(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025012187
(43)【公開日】2025-01-24
(54)【発明の名称】モータ駆動装置およびモータ駆動装置の制御方法
(51)【国際特許分類】
H02P 23/04 20060101AFI20250117BHJP
B60L 9/18 20060101ALI20250117BHJP
【FI】
H02P23/04
B60L9/18 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023114843
(22)【出願日】2023-07-13
(71)【出願人】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】山本 康弘
(72)【発明者】
【氏名】藤曲 央武
【テーマコード(参考)】
5H125
5H505
【Fターム(参考)】
5H125AA01
5H125AC12
5H125BA00
5H125BB00
5H125CA01
5H125EE08
5H125EE09
5H505AA16
5H505BB04
5H505DD06
5H505EE49
5H505HB01
5H505JJ04
5H505LL01
5H505LL38
(57)【要約】
【課題】モータ駆動装置においてガタ位相の推定方法を簡素化または省略しかつできるだけ時間遅れの少ないジャーク抑制対策とジャークの変化抑制対策とを両立する。
【解決手段】外乱トルクオブザーバ110aはモータトルクT
m(トルク信号Tr)とモータの速度検出値ω
m_detとに基づいて推定モータ加速トルク^T
mAと推定軸トルク^T
dmと推定外乱トルク^T
d_distを出力する。ガタ詰め制御機能部202はバックラッシュが発生する際にトルク指令T
refを制限した制限トルクT
rLimを第1中間トルク指令T
ref1として出力しそれ以外の時はトルク指令T
refを第1中間トルク指令として出力する。振動抑制補償部112は推定モータ加速トルク^T
mAに基づいて振動抑制の補償トルクT
Fcompを生成し第1中間トルク指令T
ref1から補償トルクT
Fcompを減算した値に基づいてモータトルクT
m(トルク信号Tr)を生成する。
【選択図】
図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御部と主回路部と備え、モータを駆動源とする車両システムを制御するモータ駆動装置であって、
前記制御部は、
軸トルクがトルク指令に追従し、かつ、共振成分を含まないように、モータトルクに相当するトルク信号を制御する振動抑制・ガタ詰め制御部を有し、
前記振動抑制・ガタ詰め制御部は、
前記トルク信号とモータの速度検出値とに基づいて、推定モータ加速トルクと推定軸トルクと推定外乱トルクとを出力する外乱トルクオブザーバと、
前記トルク指令に基づいて第0中間トルク指令を出力するフィルタと、
前記トルク指令の極性が変化してバックラッシュが発生する際に、前記トルク指令を制限した制限トルクを第1中間トルク指令として出力し、それ以外の時は前記第0中間トルク指令を前記第1中間トルク指令として出力するガタ詰め制御機能部と、
前記推定モータ加速トルクに基づいて振動抑制の補償トルクを生成し、前記第1中間トルク指令から前記補償トルクを減算した値に基づいて前記トルク信号を生成する振動抑制補償部と、
を備えたことを特徴とするモータ駆動装置。
【請求項2】
制御部と主回路部と備え、モータを駆動源とする車両システムを制御するモータ駆動装置であって、
前記制御部は、
軸トルクがトルク指令に追従し、かつ、共振成分を含まないように、モータトルクに相当するトルク信号を制御する振動抑制・ガタ詰め制御部を有し、
前記振動抑制・ガタ詰め制御部は、
前記トルク信号とモータの速度検出値とに基づいて、推定モータ加速トルクと推定軸トルクと推定外乱トルクとを出力する外乱トルクオブザーバと、
前記トルク指令に基づいて第0中間トルク指令を出力するフィルタと、
前記トルク指令の極性が変化してバックラッシュが発生する際に、前記トルク指令を制限した制限トルクを第1中間トルク指令として出力し、それ以外の時は前記第0中間トルク指令を前記第1中間トルク指令として出力するガタ詰め制御機能部と、
加速トルク補償期間は前記第1中間トルク指令に加速トルクを加算して第2中間トルク指令として出力し、それ以外の時は前記第1中間トルク指令を前記第2中間トルク指令として出力するモータ加速トルク補正部と、
前記推定モータ加速トルクに基づいて振動抑制の補償トルクを生成し、前記第2中間トルク指令から前記補償トルクを減算した値に基づいて前記トルク信号を生成する振動抑制補償部と、
を備えたことを特徴とするモータ駆動装置。
【請求項3】
前記モータ加速トルク補正部は、
前記推定軸トルクまたは前記トルク信号の零クロスを検出する零クロス検出部と、
零クロスの検出から第2設定時間まで加速トルク補償期間を生成するトルク補正タイマ部と、
前記加速トルク補償期間に前記第1中間トルク指令をラッチし、前記加速トルク補償期間に、そのラッチ成分に前記加速トルクを加算して前記第2中間トルク指令として出力するトルク補正部と、
を備えたことを特徴とする請求項2記載のモータ駆動装置。
【請求項4】
前記ガタ詰め制御機能部は、
前記第0中間トルク指令を正側のトルク制限値、負側のトルク制限値内に制限して前記制限トルクを出力するトルク指令制限部と、
前記第0中間トルク指令が前記正側のトルク制限値または前記負側のトルク制限値を超過したことを検出した直後から第1設定時間だけガタ詰め制御信号を出力する制限期間発生部と、
を備え、
前記ガタ詰め制御信号の発生中は前記制限トルクを前記第1中間トルク指令として出力することを特徴とする請求項1記載のモータ駆動装置。
【請求項5】
前記ガタ詰め制御機能部は、
前記第0中間トルク指令を正側のトルク制限値、負側のトルク制限値内に制限して前記制限トルクを出力するトルク指令制限部と、
前記第0中間トルク指令が前記正側のトルク制限値と前記負側のトルク制限値を超過したことを検出した直後から第1設定時間だけガタ詰め制御信号を出力する制限期間発生部と、
を備え、
前記ガタ詰め制御信号の発生中は前記制限トルクを前記第1中間トルク指令として出力することを特徴とする請求項2記載のモータ駆動装置。
【請求項6】
前記トルク指令制限部は、
前記推定軸トルクまたは前記トルク信号の前回値に前記推定外乱トルクに基づいて算出された外乱トルク補償成分を加算する第1加算部と、
前記第1加算部の出力の絶対値を演算する絶対値関数部と、
前記絶対値関数部の出力に緩和ゲインを乗算する第1乗算部と、
前記第1乗算部の出力にトルク制限の下限値を加算する第2加算部と、
前記第2加算部の出力に-1を乗算する符号反転部と、
前記第2加算部の出力から前記外乱トルク補償成分を減算して前記正側のトルク制限値を出力する第1減算部と、
前記符号反転部の出力から前記外乱トルク補償成分を減算して前記負側のトルク制限値を出力する第2減算部と、
前記第0中間トルク指令が前記正側のトルク制限値または前記負側のトルク制限値を超過した場合、超過状態信号を出力する範囲比較部と、
前記第0中間トルク指令を前記正側のトルク制限値と前記負側のトルク制限値内に制限して前記制限トルクとして出力する飽和関数部と、を備えたことを特徴とする請求項4または5記載のモータ駆動装置。
【請求項7】
状態信号を出力するトルク制限の動作条件判定部を備え、
前記制限期間発生部は、
超過状態信号の立ち上がり時にトリガ信号を生成し、それから前記第1設定時間が経過した後にリセット信号を出力するエッジ遅延部と、
前記トリガ信号と前記状態信号と反転信号の論理積を出力する論理積部と、
前記論理積部の出力と前記リセット信号により前記ガタ詰め制御信号を生成する第1SRラッチと、
前記リセット信号を入力してから延長期間だけ遅延した信号を出力する遅延部と、
前記論理積部の出力と前記遅延部の出力を入力とする第2SRラッチと、
前記第2SRラッチの出力を1演算周期遅延させ再トリガ禁止信号として出力するバッファ223と、
前記再トリガ禁止信号を反転させ、前記反転信号として出力する論理反転部と、
を備えたことを特徴とする請求項4記載のモータ駆動装置。
【請求項8】
状態信号を出力するトルク制限の動作条件判定部を備え、
前記制限期間発生部は、
超過状態信号の立ち上がり時にトリガ信号を生成し、それから前記第1設定時間が経過した後にリセット信号を出力するエッジ遅延部と、
前記トリガ信号と前記状態信号と反転信号の論理積を出力する論理積部と、
前記リセット信号と加速トルク補償期間前回値の論理和を出力する第1論理和部と、
前記論理積部の出力と前記第1論理和部の出力により前記ガタ詰め制御信号を生成する第1SRラッチと、
前記第1論理和部の出力を入力してから延長期間だけ遅延した信号を出力する遅延部と、
前記論理積部の出力と前記遅延部の出力を入力とする第2SRラッチと、
前記第2SRラッチの出力を1演算周期遅延させ再トリガ禁止信号として出力するバッファと、
前記再トリガ禁止信号と前記加速トルク補償期間前回値の論理和を第2再トリガ禁止信号として出力する第2論理和部と、
前記第2再トリガ禁止信号を反転させ、前記反転信号として出力する論理反転部と、
を備えたことを特徴とする請求項5記載のモータ駆動装置。
【請求項9】
制御部と主回路部と備え、モータを駆動源とする車両システムを制御するモータ駆動装置の制御方法であって、
前記制御部は、
軸トルクがトルク指令に追従し、かつ、共振成分を含まないように、モータトルクに相当するトルク信号を制御する振動抑制・ガタ詰め制御部を有し、
前記振動抑制・ガタ詰め制御部は、
外乱トルクオブザーバが、前記トルク信号とモータの速度検出値とに基づいて、推定モータ加速トルクと推定軸トルクと推定外乱トルクとを出力し、
前記トルク指令に基づいて第0中間トルク指令を出力し、
ガタ詰め制御機能部が、前記トルク指令の極性が変化してバックラッシュが発生する際に、前記第0中間トルク指令を制限した制限トルクを第1中間トルク指令として出力し、それ以外の時は前記第0中間トルク指令を前記第1中間トルク指令として出力し、
振動抑制補償部が、前記推定モータ加速トルクに基づいて振動抑制の補償トルクを生成し、前記第1中間トルク指令から前記補償トルクを減算した値に基づいて前記トルク信号を生成する、
ことを特徴とするモータ駆動装置の制御方法。
【請求項10】
制御部と主回路部と備え、モータを駆動源とする車両システムを制御するモータ駆動装置の制御方法であって、
前記制御部は、
軸トルクがトルク指令に追従し、かつ、共振成分を含まないように、モータトルクに相当するトルク信号を制御する振動抑制・ガタ詰め制御部を有し、
前記振動抑制・ガタ詰め制御部は、
外乱トルクオブザーバが、前記トルク信号とモータの速度検出値とに基づいて、推定モータ加速トルクと推定軸トルクと推定外乱トルクとを出力し、
ガタ詰め制御機能部が、前記トルク指令の極性が変化してバックラッシュが発生する際に、前記第0中間トルク指令を制限した制限トルクを第1中間トルク指令として出力し、それ以外の時は前記第0中間トルク指令を前記第1中間トルク指令として出力し、
モータ加速トルク補正部が、加速トルク補償期間は前記第1中間トルク指令に加速トルクを加算して第2中間トルク指令として出力し、それ以外の時は前記第1中間トルク指令を前記第2中間トルク指令として出力し、
振動抑制補償部が、前記推定モータ加速トルクに基づいて振動抑制の補償トルクを生成し、前記第2中間トルク指令から前記補償トルクを減算した値に基づいて前記トルク信号を生成する、
ことを特徴とするモータ駆動装置の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機(モータ)を駆動源とする車両システムのモータ駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
本願発明では特許文献1と同様に、例えば、
図1のモータ駆動装置1により、
図2の車両システムを制御するものである。
図1のモータ2には固定子2aと回転子2b間に電磁気的なモータトルクT
mが発生しており、これが
図2の伝達機構部3の軸トルクT
dとなりタイヤ4や車体5を駆動する。モータ駆動装置1はこの軸トルクT
dがトルク指令T
refに追従するように、モータトルクT
mを制御する。
【0003】
図1に示すモータ駆動装置1は電圧型インバータを利用した構成例であり、制御部6と主回路部7および電流検出器8などにより構成されている。制御部6は、「振動抑制・ガタ詰め制御部6a」、「トルク/電流変換部6b」、「電流制御部6c」、「電圧/PWM変換部6d」、「速度検出部6e」などから構成されている。
【0004】
制御部6の出力は主回路部7のスイッチング素子に与えるゲート信号G6であり、主回路部7の電圧型インバータによりPWM(Pulse Width Modulation:パルス幅変調)波形に変換した電圧をモータ2に供給する。主回路部7からモータ2へ出力された電流は電流検出器8により検出され電流検出値Imとして電流制御部6cに出力される。
【0005】
「振動抑制・ガタ詰め制御部6a」では、トルク指令Trefに追従し、さらに軸共振も抑制できるトルク信号Trを出力する。「トルク/電流変換部6b」は、トルク信号Trを電流指令値Irに変換する。「電流制御部6c」は、電流指令値Irと電流検出値Imに基づいて電圧指令値Vrを出力しモータ2の入力電流を制御する。「電圧/PWM変換部6d」は電圧指令値Vrに基づいてPWM制御を行い、ゲート信号G6を出力する。これにより、トルク信号Trに相当するモータトルクTmを発生させている。なお、位置検出器によりモータ2のモータ位相θmが検出され、「速度検出部6e」により速度検出値ωm_detが生成される。
【0006】
以降では、電流制御には誤差が無く、トルク信号Trと実機のモータトルクTmとは等しいものとみなして、振動抑制・ガタ詰め制御部6aの出力信号も「モータトルクTm」に統一して表現し、中間の電流制御やインバータ部の動作説明は省略する。
【0007】
図2は車両システムの模式図であり、各変数に「定格トルクと定格速度を基準とする正規化」を適用して表現している。正規化することにより、モータの慣性モーメントJ
mは時定数TJ
mに変換され、同様にタイヤ4や車体5などの慣性成分も時定数TJ
wや時定数TJ
Mになる。
【0008】
一般的にはモータ定格トルクの表示には定常時の「機械的な軸トルクTmS」を使用するが、モータ速度が変化している場合には、慣性モーメントJm(時定数TJm)を加速させるトルク成分も必要になる。そのため、モータ2の加減速時には電磁気的なモータトルクTmと機械的な軸トルクTmsとは一致しない。
【0009】
以降で取り扱う振動抑制・ガタ詰め制御部6aの出力であるトルク信号TrはこのモータトルクTm成分に相当している。また、(1)式に示すモータトルクTmと軸トルクTmsの差分を「モータ加速トルクTmA」と定義すると、このモータ加速トルクTmAと「モータ速度ωm」と「モータ加速度Am」とは(2)式のような関係になる。なお、sはラプラス演算子である。
【0010】
【0011】
【0012】
図2の伝達機構部3では、モータの軸トルクT
mSがギヤ3aを介してシャフト3b(弾性軸)の軸トルクT
dとなり、これがタイヤ4や車体5を駆動している。シャフト3bは弾性軸であるので両端に接続された慣性モーメントと共振する問題があり、ギヤ3aにはバックラッシュ(ガタ・遊び)が存在するので軸トルクの極性反転時にガタショックが発生する問題がある。
【0013】
これらの課題に対して、特許文献1では、
図3に示されたモデルを使用して「外乱トルクオブザーバ」を構成し、このモデルから得られる推定モータ加速トルク^T
mAを利用して振動抑制制御を構築している。この振動抑制制御方式は、前置フィルタのようなトルク指令T
refから共振周波数成分を除去する機能と、モータ速度の検出信号をフィードバックして外乱などにより生じた振動を減衰させる振動抑制機能という2種類の機能を有していることが特長である。
【0014】
さらに、外乱トルクオブザーバを利用して軸トルク成分やモデルには含まれない外乱トルク成分を推定し、これを利用したガタ詰め制御機能も付加している。このガタ詰め制御には、外乱トルクの影響まで考慮してバックラッシュ中のガタ位相を推定しているので、勾配路などでも正確なガタショックの抑制が可能になる。
【0015】
「車両プラントモデルとオブザーバモデル」
(1)車両プラントモデルの定義
図2の模式図に示した車両システムを制御対象(プラント)としており、シャフト3bのモータ2側にギヤ3aが存在し、ギヤ3aとモータ2は直結している構成例である。図中に、使用する各変数や記号の定義を示している。四角枠で囲っている速度や位相などの変数は「2変数間の相対値」であり、この相対関係を矢印で示してある。
【0016】
これを伝達関数のブロック図として表現したものが
図4のプラントモデルである。ここでは各変数に「トルクと速度の基底値よる正規化」を適用してあるので、「ギヤ比」や「タイヤ径」などの係数は積分係数や積分時定数内に統合されている。
【0017】
ブロック図の「s」はラプラス演算子であり連続系の微分や積分などを表現する。また以降では、「z^(-1)=1/z」を離散系の遅延演算子として取り扱う。
【0018】
【0019】
TJm:モータの慣性モーメントJmに相当する時定数(小文字のm)
TJw:駆動輪(タイヤ)の慣性モーメントJwに相当する時定数
TJM:車体の慣性モーメントJMに相当する時定数(大文字のM)
Kd:弾性軸のねじれ剛性係数(バネ定数)
Kt:タイヤと路面の摩擦に関する係数
ωm:モータの角速度(モータ速度)
ωw:タイヤの角速度(タイヤ速度)
ωM:車速の角速度変換値(等価角速度)
Tm:モータトルク(固定子と回転子間の電磁気的なトルク≒制御の出力トルク)
Td:弾性軸の伝達トルク(軸トルク)
TmA:モータの慣性モーメントを加速するトルク成分(モータ加速トルク)
Tt:タイヤと接地面間の作用力のトルク変換値
TF:車体に加えられる外力のトルク換算値(外乱トルク)
θd:弾性軸のねじれ位相(軸ねじり位相)
θg:ギヤ間の位相差(ガタ位相,バックラッシュ内の相対位相)
θm:モータ位相
θw:タイヤ位相
θmw:モータ軸とタイヤ軸との位相差(θmw=θm-θw)
θBL:バックラッシュ位相(ギヤ遊び幅の位相換算値であり、片振幅はθBL/2)
JKM:車体の角加加速度変換値(ωMの二階微分成分、性能評価のみに使用)。
【0020】
図4のブロック図ではバックラッシュ特性を、
図5のような「ガタ位相θ
gの特性」の飽和関数として取り扱っている。一般的にバックラッシュ特性は不感帯関数で表されることが多いが、ここではガタ詰め制御が表現しやすいように、モータ2とタイヤ4間の位相差θ
mwに飽和関数部22を適用したものをガタ位相θ
gとし、減算部23で位相差θ
mwからガタ位相θ
gを減算したものを軸ねじり位相θ
dとしている。相対する2個のギヤ位相を(θ
gm,θ
gd)と定義し、その差分をギヤのガタ位相θ
gとする。これらのギヤ位相とモータ位相θ
mやタイヤ位相θ
wおよびバックラッシュ位相θ
BLとの間には(3)式~(7)式のような関係がある。
【0021】
【0022】
【0023】
【0024】
【0025】
【0026】
この各位相や相対位相を時間微分したものが各種の速度成分に相当する。
【0027】
図4の微分部25は、ガタ詰め制御の性能を評価するための観測信号「角加加速度JK
M」を生成するために追加したものである。これは(8)式のような、車速をタイヤ半径で除して等価角速度ω
Mとし、さらに二階微分した成分であり、「車体のジャーク(加加速度・躍度)」に比例する成分であるので、以降ではこのJK
Mを「ジャーク」と呼ぶことにする。
【0028】
【0029】
(2)オブザーバモデル
制御部の外乱トルクオブザーバに使用したモデルを
図3に示す。これは
図4のプラントモデルからバックラッシュ機構を削除し、さらに「タイヤ4と車体5のモデル26(G
TdWw(s))」に近似を適用して、積分次数を低減したモデル31(G
TdWw2(s))に簡素化したものである。
【0030】
図3に使用した記号の説明を下記に列記する。
図4のプラントの変数と区別するために、以降の制御モデルの定数や変数には先頭に「^」を付記する。
【0031】
^TJ
m:モータの慣性モーメントに相当する時定数
^K
d:弾性軸のねじれ剛性係数(バネ定数)
^TJ
wM:タイヤと車体の合成慣性モーメントに相当する時定数
^D
s:トルクと路面間の等価トルクからスリップ速度^ω
slipへの変換ゲイン(すべり係数)
^T
BL:バックラッシュ位相θ
BLにバネ定数^K
dを乗算したガタによる不感帯トルク幅
^ω
m:モータの角速度(モータ速度)
^ω
w:タイヤの角速度(タイヤ速度)
^ω
mw:モータとタイヤ間の相対速度(速度差),バックラッシュが無ければ軸ねじり速度(^ω
d)と等しい
^ω
slip:タイヤと路面間のすべり速度
^ω
M:車両速度の角速度換算(等価加速度)
^T
mA:モータの慣性モーメントを加速する推定モータ加速トルク(^T
mA=T
m-^T
d)
^T
d0:弾性軸伝達トルク
T
F2:車体の外乱力の軸トルク換算成分(T
F)を近似モデルに換算した外乱トルク成分
^T
d_dist:外乱トルクオブザーバが推定する推定外乱トルク
図3の近似成分のモデル31(G
TdWw2(s))についての説明は特許文献1に記載されているので省略し、ここでは関係式だけを(9)式~(11)式に示しておく。この近似は「タイヤの時定数TJ
w」に比べて「車体の時定数TJ
M」が十分に大きい場合に適用でき、ゲイン^D
sは「タイヤに作用するトルク(^T
d0-T
F2)」と「タイヤと路面間のすべり速度^ω
slip」との比例関係を示す「すべり係数」に相当し、^TJ
wMは「時定数の和(TJ
w+TJ
M)」であり「タイヤと車体の合成慣性モーメント」に相当する。
【0032】
【0033】
【0034】
【0035】
モデル31(GTdWw2(s))に近似変換することにより外乱トルクTFに対してフィルタ項35が生じるが、オブザーバでは全ての外乱成分を一括してモータ加速トルクに加わる推定外乱トルク^Td_distとして推定しているので、このフィルタの影響も含めた外乱を推定できる。
【0036】
振動抑制制御では「推定モータ加速トルク^TmA」を使用するので、破線に示すように推定モータ加速トルク^TmAを出力成分に変更し、モータ速度^ωmはこの出力に積分部12aを適用して得ることにする。モデル30(Gp2(s))の出力を変更すると、「モータトルクTmから推定モータ加速トルク^TmAまでの伝達関数^GpTmA2(s)」となり、(12)式のような二次式で表せる。
【0037】
【0038】
この分母が「共振周波数ωrとその粘性係数ζr」であり、分子が「反共振周波数ωaとその粘性係数ζa」であることが知られている。
【0039】
推定モータ速度^ωmは、このモデル30(伝達関数^GpTmA2(s))と積分部12aの直列構成により得られる。
【0040】
以上が、特許文献1から引用する「制御対象のプラントモデル」と「外乱トルクオブザーバに使用するモデル」の概要である。
【0041】
「外乱トルクオブザーバ」
外乱トルクオブサーバの構成は、
図6の外乱トルクオブザーバ110a(TdistOBS)の部分に相当する。この入力は「モータトルクT
m」であり、減算部55でモータトルクT
mから後述する推定外乱トルク^T
d_distを減算した差分トルクΔT
mをモデル30(伝達関数^G
pTmA2(s))に入力する。モデル30(伝達関数^G
pTmA2(s))では推定モータ加速トルク^T
mAを計算し、さらに時定数^TJ
mの積分部12aによりモータ速度^ω
mを出力している。
【0042】
外乱推定フィードバックは、差分部52にてモデルと実機の速度差Δωm=(^ωm-ωm_det)を求め、次に乗算部54でオブザーバゲインKgを乗算して推定外乱トルク^Td_distとする。これが前述のモデル入力であるモータトルクTmから減算部55で減算する成分に相当する。実機の速度検出値ωm_detは、モータ位相(検出)θmを時間微分部51で時間微分すれば得ることができる。
【0043】
(1)式の関係があるので、(13)式のように差分部56によりオブザーバ入力のモータトルクT
mと推定モータ加速トルク^T
mAの差である推定軸トルク^T
dが計算できる。これは
図3においては、「モデルの弾性軸伝達トルク^T
d0」と「推定外乱トルク成分^T
d_dist」の和に相当している。
【0044】
【0045】
バックラッシュや外乱トルクを無視したモデルにモータトルクTmを入力したときの弾性軸伝達トルク^Td0であるので、推定外乱トルク^Td_distはモデルに含まれていない全外乱を合算した成分を推定することになる。
【0046】
主要な外乱は勾配路やブレーキなどによりタイヤ側に加わるトルク成分と、モデルに含まれていないバックラッシュによるトルク成分である。タイヤ側の外乱トルクはほとんどが車体の加速として吸収されるので、推定外乱トルク^Td_distには緩やかに変化する成分しか現れない。そのため、推定外乱トルク^Td_distのうち急変成分や高い周波数成分はバックラッシュまたは軸共振などによる外乱と見なすことができる。
【0047】
モデル30(伝達関数^GpTmA2(s))が一種の高域通過フィルタ特性であるため、推定軸トルク^Tdに使用する推定モータ加速トルク^TmAには、速度検出部6eのノイズが拡大された成分も含まれる。この対策として低域フィルタを追加する代わりに、モデル30(伝達関数^GpTmA2(s))をその直流ゲインKpTmA2に近似して、ゲイン乗算部57により差分トルクΔTmに直流ゲインKpTmA2を乗算する。そして、差分部58によりモータトルクTmからゲイン乗算部57の出力を減算して高域成分が抑制された軸トルク^Td_LPを推定する方法もある。ノイズの影響はシステムにより異なるので、ここでは用途に応じて推定軸トルク^Tdまたは軸トルク^Td_LPをセレクタSEL0で選択したものを推定軸トルク^Tdmとしておく。この直流ゲインKpTmA2は小さい値になるので、ある程度の誤差が許容できるのであれば、さらに「^Tdm≒Tm」と近似することもできる。
【0048】
「振動抑制制御」
図6は、制御対象であるプラント40に特許文献1の振動抑制制御を適用した構成例を示している。
【0049】
プラント40のモデルは、
図4の「バックラッシュを含む車両のモデル10のG
p(s)」と積分部41に相当する。このモデルの入力はモータトルクT
mであり、モータ速度ω
mを積分部41で時間積分したモータ位相θ
mを出力する。
【0050】
振動抑制制御の主要部は、外乱トルクオブザーバ110a(Tdist_OBS)と振動抑制補償部42を組み合わせた部分である。低域通過フィルタ45(LPF1)は、トルク指令Trefが離散的に更新される場合の対策であり、階段波形を平滑化して連続波形に変換するために付加しており、共振周波数成分を除去するものではない。
【0051】
振動抑制補償部42では、推定モータ加速トルク^TmAに補償フィルタ43(Fcomp(s))を適用して補償トルクTFcompを求める。減算部44で上位から入力されるトルク指令Tref(またはその平滑化後の第1中間トルク指令Tref1)からこの補償トルクTFcompを減算し、トルク信号Tr(≒モータトルクTm)を出力する。そして、後段の電流制御やインバータなどにより、この出力信号と等しいモータトルクTmを発生させる。この補償フィルタ43(Fcomp(s))は(14)式に示す二次フィルタであり、(12)式の分子や分母の係数を利用している。
【0052】
【0053】
上記の振動抑制制御の効果を説明するための動作例を
図7に示す。この波形名は
図4と
図6の変数名を使用し、さらに実機成分には末尾に「(P)」を付加して明示した。ここでは、トルク指令T
refの極性切り替えパターンをステップ波形や台形波に設定し、また低域通過フィルタ45(LPF1)は無効(遅延=0)に設定している。
【0054】
外乱トルクオブザーバ110a(Tdist_OBS)の入力にはモータトルクT
mと速度検出値ω
m_detの2種類の成分があるので、2種類の振動抑制効果が得られる。各部波形のシミュレーション結果を示す
図7では、それらを分離・比較できるように下記のようにモデルの設定条件を変えている。
<適用モデル(変更要素)>
プラント部:
図4(バックラッシュ位相θ
BLの有・無の2種類)
制御部:
図6(オブザーバゲインK
gの有効・無効(=0)の2種類)
<設定条件>
図7(a):バックラッシュが無い条件(θ
BL=0),オブザーバゲイン(K
g=0)に設定。
図7(b):θ
BLを有効化,オブザーバゲイン(K
g=0)に設定。
図7(c):θ
BLを有効化,オブザーバゲインK
gを有効化。
【0055】
図7(a)は実機プラントモデルのバックラッシュを無効にした場合である。さらに、オブザーバゲインを「K
g=0」に設定しており、推定モータ加速トルク^T
mAには速度検出に起因する成分は含まれず「モータトルクT
mとモデル30(伝達関数^G
pTmA2(s))および補償フィルタ43(F
comp(s))による補正成分」のみが作用する。トルク指令T
refがステップ変化してもこの補正作用によりモータトルクT
mの急変成分が抑制されており、速度差ω
mw(P)や軸ねじり位相θ
d(P)には共振成分が発生しない。
【0056】
これは、ノッチフィルタを前置フィルタとして挿入した場合と同等な効果であり、バックラッシュが無い理想的な条件であればこれだけでも共振を抑制できる。軸トルクTdは軸ねじり位相θd(P)に比例するので、軸トルクTdにも振動が発生しないことが確認できる。
【0057】
図7(b)は
図7(a)の条件から実機プラントモデルのバックラッシュを有効にした場合であり、ガタ位相θ
g(P)が変化している区間がバックラッシュである。まだオブザーバゲインを「K
g=0」としているので、速度検出による振動抑制成分が無効になっており、バックラッシュを外乱・起振源とする異常な共振が発生している。
【0058】
図7(c)では
図7(b)の条件からさらにオブザーバゲインK
gを有効にした。モデルと実機の速度差による推定外乱トルク^T
d_distが生じるようになり、推定モータ加速トルク^T
mAにはこの成分も含まれる。これによりバックラッシュ期間中の振動が抑制されており、さらに期間終了後も軸ねじり位相θ
d(P)に少しオーバーシュートが生じているものの直ぐに振動を減衰させている。
【0059】
以上の比較より、外乱トルクオブザーバを利用した振動抑制制御には、「前置フィルタによるモータトルクから共振帯域を除去する機能」と「速度検出による外乱成分の減衰機能」の両方を有するという特長が確認できる。
【0060】
図7(c)では、バックラッシュ期間中にモータ・タイヤ間の速度差ω
mw(P)が変動量Δω
gだけ増速する。この増速分がギヤの歯当たり時の相対速度となり、ガタショックを発生させる。バックラッシュ期間中の外乱トルクオブザーバの推定外乱トルク^T
d_distに着目すると、歯部が離れて軸反力が消失した影響を外乱トルクとして推定しようとしているが、推定遅れがあるため変動量Δω
gの変動を抑制する効果は少ない。そのため、特許文献1ではさらに次項のガタ詰め制御を追加している。
【0061】
図7(c)の最下段には、ジャークに相当する(8)式の角加加速度JK
Mも描いてある。バックラッシュ直前の角加加速度JK
Mの振幅を抑制するためには、後述の変化率制限部103aにてトルク指令の変化を制限すればよい。バックラッシュ後のピークは、後述のガタ詰め制御も適用してある程度は低減できる。しかし、バックラッシュ期間に零に急変することは原理的に避けられず、これらの制御を適用しただけでは、この不連続幅をさらに抑制することはできない。
【0062】
「ガタ詰め制御」
特許文献1では
図8のような、前述の振動抑制制御に対してガタ詰め制御を追加した構成が示されている。ここでは最も簡単な構成例を示してあり、一部分をサンプル値系で表現してある。
【0063】
図6の振動抑制補償部42は、
図8では振動抑制制御部100に相当している。
図6の低域通過フィルタ45(LPF1)は、
図8ではフィルタ45aに相当し、「遅延部101,減算部102、フィルタ係数乗算部103、加算部104」で構成されており、さらに後述するジャークを抑制するための変化率制限部103aも付加している。
【0064】
図6の振動抑制補償部42の構成は、
図8では前述のフィルタ45aと振動抑制補償部112の部分であり、ガタ詰め制御前の中間トルク指令T
refFcを生成している。
【0065】
具体的には、外乱トルクオブザーバ110(Tdist_OBS)が出力する推定モータ加速トルク^TmAから補償フィルタ105(Fcomp(s))で補償トルクTFcompを生成する。減算器106はフィルタ出力(第0中間トルク指令)Tref0から補償トルクTFcompを減算してガタ詰め制御前の中間トルク指令TrefFcを生成してモータトルクTmを補正する、また、加算器107では、モータトルクTmに補償トルクTFcompを加算する。
【0066】
図8のガタ詰め制御は、ガタ位相演算部120(BL_Est)とセレクタswAで構成されている。ガタ位相演算部120(BL_Est)ではバックラッシュに相当するガタ期間S_BLを推定し、ガタ期間S_BL中はセレクタswAを「ガタ詰め制御側(=1)」に切り替えて、「飽和関数部TLIM1」により中間トルク指令T
refFcを制限トルク以下に抑制したトルク指令を選択し、これを最終的な制御出力であるモータトルクT
mとしている。セレクタswAはガタ期間SB_L以外は中間トルク指令T
refFCをモータトルクT
mとして出力する。
【0067】
ガタ位相演算部120(BL_Est)の動作は、まず、推定軸トルク^Tdの零クロスを検出しこれを「ガタ開始」とする。次に、開始時の推定軸トルク^Tdの時間微分を弾性軸のねじれ剛性係数Kdで除算した成分を「初期ガタ速度ωg0」としてラッチする。ガタ詰め期間中は、モータトルクTmや推定外乱トルク^Td_distなどからモータ・タイヤ間の速度差の変動量Δωgを計算しておき、これと初期ガタ速度ωg0との和をガタ速度^ωgとし、これを時間積分してガタ位相^θgを推定する。そして、ガタ位相が「バックラッシュ位相θBL」に到達すれば「ガタ終了」と判断する。このガタ開始から終了までの期間をガタ期間S_BLとして出力している。
【0068】
前述の
図7(c)と同じ条件に対して、ガタ詰め制御機能を追加したときの動作例が
図9(a)である。
図9(b)は一部分の時間拡大図である。ここではガタ期間の推定誤差がない理想状態(S_BL=SG(P))とし、低域通過フィルタ45(LPF1)や変化率制限部103aをバイパスさせて無効にした。
【0069】
図7(c)と
図9(a)は全体的にほぼ同じ特性だが、バックラッシュ期間(区間B)における速度差ω
mw(P)の変動量Δω
gに差異が生じている。
図7(c)では区間Bの終了時に速度差ω
mw(P)はピークに達しており変動量Δω
gが大きい。
図9(b)では区間Bにおける速度差ω
mw(P)の変化率は小さく、変動量Δω
gが大幅に小さくなっている。この変動量Δω
gを縮小したので「ガタショック・歯打ち音」が小さくなり、これが特許文献1に適用したガタ詰め制御の効果となる。
【0070】
しかし、
図7(c)と
図9(a)の角加加速度(ジャーク波形)JK
M(P)を比較すると、ピークレベルの差異は少ない。これはトルク指令と振動抑制制御により決まる成分であり、特許文献1のガタ詰め制御を適用しても変化しない。そのため、バックラッシュ期間の前後に発生するジャークの不連続成分を抑制する効果も得られない。このジャークのピークを抑制するためには変化率制限部103aの制限値を小さくすればよいが、トルク変化が制限されるため追従遅れが長くなり実用的な問題になる。言い換えれば、できるだけ短時間に、かつバックラッシュの前後に生じるジャークの不連続部分の幅も減少する対策方法が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0071】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0072】
トルクの応答性よりも乗り心地の方を重視する用途では、ガタ詰め期間の長期化を許容する代わりに、ジャークのピーク振幅や不連続幅を抑制する方が好ましい。その観点では、特許文献1の方式には下記のような課題がある。
【0073】
課題1-ガタ詰め期間の推定誤差
図9(a)の前半パターンのように、トルク変化率が大きく速度差ω
mw(P)も大きい場合には、ガタ期間の誤推定によってガタ詰め制御期間が短くなると大きなガタショックが発生する。そのため、車体側の外乱トルクの影響も考慮することにより誤差を抑制しているが、ガタ位相推定部の構成が複雑になってしまう。
【0074】
また、
図9(a)の後半パターンのように、トルク変化率が小さくなるにつれてガタ詰め期間が長くなってくる。この対策として、モータトルクに加速成分を加算することによりガタ詰め期間を短縮している。しかし、モータのみ加速させるだけなので加算する加速トルクは微小になり、相対的に後段の電流指令などによるトルク制御誤差の影響を受けやすい。
【0075】
以上のような課題については、ガタ位相の推定方法を簡素化または省略でき、またトルク制御誤差による影響も抑制できることが望ましい。
【0076】
課題2-ジャークの変化成分
前述の先行技術の説明では、振動抑制制御とガタ詰め制御を適用することにより、バックラッシュ期間中の変動量Δωgを抑制でき、「ガタショック(ガタ打ち)対策」となることを示した、しかし、ジャークの波形には大きな変化はなかった。
【0077】
図9(b)の時間拡大図の区間Aと区間CではモータトルクT
mの変化率に応じてジャーク成分が発生しているが、区間Bのバックラッシュ期間では零になるため、区間Bの前後にジャークの不連続が発生する。開始時の不連続はギヤの反力が急に抜けるためであり、終了時の不連続は、トルク指令への追従遅れを挽回するためのトルク増加とバックラッシュ期間中に発生したガタ速度の運動エネルギーが軸ねじり位相に変換されて生じる過渡トルク成分とが合成されるので、さらに振幅が大きくなる。
【0078】
以降では、区間B(バックラッシュ期間)の変動量Δωgを抑制することを「ガタショック(ガタ打ち)対策」とよび、区間Aと区間Cにてモータトルクの変化率に応じて発生するジャーク波形のピークを低減することを「ジャーク抑制対策」、区間Bの前後に発生するジャークの不連続を縮小することを「ジャークの変化抑制対策」と呼ぶことにする。
【0079】
前述したように、ジャークの変化抑制対策としてトルク指令のフィルタ45aに組み込んだ変化率制限部103aの制限有値を小さくすると、区間Aと区間Cの時間が長くなりすぎる。区間Bのモータトルクを小さくすると変動量Δωgが小さくなり、バックラッシュの通過時間が長くなりすぎる。そこで、できるだけ時間遅れの少ない、「ジャーク抑制対策」と「ジャークの変化抑制対策」とを両立できることが望ましい。この機能の実現を課題2とする。
【0080】
以上示したようなことから、モータ駆動装置において、ガタ位相の推定方法を簡素化または省略し、かつ、できるだけ時間遅れの少ないジャーク抑制対策とジャークの変化抑制対策とを両立することが課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0081】
本発明は、前記従来の問題に鑑み、案出されたもので、その一態様は、制御部と主回路部と備え、モータを駆動源とする車両システムを制御するモータ駆動装置であって、前記制御部は、軸トルクがトルク指令に追従し、かつ、共振成分を含まないように、モータトルクに相当するトルク信号を制御する振動抑制・ガタ詰め制御部を有し、前記振動抑制・ガタ詰め制御部は、前記トルク信号とモータの速度検出値とに基づいて、推定モータ加速トルクと推定軸トルクと推定外乱トルクとを出力する外乱トルクオブザーバと、前記トルク指令に基づいて第0中間トルク指令を出力するフィルタと、前記トルク指令の極性が変化してバックラッシュが発生する際に、前記トルク指令を制限した制限トルクを第1中間トルク指令として出力し、それ以外の時は前記第0中間トルク指令を前記第1中間トルク指令として出力するガタ詰め制御機能部と、前記推定モータ加速トルクに基づいて振動抑制の補償トルクを生成し、前記第1中間トルク指令から前記補償トルクを減算した値に基づいて前記トルク信号を生成する振動抑制補償部と、を備えたことを特徴とする。
【0082】
また、他の態様として、制御部と主回路部と備え、モータを駆動源とする車両システムを制御するモータ駆動装置であって、前記制御部は、軸トルクがトルク指令に追従し、かつ、共振成分を含まないように、モータトルクに相当するトルク信号を制御する振動抑制・ガタ詰め制御部を有し、前記振動抑制・ガタ詰め制御部は、前記トルク信号とモータの速度検出値とに基づいて、推定モータ加速トルクと推定軸トルクと推定外乱トルクとを出力する外乱トルクオブザーバと、前記トルク指令に基づいて第0中間トルク指令を出力するフィルタと、前記トルク指令の極性が変化してバックラッシュが発生する際に、前記トルク指令を制限した制限トルクを第1中間トルク指令として出力し、それ以外の時は前記第0中間トルク指令を前記第1中間トルク指令として出力するガタ詰め制御機能部と、加速トルク補償期間は前記第1中間トルク指令に加速トルクを加算して第2中間トルク指令として出力し、それ以外の時は前記第1中間トルク指令を前記第2中間トルク指令として出力するモータ加速トルク補正部と、前記推定モータ加速トルクに基づいて振動抑制の補償トルクを生成し、前記第2中間トルク指令から前記補償トルクを減算した値に基づいて前記トルク信号を生成する振動抑制補償部と、
を備えたことを特徴とする。
【0083】
また、その一態様として、前記モータ加速トルク補正部は、前記推定軸トルクまたは前記トルク信号の零クロスを検出する零クロス検出部と、零クロスの検出から第2設定時間まで加速トルク補償期間を生成するトルク補正タイマ部と、前記加速トルク補償期間に前記第1中間トルク指令をラッチし、前記加速トルク補償期間に、そのラッチ成分に前記加速トルクを加算して前記第2中間トルク指令として出力するトルク補正部と、を備えたことを特徴とする。
【0084】
また、その一態様として、前記ガタ詰め制御機能部は、前記第0中間トルク指令を正側のトルク制限値、負側のトルク制限値内に制限して前記制限トルクを出力するトルク指令制限部と、前記第0中間トルク指令が前記正側のトルク制限値または前記負側のトルク制限値を超過したことを検出した直後から第1設定時間だけガタ詰め制御信号を出力する制限期間発生部と、を備え、前記ガタ詰め制御信号の発生中は前記制限トルクを前記第1中間トルク指令として出力することを特徴とする。
【0085】
また、一態様として、前記ガタ詰め制御機能部は、前記第0中間トルク指令を正側のトルク制限値、負側のトルク制限値内に制限して前記制限トルクを出力するトルク指令制限部と、前記第0中間トルク指令が前記正側のトルク制限値と前記負側のトルク制限値を超過したことを検出した直後から第1設定時間だけガタ詰め制御信号を出力する制限期間発生部と、を備え、前記ガタ詰め制御信号の発生中は前記制限トルクを前記第1中間トルク指令として出力することを特徴とする。
【0086】
また、一態様として、前記トルク指令制限部は、前記推定軸トルクまたは前記トルク信号の前回値に前記推定外乱トルクに基づいて算出された外乱トルク補償成分を加算する第1加算部と、前記第1加算部の出力の絶対値を演算する絶対値関数部と、前記絶対値関数部の出力に緩和ゲインを乗算する第1乗算部と、前記第1乗算部の出力にトルク制限の下限値を加算する第2加算部と、前記第2加算部の出力に-1を乗算する符号反転部と、前記第2加算部の出力から前記外乱トルク補償成分を減算して前記正側のトルク制限値を出力する第1減算部と、前記符号反転部の出力から前記外乱トルク補償成分を減算して前記負側のトルク制限値を出力する第2減算部と、前記第0中間トルク指令が前記正側のトルク制限値または前記負側のトルク制限値を超過した場合、超過状態信号を出力する範囲比較部と、前記第0中間トルク指令を前記正側のトルク制限値と前記負側のトルク制限値内に制限して前記制限トルクとして出力する飽和関数部と、を備えたことを特徴とする。
【0087】
また、一態様として、状態信号を出力するトルク制限の動作条件判定部を備え、前記制限期間発生部は、超過状態信号の立ち上がり時にトリガ信号を生成し、それから前記第1設定時間が経過した後にリセット信号を出力するエッジ遅延部と、前記トリガ信号と前記状態信号と反転信号の論理積を出力する論理積部と、前記論理積部の出力と前記リセット信号により前記ガタ詰め制御信号を生成する第1SRラッチと、前記リセット信号を入力してから延長期間だけ遅延した信号を出力する遅延部と、前記論理積部の出力と前記遅延部の出力を入力とする第2SRラッチと、前記第2SRラッチの出力を1演算周期遅延させ再トリガ禁止信号として出力するバッファ223と、前記再トリガ禁止信号を反転させ、前記反転信号として出力する論理反転部と、を備えたことを特徴とする。
【0088】
また、一態様として、状態信号を出力するトルク制限の動作条件判定部を備え、前記制限期間発生部は、超過状態信号の立ち上がり時にトリガ信号を生成し、それから前記第1設定時間が経過した後にリセット信号を出力するエッジ遅延部と、前記トリガ信号と前記状態信号と反転信号の論理積を出力する論理積部と、前記リセット信号と加速トルク補償期間前回値の論理和を出力する第1論理和部と、前記論理積部の出力と前記第1論理和部の出力により前記ガタ詰め制御信号を生成する第1SRラッチと、前記第1論理和部の出力を入力してから延長期間だけ遅延した信号を出力する遅延部と、前記論理積部の出力と前記遅延部の出力を入力とする第2SRラッチと、前記第2SRラッチの出力を1演算周期遅延させ再トリガ禁止信号として出力するバッファと、前記再トリガ禁止信号と前記加速トルク補償期間前回値の論理和を第2再トリガ禁止信号として出力する第2論理和部と、前記第2再トリガ禁止信号を反転させ、前記反転信号として出力する論理反転部と、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0089】
本発明によれば、モータ駆動装置において、ガタ位相の推定方法を簡素化または省略し、かつ、できるだけ時間遅れの少ないジャーク抑制対策とジャークの変化抑制対策とを両立することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【
図3】外乱トルクオブザーバを簡素化した制御モデルを示す図。
【
図6】特許文献1の外乱トルクオブザーバと振動抑制制御を示す図。
【
図7】特許文献1の外乱トルクオブザーバによる振動抑制効果を示す図。
【
図8】特許文献1の振動抑制・ガタ詰め制御部の構成を示す図。
【
図9】特許文献1の外乱トルクオブザーバによる振動抑制とガタ詰め制御の効果を示す図。
【
図10】実施形態1の振動抑制・ガタ詰め制御部の構成図。
【
図12】実施形態1のガタ詰め制御の動作例を示す図。
【
図13】実施形態1のガタ詰め制御の動作例の拡大図。
【
図15】実施形態2の振動抑制・ガタ詰め制御部の構成図。
【
図16】ガタ詰め制御部(SRBC)の詳細構成図。
【
図17】実施形態2のガタ詰め制御の動作例を示す図。
【
図18】実施形態2のガタ詰め制御の動作例の拡大図。
【発明を実施するための形態】
【0091】
モータ(電動機)を駆動源とする車両システムには、駆動力伝達機構がシャフトやギヤなどで構成されている。シャフトの剛性が低い場合には弾性軸となりモータの慣性モーメントなどと共振して異常な振動が発生する。また、ギヤのバックラッシュにより、駆動トルクが正負に反転するときに「ガタ打ちショック・歯打ち音」や、ジャーク成分の異常な変化が発生することがある。
【0092】
これを対策するために、弾性軸の共振を抑制する「振動抑制制御」やバックラッシュの影響を低減する「ガタ詰め制御」が適用されている。本発明ではこれらの制御方式を組み合わせた構成を実現する。
【0093】
想定している本発明の適用対象は、高いトルクの応答性は要求されておらず、トルク指令の変化率が小さくまたガタ詰め期間が長くても問題ない車両システムである。制御方式も、ガタ詰め期間を最短に制御するのではなく、余裕を待たせた少し長めのガタ詰め制御時間を設定しておき、実機のバックラッシュ期間がこの範囲内になるように制御する。また、バックラッシュの前後に生じるジャークの不連続部分の変化量についても抑制する。そして、これらの機能の制御構成や実装形態を簡素化することも目的とする。
【0094】
以下、本願発明におけるモータ駆動装置の実施形態1~2を
図10~
図18に基づいて詳述する。
【0095】
[実施形態1]
本実施形態1の振動抑制・ガタ詰め制御部6aの構成例を
図10に、その一部の詳細構成例を
図11に示す。なお、モータ駆動装置と機構部分の構成は
図1、
図2と同様とする。
図8に示した特許文献1の構成と比較すると、トルク指令T
refに対するフィルタ45aおよび外乱トルクオブザーバ110a(Tdist_OBS)と補償フィルタF
comp(s)による振動抑制補償部112はほぼ同じ構成である。
【0096】
図8との差異は、振動抑制制御の補償トルク成分を作用させる減算器106とガタ詰め制御のトルク指令切替用のセレクタswLim(swA)の順序を入れ替えていること、また、元のガタ詰め制御のガタ位相演算部120(BL_Est)を新たなトルク制限部200(Tref-Lim)に置き換えたことである。
【0097】
減算部102は、トルク指令Trefからフィードバック成分Tref1_zを減算する。フィルタ係数乗算部103は減算部102の出力にフィルタ係数KLP1を乗算する。変化率制限部103aはトルク指令Tref(フィルタ係数乗算部103の出力)の変化率を制限する。加算部104は変化率制限部103aの出力にフィードバック成分Tref1_zを加算してフィルタ出力Tref0を出力する。ここで、遅延部101、減算部102、フィルタ係数乗算部103、変化率制限部103a、加算部104をフィルタ45aとする。
【0098】
トルク指令T
refに対するフィルタ45aでは、
図8と同様にフィルタ出力T
ref0を出力している。この後段に、ガタ詰め制御機能部202を設け、通常時は第0中間トルク指令T
ref0(フィルタ出力T
ref0)を出力し、トルク指令T
refの極性が変化してバックラッシュが発生する際にはトルク制限部200(Tref-Lim)が出力する制限トルクT
rLimを出力する。このように、第0中間トルク指令T
ref0(フィルタ出力T
ref0)と制限トルクT
rLimをセレクタswLimにより切り替えて第1中間トルク指令T
ref1として出力している。さらに、減算器106で第1中間トルク指令T
ref1から振動抑制のための補償トルクT
Fcompを減算して第3中間トルク指令T
ref3を生成し、第3中間トルク指令T
ref3に基づいて最終的な制御出力であるモータトルクT
mを出力する。
【0099】
入力部のフィルタ45aに使用するフィードバック成分Tref1_zは、加算器107でモータトルクTmに補償トルクTFcompを加算した後に遅延部101を適用したものに変更する。その他、図中の飽和関数部109は主回路保護などのために挿入されるトルク制限機能であり、本実施形態1には必須ではないが参考として示している。これを省略する場合には第3中間トルク指令Tref3がモータトルクTmとなる。また、減算器106と加算器107を相殺させて、第1中間トルク指令Tref1を遅延部101の入力とし、この後段に加算器107で補償トルクTFcompの減算を行う構成に変更することもできる。
【0100】
図10の振動抑制補償部112も
図8とほぼ同じ構成であり、外乱トルクオブザーバ110a(Tdist_OBS)ではモータトルク(前回値)T
m_zと速度検出値ω
m_detを入力して、推定モータ加速トルク^T
mAと推定外乱トルク^T
d_distおよび推定軸トルク^T
dmを出力する。補償フィルタ105(F
comp(s))により推定モータ加速トルク^T
mAを補償トルクT
Fcompに変換する。減算器106により第1中間トルク指令T
ref1から補償トルクT
Fcompを減算し、第3中間トルク指令T
ref3を生成し、制御出力のモータトルクT
mの成分に作用させる。
【0101】
図10のガタ詰め制御機能部202は、トルク制限部200(Tref-Lim)とセレクタswLimの部分である。ここで、トルク制限部200(Tref-Lim)の入力信号T
d1は軸トルクに相当する成分であり、原理的には外乱トルクオブザーバ110aの推定軸トルク^T
dmを使用する。しかし、入力信号T
d1の精度が低くても問題ない場合には、推定軸トルク^T
dmをモータトルク(前回値)T
m_z(すなわちトルク指令Trの前回値)で近似することが可能なので、セレクタSEL1によりどちらかを選択する構成としてある。
【0102】
トルク制限部200(Tref-Lim)の詳細構成が
図11であり、トルク指令T
refとフィルタ出力T
ref0と推定軸トルクに相当する入力信号T
d1および外乱トルク補償成分^T
w_distを入力とし、フィルタ出力T
ref0に制限を適用した制限トルクTrLimおよびガタ詰め制御信号SHを出力している。
【0103】
内部は、「トルク指令制限部230」と「制限期間発生部240」および「トル
ク制限の動作条件判定部250」で構成され、「トルク制限の下限値TLim_OFS」と「第1設定時間t_Lim」および「緩和ゲインKLim」が調整要素である。
【0104】
外乱トルク補償成分^T
w_distは、ガタ詰め期間中のタイヤ速度変動を対策するための補償成分であり、タイヤ速度変動と等しいモータ速度変動を発生させるトルク成分である。外乱トルクオブザーバ110a(Tdist_OBS)により推定した推定外乱トルク^T
d_distをタイヤの加速度に相当するトルクとみなし、
図10の乗算部201でこれに慣性モーメントの比(T
Jm/T
JwM)を乗算してモータ側の加速トルクに換算してある。もし、時定数T
Jmに対して時定数T
JwMが十分に大きな場合には、外乱トルク補償成分^T
w_distを零に近似することもできる。
【0105】
トルク指令制限部230では、第0中間トルク指令Tref0(フィルタ出力Tref0)に飽和関数部218を適用して制限トルクTrLimを生成している。この飽和関数の制限レベルは入力信号Td1により演算しており、まず、第1加算部210で入力信号Td1に外乱トルク補償成分^Tw_distを加算する。絶対値関数部211は第1加算部210の出力の絶対値を算出する。第1乗算部212で絶対値関数部211の出力に緩和ゲインKLimを乗算する。それに、第2加算部213でトルク制限の下限値TLim_OFSを加算して正の制限値TLimを生成する。
【0106】
次に、符号反転部214により正の制限値TLimから負の制限値を生成する。最後に、第1減算部215、第2減算部216でこの正と負の両成分から外乱トルク補償成分^Tw_distを減算して飽和関数部218の上下限のトルク制限値(正側のトルク制限値TLimP,負側のトルク制限値TLimN)を得ている。飽和関数部218ではトルク指令Tref(フィルタ出力Tref0)を正側のトルク制限値TLimP、負側のトルク制限値TLimN内に制限して制限トルクTrLimとして出力する。また、飽和関数と並行して範囲比較部217により第0中間トルク指令Tref0(フィルタ出力Tref0)が正側のトルク制限値TLimP、負側のトルク制限値TLimNを超過した状態を検出して超過状態信号SovLを出力している。
【0107】
ガタ詰め制御信号SHは、制限期間発生部240とトルク制限の動作条件判定部250にて生成している。制限期間発生部240は、第0中間トルク指令Tref0が正側のトルク制限値TLimPまたは負側のトルク制限値TLimNを超過したことを検出した直後から第1設定時間t_Limだけガタ詰め制御信号SHを出力する。
【0108】
具体的には、エッジ遅延部220(EdgDly1)にて、超過状態信号SovLの立ち上がり時にトリガ信号S1を生成し、それから第1設定時間t_Lim経過した後にリセット信号R1を出力する。
【0109】
そして、このトリガ信号S1とリセット信号R1を第1SRラッチFF1によりガタ詰め制御信号SHに変換する。ここで、チャタリング防止用に論理積部221と遅延部Dly2と第2SRラッチFF2とバッファ223と論理反転部225とを追加する。
【0110】
論理積部221は、トリガ信号S1と反転信号SEと後述する状態信号ENLを入力し、その論理積を第1SRラッチFF1に出力する。第1SRラッチFF1は論理積部221の出力とリセット信号R1に基づいてガタ詰め制御信号SHを出力する。
【0111】
遅延部Dly2は、リセット信号R1に対して延長期間t_NEだけ遅延した信号を出力する。第2SRラッチFF2は論理積部221の出力と遅延部Dly2の出力を入力し、ガタ詰め制御信号SHに対してリセット信号R1を一定時間遅延した信号を出力する。第2SRラッチFF2の出力は、バッファ223を介して再トリガ禁止信号SNEとして出力される。論理反転部225は再トリガ禁止信号SNEの信号を反転し、反転信号SEとして出力する。これにより、ガタ詰め制御信号SHと延長期間t_NEの合成期間は再トリガを禁止して誤動作を防止する。
【0112】
トルク指令Trefが零付近に減衰する場合には、バックラッシュが発生しないのに超過状態信号SovLが発生することもあり、このガタ詰め状態でない場合にはガタ詰め制御信号SHを発生させたくない。そのため、動作条件判定部250にて入力信号Td1とトルク指令Trefの符号極性が異なる場合に状態信号ENLを出力し、トリガ信号S1の後段の論理積部221を拡張して状態信号ENLの論理積機能を追加することにより、ガタ詰め制御信号SHをガタ詰めが必要な場合のみに制限する。
【0113】
具体的に、動作条件判定部250は、比較部251でトルク指令Trefが0よりも大きいか否かを判定し、比較部252でトルク指令Trefが0よりも小さいか否かを判定する。また、比較部253で入力信号Td1が0よりも大きいか否かを判定し、比較部254で入力信号Td1が0よりも小さいか否かを判定する。
【0114】
論理積部255は比較部251の出力と比較部254の出力を入力し、その論理積を出力する。すなわち、論理積部255はトルク指令Trefの極性が正で入力信号Td1の極性が負である場合に信号ENL_Rを出力する。
【0115】
論理積部256は比較部252の出力と比較部253の出力を入力し、その論理積を出力する。すなわち、論理積部256はトルク指令Trefの極性が負で入力信号Td1の極性が正である場合に信号ENL_Fを出力する。
【0116】
論理和部257は、論理積部255の出力と論理積部256の出力を入力し、その論理和を出力する。すなわち、論理和部257はトルク指令Trefと入力信号Td1の極性が異なる場合に状態信号ENLを出力する。
【0117】
この動作条件判定部250では運転停止中のリセット状態なども考慮して、入力信号Td1またはトルク指令Trefが零の特殊条件では禁止を選択する例とした。また、判定にフィルタ出力(第0中間トルク指令)Tref0ではなくトルク指令Trefを使用したのは、後段の振動抑制制御の補償成分による変動を懸念したものであり、より安定な方を使用している。
【0118】
以上が本実施形態1の構成例である。
図11には第1論理和部222および第2論理和部224を破線で示しているが、これは実施形態2にて
図15のトルク制限部300(Tref-Lim2)を実現するために追加する部分であり、本実施形態1では使用しない。ここではこれらの第1論理和部222、第2論理和部224をバイパスまたは加速トルク補償期間(前回値)SG2_zを「L固定」として取り扱う。
【0119】
「作用・動作の説明」
本実施形態1の特徴は、バックラッシュが発生する前の期間からトルク指令に制限補正を加えること、また振動抑制制御を常に動作させていること、そして、ガタ詰め制御中の「ガタ速度のパターン(時間経過波形)」をほぼ一定に保つことにある。
【0120】
同じガタ速度パターンであれば、バックラッシュ期間もほぼ一定になるので、課題1で示したガタ位相の推定演算を削除して、ワンショットマルチバイブレータ回路のようなタイマ機能で代用できるようになる。
【0121】
さらに、バックラッシュ開始時のジャーク成分も制限できるので、課題2で示した乗り心地に関係するジャークの変化成分も抑制することができる。
【0122】
図10では、トルク指令T
refのフィルタ45aに変化率制限用の変化率制限部103aを挿入しているが、これはトルク指令変化時のジャークを制限するための一般的なジャーク抑制対策である。本実施形態1では、ガタ詰め後にトルク指令T
refに追従しようとして、モータトルクT
mが急上昇するのを防止するために挿入した。
【0123】
実施形態1の動作例を
図12に示す。ここでは、トルク指令T
refの振幅と変化率を組み合わせた6種類の極性切り替えパターン((1)~(6))に対する特性を描いてある。特性(1)だけは本実施形態1が作用しないようにトルク指令T
refの振幅と変化率を微小に設定してあるが、それ以降は本実施形態1が作用している。
【0124】
一段目には各種のトルク成分(トルク指令Tref、第1中間トルク指令Tref1、モータトルクTm、補償トルクTFcomp)が、二段目にはモータ・タイヤ間の速度差ωmw(P)と推定外乱トルク^Td_distが、三段目には軸ねじれに関する位相成分(軸ねじり位相θd(P)、ガタ位相θg(P)、位相差θmw(P))、四段目には車両のジャークに相当する(8)式の角加加速度JKMが描いてある。
【0125】
また、実機の波形には「(P)」を付加してある。最下段のロジック波形には、実機のバックラッシュ期間SG(P)とガタ詰め制御信号SHおよびチャタリング防止用の再トリガ禁止信号SNEを示してある。ガタ詰め制御信号SHの時間幅が
図11の第1設定時間t
_Limに相当する。最初のパターン(1)を拡大表示したものが
図13(a)であり、最後のパターン(6)の拡大図が
図13(b)である。
【0126】
本実施形態1の特徴は、
図13(b)のトルク制限後の第1中間トルク指令T
ref1とモータトルクT
mおよびモータ・タイヤ間の速度差ω
mw(P)の波形に現れており、トルク指令T
refの変化および実機のバックラッシュ期間SG(P)により「(A),(B),(C)」で示した区間に分割すると、各区間では下記のような挙動を示している。
【0127】
(区間A)バックラッシュ前のトルク減衰期間の挙動
最初は第1中間トルク指令T
ref1が負の領域で正方向に変化しており、軸ねじり位相θ
d(P)も同様に変化する。その後、第1中間トルク指令T
ref1は零クロスして正領域で正方向に増加するが、その途中でガタ詰め制御信号SHが開始すると振幅が減少に転じる。この減少動作は、
図10のセレクタswLimがガタ詰め制御信号SHにより制限トルクT
rLimを選択したためであり、
図11の飽和関数部218によりフィルタ出力T
ref0をトルク制限値TLimPに制限した成分が現れる。速度差ω
mw(P)も最初のうちは増加しているが、ガタ詰め制御信号SHがONになると零方向に減衰している。
【0128】
(区間B)バックラッシュ期間の挙動
軸ねじり位相θd(P)が零に固定された区間がバックラッシュ期間である。この区間では、第1中間トルク指令Tref1はトルク制限の下限値TLim_OFSの付近に維持されほぼ一定となる。モータトルクTmもほぼ微小振幅のほぼ一定値に維持される。速度差ωmw(P)の方は区間の開始時に増加に転じ、以降はほぼ一定の傾きで増加している。
【0129】
(区間C)歯当たり後の逆極性トルク増加期間の挙動
この区間の開始時にギヤの歯当たりが発生しており、以降は軸ねじり位相θd(P)が正方向に増加する。歯当たり直後には速度差ωmw(P)は再度零方向に減衰し、同様に補償トルクTFcompも負方向に変化する。第1中間トルク指令Tref1とモータトルクTmは少しだけ増加する。そして、タイマなどで生成したガタ詰め制御信号SHの第1設定時間t_Limが終了すると通常のトルク制御に移行して第1中間トルク指令Tref1や軸ねじり位相θd(P)はトルク指令Trefに追従するように増加に転じ、軸トルクが一定になるまで正方向の速度差ωmw(P)成分が発生する。
【0130】
バックラッシュ期間にて上記のような速度差ωmw(P)の挙動を実現することが本実施形態1の目的であり、バックラッシュ開始時刻には零付近まで減衰していること、そしてバックラッシュ期間内ではほぼ一定の変化率で増速していること、さらに振動抑制制御が常に作用しているので速度差ωmw(P)が変化しても共振成分を抑制できていることが特徴である。
【0131】
図12では、ガタ詰め制御信号SHが動作していないパターン(1)を除いた残りの5種類のパターンにおいて、トルク指令の変化率が異なっていてもバックラッシュ期間中の速度差ω
mw(P)の波形はほぼ同様な「零付近から一定の増速」という挙動を示しており、この速度差ω
mw(P)の固定化によりガタ詰め期間をほぼ一定にすることができる。以降では、これを実現するために各部がどのように動作・作用しているかを説明する。
【0132】
図12と
図13では説明を簡単にするために「外乱トルクT
F=0(推定外乱トルク^T
d_dist≒0)」の条件に設定してある。このときの、
図11の飽和関数の制限特性(入力信号T
d1から正側のトルク制限値TLimP,負側のトルク制限値TLimNまでの特性)を
図14(a)に示す。正側のトルク制限値TLimP(≒TLim)は横軸の入力信号T
d1が零のときにトルク制限の下限値T
Lim_OFSになり、それ以外は緩和ゲインKLimで増加する。負側のトルク制限値TLimNは縦軸の零を基準とする線対称になっている。トルク指令制限部230の飽和関数部218ではこの範囲内に制限している。
【0133】
図13(b)でのトルク制限の動作は、
図14(a)の制限特性の縦軸を第1中間トルク指令T
ref1と置き換えると、破線で示すような軌跡になる。区間Aでは第1中間トルク指令T
ref1の極性切り替わり後に正側のトルク制限値TLimPの制限境界上を移動し、区間Bではほぼ下限点で停滞し、そして区間Cになるとトルク制限が解除されてトルク指令T
refに向かって増加する。
【0134】
(区間A)バックラッシュ前のトルク減衰期間の動作・作用
図13(b)の区間Aでは、第1中間トルク指令T
ref1は負から零を超えて正領域に変化するが、モータトルクT
m(T
m_z)はまだ負領域で零方向に変化している段階である。トルク指令制限部230の入力は「T
d1≒T
m」であるので、飽和関数の正側のトルク制限値TLimPはモータトルクT
mの絶対値と連動して減少し、最終的にモータトルクT
mが零になれば正側のトルク制限値TLimPはトルク制限の下限値T
Lim_OFSレベルに達する。
【0135】
フィルタ出力T
ref0が正側のトルク制限値TLimPを超過すると、
図11の範囲比較部217の超過状態信号SovLが出力され、第1設定時間t
_Limの間だけガタ詰め制御信号SHがON(=1)になる。このガタ詰め制御信号SHによりセレクタswLimが制限トルクT
rLimを選択してこの制限結果を第1中間トルク指令T
ref1として出力する。
【0136】
第1中間トルク指令Tref1から補償トルクTFcompを減算した第3中間トルク指令Tref3を飽和関数部109でトルク制限したものがモータトルクTmであるので、ガタ詰め制御信号SHにより第1中間トルク指令Tref1が減衰に転じると、正方向に変化しているモータトルクTmは変化率が小さくなる。すると、モータトルクTmに比例する位相差θmw(P)も変化率が小さくなり、この微分成分である速度差ωmw(P)も減少に転じる。
【0137】
タイヤと車体の慣性成分が大きく、バックラッシュ期間では、タイヤ速度ωw(P)をほぼ一定とみなすと、速度差ωmw(P)と同じようにモータ速度ωm(P)も減少するので、振動抑制の補償トルクTFcompも減衰することになる。
【0138】
そして、軸ねじり位相θd(∝Td≒^Td)が零に到達するとバックラッシュが開始し、区間Aから区間Bに移行する。実機のバックラッシュ期間SG(P)よりもモータトルクTmの零クロスが少し遅れているのは、モータ速度ωmの急減速によりモータ加速トルクTmA成分が発生したためである。
【0139】
本実施形態1ではバックラッシュ期間の推定を行わないので、この遅れは問題にならない。もし、正確にバックラッシュ期間の開始を観測したければ、外乱トルクオブザーバで推定した推定軸トルク^Tdの零クロスを検出すればよい。
【0140】
区間Aの終了時の速度差ωmw(P)が区間Bにおける変化パターンの初期値であり、これが零付近まで減衰しているのでバックラッシュ期間を一定にする効果が得られるようになる。また角加加速度(ジャーク)JKMもピーク値から半減しており、不連続幅が減少するので「ジャークの変化抑制」の効果も得られる。
【0141】
(区間B)バックラッシュ期間の動作・作用
区間Bはバックラッシュ期間であり、「ωw(P)=一定」とみなすと、「ωm(P)≒ωmw(P)=ωg」つまりモータ速度ωmとモータ・タイヤ間の速度差ωmwおよびガタ速度ωgは一致する。
【0142】
図13(b)では、バックラッシュ期間の開始時には第1中間トルク指令T
ref1がトルク制限の下限値T
Lim_OFSにほぼ達しており、区間終了までこのトルク制限の下限値T
Lim_OFSに維持される。この期間ではギヤからの反力が無くなり、モータトルクT
mはモータの慣性モーメントだけを加速するため、モータ速度ω
mは
図13(b)の速度差ω
mw(P)のように増加に転じる。
【0143】
このとき、外乱トルクオブザーバ内ではモデル内に軸反力が生じておりモデルの推定モータ速度^ωmは加速できないので、実モータの速度検出値ωm_detの急増分だけ推定外乱トルク^Td_distが発生する。この推定外乱トルク^Td_distが推定モータ加速トルク^TmAに現れ、振動抑制の補償トルクTFcompを介してモータ速度の変化を抑制するようにモータトルクTmを補正する。
【0144】
「Tm=Tref1-TFcomp」の関係と第1中間トルク指令Tref1がほぼ一定値という条件により、補償トルクTFcompとモータトルクTmはそれぞれ一定値に収束し、モータ速度ωmや速度差ωmw(P)の変化率はほぼ一定になる。
【0145】
視点を変えると、振動抑制制御にはモータ速度ω
m(=ω
mw(P))の変化率制限機能があるため、モータトルクT
mの振幅はほぼ一定値に制限され、それを実現するように補償トルクT
Fcompが収束しているとみなすことができる。
図13(b)中には、この「T
m」と「T
ref1-T
Fcomp」が同幅でかつ一定になる部分を、2個の矢印にて示してある。
【0146】
以上をまとめると、速度差ωmw(P)(=ωg)は、バックラッシュ期間の開始時には零付近まで減衰しており、その後の期間中はほぼ一定の変化率で増加する。これは、トルク指令Trefの変化率が異なっていても、ほぼ同じ特性が再現される。区間Bにおけるガタ速度ωg(=ωmw(P))の時間積分がガタ位相θgであるので、バックラッシュの通過時間もトルク指令Trefの変化率に関わらずほぼ一定の時間になる。
【0147】
この特性を利用すれば、ガタ詰め制御の動作期間を決定するために必要であった「ガタ位相の推定機能」は不要になり、タイマなどの一定時間の信号発生器で代用することが可能になる。
【0148】
この原理を利用して、エッジ遅延部220(EdgDly1)の遅延機能に第1設定時間t_Limを設定し、ガタ詰め制御信号SHを生成する構成としている。ここで、第1設定時間t_Limは事前検証などにより決定するものであり、ガタショック抑制の観点より、実際のバックラッシュ時間より余裕を待たせて長めに設定することになる。
【0149】
(区間C)歯当たり後の逆極性トルク増加期間の動作・作用
バックラッシュ期間が終了してギヤの歯当たりが発生すると、区間Cに移行し軸トルクが増加する。第1設定時間t_Limを長めに設定すると、この区間Cの開始時にはまだガタ詰め制御信号SHが継続しておりトルク制限機能の作用が続いている。第1設定時間t_Lim経過後にガタ詰め制御信号SHがOFFに切り替わるとトルク制限機能の作用は停止して、通常のトルク増加動作に移行する。
【0150】
区間Cの開始直後に、ガタ速度分の運動エネルギーが軸ねじり位相θdの位置エネルギーに変化するので、速度差ωmwが急減し軸ねじり位相θdが急増する。これは共振現象であるので速度差ωmwは余弦波状になるが振動抑制制御より急変成分だけは抑制されている。この期間では、補償トルクTFcompは減少、モータトルクTmは増加、そして、制限値TLimと連動して第1中間トルク指令Tref1も増加し、それぞれ時間が経過すると変化率が小さくなっている。
【0151】
上記のエネルギー変換による共振により逆極性トルクが生じないようにするには、共振の1/4周期より前にガタ詰め制御信号SHがOFFに切り替わるように第1設定時間t_Limを設定する。この第1設定時間t_Limはバックラッシュ期間と一致させる必要が無く、共振の1/4周期程度の調整余裕がある。もし1/4周期より長くても振動抑制制御により減衰するので異常な継続振動は生じないが、これが時間設定の目安となる。
【0152】
そして、ガタ詰め制御信号SHがOFFになりガタ詰め制御が終了すると、この共振途中の状態を初期値として、通常動作つまりトルク指令Trefのフィルタ45aと変化率制限部103aおよび振動抑制補償部112の構成になり、トルク指令Trefに向かってモータトルクTmや軸トルクを増加させる。
【0153】
【0154】
図12の実機のバックラッシュ期間SG(P)に着目すると、パターン(1)が最長であり、パターン(6)が最小である。これにより、第1設定時間t
_Limは、パターン(1)とパターン(2)の中間にあるトルク制限が作用を始める限界条件のバックラッシュ期間SG(P)(又は速度検出値ω
m_detや推定外乱トルク^T
d_distの波形変化)の時間幅を調べて、これに余裕を加えて設定すればよい。
【0155】
簡素化したければ第1設定時間t_Limを固定値に設定すればよく、演算時間に余裕があればバックラッシュ開始時の初期ガタ速度ωg0を推定して第1設定時間t_Limを可変設定するなどの拡張も可能である。
【0156】
緩和ゲインKLimが「1.0」に近いとモータトルクTmとトルク制限のループが振動的になり、逆に「0」するとトルクを絞り過ぎて区間Aの経過時間が長くなりすぎる。トルク制限の下限値TLim_OFSも同様に「0」にしてしまうと区間Aと区間Bの経過時間が長くなるので、これらは要求仕様に応じて試験などにより適切な値を設定する必要がある。
【0157】
図14(a)は「^T
w_dist=0」に設定した場合の特性であるが、「^T
w_dist≠0」の条件では
図14(b)に示す特性に変化する。これは、縦軸も横軸も外乱トルク補償成分^T
w_dist相当のオフセットを加えており、「原点がO1に移動した正側のトルク制限値TLimP(O1),負側のトルク制限値TLimN(O1)」や「原点がO2に移動した正側のトルク制限値TLimP(O2),負側のトルク制限値TLimN(O2)」の制限特性になる。この制限特性をオフセットさせることにより、車体への外乱トルクT
Fが生じていても、ガタ詰め動作を正確、かつ、ほぼ一定時間に維持することができる。
【0158】
バックラッシュ期間中のタイヤ速度ωw(P)が変化しても、推定外乱トルク^Td_distをタイヤ側の加速成分のトルクとみなし、これと同じ速度変化をモータ速度ωm(P)にも発生させるトルク成分を制限特性ひいては第1中間トルク指令Tref1(最終的にはモータトルクTm)に重畳させることができる。そのため、ガタ詰め動作つまりモータ・タイヤ間の速度差ωmw(P)の動作パターンは一定に維持され、ガタ詰め期間をほぼ一定に維持することができる。
【0159】
図12のパターン(1)ではガタ詰め制御信号SHが動作していないが、
図13(a)の特性より、トルク指令T
refの変化自体が小さいため外乱トルクオブザーバの外乱推定による制振効果だけで安定化できており、ジャーク(角加加速度)JK
M(P)の振幅も小さいので問題にはならない。つまり全動作領域でのガタショックやジャーク変化の抑制が実現できている。
【0160】
本実施形態1では、トルク制限を適用してバックラッシュ期間の一定化が実現できたが、バックラッシュ期間の短縮までは考慮していない。まだガタ詰め期間に加速トルクを重畳してバックラッシュ期間を短縮する余地が残っているので、これを実施形態2として説明する。
【0161】
「効果」
本実施形態1ではトルク指令Trefの変化率が小さく、ガタ詰め期間もある程度の長さなら許容できるシステムに適用するものである。ガタ詰め期間を最短にするのではなく、バックラッシュ開始時のモータ・タイヤ間の速度差ωmwを零付近まで低減し、さらにバックラッシュ期間中におけるモータ・タイヤ間の速度差ωmwも一定の変動率に維持する。
【0162】
これにより、バックラッシュ期間(通過時間)はほぼ一定になり、ガタ詰め制御期間を簡単なタイマ機能で生成することができる。従来の、ガタ速度やガタ位相などの複雑な推定演算が不要になるので、簡単な制御構成で実現できる効果が得られる。
【0163】
さらに、ジャーク波形についても、バックラッシュ期間前後に発生する不連続波形の変化振幅を低減することができるので、乗り心地を改善する効果も得られる。
【0164】
間接的なものを含め、詳細な効果を下記(1)~(4)に示す。
【0165】
(1)ガタショックとジャーク変化の抑制
バックラッシュの開始前からトルク制限が作用してバックラッシュの開始時のジャーク成分を減衰させることができる。これによりバックラッシュ期間の前後に生じる不連続幅を小さくできる。
【0166】
バックラッシュ終了時のモータ・タイヤ間の速度差ωmwを小さく、かつ、ほぼ同じレベルに制限できる。これにより、歯当たり時のガタショックを抑制できる。
【0167】
ガタ詰め制御期間を含む全期間で外乱トルクオブザーバを用いた振動抑制制御の補償効果が有効になっている。これにより、ノイズなどによりガタ詰め開始を誤検出した場合でもガタショックは少し増加するものの振動の抑制効果は得られる。このようなノイズに対する対応力、つまり信頼性の向上も間接的な効果といえる。
【0168】
上位の制御装置の視点でみると、トルク応答の遅延を補正したり機械的にガタショック対策を付加したりする場合には、ガタ詰め制御時間やガタショック特性が一定の方が調整は簡単になる。
【0169】
(2)振動抑制制御とガタ詰め制御の協調
本実施形態1に適用した振動抑制制御にはモータ速度の変化率を抑制する機能がある。そのため、振動抑制制御を有効にしたままでは、ガタ詰め制御を適用しても時間の短縮に限界があった。
【0170】
そのため、特許文献1では、振動抑制制御を停止して、ガタ詰め制御によるモータトルクを強制出力することにより時間短縮を実現していた。しかし、振動抑制制御とガタ詰め制御が切り替わる際のバンプレス対策も必要であった。
【0171】
これに対して、本実施形態1では時間短縮は求めず、逆に振動抑制制御を有効にすることによりガタ詰め期間の一定化を実現している。常に振動抑制制御が動作しているので、特別な過渡変動抑制用フィルタ追加などのバンプレス切り替え対策も必要ない。
【0172】
(3)外乱トルクへの対応
外乱トルクオブザーバによりタイヤ側の外乱トルクも推定できるので、トルク制限値にこれを考慮した補正を適用している。これにより勾配路などによる外乱トルクが発生しても、常に同じガタ詰め動作が実現できる。
【0173】
(4)制御構成の簡素化
ガタ速度の推定やその時間積分などで構成された複雑なガタ位相の推定演算が不要になり、振動抑制制御を利用してガタ速度の制限を実現しているので、ガタ詰め制御用の特殊なトルクパターン演算も不要である。ディジタル演算装置などに実装する場合は、演算時間が短縮できる。
【0174】
ガタ詰め後のトルク増加時でも、共振を抑制するためにモータトルクをS字カーブのような特殊なパターンにすることが望ましい。外乱トルクオブザーバ方式の振動抑制制御には共振源となる周波数成分除去する機能があるので、ノッチフィルタのように共振成分が除去されたモータトルクを得ることができる。
【0175】
振動抑制制御とガタ詰め制御が切り替わる際のS字カーブ追加のようなバンプレス対策も不要なので、構成が簡素化できる。
【0176】
[実施形態2]
実施形態1の構成では、トルク指令Trefの変化率が小さい場合には、ガタ詰め期間が長くなる課題が残っていた。そこで、本実施形態2では、実施形態1の構成に対して、特許文献1と同様なバックラッシュ期間を短縮するためのモータ加速トルク加算機能を追加する。
【0177】
特許文献1ではガタ位相推定機能を用いてガタ詰め期間を制御していたが、本実施形態2ではバックラッシュの開始を検出(推定)する機能のみ流用し、ガタ位相推定は適用せず、その代わりに設定時間で動作するタイマで代用することにより簡素化する。
【0178】
本実施形態2の構成例が
図15であり、これは、実施形態1の
図10および
図11の構成に対して、下記の要素を追加したものである。
(a)バックラッシュ開始の検出と加速トルクを生成するガタ詰め制御部400(SBRC)
(b)トルク補正部304
(c)トルク制限部300,
図11の破線部の第1論理和部222、第2論理和部224を有効化。
【0179】
ここで、推定トルク^Td2については、前述の入力信号Td1が推定軸トルク^Tdmの代わりに近似成分のモータトルク(前回値)Tm_zでも代用可能であったように、ガタ開始検出に使用する推定軸トルク^Tdmもモータトルク(前回値)Tm_zで近似することが可能である。そこで、両方の動作が選択できるようにガタ詰め制御部400(SBRC)の入力前にセレクタSEL2を追加し、その出力を推定トルク^Td2としてある。また、本実施形態2ではガタ詰め制御部400(SBRC)とトルク補正部304でモータ加速トルク補正部303を構成している。
【0180】
各要素は、下記のような構成になっている。
(a)バックラッシュ開始の検出と加速トルクを生成するガタ詰め制御部400(SBRC)
このガタ詰め制御部400(SBRC)の詳細構成を
図16に示す。特許文献1のガタ詰め制御と同様に零クロス検出部410により、推定トルク^T
d2の各極性の零クロス検出信号E_For、E_Revと、その極性信号S_FRを出力する。論理和部411は零クロス検出信号E_For、E_Revの論理和をトルク補正タイマ部425に出力する。
【0181】
トルク補正タイマ部425では、零クロスの検出から第2設定時間t
_Gまで加速トルク補償期間SG2を生成する。具体的には、論理積部420で論理和部411の出力と反転信号SE4の論理積をトリガ信号Trg_gとして出力する。トリガ信号Trg_gをSRラッチFF3のセット(S)に入力して、ガタ詰めトルク補償期間の加速トルク補償期間SG2をONにする。遅延部Dly3ではトリガ信号Trg_gから第2設定時間t
_Gだけ経過するとリセット信号R3を出力して、これをSRラッチFF3のリセット(R)に入力して加速トルク補償期間SG2をOFFにする。この加速トルク補償期間SG2により、
図15のセレクタswG2を操作する。
【0182】
実用的にはチャタリング防止用に遅延部Dly4とSRラッチFF4とバッファ423と論理反転部424を追加する。SRラッチFF4のセット信号(S)はSRラッチFF3と同じトリガ信号Trg_gである。遅延部Dly4によりリセット信号R3から延長期間t_NEだけ遅れたリセット信号をSRラッチFF4に入力する。その結果、SRラッチFF4は加速トルク補償期間SG2よりも終了期間を延長期間t_NEだけ延長した信号を出力する。SRラッチFF4の出力はバッファ423を介して再トリガ禁止信号SNE4として出力する。
【0183】
この再トリガ禁止信号SNE4の期間ではSRラッチFF3のセット信号であるトリガ信号Trg_gを無効にさせるため、論理反転部424で再トリガ禁止信号SNE4を反転した反転信号SE4を論理積部420に入力する。これによりガタ詰め中や完了直後の再トリガ動作を防止する。
【0184】
ガタ詰め用の加速トルクTGについては、乗算部430で加速トルク補正成分T
GHに-1を乗算する。セレクタswG1は極性信号S_FRに基づいて、設定値である加速トルク補正成分T
GHの正負の値を切り替えた値を出力する。このセレクタswG1の出力が加速トルクTGとなる。
(b)トルク補正部304
図15の加算部311では、実施形態1のガタ詰め制御機能部202から出力される第1中間トルク指令T
ref1に対して、前述のガタ詰め用の加速トルクTGを加算する。しかし、加算部311の挿入部分はトルク指令T
refのフィルタ45aの積分ループ内なので、単純に加算するだけでは加速トルクTGが時間積分されてしまう。そこで、加速トルク補償期間SG2発生時(ゼロクロス検出時)の第1中間トルク指令T
ref1をラッチ310でラッチして積分を停止させ、これに加速トルクTGを加算部311で加算したものを補正トルクT
ref1Gとする。そして、セレクタswG2により、加速トルク補償期間SG2がOFF(=0)の区間では第1中間トルク指令T
ref1を出力し、加速トルク補償期間SG2がON(=1)の区間では第1中間トルク指令T
ref1から補正トルクT
ref1Gに切り替えて第2中間トルク指令T
ref2として出力する構成とした。
【0185】
(c)トルク指令制限のリセット部
図15のトルク制限部300(Trtef-Lim2)の構成は、実施形態1の構成説明の最後に記載したように、
図11のトルク制限部200(Tref-Lim)の入力に加速トルク補償期間(前回値)SG2_zを追加し、そして破線で示した第1論理和部222および第2論理和部224を追加する拡張を適用したものである。
【0186】
第1論理和部222はリセット信号R1と加速トルク補償期間(前回値)SG2_zを入力し、その論理和を第1SRラッチFF1の(R)と遅延部Dly2に出力する。第2論理和部224は再トリガ禁止信号SNEと加速トルク補償期間(前回値)SG2_zを入力してその論理和を第2再トリガ禁止信号SNE2として論理反転部225に出力する。これにより、ガタ詰め用の加速トルクの加速トルク補償期間SG2がONになれば、加速トルク補償期間(前回値)SG2_zを経由して
図11の第1SRラッチFF1を強制的にリセットして、ガタ詰め制御信号SHをOFFに変更しておく。
【0187】
「作用・動作の説明」
本実施形態2の動作例を
図17に示す。これは
図12と同じ条件および同じ指令パターンにおける特性((1)~(6))を示している。最初のパターン(1)を拡大表示したものが
図18(a)であり、最後のパターン(6)の拡大図が
図18(b)である。
図9(b)や
図13(b)と同様に、
図18にも「(A),(B),(C)」の区間を示してある。
【0188】
ここでセレクタSEL1とセレクタSEL2は近似値であるモータトルク(前回値)Tm_zを選択させ、また表示波形を第1中間トルク指令Tref1から第2中間トルク指令Tref2に変更している。
【0189】
最下段のロジック信号には、「バックラッシュ期間SG(P)、加速トルクの加速トルク補償期間SG2、ガタ詰め制御信号SH、チャタリング防止用の第2再トリガ禁止信号SNE2」の順に示している。以降では、加速トルク補償期間SG2とガタ詰め制御信号SHの合成期間を「ガタ詰め制御期間」と表現する。
【0190】
図17の最初のパターン(1)だけはガタ詰め制御信号SHが動作しておらず加速トルク補償期間SG2のみが動作した場合であり、その他のパターンはガタ詰め制御信号SHが動作した状態から加速トルク補償期間SG2が動作する場合である。
【0191】
図12と比較すると、実施形態1の特徴であるモータ・タイヤ間の速度差ω
mw(P)が加速トルク補償期間SG2の開始時に零付近の値になること、区間Bのバックラッシュ期間SG(P)ではほぼ一定の増加率になることは同じである。さらに、速度差ω
mw(P)の増加率が少し大きくなっているので、全パターンともガタ詰め制御期間が短縮できている。
【0192】
図13の第1中間トルク指令T
ref1と
図18の第2中間トルク指令T
ref2を比較すると、区間Bにおいて、第2中間トルク指令T
ref2には加速トルク補正成分T
GH=2%のオフセットが加算されている。
【0193】
実施形態1と同様に振動抑制制御は動作しているので、モータ速度の変化率が抑制されるようにモータトルクTmが補正されてほぼ一定レベルになり、それと「Tref2-TFcomp」が一致するように補償トルクTFcompが収束する。
【0194】
しかし、図中の矢印の幅で示すように、第2中間トルク指令Tref2が増加しているのでモータトルクTmの収束値も増加しており、これが時間を短縮する効果を発揮する。特に実施形態1では時間が長かったパターン(1)のガタ詰め制御期間が大幅に短縮できている。
【0195】
区間Cの開始時つまり歯当たり時にはまだ加速トルク補償期間SG2が継続しているが、第2設定時間t_G経過後に加速トルク補償期間SG2がOFFに切り替わって通常の「正方向へのトルク増加動作」に移行する。
【0196】
図13と比較すると、加速トルク補正成分T
GHにより、区間Cの開始時の初期の速度差ω
mw(P)が少し増加している。そのため、区間Cの開始直後では速度差ω
mw(P)の減衰率が少し急になるが、共振周期に影響を受ける減衰時間はほぼ同じ時間になっている。加速トルク補償期間SG2がOFF移行後は、
図13とほぼ等しい応答になり、各トルクや各速度にも振動は発生していない。
【0197】
最下段の角加加速度(ジャーク)JKMを比較すると、区間B開始時の不連続幅、および区間C開始時の不連続幅やその直後のピーク値も増加している。しかし、それは時間短縮の比率に相当する増加レベルであり、特に過大な増加は発生していない。
【0198】
実機のバックラッシュ期間SG(P)に対して加速トルク補償期間SG2は少し遅れているが、これは推定トルク^Td2の信号源をモータトルク(前回値)Tm_zに近似しているからであり、より正確なオブザーバを利用した推定軸トルク^Tdを使用すればこの遅延を抑制できる。この動作例では、遅延がガタ詰め制御期間の余裕範囲内であるので、遅延よりも速度検出ノイズの影響回避を優先してモータトルク(前回値)Tm_zを選択してある。
【0199】
「効果」
実施形態1に対して本実施形態2の追加機能を適用すると、ガタ詰め制御期間の短縮効果が得られる。特にトルク指令Trefの変化率が小さい場合の短縮効果が大きい。これにより、トルク指令Trefの変化率に関わらず、バックラッシュ期間SG(P)はほぼ一定の時間幅にでき、ひいてはガタ詰め制御時間を固定の時間幅に設定でき、制御構成が簡素化できる。また、トルク指令Trefに対する応答性も改善できる。
【0200】
以上、本発明において、記載された具体例に対してのみ詳細に説明したが、本発明の技術思想の範囲で多彩な変形および修正が可能であることは、当業者にとって明白なことであり、このような変形および修正が特許請求の範囲に属することは当然のことである。
【符号の説明】
【0201】
1…モータ駆動装置
2…モータ
3…伝達機構部
3a…ギヤ
3b…シャフト
4…タイヤ
5…車体
6…制御部
6a…振動抑制・ガタ詰め制御部
6b…トルク/電流変換部
6c…電流制御部
6d…電圧/PWM変換部
6e…速度検出部
45a…フィルタ
110a…外乱トルクオブザーバ
112…振動抑制補償部
200…トルク制限部
202…ガタ詰め制御機能部
300…トルク制限部
303…モータ加速トルク補正部
304…トルク補正部
400…ガタ詰め制御部