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特開2025-12297重水分子除去装置、重水分子除去方法、重水生成方法、溶質分子除去装置、及び、溶質分子除去方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025012297
(43)【公開日】2025-01-24
(54)【発明の名称】重水分子除去装置、重水分子除去方法、重水生成方法、溶質分子除去装置、及び、溶質分子除去方法
(51)【国際特許分類】
   G21F 9/06 20060101AFI20250117BHJP
   B01D 59/02 20060101ALI20250117BHJP
【FI】
G21F9/06 591
B01D59/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023115032
(22)【出願日】2023-07-13
(71)【出願人】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】松本 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】石原 正司
(72)【発明者】
【氏名】杉本 秀彦
(57)【要約】
【課題】簡便な方法により、第1原子(例えば、軽水素)を含む溶媒分子とこの第1原子の同位体(例えば、トリチウムなどの重水素)を含む溶質分子とを含む液相から溶質分子を除去する。
【解決手段】トリチウム分子の除去装置10は、軽水素を含む軽水分子とトリチウムを含むトリチウム水分子とを実質的に含む汚染水を貯留する容器20と、実質的に軽水分子のみからなる水蒸気を容器20に順次供給する供給装置30と、を備える。水蒸気は、大気中の空気の水蒸気であり、供給装置30は、容器20内を換気する換気装置31を含む。供給装置30は、換気装置30が容器20内に導入する空気を加湿する加湿器を含んでもよい。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軽水素を含む軽水分子と重水素を含む重水分子とを実質的に含む重水を貯留する容器と、
実質的に軽水分子のみからなる水蒸気を前記容器に順次供給する供給装置と、
を備える重水分子除去装置。
【請求項2】
前記水蒸気は、大気中の空気の水蒸気であり、
前記供給装置は、前記容器内を換気する換気装置を含む、
請求項1に記載の重水分子除去装置。
【請求項3】
前記供給装置は、前記換気装置が前記容器内に導入する空気を加湿する加湿器を含む、
請求項2に記載の重水分子除去装置。
【請求項4】
軽水素を含む軽水分子と重水素を含む重水分子とを実質的に含む重水を貯留する容器に、実質的に軽水分子のみからなる水蒸気を順次供給するステップ
を含む重水分子除去方法。
【請求項5】
請求項4に記載の重水分子除去方法と、
前記重水との分子交換により前記重水分子を含む前記水蒸気に含まれる前記重水分子を捕捉して、前記重水分子の濃度が所定値以上の高濃度の重水を生成するステップと、
を含む重水生成方法。
【請求項6】
第1原子を含む溶媒分子と前記第1原子の同位体を含む溶質分子とを含む液相を貯留する容器と、
溶媒分子及び溶質分子のうちの少なくとも溶媒分子を含む気相を前記容器に順次供給することで、前記気相と前記液相との間での分子交換を順次生じさせる供給装置と、を有し、
前記気相の、単位体積当たりの前記溶媒分子の個数に対する前記溶質分子の個数の割合である個数濃度は、前記液相の溶質分子の個数濃度又は前記液相に接する飽和蒸気層における溶質分子の個数濃度よりも低く、前記液相の前記溶媒分子よりも前記液相の前記溶質分子の方が優先的に前記気相の前記溶媒分子と分子交換される個数濃度である、
溶質分子除去装置。
【請求項7】
第1原子を含む溶媒分子と前記第1原子の同位体を含む溶質分子とを含む液相を貯留する容器に、溶媒分子及び溶質分子のうちの少なくとも溶媒分子を含む気相を順次供給することで、前記気相と前記液相との間での分子交換を順次生じさせるステップを有し、
前記気相の、単位体積当たりの前記溶媒分子の個数に対する前記溶質分子の個数の割合である個数濃度は、前記液相の溶質分子の個数濃度又は前記液相に接する飽和蒸気層における溶質分子の個数濃度よりも低く、前記液相の前記溶媒分子よりも前記液相の前記溶質分子の方が優先的に前記気相の前記溶媒分子と分子交換される個数濃度である、
溶質分子除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重水分子除去装置、重水分子除去方法、重水生成方法、溶質分子除去装置、及び、溶質分子除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
第1原子(例えば、軽水素)を含む溶媒分子(例えば、軽水分子)とこの第1原子の同位体(例えば、トリチウム)を含む溶質分子(例えば、トリチウム水分子)とを含む液相から溶質分子を除去する方法として、種々の方法が開発されている。このような方法として、特許文献1には、フラーレン及び/またはフラーレン化合物を有した通液性の繊維状材料からなるトリチウム吸着材により、汚染水からトリチウムを除去する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2023-40792号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のような従来の溶質分子の除去方法では、溶質分子を吸着する吸着材などが必要となるため、溶質分子除去に手間がかかる。例えば、上記特許文献1に記載の技術では、トリチウム吸着材の交換などが必要になる。
【0005】
本発明は、上記点に鑑みてなされたものであり、簡便な方法により、第1原子(例えば、軽水素)を含む溶媒分子(例えば、軽水分子)とこの第1原子の同位体(例えば、トリチウムなどの重水素)を含む溶質分子(例えば、トリチウム水分子)とを含む液相から溶質分子を除去することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明に係る重水分子除去装置は、軽水素を含む軽水分子と重水素を含む重水分子とを実質的に含む重水を貯留する容器と、実質的に軽水分子のみからなる水蒸気を前記容器に順次供給する供給装置と、を備える。
【0007】
前記水蒸気は、大気中の空気の水蒸気であってもよく、前記供給装置は、前記容器内を換気する換気装置を含んでもよい。
【0008】
前記供給装置は、前記換気装置が前記容器内に導入する空気を加湿する加湿器を含んでもよい。
【0009】
本発明に係る重水分子除去方法は、軽水素を含む軽水分子と重水素を含む重水分子とを実質的に含む重水を貯留する容器に、実質的に軽水分子のみからなる水蒸気を順次供給するステップを備える。
【0010】
本発明に係る重水生成方法は、上記重水分子除去方法と、前記重水との分子交換により前記重水分子を含む前記水蒸気に含まれる前記重水分子を捕捉して、前記重水分子の濃度が所定値以上の高濃度の重水を生成するステップを含む。
【0011】
本発明に係る重水分子除去装置は、第1原子を含む溶媒分子と前記第1原子の同位体を含む溶質分子とを含む液相を貯留する容器と、溶媒分子及び溶質分子のうちの少なくとも溶媒分子を含む気相を前記容器に順次供給することで、前記気相と前記液相との間での分子交換を順次生じさせる供給装置と、を有し、前記気相の、単位体積当たりの前記溶媒分子の個数に対する前記溶質分子の個数の割合である個数濃度は、前記液相の溶質分子の個数濃度又は前記液相に接する飽和蒸気層における溶質分子の個数濃度よりも低く、前記液相の前記溶媒分子よりも前記液相の前記溶質分子の方が優先的に前記気相の前記溶媒分子と分子交換される個数濃度である。
【0012】
本発明に係る溶質分子除去方法は、第1原子を含む溶媒分子と前記第1原子の同位体を含む溶質分子とを含む液相を貯留する容器に、溶媒分子及び溶質分子のうちの少なくとも溶媒分子を含む気相を順次供給することで、前記気相と前記液相との間での分子交換を順次生じさせるステップを有し、前記気相の、単位体積当たりの前記溶媒分子の個数に対する前記溶質分子の個数の割合である個数濃度は、前記液相の溶質分子の個数濃度又は前記液相に接する飽和蒸気層における溶質分子の個数濃度よりも低く、前記液相の前記溶媒分子よりも前記液相の前記溶質分子の方が優先的に前記気相の前記溶媒分子と分子交換される個数濃度である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、簡便な方法により、第1原子(例えば、軽水素)を含む溶媒分子(例えば、軽水分子)とこの第1原子の同位体(例えば、トリチウムなどの重水素)を含む溶質分子(例えば、トリチウム水分子)とを含む液相から溶質分子を除去できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、トリチウム水分子と軽水分子との分子交換の様子を示す図である。
図2図2は、本発明の実施形態に係るトリチウム除去装置の概略構成図である。
図3図3は、本発明の実施形態の変形例に係るトリチウム除去装置の概略構成図である。
図4図4は、本願発明者が行った実験で使用した実験装置の概要図である。
図5図5は、実験結果及び理論曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を、図面を参照して説明する。
【0016】
(実施形態の概要)
トリチウムTを含むトリチウム水分子HTOにより汚染された汚染水(例えば、1L当たり、1×1011個以上、特に、5×1014個以上のHTOを有する水)の水面に接する気液界面空間には、厚さが1μm以下の薄い飽和水蒸気層が存在する。この飽和水蒸気層の蒸気は、汚染水と同程度の個数濃度のトリチウム水分子を含む。ここで、トリチウム水分子の個数濃度とは、単位体積当たりの、軽水分子HOの個数に対するトリチウム水分子の個数の割合とする。この個数濃度は、トリチウム水分子と軽水分子との各平衡蒸気圧が同じと仮定すると、飽和水蒸気層と汚染水とで同じであるが、実際の各平衡蒸気圧は互いに異なる(例えば、20℃の場合、前者の方が10%程度低い)。このため、実際のトリチウム水分子の個数濃度は、飽和水蒸気層と汚染水とで、同じとはならないが、近い値にはなるので同程度となる。
【0017】
気液界面空間は、巨視的に見れば静的であり平衡状態に保たれているが、微視的に見ると汚染水から水蒸気および水蒸気から汚染水へと激しく分子の交換が起こっている。図1に示すように、この気液界面空間に、大気の水蒸気又は加湿器で加湿された水蒸気などの、実質的に軽水分子のみからなる新鮮な水蒸気を供給すると、気液界面空間において汚染水中の水分子と水蒸気中の水分子との分子交換が起こる。この分子交換では、新鮮な水蒸気のトリチウム水分子の個数濃度が低く、汚染水のトリチウム水分子の個数濃度が高いため、トリチウム水分子が優先的に水蒸気に排出されると同時に軽水分子が汚染水中に取り込まれる交換反応が起こる。これは、汚染水のトリチウム水分子の個数濃度が、水蒸気のトリチウム水分子の個数濃度と同程度になろうとする性質があるからと考えられる。このような性質は、エントロピーの観点から説明される。つまり、汚染水と水蒸気とを含む系のエントロピーは、汚染水と水蒸気とでトリチウム水分子の個数濃度に差があるときよりも、差が無いときの方が高くなる。通常、エントロピーが高い方が安定するので、汚染水におけるトリチウム水分子の個数濃度と水蒸気におけるトリチウム水分子の個数濃度とで差がなくなるように上記の分子交換が起こる。その結果、汚染水と、新鮮な水蒸気との間では、汚染水のトリチウム水分子が軽水分子よりも優先的に交換され、汚染水内のトリチウム水分子が水蒸気に移動し、汚染水のトリチウム水分子の濃度が低下する。
【0018】
トリチウム水分子の個数濃度が、汚染水と水蒸気とで同程度になろうとする性質によれば、汚染水の水面上に、新鮮な水蒸気を順次供給し、当該水蒸気の延べ体積を増やすほど、より多くのトリチウム水分子が重水から水蒸気の方に移動する。現在接している汚染水のトリチウム水分子の個数濃度と、現在気液界面空間に存在する水蒸気のトリチウム水分子の個数濃度とが近づいても、新鮮な水蒸気が新たに供給されることで、汚染水のトリチウム分子が新たな水蒸気に順次移動するようになるからである。このようなことからすると、汚染水の水面上に新鮮な水蒸気を順次供給することで、トリチウム水分子を汚染水から水蒸気に効率的に移すことができ、当該トリチウム水分子を汚染水から素早く減らすことができる。なお。これらメカニズムは、水分子とトリチウム水分子との交換反応を利用しているため、汚染水の蒸発とは異なり、汚染水の総量を減少させない。
【0019】
本実施形態の用途は、任意であるが、例えば、福島第1原発で発生した汚染水の処理に使用することができる。
【0020】
(実施形態)
図2に示す本発明の実施形態に係る除去装置10は、汚染水Wに含まれるトリチウム水分子の少なくとも一部を除去して汚染水Wにおけるトリチウム水分子の濃度を低減するように構成されている。除去装置10は、汚染水Wを貯留する容器20と、実質的に軽水分子のみからなる水蒸気を容器20に順次供給することで、供給する水蒸気の少なくとも一部を気液界面空間20AAに順次流す供給装置30と、を備える。「実質的に軽水分子のみからなる水蒸気」の「実質的に」とは、その水蒸気に、宇宙線などによって自然界で生成されるトリチウムが含まれることを許容する表現である。つまり、「実質的に軽水分子のみからなる水蒸気」は、軽水分子と、自然界で生成される微量のトリチウム水分子とを含む水蒸気を含む概念である。「実質的に軽水分子のみからなる水蒸気」としては、例えば、大気中の水蒸気、又は、軽水を用いて加湿された空気中の水蒸気(大気中の元々の水蒸気と加湿された水蒸気との合計)が挙げられる。このような表現の対比として、汚染水Wは、軽水分子とトリチウム水分子とを実質的に含む。この表現は、トリチウム水分子の量が自然界で生成される微量にはとどまらない意味である。水蒸気を順次供給する具体的態様は、供給装置30を連続動作させて新鮮な水蒸気を容器20の空間20Aに連続して導入する態様であっても、供給装置30を間欠動作させて新鮮な水蒸気を空間20Aに間欠的に導入する態様であってもよい。
【0021】
容器20は、例えば、汚染水Wを貯蔵するタンクである。
【0022】
供給装置30は、容器20の空間20A内を順次換気する換気装置31と、容器20内に導入する空気を加湿する加湿器35と、を備える。
【0023】
換気装置31は、容器20の外部から新鮮な空気を空間20Aに供給する給気装置32と、空間20Aの空気を外部に排気する排気装置33と、を備える。給気装置32は、ファン又はポンプを含んで構成される。同様に、排気装置33も、ファン又はポンプを含んで構成される。換気装置31は、給気装置32と排気装置33との少なくとも一方のみを備えてもよい。換気装置31は、給気装置32と、容器20内の空間20Aに給気された空気を適宜排気する容器20に設けられた開口と、を含んで構成されてもよい。換気装置31は、開口の代わりに、空間20A内の気圧が所定の閾値を超えたときに開いて空間20Aの空気を排気する排気弁を備えてもよい。換気装置31が、排気装置33と、空間20Aから空気が排気されることに応じて容器20の外部の新鮮な空気を空間20Aに導入する開口と、を含んで構成されてもよい。換気装置31は、開口の代わりに、空間20Aの気圧が所定の閾値を下回ったときに開く吸気弁を備えてもよい。
【0024】
空間20A内の換気により、容器20外の大気中の空気(新鮮な空気ともいう)に含まれる実質的に軽水素のみからなる水蒸気(新鮮な水蒸気ともいう)が以下のように流れる。まず、換気により空間20A内に導入された新鮮な水蒸気の少なくとも一部が、空間20A内の気液界面空間20AAに流入して汚染水Wに接触し、ここで、汚染水との分子交換が行われ、その後に容器20外部に排気される。排気された水蒸気は、軽水分子とトリチウム分子との混合気体となる。このような水蒸気の移動は、換気される空気ごと行われる。気液界面空間20AAは、例えば、水面から当該水面を基準とした所定高さまでの空間であり、水面に接する空間であればよい。
【0025】
上記のような換気により、汚染水Wの水面に接する気液界面空間20AAの水蒸気の延べ体積を増やすことができ、これにより、汚染水Wのトリチウム水分子を効率的に水蒸気に移行させることができ、汚染水Wのトリチウム水分子が素早く汚染水Wから除去され、短期間で汚染水Wのトリチウム濃度(Bq/L)が、例えば、1/10、1/100などとなる。なお、トリチウム水分子の除去スピードは、気液界面空間20AAの水蒸気の延べ体積の増加スピードと相関関係がある。つまり、換気スピードにより、除去スピードを制御できる。
【0026】
換気装置31により排気される空気(つまり、トリチウム水分子が汚染水Wから移行した水蒸気を含む空気)のトリチウム濃度(Bq/L)は、通常低い。例えば、後述の実施例に示すように、トリチウム濃度は、0.2Bq/L程度となる。この濃度は、日本国等で定められている排気基準である5Bq/L以下である。従って、容器20から排気される空気は、そのまま大気に放出できる。
【0027】
加湿器35は、容器20内に導入する空気の湿度が低い場合に、空気を加湿することで水蒸気量を増やす。加湿器35は、空間20Aに供給される空気の湿度が一時的に高いときに停止してもよい。空気の湿度が常時高い場合には、加湿器35自体が省略されてもよい。除去装置10が、例えば、福島第一原発で発生している汚染水の処理に使用される場合、福島第一原発の地域の年間平均気温は20度で、年間平均湿度が70%である。この地域は、海沿いの地域なので、湿度が常時高い傾向がある。このような場合、加湿器35は設けなくてもよい。
【0028】
容器20内の汚染水Wに含まれるトリチウム水分子が一様となるように、容器20内のたとえば底には、汚染水Wを撹拌する撹拌装置40を備えてもよい。撹拌装置40の採用は任意であり、撹拌装置40は無くてもよい。
【0029】
図3に示すように、除去装置10は、容器20から排気される、軽水分子とトリチウム水分子との混合気体からトリチウム水分子を捕捉し、トリチウム水分子の濃度(上記個数濃度又はトリチウム濃度(Bq/L))が所定値以上の高濃度のトリチウム水を生成する生成装置50をさらに備えてもよい。生成装置50は、容器20と、容器20内の空気を排気するポンプなどからなる排気装置33と、を接続する空気流路の途中に配置されている。軽水分子の凝固点は0℃で、トリチウム水分子の凝固点は2℃であるので、容器20から排気される空気を2℃で冷却すれば、トリチウム水分子を氷の状態で捕捉できる。このため、生成装置50は、容器20からの軽水分子とトリチウム水分子との混合水蒸気を含む空気を2℃に冷却する冷却装置51を備え、当該冷却装置51により、高濃度のトリチウム水を氷の状態で得る。冷却装置51を通った空気中の軽水分子は、液体となり、排気装置33に引かれる空気とともに、生成装置50が備える軽水回収装置52(後述の三角フラスコなど)に送られ、当該軽水回収装置52により回収される。軽水回収装置52に送られた空気は、排気装置33により排気される。これにより、排気された空気は、トリチウム水分子が浄化された空気となる。
【0030】
(実験例)
図4に示すように、トリチウムの濃度が185MBq/Lの汚染水W1を500mL入れた容器101を、気圧P=1atm、室温T=303K、湿度90%の恒温恒湿槽102に入れた。恒温恒湿槽102内の気圧、室温、湿度は、一定に保たれるように調節装置103により調節されている。この恒温恒湿槽102の湿度90%を含む空気を、容器101の開口に対向するフード104を介してポンプ105で順次、ここでは連続的に引いて、温度2℃に設定されたグラハム冷却管106に導入した。グラハム冷却管106により、氷の状態のトリチウム水が捕捉され、他の軽水分子は液体の状態となる。液体の状態の軽水分子は、三角フラスコ107により回収される。恒温恒湿槽102から引く空気の流量は、流量制御装置108により制御される。グラハム冷却管106を通った空気(トリチウム水及び軽水が取り出された冷却空気)は、三角フラスコ107を介して、ポンプ105により引かれる。
【0031】
空気をポンプ105で引くことにより、容器101内の汚染水W1の水面に接する気液界面空間の空気は、容器101外の空気と順次入れ替えられ、従って、当該気液界面空間には、恒温恒湿槽102の湿度90%を含有する新鮮な空気、つまり、湿度90%分の、実質的に軽水分子のみからなる水蒸気が供給される。このような空気、特に水蒸気の入れ替えを14日間続け、一定期間ごとに汚染水を、0.1mL採取し、液体シンチレーションカウンタ(LSC-6000,アロカ株式会社製)で、汚染水中のトリチウム濃度(Bq/L)を測定した(実験1)。さらに、このような実験を、恒温恒湿槽102の湿度を30%に代えて行った(実験2)。実験1及び2でのポンプ105による吸気量は、20(L/min)である。さらに、ポンプ104を動作させない状態、つまり、容器101内の空気の入れ替えのない状態での実験も行った(実験3)。
【0032】
図5に測定結果を示す。図5の実線及び丸点は、実験1の理論曲線及び測定結果をそれぞれ示す。一点鎖線及び四角点は、実験2の理論曲線及び測定結果をそれぞれ示す。破線及び菱形点は、実験3の理論曲線及び測定結果をそれぞれ示す。
【0033】
理論曲線に必要な論理式は、下記式(1)により表される。ここで、αは、除去装置10又は本実験装置などのトリチウム除去を行う装置の構造に起因するパラメータ、Nは、汚染水内のトリチウム水分子の分子数、N(t)は、汚染水の水面に接する気液界面空間つまり水面上を通過した水蒸気量、つまり、ポンプ105で排気した軽水分子及び重水分子を含む水分子の数である。
η=1/(1+αN(t)/N)・・・(1)
【0034】
実験1のときは、α=0.9、N=27.7mol(500cc)、N(t)=20(L/min)×t(min)×1/22.4(mol/L)×1/35とした。1/35は湿度90%の時に大気1mol中に含まれる水分子の割合(無次元)を示す。実験2のときは、α=0.9、N=27.7mol(500cc)、N(t)=20(L/min)×t(min)×1/22.4(mol/L)×1/105とした。1/105は湿度30%の時に大気1mol中に含まれる水分子の割合(無次元)を示す。実験3のときは、α=0.9、N=27.7mol(500cc)、N(t)=0(L/min)×t(min)×1/22.4(mol/L)×1/32=0とした。1/32は湿度100%の時に大気1mol中に含まれる水分子の割合(無次元)を示す。
【0035】
縦軸のトリチウム濃度比は、汚染水についての濃度比であり、汚染水W1の初期のトリチウム濃度、つまり、上記185MBq/Lを、基準つまり「1」としている。
【0036】
図5に示すように、汚染水W1上に新鮮な水蒸気を供給する実験1及び2において、汚染水W1のトリチウム水分子が優位に除去されている。また、実験1と実験2とでは、湿度を高くした実験1の方が、トリチウム水分子が早い速度で除去されている。特に実験1の湿度90%のときは、10000分つまり約7日という短期間で、トリチウム水分子濃度が1/10となる。
【0037】
(理論計算)
実験の測定値と理論曲線とは、ほぼ一致しているといえ、上記理論曲線は正しいともいえる。そこで、福島第1原発で汚染水を貯蔵しているタンクに本実施形態に係る除去装置10を適用したときの、上記理論曲線を用いた理論値について説明する。ここでは、トリチウム水分子濃度が10Bq/Lの汚染水を1300トン、即ち7.2×10mol貯蔵したタンクを容器20とする。容器20の汚染水の水面の面積は、133mとする。また、換気する空気を、気温20℃及び湿度70%の空気とする。これは、福島第1原発の地域の年間平均気温及び年間平均湿度による。換気装置31による、容器20の空間20Aからの排気速度V(m/s)を0.1m/s、1m/s、10m/sとしたときの、汚染水のトリチウム濃度が10Bq/Lから海洋放出可能な10Bq/Lとなる、つまりトリチウム濃度が1/100となる時間(日数)を上記式(1)から算出した。式(1)のαは、概ね0.8から1.2の値を取るが、本計算では1.0と仮定した。
【0038】
排気速度Vを0.1(m/s)、1(m/s)、10(m/s)としたときの上記式(1)のパラメータは以下の通りである。
(A)V=0.1(m/s)のとき
α=1.0、N=7.2×10mol(1300トン)、N(t)=133(m)×0.1(m/s)×t(s)×1/(22.4×10-3)(mol/m)×(1/42)とした。ここで1/42は気温20℃及び湿度70%の時に大気1mol中に含まれる水分子の割合(無次元)を示す。
(B)V=1.0(m/s)のとき
α=1.0、N=7.2×10mol(1300トン)、N(t)=133(m)×1.0(m/s)×t(s)×1/(22.4×10-3)(mol/m)×(1/42)とした。ここで1/42は気温20℃及び湿度70%の時に大気1mol中に含まれる水分子の割合(無次元)を示す。
(C)V=10.0(m/s)のとき
α=1.0、N=7.2×10mol(1300トン)、N(t)=133(m)×10.0(m/s)×t(s)×1/(22.4×10-3)(mol/m)×(1/42)とした。ここで1/42は気温20℃及び湿度70%の時に大気1mol中に含まれる水分子の割合(無次元)を示す。
【0039】
上記(A)~(C)それぞれのパラメータを式(1)に代入することによって、汚染水のトリチウム濃度が1/100になる時間tとして、上記(A)の場合にt=6000日、上記(B)の場合にt=600日、上記(B)の場合にt=60日を得た。この結果を下記の表に示す。
【0040】
表1中の大気放出濃度は、容器20内の換気により容器20から大気に放出される空気、つまり、トリチウム分子交換後の水蒸気を含む空気のトリチウム濃度である。汚染水蒸発量は、汚染水のトリチウム濃度が1/100となる時間での上記容器20内の汚染水の蒸発量である。これらは以下のように算出した。
【0041】
大気中に放出される空気のトリチウム濃度は、容器20内のトリチウム総量が1.3×1012Bq(10Bq/L×1300×1000L)で、そのトリチウムがおおよそ6.9×1012Lの空気と一緒に排出されているので、希釈濃度ρはおおよそ0.2Bq/Lとなる。ただし、この値は平均なので、初期はその値が高くなることに留意する。これを解決するためには、複数の汚染水タンクである容器20が配置される敷地面積を、容器20の汚染水の水面の4倍程度確保すれば良い。さらに、隣り合ったタンクで同時に換気を行わないように留意する。
【0042】
汚染水の蒸発量は,シャーウッド数を用いた流体ソフト計算で軽水の蒸発速度を算出し(例えば、https://cattech-lab.com/science-tools/evap-water/)、その蒸発速度から算出した。気温20℃及び湿度70%で風速0.1(m/s)のとき、133mの面積で深さ10mを有する容器20では、水の蒸発速度はおおよそ6.0×10-2(mm/day)と見積もることができるので、6000日では3.6%の汚染水がタンクより消失する。風速を1.0(m/s)に変更したときの水の蒸発速度もおおよそ6.0×10-1(mm/day)と見積もることができるので、600日では3.6%の汚染水がタンクより消失する。風速を10.0(m/s)に変更したときの水の蒸発速度は、おおよそ3.7(mm/day)と見積もることができるので、60日では2.2%の汚染水がタンクより消失する。
【0043】
上記表1から、排気速度を早めることでトリチウム水分子の除去量を多くでき、汚染水のトリチウム分子濃度を、短時間で海洋放出可能な濃度とすることができることが分かる。また、容器20から外部に放出される空気のトリチウム水分子濃度も、0,2Bq/Lと大気放出可能な濃度となっている。
【0044】
(本実施形態による効果)
以上のように、容器20の汚染水Wの水面に接する空間20Aに、大気中の水蒸気又はこれを加湿器35により加湿した水蒸気といった、実質的に軽水素のみからなる水蒸気を順次供給するだけで、トリチウム水分子を汚染水Wから除去できる。従って、簡便な方法により、トリチウム水分子が汚染水Wから除去される。また、水蒸気の供給に必要な装置がファン又はポンプのみで済むので、トリチウム吸着剤の交換といった装置コストが不要となり、かつ、トリチウム吸着剤の製造などのエネルギーが不要となるので全体として省エネルギーでのトリチウム水分子の除去が実現される。さらに、供給する水蒸気を大気中の水蒸気とすることで、水蒸気を別途生成する必要なく、トリチウム水分子が汚染水Wから除去される。なお、湿度が低い場合などに加湿器35を用いても、加湿器35自体はありふれたものであるので、簡便な方法により、トリチウム水分子が汚染水Wから除去される。また、水蒸気の供給スピードを速めることで、トリチウム水分子の除去スピードを速めることができる。さらに、分子交換後の水蒸気に含まれるトリチウム水分子を捕捉することで、高濃度のトリチウム水を生成できる。高濃度のトリチウム水は、核融合炉、生体試験用のトレーサー、オートラジオグラフィー用試薬として使用可能である。
【0045】
(変形例)
供給装置30は、例えば、実質的に軽水素のみからなる水蒸気を容器20に順次供給すればよく、その具体的態様は任意である。上記では、供給装置30は、実質的に軽水素のみからなる新鮮な水蒸気を容器20に順次供給することで、気液界面空間20AAに水蒸気を流し、気液界面空間20AAの水蒸気を順次新鮮な空気に入れ替え、これにより、トリチウム水素の汚染水からの除去を促進している。他の例として、供給装置は、汚染水中に新鮮な水蒸気を含む空気を直接供給するエアレーションを行うことで、当該空気を気泡の状態で汚染水に接触させるように構成されてもよい。エアレーションも従来のエアポンプなどで簡単に実現できるので、汚染水の除去が簡便な方法で実現される。また、供給装置は、水蒸気のみを発生させて容器20に供給するように構成されてもよい。
【0046】
(実施形態の拡張)
上述の、汚染水と水蒸気とで、トリチウム水分子の個数濃度が同程度になろうとする性質は、トリチウムに限られず、第1原子を含む溶媒分子と第1原子の同位体である第2原子を含む溶質分子とを含む液相、及び、少なくとも溶媒分子を有する気相一般に存在する。このため、汚染水は、第1原子を含む溶媒分子と第1原子の同位体を含む溶質分子とを含む液相に一般化される。汚染水との分子交換の対象の水蒸気は、溶媒分子と溶質分子とのうちの溶媒分子を少なくとも含む気相に一般化される。また、溶質分子の気相への移動は、気相の溶質分子の個数濃度が、気相供給前の液相に接する気液界面空間での溶質分子の個数濃度よりも低いか、気相供給前の液相における溶質分子の個数濃度よりも低いことで生じると考えられる。気相の溶質分子の個数濃度が液相における溶質分子の個数濃度よりどの程度低い必要があるかは、溶媒分子と溶質分子との平衡蒸気圧の違いが考慮される。以上のようなことから、容器に供給される前の気相の、単位体積当たりの溶媒分子の個数に対する溶質分子の個数の割合である個数濃度は、例えば、気相の供給前の液相の溶質分子の個数濃度、又は、気相の供給前の液相に接する飽和蒸気層における溶質分子の個数濃度よりも低く、液相の溶媒分子よりも液相の溶質分子の方が優先的に気相の溶媒分子と分子交換される個数濃度であるとよい。トリチウムについては、重水素に一般化される。重水素としては、トリチウムTの他、例えば二重水素Dがある。重水分子は、HTO、TO、HDO、DOなどのいずれかであってもよい。
【0047】
(本発明の範囲)
以上、実施の形態及び変形例を参照して本発明を説明したが、本発明は、上記の実施の形態及び変形例に限定されるものではない。例えば本発明には、本発明の技術思想の範囲内で当業者が理解し得る、上記の実施の形態及び変形例に対する様々な変更が含まれる。上記実施の形態及び変形例に挙げた各構成は、矛盾の無い範囲で適宜組み合わせることができる。また、各構成の省略も任意である。
【符号の説明】
【0048】
10…除去装置、20…容器、20A…空間、30…供給装置、31…換気装置、32…給気装置、33…排気装置、35…加湿器、40…撹拌装置、50…生成装置、51…冷却装置、W…汚染水、101…容器101、102…恒温恒湿槽、103…調節装置、104…フード、105…ポンプ、106…グラハム冷却管、107…三角フラスコ、W1…汚染水。
図1
図2
図3
図4
図5