(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025011357
(43)【公開日】2025-01-24
(54)【発明の名称】電子ビーム放出構造および電界放射装置
(51)【国際特許分類】
H01J 1/304 20060101AFI20250117BHJP
H01J 9/02 20060101ALI20250117BHJP
【FI】
H01J1/304
H01J9/02 B
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023113405
(22)【出願日】2023-07-11
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2025-01-07
(71)【出願人】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】林 拓実
【テーマコード(参考)】
5C227
【Fターム(参考)】
5C227AB15
(57)【要約】
【課題】電子ビームのビーム径や焦点サイズの小径化を容易にし、電界放射装置の所望の機能を発揮し易くすることに貢献可能な技術を提供する。
【解決手段】軸心の一端が陽極2に対向した姿勢で配置される柱状電極基体11を有した冷陰極1において、陽極側対向面12の径方向の寸法を0.1mm~1mmとし、その陽極側対向面12にカーボンナノ構造体から成る電子放出部4を形成する。カーボンナノ構造体の表面は、当該表面から隆起した形状の粒状部40が当該表面に対して島状に分布するように形成されて、島状構造を成しているものとする。粒状部40は、隆起した方向の寸法が10μm以上であり、当該粒状部の最大径部における径方向の寸法が10μm以上の形状となるように形成されたものとする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸心の一端が陽極に対向した姿勢で配置される柱状電極基体を有し、前記柱状電極基体における前記陽極側の端面に電子放出部が設けられている冷陰極と、
前記冷陰極から絶縁された状態で前記軸心に対して同軸状に配置されて前記柱状電極基体の外周側を包囲する筒状の集束電極と、
を備え、
前記端面の径方向の寸法は、0.1mm~1mmであり、
前記電子放出部は、前記端面に生成した炭素核を成長させて得られるカーボンナノ構造体から成り、
前記カーボンナノ構造体の表面は、当該表面から隆起した形状の粒状部が当該表面に対して島状に分布するように形成されて、島状構造を成しており、
前記粒状部は、前記隆起方向の寸法が10μm以上で、当該粒状部の最大径部における径方向の寸法が10μm以上であることを特徴とする電子ビーム放出構造。
【請求項2】
前記粒状部における前記隆起方向の先端部は、当該隆起方向に向かって鈍角状に凸となる湾曲形状をなしていることを特徴とする請求項1記載の電子ビーム放出構造。
【請求項3】
前記先端部における径方向の寸法は、5μm以上であることを特徴とする請求項1または2記載の電子ビーム放出構造。
【請求項4】
前記冷陰極は、前記柱状電極基体と前記集束電極との間において前記軸心に対して同軸状に配置されている筒状の電極カバーにより、前記柱状電極基体の外周側が包囲されていることを特徴とする請求項1または2記載の電子ビーム放出構造。
【請求項5】
前記電極カバーにおける前記陽極側の開口縁面は、当該開口縁面上の点が当該電極カバーの径方向の内側から外側に近づくに連れて当該陽極側に移動するように傾斜形状となっていることを特徴とする請求項4記載の電子ビーム放出構造。
【請求項6】
請求項1または2記載の電子ビーム放出構造を有していることを特徴とする電界放射装置。
【請求項7】
前記陽極と前記集束電極との間に印加する電圧を変更可能な電圧制御部を、備えていることを特徴とする請求項6記載の電界放射装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばX線装置,電子管,照明装置等の種々の機器に適用可能な電子ビーム放出構造および電界放射装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電界放射は、電界集中により電子が真空雰囲気下(例えば絶縁性の真空容器中)に放出される現象であり、この現象を利用してX線装置,電子管,照明装置等の種々の電界放射装置を構成することが検討されてきた。
【0003】
電界放射の一例としては、所定距離を隔てて対向配置された電子源(冷陰極等)と陽極(ターゲット)との両者に所定の電圧を印加できる構成であって、当該印加によって電子源に発生する電子により、陽極に向かって電子ビームを放出できる態様が挙げられる。このような電子ビームを陽極に照射(衝突)させることにより、所望の機能(例えばX線装置の場合はX線の外部放出による透視分解能)を発揮できることとなる(例えば特許文献1~5)。
【0004】
電子源においては、Si基板やSUS基板等の電極基体を有したものであって、当該電極基体における陽極に対向している側の端面(以下、単に陽極側対向面と適宜称する)に電子放出部が設けられた冷陰極が、挙げられる。また、電子放出部としては、例えばCVD法によって陽極側対向面に生成した炭素核を成長させることにより、炭素膜(グラフェン,カーボンナノチューブ等)が三次元的に成長し重なり合って内部中空状に形成されたカーボンナノ構造体の態様が、挙げられる。
【0005】
電子ビームは、電子源と陽極との両者間方向の中心軸(以下、単に中心軸と適宜称する)に集束させて当該陽極に照射できるように、集束制御することが求められる。この集束制御の態様としては、例えば集束電極等を用いた構成により、当該電子源から陽極に近づくに連れて電子ビームのビーム径を小さくしたり、当該電子ビームが陽極に衝突する領域である焦点サイズ(電子スポット)を小さくすることが挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4565089号
【特許文献2】特許第5264055号
【特許文献3】特許第4408891号
【特許文献4】特許第4390847号
【特許文献5】特開2022-073816号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、例えばマイクロフォーカスX線管の電子ビームのようにビーム径や焦点サイズの小径化の要求が高まるに連れて、電極基体を小径化することが検討され始めている。しかしながら、単に電極基体の小径化を図ってしまうと、発生する電子量が低下し、管電流が低くなってしまうため、電界放射装置の所望の機能を発揮できなくなるおそれがある。
【0008】
また、たとえ小径の電極基体からの電子ビームにおいて高い電流密度を得ることができたとしても、当該電極基体に形成される電子放出部においては、当該高い電流密度の電子ビームに対する耐久性が低くなり易く、その結果、電界放射装置の所望の機能を発揮できなくなるおそれがある。
【0009】
なお、電磁コイル等を用いて電子ビームを集束制御することによりビーム径や焦点サイズの小径化を図ることも考えられるが、当該電磁コイルを具備すると、電界放射装置の大型化や高コスト化等を招くことになり、当該集束制御も複雑で困難となることが考えられる。
【0010】
本発明は、かかる技術的課題を鑑みてなされたものであって、電子ビームのビーム径や焦点サイズの小径化を容易にし、電界放射装置の所望の機能を発揮し易くすることに貢献可能な技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明に係る電子ビーム放出構造および電界放射装置は、前記の課題の解決に貢献できるものである。電子ビーム放出構造の一態様は、軸心の一端が陽極に対向した姿勢で配置される柱状電極基体を有し、前記柱状電極基体における前記陽極側の端面に電子放出部が設けられている冷陰極と、前記冷陰極から絶縁された状態で前記軸心に対して同軸状に配置されて前記柱状電極基体の外周側を包囲する筒状の集束電極と、を備えているものである。そして、前記端面の径方向の寸法は、0.1mm~1mmであり、前記電子放出部は、前記端面に生成した炭素核を成長させて得られるカーボンナノ構造体から成り、前記カーボンナノ構造体の表面は、当該表面から隆起した形状の粒状部が当該表面に対して島状に分布するように形成されて、島状構造を成しており、前記粒状部は、前記隆起方向の寸法が10μm以上で、当該粒状部の最大径部における径方向の寸法が10μm以上であることを特徴とする。
【0012】
また、前記粒状部における前記隆起方向の先端部は、当該隆起方向に向かって鈍角状に凸となる湾曲形状をなしていることを特徴としてもよい。
【0013】
また、前記先端部における径方向の寸法は、5μm以上であることを特徴としてもよい。
【0014】
また、前記冷陰極は、前記柱状電極基体と前記集束電極との間において前記軸心に対して同軸状に配置されている筒状の電極カバーにより、前記柱状電極基体の外周側が包囲されていることを特徴とするとしてもよい。
【0015】
また、前記電極カバーにおける前記陽極側の開口縁面は、当該開口縁面上の点が当該電極カバーの径方向の内側から外側に近づくに連れて当該陽極側に移動するように傾斜形状となっていることを特徴としてもよい。
【0016】
電界放射装置の一態様は、前記電子ビーム放出構造の何れかを有していることを特徴とする。また、前記陽極と前記集束電極との間に印加する電圧を変更可能な電圧制御部を、備えていることを特徴としてもよい。
【発明の効果】
【0017】
以上示したように本発明によれば、電子ビームのビーム径や焦点サイズの小径化を容易にし、電界放射装置の所望の機能を発揮し易くすることに貢献可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施例1による電子ビーム放出構造を説明するための概略構成図(中心軸に沿った断面図)。
【
図2】柱状電極基体11の一例を説明するための概略構成図(中心軸に沿った断面図)。
【
図3】カーボンナノ構造体の表面を電子顕微鏡で観察した電子像(表面の周縁部側を抜粋した電子像)。
【
図4】カーボンナノ構造体の粒状部40を電子顕微鏡で観察した電子像(斜視像)。
【
図5】検証例における印加電圧に対する電流密度特性の観測結果(IV特性を示す観測結果)。
【
図6】実施例2による電子ビーム放出構造を説明するための概略構成図(中心軸に沿った断面図)。
【
図7】実施例3による電子ビーム放出構造を説明するための概略構成図(中心軸に沿った断面図)。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施形態における電子ビーム放出構造,電界放射装置は、例えば単に電極基体の小径化を図った構成とは全く異なるものである。
【0020】
すなわち、本実施形態は、軸心の一端が陽極に対向した姿勢で配置される柱状電極基体を有した冷陰極において、当該柱状電極基体における陽極側対向面に電子放出部が設けた構成である。また、柱状電極基体の陽極側対向面の径方向の寸法は、0.1mm~1mmとし、電子放出部は、当該陽極側対向面に生成した炭素核を成長させて得られるカーボンナノ構造体から成るものとする。
【0021】
また、カーボンナノ構造体の表面は、当該表面から隆起した形状の粒状部が当該表面に対して島状に分布するように形成されて、島状構造を成しているものとする。そして、粒状部においては、隆起した方向(以下、単に隆起方向と適宜称する)の寸法が10μm以上であり、当該粒状部の最大径部(例えば後述
図4では根元部41)における径方向の寸法が10μm以上の形状(以下、単に大粒形状と適宜称する)となるように形成されたことを特徴とする。
【0022】
このように、径方向の寸法が0.1mm~1mmである陽極側対向面に形成されたカーボンナノ構造体から成る電子放出部において、当該カーボンナノ構造体の表面に大粒形状の粒状部を島状に分布するように形成して島状構造を成すことにより、高い電流密度の電子ビームを放出し易くなると共に、当該高い電流密度の電子ビームに対する耐久性も得られ易くなる。この結果、電界放射装置の所望の機能を発揮することが十分可能となる。
【0023】
本実施形態は、前記のような冷陰極等を有した構成であればよく、種々の分野(例えば電界放射装置分野,カーボンナノ構造体分野等)の技術常識を適宜適用することが可能である。例えば、必要に応じて特許文献1~5等を適宜参照して設計変形することが可能であり、その一例として以下に示す実施例1~3が挙げられる。
【0024】
なお、以下の実施例1~3では、例えば重複する内容について同一符号を適用する等により、詳細な説明を適宜省略しているものとする。
【0025】
≪参考例≫
従来の電界放射装置の一例として、焦点サイズがμm単位のX線管の場合、単にタングステンフィラメントを用いて構成された熱電子源を適用するのではなく、電子放出する酸化物陰極を組み合わせて構成された含浸型の熱陰極を適用した態様が、知られている。このような含浸型の熱陰極によれば、比較的小さい構成とすることができ、電子流を多く発生できるものとされてきた。
【0026】
一般的な電子源として、電子源径が数μm~数十μm(例えば50μm)の熱陰極は、アンペアーオーダーの電子流を発生するものがある。また、熱陰極と陽極との間にアパーチャ(電子源径に応じたアパーチャ)を介在させた態様により、電子流を制限しながら陽極に照射して、反射型のX線管として機能させることが知られている。この反射型のX線管は、透過型のX線管と比較すると、出力を大きくできるメリットがあるとされている。
【0027】
しかし、前記のような熱陰極は、真空雰囲気下(例えば真空容器内)に設置して適用されるが、当該真空雰囲気下の真空度によってはタングステンフィラメントが消耗し易くなることから、長寿命化を図ることが困難とされてきた。また、含浸型の熱陰極は高価になり易く、製作することも困難であった。
【0028】
そこで、近年においては、カーボンナノチューブに代表される炭素膜を使用した電界放射型の冷陰極を適用した構成が、注目されている。冷陰極を適用した一般的なX線管の一例としては、径方向の寸法が数mm程度(例えば5mm)の電極基体の陽極側対向面に炭素膜を成膜してカーボンナノ構造体の電子放出部を形成したものであって、管電流が数mA程度の態様が挙げられる。
【0029】
特許文献1~5の電子放出部の場合、表面に粒状部が島状に分布するように形成されて島状構造を成しているものの、当該粒状部においては、後述の実施例1~3と比較すると小さい寸法形状(例えば、径方向寸法が数nm~数μm程度で先細りの形状;以下、単に小粒形状と適宜称する)である。
【0030】
このようなX線管の電極基体を単に小径化(例えば0.5mm程度に小径化)した場合、電子ビームのビーム径や焦点サイズを小径化できる可能性はあるが、当該電極基体の陽極側対向面の面積(電子放出部の表面の面積)が縮小されてしまうため、発生する電子量が低下し、管電流が低くなってしまう。また、たとえ小面積の陽極側対向面(電子放出部)からの電子ビームにおいて高い電流密度を得ることができたとしても、電子放出部が当該高い電流密度の電子ビームに耐えられず、寿命が短くなってしまうおそれがある。
【0031】
具体例として、電極基体の径方向の寸法を5mmから0.5mmに小径化すると、電子放出部の表面の面積は1/100程度に縮小されることとなり、管電流も1/100程度に小さくなってしまう。このように小径化した構成において、当該小径化前の管電流(例えば1mA)を達成するためには、電子ビームの電流密度を100倍程度に高くすることが考えられるが、電子放出部が当該高い電流密度の電子ビームに耐えられなくなってしまう。
【0032】
これに対し、例えば後述の実施例1~3の電子ビーム放出構造の場合、陰極における陽極側対向面の径方向の寸法を、比較的小さく設定(0.1mm~1mmの範囲内に設定)する一方、その陽極側対向面に形成される電子放出部(カーボンナノ構造体)の表面において島状構造を成す各粒状部を、大粒形状にしたものである。これにより、電子ビームのビーム径や焦点サイズを小径化できるだけでなく、高い電流密度の電子ビームを放出し易くなると共に、当該高い電流密度の電子ビームに対する耐久性も得られ易くなる。この結果、例えばマイクロフォーカスX線管のような電界放射装置であっても、所望の機能を発揮し易くなる。
【0033】
≪実施例1≫
<実施例1の概略構成>
図1は、実施例1による電子ビーム放出構造を説明するための概略構成図である。
図1に示す電子ビーム放出構造においては、互いに対向して配置されている冷陰極1および陽極2と、当該冷陰極1の外周側を覆うように配置されている集束電極3とを主な要素として備えている。また、
図1の場合、冷陰極1と陽極2との間において電圧(管電圧)を印加するための電源E1と、当該陽極2と集束電極3との間において電圧を印加するための電源E2と、が設けられている。
【0034】
冷陰極1は、軸心の一端が陽極2に対向した姿勢で配置(すなわち、中心軸に対して同軸状に配置)された柱状電極基体11を有しており、その柱状電極基体11における陽極2側の端面である陽極側対向面12に、カーボンナノ構造体から成る電子放出部4が設けられた構成となっている。
【0035】
集束電極3は、柱状電極基体11の軸心(以下、単に冷陰極軸心と適宜称する)に対して同軸状に配置されて当該柱状電極基体11の外周側を包囲する筒状電極基体31を有しており、冷陰極1から絶縁された状態で設けられた構成となっている。
図1に示す集束電極3の場合、冷陰極1との間に間隙が設けられており、これにより冷陰極1に対して絶縁状態となっているが、これに限定されるものではない。例えば、冷陰極1と集束電極3との間に図外の絶縁体を介在させる等により、所望の絶縁状態を構成することが挙げられる。
【0036】
<冷陰極1の構成例>
冷陰極1の柱状電極基体11は、径方向の寸法が0.1mm~1mmの陽極側対向面12に電子放出部4を設けることが可能なものであって、電源E1による所望の大きさの電圧の印加により当該電子放出部4に電子を発生させ、その電子を陽極2に向かって放出させて電子ビーム(図示省略)を構成できればよく、種々の態様を適用することが可能である。
【0037】
その一例としては、導電性の金属材料(例えばFe-Cr-Ni系合金)を柱状(例えば円柱状)に成形してなるものが挙げられる。その他、炭素(カーボンナノ構造体)との結合性が良好な基板(シリコン基板やタングステン基板等)を柱状に成形してなるものも挙げられる。
【0038】
また、単なる柱状の形状に限定されるものでもなく、例えば
図2に示す柱状電極基体11のように、陽極側対向面12側をテーパー状にして先細りした形状としてもよい。これにより、陽極側対向面12の径方向の寸法を小さく設定できる一方で、当該陽極側対向面12の反対側における径方向の寸法は大きく設定できるため、例えば一定の機械的強度を保持し易くなる。
【0039】
<陽極2の構成例>
陽極2は、電子放出部4から放出された電子ビームが衝突し、その衝突した電子ビームによってX線等(図示省略)を放出できるものであればよく、種々の態様を適用することが可能である。
図1中の陽極2においては、当該陽極2における電子放出部4に対向し電子ビームが照射される面(以下、単に被照射面と適宜称する)21を有しており、当該被照射面21に対して電子ビームが衝突する構成となっている。この被照射面21においては、電子ビームの放出方向に対して所定角度で傾斜するように構成してもよい。この場合、当該被照射面21に衝突した電子ビームによって生じるX線等は、当該電子ビームの放出方向から折曲した方向(例えば図示左右方向のうち一方側)に、照射されることになる。
【0040】
<集束電極3の構成例>
集束電極3の筒状電極基体31は、冷陰極1による電界放射を妨げないように柱状電極基体11の外周側を包囲できる構成できればよく、種々の態様を適用することが可能である。
【0041】
その一例としては、柱状電極基体11と同様に導電性の金属材料を用いてなるものであって、当該金属材料により筒状(例えば円筒状の筒状部30を有した形状)に成形してなるものが挙げられる。その他、Si基板等の基板を筒状に成形してなるものであっても、電源E2による所望の大きさの電圧の印加により電子ビームを集束できる態様であればよい。
図1に示す筒状電極基体31の場合、当該筒状電極基体31における陽極2側の端部32に、当該端部32から冷陰極軸心側に突出して縮径された形状である環状の基体縮径部33が、設けられている。
【0042】
<電子放出部4の構成例>
電子放出部4においては、陽極側対向面12に形成したカーボンナノ構造体によって構成されたものであって、電源E1による所望の大きさの電圧の印加により当該電子放出部4の表面に電子を発生させ、その発生した電子を陽極2側に放出できるもの(放射体)であれば、種々の態様を適用することが可能である。
【0043】
具体例としては、図示するように柱状電極基体11の陽極側対向面12に対して薄膜状に形成(例えばCVD法等により成膜して形成)されたものが挙げられる。
【0044】
図1に示す電子放出部4の場合、当該電子放出部4の表面が、陽極側対向面12側に窪んで凹状となっている。このような表面が凹状の電子放出部4によれば、当該表面に発生する電子が中心軸側に偏倚した方向で陽極2側に放出され易くなる。これにより、電子ビームのビーム径や焦点サイズの小径化に貢献できることとなる。
【0045】
電子放出部4の表面を凹状にする方法は、特に限定されるものではないが、一例としては、予め凹状に成形された陽極側対向面12に電子放出部4を形成する方法が挙げられる。
【0046】
<カーボンナノ構造体の構成例>
電子放出部4のカーボンナノ構造体は、その表面が島状構造を成しているものであって、電源E1による所望の大きさの電圧の印加によって発生した電子を陽極2側に放出できるもの(放射体)であればよく、種々の態様を適用することが可能である。
【0047】
島状構造を成すカーボンナノ構造体自体は、例えば周知の成膜方法を適宜適用して形成可能なものであり、特に限定されるものではないが、一例としてCVD法を適用して形成することが挙げられる。
【0048】
CVD法の具体例としては、まず柱状電極基体11を所定の温度雰囲気下(例えばチャンバ内)に配置し、陽極側対向面12に対して炭素膜のプリカーサ(例えば、水素とメタンをプラズマ分解して生成したプリカーサ)を堆積し、当該陽極側対向面12に炭素核を生成して成長させる。
【0049】
これにより、炭素膜(グラフェン,カーボンナノチューブ等)が三次元的に成長し重なり合っている内部中空状のカーボンナノ構造体が、形成されることとなる。
【0050】
このカーボンナノ構造体の表面は、単なる平坦状ではなく、例えば
図3,
図4に示すように、当該表面から隆起した粒状部40が島状に分布するように形成(例えば
図3に示すように、無数の粒状部40が密集するように形成)されて、島状構造を成すものとなる。
【0051】
図3,
図4に示す粒状部40の場合、当該粒状部40の表面側が、微小な繊維状の炭素膜(例えば
図4では、筋状に観えるグラフェン)が突出した形状となっている。また、隣接する粒状部40同士が、それぞれの根元部41側で結合するように形成されている。
【0052】
粒状部40は、適用した成膜方法の成膜条件(例えば、プリカーサ生成条件、陽極側対向面12の温度条件、陽極側対向面12に対する電界や電気力線密度等)を適宜設定することにより、所望の形状となるように形成することが可能であり、好ましくは大粒形状とすることが挙げられる。
【0053】
大粒形状の粒状部40としては、当該粒状部40の隆起方向の寸法が10μm以上、好ましくは20μm以上、より好ましくは30μm以上であって、粒状部40における最大径部(例えば
図4では根元部41)の径方向の寸法が10μm以上、好ましくは20μm以上、より好ましくは30μm以上である態様が挙げられ、実態顕微鏡で確認できるような大粒形状の態様も挙げられる。
【0054】
なお、粒状部40の隆起方向の寸法や最大径部の径方向の寸法は、特に上限はなく、それぞれ例えば50μm程度に設定することも挙げられるが、カーボンナノ構造体の表面の島状構造を保てる程度で適宜設定することが好ましい。
【0055】
また、粒状部40の形状は、例えば
図3,
図4に示すように錘状,錘台状,紡錘状,球状等の態様が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0056】
また、粒状部40における隆起方向の先端部42は、当該隆起方向に向かって鈍角状に凸となる湾曲形状を成すように形成することが挙げられる。これにより、先端部42の径方向の寸法が大きくなるように形成(例えば、5μm以上、好ましくは10μm以上となるように形成)し易くなり、例えば高い電流密度の電子ビームに対する耐久性が得られ易くなる可能性がある。
【0057】
また、カーボンナノ構造体の表面に形成される粒状部40は、全てを大粒形状とする必要はなく、一部が他の粒形状(例えば小粒形状)であってもよいが、目的とする電界放射装置の所望の機能を発揮できる範囲内となるように、当該他の粒形状の割合を抑制(例えば、30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下に抑制)することが好ましい。
【0058】
<電界放射装置の構成例>
図1に示した電子ビーム放出構造によれば、種々の態様の電界放射装置を構成することが可能であり、その一例としては、筒状の絶縁体の両端が封止されて当該絶縁体の内周側に真空室が形成されている真空容器(図示省略)を適用したものが、挙げられる。
【0059】
具体的には、当該真空容器における真空室の一方側に陽極2を配置し、当該真空室の他方側に冷陰極1,集束電極3を配置して、電源E1,E2それぞれの電圧を所望通り印加できるように適宜配線した構成が挙げられる。また、管電流を適宜制御できるように、ウェネルト引出電極(図示省略)等を構成することも挙げられる。
【0060】
<その他>
電源E1,E2による電圧の印加構成は、種々の態様を適用することが可能であり、例えば当該電圧を適宜変更可能な電圧制御部(図示省略)を備えることが挙げられる。
【0061】
電圧制御部の設定例としては、マイクロフォーカスX線等のように焦点サイズを小さくする必要がある場合に、電子ビームの集束力が大きくなるように設定することが挙げられる。また、大きい出力(電力)の電子ビームを陽極2に照射すると共に当該陽極2に対するダメージを抑えたい場合には、電子ビームの集束力が小さくなるように設定することが挙げられる。
【0062】
電源E2により印加する電圧は、集束電極3によって電子ビームを集束できる程度の大きさでよく、電源E1により印加する電圧(管電圧)と比較すると、十分小さく設定(例えば管電圧の90%~100%の範囲内で設定)でき、電子量を抑制することが可能である。このため、電子ビーム放出構造が設置される真空雰囲気下においては、当該真空雰囲気下の真空度が劣化しないように抑制されることとなる。
【0063】
<検証例>
実施例1に基づいて、
図1の電子ビーム放出構造を有したX線管装置(以下、単に実施例装置と適宜称する)を作成し、電源E1の印加電圧に対する電流密度特性を観測したところ、
図5に示すような結果(
図5中の記号「〇」で示す結果)が得られた。また、特許文献1~5に基づいて作成したX線管装置(以下、単に比較例装置と適宜称する)においても、実施例装置と同様に電源E1の印加電圧に対する電流密度特性を観測したところ、
図5に示すような結果(
図5中の記号「●」で示す結果)が得られた。
【0064】
なお、実施例装置においては、
図2に示すような形状で陽極側対向面12の径方向の寸法が0.5mmの柱状電極基体11を適用し、当該陽極側対向面12に対しては、
図3,
図4に示すような島状構造のカーボンナノ構造体から成る電子放出部4を形成した。また、比較例装置においては、陽極側対向面12の径方向の寸法が5mmの柱状電極基体11を適用し、当該陽極側対向面12に対しては、小粒形状の粒状部による島状構造のカーボンナノ構造体から成る電子放出部4を形成した。
【0065】
図5に示す結果によると、実施例装置においては、陽極側対向面が小径(比較例装置よりも小径)であるにもかかわらず、低い印加電圧にて高い電流密度が得られていることが判る。
【0066】
そこで、実施例装置において、電源E1の印加電圧を180kVに設定したところ、電流密度5mA/mm2以上の電子ビームを放出できることを確認できた。また、当該実施例装置の冷陰極1においては、広範囲の電圧帯で適用しても所望の機能を発揮することが可能であり、高電圧帯(例えば数kV~300kV程度)でも十分な耐久性を有し、5mAの実電流が得られることも確認できた。一般的な電圧帯で適用した場合には、経時的変化等も十分抑制でき、長寿命化を図ることが可能となる。
【0067】
ゆえに、以上示した実施例1によれば、電子ビームのビーム径や焦点サイズを小径化できるだけでなく、高い電流密度の電子ビームを放出し易くなると共に、当該高い電流密度の電子ビームに対する耐久性も得られ易くなる。
【0068】
≪実施例2≫
<実施例2の概略構成>
図6は、実施例2による電子ビーム放出構造を説明するための概略構成図である。
図6に示す電子ビーム放出構造においては、柱状電極基体11の外周側を筒状の電極カバー5で包囲した構成となっている。電極カバー5は、柱状電極基体11と筒状電極基体31との間に介在し、冷陰極軸心に対して同軸状に位置するように設けられている。
【0069】
<電極カバー5の構成例>
電極カバー5は、柱状電極基体11の外周側を包囲できる筒状であればよく、種々の態様を適用することが可能である。
【0070】
その一例としては、絶縁破壊しないような材料、例えばモリブデン,タングステン,ステンレス等の高融点材料を用い、当該材料を筒状(例えば円筒状)に成形してなるものが挙げられる。
【0071】
図6に示す電極カバー5の場合、集束電極3との間に間隙が設けられており、これにより集束電極3に対して絶縁状態となっているが、これに限定されるものではない。例えば、電極カバー5と集束電極3との間に図外の絶縁体を介在させる等により、所望の絶縁状態を構成してもよい。
【0072】
また、電極カバー5の陽極2側の端部51において、例えば当該端部51から冷陰極軸心側に突出した縮径形状にすることにより、冷陰極軸心の延在方向において電子放出部4の周縁部と重畳した構成にしてもよい。
【0073】
また、電極カバー5は、柱状電極基体11に対して接触した状態や同電位の状態であってもよいが、電子放出部4と電極カバー5との両者が互いに干渉し過ぎないように、当該両者間を適宜設定することが好ましい。例えば、前記のような縮径形状の端部51の場合には、電子放出部4が当該端部51に押圧されて損傷しないように設定することが挙げられる。
【0074】
以上示した実施例2によれば、実施例1と同様の作用効果を奏する他に、以下に示すことが言える。すなわち、柱状電極基体11の外周側(例えば電子放出部4の周縁部側)においては、電気的に不安定な要素(例えば電界集中や異常放電が起こり得る要素)を含んでいる場合があるが、当該外周側を電極カバー5で包囲した構成によれば、当該不安定な要素を抑制することが可能となる。具体的に、電子放出部4の周縁部においては、電界が緩和し易くなる可能性がある。
【0075】
≪実施例3≫
<実施例3の概略構成>
図7は、実施例3による電子ビーム放出構造を説明するための概略構成図である。
図7に示す電子ビーム放出構造においては、電極カバー5の陽極2側の開口縁面52が、単に当該電極カバー5の径方向に延在した形状(例えば
図6に示すような平坦な形状)ではなく、冷陰極軸心と傾斜した角度で交差する方向に延在した形状(以下、単に傾斜形状と適宜称する)となっている。
【0076】
具体的には、当該開口縁面52上の点が電極カバー5の径方向の内側から外側に近づくに連れて陽極2側に移動するような傾斜形状となっている。
【0077】
この傾斜形状は、例えば電子放出部4の周囲に起こり得る電界集中を抑制できる態様であればよく、種々の態様を適用することが可能である。
図7の場合には、電子放出部4の凹状の表面と開口縁面52との両者が、当該両者間にて連続するように延在した態様となっている。
【0078】
以上示した実施例3によれば、実施例1,2と同様の作用効果を奏する他に、以下に示すことが言える。すなわち、実施例2で述べた電気的に不安定な要素について、より抑制し易くなり、具体的に電子放出部4の周縁部においては、より電界が緩和し易くなる可能性がある。
【0079】
以上、本発明において、記載された具体例に対してのみ詳細に説明したが、本発明の技術思想の範囲で多彩な変更等が可能であることは、当業者にとって明白なことであり、このような変更等が特許請求の範囲に属することは当然のことである。
【0080】
例えば、実施例1~3においては適宜組み合わせてもよい。具体例としては、
図6,
図6に示す電子ビーム放出構造に、
図2に示す柱状電極基体11を適用することが挙げられる。その他、特許文献1~5に開示されている内容を適宜適用して設計変形することもでき、実施例1~3と同様の作用効果を奏することが可能である。
【符号の説明】
【0081】
1…冷陰極、11…柱状電極基体、12…陽極側対向面
2…陽極
3…集束電極
4…電子放出部、40…粒状部、41…根元部、42…先端部
5…電極カバー、52…開口縁面
【手続補正書】
【提出日】2024-10-15
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸心の一端が陽極に対向した姿勢で配置される柱状電極基体を有し、前記柱状電極基体における前記陽極側の端面に電子放出部が設けられている冷陰極と、
前記冷陰極から絶縁された状態で前記軸心に対して同軸状に配置されて前記柱状電極基体の外周側を包囲する筒状の集束電極と、
を備え、
前記端面の径方向の寸法は、0.1mm~1mmであり、
前記電子放出部は、前記端面に生成した炭素核を成長させて得られるカーボンナノ構造体から成り、
前記カーボンナノ構造体の表面は、当該表面から隆起した形状の粒状部が当該表面に対して島状に分布するように形成されて、島状構造を成しており、
前記粒状部は、前記隆起方向の寸法が10μm以上で、当該粒状部の最大径部における径方向の寸法が10μm以上であることを特徴とする電子ビーム放出構造。
【請求項2】
前記粒状部における前記隆起方向の先端部は、当該隆起方向に向かって鈍角状に凸となる湾曲形状をなしていることを特徴とする請求項1記載の電子ビーム放出構造。
【請求項3】
前記粒状部における前記隆起方向の先端部の径方向の寸法は、5μm以上であることを特徴とする請求項1または2記載の電子ビーム放出構造。
【請求項4】
前記冷陰極は、前記柱状電極基体と前記集束電極との間において前記軸心に対して同軸状に配置されている筒状の電極カバーにより、前記柱状電極基体の外周側が包囲されていることを特徴とする請求項1または2記載の電子ビーム放出構造。
【請求項5】
前記電極カバーにおける前記陽極側の開口縁面は、当該開口縁面上の点が当該電極カバーの径方向の内側から外側に近づくに連れて当該陽極側に移動するように傾斜形状となっていることを特徴とする請求項4記載の電子ビーム放出構造。
【請求項6】
請求項1または2記載の電子ビーム放出構造を有していることを特徴とする電界放射装置。
【請求項7】
前記陽極と前記集束電極との間に印加する電圧を変更可能な電圧制御部を、備えていることを特徴とする請求項6記載の電界放射装置。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0013
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0013】
また、前記粒状部における前記隆起方向の先端部の径方向の寸法は、5μm以上であることを特徴としてもよい。