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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025001121
(43)【公開日】2025-01-08
(54)【発明の名称】寿命評価方法、寿命評価装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 17/00 20060101AFI20241225BHJP
【FI】
G01N17/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023100535
(22)【出願日】2023-06-20
(71)【出願人】
【識別番号】507250427
【氏名又は名称】日立GEニュークリア・エナジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000925
【氏名又は名称】弁理士法人信友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木村 達哉
(72)【発明者】
【氏名】石井 聡之
【テーマコード(参考)】
2G050
【Fターム(参考)】
2G050AA02
2G050BA03
2G050BA10
2G050BA20
2G050EB10
(57)【要約】
【課題】高い精度で材料の寿命予測が可能な寿命評価方法を提供する。
【解決手段】同質材料の分子構造的特徴を示す特徴データと機械的特性とを含むデータベースを作成する。データベースを基に、評価対象材料の機械的特性の劣化予測モデルを作成する。評価対象材料の特徴データと、劣化予測モデルとを用いて、評価対象材料の機械的特性を予測する。評価対象材料の使用条件および評価材特徴データと、劣化予測モデルによって予測された評価対象材料の機械的特性とのデータセットをデータベースに追加して更新する。更新されたデータベースを基に、使用条件と機械的特性とを変数とする寿命推算式を作成し、寿命推算式から使用条件における評価対象材料の寿命を評価する。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象材料と同じ材質である同質材料の分子構造的特徴を示す同質材特徴データと、前記同質材特徴データと紐づけられた前記同質材料の機械的特性とを含むデータベースを作成し、
前記データベースを基に、前記評価対象材料の前記機械的特性の劣化を予測する劣化予測モデルを作成し、
前記評価対象材料の分子構造的特徴を示す評価材特徴データと、前記劣化予測モデルとを用いて、前記評価対象材料の前記機械的特性を予測し、
前記評価対象材料の使用条件および前記評価材特徴データと、前記劣化予測モデルによって予測された前記評価対象材料の前記機械的特性とのデータセットを前記データベースに追加して更新し、
更新された前記データベースを基に、前記使用条件と前記機械的特性とを変数とする寿命推算式を作成し、
前記寿命推算式から前記使用条件における前記評価対象材料の寿命を評価する
寿命評価方法。
【請求項2】
前記同質材特徴データを、前記同質材料の前記使用条件における劣化前の分子構造的特徴を示す劣化前特徴データと、前記同質材料の前記使用条件における劣化後の分子構造的特徴を示す劣化後特徴データとを基に取得する
請求項1に記載の寿命評価方法。
【請求項3】
前記寿命推算式に、前記評価対象材料の前記使用条件として使用温度を代入して前記機械的特性と使用時間の関係式を求め、
前記関係式から、前記評価対象材料の寿命を推算する
請求項1に記載の寿命評価方法。
【請求項4】
前記評価対象材料は高分子材料を含む
請求項1に記載の寿命評価方法。
【請求項5】
前記同質材特徴データ、および、前記評価材特徴データを、赤外吸収スペクトルに含まれる官能基に由来するピークを基に取得する
請求項1に記載の寿命評価方法。
【請求項6】
前記劣化予測モデルは、線形回帰分析、および、ランダムフォレスト分析のいずれかを用いた非線形回帰モデルである
請求項1に記載の寿命評価方法。
【請求項7】
前記寿命推算式は、アレニウス型の反応速度式、および、ラーソンミラー型の反応速度式の少なくともいずれかに、更新した前記データベースを回帰係数として適用して作成する
請求項1に記載の寿命評価方法。
【請求項8】
前記評価対象材料が、原子力発電所に使用された高分子材料である
請求項1に記載の寿命評価方法。
【請求項9】
評価対象材料と同じ材質である同質材料の分子構造的特徴を示す特徴データと、前記特徴データと紐づけられた前記同質材料の機械的特性とを含むデータベースを格納するデータベース部と、
前記データベースを基に、前記評価対象材料の前記機械的特性の劣化を予測する劣化予測モデルを作成する劣化予測モデル作成部と、
前記評価対象材料の使用条件に応じて取得した前記特徴データと、前記劣化予測モデルとを用いて、前記評価対象材料の前記機械的特性を予測し、する劣化状態予測部と、
前記データベースを基に、前記使用条件と前記機械的特性とを変数とする寿命推算式を作成する寿命推算式作成部と、
前記寿命推算式から前記使用条件における前記評価対象材料の寿命を評価する寿命推算部と、を備え、
前記劣化状態予測部は、前記評価対象材料の前記使用条件および前記特徴データと、前記劣化予測モデルによって予測された前記評価対象材料の前記機械的特性とのデータセットを前記データベースに追加して更新し、
前記寿命推算式作成部は、更新された前記データベースを基に前記寿命推算式を作成する
寿命評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料の寿命評価方法、寿命評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電所などの原子力関連施設では、配管、接手、パッキン、ガスケット、Oリングなどの高分子材料が用いられている。このような高分子材料は、熱や放射線に長期間曝されることで、化学構造が変化して劣化することが知られている。このような高分子材料に対しては、通常は時間基準保全が行われており、一定期間の使用で交換されている。
そこで、高分子材料の寿命を適切に評価することが可能となれば、施設の安全性を担保した上で、交換頻度を低減して作業員の被爆量低減などの保全作業の削減が可能となる。
【0003】
このため、放射線などの外的因子による高分子材料の劣化診断、寿命評価を簡便且つ高精度に診断することができる高分子材料の寿命判定方法が提案されている。例えば、材料表面の赤外吸収スペクトルの変化と、材料の機械的物性との相関関係から、材料の機械的物性の限界値を求める寿命判定方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、包装袋の資源活用として、使用済包装袋の劣化度合いを赤外吸収スペクトルを用いて判定し、リユースもしくはリサイクルかを判断する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2022-000614号公報
【特許文献2】特開2021-43818号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に記載の方法では、機械的特性が時間とともに線形に変化すると仮定して高分子材料の寿命を推算している。しかしながら、実際の高分子材料の劣化は、時間に対して線形に変化するとは限らないため、高分子材料の寿命予測の精度性が低下する。
また、上記特許文献2に記載の方法は、使用済の包装袋をFT-IR(Fourier Transform Infrared Spectroscopy)で測定することで、リユースするかリサイクルするかを判定する方法が開示されているが、材料の寿命を予測できない。
【0006】
上述した問題の解決のため、本発明においては、高い精度で材料の寿命予測が可能な寿命評価方法、および、寿命評価装置を提供する。
【0007】
また、本発明の上記の目的及びその他の目的と本発明の新規な特徴は、本明細書の記述及び添付図面によって明らかにする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の寿命評価方法は、評価対象材料と同じ材質である同質材料の分子構造的特徴を示す同質材特徴データと、同質材特徴データと紐づけられた同質材料の機械的特性とを含むデータベースを作成する。そして、データベースを基に、評価対象材料の機械的特性の劣化を予測する劣化予測モデルを作成する。また、評価対象材料の分子構造的特徴を示す評価材特徴データと、劣化予測モデルとを用いて、評価対象材料の機械的特性を予測する。そして、評価対象材料の使用条件および評価材特徴データと、劣化予測モデルによって予測された評価対象材料の機械的特性とのデータセットをデータベースに追加して更新する。更新されたデータベースを基に、使用条件と機械的特性とを変数とする寿命推算式を作成し、寿命推算式から使用条件における評価対象材料の寿命を評価する。
【0009】
また、本発明の寿命評価装置は、評価対象材料と同じ材質である同質材料の分子構造的特徴を示す特徴データと、特徴データと紐づけられた同質材料の機械的特性とを含むデータベースを格納するデータベース部を有する。さらに、データベースを基に、評価対象材料の機械的特性の劣化を予測する劣化予測モデルを作成する劣化予測モデル作成部を有する。また、評価対象材料の使用条件に応じて取得した特徴データと、劣化予測モデルとを用いて、評価対象材料の機械的特性を予測する劣化状態予測部と、データベースを基に、使用条件と機械的特性とを変数とする寿命推算式を作成する寿命推算式作成部とを有する。さらに、寿命推算式から使用条件における評価対象材料の寿命を評価する寿命推算部とを備える。劣化状態予測部は、評価対象材料の使用条件および特徴データと、劣化予測モデルによって予測された評価対象材料の機械的特性とのデータセットをデータベースに追加して更新し、寿命推算式作成部は、更新されたデータベースを基に寿命推算式を作成する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、高い精度で材料の寿命予測が可能な寿命評価方法、および、寿命評価装置を提供することができる。
【0011】
なお、上述した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施の形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】寿命評価装置の構成を示すブロック図である。
図2】評価対象材料の寿命評価方法の全体工程を示す図である。
図3】データベース部に格納されるデータテーブルの一例である。
図4】データベース部に格納される更新されたデータテーブルの一例である。
図5】アクリロニトリルニトリルブタジエンゴムの赤外吸収スペクトルである。
図6】同質材料の劣化試験の方法を示す図である。
図7】圧縮永久ひずみと使用時間との関係を示す寿命推算式のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態に係る寿命評価方法、および、寿命評価装置の一例を、図面を参照しながら説明する。なお、本発明は以下の例に限定されるものではない。以下で説明する各図において、共通の部材には同一の符号を付している。また、本明細書で用いる図面において、同一のまたは対応する構成要素には同一の符号を付け、これらの構成要素については繰り返しの説明を省略する場合がある。
また、以下の説明では、主に原子力発電所で用いられる高分子材料の寿命評価について説明するが、本発明の対象は原子力発電所で用いられる高分子材料に限定されず、その他の材料にも適用できる。
【0014】
〈材料の寿命評価装置〉
本形態の材料の寿命評価装置の全体構成について図1を用いて説明する。図1に、寿命評価の対象となる材料(以下、評価対象材料)の寿命評価装置の概略構成を示すブロック図である。
【0015】
図1に示す寿命評価装置1は、評価対象材料の寿命を診断する装置であって、劣化前データ取得部11、同質材料劣化部12、劣化品データ取得部13A、データベース(DB)部13B、劣化予測モデル作成部14、実使用劣化品データ取得部15、劣化状態予測部16、寿命推算式作成部17、寿命推算部18、表示部19などを備えている。
【0016】
寿命評価装置1において、データベース部13B、劣化予測モデル作成部14、劣化状態予測部16、寿命推算式作成部17、寿命推算部18、表示部19は、PC(Personal Computer)などの計算装置を用いて構成することができる。例えば計算装置は、CPU(central processing unit)などの演算装置、半導体メモリなどの主記憶装置とハードディスクなどの補助記憶装置、キーボードやUSB(universal serial bus)ポートなどの入力装置、モニタなどで構成される出力装置などのハードウェアを備える。PCなどの計算装置では、各機器の動作の制御や後述する各種演算処理などが様々なプログラムに基づいて実行される。
上記プログラムは、装置内部の記憶部や外部記録媒体、データサーバ(いずれも図示省略)などに格納されており、CPUによって読み出され、実行されるものとすることができる。なお、制御処理は、1つのプログラムにまとめられていても、それぞれが複数のプログラムに別れていてもよく、それらの組み合わせでもよい。また、プログラムの一部または全ては専用ハードウェアで実現してもよく、モジュール化されていてもよい。更には、各種プログラムは、プログラム配布サーバや内部記憶媒体や外部記録媒体からインストールされるものとしてもよい。
【0017】
また、劣化前データ取得部11、劣化品データ取得部13A、および実使用劣化品データ取得部15は、各種の測定機器と、測定機器で測定されたデータを取得して各種処理を行う上記PCなどの計算装置を用いて構成することができる。ここで用いられる各種測定機器については後述する。なお、劣化前データ取得部11、劣化品データ取得部13A、および実使用劣化品データ取得部15は、寿命評価装置1の外部の測定装置から各種データを取得する構成とした場合には、測定装置を構成内に含めず、PCなどの計算装置のみによって構成されてもよい。
また、同質材料劣化部12は、劣化試験装置で構成される。ここで用いられる劣化試験装置については後述する。
【0018】
〈材料の寿命の評価方法〉
次に、本形態の評価対象材料の劣化予測モデルを含む、寿命の評価方法の全体工程について図2を用いて説明する。図2は、評価対象材料の寿命評価方法の工程図である。
【0019】
図2に示すように、評価対象材料の寿命評価方法の全体工程は、以下の全8工程から構成される。
・劣化前データ取得工程(ステップS1)
・同質材料劣化工程(ステップS2)
・劣化品データ取得・データベース化工程(ステップS3)
・劣化予測モデル作成工程(ステップS4)
・実使用劣化品データ取得工程(ステップS5)
・劣化状態予測工程(ステップS6)
・寿命推算式作成工程(ステップS7)
・寿命推算・表示工程(ステップS8)
【0020】
上記の工程では、実際に寿命評価の対象となる材料(以下、評価対象材料)と、評価対象材料と同じ材質の材料(以下、同質材料)とを用いて、化学構造的な特徴、および、機械的特性に係わるデータの取得を行う。具体的には、ステップS1およびステップS4では、同質材料を用いた各種データの取得、および、取得したデータに対する各種処理を行う。ステップS5からステップS8では、評価対象材料を用いた各種データの取得、および、取得したデータに対する各種処理を行う。また、ステップS3では、同質材料を用いたデータ処理とともに、評価対象材料を用いたデータ処理を行う。
【0021】
(評価対象材料、同質材料)
寿命評価の対象となる評価対象材料、および、同質材料は、高分子材料を含んで構成されることが好ましい。評価対象材料は、好適には原子力発電所に使用される高分子材料である。例えば、原子力発電所で用いられるOリング、パッキン、および、配管などの高分子材料であるが、特に制限されるものではない。
【0022】
評価対象材料、および、同質材料の具体例としては、アクリロニトリルブタジエンゴム、エチレンプロピレンジエンゴム、ポリプロピレン、ポリエチレン、塩化ビニル、クロロプレンゴム、ブチルゴムなどのジエン系エラストマ、フッ素ゴム、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルコキシアルカン・ポリクロロトリフルオロエチレンなどのフッ素樹脂、シリコーンゴム、スチレンブタジエンゴムなどが挙げられる。
【0023】
[劣化前データ取得工程(ステップS1)]
劣化前データ取得工程(ステップS1)は、劣化前データ取得部11により実施される。
この工程では、寿命評価の対象となる評価対象材料と同じ素材によって構成された同質材料に対し、使用前(劣化前)に化学構造分析を実施し、同質材料の劣化前の特徴データ(以下、劣化前特徴データ、または、同質材特徴データと称する)を取得する。また、同質材料に対して、機械的特性の測定を実施する。
特徴データとしては、例えば、赤外吸収スペクトル測定によって取得した、評価対象材料および同質材料の化学構造的な特徴を示すピーク波長と、このピーク波長でのピーク強度やピーク面積である。また、特徴データを構成する、評価対象材料および同質材料の化学構造的な特徴を示すピーク波数は、複数であることが好ましく、3以上であることが好ましい。そして、この複数のピーク波数に紐づけた、それぞれのピーク強度やピーク面積を特徴データとする。
【0024】
劣化前データ取得部11は、同質材料の使用前(劣化前)の化学構造分析の結果から、同質材料の劣化前の分子構造的特徴を示す劣化前特徴データを取得する。また、劣化前データ取得部11は、同質材料の使用前(劣化前)の機械的特性の測定結果を取得する。
劣化前データ取得部11は、測定された同質材料の劣化前特徴データと機械的特性とを取得し、それぞれを紐づけてデータベース部13Bに保存する。
【0025】
同質材料の化学構造分析、および、機械的特性の測定は、劣化品データ取得部13Aや実使用劣化品データ取得部15において使用される同じ測定原理、および、測定装置を用いることが好ましい。このため、ステップS1においても、ステップS3やステップS5と同様の測定装置、測定条件、及び、測定方法によって、同質材料の化学構造分析、および、機械的特性を測定する。
例えば、後述する実使用劣化品データ取得工程(ステップS5)では、評価対象材料が使用されている原子力プラントなどの現場において高分子材料の赤外吸収スペクトルを測定する場合がある。このため、ステップS1においても、同質材料の赤外吸収スペクトルの測定には、原子力プラントなどの現場において使用可能なハンドヘルド型(FT-IR:Fourier Transform Infrared Spectroscopy)装置を用いることが望ましい。
【0026】
(化学構造分析)
同質材料の化学構造分析には、少なくとも同質材料に対して赤外吸収スペクトルを測定する。そして、劣化前データ取得部11は、取得した赤外吸収スペクトルの測定結果から、同質材料の化学構造的な特徴を示す劣化前特徴データを取得する。
例えば、劣化前データ取得部11は、同質材料を構成する高分子材料の化学構造に起因する主なピークとして、高分子材料を構成する各官能基のピークを取得する。さらに、取得した赤外吸収スペクトルにベースライン補正を行うことにより、各官能基のピークを規格化してもよい。
例えば、官能基としてO-H基、N-H基、C-H基、C≡N基、C≡C基、C=O基、C=N基、C=C基、C-C基、C-O基、および、C-N基などの赤外吸収スペクトルのピークにベースライン補正を行って得られた値を特徴データとしてもよい。
特に、劣化前データ取得部11は、評価対象材料の使用条件下で変化(劣化)する機械的特徴に対応して面積や高さが変化する官能基のピークを選択し、このピークの値を劣化前特徴データとして取得することがこのましい。
【0027】
また、化学構造分析では、赤外吸収スペクトルの測定に加えて、評価対象材料、同質材料を構成する高分子材料の機械的特性の変化を追跡可能な、他の分析方法を用いてもよい。例えば、化学構造分析の手法として上記FT-IR測定のほかに、蛍光X線分光装置などを用いることができる。
そして、劣化前データ取得部11は、必要に応じて劣化予測モデル作成の際に、赤外吸収スペクトルの測定に加えて他の分析方法による測定結果から、評価対象材料および同質材料の化学構造の特徴を示す劣化前特徴データを取得してもよい。
【0028】
(機械的特性)
機械的特性の測定は、劣化前の同質材料の機械的特性を測定する。同質材料の機械的特性は、評価対象材料が適用される場所、用途、形状などによって、要求される機械的特性の評価が異なる。このため、評価対象材料に要求される機械的特性の評価に応じて、同質材料の機械的特性の測定を行う必要がある。
例えば、評価対象材料や同質材料に対してデュロメーターを用いた硬度試験を行う。また、評価対象材料がOリングなどのパッキンまたはガスケットであれば、圧縮永久ひずみなどを機械的特性として取得する。評価対象材料が配管または継手の材料であれば、引張強度や引張破断伸びなどを機械的特性として取得する。評価対象材料が構造部材であれば、弾性率や衝撃強さ、曲げ強さなどを機械的特性として取得する。
【0029】
機械的物性は、JIS K7161、K6262などに準じて測定することができる。また、機械的特性の測定方法は、評価対象材料を構成する高分子材料の種類や物性、及び、評価対象材料の適応先によって適宜変更することが可能である。
【0030】
[同質材料劣化工程(ステップS2)]
同質材料劣化工程(ステップS2)は、同質材料劣化部12により実施される。
同質材料劣化工程(ステップS2)では、劣化試験装置などを用いて、上述の劣化前データ取得工程(ステップS1)において劣化前特徴データおよび機械的特性が取得された同質材料に対し、原子力発電所内などの使用場所で想定される劣化因子の負荷を加えることにより、同質材料を劣化させる。
【0031】
劣化因子としては、熱、放射線、水分などが挙げられる。また、これらの劣化因子を用いて、単独因子による劣化、および、複合因子による劣化など、評価対象材料の使用場所で想定される劣化因子による劣化を行う。また、同質材料劣化工程(ステップS2)では、必要により同質材料に対して、加速劣化試験を行ってもよい。
【0032】
[劣化品データ取得・データベース化工程(ステップS3)]
劣化品データ取得・データベース化工程(ステップS3)は、劣化品データ取得部13A、および、データベース部13Bにより実施される。
劣化品データ取得・データベース化工程(ステップS3)では、まず、劣化品データ取得部13Aにより、劣化処理後の同質材料の化学構造的な特徴を示す特徴データ(劣化後特徴データ)、および、機械的特性を取得する。
劣化品データ取得部13Aによる劣化後特徴データの測定および取得は、上述のステップS1での劣化前データ取得部11による劣化前特徴データの測定および取得と同様に行うことができる。また、劣化品データ取得部13Aによる劣化後の機械的特性の測定および取得は、上述のステップS1での劣化前データ取得部11による機械的特性の測定および取得と同様に行うことができる。
【0033】
劣化品データ取得部13Aは、好適には劣化前データ取得部11や後述する実使用劣化品データ取得部15において使用される、同じ測定原理、および、測定装置を用いることが好ましい。このため、ステップS3においても、ステップS1やステップS5と同様の測定装置、測定条件、及び、測定方法によって、同質材料の化学構造分析、および、機械的特性を測定する。また、同じ測定装置でなくとも、装置毎のデータを補正係数を掛け合わせることにより測定結果を使用することも可能である。また、劣化後の化学構造分析や機械的特性として、公開データベースや論文などの公開データを取得してもよい。
【0034】
また、劣化品データ取得・データベース化工程(ステップS3)では、上述のステップS1で取得した劣化前特徴データと、劣化前特徴データに紐づけられた機械的特性とをセットデータとしてデータベース部13Bに格納する。
さらに、劣化品データ取得・データベース化工程(ステップS3)では、上記劣化品データ取得部13Aが取得した劣化後特徴データと機械的特性、および、ステップS2で行った劣化試験の条件とをセットデータとしてデータベース部13Bに格納する。また、データベース部13Bに格納劣化後特徴データとして、劣化前の同質材料の赤外吸収スペクトルに対する所定のピークの強度比、または、ピーク面積比を用いてもよい。
【0035】
図3に、データベース部13Bに格納されるデータテーブルの例を示す。図3に示すデータテーブルは、同質材料のサンプルNo、使用(劣化)条件、劣化状態、FT-IRスぺクトルデータ、および、寿命推算用データベース(DB)を有する。
使用(劣化)条件は、上記ステップS2で行った劣化試験の条件である。図3では、使用(劣化)条件の一例として、温度と時間とを示している。
劣化状態Y(CS)は、上記ステップS1で取得した劣化前の同質材料の機械的特性と、ステップS2で劣化処理を行った同質材料の機械的特性との比率である。図3では、劣化状態として、使用条件に紐づけた圧縮永久ひずみ(%)を示している。
FT-IRスぺクトルデータは、同質材料の赤外吸収スペクトルにおいて化学構造的な特徴を示す特徴データである。図3では、サンプルNoごとに、使用条件に紐づけた劣化後特徴データとして、ピーク波数X1、X2、X3、および、X4での、劣化前に対するピーク強度比を示している。また、図3には記載していないが、使用条件として使用時間(劣化時間)0に対応する、劣化前特徴データを格納してもよい。
寿命推算用データベースは、後述する寿命推算式作成工程(ステップS7)で作成する寿命推算式のパラメータである。図3では、ラーソンミラー式のパラメータとして、T、logt、および、Tlogtを示している。Tは使用時の絶対温度(劣化温度)、tは使用時間(劣化時間)である。
【0036】
図3に示すように、データベース部13Bには、同質材料の劣化試験において加えられる劣化条件(劣化因子)として熱、放射線、紫外線、水分、酸素などの各種条件と試験時間と、取得したデータとのセットが格納されている。取得したデータとして、劣化前の機械的特性に対する劣化後の機械的特性のデータが格納されている。また、劣化後特徴データとして、劣化前の同質材料の赤外吸収スペクトルに対する所定の波数でのピーク強度比(面積比)が格納されている。このように、データベースでは、同質材料の劣化条件、劣化後の機械的特性、および、劣化後特徴データからなるデータセットが格納される。
さらに、データベースには、各種の劣化条件、同質材料の劣化後特徴データ、および、劣化後の機械的特性を基に算出された、劣化因子の影響度を示す寿命推算用のパラメータが格納されている。
【0037】
[劣化予測モデル作成工程(ステップS4)]
劣化予測モデル作成工程(ステップS4)は、劣化予測モデル作成部14により実施される。
劣化予測モデル作成工程(ステップS4)では、評価対象材料の赤外吸収スペクトルの変化と、機械的特性の劣化とを相関づけた劣化予測モデルを作成する。この工程において、劣化予測モデル作成部14は、劣化品データ取得部13A、および、データベース部13Bによって取得され、劣化品データ取得・データベース化工程(ステップS3)で構築したデータベースを用いる。
【0038】
劣化予測モデル作成部14は、上記データベース部13Bに格納されたデータベースを基に、化学構造分析結果(特徴データ)と機械的特性測定結果との相関性から、劣化予測モデルを作成する。例えば、劣化予測モデル作成部14は、評価対象材料(同質材料)の赤外吸収スペクトルにおいて、劣化試験によって変化し、かつ互いに影響を及ぼさない複数のピークの強度または面積を特徴量(説明変数)とし、化学構造分析結果(特徴データ)とする。
【0039】
例えば、赤外吸収スペクトルの変化は、ピークの面積の変化率(面積比)、または、ピークの高さの変化率(強度比)として表される。ピークの面積の変化率は、劣化後の所定のピークの面積を、劣化前の所定のピークの面積で除算して求められる。ピークの高さの変化率は、劣化後の所定のピークの高さを、劣化前の所定のピークの高さで除算して求められる。
【0040】
そして、劣化予測モデル作成部14は、化学構造分析結果と機械的特性測定結果との相関性から、評価対象材料の特徴データから機械的特性を予測する劣化予測モデルを作成する。これにより、劣化予測モデルを用いることにより、実際に使用された評価対象材料の赤外吸収スペクトルなどの化学構造分析結果を特徴データとして用いて、評価対象材料の機械的特性を予測することができる。
【0041】
例えば、劣化予測モデル作成部14は、重回帰分析などの線形回帰分析や、ランダムフォレスト分析などの非線形回帰モデルから上記劣化予測モデルを作成する。ここで、劣化予測モデルの一例として、重回帰分析による線形回帰分析を用いた劣化予測モデルの作成方法を説明する。
【0042】
劣化予測モデル作成部14は、下式に示す回帰式の回帰係数A0~A4を図3に示すデータベースの説明変数(X1~X4)、および、目的変数Yとを相関付けることで、劣化予測モデルを作成する。
[Y=A0+A1×X1+A2×X2+A3×X3+A4×X4]
【0043】
なお、上記回帰式において、目的変数Yは、図3に示すデータテーブルの劣化状態(CS)であり、劣化後の同質材料の機械的特性として取得した圧縮永久ひずみ(%)である。説明変数(X1~X4)は、図3に示すデータテーブルのFT-IRデータのピーク波数X1、X2、X3、および、X4のピーク強度比である。本形態では、化学構造的な特徴を示すピーク波数の一例として、X1:ブタジエン基、X2:可塑剤、X3:カルボニル基、X4:ニトリル基に由来するピーク強度比を示している。
【0044】
上記重回帰分析による線形回帰分析を用いることにより、データベースから容易に高精度な劣化予測モデルを作成することができる。また、ランダムフォレストなどの非線形回帰モデルを適用することにより、より高精度な劣化予測モデルを作成することができる。
【0045】
なお、赤外吸収スペクトルにおける複数のピークには、対象とした同質材料(評価対象材料)の部品を構成する主剤や添加材などの主な構成成分のピークが含まれる。また、劣化予測モデル作成部14における劣化予測モデルの作成では、回帰分析の説明変数として、3つ以上の赤外吸収スペクトルのピーク強度比もしくはピーク面積比を用いることが望ましい。更に、複数のピークを、実使用による評価対象材料子材料の劣化によって変化するピ-クとすることが望ましい。
【0046】
[実使用劣化品データ取得工程(ステップS5)]
実使用劣化品データ取得工程(ステップS5)は、実使用劣化品データ取得部15により実施される。
実使用劣化品データ取得工程S5は、原子力発電所などにおいて実際に使用された、評価対象材料の赤外吸収スペクトル測定や、その他の測定方法により、高分子材料の化学構造分析を行う。評価対象材料の化学構造分析では、実際にプラントなどで実際に使用されている状態で、赤外吸収スペクトルなどの化学構造分析の測定を行う。このため、評価対象材料の化学構造分析には、原子力プラントなどの現場において使用可能なハンドヘルド型FT-IR装置を用いることが好ましい。
【0047】
実使用劣化品データ取得部15は、実際に使用された評価対象材料、すなわち、実使用によって劣化した評価対象材料の化学構造分析の結果から、化学構造的な特徴を示す特徴データ(評価材特徴データ)を取得する。例えば、実使用の評価対象材料の化学構造的な特徴を示すピーク波数と、このピーク波数でのピーク強度やピーク面積を取得する。
【0048】
実使用劣化品データ取得工程ステップS5において行われる化学構造分析の測定は、劣化前データ取得工程(ステップS1)や劣化品データ取得・データベース化工程(ステップS3)において使用された同じ測定原理、および、測定装置を用いることが好ましい。また、実使用劣化品データ取得部15による評価材特徴データの取得は、上述のステップS1での劣化前データ取得部11による劣化前特徴データの取得と同様に行うことができる。
【0049】
また、実使用劣化品データ取得部15は、評価材特徴データの取得に合わせて、評価対象材料の実使用時の使用環境に関するデータ(温度、湿度、放射線(γ線)量の履歴)を、評価対象材料の使用条件として取得する。そして、実使用劣化品データ取得部15は、評価材特徴データと、使用条件とをセットデータとして取得しておく。これにより、使用環境データから劣化度合いを予測することが可能となり、より精度の高い劣化度合いの予測ができる。
【0050】
[劣化状態予測工程(ステップS6)]
劣化状態予測工程S6は、劣化状態予測部16により実施される。
劣化状態予測工程S6では、上記ステップS5で取得した劣化品の高分子材料の化学構造分析結果(特徴データ)を、ステップS4で作成した劣化予測モデルに代入する。例えば、上記回帰式[Y=A0+A1×X1+A2×X2+A3×X3+A4×X4]に、上記ステップS5で取得した劣化品の高分子材料の化学構造分析結果である赤外吸収スペクトルのピーク値(X1~X4)を代入することにより、実使用劣化品の機械的特性Yを算出する。このように、劣化予測モデルと実使用劣化品の特徴データから、実使用の評価対象材料の機械的特性を算出して、劣化状態を予測する。
さらに、劣化品データ取得・データベース化工程S3で作成したデータベースに、上記の劣化状態の予測結果を追加し、データベースを更新する。
【0051】
評価対象材料の化学構造分析は、実際にプラントなどで実際に使用されている状態で、赤外吸収スペクトルなどの化学構造分析の測定を行う。このため、実使用の評価対象材料に対しては、プラントなどから評価対象材料を取り出すことが難しく、機械的特性の測定を行うことが難しい。そこで、劣化状態予測部16は、上記ステップS4で作成した劣化予測モデルを用いて、評価対象材料の化学構造分析による評価材特徴データから、評価対象材料の機械的特性を予測する。上記劣化予測モデルを用いることにより、使用条件などの使用条件に係わらず、評価材特徴データから評価対象材料の機械的特性を予測することができる。
【0052】
さらに、劣化状態予測部16は、上記劣化予測モデルを用いた評価対象材料の機械的特性の予測結果を、評価材特徴データと紐づけてデータセットを作成する。そして、作成したデータセットをデータベース部13Bに格納する。これにより、ステップS3で作成された、同質材料の劣化前特徴データと機械的特性、および、劣化条件などが登録されたデータベースに、評価対象材料の評価材特徴データと機械的特性の予測結果とを追加して更新する。
【0053】
更新したデータベースの例を図4に示す。図4に示すデータテーブルは、図3に示すデータテーブルに、サンプルNo,1′のデータセットが追加されている。サンプルNo,1′のデータセットにおいて、使用(劣化)条件は、評価対象材料の実使用の条件(温度および時間)である。劣化状態Y(CS)は、上記劣化予測モデルを用いて算出された機械的特性の値である。FT-IRスぺクトルデータは、ステップS5で取得した評価対象材料の特徴データ(ピーク波長、および、ピーク強度比)である。寿命推算用データベースは、後述する寿命推算式作成工程(ステップS7)で作成するラーソンミラー式のパラメータとして、T、logt、および、Tlogtを示している。
【0054】
[寿命推算式作成工程(ステップS7)]
寿命推算式作成工程(ステップS7)は、寿命推算式作成部17により実施される。
ステップS7では、上述のステップS6において更新されたデータベースを基に、寿命推算式作成部17が、使用条件、および、使用時間に応じた、評価対象材料の機械的特性の変化(劣化)示す寿命推算式を作成する。
【0055】
寿命推算式作成部17による寿命推算式の作成は、例えば、アレニウス型やラーソンミラー型の反応速度式に、ステップS6で更新されたデータベースを適用することで行う。具体的には、反応速度式内の回帰係数をS6工程でアップデートしたデータベースから決定し、使用条件、使用時間および機械的特性の関係式を作成する。
【0056】
寿命推算式作成部17による寿命推算式の作成方法の一例として、ラーソンミラー型の反応速度式を用いる場合について説明する。
ラーソンミラー型の反応速度式は、以下の式によって示すことができる。
[P=a/T+b×log(t)+c]
【0057】
なお、ラーソンミラー型の反応速度式において、Pは、評価対象材料の機械的特性の値(例えば、圧縮永久ひずみ)である。また、Tは使用時の絶対温度(劣化温度)、tは使用時間(劣化時間)である。a,b,cは回帰係数である。
【0058】
寿命推算式作成工程S7では、上記ラーソンミラー式のパラメータに対して、ステップS6で更新したデータベースの寿命推算用DBと、機械的特性の値(劣化状態Y(cs))による回帰分析を実施することで、寿命推算式を作成する。
【0059】
作成した上記ラーソンミラー式の寿命推算式は、評価対象材料の使用時間tと、機械的特性Pのみを変数とする式である。このため、上記寿命推算式の作成後は、上記寿命推算式を用いることにより、化学構造分析を行うことなく、所定の使用条件(例えば、使用温度T)を指定することにより、使用時間と機械的特性の関係式が得られる。このため、上記寿命推算式により、評価対象材料の使用条件毎に、使用時間に応じた評価対象材料の機械的特性を予測することができる。
【0060】
[寿命推算・表示工程(ステップS8)]
寿命推算・表示工程(ステップS8)は、寿命推算部18および表示部19により実施される。
ステップS8は、上述のステップS7において寿命推算式作成部17が作成した寿命推算式から、任意の使用条件における評価対象材料の寿命を推算する工程である。
【0061】
寿命推算部18は、上記寿命推算式に、任意の使用温度Tなどの使用条件を代入することにより、評価対象材料の使用時間tと機械的特性Pの関係式を取得する。そして、寿命推算部18は、取得した使用時間tと機械的特性Pの関係式から、任意の時間tの評価対象材料の機械的特性Pの予測値を算出する。
【0062】
ここで、評価対象材料の寿命は、具体的には、評価対象材料の機械的特性の値が、任意の値に達した時点と定めることができる。すなわち、寿命推算式により、評価対象材料が寿命に達するまでの間、機械的特性の変化を推算することができる。
このため、寿命となる所定の機械的特性の値を決定することにより、寿命推算式によって導出される機械的特性Pの時間tとの相関性から、使用条件における評価対象材料の使用可能時間や残寿命などを推算することができる。
なお、寿命と判定される機械的特性の値は、評価対象材料を使用する場所や、評価対象材料を構成する材料によって異なる。このため、評価対象材料の寿命と判定する機械的特性の値は、任意に設定することができる。
【0063】
上述の本形態の評価対象材料の寿命評価方法は、予め準備した実験室などで蓄積した同質材料によるデータと、実使用環境で劣化した評価対象材料のデータとを用いることで、材料の実環境下における劣化状態と寿命を、従来に比べて高精度に評価できる。
上述の評価対象材料の寿命評価方法は、同質材料の赤外吸収スペクトルのスペクトルなどの分子構造分析の結果を基に分子構造的特徴を抽出した同質材特徴データと、機械的特性とを相関づけた劣化予測モデルを作成する。そして、作成した劣化予測モデルと実際に使用された評価対象材料の分子構造分析の結果である評価材特徴データとから、実際に使用されている評価対象材料の機械的特性の予測値を算出する。さらに、算出された機械的特性の予測値と評価材特徴データとを、データベースに追加して更新する。これらの工程により、使用条件および時間に応じた評価対象材料の機械的特性の変化との関係式を寿命推算式として作成する。そして、この寿命推算式を用いることにより、任意の使用条件(使用温度など)と使用時間とにおける、評価対象材料の機械的特性の値を推算することができる。このため、上記各工程により、実際に使用され、機械的特性の測定が困難な評価対象材料に対して、高精度に機械的特性を推算し、評価対象材料の寿命を評価することができる。
【実施例0064】
以下、実施例および比較例を示して具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0065】
実施例の寿命評価方法における劣化予測モデルの作成およびアップデート方法について以下に記載する。実施例の劣化予測モデルの作成およびアップデートは、以下の手順で行った。
評価対象材料として、原子力発電所で用いられるOリングを構成する高分子材料を準備した。また、同質材料として、評価対象材料と同じ材質の高分子材料からなるOリングを準備した。準備したOリングは、ゴム材料として一般的に用いられるアクリロニトリルニトリルブタジエンゴム(NBR)を主成分として、柔軟性を付与するなどの理由で可塑剤などの添加剤が添加されている構成であった。
【0066】
[劣化前データ取得工程(ステップS1)]
準備した同質材料に対して、化学構造分析として赤外吸収スペクトルの測定を行い、劣化前特徴データを取得した。
また、同質材料に対し、機械的特性として、圧縮永久ひずみの側定を行った。
【0067】
赤外吸収スペクトルの測定は、フーリエ変換赤外線分析装置Nicolet 6700(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いた。測定条件は、分解能が4cm-1、積算回数が32回、測定波数は650~4000cm-1の範囲とし、ATR(Attenuated Total Reflection)測定で実施した。
測定した赤外吸収スペクトルから、Oリングの劣化に寄与するピークを抽出し、劣化前特徴データとした。
【0068】
図5に、同質材料であるOリングを構成するアクリロニトリルニトリルブタジエンゴム(NBR)の赤外吸収スペクトルを示す。図5では、劣化前の同質材料の赤外吸収スペクトルを実線で示している。
図5に示すように、劣化前の赤外吸収スペクトルは、NBRの化学構造に起因する主なピークとして、ブタジエン基(965cm-1)、ニトリル基(2235cm-1)、CH基(2917cm-1)が確認される。また、可塑剤として含まれるフタル酸系材料に起因するピーク(1259cm-1)、添加剤やカルボニル基に起因するピーク(1730cm-1)が確認される。
本実施例では、化学構造的な特徴を示すピーク波数として、X1:ブタジエン基、X2:可塑剤、X3:カルボニル基、X4:ニトリル基に由来するピーク強度を、劣化前特徴データとして取得した。
【0069】
圧縮永久ひずみの測定は、JIS K 6262に規定されている、圧縮状態で所定の温度と時間で加熱した試料の寸法変化を基に、下記の式に従い算出した。
[圧縮永久ひずみ(%)=(加熱前サンプルの厚さt-スペ―サー厚さt)/(加熱前サンプルの厚さt-圧力開放30分後の厚さt)]
【0070】
[同質材料劣化工程(ステップS2)]
同質材料劣化工程では、同質材料に対して18種類の異なる劣化条件を加えて劣化させ、それぞれ18種類の劣化条件の異なる同質材料のサンプルを作製した。
【0071】
図6に、熱を劣化因子とする同質材料の劣化試験の方法を示す。図6(a)に示すように、試験治具21に、初期厚さtの試験片20を固定した。そして、図6(b)に示すように、試験治具21の間に厚さtのスペーサー22を介在させた状態で、試験片20を試験治具21で圧縮した状態で熱を負荷した。熱を付加する条件としては、窒素下または熱水下のいずれかとし、劣化時間、劣化温度の異なる18種類のサンプルを準備した。劣化時間は140~4460時間とし、劣化温度は100~120℃の範囲とした。なお、スペーサー22の厚さtは、試験片20の初期厚さtよりも十分に小さいものとする。
さらに、図6(c)に示すように、試験治具21を開放した。圧力開放30分後の厚みを、劣化後の試験片20の厚さtとした。
【0072】
[劣化品データ取得・データベース化工程(ステップS3)]
次に、劣化前データ取得工程S1と同様に、劣化処理後の同質材料に対して、赤外吸収スペクトルの測定、および、圧縮永久ひずみを測定した。
そして、測定した赤外吸収スペクトルの劣化前特徴データにおいて、ピーク強度比を説明変数、圧縮永久ひずみを目的変数としたデータセットから、図3に示すデータテーブルを作成し、データベースに格納した。
【0073】
上記のように取得した赤外吸収スペクトルを基に劣化前特徴データ、および、劣化後特徴データとを比較し、Oリングの劣化に寄与するピーク強度比を説明変数とし、圧縮永久ひずみを目的変数として、データセットを作成してデータベース化した。
【0074】
図5に、同質材料であるOリングを構成するOリング材料であるアクリロニトリルニトリルブタジエンゴム(NBR)の劣化後の同質材料の赤外吸収スペクトルを破線で示している。なお、図5に示す劣化後の同質材料の赤外吸収スペクトルは、窒素環境下で120℃、140時間の熱を劣化因子として劣化させた同質材料を測定したものである。
【0075】
図5に示す劣化前、および、劣化後の赤外吸収スペクトルから、加熱により変化し、かつ互いに曳航せず、機械特性への影響が大きいピークとして、ブタジエン基、可塑剤、カルボニル基、ニトリル基に由来するピーク強度を抽出した。そして、抽出したそれぞれのピークを、劣化予測モデルの説明変数(X1~X4)として、劣化前、および、劣化後の同質材料の特徴データとした。なお、劣化予測モデル作成に用いた説明変数のデータベース化には、図5に示す赤外吸収スペクトルを、CH基(2917cm-1)のピーク強度で除算して、各ピークを規格化したピーク強度比の値を用いた。
【0076】
なお、劣化後の同質材料では、上記の劣化条件以外の劣化条件のサンプルについても、同様にピークを用いて劣化後特徴データを取得した。劣化因子を放射線(γ線)、または、放射線(γ線)と熱との両方とした場合や、劣化環境を窒素雰囲気から熱水とした場合も、赤外吸収スペクトルのピークの変化に同様の傾向が見られた。
【0077】
そして、上述の手法で取得した劣化前特徴データと劣化後特徴データとにおけるOリングの劣化に寄与する上記ピークの強度比を取得した。また、劣化前の同質材料の圧縮永久ひずみと劣化後の同質材料の圧縮永久ひずみとにおいてピーク強度比を取得した。そして、ピークの強度比を説明変数、圧縮永久ひずみとの比を目的変数とするデータセットを作成し、データベース化(図3)した。
【0078】
[劣化予測モデル作成工程(ステップS4)]
次に、上記で作成したデータベースを基に、重回帰分析により目的変数と説明変数とを相関づけることで、劣化予測モデルを作成した。実施例では、上述の線形回帰モデルによる回帰式[Y=A0+A1×X1+A2×X2+A3×X3+A4×X4]を用いて、重回帰分析を行った。
【0079】
[実使用劣化品データ取得工程(ステップS5)]
次に、データベースに含まれていない実使用条件である使用温度100℃、使用時間360時間の条件で使用したOリングを評価対象材料として、赤外吸収スペクトルを測定した。そして、赤外吸収スペクトルから、上記ピーク強度比を評価材特徴データとして取得した。
【0080】
[劣化状態予測工程(ステップS6)]
次に、ステップS5で取得した評価材特徴データと、劣化予測モデル作成工程ステップS4で作成した劣化予測モデルとを用いて、評価対象材料の圧縮永久ひずみを予測した。
そして、予測した圧縮永久ひずみの値と、実際に評価対象材料を使用した使用温度、及び使用時間からなる使用条件とのデータセットを、ステップS3で作成したデータベースに追加したデータテーブル(図4)を作成し、データベースを更新した。
なお、上記実使用条件での評価対象材料では、劣化予測モデルによって予測した圧縮永久ひずみが、44.86%であった。
【0081】
[寿命推算式作成工程(ステップS7)]
次に、ステップS6で更新したデータベースから、寿命推算式を作成した。
実施例ではラーソンミラー型の反応速度式[P=a/T+b×log(t)+c]を用いた。また、更新したデータベースによる寿命推算用DB(T、logt、Tlogt)と、圧縮永久ひずみによる劣化状態(Y(ct);圧縮永久ひずみ)の回帰分析を実施した。そして、この回帰分析によってラーソンミラー型の反応速度式のパラメータを決定し、使用温度、使用時間、および、圧縮永久ひずみを変数とする寿命推算式を作成した。
【0082】
[寿命推算・表示工程(ステップS8)]
次に、ステップS7で作成した寿命推算式を用いて、100℃の使用環境を想定した場合の劣化状態(Y(ct);圧縮永久ひずみ)と、使用時間tとの関係式を取得した。この関係式は、ステップS7で作成した寿命推算式の使用温度Tに、100+273.15[K(ケルビン)]を代入することで得られる。
【0083】
図7に、100℃での寿命推算式を用いた、圧縮永久ひずみと使用時間との寿命推算式をグラフに示す。図7では、上述の手法で取得した使用時間との寿命推算式のグラフを、破線で示している。
また、図7では、比較例として、特許文献1に記載された方法を用いて、圧縮永久ひずみを使用時間で線形補間した、使用時間と圧縮永久ひずみとの関係式(比較例)のグラフを実線で示しいている。
なお、図7は、縦軸が圧縮永久ひずみの値[%]であり、横軸が使用時間[hour]である。
【0084】
一般産業品では、圧縮永久ひずみが80%となると寿命の目安とされる。
上記各工程を実施して取得した、圧縮永久ひずみと使用時間との寿命推算式によると、圧縮永久ひずみが80%に到達するまで1155時間と推算された。
一方、特許文献1に記載された線形補間による使用時間と圧縮永久ひずみとの関係式(比較例)として、下式を用いて寿命を算出した。
[寿命(時間)=80(%)×実使用時間(時間)/圧縮永久ひずみ予測値(%)]
上記関係式(比較例)では、ステップS5で算出した圧縮永久ひずみ44.86%、寿命とした圧縮永久ひずみ80%、および、実使用時間から、寿命は672時間と推算された。
従って、ステップS6で更新したデータベースを基にラーソンミラー型の反応速度式を用いて作成した寿命推算式と、特許文献1に記載の線形補間した関係式とでは、圧縮永久ひずみが80%に到達するまでの時間が443時間乖離した。
【0085】
次に、上記ラーソンミラー型の寿命推算式と、線形補間による関係式(比較例)とにおいて、使用時間と圧縮永久ひずみとの関係式との精度を比較した。比較には、劣化品データ取得・DB化工程(ステップS3)で取得した、データベースに含まれる使用温度100℃における、同質材料の圧縮永久ひずみと使用時間の実測データを用いた。そして、この同質材料の実測データを用いて、ラーソンミラー型の寿命推算式、および、線形補間による関係式(比較例)を用いて、使用時間と圧縮永久ひずみとの関係式から、圧縮永久ひずみの予測値を算出した。
【0086】
また、同質材料の実測データでは、使用時間が1270時間、圧縮永久ひずみが96.6%となる実測データ(1)と、使用時間が4460時間、圧縮永久ひずみが104.1%となる実測データ(2)を用いた。図4に、同質材料の実測データ(1)、実測データ(2)の使用時間および圧縮永久ひずみをそれぞれ示している。
【0087】
ラーソンミラー型の寿命推算式では、使用時間が1270時間の圧縮永久ひずみは82.9%、使用時間が4460時間の圧縮永久ひずみは110.8%と算出された。実測値との誤差は、それぞれ、16.5%、6.0%であった。
一方、線形補間による関係式(比較例)を用いた寿命推算では、使用時間が1270時間の圧縮永久ひずみは158.3%、使用時間が4460時間の圧縮永久ひずみは555.8%と算出された。実測値との差は、それぞれ、63.9%、533.9%であった。
【0088】
上述のように実施例のラーソンミラー型の寿命推算式を用いて推算した圧縮永久ひずみの値は、比較として線形補間による関係式を用いて推算した値に比べ、実測値により近似した結果となった。特に、実測データ(1)、実測データ(2)は、ともに使用時間の経過に係わらずラーソンミラー型の寿命推算式のグラフに近似している。これに対し、線形補間による関係式のグラフでは、使用時間が大きくなるほど実測値と乖離する傾向が得られた。
このように、化学反応速度論に基づくラーソンミラー型などの反応速度式、および、実際に取得した同質材料、評価対象材料のデータベースから作成される寿命推算式を用いることで、より高精度な寿命推算が可能となる。
【0089】
なお、本発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。例えば、上記の実施形態は、本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、本発明は、必ずしも説明した全ての構成を備える態様に限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能である。また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について、削除したり、他の構成を追加・置換したりすることが可能である。
【符号の説明】
【0090】
1 寿命評価装置、11 劣化前データ取得部、12 同質材料劣化部、13A 劣化品データ取得部、13B データベース部、14 劣化予測モデル作成部、15 実使用劣化品データ取得部、16 劣化状態予測部、17 寿命推算式作成部、18 寿命推算部、19 表示部、20 試験片、21 試験治具、22 スペーサー
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7