めっき層であるめっき成分(Sn,Zn,Ni)の合計が50%になるまで)に削られた深さと測定時間とから、単位時間当たりに削れる深さを算出する。次に、得られた単位時間当たりに削れる深さに測定時間を乗じて、ホットスタンプ用鋼板10の表層めっき層4の厚さを計算する。
【0076】
表層めっき層4中のZn、Sn、およびNiの各含有量は、上記の表層めっき層4の厚さの測定において得られる表層めっき層4の板厚方向の中心位置における各元素濃度を各元素の含有量とする。
【0077】
<ホットスタンプ部材>
次に本実施形態に係るホットスタンプ部材は、ホットスタンプ用鋼板10をホットスタンプすることで得られる。ホットスタンプ用鋼板10は、母鋼材中にCuを含有する場合、ホットスタンプ部材の表面までCuが拡散していてもよい。本実施形態に係るホットスタンプ部材の表面には表層めっき層の構成成分(Sn、Zn、Ni)およびそれらの酸化物(水酸化物)が残存していてもよい。以下、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10をホットスタンプすることで得られるホットスタンプ部材について説明する。本実施形態に係るホットスタンプ部材は、母鋼材と母鋼材上に設けられためっき層とを備える。
【0078】
(母鋼材)
母材(母鋼材)は、ホットスタンプ用鋼板10の母鋼板1と同じ化学組成を有する。母鋼材の化学組成は上述の方法で測定することができる。
【0079】
(めっき層)
ホットスタンプ部材のめっき層は、Sn含有量とZn含有量とNi含有量の合計が50質量%以上、Sn含有量が7質量%以上、Ni含有量が72質量%未満、かつ、Zn含有量が40質量%未満である表層リッチ領域と、Sn含有量とZn含有量とNi含有量の合計が50質量%未満、Al含有量が10質量%以上、かつ、Fe含有量が50質量%以下であるAlリッチ領域と、Al含有量が10質量%以上、かつ、Fe含有量が50質量%超であるFeリッチ領域と、をめっき層の表面からこの順で有する。なお、表層リッチ領域のNi含有量は50質量%未満であってもよい。
【0080】
以下、表層めっき層4が100%Snめっきであるホットスタンプ用鋼板10をホットスタンプして得たホットスタンプ部材である場合を例にして、めっき層について説明する。本実施形態に係るホットスタンプ部材のめっき層の構造を、
図3を用いて説明する。
図3は、ホットスタンプ部材のめっき層の深さプロファイルである。
図3の縦軸は各元素の含有量を示し、横軸はホットスタンプ部材の最表面からの深さを示す(最表面:0μm)。実線はFeの含有量を示し、破線はAlの含有量を示し、点線はSnの含有量を示す。ここでは、便宜的に表層めっき層が100%Snめっきである
図3をもとに説明するが、表層めっき層4が100%Snめっきでない場合、以下の説明において、「Sn含有量」を「Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計」に置き換えると、理解しやすくなる。このため、「Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計」に置き換えることができる「Sn含有量」に、「(注1)」を付記した。
【0081】
ホットスタンプ用鋼板10がSn含有量が100%の表層めっきの場合、ホットスタンプ部材のめっき層のSn含有量(注1)が50質量%以上であり、Sn含有量が7質量%以上であり(注2:Sn含有量が50質量%以上であるため、Sn含有量が5質量%以上であることは当然であるが、Sn含有量が100%の表層めっき以外の場合も理解し易いように、念のため、この要件も記載している。)、Ni含有量が90質量%未満であり、かつ、Zn含有量が40質量%未満となるSnがリッチな領域(注3:ホットスタンプ用鋼板10がSn含有量が100%の表層めっき以外の場合、SnとNiとZnとがリッチな領域となる。)である表層リッチ領域は、
図3の領域Aとなる。
Sn含有量(注1)が50質量%未満であり、Al含有量が10質量%以上であり、Fe含有量が50質量%以下であるAlリッチ領域は
図3の領域Bとなる。Al含有量が10質量%以上であり、Fe含有量が50質量%超であるFeリッチ領域は
図3の領域Cとなる。
ホットスタンプ部材の最表面から順に、表層リッチ領域、Alリッチ領域、及びFeリッチ領域があるめっき層が存在することで、ホットスタンプ部材の腐食を抑制することができる。ホットスタンプ用鋼板10の表層めっき層が100%Snめっきである場合以外も含め、ホットスタンプ部材の表層リッチ領域とAlリッチ層の境界となる位置は、実質的に、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計が50質量%となる位置になる。つまり、表層リッチ層における「Sn含有量が7質量%以上、Ni含有量が72質量%未満、かつ、Zn含有量が40質量%未満」という要件に関し、Sn含有量の下限を高くしたり、又は、Ni含有量の上限を低くしたり、Zn含有量の上限を低くしてもよい。例えば、表層リッチ領域のSn含有量の下限を8質量%、9質量%又は10質量%としてもよい。表層リッチ領域のNi含有量の上限を70質量%、65質量%、60質量%、50質量%、40%質量%、20質量%又は10質量%としてもよい。表層リッチ領域のZn含有量の上限を45質量%、42質量%、40質量%、35質量%、30%質量%、20質量%又は10質量%としてもよい。
ホットスタンプ部材のめっき層の厚さは、表層リッチ領域、Alリッチ領域、及びFeリッチ領域の各領域の厚さの合計から計算される。なお、以下の説明で、最大値、平均値と記載していない各元素の含有量は、各深さ位置における各元素の含有量である。
【0082】
本実施形態に係るホットスタンプ部材において、めっき層の表面~めっき層の表面から厚み方向に100nm位置までの領域において、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が50質量%以上であり、Fe含有量が10質量%以下である。
本実施形態に係るホットスタンプ部材において、めっき層の表面から厚み方向に100nm位置~めっき層の表面から厚み方向に500nm位置までの領域において、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が5質量%以上であり、Fe含有量が40質量%以下である。
本実施形態に係るホットスタンプ部材において、めっき層の表面から厚み方向に500nm位置~めっき層の表面から厚み方向に1000nm位置までの領域において、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が1質量%以上であり、Fe含有量が50質量%以下である。
【0083】
以下、Snめっきにより形成された表層めっき層4(つまり、Ni含有量とZn含有量の合計が0質量%)を有するホットスタンプ用鋼板10をホットスタンプして得たホットスタンプ部材である場合を例にして説明する。本実施形態に係るホットスタンプ部材のめっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に1000nm位置までの構造を、
図4を用いて説明する。
図4の縦軸は各元素の含有量を示し、横軸はホットスタンプ部材の最表面からの深さを示す(最表面:0μm)。実線はFeの含有量を示し、破線はAlの含有量を示し、点線はSnの含有量を示す。ここでは、便宜的に表層めっき層が100%Snめっきである
図4をもとに説明するが、表層めっき層4が100%Snめっきでない場合、以下の説明において、「Sn含有量」を「Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計」に置き換えると、理解しやすくなる。このため、「Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計」に置き換えることができる「Sn含有量」に、「(注1)」を付記した。
【0084】
本実施形態に係るホットスタンプ部材のめっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に100nm位置までの領域は、
図4の領域Dとなる。ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に100nm位置~めっき層の表面から厚さ方向に500nm位置までの領域は
図4の領域Eとなる。めっき層の表面から厚さ方向に500nm位置~めっき層の表面から厚さ方向に1000nm位置までの領域は
図4の領域Fとなる。以下、各領域について説明する。
【0085】
「めっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に100nm位置までの領域」
ホットスタンプ部材のめっき層の表面~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に100nm位置までの領域において、Sn含有量(注1)の最大値は50質量%以上、Fe含有量は10質量%以下である。めっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に100nm位置までの領域において、Al含有量は1質量%以上としてもよい。
【0086】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に100nm位置までの領域において、Sn含有量(注1)の最大値が50質量%未満の場合、ホットスタンプ部材の最表面のAl含有量又はFe含有量が過度に多くなり、ホットスタンプ部材のホットスタンプ時の水素侵入量が低下する。そのため、Sn含有量(注1)の最大値は50質量%以上である。より好ましいSn含有量(注1)の最大値は、70質量%以上である。Sn含有量(注1)は90質量%以下としてもよい。
【0087】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に100nm位置までの領域において、Fe含有量が10質量%超の場合、ホットスタンプ部材の腐食の原因となるFeがホットスタンプ部材の最表面(ホットスタンプ部材のめっき層の表面)に過度に多くなり、ホットスタンプ部材の耐赤錆性が低下する。そのため、Fe含有量は10質量%以下である。より好ましいFe含有量は、5質量%以下である。
【0088】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に100nm位置までの領域において、Al含有量の最大値が1質量%未満である場合、(表層めっき成分を含む酸化物等の)密着性が低下して、表層のSn酸化物が剥離しやすくなり、剥離物による押し疵などの原因になる場合がある。そのため、Al含有量の最大値は1質量%以上とすることが好ましい。より好ましいAl含有量の最大値は、5質量%以上である。Al含有量は50質量%以下であってもよい。
【0089】
「めっき層の表面から厚さ方向に100nm位置~めっき層の表面から厚さ方向に500nm位置までの領域」
ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に100nm位置~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に500nm位置までの領域において、Sn含有量(注1)の最大値が5質量%以上であり、Fe含有量が40質量%以下である。なお、ホットスタンプ用鋼板10の表層めっき層4が100%Snめっき以外の場合も含め、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が5質量%以上であることに加え、Sn含有量の最大値を0.5質量%以上又は1質量%以上としてもよい。
【0090】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に100nm位置~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に500nm位置までの領域において、Sn含有量(注1)の最大値が5質量%未満の場合、(表層めっき成分を含む酸化物等の)密着性が低下して、表層のSn酸化物が剥離しやすくなり、剥離物による押し疵などの原因になる場合がある。そのため、Sn含有量(注1)の最大値は5質量%以上である。より好ましいSn含有量(注1)の最大値は10質量%以上である。
【0091】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に100nm位置~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に500nm位置までの領域において、Fe含有量が40質量%超の場合、ホットスタンプ部材の最表面におけるFe含有量が過度に多くなる。そのため、Fe含有量は、40質量%以下である。より好ましいFe含有量は、25質量%以下である。
【0092】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に100nm位置~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に500nm位置までの領域において、残部は、Al、Si、及び不純物である。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップから及び/又は本実施形態に係るホットスタンプ部材を製造する過程で混入し、あるいは意図的に添加したものであって、ホットスタンプ部材の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
【0093】
「めっき層の表面から厚さ方向に500nm位置~めっき層の表面から厚さ方向に1000nm位置までの領域」
ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に500nm位置~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に1000nm位置までの領域において、Sn含有量(注1)の最大値は1質量%以上であり、Fe含有量は50質量%以下である。
【0094】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に500nm位置~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に1000nm位置までの領域において、Sn含有量(注1)の最大値は1質量%未満の場合、熱処理時に合金化が十分行われない可能性があり、表層のめっきの密着性が不十分となる場合がある。そのため、Sn含有量(注1)の最大値は1質量%以上である。より好ましいSn含有量(注1)の最大値は5質量%以上である。Sn含有量(注1)の最大値は30質量%以下であってもよい。
【0095】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に500nm位置~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に1000nm位置までの領域において、Fe含有量が50質量%超の場合、ホットスタンプ部材の最表面のFe含有量が過度に多くなる。そのため、Fe含有量は、50質量%以下である。より好ましいFe含有量は、40質量%以下である。
【0096】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に500nm位置~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に1000nm位置までの領域において、残部は、AlとSiと不純物である。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップから及び/又は本実施形態に係るホットスタンプ部材を製造する過程で混入し、あるいは意図的に添加したものであって、ホットスタンプ部材の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
【0097】
ホットスタンプ部材のめっき層の各元素の深さプロファイルはグロー放電発光分析(GDS)で測定することができる。電極間距離は0.15mm~0.25mmとし、サンプル背面から高周波あるいは直接グロー、高周波グローなどから選択して印加して測定しても良い。放電電圧は30W~50W(定電力モード)、測定時のAr圧力は500Pa~700Paで測定しても良い。放電範囲は2mmφ~6mmφで測定しても良い。1か所の測定時間は、Feが90%以上検出されるようになるまでの時間(αとする)を測定し、その時間の2割程度の時間(α×0.2)をさらに測定(合計α+0.2α)しても良い。ホットスタンプ部材の最表面から母鋼材のFe元素が安定する領域まで測定を行うことで、各元素の深さプロファイルを得ることができる。めっき層の表面からの深さ(nm)は、以下のように求める。まず、測定開始から終了までに削られた深さと測定時間とから、単位時間当たりに削れる深さを算出する。次に、得られた単位時間当たりに削れる深さに測定時間を乗じて、ホットスタンプ部材のめっき層の表面からの深さを計算する。ホットスタンプ部材の表面の凹凸が激しく、真空引きができない場合は、直径数百μmのインジウム線をホットスタンプ部材に押し付けてシーリング材とすることで測定する。測定する箇所の真空引き部と同程度の円をインジウム線で囲い、ホットスタンプ部材にインジウム線を押し当てて表面凹凸を埋めた後GDS測定する。
【0098】
「めっき層の表面のSn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の少なくとも1種」
ホットスタンプ部材のめっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に20nm位置までの領域において、Sn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の少なくとも1種が存在してもよい。めっき層の表面にSn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の少なくとも1種が存在することで、化成性・電着塗装性が良好となるためである。Sn酸化物としてはSnO、SnO2、SnO3が挙げられる。Sn水酸化物としては、Sn(OH)2が挙げられる。Zn酸化物としては、Zn(OH)2が挙げられる。Zn水酸化物としては、ZnOが挙げられる。Ni酸化物としては、NiO又はNi2O3が挙げられる。Ni水酸化物としては、NiOH又はNi(OH)2が挙げられる。
【0099】
「めっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に20nm位置までの領域において、Sn含有量とZn含有量とNi含有量の合計が30質量%以上である」
ホットスタンプ部材のめっき層の表面~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に20nm位置までの領域において、Sn含有量とZn含有量とNi含有量の合計が30質量%以上であることが好ましい。Sn含有量とZn含有量とNi含有量の合計が30質量%以上であれば、ホットスタンプ後の水素侵入量をさらに抑制することができる。より好ましいSn含有量とZn含有量とNi含有量の合計は、40質量%以上である。
【0100】
Sn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の存在の確認は、X線光電子分光法測定(XPS測定)で行う事が出来る。具体的には、Arスパッタリング(加速電圧20kV、スパッタレート1.0nm/min)でホットスタンプ部材のスパッタリングエッチングを行った後に、XPS測定を行う。XPS測定は、アルバック・ファイ社製のQuantum2000型を用い、線源Al Kα線を用い、出力15kV、25W、スポットサイズ100μm、スキャン回数10回、ホットスタンプ部材の最表面を全エネルギー範囲で走査して測定する。このArスパッタリングエッチングとXPS測定とは交互に行い、めっき層から厚さ方向に20nm位置まで、これらの測定を繰り返す。めっき層の表面からの深さは、スパッタリングエッチング時間とスパッタリングレートとから算出する。スパッタエッチングレートはSiO2換算で行う。ホットスタンプ部材のめっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に20nm位置までの領域において、Sn酸化物又はSn水酸化物の2p軌道に由来する486.0eV~486.8eV、Zn酸化物又はZn水酸化物の2p軌道に由来する1021.7eV~1022.5eV、Ni酸化物又はNi水酸化物の2p軌道に由来する854eV~857eVにピークが検出される場合を、ホットスタンプ部材のめっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に20nm位置までの領域において、Sn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の少なくとも1種が存在すると判定する。より具体的には、Sn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の有無は、上記の方法での試料のXPS測定後、試料を取り除いた後にバックグラウンドを測定する。その後、試料の測定データからバックグラウンドを除去する。バックグラウンド除去後に、各酸化物や各水酸化物のピーク該当部分において1000c/s以上のピークが検出される場合を、Sn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の少なくとも1種が存在すると判定する。ホットスタンプ部材のめっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に20nm位置までの領域におけるSn含有量、Zn含有量、Ni含有量の合計は、上記のXPS測定で検出された全元素から計算して求める。
【0101】
「めっき層の厚さ」
ホットスタンプ部材のめっき層の厚さは、表層リッチ領域、Alリッチ領域、及びFeリッチ領域の厚さの合計とする。ホットスタンプ部材のめっき層の厚さが5μm未満の場合、十分な耐食性が得られない場合がある。そのため、めっき層の厚さは、5μm以上であることが好ましい。めっき層の厚さは、10μm以上、20μm以上又は30μm以上であることがより好ましい。めっき層の厚さが200μm超の場合、耐食性向上の効果が飽和する。そのため、めっき層の厚さは200μm以下とすることが、好ましい。めっき層の厚さは180μm以下、150μm以下、120μm以下又は100μm以下としてもよい。
【0102】
以上、表層めっき層4がSnめっきであるホットスタンプ用鋼板10をホットスタンプして得たホットスタンプ部材である場合について説明した。
本実施形態に係るホットスタンプ部材の板厚は特に限定しないが、車体軽量化の観点から、0.5~3.5mmとすることが好ましい。ホットスタンプ部材の板厚は0.8mm以上、1.0mm以上又は1.2mm以上であることが好ましい。ホットスタンプ部材の板厚は3.2mm以下、2.8mm以下又は2.4mm以下であることが好ましい。
本実施形態に係るホットスタンプ部材の引張強さは特に限定しないが、車体軽量化の観点から、1150MPa以上、1300MPa以上、1500MPa、1600MPa以上としてもよい。ホットスタンプ部材の引張強さは、2500MPa以下、2200MPa以下、2000MPa以下又は1800MPa以下としてもよい。
【0103】
<ホットスタンプ用鋼板の製造方法>
次に、ホットスタンプ用鋼板10の好適な製造方法について説明する。熱間圧延に供するスラブ(鋼材)は、常法で製造したスラブであればよく、例えば、連続鋳造スラブ、薄スラブキャスターなどの一般的な方法で製造したスラブであればよい。熱間圧延も一般的な方法で行えばよく、特に限定しない。熱間圧延後、巻取り、母鋼板を得る。
【0104】
巻取り後、必要に応じて、さらに冷間圧延を行ってもよい。冷間圧延における累積圧下率は特に限定しないが、母鋼板の形状安定性の観点から、40~60%とすることが好ましい。
【0105】
「Al-Si合金めっき」
上記の熱延鋼板をそのまま、もしくは冷間圧延を施した後、Al-Si合金めっきを施す。Al-Si合金めっき層2の方法は、特に限定されるものではなく、溶融めっき法、電気めっき法、真空蒸着法、クラッド法、溶射法等を用いることができる。特に好ましくは、溶融めっき法である。
【0106】
溶融めっき法で、Al-Si合金めっき層2を形成する場合は、少なくともSiの含有量が3質量%以上で、Alの含有量とSiの含有量との合計が95質量%以上となるように成分を調整しためっき浴に上記の母鋼板1を浸漬することでAl-Si合金めっき鋼板を得る。めっき浴の温度は660℃~690℃の温度域が好ましい。Al-Si合金めっき層2を施す前に、めっき浴温度650℃~780℃の近傍まで熱延鋼板を昇温してからめっきを行ってもよい。
【0107】
また、溶融めっきを行う場合、めっき浴にはAlやSiの他に不純物としてFeが混入している場合がある。また、Siの含有量が3質量%以上、かつ、Alの含有量とSiの含有量との合計が95質量%以上となる限り、さらにめっき浴にはNi、Mg、Ti、Zn、Sb、Sn、Cu、Co、In、Bi、Ca、ミッシュメタル等を含有していてもよい。
【0108】
「酸化Al被膜除去」
表層めっき層4を形成する前に、Al-Si合金めっき層2を形成後の鋼板(以下、Alめっき鋼板)の酸化Al被膜を除去して、酸化Al被膜除去鋼板を得てもよい。酸化Al被膜3の除去は、Alめっき鋼板を酸性又は塩基性の除去液に浸漬することで行う。酸性の除去液としては、希塩酸(HCl 0.1mol/L)などが挙げられる。塩基性の除去液としては、水酸化ナトリウム水溶液(NaOH 0.1mol/L)などが挙げられる。浸漬時間は、表層めっき層4形成後の酸化Al被膜3が20nm以下になるように、調整する。例えば、浴温40℃の場合、1分間浸漬することで、酸化Al被膜を除去する。
【0109】
「表層めっき層」
Al-Si合金めっき形成後、または、表層めっき層4形成後の酸化Al被膜3の平均膜厚が20nm以下になるように酸化Al被膜3を除去後、1分以内に酸化Al被膜除去鋼板に対して、Snめっき、Sn-Niめっき、Sn-Znめっき、Sn-Ni-Znめっき等を施して表層めっき層4を形成することでホットスタンプ用鋼板を得ることが好ましい。表層めっき層4の形成は、電気めっき法、真空蒸着法などで形成してもよい。
【0110】
表層めっき層4がSnめっきである場合、例えば、硫酸第一錫0.3~0.5mol/L、硫酸0.5~0.8mol/L、クレゾールスルホン酸0.15~0.3mol/L、β-ナフトール0.003-0.007mol/L、ゼラチン1~3g/Lを含有するSnめっき浴に、Al-Si合金めっき形成後または、酸化Al被膜除去後の鋼板をカソードとして浸漬する。浸漬後、電流密度0.5~5A/dm2で、厚さが300nm超となるように、通電時間を制御してSnめっきを形成することができる。アノードには、錫板を用いることが好ましい。Snめっき浴のpHは1.2~3.0とし、Snめっき浴の温度は15~30℃とすることが好ましい。
【0111】
表層めっき層4がSn-Niめっき、Sn-Znめっき、Sn-Ni-Znめっきのように複数の元素を主成分とするめっきからなる場合は、蒸着装置により、金属を電子線で加熱して合金めっきをすることが好ましい。蒸着量は加熱温度における蒸気圧で決まる。そのため、300nm超の合金めっきを得るために、各金属の加熱温度を調整することが好ましい。
【0112】
<ホットスタンプ工程>
上記で製造したホットスタンプ用鋼板をホットスタンプすることで、ホットスタンプ部材を得ることができる。以下、ホットスタンプの条件の一例を説明するが、ホットスタンプ条件はこの条件に限定されない。
【0113】
上述のホットスタンプ用鋼板を加熱炉に入れて、加熱速度1.5℃/秒~10.0℃/秒で、Ac3点以上の温度(到達温度)まで加熱する。加熱温度が1.5℃/秒~10.0℃/秒であれば、Feの表面拡散を防止することができる。到達温度がAc3点以上であれば、スプリングバックを抑制することができるので、好ましい。なお、Ac3点(℃)は下記(1)式で表される。
Ac3=912-230.5×C+31.6×Si-20.4×Mn-14.8×Cr-18.1×Ni+16.8×Mo-39.8×Cu・・・(1)
なお、上記式中の元素記号は、当該元素の質量%での含有量であり、含有しない場合は0を代入する。
【0114】
到達温度になった後の保持時間は、5秒以上、300秒以下とすることが好ましい。保持時間が5秒以上、300秒以下であれば、Feのホットスタンプ表面への拡散を抑制することができるので、好ましい。
【0115】
保持後の鋼板をホットスタンプし、室温まで冷却してホットスタンプ部材を得る。ホットスタンプ後から室温までの冷却速度は、5℃/秒以上が好ましい。冷却速度が5℃/秒以上であれば、Feのホットスタンプ部材最表面への拡散を抑制することができる。
【0116】
また、必要に応じて、ホットスタンプ後に焼き戻しを行ってもよい。例えば、250℃で30分間保持してもよい。
【実施例0117】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0118】
(母鋼板の製造)
表1A、1B、2A、2Bに示す化学組成の溶鋼を鋳造して製造した鋼片に、Ac3~1400℃の温度まで加熱して熱間圧延を行い、熱延鋼板(母鋼板)を得た。No.16およびNo.36の鋼板は、熱間圧延後に累積圧下率50%で冷間圧延をして、3.2mmから1.6mmの厚さに圧延した。なお、熱間圧延のみ場合は熱間圧延で1.6mmの厚さに圧延した。表1A、1B、2A、2B中の空欄は、意図して添加していないことを示す。
【0119】
【0120】
【0121】
【0122】
【0123】
【0124】
【0125】
【0126】
【0127】
【0128】
【0129】
【0130】
【0131】
【0132】
【0133】
【0134】
【0135】
【0136】
【0137】
【0138】
【0139】
(Al-Siめっき)
上記で製造した母鋼板に対し、Al-Si合金めっきを施した。Al-Si合金のめっき浴は、表3A、3B、3C、3Dに記載のAl含有量及びSi含有量となるように、めっき浴の成分を調整した。成分を調整しためっき浴に上記の方法により製造した母鋼板を浸漬し、表3A、3B、3C、3Dに記載のAl-Si合金めっき鋼板を得た。
【0140】
(酸化Al被膜除去)
Al-Si合金めっき鋼板の表面の酸化Al被膜を表3A、3B、3C、3Dに記載の方法で除去した。表3A、3B、3C、3Dにアルカリと記載されている場合は、除去液として0.1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を用いた。表3A、3B、3C、3Dに酸と記載されている場合は、除去液として0.1mol/Lの希塩酸を用いた。上記で得たAl-Siめっき鋼板を除去液に浸漬し、酸化Al被膜除去鋼板を得た。表中に「-」とある場合は、酸化Al被膜除去を行っていないことを意味する。
【0141】
(表層めっき層)
次に、鋼板No.35、52~58では、Al-Si合金めっき鋼板または、酸化Al被膜を除去したAl-Si合金めっき鋼板に対し、電気めっきにより表層めっき層を形成させる処理を行った。表層めっき層がSnめっきの場合、硫酸第一錫0.3~0.5mol/L、硫酸0.5~0.8mol/L、クレゾールスルホン酸0.15~0.3mol/L、β-ナフトール0.003-0.007mol/L、ゼラチン1~3g/Lを含有するSnめっき浴に、Al-Si合金めっき鋼板を浸漬した。浸漬後、アノードに錫板を用い、電流密度0.5~5A/dm2で、厚さが300nm超となるように、通電時間を制御してSnめっきを形成した。Snめっき浴のpHは1.2~3.0とし、Snめっき浴の温度は15~30℃とした。
【0142】
また、鋼板No.1~34、36~50、59~112では、Al-Si合金めっき鋼板または、酸化Al被膜除去鋼板に対し、蒸着により表層めっき層を形成させる処理を行った。具体的には、装置容量(チャンバー内容量):0.6m3、蒸着金属源から鋼板(基板)までの距離:0.6m、蒸着中の真空度:5.0×10-3~2.0×10-5Pa、蒸着金属源用るつぼの容量:40ml、内径:30φ、蒸着方法:電子線、電子線照射条件:電圧10V(固定)、電流0.7~1.5A、鋼板温度:50~600℃、鋼板回転速度:15rpmという条件で蒸着を行うことで形成した。蒸着金属には、99.9質量%以上の純度の金属を使用した。得られたホットスタンプ用鋼板の基材である鋼板の各組織を上述の方法で確認したところ、断面の面積率において、フェライト:20~80%、パーライト:20~80%、残部:5%未満であった。
【0143】
(ホットスタンプ)
次に、高露点環境下(30℃)で、表5A、5B、5C、5Dに記載の通りの条件でホットスタンプ用鋼板をホットスタンプし、ホットスタンプ部材を得た。
【0144】
(Al-Si合金めっき層の厚さ)
Al-Si合金めっき層の厚さは以下のように測定した。上記の製造方法で得られたホットスタンプ用鋼板を板厚方向に切断した。その後、ホットスタンプ用鋼板の断面を研磨し、研磨したホットスタンプ用鋼板の断面を、FE-EPMAにより、ホットスタンプ用鋼板の表面から鋼板までをZAF法を用いて線分析し、検出された成分中のAl濃度及びSi濃度を測定した。測定条件は、加速電圧15kV、ビーム径100nm程度、1点あたりの照射時間1000ms、測定ピッチ60nmとした。表層めっき層、Al-Si合金めっき層及び鋼板が含まれる範囲で測定を行った。Si濃度が3質量%以上、かつ、Al濃度とSi濃度との合計が95質量%以上である領域をAl-Si合金めっき層と判定し、Al-Si合金めっき層の厚さは、上記の領域の板厚方向の長さとした。5μm間隔ずつ離れた5箇所の位置でAl-Si合金めっき層の厚さを測定し、求めた値の算術平均をAl-Si合金めっき層の厚さとした。評価結果を表3A、3B、3C、3Dに示す。
【0145】
(Al-Si合金めっき層中のAl含有量及びSi含有量測定)
Al-Si合金めっき層中のAl含有量及びSi含有量は、JIS K 0150(2005)に記載の試験方法に従って、試験片を採取し、Al-Si合金めっき層の全厚の1/2位置のAl含有量及びSi含有量を測定することで、ホットスタンプ用鋼板10におけるAl-Si合金めっき層中のAl含有量及びSi含有量を得た。得られた結果を表3A、3B、3C、3Dに示す。
【0146】
(酸化Al被膜の厚さ)
酸化Al被膜の厚さは、ArスパッタリングとX線光電子分光法(XPS)測定を交互に繰り返すことで、評価した。具体的には、Arスパッタリング(加速電圧0.5kV、SiO2を基準としたスパッタレート0.5nm/min)でホットスタンプ用鋼板のスパッタリングを行った後に、XPS測定を行った。XPS測定は、線源Al Kα線を用い、出力15kV、25W、スポットサイズ100μm、スキャン回数10回、全エネルギー範囲0~1300eVで行った。ArスパッタリングとXPS測定は交互に行い、XPS測定でAlの2p軌道の結合エネルギー73.8eV~74.5eVのピークが現れてからなくなるまで、これらの測定を繰り返した。酸化Al被膜の厚さは、スパッタリングを開始して初めてOの含有量が20atomic%以上となる位置から、Oの含有量が20atomic%未満となる位置までのスパッタリング時間とスパッタリングレートから算出する。スパッタリングレートはSiO2換算で行う。酸化Al被膜の厚さは、2箇所で測定した算術平均値とした。得られた結果を表3A、3B、3C、3Dに示す。
【0147】
(表層めっき層の厚さ)
表層めっき層4の平均層厚(厚さ)は、グロー放電発光分析(GDS)で測定することができる。放電条件は35W(定電力モード)、測定時のAr圧力は600Pa、放電範囲は4mmφで測定を行った。電極間距離は0.18mmとした。1か所の測定時間は、Feが90%以上検出されるようになるまでの時間(αとする)を測定し、その時間の2割程度の時間(α×0.2)をさらに測定(合計α+0.2α)した。ホットスタンプ用鋼板10の最表面からAlが検出さ、かつ表層めっき層であるめっき成分(Sn,Zn,Ni)の合計が50%になるまでの領域まで測定を行った。表層めっき層の厚さ(nm)は、以下のように求めた。まず、測定開始から終了までに削られた深さと測定時間とから、単位時間当たりに削れる深さを算出した。次に、得られた単位時間当たりに削れる深さに測定時間を乗じて、ホットスタンプ用鋼板10の表層めっき層の厚さを計算した。得られた結果を表4A、4B、4C、4Dに示す。
【0148】
(表層めっき層のSn含有量、Zn含有量、Ni含有量)
表層めっき層中の主元素の含有量(Sn含有量、Zn含有量、およびNi含有量のうちいずれか1種の含有量)は、表層めっき層の厚さの測定において得られた表層めっき層の板厚方向の中心位置におけるSn濃度、Zn濃度、Ni濃度のうち最も数値の大きい元素濃度を主元素の含有量とした。具体的には、板厚方向の表層めっき層の中心位置で測定して得られた値の算術平均(N=2)をSn含有量、Zn含有量、Ni含有量のうち最も大きい元素の数値を主元素の含有量とした。得られた結果を表4A、4B、4C、4Dに示す。
【0149】
(表層めっき層の被覆率)
表層めっき層の被覆率は、XPS測定で評価した。XPS測定は、線源Al Kα線を用い、出力15kV、25W、スポットサイズ100μm、スキャン回数10回、ホットスタンプ用鋼板10を全エネルギー範囲0~1300eVで走査して測定した。Snめっきの場合は、Snの含有量(atomic%)とAlの含有量(atomic%)を算出した。次にSnの含有量(質量%)とAlの含有量(質量%)との合計に対するNi含有量の割合(質量%)を計算し、得られた割合をSnめっきの被覆率(%)とした。合金めっきの場合は、Snの含有量(atomic%)、Znの含有量(atomic%)、Niの含有量(atomic%)とAlの含有量(atomic%)を算出した。次にZnの含有量とAlの含有量との合計に対するZn含有量の割合(%)を計算し、得られた割合を合金めっきの被覆率(%)とした。得られた結果を表4A、4B、4C、4Dに示す。
【0150】
(めっき層の深さプロファイル)
ホットスタンプ部材のめっき層の各元素の深さプロファイルはGDSで測定することで得た。条件は電極間距離を0.19mmとし、サンプル背面から高周波を印加した。放電電圧は35W(定電力モード)、測定時のAr圧力は600Pa、放電範囲は4mmφで測定した。1か所の測定時間は約12分程度であり、約50μmほどエッチングした。めっき層の深さは、上述の方法で算出した。ホットスタンプ部材の表面から母材のFe元素が安定する領域まで測定を行うことで、各元素の深さプロファイルを得た。
【0151】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に100nm位置までの領域において、Fe含有量が5質量%以下の場合をIとし、5質量%超、10質量%以下の場合をIIとし、10質量%超の場合をIIIとした。また、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が70質量%以上の場合をIとし、50質量%以上70質量%未満の場合をIIとし、50質量%未満の場合をIIIとし、Al含有量の最大値が5質量%以上である場合をIとし、1質量%以上5質量%未満の場合をIIとし、1質量%未満の場合をIIIとした。
【0152】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に100nm位置~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に500nm位置までの領域において、Fe含有量が15質量%以下の場合をIとし、15質量%超40質量%以下の場合をIIとし、40質量%超の場合をIIIとした。また、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計の最大値が10質量%以上の場合をIとし、5質量%以上10質量%未満の場合をIIとし、5質量%未満の場合をIIIとした。
【0153】
ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に500nm位置~ホットスタンプ部材のめっき層の表面から厚さ方向に1000nm位置までの領域において、Fe含有量が20質量%以下の場合をIとし、20質量%以上50質量%以下の場合をIIとし、50質量%超の場合をIIIとした。また、Sn含有量とZn含有量とNi含有量の合計の最大値が5質量%以上の場合をIとし、1質量%以上5質量%未満の場合をIIとし、1質量%未満の場合をIIIとした。
表6A、6B、6C、6D中の表面から1000nmまでの領域の判定は、各領域で全てI又はIIの場合を合格としてGとした。各領域の判定において、1つでもIIIがある場合を不合格としてBとした。表中のSn+Ni+Znは、Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計(質量%)を意味する。
【0154】
なお、表6A、6B、6C、6D中の領域(0-100nm)は、めっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に100nm位置までの領域を意味する。表6A、6B、6C、6D中の領域(100-500nm)は、めっき層の表面から厚さ方向に100nm位置~めっき層の表面から厚さ方向に500nm位置までの領域を意味する。表6A、6B、6C、6D中の領域(500-1000nm)は、めっき層の表面から厚さ方向に500nm位置~めっき層の表面から厚さ方向に1000nm位置までの領域を意味する。
【0155】
(めっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に20nm位置までの領域におけるSn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の少なくとも1種)
めっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に20nm位置までの領域におけるSn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の少なくとも1種の存在の確認は、X線光電子分光法測定(XPS測定)で行った。具体的には、Arスパッタリング(加速電圧20kV、スパッタレート1.0nm/min)でホットスタンプ部材のスパッタリングエッチングを行った後に、XPS測定を行った。XPS測定は、アルバック・ファイ社製のQuantum2000型を用い、線源Al Kα線を用い、出力15kV、25W、スポットサイズ100μm、スキャン回数10回、ホットスタンプ部材の最表面を全エネルギー範囲で走査して測定した。このArスパッタリングエッチングとXPS測定とは交互に行い、めっき層から厚さ方向に20nm位置まで、これらの測定を繰り返した。めっき層の表面からの深さは、スパッタリングエッチング時間とスパッタリングレートとから算出した。ホットスタンプ部材のめっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に20nm位置までの領域において、上記で説明したSn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物に由来するいずれかの範囲でピークが検出される場合を、めっき層の表面にSn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の少なくとも1種が存在すると判定する。スパッタエッチングレートはSiO2換算で行った。また、ホットスタンプ部材のめっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に20nm位置までの領域におけるSn含有量とNi含有量とZn含有量の合計は、XPS測定で検出された全元素から計算して求めた。
【0156】
(表面から20nm位置までの領域の判定)
めっき層の表面~めっき層の表面から厚さ方向に20nm位置までの領域において、Sn酸化物、Sn水酸化物、Ni酸化物、Ni水酸化物、Zn酸化物、または、Zn水酸化物の少なくとも1種が存在し、且つSn含有量とNi含有量とZn含有量の合計が30質量%以上の場合をGとし、それ以外の場合をBとした。結果を表6A、6B、6C、6Dに示す。
(各リッチ領域の判定)
ホットスタンプ部材のめっき層の各元素の深さプロファイルのGDS測定結果から、めっき層の表層リッチ領域(Sn含有量とNi含有量とZn含有量の合計:50質量%以上、Sn含有量:7質量%以上、Ni含有量:72質量%未満、かつ、Zn含有量:40質量%未満)、Alリッチ領域(Al含有量:10質量%以上、Fe含有量:50質量%以下)、Feリッチ領域(Al含有量:10質量%以上、Fe含有量:50質量%超)の各領域をめっき層の表面からこの順で備えていた場合(各リッチ領域の判定)をG、これらの各領域を備えていなかった場合は、Bとした。得られた結果を表6A、6B、6C、6Dに示す。
【0157】
(引張強さ)
ホットスタンプ部材の引張強さは、ホットスタンプ部材の任意の位置からJIS Z 2241:2011に記載の5号試験片を作製し、JIS Z 2241:2011に記載の試験方法に従って求めた。なお、スケールの状態が劣悪であった実験No.49は評価しなかった。測定結果を表5A、5B、5C,5Dに示す。
【0158】
(加熱炉で侵入した水素量)
ホットスタンプ部材に対し、昇温水素分析を行い、ホットスタンプ部材中の水素量を測定した。ホットスタンプ部材はホットスタンプ後、100℃程度まで温度が下がったら、液体窒素に浸漬し、-10℃以下に冷却して凍結し、昇温水素分析にて300℃までに放出される拡散性水素量を用いて、ホットスタンプ部材の侵入水素量(質量ppm)を評価した。侵入水素量が0.2wt.ppm以下をE、0.20wt.ppm~0.35wt.ppmをGr、0.35wt.ppm~0.6wt.ppmをG、0.6wt.ppm超をBとした。評価がE、Gr、Gの場合を高露点環境下でも侵入水素量を抑制できると判断し合格とした。Bの場合を不合格とした。測定結果を表5A、5B、5C、5Dに示す。なお、早期破断したおよび引張強さが1600MPa未満の鋼板については、侵入水素量評価を行わなかった。
【0159】
(ホットスタンプ部材への水素侵入量(暴露試験))
一部のホットスタンプ部材を60℃で3日間保持して水素を抜いた後に、沖縄の沿岸部から0.5km以内の環境に6か月間暴露して、その後のホットスタンプ部材内部の水素侵入量を調査した。昇温脱離法は資料サイズ10x40mm、昇温範囲:室温~200℃、昇温速度:100℃/hで実施して、200℃までの積算量で求めた。
このときの水素の積算量が0.7wt.ppm以上の場合はBad(B)、0.7wt.ppm未満の場合はGood(G)として評価した。得られた結果を表5A、5B、5C,5Dに示す。
【0160】
表5A、5B、5C,5Dに示す通り、本発明の範囲を満足する鋼板No.21、22、25、26、32、42、57,58、63~66、71~109、111、112は加熱炉での侵入水素量およびホットスタンプ後の侵入水素量も少なかった。比較例20などはZn濃度が50質量%以上であったので、ホットスタンプ後の侵入水素量が高かった。
本発明によれば、Alめっきを施されたホットスタンプ用鋼板であっても、高露点環境下でのホットスタンプにおいても、侵入水素量を低減することで優れた耐水素脆化特性を有するので、産業上の利用可能性が高い。
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する母鋼板は、Feの一部に代えて、任意元素として、Cu:0.01~1.00%、Ni:0.01~1.00%、Cr:0.001~1.000%、Mo:0.001~1.000%、Nb:0.001~0.200%、V:0.01~1.00%、Ti:0.001~0.150%、B:0.001~0.0100%、Co:0.01~1.00%、W:0.01~1.00%、Sn:0.01~1.00%、Sb:0.01~1.00%、Zr:0.01~1.00%、Mg:0.001~0.150%、Al:0.0010~1.0000%、 Ca:0.001~0.010%、およびREM:0.001~0.300%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。以下の任意元素を含有しない場合の含有量は0%である。