(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025011358
(43)【公開日】2025-01-24
(54)【発明の名称】磁気軸受の制御装置および制御方法
(51)【国際特許分類】
F16C 32/04 20060101AFI20250117BHJP
【FI】
F16C32/04 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023113406
(22)【出願日】2023-07-11
(71)【出願人】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】石橋 達朗
(72)【発明者】
【氏名】小川 隆一
【テーマコード(参考)】
3J102
【Fターム(参考)】
3J102AA01
3J102BA03
3J102BA17
3J102BA18
3J102CA10
3J102CA23
3J102CA32
3J102DA02
3J102DA03
3J102DA09
3J102DB05
3J102DB10
3J102DB11
3J102DB12
3J102DB29
3J102DB30
3J102DB31
3J102DB37
3J102GA13
(57)【要約】
【課題】左右非対称な回転体に対しても磁気軸受の制御器を高度に調整する。
【解決手段】回転体および電磁石を含むプラント40、それを制御する制御器30、負ばね分の相殺ゲインのブロック33、外乱入力端(1)、評価出力端(2)を備えて、出力変位(3)から指令変位側にフィードバックを施す、磁気軸受により制御される回転体のモデルを構築し、回転体のゼロ回転と低速回転の状態で前記外乱入力端(1)に加振信号を重畳したときの評価出力端(2)の信号を測定して感度関数を各々取得し、低速回転時の感度関数から、前記モデルの既知のパラメータを代入した状態空間モデルの外乱入力に、加振信号を重畳したときに評価出力端(2)の信号が設定信号となるように、モード合成法モデルのジャイロ行列のパラメータの同定および調整を行い、そのモード合成法モデルから最高回転数のプラントの周波数応答を推定し、前記制御器30のパラメータを調整する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気軸受により回転体を支持する磁気軸受装置において、
回転体および回転体の軸方向左右側に各々配置される電磁石を含むプラント、前記プラントを制御する制御器、電流制御のブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロック、制御入力、外乱入力、評価出力、制御出力を備えて、前記制御出力から制御入力にフィードバックを施す、磁気軸受により制御される回転体のモデルを構築し、
前記回転体を浮上させゼロ回転の状態で、前記モデルの外乱入力に加振信号を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答のゼロ回転時の感度関数を取得し、前記回転体を浮上させ、不釣り合い加振力が無視できるような低速回転状態で、前記モデルの外乱入力に、前向きの加振信号(回転体の軸方向をzにとる右手系を考え、回転方向が反時計回りの場合x方向にAcos(ωt)、y方向にAsin(ωt)の大きさの加振信号)を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答の低速回転時の感度関数を取得する感度関数取得部と、
前記取得されたゼロ回転時の感度関数から、前記磁気軸受で制御される回転体のモデル内の制御器、電流制御ブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロックの既知のパラメータを代入した状態空間モデルの外乱入力に、加振信号を重畳したときに評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルの質量行列、剛性行列、減衰行列のパラメータの同定および調整を行い、
前記取得された低速回転時の感度関数から、前記磁気軸受で制御される回転体のモデル内の制御器、電流制御ブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロックの既知のパラメータを代入した状態空間モデルの外乱入力に、前記加振信号を重畳したときに評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルのジャイロ行列のパラメータの同定および調整を行うパラメータ推定部と、
前記パラメータ推定部によりパラメータが同定、調整されたモード合成法モデルから、最高回転数でのプラントの周波数応答を推定し、前記制御器のパラメータをH∞ノルムでループ整形して制御器のパラメータを調整する制御器パラメータ調整部と、を備えたことを特徴とする磁気軸受の制御装置。
【請求項2】
前記感度関数取得部が前記低速回転時の感度関数を取得する際に重畳する、前向きの加振信号による回転速度の同期成分を抽出して除去するトラッキングフィルタを備え、
前記パラメータ推定部は、低速回転時、前記状態空間モデルの外乱入力に、前記加振信号に変えて後ろ向きの加振信号(回転体の軸方向をzにとる右手系を考え、回転方向が反時計回りの場合x方向にAsin(ωt)、y方向にAcos(ωt)の大きさの加振信号)を重畳したときに前記評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルのジャイロ行列のパラメータの同定および調整を行うことを特徴とする請求項1に記載の磁気軸受の制御装置。
【請求項3】
前記感度関数取得部が前記低速回転時の感度関数を取得する際に重畳する、前向きの加振信号による回転速度の同期成分および後ろ向きの加振信号による回転速度の同期成分を抽出して除去するトラッキングフィルタを備え、
前記感度関数取得部は、前記低速回転時、前記モデルの外乱入力に前記前向きの加振信号又は後ろ向きの加振信号を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答の低速回転時の感度関数を取得することを特徴とする請求項1に記載の磁気軸受の制御装置。
【請求項4】
前記トラッキングフィルタは、
前記回転体の回転角速度に同期したcos(Ωt)信号およびsin(Ωt)信号を生成する信号生成部と、
前記感度関数取得部により低速回転時に測定した評価出力のx方向、y方向の二軸の変位信号と前記信号生成部で生成されたcos(Ωt)信号およびsin(Ωt)信号を積和演算する第1の演算部と、
前記第1の演算部の出力を入力して回転速度同期成分の振幅を出力するローパスフィルタと、
前記ローパスフィルタから出力される回転速度同期成分の振幅と回転体の回転角速度に同期したcos(Ωt)信号をおよびsin(Ωt)信号を積和演算して2軸方向の回転速度の同期成分を抽出する第2の演算部と、を備えたことを特徴とする請求項2に記載の磁気軸受の制御装置。
【請求項5】
前記トラッキングフィルタは、
前記回転体の回転角速度に同期したcos(Ωt)信号およびsin(Ωt)信号を生成する信号生成部と、
前記感度関数取得部により低速回転時に測定した評価出力の一軸の変位信号と前記信号生成部で生成されたcos(Ωt)信号およびsin(Ωt)信号を積算する第1の演算部と、
前記第1の演算部の出力を入力して回転速度同期成分の振幅を出力するローパスフィルタと、
前記ローパスフィルタから出力される回転速度同期成分の振幅と回転体の回転角速度に同期したcos(Ωt)信号をおよびsin(Ωt)信号を積和演算して一軸方向の回転速度の同期成分を抽出する第2の演算部と、を備えたことを特徴とする請求項3に記載の磁気軸受の制御装置。
【請求項6】
前記感度関数取得部が取得するゼロ回転時の感度関数は、状態空間表現で次の式(29)、式(30)で表され、
【数29】
【数30】
前記感度関数取得部が取得する低速回転時の感度関数は、状態空間表現で次の式(32)~式(44)で表され、
【数32】
【数33】
【数34】
【数35】
【数36】
【数37】
【数38】
【数39】
【数40】
【数41】
【数42】
【数43】
【数44】
(X
1,X
2はそれぞれモード合成法のプラントロータのx方向の状態ベクトル、Y
1,Y
2はそれぞれモード合成法のプラントロータのy方向の状態ベクトル、F
il,I
ntはそれぞれPID制御器の状態ベクトル、T
raは電流制御ローパスに対応する状態ベクトル、yは出力ベクトル、uは入力ベクトル、E
nはn×nの単位行列、0
nはn×nの零行列、0
m,nはm×nの零行列、mは内部系固有モードの数、M
qは質量行列、Dは減衰行列、K
nは剛性行列、Ωは回転数、PはPID制御器の比例項、k
i=2K(I
1+I
2)/δ
0
2(Kは電磁石吸引力係数、I
1は回転体の左右のうちいずれか一方に配置される電磁石のコイルのバイアス電流、I
2は回転体の左右のうちいずれか他方に配置される電磁石のコイルのバイアス電流、δ
0は電磁石と回転体の間の空隙)、k
sは負ばね効果を相殺するためのゲイン、ω
cは前記電流制御のブロックのローパスフィルタのカットオフ周波数(角周波数))
前記パラメータ推定部が同定する質量行列は式(12)で表され、
【数12】
(T
qはモード合成法による変換、M,M
qは質量行列、φは内部系固有モード、δは変形モード)
前記パラメータ推定部が同定する剛性行列は式(14)で表され、
【数14】
(K,K
qは剛性行列、K
eqは軸受点を1だけ持ち上げるのに要する力)
前記パラメータ推定部が同定する減衰行列は式(26)で表され、
【数26】
(diagonalは対角行列)
前記パラメータ推定部が同定するジャイロ行列は式(13)で表される、
【数13】
(G,G
qはジャイロ行列、T
qはモード合成法による変換)
ことを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の磁気軸受の制御装置。
【請求項7】
前記回転体は左右非対称であることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の磁気軸受の制御装置。
【請求項8】
前記回転体は左右非対称であることを特徴とする請求項6に記載の磁気軸受の制御装置。
【請求項9】
磁気軸受により回転体を支持する磁気軸受の制御方法において、
回転体および回転体の軸方向左右側に各々配置される電磁石を含むプラント、前記プラントを制御する制御器、電流制御のブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロック、制御入力、外乱入力、評価出力、制御出力を備えて、前記制御出力から制御入力にフィードバックを施す、磁気軸受により制御される回転体のモデルを構築し、
感度関数取得部が、前記回転体を浮上させゼロ回転の状態で、前記モデルの外乱入力に加振信号を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答のゼロ回転時の感度関数を取得し、前記回転体を浮上させ、不釣り合い加振力が無視できるような低速回転状態で、前記モデルの外乱入力に、前向きの加振信号(回転体の軸方向をzにとる右手系を考え、回転方向が反時計回りの場合x方向にAcos(ωt)、y方向にAsin(ωt)の大きさの加振信号)を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答の低速回転時の感度関数を取得するステップと、
パラメータ推定部が、前記取得されたゼロ回転時の感度関数から、前記磁気軸受で制御される回転体のモデル内の制御器、電流制御ブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロックの既知のパラメータを代入した状態空間モデルの外乱入力に、加振信号を重畳したときに評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルの質量行列、剛性行列、減衰行列のパラメータの同定および調整を行うステップと、
パラメータ推定部が、前記取得された低速回転時の感度関数から、前記磁気軸受で制御される回転体のモデル内の制御器、電流制御ブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロックの既知のパラメータを代入した状態空間モデルの外乱入力に、前記加振信号を重畳したときに評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルのジャイロ行列のパラメータの同定および調整を行うステップと、
制御器パラメータ調整部が、前記パラメータ推定部によりパラメータが同定、調整されたモード合成法モデルから、最高回転数でのプラントの周波数応答を推定し、前記制御器のパラメータをH∞ノルムでループ整形して制御器のパラメータを調整するステップと、を備えたことを特徴とする磁気軸受の制御方法。
【請求項10】
前記感度関数取得部が前記低速回転時の感度関数を取得する際に重畳する、前向きの加振信号による回転速度の同期成分を抽出して除去するトラッキングフィルタを設け、
前記パラメータ推定部が、低速回転時、前記状態空間モデルの外乱入力に、前記加振信号に変えて後ろ向きの加振信号(回転体の軸方向をzにとる右手系を考え、回転方向が反時計回りの場合x方向にAsin(ωt)、y方向にAcos(ωt)の大きさの加振信号)を重畳したときに前記評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルのジャイロ行列のパラメータの同定および調整を行うステップを備えたことを特徴とする請求項9に記載の磁気軸受の制御方法。
【請求項11】
前記感度関数取得部が前記低速回転時の感度関数を取得する際に重畳する、前向きの加振信号による回転速度の同期成分および後ろ向きの加振信号による回転速度の同期成分を抽出して除去するトラッキングフィルタを設け、
前記感度関数取得部が、前記低速回転時、前記モデルの外乱入力に前記前向きの加振信号又は後ろ向きの加振信号を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答の低速回転時の感度関数を取得するステップを備えたことを特徴とする請求項9に記載の磁気軸受の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気軸受制御技術に関し、特に、左右非対称な回転体を磁気軸受の電磁石で制御し、浮上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気軸受により回転体を支持する磁気軸受装置において、電磁石の電流を制御して回転体の位置を制御し浮上させる際に、回転体の軸の周波数応答を計測して制御器の周波数応答を調整する。
【0003】
従来、磁気軸受制御技術として、例えば特許文献1、非特許文献1、非特許文献2に記載の技術が公開されていた。特許文献1には、有限要素法で解析した結果から低周波数の固有モードのモード重ね合わせでモデルを縮退したものを用いて制御器の設計を行うことが記載されている。
【0004】
非特許文献1には、ラジアル磁気軸受で回転体を磁気浮上させた状態で加振して「マグネティックハンマリング」と呼ばれる方法で回転体を診断する手法が紹介されている。
【0005】
非特許文献2には、磁気軸受弾性ロータの対称性を生かした磁気軸受弾性ロータのモード分離制御法が記載されている。
【0006】
従来の磁気軸受装置の一例を
図1に示す。
図1は、曝気ブロワに用いられるインペラを有するラジアル磁気軸受装置を備えた回転電機の構成を示している。
【0007】
図1において、11は回転軸12の先端に設けられたインペラ(羽根車など)である。
【0008】
インペラ11から軸方向に所定距離隔てた回転軸12の外周には円板形状のスラストディスク13が固着されている。14はスラストディスク13のインペラ側に配設された電磁石、15はスラストディスク13の反インペラ側に、スラストディスク13を挟んで電磁石14と対向配設された電磁石である。
【0009】
インペラ11とスラストディスク13の間に位置する回転軸12の外周には、回転軸12を半径方向に非接触で支持するラジアル磁気軸受1が設けられている。
【0010】
このラジアル磁気軸受1の電磁石には、電磁石に流れる電流の制御が可能な電力変換器(図示省略)が接続されている。
【0011】
16はラジアル磁気軸受1のインペラ11側の回転軸12の外周に配設された保護軸受である。この保護軸受16は、例えばボールベアリング使用のタッチダウン軸受で構成されている。
【0012】
スラストディスク13から軸方向の反インペラ側に所定距離隔てた回転軸12の外周には永久磁石ロータ17が固着され、永久磁石ロータ17から回転軸12の径方向外周にギャップを隔ててステータコア18が配設されている。
【0013】
19aはステータコア18のインペラ側端に設けられた固定子巻線、19bはステータコア18の反インペラ側端に設けられた固定子巻線である。
【0014】
固定子巻線19bから軸方向の反インペラ側に所定距離隔てた回転軸12の外周には、回転軸12を半径方向に非接触で支持するラジアル磁気軸受2が設けられている。
【0015】
このラジアル磁気軸受2の電磁石には、電磁石に流れる電流の制御が可能な電力変換器(図示省略)が接続されている。
【0016】
20はラジアル磁気軸受2の反インペラ側の回転軸12の外周に配設された保護軸受である(保護軸受16と同様の構成)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】上山拓知、「ターボ分子ポンプ用磁気軸受の最近の開発動向」、ターボ機械第32巻第7号 pp.48-53 2004年7月
【非特許文献2】藤原浩幸、他、「磁気軸受弾性ロータのモード分離制御法」、日本機械学会論文集C編70巻698号 pp.2797-2804 (2004-10)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
特許文献1の技術では、回転体が左右非対称のような単純な構造体でない場合は、実機で加振した結果とズレが生じる場合がある。この場合、回転体の位置制御の精度が低くなる。
【0020】
また、モード重ね合わせのモデルは、ラジアル磁気軸受で浮上した回転体のように測定した変位に対して電磁石で力を制御する状態フィードバック制御により対象の固有モードが変わる可能性があるものへの適用には問題がある。
【0021】
また、非特許文献1の技術では、ラジアル磁気軸受で回転体に与えた加振力に対して変位信号を計測してプラント動剛性と呼ばれる周波数剛性特性が得られる。制御器のパラメータ調整ではこのプラント動剛性の周波数特性を計測しながら、手動で調整が行われる。よって調整に手間がかかる。また調整者のスキルに起因する適切なパラメータからのズレも懸念される。
【0022】
また、非特許文献2の技術のように、回転体が左右対称の場合は、回転体の運動は並進運動と傾き運動に分離されるためにモード分離した座標系ではそれぞれの運動に対する固有モードに対して独立に制御することが可能である。
【0023】
しかし、
図1に示すような曝気ブロワに用いられるインペラを有するラジアル磁気軸受装置を備えた回転体では左右非対称なオーバハングロータであるために、ラジアル磁気軸受1の制御器の特性がラジアル磁気軸受2の制御特性に影響を及ぼし、制御器のパラメータの調整を行うことが難しい。
【0024】
本発明は、上記課題を解決するものであり、その目的は、左右非対称な回転体に対しても磁気軸受の制御器を高度に調整することができる磁気軸受の制御装置を提供することにある。
【0025】
具体的には、加振試験により感度関数を測定してモード合成法のモデルと比較して加振結果に合うようにパラメータを調整し、そのモデルに対して制御器のパラメータを感度関数、安定余裕、外乱応答、電流等の周波数応答を考慮したうえで決定するラジアル磁気軸受制御装置を提案する。感度関数を測定するのは、プラント動剛性を入出力とするモデルはモデルとして不安定な系であるため、同定できないからである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
上記課題を解決するための請求項1に記載の磁気軸受の制御装置は、
磁気軸受により回転体を支持する磁気軸受装置において、
回転体および回転体の軸方向左右側に各々配置される電磁石を含むプラント、前記プラントを制御する制御器、電流制御のブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロック、制御入力、外乱入力、評価出力、制御出力を備えて、前記制御出力から制御入力にフィードバックを施す、磁気軸受により制御される回転体のモデルを構築し、
前記回転体を浮上させゼロ回転の状態で、前記モデルの外乱入力に加振信号を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答のゼロ回転時の感度関数を取得し、前記回転体を浮上させ、不釣り合い加振力が無視できるような低速回転状態で、前記モデルの外乱入力に、前向きの加振信号(回転体の軸方向をzにとる右手系を考え、回転方向が反時計回りの場合x方向にAcos(ωt)、y方向にAsin(ωt)の大きさの加振信号)を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答の低速回転時の感度関数を取得する感度関数取得部と、
前記取得されたゼロ回転時の感度関数から、前記磁気軸受で制御される回転体のモデル内の制御器、電流制御ブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロックの既知のパラメータを代入した状態空間モデルの外乱入力に、加振信号を重畳したときに評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルの質量行列、剛性行列、減衰行列のパラメータの同定および調整を行い、
前記取得された低速回転時の感度関数から、前記磁気軸受で制御される回転体のモデル内の制御器、電流制御ブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロックの既知のパラメータを代入した状態空間モデルの外乱入力に、前記加振信号を重畳したときに評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルのジャイロ行列のパラメータの同定および調整を行うパラメータ推定部と、
前記パラメータ推定部によりパラメータが同定、調整されたモード合成法モデルから、最高回転数でのプラントの周波数応答を推定し、前記制御器のパラメータをH∞ノルムでループ整形して制御器のパラメータを調整する制御器パラメータ調整部と、を備えたことを特徴とする。
【0027】
請求項2に記載の磁気軸受の制御装置は、請求項1において、
前記感度関数取得部が前記低速回転時の感度関数を取得する際に重畳する、前向きの加振信号による回転速度の同期成分を抽出して除去するトラッキングフィルタを備え、
前記パラメータ推定部は、低速回転時、前記状態空間モデルの外乱入力に、前記加振信号に変えて後ろ向きの加振信号(回転体の軸方向をzにとる右手系を考え、回転方向が反時計回りの場合x方向にAsin(ωt)、y方向にAcos(ωt)の大きさの加振信号)を重畳したときに前記評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルのジャイロ行列のパラメータの同定および調整を行うことを特徴とする。
【0028】
請求項3に記載の磁気軸受の制御装置は、請求項1において、
前記感度関数取得部が前記低速回転時の感度関数を取得する際に重畳する、前向きの加振信号による回転速度の同期成分および後ろ向きの加振信号による回転速度の同期成分を抽出して除去するトラッキングフィルタを備え、
前記感度関数取得部は、前記低速回転時、前記モデルの外乱入力に前記前向きの加振信号又は後ろ向きの加振信号を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答の低速回転時の感度関数を取得することを特徴とする。
【0029】
請求項4に記載の磁気軸受の制御装置は、請求項2において、
前記トラッキングフィルタは、
前記回転体の回転角速度に同期したcos(Ωt)信号およびsin(Ωt)信号を生成する信号生成部と、
前記感度関数取得部により低速回転時に測定した評価出力のx方向、y方向の二軸の変位信号と前記信号生成部で生成されたcos(Ωt)信号およびsin(Ωt)信号を積和演算する第1の演算部と、
前記第1の演算部の出力を入力して回転速度同期成分の振幅を出力するローパスフィルタと、
前記ローパスフィルタから出力される回転速度同期成分の振幅と回転体の回転角速度に同期したcos(Ωt)信号をおよびsin(Ωt)信号を積和演算して2軸方向の回転速度の同期成分を抽出する第2の演算部と、を備えたことを特徴とする。
【0030】
請求項5に記載の磁気軸受の制御装置は、請求項3において、
前記トラッキングフィルタは、
前記回転体の回転角速度に同期したcos(Ωt)信号およびsin(Ωt)信号を生成する信号生成部と、
前記感度関数取得部により低速回転時に測定した評価出力の一軸の変位信号と前記信号生成部で生成されたcos(Ωt)信号およびsin(Ωt)信号を積算する第1の演算部と、
前記第1の演算部の出力を入力して回転速度同期成分の振幅を出力するローパスフィルタと、
前記ローパスフィルタから出力される回転速度同期成分の振幅と回転体の回転角速度に同期したcos(Ωt)信号をおよびsin(Ωt)信号を積和演算して一軸方向の回転速度の同期成分を抽出する第2の演算部と、を備えたことを特徴とする。
【0031】
請求項6に記載の磁気軸受の制御装置は、請求項1から5のいずれか1項において、
前記感度関数取得部が取得するゼロ回転時の感度関数は、状態空間表現で次の式(29)、式(30)で表され、
【0032】
【0033】
【0034】
前記感度関数取得部が取得する低速回転時の感度関数は、状態空間表現で次の式(32)~式(44)で表され、
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
【0039】
【0040】
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
【0048】
(X1,X2はそれぞれモード合成法のプラントロータのx方向の状態ベクトル、Y1,Y2はそれぞれモード合成法のプラントロータのy方向の状態ベクトル、Fil,IntはそれぞれPID制御器の状態ベクトル、Traは電流制御ローパスに対応する状態ベクトル、yは出力ベクトル、uは入力ベクトル、Enはn×nの単位行列、0nはn×nの零行列、0m,nはm×nの零行列、mは内部系固有モードの数、Mqは質量行列、Dは減衰行列、Knは剛性行列、Ωは回転数、PはPID制御器の比例項、ki=2K(I1+I2)/δ0
2(Kは電磁石吸引力係数、I1は回転体の左右のうちいずれか一方に配置される電磁石のコイルのバイアス電流、I2は回転体の左右のうちいずれか他方に配置される電磁石のコイルのバイアス電流、δ0は電磁石と回転体の間の空隙)、ksは負ばね効果を相殺するためのゲイン、ωcは前記電流制御のブロックのローパスフィルタのカットオフ周波数(角周波数))
前記パラメータ推定部が同定する質量行列は式(12)で表され、
【0049】
【0050】
(Tqはモード合成法による変換、M,Mqは質量行列、φは内部系固有モード、δは変形モード)
前記パラメータ推定部が同定する剛性行列は式(14)で表され、
【0051】
【0052】
(K,Kqは剛性行列、Keqは軸受点を1だけ持ち上げるのに要する力)
前記パラメータ推定部が同定する減衰行列は式(26)で表され、
【0053】
【0054】
(diagonalは対角行列)
前記パラメータ推定部が同定するジャイロ行列は式(13)で表される、
【0055】
【0056】
(G,Gqはジャイロ行列、Tqはモード合成法による変換)
ことを特徴とする。
【0057】
請求項7に記載の磁気軸受の制御装置は、請求項1から5のいずれか1項において、
前記回転体は左右非対称であることを特徴とする。
【0058】
請求項8に記載の磁気軸受の制御装置は、請求項6において、
前記回転体は左右非対称であることを特徴とする。
【0059】
請求項9に記載の磁気軸受の制御方法は、
磁気軸受により回転体を支持する磁気軸受の制御方法において、
回転体および回転体の軸方向左右側に各々配置される電磁石を含むプラント、前記プラントを制御する制御器、電流制御のブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロック、制御入力、外乱入力、評価出力、制御出力を備えて、前記制御出力から制御入力にフィードバックを施す、磁気軸受により制御される回転体のモデルを構築し、
感度関数取得部が、前記回転体を浮上させゼロ回転の状態で、前記モデルの外乱入力に加振信号を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答のゼロ回転時の感度関数を取得し、前記回転体を浮上させ、不釣り合い加振力が無視できるような低速回転状態で、前記モデルの外乱入力に、前向きの加振信号(回転体の軸方向をzにとる右手系を考え、回転方向が反時計回りの場合x方向にAcos(ωt)、y方向にAsin(ωt)の大きさの加振信号)を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答の低速回転時の感度関数を取得するステップと、
パラメータ推定部が、前記取得されたゼロ回転時の感度関数から、前記磁気軸受で制御される回転体のモデル内の制御器、電流制御ブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロックの既知のパラメータを代入した状態空間モデルの外乱入力に、加振信号を重畳したときに評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルの質量行列、剛性行列、減衰行列のパラメータの同定および調整を行うステップと、
パラメータ推定部が、前記取得された低速回転時の感度関数から、前記磁気軸受で制御される回転体のモデル内の制御器、電流制御ブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロックの既知のパラメータを代入した状態空間モデルの外乱入力に、前記加振信号を重畳したときに評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルのジャイロ行列のパラメータの同定および調整を行うステップと、
制御器パラメータ調整部が、前記パラメータ推定部によりパラメータが同定、調整されたモード合成法モデルから、最高回転数でのプラントの周波数応答を推定し、前記制御器のパラメータをH∞ノルムでループ整形して制御器のパラメータを調整するステップと、を備えたことを特徴とする。
【0060】
請求項10に記載の磁気軸受の制御方法は、請求項9において、
前記感度関数取得部が前記低速回転時の感度関数を取得する際に重畳する、前向きの加振信号による回転速度の同期成分を抽出して除去するトラッキングフィルタを設け、
前記パラメータ推定部が、低速回転時、前記状態空間モデルの外乱入力に、前記加振信号に変えて後ろ向きの加振信号(回転体の軸方向をzにとる右手系を考え、回転方向が反時計回りの場合x方向にAsin(ωt)、y方向にAcos(ωt)の大きさの加振信号)を重畳したときに前記評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルのジャイロ行列のパラメータの同定および調整を行うステップを備えたことを特徴とする。
【0061】
請求項11に記載の磁気軸受の制御方法は、請求項9において、
前記感度関数取得部が前記低速回転時の感度関数を取得する際に重畳する、前向きの加振信号による回転速度の同期成分および後ろ向きの加振信号による回転速度の同期成分を抽出して除去するトラッキングフィルタを設け、
前記感度関数取得部が、前記低速回転時、前記モデルの外乱入力に前記前向きの加振信号又は後ろ向きの加振信号を重畳したときの前記評価出力を測定して周波数応答の低速回転時の感度関数を取得するステップを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0062】
(1)請求項1~11に記載の発明によれば、軸方向の2つのラジアル磁気軸受の制御器が互いに影響することにより磁気軸受の制御器の調整が難しい左右非対称な回転体に対しても、モデルを用いて高度に調整することが可能となる。これにより、回転体の位置制御の精度を向上できる。
【0063】
また、モデルを用いているので、回転数によって回転体の固有振動数が変化するジャイロ効果による影響を、定格回転数で回転させることなく、低速回転数での加振試験の結果からジャイロ行列のパラメータを同定することができ、定格回転数での周波数応答を推定できるといった利点がある。ジャイロ効果による固有振動数の変化分による周波数応答の変化を加味したうえで制御器のパラメータを高度に調整することも可能となる。
【0064】
また、より高度な安全措置が必要な高速での加振試験を行わなくともよいので、試験に要する手間・工数を低減できる。
(2)請求項2、4、10に記載の発明によれば、低速回転時に取得される感度関数の、不釣り合いによる前向き回転同期成分の影響を除去することができる。また、ジャイロ行列の同定時に前記前向き回転同期成分の影響を除去することによる、評価出力の応答の変化を無視することができ、これによってジャイロ行列の推定精度が高くなる。
(3)請求項3、5、11に記載の発明によれば、低速回転時に取得される感度関数の、不釣り合いによる前向き回転同期成分の影響、および軸受の支持剛性の異方性などによる後ろ向きの回転同期成分の影響を除去することができる。また、ジャイロ行列の同定時に前記前向き回転同期成分の影響、および軸受の支持剛性の異方性などによる後ろ向きの回転同期成分の影響を除去することによる、評価出力の応答の変化を無視することができ、これによってジャイロ行列の推定精度が高くなる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【
図1】本発明が適用される磁気軸受制御装置の一例を示す構成図。
【
図2】本実施形態例における制御構成とシステム同定用の加振信号を表すブロック線図。
【
図3】本実施形態例における、システム同定のための磁気軸受で制御された回転体のモデルのブロック線図。
【
図4】モード合成法のモデルにおける内部系固有モードと変形モードの説明図。
【
図6】磁気軸受の電磁石で発生する磁気力の説明図。
【
図7】本実施形態例で用いるサインスイープの信号波形図。
【
図8】本実施形態例で用いるサインスイープの外乱加振時の応答の波形図。
【
図9】本実施形態例で用いる前向き加振のサインスイープ信号の波形図。
【
図10】本実施形態例で用いるサインスイープの外乱加振時の応答の波形図。
【
図11】本実施形態例で用いる前向き加振の説明図。
【
図12】本実施形態例における、回転体の固有振動数線図。
【
図13】本実施形態例における、感度関数の調整のようすを表す説明図。
【
図14】本実施形態例における、安定余裕の調整のようすを表す説明図。
【
図15】本実施形態例における、外乱応答の調整のようすを表す説明図。
【
図16】本実施形態例における、変位指令から電流指令への応答の調整のようすを表す説明図。
【
図17】本実施形態例における制御構成とシステム同定用の加振信号を表すブロック線図。
【
図18】本発明の実施例2のトラッキングフィルタのブロック線図。
【
図19】本発明の実施例3のトラッキングフィルタのブロック線図。
【発明を実施するための形態】
【0066】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明するが、本発明は下記の実施形態例に限定されるものではない。下記には、本発明を
図1の磁気軸受装置に適用した実施形態例を説明するが、本発明はこれに限らず他の構成の磁気軸受装置に適用してもよい。
【0067】
図2は、回転体を磁気軸受で浮上させる制御の全体構成とシステム同定用の加振信号を示している。
図2において、30はPIDなどから成り、プラント40を制御する制御器である。プラント40は、回転体(
図1の回転軸12)およびラジアル磁気軸受1、2の電磁石から成る。
【0068】
制御器30の制御入力として入力された指令変位は、減算器31において、プラント40の制御出力からのフィードバック成分との偏差がとられる。制御器30の出力には、外乱入力端(1)から入力されるシステム同定用の加振信号が、加算器32において加算(重畳)される。
【0069】
33は、磁気軸受の電磁石の負ばね効果を相殺するゲイン(後述するKs)のブロックであり、減算器34において、前記加算器32の出力から前記ゲイン33が減算される。
【0070】
図中の(2)は外乱入力端(1)への加振結果を測定するための評価出力端であり、図中の(3)は出力変位が出力される制御出力端である。
【0071】
図2において制御器30のPIDは片方のラジアル磁気軸受(1,2のうちいずれか片方)の一方向に対して変位を測定し、測定した変位に対して電磁石を制御して電磁力を制御するものである。
【0072】
回転体を磁気軸受で浮上制御する際には
図1のラジアル磁気軸受1およびラジアル磁気軸受2でそれぞれ直交するx,yの2軸方向を制御する必要があるが、ここでは4つの軸ですべて同じ制御器のパラメータを持つサイドバイサイド制御とする。ここでは例として、
図2に示すように制御器は最も単純なPIDを対象に扱うが、他のより高次数のものを扱ってもよい。システム同定する際に制御器のパラメータが既知であればよい。
【0073】
図3には、システム同定用の加振結果の測定データからプラント40のパラメータを推定するためのモデルのブロック図を示す。
【0074】
図3において
図2と同一部分は同一符号をもって示している。
図3において
図2と異なる点は、前記プラント40のプラントロータを41とし、前記減算器34とプラントロータ41の間に、制御指令を電流指令に変換する電流指令変換ブロック35と、電流指令変換ブロック35の電流指令を入力とする電流制御ブロック36(後述の
図5の電流制御の伝達関数ブロックを構成するローパスフィルタからなるブロック)と、電磁石の吸引力を線形化する電磁石吸引力線形化ブロック37(後述の式(21)の第三項が関連する)と、電磁石による負ばね効果ブロック38(後述の式(21)の第二項が関連する)と、電磁石吸引力線形化ブロック37の出力と負ばね効果ブロック38の出力とを加算する加算器39(後述の式(21)が関連する)とを設けたことにあり、その他の部分は
図2と同様に構成されている。
【0075】
図3中の(4)は指令変位が入力される制御入力端、(5)は電流指令出力端である。
【0076】
図3のプラントロータ41のモデルはモード合成法のモデルを用いる。以下ではモード合成法のモデルについて説明する。
【0077】
有限要素法のロータ軸受系の運動方程式は下記の式(1)、式(2)のように表される。
【0078】
【0079】
【0080】
M:質量行列、G: ジャイロ行列、K:剛性行列、Q: 軸受反力、U:不釣り合いベクトル、Ω: 回転数である。
【0081】
Z=X+jYに変換すると、下記式(3)となる。
【0082】
【0083】
軸受の点をマスター節点として境界点をZ2、その他の内部点をスレーブ節点としてZ1として表し、式(4)とする。
【0084】
【0085】
式(4)を式(3)に代入すると、ロータ軸受系の運動方程式は下記の式(5)ように表される。
【0086】
【0087】
ジャイロ効果を無視した内部系の固有モードを式(6)のように考える。
【0088】
【0089】
式(6)を解いて内部系の固有モードをφとすると式(7)、式(8)である。
【0090】
【0091】
【0092】
ただし、「diagonal」は対角行列である。
【0093】
軸受を単位量だけ強制変位させた変形モードをδとすると、下記の式(9)が成り立つ。
【0094】
【0095】
Keqは軸受点を1だけ持ち上げるのに要する力であり、等価なばね定数に相当し、二軸受系ではKeq=0である。内部系固有モードをφ、変形モードδを用いて、モード合成法による変換Tqと、座標Zqは、下記の式(10)のように表される。Eは単位行列、ηはモード座標である。
【0096】
【0097】
式(10)を式(5)に代入して、前からTt
qをかけるとモード合成法の運動方程式、式(11)が得られる。
【0098】
【0099】
ここで
【0100】
【0101】
【0102】
【0103】
である。モード合成法のM
q:質量行列、G
q: ジャイロ行列は対称行列である。K
q:剛性行列は対角行列である。有限要素法の節点の自由度の数からモード合成法により、
図4に示すように内部系固有モードφの数と変形モードδの数つまり軸受の数に圧縮される。
図4において塗りつぶしている点が内部系固有モードφのモードに対応し、白抜きの点が変形モードδに対応している。
【0104】
次に
図3のモデルの電流指令変換ブロック35および電流制御ブロック36について説明する。
図3のモデルの、電磁石とその電流制御に関しては電流制御に対してPI制御を考える。
図5に伝達関数ブロック図を示す。
【0105】
i
refは、前記
図3の電流指令変換ブロック35から出力される電流指令であり、i
refと制御出力電流i
out(のフィードバック分)の偏差が減算器51でとられ、減算器51の出力が電流制御器に入力される。
【0106】
v
cmdは図示省略の電力変換器に対する電圧指令であり、
図5では、電力変換器でのPWMの過程を省略した上で連続系の伝達関数表記とした。ここで、制御の伝達関数Gc(s)はPI制御であり、式(15)で表される。電磁石の伝達関数Gem(s)は電磁石を巻線抵抗Remと巻線インダクタンスLemの直列接続とみなして式(16)で表される。したがって、フィードバック伝達関数G
FB(s)は式(17)となる。この形は角周波数ω
cをカットオフ周波数とする一次のLPF(ローパスフィルタ)で表される。
【0107】
【0108】
【0109】
【0110】
次に、
図3のモデルの電磁石吸引力線形化ブロック37および負ばね効果ブロック38について説明する。
【0111】
図3のモデルの磁気軸受の電磁石による負ばね効果については以下のように考える。磁気軸受では
図6に示すように1方向制御に対し、回転軸(12)を挟んで電磁石1、2を対向配設し、双方から引っ張り合ってその差で制御力を発生する。電磁石のコイルには、磁気吸引力を線形化する、および回転体の重力を支持するための直流成分のバイアス電流I
1,I
2と、振動成分を抑制するために必要な動的な交番電流i
1, i
2の和が電流として流れる。磁気軸受の2つの電磁石1,2の吸引力の差分から計算される回転体にかかる力F
b[N]は式(18)のように表される。ただし、以下では、F
1は電磁石1の吸引力[N]、F
2は電磁石2の吸引力[N]、δ
0は電磁石と回転体の距離(空隙)[m]、xは回転軸12の変位[m]、I
1は電磁石1のコイルのバイアス電流、I
2は電磁石2のコイルバイアス電流、i
1は電磁石1のコイルの交番電流[A]、i
2は電磁石2のコイルの交番電流[A]、電磁石吸引力係数K[Nm
2/A
2]である。
【0112】
【0113】
式(18)において、回転体の変位xが電磁石と回転体の距離δ0(空隙)より十分小さい、すなわち、x≪δ0であるため、式(19)のように表される。
【0114】
【0115】
振動成分を抑制するための電流がバイアス電流より十分小さい、すなわち、i1, i2≪I1,I2であるため、i1, i2の2次の微小項を無視すると、式(20)のように表される。
【0116】
【0117】
ここで、
【0118】
【0119】
と仮定してi=(i1+i2)/2とし、ki=2K(I1+I2)/δ0
2、kn=2K(I1
2+I2
2)/δ0
3とすると、式(21)のようになる。
【0120】
【0121】
ここで、式(21)のk
iは電流に関する吸引力係数[N/A]、k
nは変位に関する吸引力係数[N/m]である。式(21)の第一項が制御電流に関する力の項、第二項が負ばね効果による力の項、第三項が電磁石を吸引力に関して線形化するために必要なバイアス電流による力の項であり、回転体の重量とこの力が釣り合う。
図3の回転体のラジアル磁気軸受の場合は、2つのラジアル磁気軸受で回転体の重量の総和が釣り合うようにする。
【0122】
図3のモデルのPID制御器(30)は擬似微分を含み、s領域の連続系の伝達関数表現では式(22)のように表される。
【0123】
【0124】
ここでPは比例項、Iは積分項、Dは微分項、Nは擬似微分フィルタ係数である。
また、状態空間表現で式(23)、式(24)のように表される。ここで、Fil,IntはそれぞれPID制御器の状態変数、yは出力、uは入力である。
【0125】
【0126】
【0127】
式(11)より、x方向のゼロ回転でのジャイロ行列を含まないモード合成法のモデルは式(25)のように表される。
【0128】
【0129】
Dは減衰行列である。簡易的に減衰については式(26)のように対角行列を考える。
【0130】
【0131】
状態空間表現で式(27)、式(28)のように表される。ここで、X1,X2はそれぞれモード合成法のプラントロータのx方向の状態ベクトル、yは出力ベクトル、uは入力ベクトルである。
【0132】
【0133】
【0134】
Eは単位行列である。
【0135】
上記のことから、ゼロ回転での
図1の2つのラジアル磁気軸受1、2を考えて、
図3の外乱入力端(1)にx方向に外乱(例えば後述の加振信号)を入力したときの評価出力端(2)の信号を測定し、その測定信号による感度関数は、状態空間表現で式(29)、式(30)のように表現される。
【0136】
【0137】
【0138】
ここで、X1,X2はそれぞれモード合成法のプラントロータのx方向の状態ベクトル、Y1,Y2はそれぞれモード合成法のプラントロータのy方向の状態ベクトル、Fil,IntはそれぞれPID制御器(30)の状態ベクトル、Traは電流制御ローパスに対応する状態ベクトル、yは出力ベクトル、uは入力ベクトル、Enはn×nの単位行列、0nはn×nの零行列、0m,nはm×nの零行列、mは内部系固有モードの数である。
【0139】
2つのラジアル磁気軸受を考えているので入力と出力のベクトルの次元は2である。式(29)において磁気軸受の電磁石の負ばね効果による剛性行列は、
【0140】
【0141】
であり、kn=knE2である。また、ksは負ばね効果を相殺するためのゲインである。
【0142】
また、回転させたときはジャイロ行列の影響があるために下記のようにx、y方向の自由度を考えて、
図3の2つのラジアル磁気軸受1、2のx方向に外乱入力端(1)に外乱を入力して、評価出力端(2)の信号を測定し、その測定信号による感度関数は状態空間表現で式(32)、式(33)のように表される。
【0143】
【0144】
【0145】
ここで、
【0146】
【0147】
【0148】
【0149】
【0150】
【0151】
【0152】
【0153】
【0154】
【0155】
【0156】
【0157】
(ただし、Mqは質量行列、Dは減衰行列、Knは剛性行列、Ωは回転数、PはPID制御器(30)の比例項、ki=2K(I1+I2)/δ0
2(Kは電磁石吸引力係数、I1は回転体の左右のうちいずれか一方に配置される電磁石のコイルのバイアス電流、I2は回転体の左右のうちいずれか他方に配置される電磁石のコイルのバイアス電流、δ0は電磁石と回転体の間の空隙)、ksは負ばね効果を相殺するためのゲイン、ωcは前記電流制御のブロックのローパスフィルタのカットオフ周波数(角周波数))
2つのラジアル磁気軸受でx、y方向の両方の自由度を考えているので、入力と出力のベクトルの次元は4である。
【実施例0158】
本実施例1の磁気軸受の制御装置は、
図2、
図3に示すように、回転体および回転体の軸方向左右側に各々配置される電磁石を含むプラント40、前記プラント40を制御する制御器30、電流制御ブロック36、負ばね分の相殺ゲインのブロック33、制御入力(4)、外乱入力(1)、評価出力(2)、制御出力(3)を備えて、前記制御出力から制御入力にフィードバックを施す、磁気軸受により制御される回転体のモデルを構築し、
前記回転体を浮上させゼロ回転の状態で、前記モデルの外乱入力(1)に加振信号を重畳したときの評価出力(2)を測定して周波数応答のゼロ回転時の感度関数(式(29)、式(30))を取得し、前記回転体を浮上させ、不釣り合い加振力が無視できるような低速回転状態で、前記外乱入力(1)に、前向きの加振信号(回転体の軸方向をzにとる右手系を考え、回転方向が反時計回りの場合x方向にAcos(ωt)、y方向にAsin(ωt)の大きさの加振信号)を重畳したときの評価出力(2)を測定して周波数応答の低速回転時の感度関数(式(32)、式(33))を取得する感度関数取得部と、
前記取得されたゼロ回転時の感度関数から、前記磁気軸受で制御される回転体のモデル内の制御器、電流制御ブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロックの既知のパラメータを代入した状態空間モデルの外乱入力(1)に、後述する、加振信号を重畳したときに評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルの質量行列(式(12))、剛性行列(式(14))、減衰行列(式(26))のパラメータの同定および調整を行い、
前記取得された低速回転時の感度関数から、前記磁気軸受で制御される回転体のモデル内の制御器、電流制御ブロック、負ばね分の相殺ゲインのブロックの既知のパラメータを代入した状態空間モデルの外乱入力(1)に、後述する、加振信号を重畳したときに評価出力が設定信号となるように、モード合成法モデルのジャイロ行列(式(13))のパラメータの同定および調整を行うパラメータ推定部と、
前記パラメータ推定部によりパラメータが同定、調整されたモード合成法モデルから、後述するように、最高回転数でのプラントの周波数応答を推定し、前記制御器のパラメータをH∞ノルムでループ整形して制御器のパラメータを調整する制御器パラメータ調整部と、を備えるものである。
【0159】
以下に、感度関数取得部、パラメータ推定部、制御器パラメータ調整部が行う処理手順を説明する。
【0160】
<手順1>
PIDなどの簡単な制御器で回転体(回転軸12)を浮上させる。
【0161】
<手順2>
ゼロ回転で、
図2の外乱入力端(1)にx(もしくはy)方向のみにサインスイープの信号を重畳することにより加振し、x(もしくはy)方向の評価出力端(2)の信号を測定することで周波数応答の感度関数(式(29)、式(30))を測定する。
【0162】
この際
図7(a),(b)のように、ラジアル磁気軸受1と2で別々にサインスイープの信号を重畳する。サインスイープとは、Asin(ωt)の大きさの一定の振幅で、周波数がω=bt、b:定数で一定の回転数で上昇していくものである。
【0163】
<手順3>
サインスイープの加振試験の結果から、式(29)、式(30)の感度関数の状態空間モデルの外部入力端(1)に対応する
図7の信号を入れたときに、評価出力端(2)の信号が対応する
図8(a),(b)の信号になるように、モード合成法モデルの質量行列 式(12)、減衰行列 式(26)、剛性行列 式(14)のパラメータを同定する。パラメータは
図8に示すように評価出力端(2)の測定結果のピークごとに関連するモードのパラメータごとに調整を行う。
【0164】
<手順4>
モード合成法の前記式(11)より、不釣り合い加振力が無視できるような低速回転で回転体を回転させる。
【0165】
<手順5>
回転した状態で、
図2の外乱入力端(1)にxおよびy方向に前向きで正弦波の周波数をスイープする信号(前向きの加振信号)を重畳することにより加振し、xおよびy方向の評価出力端(2)の信号を測定することで周波数応答の感度関数(式(32)、式(33))を測定する。前向きに正弦波の周波数をスイープする信号とは、回転体の軸方向をz方向にとる右手系を考え、回転方向が図示矢印のような反時計まわりの場合、x方向にAcos(ωt)、y方向にAsin(ωt)の大きさの一定の振幅で、周波数がω=bt、b:定数で一定の回転数で上昇していくものである。
【0166】
回転方向が時計まわりの場合、x方向にAcos(-ωt)、y方向にAsin(-ωt)の加振信号を与える。
【0167】
<手順6>
サインスイープの加振試験の結果から、式(32)、式(33)の感度関数の状態空間モデルのxよびy方向の外乱入力端(1)に、対応する
図9(a)~(d)に示す前向きの加振信号を入れたときにxおよびy方向の評価出力端(2)の信号が
図10(a)~(d)の信号になるように、モード合成法モデルのジャイロ行列(式(13))のパラメータを同定する。
【0168】
パラメータは
図10に示すように評価出力端(2)の測定結果のピークごとに関連するモードのパラメータごとに調整を行う。なお、別の回転数で<手順1>~<手順6>を繰り返してジャイロ行列を推定してもよい。
【0169】
<手順7>
前記パラメータを調整したモード合成法モデルから最高回転数でのプラント40の周波数応答を推定し、制御器30のPIDのパラメータをH∞ノルムでループ整形を行う。具体的には、感度関数、すなわち
図3における(2)/(1)、安定余裕、外乱応答すなわち
図3における(3)/(1)、
図3における指令変位(4)に対する電流指令(5)の応答(5)/(4)に対して、それぞれ目標となる周波数重み付け関数をかけて伝達関数の評価指標であるH∞ノルムを最小化することで制御器のパラメータを調整する。
【0170】
上記の4つの項目に関してMatlab(MATrix LABoratory)の制御システム調整器のツールを用いて調整した結果を
図13,
図14,
図15,
図16に示す。
【0171】
図13は感度関数(
図3の(2)/(1))の項目における周波数対誤差の特性図、
図14は
図3における安定余裕の項目についての、上段は周波数対ゲイン余裕の特性図、下段は周波数対位相余裕の特性図、
図15は外乱応答(
図3の(3)/(1))の項目における時間対振幅の特性図、
図16は指令変位に対する電流指令の応答(
図3の(5)/(4))の項目における周波数対特異値プロットの特性図である。
【0172】
図13~
図16のL1は調整前の特性、L2は調整後の特性を示し、
図13のLHは目標閾値を示し、
図15のLHは目標となる応答を示し、
図16のLGは最大ゲインを示している。
【0173】
図13,
図14,
図16において、周波数応答がYの領域にはいらず、Hの領域にはいれば、目標を満たしていることになり、
図15では目標となる応答を破線LHで示している。
【0174】
Matlabの制御システム調整器のツールではそれぞれ目標となる周波数重み付け関数をかけてH∞ノルムを最小化することで制御器のパラメータの調整を行っている。
【0175】
このシステム同定の手順は回転体のジャイロ効果による固有振動数の変化を、
図12の破線RS
Lに示すように低回転数でジャイロ行列のパラメータを同定することで定格回転数での周波数応答を効率的に推定することに対応する。
【0176】
図12は回転数対ジャイロ効果による固有振動数の特性を示し、破線RS
0では、
前記<手順2>に示すようにゼロ回転でサインスイープの信号を重畳することで加振を行い感度関数を測定する。
【0177】
図12の破線RS
Lでは、前記<手順5>に示すように低速回転状態でサインスイープの信号を重畳することで加振を行い感度関数を測定する。
【0178】
図12の破線RS
Hでは、最高回転数のジャイロによる影響を含むプラントの周波数応答を表している。
【0179】
本発明は、破線RSLの低回転数で加振して同定したジャイロ行列のパラメータを用いて、破線RSHの最高回転数のジャイロによる影響を含むプラントの周波数応答を推定する。したがって、最高回転数まで回転数を上昇させなくても、低回転数で同定したジャイロ行列の情報から高回転数のプラントの周波数応答を推定できる。
【0180】
以上のように実施例1によれば、軸方向の2つのラジアル磁気軸受の制御器が互いに影響することにより磁気軸受の制御器の調整が難しい左右非対称な回転体に対してもモデルを用いて高度に調整することが可能となる。これにより、回転体の位置制御の精度を向上できる。
【0181】
回転体の軸の応答は回転すると、ジャイロ効果によって固有振動数が前向き成分と後ろ向き成分に分かれるが、定格回転数で加振試験を行って周波数応答の測定を行わなくても低速回転数での加振試験の結果から制御パラメータを調整できる。このため、より高度な安全措置が必要な高速での加振試験を行わなくともよいので、試験に要する手間・工数を低減できる。
実施例1の<手順5>において測定する変位信号(評価出力端(2)の信号)には、不釣り合いによる回転同期成分の影響により、式(32)、式(33)の感度関数の状態空間モデルと振幅の大きさがずれる。
第1の演算部は、変位信号xとcos(Ωt)を乗算する乗算器71と、変位信号xとsin(Ωt)を乗算する乗算器72と、変位信号yとsin(Ωt)を乗算する乗算器73と、変位信号yとcos(Ωt)を乗算する乗算器74と、乗算器71の出力と乗算器73の出力を加算する加算器75と、乗算器74の出力から乗算器72の出力を差し引く減算器76とを備えている。
77,78は加算器75の出力、減算器76の出力を各々入力とし、回転速度同期成分の振幅を各々出力するローパスフィルタである。τはローパスフィルタの時定数である。
ローパスフィルタ77,78から出力される回転速度同期成分の振幅と、回転体の回転角速度に同期したcos(Ωt)信号、sin(Ωt)信号は、次の第2の演算部によって積和演算される。
第2の演算部は、ローパスフィルタ77の出力とcos(Ωt)を乗算する乗算器79と、ローパスフィルタ77の出力とsin(Ωt)を乗算する乗算器80と、ローパスフィルタ78の出力とsin(Ωt)を乗算する乗算器81と、ローパスフィルタ78の出力とcos(Ωt)を乗算する乗算器82と、乗算器79の出力から乗算器81の出力を差し引く減算器83と、乗算器80の出力と乗算器82の出力を加算する加算器84とを備えている。