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  • 特開-歯切工具およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025011646
(43)【公開日】2025-01-24
(54)【発明の名称】歯切工具およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23F 21/10 20060101AFI20250117BHJP
   B23F 21/16 20060101ALI20250117BHJP
   B23F 21/28 20060101ALI20250117BHJP
   B23P 15/28 20060101ALI20250117BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20250117BHJP
【FI】
B23F21/10
B23F21/16
B23F21/28
B23P15/28 A
B23B27/14 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023113874
(22)【出願日】2023-07-11
(71)【出願人】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100192614
【弁理士】
【氏名又は名称】梅本 幸作
(74)【代理人】
【識別番号】100158355
【弁理士】
【氏名又は名称】岡島 明子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 嗣紀
(72)【発明者】
【氏名】山下 達希
【テーマコード(参考)】
3C025
3C046
【Fターム(参考)】
3C025EE00
3C025FF03
3C025GG03
3C046FF25
(57)【要約】
【課題】歯切工具の表面に高硬度な硬質皮膜を厚膜にすると、硬質皮膜の圧縮応力が過大となり、硬質皮膜が自己破壊して剥離することがある。このような場合には歯形の精度が大きく損なわれるだけでなく、自己破壊した部分は母材が露出し、耐摩耗性が低下するという問題があった。
【解決手段】
回転軸を中心として複数の切れ刃が円環状に配置されており、表面に硬質皮膜が被覆されている歯切工具において、切れ刃のすくい面における硬質皮膜の膜厚を切れ刃の逃げ面における硬質皮膜の膜厚の0.8倍以上とする。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸を中心として複数の切れ刃が円環状に配置されており、表面に硬質皮膜が被覆されている歯切工具であって、前記切れ刃のすくい面における前記硬質皮膜の膜厚は、前記切れ刃の逃げ面における前記硬質皮膜の膜厚の0.8倍以上であることを特徴とする歯切工具。
【請求項2】
前記切れ刃のすくい面における前記硬質皮膜の膜厚は、前記切れ刃の逃げ面における前記硬質皮膜の膜厚の0.8倍以上1.5倍以下であること特徴とする請求項1に記載の歯切工具。
【請求項3】
前記切れ刃のすくい面における前記硬質皮膜の膜厚は、前記切れ刃の逃げ面における前記硬質皮膜の膜厚の0.8倍以上1.1倍未満であることを特徴とする請求項2に記載の歯切工具。
【請求項4】
前記硬質皮膜は、少なくとも2種類以上の金属元素を含有する硬質皮膜であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の歯切工具。
【請求項5】
前記歯切工具は、スカイビングカッタまたはピニオンカッタのうちのいずれかであることを特徴とする請求項4に記載の歯切工具。
【請求項6】
請求項1に記載の歯切工具の製造方法であって、前記歯切工具素材に対して前記硬質皮膜を被覆するコーティング工程は、前記歯切工具素材の表面に前記硬質皮膜を被覆する第1コーティング工程と、前記第1コーティング工程後に前記歯切工具素材の切れ刃の逃げ面を覆う治具を設置した状態で前記歯切工具素材の表面に前記硬質皮膜をさらに被覆する第2コーティング工程と、を有することを特徴とする歯切工具の製造方法。
【請求項7】
請求項2に記載の歯切工具の製造方法であって、前記歯切工具素材に対して前記硬質皮膜を被覆するコーティング工程は、前記歯切工具素材の表面に前記硬質皮膜を被覆する第1コーティング工程と、前記第1コーティング工程後に前記歯切工具素材の切れ刃の逃げ面を覆う治具を設置した状態で前記歯切工具素材の表面に前記硬質皮膜をさらに被覆する第2コーティング工程と、を有することを特徴とする歯切工具の製造方法。
【請求項8】
請求項3に記載の歯切工具の製造方法であって、前記歯切工具素材に対して前記硬質皮膜を被覆するコーティング工程は、前記歯切工具素材の表面に前記硬質皮膜を被覆する第1コーティング工程と、前記第1コーティング工程後に前記歯切工具素材の切れ刃の逃げ面を覆う治具を設置した状態で前記歯切工具素材の表面に前記硬質皮膜をさらに被覆する第2コーティング工程と、を有することを特徴とする歯切工具の製造方法。
【請求項9】
請求項4に記載の歯切工具の製造方法であって、前記歯切工具素材に対して前記硬質皮膜を被覆するコーティング工程は、前記歯切工具素材の表面に前記硬質皮膜を被覆する第1コーティング工程と、前記第1コーティング工程後に前記歯切工具素材の切れ刃の逃げ面を覆う治具を設置した状態で前記歯切工具素材の表面に前記硬質皮膜をさらに被覆する第2コーティング工程と、を有することを特徴とする歯切工具の製造方法。
【請求項10】
請求項5に記載の歯切工具の製造方法であって、前記歯切工具素材に対して前記硬質皮膜を被覆するコーティング工程は、前記歯切工具素材の表面に前記硬質皮膜を被覆する第1コーティング工程と、前記第1コーティング工程後に前記歯切工具素材の切れ刃の逃げ面を覆う治具を設置した状態で前記歯切工具素材の表面に前記硬質皮膜をさらに被覆する第2コーティング工程と、を有することを特徴とする歯切工具の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯車を加工する歯切工具、特に円周上に切れ刃を持つ切削工具を被加工歯車と同期回転させ、かつ工具と被加工歯車の回転軸が所定の傾きを持った状態で生じる滑りによって歯車を加工するパワースカイビング加工に用いるスカイビングカッタおよび被加工歯車と同期状態で被加工歯車の歯すじ方向に相対的に移動することにより切削を行うシェーパー加工に用いるピニオンカッタ等の歯切工具およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、歯車の製造にスカイビング加工(パワースカイビング加工)を用いる場合が増加している。スカイビング加工に用いるカッタは、スカイビングカッタとも呼ばれており、シェーパー加工に用いられるピニオンカッタとその形状はほぼ同一である。
【0003】
しかし、製造する歯車とは異なるねじれ角を持つことが特徴であり、このねじれ角の差によって被加工歯車とカッタを同期回転させた際に歯すじ方向に発生するすべりを用いて切削を行うことが特徴である。また、大部分のスカイビングカッタの表面には、TiAlNやAlCrN等に代表されるセラミックス皮膜(硬質皮膜)が被覆されている(特許文献1および2参照)。
【0004】
同じく歯車を加工する加工法であるホブ加工もしくはシェーパー加工などでは、特に切削油を用いたウェット加工で、かつ切削速度が200m/min未満の場合にはTiNの硬質皮膜が使用される場合や、すくい面を再研削してすくい面のセラミックス皮膜が除去された状態で使用される場合もある。
【0005】
一方、スカイビングカッタでは専らすくい面を再研削した後には再びセラミックス硬質皮膜を被覆する、いわゆる再コーティングが行われる。なお、再コーティング前に硬質皮膜を除去する(除膜)により逃げ面に残った古い硬質皮膜を除去する工程を経る場合と、そのまま重ねてセラミックス硬質皮膜を被覆する場合がある。
【0006】
これらのホブ加工やシェーパー加工とスカイビング加工との違いは、スカイビング加工においては切削中にすくい角が連続的に変化して、実効的にすくい角が大きな負の値(―20~―30゜)を取ることから、切りくずの変形が大きく、また逃げ場がないためにすくい面の温度が上がりやすく、耐熱・耐酸化温度の低いTiNの硬質皮膜やセラミックス硬質皮膜の無い状態で切削すると極端に工具寿命が低下することから生じている。
【0007】
したがって、スカイビングカッタに施されるセラミックス硬質皮膜には高い耐熱・耐酸化性が要求されることから、クロム、アルミニウムやシリコンを含む窒化膜であることが好ましく、AlCrNがより好ましい。これは、ホブ加工に置き換えると高速(250m/min以上)ドライ加工で要求される硬質皮膜の特性と共通であり、多くのスカイビングカッタは高速ドライ加工用ホブと同一の硬質皮膜が施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第4950276号
【特許文献2】特開2022-74210号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1に示すホブやピニオンカッタ及びブローチを含む歯切工具に関して耐酸化被覆層の膜厚と高硬度被覆層の膜厚について開示されているが、すくい面と逃げ面の膜厚については何ら開示も示唆もされていない。また、特許文献2に示すAlCrN膜やAlTiCrN膜を被覆したスカイビングカッタを用いた加工について開示されているが、こちらもすくい面と逃げ面の膜厚比については特に言及されていない。
【0010】
一般的な高速ドライホブ加工においては、すくい面において歯先からやや離れた部分にクレーター摩耗と呼ばれる摩耗が生じるのに対し、スカイビング加工においては刃先先端が損耗する摩耗形態をとることが多い。このためスカイビングカッタはホブなどに対して短寿命であり、工具費が高くなるという問題があった。
【0011】
また、スカイビングカッタの寿命を延ばすには、すくい面の膜厚を増加させることが有効であるが、従来の方法では逃げ面、すなわち歯形の膜厚も増加するため、歯形の精度が悪くなるという問題があった。特に高硬度な硬質皮膜を厚膜にすると、硬質皮膜の圧縮応力が過大となり、硬質皮膜が自己破壊して剥離することがある。このような場合には歯形の精度が大きく損なわれるだけでなく、自己破壊した部分は母材が露出し、耐摩耗性が低下するという問題があった。
【0012】
そこで、本発明は、表面に被覆されている硬質皮膜の自己破壊を抑えつつ、かつ切れ刃のすくい面における膜厚を増加させることで寿命を向上させる歯切工具を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願の発明者は鋭意研究した結果、次の知見を得た。すなわち、セラミックス皮膜(硬質皮膜)は一般的に圧縮応力を持っており、これが皮膜の硬さ(硬度)、ひいては耐摩耗性が向上する大きな要因でもある。本願の発明者がスカイビングカッタの初期摩耗を観察したところ、スカイビングカッタの損傷はすくい面の歯先先端部分から徐々に進行していると分かった。
【0014】
また、硬質皮膜が自己破壊を起こしている部分からは急激に摩耗が進行することも確認できた。つまり、硬質皮膜の自己破壊を抑制しつつすくい面の耐摩耗性を向上させるために、発明者はすくい面における膜厚と逃げ面における膜厚を所定の関係に保つことが工具寿命を向上させる上で非常に有用であることを見出した。
【0015】
そこで、本発明は、回転軸を中心として複数の切れ刃が円環状に配置されており、表面に硬質皮膜が被覆されている歯切工具において、これら複数の切れ刃のすくい面における硬質皮膜の膜厚は、逃げ面における硬質皮膜の膜厚の0.8倍以上とする。好ましくは、1.5倍以下、より好ましくは1.1倍未満とすることもできる。
【0016】
また、歯切工具の製造方法の発明については、歯切工具素材に対して硬質皮膜を被覆するコーティング工程において、歯切工具素材の表面に硬質皮膜を被覆する第1コーティング工程および、この第1コーティング工程後に歯切工具素材の切れ刃の逃げ面を覆う治具を設置した状態で歯切工具素材の表面に硬質皮膜をさらに被覆する第2コーティング工程から形成する。
【0017】
なお、歯切工具(スカイビングカッタもしくはピニオンカッタ)の表面に被覆する硬質皮膜は、アルミニウムを含む2種類以上の金属成分を含む窒化物,炭窒化物,ホウ窒化物,酸窒化物等の硬質皮膜とすることができる。
【0018】
また、切れ刃のすくい面側の膜厚については、歯先の頂点よりすくい面側へ半径方向に1.0mm歯元側へ移動した位置で測定した膜厚とすることができる。切れ刃の逃げ面側の膜厚については、歯先の頂点より逃げ面側へ歯すじ方向に1.0mm移動した位置において測定した膜厚とすることもできる。これらの膜厚については、すくい面側の膜厚をTr、逃げ面側の膜厚をTfとした場合に、0.8Tf≦Tr≦1.5Tfの関係であることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の歯切工具は、切れ刃のすくい面と逃げ面における各硬質皮膜の膜厚を所定の大きさにする、もしくは所定の配分にすることで歯切工具の寿命が向上するという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の歯切工具に係る第1コーティング工程時における成膜装置内の模式断面図である。
図2】本発明の歯切工具に係る第2コーティング工程時における成膜装置内の模式断面図である。
図3】切削加工試験に用いたスカイビングカッタのすくい面側の電子顕微鏡写真である。
図4】切削加工試験に用いたスカイビングカッタのすくい面側の電子顕微鏡写真である。
図5】切削加工試験に用いたスカイビングカッタのすくい面側の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の歯切工具の製造方法について図面を用いて説明する。本発明の歯切工具の表面に硬質皮膜を被覆する第1コーティング(成膜)工程時における成膜装置内の模式断面図を図1、同第2コーティング工程時における成膜装置内の模式断面図を図2にそれぞれ示す。
【0022】
まず、本発明に係る歯切工具を製造する際に行うコーティング工程において、図1に示す様にベル型のスカイビングカッタ1の中心穴にコーティング装置(成膜装置)の回転治具3を通して、これらを数段重ねた状態でスペーサー4とマスキング治具5を設置した上でコーティング装置の中で所定の回転方向6に回転しながら成膜する。使用する一般的なコーティング装置、特にAlCrN膜など2種類以上の金属を含むセラミックス皮膜を成膜する場合には、固体のターゲットを用いたアーク法、あるいはスパッタリングにより成膜する。

4 スペーサー
5 マスキング治具
6 回転方向

【0023】
このため、回転軸に対して半径方向に離れた場所にターゲット(蒸発源)2があり、皮膜となる成分2aは回転軸に対して略垂直に飛来する。結果として、スカイビングカッタ1においては、蒸発原の方向を向いている逃げ面のセラミックス皮膜が厚くなり、蒸発原を向いていないすくい面の膜厚は逃げ面よりも薄くなる。
【0024】
次に、図2に示す様に第2コーティング時に取り付けるカバー2は、円周方向に均一な形状であることが好ましい。これは、スカイビングカッタ1の円周方向で逃げ面1aの膜厚に差異が生じ、不均一な摩耗や被加工歯車のピッチ精度の影響を及ぼすためである。したがって、歯切工具の逃げ面1aの膜厚比は各歯において互いに1.1倍未満であることが好ましい。また、すくい面1bの各歯の膜厚が異なると、摩耗が不均一になってやはり歯車ピッチ精度の悪化や、加工時の振動につながるため、膜厚比は1.1倍未満であることが好ましい。
【0025】
また、第1コーティング工程は、コーティング時間を一般的なコーティング時間に対して半分程度の時間として、第2コーティング工程は図1に示したスペーサー4とマスキング治具5を使用した上で、逃げ面1aを覆うようなカバー21を更にかぶせた状態で、残り半分の時間のコーティングを行う。こうすることで、後半の第2コーティング工程の際には逃げ面1aの膜厚上昇が抑えられ、結果としてすくい面1b側の膜厚を増やしつつ、全体の膜厚を抑えることができる。
【0026】
なお、前述したコーティング工程は一つの例示であって、スカイビングカッタのすくい面側の膜厚を逃げ面側の膜厚の0.8倍以上にする方法で他のコーティング方法を用いても構わない。たとえば、すくい面及び逃げ面にコーティングを行った上で、歯形を研削して逃げ面の硬質皮膜を一度除去し、再びコーティングを行ってもよい。
【0027】
また、被覆される硬質皮膜は、AlCrN、AlTiCrNの他、硬質皮膜に金属成分で5%以下の別の金属成分を加えた窒化物であっても構わない。硬質皮膜がAlCrNである場合には、硬質皮膜を構成するAlとCrの各元素の比率がAl:Cr=60~75%:25~40%の原子比率(atm%)とすることが望ましい。
【0028】
硬質皮膜がAlTiCrNである場合には、硬質皮膜を構成するAlとTiとCr の各元素の比率がAl:Ti:Cr=60~65%:30~35%:5~10%の原子比率(atm%)とすることが望ましい。なお、AlCrNおよびAlTiCrNの各硬質皮膜は、スカイビングカッタに少なくとも1層被覆されていればよい。すなわち、これらの硬質皮膜の上層や下層には、TiN等の異なる組成の硬質皮膜を形成しても構わない。
【0029】
あるいは、第1コーティング工程と第2コーティング工程において、全く別個の化学成分を有する硬質皮膜を成膜しても構わない。なお、金属成分が1種類の例えばTiNのような硬質皮膜では、るつぼを用いたコーティングが可能である。この場合、スカイビングカッタのすくい面を下向きに設置すれば、すくい面がるつぼの方向を向くため、従来の方法でもすくい面側の膜厚を厚くすることができる。
【実施例0030】
(実施例1)
本実施例では、歯切工具(スカイビングカッタ)の表面に硬質皮膜を被覆する際に、図1図2に示す形態で切れ刃のすくい面と逃げ面における硬質皮膜の膜厚比を検証した。その検証結果について説明する。まず、図1に示す成膜形態のみでコーティングしたスカイビングカッタのすくい面における膜厚は1.7μm、逃げ面における膜厚は2.7μmであり、結果として、すくい面/逃げ面の膜厚比(すくい面側の膜厚を逃げ面側の膜厚で除した数値)は0.63であった。合わせて、成膜時間を増やした(2倍にした)場合であっても、歯切工具(スカイビングカッタ)のすくい面における膜厚は4.3μm、逃げ面における膜厚は6.6μmとなり、すくい面/逃げ面の膜厚比は0.65になった。
【0031】
これに対して、図1に示す成膜形態でコーティング(第1コーティング工程)した後、図2に示す成膜形態、すなわちカバー21を取り付けた状態で同一時間のコーティング(第2コーティング工程)を行ったスカイビングカッタは、すくい面の膜厚は2.7μm、逃げ面の膜厚は3.0μmとなり、すくい面/逃げ面の膜厚比は0.9になった。
【0032】
(実施例2)
前述した実施例1と同様の方法で、第1コーティング工程のコーティング時間と第2コーティング工程のコーティング時間をそれぞれ変更して、スカイビングカッタにコーティングした。その一つはすくい面膜厚が3.6μm、逃げ面膜厚は4.4μmですくい面/逃げ面の膜厚比は0.81となり、別の一つはすくい面の膜厚が6.0μm、逃げ面膜厚は5.4μmですくい面/逃げ面膜厚比は1.10であった。このように、本発明ではすくい面/逃げ面膜厚比を0.8以上としたので、長寿命なスカイビングカッタを提供することができる。
【0033】
以上の試験結果より、歯切工具へ硬質皮膜を被覆する際には、図1に示す成膜形態でコーティング(第1コーティング工程)した後、図2に示す成膜形態でコーティング(第2コーティング工程)を行うことで、すくい面/逃げ面の膜厚比(すくい面側の膜厚を逃げ面側の膜厚で除した数値)が0.8以上となることがわかった。
【0034】
なお、本発明は、特にすくい面のコーティング効果が大きいスカイビングカッタについて記載しているが、スカイビングカッタと形状がほぼ同じであり、シェーパー加工に用いられるピニオンカッタにおいても本発明が有効であることは言うまでもない。特に、被削材が高硬度であるなどの難削材においてはピニオンカッタにおいても一定の効果を奏する。
【0035】
(実施例3)
次に、粉末ハイス(表面硬さ:ロックウエルCスケール66HRC)を基材として後述するスカイビングカッタを製作した。スカイビングカッタの諸元は、モジュール:2.3、圧力角:20゜、工具歯数:36、ねじれ角:5゜とした。当該スカイビングカッタに対して、図1に示す成膜形態で表面をコーティングした後、図2に示すカバー21を取り付けた状態で同じ時間コーティングを行う方法でAlCrN皮膜を被覆した。このスカイビングカッタのすくい面膜厚は、2.7μm、逃げ面膜厚は3.0μmであり、すくい面/逃げ面の膜厚比は0.90であった。
【0036】
その後、このスカイビングカッタを用いて歯車加工試験を行った。歯車の諸元は、材料:S45C(焼鈍材)、モジュール:2.3、圧力角:20゜、歯数:84、ねじれ角:15゜、歯厚:20mmとした。加工条件は、交差角:20゜、切削速度:200m/min、切込み:0.8mm/Pass、送り:0.25mm/rev、切削長:1.3m/刃とした。本試験に使用したスカイビングカッタの歯先の電子顕微鏡写真(反射電子組成像:倍率200倍)を図3に示す。図3に示す様に歯先の摩耗量(すくい面基材の露出量)は0.1mm未満と軽微であった。
【0037】
(比較例1)
比較例として実施例と同じ材質、形状のスカイビングカッタに図1に示す成膜形態でAlCrN皮膜を被覆した。このスカイビングカッタのすくい面膜厚は1.7μm、逃げ面膜厚は2.7μmであり、すくい面/逃げ面の膜厚比は0.63であった。このスカイビングカッタを用いて実施例と同一の条件で歯車加工試験を実施した。加工試験後のスカイビングカッタの歯先の電子顕微鏡写真(反射電子組成像:倍率200倍)を図4に示す。図4に示す様に、使用したスカイビングカッタのすくい面側にて、幅0.2mm以上、長さ0.1mm以上にわたって基材が露出しており、実施例と比較して摩耗が大きいのは明らかとなった。
【0038】
(比較例2)
比較例1と同様の方法で同一形状のスカイビングカッタにAlCrN皮膜を被覆した。ただし、成膜時間を2倍にした。このスカイビングカッタは、すくい面膜厚4.3μm、逃げ面膜厚6.6μmですくい面/逃げ面膜厚比は0.65になった。このスカイビングカッタを用いて実施例と同一の条件で切削試験を実施した。加工後の歯先の電子顕微鏡写真(反射電子組成像:倍率200倍)を図5に示す。図5に示す様に、使用したスカイビングカッタの歯先部分から摩耗が進行しており、歯先以外の切れ刃稜線にもコーティング膜が自己崩壊している様子が確認できた。
【0039】
これらの試験結果から、比較例2の場合において膜厚を増加させてすくい面摩耗を抑制しようとしても、逃げ面膜厚が厚くなることで硬質皮膜の自己崩壊が起こり、歯先の耐摩耗性が低下してしまう。一方、本発明のスカイビングカッタでは、すくい面膜厚のみを増加するため、長寿命なスカイビングカッタとすることができる。以上の歯車加工試験の結果(一覧表)を表1に示す。
【0040】
【表1】
【0041】
以上の試験結果より、歯車加工に使用する歯切工具(スカイビングカッタ等)の表面に被覆する硬質皮膜の厚さについて、切れ刃のすくい面における硬質皮膜の膜厚を2.0μm以上として、切れ刃の逃げ面における硬質皮膜の膜厚を3.0μm以上とする(特に、切れ刃のすくい面における硬質皮膜の膜厚を切れ刃の逃げ面における硬質皮膜の膜厚の0.8倍以上1.1倍未満とする)ことで、歯切工具の長寿命化に効果があることがわかった。
【符号の説明】
【0042】
1 スカイビングカッタ
1a 逃げ面
1b すくい面
2 ターゲット
2a 皮膜成分
3 回転治具
4 スペーサー
5 マスキング治具
6 回転方向
21 カバー

図1
図2
図3
図4
図5
【手続補正書】
【提出日】2023-08-22
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0022
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0022】
まず、本発明に係る歯切工具を製造する際に行うコーティング工程において、図1に示す様にベル型のスカイビングカッタ1の中心穴にコーティング装置(成膜装置)の回転治具3を通して、これらを数段重ねた状態でスペーサー4とマスキング治具5を設置した上でコーティング装置の中で所定の回転方向6に回転しながら成膜する。使用する一般的なコーティング装置、特にAlCrN膜など2種類以上の金属を含むセラミックス皮膜を成膜する場合には、固体のターゲットを用いたアーク法、あるいはスパッタリングにより成膜する。