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特開2025-11958抵抗スポット溶接継手、自動車用部品、及び抵抗スポット溶接継手の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025011958
(43)【公開日】2025-01-24
(54)【発明の名称】抵抗スポット溶接継手、自動車用部品、及び抵抗スポット溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/16 20060101AFI20250117BHJP
   B23K 11/24 20060101ALI20250117BHJP
   B23K 11/00 20060101ALI20250117BHJP
   B23K 11/11 20060101ALI20250117BHJP
【FI】
B23K11/16
B23K11/24 315
B23K11/00 570
B23K11/11 540
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023114434
(22)【出願日】2023-07-12
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】谷口 大河
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
(72)【発明者】
【氏名】▲徳▼永 仁寿
【テーマコード(参考)】
4E165
【Fターム(参考)】
4E165AA02
4E165AB02
4E165AB03
4E165AC01
4E165BB02
4E165BB12
4E165CA02
4E165CA05
4E165CA13
(57)【要約】
【課題】引張せん断強さ(TSS)及び十字引張強さ(CTS)の両方が優れた抵抗スポット溶接継手、自動車用部品、及び抵抗スポット溶接継手の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係る抵抗スポット溶接継手は、重ねられた2枚以上の鋼板と、鋼板を接合するナゲットと、を備え、ナゲットの断面において測定される、接合界面に沿った仮想線におけるナゲットの両端部それぞれの、鉄系炭化物の面積率が0.3%以上であり、ナゲットの断面において測定される、接合界面に沿った仮想線におけるナゲットの中央部の、鉄系炭化物の面積率が0.2%以下である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重ねられた2枚以上の鋼板と、
前記鋼板を接合するナゲットと、
を備え、
前記ナゲットの断面において測定される、接合界面に沿った仮想線における前記ナゲットの両端部それぞれの、鉄系炭化物の面積率が0.3%以上であり、
前記ナゲットの前記断面において測定される、前記接合界面に沿った前記仮想線における前記ナゲットの中央部の、前記鉄系炭化物の面積率が0.2%以下である
抵抗スポット溶接継手。
【請求項2】
1枚以上の前記鋼板が、炭素量0.20質量%以上の高炭素鋼板である
ことを特徴とする請求項1に記載の抵抗スポット溶接継手。
【請求項3】
前記鋼板の枚数が3枚以上であり、
前記高炭素鋼板と、前記高炭素鋼板に重ねられた前記鋼板との間の前記接合界面に沿った前記仮想線における、前記ナゲットの前記両端部それぞれの前記鉄系炭化物の面積率が0.3%以上であり、前記ナゲットの前記中央部の前記鉄系炭化物の面積率が0.2%以下である
ことを特徴とする請求項2に記載の抵抗スポット溶接継手。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の抵抗スポット溶接継手を備える自動車用部品。
【請求項5】
重ねられた2枚以上の鋼板にスポット溶接する工程と、
前記スポット溶接によって形成されたナゲットに後通電する工程と、
を備え、
前記後通電の途中で、通電面積を減少させる
抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項6】
前記後通電における電流値を一定値に制御し、
前記後通電の開始から終了までの時間をT秒とし、
前記後通電の前記開始からT/2秒~3T/2秒の範囲内の時期において、前記通電面積を減少させる
ことを特徴とする請求項5に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項7】
前記後通電の途中で、加圧力をF1からF2まで減少させることにより、前記通電面積を減少させ、
F2/F1を、0.40以上0.80以下とする
ことを特徴とする請求項5又は請求項6に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項8】
前記後通電の途中で、前記後通電のための第一電極を、前記第一電極よりも先端径が小さい第二電極に交換することにより、前記通電面積を減少させる
ことを特徴とする請求項5又は請求項6に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項9】
前記第一電極の先端径d1及び前記第二電極の先端径d2の比率d2/d1を、0.40以上0.80以下とする
ことを特徴とする請求項8に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抵抗スポット溶接継手、自動車用部品、及び抵抗スポット溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抵抗溶接は、溶接継手部に大電流を流し、ここに発生する抵抗熱によって加熱し、圧力を加えて行う溶接である。抵抗溶接は短時間で実行可能であるので、様々な機械部品の製造のために用いられている。
【0003】
抵抗溶接によって形成された溶接部には、後熱電流が流される場合もある。後熱電流とは、抵抗溶接において、溶接を行った後、溶接部に対して焼戻し、焼なまし、及び偏析緩和等の熱処理を行う目的で流す電流のことである。後熱電流の通電は、後通電とも称される。
【0004】
後通電が利用される材料の例として、高強度鋼板が挙げられる。高強度鋼板は、機械部品の軽量化及び安全性を高めるために、様々な技術分野に適用されている。しかしながら高強度鋼板には、抵抗溶接部が脆化しやすいという課題がある。通常の鋼板から構成される溶接継手においては、鋼板の強度が高いほど、十字引張強さ(CTS)が高くなる。しかし、高強度鋼板から構成される溶接継手においては、鋼板の強度が高いほど、CTSが低くなる現象が見られる。なお、十字引張強さ(CTS)とは、JIS Z 3137:1999に規定される十字引張試験によって測定される値である。CTSは、溶接部の剥離強度の指標である。
【0005】
抵抗溶接によって形成された溶接部の特性を向上させるために、これまで種々の技術が検討されている。
【0006】
特許文献1には、ナゲット端部の組織を改善することにより、耐遅れ破壊特性に優れた抵抗スポット溶接部材及びその製造方法を提供する技術が開示されている。当該技術によれば、2以上の鋼板と、鋼板間に形成されたスポット溶接部と、を備え、鋼板の少なくとも1つの鋼板の引張強度が980MPa以上であり、鋼板において、X=[C]+[Si]/40+[Mn]/200で表される係数Xが最も大きくなる鋼板のXをXmaxとし、Y=[P]+3×[S]で表される係数Yが最も小さくなる鋼板のYをYminとした場合に、スポット溶接部のナゲット端部のビッカース硬さHn(Hv)がHob=(800×Xmax+300)/(0.7+20×Ymin)で表されるHob(Hv)以下であり、スポット溶接部の溶接熱影響部の最軟化部のビッカース硬さHmin(Hv)が0.4×Hn≦Hmin≦0.9×Hnを満足する抵抗スポット溶接部材が提供される。
【0007】
特許文献2には、二枚以上の板組に対して、ナゲットの偏析を低下させ、き裂を発生し難くしたことにより、はく離破断を抑制し、軟化させることなく高強度の抵抗スポット溶接継手を提供するが開示されている。当該技術によれば、薄鋼板の抵抗スポット溶接継手において、薄鋼板が構成するナゲットの径をdとしたとき、コロナボンドに囲まれたナゲットの水平面上において、溶融部端部からナゲット内部方向に、d/100の距離の閉曲線とd/5の距離の閉曲線で囲まれるナゲット内の領域に存在するPの量の分布状態を面分析し、Pの濃度m(質量%)が、母材組成のPの濃度M(質量%)の2倍を超えている面積比率が5%以下であることを特徴とする抵抗スポット溶接継手が提供される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2020/036198号
【特許文献2】特開2013-151027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、高強度鋼板の抵抗溶接部のCTSが、後通電を介した焼戻しによって向上することを知見した。しかしながら後通電は、高強度鋼板の抵抗溶接部の引張せん断強さ(TSS)を低下させる。引張せん断強さ(TSS)とは、JIS Z 3136:1999に規定される引張せん断試験によって測定される値である。TSSは、溶接部のせん断強度の指標である。
【0010】
抵抗スポット溶接継手の接合部の信頼性を一層高めるために、TSS及びCTSの両方が優れた接合部を製造可能な抵抗スポット溶接方法が求められている。しかしながら、この要求に応じることができる技術は未だ報告されていない。
【0011】
特許文献1に開示された技術は、引張強さ980MPa級以上の自動車鋼板のCTSの向上を課題としている。しかしながら、特許文献1においては、TSSについて特段の検討はなされていない。また、特許文献1には、TSSを向上させることが可能な技術が開示されていない。
【0012】
特許文献2には、十字引張強度は鋼板の引張強度の増加にかかわらずほとんど増加せず、逆に減少する旨が開示されている。また、特許文献2には、硬さの低下がせん断引張強さを低下させる旨が開示されている。しかしながら、特許文献2においては、せん断引張強さを向上させるための具体的手段について特段の検討はなされていない。特許文献2においては、十字引張強さの確保が重視されている。特許文献2に開示された抵抗スポット溶接継手の実施例においては、十字引張強さが評価されているが、引張せん断強さは評価されていない。
【0013】
本発明は、引張せん断強さ(TSS)及び十字引張強さ(CTS)の両方が優れた抵抗スポット溶接継手、自動車用部品、及び抵抗スポット溶接継手の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0015】
(1)本発明の一態様に係る抵抗スポット溶接継手は、重ねられた2枚以上の鋼板と、前記鋼板を接合するナゲットと、を備え、前記ナゲットの断面において測定される、接合界面に沿った仮想線における前記ナゲットの両端部それぞれの、鉄系炭化物の面積率が0.3%以上であり、前記ナゲットの前記断面において測定される、前記接合界面に沿った前記仮想線における前記ナゲットの中央部の、前記鉄系炭化物の面積率が0.2%以下である。
(2)好ましくは、上記(1)に記載の抵抗スポット溶接継手では、1枚以上の前記鋼板が、炭素量0.20質量%以上の高炭素鋼板である。
(3)好ましくは、上記(2)に記載の抵抗スポット溶接継手では、前記鋼板の枚数が3枚以上であり、前記高炭素鋼板と、前記高炭素鋼板に重ねられた前記鋼板との間の前記接合界面に沿った前記仮想線における、前記ナゲットの前記両端部それぞれの前記鉄系炭化物の面積率が0.3%以上であり、前記ナゲットの前記中央部の前記鉄系炭化物の面積率が0.2%以下である。
【0016】
(4)本発明の別の態様に係る自動車用部品は、上記(1)~(3)のいずれか一項に記載の抵抗スポット溶接継手を備える。
【0017】
(5)本発明の別の態様に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法は、重ねられた2枚以上の鋼板にスポット溶接する工程と、前記スポット溶接によって形成されたナゲットに後通電する工程と、を備え、前記後通電の途中で、通電面積を減少させる。
(6)好ましくは、上記(5)に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法では、前記後通電における電流値を一定値に制御し、前記後通電の開始から終了までの時間をT秒とし、前記後通電の前記開始からT/2秒~3T/2秒の範囲内の時期において、前記通電面積を減少させる。
(7)好ましくは、上記(5)又は上記(6)に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法では、前記後通電の途中で、加圧力をF1からF2まで減少させることにより、前記通電面積を減少させ、F2/F1を、0.40以上0.80以下とする。
(8)好ましくは、上記(5)又は上記(6)に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法では、前記後通電の途中で、前記後通電のための第一電極を、前記第一電極よりも先端径が小さい第二電極に交換することにより、前記通電面積を減少させる。
(9)好ましくは、上記(8)に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法では、前記第一電極の先端径d1及び前記第二電極の先端径d2の比率d2/d1を、0.40以上0.80以下とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、引張せん断強さ(TSS)及び十字引張強さ(CTS)の両方が優れた抵抗スポット溶接継手、自動車用部品、及び抵抗スポット溶接継手の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】抵抗スポット溶接継手の一例の断面模式図である。
図2】TSSを測定する引張せん断試験の概略図である。
図3】TSSを測定する引張せん断試験の際に、ナゲットに加わる応力の模式図である。
図4】CTSを測定する十字引張試験の概略図である。
図5】CTSを測定する十字引張試験の際に、ナゲットに加わる応力の模式図である。
図6】後通電の前期における電流経路の模式図である。
図7】加圧力の変更をした、後通電の後期における電流経路の模式図である。
図8】電極の先端径の変更をした、後通電の後期における電流経路の模式図である。
図9】加圧力の変更によって通電面積を減少させる場合における、通電パターンの概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(1.抵抗スポット溶接継手1)
まず、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1について説明する。本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1は、図1の断面図に示されるように、重ねられた2枚以上の鋼板11と、鋼板11を接合するナゲット12と、を備え、ナゲット12の断面において測定される、接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の両端部12Eそれぞれの、鉄系炭化物の面積率が0.3%以上であり、ナゲット12の断面において測定される、接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の中央部12Cの、鉄系炭化物の面積率が0.2%以下である。
【0021】
以下、図1に例示される抵抗スポット溶接継手1の断面図等を参照しながら、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1について説明する。なお、本実施形態において、用語「断面」とは、圧痕14の平面視での中心又はその近傍を通り、且つ鋼板11の表面に略垂直な断面を意味する。圧痕14とは、ナゲット12を形成するためのスポット溶接の結果、電極チップによって生じた鋼板11の表面のくぼみのことである。
【0022】
(鋼板11及びナゲット12)
抵抗スポット溶接継手1は、重ねられた複数の鋼板11を有する。鋼板11は、スポット溶接に適した、あらゆる形状を有することができる。換言すると、用語「鋼板」とは、平板状の鋼のみならず、立体形状を有する鋼部材の平板状領域をも包含する概念である。例えば、ハット型部材のフランジ部も、鋼板11とみなされる。
【0023】
鋼板11の枚数は、2枚以上の任意の値である。これらの複数の鋼板11は、ナゲット12によって接合されている。ナゲット12は、スポット溶接において、溶接部に生じる溶融凝固した部分である。
【0024】
(接合界面13、及びこれに沿った仮想線13L)
本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1においては、接合界面13に沿った仮想線13Lを用いて、ナゲット12の構成を規定する。図1に示されるように、接合界面13とは、鋼板11が接触し向かい合った面のことである。接合界面13は、合わせ面と称される場合もある。しかし接合界面13は、ナゲット12の内部では消失している。本実施形態においては、ナゲット12の評価のために、接合界面13に沿った仮想線13Lを用いる。鋼板11が2枚である場合、接合界面13及び仮想線13Lは1つである。鋼板11が3枚以上である場合、接合界面13及び仮想線13Lは2以上である。
【0025】
(仮想線13Lにおけるナゲット12の端部12E及び中央部12C)
ナゲット12の断面を観察すると、接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の両端部12Eに、鉄系炭化物が含まれる様子が確認できる。本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1においては、
(1)接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の両端部12Eそれぞれにおける鉄系炭化物の面積率、及び
(2)接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の中央部12Cにおける鉄系炭化物の面積率
が規定される。
【0026】
接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の端部12Eとは、図1に示されるように、ナゲット12の外縁(即ち溶融境界)と仮想線13Lとの交点の近傍領域のことである。接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の中央部12Cとは、上述したナゲット122つの端部12Eの中間に位置する領域である。1つの仮想線13Lにおいて、2つの端部12E及び1つの中央部12Cが存在する。仮想線13Lが2以上ある場合は、複数の仮想線13Lそれぞれにおいて2つの端部12E及び1つの中央部12Cが存在する。
【0027】
接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の端部12E、及び中央部12Cは、ナゲット12の接合強度を改善するために極めて重要な領域である。なぜなら、引張せん断試験及び十字引張試験のいずれにおいても、接合界面13に沿った仮想線13Lが応力集中部を含むからである。
【0028】
引張せん断試験及び十字引張試験の概要は、図2図5に示される通りである。抵抗スポット溶接継手1の引張せん断試験は、図2に示される試験片を用いて行われる。2枚の鋼板11を、紙面左右方向に引っ張ることにより、ナゲット12を破断させる。この引張せん断試験においては、図3に示されるように、仮想線13Lに沿ったせん断応力がナゲット12に加えられる。抵抗スポット溶接継手1の十字引張試験は、図4に示される試験片を用いて行われる。紙面上側に配された鋼板11は、紙面上側に向けて引っ張られ、紙面下側に配された鋼板11は、紙面下側に向けて引っ張られる。十字引張試験の際には、図5に示されるように、仮想線13Lにおけるナゲット12の端部12Eに剥離応力が加えられる。
【0029】
(ナゲット12の両端部12Eそれぞれにおける鉄系炭化物の面積率)
本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1においては、接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の両端部12Eそれぞれの、鉄系炭化物の面積率が0.3%以上である。換言すると、仮想線13Lにおけるナゲット12の端部12Eの両方において、鉄系炭化物の面積率が0.3%以上である。好ましくは、ナゲット12の両端部12Eそれぞれにおける鉄系炭化物の面積率は0.4%以上、0.5%以上、0.6%以上、又は0.8%以上である。
【0030】
(ナゲット12の中央部12Cにおける鉄系炭化物の面積率)
また、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1においては、接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の中央部12Cの、鉄系炭化物の面積率が0.2%以下である。好ましくは、ナゲット12の中央部12Cにおける鉄系炭化物の面積率は0.15%以下、0.1%以下、0.05%以下、又は0%である。
【0031】
鉄系炭化物とは、主に鉄(Fe)及び炭素(C)から構成される化合物である。鉄系炭化物の一例はセメンタイト(FeC)である。Si、及びMn等の、鋼板11に含有される合金元素が、鉄系炭化物に含まれていてもよい。
【0032】
鉄系炭化物は、高温の鋼が冷却される際に、母相から析出する組織である。鉄系炭化物の炭素濃度は、母相の炭素濃度よりも高い。従って、母相から析出した鉄系炭化物の量が多いほど、母相の炭素濃度は低い。鋼に焼入れをすると、鉄系炭化物の量が低下する。一方、焼入れ後の鋼に焼戻しをすると、鉄系炭化物の量が増大する。
【0033】
鉄系炭化物の面積率は、ナゲット12の母相の炭素量、及びナゲット12の焼入れ度合いの指標値として利用可能である。鉄系炭化物の面積率が大きいほど、母相の炭素量が小さい。また、鉄系炭化物の面積率が大きいほど、焼入れ度合いが小さいか、または焼戻しがされている。本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手のナゲット12においては、端部12Eの焼入れ度合いよりも、中央部12Cの焼入れ度合いの方が大きい。
【0034】
図1に例示されるように、仮想線13Lが2以上ある場合は、少なくとも1つの仮想線13Lにおけるナゲット12の両端部12E及び中央部12Cの鉄系炭化物の面積率が上述の範囲内であればよい。好ましくは、少なくとも抵抗スポット溶接継手1の接合強度に最も寄与する接合界面13に沿った仮想線13Lにおいて、ナゲット12の両端部12E及び中央部12Cの鉄系炭化物の面積率が上述の範囲内である。例えば、図1に例示される厚-厚-薄の板組(即ち、重ねられた2枚の厚鋼板11と、1枚の薄鋼板11とから構成される板組)から製造された抵抗スポット溶接継手1において、抵抗スポット溶接継手1の接合強度に最も寄与する接合界面13は、厚-厚界面(即ち、2枚の厚鋼板11の間の接合界面13)である。例えば図1の抵抗スポット溶接継手においては、紙面下側の接合界面13が、接合強度に最も寄与する。さらに好ましくは、全ての仮想線13Lにおいて、ナゲット12の両端部12E及び中央部12Cの鉄系炭化物の面積率が上述の範囲内である。例えば図1の抵抗スポット溶接継手においては、紙面上側の接合界面13に沿った仮想線13Lにおいて鉄系炭化物の面積率の要件が全て満たされ、且つ、紙面下側の接合界面13に沿った仮想線13Lにおいても鉄系炭化物の面積率の要件が全て満たされることが、一層好ましい。
【0035】
(作用効果)
以下に、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1の作用効果、及び本発明者らが当該作用効果を知見した経緯について説明する。
【0036】
一般に、抵抗スポット溶接継手1のCTSは、ナゲット12を焼戻すことにより向上することが知られている。ナゲット12を焼戻すための手段として、後述する後通電が知られている。一方、ナゲット12の焼戻しによって、抵抗スポット溶接継手1のTSSが減少する。
【0037】
本発明者らは、CTS及びTSSの両方が優れた抵抗スポット溶接継手1を得るための方法について検討を重ねた。その結果、CTSがナゲット12の端部12Eの鉄系炭化物量に依存する一方で、CTSはナゲット12の中央部12Cの鉄系炭化物量にはほとんど影響されないことを、本発明者らは知見した。
【0038】
CTSは、図4に示される十字引張試験片を用いて測定される。紙面上側に配された鋼板11の端部12Eを紙面上側に向けて引っ張り、紙面下側に配された鋼板11の端部12Eを紙面下側に向けて引っ張ることにより、溶接部を剥離させる。この際のナゲット12の断面概略図を図5に示す。図5に示されるように、ナゲット12の端部12Eは、CTSを評価するための十字引張試験において応力集中部となる。従って、ナゲット12の端部12Eは焼戻される必要がある。
【0039】
一方、本発明者らの実験結果によれば、ナゲット12の中央部12Cが焼戻されている必要はない。ナゲット12の中央部12Cの機械特性も、CTSに若干影響していると考えられる。しかし、CTSに対する中央部12Cの影響度は、端部12Eと比較して小さいと考えられる。ナゲット12の中央部12Cの機械特性と、抵抗スポット溶接継手1のCTSとの関係は、従来技術において報告されていない。
【0040】
上述の知見に基づき、実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1においては、接合界面13に沿った仮想線13Lにおける、ナゲット12の端部12E及び中央部12Cの鉄系炭化物量が規定されている。ナゲット12の端部12Eの鉄系炭化物の面積率は、ナゲット12の中央部12Cよりも大きい。即ち、ナゲット12の端部12Eは焼戻されている一方で、ナゲット12の中央部12Cは焼入れされている。
【0041】
ナゲット12の端部12Eの鉄系炭化物の面積率を上述の範囲内とすることにより、ナゲット12の端部12Eの剥離強度を高めることができる。そして、抵抗スポット溶接継手1のCTSが高められる。
【0042】
さらに、ナゲット12の中央部12Cの鉄系炭化物の面積率を上述の範囲内とすることによって、ナゲット12の中央部12Cにおける母相の炭素濃度を高めることができる。ナゲット12の中央部12Cにおける母相の炭素濃度を高めることにより、抵抗スポット溶接継手1のTSSを高めることができる。
【0043】
従来技術によれば、ナゲット12が全体的に十分に焼戻されておらず、ナゲット12の母相の炭素濃度が高い場合には、抵抗スポット溶接継手1のCTSが損なわれると考えられていた。しかし、抵抗スポット溶接継手1のCTSを向上させるためには、少なくともナゲット12の端部12Eが焼戻されていればよい。そして、端部12Eを焼戻した状態で、ナゲット12の中央部12Cにおける母相の炭素濃度を高めることにより、抵抗スポット溶接継手1のCTSを損なうことなく、TSSを確保することができるのである。
【0044】
加えて、ナゲット12の端部12Eの鉄系炭化物の面積率を上述の範囲内とすることにより、抵抗スポット溶接継手1の耐水素脆化特性が高められると考えられる。鋼の母相の炭素量が低いほど、鋼の耐水素脆化特性が高くなるからである。なお、ナゲット12の中央部12Cの鉄系炭化物の面積率は、抵抗スポット溶接継手1の耐水素脆化特性には影響しないと考えられる。ナゲット12の中央部12Cは、外部環境から離れているからである。
【0045】
以上、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1の最も基本的な態様について説明した。次に、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1の一層好ましい態様について説明する。
【0046】
(鋼板11の炭素量)
1枚以上の鋼板11を、炭素量0.20質量%以上の高炭素鋼板11とすることが好ましい。これにより、抵抗スポット溶接継手1、及びこれを備える機械部品の強度が飛躍的に高められる。一層好ましくは、1枚以上の高炭素鋼板11の炭素量が、0.22質量%以上、0.25質量%以上、0.28質量%以上、又は0.30質量%以上である。高炭素鋼板11の炭素量の上限は特に限定されないが、例えば高炭素鋼板11の炭素量を0.40質量%以下、0.35質量%以下、又は0.32質量%以下とすることが好ましい。
【0047】
一般に、鋼板11の炭素量が0.20質量%を超えると、抵抗スポット溶接継手1のCTSが低下する。しかし本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1においては、鋼板11の炭素量を向上させる際に、CTSの低下を懸念する必要はない。本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1においては、ナゲット12の両端部12E及び中央部12Cの鉄系炭化物の面積率を上述の範囲内とすることにより、CTSが高められているからである。
【0048】
上述した通り、鋼板11の枚数が3枚以上であってもよい。また、3枚以上の鋼板11のうち1枚以上が、高炭素鋼板11であってもよい。この場合、高炭素鋼板11と、高炭素鋼板11に重ねられた鋼板11との接合界面13に沿った仮想線13Lにおける、ナゲット12の両端部12Eそれぞれの鉄系炭化物の面積率が0.3%以上であり、ナゲット12の中央部12Cの鉄系炭化物の面積率が0.2%以下であることが好ましい。換言すると、高炭素鋼板11の接合界面13において、ナゲット12の両端部12E及び中央部12Cの鉄系炭化物の面積率が上述の範囲内とされることが好ましい。何故なら、高炭素鋼板11は、抵抗スポット溶接継手1の強度を担保する役割を有し、高炭素鋼板11の接合界面13は、抵抗スポット溶接継手1の接合強度に大きく寄与するからである。
【0049】
(2.自動車用部品)
次に、本実施形態に係る自動車用部品について説明する。本実施形態に係る自動車用部品は、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1を備える。従って、本実施形態に係る自動車用部品は、引張せん断強さ(TSS)及び十字引張強さ(CTS)の両方が優れる。
【0050】
自動車用部品とは、例えばバンパー、Aピラー、Bピラー、サイドシル、ルーフレール、フロアメンバー、フロントサイドメンバー、フロントサイドメンバーキック部、リアサイドメンバー、フロントサスタワー、トンネルリンフォース、ダッシュパネル、トルクボックス、シート骨格、シートレール、バッテリーケースのフレーム、及びこれらの結合部である。結合部とは、例えばBピラーとサイドシルとの結合部、Bピラーとルーフレールとの結合部、ルーフクロスメンバーとルーフレールとの結合部、サイドシルとAピラーとの結合部、ダッシュパネルとトンネルとの結合部、及びフロントサイドメンバーの付け根部等である。
【0051】
(3.抵抗スポット溶接継手1の製造方法)
次に、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1の製造方法について説明する。図6等に示されるように、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1の製造方法は、重ねられた2枚以上の鋼板2にスポット溶接する工程と、スポット溶接によって形成されたナゲット12に後通電する工程と、を備え、後通電の途中で、通電面積を減少させる。
【0052】
(スポット溶接)
まず、重ねられた2枚以上の鋼板2にスポット溶接をする。スポット溶接によって、鋼板2を溶融凝固させて、ナゲット12を形成する。ナゲット12は、鋼板2を接合する。なお、ナゲット12を形成するための通電を、本通電と称する場合がある。
【0053】
(後通電)
次に、ナゲット12に後通電する。後通電とは、スポット溶接を行った後、硬化したナゲット12に対して焼戻しを行う目的で後熱電流をナゲット12に印加することを意味する。後熱電流は、テンパ電流とも称される。
【0054】
本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1の製造方法では、後通電の途中で、通電面積を減少させる。即ち、後通電の前期における通電面積A1(図6参照)よりも、後通電の後期における通電面積A2(図7及び図8参照)を小さくする。通電面積とは、電流経路Cの断面積のことである。通電面積は、電極の先端と鋼板2との接触面積に概ね比例する。
【0055】
通電面積を減少させるための方法は特に限定されない。例えば、図7に示すように加圧力を減少させることにより、通電面積を減少させることができる。加圧力を減少させることにより、電極3と鋼板2との接触面積が小さくなり、通電面積が減少する。また、図8に示すように、電極3を、電極3より先端径が小さい電極4に変更することにより、通電面積を減少させることができる。電極の先端径を小さくすることにより、電極と鋼板2との接触面積が小さくなり、通電面積が減少する。
【0056】
(作用効果)
本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1の製造方法では、後通電の前期において、通電面積A1を大きくする。これにより、後通電の前期においては、ナゲット12全体を均一的に加熱する。一方、後通電の後期においては、通電面積A2を小さくする。これにより、後通電の後期において、ナゲット12の中央部12Cの入熱量を増大させる一方で、ナゲット12の端部12Eの入熱量を低下させる。
【0057】
この結果、後通電の前期においては、ナゲット12の全体が均一に加熱される。後通電の後期においては、ナゲット12の中央部12Cが優先的に加熱される。これにより、後通電の際に、ナゲット12の中央部12Cだけを再焼入れ温度まで加熱することができるのである。本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法によれば、ナゲット12の中央部12Cを再焼入れ組織にして、鉄系炭化物の面積率を0.2%以下とし、且つ、ナゲット12の端部12Eを焼戻し組織にして、鉄系炭化物の面積率を0.3%以上にすることができる。
【0058】
図9を参照しながら、ナゲット12の中央部のみを再焼き入れする方法について具体的に説明する。図9は、加圧力の減少によって通電面積を減少させる場合における通電パターンの例である。図9の破線は加圧力を示す。図9の実線は電流値を示す。
【0059】
後通電の開始の時点(図9のt1)では、ナゲット12の組織は焼入れ組織(例えばマルテンサイト)である。スポット溶接によって形成されたナゲット12は、融点付近の高温から急冷されるからである。溶接部を挟持するスポット溶接用の電極3の内部には冷媒が流通している。溶接部から電極3への熱移動によって、溶接部は急冷されるのである。
【0060】
後通電の前期においては、加圧力が大きいので、通電面積が大きい。従って、後通電の前期においては、ナゲット12の全体が均一的に加熱される。もし、加圧力を減少させる前の時点(図9のt2)で後通電を終了させると、ナゲット12の全体が焼戻される。ナゲット12の組織は、全体的に焼戻し組織(例えば焼戻しマルテンサイト)となる。そして、ナゲット12の両端部12E及び中央部12Cの両方において、鉄系炭化物の面積率が0.3%以上となる。
【0061】
後通電の後期においては、加圧力が小さいので、通電面積が小さい。従って、後通電の後期においては、ナゲット12の中央部が優先的に加熱される。これにより、ナゲット12の中央部12Cだけを再焼入れ温度まで加熱し、ナゲット12の端部12Eは、再焼き入れ温度よりも低い焼戻し温度まで加熱することができる。ナゲット12の内部に温度差を生じさせた時点(図9のt3)で後通電を終了させると、ナゲット12の中央部12Cは再焼入れされ、ナゲット12の端部12Eは焼戻される。ナゲット12の端部12Eの組織は焼戻し組織となり、鉄系炭化物の面積率が0.2%以下となる。ナゲット12の中央部12Cの組織は主に再焼入れ組織(例えば再焼入れマルテンサイト)となり、鉄系炭化物の面積率が0.3%以上となる。
【0062】
以上、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1の製造方法の最も基本的な態様について説明した。次に、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1の製造方法の一層好ましい態様について説明する。
【0063】
(通電面積を減少させる好ましい時期)
通電面積を減少させる時点は特に限定されないが、以下に好適な例を説明する。後通電における電流値を一定値に制御する場合は、図9に示されるように、後通電の開始からT/2秒~3T/2秒の範囲内の時期において通電面積を減少させることが好ましい。「T」とは、後通電の開始から終了までの時間を意味する。これにより、ナゲット12の両端部12Eの温度を焼戻し温度まで確実に上昇させ、且つ、ナゲット12の中央部12Cの温度を再焼入れ温度まで確実に上昇させることができる。
【0064】
後通電における電流値が一定値でなくてもよい。例えば、電流値が連続的に増加するアップスロープ通電、又は電流値が連続的に低下するダウンスロープ通電が後通電に適用されてもよい。電流値が階段状に増減する多段通電が後通電に適用されてもよい。この場合は、入熱量に基づいて、通電面積を減少させる時点を決定することができる。電流値の時間積分値を、入熱量の指標とすることができる。例えば、後通電の開始から終了までの期間の、電流値の時間積分値をIと定義し、後通電の開始から通電面積切り替えの時点tまでの期間の、電流値の時間積分値をItと定義した場合、I及びItが以下の関係を満たせばよい。
I/2≦It≦2I/3
これにより、ナゲット12の両端部12Eの温度を焼戻し温度まで確実に上昇させ、且つ、ナゲット12の中央部12Cの温度を再焼入れ温度まで確実に上昇させることができる。
【0065】
(通電面積を減少させる方法の好ましい例:加圧力の減少)
通電面積を減少させる方法の好ましい一例は、加圧力を減少させることである。具体的な加圧力の減少量は特に規定されないが、例えば、加圧力をF1からF2まで減少させることにより、加圧力を減少させることが好ましい。F1及びF2は、以下の式を満たす値とすることが好ましい。
0.40≦F2/F1≦0.80
これにより、ナゲット12の両端部12Eの温度を焼戻し温度まで確実に上昇させ、且つ、ナゲット12の中央部12Cの温度を再焼入れ温度まで確実に上昇させることができる。
【0066】
(通電面積を減少させる方法の好ましい例:電極の先端径の変更)
通電面積を減少させる方法の好ましい別の例は、図6及び図8に示されるように、電極の先端径を変更することである。具体的には、後通電の途中で、後通電のために用いられている第一電極3を、これより先端径が小さい第二電極4に交換することが好ましい。通電面積は、電極の先端径に応じて決まる。従って、電極の先端径を小さくすることにより、通電面積を減少させることができる。
【0067】
具体的な電極の先端径は特に限定されないが、例えば第一電極3の先端径d1と、第二電極4の先端径d2とが、以下の式を満たすことが好ましい。
0.40≦d2/d1≦0.80
第一電極3の先端径d1及び第二電極4の先端径d2の比率d2/d1を、0.40以上0.80以下とすることにより、ナゲット12の両端部12Eの温度を焼戻し温度まで確実に上昇させ、且つ、ナゲット12の中央部12Cの温度を再焼入れ温度まで確実に上昇させることができる。
【0068】
なお、第一電極3は、一対のスポット溶接用電極である。図6に例示される一対の第一電極3の先端径は同一である。一方、一対の第一電極3の先端径が異なっていてもよい。この場合、上述の第一電極3の先端径d1とは、一対の第一電極3それぞれの先端径のうち大きい方の値を意味する。先端径が大きい電極の方が、電流経路の広がりに対して支配的であると推定される。
【0069】
第二電極4もまた、一対のスポット溶接用電極である。図8に例示される一対の第二電極4の先端径は同一である。一方、一対の第二電極4の先端径が異なっていてもよい。この場合、上述の第二電極4の先端径d2とは、一対の第二電極4それぞれの先端径のうち大きい方の値を意味する。
【0070】
(その他の構成)
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明はこれに限定されることなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。以下に、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1、自動車用部品、及び抵抗スポット溶接継手1の製造方法の一層好適な例について説明する。なお、特に断りが無い限り、以下に説明する好適な態様は、抵抗スポット溶接継手1、自動車用部品、及び抵抗スポット溶接継手1の製造方法のいずれにも適用することができる。
【0071】
(鋼板11の引張強さ、厚さ、及び表面処理)
鋼板11の引張強さは特に限定されない。抵抗スポット溶接継手1の剛性及び耐破壊特性等を向上させる観点からは、複数の鋼板11のうち1枚以上を、引張強さ980MPa以上の高炭素鋼板11とすることが好ましい。高炭素鋼板11の引張強さを、1000MPa以上、1200MPa以上、又は1500MPa以上とすることが一層好ましい。一方、複数の鋼板11のうち1枚以上を、引張強さ500MPa以下の軟鋼としてもよい。
【0072】
鋼板11の厚さは特に限定されない。また、板組の板厚比も特に限定されない。板組の板厚比とは、板組の総板厚を、板組の表面に配された鋼板11のうち薄い方の板厚で割った値である。例えば抵抗スポット溶接継手1が自動車用部品である場合、鋼板11を、2枚の厚い高炭素鋼板11及び1枚の薄い軟鋼板11とすることが好ましい。高炭素鋼板11は自動車の骨格部材である。軟鋼板11は自動車の外装部材である。高炭素鋼板11の板厚は、例えば1.0~2.5mmとすることが好ましい。軟鋼板11の板厚は、例えば0.4~1.2mmとすることが好ましい。
【0073】
耐食性、及び美観等を向上させるために、鋼板11の表面にめっきが設けられていることが好ましい。めっきの種類としては、Al系めっき、Al系合金化めっき、Zn系めっき、及びZn系合金化めっき等が挙げられる。
【0074】
(ナゲット12の径)
ナゲット12の径は特に限定されず、接合不良を生じさせない範囲内で適宜選択することができる。例えば、ナゲット12の径を2.5√t~5.0√tの範囲内としてもよい。接合不良を防止する観点からは、ナゲット12の径を2.8√t以上、3.0√t以上、又は3.2√t以上とすることが一層好ましい。また、入熱量を抑制して散り発生を防止する観点からは、ナゲット12の径を4.8√t以上、4.5√t以上、又は4.2√t以上とすることが一層好ましい。
【0075】
なお、ナゲット12の径とは、溶接部の断面試験によって接合界面13で測定される、ナゲット12の直径のことである。tとは、ナゲット12の直径を測定した接合界面13を構成する2枚の鋼板11の板厚の平均値のことである。鋼板11の枚数が3枚以上であり、接合界面13が2以上である場合は、1つ以上の接合界面13においてナゲット12の径が上述の範囲内であることが好ましく、全ての接合界面13においてナゲット12の径が上述の範囲内であることが一層好ましい。
【0076】
(測定方法)
以下に、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の評価方法について説明する。
【0077】
接合界面13、及び接合界面13に沿った仮想線13Lは、以下の手順により特定する。まず、圧痕14の平面視での中心又はその近傍を通り、且つ鋼板11の表面に略垂直な面で、抵抗スポット溶接継手を切断する。断面を研磨し、必要に応じてエッチングする。図1に示されるように、ナゲット12の周囲では、シートセパレーション15と呼ばれる隙間が鋼板11の間に生じていることが通常である。シートセパレーション15の底は、十字引張試験の際に応力が集中する領域である。従って、ナゲット12の両側に存在する2つのシートセパレーション15の底を結ぶ線を、接合界面13、及び接合界面13に沿った仮想線13Lとみなす。
【0078】
接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の両端部12Eにおける鉄系炭化物の面積率は、以下の手順により特定する。上述の断面を適宜調製することにより、鉄系炭化物を視認可能な状態とする。ナゲット12の両端部12Eの鉄系炭化物の面積率を、以下の要件を満たす観察視野で測定する。
・400μm四方の矩形形状である
・中心が、接合界面13に沿った仮想線13L上にある
・1つの頂点が、ナゲット12の外縁(溶融境界)と一致する
・2つの辺が、接合界面13に沿った仮想線13Lと平行である
ナゲット12の両端部12Eそれぞれにおける、上述の要件を満たす観察視野それぞれの反射電子像を撮影する。反射電子像においては、鉄系炭化物を容易に特定可能である。そして、観察視野に占める鉄系炭化物の面積率を、両端部12Eそれぞれにおいて算出する。両端部12Eにおいて鉄系炭化物の面積率が所定値以上である場合、端部12Eの鉄系炭化物の面積率が合格とみなされる。
【0079】
接合界面13に沿った仮想線13Lにおけるナゲット12の中央部12Cにおける鉄系炭化物の面積率は、以下の要件を満たす観察視野で測定する。
・400μm四方の矩形形状である
・中心が、上述のナゲット12両端それぞれの観察視野の中心間の中央にある。
・中心が、鋼板11の合わせ面に沿った仮想線13L上にある
・2つの辺が、鋼板11の合わせ面に沿った仮想線13Lと平行である
当該観察視野における反射電子像を撮影することで、ナゲット12の中央部12Cの鉄系炭化物の面積率を測定が可能となる。
【0080】
鋼板11の炭素量は、JIS G 1201:2014「鉄及び鋼-分析方法通則」に従って特定する。鋼板11の引張強さは、JIS Z 2241:2011「金属材料引張試験方法」に従って特定する。いずれにおいても、試料の採取場所は、溶接部から十分に離れた箇所とする。引張試験用の試験片の形状は、鋼板11の形状に応じて適宜選定することができる。抵抗スポット溶接継手が十分に広い平坦部を有しておらず、引張試験用の試験片を採取できない場合は、鋼板の引張強さを測定する代わりに、鋼板のビッカース硬さを測定してもよい。公知の換算表を用いて、鋼板の硬さから鋼板の引張強さを推定することができる。ビッカース硬さは、JIS Z 2244:2009「ビッカース硬さ試験-試験方法」に従って測定する。試験力は300gfとする。
【0081】
ナゲット12の径は、上述の方法によって特定された、接合界面13に沿った仮想線13Lに基づいて測定する。ナゲット12の外縁及び仮想線13Lの2つの交点の間の距離が、当該仮想線13Lに沿って測定されたナゲット12の径である。
【実施例0082】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0083】
(加圧力制御の例)
重ねられた2枚の鋼板にスポット溶接(本通電)をして、種々の抵抗スポット溶接継手を作成した。一部の抵抗スポット溶接継手のナゲットには、後通電を実施した。また、一部の抵抗スポット溶接継手のナゲットの後通電においては、加圧力を減少させた。
【0084】
具体的な製造条件は以下の通りである。
・鋼板の炭素量:表1に記載の通り
・鋼板の厚さt:鋼板1及び鋼板2の両方とも2.0mm
・本通電条件:ナゲット径が5√tとなるように電流値を変化(通電時間18cyc(=360ms))
・後通電における後熱電流の値:本通電電流値の0.6倍~0.65倍
・後通電の前期での加圧力F1:3.9kN
・後通電の後期での加圧力F2:2.0kN
・後通電の開始から終了までの時間T:1.98s
・加圧力をF1からF2に変更するタイミング:1.20s
【0085】
そして、抵抗スポット溶接継手の十字引張強さ(CTS)を、JIS Z 3137:1999に規定される十字引張試験によって測定した。また、抵抗スポット溶接継手の引張せん断強さ(TSS)を、JIS Z 3136:1999に規定される引張せん断試験によって測定した。CTS及びTSSを表1に記載した。
【0086】
加えて、ナゲットの断面において測定される、接合界面に沿った仮想線におけるナゲットの端部の鉄系炭化物の面積率を表1に記載した。面積率の測定は、両端部で行った。そして、両端部それぞれにおける測定値のうち小さい方を、表1に記載した。表1に記載の値が0.3%以上である場合、両端部それぞれの鉄系炭化物の面積率が0.3%以上である。また、ナゲットの断面において測定される、接合界面に沿った仮想線におけるナゲットの中央部の鉄系炭化物の面積率も、表1に記載した。なお、後通電が行われなかった例においては、鉄系炭化物の面積率の測定を省略した。
【0087】
【表1】
【0088】
例1~例3はいずれも、両方の鋼板の炭素量が0.20質量%の抵抗スポット溶接継手であった。例1では、後通電が行われなかった。例1のCTS及びTSSを、例2及び例3の抵抗スポット溶接継手の評価基準として用いた。例1よりCTSが大きい抵抗スポット溶接継手は、優れたCTSを有すると判定された。また「例1のTSS-3kN」よりも高いTSSを有する抵抗スポット溶接継手は、優れたTSSを有すると判定された。
【0089】
例2では、加圧力を一定にした後通電が行われた。例2のナゲットにおいては、ナゲットの中央部の鉄系炭化物の面積率が過剰であった。例2のCTSは、例1のCTSよりも高められていた。しかしながら、例2のTSSは、例1のTSSより大幅に低下していた。
【0090】
例3では、加圧力を途中で減少させる後通電が行われた。例3のナゲットにおいては、ナゲットの中央部、及び両端部の鉄系炭化物の面積率が適切であった。例3のCTSは、例1のCTSよりも高められていた。さらに、例3のTSSは、例1のTSSとほぼ同等の値であった。例3の抵抗スポット溶接継手では、TSS及びCTSの両方が優れた。
【0091】
例4~例6はいずれも、両方の鋼板の炭素量が0.35質量%の抵抗スポット溶接継手であった。例4では、後通電が行われなかった。例4のCTS及びTSSを、例5及び例6の抵抗スポット溶接継手の評価基準として用いた。例4よりCTSが大きい抵抗スポット溶接継手は、優れたCTSを有すると判定された。また「例4のTSS-3kN」よりも高いTSSを有する抵抗スポット溶接継手は、優れたTSSを有すると判定された。なお、例4のCTSは、例1のCTSより大幅に低下していた。
【0092】
例5では、加圧力を一定にした後通電が行われた。例5のナゲットにおいては、ナゲットの中央部の鉄系炭化物の面積率が過剰であった。例5のCTSは、例4のCTSよりも大幅に高められていた。しかしながら、例5のTSSは、例4のTSSより低下していた。
【0093】
例6では、加圧力を途中で減少させる後通電が行われた。例6のナゲットにおいては、ナゲットの中央部、及び両端部の鉄系炭化物の面積率が適切であった。例6のCTSは、例4のCTSよりも高められていた。さらに、例6のTSSは、例4のTSSとほぼ同等の値であった。例6の抵抗スポット溶接継手では、TSS及びCTSの両方が優れた。
【0094】
(電極変更の例)
重ねられた2枚の鋼板にスポット溶接(本通電)をして、種々の抵抗スポット溶接継手を作成した。一部の抵抗スポット溶接継手のナゲットには、後通電を実施した。また、一部の抵抗スポット溶接継手のナゲットの後通電においては、電極を変更した。具体的には、後通電の前期においては、本通電時の電極をそのまま用いた。後通電の後期においては、電極先端径が本通電時の電極よりも小さい電極を用いた。
【0095】
具体的な製造条件は以下の通りである。
・鋼板の炭素量:表2に記載の通り
・鋼板の厚さt:鋼板1及び鋼板2の両方とも2.0mm
・本通電条件:ナゲット径5√tとなるように電流値を変化(通電時間18cyc(=360ms))
・後通電における後熱電流の値:本通電電流値の0.6倍~0.65倍
・後通電の前期での加圧力F1:3.9kN
・後通電の後期での加圧力F2:3.0kN
・後通電の開始から終了までの時間T:1.98s
・電極を変更するタイミング:1.20s
【0096】
そして、表1の実験と同じ手順で、抵抗スポット溶接継手のCTS、TSS、ナゲットの端部における鉄系炭化物の面積率、及びナゲットの中央部における鉄系炭化物の面積率を測定して、表2に記載した。
【0097】
【表2】
【0098】
例7及び例8はいずれも、例1と同じく、両方の鋼板の炭素量が0.20質量%の抵抗スポット溶接継手であった。例1のCTS及びTSSを、例7及び例8の抵抗スポット溶接継手の評価基準として用いた。
【0099】
例7では、電極の先端径を一定にした後通電が行われた。例7のナゲットにおいては、ナゲットの中央部の鉄系炭化物の面積率が過剰であった。例7のCTSは、例1のCTSよりも高められていた。しかしながら、例7のTSSは、例1のTSSより大幅に低下していた。
【0100】
例8では、電極の先端径を途中で減少させる後通電が行われた。例8のナゲットにおいては、ナゲットの中央部、及び両端部の鉄系炭化物の面積率が適切であった。例8のCTSは、例1のCTSよりも高められていた。さらに、例8のTSSは、例1のTSSとほぼ同等の値であった。例8の抵抗スポット溶接継手では、TSS及びCTSの両方が優れた。
【0101】
例9及び例10はいずれも、例4と同じく、両方の鋼板の炭素量が0.35質量%の抵抗スポット溶接継手であった。例4のCTS及びTSSを、例9及び例10の抵抗スポット溶接継手の評価基準として用いた。
【0102】
例9では、電極の先端径を一定にした後通電が行われた。例9のナゲットにおいては、ナゲットの中央部の鉄系炭化物の面積率が過剰であった。例9のCTSは、例4のCTSよりも高められていた。しかしながら、例9のTSSは、例4のTSSより大幅に低下していた。
【0103】
例10では、電極の先端径を途中で減少させる後通電が行われた。例10のナゲットにおいては、ナゲットの中央部、及び両端部の鉄系炭化物の面積率が適切であった。例10のCTSは、例4のCTSよりも高められていた。さらに、例10のTSSは、例4のTSSとほぼ同等の値であった。例10の抵抗スポット溶接継手では、TSS及びCTSの両方が優れた。
【符号の説明】
【0104】
1 抵抗スポット溶接継手
11 鋼板
12 ナゲット
12E 端部
12C 中央部
13 接合界面
13L 仮想線
14 圧痕
15 シートセパレーション
2 (溶接前の)鋼板
3 電極(第一電極)
4 第二電極
C 電流経路
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9