IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社島津製作所の特許一覧

特開2025-12026周波数安定化装置、および原子時計装置
<図1>
  • 特開-周波数安定化装置、および原子時計装置 図1
  • 特開-周波数安定化装置、および原子時計装置 図2
  • 特開-周波数安定化装置、および原子時計装置 図3
  • 特開-周波数安定化装置、および原子時計装置 図4
  • 特開-周波数安定化装置、および原子時計装置 図5
  • 特開-周波数安定化装置、および原子時計装置 図6
  • 特開-周波数安定化装置、および原子時計装置 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025012026
(43)【公開日】2025-01-24
(54)【発明の名称】周波数安定化装置、および原子時計装置
(51)【国際特許分類】
   H01S 1/06 20060101AFI20250117BHJP
   G04F 5/14 20060101ALI20250117BHJP
   H03L 7/26 20060101ALN20250117BHJP
【FI】
H01S1/06
G04F5/14
H03L7/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023114548
(22)【出願日】2023-07-12
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「マルチチャネルレーザ制御システムの開発、および、チャンバ駆動光学系の小型モジュール化」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久井 裕介
【テーマコード(参考)】
5J106
【Fターム(参考)】
5J106CC07
5J106CC21
5J106GG02
5J106KK05
5J106LL10
(57)【要約】
【課題】レーザ光の周波数を好適に安定化させる。
【解決手段】変調信号を用いてレーザ光の位相を変調する電気光学変調器13と、電気光学変調器13によって変調されたレーザ光を共振させる光共振器16と、光共振器16と変調信号とに基づき、レーザ装置10によって照射されるレーザ光の周波数を調整するサーボ回路22とを備える。光共振器16は、電気光学変調器13によって変調されたレーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する周波数のレーザ光を光共振器16において共振させる。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子時計装置であって、
真空容器と、
前記真空容器に対して原子ビームを放射する原子発生装置と、
前記原子発生装置により前記原子ビームが放射された状態で前記真空容器に対してレーザ光を照射することによって、原子のエネルギー準位間遷移を励起するレーザ装置と、
前記真空容器において発生した前記原子のエネルギー遷移確率に比例して生じる光強度を検出する検出装置と、
前記検出装置によって検出された前記光強度に基づき前記レーザ装置によって照射される前記レーザ光の周波数を特定する制御装置と、
前記レーザ装置によって照射される前記レーザ光の周波数を安定化させる周波数安定化装置とを備え、
前記周波数安定化装置は、
変調信号を用いて前記レーザ光の位相を変調する位相変調部と、
前記位相変調部によって変調された前記レーザ光を共振させる光共振部と、
前記光共振部と前記変調信号とに基づき、前記レーザ装置によって照射される前記レーザ光の周波数を調整するレーザ調整部とを備え、
前記光共振部は、前記位相変調部によって変調された前記レーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する周波数の前記レーザ光を前記光共振部において共振させる、原子時計装置。
【請求項2】
前記周波数安定化装置は、
前記変調信号を出力する発振部と、
前記光共振部から出力された前記レーザ光の一部を検出信号として検出する光検出部と、
前記検出信号と前記変調信号との比較値を算出する位相比較部とをさらに備え、
前記レーザ調整部は、前記比較値に基づいて前記レーザ装置によって照射される前記レーザ光の周波数を調整する、請求項1に記載の原子時計装置。
【請求項3】
前記光共振部は、共振器長を前記サイドバンドに対応する周波数に対応した長さに変更可能である、請求項1または請求項2に記載の原子時計装置。
【請求項4】
前記周波数安定化装置は、前記レーザ装置と前記位相変調部との間に配置され、前記レーザ装置によって照射された前記レーザ光の一部を前記原子時計装置に誘導する誘導部をさらに備える、請求項1または請求項2に記載の原子時計装置。
【請求項5】
前記レーザ装置は、第1波長の第1レーザ光を照射する第1レーザ装置と、第2波長の第2レーザ光を照射する第2レーザ装置とを含み、
前記周波数安定化装置は、前記第1レーザ光および前記第2レーザ光の各々の周波数を安定化させる、請求項1または請求項2に記載の原子時計装置。
【請求項6】
前記発振部は、前記光共振部において前記サイドバンドに対応する周波数の前記レーザ光が共振可能な前記変調信号を前記位相変調部へ出力する、請求項2に記載の原子時計装置。
【請求項7】
前記位相比較部は、前記検出信号と、位相が180度反転した前記変調信号とを比較することで、前記比較値を算出する、請求項2に記載の原子時計装置。
【請求項8】
少なくとも1つのレーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を安定化させる周波数安定化装置であって、
変調信号を用いて前記レーザ光の位相を変調する位相変調部と、
前記位相変調部によって変調された前記レーザ光を共振させる光共振部と、
前記光共振部と前記変調信号とに基づき、前記レーザ装置によって照射される前記レーザ光の周波数を調整するレーザ調整部とを備え、
前記光共振部は、前記位相変調部によって変調された前記レーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する周波数の前記レーザ光を前記光共振部において共振させる、周波数安定化装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、レーザ光の周波数を安定化させる周波数安定化装置、および周波数安定化装置から照射されるレーザ光を用いた原子時計装置に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ光の周波数を安定化させる手法の一つとして、PDH(Pound-Drever-Hall)法がある。PDH法は、光共振器を用いてレーザ光の周波数を安定化させる手法である。PDH法では、電気光学変調器(EOM: Electro-Optic Modulator)によって周波数fの位相変調をかけられたレーザ光が光共振器に入射する。光共振器から反射した光を偏光ビームスプリッタ(PBS: Polarizing Beam Splitter)で取り出し、光検出器(フォトダイオード)で受光するとキャリアとサイドバンドとの間のビート信号が得られる。PDH法では、得られたビート信号をフィードバック制御のエラー信号として用いることで、キャリアが光共振器の共鳴となる周波数でレーザ光の周波数を安定化させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】R. W. P. Drever, J. L. Hall, F. V. Kowalski, J. Hough, G. M. Ford, A. J. Munley and H. Ward, “Laser Phase and Frequency Stabilization Using an Optical Resonator” Appl. Phys. B: Photophys. Laser Chem. 31, 97-105 (1983).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
PDH法による周波数の安定度は、光共振器における共振器長の安定度に左右される。共振器長は、極力変化しないことが望ましい。共振器長を変化させる要因の一つは、光共振器に入射する光量の変化である。光共振器に入射し一対のミラー間を往復する光は、共振器内部を加熱し、輻射圧によって光共振器のミラーに力を与える。光共振器に入射する光は、光共振器の熱雑音を生じさせ、この熱雑音によっても周波数の安定度が変化する。したがって、光共振器に入射する光の信号強度は、小さい方が望ましい。
【0005】
一方、光共振器に入射する光の信号強度が小さくなると、光検出器でレーザ光を受光する際、キャリアとサイドバンドとの干渉光の強度が小さくなり、光検出器で検出された光の信号のS/N比が低下する。その結果、レーザ光の周波数の安定度が悪化する。すなわち、光共振器に入射する光量は、小さければ小さいほど、光共振器における共振器長が安定する一方で、光検出器で検出される光の信号のS/N比が低下するという、トレードオフの関係がある。
【0006】
本開示は、かかる問題を解決するためになされたものであり、その目的は、レーザ光の周波数を好適に安定化させることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示は、原子時計装置に関する。原子時計装置は、真空容器と、真空容器に対して原子ビームを放射する原子発生装置と、原子発生装置により原子ビームが放射された状態で真空容器に対してレーザ光を照射することによって、原子のエネルギー準位間遷移を励起するレーザ装置と、真空容器において発生した原子のエネルギー遷移確率に比例して生じる光強度を検出する検出装置と、検出装置によって検出された光強度に基づきレーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を特定する制御装置と、レーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を安定化させる周波数安定化装置とを備える。周波数安定化装置は、変調信号を用いてレーザ光の位相を変調する位相変調部と、位相変調部によって変調されたレーザ光を共振させる光共振部と、光共振部と変調信号とに基づき、レーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を調整するレーザ調整部とを備える。光共振部は、位相変調部によって変調されたレーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する周波数のレーザ光を光共振部において共振させる。
【0008】
本開示は、少なくとも1つのレーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を安定化させる周波数安定化装置に関する。周波数安定化装置は、変調信号を用いてレーザ光の位相を変調する位相変調部と、位相変調部によって変調されたレーザ光を共振させる光共振部と、光共振部と変調信号とに基づき、レーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を調整するレーザ調整部とを備える。光共振部は、位相変調部によって変調されたレーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する周波数のレーザ光を光共振部において共振させる。
【発明の効果】
【0009】
本開示の周波数安定化装置、および原子時計装置によれば、サイドバンドに対応する周波数のレーザ光を共振させることによってレーザ光の周波数を好適に安定化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施の形態1に係る光格子型原子時計の機能ブロック図である。
図2】光格子の概念図である。
図3】実施の形態1に係る周波数安定化装置の機能ブロック図である。
図4】レーザ光の周波数成分について説明するための図である。
図5】エラー信号のシミュレーションを示すグラフである。
図6】周波数安定化装置の周波数安定化処理を示すフローチャートである。
図7】実施の形態2に係る周波数安定化装置の機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中の同一または相当部分については、同一の符号を付して、その説明は原則的に繰り返さない。
【0012】
[実施の形態1]
図1は、実施の形態1に係る原子時計装置100の機能ブロック図である。図1における原子時計装置100は、光格子型原子時計(光格子時計とも称する)である。
【0013】
図1を参照して、原子時計装置100は、原子発生装置110と、真空容器130と、検出装置140と、複数のレーザ装置10と、磁場発生装置160と、制御装置170と、周波数安定化装置1とを備える。複数のレーザ装置10は、冷却用レーザ装置10Aと、励起用レーザ装置10Bと、検出用レーザ装置10Cと、光格子用レーザ装置10Dとを含む。
【0014】
原子発生装置110は、図示しない加熱装置(オーブン)を含んでおり、ストロンチウムあるいはイッテルビウム、水銀などの原子の母材をオーブンで加熱する。加熱により、原子同士の化学結合が切断されることによって原子が孤立し、原子の集団(原子ガス)が生成される。加熱されてガス化した原子は、高い運動エネルギーを有しているため、原子発生装置110からは、高速度の原子ガスが原子ビームとして放射される。原子発生装置110から放射された原子ビームは、真空容器130内に導かれる。
【0015】
冷却用レーザ装置10Aは、制御装置170からの制御信号CTL1によって制御される。冷却用レーザ装置10Aは、真空容器130内において、原子発生装置110から放射された原子ビームに三次元的に対向するレーザ光(図1中の矢印AR1,AR2)を照射する。この冷却用レーザ光が、原子ビームの運動方向に対して逆方向に照射されることによって原子の運動エネルギーが減少し(すなわち、冷却され)、その結果として原子の速度が低下する。
【0016】
また、真空容器130内には、対向する一対のミラー131,132が設けられている。この対向するミラー131,132の間に、制御装置170の制御信号CTL5によって特定の波長(魔法波長)に制御されたレーザ光が光格子用レーザ装置10Dから放射されると、ミラー131とミラー132との間でレーザ光による定在波が生じる。
【0017】
一般的に、原子は、電場中において分極し誘起双極子を生じる。この双極子は電場と相互作用する。この結果、空間的に不均一なレーザ電場中においては、原子に対する電気ポテンシャルは電場強度の極大点で極小になり、その位置に原子が捕捉(トラップ)されることになる。上記のように、ミラー131,132との間でレーザ光の定在波が生成されると、原子は当該定在波の腹の位置にトラップされる。この定在波を三次元的に組み合わせると、半波長間隔に原子が配列される「光格子」が実現される。図2は、この光格子を概念的に示したものである。図2においてレーザによって生じる光格子190は、概念的には、一定間隔に電気ポテンシャルの凹部が形成された空間的な干渉縞であり、当該凹部内に原子ATMが捕捉される。
【0018】
原子が運動量(速度)を持つと、ドップラー効果により共鳴周波数がシフトし、計測される時間の精度が低下する可能性がある。冷却用レーザ装置10Aのレーザ光を用いて原子ビーム内の原子ATMを減速させるとともに、図2で示したような光格子190を用いて原子ATMを捕捉することによって、静止状態における原子の共鳴周波数を探索することが可能となる。
【0019】
磁場発生装置160は、制御装置170からの制御信号CTL4により制御され、真空容器130内において、上記のミラー131,132の周囲に配置された電磁コイル(図示せず)に電流を流すことにより、運動する原子ATMに対して磁場を印加する。この印加される磁場により、原子ATMのエネルギー準位が制御され、種々の原子冷却に寄与する。
【0020】
励起用レーザ装置10Bは、制御装置170からの制御信号CTL2によって制御される。励起用レーザ装置10Bは、捕捉された原子ATMにパルス状のレーザ光を照射して、原子ATMのエネルギー遷移を励起する。原子は、一般的に、複数の固有のエネルギー準位を有しており、異なる2つのエネルギー準位の遷移において、エネルギー準位差に相当するエネルギーを持った周波数の光子が選択的に吸収される性質を有している。
【0021】
検出用レーザ装置10Cは、制御装置170からの制御信号CTL3によって制御される。検出用レーザ装置10Cは、励起用レーザ装置10Bによる原子ATMのエネルギー準位の励起後に、検出用のレーザ光を原子ATMに照射する。検出用レーザ装置10Cから照射されたレーザは、原子のエネルギー遷移確率に比例した強度を有する蛍光を発生する。
【0022】
検出装置140は、検出用レーザ装置10Cによって発生した蛍光を受光し、受光した蛍光の強度を検出する。検出装置140は、検出した蛍光強度によって表わされる励起レーザ周波数に依存する遷移確率スペクトルを制御装置170へ出力する。
【0023】
制御装置170は、たとえば、CPU(Central Processing Unit)、メモリおよび入出力インタフェース(いずれも図示せず)を含んで構成され、原子時計装置100の各機器を統括的に制御する。制御装置170は、検出装置140から受信した遷移確率スペクトルから、原子ATMの共振周波数を特定する。また、制御装置170は、演算により求められた共振周波数に基づいて、励起用レーザ装置10Bから照射されるレーザ光の周波数を安定化する。
【0024】
周波数安定化装置1は、レーザ装置10から照射されるレーザ光の周波数を安定化させるための装置である。実施の形態1では、複数あるレーザ装置10のうち、励起用レーザ装置10Bから照射されるレーザ光の周波数を安定化させる場合について説明する。なお、周波数安定化装置1は、冷却用レーザ装置10A、励起用レーザ装置10B、検出用レーザ装置10C、および光格子用レーザ装置10Dなどの励起用レーザ装置10B以外のレーザ装置10から照射されるレーザ光の周波数を安定化させてもよく、複数種類のレーザ装置に対応する周波数を安定化させてもよい。
【0025】
このような光格子型原子時計を含めた原子時計装置100においては、レーザ光について高精度の周波数の安定化が求められる。周波数安定化装置1は、複数のレーザ装置10のうち、たとえば励起用レーザ装置10Bから照射されるレーザ光を好適に安定化することができる。図3は、実施の形態1に係る周波数安定化装置1の機能ブロック図である。
【0026】
図3を参照して、周波数安定化装置1は、アイソレータ12と、電気光学変調器(EOM)13と、偏光ビームスプリッタ(PBS)14と、1/4波長板15と、光共振器16と、フォトダイオード(PD: photodiode)17と、RF発振器18と、位相シフタ19と、位相比較器20と、ローパスフィルタ(LPF: Low Pass Filter)21と、サーボ回路22とを含む。
【0027】
アイソレータ12は、レーザ装置10と光共振器16との間の光路に設けられている。アイソレータ12は、一定方向にのみレーザ光を伝送する装置である。アイソレータ12は、レーザ装置10の近くに配置されることによって、戻り光に由来するレーザ光の周波数の不安定化を防ぐことができる。電気光学変調器13は、レーザ光の位相を変調する位相変調部として機能する。電気光学変調器13は、電気的に光の屈折率を変化させることが可能である。電気光学変調器13は、RF発振器18から入力される変調信号に基づいて、レーザ光の周波数および位相を変調する。
【0028】
偏光ビームスプリッタ14は、入射したレーザ光のうち一部のレーザ光を通過させるとともに、1/4波長板15を介して戻って来たレーザ光を略直角方向に反射させる。1/4波長板15は、偏光ビームスプリッタ14から入射するレーザ光の偏光状態を変化させて光共振器16へ入射させるとともに、光共振器16から戻って来たレーザ光の偏光状態を再び変化させて偏光ビームスプリッタ14へ戻す。
【0029】
フォトダイオード17は、偏光ビームスプリッタ14において反射されたレーザ光の一部を検出信号として検出する光検出部として機能する。フォトダイオード17は、レーザ光の強度に応じた電気信号を出力する。RF発振器18は、変調信号を出力する発振部として機能する。RF発振器18は、電気光学変調器13および位相シフタ19に対して変調信号を出力する。
【0030】
位相シフタ19は、RF発振器18から送信される変調信号の位相を180度ずらす。位相比較器20は、フォトダイオード17で検出された検出信号と、RF発振器18からの変調信号との比較値を算出する位相比較部として機能する。位相比較器20は、検出信号と変調信号とから光共振器16の周波数とレーザ光の周波数との差の情報を比較値として誤差を算出する。比較値がローパスフィルタ21に通されることによって、誤差に基づくエラー信号が生成される。
【0031】
サーボ回路22は、エラー信号を用いてレーザ装置10によって照射されるレーザ光の周波数を調整するレーザ調整部として機能する。サーボ回路22は、たとえば、レーザ装置10においてレーザ光の周波数を光共振器16の共振器長に調整することによって誤差が小さくなるようフィードバック制御を実行する。
【0032】
光共振器16は、電気光学変調器13によって変調されたレーザ光を共振させる。光共振器16は、電気光学変調器13によって変調されたレーザ光を共振させるために内部に一対のミラーを備えている。一対のミラーは、光共振器16の外部に漏れ出す光が極めて微弱になるように高反射率(たとえば99.9%程度)のものが採用される。なお、光共振器16の内部に配置されるミラーの数は、2つに限定されるものではなく、3つ以上であってもよい。つまり、光が互いの間で反射するようにミラーが配置された共振器であってもよいし、一方向に反射するようにミラーがリング状に配置された共振器であってもよい。
【0033】
ミラーには、ピエゾ素子(圧電素子)が配置されている。ピエゾ素子は、制御装置170からの指令に従って、光共振器16を構成するミラーを駆動することで、ミラーを光軸方向に変位させる。これにより、光共振器16の共振器長を変更することができる。したがって、レーザ波数に一致するように共振器長を可変させたり、また、共振器長に一致するようにレーザ波数を掃引したりすることができる。
【0034】
ここで、レーザ装置10と周波数安定化装置1のアイソレータ12との間には、ハーフミラー11が配置されている。ハーフミラー11は、入射したレーザ光のうち一部のレーザ光を通過させ、他のレーザ光を略直角方向に反射させる。ハーフミラー11は、安定化されたレーザ光の一部を原子時計装置100の真空容器130内へ向けて誘導する誘導部として機能する。
【0035】
このように、周波数安定化装置1は、位相変調後のレーザ光を光共振器16に入射して、光共振器16から出力されたレーザ光をフォトダイオード17によって検出し、検出したレーザ光に基づくフィードバックをかけることで、レーザ光の周波数を安定化させるように構成されている。このようなPDH法による周波数の安定度は、光共振器における共振器長の安定度に左右されるため、共振器長は、極力変化しないことが望ましい。
【0036】
たとえば、光共振器に入射する光は、光共振器の熱雑音を生じさせ、この熱雑音によっても周波数の安定度が変化するため、光共振器に入射する光の信号強度は、小さい方が望ましい。一方、光共振器に入射する光の信号強度が小さくなると、光検出器でレーザ光を受光する際、キャリアとサイドバンドとの干渉光の強度が小さくなり、信号のS/N比が低下する。その結果、レーザ光の周波数の安定度が悪化する。すなわち、光共振器に入射する光量は、小さければ小さいほど、光共振器における共振器長が安定する一方で、光検出器で検出される光の信号のS/N比が低下するという、トレードオフの関係がある。
【0037】
そこで、実施の形態に係る周波数安定化装置1は、以下で説明するように、光共振器16に入射するレーザ光として、キャリアに対応する光ではなくサイドバンドに対応する光を用いるように構成されている。そして、光共振部は、位相変調部によって変調されたレーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する周波数のレーザ光を共振させるように構成されている。
【0038】
レーザ光の周波数成分について具体的に説明する。図4は、レーザ光の周波数成分について説明するための図である。電気光学変調器13に入る前のレーザ光は、図4(A)に示すように、キャリアが単一のピークとなるスペクトルとして表される。その後、RF発振器18は、光共振器16においてサイドバンドに対応する周波数のレーザ光が共振可能な変調信号を電気光学変調器13へ出力する。これによって、電気光学変調器13において位相変調された後のレーザ光は、図4(B)に示すように、ピークが3つのスペクトルとして表される。中央のキャリアの両隣に位置するピークがサイドバンドである。
【0039】
図4(C)光共振器16では、電気光学変調器13によって変調されたレーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する周波数のレーザ光を共振させる。本開示は、光共振器16で共振させるレーザ光としてキャリアではなくサイドバンドを用いる。たとえば、レーザ装置10の発振周波数を調整することによって光共振器16においてサイドバンドを共振させる。光共振器16に入射する光をキャリアよりも信号の強度が小さいサイドバンドとすることによって、光共振器16における共振器長を安定化させることができる。
【0040】
フォトダイオード17においては、キャリアとサイドバンドとの間のビート信号が光共振器16においてキャリアを共振させたときと同様に得られる。これはキャリアの信号強度が大きいため干渉光の強度を確保することができるためである。これによって、フォトダイオード17で得られる信号のS/N比を低下させないようにすることができる。
【0041】
ここで、サイドバンドを共振させる際の問題について説明する。図5は、エラー信号のシミュレーションを示すグラフである。図5では、キャリアが光共振器16の共鳴周波数に一致するようにシミュレーションしている。周波数の安定化処理では、エラー信号の波形とゼロクロスする点(エラー信号がゼロとなる点)が光共振器16に用いられる周波数のロックポイントとなる。図5に示すように、ゼロクロス点のうち中央のキャリアに対応する点は、傾きが負である。図5に示すように、ゼロクロス点のうち中央の点の両端のサイドバンドに対応する点は、傾きが正である。
【0042】
つまり、キャリアとサイドバンドとではエラー信号の傾きが反転する。このため、サイドバンドを用いる場合、位相シフタ19において位相を180度反転させる必要がある。位相比較器20は、フォトダイオード17で検出された検出信号と、位相が180度反転したRF発振器18からの変調信号とを比較することによって、比較値を算出する。これによって、適切なエラー信号を生成することができる。
【0043】
次に、周波数安定化装置1において実行される周波数安定化処理の流れについて説明する。図6は、周波数安定化装置1の周波数安定化処理を示すフローチャートである。以下では、フローチャート中の各ステップを、単に「S」と表記する。周波数安定化装置1は、位相変調部である電気光学変調器13においてレーザ光の位相を変調する(S1)。次いで、周波数安定化装置1は、光共振器16においてレーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する周波数のレーザ光を共振させる(S2)。次いで、周波数安定化装置1は、光検出部であるフォトダイオード17においてサイドバンドに対応する検出信号を出力する(S3)。
【0044】
次いで、周波数安定化装置1は、位相比較部である位相比較器20において光共振器16の周波数とレーザ光の周波数との差の情報を比較値として誤差を算出する(S4)。次いで、周波数安定化装置1は、レーザ調整部であるサーボ回路22においてレーザ光を安定化する(S5)。
【0045】
以上のようなフローに従って周波数安定化装置1を動作させることによって、電気光学変調器13によって変調されたレーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する周波数のレーザ光を光共振器16において共振させることができる。光共振器16に入射する光をキャリアよりも信号強度の小さいサイドバンドとすることによって、光共振器16における共振器長を安定化させることができる。また、フォトダイオード17においてキャリアとサイドバンドとの間のビート信号を検出することによって、フォトダイオード17で得られる信号のS/N比を低下させないようにすることができる。
【0046】
[実施の形態2]
実施の形態2の周波数安定化装置1Aについて説明する。図7は、実施の形態2に係る周波数安定化装置1Aの機能ブロック図である。実施の形態2の周波数安定化装置1Aの構成は、実施の形態1の周波数安定化装置1と同じである。実施の形態2においては、レーザ装置10が2つ設けられている点においてレーザ装置10が1つの実施の形態1と異なっている。
【0047】
周波数安定化装置1Aは、複数あるレーザ装置10のうち2つのレーザ装置から照射されるレーザ光の周波数を安定化させる。周波数安定化装置1Aは、3つ以上のレーザ装置から照射されるレーザ光の周波数を安定化させるものであってもよい。
【0048】
周波数安定化装置1Aの電気光学変調器13は、複数のレーザ光の周波数および位相を変調することができる。光共振器16は、各レーザ光について電気光学変調器13によって変調されたレーザ光の周波数帯のうちサイドバンドに対応する周波数のレーザ光を共振させる。その後、フォトダイオード17は、キャリアとサイドバンドとの間のビート信号を各レーザ光毎に検出する。なお、光共振器16内には、複数のレーザ光が同時に入射するが、共振器長は一定の値で固定されている。これは、サイドバンドで共振されるように各レーザ装置10から照射されるレーザ光の発振周波数を光共振器16の共振周波数に調整するからである。
【0049】
周波数安定化装置1Aは、複数のレーザ光においてサイドバンドに対応する周波数のレーザ光を共振させる。これによって、複数のレーザ光を用いた場合であっても、光共振器16に入射する光をキャリアよりも信号強度の小さいサイドバンドとすることによって、光共振器16における共振器長を安定化させることができる。また、フォトダイオード17においてキャリアとサイドバンドとの間のビート信号を各レーザ光毎に検出することによって、フォトダイオード17で得られる信号のS/N比を低下させないようにすることができる。
【0050】
(変形例)
以上の実施の形態では、レーザ装置10の発振周波数を変更し、光共振器16の共振器長を一定とする場合について説明した。しかしながら、レーザ装置10の発振周波数を固定し、光共振器16の共振器長をサイドバンドに対応する周波数に対応した長さに変更してもよい。
【0051】
<他の原子時計への適用>
以上の実施の形態では、光格子型の原子時計において、レーザ光の周波数を安定化する手法を適用した例について説明した。しかしながら、本開示の特徴の概念は、光格子型原子時計以外の他の型式の原子時計についても適用可能である。たとえば、原子泉型マイクロ波原子時計、原子ビーム型マイクロ波原子時計、光イオン時計等に用いられるレーザ光に対しレーザ光の周波数を安定化する手法を適用してもよい。
【0052】
[態様]
上述した例示的な実施の形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0053】
(第1項) 一態様に係る原子時計装置であって、真空容器と、真空容器に対して原子ビームを放射する原子発生装置と、原子発生装置により原子ビームが放射された状態で真空容器に対してレーザ光を照射することによって、原子のエネルギー準位間遷移を励起するレーザ装置と、真空容器において発生した原子のエネルギー遷移確率に比例して生じる光強度を検出する検出装置と、検出装置によって検出された光強度に基づきレーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を特定する制御装置と、レーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を安定化させる周波数安定化装置とを備える。周波数安定化装置は、変調信号を用いてレーザ光の位相を変調する位相変調部と、位相変調部によって変調されたレーザ光を共振させる光共振部と、光共振部と変調信号とに基づき、レーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を調整するレーザ調整部とを備える。光共振部は、位相変調部によって変調されたレーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する周波数のレーザ光を光共振部において共振させる。
【0054】
第1項に記載の原子時計装置によれば、周波数安定化装置がレーザ装置から照射されたレーザ光の周波数を安定化させる際に、位相変調部によって変調されたレーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する光を光共振部において共振させることができる。光共振部に入射する光として、キャリアに対応する光よりも信号強度が小さいサイドバンドに対応する光を用いることによって、光共振部における共振器長を安定化させることができる。一方、共振部に入射する光をキャリアに対応する光からサイドバンドに対応する光に変更した場合でも、キャリアおよびサイドバンドのいずれかの信号強度が大きければ干渉光の強度はある程度確保することができるため、信号のS/N比を低下させないようにすることができる。これによって、安定した周波数のレーザ光を用いた正確な計時が可能となる。
【0055】
(第2項) 第1項に記載の原子時計装置によれば、周波数安定化装置は、変調信号を出力する発振部と、光共振部から出力されたレーザ光の一部を検出信号として検出する光検出部と、検出信号と変調信号との比較値を算出する位相比較部とをさらに備える。レーザ調整部は、比較値に基づいてレーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を調整する。
【0056】
第2項に記載の原子時計装置によれば、検出信号と変調信号との比較値に基づいてレーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を調整することができる。これによって、レーザ光の周波数を好適に安定化させることができる。
【0057】
(第3項) 第1項または第2項に記載の原子時計装置によれば、光共振部は、共振器長をサイドバンドに対応する周波数に対応した長さに変更可能である。
【0058】
第3項に記載の原子時計装置によれば、光共振部の共振器長をサイドバンドに対応する周波数に対応した長さに変更可能である。これによって、レーザ光の周波数を好適に安定化させることができる。
【0059】
(第4項) 第1項から第3項のいずれか1項に記載の原子時計装置によれば、周波数安定化装置は、レーザ装置と位相変調部との間に配置され、レーザ装置によって照射されたレーザ光の一部を原子時計装置に誘導する誘導部をさらに備える。
【0060】
第4項に記載の原子時計装置によれば、誘導部によって、周波数が安定化したレーザ光の一部を原子時計装置へ送ることができる。これによって、安定した周波数のレーザ光を用いた正確な計時が可能となる。
【0061】
(第5項) 第1項から第4項のいずれか1項に記載の原子時計装置によれば、レーザ装置は、第1波長の第1レーザ光を照射する第1レーザ装置と、第2波長の第2レーザ光を照射する第2レーザ装置とを含む。周波数安定化装置は、第1レーザ光および第2レーザ光の各々の周波数を安定化させる。
【0062】
第5項に記載の原子時計装置によれば、第1レーザ光および第2レーザ光の各々の周波数を安定化させることができる。
【0063】
(第6項) 第2項から第5項のいずれか1項に記載の原子時計装置によれば、発振部は、光共振部においてサイドバンドに対応する周波数のレーザ光が共振可能な変調信号を位相変調部へ出力する。
【0064】
第6項に記載の原子時計装置によれば、光共振部においてサイドバンドに対応する周波数のレーザ光が共振可能となる適切な変調信号を発振部から位相変調部へ送信することができる。これによって、レーザ光の周波数を好適に安定化させることができる。
【0065】
(第7項) 第2項から第6項のいずれか1項に記載の原子時計装置によれば、位相比較部は、検出信号と、位相が180度反転した変調信号とを比較することで、比較値を算出する。
【0066】
第7項に記載の原子時計装置によれば、サイドバンドに対応した比較値を算出することができる。これによって、レーザ光の周波数を好適に安定化させることができる。
【0067】
(第8項) 一態様に係る少なくとも1つのレーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を安定化させる周波数安定化装置であって、変調信号を用いてレーザ光の位相を変調する位相変調部と、位相変調部によって変調されたレーザ光を共振させる光共振部と、光共振部と変調信号とに基づき、レーザ装置によって照射されるレーザ光の周波数を調整するレーザ調整部とを備える。光共振部は、位相変調部によって変調されたレーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する周波数のレーザ光を光共振部において共振させる。
【0068】
第8項に記載の周波数安定化装置によれば、周波数安定化装置がレーザ装置から照射されたレーザ光の周波数を安定化させる際に、位相変調部によって変調されたレーザ光の周波数帯のうち、サイドバンドに対応する光を光共振部において共振させることができる。光共振部に入射する光として、キャリアに対応する光よりも信号強度が小さいサイドバンドに対応する光を用いることによって、光共振部における共振器長を安定化させることができる。一方、共振部に入射する光をキャリアに対応する光からサイドバンドに対応する光に変更した場合でも、キャリアおよびサイドバンドのいずれかの信号強度が大きければ干渉光の強度はある程度確保することができるため、信号のS/N比を低下させないようにすることができる。
【0069】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0070】
1,1A 周波数安定化装置、10 レーザ装置、10A 冷却用レーザ装置、10B 励起用レーザ装置、10C 検出用レーザ装置、10D 光格子用レーザ装置、11 ハーフミラー、12 アイソレータ、13 電気光学変調器、14 偏光ビームスプリッタ、15 1/4波長板、16 光共振器、17 フォトダイオード、18 RF発振器、19 位相シフタ、20 位相比較器、21 ローパスフィルタ、22 サーボ回路、100 原子時計装置、110 原子発生装置、130 真空容器、131,132 ミラー、140 検出装置、160 磁場発生装置、170 制御装置、190 光格子。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7